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深海の、瓦礫這いずる鯨の王
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最終発言2016/10/06 07:22:17
オープニング
●幸福な記憶
リングピローを持った白いドレスの愛娘が、何度も何度も隣の少女を見上げながらヴァージンロードをちょこちょこと歩く。まだ幼い娘を隣でしっかりとサポートしているのは淡いブルーのドレスを着た少女だ。娘を導く彼女は、三歳の娘と比べてとても大人でしっかりとして見えた。
隣の青年を見上げる。
いつもの笑みはどこへやら。むっつりと不機嫌さを隠そうともしない。
「────ライラはこういうものは嫌いだと言っていたろ」
僅かに唇を動かして、彼は彼女に聞こえる程度の小さな声でそう言う。
別に嫌いとは言っていない。ただ、彼が嫌そうだったから、「ワタシの世界にはそういう習慣は無かったんじゃないかしら」と言っただけ。
「そうね、でも、こうなったら仕方ないわ。腹を括りましょう?」
ワタシがそう言うと、彼は『こうなった』元凶たちをチラリと軽く睨んだ。
●零れ落ちる悪意
どこからか、歌声が聞こえる。男の低い歌声と、女の細い歌声と、笑うような子どもの歌声。
それらが脳裏を這いずって、うまく、考えられない。
「────ライラ」
灰墨信義(az0055)は、自分の妻であり英雄であるライラ・セイデリア(az0055hero001)の細い両肩を掴んだ。
「だから、ワタシはあなたが嫌いなのよ」
ライラは、信義を真っ直ぐに見つめながら言う。
「信義、あなたは誰も信じられない。ワタシを信じるのは『誓約』があるから────とってもか弱くてとても脆いんだわ」
────そう言うライラは見開いた瞳から大粒の涙を流していた。
真っ暗な空間に青白い仄かな光が相手だけを浮かび上がらせている。
ゆらゆらと揺れる互いの髪はまるで水中のよう。でも、そこに満ちているのは水ではなくて、悪意。
「あなたが嫌い、誓約なんて結ばなければよかった────」
細い指で唇を押さえるのに、言葉を止めることができない。溢れ出す悪意の言葉は彼を傷つけるとライラが思っている言葉ばかり。真顔で自分を見つめる信義はいつものように見えるけれど、その瞳の光で彼が傷ついているのがライラにはわかる。
なのに。
なのに────。
彼女の脳裏には、楽しかったあの結婚式の情景が壊れたように何度も何度も繰り返される。
────こわれる。
ライラは悟った。
このままでは自分の心は壊れてしまう。そして、大切なパートナーの心も。
口から零れるこの悪意を自分の心の言葉として受け入れるか、それとも、もう心を閉ざしてしまうか。
いつもは饒舌な信義は、まるで何かが喉につかえたかのように途切れ途切れに口を開くだけ。
ならば、もう────ライラは覚悟した。
────誓約を解こう。そうすれば、ここから出られる気がする。
ライラが覚悟を決めた時、信義の両手に力がこもった。そして、口を開く。
「…………例え乗り越えがたい試練があったとしても、例え治らぬ病に侵された時も」
ライラは目を見開いた。
「互いが、互いを”信じる”────」
信義の口から、途切れ途切れに絞り出されたそれは彼らの『誓約』の言葉。
その言葉は不思議とライラに微かな力を与えた。
もう一度、信義の瞳を見れば、その瞳にはちゃんと力が宿っていた。
────そうね、もう少し、頑張って耐えなければ………。
●解れかけた絆
「────わかりません」
たくさんのコンピュータ機器が並んだ部屋。
床まで伸びた長く真っ直ぐな真緑の髪。ラボコートをしっかりと着込んだ彼は簡易テーブルに置かれた紙コップに口を付けた。
「たくさんのライヴスが必要で、それを『ライヴスリンカー(能力者)』が邪魔するのならば、まず先にライヴスリンカーを駆除した方が結果的に早くたくさんのライヴスを集められるような気がします」
コップに満たされた水を飲み干すと、テーブルのペットボトルから紙コップへと水をそそぐ。
「でも、能力者は単なる人間です。なら、彼らはライヴスリンカーたらしめる『リライヴァー』を排除すればいいのでは」
コップの半分だけ飲み干すと、彼は奥で絶え間なくキーボードを叩き続ける老人へと顔を向けた。
「それに、無事に事を運びたいのなら────彼らの目の前に決して姿を現さなければいいのでは。そう、思いませんか? 真央老人」
名を呼ばれた老人は振り返りもせず、やつれた顔でただただキーボードを打ち続けていた。
解説
目的:脱出
(以下PL情報)
ステージ
1)円筒形の柱型の水槽
二人の人間が入って余裕がある程度、天井は高く見えない。水が満ちている感覚は無いが、水中のように動ける。
2)瓦礫
水槽から脱出したリンカーが放り出される空間。必ず共鳴状態となる。水槽と同じ水中のように動ける。
地面は瓦礫。砕けた珊瑚の山の上に従魔が居る。従魔は動けないがバブルネットを出して攻撃してくる。
敵:盲目の鯨王
目の無い傷だらけの醜い白鯨のような姿をしている。
巨体でその場から動くことは出来ないが、鉄をこすり合わせるような音を出してバブルネットで攻撃してくる。
HPがあり、1m以内の敵には胸びれや身体を動かして攻撃する。
・バブルネット:従魔を中心に半径1m~3mの間に攻撃力のある泡が地面から湧き出る。大きさによって攻撃力は違うが、放出される泡の流れに捕らえられると攻撃を連続で喰らった挙句高い位置から地面に叩きつけられ大ダメージを受ける。
特別ルール
・リンクレートの低い順から水槽からは脱出できる
・鯨王への攻撃は各攻撃力は関係なく、共鳴後のリンクレートの高さ=攻撃力となる(魔法を使っても)
・時間制限があり、ある程度(8R程度)で倒せないと鯨王は去る(エージェントたちは解放される)
・エージェントたちはなぜそこにいるのか覚えていない
・装備品以外のアイテムは使用できない
(特別ルール・水槽の中のみ)
・英雄は相手が嫌がり傷つける事(だと自分が思っていること)、普段思っている事と逆の事を口走ってしまう
・英雄は沈黙することはできず、常に話し続ける(喋れない英雄もここでは言葉のような形で意思を伝えられる)
・能力者は単語か誓約内容しか口にできない
・英雄は召還されてから一番幸せな記憶がずっと脳内に再生される
・誓約を解けば、そこで目が覚める
※お願い
RP主体のシナリオになります。
英雄の幸せな記憶・罵り内容と能力者の反応を必ずプレイングにお願い致します。
リプレイ
●今を望む男と
陽が沈む。
薄暗くなった静かな部屋に、米の甘い香りがした。
その香りにつられてか、傷を負い眠っていた少女が目を覚ました。
卓の上には粥と質素なおかずが並んでいて、男はそれをゆっくりと口に運んだ。
────そうだ、あれはとても美味しかったんだ。
ふと、自分と同じく粥を口に運ぶ少女と目が合った。
ごくり、と同時に呑み込んだ温かく柔い米の塊が即座に身体を巡って温めてくれたような気がした。
────そう言えば、長く……誰かと食卓を囲むことは無かった気がする。
カタン。
音がして、彼の横に食器が置かれた。
二人分、それは増えた。おかずも、いつの間にかあの質素なものとは変わっていた。
傷跡を残した少女が、笑っている。
「リュカちゃん、リーヴィ」
名前を呼ぶと友人たちは何か言いながら、いつもの顔で食卓に着いた。
ぬっと伸びた大きな掌が器用に箸を操っておかずをつまむ。
取り過ぎだと生真面目な相棒からのいつもの小言を流す明るい友人と、小さくて身体が細い割によく食べる眼帯の女の子と逆に小食である彼女の英雄である友人。
「ちーちゃん、アーテル」
すると、自分の場所はここだとばかりに食器が置かれて、ナルシストな新入りがさも当然とばかりにそこへ座る。
この頃には、彼の『相棒』の少女は満面の笑みを浮かべていて。
ああ、俺はこの時間が大好きなんだと────。
「逃げてるだけなんじゃねぇか」
ガルー・A・A(aa0076hero001)の口から出たのは、彼が『相棒』の少女、紫 征四郎(aa0076)には言わなかった言葉。
それは、間違いなく征四郎を傷つける言葉。
「お前さんはずっと逃げてる。『強くなれば』『大人になれば』。
────気付いてるか? 俺様とお前の共鳴は、お前の逃避の形なんだって」
二人が共鳴した姿、それは『女児』を認めない家に生まれた征四郎が望んだ、青年の姿。
「……違……う……」
ガルーの言葉に、征四郎は微かに震えながら声を出した。
それは、彼女の精一杯の抵抗なのだと、ガルーにはわかる。
けれども、ガルーの口はそんなひ弱な抗いなどぽっきりと折るように言葉を続ける。
「依頼でも何度も見て、知ったよね。親が子を思う想いの強さとか、家族愛とかさぁ」
ビクリと征四郎の肩が跳ねた。
「────お前の家は他とは違う。確かめるのが怖ぇんだろ?」
我が子を想う、家族を想う、そういう家は、そういう家ならば。
「……ちが……う……いつ……かは……」
喉に何か詰まったような苦しそうな声で征四郎がたどたどしく声を出す。
対して、ガルーの言葉はすらすらと出て来る。
「頑張ればいつかは愛してくれる。そんな日が来ないことも、薄々気付いてるはずだ────お前は頭が良いからな」
「そんな……こと…………」
水槽の中、紫の長い髪をゆらゆらと揺らした征四郎は、青白い仄かな光に照らされて泣いていた。
水ではなく、悪意に満たされたそこは征四郎の涙の粒を弄ぶようにあちこちに運ぶ。
『馬鹿。征四郎は頑張ってるじゃねぇか!』
叫んだガルーの言葉は声にはならない。
脳裏に浮かぶ幸せな風景、意思とは関係なく飛び出す悪意の言葉。
酷い頭痛に悩まされながら、ガルーは必死に自分の言葉を否定する。
『知らなくていい、知らなくていい。そんなこと言われて、前に進めるはずねぇだろ!』
だが、その言葉を紡ぐのは、彼女にそれを知らしめているのは、紛れもない、自分。
ガルーの意思とは関係なく、彼の口は絶望的な言葉を征四郎に突きつける。
●大人を装う悪童の
────それが、”俺にとって”そんなに幸せな想い出だなんて思わなかった。
それは、まだ寒さの残る季節。
スプーンが、湯気が立つおじやをすくった。
青白く、今にも消えそうな彼女が、初めて俺が作った料理を口に運んだ。
温かいそれを食べたせいだろうか。生気の無かった少女の頬に赤みが差した気がした。
そして。
「おいしい」
こぼれた一言。それは何故か無性に嬉しいものだった。
今、考えれば。
記憶も無く、英雄などという厄介な身体で放り出されたこの世界で、俺が初めて頑張ろうと思えた瞬間でもあった。
あれは、そう、陽が暖かさを増して木の芽が張り出す頃のこと。
それは、今も彼の心を温める大切な想い出……なのに。
「俺は戦う為に月音を利用していたに過ぎない」
自分の口から転がり出た言葉が信じられなかった。内容も勿論だったが、”月音”、俺は彼女をそう呼んだ。
俺は、それを口にしてはいけないことを知っている。
彼女は過去に酷い扱いを受けて、その変えられない過去の世界で、彼女はその名前で父と兄から呼ばれていた。
その名前は彼女に恐怖を思い出させる。だから、俺たちはずっと別の名前で呼び合って来た。
「でなけりゃ、弱くて脆い臆病なガキに従う訳がねぇだろ」
俺は口汚く少女にそう言った。口汚く? 違う、これが俺の本来の話し方だ。
彼女は黙って俺の言葉を聞いている。
だから、俺は耐え切れなくて叫んだ。
『お願いだから耳を塞ぐの、私があなたを傷つけるなんて思わないで────”黎夜”』
…………叫びは、音にならなかった。
おぞましい、意図に反した薄汚いノイズばかりが口から洩れていく。
────どうして止まらない? 俺が。
────……うん、そうだね。”ハル”。
木陰 黎夜(aa0061)は自分の英雄、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の言葉を黙って聞いていた。
「あんたのせいで、俺は弓が引けなくなった事を忘れちゃいねぇだろうな?」
アーテルは黎夜を罵る。それは、黎夜が普段から彼が『そう思っているんじゃないか』と思っている言葉ばかりで、彼女は否定しなかった。
「可笑しな喋りをしなけりゃ、共鳴すら出来ない」
過去に受けた虐待や虐めが原因で男性恐怖症を患う黎夜を気遣って、アーテルはずっと女性的な優しい話し方をしてくれていた。でも……、誓約を交わした時、そしてそれからしばらく、彼はそんな話し方をしてはいなかった。
黎夜のために話し方を変えて、呼び方を変えて、気を遣って、失って、付き合って。
アーテルばかりが損をしている。
だから、彼は……。
「俺はあんたが大嫌いだ」
────うん、ずっと”知ってた”。
覚悟していた言葉なのに、それは黎夜の胸を深く突き刺した。
●金木犀と
夕陽を受けて煌めく氷の粒。雲のように広がる桜の花びら────。
季節島のクルージング。船から見る美しい四季の光景は、まるでこの世界の美しさ全てを詰め込んだようだった。
傍には誓約を交わした魂をひとつとした相棒、そして心開く友人と、戸惑う想いを秘めた相手。
感情をあまり表現しない少年は、ただただ優しい時間が流れたその時間を小さな箱とフィルムに思い出として閉じ込めていた。
なのに。
「出会わなければよかった」
「────」
「あんたの手をとらなければよかった」
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の口からは吐き出すように黒い言葉が溢れて来る。それらは、すべて彼の相棒である木霊・C・リュカ(aa0068)との出会いを否定するものばかりだ。
────違う……。
自分の意思と関係なく動く口を押さえようとするのに、それも叶わない。代わりに乱暴に自分の緑の髪を掴む。
リュカの顔を、見ることができない。
知ってる。
解っている。
こうなった以上、オリヴィエはリュカをこれ以上傷つける前に誓約を解除した方がいいと、わかっている。きっと誓約を解除したらこの胸糞悪い現象から解放される、そう、わかっているのに!
悪意の言葉が喉を塞ぐ。
うねる蛇のように、喉に詰まったそれが気管と食道を逆流して、ぞわぞわと自分を変えて自分の意思を押さえ込み────。
────違う……。
オリヴィエは金の瞳を見開いた。
────俺が、できないんだ…………。
誓約を解除することが、どうしでもできない。リュカと、彼を通して繋がった”世界”との縁を切ることが出来ない。
…………いつのまに自分はこんなに欲張りになってしまったのか。
「どうして」
────どうして。
オリヴィエはリュカと誓約して得た痛みも、小さな身のうちに抱えこんだ行き場の無い情も────彼と出会わなかった未来よりずっと大切な物だとわかっている。
わかっているのに。
呪われたように吐き出される言葉と自分の気持ちが混濁してわからなくなる。
────ああ、ああ、誓いを交わさなければ、探さなければ、見ないままでいれば、こんな感情、知らずにいれたのに!
その言葉は、言葉になったのか、ならなかったのか。
●共に戦う英雄と
彼の記憶は驚くほど幸せに満ちていた。
他の英雄と同じで記憶なくこの世界に顕現したが、それから得た多くの記憶が幸せであった。
────それは、元々の彼の誠実な人柄のせいもあったが、前向きでマイペースで人に好かれる彼の相棒の存在によるところも多かった。
相棒の家族が温かく自分を迎え入れてくれて、友人たちが周りにいる。
「お前はもう少し落ち着きを持ったらどうなんだ……あ、ござるよ」
慣れないござる言葉を遣いながら落ち着きない相棒にいつものように小言を言って────。
「お前はいつも自分勝手に物事を進める。人の話など初めから聞いていないのだ!」
英雄の白虎丸(aa0123hero001)が相棒の虎噛 千颯(aa0123)をたしなめる、それは、いつもの光景だった。
だが────。
「当然だ。お前は傷つくのを極端に恐れているからな、人の話を聞かなければ傷つく事も無いからな」
千颯に苦言を呈す白虎丸はいつもと違っていた。
穏やかな彼の語気は荒く、冷たかった。
「お前はそうやって生きているんだ! この卑怯者め!」
────違う……俺はこんな事を言いたいのでは無いでござる!
自分の意思とは関係なく飛び出す言葉。
それを止めようと白虎丸は抵抗したが、どうしたことか、どうしてもそうすることはできなかった。
止めてくれ────祈りにも似た思いで白虎丸はきつく拳を握る。
一見いつも通りの相棒────目の前に居る千颯の顔色が暗く沈むのが白虎丸にはわかった。
わかったが、言葉は彼の意思とは関係なく飛び出し続ける。
「子供と嫁が大事というのも、それ以上誰かに踏み込まれたく無いからだ! 人当たりが良いふりをして、本当は一番、人と壁を作っているのだ! お前は!」
ぐっと白虎丸の拳に力が入った。
────これは俺の言葉では無いでござる! 俺は千颯を傷つけるつもりは無いでござる!
必死に口を閉じようとする白虎丸だったが、容赦ない言葉は続く。
「俺はそんなお前が大嫌いだ! 戦いもせずに逃げにまわるような腰抜けと一緒にいるのは苦痛だ!」
白虎丸の力の入り過ぎた手が赤黒く濁る。
いつもたのしげに輝く千颯の目が沈んでいる。
耐えられなくなった白虎丸は怒りを込めて叫んだ。
────やめるでござる! 黙るでござる!
●心震わす音色と
発狂するほどの、畏怖の念を与えるそのおぞましさ。
それは、出会った者にとっては災難であったろう、不幸であったろう。
でも、そのおぞましいものにとっては?
出会うモノすべてが恐怖し、狂う────己がそんな存在だったら。
そんな異形の前で平然とそれを見つめる女がいた。むしろ、笑みさえ浮かべていたように思う。
おぞましきものは思った。
────そんなことは、初めてだった。
それが、この世へ現われたおぞましきものの持つ、もっとも幸せな想い出。
小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)はパートナーの榊原・沙耶(aa1188)をなじる。
「無能、人でなし!」
有能な彼女は無能ではない。実験好きの変態ではあるが、最低限の倫理観だけは持っている。
「馬鹿、馬鹿! 変態!」
とりあえず、悪口らしいものが口から飛び出す。
────勝手に、口から出るんだけど……。
こんな悪口で沙耶が傷つくとは思わない。
だけど、言うつもりではない悪口を言うのは愉快ではない。そして。
────おかしくなりそう。
脳内でリピートされる映像。本来はおぞましき姿をした自分の、それが一番幸せな想い出で。
彼女を幸福な気持ちと同時に、孤独で在ったことを何度も何度も思い出させる。
「……大体ね、人の死をなんだと思っているの? このマッドサイエンティスト!」
ぽろりと以前の依頼で受けた一般人の死を目の当たりにした際の対立について口から飛び出して来て身体が揺れる。
「あんた、医者だって科学者だって言うけど、いつになったらこの身体を治してくれるのよ!」
この世界と環境が合わない沙羅はなにかと吐血する。
医者であり科学者である彼女とは「万物を救う」と誓約を結んでいるのに、彼女を使って何かと人体実験などをするのに、沙羅の体調は一向に良くならない。
でも、それは沙耶のせいではない。
────ちょっと、やめてよ……そんなことは言うつもりない!
焦るのに、目の前の沙耶はずっと黙っている。
────怒った……?
(嫌いになる?)
不快感と不安を抱くのに、強制的に流れる幸せな思い出で気持ちが高揚して…………沙羅は”狂う”ことと沙耶に見捨てられることに恐怖した。
────以前の彼女の姿を見た者たちのように。以前の孤独な自分のように。
●神々の王を滅ぼす者
────彼女は遍く照らす善悪不二の光として普遍を見透すが故に万象を俯瞰している。
愚神によって少年が命を奪われようとしていたその刹那、それがかの神鳥の感じた『英雄として召されて初めて感じた幸せな想い出』であった。
けれども、もちろんそれは決して少年への裏切りなどではなく。
神鳥が愛しいと思うのは、彼女が覚者と呼ぶ少年の、その危機的状況に抱いた強い覚悟の想い。
妹を独り残して死ねぬと、是生滅法を胸に刻めばこそ足掻かずにはいられない少年の引鉄となった想念。
そして、なにより誓約の瞬間。
────敵に対する覚者の鏖殺の念。私はそれを感じ取り、誓約が成された。
そして、少年が意思を燃やし、神鳥である彼女がそれを認めて。
共に敵を滅したあの刹那。
…………それが、壊れたフィルムのように何度も何度も彼女の脳裏に繰り返される。
「汝のその性質が汝の両親と妹、そして汝自身の歩む道を歪めた。そうは思わないのか、”影俐”よ」
想像したことすらない陳腐な言葉。
ナラカ(aa0098hero001)が発するはずもない言葉。
────英雄であることが、これほどまでに忌々しいと感じた事はないぞ。
ナラカはほぞを噛む。
神威と言えども今の彼女は一介の『英雄』である。それゆえに今の器以上の力を出すことができずに押し負けることもある。
ナラカは自分から『言葉』を奪った力へ、己が意志を捻じ曲げられる現実に、怒りを覚えた。
────この言葉に、覚者は如何応えるのか。
ナラカは複雑な思いで自分と誓約を交わした少年を見た。
けれども、八朔 カゲリ(aa0098)はナラカの言葉を受け止め、ただ、一度、言葉を紡いだだけであった。
「…………これも、試練だろう?」
カゲリの言葉に、ナラカは僅かに目を見開き、そして、表情を緩めた。
そうか。
『それでこそ覚者だ。人の身である覚者がその意志を示している。ならば己が迷ってなどいられるものか』
神威と言えど今は『英雄』。
ナラカは自分が思った以上に焦り、迷いを感じていたことに気付き、同時にそんなものは不要であったと悟った。
────ああそうとも……覚者よ、我が言葉に見事耐え切って魅せるが良い。
こうなれば目一杯責め立てるのも悪くはなかろうと、ナラカはわらった。
これは……ナラカ自身の、己に対する試練でもある。
────そして、この試練を耐え抜いた暁には。
ぎり、と、悪意に満ちた空間の向こうにいる存在をナラカは睨みつけた。
●覚者と呼ばれる青年
────彼は万象を“そうしたもの”と肯定する。我も人、彼も人。故に対等とは基本に置くべき道理であるが故に。
その点、ふたりはよく似ており、そして、違っていた。その英雄、ナラカにとって彼は可能性を顕す者。
カゲリは、突然、悪意を吐き出したナラカの言葉など意に介さなかった。
何故ならそこに至るまでの過程がない。
────ならば必然、何かしらの影響によりそうなったと考えるのが妥当だ。
現に自分も彼女へ語るべき言葉を封じられている。
────……尤も、腹に貯めていたと言う可能性もなくはないが。
その可能性に思いあたり、カゲリはナラカが気付かない程度に苦笑した。
だが、万が一、そうであったとしても、現に今、カゲリとナラカは誓約で繋がっている、破棄はされていない。
『お前が破棄をするとも思えないが、破棄すると言うなら好きにするが良い。この程度で屈する俺じゃない、決めるのはお前だ』
人の身で、神鳥にも英雄にも劣らぬ意志で、言葉を奪われたカゲリの瞳が自由を奪われたナラカへと告げる。
けれども、きっとナラカは、そうはしないとカゲリは確信していた。
これは、この言葉はナラカの意思ではないから。
一瞬、考えたものの、そこには確固としたナラカへの信頼があった。
────それにしても。
「水槽を満たすが悪意。成程、然しだ」
不意に、カゲリの口が動いた。
途端、ナラカもにやりとわらった。
「……覚者よ」
「……ああ」
彼らの絆が、共鳴が、静かに悪意を上回った。
水槽の僅かな光の中をたゆたう白い髪。その下でナラカがにやりと笑う。すぐそばでカゲリの瞳が強く輝く。
ぴしり、水槽の表面にひびが走った。
●現代の魔女の
沙耶は語彙の貧困なパートナーの罵詈雑言を、敢えて何も話さずに笑顔でずっと聞いていた。
沙羅は罵りのバリエーションが少ないのか、何度も同じ言葉を繰り返す。
その顔は、少し焦ったような困ったような────辛そうにも見えた。
「……さて、もう自由になったみたいね」
気が付くと、沙羅の言葉は止んでいた。
沙耶が沙羅に手を伸ばす。
いつもと変わらないその手に、沙羅の視界が一瞬歪んだ。
変態でマイペースなパートナー、────孤独だった彼女が見つけた優しい救済の手。
●物語を望む青年が出会った
「知らなければよかった」
叩きつけるようなオリヴィエの言葉に、リュカは胸を痛めた。
いつもとは違う、オリヴィエのどこか必死で泣きそうな声。
彼はずっとそんな想いを胸に抱えていたのだろうか。
────でも。
オリヴィエの言葉はリュカの胸を刺したけど、その痛みを隠して、リュカは小さく苦笑した。
元々視力の弱いリュカにはこの薄暗い空間で相棒の顔を見ることはできない。けれど、その声で彼が苦しそうな表情を浮かべているであろうことはよくわかった。
きっと彼は苦しんでいる。
それなのに、言葉すらうまく出すことができないのが歯がゆくて。
────そう、声が出せないのなら、手を伸ばそう。
リュカは暗い世界に手を伸ばした。
そして、声にならない言葉を丁寧に語り掛け続けた。
『────オリヴィエ、オリヴィエ。知ってるんだ、これがお兄さんの知っているオリヴィエならきっと。
優しい子、金木犀の子。俺よりずっと、君の心が痛んでる────』
指先に触れる感触。びくりと震える熱。
────つかまえた。
リュカはそれを優しく掴んで、まるで幼子に言うようにゆっくりと丁寧にそれを紡いだ。
「世界の意味を、物語を見つけにいこう」
それは、彼らの誓約の言葉。
────大丈夫。俺が君に貰った景色と俺が君に与えた世界。それを否定しないで。
リュカの手を少し小さな手が握り返した。
「────ご、めん……」
掠れた、酷く疲れたようなオリヴィエの声。
●克己を誓う少女と
脳裏にはずっと幸せな想い出が再生されているのに、同時に目の前に居る黎夜はとても苦しげで。
────苦しい。
言葉を吐きながら、青年の瞳は揺れていた。脳がかき回されるような気がする。
黎夜が自分の言葉を否定しないことに、不安と『やっぱり』という想いがアーテルの胸を締め付けた。
届かないとわかっていても、アーテルは悪意にまみれた声とは正反対の、声にならない自分の本心を黎夜へと語り続ける。
『”黎夜が”私を嫌いでも、”私は”黎夜にどんな欠点があっても、頑張る黎夜と共にありたいのよ』
────ずっと知ってた。ハルが……”アーテルが”うちを嫌いだって……でも、”うちは”それでも誓約は解きたくない。
黎夜は濡れた目を一度きゅっと閉じた。堪えた涙がぽろりと転がり落ちた。
依然、男性恐怖症は治ってない。彼には不自由をかけたままだし、一緒に居ても不快な思いをさせるだけかもしれない。
それでも。
怖くても、わがままだとしても、────自分は彼にまだ恩を返せていない。
思い切って目を開いた黎夜が短く息を飲んだ。
口から、水の代わりに悪意の詰まった水槽の、淀んだ何かが身体に滑り込みそうだったけど、そんなのはどうでもよかった。
仄かな光を弾いたアーテルの黒い瞳が黎夜を映す。
揺れたその瞳は苦しそうで、黎夜の眼差しに合わせるように動いた。
「……”わたし”は……男性恐怖症克服の為に、努力する……」
はっと吐いた息。
そして、今まで息苦しさが嘘のように誓約の言葉が黎夜の口から転がり出た。
同時に黎夜を罵っていたアーテルの手が、黎夜に無意識に伸ばされる。
それを見て、黎夜の耳からアーテルの罵り声が遠のき、ただ、世界がその眼差しと彼の指先だけになった。
────そうだ。
黎夜の知っているアーテルの瞳。そこに浮かんでいたのは気遣いと慈しみではなかったか。
『信じて』
黎夜の知っている”アーテル”の声が聞こえた気がした。
「”アーテル”」
たくさんの名前。それらの名前の数だけ、ふたりにはベールがあって、そして、その数だけ相手への信頼と尊重があって。
黎夜は手を伸ばした。
……アーテルであっても、男性に触れるのは怖い。大切に守られて来たけれど、過去は彼女をまだ蝕んでいて。
それでも、誓約を交わした時のように指先だけでもアーテルに触れたい。
────震えは、あの時よりも収まっているだろうか。
●笑顔の中心に居る男と
────誓約を解除すれば、この苦行から解放されるであろうことは千颯もなんとなくわかっていた。
だからこそ、どんな言葉を言われても決して誓約を破棄しないと決めていた。
「……互いの……意見を……尊重する……束縛……は、しない……」
重い重い口を無理矢理動かして、千颯は言葉を吐く。
魂をひとつにした相棒だからこそ、白虎丸の言葉は他の誰もが触らない千颯のうらを抉って来る。
────俺は。
「お主の浅薄さは人を巻き込む。むしろ、子供を守るどころか────」
そして、なにより胸を痛めつけるのは、いつもの小言とは違う、相棒の軽蔑を込めた冷たい声。
「……俺と、お前は……対、等だから……どちら……が、上も下も無い……互いに……言いたい事を、言い合える関係……」
呪文のように千颯が言葉を紡ぐ。それは、豹変した相棒への言葉か、自分への言葉か。
白虎丸を正面から見ていた千颯の目の前に白虎丸の拳が突き出された。赤黒くなるまで握りしめられたそれを見て、千颯はすべてを理解した。
────そうだな。
彼の相棒が、白虎丸が必要も無く相手を貶める事をしないのを千颯は”知っている”。
例え自分の事をどう思っていようと、この相棒が決して裏切らない事を千颯は”知っている”。
ならば、信じるのはこんな言の葉では無く、今まで共に過ごした日々の記憶・思いそして彼自身だ。
────俺はお前のどんな言葉も逃げずに……受け止める!!
千颯の拳が白虎丸のそれに打ち付けられた。
驚いたような安心したような相棒の眼差しに、千颯は笑って見せた。
すこし、歪だったかもしれないけれど、それはどんな言葉より相棒へ彼の想いを伝えた。
●傷の向こうに覚悟を決めた少女と
父様は悪くない、いつだって家族のことを考えてた。
母様は悪くない、再婚だったからきっと大変だったの。
……わたしは。
────征四郎は、悪くない。だって、どうしようも無かったもの。
信頼しかなかった『相棒』の、予想外の言葉に征四郎は驚き、そして震えた。
「……悪く、ない……わたし……」
途切れ途切れにしか出て来ない不自由な言葉。代わりに流暢に雄弁に涙がこぼれる。
────じゃあ、ねぇ、わたし、どうしたら良かったの? ガルー。
彼のために取り繕った矜持、自分のために掲げた矜持。それが崩れたら、たぶん、そこには小さな子供しかいない。
女だったから冷遇されて。五歳の頃、実家がヴィランに襲われた。
父は兄たちを逃がし、囮として自分を見捨てた。
そこへガルーが現れて、けれど、不幸を飲み込めなかった少女は『わたし』と『征四郎』を切り離した。
名をあげれば、いつか両親も自分を認めてくれるはず。初めは、そう思ったんだった。
自分の『相棒』はこんなに小さかっただろうか。
ガルーは、自分を「わたし」と呼び、小さく震える少女を見て衝撃を受けた。
なのに、自分の脳裏は幸せな思いに甘く漬けられて。
罪悪感と胸を掻き毟られる想いで彼は目の前の子供へ手を伸ばしかけ────その手を止めた。
「恐れて足を止めないこと」
両目いっぱいに涙をためた征四郎が言った。
「恐れて、足を、とめないこと……恐れて足を止めないこと」
征四郎は気力を振り絞って、ガルーを見つめた。すると、すんなりとその言葉が口から出て来た。
────恐れて足を止めないこと。
それは、ふたりの誓約の言葉。
自分を守るために平気な顔をして立つ相棒に、小さな自分が少しでも相応しくあるために。
ずっと怖くないと胸を張って来たけれど。
────わたし、本当はずっと怖かったけど、一緒に前に進んできて、良かったと、思ってるよ。
自分を勇気づけるように何度も誓約の言葉を繰り返す征四郎に、ガルーは戸惑い、そしてにやりと笑った。
目の前の幼い少女こそ、今の彼の欠くべからざる友であり────。
「そうだ、それでこそ俺様の『相棒』だ」
●瓦礫を這いずる悪夢の王
硝子の弾けた水槽の外は悪意の渦巻く海の底。
頼りない月の光に照らされるように、散らかった瓦礫、砕けた珊瑚の山の上ででっぷりと身体を横たえるのは目の無い鯨に似た化け物。
「この従魔は、必ず滅しよう」
共鳴したナラカの怒りを含む声に、カゲリは応えた。
「この従魔は絶対に殺す────塵も残さず焼き尽くしてやろうとも」
ナラカが笑ったような気がした。
────ああ、俺はアイツが言う「燼滅の王」だからな。高々白痴盲目の鯨如きに負けてなどいられない。
黒焔を纏った刀剣を握るカゲリの隣に一人の男が現れた。
「協力させてもらう」
水槽から出て共鳴した灰墨信義は冷たい表情で言った。
「私たちの誓約、それは万物を『救済』すること」
水槽を出た沙耶はリンクレートの上昇をはかって誓約を唱える。
「もしかしたら、これは英雄との共鳴について実験なの? 協力するわよ」
そう言うその笑顔もどこか冷え冷えとしていた。
闇の中でまた硝子が激しく割れる音がした。
「よもやこの様なまやかしに翻弄されるとは思わなんだぞ!」
闇から転がり出たのは銀髪の千颯だ。しかし、その姿は通常の共鳴とは違って、顎を覆うように短い髭が生えた壮年の落ち着いた姿であった。
「我らを弄んだ罪……万死に値する! 我らが仇敵とし、その身切り刻んでくれる!」
荒々しく叫んだのは共鳴の主導権を握った白虎丸である。滅多に見せないほどの怒りに顔を赤く染めている。
鯨の化け物────従魔が鳴いた。
鉄をこすり合わせるような音と共に地面から細かな泡が細い煙のように立ち上ったかと思うと。
「避けろ!」
次の瞬間、泡は散弾銃のような凶悪さで空に向かって打ち上がった。
「鯨────バブルネットフィーディングかしらねぇ」
小魚を捕らえる鯨の習性を真似た従魔の技を見た沙耶が楽しそうなそぶりでそれを避ける。
「木陰黎夜。アーテル・ウェスペル・ノクスと共に、お前を討ち落とす!」
水槽から脱出し共鳴した黎夜が走り出て、雷の槍を弱まった泡の間を狙って鯨へと撃ち込む。
同時に銃声が上がった。
サンダーランスと銃撃によって身体を傷つけられた鯨が悲鳴を上げる。
「…………」
リュカと共鳴したオリヴィエが恨みと憎しみを込めたような目で鯨を睨んだ。
残った泡で視界は良好とは言えなかったが、そんなことはどうでもよかった。
────目が無いなら作ってやろう、己だけ盲したままなど許しはしない。
そして、最後の硝子が弾け飛ぶ音。
「ガルー、行きますよ!」
共鳴して、剣を構えた征四郎が敵へと走る。
────敵が何であれ、征四郎は足を止めません!
信義のブルームフレアが悪意の海に炎を広げた。
「来るぞ!」
オリヴィエの声にカゲリ、征四郎、白虎丸、沙耶は従魔への距離を詰める。四人の行く手を阻む泡をオリヴィエのトリオが撃ち抜いた。
「無明の闇に消え失せるがいい!」
完全に泡の壁が消えると、爆炎纏う魔槍を掲げて白虎丸が瓦礫を駆け上る。その乱暴で攻撃的な口調はこの世界へ来る前の彼の本来の物なのかもしれないが、怒髪冠を衝く状態の彼自身はそれに気付いてはいなかった。鯨をなますか刺身にする勢いで赫焉の魔槍を振り回す。
今度は巨大な胸びれが白虎丸の身体を激しく叩きつけたが、その体力と守備力に任せてそれを打ち払い、更に前へと前へと槍を突き出す。
────そうだ、逃がすなんて事はさせないんだぜ!
白虎丸の中で千颯も叫ぶ。
「虎の尾を踏んだ事、死して後悔するがいい!」
白虎丸の一撃に鯨が暴れ、その身体を縫いとめるようなカゲリの刃が叩き込まれる。
そして、真っ直ぐな瞳で剣を振う征四郎。
────おおおぉおおぉ!
甲高い従魔の悲鳴。逃れようと、大きな身体を揺らす。
「これで、お終いね」
沙耶の一撃が、逃げようとしたその命を刈り取った。
まだ泡の残る世界でそれぞれが共鳴を解く。
巨大な従魔の身体はざらざらと砂鉄のように変化し崩れて消えていた。
ただ、静かな暗い海の底。瓦礫と大量の黒々と輝く砂と崩れた珊瑚の散らばる────。
「────……」
つんとそっぽを向いた沙羅を沙耶が優しく抱きしめると、彼女はぎゅっと沙耶にしがみ付いた。しゃくり上げて泣く少女の後頭部を撫でてあやす沙耶。
そして、リュカも沈んだ声の相棒を隠すようにそっとその背に立つ。
「ここは────」
誰かが何かを言おうとした。
●悪夢の後に
「はい、お疲れさまでした。今後の参考にさせて頂きますね」
ぼんやりと重い頭でエージェントたちは目の前のスーツ姿の青年を見る。
「すみません、思ったより時間がかかりましたね。こちらは謝礼金とちょっとしたお土産です。今回も大量に生まれたつまらないガラクタなんですがね。想いを込めてご用意させて頂きました」
渡されたのはシンプルな木箱だった。掌に余るくらいの大きさで振るとカラカラと音がする。『記憶の箱』と小さく印字されたそれは何故かエージェントたちの不安を煽った。
「さあ、帰りましょうか。お車をご用意させていただきます」
目的地に着いたのか、ガラガラと音を立ててバンの扉が開く。
「それでは、ご縁がありましたらまたご協力をお願いしますね」
バタン、ドアの閉まる音。
走り去る車の影が遠のくにつれて、彼らは意識がだんだんはっきりしてきた。
「VR世界で鯨のモンスターと戦ったんだよね……?」
ぼんやりとしたリュカの隣で、信義が手に持っていた箱を地面に落とし踏みつけた。箱は呆気なく壊れて中から砕けた珊瑚の欠片が転がり出した。
「信義が見慣れないモノを乱暴に扱うなんて珍しいのね」
しかし、そう言うライラはどこか安心した様子だった。
「ガラクタだ」
「────ガラクタ、なの……?」
吐き捨てた信義の言葉に、どことなく不安そうな沙羅。
そんな沙羅を沙耶が優しく抱きしめた。
「……なっ、なんなのよ!」
「なんとなく、ねぇ?」
顔を赤くして怒ったような沙羅だったが、その手を振り払うことはしなかった。
そんなふたりを見て、なぜか英雄たちは自分の能力者の顔を見て、そして、変わらぬ姿にほっとしたのだった。
「まったく、H.O.P.E.の依頼は────まあ、いい。良ければ仕事を同行した君たちに食事でも奢ろう」
目を丸くするライラにだけ聞こえる程度の小声で、「この金は手元に置いておきたくない」と信義はため息をついた。
「へぇ、信義ちゃん、太っ腹」
「太っ腹、なのですよ!」
意外そうな千颯と無邪気に喜ぶ征四郎。
言われてみれば、彼らは皆、酷く空腹を感じていた。
「しかし、灰墨殿一人に奢らせるというのは申し訳ないでござる」
「……そうだな」
心配する白虎丸の巨体を見て、何かを察したカゲリも頷く。
しかし、身体の大きさと食べる量が比例するとは限らないのだ。
「────奢り……だと、あまり……食べられない……」
心配そうにアーテルを見上げる黎夜。
「気にしないでいい。一度、H.O.P.E.の『友人』たちにもお礼をしたいと思っていたところでね」
「交流会か! まあ、参加してやらんでもない」
気乗りしない様子のカゲリとは逆にナラカが笑う。
そして、エージェント達はなんとなく自分のパートナーと並んでその場を離れたのだった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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