本部

【屍国】 百鬼夜行へといざなう影

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/27 10:29

掲示板

オープニング

●問いかける女
 美しい女だった。
 誰もいない夜道で、街灯にぽっかりと照らされ、音もなく立っていた。
 日本人形のようだ、と思ったのは、女があでやかな着物を纏っていたせいか、あるいは白すぎるその肌のせいか。
 見ている。
 傍らを通り過ぎようとするこちらを、女の目が見ている。
 ほんの三歩ほどの距離に近づいたとき、真っ赤に塗られた唇を動かして、女は問うた。
――お前は、強いか?



●失踪する少年たち
「うちの子が、帰ってこないんです!」
 警察署に駆け込んだ中年女性は、必死の形相でそう訴えた。
「中高生くらいの年頃の少年が、ニ、三日帰ってこないのはよくあることですよ」
 署員はそう宥めるが、女性はかなり取り乱したままだ。
 やや面倒くさそうに、署員は調書を取り始めた。
 女性曰く、これまで夜遅くなることはあったが、無断外泊はなかったこと。
 前日には体調不良を訴えていたこと。
 なにより所持しているはずのスマホに連絡を送っても、なにひとつ返信がないというのが、彼女の言い分であった。
 とはいえ、中高生の失踪事件は、全国で数え切れないほど起きていて、その大部分は単なる家出だ。
 この件も、ひとまず失踪届けを受理して、その後は本人の発見待ちになるはずだった。
 同じ徳島圏内で、同様の届出が数十件に及んでいるとわかるまでは。

●百鬼夜行を食い止めろ
「……と、まあここまでの話だと、単なる集団失踪事件なわけだが」
 エージェント達を集めたブリーフィングルームで、H.O.P.E.職員はホログラムに行方不明の少年たちの顔写真を映し出した。
 どの写真も若さゆえの、反抗心に溢れた顔つきをしてこちらを睨んでいる。
「その後の調査で、ある暴走グループの存在が浮かび上がった。そのグループの一員として、失踪少年のうち数名が目撃されている」
 ヴィラン組織かあるいは新手の宗教か、と問う声に、職員は答えた。
「それについては、調査継続中だ。グループ名は、『百鬼夜行』。暴走と暴力行為を繰り返し、地元のグループと抗争しては、吸収して急速に大きな団体に成長している。そして、吸収されたグループの少年たちもまた……自宅に帰ってこない」
 職員がホログラムを操作するたびに、少年達の顔写真が次々に入れ替わる。
 失踪届けが出ているものだけでも、数十件……それも、ここ一ヶ月のうちに起こっている。
「ここからが本題だが、基本的に彼らはバイクで移動し、ヘルメットを脱ぐことはない。しかし、暴力沙汰に巻き込まれたある少年の証言によれば、喧嘩中に偶然ヘルメットが脱げたとき、その下にあったのは――ところどころ皮膚が剥がれ落ち、肉と歯茎が剥き出しになった、特殊メイクのような顔だったそうだ」
 しばしの間、室内は静まり返った。
 生きた人間が、死人のように変化する感染症。聞いたことがある。
 それは同じ四国とはいえ、いままでは主に高知県内で報告されており、徳島での報告例はないはずだった。
 危険な感染症は徳島にも飛び火していたのか。
 しかも、ことによると一ヶ月も前から……?

「もちろん、喧嘩相手を驚かす目的の特殊メイクであった可能性も否定できない。そこで今回君達に依頼するのは、『百鬼夜行』の実態調査だ」
 職員はホログラムを切り替え、ごく普通の郊外型コンビニエンスストアを映し出した。
「『百鬼夜行』はいくつかのグループに分かれ、一グループ20名ほどで行動している。目印となるのは、白い特攻服。彼らがしばしば目撃されているのが、写真の店舗だ。大きな道路沿いにあり、トラック用も含め広い駐車場を有している」
 特に24時間営業のコンビニであれば夜間でも駐車場が閉鎖されず、バイクで移動する集団が夜間に休憩するには、手ごろな場所だ。
「君達が調査すべき点は二つ。一つ目は、彼らは新型感染症に罹患しているのか。二つ目は、彼らの中に失踪少年は含まれるのか」
 更にホログラムを切り替え、いくつかの患者の皮膚症状を映し出す。
 そこにはほぼ健康体と変わらないものから、蝋のように青白くなった背中、そしてまるで腐乱した死体のように変化したものまでが映し出され、エージェントのうち数名は目を背ける。
「医療チームによれば、外見的には皮膚症状が現われ、自覚症状としては異常なほどの倦怠感があるらしい……が」
 そこでホログラムはすっと消え、ブリーフィングルームの照明が部屋をあかあかと照らす。
「今回の場合は、極めてシンプルだ。リンクした状態で彼らを挑発してみたまえ。新型感染症患者の場合、リンクした状態の能力者でもダメージを受けるそうだ」
 それは人間が従魔化しているということか、という質問に職員は「調査中」と返した。

「一つ目の、新型感染症への罹患が確認された場合は、すみやかに拘束したまえ。彼らには治療が必要だ。二つ目の、失踪少年がひとりでも確認された場合も、すみやかに拘束したまえ。彼らには調査とお灸が必要だ」
 それは有無を言わせず捕まえろってことか? という声に、職員はにやりと笑って返した。
「悪ふざけの過ぎたただの不良少年という可能性もまだ捨て切れん。個人的には、そうあって欲しいと思っているがね」
 それから彼は、机の上でアタッシュケースを開く。
 中には、少し変わった手錠型のものが入っていた。
「拘束用に、グロリア社特製の拘束具が貸与される。必要なだけ携帯しておくように。また拘束者の護送や追跡については警察に任せていいが、希望があれば追跡用の乗り物の貸与も検討する」
 エージェント達はそれぞれに拘束具を手に取り、調べ始める。
 これもライヴスを使用する敵に特化したAGWであり、能力者により嵌められることで効果を発揮するそうだ。
「それでは、『百鬼夜行』を切り崩してくれたまえ。――健闘を祈る」
 職員は、エージェント達に向かって笑顔で敬礼した。

解説

●目標
 暴走グループ『百鬼夜行』の実態調査。
1.感染者が確認できた場合は拘束。
2.メンバーに失踪者が確認された場合も拘束。
 1、2のどちらにおいても、その場にいるメンバー全員の拘束が許可されている。
 拘束者の護送と逃走者の追跡については警察のサポートが受けられる。

●舞台
 田舎の大きな道路沿いのコンビニ。田舎なので夜間に客はほとんどいない。
 『百鬼夜行』は複数のグループに分かれており、該当場所には一晩のうちに最低一グループは立ち寄る。騒ぎが起こった場合、他のグループは情報を得て寄り付かない。
 暴走グループが店舗内に入ったことはないそうだが、念のため警察から、『百鬼夜行』グループが現われた場合は店の自動ドアをロックするよう通達が入っている。
 その他休憩中の大型トラック等がいれば、同行の私服刑事が巡回して別の場所に移動するよう促す。

●交通手段
 特に指定がない場合、分乗してきた車の中で待機(運転は私服刑事)。
 希望があればバイク型AGWを貸与(プレイングに書いてください)。能力者であれば免許の有無に関わらず運転可。

●私服警察官(二名)
 地元警察の少年課から派遣された二十代若手刑事。羽山(はやま)刑事、兎丸(とまる)刑事。
 戦闘には参加しないが協力者であり、『百鬼夜行』が現われた時点で待機中の警察車両に連絡し、付近の道路を封鎖することができる。特に指定がない限りそのまま道路封鎖は継続。
 また失踪者名簿とメンバーの照合は彼らに任せると迅速に済む。

リプレイ

●不明、不明、不明
「コンビニの防犯カメラは俺達と征四郎達、それから羽山刑事と一緒に一週間分チェックした。結論から言うと、7日間のあいだ、一晩に2グループが訪れたのは1日だけで、それ以外は1グループ。一日のうちに複数グループと遭遇するのは難しそうだ」
 日の暮れたコンビニ駐車場で、木霊・C・リュカ(aa0068)は話し始めた。
 目の前にいるのは今回の依頼を受けたエージェント達全員と、協力者の羽山、兎丸刑事だ。
「じゃあ、最初にここを訪れるグループをまず押さえたほうがいいってことか」
 赤城 龍哉(aa0090)は頷く。
「正体不明ではありますが、この四国で起きていることを考えると、油断はできませんわ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も銀髪を揺らして同意する。
「画像ははっきりしませんが、ヘルメットとバイクの種類から、写っていたグループを三種類に分類しましたわ」
 リュカに続けて紫 征四郎(aa0076)も口を開いた。
「彼らはこの駐車場には立ち寄りますが、基本的に店内には入りません。入店のためにはヘルメットを脱ぐ必要があるからなのか、他に理由があるのかは、まだ不明なのです」
 可愛らしい声で、調査結果を報告する。
「あと、これにはオリヴィエが気づいたんだけどね」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は黙したまま唇を引き結んでいる。目線でリュカに話せと言っているらしい。
「ここの店舗は24時間営業だから、なんとなく夜にこの辺を溜まり場にしてる若い子が多いんだ。『百鬼夜行』は、そういう子たちに接触しに来ている可能性が高い」
「喧嘩上等! 夜露死苦! って感じですの?」
 特攻服にヘルメット、木刀まで用意して暴走族スタイルにキメてきたファリン(aa3137)が挙手をする。
 いつもは兎な耳と尾も人間形態に変化させて髪と瞳も黒くし、いかにも気合い充分! という雰囲気である。
 英雄のヤン・シーズィ(aa3137hero001)は対照的に、虚構の世界を外から観察するように超然としていた。
 ガルー・A・A(aa0076hero001)がファリンの質問に答える。
「途中で監視カメラの死角に移動するので詳細は分からない。まずは立ち話をし……経過は不明だが、相手の歩いて帰る姿が確認されている」
「俺も一応、仲間要員として用意して来たんだぜ?」
 沖 一真(aa3591)も特攻服とヘルメットを用意し、借用した暴走向きバイクには、【ド派手なステッカー】を貼って不良っぽさを演出していた。
「……なんか準備の手際が良い……? もしかして、不良に憧れてたり?」
 月夜(aa3591hero001)は可愛らしい顔に怪訝な表情を浮かべて訊ねる。
 ねーよ! との反論を受けながらも、じいっと特攻服姿の一真を観察していた。

「……あー、俺はサヤと手分けして、ネット掲示板やらSNSやら調べてみたんだけどなー……」
 ツラナミ(aa1426)は気だるげに説明を始めた。
「まあ、中高生への聞き込みとかは、本職の刑事に任せた。……面倒だしな」
「……うん。私が若い子なら、ツラが話しかけてきた時点で……逃げる。それが、賢明……」
 英雄の38(aa1426hero001)も淡々と頷く。
 これでも揶揄しているのではなく、分業体制にしたことを褒めているようだ。
「まあ話を戻すと……、『百鬼夜行』って暴走族は、1ヶ月以上前にはなかったらしいんだわ」
「連続失踪事件と同時期に、できた団体ということか?」
 御神 恭也(aa0127)は問い返す。
「ま、そうなるわな。リーダー不明、拠点学校不明。誰もメット脱がねえってんで、メンバー全員、顔も素性も不明。交通課にもデータなし。……徹底してんな」
「ただの非行、あるいは無軌道であるという線は、一気に薄くなってきましたね」
 難しい顔をして、九字原 昂(aa0919)は呟いた。
「新型感染症とやらが知らぬうちに広範囲に蔓延していた、なんてことでなければいいが」
 最悪の事態を想定して、恭也は溜息をつく。
「肉の削ぎ落ちた姿が本物でも……後遺症なしに回復できるよね?」
 伊邪那美(aa0127hero001)は問いかけたが、答えられるものは誰もいなかった。

●夜のコンビニ
「……はふっ。これが噂のコンビニおでんですのね! 寒い夜には格別ですわ! チキンも美味しいですし!」
 深夜のコンビニ駐車場で、ファリンはおでんを頬張っていた。
「うん……なんか、家に帰ってあったかい御飯が出てくればそれに越したことはないんだろうけど……」
 一真のほうは適当にあったかいお茶を購入し、それを弄びつつ暖を取っている。
 二人とも『百鬼夜行』との遭遇に備えて共鳴し、借用したバイクに寄りかかって待機しているところだ。
 もちろん、他のところで待機中のエージェントもすべて臨戦態勢で、共鳴済みである。
 夜の闇の中に、コンビニの照明があかあかと光を投げている。
 そろそろ11時を回る頃だが、リュカの言ったとおり遅い時間帯でも未成年の来店が多いのが気になっていた。
「いろんな家庭があるもんだな……」
 部活帰り、塾帰り、あるいは仕事やバイト帰り。
 夜でも居場所を求めて彷徨う子供達は、いつでも誰かがいて温かいものがある場所に、自然と呼び寄せられるのだろうか。
 今夜のところは羽山刑事と兎丸刑事がすぐ帰るように促していたが、彼らは普段は友人との会話を店の周辺で楽しんでから帰るのだという。

 ふいに、夜の静けさを乱すようなエンジン音が鳴り響いた。大きなマフラー音に、いくつものエンジン音が重なる。
「来た……か?」
 駐車場の片隅に停められた灰色の車両の中で、龍哉は呟いた。
 スモークフィルムの貼られた窓の向こうで、いくつものヘッドライトが光っている。
「監視カメラの映像と、似ていますわ……」
 征四郎はリュカと羽山刑事に呼びかけた。
 光源はまるで渡り鳥が列を成すよう整然と、駐車場に入ってくる。
「おそらく、Aグループと名づけたグループだと思う」
 リュカもバイクの特徴を慎重に観察しながら答える。
 彼らは暴走族というには、派手なところが少なかった。
 白い特攻服は着ているが旗や装飾品は見当たらず、一様に黒いヘルメットを被っている。

 バイクを停めてしまうと、異様なほど静かな集団だった。囁き声ひとつも聞こえない。
「どこの学校の方ですの……、えっと、ドコ中だオメー、ですわ」
 ファリンは果敢にも、木刀を担いで自分から彼らの方に近づいて行った。
 どのみちセーフティガスを使うには、彼らの懐に入らねばならない。
 あわてて一真はあとを追う。
「なんだ、お前ら」
 立ちはだかるように、背の高いメンバーの男が前に出た。
「ほら、俺達ってめっちゃ強いからさ、あんたらに会ってみたくって」
 笑顔でフォローを入れながらも、一真は素早くその男を観察する。こいつは……『言葉が通じている』?
「百鬼夜行ってすごく強いんだろ? 最強軍団って言うの? 是非……”仲間にしてほしいんだよねぇ”。夜露死苦!!」
 会話に織り交ぜて、【支配者の言葉】を使う。
(すごく……ちゃらい)
 共鳴した月夜が、素直な感想を漏らした。
 一真の言葉を受けた男はしばし立ち止まり、ゆっくりと仲間を振り返る。
 ヘルメットのせいで誰の表情も分からないのが、どうしても不気味だ。
「隆司、こいつが……、”仲間にしてほしい”って……」
「怪しい奴の前で、余計な口をきくな」
 鋭く叱責する声が、集団の中から響く。
 ひどく威圧的な声だった。
 同じ白の特攻服でありながらも、独特の存在感の男であり、左肩には四本角を持つ恐ろしげな鬼の面をつけている。
 メンバーの注視を受けつつ、悠々と歩み寄って来た。
「あなたが、リーダー……じゃなくて、オメーがリーダーかコラ、ですわ」
 ファリンも臆することなく進み出る。
 いまならメンバーすべてが、ちょうど良い具合に集まっている。
「『良い子はお休みの時間です』っ!」
 合言葉とともに、【セーフティガス】を発動する。
 ポケットにはハンズフリーで通話状態にしたスマホが入れてあり、仲間たちにはこれで発動タイミングが伝わる手筈だ。
 一般人なら、これで範囲内にいればすべて眠りに落ちるはずだった。

「そうきたか」
 コンビニ店舗内でモニターを監視していた恭也が、素早く立ち上がった。
「予想はしていましたが、起こって欲しくないとも願っていました! まさか誰一人倒れないなんて!」
 昂も恭也のあとを追って走り出す。
 『百鬼夜行』が現われた時点でコンビニの正面入り口は施錠、二人が出た時点で裏口も閉めて貰う約束だ。

「お前、いま、なにをしたんだ?」
 ヘルメット越しでも、凄まれているのが分かった。
 じりじりと神経を焦がすような殺気にファリンは、担いでいた木刀を前に構え、あとずさる。
(やばいやばい、こいつやばい!)
 力の差というよりも、得体の知れないものを前にした恐怖感で、全身に鳥肌が立つ。
「仲間がいるな? あっちにも、こっちにも」
 かまを掛けられているだけだと自分に言い聞かせても、ぴたりと当たっているだけに、背筋が冷えた。
「探りに来たか? 捕らえに来たか? ……なんにしても怪しいな」
「あ……あなたたちの仲間にして貰いに来ただけですわ」
「それは嘘だ」
 ファリンの友好的な言葉を、隆司は一瞬で否定した。
「……お前ら、走り屋のツラしてねえぜ。大方、いいとこの坊ちゃん嬢ちゃんだろ」
(ワルっぽさの演出って、奥深いですわ!)
 暴走族らしさとは特攻服やバイクだけではなかったのかと、良家の令嬢であるファリンは目から鱗が落ちる思いだ。
「俺はまどろっこしいのが嫌いだ。コソコソされるのもな。まずはかかって来いよ。お前らが強ければ、とっておきの秘密を教えてやるぜ?」
 声がわずかに揺れて、ヘルメットで顔は見えないままだけれど、隆司はいま笑っているのだとファリンは思った。

●喧嘩上等
 隆司の合図でメンバーの男達は次々と、ベルトや背中に差していた獲物を抜いた。
 木刀や鉄パイプ、ときどき金属バットなどを手に、ヘルメットの集団は臨戦態勢に入る。
「おいおいお前ら! 穏やかじゃねえな!」
 龍哉はセイクリッドフィストを装着し、既にやる気充分である。
 その背後で、リュカはそっと【弱点看破】により若者達を観察する。
「これは、どう解釈したらいいのかな……? 見たままだと、彼らの半分ほどには『弱点がない』というか……ぼやけているんです」
「はあ? なんだそりゃ」
 スマホを通したリュカの報告に、ツラナミが突っ込む。
 彼は屋上に伏せ、黒い鷹を飛ばしてあたりを観察していた。
「人間ではない……人間の形をした何か、だということですか」
 征四郎が問うと、一真が嫌そうな声を出した。
「ああ、四国のあちこちでそういうのと遭遇したり、話に聞いたりしたな……。今回の奴らは、やけに元気がいいみたいだが」
 一真の言っているのは、最近四国各地でゾンビのような化け物が暴れる事件である。人間が化け物に変化する事例もあり、そこに感染症がかかわっていることも分かっている。百鬼夜行のメンバーが感染を疑われているのと、同じ感染症だ。
「とりあえず誰と誰が人間と同じ弱点なんだ? そちらの確保を優先する」
 恭也はあくまで平坦な声だ。
「右から三人、二人飛んで一人、左端から二人……いや、位置が変わった」
 リュカは懸命に伝えようとするが、元々見分けのつきにくい特攻服と黒ヘルメットの集団である。
「ま、要はかたっぱしから捕まえればいいんだろ?」
 屋根の上のツラナミが投げやりに言う。
「結局はそういうことになるでしょうね」
 昂の声も静かだった。
 エージェント側も臨戦態勢に入りつつある。
「待てよ、あいつは? あの、鬼の面を左肩に飾ってる奴」
「隆司ですか。彼は……ぼやけています」
 ツラナミの問いに、リュカが短く答えた。

 隆司の合図で、『百鬼夜行』の少年達は獲物を持って一斉に襲い掛かってくる。
「一人でも私に勝てば、仲間になってあげてもいいです。何人でもかかってきなさい!」
 征四郎は騎士の姿で、凛々しく宣言する。
 その様は不良少年ごときが何人かかってこようと、制圧するという自信に満ち溢れていた。
 昂は逆に、リュカが指し示した右端の少年に狙いをつけ、【女郎蜘蛛】で動きを縛った上で足払いを掛けて転倒させる。
 相手が地上に転がった隙に、その後ろ手に素早く支給された拘束具を嵌めた。
「くっ……! こいつら、武器にもなんか加工してあるのか?! 俺達にもダメージ来るぞ!」
 少年の振りかぶった木刀を、セイクリッドフィストの上腕部で受けた龍哉が叫ぶ。
 そのまま龍哉は戦鎖「黒龍」を使い、鞭のように巻きつけて相手を拘束した。
 少年のひとりが振りかぶった鉄パイプを、恭也のドラゴンスレイヤーが叩き斬る。
 武器を失って戸惑う少年の喉元を掴むように押さえ、そのままヘルメットごと頭を地面に叩きつけた。
 一真は【拒絶の風】を纏って迫りくる攻撃を流れるように躱し、大杖で相手を打ち据える。
 ひとつところに留まることなく次々に移動し、相手側の戦力を削っていく。
 ファリンは最後方まで退き、太陽神弓を掲げて矢を射る。
 狙いは主に、武器を持つ右手だ。

「お前ら、サツの手先か。手錠やら武器やら、やけに手回しいいな?」
 後方から手下の少年達の戦いぶりを見ていた隆司が声を張り上げる。
 いつのまにか彼は黒いヘルメットを脱ぎ、代わりに左肩にあった四本角の鬼の面を装着していた。
 その姿はまさに百鬼夜行を統べる鬼のようで、喧嘩相手を威圧するには充分な姿だ。
「おイタの過ぎる悪ガキ相手に、手段選んでられるかよ!」
 龍哉は威勢良く言い返す。
「まあ……、本格的な飛び道具は、まだ使ってねえんだけどな?」
 屋根の上のツラナミが、ぼそりと呟く。
「スマホ出した奴から狙撃しようと思ってたのに、あいつらも俺達みたいに、ハンズフリーで通話状態なのかね? 完全に出損ねたわ」
 鷹の目も使って戦況を見ているが、誰も通話したそぶりはない。
 通信手段については、制圧後に調査する必要があると考えていた。

「だったら俺も……少しだけ、本気出そうか」
 ぞわり、と夜の空気が動いて、隆司の雰囲気が変わった。
 腰ベルトに差していた木刀をゆっくりと取り上げる。
 弛緩した姿から一変、目にも止まらぬ速さで征四郎に打ちかかる。
 征四郎は突然に目の前に現われた敵にも怯まず初撃を受けきるが、体勢の崩れたところに別の相手からの打ち込みをもろに食らう。
「せーちゃん!」
 リュカが狙撃を試みるが、敵味方が入り乱れた乱戦の中、尋常でなく速い敵に狙いを定めきれない。
「余所見してる場合じゃないぜ?」
 征四郎がやられたことに驚いた一真の背後にも、唐突に隆司の声がする。
 咄嗟に大杖をかざすが、受けきれず右肩に痛みが走った。
「ようやくリーダーのお出ましか!」
 龍哉は拳にライヴスを集中させ、【一気阿成】で隆司を切り崩しにかかる。
 しかし殴り合いには慣れているのか、ぎりぎりのところでタイミングを外され、受け流されてしまった。
 そこへ恭也が、息をつく間も与えずドラゴンスレイヤーでの連続斬撃を加える。
 特殊な加工はしてあっても所詮は木刀、大剣の前には砕け散ってしまう。
 隆司のほうも喧嘩慣れした動きで、武器が砕けた瞬間に大きく飛び退き攻撃を逸らす。
 ポケットに入れた手が掴み出したのは、飛び出し式のナイフ。
 手のひらに収まる柄から鋭い刃が飛び出し、体重を乗せた突きとともに恭也に向けて繰り出される。

 血を噴き出したのは、隆司が先だった。
 刃が届く前に、パンッと軽い音がしてナイフごと手を撃ち抜かれていたのだ。
「さすが大人……飛び道具か……、汚ねーな……」
 ナイフを弾き飛ばされた隆司は、皮手袋の手を押さえながら力ない悪態をつく。
「正々堂々とやる義理はないんでね」
 一仕事終わったと言わんばかりにツラナミも屋根の上に姿を見せる。
「そろそろ、お縄につきなさいっ!」
 ファリンがグレイプニールを放って隆司に巻きつける。
 神話上の怪物を捕縛したという鞭は、凶暴な少年の動きを完全に止めた。

●隆司の秘密
「……ははっ! あんたら強いな! 俺とこいつらだけじゃ、勝てっこない!」
 突然隆司は、高らかな声で笑い出した。
「お前ら、やめだ! やっても怪我人が増えるばかりだ! 武器を捨てろ!」
 リーダーの号令に、小競り合いを続けていたメンバー達も喧嘩をやめ、腑抜けたように立ち尽くす。
「俺は約束を守る。とっておきの秘密を教えてやろう。ついてこいよ、走るぜ?」
 拘束する鞭を気にも留めていない様子で、隆司はバイクの方向に歩き始めた。
「どうします? せっかく捕まえたばかりですが」
 ファリンがスマホ越しに相談すると、リュカが応えた。
「うーん、危ないけど……。彼らは既に抵抗をやめてる。少しでも情報は欲しいし、彼の話を引き出したい……かな」
 昂は【デスマーク】で、ライヴスの印を隆司に刻んだ。
「逃げられると思わないでくださいね? どこまでも追えますよ?」
「そんなことはしねえ。ただ俺らの行きつけの場所で話そう」
 念を押しても、まったく動じるそぶりもない。
 少し迷ったが、彼らの行動範囲が分かるかもしれないし、彼を泳がせてみることにした。
「その右手で運転できますの?」
 グレイプニールを解いてやりながらファリンは、隆司がバイクを運転できるのか気遣う。
「バイクは俺達の体の一部だ。訳ねーよ」
 自分の懐から出したハンカチで、隆司は傷口を縛った。
 彼と同行するのは、バイクを借り出していたリュカと征四郎、昂と一真だ。
「悪いけど他の足は、潰させて貰う」
 一真がブレームフレアで他のメンバーのタイヤを灼いても、持ち主の誰も抗議はしなかった。
 リーダーと共に、群れもまるごと戦意を失ったかのように悄然としている。
「法定速度は、守ってくださいね!」
 征四郎はいくつか攻撃をまともに食らったが、少年達の攻撃力はさほどでもなく、運転には問題なさそうだ。後部座席にリュカを同乗させる。
「堅いこと言うなよ! 風を切って走んなきゃ意味ないぜ!」
 バイク少年は、勢いよくエンジンをふかす。
 バイクのテールランプが夜の道路に勢いよく飛び出し、四人は慌てて後を追った。


「……ここが『行きつけの場所』なんですか? 僕らとしては、集会所に案内してくれるかと思ったんですが」
 昂の声には、不信が滲んでいる。
 バイクの停まった先は、人けのない海岸だった。
 遠くにひとつふたつ、街灯が灯っているが、浜とそこに打ち寄せる波は、どこまでも暗い。
 征四郎はそっと【ライトアイ】を使用し、視界の確保を図る。
「悪いが、仲間は売らねえ主義なんだ。教えられるのは、俺の秘密だけだ」
 隆司はバイクに寄りかかり、タバコとマッチを取り出す。
「ここによく寄るのは本当だぜ? 走って走って、誰もいないとこまで来てやっと、ほっとする」
「その鬼の面を取って顔を見せろよ。話はそれからだろ」
 捕縛した際に、、無理にでも顔を見ておけば良かったと、一真は後悔した。
 どうもこの隆司という男の考えが読めない。
「……ああ、顔は見せてなかったな。でも、それはいいんだ」
 潮風に乗るガソリン臭が強くなったことに、リュカは気づいた。
 隆司のバイクの燃料タンクの蓋が……外されている?!
 シュッと音を立てて、マッチが炎を上げる。
「俺はな、知っちまったんだ。命を掛けられるものの存在を」
 少年はそれを無造作に、開いたタンクの中に落とした。
「危ない! 伏せろ!」
 リュカは征四郎を庇うようにしてその場に伏せる。
 残りの二人も身を低くした直後、激しい爆風と金属片が襲ってくる。
 隆司の乗っていたバイクが爆発し、炎上していた。
 あたりに飛び散ったガソリンまでもが、黒煙を上げながら大きな炎を上げている。普通の人間ならば、その中で無事でいられるはずがない。
 しかしエージェント達はその後、隆司を発見することはできなかった。

●倒れた少年達
 征四郎のクリアレイで一応の回復をして戻ると、そこには負傷者のようにブルーシートに横たえられた若者達がいた。
「何が起こったんだ? あのあと負傷者が出たのか?」
「俺達にも、何がなんだか分からない。おまえらが一緒に出て行ったあと、急に全員が倒れてだな……」
 一真の問いに龍哉が答えるが、それ以降は口篭った。
 ブルーシートに寝かされた少年達はふたつに分けられ、ヘルメットが外されていた。胸元が開かれている少年もいる。枕元には、ポリ袋に封入された画面の黒いスマートフォンがいくつも置かれている。
 並んだその体の皮膚はぼろぼろに崩れ、筋肉が露出し、部位によっては大きく抉れている。
「見たら分かるだろうが……こっちの奴ら、息してねえんだわ。さっきまで暴れてたのにな。意味分かんねえよ。スマホも全部電源落ちだ」
 ツラナミが紫煙をくゆらせながら言った。羽山刑事も困惑した表情だ。
「正直、警察側も戸惑っています。バイクを運転する死体って、ありえるんでしょうか?」
「俺達に聞かれてもな」
 恭也も困惑顔で返す。
「息のある子達も、全員に感染症状があるので、このまま医療機関へ搬送します。8人中6人は、失踪者でした」
 兎丸刑事は話しながら名簿にペンで書き込みをしている。
「待ってください、残りの子達は? あの隆司って名前は、その名簿には載っていなかったんですの?」
 ファリンが疑問を投げかけると、兎丸刑事は目を伏せた。
「載っていません。学校にも仕事先にも所属していない場合、親御さんによるので」
 自分の意思で出て行ったと、放っておく親もいるらしい。重苦しい雰囲気を払うように、兎丸刑事は無理に明るい声を出す。
「でも、心配して何度も警察に足を運ぶ親御さんもいますよ! 今回はその子が生きて見つかって、僕は救われた思いです!」
 ヤバい病気に感染してるけどなー……というツラナミの台詞は、とりあえず皆聞こえない振りをした。

●統べる女、朱天王
「よくやった。――しばし休んでいろ」
 波打つ黒髪を後頭部で結い上げた女が、ひとりごとのように呟いた。
 脇息に寄りかかると、しどけなく着流した着物地が畳の上を彩る。
「朱天王(ステンノ)様、なにか」
 側に仕えていた男が、声を掛ける。
「どうも『百鬼夜行』の連中が、厄介な相手に遭遇したらしいな。隆司は離脱し、他の者達は眠らせた」
 女は眉を寄せ、溜息をつく。
「俺達の目的を、邪魔する奴らがいる。『百鬼夜行』で対抗するには、装備も訓練も足りていなかった。他の『百鬼夜行』の連中には、河岸を変えるよう通達した」
 きっと強い瞳を上げて、吐き捨てるように言う
「俺の弟分が受けた借りは必ず返してやる。強い敵ほど、やり甲斐があるってもんさ」
 それから女は、男に命令を下す。
「囚われた同胞のうち、『こちら側』の者はについてはすぐに迎えに行ってくれ。生者は無慈悲だからな。『あちら側』の者は……こちらに来るまで、もう少し待っていよう」


 その夜のうちに、警察が収容したはずの『少年達の死体』は、忽然と消えた。
 『死体が暴走行為を繰り返していた』という予想外の事態に警察は混乱しており、その隙を突かれた形だ。
 白い服を着て歩くゾンビの目撃証言があったが、深夜のためあまりにも少数であり、その後の足取りは掴めなかった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    ツラナミaa1426
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
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