本部

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/10/04 19:02

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掲示板

オープニング

●鬼丸邸
 未だ日差しの強い、ある昼下がりの事。
『結局この夏はどこにも行かなんだ……』
 静(az0047hero001)が、縁側にだらしなく伸びていた。
「…………」
 片や鬼丸 鞘花(az0047)は一言も応えず、居間の座敷で文書作成中。
 虫の声と、風鈴の音色と、タイピングの小気味よいリズムがなんともいたたまれない。
『行かなんだ!』
 だからもう一度、大声で言った。
 鞘花はモニターを見据えたまま、僅か息をつく。
「聞こえていますよ」
『ならば何とか言うたらどうだ!』
「いつだって世界中飛び回っているでしょうに」
『はンッ、おのれに付き合うておっても仕事尽くめで味気ないわ!』
「あら。言ってくれれば、少しくらい遊行の時間も取りますよ」
『今更遅いッ!!』
「……そう、残念ね」
『ん?』
 おもむろに、音が止んだ。
「ちょうど、残暑を凌ぐのに良さそうなお申し出を、いただいていたのだけど」
『んんんん?』
「気乗りしないようですし、丁重にお断りしておきましょう」
『待て待て待て待て詳しく話せィ今すぐにッ!!』
 静かは素早く鞘花の元に這い寄って、その細い肩を握り締めた。


●行
 遠目には、ほんのか細い筋がいくつか。
 けれど間近に在るそれは、人の肩ほどもあって。
「さ、怖がらずに」
『む……』
 姉のような存在が、そっと肩を支え、共に真下へ踏み入る。
『……ッ』
 委ねてみると、しとどというほどではないけれど、確かな重さで打ち据える。
 思っていたより、ずっと冷たい。
「落ち着いて、そのまま……」
 優しい声に従い、なお姿勢を改め、瞼を閉じて。
 手を合わせて、じっと堪え、水音に耳を澄ます。
 さらさらと、岩肌の方々からも無数に湧いてはここへ流れ落ちているらしい。
 獣も、鳥も、虫も。
 ありとあらゆる生命が、草花に囲われたこの小さな水郷へ集うのだろう。
 厳かに冷たく、柔らかに容赦なく、けれどどこまでも果てしなく優しい、みず。
 頭を、合わせた手を伝い、行衣に染み渡れば布の張り付く心地さえ、いっそ清々しい。
 残暑に火照ったこの身ごと、我執にのぼせた心まで冷まし、洗い流されるよう。
 否、最早己自身が水、そのもの――

『――ってこれ修行ではないかッ!!!!』

 谷底から、小鳥たちが一斉に飛びたった。
 けれど、隣の鞘花は菩薩の如き面持ちを崩す事も、微動だにする事とてなく。
 静の訴えを黙殺した。


●本部
「滝行しない?」
 テレサ・バートレット(az0030)は、奇妙な話を持ちかけた。
 もちろん、本部で鉢合わせたエージェントらにだ。

 なんでも、オペレーターの鬼丸鞘花が、少しの間留守になる知人宅の管理を任されたのだという。
 そこは北海道の深い深い山奥――秘境と呼ぶに足る、水のふるさと。
 周囲に目ぼしいものと言えば、人の手がほとんど加わっていない自然と、それこそ滝ぐらいしかない。
 ならば、せっかくなのだし滝にでも打たれてみてはどうか――鞘花はそう考えたらしい。

「それでね、“宜しければ皆さんお誘い合わせの上、お越しください”って」
 そう言い残した鞘花と、そのパートナー静は、一足先に現地へ赴いているとの事。
「滝行って言ったらアレでしょ? ジャネンとかボンノーを払う修行。ね、修行よ! 面白そうじゃない!」
 テレサは身を乗り出して、力いっぱい魅力をアピールする。
 どうやら“修行”というワードに反応し、はしゃいでいるようだ。
『……アタシは居間でスイカととうきびでもご馳走になってるアル』
 そのペースに飲まれまいと、マイリン・アイゼラ(az0030hero001)は少し離れたところで温度差を設けていた。棒アイスを食べながら。
 さて、どうしたものか。

解説

【目的】
・滝行:
 それ以外の行動も状況が許す範囲で可能だが、描写は僅かとなる見込み。

【舞台】
・鞘花の知人宅付近の滝/日中:
 植物がびっしり生い茂る岩肌に囲まれた小さな谷。
 岩のてっぺんや壁面などあちこちから水が漏れ、いくつもの細い滝ができている。
 滝壺は大人のすね程度の深さで、小川の源流となっている模様。
 滝・川とも、一般人でも押し流される事のない緩やかな水勢。
 参考までに、知人宅は滝から少し離れた山中にひっそりと佇むかやぶき屋根の邸宅。
 部屋数こそ少ないものの間取りが広く、十六人居ても手狭にはならない。

【滝行】
 読んで字の如く、滝に打たれる修行。
 本シナリオでは『どのような心境で臨み』『払うべき邪念・煩悩を浮かべ』、
『ただそそいで払うのか、自問を繰り返しなんらかの答えを悟ろうと努めるのか』、
『あるいは自らを水となして自然と一体になる事に心身を委ねるのか』等を想定。
 一人で粛々と己を顧みるも良し、周囲の者と語らい導き出すも良し。
 結果について、プレイングにて言及があればそれに準拠、ない場合は判定が発生

【NPC】
 絡み希望の方はご随意に。
 各人の行動についてはOP本文参照。

【他】
・行衣貸与可、水着でも褌でも着の身着のままでも可(基本お色気描写は無し)

リプレイ

●近くて遠い
 防人 正護(aa2336)とRudy・S・B,phon(aa2336hero002)が先んじて滝壺を訪れ、安全の為にと水温や気温を確かめ終えた頃。
「まさか滝行に誘われるなんて思ってもみなかったわ」
「あたしも、お誘いする機会があるなんて思わなかった」
「まあ、テレサったら」
 折を見計らったように、行衣姿の水瀬 雨月(aa0801)とテレサの談笑が聞こえた。
 次いで、鞘花に案内される格好で、皆が林を抜け出して姿を見せる。
「ふふ。……正護くん、なにしてるの?」
 テレサが、正護を見てきょと、と小首を傾げる。
「いや、なんでもない」
「そう?」
 遠目にテレサの笑顔を認め、リィェン・ユー(aa0208)は苦い顔をする。
「はめたなイン……」
『不甲斐ないそちを想っての心配りじゃ』
 傍らのイン・シェン(aa0208hero001)は悪びれた様子もなく、涼やかに扇を仰ぐ。
『迷情千万。本懐より目を背け覚悟の足りぬ不心得者と契る約なし』
「はぁ?」
『今のそちでは第二英雄召喚どころではない。存分に打たれてさっぱりして来るが良い』
「イン? おい、ちょっと待――」
 制止もきかず、インは言うだけ言ってどこかへ歩み去った。
「……なんなんだよ」
「おおおおおお滝!! 久しぶりでござる!」
 リィェンのぼやきは嬉々と滝へ駆け出す小鉄(aa0213)の声にかき消された。
『ねぇ、ちょっと。テンション高すぎない……?』
 相棒が目を輝かせて滝壺へ駆け込む様子に、稲穂(aa0213hero001)が少しでも諌めようとするが。
「滝でござる! 修行でござる!」
 大はしゃぎしている彼の耳には届いていないようだ。
『いや、まぁ。こういうところって近所にないから、嬉しいのは分かるけど……』
 いきなり水に入るなんて、覆面をしたまま褌姿でいるのと同じくらい危ない。
『もう――ほどほどにね?』
 まるで水遊びを見守る母のように、手近な岩に腰を下ろした。
『黎焔の野郎ぅ……』
『え?』
 そんな彼女の後ろから、地底より響く如き怨嗟の声。
『勝手に滝行なんざ申し込みやがってあたしの精神が足りてねえとでもいうつもりか殺す殺すぶち殺す……』
 獅子道 薄(aa0122hero002)がぶつぶつと不穏当なフレーズを口ずさみながら、稲穂の横を通り過ぎていった。
「おー! たきすごぉい!! ドドドドドってしてるー!! はくー! すごいね!」
『はいまいだ様! 程よい水量に心地よい音――打たれ甲斐があるというものですわ!」
 かと思えば小さなまいだ(aa0122)が駆け寄り、最前の小鉄同様はしゃごうものならころっと柔和で従順な態度となる。
『……ですが、滝壺がまいだ様には少々深い様子』
「おー? ほんとだー……」
『ここはこの薄にお任せくださいな』
「じゃあまいだ、おうえんする! あとね! かわであそんでね!! おうえんする!!」
『ええ、楽しく過ごして下さいまし』
 薄は不器用に袖と裾をまくるまいだに上品なお辞儀をして、滝の方へ向かった。
 入れ替わるようにして、今度は鞘花が歩み寄る。
「私もできるだけ配慮するつもりですが……、よろしければ見ていてあげてください」
『はい、任せてください』
「すみません、お願いしますね。ほら、私達も」
『はーなーせえええええええッ!!』
 稲穂の快諾にオペレーターは気の好い笑みで応えると、嫌がる静の手を引いて自身も滝へ向かった。
「鬼丸さんの英雄は元気がいいな」
 やや遅れて褌一丁の狒村 緋十郎(aa3678)が、こちらは普段着のままのレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)を伴い後に続く。
『うちに比べれば静かな方じゃない?』
「リーゼの事か……あれは賑やかというより、」
 最近加わった新しい“家族”を思い浮かべ、軽い眩暈を覚える。
「……!」
 不意にその顔が、ロシアの湖底で出会った愚神のそれと重なった。
『緋十郎?』
「なんでもない……」
『まぁ、せいぜい頑張りなさい』
「レミア、どこへ」
『散歩よ』
 レミアがマントをなびかせ離れると、緋十郎はひどく思い詰めた顔で滝を見上げた。


●なぜ戦う
 ――改めて顧みる事もなかったけれど。
 流れ落ちる水の重みさえ、委ねればこの身と同じ。
 雨月は止め処ない滝の中、静かに過去を振り返る。
 英雄アムブロシアとの接触を境にそれまでの日常から飛び出そうとした時の事。
 家族は反対し、雨月自身エージェントとなる事で生じる問題を考えないではなかった。
 ――それでも。
 薄く目を開けて幻想蝶を、いつもながらその中に在って何も語らぬ存在を、想う。
 ――結局押し切ったのだったかしら。
 どうせなら、稀有な才を、力を、役立てたい。
 今にして思えば、そんな情動に駆られていたのだろう。

 ――俺は、まだ……弱いのか?
 愚神達と命をせめぎ合う世界に身を置き、早一年。
 救いを求める命に手を差し伸べ続ける事、間違いではない――正護はそう思ってきた。
 自分には、それに足る力が備わっているのだと。
 だが、振り返ればいつもそこには仲間達の助力があり、彼らと力を合わせればこそ何事も成し遂げられたのだ。
 充足感を得るどころか、むしろ無力感を募らせている。
 一人では誰も救えぬのだとしたら、どうすればいい。
 ――力が足りない。
 思うのは我が身の不甲斐なさ――知らず、拳を握り締めるほどに。
 ――……本当にそうか?
 そも、愚神や従魔に抗う為には正護一人が頑張ったところであまり意味はない。
 英雄と一体となる事により、初めて能力者は戦えるのだから。
 そして、菖蒲を伴った正護は、既に多くのエージェントに引けを取らぬ力を秘めている。
 ――では……別の何かが足りないというのか。
 それはなんだ。

 ――煩悩。……なのだろうか。
 始めはそうだった。
 あどけなくも残虐なあの愚神に、どうしようもなく惹かれた。
 だが、ほどなくして緋十郎は知ってしまった。
 レミア――吸血鬼の娘の中に積み重なる虚ろなばかりの悠久、千年の孤独を。
 自分しか寄る辺のない哀れを、放っておけなかった。
 ――俺がレミアを支えたいのだ。それは揺るがぬ……!
 いかなる滝も、この偽りなき情愛を寒からしめる事はできまい。
 だから、最早雪娘を慕うこの気持ちも恋心ではない――そう、思いたい。
 緋十郎が生涯を懸けて“幸福にすべき”女性は、レミアを置いて他にいないのだと。
 とは言え、他の女と身を固めたからと急に掌を返して敵視する事はできそうにない。
 ――ヴァルヴァラ……。
 思い出す。
 山羊乳の色をした流れる髪、粉雪のごとくきめこまやかな肌、極光の虹彩を湛える瞳。
 共に湖底を歩んだ、甘やかな記憶。
 なんという幸福。忘れる事など。
 ましてや殺すなんて。
 ――嫌だ。

 為すべきと胸に刻みし武の鬼――その筈だ。
 ――俺が何を迷ってるってんだ。
 それは敵の骸を喰らって歩む羅刹の道行き。リィェンはそう心得る。
 目を背けるどころか、この上なく真っ直ぐに見据えているつもりだ。他に何がある。
 さっぱり分からない。
 ならば滝に打たれていても無意味。
 ――……切り上げるか。
 瞼を開くと、傍らで眠るような面持ちのままじっと滝に耐える、テレサの姿が目に入った。
「…………」
 今のリィェンには美しくも触れ得ざる存在。
 ――ん? まさか。
 ふと、彼女の姿に“本懐”の意味するところが思い浮かんだ。
 ――まさか昔の夢? 今更そんな。
「……! リィェンくん伏せて!」
「は!?」
 軽く笑い飛ばそうとした直後、突然テレサが目を開けるなりこちらへ突進してきた。
「な、ちょっ――」
 なすがまま腕を取られ、次の瞬間には引き倒され、リィェンは滝壺に突っ伏した。
 そして最前まで立っていた場所には流水と共に丸太が落ちて来て、激しい飛沫をあげた。
「……」
「大丈夫? どこも打ってない?」
 ぶくぶくと泡を立ててなかなか起き上がらないリィェンに、テレサが心配げな声をかける。
 ――無様だ。
 たかが落ちてくる丸太ごとき、避けるどころか気づきもなかった事が。
 助けられるだけの自分が。
「リィェンさん! お嬢様! ご無事ですか……!」
 鞘花がいつになく大きな声を出して駆け寄る。
「なんとかね。……それにしても」
「ええ、妙です。こんなものが上から流れてくるなんて」
 そんな二人の会話さえ、今は遥か遠い出来事のようだった。


●その、遥か上方にて
『ダメダメじゃな』
 インは、遥か眼下の滝壺に突っ伏しているリィェンの姿に息をついた。
 その手には先ごろ落下したものと同程度の丸太を携えている。
 ――まったく世話の焼ける奴なのじゃ。
 ああも自覚が薄いとは。
『どれ、頃合を見て今一度』
「なりませぬ」
『っ!?』
 インが再度丸太をけしかけようと身を乗り出した矢先、に眼前を真っ黒い木刀が遮った。
「下には他の皆様も……年端もゆかぬ幼子もおりますゆえ」
 追い風が吹き、ざわっと長い黒髪がインの頬を撫でる。
 その様は、鬼を思わせた。
『……そちは』
「この場の事ならば、まず僕(やつがれ)にご相談なさいませ」
 その言葉を最後に木刀がすっと引く。
 振り向けば、行衣の上に羽織った白い振袖のなびく後姿が、既に随分遠退いていた。
「それが筋というものにございます――」


●何の為か
 ――はて。
 小鉄は苦もなくいっそ嬉々と身を打つ滝を受け続けて久しい頃、ようやく気がついた。
 ――拙者が払うべき煩悩、邪念とは果たして。
 それ自体うやむや、と言うより心当たりにすら欠いている己自身に。
 途端、張りのあるおびただしい水や周囲の物音が遠退き、山野の香りは薄まり。
 元より閉ざしたまぶたの内で、冷たくも熱くもない闇の帳に巻かれたような心地となった。
 自ら灯火を吹き消した、とでも言おうか。
 以前にも滝行はした。
 とは言え、まだ未熟な時分の事。
 その時は、ただ無心で水に打たれているだけであった。
 だが、今は違う。
 忍び――エージェントとして幾ばくかの経験を積み、研鑽を重ねた。
 地を走り、海を蹴り、天へ翔け、色々の場所、様々な敵、其々の局面に刃を振るった。
 いつまで戦い続けられるのであろうか。
 ――左様。
 これぞ我が念にして惑い也。
 どれ、行修むるならば、ここはひとつ迷い込んでみるとしよう。
 小鉄は能力者、自らは終生鍛え、戦に身を置く所存なれど。
 ――なれど。
 英雄の力添えなくば、従魔愚神と剣を交える事などできよう筈もなく。
 ――共に戦い続けてくれるのでござろうか。
 冷水にすっかり熱を奪われた胸の内に、温もりが灯る。
 これへ想うは今も小鉄を見守る気立ての好い娘のおもて。
 小鉄が戦場に在る限り一身となり駆け抜けるさだめを負うも、その穏やかな気性をも知るゆえ、いささか――いささか。
 ――……しかし、口に出すのも今更な気も。
「…………っ」
 不意に水音を知覚した。
 身は震えんほど冷たく、また鉛の如く重い。
 あえて念の渦中に飛び込んだ挙げ句、見事出口を見失い、意の静けさも失して五感が戻ったか。
「拙者は、一体――」
 実に険しきは戦道。
 小鉄、未だ深きを見るに至らず。

『普段なにも考えてないくせに』
「まいだちゃんとかんがえてるよ!! あのね! はくがんばってるの!!!」
 稲穂が小鉄の様子に思わずごちると、まいだから微笑ましい異議申し立てがあった。
『あっ……ごめんなさい、まいだちゃんの事じゃないの』
「でもまいだね! はくのことかんがえてるんだよ!」
『ふふ――えらいね。こーちゃんにも見習って欲しいわ』
「まいだえらい? ほんと!?」
『うん、とっても。だから、そろそろ上がって。おうちで温まろっか』
「はい!!!」
 川遊びの最中に何度も転んでびしょ濡れになったまいだの手を取り、稲穂はもう一度小鉄を見遣った。
 ――本当、こんな時ばかり面倒くさい事で悩むんだから。

 ――確かに、わたくしには必要な事かもしれませんわね。
 そう感じた。
 滝を見て、滝に感動するまいだを見て。
『っておォい!』
『え?』
『テメェ……なにまいだ様連れ去ろうとしてくれやがんだコラ。あ?』
『連れ去る、って……』
 気がつくと、稲穂がまいだを連れて林の方へ歩き出そうとしているではないか。
「あのね! えらいからあったかくするの! いいでしょ!!」
『……え?』
『あの、びしょ濡れだから着替えて貰おうと思って』
『余計な真似すんじゃねェ!! まいだ様、わたくしが』
「だめ!! はくがんばってるもん! まいだはおうちでまってます!」
『ですがまいだ様、』
「がんばれー!!」
『は、はい! お任せくださいまし!』
 了承を得たとみて、今度こそ稲穂とまいだは踵を返した。
『…………』
 ノリ任せについ見送ってしまった。
 目の前には、密集した蔓の狭間から零れ落ちる、自分の頭ほどの幅の滝。
 そも、薄がこの滝行へ臨む事となったのは、自身と同じまいだの英雄である黎焔の差し金だ。
 勝手に決められ、先ほどは怒り心頭のあまり忘我に至る寸前だったが。
 薄は、そっと前へ進んだ。
『冷たっ』
 一瞬で髪にも行衣にも水が染み渡り、全身が冷える。
 けれど、いっそ都合が良いのではとも思い、大人しく打たれるに心を委ねた。
 なぜなら。
 ――今でも世界に対する、ヒトに対する怒りは内に燃え上がり、留まるところを知りませんの。
 だが、常から理由もわからぬまま我が身を焼き続けている業火も。
 この澄んだ冷たい水に浸して少しは収めたい。
 なぜなら。
 ――今、わたくしの怒りはまいだ様の為にあるもの。
 薄の怒りを否定せず、あろう事か受け入れ己がそれと代えた、小さな命。
 それゆえ、あの十にも満たぬ少女は“怒る”事を封じられてしまった。
 ――わたくしのせいで。


●知人宅にて
「あのね! アイスください!!!!」
『冷えた身体にアイスは毒アル。ここは茹で立てのとうきびがイチオシアル』
「じゃあとうきび!!」
 というわけで、着替えたまいだはマイリンと共に縁側でとうもろこしにかぶりついていた。
 稲穂は温かい茶を沸かすとそれを携え、滝の方へ戻っている。
『みんな大変アルな』
「おおー、たいへんだ!」
『アタシ達の悩みは自分ひとりじゃ済まないアル。まいだもなにか悩んでるアルか?』
「えへへー、はくがね、がんばってるから! だからまいだあそんでまってるの!」
『真理アルな。その歳で大したもんアル』
「えらい?」
『えらいアル。さしずめ“止水の申し子”アル』
「もうしご! やった!」


●現に
 今は、あまり問題にならないのかも知れない。
 だが、やがて歳を重ね、世の清濁を知るごとに、それは重く圧し掛かるだろう。
 ――そんなあの方の為に……怒りを制御できるようにならねば。
 まいだが怒りたい時に怒れるように。
 薄が正しく代行者として在る為に。
 気がつくと、体中を水が、まるで滝のように流れていた。
 少し、冷やしただろうか。
 気分は思いの外悪くない。
『だが黎焔てめぇはコロス……!』
 ……ような気がしたが、気がしただけだった事を一抹ながら鮮烈でどす黒い邪念が知らしめた。

 では、殺さねばどうなる。
 愚神が生きるという事は、誰かが死ぬ事に他ならない。
 ならば簡単だ。
 躊躇いなく葬れば良い。
 所詮は捕食者と被捕食者、共存など夢物語。
 頭では分かっているのだ。それが正しい選択なのだと。
 問題は、果たして緋十郎に可能なのか。
 ――なるほど。
 嫌だと思う事自体、思い上がりか。
 無様に氷漬けとなったあの日、力の差を痛感した。
 無論、緋十郎とて再会する日の為にと炎の槍を研ぎ澄ませ、レミアと共に身を鍛え続けてきた。
 対決が避けられぬなら、せめてこの手で。
 だが、その前に。
 ――俺はまだヴァルヴァラの事を何も知らない。
 その成り立ち、ジェド・マロースの関係、女王を目指すわけ。
 先ずは知る事だ。
 その上でなお相容れぬならば、その時は。
「……っ!」
 想像するだけで苦しみが全身を駆け巡るようだ。
 ――俺に……葬る事ができるだろうか。

 ――何を得れば俺は……正義の為に戦えるのだ……。
「ですから、静。何度も言っているでしょうに」
 不意に、鞘花の諭すような声が耳に入った。
「あらかじめ知り得た情報を“正しく”認識し、その意味をよく考えなさい」
『面倒臭い。大体、今は仕事じゃなかろうが』
 先ほどの丸太の件で席を外していた静と鞘花が、戻ってきていたらしい。
「同じ事です。もうひとつ。過ちを犯した時、目を背けずつぶさに改めなさい」
『我が間違う事などあるものかッ』
「では……やはり共鳴後の主体を預ける事など、できかねます」
『鞘花!』
 あの調子で任務に臨むのは難しいだろう。
 ――……だが。
 いくらかは今の自分にも心当たりがないか。
 前のめりになり過ぎて、基本を疎かにしてはいまいか。
 不覚を取った時、その理由をよく吟味してきただろうか。
「…………」
 答えを導き出せたなら、この手がもっと多くの人々の救いとなるだろうか。


●夢を
 ――みんなを守れる正義のヒーローだったけな。
 だが、それは幼き日に絶たれ、いつしか色褪せて忘れてしまっていた。
 思い出す事ができたのは――彼女を目の当たりにしたからだ。
「なぁ、テレサ」
 滝壺にあぐらをかいて、リィェンはおもむろに問うた。
「太陽に背を向けて暗闇の底を這いずり回っていた奴が、また光に手を伸ばしていいと思うかい?」
「……リィェンくん、H.O.P.E.の仕事ってなんだと思う?」
「あ? そりゃあ正義の味方だろ」
「正解、よくできました!」
「今更そんな、」
「あなたがどんな人生を送ってきたのかは知らない」
「……!」
「だけど、正義の味方になってくれるのならH.O.P.E.(あたし達)は歓迎するわ。そしてリィェンくんはもう、ここにいる。分かるわよね?」
「……」
 リィェンは過去の所業を思い、自身の掌を見た。
 エージェントになって以来、少なくない命を救ってきたのは他ならぬ血にまみれたこの手だ。
 力を欲したのだって、元はと言えば他者を守りたいが為ではなかったか。
 ――ああ、そうか。
 拳を握り、身を起こす。
「リィェンくん?」
 なお慮るテレサを制すと再度滝へ臨み、目を閉じる。
 かつての夢には程遠い。
 だが、構わない。
 今は――テレサの笑顔を真夜中の太陽の如く脳裏に浮かべ、はっきりと思う。
 俺は――きみを守るヒーローになりたい。
 それこそが本懐。

 正義の味方となった雨月は、如何なく才能を発揮した。
 それは命を懸ける事に他ならず今なおその恐怖を拭い去る事はできずにいる。
 とは言え、勇気と蛮勇は違う。恥ずべきだとも思わない。
 ――じゃあ、それを受け入れて、まだ歩み続けられるほど私は……強くなれた?
 生来の気性も手伝ってか、ゆえに雨月は常より冷静たらんと努めている。
 ――できていたらいいけど。
 自分ではなんとも言えない。結果が伴っていてさえ。
 魔法などという不確かな力を行使する以上、なおさら心を養わなくてはならない。
 そう、心だ。
 ――頭で考えているうちは答えなんて出ないわよね。
 全力で事に臨み、理不尽に抗い、ひとつひとつ真摯に向き合って、なお果たせない事もある。
 そんな時、自分にできる事は。
 ――歩みを止めずに進む事。
 つらくとも、苦しくとも、打ちひしがれている暇さえ惜しんで。
 心が人を超越しない限り、迷いや悩みは次々と沸き起こるものだから。

「…………うむ! 今考えてもしょうがないでござるよ!」
 雨月と同じようなタイミングで、突然小鉄が言った。
 人それを“馬鹿の考え休むに似たり”と謂う。
 頭で考えてどうにかなるなら、小鉄はもっと落ち着いた青年になっていただろう。
 ――やっと気がついたのね。
 稲穂は呆れながらも、まるで自身が悟りを得たように清々しい気持ちとなった。
『……刀が全て尽きるまで、何度折れても付き合うわよ、私は』


●悟った後、どうするか
 戻るなりインが目にしたリィェンは、心なしか晴れ晴れとしていた。
『うむ、いい目になった。迷いは晴れたようじゃな』
「あぁ、心配かけて悪かったな」
『じゃぁ早速テレサに告は――』
「そっちはもう少し後だ」
『ち』

『緋十郎!』
「!」
 一方、結局結論が出ぬまま上がる緋十郎の顔目掛け、樹上からタオルが放られた。
 ずっと見守っていたレミアからの、ささやかな労いだった。

『はい、修行も良いけど風邪は引かないようにね』
 稲穂もまた、小鉄を始め、行を終えて滝壺を出る者達ひとりひとりにタオルを差し出して回る。
 寒そうな者がいれば先ほど用意した茶を勧め、よく世話を焼く様は微笑ましく。

「……よく、気がつく方ですね。どうかこれからも、大切に」
「……うむ、肝に銘じるでござる」
 茶をすすりながら鞘花の言葉を噛み締めるようにして、小鉄は頷いた。

「おいやめろ! 一体何の真似だ!」
 和やかな空気の中、突然正護の悲鳴が木霊した。
 見ればRudyがタオルで包み込むようにして、青ざめた顔の正護を抱きすくめている。
『私はお爺上様の事が……!』
「お前はもう一度滝に打たれて来い!」

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213

重体一覧

参加者

  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • 憤怒の体現者
    獅子道 薄aa0122hero002
    英雄|18才|?|カオ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命



  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • リベレーター
    Rudy・S・B,phonaa2336hero002
    英雄|18才|男性|ブレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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