本部

新人教育のお時間です

大江 幸平

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/05/01 22:38

掲示板

オープニング

●厄介な新人たち
 H.O.P.E.東京海上支部。
 巨大な海上要塞Arkの中にあるトレーニングルームに数十人の若者たちが集められていた。
 新品の制式コートを身にまとった彼ら彼女らは、皆一様にH.O.P.E.へ登録されたばかりの駆け出しエージェントである。

 しかし、その表情からは、新人らしい緊張感や初々しさなどまるで見て取れない。
 どころか、中には不機嫌さを微塵も隠そうとしない、ふてぶてしい態度を取る者すらいる。

『本日、諸君らに集まってもらったのは――』

「マジだりぃ」
「つか訓練とかいらなくねぇ? 俺らなら即実戦で余裕っしょ」
「なんかめっちゃ暑いし、もう帰りたいんですけど~」
『集まって、もらったのはだな……』
「おいコラ! てめえ、さっきから肩がぶつかってんだよ!」
「ふん……貴様が豚のように肥えているのが悪い……」
「んだと、この野郎!?」

 まるで話を聞かない新人たちに、教官役として呼ばれていたH.O.P.E.職員が、引きつった笑みを浮かべて口元を歪ませる。

『……予想以上に、問題の根は深そうだな』

 そう、ここに集められていたのは、いわゆる『問題児』と呼ばれる若者たちであった。
 それも厄介なことに、ただの問題児ではない。
 彼らはエージェントとしての『資質』に明らかなる欠陥を抱えているにも関わらず、抜群の戦闘能力を持つ者たちだったのだ。
 つまり。腕っ節に自信があるからこそ、傲慢になってしまったという、典型的なタチの悪い連中だったのである。

 エージェントとして必要な資質とは、単純な戦闘能力だけでは決してない。
 しかし、それが重要な要素であることは否定しきれないのだ。何かを守るためには、力が必要である。
 だからこそ、彼らの勘違いを正してやるべきなのだ。
 要するに――お前らはまだまだ『力不足』なのだ、ということを。

 というわけで。
 H.O.P.E.は、特別訓練と称して彼らを召集し、その性根を"力業で"叩き直すことを決定した。

『お前らッ! 今すぐ共鳴してヘルメットを装着しろッ! 全員だ!!』

 突然と放たれた教官の怒声に、新人たちが面白いようにピタリと止まる。
 今まで様子を伺っていた他の職員たちが一斉に動き出し、彼らは次々とあるシステムの端末にリンクさせられていく。

 H.O.P.E.が用意した秘密兵器は二つ。

 一つは、今まさに彼らが接続させられた『VBSシステム』。
 これはグロリア社が開発したバーチャル空間で模擬戦闘が行えるシミュレーションシステムで、自由自在にあらゆる状況を再現できる画期的な代物である。
 お望み通りに新人たちを――擬似的ではあるが――過酷な実戦に投入してやろうというわけだ。

 そして、もう一つの秘密兵器というのが――

『諸君、よく来てくれた。今日はこいつらに地獄を見せてやってくれ!』

 そう言って、教官は満面の笑みを浮かべる。

 これから何が起きるのかも理解していない、哀れな新人たちを横目で眺めながら。
 『あなた』を含む、先輩エージェントたちは自信満々に頷いた。

解説

●目標

・仮想空間内で、新人エージェントたちを一人残らず叩きのめす。

●状況

・基本的には、現実世界と同じように行動できると考えてください。道具の持ち込み(再現)も可です。
 (一部、能力によっては再現しきれないものもあるかもしれません)
・再現された環境は『廃墟と化した無人の街』。中東や東南アジアの街並みをモデルにしています。
・シナリオ開始時、新人たちは街の中心部にあたる区画に集められていますが、協調性がないのですぐに別行動を始めるでしょう。
・教官役であるPCたちのスタート地点は自由です。空から降下してくるとかでもありです。指定はあってもなくても構いません。
・障害物や遮蔽物が多く、視界はそこまで広くありません。ただし高さのある建物はいくつか残っています。
・瓦礫が散らばっていたり、建物が崩れているので、罠の設置や奇襲を仕掛けることは容易です。
・何も知らない新人たちと違って、PCたちは事前に街の地図データを把握しています。

リプレイ

●宣戦布告
 視界一面に広がった、灰色の世界。
 全身にまとわりつく空気は乾燥していて、そのリアルな感覚に現実を忘れそうになる。
「な、なんだよ……これ……」
「訓練? ふざけんなよ、なんで俺がこんなこと……!」
 VBSシステムによって再現された『廃墟街』の中央エリア。
 大勢の新人たちが、困惑したように周囲を見回している。
 反応はそれぞれだが、大半の者が現状把握に必死でどう行動すべきか判断できずにいるようだった。
 そこへ、凛とした声が響き渡る。
「小官はソーニャ・デグチャレフ! 貴公らの醜態に失望する者である!」
 ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)とラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)だ。
「いかなる人的資源にも使いどころはある。しかしながら上官の教えに従えぬでは後方送りもやむなし。戦闘力が高いだけで戦場に不和をもたらす者であるならば仕置きが必要である」
 突然と始まった訓示に唖然とする新人たち。
 しかし、何ら気にすることもなくソーニャは続ける。
 その内容は明らかに新人たちをこき下ろすものであったが、それだけでなく彼らの思い上がりに対する憤懣と助け合いの重要性を説くものでもあり、まさしく訓示と呼ぶに相応しい演説であった。
「現時点では貴公らに本物の戦場へ立つ資格はない! 故に小官らは決意した。本日この場にて、小官らはH.O.P.E.にとっての防疫たらんことをである!」
 明らかに自分たちを見下したソーニャの言葉に、ようやく状況を理解した新人たちが一斉に不満の声を上げ、場の空気が張り詰める。
「新人さあ、そうカッカせず、まずは落ち着け」
 そんな状況を意にも介さず、のっそりと姿を見せたのは、島津 景久(aa5112)と新納 芳乃(aa5112hero001)であった。
「芳乃、見せてやれ」
『では、僭越ながら』
 楚々とした立ち姿。芳乃はゆっくりと扇を手に広げた。
 そうして何をするのかと思えば、すぐに美しい舞いが始まった。
 合わせるように、景久が拾った廃材を叩きつけ、即興の演奏をあわせる。

 朝立ちの 野山に陽光 萌える木々 上りて吼える えての群
 樹木の高さぞ 日本一 されども知らぬ 富士の老木
(今いるところが頂点で、自分たちが一番だとのたまうお猿さんたち。どうせもっと上がいることも知らないのだろう)

 芳乃がゆるやかに舞うたびに、太陽の扇絵が金箔の輝きを反射する様はまさしく幻想的で、新人たちは歌の内容よりもその光景に呆然としてしまっていた。
 やがて、静かに舞いが終わると。
「……え、あ? 今のなんだったん?」
「よくわかんないけど、超キレーだったね」
 一部の新人たちから、おざなりに拍手があがる。
 その様子を見て、芳乃と景久は目を見合わせた。
『……景久様?』
 景久は無言のまま、手にしていた鉄パイプを新人に勢い良く投げつける。
「うわぁっ!」
 見せつけるように大剣を抜き、吠えた。
「おう! 戦ぞ! 何を呆けちょる! はよう動かんと根切りにされっど!」
 ちらりと視線を移し、すでにソーニャの姿がないことを確認した景久は新人たちに堂々と背中を見せ、挑発するように駆け出した。
「あっ!」
「お、追えっ!」
「あん? つまり教官をまとめてぶっ倒せばいいのか?」
「なんかめんどくさーい」
「……茶番だな」
 最初から協力し合うつもりのない新人たちは、不満を漏らしながらバラバラの方向へと動き始める。
 数人のリンカーたちは、この状況に不穏な何かを察したのか、惰性で動くことをせずに周囲の状況を観察している。
『ふーん……』
 そんな彼らの様子を見て、のろのろと動き出した集団の中に居た一人の人物が、気配を殺しながらその場を離脱していく。
 新人たちと同じく新品の制式コートに身を包んだ黒髪の少女だ。左目だけが薄く青色に発光している。
『何人かは勘の良い奴がいるようだな。それでも、この状況を切り抜けられるかは未知数か……』
 やがて瓦礫の山を軽々とすり抜けて所定の位置に着くと、通信機を取り出す。
『あっちゃん、新人共が動き出した。……始めるよ』
 御童 紗希(aa0339)の幻想蝶から展開した『カチューシャMRL』を今まさにやって来た方角へ向けて、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は呟いた。
『開幕一発目は派手なの飛ばしてちょいビビって貰おうか』

 東側エリア。
 廃モーテルの屋上で通信を受け取った麻生 遊夜(aa0452)は、やれやれと肩をすくめる。
「ちっとばかり大人げないが……ま、これもガキ共の為か」
『……ん、アレはダメ……色々足りない、教育が必要』
 遊夜の背中にしがみつきながら、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が尻尾を揺らしている。
「それじゃま」
『……ん」
「『狩りの時間だ!』」
 幻想蝶に内蔵した義眼に手を添えて、遊夜とユフォアリーヤが共鳴する。

 地獄の訓練は――盛大な爆発音と共に始まった。

●バベル
 北側エリア。崩壊した廃墟群は不気味な静寂に包まれている。
「さて、罠は全部仕掛け終わったよ……Hoangさんそっちはどう? そろそろ、新人君たちも来ると思うし隠れようか」
 準備を終えた天城 稜(aa0314)が言う。すでにリリア フォーゲル(aa0314hero001)と共鳴した状態だ。
「オーケイ。こっちも終わったわ。周辺の構造も大体把握したし、問題ないんじゃないかしら」
 同じくMinh van Tran(aa4477hero002)と共鳴したHoang Thi Hoa(aa4477)が頷いた。
 二人は慎重に廃墟を駆け上り、一帯を見下ろせる地点を確保すると、双眼鏡で戦場を観察し始めた。
 すると。直後に中央エリアから轟音が響き、瞬く間に黒煙と炎が立ち昇る。
「あ、さっそく始まったみたい。……うーん、かなり混乱してるね」
「あの様子なら、それなりの数がこっちに逃げてきそうね」
「よし、現実を甘く見てる新人君たちをしっかり教育してやらないと」
「ここは現実じゃないけどね」
 冗談を言い合いながら、捕食者たちは静かに笑った。

「くそっ! 冗談じゃねえぞ!」
 粉塵と黒煙の中。西に向かって、飛散した瓦礫の間を新人たちが駆けていく。
 視界の前方に広がっているのは、拓けた大通りのような一本道だ。
「訓練だかなんだか知らねえが、全員まとめてぶっ飛ばす!」
 威勢よく声をあげる大男に並走していた長髪の少年が冷めた目を向ける。
「……ふん、大した自信だな。弱い犬ほど良く吠える、か」
「あぁ? てめえもぶっ飛ばされてえのか!」
「黙れ。僕の邪魔をしたら、貴様から排除する」
 互いを牽制し合う二人の問題児を先頭にした集団が、西側エリアに侵入する。
 曲がりなりにも優秀なリンカーである彼らは、本能的に強者の匂いを嗅ぎ取っていた。
「……止まれ」
「ちっ!」
 後続の集団を制止した二人の前に、待ち構えていた影が堂々と姿を現す。
 大門寺 杏奈(aa4314)とレミ=ウィンズ(aa4314hero002)。
 それに、ヒルフェ(aa4205hero001)とフィー(aa4205)である。
「……新人ねえ、私がここに登録したのが去年の5月末でしたかんなあ」
『時ガ過ギンノハ早エモンダナ』
「ま、急に力を手にしたガキが傲慢になるってのは往々にあるもんで、思い上がりを叩きつぶしに行きましょーかね」
 片手に持っていた拡声器に口を当てると。
「あーあー。そこなガキ共、注意散漫も大概にしやがれって感じですがねえ――」
 静かに。だが、確実に。
 肌へと伝わってくる殺気。
「今日は私らが特別に訓練をつけてやるんで、せいぜい感謝するよーに」
 次の瞬間。杏奈の全身から、強烈なライヴスが放たれる。
 それは誇り高き意志。守るべき誓い。
「!」
「……これ、は」
 身体を押されるような威圧感に、おもわず新人たちが戦闘態勢を取った。
 その様子を眺めながら、杏奈はわずかに微笑んだ。
「始めましょう。盾役の恐ろしさを教えてあげる」

 一方、南側エリアでは。
 新人たちを翻弄するように、挑発を繰り返しながら駆ける景久の姿があった。
「どうした! 揃いも揃って鈍足だな! そんなんで追いつけるのか?」
 一部の新人たちは逃走を続ける景久を不審に思い、これが罠ではないかと訝しんでいた。
 なにしろすでに中央エリアからも離れてしまい、景久を追う集団は完全に孤立している。
 しかし、それでも。背を向けている相手に白旗をあげることなど、プライドの高い彼らには許容できなかった。
「あんた、さっきから邪魔なのよ!」
「お前こそ、俺の射線を塞いでんだよ!」
 理不尽な状況。距離の縮まらない苛立ち。
 しまいには味方であるはずのリンカーたちにすら露骨な敵意を向ける者まで現れる始末。
 新人たちの間には、着実に不和の波が広がり始めていた。
「奴ら、想像以上の阿呆かもしれんなぁ」
『如何しますか』
 芳乃の問いに景久はふむと考え、彼方に視線をやる。
 廃墟街の中でも最も巨大な廃ビル。その屋上を仰ぐように見上げてから。
「良か。ここいらでやっど」
 くるりと踵を返す。瞬時に抜剣。
「引きよせち、釘付けんする」
『承知』
 景久が重心を落とし、地を蹴るように単騎での突撃を開始した。

「ふむ。島津殿は攻勢に転じたか」
 廃ビルの屋上。レーダーで敵の位置を観察していたソーニャは、即座に状況を判断して一斉に武装を展開させた。
「宜しい。距離は十分であるな。まずは退路を断つとしよう」
 薄暗い雲が漂い始めた空へ向けて、ソーニャは高らかに右手をかざす。
「――これより作戦名『バベル』を開始する」
 刹那。空気の割れるような砲撃音が、戦場に連続して響き渡った。

●襲撃
「はぁ……はぁ、はっ……!」
 冷たい壁を背に、大きく息を吐き出す。
 視界には数人のリンカーたち。全員が何かを恐れるように周囲を警戒している。
「うわあっ!」
 またどこかで叫び声があがる。同時に廃墟の天井が崩壊して、建物全体に衝撃が奔った。
「……くそ!」
 落下物を避けるように横っ飛びで移動しながら、その姿を探す。
 ――いた。
 視界の端に一瞬だけ映った、真っ黒で不気味な影。
 先程から絶え間なく奇襲を仕掛けてくる正体不明の人物。それが廃墟の奥へと駆けていくのが見えた。
「あっちだ! 追え!」
 怒りと悔しさを紛らわすように全力で走る。
 そうして薄暗い一本道を突っ切り、曲がり角に差し掛かったところで、
「ひ、ひっ……後ろ! 後ろだ!」
 慌てて振り返る。そこに立っていたのは、追っていたはずの黒い影。
 なんで。どうやって移動した。突っ込むか。いや、あれが構えてるのは。
 考える間もなく、目前で砲身が回転する。当然、そこから放たれるのは――
「ガトリング!」
 耳をつんざくような射撃音。
 建物の壁や柱が凄まじい勢いで弾け飛び、一瞬にして本能が死の恐怖を呼び起こす。
「うわああああっ!」
 悲鳴をあげるリンカーたちを尻目に、空いていた窓枠へ身体を滑り込ませて外へと脱出する。
 硬いコンクリートの地面へ転がるように着地して顔を上げる。射撃音は鳴り止まない。
「態勢を、立て直さないと……!」
 瞬間。何かが破裂するような音がした。
 薄れていく意識の中で彼方に見えたのは、あまりにもこの状況に不釣合いな――憎たらしくも愛嬌のある動物の顔だった。

「その程度じゃ、すぐ死んじまうぞー?」
『……ん、アルパカは……優秀だから、ね?』
 クスクスと笑いながら、ユフォアリーヤがアルパカの背を撫でる。
「芽がありそうなのは絞れてきたかな」
 言いながら、警戒が疎かになっている新人を再び狙撃する。
 それを見て一部の新人たちが、遮蔽物を利用しながら迅速に遊夜たちの方角へ移動し始めた。
「……ふむ、動きは悪くないな」
『……ん、でも……協調性がないのは、減点』
 黒い影に扮したカイが奇襲を仕掛け、孤立した者を遊夜が狙撃する。
 二人のシンプルだが恐ろしい連携は、新人たちを確実に苦しめていた。
 だがすでに一部の新人たちは、奇襲のタイミングに慣れ始め、狙撃手の位置も特定しつつあった。
「……そろそろ移動するか」
 得物を『静狼』に持ち替えて潜伏の準備を整えると、遊夜は静かに瓦礫の山へと姿を消した。

 その頃、北側エリアでも同様に新人たちの悲鳴が響き渡っていた。
「もうやだ! どんだけ罠ばっかりなのよ!」
 彼らが侵入したのは、静まり返った廃墟群だ。そこはまさに地獄だった。
 落とし穴や虎ばさみといった進行を妨げるものから、細い竹を利用した実包地雷や即席爆弾など確実にダメージを与えるようなものまで、ありとあらゆる場所に様々な罠が仕掛けられている。
 しかも、それぞれの罠が心理的な隙間を突くような間隔や位置に仕込まれていて、完璧に回避することは不可能に近い。新人たちは敵地のど真ん中で足を止めざるを得なかった。
「この中に留まるのは危険だ。強引にでも突破しねえと」
「突破って……どこに進めってのよ! 敵の位置もわかってないのに!」
「おい、落ち着けよ。とにかくこのエリアから離れて、視界の良い場所に出よう」
 すでにこの時点で数人がリタイアしている。新人たちは気が焦っていた。
 そこへ銃声が連続して響く。
「敵襲!」
 周囲を見回す。しかし、薄暗い廃墟の中に敵の姿は見えない。
「外か!?」
 一人の新人が銃を構えながら、半分崩壊した壁際に移動する。
 すかさず中腰になり、慎重に顔を覗かせようとしたところで――反対側から爆発音が聞こえた。
「なんっ」
 見ると柱が粉々になっていた。その衝撃によって通路の天井が陥落して、建物がさらなる崩壊を始める。
「やべえ!」
 そう叫んで立ち上がった、次の瞬間――狙い澄ました銃弾が新人に直撃した。

「殺し間(キリングフロア)へ、ようこそ♪ ゆっくりと、教育されて行ってね♪」
 少し離れた場所で『LSR-M110』を構えていた稜は淡々と狙撃を続ける。
「アレはダメ……次はアレと……」
 そのうち、廃墟の崩壊に乗じて生き残った者たちが次々と脱出していく。
「おっと、Hoangさん。西には行かせないで」
『任せて』
 通信を受けたHoangが奇襲を仕掛け、新人たちの進行方向を誘導していくのを確認すると、稜は『フリーガーファウストG3』をよいせと肩に担いだ。
「……これで仕上げ、かな」
 唸るような爆音。
 放たれたロケット弾は、新人たちの背中を追い立てるように、盛大に着弾した。

●掃討
 風を切る音に不思議な音色が混ざる。
 フィーの振り下ろした『戦斧ハルバート』が迂闊な新人に直撃した。
「はいそこー、盾が見えてんのに無暗に突っ込んでこなーい」
 そこへ即席の挟撃。左右から新人の槍が振るわれる。
「だめよ。タイミングがなってないわ」
 高い金属音。身体を滑り込ませた杏奈が盾でそれを弾き返す。
 鏡に映っていたのは、自らの姿。『リフレックス』のシールドが展開していた。
 気付いたときには全身がズンと重くなり、攻撃したはずの自分がダメージを受ける。
「……な、なんだ!?」
「貴方は攻撃する度に体力を奪われるの。……さあ、何回もつかしら?」
「うおおおおおおお!」
 それならば、と。飛び退いたフィーに対して、巨躯の新人が身体ごと突撃する、が――
「対人戦で武装が見えてる物だけとは思わねー事で、多少の遠距離攻撃手段は警戒するー」
 持ち替えた『グラセウールIS000』の銃口から弾丸が放たれ、咄嗟に上げた両腕に怖気立つような痛みが奔る。
「……壁風情が! いい加減、うざったいんだよ!」
 長髪の新人が短刀を構えて、低い姿勢で跳ね上がるように杏奈の首筋を狙う。
 鋭い一撃。だがこの時、乱戦に視野の狭くなっていた彼は気付いていなかった。杏奈の『レイディアントシェル』が神秘的な光を纏い始めていることに。
「盾役は攻撃手段を持たない――なんて誰が決めたのかしら」
 短刀の軌道をわずかに逸らすと、その勢いを利用して頭部に思い切り盾をぶちかます。
 ガァァアンッ!
 鈍い音と共に身体が吹き飛んで廃墟の壁に激突した。
「硬いもので殴られると痛いし怯んでしまうでしょう? だから盾は攻撃にも使えるのよ」
 悠然と佇む杏奈の後方から、拡声器でフィーが檄を飛ばす。
「盾が崩せねえなら一方に引き付けて後ろから! 盾役は攻撃役とセットじゃなきゃ脅威にはなりにくいんと攻撃役は盾役が居なけりゃ倒すのはそう難しくねえ! 少なくとも単体で突っ込むような真似は避けるよーに!」
 補足するように杏奈が続ける。
「1人では戦うことすら敵わないかもしれない。けれどお互いで連携して弱点を補えば強大な敵にだって立ち向かえるの」
 とはいえ、新人たちからすれば戦況はどう考えても絶望的だった。
 明らかに歯が立たない相手に指導されながらひたすら打ちのめされる。初めてに近い屈辱的な経験に大半の者が心を折られ始めていた。
「……ぐ、そっ。舐め、やがって」
「まだまだぁ!」
 そんな中、負けじと気を吐いたのは、今までずっと衝突してきた問題児二人だった。
 二人はふと目を見合わせて、心底嫌そうな顔をしながらも小さく頷いた。
「……合わせろ」
「お前がな」
 言うや否や、同時に飛び出す。
 長髪の新人がフィーに暗器を投擲すると、巨躯を盾にしながら再び杏奈の隙を狙う。
 連携と呼ぶにはまだまだ稚拙な動き。しかし、それは間違いなく新人たちが初めて見せた協力の意思だった。
「そうそう。"仲間"じゃなくてもそいつらは"味方"! 精々いい様に扱き使ってやるよーに!」
「……ここ、だ!」
 ――次の瞬間。
 二人は瞬時にターゲットを変えた。フェイントだ。標的は杏奈ではなかった。
「うあああああっ!」
「ガアアアアアッ!」
 叫ぶ。拳と短刀が振り下ろされて――
「あぁ、言い忘れてやがりましたけどね」
 爆発的な速度。フィーが一瞬にして、二人を同時に切り刻んだ。
「一部の化け物みてえな上位リンカー勢には例外ありなんで気を付けるよーに」
 ホント上位陣は化け物ばっかですかんな。
 フィーはそう呟いて、現実へ強制的に送り返されていく新人二人を無表情で見送った。
「……」
 どこか遠くから砲声が聞こえてくる。新人たちは動けなかった。
 やがて、仕方ないとばかりに杏奈が口を開く。
「早く逃げないと……死ぬわよ?」
 その言葉を皮切りに、生き残った者たちがほうぼうの体で逃げ出した。

「チェアアアアアッ!」
 怪鳥じみた叫び声をあげながら、景久が大剣を振り下ろす。
「が、あっ!」
 骨が軋むような衝撃。受け止めたはずの剣があっさりと折れる。
 薩摩示現流に二の太刀は要らず。故にその一撃は受けること敵わず。
「だめだ! 避けるんだ!」
 構わずに、景久は無謀とも思える突撃を繰り返す。
 相手は単騎。必然、連携じみた動きこそ生まれたものの、幾度反撃しようとも景久の勢いは止まらなかった。生き残った者たちも少ない。もはや撤退以外に選択肢はなかった。
「――ふむ」
 しかし、それを許さなかったのはソーニャによる砲撃である。
 戦場の混乱を頭上高くから観察していたソーニャは特殊砲弾による釣瓶撃ちを繰り返す。
 次第に逃げ場を失っていく新人たち。舞い上がる粉塵と煙で視界すら確保できない状態が続く。
「限界、であるな。反撃は成らず。陣地強襲も至難であろう」
 屋上の縁から身を乗り出して、ソーニャは地上を睥睨する。
「趨勢は決した。――装填」
 その無念そうな呟きが届いたかのように、景久は事前にソーニャと取り決めていたポイントへ新人たちを引きつけると、空を仰いで合図を出した。
「釣れたぞソーニャ、大漁だ!」
 呼応するように、ソーニャが叫ぶ。
「てぇえいっ!」
 終戦を告げる砲声が、南部の空に響いた。
 AGM『バラック』による無慈悲な爆撃が、地上を掃討する光景を眺めながら、素早く退避した景久が感心するような声を漏らした。
「ちゃんと当たっとるが! まっこてみごて花火だど」

 その砲声は、東の空にも届いていた。
「カイ。聞こえたか?」
『そろそろかね。こっちも生き残りを追い返そうか』
 度重なる黒い影による奇襲と、何度ポイントを割り出しても姿を特定できない狙撃手の存在に、新人たちは身体よりも頭が疲弊しきっていた。
 その影響もあってか、彼らも徐々に互いを助け合う動きを見せ始めていたのだが。
「残念、そこじゃない」
『……ん、こっち……だよ?』
 死角から突然出現する銃弾。壁や床に当たりながら軌道を変える跳弾。
 執拗に繰り返される遊夜の変則的な射撃が、新人たちの戦意を完全に折ってしまった。
「ま、こんなもんか」
『……ん、どう動くか見物』
 撤退していく新人たちを追い立てながら、遊夜とカイは中央エリアへと移動していく。そのまま初期地点まで辿り着くと。
『意外と生き残ってんじゃねえの』
 そこで二人が見たものは、各方面から撤退してきた満身創痍の新人たちだった。
 彼らは教官たちの意図通りに一箇所へと追い詰められていたのだ。
「はぁ……はぁっ、はぁ!」
「くそっ……ここまで、差があるのか……?」
「は、はは……みんなボロボロじゃん……ウケるんですけど……」
「お前ら! このままやられっぱなしでいいのかよ!」
「おい、聞け。俺が盾になる。その隙に……」
 なんとか一矢報いようと奮い立つ新人たち。
 だが、時すでに遅し。一縷の希望を握りつぶすように、二人の教官が姿を現した。 
「……皆さん、揃ったみたいですね」
「包囲完了、かしら」
 稜とHoangだ。新人たちをいち早く撃退した二人は全体の戦況を観察しながら、包囲の準備を着々と進めていたのだ。
「これより殲滅戦へ移行する」
「どちらにせよ根切りか。不運な奴らだな」
 いつの間にか、ソーニャと景久もやや離れた位置で待機している。
「フィーさん、動きっぱなしだけど大丈夫?」
「あー全然問題ねえっす。それよりとっとと終わらせちまいましょー」
 そう言って幻想蝶を取り出したフィーを見て、杏奈がずいと前に出る。
「最後に一つだけ。……攻撃だけが全てじゃない。味方を支援することも重要なのよ? 例えるなら、こんな風にね。――いくわよ、レミ」
『はい! まずは意識を同調させて――わたくし達を繋ぐ"想い"を盾の輝きに乗せて内側から外へ発散するのですわ』
「了解よ。始めましょう」
 杏奈は祈るように目を瞑る。
 すると、ライブスの波動が周囲を包み込み、その輝きは盾へと吸い込まれてゆく。
 やがて、光が最大限にまで集約されると、その閃光は味方へと向けて爆発的に放たれる。
「んじゃあ新人共、また会いましょーか」
 フィーの背後に十六連装の翼が展開していく。
「来るぞ! 全員、防御しろ!」
 新人の一人が叫ぶ。
 それをかき消すように、教官たちが武装を一斉に展開する物々しい音が響いた。

「アタックブレイブ!」

 ――剛勇の祝福。

 杏奈の支援を合図に、新人たちへ一斉射撃が繰り出された。

●採点
「暴力で叩きのめすだけであるならば憎しみしか生まぬ。故に小官は貴公らに活路を見出してもらおうと愚考した。謙虚に我らの声に身を傾けて従う者であるのなら、不和により戦線を乱すようなこともなかったはずである。然らば、戦場における貴公らの行動は――」

 海上要塞Arkのトレーニングルームに、ソーニャの説教が響く。

 その隣では、録画されていた戦闘映像を見せながら、稜が笑顔で毒舌を吐いている。

「……うーん、まず状況確認を怠ったのは問題だよね。それに土地勘のない場所を進むなら、役割分担もはっきりさせないと。連携っていうのはねぇ、本来は――」

 現実世界へと強制送還された新人たちは、数時間前とは別人のような顔で講義を受けていた。

「よく働いたなぁ。芳乃、けえってだいやめでもすっが」
『承知。ただし、焼酎はいけませんよ』
 そんな光景を横目で眺めながら、のんきに首を鳴らす景久を芳乃が窘める。
「固いな。そんなんじゃ胸まで硬くなっど」
『景久様!』
「おじめじゃの……。そいなあば、茶にすっが」

 一方、カイと遊夜たちは、最後まで気を吐いていた新人を励ましていた。

「お疲れさんだ、ためになったか?」
『……ん、今後に期待』
 ユフォアリーヤが頭を撫でると、新人の女の子は困ったように笑う。
『人生挫折も必要だ。折れた先から上がってこられる奴はいいエージェントになれると思うよ』
「ま、きっちり訓練するこった」

 こうして、ボロボロになりながらも地獄の訓練を乗り越えた問題児たちは、連携の重要性とH.O.P.E.エージェントの恐ろしさを痛感して、後日から態度を改めるようになったという。

 後にこの『特別訓練組』から優秀なエージェントが多数輩出されることになるのだが――それはまだ、未来のお話である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • Dirty
    フィーaa4205

重体一覧

参加者

  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御
  • 癒やしの翠
    リリア フォーゲルaa0314hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 恋は戦争、愛は略奪
    Hoang Thi Hoaaa4477
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    Minh van Tranaa4477hero002
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 薩摩隼人の心意気
    島津 景花aa5112
    機械|17才|女性|攻撃
  • 文武なる遊撃
    新納 芳乃aa5112hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
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