本部

【屍国】奇病蔓延―無垢なる贄の逃避行―

山鸚 大福

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/25 10:17

掲示板

オープニング


 涼やかな秋の夜。
 月光に照らされた山々を風が吹き抜け、ざぁっと草木の葉を鳴らしていった。
 風流を感じさせるその山中に見えるのは、一人、その月を見上げて微笑む、青白い肌をした女性の姿。
「そろそろ、種が芽吹きますね……」
 凹凸の少ないなだらかな長身を、和服で包んだ青白い肌の女性……ヨモツシコメ三姉妹の一人、夜愛は、微笑みを湛えてその夜を楽しんでいた。
 策を立てる者は、大きく動く必要はない。
 事の準備を終え、状況を整え、思考を巡らせた後……やることは僅かで事足りる。
 彼女は既に、四国制圧に向けた最初の一手を放っていた。
 それは誰にも気付かれず、悟られず……。
「この地だけではなく、いつかあの月も、ミカド様に献上したいものです」
 四国の大地を、蝕んでいたのだ。


――――Link・Brave――――


 屍国編
『奇病蔓延―無垢なる贄の逃避行―』


―――――――――――――――


 ――高知県・某中学校――
 

 パチン。
「なんかさぁ、最近休みの奴多くないか?」
 鬱陶しそうに蚊を潰しながら、一人の男子生徒が友人に話しかけていた。
「だな、学級閉鎖にでもなったらどっか行こーぜ」
 その友人、八戸渡は話しながら気楽に笑う。
 この中学校では近頃、病欠による欠席者が増えている。
 先生の早退なども目立っていたし、職員室は慌ただしい……。
 山などにも決して近づかないように念をおされていたが、それが自分達の危険に近いものとは、彼ら学生は感じていなかった。
「今なら生でエージェントでも見に行けるかもな」
「見れるとしたら事件現場だろ、さすがにあぶねーって」
 創造の二十年、その最中に産まれた彼らにとって、従魔や愚神に関するニュースはありきたりなものだ。
 むしろ、エージェントの活躍が映像で見られる、娯楽のようにさえ思えている。
 エージェント達は、一般人、とくに子供の憧れの対象になりやすい。
 人間とは異なる力で愚神達と闘うエージェントの姿を見れば、子供がそうした憧れを抱くことは無理はない。
 HOPEやエージェントがいる安心感を、子供は無意識に感じているのだ。
 それは世界に能力者の活躍を発信するHOPEの活動の成果であり、常識であり。
 だからこそ、彼らは自分達が危うい平穏の中にいることに、気付くことが出来なかったのだろう。


 その日、中学校の周辺地域で警報が鳴った。
 内容は従魔の出現を知らせるもので、迅速に討伐を終えた為、警報はすぐに解除された。
 しかし……それは発端に過ぎない、ささやかな事件。
 無数に蒔かれた種の一つが芽吹いただけで、これから始まる事の予兆に過ぎなかった。
 芽吹きは、時期を迎えれば早いものだ。
 青白い死の花は四国の中で、静かに……そして一斉に開花の時を迎えようとしていた。
 無垢なる住民達を、糧としながら。


 ――HOPE東京海上支部・オペレータールーム―― 


 東京海上支部のオペレータールームは、慌ただしい空気に包まれていた。
「はい、ゾンビの集団ですね、地域は?」
「HOPEです、緊急ですね、落ち着いて状況を……」
 相次ぐ救難要請は途切れる事がなく、オペレーター達は激務に追われる。
 ほとんど全てが、四国からの緊急のものだ。
 四国で発生していた新型感染症、それにゾンビ型従魔に関する報告は、ある時期を境に爆発的に広まっていた。
 地域は高知、徳島、愛媛、香川、四国全ての地域に広がり、人口密集地帯や山脈周辺地域を中心に、その報告がHOPEへもたらされていた。
 増えていく感染報告、従魔化の知らせは止むことがなく……画期的な対策を取る間もなく、感染地域を示す赤い領域が、四国の大半を覆い尽くしていく。


 高知と愛媛の県境。
 中学生である八戸渡が、放送により避難を促されたのは深夜の事だった。
 父の運転する車に乗り、車内のラジオから流れる放送に耳を傾ければ、四国のあちこちに、ゾンビ型の従魔が出ているらしい。
 ここ数日頻繁に聞いたが、避難指示が出るなら、いよいよ危険と言うことなのだろう。
(あいつら、逃げれたのかな?)
 病気で休んでいた同級生達をぼんやりと思い浮かべ、SNSで友人達に連絡を取る。
 何人かの友人から返事はあったが、半分ほどの友人からは、なんの返事もない。
 休みが多いと数日前に語った友人も……なんの返答もしてこなかった。
 返事がない事は珍しくないが、避難を促された今だからだろう……胸がざわついて、不安が鎌首をもたげてくる。
 しかし……それだけだ。
 何かが出来るわけではなく、ただ不安の中、車で避難をすることしか、彼にはできない。
 車が山道のトンネルに入り、電波が弱くなった。
 スマホの画面をぼんやり眺めていた彼は、ため息と共に車の進む先を見る。
 聞こえるクラクションの音、前方の車が止まっているのに気付いて、彼は父を見る。
 車が止まった。
「渋滞っぽい?」
「煙あがってるし事故かな……止めて歩いてくか?」
 ハンドルを握る手を軽く掻きながら、渡の父が言った。
「やだよ、大阪の叔母さんのうちまで歩きとか」
「だよなぁ、俺もだ」
 あっはっはとおおらかに笑う父は、車の先を眺めながら、しばらく待つか、と、そう口にした。
 男手一つで育てられた渡だが、この父は嫌いじゃない。
「……?」
 そんな中で渡は、前に並ぶ車から、人が降り始めた事に気付く。
 渡の父が、呆れたように口を開いた。
「野次馬か? 事故現場なんてよく見る気になるな」
 そう言ってる間にも、複数の車から続々と人が降りて……何かから逃げるように叫びながら、血相を変えて車の横を走り去っていく。
 その内の一人に、バンバンと車の窓を叩かれた。
「……どうしましたか?」
「ゾンビだよ、事故車から出てきた、あんたらも逃げろ!」


 この時彼らは、ようやく気付きかけていた。
 今の時代は、決して平和などではないことを。


 トンネルを走って逃げようとした渡達は、外に出ようとして気付く。
 先に逃げ出した人間達が、無数の鳥や動物に襲われている。
 動物……そう思っていいだろうか、身体が腐敗したそれは、どう見ても、まともな生き物ではなくて。
 山に入るなと先生が言ったことを、渡は今さらのように思い出していた。


 きっともっと早く、気付いてなければならなかったのだ。
 従魔は、いつ誰に牙を向いてもおかしくないと。
 今この時代は、愚神達との闘いの中にあることに……。


 ――HOPE・東京海上支部―― 


 きちりとした七三分けのHOPE職員が、能力者達に依頼の概要を話していた。
「あなた方には、高知県、愛媛県の県境のトンネルに取り残された人々の救出を依頼します」
 彼はそう告げると、それぞれに参照となる資料のデータを送る。 
「四国各地でこのような事件が発生していますが、あなた方は、あなた方の救助対象者に目を向け、迅速な救助を行ってください」

解説

【依頼内容】
 
高知・愛媛県境のトンネルにいる人の救助

【詳細】

霊力技術を利用し建設された、高知、愛媛の県境のトンネル(全長四.五キロ)から、民間人を救助せよ。
以下作戦内容
1.
ヘリコプターで四国まで移動、その後近隣に手配した二台の車両で可能な限りトンネルに接近。
(トンネル周辺は従魔が生息しており、ヘリコプターでの移動は危険を伴う為、このような措置となりました)

2.
 従魔の攻撃を避けながらトンネルに先行し、一般人の救助を行うチームA、周辺の従魔を駆逐していくチームBに分かれ行動。
 救助対象者を迅速に保護した後、周辺の従魔が駆逐され安全の確保が充分と判断されたら、通信機で救急車両と運送車両を呼んでください。
それに救助対象者を運び任務完了となります。


※リプレイ中、1.の間の描写は極力省きますが、プレイング内容によっては描写する可能性があります。
 また、この作戦はあくまで職員が立てた目安であり、他の作戦を組んでも構いません

【救助対象者】()の中はPL情報
・男女合わせ十数名、死亡者有り
(PL情報:実人数四十六人。二十人ゾンビ化、五人は車の中におり意識不明、六名負傷、十五人(渡、渡の父、その他多数)が健在で、トンネルの中でゾンビから逃げている)

(PL情報:任務中、一名(渡の父)が新型感染症と思われる症状(肌が青白くなる)で意識不明、外傷無し。負傷者と意識不明者は、対処されない場合新型感染症によりゾンビ化、負傷者以外外傷無し)


【登場従魔】

・ゾンビ
 人がゾンビ化した従魔、遅い、弱い、しぶとい。

・その他ゾンビ
 鳥、犬、猿、大猪

 鳥は素早く、犬は命中が高く、猿は群れで、大猪は攻撃力高めの突進で襲ってきます。
 大猪の力はデクリオ級ほどあり、生命力も高いので油断は禁物。

生息場所
トンネル【ゾンビ(人・犬)
トンネル外【ゾンビ(鳥、犬、猿、大猪)



【作戦時間】
トンネル周辺到着時間(深夜二時半)~終了未定

リプレイ



 時刻は深夜。
 トンネル前に多数の従魔を確認した能力者達は素早く車を道の端に停め、迅速に行動を開始した。
 向かう先は、分かっている。
 何をすべきかは、分かっている。
 武器を取り、アスファルトを踏みしめて……救出に向けての強行突破が始まった。


●腐獣の道


 トンネル手前、何かを襲う獣の姿と悲鳴のような声を聞いた時、虎噛 千颯(aa0123)は白虎丸(aa0123hero001)と共鳴し、走り出していた。
「これ以上悲劇は繰り返させねぇ!白虎丸行くぞ!」
『無論でござる。救える者は全て救うでござる!』
 それに続き、救助班……ツラナミ(aa1426)、クレア・マクミラン(aa1631) 、秋津 隼人(aa0034)、ゼノビア オルコット(aa0626)、の四人が疾駆する。
 目指すのは一路、トンネルだ。
 その五人の行く手を阻む鳥の一匹に、1.2mの砲……メルカバから放たれたHEAG榴弾が炸裂した。
 辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)の砲撃に、闇夜が一瞬、赤い光に包まれる。
「道は私達が作ります」
 進路を塞ぐ従魔は予想より多く、能力者達が現れた事で次々と山から姿を現してきた。
 霊力技術を利用したトンネルが誘引灯のように従魔を誘い、引き寄せていたのかもしれない。
 救助班とトンネルの距離は百メートルもないが、その間に二十を越える従魔の一群が、能力者達を阻んでいる。
 そんな中の一匹倒した程度で影響はないが……爆音を響かせ注意を引かせられれば充分。
 救助班の進行を補助することが、現時点での最優先事項だ。
 救助班が遅れれば、助かる人間も助からない。
「温存は難しそうね」
 英雄のアムブロシア(aa0801hero001)と共鳴した水瀬 雨月(aa0801)は、他の討伐班の面々と駆けながら、身に纏う黒衣のドレスの力で思考を加速させ、迅速、的確にその状況を判断する。
 救助班の前方に群れる従魔は十を越え、温存すると救助班の行動に支障が出る。
 今この局面……術の扱いが得意な雨月でなければ、味方を巻き込まずに道を開くことはできないだろう。
 彼女は霊力により焔の華を咲かせ、燃え盛る業火で、従魔達を焼き払い。


 ――その焔の中を、何かが突き進んだ――


 それは救助班のすぐ隣を突き進み、火の粉を散らしながら、討伐班に振り分けられた五人の元へと駆け抜けていく。
 巨大な猪……従魔化し動物としてのリミッターが外れたそれは、化け物と呼べるほどに凶悪な存在。
「っ……!」
 ゼノビアはそれに足を止めかけ……振り返らずに、トンネルに駆けていく。
 千颯も、クレアも、隼人も、ツラナミも振り返ることはない。
 今まさに襲われてる人々を救うため、少女は銃を抜いた。
 背後から聞こえる闘いの音を、その耳に聞きながら。


 炎を突き抜けてきた猪の巨体を、一人の少年……GーYA(aa2289)が受け流し、見事にいなした。
 ひゅぅっと、水落 葵(aa1538)が口笛を鳴らし称賛すると、それに応じるように少年が動く。
「はぁ!」
 手に痺れるような感触が残ったが、そのまま巨大なその剣で、大猪の胴を薙ぐ。
 柔らかい肉に剣が沈むがまだ浅い。
 その隣……猪を相手にするジーヤの先に向かった葵は、黒々としたその鎌……グリムリーパーを、救助班に向かおうとした数匹の犬に振るった。
 距離は離れていたが、鎌の先から放たれた霊力が犬の一匹を捉え、小さな爆発を起こす。
 燃え盛る炎、爆音。
 存在感を示す討伐班の行動に、獣達の意識が集まり……そこに放った構築の魔女の閃光弾が夜の山に眩く輝き、獣や鳥達の眼を奪った。


 救助班はその間に、人間を襲っていた従魔を霊力の糸で捕らえ、銃を放ち仕留めていく。
 その間に残りの三人が負傷者を担ぎ、霊力での簡易の治療を施しながら、トンネルへ駆けていった。
 けれど、油断は出来ない。
 トンネル近くの木々から飛び出してきた黒い二頭の影が、救助班を追おうとする。
 駆ける足を止めず接近した雨月が、その手に持つ本を開こうとした時……。
 無数の刃が、犬達を切り刻んだ。
『喰らうは狼が牙! 紫ノ眼恋が参る!』
 紫ノ眼 恋(aa4491hero001)……猛る狼の声。
 それを聞きながら、銀 初雪(aa4491)がトンネルの奥に去っていく仲間達の背中を見送った。
「……頼むで。俺達は俺達の、出来ることを、する、から」
 救助班の進路の確保は、これで充分だろう。
 黒いドレスを纏った少女……雨月が空白地帯となったトンネル近くを守り。
 ジーヤと構築の魔女が、猿の群れに突っ込んだ大猪を相手取り……。
 魔女に近付こうとする従魔を、葵の鎌が狩っていく。
 なら初雪は……この道路上の獣達を喰らい、蹴散らし、勝利を掴むまで。
 虎の紋様の浮かぶ手を、真上に伸ばす。
『疑うなよ雪。あたし達は勝つ、絶対に勝つ。この牙にかけて勝利へと導こう』
 英雄の言葉。
 勝利を信じる、その誓い。
「ああ、絶対助ける。……助けるんや」
 確たる意思を牙として、有象無象の動物達を喰らう、気高き狼の顎が開く……。
 その牙とも呼べる多数の大剣が、空に現れた。
 彼の技は、雨月のように器用に狙うことは難しい。
 けれど……その破壊規模は、この討伐班の中でもっとも広い。
 多数の大剣が、勢いよく大地へと……そこにいる従魔へと襲いかかる。
 本能と恐怖を失った動物達へ、鋭い刃の雨が降り注いだ。


●今を繋ぐ為に


 霊力技術が利用されているだけあってトンネルの中は明かりに照らされていた。
 そんなトンネルの中、先頭を走るツラナミはぼやくように呟く。
「ようやっと極寒の地から帰ってきたかと思えば……また、こいつらか」
 流行ってんな、そんなことを思った時、英雄……38(aa1426hero001)の声がした。
『ゾンビ‥…B級、ホラー……はや、り……かも。ウォーク、なんと…‥か、とか』
 その間にもトンネルの先に向かい駆けながら、彼は自分の視界が明瞭になるのを感じた。
 他のエージェントからの、暗所への視覚補助だろう。
「……お前、いつの間にそんなどうでもいいモン覚えてきたの」
 流行に乗った英雄に返しつつ、視覚補助が残ってる間に、霊力の鷹をトンネルの奥に放つ。
 視線の先に事故現場が見えた。
 それより向こうの状況は、優れた鷹の視覚で、38が確認する。
『3km、先……ゾンビ……危ない。あと、車……中の人達は……』
 共鳴して感じる言葉とイメージを情報として処理しながら、他の救助班より先へ彼は進んだ。
 影が行く。
 事故車の上を駆け、苦無でゾンビの一匹を穿ち、目的地へと走り出す。
 事故現場から救いを求める声や、喜びの声が聞こえたが、今はそれもただの雑音に過ぎない。
 車内を然り気無く確認しながら、足を止めずに駆けていく。
 ツラナミは、駆除する従魔の優先順位を既に把握していた。
 彼は暗殺者だ。
 暗殺者の彼の役割は、従魔が一般人を殺すより早く、その従魔を殺す事であるとも言えるだろう。
 その行動は、一部の乱れを見せることもなく。
 救助や討伐に、気負いを見せることもなく。
 彼は今日も仕事の場に、その身を投じていた。


『まずは死なせないことよ。あとはわかるわね?』
「あぁ。負傷はよっぽどじゃない限りはこっちでやる。診るのは任せた」
 並べられた三人の負傷者を前に、クレアと千颯、ゼノビアが応急措置を施していた。
 外にいた三人は負傷が酷く、放置をすれば事故現場の救助が終わるまで間に合わないと判断されたからだ。
 事故現場には隼人が向かい、先に安全の確保を行っている。
 この処置が終われば、クレアとゼノビアも事故現場での救助に向かうことになる。
 直接従魔に肉を食われていた三人に対して、軍医や医者であるクレアとその英雄、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の診断と治療、その指示は不可欠とも言えるだろう。
『クレアちゃん、カード』
「了解。診断を、ドクター」
 メディカルカードを衣服に縫い付け、その健康状態を確認する。
 今回の患者は霊力の減少が酷い。
 肉体的には一命を取りとめているが、霊力が乏しい為に活力がなく、衰弱が酷い。
 けれどそれも、千颯が補ってくれている。
 患者の手を握り、霊力を流し込む千颯を見ながら、三人目の処置を終え……クレアはすぐに立ち上がった。
 霊力の供給もされるなら、死ぬことはないだろう。
 なら、今は、事故現場での救助を急ぐべきだ。


 ウレタン噴射器から放たれた粉が、ガソリン漏れをしていた車の穴を塞ぐ。
 空になったウレタン噴射器を収納して、隼人は眼前の光景に眼を向けた。
「これが……四国の現状、なのか。酷いな」
 見ること、それは眼前に広がる景色を受け入れることでもある。
 事故現場では大きな火事などは発生していなかったものの、生々しい血の跡が車についたものや、フロントガラスがひしゃげ窓ガラスが割れたもの、横向きの車が押し潰された無惨なものまであり、その惨状を物語っていた。
 事故の瞬間の状況を想像して、隼人は心を痛めた。
『愚神どもめ、こちらの予想を超えてメチャクチャやりおるの。早く殲滅せねばな』
 その胸中、共鳴した英雄、椋(aa0034hero001)が、事故現場の様子にそう語る。
 四国で何が起きているかは分からないが、これを引き起こした存在を早々に突き止め、滅ぼすべきだろう。
『が、しかしその前に……』
 眼前に広がる事故現場、その奥から歩いてくる複数の影を見て、椋はそう言葉を繋ぐ。
「目の前の惨状を、切り開く。その為に、今ここに俺達はいるから」
 ゾンビだ、先行するツラナミが残したということは、すぐに害はないのだろう。
 けれど放置すれば、救助はすぐに行えない。
 青年は、薙刀を構えた。
『んむ、ゆくぞ!』
 英雄からの声を聞き、彼はゾンビ達へと駆け出した。
 その両眼を、しっかりと開いたまま。


 暗所に対する霊力での視覚補正は、百秒程度しか続かない。
 既にその力は失われていたが、その間に、ツラナミが鷹の眼で救助者の確認も済ませている為、救助対象のおおよその位置は把握していた。
「ゼノビアさんは、ここに書かれた車の確認を」
 メモ帳に走り書きをしたクレアに、ゼノビアはこくんと頷き、目的の車にかけていく。
 ツラナミが発見した救助対象……確実に発見できる人物の搬送をゼノビアに任せ、クレアは一つ一つの車の確認を開始する。
 車の周囲を調べてからドアを開けると、その後部座席に転がっていた負傷者を迅速に運び出し、処置に当たる。
 命の現場。
 それに長く触れてきたクレアや、その英雄であるリリアンは、その砂時計の落ちる速さを知っている。
 その砂時計が落ちるのを感じながらも……焦燥や緊張に囚われず、負傷や怪我を理性で判断しなければならない。
「ドクター、診断を」
『外傷なし、皮膚の変色と霊力減衰。新型感染症ね』
「了解」
 クレアは行きの車でツラナミから渡されていたヒールアンプルを取り出すと、それを患者の皮膚に当て、ボタンを押した。
 無針で薬を投薬できるそれは、肌から直接霊力を流し込み、霊力を供給する。
『傷が酷くないなら持つはずよ、アンプルがなければ直接供給でいきましょう』
「了解」
 先程の三人と同じようにメディカルカードをつけると、クレアはその患者を運びあげ、搬送を始める。
 それにしても……やはりというべきか、このトンネルの事故はHOPEの報告にあった規模との齟齬がある。
 ツラナミや隼人、ゼノビアからクレアにもたらされる生存者の発見報告は、HOPEから来ていた報告を越えていた。
 もっとも、その可能性を見越し、既に受け入れ先の病院に連絡を入れていたクレアは、とくに慌てる様子を見せないが……。
 その密かな功績を誇るでもなく、彼女は黙々と意識不明者の搬送を始めた。


 どうして、こんな事件ばっかり、起こる、です……?


 簡単な消火を終え、救助者を探し……車の中にいる小さな兄弟の泣き声を聞いたゼノビアは、筆談で英雄……レティシア ブランシェ(aa0626hero001)に訊ねた時の事を思い出していた。
 たくさんの人が苦しんで、いろんな人が悲しんで、人の命が失われていく。
 それが悲しくて、ついレティシアに書いてしまった言葉。
『……さぁな』
 そっけない返事、ちょっとムッとして、文字を紙に書こうとして……。
『あんま一人で背負い込むなよ』
 それはぞんざいだけど、どこか心配するような、そんな響きを持つ言葉。
『事件が起きるなら、終わらせりゃいい。強くなったのはその為だろ』
 不器用にそう告げたレティシアの事がおかしくて……だけどなんだか嬉しくて。


 レティ、ありがとう、です。
 あの時書いた文字を思い出し、励みにしながら……車の扉を開ける。
 身体を竦ませた兄弟に、ゼノビアは微笑みを向けた。
 声を出そうとして、喉がつまりそうになったけれど、それでもどうにか、言葉として音にする。
「もう大丈夫、です。一緒に外、出ましょうね」
 掠れた声、けれどその二人は、ゼノビアの顔を見ると安堵したように号泣し、車の中から救助された。
 だけど……。
 車の中から、子供だけが……?
 その事実に気付いて、ゼノビアは血の気が引くのを感じた。
 一瞬、過去の光景が蘇りそうになる。
「おかあさんたち、いないの」
 兄であろう背の高い子供が、泣きじゃくりながらそういうと、ゼノビアはきつく唇を噛み締めた。


 刃が振るわれ、ゾンビが一人、崩れ落ちた。
 腐った肌をしているが、身に纏う服はどこにでもある私服で……どこか人間だったその頃を、彷彿とさせてくる。
「っ……頭で理解していても、やっぱりこみ上げるものはある、かな」
『じゃの……許してなるものかよ、こんな愚神どもを』
 英雄の声を聞きながら、さらにもう一人の足を切り裂く。
 と、自分の近くで発砲音がした。
 そちらに眼を向けると、一人の少女が銃を握り、ゾンビを撃ち抜いている。
 何かに焦るように、必死に戦っているようにも見えるのは、ゼノビア=オルコット……優しそうなその少女だ。
 ……無理をしていないだろうか?
 心配になり、車の間を抜けて駆け寄ると、彼はゼノビアに声をかけた。
「ゾンビは任せてください、我慢してまでやるような事ではないですから」
 その隼人の言葉に、ゼノビアは首を横に振り、手帳に書いた文字を見せてくる。
〈だいじょうぶ、です。男の子が、お父さんとお母さん、探してる、です。知りません、ですか?〉
『ふむ』
「……その男の子は、今は?」
〈千颯さんに、見てもらってる、です〉
 隼人は、そう紙に書いたゼノビアに、微笑みを向ける。
「なら、救助を進めながら俺が見つけます、待っててください」
〈私も、探す、です〉
「わかりました、なら、このまま事故現場をお願いします。俺は残ったゾンビの討伐と、ここから先の人達の誘導をしますから」
 ゼノビアはそれにお辞儀をすると、慌ただしく、潰れた事故車の確認をしにいった。
『無事を願うばかりじゃの』
「急いで探そう」
 胸中から聞こえる椋の声に答え、隼人は事故現場のゾンビを減らしにいく。
 両親がゾンビと化している可能性や死亡している可能性は……きっとゼノビアも隼人も、理解しているだろう。
 それでも希望を持ちたいのは、その男の子が両親を失った時を思っての事だ。
 隼人は新たに車の中から現れたゾンビに気付くと、一息に腕を斬り裂く。
 ゾンビと化した人間は救えない。
 けれどこれ以上の犠牲を抑えることはできる。
 帰るべき場所を知ったからこそ、隼人はその両親の無事を、今苦しむ人達の無事を、心から願った。


 影が走り、一筋の斬撃が腐肉を断つ。
 頭を失ったゾンビに目もくれず、ツラナミはその場で足を止めた。
 トンネルの反対側の出口が見える地点。
 ほぼ4.5Km地点のあたりだ。
 ゾンビに追い詰められていた数人の人々が、わぁ、と歓声をあげる。
「ホープのエージェントだ。あっちに…‥あー、なんか緑の奴がいるから。命が惜しけりゃそいつんとこ行っとけ」
 そう告げて、歓声を意識の外に追いやりながら、ここまでのゾンビを葬ったツラナミは、気だるげな声を出した。
 最初に鷹の眼で確認した限り、ゾンビの人数は驚異と呼べるほどでもなかったから、まぁこんなものだろう。
 あとは……。
 ツラナミは『それ』を背負って、緑の奴……千颯の待つ地点への帰還を始める。
 これがもし途中でゾンビになるなら首を斬ればいい。
 そんな事を考えるツラナミの背中には、苦痛に呻く一人の男性が、酷い傷を負った状態で背負われていた。
  

 ゼノビアは、軽傷の人に、構築の魔女が用意した霊力補給用の水筒を渡したり、怪我人にトリアージタグをつけながら……救助された人達のうちの、ある一つの家族に視線を送っていた。
 見つかった母親に抱かれ、小さな寝息を立てる男の子達。
 先程の兄弟だ。
 母親は見つかったが、父親はまだ見つかっていない。
 無事で、いて欲しい、です。
 ゼノビアは昔、両親をその目の前で失い、喉と心に大きな傷を負った。
 あの小さな二人の兄弟の母親は無事だった……それに自分のような心の傷を負わせる事もなかったけれど、それならなおさら、家族を欠けたままにはしたくない。
 誰かを失う悲しみを……それを知るからこそ。
 欠けたあの日のような想いをさせない為に、彼女はその父親の無事を祈った。


 そうして処置を続ける千颯やクレア、ゼノビアの元に、父親と思われる人物が重傷を負った状態で運ばれてきたのは、それから暫くしての事だった。


 千颯は全員が集まった事を確認すると、取り出した槍の穂先をトンネルの床に突き立てる。
 浄化の霊力を宿した領域が周囲の空間に広がり、そこにいる人物の霊力を正常なものへと変えていった。
「これで少しでも進行を遅らせる事が出来れば……」
『皆!このエリアから出てはいけないでござる!』
 千颯はそうして、全員に霊力での治療を施していく。
 その間、外傷がなく意識不明となった人物達の事を、一瞬だけ不思議に思った。
 何故ならこれまで、奇病にかかっていたのは負傷者だ。
 なら、結界のようなもので霊力を奪われてる可能性は?
 けれど、普通の生存者から霊力が奪われた様子がないことを考えれば、それも妙だ……。
 確認してきた新型感染症の患者にも、とくに共通項を感じられない。
「虎噛さん、霊力供給を」
「おお、ごめんな、すぐやるぜ」
 クレアが外部から治療を施し、ゼノビアが霊符を張り付けた重傷患者。
 今は、この人を救うことを考えるべきだ。
「ちゃんと生きて返してやるからな」
 霊符で一部の傷が塞がれているが、ゾンビに喰われたのであろうその身体の傷を全て埋められているわけではない。
 千颯が握った手から霊力を送り……。
「……!」
 その霊力の薄さに、唇を噛み締める。
 触れれば分かる、ただ感染症にかかった患者に分け与える感覚とは違う、まるで砂漠に水を撒くようなそんな感覚。
 その砂漠に撒かれる水は……千颯の生命力とも言える霊力だ。
 傷口から霊力が溢れ、送っても送っても消えていく。
 それでも送る霊力を緩めない千颯……その千颯が握るのとは反対側の手を、ゼノビアが握った。
 この父親がどう生きて来たのか、どんな人物なのかもわからない。
 けれどその冷たい手を、二人は懸命に握りしめる。
(生きたいよな、そうだよな)
 この父親の妻が、その眼の前で不安げな表情を浮かべている。
(子供を置いて死ねないよな)
 この命を、失わせはしない。
 悲劇なんかで終わらせたりしない。
 全力で、今生きる命を繋ぐ為に、霊力を注ぐ。
 千颯の中に、家族の顔が、村人達の顔が、仲間達の顔が蘇ってくる。
「助けようぜ、必ず」
『無論で御座る、千颯』
 彼に答えた英雄と、その言葉に頷いた一人の少女は……決して絶望を抱くことなく、ただ一心に霊力を流し続ける。


 それを見ながら、他の意識不明者や負傷者、生存者の相手、周囲の警戒をしていたクレア、隼人、ツラナミの三人は、この治療法が、時間との戦いになることを理解していた。
 重傷者を含め、霊力を失う新型感染症の人々の治療は、まだ霊力供給での延命しか行えない。
 つまり、千颯やゼノビア、あるいは自分達の霊力がなくなるまでに救助隊が間に合わなければ、霊力の消耗の激しい負傷者達は死に至る。
 幸い、討伐隊や自分達が用意した霊力補給用の道具はこの場に多数ある。
 けれどそれも有限である以上……その砂時計が落ちきる前に助けられるかどうかは……時間との勝負と言えるだろう。


 ――トンネル外部――


 大多数の動物が、その骸を晒す中……新たに現れた三頭の巨大な猪と数匹の動物が、その場に残っていた。
 トンネル内の状況は通信で把握している。
 今必要なのは、迅速な討伐だ。
「追撃を」
「ええ、任せて」
 構築の魔女が一匹の猪の足をメルカバで撃ち抜き、体勢が崩れたところを雨月の本から伸びた青白い霊力が呑み込む。
 赤と黒……高速思考を得意とする二人の魔女が舞う中、ジーヤはその横から襲いかかる猿達に、その剣を振るっていた。
 最初に相手にしていた猪は無事に倒せたから、今はこうして、新たにやってきた動物達を相手にしている最中だ。
 がさり、と木々の揺れる音……。
(まだくるか……でも)
 終わりが見えるか分からなかった動物達の襲撃も、やっと終わりかけている。
 何回来ても……。
 けれどそう考えたジーヤが見たのは、動物とはまた別の相手だった。


 人間……いや、ゾンビが、二人。
 なんでこんなところに……そう思ったジーヤの視界の先に、一つの別のトンネル、避難抗と呼ばれる、緊急時に備えたトンネルが見えた。
 きっとそこから逃げた人が、従魔に襲われゾンビとなったんだろう。
「っ……」
 ぐっと振り上げた刃が、止まる。
 降り下ろせば済む、だけど……。
『避けなさい!』
 まほらま(aa2289hero001)の言葉にジーヤは気付き、間一髪、猿の伸ばした腕を回避した。
 そちらに視線を向け直すが……ゾンビとなった人間の姿に、気概が揺らぐ。
 殺していいのか?
 助ける方法だってあるんじゃないか?
 そんな疑問を一蹴するように、胸中から声がした。
『ジーヤ、共鳴を解くわ』
 共鳴を解く……それは従魔との闘いを放棄するのと同義だ。
 その間にも襲いかかってくる動物の攻撃を防ぎながら、ジーヤは声を荒げた。
「こんな状況で共鳴を解いたらどうなるか、わかって……!』
 言いかけた言葉と同時、まほらまが眼の前に現れる。
 そのままジーヤの手を引くと、迫ってきていた猿から距離を取る。
『躊躇していれば確実に犠牲者が増える……病が治るのを必死に願う子を見たでしょう?』
 共鳴が解かれ、戦う力を失ったジーヤは手を引かれながら……そのまほらまの言葉を聞く。
『強くなりなさい、ジーヤ。皆が今のジーヤと同じ思いで武器を握ってるのよ』
 優しいだけでは武器は振るえず、守るべきものを守れない事もある。
 今その決断をしなければ、失われないはずの命まで、消えてしまうかもしれない。
 まほらまが足を止め、ジーヤを見つめる。
「……」
 けれどジーヤは答えない。
 その間に追い付いた猿達が、ジーヤの背中に迫る。
 話す時間はない……共鳴を解いておくのも限界だろう。
『仕方ないわね、あたしがやるわ……』
 溜め息混じりに、まほらまはジーヤと共鳴しようとし……。
 そのまほらまの手を、ジーヤは強く握り返した。


 振り返り一閃された大剣が、飛びかかった猿の身体を真横に両断した。
「どう強くなればいいかなんてわからない。けどさ……」
 苦笑するように、胸中のまほらまに語り、続く刃で二匹の猿を屠り、死体へと返す。
「俺にはまほらまがいて力がある。そんな人達に希望を与えられるなら…

 そしてジーヤは、その剣を強く握り……人間だったそれへと、一気に迫った。
 彼らを終わらせる、その剣を……。
「そうさ、少しくらい心が痛んでも耐えてやる!」
 誰かの希望を与える為の、優しきその剣を一閃し……その迷いごと、二人のゾンビの身体を断ち切った。


「あと少しや、いけ!」
 掠れた初雪の放つ剣の雨が降り注ぎ、生き残った従魔達の大半を仕留めていく。 
 もうこの量の武具を産み出す余力はないが……産み出す必要もないだろう。
 上半分を焦がし、炎上しながらも動く大猪が一匹と……今剣の雨に貫かれる大猪が二匹。
 無数かと思われた従魔達だが、残りは既にその三匹だけだ。
 剣の雨を突っ切り、全身を刺されながら突っ込んで来た猪を避けながら、そう初雪は考え……。
「っ……」
『初雪!』
 続くもう一匹に突っ込まれた身体が、道の端の木に叩きつけられた。
 けれど瞳は死なない……これで折れるような人物なら、彼は誓約など出来てはいない。
 再び突撃しようとする猪を彼は睨み……。
「おーしおし、こっち来い」
 鎌を持った人物……葵の声が聞こえると、猪達がそちらに向かい突進していく。
 その行動に一瞬疑問を感じたが、すぐに気付く。
 特殊な霊力……従魔の意識を向けるためのそれが、周囲に満ちている。
 守るべき誓い……そう分類される守護の力を扱った葵が、囮となって猪の注意を引き付けたのだ。

 
『誘ったよ、避けれる?』
「ま、やるだけやってみる」
 英雄のウェルラス(aa1538hero001)と短くやりとりしながら、唸りをあげて迫ってきた一匹目の猪を避ける。
 道から外れて木にぶつかるが、それを見ている余裕はない、二匹目……。
 速く巨大なその身体は脅威だが。
「あめぇよ」
 ただの突進、軌道は読める。
 アスファルトの道を越え、間近を轟音と共に猪が駆け抜け、紙一重で避けるが……。
「次、っぐ、」
 そこが限界、体勢が崩れたところに、三匹目の猪の身体が激突する。
 がんとした衝撃が、全身を襲い、道路に身体が投げ出された。
「ってぇ、っ、何度もやれるもんじゃねぇな」
『何度もやらないでよ』
「ああ」
 短く頷いてから、また自分の方を向いた猪を見て……。
 今回はこれで終いだ、そう彼は言葉を締めくくる。


 風が、吹いた……。
 バラバラとひとりでに捲れるページ。
 人が踏み入れてはならないその書物から、澱んだ風が溢れてくる。
 その風に撫でられた木々が瞬く間に枯れ、腐敗し……。
 その風に触れられた動物達の死体の肉が溶け落ち、骨が露となっていく。      
 不浄なその風は、葵の近くに集められていた猪達を包み、その肉を溶かしていく。
 可憐な少女の唇が、その術の名を、静かに紡げた。
「吹きなさい、ゴースト・ウィンド」
 強風。
 荒れ狂った死霊達の風が、そこにいた三人の猪の肉の半分以上を溶かしきる。
 そこに、構築の魔女の榴弾が、ジーヤの剣が、葵の鎌が、初雪の刃の嵐が放たれて……脆くなった肉と骨を粉々に砕き、最後の従魔を、完全に駆逐した。


●エピローグ


 夜が明けた。
 朝日に照らされる中、生存者として救出されたのは、あの重傷の男性を含めた全ての人間だった。
 能力者の到着前にゾンビ化した人々、彼らを除けば……そこにいる死ぬはずだった人々は、到着した能力者達により、その命を繋ぐことができたのだ。
 静まり帰った山の中、搬送されていく人々と共に、能力者は山を降りる。
 新型感染症は治ったわけではなく、これから、病気と戦うことにはなるだろう。
 けれど……五十人近くの人間の今を、未来へと繋いだことは、決して小さな事ではないはずだ。


●今を繋いだ、その後で


 搬送されていく人々を見送った葵は、密かに物影に隠していた大きな袋を、手にとった。
 内側ではなにかがもぞもぞ蠢いている。
『おっさん、本当にやるの?』
「楽しそうだろ?」
 子供っぽい笑顔を浮かべた葵に、ウェルは心の底から溜め息をついた。


 ――HOPE東京海上支部――


 東京海上支部は、軽い混乱状態になっていた。
 感染原因も不明の状態で、感染した犬を持ってこられたのだから慌てたくもなる。
 けれど、持ってこられてから廃棄を命じても意味はない。
 なし崩し的に研究を行うことになったったHOPE職員の心労は、きっと相当なものだろう。



 感染経路や、感染症としての危険性を打診し、対策の改善を求めた構築の魔女は、その実験の話を聞きつけると、興味から参加を表明した。
 従魔化した犬への、狂化薬治療用薬品の投与実験。
 葵と構築の魔女が参加する中で、それは行われた。
 ここで興味深いのは、県外に出てから犬型のゾンビが従魔としての活動を止めたことだ。
 腐敗はしたまま、けれど従魔としての活動は止まっているように見え、ピクリとも動かない。
 行われた治療実験そのものは効果が見られなかったが、興味深い成果は得られたように思う。
 実験後に処理を行う予定ではあったが、これはグロリア社の医学研究所から、検体提供の依頼があった為、見送られることになった。
 犬の検体が持ち込まれた事で、HOPEに感染が広がっていないか検診も行われたが、誰かに感染している事態にはならず、職員達は密かに胸を撫で下ろし……この小さな実験は、終わりを迎える。


 そして……。
「治療は上手くはいきませんでしたが、成果はありましたね」
「そうだな、まぁ……」
「なにか、疑問点が?」
「いや、なんでもない、成果はあったからな」
 帰り際、構築の魔女にそう返した葵に、ウェルラスがひっそりと思う。
(人で試したかったんだろうけど……我慢してくれてよかった)
 日頃の行いを見ていると、いつか、あっさりと人で試してしまうのではないかと思いたくもなる。
 葵が禁忌の扉を開いてしまうその時を、ウェルは真剣に危惧しながら、その帰路についた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631

重体一覧

参加者

  • 挑む者
    秋津 隼人aa0034
    人間|20才|男性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    aa0034hero001
    英雄|11才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 牙の誓約者
    銀 初雪aa4491
    機械|20才|男性|命中
  • 天儀の英雄
    紫ノ眼 恋aa4491hero001
    英雄|25才|女性|カオ
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