本部

強さを証明せよ

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/21 17:40

掲示板

オープニング

 雨の公園で、師匠が倒れている。
 自分さえ呼べば、勝てた悪人に一人で挑んで負けた。依頼主は無事だが、師匠が死んでしまえばどうにもならない。
 自分を守ってくれた大人は、あの人だけだったのに。
 師匠が死んでしまったから、自分はもう一人で生きていくしかない。それぐらいの強さはあるつもりだが、どうしても許せないことが一つある。
「師匠が弱いと思われていることだけは……許せない」

●闇夜の襲撃者
「また、闇討ちですか……」
 HOPEの職員は、ため息を吐く。
 最近、雨の日の夜にリンカーたちが襲われることが増えていた。正義もその被害者の一人であり、他の被害者と同じく「暗かったんや。相手の顔なんて、見えへんかった」と答えた。
「雨の日のみに現れるという共通点はありますが、それだけで犯人の特定はできませんね」
 今のところはパトロールの人数を増やすしかないであろう。
 そんなことをHOPEの職員が考えていたとき、正義より提案があった。
「そのパトロール部隊に、知り合いを入れてほらえへんか? 僕の用心棒仲間の弟子なんやけど、ちょっと訳ありで出来るだけ実践に慣れてほしいや」
 イズミ君いうんだけどな、と正義は続けた。

●イズミという少年
「よろしくお願いします」
 HOPEのリンカーで組まれたパトロール隊に、正義の紹介でイズミという少年が仲間に入った。イズミは正義の用心棒仲間の弟子であったが、一か月前に師匠を亡くしてからは一人で活動しているらしい。
「腕の立つ子さかい、実力は問題ないんや。ただちょっと実践不足やから、色々な経験をしてほしくてな」
 未だギブスの取れない正義は、笑いながらイズミとパトロール隊を見送った。
「イズミ君は、HOPEには所属されていないんですよね?」
 支部に残った職員は、正義に確認を取る。
 今回のように、外部の人間をエージェントたちの仲間にするのは珍しいことだ。正義の紹介ということもあって、特別に許可はしたが特に問題があるような子供には見えなかった。
「そうや。HOPEに所属するには……ちょっと精神的に弱い部分があるらしくて。用心棒仲間が生きとったころには上手くフォローしていたようやけど、もう亡くなってしもうたし……HOPEで新しい仲間を見つけるのも手だと僕は思ってるんや」
「弟子をとるくらいですから、お知り合いの用心棒はよっぽど強い人だったんでしょうね」
 HOPEの職員の言葉に、正義は首を振る。
「強さは並みぐらいやな。でも、度量の大きな人でな。家庭に問題があったイズミ君を師弟関係っていう枠でかこって保護してたんや」

●強さの証明
「あのときも……雨だった」
 パトロール中に公園に立ち寄ると、雨が降ってきた。大雨というわけでもないので、近所のコンビニで傘でも買ってパトロールを続けようという話し合いをリンカーたちがしていると、イズミがぼそりと呟いた。
「あの人が決して弱くはなかったことを、弟子の俺が証明しなければならない」
「おまえ、何を言ってるんだ?」
 仲間の一人が、イズミの言葉をいぶかしむ。
 イズミは、仲間に向かって刀を抜いた。
 最初からイズミの狙いは、リンカーたちであった。彼らを倒せば、自分の強さが証明される。そして、同時に師匠の強さも証明される。
 イズミは、そう考え続けていた。
「俺は、証明しなければならない」

解説

・イズミの保護

夜の公園(夜・雨)……人通りの少ない公園。遊具などはなく、花壇や噴水などがある大人の雰囲気の公園。見晴らしはかなりよく、障害物もあまりない。雨が降っているため、場所によってはかなり滑りやすい。

・イズミ……高校生リンカー。HOPEには所属しておらず、正義の知り合いの弟子だった。強いリンカーと戦い自分と師匠の強さを証明しなければならないという考えに取りつかれている。腕は立つが実践面ではややつたない。主力の武器は長刀と短刀の二刀流。
 速さの証明――序盤に使用。素早く動きで相手の懐にはいり、短刀で切りつける。本来ならば後衛の支援を受けながらの技。
 威力の証明――長刀で全力を相手にぶつけ、吹き飛ばす。吹き飛ばした相手に、長刀で止めを刺す。本来ならば二手に分かれる技。
 絆の証明――ライブスを活性化させ、自信の防御力を上げる。本来ならば、相手の防御力を上げる技。
 信頼の証明――ライブスを活性化させ、自分の体力の三分の一を回復する。本来ならば、相手に使用する技。

(以下PL情報)
・襲撃された者の集まり……過去にイズミに襲撃された、集団。10名登場。全員がそれなりに腕のたつリンカーであり、イズミに復讐心を燃やしている。イズミに戦闘の意思がなくなると出現する。全員が銃とナイフを装備。イズミを積極的に、狙ってくる。全員が同じ技を使う。
集団行動――半数が一気に同じ標的に向かって銃を放つ。
集団暴走――半数が同じ標的に向かって、ナイフで襲いかかる。
銃弾決起――人数が半分に減ると発動。動けなくなった仲間のライブスを利用して、体力を回復・攻撃力をアップさせる。

リプレイ

●孤独な子供
『ふむ。襲われたのがリンカーばかりというのは、やりきれないでござるな』
「……」
 人気のない夜の公園で、子龍(aa2951hero002)は呟いた。黒金 蛍丸(aa2951)は無言で、その隣を歩く。
 頻発しているリンカー闇討ち事件のためにパトロールに駆り出された面々は、雨に打たれながらも公園にたどり着いた。
『クソッ、結構降ってんなァ。こっちは傘を持ってきてないんだぞ』
「でも炎は消えねぇのな。……それにしても、襲撃者、か。よほど恨みがあるのか、違う理由か」
 寺須 鎧(aa4956)とマーズ(aa4956hero001)は襲われた人々の類似点を探そうとしていたが、リンカーであるということぐらいしか接点はない。
『やっぱり、まだこの季節は冷えるよね』 
 匂坂 紙姫(aa3593hero001)は、はぁと白い息を吐きながら手を温める。
『あったかいココアが飲みたくなるよね』
「この仕事が終わったら、買いに行きましょうか」
 キース=ロロッカ(aa3593)も白い息を吐く。相棒でなくとも、暖かい飲み物が欲しくなる気候であった。
「このまま何もなければ、今日は解散か……」
『時間も時間だ。それが妥当というところか』
 八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)は時計を見ながら呟く。
 雨も強くなってきて、もはやパトロールは断念するほかなかった。
 イズミが、ぼそりと呟いた。
「……あの人が決して弱くはなかったことを、弟子の俺が証明しなければならない」
 そう呟きながら、イズミは抜刀する。
 師匠の強さを証明するために。
 イズミの異変に最初に気が付いたのは、リオンであった。
『なんで、刀を向けるんだよ! 仲間だろ!?』
「何かがおかしいよ。リオン、気を付けて!」
 イズミのいきなりの攻撃をリオンは、盾を使って防御する。刀を握ったイズミは、顔をふせたままで攻撃を続ける。藤咲 仁菜(aa3237)は、いきなりの事態に目を白黒させていた。
「まさか、あいつが……辻斬りの犯人?」
 沖 一真(aa3591)は驚いたように、イズミの行動を見つめていた。
『そういうことになるな……強さの証明と言っていたか。それを聞いて引き下がるわけにはいかんな――言葉等いらん。強さを証明したければ、私と戦え』
 一真と共鳴した灰燼鬼(aa3591hero002)が、にやりと笑う。
 イズミは速さの証明を使用し、一真の懐に入った。だが、一真はイズミのその行動を笑う。
「血気盛んだな。だが、簡単に人の間合いに入ってくるもんじゃないぞ」
 一真は、イズミにメーレーブロウに叩きこもうとする。だが、寸前にイズミは素早さを生かして一真から逃げ出す。
「答えろ、こんなことに、何の意味がある!」
 鎧はイズミに向かって叫んだが、彼は答えようとはしなかった。それどころか、次々と仲間たちの攻撃をしのぎ、反撃していく。マーズは、その無謀さに感心する。
『おいおい、この人数相手にやンのかァ? 大した肝っ玉だ』
 一対十。
 そんな数の不利など見えていないかのように、イズミは動き回る。
『兄者! 時に応戦しないとやられるぞ!』
「しょ、しょんな事言ってもぉおお!!」
 反撃した途端に攻撃されるー、と阪須賀 槇(aa4862)は悲鳴を上げる。イズミの攻撃に対して、槇は逃げ回るばかりだ。阪須賀 誄(aa4862hero001)はあきれて、槇と交換する。
『OK、替われ兄者! ……何でこんな真似をするのかと小一時間は聞かないとな』
「こんなことをする理由――」
 イズミは、嗤う。
「師匠の強さを証明するため。弟子の俺が強ければ、死んだあの人の強さもちゃんと証明される。あの人は……弱くなんてないんだ。悪いが、俺と戦って負けてくれ」
 イズミは刀を収めることをせずに、東江 刀護(aa3503)に向かっていく。
「強いリンカーと戦うことで師匠の強さを証明……か。師匠の強さを証明するのであれば、己自身の実力で示せば良いものを。俺も強さを求める者ゆえ気持ちはわかるが、方法が間違っていること、戦うことで教えてやる」
 刀護は、九鈎刀を構えてクロスガードを使用する。防御力を上げた刀護の懐に、イズミが入ってくる。
「自分は東江流古武術門下生、東江 刀護。師匠譲りの腕でおまえに勝負を挑む。実力が如何ほどのものか拝見させてもらおう」
 イズミの刀が、刀護の胸を切る。
 傷は、浅い。
『降っている雨が――イズミさんの師匠が泣いているように思えます……』
 双樹 辰美(aa3503hero001)は攻撃を受けながらも、どこか悲しげな声で呟いた。
「弟子がやっていることに嘆いているのかもな」
『弟子があのような行いをするなど悪夢でしかないでしょう』
 刀護の言葉に、イリス・レイバルド(aa0124)は首をかしげる。
「……たしか正義さん用心棒仲間っていってたよね」
『そうだね』
 アイリス(aa0124hero001)の肯定は、イリスの疑問を深める。
「用心棒が名を上げるときって闇討ちするのかな?」
『さてねぇ。別に用心棒がアサシンを育ててはならない、という決まりもないしね』
 だが、普通に考えれば用心棒がアサシンを育てるとは思えない。
 それに、イズミは師の強さを弟子の自分が証明すると言っていた。
「……イズミさん、すごく迷走してる気がする」
 イリスは「お姉ちゃんの教え」の教え通りに、盾を構える。
「大切な人がいなくなったですね。その人の凄さを誰かに知ってほしい、ですね」
 想詞 結(aa1461)は、武器を手放そうかを一瞬考える。イズミが混乱し、武器を持っている者を全員敵と思っているかもしれないと考えたからである。だが、その行動はサラ・テュール(aa1461hero002)が静止する。
「きっと、彼は師を失ったショックで正常な判断ができてないだけです。なら、落ち着いてみてもらった方がいいと思うです」
 戦う意思がないことを伝えたい、と結は言う。
『死んだ人の功績は、生きている者が伝えるしかないものね。……それを伝えるためにこちらが傷つくのはダメなのよ。だからこそ、伝え方は考えなくちゃ』
 だから武器は捨てないでね、とサラは言う。
「掲げた祈りがあるなら成せば良い」
 カゲリは、ぼそりと呟く。
『それが、たとえ復讐にすらならない暗殺ごっこだとしてもか?』
 ナラカは微笑みながら、カゲリがライヴスショットを撃ちこむのを眺める。だが、絆の証明によって防御力が上がったイズミには大したダメージを与えられないようであった。
『確かに才能はあるようでござるが……』
 イズミの剣技を見ながら子龍は呟く。
『幾多の戦場を駆け抜けてきた蛍丸とは、実力の差がかなり出るでござろう』
「当然だ」
 黒金 蛍丸(aa2951)はイズミの刀を受け止め、それを握りつぶそうとした。とりあえず、武器を壊し、イズミを無力化する作戦であった。
「舐めるなー!!」
 イズミは威力の証明を使用し、蛍丸を吹き飛ばす。
「……次の攻撃が遅い?」
 武器を破壊するのは至らなかったが、蛍丸はイズミの技に違和感を覚えた。
『連携前提の技術だね。それを無理矢理に一人で扱っている』
 アイリスの見立ては、正しい。
 イズミの技のすべては、二人以上の連帯を組んだ時に最も効力を発揮するものばかりだ。
「師匠の強さを証明するといいましたよね。その技もその人に教わったんですか? なら、その技と教えに向き合ってみるといいです。その人はきっと、イズミさんを孤立させたくて教えたんじゃないと思いますから」
 大切な人がいなくなって悲しくて、せめて恩師の評価を上げたいことは胸が痛くなるほど分かるのだ。だからこそ、イリスは師の教えを思い出してほしいと願った。闇討ちなんて方法は、間違っているのだ。
「師匠は……師匠は俺のことを。どん底にいた俺のことを救ってくれた。だから、俺は師匠の強さを証明する!!」
 イズミの叫びに、キースは顔をしかめる。
『キース君、こういう人に同情しないよね?』
 紙姫はいつもとは違う様子のキースに、若干不安げな様子を見せていた。だが、それでもキースの表情は厳しいままだ。
「しません」
『……珍しい。キース君が怒ってる……』
 イズミを淡々と攻撃し続けるキースの姿を紙姫はただ見つめるしかできなかった。
「キミの師匠が強かったのは、腕っぷしですか? それとも人格ですか?」
 キースはイズミに尋ねるが、彼が答えることはない。
「……師匠を慕ったキミが行った結果がこれですか? 貴方が行ったのはリンカーの、いえ師匠の矜恃を傷つけるものだと思わなかったんですか? ……今のあなたはリンカーではない。身勝手な理由で無辜の仲間を傷つけた『ヴィラン』です」
 キースの動きに、イズミの動きが一瞬だけ止まった。
『武を志す者の奥義とは、即ち一眼二足三胆四力』
 トップギアで威力を高めた灰燼鬼の攻撃が、イズミに命中する。
「いた……い。でも、やらなきゃ。俺が、やらなきゃ。俺が、師匠の強さを証明しなきゃ!!」
 自分に言い聞かせるようにしながら、イズミは立ち上がる。
 その姿を見て、改めて灰燼鬼は自分が怒っていることを自覚する。才能や強くなりたいという願いがありながらも、辻斬りのような行為を行うイズミに灰燼鬼は怒っていたのだ。
『貴様には。そのどれもが欠如している。一つ、貴様は敵を倒すことばかりで洞察を怠っている。二つ、足さばき……貴様のその技は連携そして単体相手を前提としている故に無理が生じている。三つ、貴様の胆力は驚懼疑惑の四病を払拭出来ていない――有体に言えば迷いが生じている。四つ……貴様には力が足りていない――私の言う力とは……歪みない信念の籠った力よ』
「うるさい!」
 イズミは叫び声をあげて、信頼の証明を発動させる。イズミは体力を回復させて、次の手を打つべく剣を構える。
『見た目より、随分と根性があるようだな。気に入った』
 マーズが、イズミの背中を叩く。
『力を示したい、そのやり方が間違ってる? ハッ、正しいも間違いもねェだろ』
「このやり方で強さを証明する、できると信じてんなら、それでいい。だったら、証明できるまで、イズミさんの戦いは終わらないんだ。俺は……こっちに着く。多勢に無勢を見てはいられねぇ」
 鎧もいつの間にか、イズミの隣に立っていた。
「あなたたちもそちらに着くと言うんですね。手加減はしませんよ?」
 どこか冷たい響きを持つキースの言葉を鎧は笑い飛ばす。
「『共鳴チェンジ!』」
 そして、英雄と共鳴を果たした。
「猛き情熱の星、マーズレッド! この炎は止められないぜ!! やるなら本気で来い!」
 全員に緊張が走った。
 イズミだけが相手ならともかく、鎧たちまで敵に回った状態。
『ついに、離反者までたか……どうする、覚者もあちらの味方につくか? 燼滅の王はどのような結果を望む?』
 ナラカは、カゲリの様子を見やる。
 だが、カゲリの表情は変わらなかった。
「俺はイズミも鎧も否定しない。だが、悪とは弱さから生ずる一切の物。師を殺した悪人を打ち倒すでなく、共に戦うべき仲間に刃を向けるその愚かさを……」
「皆は……本当に大切なものを失ったときも――冷静でいられるのか!!」
 鎧は、声を張り上げる。
「――復讐などと謳った所で単なる憂さ晴らしでは、滑稽過ぎて見るに堪えん」
「――綺麗な正義感だけで、全部救えるわけじゃない。皆が綺麗な正義を選ぶなら、俺はこっちを選ぶ」
 イズミに向かってカゲリが放った攻撃を、鎧は防いだ。
「俺は否定も軽視もしない。だが……」
 イズミは鎧の行動に面食らうが、すぐに鎧を追い越してカゲリに切りかかる。
「お前の師は、お前にそんな在り方を説いたのか? 師を想っての行動で師を貶ているのだと何故気付かない……」
 イズミが、カゲリに向かって刃を振り下ろす。
 それを防いだのは、イリスであった。
「くっ――やっぱり才能があるんだね。一撃一撃が、重いよ。でも……実戦で命をかけている人間をなめるなよ!」
 盾を持ったまま、イリスは攻めの姿勢に入る。
 敵がイズミであっても鎧であっても、イリスは手加減する気はなかった。全身全霊で盾を振りまわし、攻撃を薙ぎ払う。
「イリスさん、そのまま耐えてください!」
 結は叫ぶ。
「イズミさん、大丈夫です。あなたの強さも、あなたのお師匠さんの立派さも、みんな知ってます」
 結は、悲しそうな顔で微笑む。
「復讐を実行するほど……あなたはお師匠さんのことが好きだったんですよね。大丈夫、その痛みも悲しみも――全部分かち合うことができます」
『だから、剣を納めなさい。師の偉大さを示したいなら、あなたの名声で勝ち取るべきよ』
 結は、両手を広げる。
 辛うじて武器は捨てていないが、その行動にサラは唖然とするしかない。
『危ないわ。なにを考えているのよ!』
「強さにも種類があります。認められるものとそうでないものも。理解してもらえなくても師匠の名誉の為に、イズミさんには踏みとどまって欲しいです」
 話してください、と結は言う。
 苦しみも悲しみも分かち合います、と言う。
「師匠だけだった」
 イズミは語る。
「師匠だけが、俺とちゃんと向き合ってくれた。師匠だけが、俺に色々教えてくれた。……俺には、師匠だけだった」
『……ハァ? バカじゃねーの? ヒキメンヘラかよ。狙うなら仇の悪党狙えよ、クソガキ』
 静かだった誄が、急に口を開く。
『或いは勝てないから無関係無抵抗の人間狙ったとか? ……OK、良かったな。《師匠のクソザコっぷりは君が証明した》よっと。クソDQNしか育てられない上にチンピラに負けた《何の役にも立たない雑魚》だろ。お前も師匠も《存在しない方がまだマシ》だな。OK、かまえ』
 イズミの刀が、誄に向けられる。
 咄嗟に、誄はそれを防いだ。
「……違うぞ、弟者。違う」
 怯えるばかりであった槇が反論する。
「俺は……分かる。だって俺は……弟者が、おまぃが死んだらきっとイカれるから」
『……兄者』
 イズミを攻撃していた誄の手が、一瞬だけ緩む。
 庇護する者と庇護される者の味方の違いなのか、兄と弟の意見は割れた。
「これって、大切な人を喪った悲しみの表現だと思うんだ。お兄ちゃんは攻撃しないぞ! こ こ、来いっ!」
 弟から肉体の権利を奪い返し、槇はイズミを見据える。
 体は動かない。
 殺気立つイズミに、槇は恐怖していた。
 それでも、弟を受け入れるように槇は両手を広げる。
「構えるのは弟者さんだよ、馬鹿ー!!」
 仁菜の声が響き、槇は目を白黒させる。
 入れ替わるタイミングが最悪だったなー、と誄はため息をついた。
「馬鹿! イズミさんも弟者さんも馬鹿! そもそも! イズミさんは師匠が世界最強だから弟子になったの!? 弱かったって思われるのが嫌? 他人がどう思おうと関係ないでしょ!」
 リオンは、滅多に見ることのない相棒の怒りに苦笑いをこぼすしかなかった。
 ――うわー。ブチ切れニーナ久しぶりに見た……。
 普段は慎重すぎるほどに慎重な仁菜が、大声でイズミに対してまくし立てている。
「自分の最高の師匠だったって、胸を張って言えるならそれでいい! 私だって、今慕ってる人が世界最強だからついてってる訳じゃない!」
 仁菜の声が、雨の公園に響き渡る。
 精一杯叫んだ、彼女は息を切らせてイズミを見つめた。
「イズミさんは師匠のどんなとこが好きだった? どんなとこを慕ってた? あんな人になりたいと思ってた? ただ力をぶつけるんじゃなくて、ちゃんと考えてよ……!」
 刀護の攻撃を避けながら、イズミは呟く。
「あの人の……すべてが好きだったんだ。あの人は、俺の全部だった。あの人がいたから今の俺があるのに――俺は、もうあの人に何一つ報いることができない」
「誰もが前を見ず、見ているのは刻んだ傷ばかりか。全く嗤えもしないな」
 カゲリの言葉を聞いたイズミは、彼に向かって攻撃を放つ。カゲリも一閃を放つも、その攻撃を鎧が庇った。
「――悔しいじゃないか」
 鎧が、ぼそりと呟く。
「誰も認めてくれなくて、一人で戦うしかないなんて……それを真っ向から否定されたら、どうすりゃいいんだよ!」
 その言葉に、ようやくイズミの瞳から涙がこぼれた。
 家族に恵まれず、教師にはそっぽを向かれ、頼れる友人もいなかったイズミに、たった手を差し伸べてくれた唯一の大人が師であった。才能に恵まれたイズミとは違って、師は決して強いリンカーではなかった。それでも、イズミが唯一頼れる大人だったのだ。
「闇討ち紛いの行為が、師匠の強さの証明になると思っているのか?」
 肩で息をし始めたイズミに、刀護は向き合う。
「強さは己のために証明するもの。正々堂々と戦い、勝利してこそ強さが証明される……」
『何を思い出しているのですか?』
 泣いているイズミに気が付いた刀護は、その涙に悔しさを見た。かつての自分と同じように――異種格闘技戦の初試合で大敗を喫した自分と同じような悔しさを味わっている涙であると思った。自分が無力であることが、たまらなく悔しい涙なのだと。
『イズミさんの保護が依頼、ということをお忘れなく』
「……わかっている」
『怪我もできれば、最低限に』
 辰美の言葉に、刀護は頷く。
「だが、強さの証明をしたいのは俺も同じ! 我が流派が最も強いことをその身に叩きこむ!!」
 それが、武術を嗜むものの礼儀であると刀護は思った。
 九鈎刀を握り直し、イズミに切りかかる。
 イズミは長刀で九鈎刀を受け止めて、短刀で刀護に切りつけようとする。
 だが、刀護の後ろには一真がいた。今の今まで、気が付くことができなかったのは一真が、刀護の真後ろにいたせいだった。
「お前、やっぱ強ぇよ!! ――だが、俺はもっと強いぜ!! ――鬼神発破! これが俺の全力だぁっ!!」
 トップギアで威力を高めた攻撃が、イズミに襲い掛かる。
 刀護の相手をしているせいで、防御も回避も間に合わない。
 自分はたった一人だから、あの攻撃には対処できない。
「――……たすけて、師匠」
 唯一の味方に、イズミは助けを求める。
「おい、大丈夫か!?」
 倒れたイズミの元に、鎧が駆け寄ってくる。
 その姿に、イズミは目を丸くする。
「どうして……助けるんだ」
 その言葉に鎧は一瞬言葉を失ったが、すぐに笑顔を作った。
「間違えていても、否定されても。認めてくれる誰かがいてくれないと……いつまで経っても、間違えたまま立ち尽くすことしかできないだろ。俺は……イズミに前を向いてほしい。仲間として、そう思う」
 鎧の言葉に、イズミは呆然とした。
 いつだったか、師匠はふざけてイズミに言った。
 ――いつかお前に仲間ができたら、俺の教えた技を使えよ。絶対に役に立つし、お前自身も重宝される。ついでに、それを教えた俺の名も上がる。俺は弱いから、お前がそうやって名をあげて師匠孝行してくれよ――
 自分に仲間なんてできない、と思った。
 だから、師匠の名を上げるには一人で強くなるしかないと思った。
 それでしか、師匠の強さを証明できないと思った。
『これで、終わりか。結局は、子供が駄々をこねたような事件だったのか? だが、明日を照らす輝きは顕れたようだな』
 どう思う、とナラカはカゲリに尋ねた。
「小さな世界で師匠と言う光を失った故の暴走だ。周囲に、頼れる仲間や大人がいれば、イズミもここまで暴走はしなかっただろうな」
 カゲリは、目を伏せる。 
「……面倒の種は、もう撒かれてしまっていたようだが」
 ――もうすぐやってくる。徒党を組まねば復讐すら出来ず、剰え戦意を失ってからでなければ姿を晒せぬ醜悪さが。
『総ては試練なり』
 ナラカは笑っていた。

●復讐者
 いつの間にか、リンカーたちは囲まれていた。どう見ても穏便な雰囲気は醸し出していない集団に、イリスは額を抑える。
「あー。火種はすでに燃え上がっちゃってたかー。正規の集団でもないのに私怨で武器を街中で振り回す……無力化の理由としては十分かな?」
『余計な敵を作る。それが君の師匠の強さだったのかい?』
 イリスがどう動くべきかを迷う中で、アイリスはイズミに尋ねる。
「……やれやれ。今夜はやけに厄介が多いでござるな」
 子龍は、刀を構えながらも仲間の様子を見やった。
 さて、全員がこれからどう動くか。
「そこの餓鬼から離れろ。そうすれば、俺たちは何もしない。俺たちは、そこの餓鬼にやられたいわゆる被害者の会のもんでな」
 リンカーの一人が、そんなことを言った。
『……OK、見えた。俺はこっちの方々に賛同です』
「弟者!?」
 誄の言葉に、槇は驚く。
『だって、事情が何だろうが《無関係、無抵抗の人々を襲撃》したんでしょ? ンな無茶苦茶が許されるってんなら、仕返しだって許すのが道理でしょ』
「弟者、おまえ……」
 槇は、ちらりとイズミを見た。
 イズミには、もう戦う気力も体力も残ってはいない。
『まぁ聞け兄者……それにもし《自分の大切な人が襲撃され、まして命を落としたら》……同じ事言えます? 俺は兄者が《そうされそう》になって心底ムカ付いてます。恥とか知るかよ。ボコらにゃ気が済まん。情状酌量せよってんなら、この人らの気持ちも汲むべきです。でもマジにやれば暴行罪ですし、逆に俺それ止める義務があります。ですんで……』
 良いことを考えたとばかりに、誄が手を叩く。
『ムカ付く側代表で俺が、クソガキに渾身の右をブチ込みます、それで決着にしませんか』 
「おまぃな……」
 このぴくりとも動かなくなった人間を殴るのかよ、と槇は後ろを振り返る。もし、殴るようなことになった罪悪感でうなされそうである。
「こいつはもう戦えない。誄とあんたらの気持ちも分かるけどな。こいつには後で謝罪させに行くから。今日のとこは勘弁してくれよ」
 一真も何とか穏便に済ませようとするが、リンカーたちの怒りは収まらないようである。
『いやー! イズミ殿を恨む気持ちはよーく分かるでござるよ? なにしろ、拙者も襲われたでござるからな! だが、一人を大勢で襲うというのは卑怯ではござらんか?』
 子龍もできるだけにこにこしながら、この場を収めようとする。
 結とサラも、前にでた。
『あのね、私は別にリベンジするなとは言わないわ。方式に問題があるって言ってるのよ』
 こんなやり方ではあまりにも騎士道精神がない、とサラは復讐を否定する。
 一方で、結は純粋に悲劇を繰り返したくなかった。たとえ同じことが自分の身に降りかかっても、この悲劇を繰り返させてはいけないと思ったのだ。
「彼はこれから、罰を受けます。判明した以上は逃げられません。きっと受け入れてくれるでしょう」
『これは、あなたたちの名誉のためよ。それでも、納得がいかないなら、後日改めて挑みなさい。一対一でね』
 未だに、緊張状態は続いていた。
 誰かの言葉が戦いの合図になりうる。
 そのような雰囲気が漂っていた。
「貴方達の言い分も分かります。だから、気がすむまでどうぞ?」
 仁菜は、両手を広げる。
 まるで、自分を殴れとで言いたげなしぐさであった。
『なにやってるんだ。危ないだろ!!』
 慌てるリオンの声は聞こえたが、仁菜は聞こえないふりをした。
「ここで争っても何もならない。だから、武器を置いて、話し合いしましょう」
 ね? と仁菜は微笑みかける。
 仁菜も怖くないわけではない。それでも、もうこの場では誰も傷つけたくはなかった。今夜は、一滴の血も流させない。そんな決意を仁菜はしていた。
「ちっ、女に守られやがって」とリンカーたちは唾を吐き捨てて背を向ける。
 戦闘を避けることができた面々は、ほっと一息ついた。相手は、あくまでイズミに襲われた被害者たちである。戦わないのならば、それが一番良い選択である。
 キースは、イズミに近づいた。
 気を失っているわけではないが、彼はもう立ち上がる気力さえないようであった。
「暴行罪は軽い罪ではありません。法の手続如何に関わらず、キミは過ちから学ばなければならない。キミの師匠が真に何を思い、託そうとしたのか……。ここからはキミしか分かりません」
 キースは思う。
 おそらくは、イズミの師匠は彼に何かを残そうとはしなかった。
 代わりに、彼は導こうとした。イズミが、一人にならない場所へと。彼が頼れる仲間の元へと。だが、そうなる前に師は亡くなってしまい――今回の暴走が起こったのだ。
『ししょーさんの意思、ムダにしちゃダメなんだよぅ?』
「思いを受け取り、そしてキミが次に繋げていく……。正しければ、その思いは脈々と受け継がれる。そんな証明の仕方もあるんじゃないですかね?」
 とりあえず今は君の身柄をHOPEに預けます、とキースは続けた。
「俺は……これから、ちゃんとした大人になれるかな。子供をちゃんと導けるような――師匠みたいな大人に」
 イズミの言葉に、キースは驚いた。
 それでも、声は驚きなど感じていないかのように響いた。
「それは、努力次第です」
 事件は終わった。
 雨は未だに降り続いており、そのなかで集団から一人離れた蛍丸は呟く。
「……君は理想だけを追いかける……真似はしないでください……」
 その声は、まるで相手の幸福を祈るかのようであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • 払暁に希望を掴む
    サラ・テュールaa1461hero002
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 美味刺身
    子龍aa2951hero002
    英雄|35才|男性|ブレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • Foe
    灰燼鬼aa3591hero002
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 猛き情熱の星マーズレッド
    寺須 鎧aa4956
    人間|18才|男性|命中
  • 猛き情熱の星宿る怪人
    マーズaa4956hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
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