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掲示板
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【相談】朱天王
最終発言2017/05/07 15:15:03 -
【質問卓】
最終発言2017/05/04 20:44:45 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/05/04 02:10:58
オープニング
●取り残されたひとり
闇の中で、少年がひとり、泣いていた。
一度は与えられた刃物も、強張った手からもう抜き去られた。
行けなかった。逝けなかった。
決して離れることはないと誓った仲間たちと共に。
自分の弱さと欲深さが、それを許さなかった。
――いいんだ。
頭の中に、声がする。
懐かしい声。かつては母親とさえ重ね、憧憬と羨望を持って見つめていた存在の声。
――お前はそれでいい。しがらみがあるのは幸せなことだ、大事にしろ。
今すぐにでも駆け出して仲間に追い縋りたい気持ちと同じくらい、母を知りたい気持ちがある。
何故泣くのだろう、眠ったままなのに、何度も訪ねていたりして。
もうとっくに、自分のことは見限ったのではなかったのか。
いないほうが、母は楽になれたのでは?
「あ……ああ……」
病室の中には、噎せかえるほどの血の匂いがする。仲間たちの流した血。そして彼らは行ってしまった。
自ら命を断つこと。
それが、もう一度連れて行ってもらうための条件。
彼らは選んだ。自分は選べなかった。
仲間との、永遠の別れになるのだとしても。
起き上がったベッドの上で、少年はひとり、透明な涙を零した。
●消えた少年たち
「百鬼夜行のメンバーとして入院中だった少年達が、ひとりを残して脱走しました!」
その報せは、H.O.P.E.支部にも伝えられた。
かつて暴走族『百鬼夜行』のメンバーとして補導された少年たちは、意識不明のまま病院に収容されていた。
彼らは新型感染症の患者としてライヴス補充治療を受けつつも、数ヶ月のあいだ意識を取り戻すこともなかったはずなのだが。
「病室には大量の血痕。おそらく致死量と思われます」
「何者かが侵入して、殺したのか?」
「わかりません。ただ、残った少年の首筋には、自傷のときに出来るためらい傷が――」
残った少年は意識を保ってはいるが、ひどく気落ちした様子で、捜査員の質問にも黙秘を貫いているという。
「自ら命を断った可能性もある、か……」
警察の調べによれば、百鬼夜行のメンバーとなった少年は、それぞれに生育環境や家庭に問題を抱えていた。
リーダー格と見做される立川隆司は、被虐待児として育ち、六歳のとき餓死寸前を児相に保護される。その後親権を主張する親元に戻されるが、問題が発覚して施設に戻される。親元と施設で交互に育ち、中学卒業後、就職。しかしすぐに退職し、行方知れず。
もうひとり宮崎櫂は、十四歳のとき義父を刺し、傷害事件で少年院入りしていた。その事件では義父側にも虐待があったことが認められ、元妻と義理の娘に対する接近禁止令が出される。しかし義父はそれに違反し、間もなくこの二人を待ち伏せして殺害。現在終身刑にて服役中。
最後の濱田伊冴里は何らかの障害を抱えていたと見られ、幼い頃から暴力事件を起こす問題児だった。中学卒業後は失踪。先日エージェントとの戦闘において死亡が確認されるが、両親は遺体の引取りすら拒否。
「何が、彼らをそこまで駆り立てたのか……?」
入院中だった少年たちの身の上は、リーダー格に比べればまだましだった。生きていれば別の道も……という思いを禁じえない。
「それよりは、彼らがどこへ行ったかだ。足取りは追えたのか」
致死量の血を流したとしたら、それはもう死体となっている可能性が高い。新型感染症の患者が死ねば、例外なく死体ゾンビとなる。
歩く死体となった彼らは、どこへ消えた?
「いえ、深夜の出来事なだけに、気づいたときはもう少年達は消えた後でした。病院の監視カメラは破壊され、鍵は壊されていました」
「香川方面へ向かった可能性は?」
「ありえます」
四国では本四連絡橋が爆破され、いまだ補修工事が完了しないままに各地で感染事件が頻発し続けている。
そして敵の狙いは八十八箇所の札所のうち、七十五番と八十八番にあるとの情報がある。
四国山脈の山中でも動物がゾンビ化し、危機的状況だ。
「すぐに、対策を――」
だが、敵はどこから来る? 何を考えている? そしてどこへ向かう?
「エージェントを招集しろ。すぐに四国へ向かわせる」
わからないのなら。まだ闇の中ならば。
光の下へと、引きずり出してやる。
●存在を懸けて
「よく来てくれた、俺の可愛い弟分たちよ」
山奥の古民家で、朱天王は到着した配下を迎え入れた。
「知ってのことと思うが、俺は今回の為に作られたのだよ。だから、すべてを懸けて闘おうと思う」
ひとりずつの手を取って、数ヶ月ぶりの再会を喜ぶ。
声として発せられる言葉がなくとも、彼女の耳には届いている。
心から仲間と、彼女を慕う歓喜の声が。
「山側からは神宮寺が配下を二隊に分けて攻める。俺達は谷側にある国道から攻め、挟み撃ちだ」
地図を指し示して話す間にも、周囲の高揚した気分が伝わる。
闘いが、闘いが始まる。
決戦が。
「そうだな、俺達の力を、見せてやろう」
彼らは知っている、命を懸ける高揚感を。
共に死線をくぐり抜けた同志の、絆を。
闘いを経るたびに、それは強く強く結ばれるのだ。
弟分達の視線に答えるように、紅い唇を曲げて笑む。
「単車なら用意している。夜の山道を、ツーリングと洒落込もうじゃないか。俺を後ろに乗せてくれるのは、一体誰だい?」
●大窪寺攻防戦
夜の山に、いくつものエンジン音が鳴り響いた。
八十八番札所、大窪寺に詰めていたエージェント達は、それが敵の宣戦布告と知る。
本堂奥殿にある薬師如来坐像の防衛、それがここを守るエージェント達に課せられた使命だ。
「なんとしても、境内への侵入を許してはならない」
朱天王の技には破壊力があり、以前のテレビ局での事件では構造物を大幅に破壊された。
木造建築物の破壊も容易であろう。
周辺道路を警戒していたエージェントが緊急招集され、国道377号での防衛に当たる。
闇の中にバイクのヘッドライトが煌めき、停車する。
ややあって、ライトの中を歩いてくる女の姿が見えた。
「お出迎え、ご苦労」
波打つ長い髪を高く結い上げ、着流した和装に緋袴を穿いている。
「俺の名はヨモツシコメ三姉妹の長女、朱天王(ステンノ)。ここにいるのは俺の愛する弟達」
持っていた薙刀をひと振りし、前に構える。
空気がうなり、殺気がほとばしる。
「いざ、尋常に勝負!」
解説
●成功条件
八十八番大窪寺の本堂奥殿を朱天王とその配下から防衛し、撤退させる。
●現場状況
国道377号は横幅8スクエア、奥には百鬼夜行の乗ってきたバイクが駐輪され、さらに向こうはカーブしている。
国道の両側は傾斜した森林で、植樹された針葉樹が並んでいる。PC達の背後に上り口があり、右側上方が大窪寺。
●登場
朱天王
・毒百足(ドクムカデ):愛用の薙刀【毒百足】には常にライヴスで作った毒が纏わせてあり、刃で切りつけた相手に物理攻撃とBS【減退(1)】を付与。
・薙ぎ払い(ナギハライ):薙刀に攻撃用のライヴスを纏わせ、薙ぎ払う動きに載せて飛ばす。対象範囲は横3スクエア。この攻撃に毒効果はない。
・黒雷(クロイカヅチ):黒い雷により対象1人に電撃攻撃を行う。
百鬼夜行Aチーム(リーダー隆司+メンバー9名)、百鬼夜行Bチーム(リーダー櫂+メンバー9名+元テレビ局職員10名)
・すべて黒ヘルメット、白特攻服、手袋。隆司と櫂は左肩に鬼の面。
・使用武器:サブマシンガン、小銃、ナイフ(共にAGW)
・全員がハイネックのシャツを着用しているため一見して区別はつかないが、病院から脱走した7名は首に包帯を巻いている。彼らを含め、すべて死体ゾンビ。
リプレイ
●
雨宮 葵(aa4783)は英雄の燐(aa4783hero001)と共鳴を済ませ、暗い森の中に居た。
地図を使って、傾斜のきつい場所は調べてある。
「このへんでいいかな……」
爆導索のワイヤーを射出し、柔らかい腐葉土に食い込ませる。
なるべく深く、奥へ。
崩れやすい土を抱く針葉樹の根よりも更に深い場所で爆破させなければ。
斜面の下方には、停車したいくつものバイクのヘッドライトが輝いている。
「何も知らない不良クン達に、土の塊をプレゼントしてあげる」
土に打ち込んだ爆導索にライヴスを込め、思い切り爆発させる。
爆風に土が巻き上げられ、高い針葉樹がゆっくりと傾ぐ。
「やっぱ、これだけじゃ足りないか」
林内でカチューシャを翼の如くに展開し、傾いで露出した木の根を掘り起こすようにロケット弾を連続して打ち込む。
土と木の根の濃い匂いが充満し、倒れた木が下方の木を巻き込んで更に倒れ、土砂が流れ下る。そこに、残りのロケット弾を撃ち込んで勢いを加速する。
「これでよし!」
葵は、土砂の波とその向こうに見えるライトを眺めつつ満足げに頷いた。
「山が動くぞ! 退避せよ!」
女首領である朱天王は、薙刀を構え、前を見据えたまま声を張った。
後方に停車していたバイク群のうち一部は唸りを上げて急発進し、国道をエージェント達に向かって突き進む。
エンジンを停止させていた残りのバイクはなすすべもなく土に埋まり、上から大木が倒れ掛かった。
「せっかくのいい具合の山道に、無粋なことをする」
難を逃れたバイク乗り達は悠然と立つ朱天王を護るが如くに円を描いて周回し、バイクを捨てて土砂から逃れたメンバー達は土砂の波を避けつつあたりを警戒する。
目標のごく近くで起こした土砂崩れは、不意打ちとしては速度も規模も弱く、単車をいくつかと、道路を埋めたに留まった。
「まあ、足はほどほどに潰せたし、退路は断てたかな?」
シャン……と澄んだ錫杖の音を響かせて、沖 一真(aa3591)が進み出た。
月夜(aa3591hero001) と共鳴し、白い狩衣に白銀の髪、烏帽子までを被った姿は現代の陰陽師と呼ぶにふさわしい。
「またお前か、『オヤカタサマ』。策を弄するのが好きだな」
朱天王は、その姿を認めるとわずかに笑んだ。手のひらを挙げ、彼女を護るよう周回するバイクに停車の合図をする。
「俺の陣営には軍師が足りない。いまからでも、仲間にならないか?」
ほんの一歩の距離まで近寄って、囁きかける。もう何度目かの問答だ。
ギンッ! と薙刀の柄が刃を弾く鈍い音がする。凍星を構えた三木 弥生(aa4687)が割って入ったのだ。
「朱天王殿! まだ御屋形様を引き抜こうとするのですか……そんな事は絶対にさせませんよ!!」
朱天王は、がしゃがしゃと骸骨の鎧を鳴らす侍巫女に視線を移す。
彼女の纏う鎧は、英雄の三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)の変化したものである。
「ふむ、元気でよろしい。お前のあるじを仲間にした暁には、お前も迎え入れてやろう」
停車したバイクに跨ったままの男たちが、怒声とも罵声ともつかない声を挙げる。
「いやコイツ、俺が殺すから。お嬢も見境なしに勧誘すんなよ!」
「ちびすけは、まだ甘い、役に立たない」
両名とも、左肩に四本角の鬼の面をつけている。おそらくは、細身で背の高いほうが櫂、中肉中背のほうが隆司だ。
「なっ……! 一度ならず二度までも、私を”ちびすけ”などと……! 絶対に許しません!!」
背の低さを揶揄されることには敏感な弥生が、怒りにふるふると震える。
しかしいま、私情に流されてはいけない。
『御屋形様』の防御を固めるには、櫂の対応は打ち合わせ通り他の皆に任せるのが上策。
(いつか、目にもの見せてやるのです!)
ぎりりとはを噛み締めながら心の中で叫んで、隆司から一真を護るようにずいと立ちはだかる。
装備品は骸骨の下の鎧から小物に至るまで、防御力を重視して選んだものばかり。
あるじの盾となる覚悟が甘いとは、誰にも言わせない!
『(オレぁあっちのボインのねーちゃんの方が良いんだがなぁ……)』
空気を読まず名残惜しそうな英雄の声も捻じ伏せて、きっと前を睨みすえる。
「始めようか、楽しい殺し合いの時間をな!」
直後に浴びせられる銃弾の雨を、オハンの盾と避来矢で防ぐ。
隆司はバイクに跨ったまま、懐から出したサブマシンガンで攻撃してきたのだった。
「殺し合いが楽しいなどと言う輩に、御屋形様は傷つけさせませんっ!」
侍としての矜持を懸けて、弥生は力いっぱい宣言した。
●
バイクはゆるやかに散開し、朱天王の周りにはサブマシンガンを構えた4人のメンバーだけが残った。
『(朱天王……奴と似た気質の同僚が、ミッドガルドにいた気がする)』
リーヴスラシル(aa0873hero001)は記憶を探るように呟く。
「ラシル…かつての仲間の記憶も戻ってきているのですね」
元の世界の記憶が曖昧な英雄を気遣うように月鏡 由利菜(aa0873)も呼びかける。
『(ああ。だが奴は完全に別物だ。造られた屍人に加減も同情も不要)』
リンクコントロールを使用し、互いに強く共鳴する。
絆の力ならば、遅れは取らない。
「想詞 結。今回は全力で邪魔をさせてもらうです」
『結の英雄、サラ・テュール。正確な役職は覚えてないけど、あなた達を阻む炎よ』
相手が名乗るならこちらも名乗るのが道理と、想詞 結(aa1461)、サラ・テュール(aa1461hero002)の両名は声高に名乗ってから共鳴する。結が一瞬にして成長したかのようにさらりと長い黒髪、青と緑のオッドアイ、傷のない鎧。
結は、『朱天王と闘ってみたい』というサラのたっての希望に応えて、主導権を譲った。
サラも結の信頼に恥じないよう、防衛の役目を果たさねばならない。
『私達だって容赦しません!』
黒と白、左右非対称の小さな翼を背中に持つ少女、CODENAME-S(aa5043hero001)も負けじとよく通る声で言う。
「…………」
能力者の御剣 正宗(aa5043)はたおやかな女性のような佇まいだが、歴とした男性である。とんでもなく無口なため、主にCODENAME-Sが会話を担当する。
『絶対に、皆を死なせませんよ!』
「今回は思いっきり楽しまなくちゃ。前回は状況もあって、あまり楽しめなかったものね」
フィー(aa4205)はフィリア(aa4205hero002)と共鳴し、和装の共鳴体へと変化していた。
フィーともフィリアともどこか異なる共鳴人格は、朱天王との闘いを楽しみにしてきたらしい。
逃がさないとばかりに、朱天王に向かって【縫止】を放つ。
「そうだな、同感だ」
朱天王はライヴスの針を気にすることなく、薙刀を構え直した。
向こうから来るのだ。ここから動く必要はない。
「久しぶりね。また仲間を増やしたようだけど?」
大門寺 杏奈(aa4314)はレミ=ウィンズ(aa4314hero002)と共鳴し、輝く盾を掲げる。
「おや、大門寺か。久しいな」
以前朱天王は、杏奈と戦場で会ったことがある。
そのときの朱天王は退路を確保するという約束に縛られて動けず、「次に挑戦するなら、先約のないときに」と言い残したのだ。
「増えたように見えるかな? だいぶ減ったよ。仮初めの仲間を連れてはいるが、大事な弟分を幾人も失った……」
朱天王の口調はまるで親しい友人に話しかけるようだった。
「あなたは言ったわ。人はひとりにて存在するに非ずと。ならば、私たちは攻撃、防御、回復……このチームで1つの戦力と言ってもおかしくない」
「お前の言う通りだ、大門寺。俺は嬉しいよ、お前が約束を守ってくれたこと。そして、俺のために布陣を整えて、この局面で敵として立ちはだかってくれたことが。敵が強くなければ、命を懸ける甲斐もありはしないからな!」
空気が唸りを上げ、朱天王の薙刀【毒百足】が力強く空を切る。
目的は直接攻撃ではなく、ライヴスの斬撃を飛ばす【薙ぎ払い】だ。
杏奈は相棒とも呼べる金色の盾をかざし、エキスパートカバーも使って守りを強める。
リフレックスが攻撃を反射し、呪いのダメージを与える。
他のエージェント達は朱天王を取り囲むよう位置取りし、攻撃を避けるように動く。
「我が名は月鏡由利菜、H.O.P.E.の騎士!」
デストロイヤーを元にした聖槍、スィエラを構えた由利菜が名乗りを上げる。白薔薇を模したドレス型パワードユニットを纏い、ライヴスを蓄積した槍を地面に突き立てる。浄化の奔流が放たれ、朱天王の周囲を固めた特攻服のメンバーの足並みが乱れる。
そこへ結が炎の大剣でストレートブロウを叩き込む。朱天王もこれを薙刀で受けたものの、持ち主の身さえ苛む紅蓮の炎の勢いに一瞬怯む。
更に死角から今度は透けるような刀身の「雪華」が狙う。
しかし、これは体勢を立て直した特攻服の少年によって阻まれた。
フィーの突きを一人が銃身で受け流し、もう一人がサブマシンガンを連射する。
「……っ、やるわね……!」
いくつもの銃弾を受けたフィーに、正宗が【リジェネーション】を使う。
共鳴したいま、正宗に女性らしさはなくなり男らしい力強さが加わるが、かわりにCODENAME-Sが担当していた会話も消え、ひたすらに無口である。
「取り巻きを、先に潰さないといけませんね」
杏奈はいつかの失敗を思い出していた。
朱天王の取り巻きの、連携の強さと士気の高さを甘く見てはならない。
「先に潰す、だと?」
それを聞いた朱天王が、唇を歪めた。
「俺の目の前で、弟分たちを、簡単にやれると思うなよ」
「堂々宣戦布告か……。嫌いではないが、あからさますぎる気もする」
日暮仙寿(aa4519)は朱天王の闘いぶりを眺めながら、そんな感想を口にした。
『(百鬼夜行が居た奥の道……カーブで見えなかったね)』
不知火あけび(aa4519hero001)も目立ちすぎる宣戦布告にどこか違和感を感じていた。
「奴らの布陣、匂う、匂うぞ。腐人だけに作為の香りがするのである」
『1010(同意)』
ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) と英雄の二足歩行戦車、ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)もおおむね同じ意見のようである。
「小官の記憶が正しければ、件のカーブに交差するように小道があったはず」
ソーニャは懸念事項があるなら無視はしない。それが戦場で生き延びてきた秘訣だという。
「もしも後方のBチーム、あるいはさらにその後ろ側に更なる敵が伏せていたとしたら? 小道を迂回して斜面上方の道に抜ける別動隊がいたとしたら……」
「本命の大窪寺を先に急襲されるか、こちらを挟撃される恐れがあるな」
ソーニャの推理に、仙寿が応える。
出撃を依頼された際にソーニャは周辺付近の地図を手に入れ、土地の高低、脇道の有無、全てを頭に叩き込んできた。
「別動隊を捜索すべきだと思うぞ」
ソーニャと仙寿はそれぞれ共鳴し、きつい斜面を登って森に分け入った。
「……じゃ、自分は本堂の最終防衛ラインにいきますか」
やる気満々の敵陣営と味方を横目に、鋼野 明斗(aa0553)はあっさりと後方に下がる選択をした。
敵の狙いが大窪寺の本堂奥殿だと分かっているなら、その最終ラインを護る人員も必要なはずである。
ところが、くいくいと袖を引く人物が居る。
いつも通り、英雄のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)である。
『強敵、正義執行! 燃える』
スケッチブックにはそう書いてある。淡い道路照明の灯りでも、そのくらいなら読める。
いやこっちは燃えないけど、などと言ってみても、火に油を注ぐ結果になるに決まっている。
少し考えた末、明斗はいつになく真剣な表情を作ることに成功した。
大真面目にドロシーを見据え、ぽつりと呟く。
「……………………真打ちは最後だ」
ががーん! と雷に打たれたようなわかりやすい表情をしたあと、ドロシーは何かに納得したらしく、軽い足取りで大窪寺へと向かう。
(ちょろい……)
正義を愛し、常に全力で正義を貫こうとするドロシーの扱いについて、ひとつ会得した気がする明斗だった。
「ふむ、このあたりまで来れば」
ソーニャは共鳴し、ラストシルバーバタリオンの胸郭部に収まっている。
地形図から言って、このあたりならば脇道に潜む敵も見つけられるはず。
ソーニャは背中に背負ったレーダーユニット「モスケール」を起動し、周囲50スクエアの索敵を開始する。
ゴーグルに現われた光点は、国道に集中していた。エージェントの後方の道から大窪寺へ向かう道を辿るのは、さきほど分かれた明斗だろう。そのほかは……。
「別動隊が発見、できない……?」
予想を外されたソーニャが動揺している隙に、マシンガンの弾が装甲を叩く。
装甲に被弾すれば、共鳴しているソーニャにもダメージとして跳ね返ってくる。
「なっ……?!」
「そこだな、小虫!」
暗い斜面を上がってくる者達がいる。
おそらくは、百鬼夜行のメンバー達。
「お嬢が言ってたぜ! そいつはレーダー機能があるが、鱗粉が光るから闇夜なら狙い放題だってな!」
確かに「モスケール」は稼動時にライヴスがきらめくことからそう名づけられた。
しかし、こんなに早く、その機能を逆手に取られるとは。
「うん、でも斜面で戦闘するなら、上に位置取りしてるほうが有利だよね?」
マシンガンの発射元を逆にリボルバーで狙うのは、さきほど土砂崩れを起こした葵だ。
明斗が後方に退き、仙寿とソーニャが斜面を上がって来るのを見て、ここで合流すべく待っていたのだ。
暗闇でも視野を確保するノクトビジョンで、動きに不都合はない。
規則正しく並ぶ針葉樹の幹を盾にしつつ、正確に狙いを定めてゆく。
「敵の狙いは何だ……? 脇道からのルートで、別動がいるものだと思っていたが」
月弓「アルテミス」で敵を射る仙寿の疑問に、ソーニャも戸惑い気味に答える。
「レーダー対策があるということは、これから分かれるつもりかもしれぬ。まずは目の前の敵を減らすべし」
ソーニャは人型戦車の頭部に搭載した12.7mmカノン砲を遠慮なくぶっ放す。もはや障害物ごと敵を粉砕するつもりらしい。
砲弾に幹を打ち抜かれた針葉樹が、ギギギ……と軋みながら倒れる音が響いた。
「『不動明王の威を以て、打ち祓わん!』」
一真は錫杖をかざし、走り続けるバイクに向かって【ブルームフレア】を放った。
狙いはあくまでタイヤ。少しでも損傷を与えれば、動きを止めることが出来る。
隆司はタイヤに異常を認めてバイクを停車させ、道路脇に停めて降りた。
「手下の半分くらいはあっちの姉御の方に行ったみたいだけど、いいのか?」
逢見仙也(aa4472)は黒ヘルメット達の配置を見て言った。
最初にAグループとして動いていたメンバーのうち、4名ほどが朱天王の周りを取り囲み、いま隆司の側にいるのは5名に過ぎない。
「いいんだよ。あいつらはお嬢のそばに居たくて、わざわざ来た奴らなんだから」
補導され、意識不明のまま入院していた少年たちが、自ら命を断って脱走した、という情報はエージェントにも知らされている。
「良いリーダーだな。朱天王もお前も。そっち側じゃなかったら、ライバルになれかもしれない」
そばに行くためだけに自決を選ばせるほどの求心力とは、何なのだろうか。
間違っている、という気持ちと、それほどまでに誰かを慕えるのか、という迷いが、せめぎあう。
『言葉を飾っても、死体は死体だろうに』
ディオハルク(aa4472hero001)が、仙也の中から言葉を発する。
それは相手を蔑んでいるわけではなく、ただの事実としての認識らしい。
【ストームエッジ】により、両刃の直剣レーヴァテインが多数召喚され、空中で敵に向かう。
「隊列を組め! アレの攻撃は単調だ」
言葉を発する前から通じ合っていたかのように、メンバーたちは素早く一列に集結した。
少年とは思えない正確なマシンガンの連射で、荒れ狂う刃の嵐を迎撃する。
魔法によって召喚された刃は、その多くが地に叩き落され、跡形もなく消え去った。
「そこまでして……お前らは、一体何が望みなんだよ!」
一真が最初に出会ったとき、まだ彼らは暴走族の域を出ていなかった。
それがどうだろう。戦闘を経るごとに経験と訓練を積み上げ、いまではまるで精鋭の兵士だ。
秘伝書『金烏玉兎集』を紐解き、展開させる。
霊術の知識を詰め込んだ巻物は生き物のように一真を取り囲み、霊力に呼応して式神を発生させる。
飛びかかる十二の式神にも、隆司は冷静だった。
「分散して魔法攻撃を避けろ! ガラ空きの本体を狙え!」
ダメージは覚悟の上での特攻。いくつもの銃口が一真を狙う。銃弾が飛び交う。
「させませんっ!」
その中を、弥生がオハンの盾をかざして前に進み出る。至近距離で攻撃の反射を受ければ呪い不可避のリフレックス付きだ。
「おっと。お前らいつも一緒にいるのな」
盾を前にして、隆司は引き金を引く指を止める。
「私はどんなことがあっても、御屋形様を御守りし続けます!」
漆黒の凍星を構え、必死に自分を睨みつける弥生をヘルメットのバイザー越しに見下ろしながら、隆司は苦笑混じりに言う。
「だったら、わかるんじゃねえか? 俺達は、お嬢を護りたい」
●
「聖剣ナンナ、猛る毒を断ち切れ!」
由利菜がレーギャルンの鞘から振りぬいた聖剣で朱天王に切りつける。浄化の白い剣閃のほとんどは躱されたが、朱天王の腕を深く傷つけた。
「貴女自身に相手して貰うには、正面からのほうがいいみたいね?」
フィーは得物を雪村に持ち替え、薙刀と切り結んだ。
氷の刃が輝く細片となり、毒の刃と交わる。
朱天王の取り巻きの銃弾での傷は、正宗の【リジェネーション】のお陰でだいぶ癒えた。
目的は足止めであって致命傷ではない。
「あぁ、楽しいわ。貴女にはあの子の遊び相手になって欲しいくらい」
共鳴人格のフィーは、能力者のフィーのことを『あの子』と呼ぶ。
『あの子』もまた、朱天王と刃を交えるのを楽しむだろうと思ったのだ。
「貴女のこと、少し分かったわ。傷つかないわけじゃないのね。平気そうにするから、直っているのかと思ったけど、それも違う。我慢強いの? それとも『痛くない』の?」
由利菜の攻撃で、確かに深い傷がある。しかし朱天王は痛みなどないかのように振舞った。
「そっちに連携があるなら、こっちだって連携攻撃です!」
フィーが朱天王の相手をしている間に、結は燃える大剣で周囲に控える取り巻きのひとりに目標を定めて攻撃する。
【オーガドライブ】による猛攻を、杏奈の盾がサポートし、周囲からの銃弾を防ぐ。
「……来たれ、黒雷(くろいかずち)」
不意に結を襲ったのは、朱天王の闇のような電撃。
大剣ごと、結を灼く。
電撃ショックにより動けなくなった結を、正宗の放つケアレイの光が優しく包んだ。
『(朱天王と百鬼夜行…主従としては理想的な形ではある)』
リーヴスラシルは、次の攻撃の機会を慎重に窺う。
朱天王の隙を、取り巻きがカバーする。取り巻きを集中攻撃すれば、朱天王がカバーする。
こちらに連携があっても、なかなかに厄介な相手といえた。
「(ですが……それだけの力を持ちながら、あえて包囲を突破しようとする様子はない……)」
由利菜も頷く。
何を見逃している?
敵は、何を企んでいる?
「朱天王は、多くの人を殺す……! それでいいのか」
マシンガンの銃弾を、仙也がインタラプトシールドで展開した日輪舞扇が受ける。
一真自身も、プロテクトフィールドによって魔法防御を物理防御に変換しているが、それぞれにダメージは避けられなかった。
「死体と会話が成り立つと思わないほうがいいんじゃないか」
仙也はドライな口調で切り捨てる。
それもある面では正しいと感じながらも、一真は答えを探さずにいられない。
「御屋形様、援護いたします!」
弥生が【縫止】を放ち、隆司の動きを止める。
その隙を逃さず、雷の槍で貫く。
「『九天応元雷声普化天尊 』!」
仙界の至尊よ、我に力を与えよ。
願わくば、浄化の力を。
深い闇の底まで、届くほどの。
「……お嬢の雷のほうが、もっとずっと痛いぜ?」
隆司は、軽口を叩いてみせるが、その口調はいつになく弱々しい。
「お前、どんな顔してんだよ」
「はあ? 腐ってるって言ってんだろ?」
おそらくH.O.P.E.から警察に問い合わせれば、生前の写真の一枚くらいは手に入るだろう。
だがそうではなく、隆司本人のいまを知りたかった。
「お前ら、時間掛け過ぎだ。来たぜ、俺達の新しい仲間が」
隆司の言葉にはっとした時には、もう夜空が唸りを上げていた。
「うむ、なかなかに面倒な戦略を取る輩であるな」
傾斜のある林内で闘い始めたソーニャ達は、予想外の苦戦を強いられていた。
敵の一体ごとの戦闘力は、たかが知れている。
しかし、障害物の多い森林という立地を生かして死角からの攻撃を仕掛けてくる上に、モスケールの使用を封じられた。試しに起動するたびに狙ったように集中砲火である。
暗視野装置と高射程の武器で少しずつ相手の戦力を削るが、何人削れたかも定かではない。
そうこうしているうちに、こちらも傷を負ってゆく。
「何が狙いだ……?」
仙寿もアルテミスで幹を避けつつ攻撃する傍ら、鷹の目を飛ばして周囲の警戒を続けていた。
しかし、脇道はおろか、森の中を突っ切って抜け駆けしようとする敵も見つけられない。
「突破されなければ、いいんじゃないの?」
近接戦闘がメインの葵も当惑顔だ。
手持ちのリボルバーは射程が短く、潜みつつ近づいて一人ずつ仕留めるしかない。
そのとき、鷹の鋭い聴覚が動物ではない、機械の上げる轟音を捕らえた。
●
明斗は大窪寺の本堂奥殿の前に陣取って、じっと耳を澄ませていた。
たとえ味方をすり抜けてくる敵がいたとしても、まっすぐ道通りに来るようなやつらなら、いくら強くても怖くはない。
(本当に注意すべきは、足音を忍ばせて……姿さえくらませてやってくる敵)
国道付近で朱天王の攻勢を防ぐチームとは別に、本堂付近を守るためのエージェントも配備されていた。
彼らを信用しないわけではないが、どうも何かが引っかかる。
山側では、別動のエージェントが山中から現われた血塗れのゾンビ達に応戦しているところだ。
「戦闘機が? 善通寺に、爆撃、だと?!」
そんな声を聞いたのは、本堂を守ってからどのくらい経った頃だろうか。
本堂配備のエージェントが、何かとんでもない言葉を口にした。
「……何の話です?」
勿論エージェントは通常兵器では傷つかない。
しかし爆弾ガ落ちれば衝撃は受けるし、爆風では吹っ飛ばされる。
スマートフォンを持ったままのエージェントは、善通寺からの報告を伝えた。
「はあ? 善通寺に戦闘機が現われ、爆撃? エージェントの奮戦により誘導弾の直撃は避けられた? 冗談はよしましょう。誘導弾と戦闘とか……」
もし本当に出来るならここにいる誰かお願いします、と明斗が言いかけたそのとき、空気を切り裂くようなエンジンの爆音が響いてくる。
情報によれば、善通寺に現われたのはF-2型戦闘機。
善通寺方面から大窪寺まで、数分も掛からないはずだ。
ライトアイを使用したクリアな視界に、軍事色溢れる飛行物体が映る。
「なんか、高度が低い気がしますけど。まさか、真っ直ぐこちらに向かって……?」
振り返ると、退避! と叫ぶ声が聞こえる。
明斗もさすがに、戦闘機との直接戦闘を試みるような無謀なことはしない。
ギリギリで退避した奥殿めがけて、戦闘機本体が突っ込んできた。
直撃はせず、わずかに屋根を掠めただけだが、それでも爆風で屋根全体が大破する。木片と瓦があたり中に散乱する。身を低くして破片の直撃を避けた。
戦闘機はそのまま奥殿の向こう側の地面を、轟音と燃料とパーツを派手に撒き散らしながら滑走した。
軌跡を炎上させながら進んだ戦闘機は、森の木を薙ぎ倒しながら進み、斜面に激突して爆発することでようやく止まる。
山あいの閑静な寺が一瞬で燃え盛る地獄絵図へと変わり、誰もが言葉を失った。
続けて起こったドンッ! という爆発音は、誰もが機体の燃料の爆発だと思った。
実際に炎上する機体のほうでも、いくつかの誘爆が起こっていた。
物理的な力では傷つかないとされるエージェントですら、熱気と爆風で近づけない状態だ。
だから、気づくのが遅れた。
それが、『大本命』の攻撃だということに。
「……やられた!」
初めに気づいたのは、明斗だった。
飛行燃料の誘爆に比べれば、取るに足らないほどの小さな爆発。
それだけで、弘法大師が納めたという、奥殿に古来から存在する貴重な仏像は、粉々に砕かれた。
●
「こちらは成功したか。まったく危ない橋を渡ったものだ」
朱天王は少しおどけたように言う。
国道側からも、大窪寺の大炎上は明らかだった。
「何をしたのです……?」
血の気を失う由利菜の問いに、朱天王は気軽に応じる。
「俺が仲間にしたのは、いまここにいる者達だけではないということさ。飯塚と穂篠を脱走させ、目立ったことをしたからひやひやし通しだったぞ。いつ、『自衛隊員全員の感染調査が行われるか』とな。そんなことがあれば、あの機体は離陸すら出来なかった」
あまたの死人を束ねる女首領は、ほんの少し笑んだ。
「徳島に、空の港があるだろう? 民間の空港だが、自衛隊の滑走路も併設されている。当然、空を護る機体も保持している。今回仲間にしたのはそこの兵士だよ。陸自の駐屯地もあって、ずっと前に、そこから飛び立った輸送ヘリを人材ごと頂いた事もあったな」
「だからと言って! このまま貴女を無事に帰しはしません!」
杏奈は誓いの剣に持ち替え、渾身の力を込めて朱天王に向け振り下ろす。
剣は弾かれず、その肩口に深く埋まった。
肩に剣を受けたまま、女首領は杏奈に語りかける。
「大門寺、誤解しているぞ。もうこれで……俺が帰らずとも良い」
「新しい仲間……だと?」
仙也は隆司を詰問した。
一真、弥生のいる場所からも森の炎はよく見えた。
「お嬢の仲間がここにいる奴だけだと思ったか? 甘えよ、お前たち。ただの族のガキに、あのでかい瀬戸大をボコボコに出来るだけの甲斐性があるとでも? ちょっと考えりゃ、爆発物の専門家がいるって分かるだろ?」
そういうと隆司は、黒いヘルメットを脱いだ。ちょっと暑苦しいから脱いだとでもいうように、何気なく。
髪を掻き揚げる、その下の顔は、普通だった。
少し生意気そうではあるけれど、どこにでもいそうな、ちょうど夜のコンビニでたむろっていそうな、十代の少年。一真と同じ、高校生くらいに見える。
「その顔……」
「腐ってねえ、って? いまお前らが見てるのはまやかしだよ」
隆司は幼さの残る表情で言った。
「お嬢の成果を直接見たくてな。それと、あいつらを先に行かせてやんねえと。いままでお嬢と離れ離れになってたのは、俺がヘマしてサツに捕まったからだもんな」
辺りを見回しても、隆司の配下はもう見当たらなかった。大窪寺の炎上と隆司に気を取られて、消えたのに気づかなかった。
「ああ、あのときはお前もいたんだっけ。じゃあやっぱり、殺さなきゃ」
一真を見て、隆司はちょっとしたことを思い出したように呟く。
あのときとは多分、百鬼夜行の調査に初めて入ったとき。
隆司を除く全員が、一旦警察の保護下に入った。生きている少年たちは病院に収容されたが、死体が再び動くことに気づかず、まんまと逃げられてしまった。
そのとき生きていた少年たちも、今回自死してまで朱天王の元へと戻った。
「この社会はとっくに病んでるよ。クズがクズを量産する。ちょうど俺達みたいなのを。誰もそれを止められないなら、滅んだ方がましだ」
マシンガンは肩掛けにされ、その手には大振りのナイフが握られている。
「ふざけるな。決めつけるんじゃねえ」
仙也はは反射的に、手にした直剣で隆司の首筋を切り裂く。
だが噴き出す血はない。その体はとうに死んでいるのだ。
「絶対に、止めます!」
弥生は動きを止めるべく、凍星で両脚の腱を攻撃する。
隆司は立っていられなくなり、膝をついた。
澄んだ音を響かせて、一真は錫杖をかざす。光り輝く経典の句が大きな円を描き、隆司をも取り囲む。
「どうして、そんなにも絶望しちまったんだろうな。世の中にはいいやつも沢山いるのにな」
「……お前みたいな甘ちゃんとか、な?」
白光が輝き、隆司の体に吸い込まれてゆく。
破邪の力が生死の理から外れた存在を砕き、隆司をただの死者へと戻した。
「何があった?!」
大窪寺の炎上を見て、仙寿をはじめとしたBグループ対応組もアイテムで回復を行い境内へとやってきた。
明斗と挟撃の作戦ではあったが、もうそれどころではない。
「不覚を取った。戦闘機が特攻した派手さに気を取られて、薬師如来像を爆破するための爆薬を仕掛けられたのに気づけなかった」
本尊が爆破され、大規模な山火事も起こって現場は混乱を極めているが、明斗は冷静だった。
「陽動に次ぐ陽動。この大火災すら陽動とは。敵の軍師もさるもの」
敵の作戦を警戒し続けていたソーニャも、そこまでは読みきれなかったと人型戦車の中で舌を巻く。
「全体が囮、か……」
仙寿はきり、と唇を噛んだ。
朱天王はこのときのために、どれだけの準備を重ねてきたのか。
その部分を考慮しなかったことが、今回の敗因だ。
「君達、怪我は?!」
大窪寺の防衛に当たっていた中年のエージェントが話しかけてきた。
明斗も何度かすれ違った人物だ。
「あの、間違っていたらすみません。先に謝っておきます」
世間話をするような口調で言いつつ、明斗がハストゥルを展開させるのを見て仙寿もソーニャも、離れたところにいた葵も残らずギョッとした。
「何を……!」
「確かめる必要があります」
短く語り、何度か会っている相手に向かって迷わず矢を放つ。
明斗が感じていたのは、軽い違和感でしかなかった。
装備していたはずの武器がなかった、それだけのこと。
しかじそのまま見過ごすには、違和感が勝った。
ビシッ! と何かが割れた音がして、男の姿が変わる。
陸自隊員の迷彩服に、迷彩帽。どこかで見た顔立ち。
「飯塚二尉、ですね。脱走報告のあった」
以前、徳島第一駐屯地で事件を起こし、そのまま拘束入院措置の取られていた人物。
「確か、捕獲は生死問わずだったな?」
仙寿はすらりと小烏丸を抜き、ソーニャもファルシャを構える。葵も銀色のバルイネインST00を抜く。
「いいや、心当たりがないね。人違いでは?」
男はにこやかに言うと、早業で懐の小銃を抜き、明斗と仙寿を続けざまに撃った。
被弾しつつも仙寿は小烏丸を振りぬく。刃は相手の腕を深く切りつけ、鮮血があざやかな華のように散る。
(赤い血……! 生きた人間か……!)
飯塚は入院により延命治療を受けていたため、まだ生きているのだ。
そのことにわずかに動揺する間に、飯塚は森林の道なき道を駆け下る。
「逃がすか!」
足には自信のある葵が追うが、飯塚は足場の悪い場所での訓練を受けているのか、やけに早い。
あっという間に国道まで辿りついた飯塚が、振り返って葵の利き腕と足を撃ち抜く。
腹立たしいほどに、正確な射撃だ。
間もなくナンバーを塗りつぶしたマイクロバスが停車して、飯塚を拾って行った。
交戦を続けていた朱天王の元にも櫂が駆けつけ、朱天王を護る少年たちと共に去ったと言う。
彼らが去る直前に、エージェントの何人かは見た。
黒いヘルメットを被った少年達の幾人かは、首に包帯を巻いていたのを。
何がそこまでの行為に駆り立てたのかは、彼ら以外の誰にも分からない――