本部

悪夢のオオカミ

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/06 15:13

掲示板

オープニング

●彼のトラウマ
「手負いのシンガリが二人……。ちょっときつかったかもな」
「だから、俺は先に逃げていろと言ったんだ」
 崖の上で、二人のリンカーが武器を構える。
 事前情報では大したことがない強さの愚神とのことだったので、彼らは新人たちを多く連れだって愚神退治のために山に入った。だが、愚神は事前情報よりも強かった。
 幸いにして中堅どころもメンバーに何人かいたので、彼らの新人を護衛してもらいつつ山を下りてもらった。そして、もっとも腕の立つ二人が囮としてその場にとどまったのである。
「回復できそうか?」
「さっきので、使い切った。お前こそ、アイテム類は」
「全部使い切った」
 応援は間に合わないだろう。
 傷を治す手立てすらないこの状況では、愚神から逃げ切るのは難しい。
「まさか、おまえと心中するなんてな」
 男――ハルは、笑んだ。
 今隣にいる相棒クロトは、同年代のリンカーだ。同じ時期にHOPEに所属し、同じ地域で活動していたためにクロトは一方的にライバル視していた。たとえ、同じ世代で同じような経験を積んでいてもハルはクロトに勝てたためしがなかった。
「一回ぐらいは、おまえに勝ちたかったぜ」
 最後は、笑いながら散ってやろう。
 もっとも、おまえには微々たる助力かもしれないが――。
 そう言いかけたとき、ハルは言葉を失った。
「なんで、おまえまで笑って……」
 クロトは、なにがあっても笑わない男だった。
 そんな彼が、悲しげに微笑んでいる。
「こんなところで、死ぬのは一人でいいだろう。弱いおまえは、生き残れ」
 どん、とハルは腹を蹴られる。
 彼の体が宙に浮いて、そのまま谷底に落ちていった。
「やめ……ろ! 俺は、まだ戦える!!」

●現実世界(病院にて)
「以上が、起きたと思われる事件の顛末です」
 HOPE職員は、説明を終えた。
 愚神を討伐しようとして失敗した依頼の話を聞かされたリンカーたちは、首をかしげる。
「あの、愚神はもう討伐されているんですよね」
 その質問に、職員は答えた。
「はい。別働隊が動いて、すでに討伐済み。生存者も――亡くなっていたクロト以外は全員を回収することができました。ただ、崖の下から見つかったハルは未だに意識が戻らない状態です」
 完全にこの依頼に関することは終わっている。
 なのに、改めてリンカーたちが集められた理由とは――……。
「皆さんには、生き残ったハルのトラウマを取り除いていただきたのです」
 職員が、取り出したのはヘルメットのような装置である。
「医者の話では、ハルの昏睡は脳内でいつまでもトラウマとなっている光景を繰り返しているせいだということです。これを付けたまま眠ってもらえれば、ハルが見ているトラウマを共に体験できるはずだということです」
――なにそれ、すっごく便利で危険そうな道具!!
 話を聞いていたリンカーたちの思いは、一つになった。
「ちなみに、十パーセントぐらいの確率で失敗します」
「失敗って、どういう失敗ですか……」
「まだ、認可を取る前の機械らしくて色々と調整が追いついていないんです。大丈夫、きっと数十年後ぐらいには安全な道具も開発されますよ」
「だから、失敗ってなんなんだー!! まさか、永遠に目覚めなくなるとかじゃないよな!?」
 とあるリンカーの叫び声を聞きながら、同意したリンカーたちはヘルメットを受け取る。
「ところで、私たちはハルの夢の中で愚神を退治すればいいんですか?」
「もしかしたら……それは難しいと思われます」
 職員が、首を振る。
「皆さん、気を付けてください。今回の愚神は、あくまでハルのトラウマです。現実の愚神よりも、強化されている可能性が高いです」
 今回、挑戦するのは人が作り出したトラウマである。
 乗り越えられないものだからこそ、現実の敵よりも脳内で強く設定されている可能性が高いと職員はいう。
「どうすれば……」
「バットエンドをできるだけ、ハッピーエンドに近づければいいんです。いいですか、繰り返しますが相手には勝たなくていいんです。この戦いの真の敵は、バットエンドそのものだと言えますから」

解説

・夢のなかに入り込み、バットエンドを食い止めてください
(※このシナリオでは回復アイテムが使用できません。スキルの使用回数が半分以下になります。1回ならば0回となります)


ヘルメットのような機械……かぶると他人の夢のなかに行ける。まだまだ改良の余地ありだが、今回のみという約束でHOPE職員が借りてきた。なお、受けたダメージや死などについては現実には反映されない。

夢の中(夜)……深い森の中。切り立った崖が近くにあり、視界はかなり悪い。すでに他の仲間たちは下山済み。

ハル……谷底で保護されたリンカー。現在は、病院で眠ったまま目をさまさない。遠距離戦主体のリンカーであり、武器は銃。動きは素早いが、威力はなく決定打にかける。

クロト……ハルのトラウマのなかにいる死者。刀を持った、前衛が得意なリンカー。スピードは並みだが、一撃の攻撃力が高い。(PL情報……劣勢になると、ハルを崖から突き落とそうとする)

愚神……狼のような巨大な愚神(のようなもの)。周りの木々を倒しながら素早く動き回る。
遠吠え――序盤に使用。一メートル前後の狼型の従魔を大量に呼び寄せる。その従魔を食べることによって、愚神は回復できる。
狼の縄張り――近寄ってきた相手に使用。相手のライブスを奪い、自分の攻撃力と素早さを上げる。
狼の牙――動きが遅い、あるいは止まっている相手に優先して使用。急所を狙って噛みついてくる。
狼の爪――周囲に狼の亡霊のようなものを召喚し、離れた敵を攻撃する。

従魔……愚神に呼び寄せられた従魔。『狼の牙』と『狼の爪』のみ使用できる。なお、従魔同士は共食いをしない。

亡霊……槍を持った愚神。従魔が半分以下になると登場。クロトを積極的に狙おうとする。
道連れ――自分の体力が半分以下になると使用。クロトの側に移動し、自爆しようとする。

リプレイ

 他人の夢のいるはずなのに、あたりの情景は本物と見分けがつかないほどにリアルに再現されていた。ひんやりとした空気も夜空を彩る星のまたたきも偽物であると言われたほうが信じられない。
『割とすんなり入ってこれたな。こんなモンが出回ったら、夢の世界から帰ってこないヤツとか出てきそうだな』
 マーズ(aa4956hero001)は物珍しそうにあたりをきょろきょろと見渡す。一方で、あまりにできすぎた夢の再現に寺須 鎧(aa4956)は苦笑いする。今回は特別に借り受けることができた機械だが、これを使えば死んだ両親に会えるのではないだろうかという希望が彼のなかに生まれていた。
「……俺とか、な」
 だが、今は自分の希望よりも仕事である。
「しかし、本当に科学の進歩とは目を見張るものがあるな。自分はサーカス団員だが、将来の商売敵は人間ではなくて、こうした機械になっているのかもしれない」
 ただでさえ昨今は娯楽があふれかえっているのに、とヴェロニカ・デニーキン(aa4928)は唸りだす。だが、その相棒の藤山長次郎(aa4928hero001)はにこりと微笑むばかりあった。
『手妻師は、演出を考えて見せるのが商売です。そう簡単に機械に道は譲りませんよ』
「あっちから、戦闘中だと思われる音が聞こえてきます。……ハルとクロトでしょうか?」
 若干おどおどしながらコノハ(aa5065hero001)は、呟く。四戸虎子(aa5065)は、獰猛な顔をして笑った。
「さぁ、どんな強敵だろうと殺す気でいくよ!!」

●他人の悪夢
 崖の上で、二人のリンカーが戦っていた。
 巨大な狼の愚神を相手取り、不利な状態でも懸命に前を向いていた。それでも、実力の差は明らかである。誰が見えも、ハルとクロトの敗北は時間の問題だった。
「凄腕のエージェントどもが馳せ参じたのだ。とっとと愚神を倒して帰るぞ!」
 シズク(aa4683hero001)の声が、闇夜に響き渡る。
 突然、現れた者たちにハルは目を白黒させていた。
「ハルはしっかりクロトをサポートせい! 前衛が存分に戦えるよう、愚神に攻撃を叩き込んで隙をつくれ。そして前衛の連撃が決まれば、ハルよ。おまえがトドメの一撃を放つのだ!」
 ライトアイで視界を確保しながら、シズクは悪夢にうなされるハルを鼓舞する。応援が来たとハルに信じ込ませるころがシズクの狙いであった。
『気を付けてよね。今回の真の敵は愚神ではなく……クロトのはず』
 灰色 アゲハ(aa4683)の分析に、シズク頷く。
「ああ、ハル自身がクロトを超える存在になれると認識する必要があるんだな。我らはその手伝いをするのみ」
 愚神は遠吠えを使用し、自分の周囲に従魔を集める。無数の従魔に囲まれた様子は、リンカーであるのならば誰だって一度は見た悪夢であろう。
「こんな内容の他人の夢の中へご案内とはなぁ」
 もっと楽しい夢が良かったぜ、と赤城 龍哉(aa0090)は呟く。
『他人の心に入り込むというのは、そんな気軽なものではありませんわよ』
「それがトラウマなら猶更か」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に、龍哉はため息をつく。今から自分たちが立ち向かうのは、悪夢のなかの悪夢である。どんなことが起こってもおかしくはない。
「行くぜ」
 龍哉は、まずは集まってきた従魔を蹴散らす。
 御神 恭也(aa0127)は疾風怒濤を使用し、龍哉の手助けをする。
「ここで愚神を討伐出来れば、少しは重荷を軽く出来るんだがな」
『でも、所詮は夢の中での出来事だよ。現実に戻ったら……』
 伊邪那美(aa0127hero001)の言葉に「それでも」と恭也は呟く。
「まずは、夢から目覚めさせてやることが先決だ」
 恭也は、ハルに向かって叫ぶ。
「銃を扱う者が剣を扱う者と同じ舞台に立ってどうする。お前はお前の得意とする物で彼を追い抜いてみせろ」
 現実の戦闘では、互いに追い詰められて離れればどちらか一人が殺されるような状況だったのかもしれない。
 だが、今は違う。
 悪夢の中には、彼らを助ける仲間がいた。
「でも……無理だ」
 ハルの言葉に、月鏡 由利菜(aa0873)は眉を寄せる。状況に絶望するのは分かる。だが、仲間が現れたことによって状況は好転するはずだ。
 普通に――考えば。
 由利菜は自分たちの状況に気が付き、目を見張る。
「くっ、本来の力が出せない……!?」
『……ここはハル殿の夢の中だ。現実の法則が通用するとは限らないぞ』
 リーヴスラシル(aa0873hero001)は、歯噛みする。
 ここは敵に追い詰められた悪夢の世界。
 その絶望もまた由利菜たちの敵なのである。
 戦いが長期化すればするほどに不利になると判断した由利菜は守るべき誓いを使用し、従魔の注目を一身に集める。
『ユリナ……この夢の中では、陽動方陣も普段ほど長くは展開できないようだ』
「やはりそうでしたか……!では、ラシル。引きつけての一閃も難しい……』
『ああ、ここは武器の能力を使う。ユリナ、このスィエラを!』
 尖端に緑の結晶がつけられた槍を振るい、従魔を倒していく。
「どうやら、従魔のほうはめちゃくちゃ強いってわけじゃなさそうだな」
 集まってくるのは厄介だが、と龍哉は呟く
「ああ……問題は愚神か」
 龍哉の背中をかばいかばわれながら、恭也は巨大な狼を見た。悪夢の象徴は、どうやらクロトに狙いを定めたようである。だが、愚神の側に移動するにも従魔たちが邪魔である。
「せめて、ハルに別働隊がいたことを伝えられれば……」
 恭也の言葉に、伊邪那美は不安を表す
『ねえ、別働隊が愚神を倒したのはハルちゃんは知らないんだよね? 知らない事は再現されないんじゃないの?』
 ここはあくまで夢の世界なのに、と伊邪那美はいう。
「昏睡中に語られた会話を覚えている事が多々あるらしい。生存者の誰かがハルに報告した可能性もある」
『可能性は低い気がするし、それで悪夢が晴れるとは思えないよ』
 敵を倒せたところで、それはクロトが死んだあとの話なのだ。
 恭也もそれは分かっている。
「重要なのはハルがクロトと共に戦い抜いたと思わせる事だ。途中でハルを強制的に退却させたのは、クロトの勇み足だとな」
 だが、そのためには愚神の近くにいる二人に近づかなければならない。
『私が、ひきつければいいのね?』
 Jennifer(aa4756hero001)の問いかけに、小宮 雅春(aa4756)がうなずく。
「ああ、僕らが従魔を引き付けて……皆には愚神を倒してもらわないと」
 このままでは現実と同じようにクロトが死ぬ。
 そうなれば、悪夢は悪夢のままである。
『止まるわよ。覚悟はいいわね?』
「もちろんだよ」
 Jenniferが動きを止める。
 すると従魔が一匹、Jenniferの喉笛を狙って噛みつこうとしてきた。狼の牙を間一髪のところで避けるが、急所を狙った狼はJenniferの首筋に傷をつける。痛覚だけは引き受けた雅春の呼吸が一瞬止まった。
『大丈夫なの?』
「大丈夫、僕はきみほど上手く戦えないんだ。せめてこのくらい耐えられなきゃ」
 笑顔で耐える雅春に、Jenniferは首をかしげる。
 ――…つくづくおかしな奴だ。
 赤の他人のトラウマを克服させるための仕事を引き受けたことも。
 Jenniferに心配させまいと痛みに耐える姿も。
「……トラウマ、か。私には無い、感情、だ」
 アリス(aa4688)は、クロトとハルの近くで戦いながら呟く。そんな彼女に、どこか寂しげな声で葵(aa4688hero001)は声をかけた。
『私には……少しは解るやも知れません。……亡くした主を護れなかった』
 後悔がにじむ声で、葵は呟く。
『……然し、今はアリス様に仕える身。同じ事は……繰り返しません……決して』
「アオ。気持ちが分かるというのなら、この後に悪夢はどう変化するだろうか? 予測はつくか」
 主の問いかけに、葵は唾を飲み込んだ。
「現実に則した悪夢ならば……おそらくは自分が経験した最悪の瞬間を繰り返しているのだと思われます」
 ならばクロトが死ぬ瞬間がくるのか、とアリスは考える。だが、「違うな」とすぐに首を振った。
「ハルはおそらくは、クロトの最後を見てはいない。ならば、彼にとってのバットエンドとは――……」
『クロトを助けられなかったことなのでしょうか?』
 葵の言葉を、それも違うとアリスは否定する。
 アリスが施行を巡らす中で、戦場に少女の声が響く。
「あなたは、この世界を現実だと思うの? それとも偽物だと思っているの?」
 おっとりとした口調でリコリス・S(aa4616)は、ハルに尋ねる。ハルは、驚きのあまりその質問に答えられなかった。
「そう、疑うことすらしなかったの」
『こんなにリアルな悪夢だ。仕方がないのかもしれない。でも……』
 カメル(aa4616hero001)は、息を吸う。山の澄んだ空気が肺を満たすが、この充実感は偽物だ。
『ハル。あんたがいる、この世界は偽物だ! あんたはずっと眠ったままで、悪夢を見ているだけだ』
 ハルを目覚めさせるためには、夢が夢であるという現実を突きつけなければならない。カメルは、そう考えた。
『よく考るんだ。愚神はこんなに強かったのか? 戦いなれたリンカーが、こんなにそろっても苦戦するほどに強い敵は本当にいたのか?』
 カメルの言葉に、ハルは耳を塞いだ。
 彼も「おかしい」と思っていた部分を、カメルはつくことができたらしい。
「クロトが殺されたのは……あいつよりもっと強い敵が現れたからだ」
 ハルが、呟く。
『「弱い自分」を助けた「強いクロト」に対する憤りなのか……いや、自責の念もあるんだよな。こんな悪夢を繰り返すほどに』
 カメルは、拳を握る。
『ほんと、遺された方はたまったもんじゃない。何より厄介なのは、相手を想ってやってるってとこだよな。それが解るから、怒るに怒り切れなくて困る』
 悲しみをこらえるようにカメルは握った拳にさらに力を入れて、やがてほどいた。
『あんたに異世界の話をするよ。とある英雄の話だ……自分を置いて仲間は全員死亡。自分が生き残ったのは、一番弱く若かったが為に置いていかれたから。仲間が各々大切な人を守るべく己を犠牲にしたのは解っているが、遺された方は全く嬉しくない。そうして遺された人にトラウマ植え付けて逝く……ほんと、嫌になる。その英雄がトラウマを乗り越えたかと聞かれる、と乗り越えてない』
 ハルは、初めてカメルを見た。
『君はどうする?』
「俺は……」
 春が何かを答える前に、愚神の狼の爪が発動する。狼の亡霊のようなものが召喚され、それらはまっすぐとハルとクロトと元へと走ってくる。
「『共鳴チェンジ!』」
 鎧とマーズが、共に叫ぶ。
「悪夢の元凶がどこにあるのか、もう少し見極めたかったがしかたがない。猛き情熱の星、マーズレッド! やっちまうぞオラァ!」
 気合を入れている二人に、ヴェロニカが声をかける。
「鎧君とマーズ君は元気がいいですよね」
 長次郎は、微笑む。
『あれが、二人のキャラクターなんですよ』
「それはともかく、お二人は事前の作戦通りに従魔のほうに。ここはサーカス団員と手妻師の見せ場です」
 ヴェロニカは、愚神に向かってナイフを投げる。
「さあご喝采、不動明王火炎の舞でございます」
「我らもいるぞ!!」
 虎子は、狼の愚神に向かってとびかかる。
 虎子と共鳴していたコノハは悲鳴を上げる。
『まっ、まさかと思いますけど……あまり信じたくないですけど、狼相手に戦う気なんですよね!』
「もちろんだ。なぜならば、虎は狼よりも強いのだ!」
 従魔にとびかかる、虎子。
「仲間から突出することはなく、お互いサポートしあい信頼しあって仲間の援助もあれば死なない。それを見せつけてやるんだ!!」
『ネズミ相手に見せつけて欲しいです……』
「心が折れてしまえば人間はだめになる」
 虎子は戦いながら、呟く。
「激しく、休む事なく迷う事なく虎のごとく攻め立てていれば……いつか」
 弱い自分でも敵に攻撃はとどくのだっ! と虎子は叫ぶ。
 だが、それでもリンカーたちは愚神に押され始める。
 現実の仲間よりも、悪夢の方が力が勝っていたのだ。
 もう誰が見ても、リンカーたちに勝ち目がなかった。
 クロトは、悲しげに笑う。
「こんなところで、死ぬのは一人でいいだろう」
 カメルはライヴズジェットブーツを飛行モードにし、ハルが蹴り飛ばされるのを待った。ここで彼が蹴り飛ばされるのならば、このまま助けるつもりだった。
「いいや、まだだ。ここはもうちょいと粘るところだぜ」
 龍哉は、二人の間に押し入った。
「ハル。お前が知るクロトは、別れ際に相手を貶めるような奴なのか。それまで目指し越えようと思ってきた相手の真意を本当に判っていないのか。それとも判りたくないだけか?」
 龍哉は、ハルに尋ねる。
 ハルは、答えることができない。クロトは、相も変わらず寂しげに笑うだけである。
 この笑みをおそらくは、ハルは理解しきれていない。だからこそ、ハルは悪夢に捕えられているのだろう。
『あなたは託されたのですわ』
 龍哉と共鳴を解いたヴァルトラウテは、ハルの前に現れる。
『生きて強くなることを』
 ハルは、クロトを見つめる。
 だが、彼はなにも言わない。
「ハルさん、貴方もクロトさんも強い人だ。僕なんか今だって足がすくみそうなのに、最後まで逃げずに戦おうとしている。だから、クロトさんの話を聞いてあげて」
 雅春は、ハルとクロトにケアレイをかける。
 少しでも、二人が話すことができる余裕を作りたかったのだ。
 だが、相変わらず愚神は強い。
 今は何とか戦闘を維持できているが、回復アイテムもスキルも限りがある状態ではいつかはリンカー側の戦力が負けるであろう。
「……弱いお前は、生き残れ」
 それが分かっているからか、クロトはハルをそう呟く。
「てめェ、言葉が足りねェんじゃねェのか?」
 クロトに詰め寄ったのは、鎧であった。
「弱い人間だけが生き残るべきなのか? 強い人間は代わりに死ななきゃなんねェのか? 違うだろうがよ。そんなくだらねェ言い訳してんじゃねェ! 『後は任せた』とか、素直に言いやがれってんだ!」
 クロトは表情を変えない。そんなクロトから手を離し、鎧はハルを睨む。
「ハルとか言ったな。てめェもてめェだ! まさか自分を弱いとか思っちゃいねェよな?」
 鎧の問いかけに、誰も答えない。
「クロトはな、てめェに未来を託そうとしたんだ。何でか分かるか? てめェがこいつの中で、誰よりも強い心の支えだからだ! でなきゃこんなことできねェ。ただ誰かを守って戦うより、誰かの心の支えになる方がよっぽど難しいんだ。だからてめェは強いって、いい加減自覚しろ!」
 愚神に、虎子が吹き飛ばされる。
『大丈夫ですよね? 骨とか折っていませんよね』
「夢のダメージは現実には反映されないから、大丈夫のはずだ」
 痛いけどなと虎子は返答し、コノハに不安げな顔になる。
「愚神の足止めになればと思ったが、そろそろ限界だな」
『夢に逃げ道はないですから、撤退も難しそうですよね』
 ヴェロニカと長次郎の攻撃手段もつきかけていた。
「あの力がハルさんのトラウマによって増幅されたものだとすれば……それが払拭されれば、愚神も連動して弱体化するのではないでしょうか?」
 あきらめないでください、と由利菜は仲間たちに声をかける。
『だとすれば……リコリス殿達に。いや、もうわかっているか』
 リーヴスラシルは、仲間たちの行動を見た。皆が、ハルに前を向けと叫んでいる。この悪夢を終わらせられるのが、彼だけであると知っているから。
『ハル!』
 シズクは、叫ぶ。
『客観的に見て、貴様とクロトの実力はそこまで離れているとは我は思わない。貴様はクロトと並ぶことがきるし、超えることもできる』
 混沌の大鎌を降りながら、シズクは続ける。
『歴戦のエージェントであるのだから、貴様は理解しているのだろう。クロトが現実では死んでいると。だが、貴様とクロトは新人エージェントを守った。……それもまたひとつの結果だ』
 残されるものの辛さを残して、この戦いはすでに終わっている。
 その辛さを噛みしめて、シズクはハルに手を伸ばす。
「エージェントとして再び戦いの場に戻るなら、我も共に在ろう。――必ずや生きぬくぞ!!」
「亡き者は戻っては、こない。二度と、だ。然し想いは残るだろう。お前は受け取った筈だ。その、想いを」
 戦え、とアリスは背中を押す。
『ああ、そうか』と葵は呟く。
『クロトさんと共に戦えなかったことが――悪夢だったんですね』
 奇しくも、アゲハも葵と同じ答えにたどり着いていた。
「少なくともしんがりを共に勤められるだけの強さを持っていたのに、自分だけが生かされるたのが……つらかったのね」
 悪夢の根源は理解できた。
 あとは、牙を向く狼を退治するのみである。
『俺も、あんたを手伝うよ』
 カメルも、ハルの隣に並び立つ。小さくリコリスに「いいよね」と尋ねてから。
「カメリアが望むままに。とある英雄と同じように、ハルさんも前を向けるようになることを祈ってる……」
 リコリスの言葉に、カメルは小さく笑った。
『たぶん、もう大丈夫だよ。心配しないで、そこで見ていてよ』
 ハッピーエンドを見せてあげる、とカメルは言った。
「クロトはお前に後を託して逝った。ここからはクロトの弔い合戦だ」
 龍哉は、拳を鳴らした。
 思う存分暴れてやるぜとでも言う風に。
『あなた自身が力の限り抗って、この悪夢を打ち破るのですわ』
 ヴァルトラウテも力強く、頷いた。
「敵は今、クロトを倒したと思っただろうがそうはいかぬ。むしろこの隙がチャンスだ、ゆくぞクロト!」
 シズクがクロトと共に、走り出す。
 ハルがそれを背後から、サポートする。
 おそらくは、これが本来二人が得意としていた戦い方なのだろう。それを見ながら、雅春は呟く。
「すごいなぁ……」
 現実の戦いでは、唯一残った二人。
 雅春は、最初は二人が何を思いながら戦ったのかが気になった。だが、そんなものはすぐに分かった。ハルはクロト以外の仲間を、クロトはハルを含めた仲間を守るために戦い続けたのである。
「僕は彼らのようになれるのだろうか……。自分の命も惜しまず誰かを守れる人に」
 ――本当に、おかしな奴だ。
『気を抜かないで。……なにか、来るようね』
 Jenniferの言葉に、雅春は目を凝らす。
「あれは……槍を持った愚神?」
 槍をもった愚神に一番最初に反応をしたのは、由利菜であった。愚神の攻撃から、ミラージュシールドでクロトを守る。
『なんなんだ、この敵は!?』
「……私も、依頼の話ではあのような愚神の存在があったとは確認していませんが」
 リーヴスラシルと由利菜は未知の敵に戸惑いながらも、必要にクロトを攻撃しようとする愚神相手に守りに徹する。虎子は愚神にジェミニストライクを叩きこみながらも「いくら我でも新手はきついぞ」と叫ぶ。
『もしかして、あれがクロトちゃんの死の象徴か敗因の象徴じゃないのかな? 聞いた話だとあんな敵はいなかったみたいだし』
 恭也は、伊邪那美の考えを信じた。
「なら、あれをハルが倒させるのが得策だな」
 だが、行けるだろうかという考えがちらりと恭也の頭をよぎる。狼の愚神も未だ倒し切れていないし、数は減ったとはいえ従魔もいる。そして、伊邪那美の考えが正しければあれは『クロトの死』そのものという敵だ。
「皆が皆、それぞれに、強い。強さの形は一つでは、ない。そして、皆が皆、それぞれに、弱い。そういうモノ、だ。私たちは、少なくとも、この悪夢を変えるぐらいには強い。そう、思っているのだが」
 修正はないか、とアリスは周囲の人間に尋ねる。
「オレには、ないぜ。死の象徴なんて、蹴散らしてやれっ!!」
 鎧が叫ぶ。
 その叫びを聞いていたマーズはにやりと笑った。
『いいぜ。二人で蹴散らしてやろうか!!」
 鎧は、愚神の槍を受け止める。
『随分と重たい攻撃だな!」
「これも悪夢効果みたいだな!!」
 悪夢の一部だけあって、槍の力も強化されているようである。
 だが、鎧の作った隙にヴェロニカが魔法攻撃を仕掛ける。
「絶望だけは、させない」
 二人は仲間を助けたのだ、この悪夢を悪夢のままでは終わらせないという思いをヴェロニカは込めていた。愚神が、クロトへと向かっていく。悪い予感がして、由利菜はクロトをかばった。
「死の運命なんて……私は受け入れない!」
 クロスガードで、由利菜は槍を受け止める。
「――でも、現実でクロトは死んだんだよな」
 ハルが、銃を構えていた。
 狙いは、槍の愚神。
 その姿を見たアゲハは、微笑む。
「あら、乗り越えたのね」
『さあ、終幕の一撃を。長かった貴様の戦いを、我らと共に終わらせよう』
 シズクの声が、高らかに偽物の夜に響く。
 そして、それに続くように銃声が響いた。
「なぁ、クロト。俺は、おまえの強さにとどくことができると思うか?」
 槍の愚神を撃ったハルは、クロトに尋ねる。
「……百年早い」
 どこか寂しそうな顔で、クロトは呟く。
「――だから、生き残れ。俺の代わりに生き残って、仲間を守ってくれ」
「ああ、ようやくわかったよ」
 その言葉と共に、愚神や従魔の姿が消えた。
『なんだ、これは? 突然、消えやがった。戦いはこれからだっていうのに……』
 マーズは、驚いたような声を上げた。
『おそらくは、悪夢のなかの敵としての役割を終えたからでしょう。たしかに、これは実用化されれば商売仇になりそうですね」
 長次郎は言葉とは裏腹な晴れやかな表情で、消えていく狼たちを見ていた。コノハは狼の恐怖から解放されて、ほっとしていた。
「決着がついたんだよな?」
 狼にとびかかろうとしていた虎子も足を止めた。
「クロトは最後の言葉。もっと、素直に伝えるべき、だった。おかげで、とんだ回り道をしてしまったぞ」
『アリス様。きっと彼は、最後の意地を張りたかったのですよ。そして、その維持を友が理解してくれると信じていた』
「なら、クロトは最後の博打に勝ったということか」
 いつもとかわらない表情で、アリスは呟く。
 恭也は、アリスの言葉を聞きながら息を吐いた。
「どうやら、ハルは前を向けたようだな」
『うん……そうだけど、クロトちゃんも消えちゃった』
 伊邪那美は、あたりを見渡す。
 だが、さっきまでハルトの隣にいたクロトの姿はない。
「愚神が悪夢の役割をはたして消えたのなら、クロトも役割を果たしたから消えたんだろう。俺たちも、そのうち消えて現実に戻るはずだ」
 恭也の言葉に、伊邪那美は顔を伏せる。
『せっかく、ゆっくり話せるようになったのに……』
『でも、これは所詮夢です』
 共鳴を解いたヴァルトラウテは、武器を下ろした。
『悪夢が目標になったのだから、もう夢は終わってよいのです。そうですよね?』
「あっ……ああ」
 龍哉は、生返事を返した。
 クロトの寂しげな笑顔が変わるのだろうかと思い、龍哉は彼の表情を観察していた。結局、悪夢の一部である彼の表情が変わることはなかった。だが、ハルは泣きながら笑っていた。
「きっと……明日は我が身なんだよな」
 戦い続ける限り、いつか誰かの悪夢になってしまうことがあるだろう。
 それでも、それを乗り越えてくれると信じて戦い続けるしかない。
「この話は、これがハッピーエンドなのね?」
 リコリスの問いかけに、カメルは頷く。
「ああ、死を乗り越えることができた。これ以上のハッピーエンドはないはずだよ」
「だから、大丈夫」とカメルは微笑んでいた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 残存した記憶の道導
    リコリス・Saa4616
    人間|16才|女性|防御
  • エージェント
    カメルaa4616hero001
    英雄|15才|男性|バト
  • ひとひらの想い
    灰色 アゲハaa4683
    人間|26才|女性|生命
  • エージェント
    シズクaa4683hero001
    英雄|6才|女性|バト
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • エージェント
    ヴェロニカ・デニーキンaa4928
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤山長次郎aa4928hero001
    英雄|67才|男性|ソフィ
  • 猛き情熱の星マーズレッド
    寺須 鎧aa4956
    人間|18才|男性|命中
  • 猛き情熱の星宿る怪人
    マーズaa4956hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • エージェント
    内藤恵美aa5065
    獣人|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    コノハaa5065hero001
    英雄|18才|女性|シャド
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