本部

捕食者の海域

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/18 15:05

掲示板

オープニング


 見渡す限りの大海原。漁船に乗った男はうんざりしていた。
「どうなってんだよまったく……」
 男は漁師になってそれなりの年月と経験を積んで来た。
 一流と胸を張っては言えなが、稼ぎは悪くなかった。
「独り占めだと思ったんだけどなあ……」
 胸ポケットに入れていた紙を広げると、男が今いる海域を一時接近禁止にすると言う通達が掛かれていた。
 この海域の近くにある島で従魔が出現する騒ぎがあったのは知っている。
 従魔は撃退したそうだが、捜索のため海域を一旦封鎖すると港でも組合でも告知されていた。
 ここを漁場にしていた漁師達も稼ぎは減るが命あっての物種だと他の海域に移ったのだが、男はここぞとばかりに船を出したのだ。
 結果は散々であったが。
「しかしどうなってんだ? 目当ての魚群はともかく、レーダーに何も映らないってなどういうこった」
 レーダーは無反応。そう、まったくの無反応なのだ。
 これではまるで海の中に何もいないようではないか。
「……ん?」
 諦めて帰るかと舵を切ろうとした男の目が、レーダーの反応に気付いた。
 大きい。そして近い。一体何故気付かなかったのか、レーダーには大きな物が船に近付いていると示していた。
「ちょっと待て、デカすぎんだろ!」
 影はあっと言う間に船に近付き、焦る男の前に姿を現した。
 甲殻に覆われた四角張ったドームのような頭部。ずらりと並んだいくつものレンズ。
 風変わりな潜水艦のようだと言えなくもないが、男の本能が叫んでいた。これは化け物だと。
「ひっ……」
 引きつった声を最後に、男の意識は眩い光に消し飛ばされた。


「プリセンサーが従魔の出現を察知しました。その場にいた漁船が標的になるようです」
 等級はケントゥリオ級。シロナガスクジラに似たシルエットを持つ超大型従魔である。
 大きな頭頂部には五個のレンズ、鏃型の尾鰭と三対の胸鰭を備えた体の各所に系八個の突起物が付いている。
「頭頂部のレンズ、体の突起物の数に違いはありますが、以前出現したケントゥリオ級従魔と同じ個体と思われます」
 その従魔は撃退された後追跡を振り切り行方を晦まし調査を続けていたが、予知にその姿を現した。
「出現が予知された海域は現在調査のため進入禁止にしていますが、本来は漁場であり輸送船の主要ルートでもあります」
 長い期間進入禁止を続けていればこの漁師や輸送会社に大きな損害を与えてしまう事になる。
「皆さんにお願いしたいのは、まず第一に従魔の撃破、第二に漁船に乗った漁師の救出です」
 従魔の戦闘方法は巨体から繰り出される尾鰭による攻撃の他、体の各所にある突起は拡散ビームのような攻撃を行う。
 至近距離にいる対象を一時的に行動不能にする咆哮を放つ。
 最も強力な攻撃は口腔に備えたレンズから放たれるビーム砲だ。
「このビーム砲ですが、頭頂部のレンズが減ったためか威力が落ちているようです」
 予知内で放たれたビームは漁船を焼き中にいた男を死に至らしめたが、明らかに威力が落ちていた。
「とは言っても威力が高い攻撃には変わりません。甘く見て何度も受けると危険です」
 なにより。と、職員はスクリーンをとんと叩く。
「戦闘場所は海上。この従魔が最も得意と思われる場所です」
 陸上では巨体故に素早い動きができなかった従魔だが、鯨に似た形状は海の中で機敏に動く。
「近くまではH.O.P.E.の船で移動しますが、出現予定地へは小型ボートや水上バイクなどで移動してもらう事になります」
 必要と思われる乗り物や機材ならH.O.P.E.から貸し出せるが、個人で用意してもいい。
「ただし、全員が一つの乗り物に集中するのだけは避けて下さい」
 従魔の攻撃は殆どが範囲攻撃扱いになる。
 一回所に集まっていればまとめてダメージを受けてしまうし、その時救出対象の漁師も巻き込む可能性が高い。
「もし従魔の撃破と漁師の救出の両立が難しければ、救出を最優先にして構いません。漁師や皆さんの命が失われる事だけは避けて下さい」
 よろしくお願いします。そう言って職員は深く頭を下げた。

解説

●目標
・漁師の救出
・従魔の撃破

●状況
・時間・天候:早朝5時・晴天
 開始はH.O.P.E.の船から従魔の出現予定地に向かう所から始まります。特に待たずに向かえば従魔の出現とほぼ同時に漁船に接触できます
 従魔に発見された状態で救出活動を行う事になります。
 救出対象は最低でも2km戦闘場所から離せば待機しているH.O.P.E.の職員が保護します

●乗り物
 戦闘場所が海上と言う事もあり、戦闘では水上を移動できる手段が必要になります
 希望の物、同乗者がいる場合は同乗者の名前もプレイングに記入してください

『水上バイク』:一人乗りです。運転手以外を乗せると戦闘ができなくなる
『小型ボート』:二人まで乗れます。三人目を乗せると速度は落ちますが戦闘は可能
『その他』:水上移動が可能なユニット等

●敵
・鯨型従魔
 シルエットはシロナガスクジラに似た超大型従魔。推定縦30スクエア。頭部の広い部分の横幅は約5スクエア
 等級はケントゥリオ級だが、巨体と体を覆う甲殻は上位に迫る体力と防御力を備えており、魔法防御、物理防御共に高い
 攻撃を受ければダメージの何割かのライヴスを頭頂部のレンズにチャージ。レンズを破壊されるとビーム砲のチャージ速度と威力が落ちます

・能力
『拡散ビーム』:体の八カ所に着いた突起から同時にビームガンのような魔法攻撃。使用者を中心に3スクエアが射程範囲
『尾鰭』:体を回転させ遠心力を乗せた尾鰭の物理攻撃。ノックバック効果
『咆哮』:使用者中心に2スクエアに低確率で1ターン行動不能にするバッドステータス効果
『ビーム砲』:頭頂部のレンズ五個すべてが点灯するとチャージが完了。射的距離は使用者前方のライン状1km。幅は2スクエア

●救出対象
・漁師『マシュー』
 三十代前半の男性。漁師としてはそこそこ経験を積んでいますが、考えなしな所が仇となって従魔に遭遇してしまいます

リプレイ

●捕食者と獲物
 深い青が一面に広がる大海原。日の出を迎えた海は陽光に輝き、水面はゆったりと揺れている。
 その水面を鋭く切り裂きリンカーの一団が目的地を目指す。
「……静かですね」
『……?』
 黒いメッシュが入った紅の髪とドレスの裾が翻る。
 ゲシュペンストで海面を走るパートナー、構築の魔女(aa0281hero001)の呟きに、彼女と共鳴している辺是 落児(aa0281)は疑問符を浮かべた。
 仲間の乗り物や彼女自身が装着したアサルトユニットの稼働音は決して静かとは言えない。
「うーん。魚がちっともいないんだよー」
『ここはかなり大きなり漁場だって聞いたけど』
 その疑問に答えるかのようなタイミングで、共鳴状態になりシャチに似た姿で近くを移動していたピピ・浦島・インベイド(aa3862)が首を傾げ、パートナーの音姫(aa3862hero001)も不審そうにしていた。
「ふむ、従魔のせいで海域の魚影が消えたのでしょうか」
 構築の魔女は何の気配も感じない海面を見下ろす。
「あんなでかい従魔がうろついているんだ。この状況も仕方ないか」
『大きさだけでも相当だったものね』
 仲間の会話が聞こえていた御神 恭也(aa0127)と、共鳴状態になっている伊邪那美(aa0127hero001)は以前戦った超大型従魔の巨大な姿と当時の戦いを思い返し、恭也と伊邪那美、二人の姿を併せ持った白銀の髪と赤い瞳の青年の目が鋭く水平線を見詰める。
『そんなにおっきいんだ。ちょっと楽しみだね、ユーヤ』
「まあ大物狩りはロマンだが……敵の領域か、ゾッとしねえな」
 豊かな黒髪と肢体を持った女性―――ユフォアリーヤ(aa0452hero001)と共鳴し姿を変えた麻生 遊夜(aa0452)は楽し気なユフォアリーヤの言葉に、本来の黒髪黒目の青年の姿とはがらりと変わった細い肩をやれやれと竦めた。
 赤い瞳が見つめる先には巨大従魔が潜む海域と、運悪く従魔に目を付けられた漁船が待っている。
『……エディス知ってるよ。”自業自得”だよね』
 海の青に映える純白のロングコートと白銀の髪を靡かせた中性的な姿。
 しかし共鳴した二人の間では少々辛辣な言葉が飛び出た。
「ワザワザ禁止区域に入ったのが悪いと言えば悪いわな」
 一ノ瀬 春翔(aa3715)は共鳴パートナーのエディス・ホワイトクイーン(aa3715hero002)に同意する。
 従魔に目を付けられた漁船は運が悪いと言えば悪いのだが、そもそも船を操る漁師が危険だからと進入禁止になっている海域に入ったためにそんな事態に陥ったのだ。
「蛮勇が仇となってしまいましたが、生業が絶たれれば無茶も致し方ない事かと」
『虎穴に入らずんば孤児を得ず。あの漁師、逆境に機を見出したか。なかなかに面白い人間だな』
 ヤン・シーズィ(aa3137hero001)と、共鳴して彼の銀色の瞳と能力を顕現させたファリン(aa3137)も概ね二人と同意見であるが、ヤンの方は進入禁止になったからこそ好機と見た漁師の行動を面白がり、ファリンはそれも致し方なしとも考えていた。
『この状況が続けば、他にも無謀を承知で来る人が出るかも知れないね』
 共鳴状態であるため他の誰にも聞こえない海神 藍(aa2518)も、共鳴している禮(aa2518hero001)には聞こえる。
「そうなれば犠牲者は増えて行くでしょう……人魚の戦士の名に懸けて、そんな事は絶対にさせません」
 長い黒髪から覗く青紫の瞳で他の仲間と同様に水平線を見据え、海軍の礼装に身を包んだ体に静かな闘志を漲らせる。
「あんな従魔が海に居座れば人も海の生き物の犠牲も増えます。頑張りましょう」
 禮が人魚の戦士の名に掛けてと言うなら、マリンスポーツを好み海の生き物と接して来た木槌綾香(aa5073)にとっても、海で暴れ回る従魔は厭わしい存在なのだろう。
 異世界から訪れたイルカの化身であるウェンディ(aa5073hero001)と共鳴した彼女は、イルカに似た姿で両刃の大剣の柄を強く握った。
 その時、リンカー達はどこまでも続く水平線の彼方にぽつりと浮かぶ漁船を発見する。
 遠目に見える漁船には、中年の男性が一人乗っている。
 男性が俄かに焦り挙動不審になった瞬間、勢い良く海面が盛り上がり巨大従魔が姿を現した。

●狩人の襲撃
 巨大従魔の甲殻に覆われた大きな頭部に点る五つの光。
 それを目視したリンカー達はそれぞれの役目を果たすべく突っ込んで行く。
「予知では、まずビーム砲が来るのでしたね」
 構築の魔女は仲間達と頷き合うとここと見定めた場所で立ち止まり、盛り上がる海面に向けて120cmの砲身を持つメルカバを構えつつ従魔の様子を観察する。
 彼女の最初の役目は漁師の救助、避難を担当する仲間の援護である。
「とはいえ、こちらに向かってくるようなら全力で足止めをしましょう」
 いつでも引き金を引けるよう、指を添える。
「な、なんだあんた、らっ?!」
 突然近付いて来たリンカー達に気付いた漁師が声を上げるが、盛り上がった海面から現れた従魔の姿に硬直する。
 甲殻に覆われた頭部に光る五つのレンズ。頭部から続く背中は数十メートル先まで延び、その巨大さが窺える。
 体と同じく巨大な口がゆっくりと開き始め、そこからも光が見えた。 
「救助するにも、まずは敵の気を引かんことにはな」
 ゲシュペンストの全速力で従魔の死角に回り込んだ遊夜が従魔の頭頂部に向かいながらロケットアンカー砲で狙いをつける。
 目の前の従魔の巨大さは、甲殻に覆われた異様さもあり見慣れぬ者は驚くよりも恐怖を感じるかも知れない。
『……ん、スリル満点』
 しかしユフォアリーヤにとってはそう言う認識らしい。その気持ちが影響したのか、尾が楽し気に揺れる。
 放たれたアンカーが従魔の甲殻に食い込み、遊夜は手応えを確認すると従魔の背に飛び乗るべくワイヤーを手繰り寄せた。
「従魔の注意を逸らしてくれ!」
 小型ボートを操作しながら春翔が叫んだ。
 漁師はまだ船の中にいる。操縦席と従魔を隔てるのは対して厚くもないガラス一枚。何の気休めにもならない。
「奴の注意を引き付けるぞ」
 恭也は従魔に接近し、側面から攻撃を仕掛ける。
 少しでも気を逸らす事ができればいい。
『鯨は賢い生き物と聞く。さて……うまく釣れるだろうか』
 従魔の頭部周辺で待機していたファリンは、ヤンと同様に懸念を抱きつつも仲間達のフォローのため「貪り食うもの」の異名を持つ鞭、グレイプニールをしならせる。
「他の生き物を襲うのは、恐らくライヴスの捕食のため。一般人よりライヴス保有量の多い能力者の方が美味しそうに思って……くれると良いのですが」
「大きいな。流石は鯨か」
 藍も救助行動のフォローのため水上バイクを操り従魔に接近していた。
『敵は強大ですが……人魚の戦士として、ここで退くわけにはいきません』
 禮の感情を伴ったライヴスの青い炎がケイローンの書から放たれる。
 しかし従魔の頭部は漁船に向いたままだ。
 このままではと危機を覚える中、漁船に向けて振りかぶられたピピの浦島の釣り竿と呼ばれる釣り竿型AGWが漁師の男を引っかけた。
「うりゃー!」
 ピピが気合いの声を上げ、引っ張られた漁師の体が空中に舞う。
 直後、従魔が巨大な口を開き閃光の余波が漁師の足裏を掠め漁船を焼いた。
「救助者を確保しました!」
 水飛沫を上げて海面に落ちた漁師を綾香が拾い上げ、仲間に無事を報告した。
「ここから離れます。暴れないでくださいね」
 突然の出来事が重なって目を白黒させる漁師を脇下から抱える。
 その近くに春翔が小型ボートを寄せ、漁師と目を合わせて言った。
「他のヤツはどうだか知らねぇが…俺がやんのはココまでだ。アンタのケツはアンタで拭け。仮にも海の男ならな」
 白銀と白の繊細そうな容姿にそぐわぬ厳しい声音。
 ボートから降りてゲシュペンストを稼働させた春翔はインタラプトシールドでいつでも漁師を守れるように備える。
 綾香はまだ目を白黒させている漁師をボートに乗せて一息ついたが、近付いてきピピにびくんと硬直する。
『シャ、シャチ……!』
 ウェンディの悲鳴は共鳴している綾香にのみ聞こえており、ピピが不思議そうに首をかしげるのみ。
 綾香のパートナーであるウェンデウィはどうにもシャチが苦手らしく、共鳴しても苦手意識は消えずシャチに似た姿をしたピピに腰が引けている。
「あ、あの……では、私は従魔の方に……」
 そそくさと従魔に向かう綾香を不思議そうに見送ったピピだったが、まずは救助が先かと思い直し小型ボートの横に並ぶ。
 ようやく状況が飲み込めた漁師にボートの運転は出来るかと聞くと漁師は「多分」と頼りない返事を寄越した。
「んー、まあいーや。ピピが一緒にH.O.P.E.の船まで連れて行くからねー」
「私達が護衛をします。落ち着いて運転して下さい」
 構築の魔女がピピと漁師の乗る小型ボートを護衛を申し出た。
「みんなー、ちょっとだけ待っててねー」
 何とかと言った調子で運転される小型ボートと、同行するピピが戦闘区域から離れた場所に待機しているH.O.P.E.の船へと向かう。
『どうやら釣りには成功したようだな』
「ええ、こちらのライヴスに目を付けたようです」
 ヤンとファリンは離れて行く小型ボートとピピを追う様子がない従魔を見て一先ず安堵する。
「後はこれ以上危険な行いをする方が出ぬよう、従魔を退治してしまわなければなりませんね」
 ファリンが振るった鞭が甲殻を強かに打つが、従魔に表面上の変化は見られない。
 ブルームフレアを放った藍もあまりに変化のない様子に思わずこぼす。
「……あまり効いているようには見えないな」
 甲殻は削れていたり変色したりと一応の変化はあるのだが、従魔自身の様子は痛覚があるかどうか疑わしい程変化がないのだ。
『情報通りの硬さです。今は無理せずに時間を稼ぎましょう』
「そうだな」
 禮にそう返し、藍はまだ安全圏に入っていない小型ボートとピピを見る。
 従魔は周囲に散らばるリンカー達を鬱陶しく思ったのか、尾鰭と胸鰭を動かして体を回転させる。
 並の鯨より遥かに高い力と遠心力を加えた尾鰭が水飛沫を上げて振り回された。
「今回は奴の得意フィールドか、前回の様にはやらせてもらえんか」
 側頭部から攻撃を仕掛けていた恭也が尾鰭の攻撃を受けて後退していた。
『まさに水を得た魚状態だね!』
 ダメージは受けたがさして大きくない事もあり、伊邪那美の口調は明るい。
 恭也もそれに微苦笑しながら訂正を入れる。
「残念ながら、鯨は哺乳類であって魚類じゃないからな」
『嘘!?』
 驚く伊邪那美。恭也は最も従魔に哺乳類や魚類と言う分類を当てはめていいかどうか分からないが、と思いながら武器を構え直た。
「さて、すまんが俺達と踊ってくれや」
 救助班が離れて行くのを見送った遊夜が、取り付いた従魔の背で銃火器を搭載した実に物騒なエレキギターに指を掛ける。
『……ん、終わるまで、ずっと……ね?』
 ユフォアリーヤが笑い、パラダイスバーストと名付けられたギターの音色と銃撃の音が鳴り響く。
 従魔に聴覚があるかどうかは不明だが、流石に自分の背中で行われた攻撃には過敏に反応した。
 パラダイスバーストの音色に対抗するかのように巨大な口を開き、咆哮を轟かせる。

●捕食者の反撃
 鯨に似たシルエットを持ちながら鯨とはまったく違う異様な姿をした従魔の知能はさほど高くない。
 海を彷徨いより多くのライヴスがあれば向かい、なくなれば離れる。危険があれば逃げる。それだけだ。
 周囲に現れた獲物は皆ライヴスが豊富である。本能に従い最初に見つけた小さなライヴスを無視してより大きな方へと標的を変えたが、これがなかなか鬱陶しい。
 従魔に感情があるならば、その方向は多分に苛立ちが含まれていただろう。
 轟く轟音。音の衝撃が海面に大きな波紋を作った。
「ぐっ……!」
 従魔の背に取り付いた遊夜が凄まじい轟音に顔をしかめる。
 咆哮が持つ特殊な力には抵抗したが、それでも鼓膜が破れそうな大音量だ。
「麻生さん、大丈夫ですか!」
 藍も咆哮の影響を受けずに済んだらしく、遊夜を気遣いながらもケイローンの書による攻撃を続行する。
 狙いは従魔にとっては重要な機関でもあり弱点ともなる頭頂部のレンズだ。
「援護します!」
 綾香が水中を泳ぎ周りながら従魔に接近する。
 仲間の攻撃の間を縫うように泳ぎ水の抵抗をものともせず200mに及ぶ両刃の大剣を甲殻に叩きつけた。
 硬い手応えと従魔の動きを見て縫止の失敗を悟るが、次の攻撃のために再び水中を泳ぐ。
「情報にゃ聞いてたが……硬いな」
 従魔の甲殻の硬さに春翔が舌打ちする。
 アックスチャージャーの威力を乗せた両刃の大斧は確実に甲殻にダメージを与えているものの、硬い物に打ち付けた特有の手応えと従魔の反応の鈍さから効果が今一つ感じられない。
『どうするの?』
 エディスの問い掛けは疑問の形をとってはいたが、聞く者が聞けばその声に潜む物騒な響きを感じられただろう。
 ふとセイレーンで海面を走るファリンと目が合う。
「お先に行かせてもらいますわ」
 鋭く風を切る鞭が従魔の頭部を打ち据える。
 その背を見送り、アックスチャージャーを再び稼働させる。
 どうするなど決まっている。
「どんだけ硬かろうが関係ねぇ。全力で叩き潰す」
『うふ……わかったよ、おにいちゃん』
 楽し気なファリンの声を聞きながら従魔に向かい突撃する。
 甲殻を全力で叩かれればさしもの従魔も鬱陶しいのか、跳ね除けるように巨大な体を回転させて尾鰭の攻撃を見舞う。
「どうやら海中に引きずり込む方法は取らないようですわね」
『一つ気掛かりが減ったな』
 跳ね飛ばされながらもファリンとヤンは従魔の反応を観察する。
 水中を得意とする従魔であれば引きずり込まれる危険も懸念してたが、そんな気配はない。
『やはり尾鰭にも警戒が必要ですね』
 禮が跳ね飛ばされた仲間達を見て身長に距離を取り攻撃の機会を窺う。
 従魔の頭頂部を見ると頭頂部のレンズが二つ点灯している。
「あれが全部点灯する前に破壊したいな」
 藍が従魔の頭頂部に目を向けると、従魔の背で遊夜が大いに暴れている。
 エレキギターの音色と銃撃音が同時に響いており、かなり派手にやっている様子であるが全て破壊するのが先か、再度ビーム砲が撃たれるのが先か、藍には分からなかった。
『……んー、良い匂……い?』
「どちらかと言うと臭いな」
 藍の懸念と裏腹に、頭頂部のレンズをひたすら攻撃していた遊夜とユフォアリーヤは呑気な会話をしていた。
 焦げたような臭いは好きな者は好きだろうが、一般的には「良い匂い」ではないだろう。
「出来れば口内レンズを破壊した所ではあるが……」
『……多分、最も硬い……チャンスも少ない」
 口を覗き込もうとした途端回転する従魔に振り落とされないようにしがみつきながら、そう簡単にはいかないかと回転が終わるのを待つ。
 遊夜と同じく口腔内のレンズを狙っていた恭也も、従魔の動きを見てどう狙うかと考える。
「ビーム砲の機関そのものを破壊できればいいんだがな」
 背中で暴れている遊夜や自分の周辺で攻撃を繰り返すファリン達が気になるらしく従魔の攻撃は尾鰭による物が多いが、それに注意して狙えば頭頂部への攻撃はさほど難しくない。
 しかし口腔内の攻撃となると、咆哮やビームを放つ瞬間を狙わなければならないのだ。
 それならビーム砲に使うエネルギーを溜めさせない方が早いかと疾風怒濤の攻撃でレンズを狙う。
 亀裂の入ったレンズが一つ音を立てて割れた。
「反応は鈍いですが、状態異常が効かないわけではないようですね」
 従魔の周辺を泳ぎ周りながら攻撃を続けていた綾香が仲間達の攻撃を見て確信する。
 従魔の近くを動き回っていた分攻撃に巻き込まれやすくまたダメージも大きい彼女の生命力は大分低下していたが、果敢に攻撃を仕掛けて行く。
 毒刃も縫止もそろそろ打ち止めだが、それが仲間の援護になると思えば惜しむ理由はない。
「点灯したレンズから狙って行けば、チャージをより遅らせる事ができますわね」
 ファリンが純白の衣装に包まれたたおやかな肢体には何とも不釣り合いなフリーガーファウストで攻撃を開始する。
 レンズは三つ目が点灯している所だったが、レンズが一つ割れた分チャージされたライヴスが減り威力は更に落ちるだろう。
 その時、恭也が身に着けていた通信機から連絡を受け取って声を上げる。
「救助班から連絡が入った! 救助対象者は無事H.O.P.E.の船が保護した。後はこいつを倒すだけだ!」
 恭也からの伝達にリンカー達がそれぞれ頷き、笑みを浮かべる。

●捕食者は獲物に成り下がる
 救助者の動向を考慮しなくても良くなったリンカー達の攻撃は更に激しく従魔に襲い掛かる。
 従魔の方もリンカー達を迎え討たんと反撃し、海域には激しい戦闘音が響き渡る。
 体の各所にある突起物から拡散ビームが放たれたかと思えば、咆哮が轟き近付く者の体を麻痺させ、抵抗に失敗すれば回転した尾鰭をまともに喰らう事になる。
 増えて行く仲間の傷や状態異常をファリンが癒す。
 回復に回った分攻撃の手は少なくなるが、他の仲間による集中攻撃が徐々に目に見えるダメージとして表れていた。
 黒炎を噴き上げながら、春翔がレプリケイショットを甲殻の隙間を狙って叩き込む。
「ありったけだ……!」
『壊れちゃえ!』
 破壊された甲殻の破片と一緒に奇妙な色をした液体が飛び散って春翔の顔と海面を汚す。
 身を捩る従魔の皹の入った装甲が、長距離からの攻撃が更に穿つ。
「強固な甲殻とのことですが、皹が入ってしまえば脆いものですね」
 メルカバを構えてそう呟いたのは、救助を終えて戻ってきた構築の魔女だった。
「これで一番の目的は果たせましたね」
 ほっと息をついた綾香だったが、はたと何かに気付く。
 漁師をH.O.P.E.の船まで護衛したのは構築の魔女ともう一人。
「ピピも戻ったぞー!」
『ひぃっ!』 
 釣り竿型のAGWがピピの声と共に従魔に襲い掛かる。
 自分が攻撃対象ではないと分かっているが、綾香のパートナーであるウェンディはピピの躍動するシャチの姿に悲鳴を上げた。
 そんな展開が一部であったものの、リンカー達が全員揃い 最早従魔は捕食者ではなく狩人に狩りたてられる獲物となった。
 ただし、無力な獲物とは違い従魔はまた反撃の力を失っていない。
「潜水して逃げる可能性はまだありますが……この様子なら先に勝負が決まりそうです」
 構築の魔女は残ったレンズの数と点灯した数を確認する。
 残りのレンズは三個。点灯しているのは二個。
 従魔の体は甲殻の一部が破壊された事で攻撃が通りやすくなっており、そのためかファリンや綾香の攻撃に伴った状態異常も効果を発揮していた。
 明らかに動きが鈍くなった従魔を、背に張り付いたままの遊夜の攻撃と、撹乱から致命傷を与える攻撃へと切り替えた藍や恭也の攻撃が更に責め立てて行く。
 近距離の標的にしか効果を与えない咆哮や尾鰭の攻撃も距離を保ったまま攻撃する構築の魔女には届かない。
 拡散ビームも早めにレンズが破壊され始めた事からチャージしたライヴスがこれ以上減るのを嫌ったのか、散発的にしか使用されず脅威となるほどではなかった。
 一番の脅威であるビーム砲も、事前に脅威を理解し対処していたリンカー達にとってはそこまでの脅威ではない。
「くるか……!」
 残った三個のレンズすべてが点灯したのを見た恭也が構えた。
 水上バイクのハンドルを握る手が無意識に握り込まれる。
 その横をすり抜け、藍が駆けて行く。
「さて、これならどうかな」
『打ち寄せる波のように……行きます!』
 禮の声に合わせてライヴスが動き、霊力浸透が甲殻による鉄壁の防御力を砕かれた従魔の守りを更に低下させて行く。
『今です!』
「今だ!」
 禮と藍の声が重なる。
 それを合図に、ある者は武器を振りかざし、ある者は引き金を引いた。
 それぞれの攻撃が激突し、海域に轟音を響き渡らせる。
 従魔に声を発生させる機関があれば、どんな声を上げたのだろうか。
 従魔は声の代わりに自分に残された最後の一撃をビーム砲として放つ。
「最後の晩餐だ。喰らって行け!」
 ビーム砲は直前にもう一つのレンズを破壊された事で威力を落としており、恭也はダメージを受けながらも開かれたままの口腔内に水上バイクを走らせて内部にあるレンズに叩き込んだ。
 弱っていた従魔は口腔内に飛び込んで来た衝撃に大きく身を捩り、あろう事か甲殻が砕け中身を晒した場所を狩人達の前に晒してしまった。
「いい加減に、倒れて下さい!」
 ビームの威力が低くなったとは言え、自身の生命力も低下していた綾香があちこちから煙を上げる体から力を振り絞り、体当たりするように両手剣を突き入れる。
「美味しい所を持って行く事になりましたね」
 その台詞が彼女なりの冗談なのかどうか。
 表情にも声音にもそれらしい雰囲気もなく、砲撃は一切の容赦なしに従魔の体に深く潜り込み、体液と甲殻の破片を撒き散らしながらとどめを刺した。

●静かな海原
 砲撃の残響が消え、ぷかりと浮いた従魔の体はもう動かない。
 その体の周りを探索したいと言った伊邪那美に恭也は首を傾げた。
「何をしたいんだ?」
『龍涎香を吐き出して無いかな~と思って』
 伊邪那美の発想にきょとんとした恭也の側に、ファリンが並んだ。
 もしやと思って目を向けて来た恭也にファリンが言う。
「肉や骨、この甲殻もですが、何かしら収益になれば漁や流通が滞っていた人達の生活費が補填できるかもしれません」
 勿論、龍涎香が見付かれば経済的損失は大きく軽減できるはずです。
 きりっとした顔で従魔の死骸を調べるファリンに、恭也はそうかと言うしかない。
「龍涎香を取れるのはマッコウクジラのみだったはずだが……」
 呟きはしたものの、伊邪那美やファリンの考えを頭から否定する気もない。
 この海域は本来漁業が盛んで輸送船のルートにもなっていると言うのは最初に聞かされていたのだ。
 何らかの形で補填できればそれに越した事はない。
「まぁ、好きにすると良い。それよりも鯨を討伐して某動物保護団体が動き出さなければ良いが……」
「鯨に似た形と言うだけで従魔ですから」
 大丈夫だと請け負った藍も恭也とファリンの探索を手伝うようだ。
 しかし―――。
「これは食えると思うか?」
『……ん、気になる』
 遊夜がユフォアリーヤと意見を同じくしてそんな事を言ってきた時には、流石に恭也と藍も肩を落とした。
「よくこれを食う気になるな……」
 そう言ったのは春翔である。
 従魔の体から流れて海に広がる体液を避けるようにしながら、立ち昇る異臭に顔をしかめる。
『みんな物好き』
「だな……」
 エディスに同意した春樹が周りを見ると、構築の魔女も周りを探索するファリンや恭也(と共鳴している伊邪那美)を手伝っているし、少し離れた所ではピピと綾香が追いかけっこをしていた。
 いや、あれは綾香と言うよりウェンディだろうか。
「大丈夫だよー、ピピは食べたりないからあーそーべー!」
「分かりました! 分かりましたからそんなに勢いよく追いかけないで下さい!」
『ピピちゃん! 向こうの英雄さんが慌てちゃう!』
 音姫が制止しようとしているが、ピピは全速力で泳ぐイルカを追いかけるシャチの如くぴったりと追跡している。
 折角従魔を倒して静寂を取り戻した海原も、この場に限っては今しばらく騒がしいままのようだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 希望の意義を守る者
    エディス・ホワイトクイーンaa3715hero002
    英雄|25才|女性|カオ
  • お魚ガブガブ噛みまくり
    ピピ・浦島・インベイドaa3862
    獣人|6才|女性|攻撃
  • エージェント
    音姫aa3862hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • エージェント
    木槌綾香aa5073
    人間|24才|女性|生命
  • エージェント
    ウェンディaa5073hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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