本部

【屍国】 夕暮れの町を彷徨う遺体

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/25 09:59

掲示板

オープニング

●狼が出た
「狼が! 狼が出たんだ! 助けてくれ!!」
 始まりは、ある日の夕刻近くに入った101番への通報電話。
「落ち着いて。今はどちらから掛けていらっしゃいますか」
「そんなことどうでもいいだろ?! すぐに来てくれよ!」
 彼はやや年配の男性で、慌てているのかその話は要領を得なかった。
「狼が、何匹も……血が、血が!」
 ようやくそこが徳島県内のK町で、近くの駅名も聞き出しはしたが、あまり意味の通らないことを繰り返すばかり。
 野犬の群れでも出たのだろうか、と急行した警察官が見たものは――
 血塗れで徘徊する、虚ろな目をした死体たちの姿だった。

●窓の外
 近所の犬が異様に吠えるのを、御薗 夕紀子(みその ゆきこ)は夕飯の支度をしながら聞いていた。
 しかし、そんなことには構っていられなかった。まだ小さな子供を二人も抱える主婦としては、子供達の大好きなテレビアニメの放映時間である夕刻の時間だけが、唯一食事作りに専念できるのだ。とにかく、手早く済ませてしまわなければ。アニメのエンディングが流れて、子供達が母親のエプロンに纏わりついてくるまでに。
「うわああああああああっ!!」
 それでも、突然に尋常ならざる悲鳴までが上がったのを聞けば、何事かと確認せずにはいられない。
 玄関を出て門扉越しに外の通りを窺うと、日の暮れた路上には真っ赤な血溜まりと、その中に倒れている……人型のもの。近所の犬は、狂ったように吠え続けている。
「ひっ……!」
 それは、人間の死体だった。
 首のあたりを惨たらしく切り裂かれて、あきらかに絶命していた。
 夕紀子は反射的に踵を返す。
(犯人は? まだこの辺りにいるかもしれない! 子供達を守らなければ!)
 玄関を施錠し、家の中に駆け込む。
 リビングには、お気に入りのアニメ番組を食い入るように見つめている子供達の姿があった。
(通報しなければ! 110? 119? それとも――)
 ポケットからスマホを取り出して番号を入力しようとするが、手が震えてうまく行かない。
「ママぁー……」
 子供達の不安げな声に顔を上げると、窓の外には人影がある。
 それは、さきほど血溜まりに倒れていた死体と、同じ服を着たものだ。
 首元から流れた血で服を真っ赤に染めて、夕紀子の育てている花の鉢植えを掲げ持っていた。
 ビシッと音がして、リビングの掃き出し窓に亀裂が走る。素焼きの植木鉢が振り下ろされたのだ。
「ハルキ、ナツミ、こっちへ!」
 子供達を強引に引き寄せるようにして、リビングを後にする。
 ガシャン! と窓ガラスの割れる音が、引き戸の向こうで響いた。
(逃げなければ! でも、どこへ?)
 外には、人を殺すようなモノがいる。
 アレも外から侵入しようとしている。
 引き戸に適当な棒をつっかえ、テーブルをはじめとしてありったけの家具でリビングとの通路を塞ぎながら、夕紀子は懸命に頭を働かせた。

●動く遺体
「K町の駅前通りで人々が襲われ、ゾンビ化するという事件が起こった。現場に急行してくれ」
 招集を掛けたエージェント達を前に、H.O.P.E.職員は早口でまくし立てた。
「複数の通報によれば、彼らはオオカミのような獣に襲われたということだが、警察が駆けつけたときには確認できなかった。代わりに確認されのは、『歩く遺体』だ」
 頚動脈を咬み千切られ、多量の乾いた血をこびりつかせながら、遺体となった人々が歩いていた。
 見た目にも致命傷であることは明らかであり、何より拳銃による攻撃が、何の効果もなかったということだ。
「おそらくは新型感染症による遺体のゾンビ化だと思われる。遺体は人間を見ると攻撃し……噛みついて来るそうだ」
 死体が動き、生きている人間を襲う事件は、四国では飽きるほど報告されている。
「今回の『歩く遺体』は、そのほとんどが獣の鋭い牙によって喉笛を咬み裂かれ、出血した状態で歩いている。現場の警察官の報告によれば、その皮膚はどす黒く変化し、腐敗したかのように崩れ始めている」 
 職員はホログラムを操作し、地図を表示した。
「現場の道路は、既に警察車両が封鎖した。『動く遺体』たちは、封鎖区域内の路上を彷徨っている。警察の到着までに噛みつかれた被害者も多数いるが、それは救急隊が収容済みだ」
 いまのところ彼らの運動能力は一般的な人間並みで、物理的な障害物があれば避けるか引き返す。警察側は順次封鎖区域を狭めて取り残された住民を救出しようと試みてはいるが、『動く遺体』には通常武器が効かないので困難を極めている。
「人間並みの運動能力を持っている以上、施錠されていない敷地内に入ることも可能、窓を割って家屋内に侵入することも可能だ。そのような事態の発生もある。君達は現場に急行して、まず窓の割られた家屋の住民の安全を確保してくれ。そして不幸にして事件に巻き込まれた人々に、一刻も早く安らかな死を」

解説

●成功条件
何らかの獣に襲われ、死体ゾンビと化した人々の撃破と、封鎖区域に取り残された人々の救出。

●敵情報
死体ゾンビは一般人レベルの運動能力、独力で移動困難なレベルにまで切り刻んでようやく撃破。
一種の憑依状態であり、撃破後は五体満足の遺体に戻る。

●現場状況
警察は400m×300m程度の住宅地区画に死体ゾンビを追い込み封鎖。道路以外のルート、例えば住宅の塀を越えたりして封鎖区画外に出ようしても物理的に阻止している。エージェントの個人敷地への立ち入りはあらかじめ許可されている。
取り残された住民には戸締りをして外に出ないよう通達。現場の地図はエージェント達に配布され、スマホを所持していればスマホにも送信されている。
現在死体ゾンビの侵入が報告された御薗家は封鎖区画のほぼ中央。位置情報は配布済み。
撃破後の遺体は防護服着用の救急隊員が収容する。
感染症対策のための熱風殺菌装置も後から到着する。事件解決後は殺菌措置を受けてから帰宅。

●照明
事件が夕刻に起きたので、長引けば日暮れが予想される。
警察もサーチライトを用意しているが、希望に応じて照明器具の貸し出しが受けられる(プレイングに書いてください)。

●御薗家
リビングの窓を割られて死体ゾンビに侵入されたことをスマホで警察に通報。自力でバリケードを築き、家にいた母親と未就学児二名が二階の鍵の掛かる寝室に避難中。リビングには雨戸があり、侵入したゾンビを排除できればそれを閉めることで一応の再閉鎖ができる。

●PL情報
死体ゾンビは全部で60体。武器の所持はなし。統率されておらず、人間(能力者含む)を見つけると噛みつこうとする。
暗闇でも行動に変化なし。

リプレイ

●深まる闇
「感染源が今回のように動物型であるなら、一気に拡大速度が上がる……厄介だな」
 麻生 遊夜(aa0452)は、闇に染まりつつある住宅街を眺めて溜息をついた。
 道路は警察によって封鎖され、進入禁止を知らせる為の赤いランプが明滅している。
 狼のような動物が目撃されたという証言が、どうにもひっかかっていた。
「……ん、今は……救出優先」
 英雄のユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、ふさふさの尻尾を振りながら遊夜に寄り添う。ピンと立った獣耳は、周囲のざわめきを捉えるようにくるくると向きを変える。
「おう、暗くなる前にある程度やっとかねぇとな」
 遊夜は警察から借り出したヘッドライトと腕装着型の懐中電灯をつけ、腰にはランタンと発炎筒を装備した。
 他のエージェント達もそれぞれに照明器具を借り出し、体のあちこちに取り付けて準備をしている。
「死してなお弄ぶ……おのれぇっ、愚神許すまじっ!!」
 桐花 朱音(aa4026)は正義感に満ちた表情で、しゅしゅっと拳を繰り出している。
「あ、主様、愚神が関わってるとはまだ決まったわけではありませんですので……」
 珠琴(aa4026hero001)が必死にそれを宥める。こちらは、狐の耳と尻尾を持った元霊狐らしいが、元気のありあまる朱音に対しておどおどと自身なさげだ。
 今回の事件もそうだが、四国各地で起こっているゾンビ化事件は、原因が掴めていないところが不気味さを醸し出している。この住宅地にも狼が現われたと聞いてはいるが、いま対応している警察も、その姿を確認できていない。
「さて、その動物型の犠牲者たちが、この向こうで新たな生贄を求めて彷徨っているというわけか。早く止めに行かんとな」
「……ん、時間がない」
 警察のバリケードを前にした遊夜の言葉に、ユフォアリーヤはこくりと頷く。

「この前の手掛かりがあればと思ったが……外れかな?」
 鋼野 明斗(aa0553)は最近同じ県内で起こった自衛隊基地での感染事件との関連を疑っていた。
(関係ない! 正義執行!)
 ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は、心の声をスケッチブックに書いて明斗に主張する。もう片方の手にしっかりと握られているのは、『ゾンビ対策マニュアル』。
 一見、状況に合っているようにも見えるが、中身はハリウッド映画を題材にしたネタ本である。
「まあ、ゾンビ退治が正義かは置いておくとして…」
 明斗は眼鏡を直し、ドロシーと本を交互に観察する。
「……その本、勝手にネット通販で買ったな? ……しばらく、オヤツ抜き」
 途端にドロシーは真っ青になり、両頬に手を当て、ヒイイイイ! と叫び声が聞こえてきそうな顔をした。
 ゾンビには勇敢に立ち向かえても、オヤツ抜きは結構堪えるようだ。

●作戦はアップテンポで
「いくぞぉー……」
 共鳴して頭に角を生やしたエミル・ハイドレンジア(aa0425)が、ラジカセを肩掛けにしてやや平坦な口調で言う。ラジカセから流れるのは、この機械がまだ音楽再生用として主流であった時代のロック音楽。
 エミルの口数の少なさを補うように、ゴキゲンな最大音量である。
 警察の開けた隙間を通って閉鎖区域に入ると、付近のいくつかの家の窓で、カーテンが動いたのが見えた。
「まだ危険は排除されていません! 避難中の皆さんは、決して窓を開いたり、屋外に出たりしないで下さい!」
 スピーカーを使って警察が呼びかける。
 響き渡った音に、関心を示したのは人間だけではなかった。
 命を失い彷徨うものたちもまた、人間の気配を感じたせいかあちこちから顔を覗かせ始める。
「ん、ぞんぞんが、一杯……」
 それを見たエミルは、ふむふむと頷く。
 大音量でゾンビの関心を引きつつ、閉鎖区域の中央を走り抜ける作戦だ。
 次の贄を探し惑う影が目標を定めた頃合いを見計らって、また引き離すように走り出す。
「鬼さんこちら……ろっくんろーる……」
 ラジカセから流れてくるのは、躍動感のあるアップテンポな懐かしの曲。
「漫画や映画でゾンビには慣れてるつもりだったが、いざ本物を見るとゾッとするな……」
 エミルの囮作戦に併走する神鷹 鹿時(aa0178)は、敵の姿を見てそう感想を漏らす。
 彼らの服装はあまりに普通で、ほんの少し前まではごく普通の道行く人々だったことが窺える。
 なのにいまは、頚動脈を咬み裂かれ、血塗れになりつつも何かの力で動かされる死体となって、見るものを凍りつかせる迫力を持って迫ってくる。
 そこへ躊躇うそぶりもなくショットガンを撃ち込むのは、同行中の遊夜だ。
 放たれる散弾が、動く死体の首や関節を次々と砕いてゆく。
 彼は既に何度もゾンビに関わる依頼に参加し、人の姿をした敵を撃つのも慣れっこなのだそうだ。
「やらないと、やられるからな」
 呟きつつダンシングバレットも使って複数の敵を次々に砕いてゆく銃さばきは、まさに華麗そのもの。
「逃げたりしたら、死んだ人にも生存者にも顔向けできないよな! よし! 勇気をもって……撃ちまくるぜ!」
 鹿時がそう決心したときには、エミルはロックのテンポにノリノリになったのか、断トツの移動力に任せて遥か彼方まで走り去ったあとだった。
 ゾンビの侵入が報告されている家を目標にしていた遊夜達も、既に視界から姿を消している。
「エミルはえ~! というか俺、武器持って無かったら四面楚歌だぞこれ!」
 一人取り残された鹿時は、単独でゾンビに絡まれるという最悪の事態を避けるため、手近な塀から屋根へと上った。高い位置からゆらゆらと動く影を見つけては、重機械弓インドラで射抜く。
「弓はロマンに合わないが、威力は折り紙付きだぜ!!」
 覚悟を決め、一体ずつ再起不能になるまで矢を放つ。
 命を失った体は、予想していたよりも脆かった。
 それらの影が再び動かなくなるまで、鹿時は矢を放ち続けた。

「迷える屍共、貴様らの相手はこの私だぁっ!!」
 閉鎖区域の中央部を走り抜けるエミルと呼応するように、朱音は同区域の端のほうにバリケードを設置し、そこでラジカセに録音した自分の声を流し続けていた。
 警察から借り出してきた資材はジュラルミン盾と、それを固定する足場のようなもの。本来はここに人間が入って支えたり、相応の重りを置いて固定するのだが、時間がなく今回はそこまで手が回らなかった。
 よって重量的にはごく頼りない、見かけ倒しの障害物である。
「主様……お声が大きゅうございます……」
 珠琴のほうがなぜか申し訳なさそうに言う。人の声に反応するかとラジカセには気合いの入った声が延々録音してあるが、朱音の肉声のほうが数倍響く。
 ガサリ、と民家の植え込みを揺らして朱音を窺い見るのは、額から血を流し、皮膚が崩れ始めた異形の人影。
「そこかぁっ!」
 誘い出す作戦だったこともすっかり忘れて、朱音は発見した敵に向かってダッシュした。

●残る足跡
 勢い良く戦場に出て行った他のエージェントとは違って、明斗は共鳴したあと路上をライトで照らし、注意深く観察しながら歩いていた。
「人を殺してるなら、血で足跡が残ってもおかしくない」
 感染源となったのが報告どおり狼なら、そいつらを潰さない限り事件は繰り返されることになる。
 通りを曲がって小さな路地に出ると、そこには赤黒く変色した大きな血溜まりがあった。
「ここで何人かやられたな」
 ライトで照らすと血の跡は見える範囲に三つ。殺戮者は、歩いていた人を次々に狙ったのだろう。
 そして、一旦は倒れた人々もその後起き上がり、感染を広げるべく歩いていった……。
 路上には、犠牲者自身が血を流しながらつけた足跡が派手に残っていたが、詳細に見てゆくとそのなかに犬に似た足跡も見て取れた。明斗ははそれらをスマホで撮影しつつ辿る。
「ここを通った獣は、二体……?」
 微かに残る足跡と血溜まりを調べつつ、獣があまりに効率的に獲物を仕留めているのに驚く。
 獣の足跡には乱れも迷いもなかった。ただ一直線に獲物を狙い、仕留めた後はまたすぐに去っている。
 まるで、よく訓練された暗殺者のように。
 明斗は、犠牲者の足跡も追ってみた。
 血溜まりから起き上がって最寄りの家に向かい、そこには求めるものがなかったらしく次へ向かう。
 ライトで照らして分かる範囲では、そのあたりで血が乾いて足跡は消えている。
 どこへ行ったものか、と探す前に、付近の二階の窓が開いて悲鳴が聞こえた。
「助けて! 誰かが入ってこようとしている!」
 開いた窓から、繰りかえし呼び鈴の音が響いてくる。玄関先にいる何者かが、呼び鈴を押し続けているのだ。
 明斗は音を頼りにその場所を探し当てると、すでに人ではなくなった存在を魔剣で切り裂いた。


「エミルが全部を引きつけ切れてる訳じゃなさそうだな」
 迫間 央(aa1445)は【鷹の目】でシマフクロウを生成し、上空を飛ばしていた。
 夜目の効く猛禽類を操っているのは、英雄のマイヤ サーア(aa1445hero001)である。
 央は【潜伏】を使い、ここまでは極力戦闘を避けてきた。
「はじめから全部をおびき出せるとは思ってないさ。数が減らせりゃ上等だろ。それより、御薗家のほかにも侵入されてる家はあるのか」
 同行している遊夜がスマホで位置確認しながら訊ねる。
 窓ガラスを破られゾンビに侵入されたとの報があった御薗家は、すぐそこだ。
「上空からでは、分かり辛いな。南は朱音が、北は明斗がそれなりに対応しているようだが……敷地内をうろついて、侵入経路を探している奴も多いぞ。注意しろ」
 御薗家の敷地に入ると、道路側にある小さな庭に面した掃き出し窓が、粉々に割られて飛び散っていた。
 荒らされた室内をあてもなく歩き回る、人間でないものの影が一体。
 こちらに気づき、振り返る前に央が忍刀で背中から貫く。
「……おっと。体液感染だとしたら、室内で血を流すのはまずいか?」
 刀で串刺しにされたゾンビは、無為にもがきつつ央に引き摺られていった。
「奥に続く扉も破られてる。後は任せた」
 引き戸は扉ごと破壊されていた。ただし人間が通るにはその向こうにも障害物があり、やや難ありの通路だ。
「簡単に言ってくれるな……」
 苦い顔をしつつも破壊された穴を広げ、向こう側にある衣装ケースだか何かの箱だかを蹴り飛ばしてようやく奥への通路に出たとき、遊夜は何者かと目が合った。
 光を失い、焦点すら合わない眼球を見た……といったほうがいいかもしれない。
 首が不自然に曲がり、額から流れた血で顔面も髪も赤黒く染まって、生者の気配は微塵もなかった。
「くっ!」
 反射的に、手にしたショットガンのグリップでその頭を殴り倒す。
 間を空けずにショットガンで頭を撃ち抜き、噛みつきを封じた。
「頭が無くなっても動いてるのが面倒だな」
 手足をばたつかせる体を足で抑えつつ、耳を澄ます。
 家の中にはドアを乱暴に叩く音、ノブをがちゃがちゃと鳴らす音のほかに、子供の泣き声もしている。
 首を失った体の腕をねじりあげて抵抗を封じ、玄関まで連れて行くと、外にはさきほどのゾンビを始末し終わったらしき央がいた。
「後は任せた」
 意趣返しとばかりにまだ動く体を放り投げると、遊夜は振り返らずに階段を駆け上がる。階段の上では、ゾンビと化した死体がドアを叩き続けている。
 身を低くして足払いを掛け、転倒したところを腕関節を取ってうつ伏せに押さえ込む。
 両の肘関節を順に折っても痛覚はないのか反応は薄いが、これで反撃力は大幅に削いだ。
 そのまま首根っこを掴んで表まで引っ張って行き、ショットガンで関節を狙い、粉砕する。
「家の中に入っていたのは三体か……。家に入れることが分かると、寄ってくるのかね」
「いずれにせよ、『外の掃除』を急ぐ必要がありそうだ」
 遊夜と央はそう話し合うと、家族の無事を確認するため二階へと上がる。
 侵入者を排除し終わったことを告げると、ドアは内側からそっと開いた。
「おにーちゃんたち、せいぎのみかた? まどからみてたよ、ばしーっで、どーんって。スゴいね!」
 部屋の中には入り口の前に重そうな箪笥が移動してあり、ドアノブの分わずかに開いた隙間から男の子が覗きこんで、早口にまくし立てる。
「俺達はH.O.P.E.のエージェントだ。きみこそ、小さなヒーローかな? だったら、お母さんと妹を守ってやってくれ。すぐに終わらせて来るから」
 遊夜がそう言うと、男の子はぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「うん、おれ、まもる。つよいもん」
「わたしも、おにいちゃんがびーびーないてかわいそうだから、たすけてあげる」
 意外としっかりした女の子の声も聞こえる。子供たちは元気そうだ。
 母親は憔悴しきっていたが、意識ははっきりしていた。安全宣言が出て迎えが来るまでここに隠れているように言うと、弱々しく頷く。
「エミルとの合流を急ごう。あっちにはそれなりに集まっているようだ」
 玄関は施錠し、リビングの雨戸を閉じてウレタンで固める。
「おにーちゃんたち、がんばってねぇー!」
 二階のベランダから顔を出した子供達が、央と遊夜を見送った。

●掃討
「ん、ギールに、ばとんたっち」
 途中で蛇行したり速度を緩めたりしてゾンビ達と鬼ごっこをしながら、封鎖地区の横断をし終わったエミルは、封鎖用のバリケードを前にして英雄のギール・ガングリフ(aa0425hero001)と主導権を交代した。
 ラジカセは止め、既にフリーガーファウストG3を肩に担いでいる。
 追って来たゾンビの群れは、遊夜と鹿時が削っておいてくれたこともあり、20体弱。
 血を流し、うつろな表情を浮かべたままゆらゆらと歩いてくる。
「ふん、相も変わらず不快な連中だ」
 少女の声が低い男性のものへと変わり、目の前の敵の先頭をロケット砲で狙い、足止めを図る。
 着弾周辺にいたゾンビ達は黒コゲになって身悶えるが、完全に動きを止めたわけではなくまだ立ち上がろうとする。
 二、三発撃ち込んであたりを灼いてから、屠剣に持ち換える。
「やれやれ、こうも不浄ではおいおい近づくことも出来ぬな」
 斬撃を飛ばし、離れた場所からの四肢切断を狙う。
 ギールは共鳴しているエミルに、ゾンビを近づけたくないらしい。
 一斬、二斬。皮膚を灼いてもなお、完全に息の根を止めるには手数がかかる。
 生命を失い動く死体と成り果てたものたちに、屠剣を振るい続ける。
 流石にこの人数を一人で相手取るには骨が折れると思い始めたそのとき、群れの後方にロケット弾が着弾した。遊夜と央が、追いついて来たようだ。
「そろそろ頃合いか」
 遊夜の射線に入らないよう、手近な塀の上に飛び乗る。
 あたりに残るゾンビ達は多かれ少なかれ火器によるダメージを受けていて、あとはとどめを刺すのみだ。
 ショットガンと龍紋の浮かんだ刀が次々と敵を切り裂いてゆく。
「ふむ、こんなもんか」
 ひととおり倒し終わっても遊夜はまだまだ余裕で、銃の使いこなしを試しているようにも見える。
「ヒサシ、『鷹の目』はどう? ぞんぞん、まだ一杯?」
 エミルは鷹の目を使っている央に問う。
「俺達は西側から中央を横断して来たろ。南は朱音が、北は明斗が潰して来てるけど東側が残ってるな。手分けするか、一緒に行くか」
 央はスマホで地図を示しつつエミルに説明した。
「ぞんぞん、残っているなら、もうすこしろっくんろーる、する。探しにいくより、出てきてくれた方が、らく……」
 エミルは肩に掛けたラジカセを指して言った。
 確かに、ここに誘い出されている数を見ると、一体ずつ探すより効率は良さそうだ。
「つぎは縦断、すればいいかな? ぐるぐる回る?」
 これからのルートを相談していると、鹿時が双銃で後方を威嚇しながら合流してきた。
「なんなんだあいつら! あとからあとから……ぜんっぜん、途切れねー!」
 早いうちにエミルのスピードから脱落した鹿時は、苦労しつつも最後尾のあたりを削りまくっていたようである。
「もう大体途切れてるだろ。次もしんがりは任せた」
 マイヤから俯瞰情報を受け取っている央は、笑顔で鹿時に告げた。


「おおぉおっ! 沈めえぇえっ!!」
 朱音はもう何体目かになる敵を、拳で粉砕して撃破した。
 思ったほど誘い出しは上手くいかなかったので、敵を見つけるたびに猛ダッシュして粉砕、再び物音が聞こえるたびに駆けつけて殴りまくる、のループである。
 途中民家の窓ガラスを割ったゾンビにも遭遇したが、そのまま引きずり出して手っ取り早く剣で刻んだ。
 奥のほうに人の気配がしたから、窓は塞いで出ないように! との声掛けも忘れてはいない。
(あ、主様、無茶はなさらないでくださぃ)
 珠琴は心配げに呼びかけるが、所詮敵の能力は一般人レベル。一体ずつなら鍛えている朱音には及ばない。
 何より、死者を愚弄するような卑劣極まる敵の戦法に、朱音の正義感は燃え盛っていた。
 敷地伝いの移動を続け、どこまで入り込んだか分からなくなっていたところに、どこかで聞いたゴキゲンな音楽が流れてくる。
「うん?」
 塀を乗り越え、植え込みを掻き分けて道路に出ると、ラジカセを引っ提げたエミルの姿があった。
「エミルはいま、ろっくんろーるでろーらー作戦なのです……」
 どうやら、取り逃したゾンビを誘い出すために、小さな路地もしらみつぶしに回っているということのようだ。
 後方では央と遊夜、それに鹿時が誘い出されたゾンビを掃討している。
「す、助太刀いたしますっ!!」
 赤いポニーテールを揺らしながら、朱音は最後の掃討戦に加わった。

●足跡の消えた先
「結局、狼らしき獣の行方は、分からずじまいか」
 封鎖区域のゾンビを討伐し終わり、警察が安全宣言を出した頃、央は溜息をついた。
 『鷹の目』でなるべく広範囲を俯瞰してみたが、それらしい獣は発見できていない。
「今回の獣は、ただ偶然に山中で感染したものではないと思いますよ。手際が良すぎる」
 明斗は全員にケアレインを使用してダメージを回復させた後、スマホで撮影した画像を表示しつつ言った。
「少しだけ足跡を辿って行ったんですけどね、行き先はどこだったと思います?」
「行き先が分かったの?」
 戦闘中、『鷹の目』を担当していたマイヤが聞いた。
「川です」
 両側をコンクリートで垂直に固めた、よくある小さな都市河川。今回の事件発生場所の近くにも、そんな川が流れていた。
「流れる水に入ってしまえば、警察犬でも匂いは辿れませんよね。今は暗くてそれ以上のことは分かりませんでしたが、明るくなっても、分かるかどうか」
 昨今は一般住宅でも防犯カメラを備えている家があり、明斗はその場所もメモしておいた。
 後で警察を通じて調査して貰うつもりだ。
「あのね、おにーちゃん。わたしみたよ。ちょっと大きな犬みたいなの。すごくはやかった」
 突然会話に割り込んで来たのは、ゾンビ侵入被害に遭った御薗家の女の子だった。まだ五歳だという。
「大きなこえがきこえて、外をみたら走っていったの。お庭の柵からみえたから、このくらいかな?」
 女の子は両手を広げて、中型犬くらいの形を宙に描いて見せた。
「通ったのは一匹だったよ。すぐにいなくなって、お庭に変なひとがはいってきて、ガラスがわれた……」
 明斗は女の子に名前を聞いた。ナツミというのだそうだ。
「ナツミちゃんはよく見てたね。教えてくれてありがとう」
 ドロシーもスケッチブックに「えらい!」と大書きして見せる。女の子はそれが読めたらしく、ニコッと笑った。
「あのね、わたし、おにいちゃんたちにおれいを言いにきたの。おかあさんと、おにいちゃんと……それからみんなをたすけてくれて、ありがとう」

 御薗家をはじめ、ゾンビに侵入を受けた家屋の住人は、しばらく付近の公民館に避難することになった。その間に家屋の消毒措置が取られるそうだ。
 エージェント達も使用した武器をはじめ、全身まるごと熱風殺菌を受ける羽目になる。
「……やーん」
 中でもユフォアリーヤは、他人の手で当てられる熱風が嫌で仕方ないらしく、終始相方の遊夜にしがみついていた。ふさふさのしっぽが大きくなって見えるのは、毛が逆立っているためだ。
「遊夜も見かけによらずすごかったな~! 敵わないのは英雄のリーヤだけか?」
 緊張のほぐれた鹿時が明るく話しかけてくる。
「打ち上げ行こう! みんなで!」
 フェックス(aa0178hero001)も鹿時につられたのかややテンション高めだ。
「いや、それは駄目だろ」
「え~……! なんでだぞ~……!」
 他でもない相方に断られて、不服顔に変わる。
「俺達が感染広げてどうする。帰ってシャワー浴びろってさっき注意受けたろ?!」
 フェックスは他のエージェントとの交流を楽しみにして来たらしい。次第に落ち込んで涙目になってくるのを、鹿時が必死に慰めていた。

●月夜の庭で
「ニホンオオカミというのは、江戸時代に外から入ってきた狂犬病に感染して、だいぶ数を減らしたらしいな」
 夜の庭で薙刀の素振りをしながら、朱天王は側近の神宮寺に話しかけた。
 朱天王の和服の袖はたすきに縛り、袴を穿いて動きやすいいでたちにしている。
「オオカミは病に感染して狂い、人里に下りて人を襲った。人は狂ったオオカミを恐れ、火器を持って山狩りをした……まるでいまの四国のようじゃあないか?」
「はい、朱天王さま」
 神宮寺と呼ばれた男は、ひざまずいて応える。
 灰色の髪に灰色の狼耳を持つ、彼は狼のワイルドブラッドだった。
「ニホンオオカミを蘇らせて眷族に加えるというお前の案は、なかなかに面白い……首尾も上々ときた」
 薙刀で空を裂きながら、朱天王の機嫌はすこぶる良かった。
 部下の戦果にその瞳は輝き、頬は上気する。
「近いうちに、もっと大きな舞台を用意しよう。あの御方のために、力を振るってくれ」
「仰せのままに」
 男は短く応える。
 空に浮かぶ月が、夜の庭をあかあかと照らす。
 その中で女の振るう薙刀の音だけが、響き続けていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • キノコダメ、絶対!
    神鷹 鹿時aa0178
    人間|17才|男性|命中
  • 厄払いヒーロー!
    フェックスaa0178hero001
    英雄|12才|男性|ジャ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 王虎
    桐花 朱音aa4026
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    珠琴aa4026hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
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