本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】感染特急

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/20 17:51

掲示板

オープニング

●盟約の朝
 愛媛と香川とを繋ぐ特急列車がある。
 運行路のほとんどが単線で、どこか牧歌的な風情を感じさせる146分間の旅路。
 朝夕の時間帯には観光客ではなく、通勤通学の足としてこの列車を使う地元の人々も多いのだが……この地では愚神・夜愛の侵攻が続いている。学校はもれなく休校で、学生の姿はない。
 問題はそう、社会人だ。
 人を辞めるほどの環境にある者こそ少ないが、「実際に襲われていないのだから仕事を休んでいい理由にはならない」という空気が、会社社会という連なりの内にはある。
 おかげで社会は今も動いており、列車もまた、本数を減らしながらも運行されているというわけだ。

 そんな下り5両編成の自由席の最後尾に、ひとりの女が立っていた。
 目深にかぶったスウェット地のワークキャップの端からこぼれ落ちる髪は黒い。しかし、よくよく気にしてみれば、地毛ではありえない金属質の光沢をまとい、シャラシャラと硬い音をたてていることに気づくだろう。
 不幸なことに、気づく者はなかった。女の肌が、肌色をしているだけのステンレスであることにも。
 ――盟約はあれ、よくぞここまで来たものよ。
 女は胸中で独り言ち、そのステンレスの指先を密かに伸べる。
 1、2、3匹と飛び立ったそれは女と同じ、ステンレスで造られた蚊であった。
 蚊はそれぞれ獲物を定め、肌に口吻を突き立てた。唾液ならぬゾンビウイルスが獲物へ流し込まれていく……。
 幾度かそれを繰り返し、戻ってきた蚊が、今度は女の指先を刺した。
 彼女の身の内に在る“赫き薬丸”を素としたウイルスを蚊どもへ吸わせながら、女は前の車両へ歩き出した。その途中でスマホを取り出し、硬い耳にあてがう。
「――夜愛か。半ば種を植え終えた。これより残り半ばを植えに行く。あとは芽吹きを待ち、彼奴らを共連れてカガワへ参る心づもりよ」

 女の名はウルカグアリー。
 鉱石を編んで依り代(アバター)とする、正体不明の愚神である。
 規約というものをなによりも尊ぶ彼女は、神門との古き盟約を果たすべく、棲処たるインカよりこの四国へ来た。

 グリーン席と指定席を備えた先頭車両の扉を引き開け、ウルカグアリーはギチギチと笑みを形造る。
 金属質の高い羽音を鳴らし、造りものの蚊が飛び立った。
 夜愛が取りかかっている香川侵攻を補佐するのが彼女の役割。それはすでに、ほぼ果たされたのだ。

●発症
 数日の後。
 朝の下り5両編成・高松行きの最後尾自由席車両は、今日も人でごったがえしていた。
 ただ、誰ひとり語る者はない。
 それどころか、スマホや新聞を見る者も寝に入る者も、となりに座った他人あるいは密着して立つ誰かを気にする者すら、なかった。
『次の停しゃえきはははははかかかかかああああああ』
 車掌のアナウンスが壊れ。
「あああああああああ」
 押し黙っていた人々が、それに唱和した。
 車掌席のドアが開き、車掌が前の車両へ向かう。
「きっぷぷぷぅうううぅぅ」
 人々がそれに続き、前へ。
 突き出した両腕で空を探り、よろめきながら行く人々の顔は、生者のものではありえなかった。
 ……その後方、車掌の代わりにその席へ腰をかけたウルカグアリーがマイクを手に取り。
「次の停車駅は屍国。どこへ停まろうと変わりはせぬが、己の逝く先くらいは知っておくも一興だろうよ。ああ、心配はいらぬ。案内役はそれなりにいるからな。そして汝らもまた案内役となる。相身互いは汝ら人間の規約であろう?」
 車掌同様、運転手もまた死人に変えてある。今ごろは先頭車両から後ろへ向かっていることだろう。
 この列車は終点の高松まで停まらない。
 そうして夜愛の包囲網を突き抜けた後方で、ゾンビはさらに感染者を増やし、兵隊を増やす。結果、夜愛の侵攻を迎え入れる軍団ができあがるというわけだ。

 ウルカグアリーは流れゆく景色に向けていたステンレスの眼を引き戻し、先頭車両の運転席へ向かう。
 運転などできはしないが、ブレーキがどれかはこの数日で見て憶えた。だから目的地へ着くまでしばし、特等席から景色と旅情を楽しむとしよう。

●出動
 礼元堂深澪(az0016)からの緊急連絡を受けたエージェントたちが特急列車を追う。
『こちら礼元堂! 5両編成の特急列車の1両めと5両めに死体ゾンビ30が出現! 感染者増やしながら2、4両めに入ってる!』
 1、5両めに死体ゾンビはほぼおらず、ほとんどが2、4両めに進んだということか。そこに取り残された感染者をどうするかは問題だが、残る3両めはどうなっている!?
『3両めに逃げ込んだお客さんがドア押さえて抵抗してるけど、長くは保たないよ! あーっ、運転手さんもゾンビになっちゃってて、よくわかんない愚神が運転席占拠してるから、そっちもなんとかお願い!!』
 エージェントたちが列車に接触できるのは新居浜(にいはま)駅付近。ゾンビをけしかけた愚神は香川県を目ざしているはずだ。時間は有限、なんとかしなければ。
『時間より作戦だね! お客さんがケガしたりしなきゃなにしてもいいって許可はもらってるから! なんかドカンてやっちゃって!!』

解説

●依頼
1.特急列車の3両めに立てこもっている乗客を救ってください。
2.1、2、4、5両めの感染者に対処してください。
3.運転席にいる愚神ウルカグアリーを撃破もしくは撃退してください。

●状況
・特急列車は高松まで停まりません。
・新居浜駅付近から、なんとか列車へ乗り込んでください。
・1~5両めのどの車両に、どのような形で乗り込んでもOKです。
・1、2、4、5両めはゾンビ数十体に占拠されています。
・3両めは逃げ込んだ人々でいっぱいです(乗車率134パーセント)。彼らは避難民が主なので、状況についてはある程度理解しています。
・列車を破壊することに関しては鉄道会社の許可が出ています。
・緊急出動なので、使えるのはみなさんが装備しているAGWと携帯品のみです。

●ソンビ
・能力は特設ページ参照。
・明確な指示を受けている者はいません。頭にあるのは増えること、殺すこと、それだけです。

●ウルカグアリー
・鉱石をアバターとする愚神。
・今回はステンレスをアバターとしており、高強度で非磁性(磁力を含まない)。その他の身体特性も実際のステンレスに準じます。
・能力的には弱めのケントゥリオ級相当。
・自らの体(ステンレス)を材料とした、蚊型のミーレス級従魔(潜伏能力有り)を複数飛ばすことができます。蚊の攻撃には毒による減退のBSが乗せられています。
・ドレッドノートに酷似した能力を使います。
・複数行動可能。
・撃退する場合、戦闘以外の手段を講じても可です。

リプレイ

●八景
「例の特急が来る。タイミングをまちがえるなよ?」
 新居浜駅。本来であれば特急が停車するはずのホームの屋根に上り、その狼耳で空気の揺れを聴いていた麻生 遊夜(aa0452)が、ライヴス通信機「雫」のヘッドセットを通じてエージェントたちへ呼びかけた。
『……特急に、飛び移る。ん……いそがしくなりそう』
 内のユフォアリーヤ(aa0452hero001)はとろりと笑み、続けて唇をきゅっと引き締める。
「中の情報はまだわからねぇが、とにかくかなりの人数を搬送しなくちゃならなくなりそうだ。面倒かけるが、各駅に搬送用の車両、待機させといてくれ」
 ホームで待機中のカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は医療機関へ連絡を入れていたスマートフォンをしまい、息を吹いた。
「行くぜ、マリ」
 内に在る御童 紗希(aa0339)は強くうなずき、
『いつでも。今日は救うための戦いだから』
 そして、ゾンビと感染者を封じた特急列車が近づいてくる。

「たまには必死で戦いたいのじゃ!」
 駅へすべり込んでこようとする列車の進路、つまりは線路上に仁王立ったカグヤ・アトラクア(aa0535)が声を張り上げた。
『えー、ま、ま、まさかカグヤー、普段は手を抜いてるのー?』
 眠そうな棒読みで付き合うのは内の契約英雄、クー・ナンナ(aa0535hero001)。
「手抜きではない! 常に余裕を持ち、優雅な生を嗜んでおるのじゃーっ!!」
 最後の「じゃーっ」に合わせ、カグヤが跳んだ。その手に構えたZOMBIE-XX-チェーンソーを突き出し、そのまま運転席のガラスへ衝突!
 が。
「おお、莫迦がおる」
『うん。馬鹿がいる』
 運転席のウルカグアリーとクーが同じ感想を口にして。
 ステンレスの網で補強された窓に弾かれ、カグヤはそのまま横へ弾き飛ばされた。
「アトラクアさん……なんていうか、さすがよね」
 20mmガトリング砲「ヘパイストス」を腰だめに構えた鬼灯 佐千子(aa2526)がため息をつき。
『一周回ってる感じだがな』
 内のリタ(aa2526hero001)がため息を返した。
 カグヤにファーストタッチを託す形になったため、攻撃を控えていた佐千子だが、これはこれで、むしろよかったのかもしれない。
『運転席へいきなり乗り込むのはさすがにゆるさないか』
「なら」
 佐千子は乗客を避けて銃口を斜め上に。ガトリング砲を1秒間連射した。狙いは運転席ならぬ、1両めの客席の窓だ。数十発の大口径弾が窓を粉砕し、天井を突き破る。
「横から突っ込むだけよ」
 換装したレアメタルシールドを構え、佐千子は迫る穴へ跳び込んだ。
「――ぬぉおおお、まだじゃまだじゃまだまだじゃー!」
 飛ばされたカグヤがとっさにチェーンソーを車体へ叩きつける。ソーをスパイク付きのキャタピラとし、そして、そのまま車体の横を駆けた彼女もまた、佐千子の空けた穴から無事車内へ。

「一般人とは戦線を後方より支える貴重な資源。破壊工作と言えどもこのような行為はゆるし難し」
 搭乗するような形で共鳴したラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)の内より迫る特急列車を、そして運転席のウルカグアリーを見やり、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はファルシャを振り上げる。
「はぁっ!」
 気合一閃、雷神の斧を轟と振り下ろし、1両めの後部にしっかりと食い込んで――400キロの人型戦車の足が、宙へと浮いた。
「中尉、上方より強襲をしかける」
『了解であります、少佐殿』
 ソーニャとラストシルバーバタリオンは低く言葉を交わし、列車をよじ登り始めた。

「……ん、途中下車ならぬ、途中乗車のトラベる」
 悪魔のぬいぐるみ型にしつらえたライブスラスターを噴かし、エミル・ハイドレンジア(aa0425)は拳をぐっと突き上げた。
「おー、のりこめー……!」
『待て、我の話を聞け! 未来あるその体、大切に扱わねば』
 内のギール・ガングリフ(aa0425hero001)が渋い声でたしなめるが、遅い。
 ライヴスジェットブーツで飛んだエミルは、車両へ撃ち込んだロケットアンカーをたぐって無事5両めの最後尾の屋根へ降り立った。
「ん、ミッションを……ポッシブる」
『あー、まあいい。落ちないようにな』
 エミルの両手がせーの、とファルシャ――悪魔との契約紋浮かびし黒刃の斧“クロ”を振りかざし。
 屋根を四角くぶち抜き、そこへ頭を突っ込んだ。
「ゾンゾン、発見……」
 5両めにいるゾンビは数少ない。大半は4両めへ移動しているのだろう。
 そのかわり、床には感染者となった乗客が多数転がっていた。
『こちらに気づいて戻ってこぬとも限らん。慎重に』
「ん、突撃突貫」
『いやだから我の話を聞け!』

「……やれやれ、スリル満点だな」
 2両め後方にロケットアンカー砲を撃ち込み、列車の連結部へ飛び乗った遊夜が小さく肩をすくめてうそぶいた。
『ちょっと……楽しかった』
 ユフォアリーヤは薄笑むが、遊夜としてはこのようなスリルはアトラクションで楽しみたいところだ。完璧に隠してはいるが、彼は生来、臆病者だから。
「そうか」
 口ではそう答えながら、遊夜は吸盤ふたつを使って自らの体を車両に固定。吸い付きを確かめる。
「――口を開けてくれ。斬り込む」
 ライヴスジェットブーツで遊夜と共に跳んだ日暮仙寿(aa4519)が傍らで言う。
『先駆けは私たちに任せてください!』
 仙寿の内で不知火あけび(aa4519hero001)も元気な声をあげた。
「ああ、頼んだ」
 遊夜がトゥムルトゥスチェーンソーを起動。回転刃がけたたましいエンジン音を垂れ流し、車両の屋根を斬り裂いていく。
 そして。わずか20秒で四角く切り取られた口へ、仙寿がふわりと身を投じた。
「押して参ろうか」
 腰に佩いた守護刀「小烏丸」の鯉口を切り、むせかえるような死の臭いのただ中に、その足を踏み下ろした。

「……っぶねぇな。置いてかれるとこだったぜ」
 ウルフバートの切っ先を5両めの最後尾、車掌室の窓に突き立ててぶら下がるライガ(aa4573)。
 彼の契約英雄であるカオティックブレイドの力、この戦場では使いにくい。
「みんなとなかよく連携。めんどくせぇけど、しかたねぇ」
 剣を軸に弾みをつけて車掌室へと乗り込んだ彼は、車両の様子を慎重に窺い、一気に跳び出した。

「さて。こっからだな」
 ロケットアンカー砲を使い、4両めの先頭部に飛び乗ったカイはZOMBIE-XX-チェーンソーで天井を切り、踵で蹴り落とした。
 下には、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。互いを押し退け合い、踏みつけ合い、折り重なって、3両めへ押し寄せる。
『ゾンビばっかりで感染者の人が見えない。早く探して助けなくちゃ』
 カイは紗希の声を聞きながら、両手を突き出して「ああああああ」と呻くゾンビどもへ20mmガトリング砲「ヘパイストス」の大口径弾を叩きつけ、腐肉のミンチを量産した。
「有効成分は俺に任せな。マリには“やさしさ”のほう、任せたぜ」

●掃討
「兵装をポルードニツァ・シックルへ換装。作戦の第一段階として、まずはゾンビを間引くのである」
『了解』
 天井を破って2両めに降り立った――左右の座席を、その鋼鉄の体でひしゃげさせながら――ソーニャは、ラストシルバーバタリオンに草刈り鎌を装備させた。
「ソーニャ、俺は3両めの安全確保と遊夜と感染者の保護にかかる」
 車両の後方から仙寿が声音をはしらせた。
 そして押し寄せるゾンビの足の踏み場を奪うように右のつま先を踏み込み、小烏丸を抜刀。EMスカバードの電界にて加速された居合の一閃でその首を斬り飛ばした。
「兵隊の増員と輸送を一度ですませる……結構いい手ではあるがな」
 床に転がった感染者を守ってさらに踏み出した仙寿は、正眼に構えた小烏丸の切っ先を揺らし、ゾンビどもを惑わす。
『感心してる場合じゃないよ仙寿様!』
 内で声をあげたあけびに、仙寿は「ああ」と応え。
「香川には行かせない。生きている者は全員助ける」
 仙寿の技の冴えを見、ソーニャは口の端を吊り上げた。
「背で最後まで抜き手を隠しての、居合。さすが日暮殿だ。また戦場を共にできることはこの上ない喜びなのである。……さて中尉、小官らはただ質実に、腐れた麦穂を刈りとるぞ」
『は』
 執拗に乗客へかぶりついていたゾンビどもを後ろからまさに「刈りとり」、ソーニャもさらに前進した。
 その体にゾンビがかぶりつこうと振り返るが、無骨な鋼鉄が放つ物理的な圧力と揺るぎない軍人魂の輝きとが死人を打ち据え、蹴散らす。
「ゾンビはかなりの数がいるな。挽歌を贈る前に高揚歌を奏でようか」
 3両めへのドア前に陣取った遊夜の指が、重武装エレキギター「パラダイスバード」をかき鳴らし、軽快な連射音を響かせた。
『……ここから先は、通行止め。だよ?』
 爆音をすり抜け、ユフォアリーヤの声音が告げて。
 ゾンビの頭が爆ぜ、四肢が砕け、胴がちぎれ。車両の床にもの言わぬ腐肉の山となって積み上がった。
「これでもう、二度と動けない」
『ユーヤ、人の……息の音』
 レーダーユニット「モスケール」と自身の五感が伝えてくる情報に注意していたユフォアリーヤが遊夜へ告げた。
「ゾンビが片づきしだい、応急処置をして搬送の準備だ」
 続けて遊夜は通信機へ。
「こちら前方侵入班の麻生だ。後方侵入班、状況は?」

「って、あっちゃん!? 4両めはゾンビだらけだぜ!!」
『3両めは無事か?』
 3両めには、ゾンビから逃れ、立て籠もった一般人がひしめいている。ゾンビどもはその命のにおいに惹かれ、闇雲に詰め寄せてくる。
 そのゾンビどもをガトリング砲でなぎ倒し、カイは通信機の向こうにいる遊夜へ不敵に言い放った。
「通さねぇよ。もちろん、逃がしてもやんねぇさ」
 次いでカイは砲身を支えていた手を外し、背にした3両めへのドア、そのガラスにエージェント登録証を貼り付けるようにして示し。
「俺――私はHOPE東京海上支部所属のエージェント、御童です! これから状況の説明と確認を行いますが、落ち着いて聞いていただく前に、30秒ほどお待ちください」
 黒衣を翻し、口の端を笑みの形に歪めた少女が、チェーンソーを手にドアから1歩遠ざかる。
「ちゃちゃっと片づけてくるからよ」
 回転刃の爆音の奥で、少女の左眼に薄青が灯った。
 彼黒忌す少女――死人をさらなる絶対死へと突き落とす死神が、ここに顕現する。

「ゾンビはあらかた4両めか……残った奴らを一気に、ってわけにも行かねぇな、っと」
 5両めの屋根からアンチマテリアルライフルでゾンビをヘッドショット、ライガは奥歯を噛み締めた。
 カオティックブレイドのアクティブスキルは無差別だ。ゾンビを一掃しようとすれば、同じ車両にいるエミル、そして感染者までもを巻き込んでしまう。
「地道に行くぜ。地道地道」
 ソウドオフ・ダブルショットガンに換装したライガが車内へ跳び降り、感染者を避けながらゾンビへ散弾を叩き込んでいく。
「たあー」
 群がるゾンビを壁へ跳び、網棚を這い、客席を盾にしてやり過ごし、ファルシャの唐竹割りで着実にしとめていくエミル。
 その出来映えに小鼻を膨らませ、通信機をオン。
「ん、こちら、“Fairly of UDON”。5両めの、制圧、もうすぐ、完了……?」
 と。内よりギールが厳めしくツッコんだ。
『普通に名乗るほうが短くすむだろう』
「……今のワタシは、うどんの国の、守護妖精。うどん県、絶対防衛……おー」
 感染者の位置と数の把握をギールに丸投げ、エミルは“クロ”をぶんぶん振り回してゾンビをぶった斬る。

 一両めにゾンビの姿はなく、感染者が傷の痛みと感染の恐怖から漏らす呻き声だけが押し詰まっていた。
「ふむ、ノックしたら入れてくれんものかの?」
 感染者を車両後部へ運んでスペースを確保しつつ、カグヤは固く閉ざされた運転席のドアを見やった。
『意外にノリよさそうから、開けてくれるかもねー』
 あいかわらずやる気の見えない声で応えるクー。
 カグヤは以前、砂漠のただ中でウルカグアリーと交戦している。
 そのときのウルカグアリーは、確かにノリが軽く、妙なほどの気安さがあったものだが。
 息を潜めて辺りをうかがっていた佐千子が、カグヤへ視線を飛ばし。
「――開くわ」
 果たして、運転席のドアが開き、しどけないラインを描く金属の肢体が現れた。
 薄衣をまとっているようだが、その衣すらもが、ステンレス。
 硬い声帯をキシキシ蠢かせ、ウルカグアリーが笑んだ。
「ふたりか。その判断、賢しくもあり、愚かしくもある」
 佐千子の内よりリタがささやきかけた。
『HOPEからの情報によれば、下級のケントゥリオとの話だが……』
『あの風格、侮れないわね』
 佐千子もまた内なる声で返す。
「そこなおなご、砂嵐の内で逢うたな。息災であったか?」
 両手の内から生み出したステンレスの棍棒を打ち鳴らし、ウルカグアリーがカグヤに笑みを投げ。
「うむ。きわめて健やかじゃよ。というわけで、遠路遙々の列車の旅、歓待しようぞ。ああ、わらわにはお気遣いなくじゃ」
 チェーンソーを起動したカグヤが笑みを返し。
 斬りかかった。
 真っ向からこれを受けたウルカグアリーの体が削れ、白い火花が噴き上がる。
「そうそうたやすく斬り落とせぬわえな」
 斬られながらウルカグアリーが両の棍棒を振り上げ、カグヤの頭頂へ振り下ろした。
「っ!」
 割って入った佐千子のレアメタルシールドがギャリっ! 甲高い悲鳴をあげる。
「重い――!」
 389キロの重量に加え、外骨格式パワードユニット「阿修羅」で固めた佐千子をなお押し込んでくるこの圧力、それはウルカグアリーの攻撃力によるものばかりではない。明らかに重いのだ。単純な重量が。
「我のアバタ(現し身)はライヴスで練ったステンレスじゃ。体のどこぞが金属(かね)程度の人間が押し返せるものか」
 ウルカグアリーが佐千子の盾を連打する。
 佐千子は盾をななめに立て、直撃を避けていなす。その度、棍棒に掻かれた盾の表面に、耳障りな音がたつ。
 と、リタが佐千子へ。
『なにかがおかしい。この愚神の攻めは私たちより、むしろ盾に向けられている』
 佐千子は盾の裏に肩をつけ、ウルカグアリーの打撃を弾き返しておいて、1歩下がった。
「挑みながら逃げるとは、はてさて我はいかにすれば汝らを歓待できるものか?」
 棍棒を打ち合わせ、ウルカグアリーがキシキシと笑った。
 金属質の騒音を盾で遮りつつ、佐千子は愚神の真意を探って思考する。

●雲霞
「あああああああ」
 2両めの後方より前へ向かう仙寿へ、面を塞いで一斉に、ゾンビどもが襲いかかった。
『仙寿様、“目”を読むんだよ』
 あけびの言葉を受け、仙寿はすがめた眼線でゾンビの塊をひと薙ぎ。
 踏み込んだ右足が、その強さをもって床をひしゃげさせるが、仙寿はかまわず中足(足指の付け根。この場合は特に親指の付け根)をにじり、蹴り返した反動に乗せて小烏丸を抜き打った。
「閃」
 仙寿がふとつぶやいたときにはもう、刃は鞘に収められており。
 ゾンビ塊を構成するバランス、その要となっていた個体が、脚を断たれて床に崩れ落ちた。
 それにより、後のゾンビどもは支えを失い、次々折り重なって倒れ込んでいく。
『ゾンビが突然に、しかもこれほどの数現れるとは……』
 内なる声を詰まらせた仙寿にあけびが。
『敵の兵法(戦術)かもしれないね。仕込まれてたんだと思う。なにがどこから出てくるかわからないから、まわりにも用心しよう』
 うなずきながら、仙寿はゾンビに刻まれた傷を押さえてうずくまる感染者に声をかけた。
「俺はHOPEのエージェントだ。あと少し耐えてくれ。かならず助ける」
 ヒールアンプルを打ち込み、立ち上がった。
 気休めに過ぎないことはわかっていた。それでも、この気休めが命を繋ぐものと信じ、今は進む。
「中尉、戦争に最重要たるものとはなにか?」
 前方より後方へ向かうソーニャがラストシルバーバタリオンへ問うた。
『効率であります、少佐殿』
 迷いのない返答に、ソーニャはひとつうなずいて。
「貴様らの94の眼をもって見極めよ。最大効率を成す着刃点を」
 大鎌が閃いてゾンビどもを的確に追い詰め……最大効率をもって斬り伏せた。
 果たして中央部で、ついに3組のエージェントが合流する。
『ソーニャお待たせ!』
 あけびが言う後に続き、仙寿がかるく目礼。
「華麗にして剛健なる剣の冴え、見せていただいたのである」
 ソーニャが鷹揚に返し、一礼。
『……ゾンビっぽい音、しない……ね』
 3両めへのドアのキーパーを務めてきた遊夜の内、ユフォアリーヤが鼻と耳とをひくつかせた。
「ソーニャさんたちは1両めへ。まずは感染者の保護を頼む。2両目の感染者とまとめて医療機関に搬送できるようにな。俺は3両めの人たちへの対処が終わりしだい追いかける」
「わかった」
「承知したのである」
 遊夜の言葉に、仙寿とソーニャが1両めへ向かった。
「愚神はステンレスでできてるらしい。この列車にも大量に使われてる素材だ。注意だけは怠るなよ」

「俺様たちが来た! だからもうなんにも心配することなんざねぇからな!」
 4両めに残された感染者を、安全圏となった5両めへ移送してきたライガが顔を上げた。
「エミル! カイ! 4両めに感染者、残ってるか!?」
「ん、もう、残ってない……」
 エミルがまわりを見回し、ぷるぷるとかぶりを振った。
「ゾンビを後ろに寄せろ! 俺様が一掃する!」
 3両めへのドアを守るカイが獰猛な笑みを閃かせ、ガトリング砲を突き出した。
「じゃ、追い立てるか」
「……とう」
 エミルがするりとカイの後ろに回り込んだ瞬間。
 ブドバダドバ――大口径弾の奔流がゾンビどもを粉砕しながら押し流し。
「ハッ、まとめて来やがった。何匹来ようが俺様に及ぶもんじゃねぇが、腐った肉をぶちまけられちゃたまんねぇ」
 待ち受けていたライガの頭上に、彼の契約英雄の同胞たる数多のソウドオフ・ダブルショットガンが召喚された。
「――全部まとめて消し炭だぜ!!」
 幾千、幾万の散弾が文字どおりの雨と化してゾンビを引き裂き、その熱で焼きながら、死肉を灰燼へと変えていった。
「後方突入班、第一目標達成だ。3両めで立て籠もってる乗客のケアに向かうぜ」
 再び登録証を取り出したカイが、3両めのドアへと向かう。

「この体では全力を見せてやることはできぬが、汝らを相手どるに不足はなかろうよ。さあ、来よ。共連れて戦舞(いくさま)おうぞ」
 ウルカグアリーのキシキシと耳障りな声音に耳を塞ぎつつ、クーがカグヤへ言った。
『んー。別に静かなタイプじゃなかったと思うけど、こんなによくしゃべる人だっけ?』
「人ならぬ愚神じゃからの。わらわらが知らぬだけで、ステンレスとはにぎやかな金属なのやもしれぬが、の」
 無防備なウルカグアリーの体へチェーンソーを巻きつけ、回転刃でなで斬るカグヤ。
「この人の手に生み出されし合金とやらは実に多様な顔を見せてくれるものよ」
 ギャギギグガビギ――金属が削れる騒音に耳を塞ぎかけた手を止め、リタは辺りに眼線を投げた。
『愚神のこの余裕。不愉快で不可解だ。それにこの音、なにかを隠したいかのように――』
 ピィィィィィ。
 騒音のまわりを縁取るように鳴る、高く細い金属音。
 気づいてしまえば、それがどれほどか細くとも追うことができる。リタはウルカグアリーへの注意を佐千子に任せ、耳と目とを金属音へ集中させた。
 ――伏兵への合図? いや、この車両にゾンビはいない。感染者もまだ発症する様子はなかった。そもそもゾンビにそんな知能は……だとすれば、そうだ。この音は。
 見つけた。
『サチコ、蟲(バグ)だ! 超小型のドローンが多数……私たちを取り囲んでいる!』
 後方に集めた感染者から、窓枠の影から、火花のまわりから、ウルカグアリーの髪から、1センチにも満たないだろうなにかが舞い上がり、佐千子とカグヤとを取り巻いていた。
「ふむ、蚊じゃな」
 義手へ群がり、なにかを突き立てては傷をつけていくものをむしり取ってながめ、カグヤが息をつく。
 精巧且つ強靱な蚊。手で潰してみたが、息の根を止めることはできない。
「これはもらっていってよいのか?」
「我の体を削って造ったものだ。用を終えたら返してもらう」
「返すのも癪じゃ。壊させてもらおうか」
 回転刃へ蚊を投げ込み、カグヤは肩をすくめてみせた。
「ま、回収は後々ゆるりと。代わりはまだまだおるからの」
 一斉に、金属の蚊がカグヤと佐千子へ群がった。

●対決
 2両めにいる感染者へ救急医療キットでの応急処置を行った遊夜は、彼らにもうしばらく待っていてくれるよう話をして3両めへと踏み込んだ。
「怪我をしている人、気分が悪い人は申し出てください。近くにそのような人を見かけたら、私に声をかけてください」
『……カイじゃなくて、紗希、だね』
 ざわめく乗客の間を抜けながら声をかけている紗希の姿を見て、ユフォアリーヤが言う。
「ああ。御堂さん、カイ。こっちは俺に任せて、例の作戦を頼む」
 主導を取ったカイがかるく手を挙げ、「おう、あっちゃん」。
「3両めに感染してそうなのはいねぇ。ただ、疲れてる。しょうがねぇな。ゾンビ目の前にして、必死でドア押さえてたんだからよ。――頼むぜ」
 言い残し、カイは4両めへ。
「ん、任せた頼んだ……」
 4両めを監視していたエミルが、乗客にわざとむぎゅむぎゅ体を押しつけ。
「……ワタシのこと、信じられなくても……グルテンのことは、信じて」
 乗客の強ばった心をうどん生地のようななめらかな弾力で癒やしつつ、先頭車両へ向かう。
「うどんだな」
『……うどん、だね』
 外と内でうなずき合う遊夜とユフォアリーヤ。
『ともあれ行ってくる』
 ギールが言い置いていくのを見送り、遊夜はアロマキャンドルに火を灯し、連結部に吸盤で固定した。これで少しでも乗客がリラックスしてくれればいいのだが……思いながら、務めてやわらかな声音を紡ぐ。
「みなさん、もうすぐこの列車は緊急停車します。停車駅は観音寺駅。医療関係機関が待機していますので、後はそちらの指示に従ってください」

「中尉!」
 1両めに跳び込んだソーニャが、黒い靄のようなものに捲かれたふたつの人型を見、鋭い声音をあげた。
『ライヴスパターン、カグヤ・アトラクアおよび鬼灯 佐千子。それを取り巻くミーレス級従魔、数は不明』
 レーダーユニット「モスケール」が伝えてきた情報を端的に表わすラストシルバーバタリオン。
「それだけ知れていればいい!」
 ソーニャが吼えると同時にシックルを横薙ぎ、雲霞を斬り払った。
「音を」
『斬る!』
 あけびとライヴスを合わせた仙寿が眼を閉ざし、抜刀。耳で“視た”羽音を斬った。
「あれが愚神……神門は女好きなのか?」
 再び目を開いた仙寿がウルカグアリーを見、3姉妹を思い出す。
「――蚊を殺してもきりがない! 本体を狙って!」
 雲霞の内から転がり出た佐千子がウルカグアリーを指した。
「その前に感染してる連中、逃がしてやんねぇとな!」
 遅れて駆け込んできたライガが感染者を抱え上げ、2両めへ走る。技を尽くすには、1両めに残された感染者の退避完了が必要だ。
「どんどん運んじまうぜ! ……おい愚神、もうちっと待ってろ!」
 蚊を引き連れてライガを追ったウルカグアリーがキシキシ笑んだ。
「ゾンビどもはどうした? あやつらも外へ出たかろうに」
「俺様たちは天井ぶち抜いて入ってきてんだよ! 腐った手が届くか!」
 抱えた感染者にかぶさって守り、ライガがなお声をあげる。
「……引きつけてもらったおかげで、回復の時間ができたのう」
 自らの出血はプリベントデクラインで、佐千子の血はクリアレイで止め、カグヤが再びウルカグアリーの前に割り込んだ。
「このあふれる生命力をもって必死で足止めするゆえ、皆は感染者の避難を進めてくれ」
『えー、策はー?』
「策などないっ! わらわは必死! 必死なのじゃからな!」
 クーにぴしゃり。カグヤは振り込まれたウルカグアリーの棍棒をチェーンソーで受け流し、額をそのステンレスの額へ突きつけた。
「此度の規約はなんじゃ? ゾンビ相手に墓石の出張販売かの?」
 回転刃がウルカグアリーの髪先を払う。
「神門とは古き縁がある。縁と約あってこそ、我は我たりえるのよ」
 棍棒がカグヤの腹を打つ。
「ふん。そのためになら使い走りも上等か」
 仕込みショットガンが、周りの蚊ごとウルカグアリーを撃ち据える。
「然り」
 両の棍棒が、カグヤの鎖骨――右と左とへ振り下ろされた。
「ぬぅ」
 チキンの骨を折り取るときのような、湿った破壊音がカグヤの内に反響し。
『うわー、やられたー』
 がふぁ、クーがやる気なさげに血を吐いてみせた。
「ん、カグヤが落としたのは、うどん? それとも……UDON?」
 棍棒を“クロ”で弾き退けたエミルが、そのまま身を回転させてウルカグアリーの横腹へその分厚い片刃を叩きつけた。
 ガギィィィ! 半歩分後じさりながら、ウルカグアリーがかすかに眉根をひそめた。
「発音の差だけではないか」
 ツッコミの座を奪われたギールは咳払い、エミルに問う。
『エミル、いつまで妖精設定を続ける気だ?』
「飽きるまで……?」
 即答だった。
「まわりに飛んでる蚊の従魔に気をつけて!」
 エミルが「おー」と防虫電磁ブロックを取り出す中、警告を飛ばした佐千子はレアメタルシールドを構えてウルカグアリーと対しながら頭脳を高速回転させていた。
『今、愚神がよろめいたわ』
 佐千子の内なる声にリタが応える。
『ああ。30キロそこそこのエミルが、最大強化されたAGWを使ってとはいえ、前掛かりになっている超重量を後退させた』
 佐千子の思考を整理すべく、リタが言葉を紡ぐ。
 そして。佐千子はその身を鎧う「阿修羅」の出力を最大に。
『――試す価値はありそうね』

「あと少しでみなさんを医療機関へ搬送できますから」
 できうる限り紗希の雰囲気を真似て、4、5両めに保護した感染者へ声をかけるカイ。
『……よかった。発症しそうな人はいないみたい』
「1両めに出たっていう蚊型の従魔もいねぇか。敵さん、やる気ねぇのかよ」
『でも、作戦が始まる前に安全だってことがわかってよかったよ』
「まぁな」
 紗希と言葉を交わしながら、カイは最後尾の車掌席へ収まった。
「マイクのテストができねぇのは不安だけどな」
 車内アナウンス用のマイクを見やり、カイは通信機へ声音を吹き込んだ。
「おう、あっちゃん? こっちはいつでもいいぜ」

『ユーヤ、尻尾……ガード、して』
 一時的に主導権を取っていたユフォアリーヤが遊夜に強制交代、まとわりついてこようとする子どもたちから逃げた。
「了解だ」
 遊夜は子どもたちを最小限のステップワークでかわしつつ、その頭をなでてやった。
『おう、あっちゃん? こっちはいつでもいいぜ』
 そこへカイからの通信が届く。
「来たか。リーヤ、準備を――」
 お姉さんが突如お兄さんへ変わってしまった悲しみに「ああ」という顔をする子どもたちと、目が合ってしまった……。
 これは保護者失格だな。遊夜は心の中で子どもたちへ手を合わせ、乗客に告げた。
「これより愚神に掌握された1両めを切り離し、車掌席の非常用ブレーキで観音寺駅へ緊急停車します。アナウンスが聞こえたら衝撃に備えてください」
 遊夜は事故の原因となりうるアロマキャンドルの火を吹き消して回収。1、2両めの連結部へと急ぐ。

●分離
 観音寺駅が近づく中、1両めでは今なお激戦が続いていた。
「息が荒いぞ? 止めねば受けきれまいよ」
 2本の棍棒が上から下へ、左から右へ、後から前へと舞い、仙寿を襲う。
 鞘に収めた小烏丸の柄頭で弾きながら、仙寿が後ろに引いた左足をたぐり、1歩分後退。荒れていた息を細く吹く。
『3連撃を連打って……デタラメだね』
 あけびがあきれた声で言う。
 ウルカグアリーはすべての攻撃にアクティブスキルと同様の効果を乗せてくる。加えて、蚊だ。エミルやライガが率先して蚊を払ってくれてはいるが、叩いて潰せるような代物ではない。仲間の手をすり抜け、着実に出血を強いてくる。
 仙寿は体内から抜けきった息を深く吸い、丹田に落とし込んだ。
『あいつの手は実だけだ。ならばこちらは虚を尽くす』
 内なる声で応えた仙寿が、右足を前へとすべらせ、踏み止めた。
「ふん」
 斬撃が来ることを予想し、棍棒を構えるウルカグアリー。
 だが、刃は抜き打たれることなく、彼女の脚にカツリ、小さな衝撃がはしった。
「ほう、剣客かと思わば忍であったか」
 縫い止められた脚を見下ろし、笑むウルカグアリー。そこへ。
『装填完了。照準固定。発射準備、よし』
 ラストシルバーバタリオンが淡々と報告を重ねた。
 ソーニャが腰だめに構えたそれは主力兵装、12.7mmカノン砲2A82。感染者の退避を終えた今、彼女はついにその封印を解いたのだ。
 装甲の内にあるソーニャが獰猛な笑みを形作った唇を開き。
「撃てーっ!!」
 砲身に刻まれた「デイエス・イレ」の印が激震し、咆吼を轟かせた。
「ぬう!」
 砲弾を腹にめり込ませたまま5メートルも後じさるウルカグアリーへ、さらに。
「っ!」
 気合を込めて、盾に体を預けた佐千子がぶち当たった。
 床に転がったウルカグアリーを飛び越え、佐千子が運転席への道を遮断する。
「アトラクアさんが壊した蚊をあなたは回収すると言った。蚊の材料があなた自身なら、蚊を飛ばすほどにあなたは軽く、弱くなる」
「……だとすれば攻め時は今、ってことだな」
 連結部で膝をつき、パラダイスバードの火炎放射器をウルカグアリーへ向ける遊夜。
「ステンレスは焼き入れをすることで硬度を増す。本体は狙うな」
 ケアレイで砕けた鎖骨を繋ぎ、戦線に復帰していたカグヤが警告を飛ばした。
「了解だ」
 火炎が雲霞を舐め、溶かし落としていくが。それでもなお、ステンレスの蚊どもは甲高い羽音を鳴らし、遊夜へ飛び。幾百ものウルフバードに行く手を遮られた。
「好き勝手やらせてやるかよ!」
 手にしたウルフバードの腹で蚊を打ち払い、ライガがその身をもって遊夜をカバー。
「ユウヤ、こっちは俺様たちがやる。だからそっちを早くすませろ。俺様が思いきりぶちかませるようにな!」
『……ライガ、自信満々、だね。でも、急いだほうがいいのには、賛成……だよ』
 ユフォアリーヤへうなずき、遊夜はパラダイスバードに仕込まれたカノン砲を起動、演奏の準備を整えた。
「カイ、やるぞ」

「いつでもいいぜ、あっちゃん」
 車掌席から通信機越しに応えたカイが非常ブレーキへ手をかけた。
「マリ、最っ高のやさしさ、よろしくな」
 主導権を渡された紗希がおずおずと車内アナウンス用のマイクを手に取り――強く握りしめた。
「乗客のみなさん。これから非常ブレーキを作動させます。ショックに備えてください。できればまわりの方と声をかけあって……いっしょに、生きましょう!」

「我を切り離そうというわけか。人は金属(かね)を練るばかりのものではないな」
 アナウンスへ他人事のようにうそぶき、ウルカグアリーは喉の内より金属がこすれ合う甲高い音を放った。
 と。
 列車の車体がにわかに揺れ蠢き。
 網棚や座席の縁、ドア――場に在るステンレスが硬い奔流と化して遊夜へ押し寄せた。
「ステンレスを操る――予想はしていたが、な!」
 警戒していた遊夜はかすかに揺らぎ始めた連結部から一歩跳び退き、カノン砲を連結ボルトへ3連射を喰らわせる。
 パギィン! 狙い過たず、砲弾は3本のボルトを吹き飛ばすが、その穴へ液化したステンレスが流れ込み、塞いでいく。
『ユーヤ、これじゃ駅で、停まれない……よ』
 ユフォアリーヤの言葉に遊夜が奥歯を噛み締めた、そのとき。
「ユウヤ、下がって感染者守れ!!」
 とっさにライガが連結部の天井部へつま先を引っかけ、逆さになったままウェポンズレインを発動した。召喚された無数のアンチマテリアルライフルがステンレスにカバーされた連結部を、まわりの壁や床ごとズタズタに引き裂いた。
「まだ足りぬか――ならばこれでどうだ!!」
 さらにソーニャのカノンが自ら2両め先頭部の天井に開けた穴付近をぶち抜き。
 列車が半ばから、ちぎれた。
「カイ!!」
 後方へ寄せておいた感染者をかばっていた遊夜が通信機へ叫び。

『マリ、行け!!』
「非常ブレーキ、作動します!」
 紗希が非常ブレーキを引いた。
 ガギギギギギ――火花をあげて線路へしがみつく車輪。
 紗希はその衝撃を突き破るように跳び出し、感染者たちの上に覆い被さってカバーする。

 果たして。

●停車/発車
「してやられたわ」
 後方へ遠ざかっていく列車を大穴越しに見送り、ウルカグアリーが苦笑した。
「してやるのはこれからよ――!」
 ついに盾を20mmガトリング砲「ヘパイストス」へと換装した佐千子が一瞬、不可解そうに眉根を跳ね上げ――乾いた火薬の大合唱を奏でた。
「ん、これは……怖かった人の分と、ゾンゾンの分と、うどんの怒り……」
 その音に紛れ、わずかに残された網棚の上を這ってウルカグアリーの死角へ回り込んでいたエミルが跳びかかり、脳天へ唐竹割り、首筋へ袈裟斬り、足元を横薙いだ。
 これまで重ねられてきたダメージにより、ウルカグアリーの体は金属疲労に似た状態に置かれていた。打たれた左足首に亀裂がはしり、その体ががくりと沈む。
「倒れるにはまだ早い」
 腰を据えたままにじり寄った仙寿が右膝を深く曲げ、上体を前へ落とし込みながら抜刀。ウルカグアリーの腹――ソーニャの砲弾がつけた窪みの中心へ、切っ先を突き込んだ。
 鋼がステンレスへ食い込み、少しずつ、潜り込んでいく。
「――なぜ神門に従う?」
「古き盟約があるゆえにな。そも、我は横槍と助太刀を好む質ではあれども」
 ウルカグアリーが仙寿を蹴り離し、残された右脚で跳んだ。運転席ではなく、ちぎられた車両の穴めがけて。
 阻もうとしたエージェントたちだったが、ウルカグアリーの体から放出された蚊の群れに邪魔され、動けない。
「我がアバタを壊したくば多勢で囲め。もっとも、どれだけ壊そうがしょせんは現し身なれどな」
 そのウルカグアリーへ。
「人が練り上げしこのレア石、親愛の証に贈ろう。できれば友となりたいものじゃが……規約違反かの?」
 自らの血で汚れた手で、愚者の石を放るカグヤ。
『また勝手なことしてー』
 クーの苦言は届かず、ウルカグアリーは宙でそれを受け取り、笑んだ。
「よき土産をもろうた。憶えおこうぞ、赤衣」
 愚者の石を飲み下したウルカグアリーが背よりステンレスの翼を延ばし、空へと消えた。
「体を蚊に変えて身を軽くしたか」
 起き上がった仙寿が息をついた。
『落ちてる蚊、一応回収してこっか』
 そこかしこに落ちているステンレスの蚊を指し、あけびが言った。解析したところでおそらくなにも出ては来ないだろうが、もしかするかもしれない。
「弱点看破、確かに効いたのに……」
『弱点が見えなかった。まるでそんなものはないとでもいうように』
 佐千子とリタの言葉にソーニャがうなずいてみせる。
「現し身だから弱点といえるだけの弱点がなかったのであろう。身の危険がないからこそあの余裕というわけだ。……次の敵の動きと今後の対策を検証しよう」
『了解であります、少佐殿』
 ラストシルバーバタリオンへ鷹揚にうなずいたソーニャは、続けて通信機を起動、遊夜へ通信を飛ばした。
「麻生殿か? こちらデグチャレフ。愚神の討伐はならなかったが、撃退には成功した。そちらはどうか?」

 ホームで医療機関と協働し、感染者の保護と搬送にあたっていた遊夜が応えた。
「麻生だ。こっちは無事、観音寺駅付近に停車できた。俺はライガさんと感染者の搬送の手伝いをしてる」
『順調、だよ?』
 ユフォアリーヤも遊夜の内で誇らしげに耳をぴんと立てる。
「愚神は!? 愚神はどうなった!?」
 駆け寄ってきたライガに通信内容を説明した遊夜は、あらためて通信機を起動した。
「――カイ、3両めにいた人たちのほうはどうだ?」

「おう、急ブレーキで何人か軽いケガしたけど、大体は大丈夫ってとこだな。とりあえず敵の目的は潰したってとこかね」
『でもまだ、終わってないから』
 ここでカイとスイッチした紗希が避難誘導に加わった。
 その内でカイはふと。
『そういや走ってった1両めってどうなってんだ?』

『……エミルよ、それはブレーキではなく、アクセルではないか?』
 苦い声で問うギールに、エミルはひとつうなずいて。
「ん、この列車は、聖地まで、停まらない……」
 うどんの妖精はうどん県の聖地(製麺所が多い辺り)を目指し、他のエージェントを巻き添えにしてアクセルをぐいーっと開けるのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452

重体一覧

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 風穴開けて砕け散りな
    カナデaa4573
    獣人|14才|女性|命中



  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
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