本部

なくした君

狩井 テオ

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/05/14 07:26

掲示板

オープニング


●目覚め
 君は目覚めたら、違和感を覚えた。
 何がどうこう言うわけじゃなかった。
 ただ、“普段と違う”という強烈な違和感を覚えた。

「あれ……?」

 君は起きると日課になっているコーヒーを淹れることにした。
 そこでまた違和感。
 何故か、マグカップを二つないし三つ用意してしまったからだ。

 ──。

 首を捻った君は、家のロビーにも違和感。
 二人分、もしくは三人分の椅子とテーブル。
 自分の趣味ではない雑誌に、飾り物。

 おかしさを隠しきれない非日常に、君はとうとう日常生活を放り出して違和感探しを始めた。
 使ってないはずの一室。君とは異性の服に調度品。──懐かしい香り。
 洗面台。先の整った自分の歯ブラシに、先が乱れた歯ブラシ。
 何もかもが、“何かの思い出”に包まれていた。

 呆然とした君はソファーに身をうずめる。
 知らず、頬に涙が伝った。

 なくした何かが、胸を占める。どうしようもなく、色々な想いとなって。
 その時、君はどう行動する?

●目覚め
 寂しさと切なさにハッとベッドの上で目覚めた君は。
 二度目の朝にほっとした。
 記憶がある。馴染む、英雄の思い出。

「おはよう」

 部屋をノックせずに現れた英雄に、君は目に涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべた。

「おはよう!」

解説

概要:夢の中で、英雄が消えた体験をする能力者です。
夢の中なので、大体なんでもありです。
朝、ちゃんと目覚め、英雄に声をかけられるまでがリプレ描写になります。
個別リプレイです。

目的:醒めることのない夢の中で、いなくなった記憶も朧げな英雄に思いを馳せます。

できること:
はっきりとまでは思い出せませんが、ここまでは? と攻めてみていただくのはとても嬉しいです。
もちろん日常生活を送っていただくことは可能です。

できないこと:
屋内をでること。(夢なので出られません)

リプレイ

●なくしたくない君
 ぱちっと目がさめる。
 御代 つくし(aa0657)は枕元に置いてある時計を見た。いつもと同じくらいの時間だ。
(まだ眠いけど起きなきゃ。──に叱られる前に)
 布団が気持ちよくてまどろむつくしを押しやるように、何か違和感がよぎる。
 何か、なくしてはいけないものの喪失感。
 体を起こして家に響くように呼びかけてみた。
「おはよー、……?」
 名は言葉にならず。
 いつも誰かの名前を呼んでいたはずなのに、どうしてか言葉にならない。
 慌ててベッドから出てパジャマのままリビングに小走りに行く。
 いつもあるはずの朝食がない。
 いつもいるはずの──がいない。
「……?」
 何か、違う。いつもならあるはずのものが、無い。なんだろう。どうしてこんなに気持ちが焦るんだろう。
 何もないテーブルに手をつく。動悸が止まらない。
「……――!」
 すう、と息を吸って。名前を呼びたいのに言葉にならない。
 リビングから出て走る。──がいるはずの部屋を開ければ、本がいっぱいある部屋とか、別の部屋を開ければ、私の服じゃない服とか、誰かが一緒にいた形跡はある。あるが。
 リビングにも、どこにも、誰もいない。
 写真立てを見ても、部隊の皆の写真はあるのに探している人がいない。
「……いやだ」
 祈るように念じるように手をぎゅっと握っても、そこには何も無い。
 やったことないから? だからここに来てくれないの?
「……すてないで」
 お父さんやお母さんがしたみたいに、私はいらなくなったのかな。だからどこかに行ってしまったのかな
 名前も思い出せない、私の大切な。
 でも 視線や言葉の、ぬくもりは覚えている。
「嫌だ、いやだ、やだ……っ」
 どこかで思ってたのに。『今』がずっと続くわけない。いつか二人ともいなくなる。
 もしかしたら、私はずっと……いらなかったんじゃないかって。
「行かないで、ここにいて……っ――!」
 『何があっても折れないこと』を約束にしたのは、前を向けるようにっていう英雄の優しさで……でももしかしたら、私が早く折れるように願っていたんじゃないかな。
 そうしたら、元の世界に帰れるかもしれないから。
 ずっと私は邪魔だったんじゃないかな。
 泣きながら、そんなことを考える。
 恐怖は形となってしまったのか。つくしが思っていたことが、現実に。
「そんなこと、ない」
 首を振る。否定と願いを込めて。
「ひとりは、いや……!」
 ぷつり、と意識が途絶える。まるでテレビを消したように。


 泣き疲れて眠ってしまったのかな。まだ夢の中にいるような気がして。
 まどろむつくしを押し上げたのは、夢の中の強い不安だった。
 ハッと目が覚める。目の前に太陽の光を浴びた姿で、いた。
 夢の中でどれだけ呼んでも言えなかった名前。メグル(aa0657hero001)。
『おはようございます、つくし』
「メグル」
 いつもの声、いつもの朝。つくしはそれだけでとても安堵する。
 名前も、呼べた。それがどれほど嬉しいことか。改めて噛みしめる。
『……どうしたんですか? 何か悪い夢でも見ましたか?』
 表情の硬いつくしを心配した姿は、いつものメグルだ。
「……うん。ちょっとだけ、怖い夢だったかな!」
 ぱっと布団から起き上がって、つくしは笑顔を作る。とびっきりの。
 心配なんてさせない、いつもの朝を迎える。
 にこりとメグルは笑う。それだけでつくしは幸せになる。今が嬉しい。
『朝食、できてますよ』
「うん!」

 大切な『今』はここにある。まだ、大丈夫。


●記憶に刻まれたやり取り
 桜茂 まみ(aa1155)が目覚めて最初に違和感を覚えたのは、部屋の間取りだった。
 アラサー女子の一人暮らしにしては、3LDKは広すぎる。
「恋人募集中だから恋人もいないし……あ。なんか泣けてきた」
 自分でツッコミを入れてさらに虚しさを覚えるけど。
 でも。
 誰かいた気配がある。そんな気もした。
 恋愛感情なしでマジで受け付けない誰か。
 いつも人を小ばかにしたような口調で、本当に小ばかにしてくる誰か。
 でも何だかんだ言っていつも気にかけてくれてた誰か。
 大事な誰か。
「大事? うん……きっと、たぶんそれなりに大事だったんだと思う」
 じゃないと、今こんなに胸を締め付ける切なさは嘘になる。胸に手を当てて、まみは一瞬だけ物思いに沈む。
 それから、人のいないがらんどうのリビングを後にして、まみはこの広い3LDKを見て回ることにした。
 どこかに、切なさの答えがある気がして。
 とある部屋を開けたまみを迎えたのは、まみの趣味じゃないもののオンパレード。
 誰かの気配。
「なにこれアニメ?」
 まみが見ることのないアニメのイラストや、よくわらないキャラクターグッズで溢れている部屋。
 決して身に着けないだろうセンスの豊富な指貫グローブとバンダナ。 
 そして、センスが壊滅的にださい服。
「だっさ」
 思わず口に出してしまった。
 全部が全部、受け入れがたい。今は何故か思い出せない誰かの痕跡。
 見るのがつらくて視線を逸らした。
(「ぷふーっ!!! 姐さんセンチメンタルとか似合わなすぎwwwマジうけるwww」)
「なによ! 私だって! そういうのになるわよ! そんなお年……年のことは言うな!!」
 ツッコミをいれてからハッとする。
「って! 今の誰!?」
 誰かわからないけど。
 いや、わかっている。
 頭に浮かんだということは、ここに関係あるひとなのだろう。首を振って、まみは思い出のある部屋を見渡した。
「きっとあいつだわ」
 ふっと切ない、優しい微笑みを浮かべた直後。
 まみは豹変した。
「っていうか、そもそもなんでうちがよく顔も思い出せない奴のことをウジウジ考えなきゃいかんの? ありえなくない?」
 いない相手に、主に物品に向かって愚痴を投げつけている。
「なんなん? 勝手に人の記憶に居座ってわけわからんこと言ってだけだら? うち被害者じゃん! あー! 思い出したらふんとにやっきりしてきただら!」
 出てる出てる、本性でてる。
「ふんとあんのおだっくいに振り回されてるうちバーカ可哀想じゃんな? もう一回ぶっさらうしかないだら!」
 とても不穏な言葉を発しつつ、まみは意識が薄れていくのを感じた。
 外から、呼ばれている。
 薄れていく景色を意識にまみはやっと理解した。
(夢、かぁ……)


 うるさく何度も呼ぶ声に、布団の中で唸って。ぶっさらってやろうかとまみが顔を上げた。
 いたのは、松田 拓海(aa1155hero001)だった。
『姐さん! 姐さん!! もう朝ですよー? 会社遅刻するぜー? っていうか低血圧じゃないでしょwww遅刻とかマジウケるんですけどーww』
「やぶっせたいんじゃ! こんばかっつらがぁ!」
『ゴブラッ!』
「ハッ、私ったら何を……?」
『寝起きで人の顔面強打するとかもうマジでありえないんですけど……行き遅れ確定ww』
「拓海くん!」
 もう一回殴ったろうか。
(「なんだろう……よくわからないけど今はこのやり取りが愛おしい」)
 殴ってやりたいし、だっさい服は相変わらず目障りだったけど。
 胸に残っていた切なさにまみは気づかず、ぎゃあぎゃあと騒ぐ拓海を部屋から追い出してまみは一人、笑みを浮かべた。


●忘れじの君
 花邑 咲(aa2346)は小さな一軒家に住んでいた。
 寝室は一つ、ひとりでは大きすぎるベッド。
 リビング兼客間には、暖炉とキッチンが一緒に備えられている。
 そしてちょっとした自慢は日当たりのいいテラス。庭には色とりどりの植物が植えられていた。
「この部屋はこんなに広かったかしら……?」
 いつも通りに目覚めた咲は、大きなベッドで一人目覚めてからずっと違和感を覚えていた。
 隣にあるはずの温もりがないこと。聞こえてくるはずの音が聞こえないこと。
 誰もいないこの部屋、家に強い違和感を覚えていた。
(「大切な存在を忘れてしまっている」)
 そう咲が思い始めたのは、両手の中指にはまっている指輪の存在に気付いた時だった。
 それも目覚めてすぐ。
 指輪を目にした瞬間、愛おしさと寂しさが咲を包み込んだ。消えない傷のように、優しく。
 愛おしそうに指輪を触っても、何もない。ただ、硬い感触が残るだけ。
「──」
 喉まで出かかった名を呼ぼうとする。
 呼べない。
 誰かを忘れてしまっていることが重くのしかかった。
 思い出せないことが苦しくて、悲しくて、とても辛い。
 どうして忘れてしまったのだろう。誰を、忘れてしまっているのだろう。
 寝室には、それ以外にも見覚えがないものがあった。
 見慣れない男物の洋服に、明らかに咲のものではないと分かるもの。
 これを着て過ごしていたものが、この家に少なくともいたという証。
 咲は逸る気持ちを抑え、リビングに来た。
 早く思いださなければという焦燥感が、心が急いていた。
 それでも、と落ち着くために息を吐く。
 部屋の誰かの気配を探すために動く。
 まずキッチンに向かう。
 食器棚に伏せられていたのは、三つのカップ。
 刻印は「M」「B」「S」。
「Mは私、BとSは」
 覚えがない。ちくりと胸が痛んだ。
 リビングに大切そうに置かれていた三冊のアルバムを一冊を手に取った。
 写真をとる癖をつけていた咲は、これなら何か手がかりがあるのではと思ったからで。
 一冊目は、幼いころの咲。
 二冊目は成長した咲の姿。
 三冊目。近年の姿。日本に来てからの写真だ。
 咲は、二冊目の後半と三冊目に強烈な違和感を感じる。
「誰、誰なの……?」
 忘れてはいけない誰か。
 不自然な姿勢で写っていたり、隣の誰かと笑い合っているような、誰かと並んで写っている、そんな写真ばかりがあった。
 隣には誰も写っていないのに。
 結局、家を見つけても気配があっただけで、誰かまでは理解できなかった。
 喪失感が包み込む。探す間に零れてきた涙も堪えられず、咲はそのまま眠ってしまった。


 目覚めは優しいぬくもりに包まれていた。
 心配そうに咲を覗き込むブラッドリー・クォーツ(aa2346hero001)の姿。
(「珍しい。いつもわたしよりずっと遅くに起きるのに」)
『大丈夫ですか? マリア』
 何故そんなことを聞くのだろう。こんなに満たされた気持ちなのに。
(「変なブラッド」)
「……えぇ、大丈夫。大丈夫よ、ブラッド」
『ですが……』
 ブラッドリーの温かい手が、咲の目元を優しく撫でた。
 泣いていましたよ、と指摘され、自分でも驚く。
 思い出される、恐怖と喪失感。しかしすぐに首をゆるく振った。
「……少し、怖い夢を見たの。……でも、貴方の顔を見たら全部忘れてしまったわ」
 ブラッドリーからは笑みが返された。
 優しい、温かい時間。これが、忘れていたもの。
 二度と、忘れない。


●忘れたことを忘れちゃう恐怖
 木造二階建ての一軒家。
 両親とリッソ(aa3264)の三人暮らしだ。
 ベッドから出て朝ごはんのいい匂いを辿り、一階のリビングに向かう。
「なにか忘れてる気がするけど……なんだけっけ?」
 リッソはそれがわからず。リビングで出迎えた朝食と両親に気を取られた。
「朝寝坊よ、リッソ」
「おまえは相変わらず朝に弱いなぁ」
 苦笑し笑い出迎えられる、いつもの光景。
 でも、何か足りない気がする。
 そして、多かった。
 リッソは両親に気づかれないように、そっとそちらに視線を向ける。
 椅子が、二脚多かった。
(「予備の椅子が出しっぱなしだった?」)
 そんなことがあるのだろうか。
 昨日、来客はなかった。じゃあこの椅子はなんだろう。

 疑問を振り払って、朝ごはんを食べ終わる。
 その時に頼まれた洗濯物の手伝いのために、着替えに部屋に戻る。
 途中、リッソが部屋に戻る間に、ドアにかかった何かが書いてあるのに読めないプレートにぶち当たった。
 これが少なくても二部屋分。
 これは誰の部屋?
 両親でも自分でもない部屋。
 こっそり中を覗けば、部屋にはぎっしりと本が詰められた書斎のような部屋だった。
「ちょっとだけなら……」
 急いで着替えて行けばバレないはず。と好奇心が勝り、中に入る。
 片付けられた机の上にあった本を手に取る。
 ミステリー小説だった。
 覚えがないはずなのに、表紙をみただけで。事件を、内容を、犯人を知っていた。
 部屋を見渡すと、コート掛けには緑色の外套。誰にものでもない耳飾り。
「誰のだろう」
 触れようと手を伸ばしかけて、母親の声で引き戻された。

「リッソー! 何してるの、早く手伝って!」
「は、はーい!」
 早く行かないと怒られちゃう。
 探索は後でもできる。後で探そう。
 階下に降りて手伝うために玄関の扉を開けたところで、意識が途絶えた。


 起こしに来た鶯衣の声かけで目覚めたリッソは、鶯衣(aa3264hero002)の顔を見た瞬間、夢の内容を思い出した。
 同時に、忘れていたことを悲しく思った。
 忘れっぽいことは自覚しているが、いつか大事な人のことも忘れてしまうのではないか、と。
『朝食の準備が出来ましたよ、坊っちゃん。父上殿も母上殿も、鴉の方も坊っちゃんをお待ちしております』
 でも、心配させちゃうだろうから、鶯衣には言わないで平気なふり。
 にっこり笑ったつもりだけど、鶯衣は静かな目で見つめてきた。
『……悲しそうな顔をされております。悪い夢でも見られましたか?』
 バレた。これで慌てるとさらにバレる。
「おはよっ、リエ! ちょっと変な夢を見た気がするけど、おいらは大丈夫!」
『変な夢?』
「今日の朝ごはんなんだろー!」
 大きく伸びをして、鶯衣の視線から逃げて、なんでもないような顔を作る。うまく作れているだろうか。
 しばらくして溜息をついた鶯衣が諦めたように苦笑した。
『何かあったら、遠慮なくいってくださいね』
「う、うん」
 忘れても、思い出せばいい。
 だって、今はこんなに傍にいるのだから。


●目の前で去っていく、誰か
 海は荒れに荒れていた。天気も最悪だ。窓の外から見る。
 灰色の景色、海。
 海沿いにある大きくも小さくもない木造の家は、軋んでいた。壊れないのが不思議なくらいだ。
 用意した先ほど作った四人分の食事がある。でもこれは違う。
(「俺のは」)
 窓の外をみた。相変わらず荒れに荒れていた。
(「誰も帰ってこない……」)
 呉 琳(aa3404)は窓の外を見た。
 人影が一つ、手招きをしているように見える。
(「ここから出るわけには、家族が決めた……殺されない為に」)
 琳の頭に木魂するように、何度も何度も言い聞かせられる。

 ここから出るな。

 ここにいれば護ってやる

(「絶対に行かない。外にいるのは皆、敵だ」)
 腕を強く掴む。
 孤独感、危機感、色んな感情がごちゃ混ぜになって。

 でも。
(「あの人影は見覚えがある。あれは俺を殺そうとした人間じゃない」)
 そこまで思い出せるのに、それ以上は思い出せなかった。
「あの人は……」
 言葉に出した途端、今まで抱えていた恐怖以外の感情が沸き上がる。郷愁。
 ぽろぽろと涙が零れる。懐かしさに。切なさに。
 ぐいっと乱暴に目をこする。視界をクリアにして、窓の外をみた。
「もう一人いる」
(「あの人影も見覚えがある。優しくて、いつも笑っていて」)
 その影は、琳は恐怖を覚えた。
(「少しだけ怖いその人の手は、こちらへ差し伸べられていない」)
 何か意味があるのだろうか。
 待ってない? 自分を?
(「でも、でも、こっちをみて微笑んでいるように見える」)
 家族の強い言葉を思い出した。
 ここから出るな。ここにいれば護ってやる。
「俺は、あの二人が、家族に護ってもらわなくても、あの二人が良い」
 決意を口にする。あとは簡単だ。
 はめ込みの窓を開けようとして、開かない。叩いても。玄関に行って開けようとするが開かない。
 ここから出たいと必死になる。
 琳は規則正しく置いてあった椅子を持ち上げ、窓にぶつける。しかし壊れない。壊れたのは椅子のほうだった。
 思い出す。
「そうだ、俺はここが嫌いで……」
 震える手で壊れた椅子をもう一度上げる。
 窓の外が目に入る。二人の影は、誘ってもこないと思ったのか、背を向けていた。
「待って、俺も……絶対に迷惑はかけないから! すぐにそっちに行くから!」
 壊れない窓を何度も何度も、何度も叩いた。拳に血が滲んでも、琳は外にいる二人に伝えたかった。
「連れて行って!!」
 手も、声も、届かない。


『いつまで寝ているのだ! さっさと起きんか!!』
 布団をめくられ、キョトンとした顔で濤(aa3404hero001)の顔を見上げたり、血まみれだった拳を見たり。
 あたりを見回すと、もう一人の英雄がお茶を入れ、こちらに振り返り微笑みかけてくる。
 夢だった。
 一人の家はないし、そこで待てば殺されないなんてことは、夢だった。
 ぐしゃりと何かを堪え顔を歪ませた琳は、何も言わずに濤の腹に顔をうずめてしがみついた。
『琳……どうしたのだ……』
「……」
『……』
 何かを察したのだろう。濤は黙ったまま琳の頭を撫でた。


●やさしい夢
 楽しい夢をみていた。
 小宮 雅春(aa4756)が小さい頃みた、「ジェニー」とまた会う夢を。
 雅春は気づいている、そんなことはあり得ないと。
(「だって、「ジェニー」は僕の頭の中にしかいないんだから」)

 朝起きて、いつも通りの生活を送る。
 一人分の朝食。
 一人分の洗濯物。
 つけっぱなしのテレビ。
 傍らには顔の無い木の人形。
 そんないつもの風景。

「おはよう」
 人形に朝の挨拶の日課。
 もちろん返事はない。
 この人形がどこから来たのか実はよく覚えていない。
 なんとなく記憶にあるのは、「ジェニー」がいつも持っていたものということだけ。

 雅春の両親の帰りはいつも遅かった。
 一人で先に眠ることも多かった。
 そんな日に彼女は決まって現れて、誰もいない夜の寂しさを埋めてくれた。
 雅春の小さな世界の中では、彼女が雅春の全てだった。

 もう大人になったから。
 忘れなくちゃと何度も思っているのに、「子供」の僕が忘れることを拒んでいる。
 ひとりぼっちで泣いていた時、抱きしめて背中を擦ってくれた、あの優しい手すら嘘だったんだって認めてしまう気がして。
 できなかった。
 そうやってくるはずのない人をずっと待ちつ透けて、ちょっとずつ自分のどこかがおかしくなっていくのを感じながら。
 目をつむって、気づかないふりをする。
 そんないつもの日常。
「あの子にもう一度だけ会いたいな……」
 静かな眠りにつく。


 目覚めはすっきり。目が覚めて気が付く、雅春が見ていたのは夢だったと。
(「今、僕の傍にいるのは、小さいころみた「ジェニー」によく似た人」)
 曖昧な線引きの中、雅春は少し混乱していた。
 どこからが夢なのか。
 彼女があの時の「ジェニー」じゃないことは薄々わかっている。
 わかってて、彼女のやさしさに甘えていることも。
 だから今度こそ、もう忘れなきゃ。
 いつか彼女を傷つけてしまうかもしれない。

「おはよう、ジェニー」

『おはよう。今日は随分寝坊助ね』
 
 Jennifer(aa4756hero001)は仮面をつける。演技という仮面を。
 彼は愚かなほど純粋だ。
 彼の目には「ジェニー」しか映っていないのだろう。
 上辺の愛と引き換えに、楽しい夢を見せてやるのが私の役目。
 それでもいいと割り切っていても、時折感じる空虚さはなんなのか。
 それは決して口には出さずに、彼の前で優しい「ジェニー」を演じるのだ。

 二人とも、わかっていながら目を背ける。
 お互いを縛り付けて見つめ合う。

 ひと時が見せた、優しい夢は、残酷に現実を抉る。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • (自称)恋愛マスター
    桜茂 まみaa1155
    人間|30才|女性|命中
  • エージェント
    松田 拓海aa1155hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 守るのは手の中の宝石
    ブラッドリー・クォーツaa2346hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • エージェント
    リッソaa3264
    獣人|10才|男性|攻撃
  • エージェント
    鶯衣aa3264hero002
    英雄|26才|男性|ソフィ
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 堂々たるシャイボーイ
    aa3404hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
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