本部

海域に潜む脅威

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/14 20:45

掲示板

オープニング


 小島が集まる群島の一つ。観光にも農業にも向かない小さな島である。
 特にこの砂浜に面した集落では自給自足の暮らしを送っていた。
 集会所に行けばテレビがあるしネットも繋がる。世界の大都市がどんな風なのか知らないわけでもない。
 それでも島の住民たちは昔ながらの暮らしを変えていなかった。
 集落の全員が家族のようなもの。たまの嵐はあるが概ね穏やかな暮らしに突然異変が起きた。
「なんだあれ?」
 最初に気付いたのは朝早くの漁から帰って来た漁師達だった。
 船を浜に引き上げる途中、遠い沖の方に近付いて来る丸い光を見つけたのだ。
 一つ、二つと増えて行く数を数えていると海面が盛り上がって巨大な何かが姿を現した。
 シルエットは鯨に似ている。しかしこの辺りに鯨はいないしそもそも鯨にレンズのような目がいくつもあるのはおかしい。
 表面はごつごつとした甲殻に覆われ、所々に奇妙な突起物がある。
「まさか、あれ……従魔……」
 誰かがその正体に気付いて後退りしたが、体がそれ以上動かない。
 あまりに予想外の事態を前にして体と頭が反応しきれなかった。
 従魔の口が開く。巨体に相応しい大きな口。中も大きなレンズのような物が一つ。
 眩しい光が目を、肌を、肉を、骨を焼いた。
 光が収まると、頭頂部のレンズの光はすべて消え、従魔は口を閉じた。
 砂浜は高温に晒されてガラス化し、そこに誰かがいた形跡は残っていない。
「なんだ今の!」
「おい、あっち見ろ! 砂浜に何かデカイ物が……」
 聞こえて来た人の声に従魔がのそりと顔を向けた。
 頭頂部のレンズが一つ、微かに光り始める。


「……これが、予知された従魔が起こす最初の事件です。等級はケントゥリオ級。超大型従魔です」
 従魔は小さな島が集まる群島目指して動くと予測される。進路上にある島の住民に事情を話し避難を始めてもらっているが、従魔が最初に出現する砂浜に面した集落以外はまだ避難が完了していない。
「従魔を人々が住む場所に上げるわけにはいきません。従魔の撃退を最優先にお願いします」
 撃破ではなく撃退。どういう事かと説明を求められ、職員は頷いた。
「この従魔は非常に大きく地上に上がれば移動速度は落ちますが、その代わり強力なビーム攻撃を持っています。リンカーの皆さんならば何とか耐えられるでしょうが、一般人が受ければ即死です。射程距離も長く、砂浜より先でビームを撃たれれば大きな被害が出るでしょう」
 職員は島の地図の上に予測されるビームの射程距離を赤いラインで表示する。
 最大射程距離1km。最初に現れる砂浜の中央辺りででビームを撃った場合は集落に届くが、その辺りは避難が完了しているので少なくとも犠牲者は出ない。
 しかし、砂浜と集落の境目まで来てビームを撃たれれば集落を突き抜けてまだ避難が終わっていない次の集落に届いてしまう。
 従って理想の防衛ラインは砂浜と波打ち際の付近。最終防衛ラインは砂浜の中央と考えればいいだろう。
「幸いビームは連射できないようですが、どの程度の間隔なのか分かっていません。それに従魔の攻撃手段がビーム一つとは限りません」
 従魔の全体的なシルエットはシロナガスクジラに似ている。
 体は甲殻に覆われているが、いくつもの節に分かれており驚くほど柔軟に曲がる。
 水中ではかなりの速度で泳ぎ、陸上でも三対の胸鰭と矢じり型の尾鰭を使って移動できるようだ。
 特徴的なのは頭頂部にあるいくつものレンズ。
「頭頂部のレンズとビームは連動しているように見えます。それに注目すればビームの法則も分かるかも知れません」
 他に気になるのは体のあちこちにある突起物だ。
 突起物の根本と先端に小さなレンズがある事からこれも武器ではないかと推測されるが、予知では使用されていなかったため詳細は不明。
「皆さんには従魔の撃退を最優先にして頂きたいのですが、なるべくこの従魔の攻撃方法やパターンも調べて頂きたいのです」
 今回撃退しても二度と出てこないと言う保証はないのだ。できる限りの情報が欲しい。
 最も、情報収集にばかり集中して撃退に失敗しては本末転倒である。苦戦するようならば情報収集は諦めて構わない。
「決定権は実際に戦う皆さんにありますが、何よりもまず島の住民を守る事、皆さんが無事に帰って来る事を考えて下さい」

解説

●目標
 巨大従魔の撃退
 一般人から死亡者を出さない

●状況
・時間・天候:昼間。晴天で風は感じるが波は穏やか。砂浜にも沖にも障害物になるような岩礁などはありません
・移動手段:ヘリコプターで上空から従魔が最初に現れる砂浜に向かいます。到着は従魔が沖に現れる30分ほど前になるでしょう
従魔の能力が解明されていない状況なので、船での移動は従魔の動きが素早い海上で接触する可能性が高いからと禁止されています

●敵
・???(名称不明)
 シルエットはシロナガスクジラに似た超大型従魔。推定縦30スクエア。頭部の広い部分の横幅は約5スクエア
 巨体と体を覆う甲殻から高い体力と防御力を備えていると思われる。甲殻は節分かれしており、陸上でも柔軟に動き回る事が判明している 
 陸上では大きな三対の胸鰭と尾鰭を使って移動。移動速度は平均値の人間が走くらい
 水中ではかなりの速度で泳げる模様
 頭頂部のレンズは全部で八個。ビームの発射に関わる重要な機関と推測される
 ビームの射程距離は1km。多少なりとも防具を装備していれば二発くらいなら耐える事は可能。連発はできない
 体の各所にある突起物も武器と思われるが詳細は不明
 予知ではある程度暴れると自分から撤退していったそうですが、活動時間に限界があるのか単に入手できるライヴスが減って狩場を移したのかは分かりません

リプレイ

●今はまだ穏やかな海
 青い海、青い空。寄せる波も穏やかで、冬の冷たい潮風も昼の太陽に温められて大分和らいでいる。
 時折聞こえる海鳥の声と言い、なんとも平和な光景だった。
 誰もこの場所に巨大な従魔が現れるなど誰も想像しなかっただろう。
 しかしプリセンサーが予知した従魔は紛れもなくこの小島に向かっている。
 予知された悲劇を防ぐべく、リンカー達もまたヘリコプターから砂浜に降り立った。
「海だー!」
 ピピ・浦島・インベイド(aa3862)が砂浜を駆けて行く。
 海と関わりが深いピピは移動中のヘリコプターに乗った時からすでにテンションが高く、到着の知らせを聞く否や我先にと飛び出したのだ。
「もう……何しにきたか分かってるの?」
 慌てて追いかけて来たパートナーの音姫(aa3862hero001)が、はしゃぎまわるピピを窘める。
「カーグーヤー! 命令だ! ピピと遊べー!!」
「遊んでいる場合じゃないでしょ!」
 咎める音姫だったが、早くも海に入ろうとしているピピに誘われたカグヤ・アトラクア(aa0535)の方はよいよいと鷹揚に手を振った。
「わらわはどうやら配下らしいからのう。遊ぶのは構わぬが……」
 少しためを作った後、カグヤはきっぱりと言った。
「わらわは海に入ると沈む!」
「重いからね……」
 さもありなんと頷くパートナーのクー・ナンナ(aa0535hero001)。
 アイアンパンクのカグヤ。アイアンパンク全てがそうとは限らないが、彼女の場合は重みで水に沈んでしまうらしい。
「これが機械の体の呪いよ……。そうじゃのう、戦闘後にビーチで遊ぶのはどうじゃ?」
「先に従魔で遊ぶつもりだね」
 もちろんじゃと返すカグヤにクーは軽く肩を落とすような仕草をした。
「デカブツとの戦いか……テンションが上がるな……!」
 テンションが高めのピピ達に、更に狒村 緋十郎(aa3678)の熱気が加わった。
「暑苦しいわね。今からそんなに騒いでいると肝心な時に息切れするわよ?」
 髪をかき上げたレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に少々きつめの口調で釘を刺される緋十郎だったが、むしろ男らしく精悍な顔立ちが緩む。
 レミアの左手にある指輪を目にすれば表情は更に緩んだ。
「鯨さんをイジメるのね。賢くて可愛い動物を!」
 そんな一同の中でむすっとしているのはセレティア(aa1695)のパートナーであるセラス(aa1695hero002)。
「相手は従魔なんですけどね」
 セレティアは幼げな雰囲気を協調する紫の垂れ目をしばたたきパートナーを宥める。
 金髪と白い髪、表情こそ違いがあるがよく似た顔立ちの二人がそうしていると姉妹のようで微笑ましい。
 が、そのやりとりに不安そうな顔をする者が一人。
「……じゅ、従魔とは言え鯨型を倒したら、反捕鯨団体から苦情が来たりはしないですよね……?」
 おどおどとする月鏡 由利菜(aa0873)の問い掛けに、セレティアはそんな事はないと言い切れなかった。
「流石に反捕鯨団体も、従魔退治には文句を言わないでしょう……と、言い切れない怖さがありますね」
「や、やっぱりそうなんですか……」
 委縮する由利菜を見かねたのか、パートナーのリーヴスラシル(aa0873hero001)が言う。
「……似て非なるものを守れ等と言うなら、私は彼らの知識を疑う。従魔は敵だ。倒すことに躊躇いはない
 だからしっかりしろとばかりに肩に置かれた手に、由利菜は少しほっとしつつ自分を奮い立たせるように頷く。
「従魔はまだ見えないわね」
 少し離れた所でお気を眺めているのは御神 恭也(aa0127)のパートナーである伊邪那美(aa0127hero001)だ。
 今日の彼女は場所が海だからか、砂浜でも活動しやすい洋装になっている。
「予想される出現時間はまだ先だ」
 恭也の方はいつもと変わらない黒い一揃えの服装で時計を確認しながら答える。
「鯨並みのデカブツとは本当に何でもありだな」
 沖を眺める二人の所に赤城 龍哉(aa0090)とパートナーのヴァルトラウテ(aa0090hero001)がやって来る。
 予知された従魔の情報は事前に知らされているが、その形状と大きさは数十メートルと言うまさに鯨並のものだった。
「それでも私たちは遥かに驚異的な存在を知っていますわ」
 ヴァルトラウテの言葉に言葉にしないがらも肯定を返ってくる。
 幾多の従魔、愚神と戦って来た彼等。いかに巨大な従魔であっても恐れる事はない。
「ま、それに比べたらな。ただ、被害を出さないようにってのが肝だ」
「最終防衛線に入る前にけりをつける」
 恭也の鋭い目がまだ見ぬ従魔を睨むように沖を見据えた。
「避難は今も続いているのよね」
「ええ。今様子を見に行かれていますわ」
 伊邪那美とヴァルトラウテは沖とは反対の方向に目を向ける。
 砂浜に彼女達を下ろしたヘリコプターは、一般人の避難を行いたいと言う長田・E・勇太(aa4684)がパートナーの碑鏡御前(aa4684hero001)を乗せて今も避難が続けられている町に向かった。
「民草はなんとしても逃がす。よいな? 勇太」
「ミーに命令するナ。言われなくても報酬分の働きはスル」
 碑鏡御前と勇太の関係は傍から見ると御世辞にも良好とは思えずヘリコプター内でのやり取りも少々刺々しかったが、その返事は渋々ながら自分の役目は果たすと言外に含んでいた。
「こっちはこっちで従魔につきっきりだ。避難を任せられるならありがたい」
 龍哉は胸の前で拳と掌をばしんと打ち合わせる。
「到着から三十分。従魔のご登場だ」
 遠く沖の方で丸く光る物が一つ。
 リンカー達は共鳴し、砂浜から海へと躍り出た。

●俄かに騒めく海
「今回は追い払うのと犠牲者を出さないのが目的と言われていますけど……」
 リーヴスラシルと共鳴し白く輝く鎧を纏った姫騎士となった由利菜はALBセイレーンで海面を駆ける。同じく水上移動を可能にするセイレーンを装備した龍哉とセレティアが後に続いているが、一番先を行く形になったためか由利菜の声に不安が滲む。
『……このメンバーならば、今回で終わらせることも不可能ではない。人々の脅威を長く居座らせるべきではない』
 リーヴスラシルに言われて仲間の方に振り向いた由利菜が軽く深呼吸する。
「わ、分かりましたけど……あくまでも犠牲者を出さないことが第一ですからね?」 
 弱気な台詞は変わらなかったが、蒼黒の剣シュヴェルトライテを抜き払う由利菜の目にもう不安はなかった。
 不意に海面が揺れる。
 経過するリンカー達の前で海面が上昇……したのではない。
 水飛沫を上げて、水中から巨大な従魔が現れた。
 確かにシルエットはマッコウクジラに似ている。
 しかし、全身を覆う岩のような甲殻と奇妙な突起物、そして頭頂部に並ぶ八つのレンズが従魔である事を教えている。
「あの質量だと、転がられただけで大惨事になりかねんな」
 白い髪に白装束の武者となった恭也は浜辺から離れた沖にいても分かる従魔の大きさから想像する。
『……話には聞いてけど、鯨ってこんなに大きいんだね』
 伊邪那美の方は初めて目にする巨大さに、もし共鳴していなければ目を丸くしていただろう。
 驚いたのは海上の三人も同じだったが、悠長に驚いているわけにもいかない。
『一番槍はわらわじゃな』
 通信機を通してカグヤの声が聞こえてくる。
 遅れて響く重低音。
 砂浜から一直線に飛んで来たのはカグヤが持つ砲身約120cmを誇るAGCメルカバの弾丸である。
 狙い違わずレンズに直撃した37mmの榴弾が爆音と爆炎を撒き散らす。
「はっ!」
 その余韻が消え去らない内に、由利菜がシュヴァルトライテを光るレンズ目がけて振るった。
 レンズを破壊するには至らなかったが、確かな手応えが返って来る。
「まずは注意を引き付けるぞ!」
 水飛沫の音に消されないよう龍哉が叫ぶ。
 ヴァルトラウテと共鳴した龍哉の赤から銀に染まった前髪のメッシュと纏う鎧が空と海面からの照り返しを受けて白銀に輝いた。
 肩に担いだのは全長131cmのロケット砲フリーガファウスト。携帯できるように作られているとは言え並の人間では使いこなせない砲身からライヴスで形成した弾丸が射出され、反動で体が僅かに沈む。
 弾丸は由利菜が傷付けたレンズに着弾し、余波が海面を激しく揺らす。
「レンズは……」
『従魔が動きますわ!』
 成果を見ようとした龍哉にヴァルトラウテの警告が飛ぶ。
 従魔の体が回転し、唸りを上げて尾鰭が接近して来たリンカー達を跳ね飛ばした。
「さすがにこれだけ大きいと質量だけで十分武器になるぜ」
 龍哉がまともに尾鰭を食らった脇腹を押さえる。
『単なる物理接触だけ……とは言えませんわね』
「試してお陀仏じゃなくてよかったな」
 しっかり吹き飛ばされた龍哉はヴァルトラウテに思わず苦笑を返す。
 鯨に似た従魔は水中で非常に素早く泳ぐと言うのも節別れした甲殻が柔軟に動くと言うのも事前情報はあったが、海と言うステージにおいてその両方が存分に発揮されているようだ。
 浜辺でそれを見ていたカグヤが神妙な面持ちで口を開く。 
「きっと初めて海外の巨大な船を見た昔の民も今のような不安な気持ちで……」
『大砲で沈める気満々だよね? 明らかにそのおもちゃが使えるの楽しんでいるよね?』
 表情と声音だけは神妙なカグヤの台詞を共鳴しているクーが遮った。
 艶やかな黒い機械の右手を覆うのは先程従魔に一撃を食らわせたメルカバが装着されている。
「無論じゃ。技術も道具も使わねば意味が無い」
 従魔はすでに射程距離内。近付いたリンカー達を尾鰭で跳ね飛ばした体も丁度停止し、おあつらえ向きに頭頂部を晒している。
 再びトリガーを引けば体全体に響くような反動と共に射出された弾丸が従魔の頭頂部に炸裂する。
 生じた爆炎を貫くのは、恭也が撃ったスナイパーライフルの弾丸。それは皹の入ったレンズを直撃し、破片がまだ収まらない爆炎に混じって飛んで行く。
「……硬いな」
 爆炎が潮風に掻き消されると、多少割れたものの相変わらず光を灯すレンズが見えた。
 その光はいつの間にか二つに増えている。
「いくら硬い物でも壊れない訳ではないでしょう」
 共鳴し緋十朗から主導権を受け取ったレミアが背に巨大な蝙蝠の翼を思わせる漆黒のライヴスを展開する。
 増幅されたライヴスは次の攻撃に備える恭也とカグヤの攻撃も強化する。
 従魔はレンズが狙われている事も意に周囲にいるリンカー達も意に介さないのか再び浜辺に向かって泳ぎ出す。 
『ぜんぜん気にしてないみたい。おっきいから痛くないのかなー?』
『痛覚がないのかもしれないわね……』
 肉声を介さず共鳴した音姫と話すピピ。
 攻撃を食らって跳ね飛ばされたピピだったが、深刻なダメージを受けたわけでもなく海中に潜って従魔の腹に接近していた。
 海上で仲間達が攻撃を続行しているが、海中で見上げる従魔の体は一向に気にした様子もなく陸に向かっている。
『じゃあ毒でじわじわ侵略するのはどうかなー』
 共鳴した事で泳ぐに適した形状になった両足で水を蹴り、凄竹のつりざおを振りかぶる。
 名前の通り見た目は釣り竿だが、これもれっきとしたAGW。ピピこだわりの逸品から放たれた毒の一撃は硬い甲殻に突き刺さり、じわりと侵略を開始する。
 沖での戦いが続く中、一人仲間達と離れ町に向かった勇太と碑鏡御前も避難誘導に忙殺されていた。
 長閑な暮らしを送っていた人々は突然起きた従魔の襲撃に対し、混乱しパニックに陥る者と半信半疑で避難に非協力的な者との差が極端だった。
「HEY! これからここにMoby Dickがクル! 歩けるヤツはダッシュでここから離れロ! グズグズするな!」
 海岸線の避難は終了しているとは言え、従魔が上陸し砂浜を進めばこの場所もビームの射程距離に入るのだ。
 先に避難誘導に来たH.O.P.E.の職員達は今も活動を続けているが、見ての通り苦戦が続いている。
「童! どこに行くつもりか!」
 釣り竿と魚籠を手に大騒ぎする周りを不思議そうに見る少年を見付けた碑鏡御前。 
「海釣りとな? いかん! 海岸はもはや修羅場となっておる。童も親御を連れ速く逃げよ!」
「おい、そのガキ探してるヤツがいるぞ!」
 真剣な碑鏡御前の説得にもきょとんとしていた少年だったが、勇太が連れて来た両親に連れられて避難の行列に無事加わった。
「呑気すぎるかと思ったら無駄に騒いであちこち勝手に走り回りやがッテ……」
「文句を言う暇があれば早う避難させるのじゃ」
 碑鏡御前に言われて舌打ちした勇太だったが、文句を言おうにも周りの騒ぎがますます激しくなってそれどころではなくなってきた。
「チッ……おいそこのジジイ! そんなデカイ荷車を狭い道に置くナ!」
 勇太がそう言って老人に駆け寄った時、腹に響くような重低音が聞こえて来た。
「What ?!」
 振り返った勇太の目に変化は見えなかったが、通信機をつけたカグヤから報告が入った。
『従魔の咆哮じゃ。近くで聞くとうるさいのう』
 カグヤの報せを聞いた勇太はなんだと力を抜いたが、町の人々の表情を見て舌打ちする。
 先程の音で人々は今まさに従魔が現れた事を実感したのだ。
 恐怖が凄まじい勢いで広がって行く。
「Hey! さっさと避難終わらせるゾ!」
「分かっておる!」
 勇太と碑鏡御前は他のH.O.P.E.職員にも状況を報せて避難を急ぐ。
 恐怖に浮足立った人々の避難が更に遅れるのは明らかだった。

●舞い上がる飛沫と砂埃
「口の中はレンズになってると聞いていたんですが……」
 剣を持っていない片手で耳を押さえた由利菜の表情は苦痛が浮かんでいた。
「うー、頭くらくらするよー」
 横にぷかりと浮いて来たピピも耳に当たる箇所を押さえている。
「声も出せるんですね……」
 セレティアが微妙に揺れる視界で見回せば、少し離れた所にいる龍哉も同じ状態だった。
『凄まじいのう。大事ないか?』
 通信機を通してカグヤが聞いて来る。
 どうやら先程の咆哮の効果で立ちくらみのような状況に陥ったのは近くにいた四人だけらしい。砂浜にいる三人と更に遠い場所にいる勇太に対してはただの音で済んだようだ。
 しかし、安堵している場合ではない。
『止まらないな……』
「そうね。見た目通り頑丈らしいわ」
 緋十郎とレミアは現れた場所からかなり砂浜に近付いてきた従魔を観察する。
 二つのレンズの破壊に成功し三個目のレンズも大きく皹が入ったたものの、光るレンズはすでに五つ目。ピピが撃った毒もどれほど効いたのか外見上の変化はなく、海上と砂浜から寄って集って攻撃されたにも関わらず動きに変化はない。
「……多少なりとも効いているのか不安になって来たな」
『何か蚊か蜂に刺された程度しか感じてない気がするよ』
 恭也の甲殻の節目を狙った攻撃も穴を穿つ事はあったが、出血や痛みで悶えるなどの分かりやすい反応がないため効果の程が実感できない。
 伊邪那美の不審そうな声にまったくだなと言うしかない。
「海戦じゃと魚雷型AGWや海を凍結させるAGWがあると便利じゃったんだかのぅ……。今度作るとするかの」
 そんな中、カグヤはむしろ楽し気にしていた。
 巨大な従魔が現れたと聞いてえ怪獣退治じゃと盛り上がっていたのを知るクーはやれやれと溜息をきながら疑問に思っていた事を口にする。
『んー、この島を狙う理由が見当たらないよね。無計画の馬鹿なのか、カグヤみたいな実験好きに操られているのか……後者だと面倒だなぁ』
 従魔は反撃こそしてくるが、ひたすら陸に向けて進んで来る。
 従魔が現れた地点から一番近いのがこの島だったとは言え、何故そこまで執拗に狙ってくるのだろうか。
「その考察は後にするとして、あの突起物光り始めてない?」
 レミアが従魔を指差す。
 従魔の体にある突起物の根元と先端には小さなレンズがついているのだが、それがぼんやりと光っていた。
「あれはビーム弾のような物を射出すると思うのだけど、チャージが必要なのかしら」
 レミアの呟きは正解だった。
 突起物が光ると同時に従魔の頭頂部にあるレンズの一つが光を失っていったのだ。
「皆気をつけて!」
 通信機を通してレミアの推測を聞いた海上の四人が回避できるように身構えると、突起物の先端から細いビームが射出された。
 それも一つではなく、全身にいくつもついた突起物全てからだ。
 かなり大雑把ではあるが、疑似拡散ビームとでも言えばいいのだろうか。
「全方位に攻撃が来るのだけが厄介かもしれません」
 ビームを受けた腕を軽く押さえ、セレスティアは従魔を見上げる。突起物は全部で六つあり、よく見ればそれぞれ違う方向を向いている。
 突起物は個々に動かす事ができないようで必ず六つ同時にビームを放つ。
 ビームがライヴスを使っているとすれば、消費が激しいのかも知れない。
「あのビーム、撃ち続けていたら例の強力なビームも撃てなくなるのでしょうか」
 セレティアがはたと気付く。
 だが、別の事に気付いた龍哉の一言に場が凍り付いた。
「ちょっと待て……あのレンズの光り方……こっちの攻撃を受けたら強くなってないか」
『そう思うか……こちらでもそうではないかと話しておった所じゃ』
 カグヤから通信が入り、四人が従魔のレンズを見上げた。
 従魔はこれまでの攻撃の効果を見る限りで、事前情報の通りかなりの防御力を持っている。ケントゥリオ級と言ってもその能力は同じ等級の中でも上位に入るようだ。
 鯨に似た形状の従魔は海で自在に動き回り、砂浜までの距離はあと僅か。従魔の進行は止まらない。
 そして今発覚した事実。レンズを破壊すればビームまでの時間は長くなる。体中にある突起物の攻撃でも同じようにビームまでの時間を長引かせる事は可能だが、リンカー達の攻撃を受ければそこからライヴスを補給するのか、レンズの光が充填された。
 撃退を最優先にと言われたのは、こう言う事かも知れない。
 攻撃を続けながらもリンカー達がそう考えた時、遂に従魔が砂浜に到達した。
 波打ち際に激しい水飛沫と砂埃が舞う。
 そして、最後のレンズに光が点った。
「ッ!」
 押し殺したような吐息は誰の物だったか、間を置かずカッと激しい閃光が走る。
「あれが従魔の……」
 その閃光は避難誘導を続けていた勇太と碑鏡御前の目にも見えた。
 射程外で放たれた物とは言っても、離れた町からでも眩く見えるビームの威力は想像に難くない。
「避難を済ませたら海岸に急ぐぞ」
「……」
 普段は碑鏡午前の言う事に反抗する勇太だったが、今度ばかりは不本意ながらも頷くしかなかった。

●砂浜の防衛戦
「……大物捕りにはリスクがつきもの。ですが、私は黙ってそれを受け入れはしません」
 ライヴスシールドを展開してビームをダメージを軽減した由利菜が、シュヴァルトライテを構えながら仲間の無事を確認する。
 大きなダメージを受けたのはピピとセレティア。龍哉の方はまだ余裕があるようだった。
「やれやれ、これでは防げんようじゃの」
 足元のガラス化した砂浜がばきりと鳴る。カグヤは展開したライヴスミラーに肩を竦め、受けた傷を癒すためリジェネ―ションを使用する。
 攻撃を反射する驚異の性能を持つライヴスミラーだったが、その効果範囲は狭く広範囲に届くビームには効かなかったようだ。
「……二撃までなら何とかなるなら最低でも2枚のレンズは奪えるな」
『そんな馬鹿な計算してないで、早く敵を倒す事だけを考えてよ!』
 余裕を見せるためか、ビームを受けてもそんな事を言う恭也に伊邪那美が怒りの声を上げる。
 レンズを二つ割った分威力が減少したようだが、それでもビームが届いた砂浜がガラス化し、範囲に入った樹木は小さな炭の欠片が残るのみ。
 ビームで大きなダメージを受けた仲間はカグヤのケアレイで治療できたが、回復層は厚くない。
「八つ全部叩き割ってあげるわ!」
 小山のような従魔を前にして、レミアの黒いドレスの裾とマントが翻る。
 頭頂部目がけて跳躍したレミアの手には血色の大剣。
 全長240cmと言うあまりにも長大で禍々しいカラミティエンドの刃に増幅された力が集まり、唸る血の色の刃がレンズに突き刺さる。
「硬いっ」
 かなりの衝撃が返ってきて、更に力を込めようとしたレミアに突起物が動く。
 六つの突起物はレミアの方を向いていた。
「最後のいっぱーつ!」
 ピピの釣り竿の風切音を上げて振り抜かれる。
 海上でほぼスキルを使い切り最後に残った縫止が、封印に成功した。
「今だー!」
「陸に上げれば確実に被害が広がると判ってて、これ以上抜かせると思うなよ!」
 オーガドライブを掛けた一撃を叩き込むべく、龍哉が迫る。
 従魔は砂浜に到達したがまだ波打ち際。セイレーンで陸に上がらずとも攻撃が届くぎりぎりの距離。
 龍哉の深紅の蓮華の意匠が目を引く大剣、裂華の刃はレミアが付けた傷に更に深く突き刺さる。
「大きな大きな従魔の鯨さん。大人しくしていてくださいね」
 セレティアが幻影蝶が従魔の巨大な体を取り巻く。
 ピピとセレティアの妨害を受けて、従魔の動きが止まった。
「ようやった!」
 カグヤの快哉はメルカバの砲撃と炸裂音に掻き消える。
「内部に侵入する余裕はなさそうだな」
『だったら、またびーむを撃たれる前に追い払ってよ』
 伊邪那美の不機嫌そうな声に、言われるまでもないと恭也はスナイパーライフルからドラゴンスレイヤーに武器を替え、疾風怒濤の連続攻撃を叩き込んだ。
 深い傷口からほんのり光って見える液体が流れ出て来る。
『ユリナ、ハガラズとソウィエルのルーンはこちらで組む。一閃で決めろ!』
 リーヴスラシルの声に由利菜が頷く。
 掲げたシュベルトライテに自身とリーヴスラシルが齎す力が集中して行くのに合わせて駆け出す。
 ピピとセレティアの妨害と仲間たちの攻撃に、従魔の進行はまだ波打ち際で止まっている。
「浄化の光輝、剣に宿し……駆けよ、熾天の羽!」
 海面を強く蹴り、羽を形成するライヴスの刃を一気に降り下ろした。
「セラフィック・ディバイダー!!」
 眩い光の翼が従魔の頭頂部を鋭く切り裂く。
 すでに損傷が進んだレンズを完全に破壊した一撃は甲殻も穿つ。
 しかし、そこで従魔が動いた。
 巻き上げられた砂埃と水飛沫に、ガラス化した砂浜の破片が混じる。
 砂浜を抉りながら回転した従魔の尾鰭が近くに迫ったリンカー達を纏めて跳ね飛ばす。
「逃がさないよー!」
 ピピが何とか体勢を立て直して釣り竿を振るったが、狙いがそれてしまったらしい攻撃は甲殻に弾かれてしまう。
 距離が離れたいたために尾鰭に巻き込まれなかったカグヤが砲撃を打ち込んで足止めを狙ったものの、従魔を止めるには至らず、その巨体は沖へと向かい海中に消えて行った。

●ガラスの砂浜と何事もなかった街並み
 苦戦しつつも従魔の撃退に成功し、避難誘導にも勤しんだリンカー達の奮闘により壊滅の危機に晒されていた小島は壊滅の危機を逃れた。
 従魔の放った一発のビームは砂浜をガラス化し海辺の林を一部炭化させてしまったが、人的被害はなかった。
 従魔と戦ったリンカー達によって持ち帰られたデータはH.O.P.E.で更に解析され、役立てられるだろう。
 今回収穫となったのはもう一つ。
「チッ、避難一つにこんなに手間取るなんテ……」
「しかしこれも良い勉強になったと言えるのじゃ」
「どこガ!」
 言い争う勇太と碑鏡御前であったが、二人と一緒に避難誘導に奔走したH.O.P.E.職員が持ち帰った報告は、今後の避難誘導マニュアルに役立て得られる事になる。
 先に避難を澄ませていた集落の人々も、一時はパニックに陥った町の人々も、しばらく恐怖にぎこちない日々を送るだろうが長閑な日々はまた戻ってくるだろう。
 そうして平和な場所に戻った小島でガラス化した砂浜と炭化した林だけが従魔の襲撃を物語る。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 柘榴の紅
    セラスaa1695hero002
    英雄|9才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • お魚ガブガブ噛みまくり
    ピピ・浦島・インベイドaa3862
    獣人|6才|女性|攻撃
  • エージェント
    音姫aa3862hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • 喰らわれし者
    長田・E・勇太aa4684
    人間|15才|男性|攻撃
  • うら若き御前様
    碑鏡御前aa4684hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
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