本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】生脅かす無、命脅かす死

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/10 15:35

掲示板

オープニング

 気づいた時には、何もかも終わった後だった。

 ある避難所では、平穏無事のうちに誰も彼もが感染者となっていた。

 ある避難所では、感染者となっていた警官達が人々に向かって発砲を始める悲劇の中で皆感染者となった。

 ある避難所では、不穏な動きを見せる感染者を取り押さえたが、警戒も虚しく皆揃って感染者となった。

 全ては夜愛の奸佞邪智が齎す鬼謀の業であった。塵取りと箒で埃を掃き集めるが如く人々を追い立て、事態の対応に追われるエージェントの間隙を突いて一気に病毒を蔓延させたのだ。幸い事件地が港に近かった事もあり、HOPE所有の船舶を用いて脅威の及ばぬ洋上への隔離を行うことはできた。治療薬も既に完成している。だが、一夜のうちに数百も感染者が増えるようではとても量産が間に合わない。このまま夜愛の掌で踊り続けていては、希望はすぐに潰えるだろう。こちらも策が必要だ。夜愛の掌から降りるための策が。

 HOPEその他は一夜にして避難所全てを病毒に浸した原因を探った。その結果、一人のエージェントが避難所に点々と落ちている蚊の死骸を見つけた。その死骸を分析した結果、体液の中に件のウィルスが含まれていることが発覚する。
 アカイエカ。その蚊は成体で越冬可能、つまりこの春先においても吸血行動が可能な状態で身を潜めている。本来は産卵可能なほどに気温が上がってから活動を開始するが、死を仮初めの生へ裏返すウィルスによって操られていては、生命に刻まれた規則も関わりのない事である。
 以前に採集されたサンプルには従魔に侵された蚊も混じっており、研究部では蚊が媒介となる可能性は指摘されていた。ここに来て、その指摘が現実のものとなってしまったというわけである。
 だが、原因がわかれば解決法も探れるというものだ。出端を挫くことは最早叶わないが、いつまでも敵の謀略と輪舞を踊る必要は無い。早急に蚊を叩き潰さなければならない。もちろん、目の前までやってきた蚊をぷちぷちと叩き潰せということではない。ぼうふらのうちから、卵のうちから全てを潰さなければならない。蚊の潜む根元を見つけ、無に帰してやらなければならない。そうでなければ、数限りなく押し寄せる蚊の群れに圧倒され、エージェントは身動きが取れなくなることだろう。


 その為に、君達は一つの避難所だった場所へやって来た。中学校の体育館に、今や避難者はいない。皆、病にやられてしまったのだ。
「綿密な検査をしていたわけではないので断言はできませんが、発症していた警察一名を除くと、この避難所に着いた段階ではまだウィルスに感染したと思われる方はおりませんでした。しかし到着一週間後にはほぼ全員が感染するという状況に陥っています。そのため、感染源となった蚊はこの避難所の周辺に潜んでいたのであろうと考えるのが適当との認識でいます。皆さんには、そうした蚊の発生源を突き止めていただきたいのです」
 そう言うと、オペレーターは広げた折り畳みテーブルの上に地図を広げる。そのまま、彼女は地図に幾つかバツ印やライン、サークルを赤ペンで書き加えていく。
「私達は現在4地点に発生源が存在する可能性を見ています。一つはここ、体育館です。新築されて十年ほどの施設ですから然程老朽化が進んでいるわけではありませんが、巣窟となりうるスペースがあるかもしれません。次に周辺の下水設備です。下水管内部、側溝など調査しなければならない地点が多くあり、不衛生な場所であるためここの調査は負担になると思います。しかし、他の水場に比べると水温が高いのは事実であり、蚊にとって繁殖しやすい環境であると思われます。次に小川や池です。初春の現在、水温が蚊の繁殖を許すほどのものとはなっていないと思われますが、それでも用心するに越したことは有りません。調査をお願いします。また、周辺地も探索をお願いします。水田のほか、ポンプ式ではありますが井戸を持つ住宅もあるようです。蚊が繁殖できる環境であるかの確認は必要だろうと思います」
 早口で説明を終えると、オペレーターは改めて君達を見渡す。
「他にも、皆さんで思いついた地点があれば探索をお願いします。これ以上ヨモツシコメ勢に好き勝手やらせるわけにはいきません。迅速かつ綿密な調査をお願いします」



 君達は頷くと、早速人々の生命脅かす猛威の調査へと乗り出したのだった。

解説

メイン 蚊の発生源を突き止めよ
サブ  なるべく早く探査点(後述)を150集める。

現況確認
全部で三か所の避難所において、避難者のほぼ全員が屍国ウィルスに感染してしまう事態が発生した。HOPEの衛生班が全力で対処に当たった結果、全ての避難所の周囲で蚊が発見された。蚊の危険性はHOPEによって推察されており、この事態によって蚊が感染の媒介となっている事はほぼ確定的となった。被害を受けた避難所にやってきたエージェント達は、原因究明に当たる。

プレイング目標
蚊の発生しそうな地点を捜索する事。大まかな探査の選択肢は以下。
サブに関するルール
基本:探査を行う事で、場所に応じた探査点を獲得できる。これをなるべく多く集める。
方針:場所を指定し、どう探索するかをなるべく具体的にRP含め記述する。MSはその記述に応じて基本点から加減する。
 
フィールド(上から近⇔遠)
1.体育館:築十年ほどで新しい。掃除が行き届いていない部分はあるが。一人・一時間当たりの基本点5点。
2.下水設備:流石に汚い。湿気も多い。蚊が繁殖するには格好の場所か。一人・一時間当たりの基本点10点。
3.小川:古子川など。護岸工事は少なからず進んでいる。池もある。一人・一時間当たりの基本点5点。
4.市街:田園が広がる。また、ポンプ式ではあるが井戸が存在する。一人・一時間当たりの基本点10点。
※上以外の範囲も探査する事が可能。点数はMSによる裁量となる。

PL情報(指定無しで探索した場合の結果)
1.蚊が侵入したと思われるルートを発見する。
2.蚊の発生源と思しき場所を発見する。
3.蚊は見つからないが、水草の陰などが発生源候補に加わる。
4.井戸も水田の用水路も冷たすぎる。だが、この先暖かくなると……

Tips
探査漏れが有る場合、10点×場所の数減点。
探査は早ければ早いほどいい。刻限は12時間。

リプレイ

●学校
「蚊が媒介者とはな。今の内に対処しないと、被害が爆発的に増えそうだ」
『それも大事だけど、この時期でも蚊が発生するこの世界って……』
「つべこべ言うな。出てきたものは仕方ない」
 体育館の中、線香を灯しながら御神 恭也(aa0127)は壁際を歩いている。その横で、手持ち無沙汰気味に伊邪那美(aa0127hero001)はきょろきょろしていた。HOPEの調査員が、空っぽになった体育館を駆け回って簡易的な実験設備を準備しているのが見える。
『何か、愚神の調査ってよりも、家屋の調査をしているみたい』
「似たような物だろうな。普通に考えれば体育館でボウフラが生存できるような環境は無い。だが、普通が通じないのが愚神だろう」
 恭也は体育館の床面に設けられた換気口に線香を近づける。煙が、指向性を持ってふわふわと動いた。伊邪那美は首を傾げる。
『……空気が入り込んできてる?』
「換気口だから当たり前と言えば当たり前だがな。……ここから入るという事もあるか」
『でも、換気口から虫は入らないようになってるものじゃないのかな。普通は』
「ここは築十年だと聞いた。見てくれはまだまだ立派だが、フィルターが古いまま放置されている場所があっても不思議はない」
『ふぅん……じゃあ、深散ちゃんに一応報告しとくね』
 伊邪那美は恭也から通信機を受け取ると、ぐいとその小さな耳元に押し付けた。

「体育館の床面換気口ですか。……そうですね。ではこちらはそれ以外に侵入できそうな経路を探してみます。ええ、分かりました。じゃあ私達は内部で」
 国塚 深散(aa4139)は伊邪那美からの報告を聞きつつ、教材室の扉を閉じてみる。ボールをぶつけたような跡が幾つもある。九郎(aa4139hero001)は溜め息をつく。扉は中をちらりと覗けるほどに隙間が空いてしまっていた。
『これはひどいねぇ』
「どの扉も概ねこのような有様ですね。蚊は通り放題でしょうか」
『中学生程度じゃまだ子供だからね。がっつんがっつんやっちゃうんでしょ』
「それで木が削れて、この二、三ミリほどの隙間が空いてしまう、と」
 深散は改めて扉を開き、赤外線温度計を片手に中へ足を踏み入れた。跳び箱やらマットやら、体操用具が雑然と並んでいる。ともかく埃っぽく、少なくとも虫の一匹二匹はいそうだ。深散はしかめっ面のまま、慎重に温度計を倉庫のあちこちへ向ける。
「さて、この窓は……どうでしょうか……?」
 鉄格子の嵌まった窓。窓はやはり冷えて見える。九郎は恭也から借りた線香に火を点けると、窓際に近づける。
『隙間風は無いかな』
「……では行きましょう。それが終わったら狒村さんに助太刀です」
 深散はくるりと身を翻すと、足早に教材室を出た。

 すたすたと校庭の周りを練り歩く恭也と伊邪那美は、フェンスに立てかけられた古タイヤの前で足を止めた。ロープが結び付けられている。
『なにあれ?』
「野球部がタイヤ引きにでも使うんだろう。タイヤくらい、と思って放置していたんだろう。だが、これは問題だな」
 それだけ言うと、恭也はすたすたとタイヤの方へ向かっていく。
『え? 調べに行くの? ボウフラなんて居そうに無いけど……』
「少し調べたんだがな、ボウフラというのは少しの水たまりでも生きていけるらしい」
 恭也と伊邪那美はタイヤを覗き込む。何時降ったのだろうか、雨水が中に溜まっていた。卵は浮いていない。光を当ててみても、ボウフラが蠢いている雰囲気は無かった。恭也は黙ってタイヤの水を空ける。
『いなかったね』
「……だが、植木鉢の下や庭に水溜まりがあると罰せられるような国もあるらしいぞ」
 伊邪那美はその言葉に目を見張る。
『四国もしばらくそうしたらいいんじゃないかな……』
「とりあえずこれは片づけないとな」
 恭也は立ち上がると、タイヤを片手で持ち上げた。

●下水
 狒村 緋十郎(aa3678)は下水溝の蓋を脇に放る。その途端に鼻が痛くなるような臭いが上がってくる。堪らずレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は顔を顰めた。
『臭いし汚いし……嫌になるわね』
 レミアは緋十郎に流し目を送る。
『ねぇ緋十郎、このわたしの繊細な指先が、汚水に塗れても良いの?』
「どうせ難しい事は俺にはわからん。手は俺が汚そう」
 諸々に備え今日は作業着姿の緋十郎は、言われる前から下水溝の前に屈もうとしていた。レミアは頷くと、緋十郎に誘蛾灯と虫網を手渡す。
『ふふ。わたしの分までしっかり身を粉にして働きなさい』
 緋十郎は誘蛾灯を受け取ると、マスクで顔を覆って排水溝へ身を乗り出す。隣でレミアに蔑みの眼差しを向けられているにしても、彼が超弩級のマゾヒストでも、美少女が放つはずもない悪臭をもろに吸い込むのは流石に厳しかった。
「……この臭い、マスク一枚では防ぎきれんか……いやだが、レミアが俺に汚いものを見るような眼差しを向けている……」
『何をブツブツ言っているの』
「……む? レミア、有るぞ。蚊の卵が有る」
『あら。一時間で一つ目を見つけるなんて、幸先が良いわね』
 緋十郎は網で卵を掬い、用意した瓶の中に手際よく落とした。

 ザイルがしゅるりと下へ垂れる。近くの電信柱にしっかり結びついている事を確かめ、共鳴して烏面も被った深散はいよいよ深い下水溝の中へ降りようとする。
『あのさ、蚊の調査をするんだけど。そんなにしっかり虫除けするの?』
 九郎は呆れる。深散は防虫用のベルトを巻いて、幻想蝶には虫を殺す魔道書まで仕込んでいたのだ。
「……卵やボウフラはどうせ逃げられません」
『へえ、ふぅん』
 素早く降りる。雨水用の下水溝でも、蚊が殖えるにはうってつけの場所だ。誘蛾灯で底を照らし、卵の一つでも見えないかと慎重に探る。だが、それらしい影は一つも見えない。
『無いみたいだね』
「ふむ……緋十郎さんが下水溝の中に見つけたと言っていましたし、こちらにもあって不思議は無いのですが」
『なら無いことが不思議ってことかな。こっちには無くて向こうにはあった、と』
 九郎はさらりと言ってのける。とはいえ、ボウフラが汚水に潜っていないとは限らない。水を採取すべく、用具を取りに地上へ出ようとする。その時だ。
『あ、ゴキ!』
「ひっ」
 深散は真っ青になり、一気に穴を駆け上がってバタバタ全身を叩く。
「どこ! どこです!」
『おかしいな……ごめんね、見間違い!』
「九郎……」
 相方の悪戯に、深散は頬を引きつらせながら俯くのだった。

「……いないな」
 俯くようにして緋十郎が覗き込んでいるのは、合併浄化槽から採取した水だ。深散がプロから取ってきた情報では浄化槽も強力な候補の一つだったが、ボウフラも卵も無い。
『おかしいわね。さっきの下水溝は卵もボウフラも、成体もたくさんいたというのに』
「まあ、いない事に越したことは無いが……」
 緋十郎は液状の駆除剤を取り出し、浄化槽の中へ慎重に流し込む。モノはいなくても念には念だ。レミアは小さな手を顎に当て、真剣に考えている。血華の女王として、生き血を啜り魔を広めるという構図を放置してはおけないらしい。邪英と化したところを救われ、この世の希望であることの意義を見直す機会があった事もまた、このパンデミックに興味が向いた理由なのかもしれない。いずれにせよ、愛する者が蚊の撲滅を望むなら、緋十郎は手を貸すのみだ。
『緋十郎。終わったなら行くわよ。この調子で下水道の終点まで向かうわ。私の眼に捉えた蚊は全て潰さないと。……愚かな模倣者は我慢ならないの』
「ああ、分かっている」
 漆黒のドレスを翻し、レミアはすたすたと道を歩いていく。バッグの中に採取したサンプルを突っ込み、緋十郎もまたその背中を追って駆けるのだった。

●小川
 一方、赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は並んで小川の岸を歩いていた。護岸工事の進む川辺は、ところどころ水が干上がり澱みになっている場所がある。ここも蚊が増えやすい場所だ。龍哉はライヴスゴーグルをかけたり外したりしながら、水たまりをじっと見つめる。
「何にも見当たらねぇな……」
 ゴーグルを通して眺める景色は、視界が悪くなるだけで特に目を引く物はなかった。ヴァルは手持ち無沙汰にスゴイむしとりあみをばっさばっさと振り回しながら呟く。
『従魔としては弱すぎて、そのゴーグルだと探知出来ないのかもしれませんわね』
「媒介者としては一、二を争うくらい厄介な奴なんだけどな」
 二人は乾いた川底に飛び降り、水溜まりへと近づいていく。排水口からの雨水が、水溜まりにとろとろと流れ込んでいた。
「とりあえず浚ってみるに越したことはねぇな」
『無い事を確かめる事も重要ですものね』
 ヴァルは網を水の中に泳がせる。泥が軽く浮き上がり、水が茶色に濁る。掬い上げて眺めるが、ボウフラらしき存在は網の中には見えなかった。
「やっぱりいねぇか……まだ多少寒いってのはあるか?」
 龍哉がサーモグラフィーを水面に向けると、まだまだ温度は10度前半というところだった。
『ふむ……ここへ来る前に少し調べたのだけど、アカイエカという種類は、家屋であれば押し入れの中、外であれば洞窟のような場所で越冬するらしいですわ』
「こういうところか?」
 龍哉は排水口を軽く覗き込む。雨水の臭いが鼻を突く。それらしい虫の影は見えなかった。
「ま、こっちの方はそういう冬越し出来そうな場所は少ないだろうな。もう少し暖かくなってくるとヤバいだろうが……」
『むしろ今は学校や市街地方面の方が危惧されますわ』
「そっちは紫や餅や御神が見るさ。俺達はまず持ち場を守るとしようぜ」
『そうですね……では次見るとしたら、あそこの池でしょうか』
 岸へと並んで上がりながら、ヴァルは遠くに見える池を指差す。
「ああ。とにかく調べられる場所は虱潰しにするぞ」
『そろそろ酒又さんに連絡を差し上げた方がいいのでは?』
「そうだな。じゃあ、っと……」
 通信機を取り出し、龍哉は酒又 織歌(aa4300)と無線を繋ぐ。すぐにおっとりとした声がスピーカーから飛んできた。
「こちら酒又です。何でしょう?」
「状況確認だ。そっちはどうだ?」
「はい。……今ちょっと、陛下に頑張って頂こうかとしてるところでした。えいっ!」
『グァーッ!』
 叫び声と水に何かが叩きつけられた音が連続する。突然の出来事に、龍哉とヴァルは目を白黒させるしかなかった。
「……え、殺人?」

『織歌! 余の装いを皆幻想蝶に戻したと思ったら、いきなり……何を……』
 池の中から顔を出し、ペンギン皇帝(aa4300hero001)は困惑して翼をバタバタさせながら訴える。しかし織歌は無線の向こうの龍哉やヴァルトラウテと話を続けている。
「やだなぁ、殺人なんてするわけないじゃないですかぁ。池の端からだと奥の様子が分かりにくいので、とりあえず陛下に頑張って頂こうかと思って……」
『……そなた。いつもいつも……』
 無線を切った織歌がにっこり微笑みかくっと首を傾げる。
「何か言いました?」
『何も言ってないぞ! 何も!』
「そうですか。なら水草の陰とか、確認をお願いします」
 渋々陛下は身を翻して池の捜索に当たろうとしたが、そんなペンギンの背中に織歌はさらに追い打ちをかける。
「蚊の発生には温度も関係するみたいなので、水が暖かい場所もあれば教えてくださいね」
『無茶をいうでない! 極海の冷たさならいざ知らず、温い水の違いなどわからぬ!』
 陛下は必死に叫んだが、織歌はどこ吹く風だ。
「肝心なところで頼りにならないですねぇ」
『……』
 傍若無人に好き放題言われてしまった陛下は、がっくりと俯きのろのろと泳ぎ出した。それを見つつ、彼女は地図を取り出す。幾つかある避難所のうち、既に三つが感染者多数で無人と化した。その三つの位置取りに、何か関係があるのかもしれない。川筋を指先で辿りながら、次に見るべきポイントを探っていく。
『来た。見た。いなかった』
 その間に戻ってきたペンギンが、濡れそぼった身体をぶるぶる震わせながら戻ってくる。
「お疲れ様です。はいどうぞ」
『……』
 幻想蝶から取り出された冠外套王笏を次々身に付け、ようやく陛下はただのペンギンを脱した。それを確かめると、踵を返して織歌は川を遡って歩き出す。
「さあ、次に行きましょう。川下へは赤城さんが行ってくれるらしいので川上に行きますよ。水が少なくて澱みやすい可能性はありますし、もう少し注意しないとならないですね」
『……随分やる気だな、そなた』
「ええ。ここは香川です。讃岐うどんに骨付き鳥、あとどぜう汁に骨付き鳥ですよね」
『わざわざ鳥を強調するのだな』
「さらに被害が拡大すると食べられなくなってしまうかもしれませんから。発生源の特定は急務じゃないですか」
 張り切った調子で言ってのける織歌。その目は真っ直ぐに前を見据えていた。呆れつつも、ペンギンは小さく頷いた。
『……まぁ、人の三欲の一つであるからな。ともあれやる気になるのは良い事である』

●街角
「うんうん……寄ってきてるね、蚊が……」
 日が傾いた頃、餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)は家の軒先に仕掛けた誘蛾灯を見つめて頷いた。眼でどうにか数え切れるほどだが、確かに蚊が光に吸い寄せられ集まっていた。殺虫剤は仕込まなかったため、蚊は呑気に白い光の周りをふよふよと飛んでいる。望月はスゴイ虫取り網を取り出し、そろそろと蚊に近づけて、ばさりと一気に捉えた。
「よし、取れた」
『これを調査員の人に渡して、検査してもらうってわけね』
 百薬は瓶に映し込まれた数匹の蚊を覗き込む。身辺の急変に慌てて必死に飛び回っているが、分厚い硝子の壁を破る事など出来るわけもない。
「そういう事だね。さてさて。残った蚊たちには申し訳ないけど……」
 望月は蚊を収めた瓶を鞄に押し込み、代わりにHOPE特製の駆除剤を取り出した。従魔と化した蚊には良く効き、タダの蚊はもうイチコロだ。
『心を鬼にして、一網打尽にしないとね』
「よし。これでもくらえっ」
 トリガーを引いた途端、駆除剤が霧となって飛び出す。霧を浴びた蚊は、勢いよく墜落してそのまま動かなくなった。蚊を土の上に払い落とすと、望月は誘蛾灯を回収する。
『蚊は多少いるけど、って感じね。ずっと』
「そうだね。一日二日で避難所全員が感染しちゃうほどの数とは思えないな……」
 誘蛾灯を光源代わりに持ちながら、二人は小さな庭へと向き直る。松が数本植えられ、その枝ぶりはそこそこに手入れされた印象がある。百薬は溜め息をついた。
『普段は風情があっていいのにね』
「そうなのよね。……でも、手入れされていればこそよ。庭そのものには除草剤や虫除けを撒いているかもしれないけど、肝心のそういった道具をしまい込むための物置は手薄になるの。壊れた箒が放置されてたり、一部が腐ってたりして……」
 二人は庭の隅に設けられた物置へと向かい、その戸をそっと開く。カビの臭いがつんと鼻を刺激する。眉間に皺を寄せながら、望月は誘蛾灯を掲げた。白い光が、暗闇の中を照らす。箒やら、枝切り鋏やらが立てかけられている。しばらく中を照らしていると、やがてどこに潜んでいたのか、ふらふらと一匹の蚊が現れた。
「虫が住処にしてるのよね」
 望月は駆除剤をその蚊に噴きつけながら呟く。全ての生き物には存在理由があるとは言うが、ゾンビとなるような病原体をばら撒く存在を受け入れてはいられなかった。

 蚊に駆除剤を噴きつけてやると、すぐに羽ばたきを止めて地面へ落ちていく。生命の儚さを見せつけられているようで凛道(aa0068hero002)は嘆息してしまうが、放っておけば人が次々ゾンビと化してしまう。エージェントとしてそれを認めるわけにもいかない。周囲の林を見渡しながら、凛道は彼の主人に尋ねた。
『まだ蚊は潜んでいるのでしょうか』
「(蚊はこの時間帯に動きたいんだろうけど、この時間帯はまだ涼しいからね。陰でじっとしてる蚊もいるんじゃないかな)」
 凛道に瓶を取ってもらい、木霊・C・リュカ(aa0068)は狭い狭い硝子の中で飛び回るかを見つめる。
「(都内でデング熱が流行った時は全力で駆除したり、ボウフラが育つ雨水升を徹底的に狙い撃ちしたりしていたんだよね。殺虫剤を代々木公園のほぼ全体に撒いたりもしていたかな)」
『ただの蚊ならば、出現地点も自ずと限られます。デング熱そのものも、適切に治療を行えば十分に完治しますし、このゾンビ化ウィルスに比べれば脅威度はそう高いものではありません』
「(そうなんだよね。デング熱にかかっても運が悪かったで自分を納得させることはできるけど……ゾンビになるなんて病気に罹ったら、運が悪かったで納得なんかできないし。出来る限りリスクをゼロに抑えていきたいね)」
 林を出て、田園地帯の中を歩きながら二人はやり取りを続ける。確認作業を続けた結果見つかったのは、冬場を越したらしき成体ばかり、卵やボウフラは見かけない。とはいえ、ゾンビゾンビで手入れを行き届かせる余裕もないのか、用水路や側溝のあちこちで泥やゴミが溜まって水に澱みが出来ているのも二人はしっかりと見ていた。
「(今の内に取れる手は打っておかないとね)」
『(HOPEが開発を完了させた特注の駆除剤を撒くのはもちろんとして、そこまで処理が行き届かない場合には産卵する事が出来ないように油膜を水の上に張ったりすることも出来ます。後は……、産む場所をこちらで作って逐一駆除していくのも対策としては効果的だとか)』
「(トラップ水場だね。蚊はフェロモンを使って産卵に適した水場に仲間を呼び集めるって聞いたことがあるよ。そもそも水溜まりを作らない、っていう対策とも並行していかないとね)」
 二人は側溝を覗き込む。砂埃が積もり積もって、水溜まりを作っていた。

「……これでひととおりチェックは終わりですね」
 紫 征四郎(aa0076)は地図を広げ、赤ペンでしっかりとバツ印をつける。井戸やら雨どいやら、市街地の水環境を中心に調べ回った征四郎、ユエリャン・李(aa0076hero002)組。空が紫色に染まる頃、大方の調査を終え、状況確認のために合流したのだった。
『うむ。しっかりサンプルも取ってきたな。これで我々もしっかりと役目を果たしたと言えよう。そろそろ避難所に戻って報告をするとしようか』
「はい。……ヒムラは卵やボウフラをたくさん見つけたと言っていましたけど、征四郎たちはぜんぜん見つけられませんでしたね……」
『やはりこの病毒蔓延は敵の作為によるものだろう。自然発生なら、僅かな地点でのみ大量に発生する事はないであろうからな』
 ユエリャンは独り納得したように頷く。エージェント活動のため、時間を見つけては様々に知識を吸収してきた征四郎だったが、やはりまだ幼い。今一つぴんと来ずに首を傾げた。
「ユエリャン。動物ならともかく、虫の兵器利用など有りうるのですか?」
ユエリャンの横顔を見つめる。彼女は兵器のスペシャリストだ。機械兵器でもABC兵器でも関わりなく、一等の知識を有している。そんな彼女の、夕陽を見つめるその瞳には剃刀のような光が宿り、その口端には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
『あるぞ。大いにある。病毒を仕込めばエピデミックを引き起こし、小型のカメラを付ければ偵察も出来る。いかようにも役立てられる。実に上手い手だ』
その口ぶりは複雑だ。策を練り上げた一人の屍を讃えるようでもあり――また痛烈に嘲ってもいた。
『……美しくないから、我輩は好かぬがな』
 逢魔時の光を受けて、彼女の髪は輝く。血の色だ。脈々と流れる鮮血の色だ。生ある人間の中に流れる、美しい緋だ。末路は悲劇たれど、多くの生を救うためにその心血を注いだ彼女は、今も何処かに潜んでいる死と夜に泥む女をその眼で見据えていた。
 征四郎はそんな彼女を憧れるような眼差しで見つめていたが、ふと気になってしまった。目を瞬かせ、ユエリャンに尋ねる。
「……もしかして、虫がキライだから、ですか?」
『んん。そういうおチビちゃんこそ虫は嫌いではなかったかね』
「キライですけど、カは小さいので」
 急に頼りなくなるユエリャンの一方、征四郎は必死に強がる。だがユエリャンも自分だけ嫌がっているのはつまらない。サンプルを取り出し、彼女は征四郎へと突き付ける。
『小さくても頭胸腹、脚六本、小さいだけで気持ち悪――』
「やめるのです! やめるのです!」

●計画
「結局感染済みの卵やボウフラが見つかったのは三か所の排水溝だけだったか……」
『結構遠出したのだけれどね……』
 夜。調査班によるサンプル観察の結果を見つめながら緋十郎とレミアは呟く。サンプルそのものは調査したエージェント八組全員がそれぞれ何らかの形で確保してきたのだが、恐るべきウィルスに感染していたのは緋十郎達が採って来たものだけだった。見つかった地点に印をつけながら、深散と九郎は唸る。
『これは相手がわざわざ仕掛けてきたので間違いないかなぁ』
「でしょうね。向こうが準備しておいた蚊を排水溝に流し込んで、豊富な栄養と温かい下水の中で次々に繁殖させる……そして排気口なり通気口なりを通って避難所へ忍び込み、蚊は病毒をばら撒いていくというわけです。厭らしい手です」
「これがめんどくせぇのは、“今はそれで済んでる”だけ、って事だな……」
『ええ。今はまだ肌寒い日もありますが、ここは四国です。もうじき平均気温は二〇度を越えますわ』
 赤城とヴァルは川を巡って調べ上げた地点に次々印をつけていく。水溜まりが出来、時さえ来ればいつでも蚊が繁殖できそうな地点だ。
「対策はできる。水回りを徹底的に清掃し、隙間は一時的にガムテープなどで塞ぎ、それが出来ない地点には蚊取り線香でも灯しておけばいい。忌避剤は既に完成しているんだ。それで蚊の発生を最低限に抑え、避難所への侵入も防げる」
『対策できるって言っても……一体人手が何人必要なんだろう……ってのが問題だけどね』
 恭也と伊邪那美はこれからの希望がいかに細いかを確かめ、表情を硬くする。民間組織や保健所から協力を得られるとしても、時が進めば蚊の対策に従魔の討伐にと日々追われるようになり、ヨモツシコメや神門に自由を許してしまう。
「という事は、リミットはあと一か月半ってところかな」
『それを過ぎると蚊が大繁殖だね……』
「ですねぇ。相手が繁殖できる地点を狙って蚊を配置しないと増やせない今ならいいですが。放っておいても勝手に増えるようになったら……」
『最早打つ手はなくなるな。我らがミカドどもを倒せば何とかなるやもしれんが。それまでにどれほどの犠牲が出る事か……』
 望月達と織歌達は素早くリミットを察した。河を干上がらせるわけにはいかない。生きていく以上下水を出さないわけにもいかない。かつての騒動では公園一つを徹底的に叩けばそれでよかったが、香川全土を同じようにするのは無理だ。凛道は頷く。
『そうならないためにも、この初動を完璧に抑えて、ここにHOPEのマンパワーを割かれないことが重要になりますね』
「そうだね……それにしても、何だか用意が良すぎる気がするよ。どこを避難所にするかは避難する側が決めるのに、こんな風に待ち構えたように配置できるなんて」
 耳で聞いた情報を精査し、頭の中に思い浮かべた地図を検めながらリュカはぽつりと呟く。避難を完了してからほぼ数日と空けず感染が蔓延したのは、蚊が避難所のすぐそばで待ち構えていたからだった。

 何故? どうしてそんなに敵は準備がいい? こちらは何故常に後手へ回る?

『――考える必要など無いさ、木霊。奴らにはおそらく避難所の場所が割れている。しかも、我らが避難所へ到達するよりも先にだ』
 ユエリャンは不敵な笑みを浮かべて口を開く。エージェント達は揃って彼女の方を見た。征四郎が、彼らの心を引き受けて尋ねる。
「どういうことなのです。ユエリャン」
『この避難所、聞くところによれば全員が感染する前に警察が感染者となって暴れたというではないか。敵と我らの接点は“そこ”だ。常にウィルスで我らは繋がっている……』
「……! ユエリャンさん。もしかして……」
『だとしたら。随分と厄介で七面倒な真似をしてくれているわね。ヨモツシコメは……』
 深散とレミア、他にも数人がユエリャンの言わんとすることに気が付いた。ユエリャンは頷き、敵の周到さの正体を明かす。
『奴らは視えているのだよ。ウィルスに感染した者を通して我々の動向を具に捉まえている。だから出来たのだ。我々が気づかぬうちに蚊を仕掛けておくような真似がな』

『全く、実に周到で醜い手を使うものだ。夜愛とやら』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
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