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【屍国】願い聞叶者
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最終発言2016/10/28 08:28:30 -
救え!その命を!
最終発言2016/10/31 03:38:42
オープニング
●母と子と
「とりあえず、応急処置だけです」
包帯を巻き終えて一ノ瀬 藍は救急セットを片付ける。
「すまないな」
そう応えて二司 巌は包帯を巻いた腕に視線を向ける。
すでに新しい包帯には赤い血が滲み、包帯から覗く指先は驚くほど青白く変色している。
「病院で手当てを受けられればいいんですけど」
そう言って一ノ瀬は窓の隙間からそっと外を伺う。
四国の山間に位置するこの町にH.O.P.E.の職員である二人が訪れたのは最近四国を騒がせているゾンビ型従魔に関連する調査の為だった。
そのゾンビ型従魔が今は町中に溢れている。
「病院は一番最初に襲われたらしいからな」
能力者ではない二人の調査はこの地の幽霊伝説とゾンビの関連性についてで、直接ゾンビ型従魔と対峙する予定はなかったのだ。
「支部への通報と派遣要請は済んでいる。すぐにエージェントが派遣されるだろう」
住民に避難を促しながら走り回った疲れか二司の呼吸は荒く座り込んだまま動こうとしない。
「やつら、どこから出て来るんですかね?」
一ノ瀬の言葉に二司は首を横に振る。
「従魔がどこから来るかなんて考えても無駄だ。奴らは異世界から来るんだから」
ゾンビ型従魔の数は次第に増えているように見える。
人を探してフラフラと歩いていたゾンビ達が動きを止めた。
「まさか……」
さっきまでに何度か見た光景だった。
ゾンビ達の視線が向いた先に人の姿が見える。
子供を抱きかかえた母親が追いかけてくるゾンビから逃げている。
だが、その行く手を塞ぐようにゾンビ達が立ち塞がった。
「まだ逃げ遅れた人がいたのか」
二司が鉄パイプを杖に立ち上がる。
「先輩!」
出て行こうとする二司を一ノ瀬は思わず引き留めていた。
ゾンビ達は強くはない。
ダメージを与えることは出来なくても一般人である二司でも攻撃を当てて怯ませる程度は出来る。
だが、倒せなければゾンビ達の数は減ることなく増え続ける。
次第に囲まれることが多くなり、とうとう二司がゾンビに噛みつかれることになった。
幸いその時は何とかゾンビを引き剥がしてここに逃げ込むことが出来たが、今外にいるゾンビ達の数はその時よりもずっと多い。
「エージェント達が到着するまでは俺達だけがこの町にいるH.O.P.E.なんだ」
分かっていても一ノ瀬は手を離せなかった。
「誰か! 誰か、助けて!」
声が響く。
母子は完全にゾンビに囲まれていた。
娘を守るように腕の中に抱きかかえて母親が助けを求める声を上げる。
その声に反応したのは別の通りにいたゾンビ達だった。
人の気配に魅かれてぞろぞろとゾンビ達が集まって来る。
「一ノ瀬」
二司の声よりも先に一ノ瀬は手を離していた。
「こっちだ、化け物ども!」
隠れていた場所から飛び出して行った二司が声を上げゾンビの注意を引きつける。
寄って来るゾンビを鉄パイプで殴りつけて二司は母子の元に向かおうとするが、ゾンビ達の数は多く前に進むことすら難しい。
母親の悲鳴が響き、娘の泣き声が重なる。
ゾンビが母親に襲い掛かる光景を一ノ瀬はただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。
母親は覆いかぶさるように体の内側に泣き叫ぶ娘を隠してゾンビ達の攻撃を受ける。
まるで獣が獲物に食らいつく様にゾンビ達は母親に噛みつきその肉を喰いちぎっていく。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びが響く。
血まみれになりながら二司がゾンビの群れをかき分けて母子の元にたどり着く。
もうそんな力など残っているようには見えないのに二司は鉄パイプを振り回して母親に覆いかぶさるゾンビ達を打ち払う。
母親の姿も二司と同じくらいボロボロであった。
だが、その腕の中の娘はまだ元気に泣いている。
母親は二司の方に娘を押し出す。
必死に母親の側にいようともがく娘を強引に二司が抱き上げる。
「一ノ瀬!!」
血を噴きだすように二司が叫ぶ。
そして、最後の力を振り絞るように女の子を一ノ瀬に向けて放り投げるとそのまま地面へと倒れ込み動かなくなる。
「先輩!」
慌てて女の子を受け止めて一ノ瀬が声を上げる。
その声に魅かれるようにゾンビ達の視線が一ノ瀬の方を向く。
腕の中の女の子がもがき抜け出しゾンビ達の向こう側に見える母親に駆け寄ろうとする。
必死に掴まえた女の子の服は母親と二司の血で真っ赤に染まっていた。
「ごめんなさい!」
誰に何を謝っているのかもわからぬまま一ノ瀬はそう叫んで女の子を抱え上げるとゾンビ達から逃げるように走り出す。
その腕の中で女の子は母親を求めて泣き叫んでいた。
●救援
「何とか降りられないのか!?」
その声にヘリのパイロットは首を横に振る。
眼下の町はゾンビに埋め尽くされている。
そしてゾンビから逃げるように走る一ノ瀬の姿が小さく見えている。
町の上空から一ノ瀬と二司の姿を見つけられたのは偶然だった。
だが、助けることは出来なかった。
例えそのまま飛び降りていたとしても間に合いはしなかっただろう。
それ程までに遠く小さな姿だったのに何故かはっきりとその光景が見えたような気がする。
手の中の通信機が小さな音を立てる。
「一ノ瀬!」
ようやくつながった通信に慌てて声をかける。
「その立体駐車場に入れ! 屋上で救助する!」
今、一ノ瀬がいる場所の近くでそこが唯一ヘリが近づける場所だった。
走り疲れて息が上がる一ノ瀬の応えは無いがそのまま目の前の立体駐車場に入る姿に少しだけ安堵する。
その駐車場にはゾンビの姿は無いが、一ノ瀬達を追いかけるゾンビ達も駐車場へと集まって来る。
町中のゾンビがここに集結するのも時間の問題だった。
ヘリは駐車場の屋上へと移動するが、疎らに止まった車がまるで嫌がらせのようにヘリの降りられる空間を塞いでいた。
スロープを駆け上がって泣き叫ぶ女の子を抱えた一ノ瀬が姿を現す。
その足元はふらつき今にも倒れそうに見える。
そして、一ノ瀬のすぐ後ろをゾンビ達の集団が駆け上がって来る。先頭のゾンビの手は今にも一ノ瀬の背に届きそうだ。
だが、上がってきたゾンビの集団はそれだけでは無かった。
女の子の泣き声に魅かれた別の集団が反対側のスロープからも姿を現す。
「今のままヘリを降ろしても再び離陸は出来ません」
ヘリにもしも何かあれば全員の命に係わる。
無事に逃げるためにはヘリを傷つける訳にいかなかった。
「何とか二人を守ってゾンビを排除してください」
解説
●目標
・一ノ瀬 藍と子供を救出する
●ゾンビ型従魔
・体型体格は様々です。
・数が多いので囲まれて掴まると振り払うのはかなり困難でしょう。
●立体駐車場
・三階建て立体駐車場です。屋上部分含めて四層構造になっています。
・一辺五十メートルの正方形で北側と南側に昇降用のスロープがついています。
・現在屋上の駐車スペースには二十台ほどの車が有ります。それぞれバラバラに停まっており現在はヘリが着陸できる空間はありません。
・駐車場西側には人用の昇降階段があります。
●通信
・耳につけるタイプの通信機が各自に支給されています。
・ヘリとの通信、一ノ瀬との通信どちらも可能です。
●ヘリコプター
・輸送用のヘリで武装は積んでいません
●シナリオ開始位置
・ヘリに乗った状態です。降りるには飛び降りるしかありません。
・立体駐車場の屋上内ならば好きな位置に飛び降りることが可能です。
・共鳴状態ならば飛び降りでダメージを負うことはありません。
OP登場人物
●一ノ瀬 藍
・H.O.P.E.一般職員
・女性 十九歳(新人)
・OP時点で無傷
●二司 巌
・H.O.P.E.一般職員
・男性 ベテラン社員
・生死不明
●三葉 海
・娘 五歳
・今の所、泣き止む様子はない。
・OP時点で無傷
●三葉 恵美
・母親
・生死不明
※OPの状況は上から見ていたので知っているものとします。
諸々の事情により降りても助けに行くことは出来ない状況でした。
子供の名前は一ノ瀬が聞きだしているのですぐに分かります。
リプレイ
●降下
「全員救うぞ! 行くぞ白虎丸!」
虎噛 千颯(aa0123)のその言葉に
「無論でござる!」
と白虎丸(aa0123hero001)が応え二人は共鳴と同時にヘリから飛び出して行く。
「此処でもゾンビかよ……四国に何かあるのか?」
ひしめくゾンビの姿に眉をしかめる虎噛に
『千颯……今は救助に集中するでござる』
白虎丸が声をかける。
「分かってるって、ゾンビなら焼き払うのが一番だろ!」
空中で構えたフリーガーファウストG3から放たれるロケット弾がゾンビ達を焼き払う。
背後のヘリからは麻生 遊夜(aa0452)のヘルハウウドの狙撃が一ノ瀬と三葉の二人を守るようにゾンビを撃ち倒している。
(子供には親は大事だ! 助けれるなら助ける……あの子の為にも!)
その決意を胸に仲間達に二人を任せて虎噛は立体駐車場の端を蹴って外へと飛び降りる。
二人の周囲のゾンビを減らして飛び降りようとした麻生の体がよろめく。
立ちくらみのような眩暈に襲われバランスを崩した麻生の体を共鳴を解いたユフォアリーヤ(aa0452hero001)が慌てて支える。
「ユーヤ……」
不安げなユフォアリーヤに「大丈夫だ」と応えるが体の力が抜けたようなこの感覚には覚えがある。
視線を腕に巻いた包帯へと向ける。
その場所のゾンビの噛み傷だけは治りが遅く徐々に治まってはいるが傷口の周りには四国の事件で救助した人達と同じ青白い変色もある。
「先に行くぞ」
膝をついた麻生に声をかけてレイ(aa0632)がヘリから降りる。
口元の煙草を燻らせて、風に煽られる長い銀髪を鬱陶しそうに押さえて紫の瞳でゾンビ達を睥睨する。
『ナニもー勘弁して欲しいよね、美しくない全く』
共鳴したカール シェーンハイド(aa0632hero001)が不満げな声を上げる。
『しかも女子供問わず襲うとかサイアク~。なぁ、レイ?』
今も逃げ続ける一ノ瀬と三葉の姿に目を向けて
「……そうだな、助けられる命ならば、助けてみせるさ」
そう応えるとレイはライトマシンガンをその手に現す。
『んじゃ、オレらのライヴの開幕と行きますか…っと』
カールのその言葉と同時にライトマシンガンからゾンビへと弾丸の雨が降り注ぐ。
「これだけ湧いてると、流石に厄介だな」
視界を埋め尽くすゾンビの姿に辟易するように呟いてリィェン・ユー(aa0208)はヘリから一歩踏み出す。
『じゃが、その中に助けを求める者がおるのじゃったら行くしかないのじゃ』
落下するリィェンと共鳴したイン・シェン(aa0208hero001)の言葉に
「そうだな……ま、俺らがやることは変わらないか」
気負うことなくリィェンはそう返して自分に合わせて調整された専用の屠剣「神斬」【極】を抜き放つ。
『その通りじゃ。妾らはただ敵を屠るのみじゃ。これだけいるのじゃったら殺りがいがあるというものじゃな』
斬りつけたゾンビの体を緩衝材にしてリィェンは地面に着地する。
一ノ瀬と三葉が動いたせいで二人とは少し離れた場所になってしまう。
降って来た人に驚くように動きを止めていたゾンビ達がリィェンへと手を伸ばす。
「しかし……こう、振ればあたるような状態じゃ、狩りがいがないな」
言葉と一緒に振り抜かれた屠剣の刃がゾンビ達をまとめて斬り払う。
『ぼやく暇があったらさっさと数を減らすのじゃ』
泣き声で二人の場所は分かる。
リィェンはゾンビの数を減らしながらその泣き声の方向へと移動していく。
「オレ達も行くか」
そう言って逢見仙也(aa4472)もヘリから飛び出して行く。
『くれぐれも油断しないでくださいね』
クリストハルト クロフォード(aa4472hero002)の言葉を聞きながら逢見はLSR-M110を手の中に現す。
「武器を持った奴もいるのか……」
落下地点に銃弾の雨を降らせながら逢見はゾンビの集団を観察する。
それぞれに大きさも体格も違うゾンビ達の中にはバットやゴルフクラブといった凶器を手にしている物も見える。
着地予想地点のゾンビを全て打ち倒し逢見が地面に足をつける。
同時にその二メートルもある大きな体が消えるかのように気配が消失する。
逢見の姿を見失い戸惑うように辺りを見回すゾンビの頭が立て続けに弾け飛ぶ。
視線を向けるとヘリの上に再び共鳴した麻生の姿が見える。
ゾンビ達の意識が逢見から麻生へと移った隙に逢見はゾンビ達の意識の死角へと滑り込む。
「大丈夫なのですか?」
心配そうなアカデミック・ミリキー(aa4589)の言葉に麻生はヘルハウンドを構えたまま
「援護ぐらいはなんとかな」
と応える。
その言葉通り麻生は狙撃による援護に専念するため体を固定ベルトでヘリと繋いでいる。
「だが、下に降りて戦える状態じゃなさそうだ。すまんが二人の救助は頼んだ」
その言葉の間も麻生は狙撃の手を休めない。
「分かりました、任せてください」
そう言ってミリキーもヘリから飛び出す。
その手にはヘリに積まれていた非常用の手斧や消火器さらには救護バックやネットまで抱えられている。
『そんな物でゾンビと戦えるのか?』
シンバ・マウアジー(aa4589hero001)の疑問に。
「どんな物でも使い方で役には立つのですよ」
そう答えて幻想蝶に道具をしまうとミリキーは足元に向けてストームエッジを放つ。
刃の嵐で一掃した場所に着地するとミリキーは薙刀を手に一ノ瀬と三葉に駆け寄り二人に迫るゾンビを斬り払う。
「もう大丈夫です」
ミリキーがそう声をかけて三葉を抱いた一ノ瀬を背にかばうように立つ。
だが、その間にもゾンビ達は三葉の泣き声を目指して迫って来る。
「お願い、もう大丈夫だから。もう泣かないで」
必死に三葉を宥める一ノ瀬の声を聞きながらミリキーは周囲へと視線を走らせて近寄って来るゾンビ達を斬り払い出来るだけゾンビとの距離を作る。
麻生の援護もあるとはいえ開けた今の場所では手が足りない。
徐々にゾンビの輪が狭まって来る。
抑えきれなかったゾンビが一体一ノ瀬に迫る。
麻生の狙撃は位置が近すぎて狙えず、ミリキーは一ノ瀬を挟んで反対側だ。
一ノ瀬があの時の母親と同じように三葉を守るように抱える。
ゾンビの爪が一ノ瀬の背に届くよりも先にゾンビの体が弾き飛ばされた。
「リィェンさん!」
ミリキーが声を上げる。
リィェンはそのまま周囲のゾンビを斬り払う。
二人を守りやすい車の間まで移動させながらリィェンは一ノ瀬に二人と別れた場所を確認する。
一ノ瀬が覚えていたのはその場所の目印だけだったがそれで充分だった。
「お願いします。先輩を助けてください!」
その言葉にリィェンは頷いて見せる。
「任せても大丈夫だな」
逃げ込んだ場所は左右の車のおかげでゾンビの接近ルートは限られる。
仮に車を登るゾンビがいても登っている間に麻生の狙撃で排除は可能である。
「大丈夫です。気を付けてください」
ミリキーの言葉に「分かっている」と応えてリィェンは一人ゾンビの集団へと飛び込み切り開きそのまま駐車場の外へ向けて跳び出していく。
●願い
立体駐車場の外へと飛び出した虎噛はヘリから見ている事しかできなかったあの現場へと向かう。
リィェンからの連絡で場所が間違いない事は確認してある。
その場所に二つの人影が倒れていた。
「助けに来たぜ! もう少しの辛抱だ!」
声をかけて駆け寄った虎噛が思わず眉をしかめる。
二人の姿は凄惨と言ってよかった。
ゾンビによって噛み千切られた二人の体はボロボロで、あふれ出る血は今も二人の周りに血の海を広げている。
虎噛の声が聞こえたかのように片方が微かに動く。
「頑張るでござるよ! 俺たちに任せるでござるよ」
白虎丸の声と共に虎噛が駆け寄り抱き起した体は女性のようだった。
虚ろなその目が何かを探すように動き、口元から言葉にならない擦れた呼気が零れる。
絶たせぬ術と誓約救済の重なった虎噛のケアレイが女性の体へと降り注ぐ。
だが、それだけの力を込めたケアレイですら死に捕らわれた生を開放する力は無い。
それでも女性の呼気が微かな声になる程度の効果はあった。
「……お願い、します。あの子を、海を……助けてください」
最後の力を振り絞るように女性は自分の首に掛かっていたペンダントを掴んで差し出す。
「諦めるな! 俺たちはH.O.P.Eだ! 俺たちが希望だ!」
必死にそう叫んで差し出された手を虎噛が掴む。
「おねがい、しま……」
虎噛にペンダントを渡し、最後まで言葉を紡ぐことなく女性は事切れる。
女性の遺体を抱えたまま呆然とする虎噛の視界の端で何かが動いた。
「巌ちゃん、生き……」
立ち上がる二司の姿に言葉は最後まで続かなかった。
「ギリギリ……セーフってところか」
虎噛の側で誰かが立ち上がるのが見える。
『いや……この状況で言うなら……アウトじゃな』
リィェンの言葉をインが否定する。
その人影はとても生きているとは思えない状態だった。
立ち上がったゾンビの腕が虎噛へと迫る。
「虎噛!」
リィェンの放った斬撃が虎噛とゾンビの間を裂くように通過する。
ゆっくりとリィェンへと顔を向けるゾンビのぼろきれと化した服にはかろうじてH.O.P.E.のマークが読み取れる。
「ゾンビ物の定番といや定番だが……実際遭遇するといい気がしないな」
母親の物と思われる遺体を抱えたままの虎噛と二司のゾンビの間にリィェンが割って入る。
『まったくじゃな……せめてもの情けじゃ。これ以上苦しまぜずに逝かしてやるしかないのじゃ』
インのその言葉に頷くリィェンの前でそのゾンビは落ちていた鉄パイプを拾い上げる。
元は剣道の有段者であったという二司のゾンビとは思えない程の鋭い上段の打ち込みをリィェンは前に出て屠剣で受ける。
そしてそのままさらに前に出たリィェンの拳が二司の胸を打ち、その体勢を崩す。
『千颯!』
白虎丸のその声が聞こえるまで虎噛はその変化に気付けずにいた。
腕に痛みが奔る。
ゾンビへと変わった遺体が虎噛の腕を締め付けるように握りしめて爪を立てている。
首筋に迫るゾンビの歯を自覚しながらも咄嗟に母親の体を投げ出すことを虎噛は迷ってしまっていた。
子供に対する親の感情が渦を巻くように戦士の心を覆い隠してしまう。
「千颯……冷静に対処するでござるよ」
ゾンビの歯は虎噛の体に届かなかった。
いつの間にか髪が緑から銀へと変わっている。
虎噛は投げ出された母親のゾンビと手の中のペンダントに視線を向ける。
手の中のペンダントの重さを確かめるように握りしめ、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「必ず守る。だから、安心して眠ってくれ」
髪の色が緑へと戻る。
豪炎槍「イフリート」から立ち昇った灼熱の猛虎の幻影がゾンビとなった母親の遺体を灰へと変える。
リィェンの刃が体勢を崩した二司のゾンビの首を刎ねる。
ゆっくりと地面に倒れ再び動くことの無い体を見つめてリィェンは何も口にせず、インもまた何も言わなかった。
●脱出
南側スロープ近くに降りたレイはトリガーを引きっぱなしのライトマシンガンでゾンビの足ごとスロープの舗装を削っていく。
「『さて……アンタらに用は無いぜ? レンテッツァ推奨だ』」
スロープに倒れるゾンビ達とボロボロになった舗装が登って来るゾンビ達の足を遅らせる。
下の方では行き場を失ったゾンビがスロープから押し出され落下していく姿まで見える。
それほど、スロープにはゾンビが溢れていた。
「『邪魔なんだよなー……ま、タランテラでも踊ってな』」
発砲音に魅かれるように背後から近づいて来ていたゾンビに無造作に銃弾を撃ち込んでレイは近くの車の下に鉄パイプを差し入れ、そのまま梃の原理で車を押し出してスロープを塞ぐ簡易のバリケードを作成する。
スロープの出口が渋滞する事で多少でも時間を稼ぐことは出来る。
だが、それも多少だろう。
武器を九陽神弓に持ち替えて辺りにひしめくゾンビへと目を向ける。
ゾンビ達の姿は様々で中には警官が着るような防弾チョッキを身に着けている者もいるが、ほとんどの者はボロボロの服ばかりである。
続けざまに放った矢がこちらに背を向けているゾンビ達を撃ち倒す。
ゾンビ達は未だ泣き続ける三葉の声に群がっている。
『レディの泣き声に群がるなんて、イケてないじゃん』
カールの言葉を聞きながらレイはゾンビ達を撃ち倒しながら声の方へ近づいて行く。
その手元からは見えない程に細い糸が伸びている。
周囲に張り巡らされていく強靭な糸がゾンビ達の進路を阻み、見えない鋼糸の壁がゾンビ達を絡めとる。
まるで蜘蛛の巣のように鋼糸のバリケードをレイは泣き声の周囲へと張り巡らしていく。
隠れていた車を左右から押し寄せるゾンビの集団に押し出され逃げださざる負えなくなったミリキー達は追いつめられるように徐々に逃げ場を失っていた。
直接手を出せないこの状況に麻生は内心では焦っていたが表には出すことなく狙撃を続けていく。
腕の青白い変色も時間と共に薄れ体調も良くなっていたが、完全に降りるタイミングは逸していた。
駐車場ではミリキーが持ち出した消火器などの道具でよく対応してはいるが手の数が違いすぎる。
今は一ノ瀬もミリキーが持ち出した手斧を手にゾンビ達に対応している。
だが、ゾンビの数は一向に減らない。
駐車場の周りには未だゾンビの集団がひしめいている。
今一瞬でも狙撃の手を緩めれば一気に形勢はゾンビへと傾くだろう。
希望は北スロープに向かった逢見に託されている。
逢見は戦闘で時間を取られるよりも素早く移動することを選び気配を消して移動していた。
それでも体格の良い物や武器を持った物等、危険そうな物だけは排除して北のスロープへと接近する。
麻生がヘリから見る限りゾンビ達が壁面を登ってくる様子は無く、また行き場が無くなれば障害物となる物を乗り越えるようだがあまり知能が高くないのかゾンビ達の動き自体は単純であり潜伏は難しくはない。
「ゲームじゃ頭吹っ飛ばすのが一番なんだけどな」
LSR-M110の一撃で頭部を粉砕されたゾンビが手に持った包丁を振り上げるのを見ながら逢見がそうぼやく。
『術などで起きた者、その形で作られた物ならそんな上手くいきませんからね』
クリストハルトの声を聞きながら全く見当違いの方向に包丁を振り下ろすゾンビの胴を撃ちぬいて倒す。
頭部を潰せば周りが見えなくなるようだが、それだけでゾンビが倒れることは無い。
北側のスロープが見える。
逢見はミリキーがヘリから持ち出してきた荷物固定用のネットを広げる。
「こんな物まで役に立つとはね」
どこか複雑な表情で逢見はネットを広げスロープにひしめくゾンビへと投げかける。
網に絡まったゾンビが転倒して後続のゾンビも巻き込まれる。
まさに将棋倒しと言った様子でスロープのゾンビ達が倒れて互いに押しつぶされる物の姿まで見える。
倒れた先頭の集団に逢見はウレタン噴射器を向け、ウレタンを吹き付ける。
この程度でゾンビの動きが止まることは無いが起き上る阻害にはなるはずである。
今は少しでも時間を稼ぎヘリで救助できる瞬間を作る必要が有る。
スロープのゾンビが停滞するのを確認すると逢見は潜伏を解いて目立つように盛大に銃を連射する。
泣き声に集まっていたゾンビの一部が逢見の方にその意識を向ける。
倒さなくとも二人へ向かうゾンビの数を減らすことは出来る。
向かってくるゾンビの注意を引くように大きな音を立てて撃ち倒しながら逢見は泣き声から離れる方向にゾンビを引きつける。
北と南のスロープに障害物が出来た事によりエージェント達の殲滅力が僅かにゾンビ達の増える量を上回る。
未だヘリが着陸できるだけの空間は無かったがもうこのタイミングしか残されていなかった。
「ヘリにロープが残っていた筈です」
ミリキーの言葉通りヘリにはロープが残されている。
周囲の状況を確認して徐々に移動しながらミリキーは思いついた作戦を提案する。
「……ミリキー、あんた意外とクレイバーだな」
レイの咥え煙草が楽しげに揺れる。
「オーケー、コンダクターはあんただ」
そう言ってレイがミリキーの隣りへと並ぶ。
「分かった、位置に着くまで少し時間をくれ」
逢見もそう答え駐車場の西側へと向かう。
「了解だ、タイミングは任せる」
麻生もそう応える。
「一ノ瀬さん、やれますか?」
ミリキーの言葉に手を引く三葉に視線を向けて一ノ瀬ははっきりと頷く。
「はい。必ず海ちゃんを助けます」
「位置に着いた」
逢見の声が届く。
場所は予定通り。
「行きますよ!」
ミリキーが声と同時にストームエッジを放つ。
無数の刃がゾンビ達と一緒に駐車場の壁を打ち砕く。
「レイさん!」
ミリキーの合図にレイが張り巡らした鋼糸のバリケードがゾンビ達を絡めとる。
「『オレのエストロな気分、受け取ってくれて構わねーぜ?』」
さらに乱射されたライトマシンガンが網から洩れたゾンビの足を打ち砕き動きを阻害する。
それと同時に一ノ瀬は手斧を放り出して三葉を抱え上げると真っ直ぐに砕けた壁に向かって走り出す。
その左右から押し寄せるゾンビを共鳴を解いたミリキーとシンバが左右に分かれて押し留める。
さらに一ノ瀬の前を塞ぐゾンビは西側の昇降階段の屋根へと上った逢見の狙撃が撃ち倒していく。
砕けた壁の向こうで麻生が手を広げる。
その体はロープでヘリに繋がれている。
「思いっきり飛んでください!」
ミリキーの叫びに背を押されるように一ノ瀬が崩れた駐車場の壁を蹴って飛び出す。
宙へと飛び出した一ノ瀬と三葉の体を麻生がしっかりと抱き止める。
「追わせませんよ! 砕け散りなさい有象無象ども!」
一ノ瀬を追うように跳び出そうとしたゾンビ達が再び共鳴したミリキーのストームエッジの刃に飲まれる。
離れていくその様子を見ながら麻生は一ノ瀬が負った体中の傷へと意識を向ける。
腕の噛み跡の周りにはやはり青白い変色が見られる。
「カッコつけてないで逃げるぞ」
離れていくヘリを見上げたままのミリキーに声をかけてレイも壊れた壁から外へと飛び出す。
まだ、ゾンビ達は残っているがこれ以上この場所で戦ってもどうにもならない。
逢見もすでに駐車場から離脱してた。
●事実
離脱した逢見は最初に襲われたという病院にたどり着いていた。
通信で生死不明だった二人の最期を聞いたときにもしやとは思ったが、やはりここに至るまでに一つも死体もけが人も見ることは無かった。
そして、病院の惨状もある意味予想通りだった。
ここからゾンビが現れたのだ。
外に向かう破片がそれを物語っている。
この街の最初のゾンビは病院で死んだ者。
だが、それ以上の疑問の答えはこの場所には存在しなかった。
●四葉
後続のエージェント達により街が封鎖され今もゾンビ達の掃討は続いている。
後続と入れ替わるように下ったエージェント達は隔離するように保護された一ノ瀬の元を訪れていた。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げる一ノ瀬の体の見える部分にはほとんど包帯が巻かれている。
「いや、礼を言われる事はない」
リィェンの言葉に一ノ瀬は首を横に振る。
「先輩の事なら気にしないでください。私達だってH.O.P.E.の一員ですから」
その笑顔はどこかぎこちなく、彼女自身無理をしているのが見て取れる。
「千颯」
白虎丸に促されて虎噛が泣きつかれたのかベッドで眠る三葉に視線を向けてから一ノ瀬にペンダントを差し出す。
「その子の母親の……形見だ」
それは一ッ葉のペンダントだった。
「その子に渡してくれ」
差し出されたペンダントを一ノ瀬が受け取り、悲しげに見つめる。
「心を、魂を強く持て」
レイの静かな言葉に一ノ瀬が驚いたように顔を上げるが、レイはそれ以上何も言うことなく背を向けて部屋から出て行く。
代わりに沈んだ空気を払うようにいつもと同じ調子でカールが口を開く。
「マドモアゼルと小さなレディの笑顔が見えればそれが何よりの……勝利、だとオレは思うんだけどなー」
顔を覗き込むカールの視線から逃げるように一ノ瀬は三葉の姿に視線を向ける。
エージェント達のおかげで三葉には目立った怪我は無い。
「そうですね、この子の笑顔が見えればきっと私達の救いなのでしょうね」
静かに眠る三葉を見つめて一ノ瀬がそう呟く。
「君の笑顔もね」
その言葉にカールがそう言葉を重ねた。
結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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