本部

【絶零】氷る春をはねる鹿

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/10 19:41

掲示板

オープニング

●ゼロからプラスへ
 絶零の総督《レガトゥス・ヴァルリア》消滅――その報は、全世界を瞬く間に駆け巡り、各地で歓声が上がった。
 長く苦しい戦いにも遂に決着が付き、連合軍とH.O.P.E.は協力して反撃に転じた。ヴァルリアを失った敵はこれに大きく動揺し、シベリアを中心に西へ西へと展開していた敵の軍勢は各地で次々と撃破されていった。
 一方、エージェントたちものんびりとはしていられない。
 ひと段落はついたけれど、と綾羽瑠歌が依頼情報を更新する。
 依頼にざっと目を通すと残敵掃討や占領エリアの奪還はもちろん、住民の帰還や精神的ケアのサポートといった細やかな場面でも、エージェントならではの関わりが求められていた。
「皆さんが示してくださった希望……次は、それを届ける番ですね」
 綾羽瑠歌が微笑んで頷いた。



●去るはずの冬、未だ凍てつく春
 ヴァルリアの消滅によりシベリア各地は例年の天気を取り戻した……はずだった。
「……雪?」
 大規模作戦からの帰り、まだ各地に残る残党を狩っていたロージャは空を見上げた。
『まだ雪が降ることもあるのね』
 ロージャの英雄、レーナが応える。
 二人はH.O.P.E.のエージェントだが、登録してまだ数ヵ月の新人だ。
 ほんの僅かな後方支援しかできなかったが、レガトゥス級の愚神を倒した大規模作戦に参加したことは彼らの大きな誇りだった。
『雪の中、探すのは危ないわ。一旦宿に戻って他の誰かと出直しましょう』
「でも、村の近くに従魔が潜んで怯えているって話だし、もうちょっと探してから帰ろ────」
 バキ……バキバキ……。
 目の前の大木が真っ二つに裂けて、左右に倒れた。
「…………そ、そんな……」
 山のように巨大な竜がこちらを見ている。
「う、うわあああぁあ!!!」
 ”山のような竜”、その存在を彼らは良く知っている。
 そうだ、あれは────レガトゥス級愚神ヴァルリア。


 各地で雪解けが始まったはずのシベリアのその村の奥の森に、突然、吹雪が起こった。
「エージェントさん……戻ってこないね」
 毛布を頭から被った幼い少女、リータが震えながら窓の外を見る。
 村の上空は変わらず陽の光が降り注ぎ、積もっていた雪も解け始めていた。
 なのに、窓の向こう、森の奥では雪が降り積もる……。
 不思議な獣を見かけ、たまたま村に居たH.O.P.E.のエージェント、ロージャとリーナに声をかけたのは彼女だ。『小さな鹿のような魔物が居た』、彼女の言葉にロージャは「任せろ、倒して来てやる」と力強く返事したのだ。だが、あれからずいぶん時間が経ったはずなのに彼らは戻らない。不安に思ったリータが両親に事情を話したところ、顔色を変えた父親が家を飛び出した。
 ────どうしよう。あたし、あたしのせいで。
 バタン、と大きな音を立ててドアが開き、父親が部屋に飛び込んで来た。
「……支度しろ、避難するぞ」
 ぎゅっと、子供が母親の服を掴んだ。
「大丈夫、心配するな。H.O.P.E.のエージェントの方々が来てくれた」
「父さん、お兄さんとお姉さんは……?」
 父親は不安そうな娘の肩を優しく叩く。
「心配するな。彼らもきっと無事のはずだよ。だって、彼らは──シベリアを救ったヒーローたちなんだから」



●逃げた鹿
「……そういうわけで、そこに居るのは他のエージェントたちが逃した愚神だと思われます」
 SUVの中央に設置されたノートPCからH.O.P.E.の制服を着たオペレーターが説明する。
 ヴァルリアが倒された後、目的地の近くで六体のユキワタリが現われた。
 その場に居た数組のエージェントたちによりうち三体は撃破され、残り三体も大分ダメージを与えたらしい。
「けれど、エージェントたちの包囲網を抜けて三体のユキワタリが逃亡しました。それが、今回現れた敵だと思われます。
 少女が目撃した小鹿のような小柄なユキワタリですが、大きさこそ小柄ではありますが戦闘力は他のユキワタリと変わりません。そして、今回のユキワタリたちは群れを作るので恐らく三体が一緒に居る可能性はかなり高いです」
 ディスプレイにはどこから入手したのか荒い鹿の画像が表示され、それぞれに名前らしきものが添えられている。
 小鹿のようなユキワタリには『ケントゥリオ級愚神ユキワタリ「バンビーノ」』、大柄なユキワタリには「パードレ」、最後の毛皮に白い模様の入った一体には「モーリエ」と書かれていた。
 続いて、H.O.P.E.で把握している基本的なユキワタリのステータスが表示される。
「ここに表示されたランクは『ケントゥリオ級従魔』のものではなく、『ケントゥリオ級愚神』のランクです」
 オペレーターの顔が険しくなる。
「念のため繰り返しますが、ユキワタリは従魔ではなく『愚神』。しかも、ケントゥリオ級です。大分怪我をしたために一時的に能力も下がっているようですが、充分気を付けてください」

解説

目的:ユキワタリ三体を撃破しロージャたちを救出せよ

●ステージ
針葉樹林にユキワタリ三体によって展開された広大な吹雪のドロップゾーン
雪は積もっており吹雪で視界は少し悪いが、AALブーツ(後述)により行動にマイナスが入るほどではない。


●今回提供された標準的なユキワタリのデータ
ケントゥリオ級愚神 物攻D 物防C 魔攻C 魔防C 命中D 回避C 移動C 抵抗C INT D 生命D
特殊能力:《幻惑の瞳》(BS:暴走・翻弄)《誘いの瞳》(BS:気絶)《氷柱》(魔攻)
DZ内部に吹雪を展開、飛びぬけた跳躍力があり空の敵を撃ち落とすこともある。
特殊能力《瞳》は状態異常を起こす(射程20程度)。相手の瞳を見る・見ないは関係ない。
幻覚は「見える」ものであるため、幻覚を見ている者が何を見ているのかは周囲からはにわかには判別がつかない。
幻覚を映し出す時に瞳が赤く輝き角の先にほのかな明かりが灯るため、吹雪の中でもそれを目印にすることはできるが幻覚にかかると判断がつかなくなってしまう。
外見は白い雄鹿に似ている。
 ※うち一体は小鹿サイズの大きさだが、ステータスは他の二体と変わらない。
 ※ユキワタリたちは事前に攻撃を受けて消耗し、かなりステータスが落ちているらしい。

●H.O.P.E.より貸出
AALブーツ(汎用ALブーツ):Lブーツの水陸両用版で雪原でのホバー風走行が可能
各種防寒具

●NPC
ロージャとレーナ(ドレッドノート)
PL情報:
ロージャ(共鳴状態)はユキワタリの幻覚に囚われて、錯乱しながらBS《暴走》状態である。
防御を忘れて攻撃を繰り返すが彼の攻撃は当たらず、放置するとロージャは倒されてしまう。
ロージャの周囲にはユキワタリ三体が居り、彼から15スクエア以内には近付けない。
ユキワタリが二体になった時、またはなんらかの手段が成功した時にロージャに近付ける。

リプレイ


●吹雪の森で
 春の柔らかな陽光を弾いてちらちらと雪が舞う森をエージェントたちを乗せた二台の車が走行する。
「総督を倒しても、愚神の脅威は変わらないからな。ちゃんと後始末までしないと」
 月影 飛翔(aa0224)の言葉にメイド姿のルビナス フローリア(aa0224hero001)が頷く。
「手負いの愚神か」
 月影の言葉を受けて迫間 央(aa1445)が思わず呟いた。すると、彼の英雄のマイヤ サーア(aa1445hero001)が囁く。
「……窮鼠猫を噛む。油断は禁物よ」
「あぁ、確実に、仕留める」
 迫間はH.O.P.E.から借りた防寒着、自前のアサルトユニット「ゲシュペンスト」、イヤーマフのアタッチメントに交換したライヴス通信機「遠雷」を確認する。
 吹雪の中では声でコンタクトを取るのは難しく思われたが、迫間によって全員との連絡手段は確立されていた。
 同じくH.O.P.E.から借りたAALブーツを装備するバルタサール・デル・レイ(aa4199)。その隣で、窓から白銀の森を眺める紫苑(aa4199hero001)。
「いい加減、ロシアにも飽きてきたな」
「まあ、愚神には、こっちの都合は関係ないからね」
「……寒すぎるんだよ。なんだこの吹雪は。ふざけてんのか」
 暖房の効いた車内でも外の寒さがわかる。
 雪景色を見ながら紫苑はバルタサールの言葉に曖昧に同意した。
「老体には辛いよね、分かるよ」
「年齢関係なく寒いだろうこれは」
 車が止まった。どうやら、ここから先は徒歩らしい。
「きみはどうせ、灼熱の国に行っても文句を言うよ、きっと」
 紫苑が開けたドアから勢いよく雪交じりの風が吹き込み、彼の長い髪が地吹雪の中を泳ぐ。
「せっかくの雪山だけど雪遊び出来ないのは残念ー」
「はわわ、待ってよ!」
 車外に飛び出したプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)を慌てて追いかけ、早々に共鳴する狼谷・優牙(aa0131)。モフモフとしたアルパカを抱える。
 続いて、雪の上に降り立ったレイ(aa0632)が眉を顰める。
 ヴァルリアを倒した今、太陽は輝き、平年通りに春が訪れ始めたはずの森には雪が積もっている。
 森の雪はすべて風によってこの先から運ばれたものである。ドロップゾーンの境界なのだろうか──、森の奥では厚い雲が広がって激しい吹雪が巻き起こっていた。
 それは小規模だったが、あのシベリア・ドロップゾーンを思わせた。
「……まだ続いていると言うのか」
「これで最後、オレらで片付けちゃおーよ」
 そう言ったのはレイの英雄のカール シェーンハイド(aa0632hero001)だ。
 思わず黙り込むレイ。カールが不思議そうにそんな相棒を見る。
「……カール、お前……まともなことも偶には言えるんだな」
「うっわ、レイ酷いー! 超酷いーー!!」
 レイとカール、ふたりの友人であるアキト(aa4759hero001)がそれを見て思わず笑う。
 太陽と闇の狭間。レイが互いの位置を確認するためにエージェントたちに貼った蓄光テープがモノクロの銀世界で光った。
 美咲 喜久子(aa4759)も軽くじゃれ合う三人に続いて車を降りたが、吹雪の森に視線を移すと表情を引き締めた。
「ケントゥリオ級愚神が三体……」
 ケントゥリオ級は強敵である。
 そして、オペレーターが強調した通り、H.O.P.E.による被害の分類は同じケントゥリオ級でも愚神は従魔とは違う。何より愚神は自我を持って行動する。
 ユキワタリは今まで何体も確認されている愚神だ。知能は概ね獣並みとの報告だが、三体群れを成してドロップゾーンを作って居る時点で充分特殊なケースと言えるだろう。
 喜久子はオペレーターが漏らした村の少女のことを思う。
 最後にロージャたちと会話を交わしたリータという小さな少女は、行方不明の彼らのことを案じて待っているのだと言う。
「早く、救出に向かわないと……」
 喜久子の隣に少し雪を被ったアキトが並んだ。
「そうだね。きっこさん、準備はイイ?」
「勿論よ」
 太陽の光をきらきらと弾く雪の粒の中にライヴスの蝶が舞ってふたりを包む。蝶が消えると、そこには犬耳を生やしたアキトによく似たリンカーが立っていた。
『急がないとね』
 アキト──共鳴したふたりの声は喜久子とアキトのそれが重なり合い、陽と影の別れる森の中で美しいハーモニーを奏でた。
 同じく共鳴を済ませた月影が、ライヴスゴーグルで仲間のライヴスの流れを把握できないかと試みた。
「流れまで幻覚化されると意味ないが、やっておくに越したことはないよな」
『備えは必要ですから』
 しかし、吹雪によって視界が悪いため、思ったよりもライヴスの流れを判別するのは難しいようだった。
「まあ、雪避けにはなる」
『ゴーグルの正しい使い方ではありますね』
 ルビナスの答えと同時に、月影は吹雪の中に辛うじて見えたライヴスに気付く。
「ユキワタリ──いや、エージェントの方か……?」
 エージェント達の間に緊張が走る。
「幻覚にかからないようにしたいけど、目を見て無くてもかかるとなるともう祈る以外ないのかな」
 汗ばむ手で優牙がアルパカを抱え直した。



●雪渡り
 冷たい吹雪の中のそれ。
 ――還れ、零に。
 強大な力を持った愚神の影が厳かに告げた。
 錯乱しながら全力で放つロージャの《ヘヴィアタック》は巨大なヴァレリアに当たったはずなのに、まったく手応えが無い。
 痛みが、背中を襲う。
「うわあああ、うわああああ!」
 何度も叫ぶロージャは気付かない。
 ヴァルリアと相対して攻撃を受けて、彼のような未熟なリンカーがこれだけのダメージで済むはずは無いことに。
『ロージャ! ねえ、私の声を聞いて!!』
 必死に語り掛けるレーナの声も既に届いていなかった。
『ねえ、ロージャ、何と戦っているの!?』
 英雄の悲痛な声は能力者には届かない。
 この時、レーナの目にはロージャが観ているであろう幻影は観ることが出来なかったのだ



 吹雪の中、ユキワタリたちに気付かれないよう、エージェントたちは慎重に先へと進んだ。
 悲鳴のような風の音に混じって、荒々しい叫びが聞こえた。
「う、うわあああああああ! くそっ!!」
 一人のリンカーが空に向かって武器を構えてライヴスを込めた一撃を放った。激しい動きに細かな雪が舞い上がる。
 無駄な一撃を放ち、叫び、何かから後退した彼の背中を巨大な生き物が鋭い角で引き裂く。
「あああっ!」
 絶叫をあげるロージャ。
 飛び散った赤い血が白い雪を染める。
 錯乱したままの彼が振るった拳をユキワタリ「パードレ」は易々と避けた。


 吹雪の中、注意深く周囲を観察する月影のゴーグルにぼんやりとロージャと彼の動きをなぞるライヴスの流れが映った。
「ロージャは正気を失っている感じだな」
 薄暗い吹雪の中のせいでライヴスゴーグルの効果は薄いが、他にあと二体のユキワタリが周囲に潜むのがわかった。
『ロージャに近づくには包囲を崩す必要がありますね』
「なら一番近い奴に集中攻撃、一気に倒して回収だな」
 月影はライヴス通信機を使い、潜むユキワタリたちの情報を伝える。
 バードレとロージャが見えるギリギリの位置に身を隠した優牙もその連絡を受けた。
「早めに救出したいけど囲まれてて近づけそうにないね……。やっぱり、一体を先に倒すしかないのかな」
『むー、思いっきり暴れたいけど今は我慢するのだー!』
 視界は少し悪いが、なんとかなるだろう。
 3.7mmAGC「アルパカ」を外し、37mmAGC「メルカバ」の準備始める。

 激しいブ武器の中、美しい銀髪をなびかせて九陽神弓を引き絞るレイ。
 動かした唇から、レイとカールの言葉が交じる。
『さぁ、コマンセだ……』
 静かに矢がレイの手を離れ──《ファストショット》が嵐を割いてバードレの胴体に突き刺さる。
 ……それが戦闘開始の合図だった。
 ドン! 鹿に似た巨体が揺れ、驚いたユキワタリの甲高い声が吹雪きの中に響く。
 身体を揺らして荒々しく雪を蹴立ててるバードレ。
 バードレが怯んだ隙にロージャの元へ駆ける迫間。月影と同じようにその眉が顰められる。
「……様子がおかしい?」
『既に幻覚に捕らわれているようね……』
 ロージャの名を呼ぶ迫間。しかし、風の音に掻き消されて彼の声は届かず、ロージャは相変わらず真っ青な顔で叫び拳を振り回すばかりだ。
 さらに近づこうとした迫間だが、一瞬の気配を感じて飛び退る。
 同時に角の先にほのかな光を灯した小さなユキワタリが雪の向こうで不思議そうに小首を傾げた。
「二体目──バンビーノか」
 天叢雲剣を構える迫間。
 その彼を冷たい斬撃が襲う。
『”氷兵士”!』
 驚くたマイヤ。だが、その一撃は迫間の身体をすり抜けた。
「幻影だな。成程、”バンビーノ”は少し趣が違うようだ」
 切り裂くように天叢雲剣を走らせると氷兵士の幻は霧散した。
『……隠れたみたいね』
 迫間は再び幻影に囚われたロージャへ向かい、そしてどこかへ隠れているユキワタリにその身を晒す。


 ユキワタリの能力を警戒したバルタサールは《シャープポジショニング》で射程を考え場所を選びながらLSR-M110を構える。
 合図が来るまでそう時間はかからなかった。
 レイの攻撃で興奮したバードレと暴れるロージャの距離を慎重に測っていた月影からの連絡が入る。
 ──カウントダウン、そして。
『今だ!』
 近付く迫間に気付き、高く高く跳躍するバードレ。
 掛け声と共に、喜久子、月影、バルタサール、そして、優牙が動く。
 それを針葉樹の上に身を隠していた喜久子が狙う。
 A.R.E.S-SG550の一撃は、しかし、身体を捻ったユキワタリの身体のぎりぎりを掠めた。
 次弾。
 月影の持つ多連装ロケット砲フリーガーファウストG3が、バルタサールのLSR-M110、そして、優牙のメルカバが同時にバードレを狙う。
 ──発砲、銃声、銃声、銃声……。
 着弾したG3の炎が周囲の雪の積もった大地を抉る。
 セミオート狙撃銃から吐き出された弾丸が胴体を撃ち抜き、最後に対愚神用の強力なAGC(アンチ・グライヴァー・カノン)、メルカバが火を噴く。
「──ィィイ!」
 息の合った攻撃に、バードレは深く傷を負い細く高い絶叫を上げた。
 地響きを立てて雪の上に倒れるバードレの巨体。
 今度はロージャではなく、グライヴァーの血が白い地面に散ったがすぐに雪がそれを覆い隠した。
「彼は任せた、こっちは抑えておく」
 キリングワイヤーを手にした月影に、喜久子は頷く。
 ──ロージャ達から出来るだけ敵を離し、一刻も早くBS解除をせねばな。
 唯一のバトルメディックである喜久子は樹の上から滑り降りる。
「私はロージャに向かう。すまないが、援護を頼む」
 敵から目を離さないまま小さく頷くレイ。そして、駆け出す共鳴した喜久子とアキト。
 だが、そこへ突然伸びた氷柱が天へとアキトの身体を弾き飛ばした。
「──っ!」
 避けきれず、苦痛の声を上げるアキト。
「アキト、喜久子!」
 思わず声を上げるレイ。
 嵐の向こうから白い模様の入った毛皮のユキワタリが悠々と歩いて来る。
「モーリエ……!」
 しゅるり、とその角にワイヤーが巻き付く。
「美咲、すまない。今度こそ任せてくれ。──同個体との戦闘報告書は読んでいる」
『今回は更にアレンジです』
 絡むように細工した音を出したスマートフォンを角に絡めるが、しかし、振り払おうと頭を激しく揺するモーリエによってそれは解け、雪の上に転がったスマートフォンを愚神は踏みつぶした。
「キリングワイヤーでは難しいか……」
 ワイヤーを巻き取り引き寄せた逆の手で「毒々しい髪染め」をユキワタリ「モーリエ」へと叩きつける。
 モノクロの景色に広がる奇抜な色。
 白い毛皮が自然界ではあり得ないはっきりとした紫と黒へと染まり、ユキワタリは怒りを露わにした。
『プレヒティヒな踊りを魅せてくれよ?』
 強い眼差しでモーリエを捕らえたまま、矢を放つレイ。その矢は吹雪の中に消え──。
「──!!」
 レイの《テレポートショット》により予想外の方向からの攻撃を受けたモーリエが悲鳴を上げた。
 そこへ色を頼りにバルタサールの弾丸が撃ち込まれる。
 弾丸によって身体を震わすユキワタリ。
「この吹雪でどれくらい狙撃が出来るかわからないけど何とかしないとっ。初手で最大威力行きますっ」
 優牙のメルカバが火を噴く。スキルによって一瞬、ふっと消えたHEAG弾がユキワタリの左脇から命中する。
『よっし、当たった──!?』
「ふえっ!?」
 突然、背後からの攻撃によろめく優牙。氷の柱が砕ける。
「く、近づかれると流石に厳しいっ。それなら近接戦も出来る武器に切り替えるしかっ」
 そう言って振り返った優牙の、目の前に、冷たい氷のまなざし。
 ──ゼロへ――。
「っ!?」
 足元の雪が弾ける。
 バルタサールの《威嚇射撃》だ。
 優牙は振り上げかけたメルカバをパージして《自動歩槍》を掴む。
『これならやりやすいのだ♪ 今まで暴れられなかった分、思いっきり暴れるのだー♪』
「うん!」
『幻影、だよ!』
「そうだね!」
 激しい空気の音と共に白い煙が舞い上がり、その向こうに自然界ではあり得ない色に染まった小鹿がきょとんとした顔で立っていた。
『随分、綺麗になったんじゃないか?』
 消火器の先に毛染めを仕込んだレイが空になったそれを放り投げる。
『良く似合ってるぜ? その派手な色……』
 目の前から消えた幻影。我に返った優牙は再びロージャへ向かって駆け出した喜久子に声をかける。
「あ、ありがとう!」
 もう一度高く飛び上がるバンビーノ。
『逃げ道? そんなものは俺らと出会った時点で無い』
 それに飛びつくレイのほぼゼロ距離で放たれる一撃。同時にユキワタリの氷柱が彼を貫く。
 小鹿の細い悲鳴、そして、激しい前足の殴打によって振り払われるレイ。


 ようやくロージャの元へ近づいたアキトは彼へ《クリアレイ》をかけた。
「確りしろ!」
 アキトの叱咤にロージャの瞳は光を取り戻し、吹雪の中に立ち尽くした。。
「う……ヴァレリアは……」
「動けるか? お前はBSに掛かり、更に幻覚を見ていただけだ」
 持って来たチョコレートを渡すアキト。
 よろよろとそれを頬張ろうとしたロージャがまた震え出す。
 はっと、振り返ると、そこにまたあの小鹿が冷たい眼差しで二人を見ていた。
 その前に立ち塞がる迫間はヒールアンプルをロージャへと投げ渡した。
「あの村の子供に”倒してくる”と約束したのだろう?」
 バンビーノはさっきよりスピードの落ちた攻撃を繰り返し、迫間は《ジェミニストライク》で応戦する。
「…………」
 傷を負ったユキワタリを圧倒する迫間の戦いを黙って見つめるロージャ。その掌の中でヒールアンプルが強く握りしめられた。
 バンビーノの目が赤く光るが、迫間の一太刀がそれを振り払う。
「叢雲は、神器の名を持つ剣。霊験あらたか故に……愚神の幻覚に惑わされはせん。相手が悪かったな」
 ──ま、使い手は俺だけという訳でもないが……。
 ちらりと、月影を見る迫間。だが、すぐに視線を目の前の敵、バンビーノへと戻す。
『……他の使い手に見劣りしたくはないもの。武器に恥じぬ程度には……こなさいとね』
 マイヤの言葉に頷く迫間。
 幻影を払っているのは迫間自身の力だ。それは彼も解っている。だが、彼は油断せず叢雲にライヴスを込め、か弱い小鹿を装う愚神へと相対した。


 フラフラとよろめくモーリエの瞳が赤く光った。
 ゆらり、視界が歪んだ気がし、月影は意識を集中した。
「一撃を与え、目の前で滅びるのを見たんだ。今更そんな幻覚で惑わされるか」
 絶零の総督《レガトゥス・ヴァルリア》消滅した。
『翻弄されては相手の思うツボです』
 大剣を振るえば、視界の歪みは消えた。
「こちらの視認が関係ないなら、向こうからの視線を遮ればどうだ?」
 ゲシュペンストを装備した月影が雪を激しく蹴立てる。
 舞い上がった雪の紗。
 その向こうで輝く角に灯った光。
「これで決めるぞ」
 月影が走った
 《疾風怒濤》による横薙ぎの一撃で愚神の大きな身体がバックノックする。だが、月影の大剣はそれを逃さず、その肉を割いて天へとはしり、そして、返す刀でモーリエの首を激しく叩き落とした。
 落下した首を中心に大きく雪が舞い上がり、虚ろになったモーリエの瞳が空を睨む。


 氷柱を避けた迫間は敵から視線を反らさない。けれども、彼の後ろでロージャが立ち上がり、構えたのがわかった。
「俺も──他国のリンカーに恥じない程度に戦いたい。例え、弱くとも」
 吹雪の中、ロージャのその言葉は、なぜかクリアに迫間とアキトへ届いた。
 小さな身体に不釣り合いの角を構えて突っ込むバンビーノ。それをいなす迫間。
 ──これからロシアを守っていくのは地元のリンカー達だからな……必要なのは挫折より自信と実力だ。
「まだ闘志が萎えていないなら……”お前が倒せ!”」
 バランスを崩した愚神へ迫間の背後から飛び出したロージャが怒涛乱舞を叩き込んだ。



●ヒーローの帰還
「これで、これで本当に終わりか──……」
 喜久子に貰ったチョコレートを食べ終え回復したロージャがへたり込む。
 しかし、共鳴を解いた喜久子は来た道を振り返った。
「……いいえ、まだやることは残っているわ」
 その言葉にロージャは怪訝な顔をした。


 森のハンター小屋周辺に村から避難した人々は集まっていた。
 村民の車があちこちに停められた空き地には簡易テーブルと椅子が無造作に並べられている。
 ユキワタリ三体が討ち取られたことは村人たちにもすでに知れ渡っているのだろう、皆、明るい表情で帰りの支度をしていた。
 そんな中、ただ一人、リータだけは暗く沈んでいた。すっかり冷めた紅茶の入った無骨なアウトドア用のマグカップを小さな両手で抱えてじっと俯いている。
「Devochka!」
 突然かけられた男の声に、リータは弾かれたように顔を上げ、椅子から飛び降りた。
「エージェントさん!」
 車を降りたロージャの元へ少女は転がるように駆けて行く。
「心配したんだって?」
「だって、どんどん雪が……」
 眼の端に涙を浮かべて訴える少女の頭を、ロージャに続いて車を降りた喜久子が優しく撫でた。
「ロージャとレーナはとても強くて、心強かったわ」
 新人エージェントは一瞬バツが悪そうな顔を浮かべたが、すぐに喜久子に礼を述べた。
「おれももっと──いや、ありがとう、美咲。
 そうだ、お嬢ちゃん。おれたちは強いし、”先輩”たちもびっくりするくらい強いんだ」
「もうあの鹿は居ないし、吹雪も消えたよ」
 ロージャの言葉を継いで優牙が少女に語り掛ける。
 リータはぐるりとエージェントたちを見回した。
 ロージャの服はあちこち擦り切れ、穴が開いていた。
 優しく頭を撫でてくれた喜久子も、リータより少し背の高い優牙とプレシアも、服の下に白い包帯がちらりと見えた。
 眼差しを受け止めてくれる月影とルビナス、迫間とマイヤの凛とした姿。
 カールと共に少し離れて自分を見守ってくれるレイはとても疲れているように見えた。
 車の側で待っているバルタサールと紫苑。
 よく見ればエージェントたちは汚れてぼろぼろだったけど、それでも──少女にはとても輝かしく頼もしく見えた。
 だから、彼女は聞いてしまった。
「もう、あんな冬は来ない?」
 その言葉が今回のユキワタリだけを指したものではないのは、その場の全員が即座に理解した。
 エージェントたちはヴァルリアたちと死闘を繰り広げたが、シベリアの人々も長い冬の中でその脅威と戦っていたのだ。
 それぞれが少女の問いへ頷き、または態度で応えた。
「また、何かあったら俺達は何時でも駆けつけるよ」
 最後にアキトの言葉を聞いたシベリアの少女は、うららかな春光のような笑顔を浮かべた。
「──うん、ありがとう」
「残党掃討に復興支援、まだまだ長そうだな」
 月影が呟くと、ルビナスは楚々と答えた。
「それでも少しずつでも皆様が安心できるのなら、やれることをやるだけです」

 こうしてシベリアに吹き付けていた絶対零度の風は希望によってまた祓われた。



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • Sound Holic
    レイaa0632
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • 元気なモデル見習い
    プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
    英雄|10才|男性|ジャ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • エージェント
    美咲 喜久子aa4759
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    アキトaa4759hero001
    英雄|20才|男性|バト
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