本部

【屍国】絶望の謳い声

ららら

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/28 09:40

掲示板

オープニング

「おい、聞いたか? 高知の惨状……」
 ひそ、ひそ、ひそ。
「聞いた聞いた。人が次々死んで……」
 ざわ、ざわ、ざわ。
「もう百人以上死んでるらしいな。しかも……」
 ひそ、ひそ、ひそ。
「死んだ後に蘇るらしいわ。そう、ゾンビみたいに……!」
 ざわ、ざわ、ざわ。
「しかも、このゾンビ化現象、感染するって話でさ……」
 ひそ、ひそ、ひそ……。

 寒々しい曇天の下、不安に凍えた人々が身を寄せ合っていた。
 腕に買い物袋をぶら下げた幾人かの主婦、缶コーヒーを片手に休憩室で寛ぐ会社員達、霜柱を踏み荒らすランドセルの集団。
 怯えきった顔をする者がいれば、笑いながら話す者もいる。然しどのような表情をしていても、誰しもがその裏側に同じ感情を抱いていた。
 不安。
 身も凍るほどに冷たい“不安”の沼底へ、彼らは、四国の大地は緩やかに誘われようとしている。
「感染って……病気なの?」
「愚神の仕業だとか、新種の病気だとか情報が錯綜して……」
「わ、私達ももう感染してたり……?」
「そんな……みんなゾンビになっちゃうの?」
「そう言えば、昨日隣の家の爺さんが具合悪そうに……」
「一昨日から風邪っぽいけど、俺、何ともないよな……?」
「政府は? よくわかんないけど、治療薬の事とか……何も言ってないの!?」
「いや、どう考えても薬の開発より、俺達が死ぬ方が早い……」
 不安は様々なものを呼んだ。悲観、諦観、疑念、焦燥、絶望。事件はあたかも底なしの洞穴が如く覗く者の心をざわめかせる。
 原因も、治療法も不明の奇病。そもそも病であるかさえ不確かだ。
 ヒトが恐怖を覚える最も大きな二つの要素……“未知”と“死”を体現した一連の事件は、実際に遭遇するまでもなく既に脅威と言えただろう。
 だがそれでも、彼らには心の拠り所があったのだ。
「隣町の奴ら、この前H.O.P.E.のエージェントに助けられたって」
「そうだ! H.O.P.E.なら何とかしてくれる……よな?」
 誰かがその名を口にすると、冷え切った空気に不思議と温かみが差し込んだ。
 一連の事件が不安を呼ぶものであるのなら、その名は対局。安心、期待、希望を孕むもの。
「これまでだって、何度も、何度もあいつらが世界を救ってくれてたんだ。今度だって……」
「そうだ! あいつらなら何とかしてくれるし、その間に治療薬ができるかもしれない!」
 ……このように、事件が話題に上るたび、人々の不安が掻き立てられるたび。最後にはその名を誰かが呟き、ほんのひと時であれど不安から目を逸らす。
 概ね此処ひと月ほど、比較的被害の少ない愛媛県の県民はそのようにして、この事件と付き合っていた。
「H.O.P.E.なら……」
「きっと治療薬が……」
「大丈夫……大丈夫だ……きっと、今回もなんとかなる……なんとか……」

「何ともならないよ」

 その言葉は、魔性を秘めていた。

「みんな死ぬんだよ」

 人々が振り返ると愛らしい少女がいた。
 底抜けに無邪気な笑顔で、死神の鎌のように黒く冷たい言葉を吐いた。

「希望なんてないんだよ」

 人々は様々な反応を見せた。
 ある者は少女を気味悪がり、ある者は少女を叱りとばし、ある者は少女を空気のように無視した。
 だが――少女の言葉には、魔性が秘められていたのだ。

「みんな死ぬ。みんなみんな死ぬんだよ。
 希望が実るのはドラマの中だけ。治療薬なんて開発されてないし開発されてても間に合わない。未知の病原菌でみんな苦しみながら死んじゃってニュースとかになって一週間くらい騒がれるけどだんだん異常気象とか芸能人の電撃結婚とかこの冬新作のスイーツとかそういうニュースに埋もれてそのうち誰も気にしなくなる。あなた達はどうでもよく死ぬ。苦しみもがき醜く腐り落ちながら死んだ後ゾンビになってもう一回H.O.P.E.の人たちに殺されて死ぬ。死ぬ。死ぬ。みんなみんなみーんな誰にも助けて貰えず惨たらしく死ぬ。痛いよ怖いよ死にたくないよ。でも死ぬ。希望はない。希望はない。希望はない。そんな風にみんなも本当は思ってるでしょ? 現実ってそんなものだって思ってるでしょ?
 ――ね、“メイちゃんの言う通りでしょ?”」

 H.O.P.E.という希望を盾に誤魔化し続けていた剥き出しの“不安”を、少女の言葉は深く抉る。
 人々の瞳から光彩が失われ、鬱屈とした顔の者はより深い鬱屈をたたえ、笑みを浮かべていた者はより笑みを深くした。
 そうして次々と口から漏れ出た言葉は、皆一様に同じ感情に彩られる。

「“死ぬ死ぬ死ぬ死ね死ぬ死ね死ぬ死んじゃえ死んじゃえみんなみーんな腐って死んじゃえ死ね死ね死ね絶望して腐って死ね死ね死死死死死”」

 即ち――絶望。



「エマージェンシー! 愛媛県X市の街中に従魔が発生したとの通報がありました! 目撃情報から四国で多数の出現が確認されているゾンビ型従魔と同種と推定されます!
 この場合、ゾンビに攻撃された住民もゾンビ型従魔と化してしまう可能性が高く、非常に危険な状況です! 動けるエージェントは直ちに出動を――」



 現地に降り立ったあなた達が目の当たりにした光景は、当初の予想と些か異なっていた。
 住民は既にゾンビ型従魔に襲われており、もはや一刻の猶予もなく生き残った人々の救助が求められた――不幸中の幸いとしてゾンビ型従魔は戦闘力が極めて低く、掃討自体は容易と思われた。
 ただ一点問題があるとすれば“人々が助かろうとしていない”点か。
 死ぬ。みんな死ぬ。希望はない。
 譫言のようにそんな事を呟きながら人々はゾンビの爪を、牙を無抵抗に享受し、空虚な顔でびゅうびゅうと血液を吹き出しながら地に倒れる。
 其処は、絶望の檻だった。



「あはははははははっ! おっかしー! ちょっとつっついただけでみーんな“綿が出ちゃった”!」
「……綿なんか出てないよ。ただ、みんな狂っただけだよ」
「よーするに壊れちゃったんでしょ? じゃあ綿が飛び出たのと一緒じゃない?」
「……うん、そうだね。メイちゃんの言う通りだよ」
 X市――何処か。
 如何にも気弱そうな少年は、俯いたまま、顔色を盗み見るようにして隣に立つ少女に尋ねた。
「……どうしてこんな事を?」
「世の中が腐ってるから」
 少女は底抜けに無邪気な笑顔で、目前で引き起こされる殺戮劇を眺めながら即答した。
「腐っているから……滅べば良いって?」
 重ねて投げかけられた少年の問いかけに、少女は首を振る。
「こんなにも腐ってる世界だから、末永く腐り続けるべきだって、そう思うの」
 これを聞いた少年はひどく悲しそうな顔をして、そうだね、メイちゃんの言う通りだよと、蚊の鳴くような声で呟いた。

解説

解説

○状況・目標
愛媛県X市の街中に突如として従魔が発生。
速やかにこれを排除し住民の命を守れ。

○時刻


○場所
愛媛県X市。それなりに栄えている。
被害が発生しているのは現在2エリア。

PCの開始地点は同一だが目の前が分かれ道になっており、それぞれのエリアに繋がっている。
またエリアは広ささえ差異があるものの一本道のようになっており、同じ場所に辿り着く。
双方、概ね幅7sq、長さは100Mほど。

○敵戦力
ゾンビ型従魔×いっぱい
低知能低火力低防御低移動力。攻撃方法は引っ掻き・噛みつき・拘束のみ。
これの攻撃を受けた一般人が死亡した場合従魔化する事が確認されている。

住民×???
後述。

○特筆
双方のエリアで住民が正気を失っており、その様子も若干異なっている(PL情報)。

エリアA
住宅街。住民は皆深い絶望に打ち拉がれている。
自分達は死ぬ、既に感染している、助からない、など過剰とも言える悲観に囚われており
中には自傷・自殺を試みる者もいる。
「死ぬ……死ぬ……もう駄目……私も四国も世界も終わり……」
「お、お前たちには、救えない……救えない救えない助からない助からないあああああ……ッ」

エリアB
商店街。Aに比べて被害が酷く、住民達は今まさに従魔の餌食となっているか、既に殺されて地面に横たわっているかのどちらか。
生き残った少数の住民は従魔と化した自分の知り合いや家族を殺そうとするPC達を錯乱して非難したり、妨害しようとして来る。
「俺達は死ぬしかねえええええだからお前らも死ねえええええええッ!!」
「ねえ、ママだよ……? 私のママに……ひどい事しないで……?」

リプレイ

 絶叫が響き渡り、また一つの命が終わる。
 ヒトの形をしていた肉体は、ものの数秒で痙攣する肉の塊へと変貌した。数体のゾンビが群がり、本能のままに桃色の肉塊に歯を突き立てる。
 ふと一体のゾンビが何かの気配に気付き、その青白い顔を背後へ向けると、濁った瞳一杯に一筋の光条が迫った。
 ――きん。
 輝きは一瞬。ゾンビの傍らには何時の間にか少女が佇み、冷ややかな顔で太刀を鞘に収めていた。白銀の髪が翻ると共に、両断されたゾンビの頭部が地面に落下し、アスファルトに赤黒い花を咲かせる。
「おーおー、まさにバイオハザード。稼ぎ時じゃん、働けよ、義政」
 周囲の惨状を顔色一つ変えずに見回して、まるで他人事のような言葉を口にする少女の名前は木佐川 結(aa4452)……否。
『仰る通り、選り取りみどりではありますが』
 確かに意識は結が主導を握っているが、その肉体は彼女の英雄、水蓮寺 義政(aa4452hero001)が操っている。成る程彼女の暢気な表情に対して、その洗練された動きは見るものにちぐはぐな印象を与えるだろう。
『たまには貴女が働いてくれると嬉しいんですがね……』
 義政は結の中でそのように溜息をつきながらも、弾かれたように少女の肉体を疾走らせた。一拍遅れて彼女のいた場所に複数のゾンビが雪崩込む。辺りは既に敵だらけだ。
 そんな結と並走するひどく小柄な少女がいた。結と同じ白銀の髪と、闇色のドレスを風に靡かせて血に濡れたアスファルトを駆け抜ける。
「……助けなきゃ……死なせない……絶対……」
 10代前半ほどだろうか、あどけない顔立ちの彼女は藤岡 桜(aa4608)。その幼い姿に似合わぬ身の丈以上の大鎌を平然と振るい、ひときわ深く踏み込んだ。
 前方に陣取るゾンビの一体に刃を振り下ろせば、残像が漆黒の三日月を描く。硬質な外皮も鎧も持たぬゾンビは為す術なくその肉体を右と左に分かたれ床に転がった――そんな状態でも昆虫か何かのように腕と足は動き続けたが。
 やりにくい。鎌の汚れを払いながら桜は思う。
『住民の方々を傷つけるわけにはいかないんですから、我慢してください』
 桜の感情を敏感に感じ取ったミルノ(aa4608hero001)が優しく宥める。万一にでも一般人を巻き込んでしまわぬよう横薙ぎの攻撃は控えているのだが、慣れぬ扱いに歯がゆさが否めない。
 事実、既に辺りは敵だらけだが、生存者もまた疎らに点在していた。
 喫茶店のオープンテラス。ゾンビの群れに追い詰められ狂ったように笑う女。
 書店の前。原型を留めぬほど食い荒らされた死体に泣き縋る男。
 中華料理店の前。地面に激しく頭部を打ち付け続ける、右腕を喪失した少女。
 路上中央。体育座りで身体を前後に揺らしながら低い声で何事か呟いている主婦。
「何、なのよこれは……」
 結、桜の後を追い商店街を駆け抜ける鬼灯 佐千子(aa2526)はその光景を前に驚愕を抑え切れずにいた。
 商店街が突如としてゾンビで溢れ返る状況は充分に異常と言えたが、生き残った人々の様子も凡そまともとは言い難い。
 混乱する心を振り払うようにロケット砲を肩に担ぎ、引き金を引いた。連続して発射されるライヴスの輝きが燐光の尾を引きながら喫茶店のオープンテラスへ着弾。
 数体のゾンビが一斉に弾け、血の大輪と化す。爆発の向こう側で呆けた顔をした女性に佐千子は声を張った。
「こっちへ来なさい! 早く!」
 ひとまず一人は保護出来た、そう思った矢先だった。
 女性の表情がみるみるうちに醜く歪み、憤怒の形相へと変わる。
「余計な事ッしてんじゃねェーよッ!」
 そう怒鳴り散らすと、ふらふらとテラスから降り……別のゾンビの群れに近づいてゆく。
「!? ……!?」
『サチコ! 右!』
 女性の反応に戸惑った佐千子に共鳴中のリタ(aa2526hero001)が注意を飛ばす。ハッと我に返り促された方向を向くと、死体に泣き縋る男にゾンビが襲い掛からんとしていた。
 即座に盾を構えてカバーに入るが、男性は周囲の出来事など一切気付いていないかのようにただ咽び泣き続けている。
 そして先程救おうとした女性は今まさに複数のゾンビに群がられ、絶命しようとしているところだった。
(どうなってるの……一体何があったの……?)
 解せない面持ちの佐千子の目前を音もなく矢が通り過ぎた。矢は盾で押し留めていたゾンビの頭部を破砕。更に周囲に散る複数のゾンビにも矢が飛来し、頭部を射抜かれて倒れる。
「……ゾンビは弱い。楽が出来ると思ったが」
 バルタサール・デル・レイ(aa4199)。サングラスに隠されたポーカーフェイス。
 紫煙をくゆらせ、大弓に矢を番えては放ちながら前進し、的確にゾンビを射抜いてゆく。
「ある程度の犠牲は仕方なしとして戦うほかないか」
 冷静に、冷徹に、冷酷に告げられたその言葉を佐千子は否定出来なかった。
 握りしめたグリップが、軋んだ。



 深い絶望に呑まれた母娘が抱きしめ合いながら泣いていた。
 目前に迫ったゾンビから逃げる気力さえ彼女達にはもはや残らされていない。怖い、恐ろしい、けれど助からない、四国も世界も助からない。死ぬ。どう足掻いても死ぬ。希望はない。希望はない。希望なんて何処にもない――。
 そんな絶望に縛られ、彼女達は瞑目し、泣いていた。
『……希望が、ないならさ』
 独り言のような呟きが聞こえた気がした。
 再び母親が目を開けた時、目の前にあったものは見知らぬ人物が二丁の斧でゾンビ達を受け止めている光景だった。
 三つ編みに束ねられたブロンドが躍り、その人物がちらと振り返る。アメジストのような瞳だった。
 秋原 仁希(aa2835)――否、グラディス(aa2835hero001)は一瞬硬い顔をしたが、すぐ猫のように口元を歪める。
『いや、何でもないよ』
 斧を払い、体重を崩した所に一閃、一体の敵の上半身を袈裟に切り落とす。
 更にけたたましい射撃音が連続し、もう一体のゾンビが蜂の巣となって倒れた。
 見れば10メートル以上後方に、艶やかな長い黒髪を靡かせた美女の姿がある。
 長身の美女、文殊四郎 幻朔(aa4487)は涼やかな微笑みを浮かべながら突撃銃を構えると、フルオートで弾丸を放ちながら稲妻のように駆け出した。
 派手な射撃音は開戦の狼煙であると共に、ゾンビと戦う者がこの場に現れた事を示すものとなった。
 音を耳にした住民達が一人、一人と顔を上げる。
 その顔に刻まれた――あまりにも深い悲嘆。
『げんしゃく……みなどーした?』
「少し悲しい事があったのよ」
『かなし? げんき、しゅる』
「そうね、みんなを元気にさせましょうね。じゃ、クロちゃん行くわよ」
 十にも満たぬ幼い少年の姿をした無垢なる英雄、黒狼(aa4487hero001)と心の中で会話を交わした幻朔は、住民に襲い掛かるゾンビを目掛けて銃弾の豪雨を放ちながら疾走。
 微笑みを絶やさぬまま、駆け、引き金を引き、時にはゾンビを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、そして撃つ。
 その様を呆然と眺める住民に優しく微笑みかけながら、幻朔は銃を手に躍った。
(気力……気力ね。今、このヒト達に必要なのは、僅かでも奮い立つ気力を抱く事。その為に私が出来る事は――)
 そんな幻朔の銃撃に紛れ、静かに、精緻に、一体一体射抜いてゆく銃口があった。
「的が多過ぎるわね」
 看板の裏から長大な狙撃銃のスコープを覗くのは、幼い――ちょうど商店街で戦闘中の桜と同じくらいだろうか――少女のリンカー、フレイミィ・アリオス(aa4690)。
 その小さな姿に不釣り合いなほどの理知の灯火を宿した眼差しは的確に状況を見定め、射撃を重ねる。
「百発百中なんて言わせないで欲しいわ。そんなに撃ってる余裕なんてないのよ、こちらには」
 呟きながら、撃つ。
 撃破よりもまず住民の安全を確保する事を優先した彼女は、ゾンビの脚を狙った。その場から移動する術を奪ってしまえば住民を保護する余裕が生じる。
 その判断は、正しい。
 手前から攻める事になる以上、必然的に奥はカバーが届かず、住民の救助が間に合わない事になる。
 だが――彼女の射程は住宅街のほぼ全域をカバーしている。加えて敵の脚を狙う方針の為に、初動で奥の住民が襲われる事態を完全に防いでいた。
『やれやれ、まずは上手くやりましたね。でもこのままだと……』
「分かっているわ。永遠に押し留め続ける事は不可能。あの二人が間に合うまで引き金を引き続ける、それが私の役目よ」
 フレイミィ同様に10代前半の少女の姿をした英雄、亜(aa4690hero001)の指摘に淀みなくそう答える。
 そして、最後に住宅街に駆けつけたのは、ひと組のエージェント達だ。
「参りましたね……出遅れてしまいました」
 軽く肩で息をしながら、キース=ロロッカ(aa3593)は前方でゾンビと争うグラディスと幻朔の背を見て呟く。
 桃色の髪を揺らしながら後を追う匂坂 紙姫(aa3593hero001)は、既に形成されつつある手前の安全地帯にて、震え、嗚咽し、絶望に沈む人々を見つめて表情を険しくした。
『心が折れてるよ、キース君……』
「ええ」
 息を整えながら、キースは状況をひと目で判断し、己のすべき事をまっすぐに見定めた。
「政治学を、応用します」



 銃口の先から伸びるように形成されたライヴスの刃が光の残像を描き、ゾンビの上半身と下半身を分断してゆく。
 住宅街でフレイミィが実践していた事を、佐千子はライヴス・ガンセイバーで行っていた。移動手段を失ったゾンビは緩慢に這いずって動く他ない。
 幾度か錯乱した住民に掴みかかられそうになるがステップでかわし、尚も武器を振るい続けた。切り飛ばし、撃ち抜き、切り飛ばし、切り飛ばし、爆ぜ殺し、切り飛ばした。
 そんなさなか、突如として佐千子の意思とは無関係に肉体が傾ぐ。
『サチコ!』
 脳内で響く英雄の声。見れば足元の死体が起き上がり掴み掛からんとしていた。機敏に察知したリタが瞬間的に肉体の主導を握り、回避したのだ。
 態勢を立て直し、たった今起き上がったばかりのゾンビの頭部に刃を深く突き刺しながら、『気持ちは分かるが、少し冷静になれ』諌めるようなリタの声に怪訝な顔をした。
 私は冷静よ。そう言い返そうとして、自分の頬が強張っている事に気付く。
「……だって」
 いや――本当は分かっていた。冷静を装う裏で自分の中の感情が徐々に加速してゆくのを感じていた。
 目の前の惨状は佐千子の冷静をじわじわと奪ってゆく。
 ヒトが、死んでゆく。
 泣きながら、叫びながら、笑いながら従魔に肉体を食い荒らされ、死んでゆく人々。
 彼らは手を伸ばそうとも罵倒し、時には逆に襲い掛かり、そして自ら破滅した。

 全てを救う事などこの人数では土台不可能だった。

 シャドウルーカー、バトルメディック、ジャックポット、ジャックポット。バランスの良い配分だが手数そのものが足りていない。せめてあと一人いればもう少し違う展開もあったかも知れないが――やはり全員を救う事は不可能だっただろう。
 それでも諦めきれぬ桜が賢明に前に出て鎌を振るった。
「……!」
 道端に傷を負った一般人が蹲っていた。
 だが、回復に一手消費すればゾンビの接近を、攻撃を許す。倒した先からまた敵が現れる。癒やす猶予が許されない。
 無論、圧倒的に手が足りぬ中でも彼女達は全力を尽くしていたと言える。
 いや――本当にそうか?
“あなた達のおかげで私が生きていられる――”
 あの時の言葉に、今私は胸を張って頷けるか?
『危ない……!』
 頭の中にミルノの切迫した声が響いた。
 ハッと我に返り、目の前に迫っていたゾンビの攻撃を鎌で受け流し距離を取る。
 まだだ。まだ、救う余地はある。
「……絶望……しかない……希望が……ない……そんなこと……言わせない……」
 他方。
 高速で疾走る結がゾンビの一団に斬りかかろうとしたその時、横合いから唸りを上げて鉄パイプが繰り出された。
 紙一重で回避してから鋭角的な足運びで距離を詰め、鉄パイプの主の足を払う。
 その場に転倒したのは――腕から流血する幼い少女。
 一度は苦痛に歪んだ顔も、その瞳に憎悪さえたたえて再び鉄パイプを振るわんとした為、結は、或いは義政は少女の腕を強く踏み付けた。
「ッ、ア、アアアアア!!」
「……義政、斬るなよ」
『さてはて、もう数年たてば好みかも知れませんが、今は』
「てめーの首集めの趣味なんか興味ねえよ、金が一番だ。報酬減らされるような真似すんなよって言ってんだよ」
 少女の腕をぎりぎりと踏み締めながら自らの英雄と軽口を叩きあう結。少女は苦悶の中にも明確な怒りを滲ませて、吠えた。
「お金!? お金なんだッ! 結局金かよ、クソ小汚いヒーローがッ! あたしのお母さんも救えない癖にッ!」
「知るか」
 結は心底どうでも良いといった様子でそう吐き捨てた。少女の怒りも、少女の母親が何時死んだのかも、何故死んだのかも、或いは“あそこでうようよしている中のどれなのか”も、結にとっては無価値極まりない情報だった。
 あまりの怒りにさっと顔色を青くした少女を、結は嘲るように見下ろして告げる。
「拝金主義者、守銭奴、黄金の奴隷。どれも褒め言葉だね、金がない奴なんてどんなに高潔でも、何もできやしない。いいか、金は全ての基準にして絶対の力だ。命だって金で買えるんだよ。HOPEのスポンサーがどこであれ、その資金は民衆から出る。そして私らはその金であんたらを守る。ほら、買えるだろ?
 あんたらは常に緊急時の命を買ってるのさ!」
 理解出来ない。何一つ理解出来ないししたくもない。少女の表情はそのような心の声を如実に表していたが、同時に絶句していた。
 理屈としても感情としても軽蔑すべきと感じるこのエージェントに、言い返すだけの信が今の少女にはない。
 少女の顔に屈辱の色が混じった時――その声は掛けられた。
「嘆きなさい。怒りなさい。恨みなさい」
 手近なゾンビを斬り倒した佐千子が、視線だけ振り向いて彼女達を見ていた。
「好きなだけ、叫びなさい」
 三連射撃で遠方の敵を射抜きながら、佐千子は告げる。
「……その代わり、生きなさい」
 それが、生きる気力になるのなら。

 そのような中、バルタサールは淡々と敵を撃破した。
 幾度か住民に罵声を浴びせられたが無視をした。もう駄目だと思う住民は見殺しにした。
『強い強い、バルタサール、つよーい、すごーい。かっこいいー』
 共鳴中の英雄、紫苑(aa4199hero001)は既にこの状況に飽きており、自らの髪を人差し指で弄びながら棒読みの実況などを加えている。
 錯乱して襲い掛かってくる数名の住民を回避し、紫煙をくゆらせながら三連射撃を放つバルタサール。遠くのゾンビが三体同時に倒れ、紫苑が笑った。
『おーっとバルタサール、三枚抜きだー。強いなーかっこいいなー。このまま世界を救ってしまうのかなー?』
「……おい、真面目にやれとまでは言わんがな」
 それまで無視を決め込んでいたバルタサールが久方振りに口を開く。
「俺が世界を救うなんて冗談はやめろ」
『ふふ、ごめんごめん。ところで今更僕が指摘をするまでもないとは思うけれど……住民の様子、おかしいね?』
「ああ。この不自然な錯乱。催眠、洗脳状態にあると見て間違いない。とくればだ……」
 目前に立ち塞がったゾンビを蹴り倒し、胸を踏み付けながら至近から矢を放ち、頭蓋を砕く。
 サングラスの奥の瞳が――凍った。
「もうひと仕事、だな」



「何故、助けようとするの?」
 背に護る住民の一人がそのように問うた。
 彼らの絶望で塗り潰された表情が、“どうせ助からないのに”と言外に告げていた。
「……生きようとしない人たちは、救えないわ」
 幻朔は微笑みながらも敢えてそう答えながら多量の刀剣を召喚し、目前のゾンビを刻んだ。嵐が如き攻撃に敵は無数の肉片と化してアスファルトに降り注ぐ。
「でもね。諦める事は何時でも出来るけど、諦めない事は今しか出来ないの。私たちは諦めないわよ、この四国も貴方たちも。絶望の中にも希望は必ずあるのだからね」
 何でもない事のように告げられた言葉に困惑の色を見せる住民達。
 押し潰されそうな程の不安の前では、屡々希望は苦痛でしかない。
 何故なら大抵の場合希望は嘘つきだし、中途半端だ。
 そして半端な希望では今の四国を蝕む絶望は覆らない。
 けれど住民達は、もしかしたらと思い始めていた。
 彼らならば縋りついても良いのだろうか。彼らがいるから大丈夫だと思っても良いのだろうか?
「……全く、こんなクサイ台詞言わないといけないなんて、正義の味方も大変ね」
『たいへん……げんしゃく、がんばれ』
「ありがと」
 再び押し寄せるゾンビを目にして頭上に数多の武器を召喚、迎撃の構えを取りながら前へ前へと歩いてゆく幻朔の背を見つめ、住民達の瞳にうっすらと光彩が戻り始める……。
 他方。
 蹲り、嘆き、慟哭する住民の一人が、とうとう道端に転がっていた木片を拾い上げ、自らの喉を突こうとした。
 既の所でこの手首を掴み上げたのは――フレイミィ。
「ふざけないでくれる」
 呆けたように自身を見上げる住民の頬をフレイミィはしたたかに張った。
 その瞳に怒りさえ滲ませながら住民の手首を強く握り、木片を取り落とさせる。
「死にたがりをゾンビから守りながら説得なんて一々してる余裕はないの。手間をかけさせないで。……ならなんで止めるのかって? 当たり前でしょ。嫌なのよ、目の前で死なれるのが。
 だから今ここに私がいる限り諦めず貴方達を止めて、生かし続けるわ、覚悟しなさい」
 だが住民も言う。私も嫌だ。どうせ助からないのに、これ以上怯えて暮らすくらいなら死ぬ方が楽だ。
「ふざけないでくれる」
 再び告げたフレイミィの鋭い瞳に宿っていたのは、怒りではなく、何処までも真っ直ぐな矜持だった。
「終わらせないわ――私達が」
 他方。
 もう何体目か分からぬゾンビを斬り伏せたグラディスは、直後、機敏に敵の気配を察知して振り返る。
『――――』
 遠い。
 住宅街エリア最奥部で複数のゾンビが住民達を襲わんとしている。
 だがグラディスの移動速度では間に合わない距離におり、遠距離攻撃に切り替えようにも手数が足りない。
 用意して来た“クリアレイ”は既に幾度か試した結果効果がない事が判明している。
 そして――住民達は全てを諦めた空虚な顔でただ己の運命を受け入れようとしていた。
 この瞬間だ。
 住民達の虚ろな表情を見た瞬間、グラディスの中で何かが弾け、無意識の内に叫んでいた。

『――希望が無いなら! せめて人間らしくあればいい!』

 人々の視線が集まる中。グラディスは己がどんな表情を浮かべているかさえ自覚せぬまま叫び続ける。
『ほら! 逃げるんだ! 僕らがキミ達を守りきれる所まで! そこで死んだら食い荒らされてしまうよ!
 どうせ死ぬなら綺麗に死のう? 安全なところまで逃げたら綺麗に死ねる!』
 まくし立てるグラディスの姿に、住民達が、幻朔が、フレイミィが――誰よりも仁希が驚いた。
 グラディスが、叫んでいる。
 グラディスが――怒っている。
『化け物になってしまったら? 僕たちHOPEがいる! 君たちが嘗ての隣人達を食い荒らしてしまうのを止めてみせる!
 君たちが"人間"であったことを――守ってみせる!』
 それは決して住民達への憤りではない。
 何の矜持もなく生死の狭間を弄ぶ行為。絶望と醜悪を無造作に振り撒く所業。
 四国の現状を引き起こしている、未だ顔も名前も知らぬ元凶への強い怒り。
 信ずる神の名も祈りの文言も忘却して久しいが、彼女の魂は聖職者としての矜持を今も確かに憶えている。

『希望を捨てたとしても! ヒトであったことまで捨てないで!』

「……グラディス」
 仁希が彼女を冷静になるよう諌めようとしたその瞬間だった。
 グラディスの言葉を受けた住民達の瞳に、一人、一人と光彩が戻る。
 そうした彼らは突然はたと我に返ったように刮目し、そして目の前のゾンビの群れを“恐怖して絶叫した”。
 次々とゾンビから離れ、エージェントのいる方へ駆けてゆき、そして……。

 掃討されつつあるゾンビ。敵のいないエリア手前により集められた住民達。
 希望を取り戻した者達もちらほらと見受けられたが、未だ多くの者がその表情に深い悲愴をたたえていた。
 そんな人々の前に――キースが立つ。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。まず、この中でゾンビに噛まれて死んだ人はいますか?」
 唐突の言葉に住民達は困惑した。“死んでいるのに返事が出来る筈がないのでは?”、そんな疑問を囁きながら皆戸惑った。
「ゾンビは全て、彼らに襲われた犠牲者です。従って、皆さんは死なない限り彼らの仲間になる事は有りえません。
 想像してみてください。ゾンビとして隣人を襲い、また『殺される』。これほど酷いことがありますか?」
 キースは、言葉の力でこの事件に臨まんとしていた。法学部に身を置く彼ならではのアプローチとも言えるだろう。
 果たして今の言葉は、深く絶望する住民達の心から、更に不安を煽る結果となる。散々に夢想した凄惨な未来を、トラウマを再び突きつけられ、彼らは絶句してしまう。
 だが。
「……ですが、今ならまだ間に合う。貴方達には二つの道が残されている。人間としての尊厳を捨ててしまうか、そうでないかです。
 古くは空海が愛し、平家が本拠地を構えた八島を抱え、多くの偉人を輩出し、多くの人が旅愁の念を抱くこの四国を――
 未来に繋ぎたいというのなら、ボク達は全力で支援しましょう」
 ここで紙姫が持参したラジカセ・コンポのスイッチを入れると、アイドルリンカー達の歌声が流れ始めた。
 日常的に人々が耳にしていたメジャーなメロディがHOPEを、希望を連想させる。
「ボク達は襲い来る脅威から皆さんを守ります。皆さんは避難を、可能であれば怪我人の援助をお願いします。ボク等だけでは零れ落ちる命も、一緒なら必ず救えます。
 ……四国に、再び希望を取り戻しましょう! 一緒に!」
 そこまで告げてから、キースは住民達の反応を待った。
 一秒、二秒、三秒……。多くの者が沈黙する中、その変化は徐々に表れてゆく。
 ある住民が、隣に立つ者の傷を手当てし始めた。
 ある住民が、一人で嗚咽する少女に優しく声をかけた。
 ある住民が――未だ絶望に沈む者を賢明に勇気づけようと語り掛けた。
 希望は示された。
 全員の正気を引き戻す事は出来なかったが、絶望が伝染するというのなら、希望もまた伝わるものだ。時間は、かかるかも知れないが。

 従魔掃討は程なくして終了。早期に片の付いた住宅街エリアを担当した者達が商店街にも加勢し、作戦は終了した。
 救助を果たした住民の数は両エリア合計で三分の二程度。治療の為、全員が専門に設立された医療施設へと輸送される運びとなった。
 そして……。



『女の子だ……赤毛の女の子が急に現れて、それで……俺達に“何か”を言った……それからだ!
 得も言われぬ不安がじわじわと頭ん中を埋め尽くして……。名前? ああ、確かこう名乗ってたな――』

 キースとバルタサールが住民から聞き出した情報を頼りに、バルタサールと桜の二人は事件の犯人を捜索していた。
 時刻は既に夕刻。商店街と住宅街を抜けた先に広がる小さな公園に辿り着くと、遠くに広がる堤防に沈む巨大な夕日が一望出来た。
 その橙色の輝きの中に――ぽつんと、堤防の上を歩く二人の人影が混じっている。
「……あれ……」
 桜が指を差し、バルタサールが目を凝らす。逆光が二人の姿に影を落としていたが、片方が如何にも気弱そうな少年であり、もう片方が和装に身を包んだ“赤毛の少女”である事は確認出来た。
(情報を聞き出したかったが、一足遅かったか……)
 やがて少女達が夕日の中に染み入るように姿を消すのを眺めながら、バルタサールは紫煙を吐き出す。
 少年と少女。和装。赤髪。住民から得た特徴と一致する。
 恐らくはあの少女が洗脳能力を持つ敵性体――“芽衣沙”。
 やがて仲間への報告の為にスマートフォンを取り出した二人の鼻が、“何か”を察知した。
 振り向いた先にあったものを見て、桜は思わず息を呑む。

 砂場の上に“ヒトの部品”が並べられていた。
 腕が、足が、胴が、長い内蔵が並べられ、“たのしかったよ”の七文字を形作っていた。

「……お行儀の良いお嬢さんだ」
 一言、そう呟いたバルタサールは煙草の吸い殻を踏み潰し、用済みとばかりに踵を返す。
「…………」
 桜はただ、立ち尽くした。
 可能であれば改心を。そんな風に考えていた己の信条が根底から揺らぐ感覚の中で……ただ、何時迄も立ち尽くした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
  • 高潔の狙撃手
    フレイミィ・アリオスaa4690

重体一覧

参加者

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • エージェント
    木佐川 結aa4452
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    水蓮寺 義政aa4452hero001
    英雄|23才|男性|シャド
  • 開拓者
    文殊四郎 幻朔aa4487
    人間|26才|女性|攻撃
  • エージェント
    黒狼aa4487hero001
    英雄|6才|男性|カオ
  • 薄紅色の想いを携え
    藤岡 桜aa4608
    人間|13才|女性|生命
  • あなたと結ぶ未来を願う
    ミルノaa4608hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 高潔の狙撃手
    フレイミィ・アリオスaa4690
    獣人|12才|女性|命中
  • 宵闇からの援護者
    aa4690hero001
    英雄|12才|女性|ジャ
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