本部

別れは二度訪れるか?

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/23 17:11

掲示板

オープニング


 英雄と能力者が誓約を交わし一対になるように、愚神にもそのような関係性になるものがいる。
 あるものは主従。あるものは同盟関係。あるものは相棒。あるものは親子かきょうだいのように。
 しかしながら、彼らが長続きすることはない。どこかで破綻し、袂を分かつ。それだけならまだいい方で、共食いをしてともに蓄えてきた経験値を吸い上げ更なるステージにその身を引き上げるような連中も少なくない。
 結局、彼ら愚神はどこまで行こうとわかりあうことはないのだ。あるいはそれは人間が生まれつき持っているコンセプトからして違うのかもしれない。互いを利用し利用される、それを是とし、それだけをよしとする。
 だが――『彼女』は違った。


 ひどく、喉が渇く。
 そんなことを認識できるようになったのは、自分が死に向かって歩み始めたのを体が自覚したからなのだろうか。
「はっ、はっ、は、はあが、はっ、はひゅ、っ」
 脚が重い。腕がしびれる。呼吸が荒く心臓が早鐘を打つ。全身がとにかく痛い。
 けれど何よりも、全身が圧搾機のようなプレッシャーに押しつぶされそうだった。
 今、自分は生まれて初めてというぐらい全力で走っている。歩きなれた大通りを離れ、見知らぬ住宅地を通り過ぎ、ここがどこなのかも街灯がまばらなこの道では判断できない。そんなことを気にする暇もなくここまで走り続けた。
 後ろを振り返る。まだ、あの悪魔が追いかけてくる。黒いローブ。細い手足。小柄な体躯。表情はフードに隠れて見えないが、きっと恐ろしい表情をしているに違いない。
 あれは一定の距離を保ちながら、一瞬も休む暇を自分に与えず迫っている。どうしようもない。どこに逃げても絶対に追いつかれる。わずかでも袋小路に行きあたってしまえばそこで自分の二十年程度の生涯は終わりを告げるだろう。
「どうして……」
 俺だけが、という言葉は喉の奥からこみ上げる鉄の味に押しつぶされた。
 影はまだ俺を追ってきている。もう嫌だ。早くこの地獄から解放してほしい。俺が何をしたっていうんだ。どうして、俺だけが――
「あッ――」
 不意に、足がもつれた。自分の足が脳の命令に反して活動を停止したのだと気付いた時には、俺の視界は地面の高さとほぼ同じになっていた。
 思わず後ろを振り返り、俺の心臓は両手で握りつぶされたかのようになった。黒いローブが、すぐそこにいた。
「はっ……はっ……」
 せめて距離をとろうと腕を使って後ずさろうとする。が、腕をアスファルトにつけた瞬間肘が耐えきれずにくずおれた。
 もう、一片の力も残っていなかった。
「……」
 ああ、黒が近づいてくる。夜の闇よりも深い黒。俺を散々追い詰めた漆黒。
「……たは……」
「……?」
 何か、か細い声が聞こえる。女の子の声だ。
「……あなたは、ちがうの……?」
 ローブが一歩前へ踏み出す。そのときになって、ようやく俺はフードの陰に隠れたそいつの表情を読み取る事が出来た。鬼のように嗜虐的な笑みも、機械のように冷酷な無表情もそこにはなかった。

 ただ、今にも泣きそうな顔でこちらを見下ろす、どこにでもいそうな女の子の顔があった。

「……あなたも……」
「……君は」
 放っておけば今すぐしゃくりあげそうな顔で放たれるか細い声に、俺はうろたえてしまった。こんな子が、今の今まで俺を執拗に付け回していたのだ。
 落ち着きを取り戻しつつある頭を何とか回転させて、俺は何か言葉をかけようと試みた。しかし、疲労があまりにも子すぎたのか、張り詰めた緊張が一気に緩んだからか、俺の意識はぷっつりとそこで途絶えた。


 ひどく、喉が渇く。
 そう認識できるようになったのは、それこそ一滴の水で渇きを癒すようにあの男からわずかながらのライヴスを奪ったからだった。
 だが――足りない。
 足りない、足りない、全くもって足りないッ!!
 こんなことではだめだ。もっと力を蓄えなければ。ちまちまと一般人を襲うだけではらちが明かない。より膨大なライヴスを、リンカーどもから奪い取る必要がある。そうだ、それがいい。復讐の一端を果たすためにも、避けて通れない道だ。
 ――待っていて、オメガ。
 貴方は必ず、私がすべてをかけて取り戻してみせる。


「今回のターゲットは、デクリオ級愚神『アルファ』。見た目は十二歳程度の少女の形態をとっている。
 こいつは数か月前に確認された同じくデクリオ級の愚神『オメガ』のパートナーであったとされる。パートナーといっても単純に人を襲うために協力する程度のものだ、ハイエナの群れとそう変わらない。
 『オメガ』はその時に捕らえたが、『アルファ』はこちらの失態で逃がしてしまった。以降は動きがなかったのだが……最近になってやつの行動が活発化してきている。つい先日はHOPEのエージェントが襲われた。命に別状はないが重傷だ、集中治療室からまだ出てこれないほどに。一般人への被害はそれより多いと考えられる。まだ死者は出ていないが、それも時間の問題だろう。
 やつの目的は十中八九、『オメガ』の奪取だろう。だが『オメガ』は、捕獲した後すぐに衰弱して消滅している。だから『アルファ』の目的は絶対に叶えられないし、やつ自身それに気が付いているのかどうか。
 とはいえ、我々もこれ以上一般人並びにエージェントへの被害は許容できない。『アルファ』はここで確実に撃破する。諸君の健闘に期待する」

解説

目的:デクリオ級愚神『アルファ』の撃破

目標
デクリオ級愚神『アルファ』
・数か月前はじめて存在が確認されたデクリオ級愚神の一体。十二歳程度の少女の形をとっており、脚の先まで覆うフード付きの黒いローブを身にまとう。
・デクリオ級愚神『オメガ』のパートナーと考えられ、初接触時には彼と同行し、共闘する姿が記録されている。
・以下、戦闘データを記す。

・エフェクトムーブ
 すさまじい速さで移動し相手をかく乱する。副次的に風の渦を発生させ、小ダメージを与える。
・ソニックショット
 音速に近いスピードで突撃を繰り出す。対象に大ダメージかつバッドステータス『衝撃』(-30)が入る。低確率で『衝撃』ではなくバッドステータス『気絶』(2)が入る。
・マイ・ロスト・パートナー
 先日のエージェントとの交戦で新たに確認された攻撃。エフェクトムーブとソニックショットの複合技で、対象に極大ダメージかつバッドステータス『気絶』(3)が入る。ただし予備動作が大きく初撃の回避が比較的容易なうえ、発動後は大きな隙ができる。

 このほか、移動速度が極めて速くまともな対策がなければ狙いをつけることすら難しいという特徴がある。スタミナ切れを狙う作戦は難しいため、何らかの方法で足止めを行う必要がある。

森林
・プリセンサーによって次の出現が確認された場所。木々が生い茂り、昼間でも日の光はあまり届かない。

備考
・『オメガ』は捕獲時に消滅しており、『アルファ』はその事実を理解していない可能性がある。目標の動揺が期待できるため、作戦に利用することも可能。
(PL情報:伝えた場合暴走する。意思の疎通が不可能になり、スピード・攻撃力共に急上昇する)

リプレイ


「一つ訊かせてほしいんです。どうして『オメガ』は、捕獲された後にすぐ消滅してしまったのでしょうか」
 フィアナ(aa4210)はブリーフィングルームの中で状況を説明した担当官にそう言った。
「実は、我々にもそこは判然としていない。なぜ体を維持するほどのライヴスも残っていなかったのか、謎のままなのだよ」
「そもそもなぜ『アルファ』は、人間のような仲間意識を持つようになったのかねぇ? 愚神の前は人間で、変質の過程で人間の意識が残留してしまったか、それとも」
「人間社会に浸透するうちに人間の生き方に共感を覚えてしまったか、ですかねぇ? ああそれとも愚神化の前は肉親や恋人同士だったりして?」
 飛龍アリサ(aa4226)と黄泉(aa4226hero001)がそれらの考察を口にする。
 停滞しかけた部屋で、藤咲 仁菜(aa3237)が口を開いた。
「あの、私思うんです。人を襲うために協力する程度のパートナーを取り返すためにこんなに目を付けられることをするでしょうか? 彼女は今までの愚神とは違う。なぜ違うのかを調べれば、今まで分からなかった愚神に関することが分かると思います。ここは撃破ではなく、捕縛させてもらえませんか?」
 彼女の足は少し震えていた。他人に意見する、それだけでもビビりの彼女からすれば重労働である。
『何を望んでいるかよな。話し合えなければ、愛する者と同じ場所へ送るより外はない』
「そんな……でも、でも、あまりにも辛いのです。『アルファ』は……!」
 ユエリャン・李(aa0076hero002)の冷徹な言に、紫 征四郎(aa0076)は小さな手を胸の前で握りしめ、苦しげな声を出した。
『ここで引き留めるのは、彼女の救いにはならないと思いますが』
 凛道(aa0068hero002)がそう口にする。傍らの木霊・C・リュカ(aa0068)もうなずいた。
「一度きりで十分だと思うよ。大切なものを失ったと、気づかされるのは」
「意思疎通が可能なら話をしてみたいところではある、けど……」
『お前は馬鹿か?』
「……そうね、ドールならそう言うと思った」
 ドール(aa4210hero002)の歯に衣着せぬ物言いにフィアナは溜息をつく。
『捕縛しても実験動物のようには扱わない。時間がかかっても「アルファ」を説得して、協力してくれるようにお願いしたいんだ。どうかな?』
 リオン クロフォード(aa3237hero001)が助け舟を出し、担当官はようやくゆっくりとうなずいた。
「……」
『鋼』
「大丈夫だ。邪魔はしない」
 変わらぬ無表情の石動 鋼(aa4864)を前に、コランダム(aa4864hero001)は、大丈夫じゃなさそうなんだぞ、と彼に聞こえないように一人ごちた。


 かくして。
 『アルファ』捕縛のためにまず行動し、それがかなわなければ撃破するという作戦のもとに彼らは動き出した。
 深い森には動物一匹すらおらず、ただ神殿の柱のように太い木々が天に根を張っていた。
 しばらく周囲を警戒しながら歩いたのち、彼らはそれに気が付いた。
 広い広い森の中、寒々しいとまで言える広大な地面に一人、じっとうずくまる少女。ぼろぼろの黒いローブで全身を覆う姿はまるで何かの卵のようだった。
「あなたが『アルファ』?」
 仁菜が一歩前に出て声をかける。黒い卵はようやく人の形になった。
「……そうだけど」
「私たちはエージェント。あなたに、話があってきたの」
 仁菜は、共鳴をしていなかった。彼女に並び立つリンカーはすべて共鳴を完了させていたし、すでに別行動をしている茨稀(aa4720)とファルク(aa4720hero001)も同様だ。にもかかわらず彼女は丸腰同然で愚神の前に立つことを選んだ。
「私に話? エージェントが?」
「私たちに協力してほしいの」
 愚神の目がすっと細まる。仁菜は続けた。
「あなたのこと、すべて調べた。どういう事件を起こして、どんな別れがあったのか。……きっと、『アルファ』は私に近いと思うの。リンカーになったばかりのころに、リオンを失ったら私もそうなってたと思うから。でも今はきっとリオンがいなくなってもこうはならない。支えてくれる仲間がいて、大切な友達が出来たから」
 だから、と仁菜はさらに一歩踏み出す。
「だから、あなたも助けたい」
「――」
「私たちと近い心を持った愚神なら、心を通わせることができるんじゃないかな。今は辛くても、共に歩めば、きっと光を見つけられるんじゃないかな?」
 ――きっとその言葉は、真摯なものだった。誠実なものだった。素直なものだった。彼女の傍らに立つリオンも、それを保証できた。周りに立つ仲間でさえ。
 だが、
「……ん、もう終わったのかしら?」
「っ」
 『アルファ』は、まるで退屈な映画がようやく終わったというような顔でそう言った。
「……まあ、人間相手だったら、これで絆される奴も出てくるんじゃない?」
 誰もが言葉をつなげない状態で、『アルファ』は凶悪な笑みを浮かべた。
「でもそれじゃ、私(愚神)には届かない。ヒトに敵対し、ライヴスを喰らう私には。――『オメガ』を奪った貴様たちに、私が協力するとでも思ったのか。どこまで付け上がれば気が済むんだ、エージェント」
 大気が震える。
 寂寞とした森林が戦場に塗り替えられる中で、支配者たる少女は憤怒の色を顔に交え叫ぶ。
「覚悟しろ。貴様らを一人残らず殺してから、ライヴスを喰らってやるッ!!」
 『アルファ』が体勢を低くして攻撃に移ろうとした瞬間、わずかに届いた日光が何かに反射した。キラキラときらめくそれは、ひどく細いが決して風に揺れることはない。恐ろしく強く張られており、触れるだけで骨まで断ち切られそうである。
(私の動きを抑えるため? だがいつの間に、)
『――その首、刎ねさせてもらいます』
「ッ!」
 木の枝から飛び降りて首の横から鎌を振るう凛道に、『アルファ』は地上に伏せることで回避した。彼を蹴り飛ばして距離をとるが、直後に大振りの剣が襲いかかる。これもまた蹴り飛ばすが、
「偽物か!」
「そう、本物はこっち!」
 切っ先が『アルファ』の腹をかすめる。回避したかしてないかの境目程度だった。あと少し短ければ確実によけられていただろう。
「……避けられるかしら?」
 再び攻撃の姿勢に入った『アルファ』。その視線の先に仁菜がいることを悟り、鋼が彼女の前に出た。
「下がるんだ、藤咲君」
静かにつぶやくと、自分の防具にライヴスをまとわせる。
「今度こそ、俺は護り抜く」
 そのすべてが完了した直後に、音速に近い勢いで膝が鋼の腹に突き刺さった。
「ぐっ……!」
「へえ、あえて引き付けて仲間を守るの。いい立ち回りするじゃな、い!」
 あざ笑う『アルファ』は、しかし言葉の途中で鋼と距離をとるために真上に跳躍した。同時、銃弾が通常ではありえない軌道を描いて先ほどまで『アルファ』がいた位置をかすめた。
「さすがに速いねぇ」
 炉威(aa0996)が銃口を向けながら軽く笑う。
『ニーナ』
 仁菜の傍らでリオンが真剣な面持ちで告げる。
『ごめん。撃破しよう』
「……!」
『「アルファ」を助けるために、仲間も一般人も犠牲にできない。今守るべきは、どっちかわかるでしょ?』
 もはや、迷う余地すら与えられなかった。
 仁菜の眼前に着地しようとする『アルファ』は、二人が共鳴する瞬間を視界にとらえていた。
「ふうん」
 舞い降りた直後、リオンの薙刀が『アルファ』めがけて振るわれた。それを軽快に回避しながら、しかし注意を怠ることはなかった。
 次いで襲いかかるのは、圧倒的な量の銃弾。行動範囲を狭めるための鉄の雨が横なぎに愚神へと襲いかかる。
『少し留まってもらうぞ、片割れ』
 そんなユエリャンの声を、『アルファ』は聞けていたか。
 直後、虚空から現れたかのような茨城の一閃と足を狙ったアリサの銃撃が放たれる。それすらもひらりとかわすと、『アルファ』は頭上の枝を使って戦場からの一時撤退を図った。
『「アルファ」、君に俺たちは倒せない。だから戦うのやめない?』
 リオンが仁菜の体を借りてこう口にした。
『君たちは愚神だったから、こんな目にあった。人に危害を加えなきゃ生きられないから排除される。だったら、そうしなくとも共存する方法を探せばいい。一緒に探してみない?』
「くどい。私がどうしようと貴様らが知ったことではないでしょう。そこまで私が気になるのかしら?」
『君が似てるからほっとけないんだよ。辛い顔しなくていい方法を見つけたい』
 表情が止まる。
 やがて口を開いた『アルファ』の表情からは戦闘狂的な一面も消え、ただただ怒りだけが満ちていた。
「殺しあうだけの敵に、よくそんなことが言えるわね」
 ざり、と『アルファ』が地面を軽く蹴る。
「ここからは油断は一切なし。……全力で行かせてもらうわ。私もオメガのためにここで死ぬわけにはいかないの」
 最初に動いたのは、大剣を構えたフィアナだった。姿勢を低くして滑るように移動する彼女の中で、ドールが愉快そうに煽る。
『ほら、ちゃんと狙えよフィアナ?』
「分かってるっ」
 が、その攻撃もまたかわされる。木の幹や枝を利用して彼らのはるか遠くに『アルファ』が移動すると、まるでクラウチングスタートのように右手を地面につけ、腰を高く上げた。
「……この業は我が仲間に捧げしもの。一閃にとどまらず、二撃三撃をもって眼前の敵を打ち砕かん」
 暴力的な音が、迫る。
 ユエリャンたちを狙ったそれは、始めは風が唸る音かと思われた。しかしそれは残像すら伴う『アルファ』の移動の軌跡の副産物で、しかも徐々に範囲が狭まっていた。
 逃げる場所など存在しない。後はいつ本命が来るか、だけだった。
『攻撃を受けている間は、大凡捕まえていられる』
 彼らもまた、その瞬間に神経をとがらせていた。右手にはライヴスで編まれたネット。これをもって『アルファ』の動きを鈍らせる作戦だった。
 そして、ついにそのときは来た。
 ほんのわずかな一瞬だけ『アルファ』が動きを止める。しかしそれを補足する間もなく、鋼を蹴り崩したのと同じ一撃が、先ほどの数倍のスピードで襲いかかる。ユエリャンもそれに合わせてネットを目の前に向けて放った。
「遅いッ!!」
 ゴドンッ!!! と、ネットを紙一重で避けた『アルファ』の一撃が胴体の中央に突き刺さった。胃の中身を吐き出させるだけでは飽き足らず、その衝撃は脳全体を激しく揺さぶった。
 意識が剥ぎ取られる。
 圧倒的な暴力に沈むユエリャンが最後に見たのは、『アルファ』の背後でライヴスで作られた針を今まさに投擲せんとする茨稀の姿だった。
(……頼んだぞ)

「ぐっ!?」
 『アルファ』がうめき声をあげるのに時間を挟まず、炉威の精密射撃が彼女の左足を打ち抜いた。間髪入れず、アリサの狙撃が右足のくるぶしに風穴を開ける。
『――罪には罰を。正義の鉄槌を、幼子に死の安寧を』
「ッ!?」
 ゆらり、と少女の背後より姿を現した死神が大鎌を振るう。確実に少女の首を断ち切るために振るわれたそれは、しかしとっさに出された右腕に阻まれる。健が千切れる生々しい音が静謐な森林に響き渡った。
「あ、があああああああああああっ!!」
 絶叫し右腕を押さえ、しかしなおも彼らから距離をとる『アルファ』。気を失ったユエリャンの治療を行うリオンの頭上を飛び越え、森林の入り口側に退避する彼女は血と憎悪に塗れていた。
「……許さない。許さない許さない許さないっ!! 私はただオメガに逢いたいだけなのに。ただあの人の姿をもう一度見たいだけなのに! なぜお前たちは、H.O.P.E.は、私たちをここまで虐げる!? 私はお前たちを理解できない。どこまでお前たちは残酷に手を伸ばす!?」
 涙はなかった。
 ただ、絶望のみがあった。
 死を意識したものが見せる、一種の覚悟があった。
「一つ訊きたいんだが。その『オメガ』って奴と君はどんな関係にあるんだい? 君らにとってパートナーとはただの踏み台に過ぎないと聞いた。なのに君はそうとはとても見えない。どうしてそこまで『オメガ』に執着するんだい?」
「……わたしと、オメガが……お互いの、踏み台に過ぎない……?」
 アリサのタブレット片手の発言に、『アルファ』は本気で戸惑ったように見えた。体がぐらりと傾き、慌てて両足で踏みとどまる。だが、表情は明らかに動揺していた。
「それは……いや、もともとはそうだったはず。でも何、この感覚は……?」
『あのぅ、そろそろぶっ潰しちゃっていいんじゃないですか? なんだかボク退屈なんですけどこれぷぎゅ』
「静かに。それで、返答は?」
 脳内で黄泉を黙らせ、アリサが催促する。『アルファ』はハッと我に替えると、頭を振って再び戦闘態勢をとる。
「……お前に語ることなどないわ。決めた。お前は特に念入りに潰すわ」
「それは重畳。研究対象に逃げられては叶わないからねぇ」
 『アルファ』は鼻を鳴らすと、すぐに行動を開始した。狙う先は、凛道の大鎌。自分に死を与える得物を弾き飛ばすため、低く地面を蹴って移動する。
『やらせはしません』
 その足を再び破壊せんと湾曲した刃が地面をスライスするかのように振るわれる。それをぎりぎりで跳躍してかわすと、『アルファ』の血でぬれた右足が凛道の手に向けて伸びた。
 だが。
「凛道、避けて!」
 フィアナの声に彼が体を思いきりそらすと同時、『アルファ』の周囲を取り囲むように大剣が出現した。『アルファ』の目が大きく見開かれる。
「ッ」
『アルファにオメガ。始めと終わり。まー名の意味なんざどうでもいいが、』
 フィアナの頭でドールが愉しげに嘯く。
『せいぜい名前負けしてねえといいな?』
 切れ目などない剣先の乱舞が『アルファ』を切り裂いた。凛道の鎌を握る手を狙った一撃は届かず、『アルファ』は地面に引きずり落される。
 舌打ちして立ち上がろうとする彼女に、またしても突如して現れた茨城の刀が迫る。思わず狼狽し動きが止まった彼女に、しかし彼の剣先は届くことがなかった。
 わざと、届かせなかった。
『ハッ!』
 薙刀の刺突がまともに『アルファ』の脇腹を裂いた。血を吹き出す『アルファ』をほんの少しだけ見つめたリオンの目は、どことなく悲しげだった。
『……ごめん』
「……舐める、な!!」
 『アルファ』はすでに使い物にならない右腕の千切れた健にかみついて無理やり意識を正常に戻す。すでに向かってきていたアリサのツインセイバーを転がって回避すると、その勢いのまますでに放たれていた炉威の一撃も何とかよけきった。
 『アルファ』は立ち上がると、なおも森林の外に向けて移動しようとする。
 だが、そこで彼女は絶句することになる。
「な……」
 木が、一本もない。
 すべて切り倒されている。鬱屈とした地面はまばゆいばかりの陽光に照らされ、空は見違えるほどに透き通った青だった。戦闘の邪魔になるため、事前に凛道が切り落としていたのだ。
『アルファ』はしばし呆然としていたが、やがて低く押し殺したような笑いを見せた。
「そ。本当にお前たちは、私たちを仕留めるためならなんだってするのね」
 追いついた炉威は揺さぶりをかけるように問うた。
「わからねえな。アンタにとって、『オメガ』は何の意味があるのかね?」
「自分で考えれば? 色男」
 軽口に、炉威はただ苦笑した。
「……オメガ。貴方に、この業を捧げます――」
「やらせはしない」
 再び大技の体勢に入った『アルファ』の真正面に鋼が立ちはだかる。自分の後ろの仲間全てを守ると言わんばかりに両足を大きく広げ、腕を胸の前で交差させた。
 残像さえ生み出すほどの勢いで複雑に駆動し、鋼を取り囲む。そのすべてに鋼は反応を示さず、ただその一撃を待ち構える。
「……消えなさい」
 音速の一撃が鋼の体を揺さぶった。彼の意識を刈り取ったのを確信し、『アルファ』は血の跡を残す口の端を歪ませた。
 だが。
『フィアナさん、よろしいですか』
「ええ。決めましょう、凛道」
 凛道とフィアナが『アルファ』の前後から得物を振るった。驚きに血の気が引く『アルファ』だが、凛道の死の一撃だけは何とか回避する。だが、それを予測して放ったフィアナの一閃はかわしきれず右肩に裂傷を負って地面に転がった。
『よそ見は禁物だよ』
「まだ来るのか!」
 リオンがとどめを刺そうと薙刀の先を『アルファ』に突き立てようとするが、それを左足のすねで受け止める。肉が裂ける音に、何よりもリオンが顔をしかめた。
 己の全力を込めた跳躍を二回。それでアリサのツインセイバー、茨城と炉威のコンビネーションをいなすと『アルファ』は陽光射す森林の中心で片膝をついた。
「はあ、はあ、はあ、は……ッ!」
 ……すでに戦況は決した。気を失ったユエリャンも復帰し、エージェントは疲労こそあれど戦闘の継続は十分可能。一方『アルファ』は全身に深い傷を負い、立っていることすらままならない。
 だが、彼女は、諦めなかった。
「……ここでは止まれない」
 ぽつりと、か弱くつぶやく。
「進まなきゃ。私はまだ、ここで朽ちるわけにはいかないのだから――!!」
 咆哮、そして疾走。
 限界を超えて音速の速さを叩き出した彼女の矛先は、復活したばかりのユエリャンに。
「作戦は!」
『もう無い! 全力で押さえ込む!』
 音速の槍が今まさに突き刺さらんとした時、ユエリャンは自分の身を思い切りひねりながら、後方に向けて女郎蜘蛛の網を解き放った。
 確かに『アルファ』の必死の一撃はユエリャンの、征四郎の体を食い破った。胴体のあちこちの骨が砕け、一度もぎ取られた意識が再び手放されようとする。
 だが、無防備にさらされた彼女の背中から網が覆いかぶさる。真正面では交わされると踏んだユエリャンの作戦であった。
『……悲しみをもって、憎しみをもって武器を振るうのは好かぬ。君の力が泣いている』
「くそっ、放せ、放しなさいよ!」
 明滅する意識の中、軛から逃れようともがく『アルファ』にユエリャンは薄く笑って、穏やかな声で言った。
 なあ、竜胆。
『……ええ』
 ゴスッ、と。鎌の石突で何か固いものを殴ったような音が嫌に大きく響いた。


 『アルファ』が目を開けて最初に気が付いたのは、どこまでも澄み渡った空の青さだった。
 次いで、背中のひんやりした冷たさと足の不自由さ。足首を縛られ地面に転がされているらしい、と追って理解した。
「気が付きましたか?」
 声の方向に目を向けると、小柄な紫色の少女がいた。傍らの唐紅の何者かは、彼女の相棒か。
「……私は」
「凛道さんの攻撃で気を失った後、私たちで動きを拘束したの。ごめんなさい、こんなことをして」
 そう答えたのは、最初に交渉を試みたあの兎の少女。申し訳なさそうに伏し目がちで、それで余計にその子の瞳をまっすぐ見る事が出来た。嘘はなさそうだ。
「……そう。私は、負けたのね」
 自分で言って、涙があふれそうになった。拭おうにももう腕はわずかだって動かない。自然、こぼれた涙はほろほろと頬を伝っていった。
 悔しい。
 もうあの人に会えなくなることが辛い。
「どう、して……」
 と、白い少女が私に手を伸ばそうとした。が、それを引っ込める。
「あなたは、何をしようとしていたの?」
 代わりに出てきたのはそんな言葉。いろいろな意味が内包されていることはすぐ把握できた。けれど、それに全て答えるだけの力も残っていない。
「……ただあの人に会いたかった。それだけよ」
「どうして、今になって」
「当たり前の事よ。あの人からもらったライヴスがなくなった。それでようやく動けるようになった」
「ライヴスをもらった? いいえそれより、そのライヴスをすべて消費するまで、本当に何もしていなかったの?」
「驚くようなことかしら。あの人が最後にわたしと離れるとき、あの人は私にライヴスを譲渡して、『生きろ』と言ったの。ただ、生きろ、と。だから私はそれに準じてただ生きた。何もせず、あの人を見捨てた後悔と罪悪感に苛まれて。それがようやくなくなったから、私はもう一度行動を始めたのよ」
 復讐なんてしていない。少なくともそんな意識はなかった。
 ……あの人は、どうなっているのだろう。
『大丈夫。「オメガ」はすでに死んだ。つまり、君はもうじき会えるぞ』
 ――――。
「そう。ありがと、唐紅。道理でお前たちの口からあの人のことを聞かなかったわけだ。私を刺激したくない、とかそういう魂胆だったのでしょう」
 本当は、なんとなくわかっていたのかもしれない。
 すでにあの人はここに居なくて、自分はただの幻影を追いかけているだけだったのだと。あの時多くのライヴスを渡され、あの人らしい不敵な笑みを目に焼き付けた時から、ずっと。
「まだ私は、あの時の返答をもらっていないぞ」
 巨乳の白い女がタブレット片手にこちらを見下ろしてきた。
「なぜ君は、『オメガ』にそこまで執着するんだい?」
「……本当に、分からないの」
 女の目が細まった。
「私はお前たちヒトではないから。私の中にあるあの人への感情がどういうものなのか判断できない。ひょっとしたら踏み台同士だったのかもしれないし、もっと深い関係だったのかもしれない」
 結局、私はあの人に会ってどうしたかったのだろう。今となってはそれも分からない。
 でも。
 たとえ何も理由がなくたって。
 あの人に会いたい、という気持ちだけは本物だ。
「……もう疲れたわ。介錯、お願いできるかしら?」
 眼鏡の男に目を向けると、男は無言で頷いた。
 私は最後の力を振り絞って、神様に懺悔するように両ひざをついた。これだけで限界だったけれど、もう少しの辛抱だ。
『……何か、言い残すことは?』
「……そうね」
 ふと、上を向く。澄み渡る大空には、雲一つだってかかっていない。
 その向こうに、あの人はいるのだろうか?
「オメガ。私を生かしてくれた貴方。いま、そちらに逝きます――」


「まあ、結果はどうあれ面白い情報が手に入ったよ。愚神が人と同じ心を持ってしまえばそれこそが弱点になる。あたしの研究も捗るだろうねぇ」
「ボクが言うのもなんですけど、いい性格してますよねぇ。『アルファ』は『オメガ』と再会することなく無残に死んじゃった、天国でお会いしましょう、みたいな終わり方だったのに。ボクとアリサちゃんがお別れしたらどうするつもりなんですかぁ?」
「それがどうしたんだい?」
 アリサは、何を当然なことを、というように言った。
「あたしの目的は愚神やライヴスについて研究する事であって、英雄との絆を作ることじゃない。もしその時が来ても微塵も愁いは感じないねぇ。所詮世の中、一期一会さ」

 凛道に導かれ、リュカは家路についていた。彼から事件の顛末を聞かされたリュカは、一つうなずいた。
「そうか。彼女は、ちゃんと終わったんだね」
『……会いたい人とも、きっと死の先で会えるでしょう』
 『アルファ』を介錯したのは凛道だった。なので当然、彼女の最期の言葉も間近で聞いている。そこに秘められた思いすらも。
「……おっと」
 突然リュカの体がぐらりと揺れた。彼が相棒のほうを見やると、
『すみません、マスター。……少し、疲れました』
「……うん。たまには凛道も、疲れるときがあるよ」

「失った……特別なパートナー……やっぱり大切なものなんて……必要ない」
『茨稀……その判断には時期尚早だと思うぜ? なぜ、あいつがあんなに必死だったのか、あんなに力、いや、強さを出せたのか。考えてみるのもいいんじゃねーか?』
 道すがら、小さな声でそう口にした茨城に、ファルクは真摯な面持ちでそう答えた。
 茨稀は戸惑ったようにファルクの顔を見上げ、そして首を振った。
「俺には……分からない。大切なものがあるために、わざわざ哀しみを……作るなんて」
『哀しみと同時に、強く在れる。茨城は感じなかったのか?』
「……」
 町の喧騒を彼方に、茨城はただじっと前を見つめたまま道を進んだ。

「心底理解できないことも多々あるものだね」
 賑わいを見せる商店街で、炉威はそんなことをぽつりとつぶやいた。
 隣で炉威に歩調を合わせていたエレナ(aa0996hero002)が問う。
『炉威様は、わたくしが逝ったら如何なさいます?』
「どうもせんだろうねぇ」
 つれない回答。しかしそれがむしろ満足であるというかのように、エレナは炉威の前に進み出るとくるりと回って見せ、満面の笑顔で、
『炉威様の命は、わたくし以外には奪わせませんわ』
「はいはい。いざというときは介錯願うよ」
 頭上に広がる青空はどこまでも広がっていて、どんなものでも受け入れてしまいそうだ。
 炉威は眩しそうに目を細めると、いつも通りの口調で言った。
「あの世で仲良くな、ってね」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 裏切りを識る者
    ドールaa4210hero002
    英雄|18才|男性|カオ
  • 愚者への反逆
    飛龍 アリサaa4226
    人間|26才|女性|命中
  • 解れた絆を断ち切る者
    黄泉aa4226hero001
    英雄|22才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 揺るがぬ誓いの剣
    石動 鋼aa4864
    機械|27才|男性|防御
  • 君が無事である為に
    コランダムaa4864hero001
    英雄|14才|男性|ブレ
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