本部

文化祭で休日を

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/09/22 18:55

掲示板

オープニング

 その少女がHOPEの支部を訪ねて来たのは、学校では新学期が始まって間もない9月のある日の事だった。

「その節は、大変お世話になりました」
 顎先よりも少し長いくらいのストレートヘアを揺らして、受付でピョコンと頭を下げたのは、一人の女子高生――神原優(かんばら ゆう)である。
 全寮制音大付属高校の声楽科に所属する少女で、以前、学校に巣くった愚神絡みの事件解決の依頼に来た事があるのを、受付の女性オペレーターも覚えていた。
「まあ、久し振り。その後、どう? 元気にしていた?」
「はい、あの……まあそれなりに」
 優は、曖昧に微笑した。
 その一件で、彼女はルームメイトだった親友を亡くしている。
 あれから、一ヶ月半は経ったが、悲しみの癒える速度は人それぞれだ。彼女は彼女なりにまだ思うところがあるのかも知れない。
 オペレーターもそれ以上は触れずに、そう、とだけ返して話題を転じる。
「ところで、今日はどうしたの? また何かあった?」
「あ、いえ。今日は、これを持って来たんです」
 優は、携えていた鞄の中から一枚のポスターを取り出して、オペレーターに手渡した。

「あれ、それどうしたんですか?」
 オペレーターが、優から手渡されたポスターを掲示板に張っていると、通り掛かったエージェントが訊ねた。
「学校の文化祭のポスターよ」
「文化祭?」
「ええ。夏休み前に、音大付属高校からの愚神討伐の依頼があったの。その時の依頼人が、自分の学校で開催される文化祭の案内を持って来てくれたから。その時の討伐に来てくれたエージェントは勿論、他のエージェントにも、何かお礼がしたいんですって」
 都合が付けば行ってみて、と告げると、オペレーターはその場を辞し、仕事へ戻っていった。

解説

▼目的
文化祭を楽しむ。

▼登場
・神原優…全寮制音大付属高校、声楽科専攻の二年生。
シナリオ『ラスト・レッスン』の依頼人。ずば抜けた歌唱力の持ち主で、それが為に愚神に狙われていた。
愚神の討伐が無事に解決後は、通常の学校生活に戻っていた。
今回の文化祭で、オペラ部での発表に主役級で出演予定。

・他、音大、音大付属高校の生徒達。

▼催し物(ポスター記載事項)
 9月×日(日) 9時開場
舞台出し物
 10時~11時 生徒会企画
 11時~12時 オペラ部発表『ジャンニ・スキッキ』
 13時~15時 演劇部発表『ロミオとジュリエット』
 15時~16時 合唱部発表
 16時~17時 有志企画発表
その他出し物(9時~17時)
 各クラス、各部・同好会、委員会企画
 ・縁日、お化け屋敷、カフェなど
 ・和綴じ作り方講座(図書委員会)
 ・会誌イラスト・漫画集販売(漫画研究会)
 ・茶道同好会お茶会(10時~、12時~、15時~)などなど

▼その他
・とにかく休日のお祭りを楽しんで下さい。それが一番です。
・上記に記してある出し物以外でも、ご自由にプレイングにお書き下さい。あまりにも文化祭の出し物として外れている、などがなければ採用致します。
・シナリオ『ラスト・レッスン』が元ですが、参加既読は問いません。
・校内での買い物は、正面玄関で売っている金券と交換という形になります。金券を買う事によってアイテムが増えたり、通貨が減る事はありません。

リプレイ

 ダシュク バッツバウンド(aa0044)は開場と共に、一般客に混ざって校門を抜けた。
「アータルは初めてなんだよな」
 文化祭は高校時代以来なので、どう楽しもうか必死に考えながら、アータル ディリングスター(aa0044hero001)を振り返る。
「どこ見たい?」
『そうだな……』
 アータルは、話に聞いた事はあり、それなりに楽しみにしていたものの、何しろ様子がよく判らない。
『俺はオペラと演劇と合唱部が気になる……しかし、ダシュクは楽しみ方を知ってるんだろう? 任せる』
「よっしゃ、任された!」
 ダシュクは校門で生徒の一人から手渡されたパンフレットを開き、一通り目を通した。
「縁日が楽しいと思うぜ! んで、余裕があればオペラと演劇な!」
 レッツゴウ! と続け、ダシュクは相棒と共に校舎へ向けて歩を進めた。

「高校の文化祭か」
『興味深いですわね』
 ほぼ同時刻。
 赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)も、共に校門を抜けていた。
『龍哉も以前やったことが?』
 訊かれて、龍哉は「まぁな」と肩を竦めた。
「尤も、これ程盛大なもんでもなかったが」
 自然、自身が高校生だった時分が思い出され、妙に懐かしい気持ちになる。
「さて、これからどうする? 一緒に回るか?」
『そうですね……私はオペラと演劇が観たいですが、龍哉はあまり興味がないのですよね?』
「そうだなぁ。でも、オペラが始まるまで結構時間あるみたいだぜ」
 オペラ部の発表は、11時からとなっている。
「じゃあ、時間までブラッとして、そこから別行動で行くか?」
 今回は共鳴の必要もなさそうだしな、と続けると、『はい』とヴァルトラウテは柔らかく微笑し、頷いた。

「カンバラのオペラ、楽しみですねぇ!」
 紫 征四郎(aa0076)は、ウキウキとした口調で、ガルー・A・A(aa0076hero001)、木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の三人に目を向ける。
 先の愚神討伐の際に、一瞬だけ耳にした神原優の歌唱力は本物だった。ただ、諸々の都合で短い発声練習しか聴いていない。
 それは他の三人も同様で、征四郎の言葉はそのまま三人の心情を代弁していた。
 既に文化祭そのものは始まっている筈だが、四人はまだ学校へ向かう道中にある花屋の前にいる。
「お花、持っていきましょう!」
 という征四郎の提案により、花屋の開店に合わせて集合時間を決めた為だ。
「どうしましょう。四人で一緒に買いますか?」
「別でもいいんじゃないかな。せーちゃんならどう? お花、沢山貰ったら嬉しくない?」
「嬉しいです!」
 リュカに言われて満面の笑みで頷いた征四郎は、ガルーと一緒に店内を物色し始めた。
『どんな風に、すればいい?』
 オリヴィエは、考え込むように眉根を寄せる。
 先の事件の別れ際に、友を失った優が見せた、悲しい微笑が頭を過ぎった。あれから少しは立ち直れているといいが。
「オレンジ系の花で纏めてみたらどうだろう」
『オレンジか?』
「うん。未来を見せてくれる色だよ、少なくともお兄さんにとっては!」
 自信満々に付け加えられた後半の一言が、却ってオリヴィエを不安にさせる。
 けれど、あの少女を少しでも元気付けてやれれば、と考えているのはリュカも同様だ。オリヴィエは『オレンジ系の花』と口の中で繰り返しながら、陳列された花の間へ足を踏み入れた。

「えへへー、きょうはママといっしょ! いちにちずーっと、ママといっしょ!」
 朝から大はしゃぎのまいだ(aa0122)は、(呼称はどうあれ)養父であるツラナミ(aa1426)の手を握ってスキップしている。
「あのねあのね! ママといろんなおみせまわってね! やたいでごはんたべるの!」
「そっか。良かったな」
 まいだの空いた手で片手を取られた獅子道 黎焔(aa0122hero001)は、肩を竦めた。素っ気ないようだが、彼女には目一杯の愛情表現だ。
 元より、まいだ本人も気にしていない。
「たこやきとかー、アメリカフランクとかー、あとかきごおり!! あとカフェーでおちゃするの! じょしりょく!!」
 等と、意味が解っているのか怪しい事まで口走っている。ご機嫌なまいだのお喋りは留まる所を知らず、「あとね! さどーどーこーかいってところいく! ママがいきたいんだって!」と続く。放っておくと、予定を全部披露してくれそうだ。
「くっそ賑やかだなぁおい……手は離すなよ。面倒だからな」
 手を引いたまいだに向かってぼやくツラナミに、38(aa1426hero001)が、『ツラ……もう、行っても、いい?』と訊ねる。
「あー……」
 今日は、ツラナミの方はたまの家族サービスだったが、38と黎焔は2人で回りたい所があるというので、別行動を取る事になっていた。
「好きにしろ。集合時間は守れよ」
『ん』
「じゃあな、まいだ。あんまはしゃぎ過ぎんなよ」
 黎焔が手を放すと、まいだも笑顔で手を振った。
 踵を返したものの、黎焔はチラと肩越しにまいだ達を振り返る。
『……黎焔?』
「あー……いや。あの野郎に任せて平気か心配でならねぇんだが」
 ブツブツとぼやきながら側頭部を掻き毟る。
「まあ、まいだの事はそこそこちゃんとしてるからな。何か話もあるらしいし大丈夫だろ」
 黎焔は自身に言い聞かせるようにして、一つ頷いた。
「ま、あたしはあたしでちょっと見たいもんがあんだよなー」
 んー、と伸びをしながら言うと、38が『それ何?』と視線で問う。
「あ? 38も前々から見たいっつってたやつだよ。ほれ、ロミオとジュリエット! いやー、あいつらがいると中々見れねえからな! 堪能しようぜ、38!」
 言うなり早足になる黎焔は、ツンツンしながらもどこか浮かれているようだ。小さく笑った38は、『会場、あっち……パンフも、貰わない、と』と黎焔の手を引いた。
『それに、まだ大分時間ある、よ』
 確認すると、時刻は9時半だった。演劇部の発表は、午後の1時からだ。
「じゃ、他の企画も回れて、腹拵えまで出来るな。とにかく行こうぜ!」
 2人はまず演劇用のパンフレットを確保するべく、ホールへ向かった。

「……そう言えば、うちの学校の文化祭って何時だったか?」
 賑わい始めている校内へ足を踏み入れて、御神 恭也(aa0127)はボソリと呟いた。こう見えて、恭也も現役高校生である。自身の学校の文化祭の日付を覚えていないのは、少々問題だが。
『お祭りとは違う活気があって楽しそうだね』
 隣では、伊邪那美(aa0127hero001)が目をキラキラさせていた。
『やっぱりメインはオペラと演劇かな!』
「……少なくとも、俺の趣味ではないな」
『そお? ボクは結構、興味があるけど』
「だが、まだ開演には時間があるだろう。少し寄り道するぞ」
 パンフレットを見ながら、恭也は自身の目的地へ足を踏み出す。
 慌てて後を追った伊邪那美が、導かれるままに付いて行った先は、園芸部の企画だった。校内の園芸ブースには、綺麗に盆栽が並んでいる。
「興味があったが、こうやって見ると面白そうだ」
『何で盆栽に興味を持つかな……』
 養育環境の所為なのか、彼の趣味は年の割に渋過ぎる。
『花とまでは言わないけど、せめて野菜くらいで抑えてよ』
 伊邪那美があからさまに眉根を寄せたのには頓着せず、恭也はいつになく目を輝かせている。
「見てみろ。松と苔の組み合わせが何とも言えない優美さがあるだろ?」
 こんな風に熱の入った彼は珍しいが、しかし。
『いや、そんな力説されても解らないから……』
「解ります?」
 完全に引き気味になった伊邪那美の後ろから、声を掛けて来たのは付属高校の制服を着た女生徒だった。どうやら園芸部員らしい。
「今日の展示の為に苦労したんですよ。特にこの苔を生やす作業とか!」
「ああ、見れば解る。所で、販売用はないのか?」
「はい、こちらです」
 恭也は女生徒と話し込みながら、その場を後にしてしまった。
 高校生の男女が話すのが、熱い盆栽トーク。絶対に、何かが違う。彼らの会話に入り込めない伊邪那美に解る事は、今の所一つだけだ。
 これは長くなる。
 そして反射でスマホに目を落とした。時刻は9時40分。
 オペラの開演に間に合うだろうか。

「えへへー♪射的でこーんなに景品貰っちゃった♪」
 ご機嫌で、両手一杯になった景品を抱えるプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)の後に歩く狼谷・優牙(aa0131)は、早くもぐったりしていた。
“文化祭って何? 連れてって連れてって!!”
 と、興奮気味の相棒に強請られたのが、先週の話だ。
 とは言え、優牙も小学生なので、文化祭は経験がない。面白そうだから行ってみようか、と思ったのが、今は間違いだった気がする。
 プレシアに引き摺り回されるように、端からクラス展示や企画を見て回る事、約一時間。
 先刻は、長蛇の列の企画を確認もせずに並び、辿り着いた先がジェットコースターだと知った時は肝が冷えた。
 学校の中にジェットコースター? 嘘でしょ、何でそんなものが!
 目を白黒させる内に、プレシアに引っ張られて高校生お手製のトロッコに乗り込み、遊園地のそれと比ぶれば単純なカーブを二度程経由して、無事に地面に着いた時には安堵で膝が崩れた。
 縁日では、射的の景品を強奪する勢いで撃ち捲ったプレシアが、次いでヨーヨー釣りがしたいと言うのを何とか思い留まらせた。
(そろそろどこかで休みたいな)
 パンフレットによればカフェもあった筈だ。
 一日はまだ始まったばかりだし、少しでも英気を養わねば、と思った直後。
「お化け屋敷発見なのだ!」
 という前方からの叫びに、再び肝が冷える。
「ちょ、お化け屋敷はやめましょうよー!!」
 慌てて止めるが、その時にはプレシアは走り出していた。しかも、しっかりと優牙の手を掴んで。
「これは行くしかないのだ♪突撃ー♪」
「お化けは嫌いなんですって……プレシア、聞いてますかー!?」
 聞いてませんねぇー!? という哀れな悲鳴が、お化け屋敷に吸い込まれた。

「まあ、皆様すっかり盛り上がってらっしゃいますわねぇ」
 入場して、おっとりと言ったリジー・V・ヒルデブラント(aa4420)に、コースチャ(aa4420hero001)は『だから早く家出ようって言ったのに』と口の中で呟いた。
 メインはオペラと演劇だから遅出でもいいだろう、と宣ったリジーがのんびりと支度をした為に、現在は午前10時を少し過ぎた頃合いだ。
 オペラと演劇、両方を見るのだとしたら、内3時間は潰れる。あまり興味のないそれに付き合わされて、他の催し物を見る時間が削られるのは、コースチャとしては少々痛かった。
「日本の学校の文化祭とやらは初めてですから、楽しみですのよ」
『ほー。その割には随分お早いお出ましだな』
 オペラの開演まで、後一時間を切っている。
 それまでどの企画をどう回るのが効率的か。頭を巡らすコースチャに構わず、リジーが言葉を継ぐ。
「とは言えわたくし、母国の一般校の文化祭もまともに知りませんけれど」
『俺だって文化祭なんざ初めてだよ、聞かれても分かるか!』
 別に聞いてる訳じゃありませんわよ、と返されて、訳の分からない苛立ちが募った。
 彼女はマイペースで、悪気はないのだろうが、コースチャは毎度振り回されている。
 早くも疲れた気分で開いたパンフレットの、茶道同好会のお茶会の文章に目が留まった。
『取り敢えず、茶会でも行くか』
「茶会? まあ、ティーパーティーがありますの?」
 目を輝かせたリジーの言い方だと少々勘違いしていそうだが、訂正してやる義理はない。
 今日は逆に振り回してやる。ニヤリと唇の端を吊り上げたコースチャは、無言で歩を踏み出した。

「ふむ……落ち着く」
 茶器から抹茶を押し頂くようにして飲み干し、恭也は息を吐いた。その傍らには、小型の盆栽の入った袋が鎮座し、反対側には伊邪那美が唇を尖らせて正座している。
『てっきり、御菓子やケーキが出て来ると思ってたのに』
 正確に言えば菓子はある。但し、和菓子だ。
 意外にも園芸部を早めに切り上げたと思ったら、茶道同好会の企画が目的だったようだ。
「それはティーパーティーだろ。和訳は同じだが、茶道同好会に求める物じゃないな」
「でも、注意書きはしておくべきだと思いますわね。まあ、和の文化を体験できたという意味では良かったのかも知れませんけど」
『へ?』
 反対側から同意する声が降って来て、伊邪那美は思わずそちらへ視線を向けた。
 その先ではリジーが、優雅に茶器を傾けている。
『そうかぁ? 俺は、そこの兄さんが言う通りだと思うけど』
 その向こう隣に座っているのは、彼女の相棒コースチャである。
「どーでもいいが、若い4人さんよ。ちったあ静かにできねーのかい」
 更にその向こう隣から掛かった声の主は、ツラナミだ。
「せいざたいへんー……でもおかしおいしい!」
 直後、幼子特有の甲高い声が上がって、その場にいた全員がそちらを注目した。
「おちゃにがいけど、ママたのしそうだから、たのしいなー!」
 ママって誰!? という無言のツッコミが、主に茶道同好会の生徒達から入る。
 一瞬にして気まずくなったエージェント達は、「失礼しましたっ!」と声を揃えて頭を下げ、ツラナミは無言でまいだの口を塞ぐと、仲間達と共に脱兎の如く茶室を辞した。

『……って何で俺らが逃げ出さなきゃなんねー訳』
 茶室から少し離れた廊下で、コースチャが率直に文句を口にする。
『でも丁度良かったんじゃないかな。そろそろ移動しないと、オペラの開演に遅れちゃうよ』
 ほら、と伊邪那美が自身のスマホを恭也に示す。時刻は、午前10時35分を過ぎた所だ。
「確かに移動時間を考えると、いい頃合いだな」
 同意する恭也に、「まあ!」と手を叩いたのはリジーだ。
「貴方達もオペラを観に行かれるんですの?」
『うん。キミ達も?』
「ええ。こちらには時間調整で寄ったんですの」
『じゃあ、一緒に行こうよ! えーっと、ツラナミちゃん達は?』
「何時間もじっと静かにしてるなんざ、まいだには無理だからな。まあ、楽しんで来いや」
 ひらひらと手を振ると、ツラナミはまいだの手を引いて先にその場を後にした。

「すいませーん。綿飴二つ!」
 ダシュクは、縁日の屋台で購入した綿飴を一つ、相棒に手渡す。
『これはどうやって食べるんだ?』
「千切ってフツーに食べるんだよ」
 ほら、と言いながら、ダシュクは割り箸に絡められた綿状の飴を口に放り込んだ。
「にしても、懐かしーな」
 雑踏を見回しながら歩いていると、アータルもダシュクに倣って綿飴を食べる。
『夏祭りみたいだな』
「学生がやってる分、活気あるからな」
『成る程』
「しっかし、男二人で縁日とか寂しいわ……女子が欲しい」
 健全な男子として当然のぼやきに、アータルは『無茶を言うな』と素っ気ない。
「あ、じゃあアータルが女装して」
『殴るぞ』
 冷えた声音の切り返しに懲りずに、女子高生とすれ違う度に彼女らに視線を送っていると、その都度アータルに殴られる。
「いってーな」
『清らかな存在に汚らわしい視線を向けるな』
「言い方ひどくない?」
 やや半泣きになった所で、「ダシュクにアータルか?」と声を掛けられた。
 振り返った先には龍哉と、ダシュクご所望の女子――基、ヴァルトラウテがいる。
「よう。あんたらも来てたんだな」
「おう。結構力入ってるよな。大したもんだぜ」
『お話の途中ですが、龍哉。この辺りで別れましょう』
「ああ」
「あれ、ヴァルトラウテ、どっか行くの?」
 残念そうなダシュクに、その真意には気付かぬまま、ヴァルトラウテは『はい』と柔らかく微笑する。
『オペラと演劇を観に行きたいと思って。でも、龍哉は興味がないようですから、付き合わせるのも悪いかと』
『え、もう開演時間か?』
『ええ。そろそろの筈ですわ』
『じゃあ俺達も行こう、ダシュク』
 アータルが言うと、ヴァルトラウテは『あら』と目を瞠った。
『わざわざ付き合ってくれますの?』
『いや、元々行くつもりだったんだ。丁度良かった』
 アータルはダシュクを促すと、龍哉には『じゃあ』とだけ告げて、ヴァルトラウテと共にホールへ足を向ける。
 女性と行動したいという念願が叶うのと、でもオペラ鑑賞や観劇は気が進まないのとで、ダシュクの胸中はひどく複雑だった。

『あれー、征四郎ちゃん?』
 後ガルーちゃんにリュカちゃん、オリヴィエちゃんもっ、と言いながら、伊邪那美はエントランスの椅子に並んで座る四人に駆け寄った。
「イザナミ! 久し振りなのですっ!」
 きゃー、と歓声を上げて、征四郎と伊邪那美は抱き合う。
『征四郎ちゃん達も、オペラ観に?』
「はい! 知り合いが出る予定なので」
「それで花束を持ってるのか」
 伊邪那美に追い付いて来た恭也に訊かれ、征四郎は頷く。
「とってもとってもお上手なのですよ! 楽しみです」
「でも、何故中に入らないんですの?」
 更にその後ろから歩いて来たリジーが、不思議そうに首を傾げた。
「まだ前の発表が終わってないんだ。もうちょっとだと思うけど。今の内にパンフ貰って来たら?」
 リュカに言われて、後から来た四人がオペラ部のパンフレットを貰って戻る頃、ホールの扉が開いた。

「どこに座りましょう」
『こっち! 真ん中でー、前の方が良くない?』
 征四郎と伊邪那美が先導して、ぞろぞろと八人が良い席に陣取る。
 腰を落ち着けると、リュカは改めてパンフレットを開いた。
「優ちゃんはラウレッタだね」
 オリヴィエが、横からそれを覗き込む。
 そこには主役級の三人が紹介され、その真ん中に、優の写真が配置されていた。
『どういう役なんだ?』
「主人公の娘で、アリアは確か、好きな人と結婚できなきゃ身を投げちゃうよってお父さんに歌う歌詞だった筈だよ」
 簡単に説明されて、それは脅迫では、とオリヴィエは眉根を寄せた。
『……物騒だな?』
「ふふ、恋愛って古今東西そういう物だよ、オリヴィエ。向こう見ずで、その為なら何でも出来ちゃうんだ」
『要するに、ドロドロの恋愛物か?』
「そんな昼ドラの定番みたいなんじゃないよ。物語は面白い喜劇だから、大丈夫!」
 何が大丈夫なんだろう。
 しかし、それに対してツッコむより早く、開演を知らせるブザーが鳴った。

 物語は、ある大富豪の男が死ぬ所から始まる。
 集まった親類の関心事は、彼の死よりも、その莫大な遺産の行方だ。遺書には、遺産は全て教会へ寄付すると記されており、全員が落胆する。
 何とか遺産を手に入れる方法がないか、と皆が頭を悩ませる中、男の甥・リヌッチオは、愛しい女性・ラウレッタの父、ジャンニ・スキッキの知恵を借りようと提案。渋る親類達に構わず、スキッキ親子を邸へ呼び出す。
 だが親類は、持参金もない娘をリヌッチオの妻にはできない、と言い放ち、スキッキも、こんなひどい連中のいる家に娘はやれない、とラウレッタを引き摺って帰ろうとする。
 その場へ座り込んだ、優扮するラウレッタは、切々とリヌッチオとの婚姻の許しを訴える。

 伸びやかに澄んだ、朗々としたソプラノが、ホールを満たした。
「わ、すごい……!!」
 征四郎が思わず呟き、オリヴィエは瞬きも惜しみ、食い入るように優が歌う姿を見つめ聞いている。
 リュカは、ライトが眩しいのか目を瞑っていたが、勿論彼女の歌には耳を傾けていた。
 厳かで優しい声音と、目を惹き付けて止まない力。圧巻のアリアにガルーも息を呑んだ。あの時の発声が、本当にほんの肩慣らしであったのが解る。
『へぇ。神原、だっけ? やるじゃん』
 コースチャが、珍しく褒め言葉を口にしているのに、リジーは頷きつつも驚いた。

『これは、確かに良い声ですわ』
 同じ会場にいたヴァルトラウテも、思わず聴き惚れている。
 HOPEの職員は、彼女の歌声が愚神に狙われていたと話していたが、充分に納得出来た。
『凄いな』
 目を輝かせて小さく耳打ちするアータルに、ダシュクも同意見だ。

 アリアが終わると、客席から拍手が沸き起こる。
 リュカも「ブラーヴァ!」と叫びながら惜しみない拍手を送っていた。
「で良いんだっけ? ふふふ!」
 と小さく付け加える所が彼らしい。
 物語はその後、親戚達が遺書を改竄する為、スキッキにその作戦を一任するが、遺産の一番美味しい所をまんまと彼に持って行かれてしまう、という結末を迎えた。
 確かに、人間の滑稽さを面白可笑しく綴った喜劇だ。
 優の出番は少なかったが、それを差し引いても充分に楽しめた50分だった。

 昼休憩に入った所で、リュカ達は部の生徒に頼んで、優を呼んで貰った。花束を渡す為だ。
 本当はステージ前まで行くつもりだったが、ガルーも話したいと言うので、可能なら少しだけ出て来て貰おうという事になった。
 ラウレッタの扮装のまま現れた優は、リュカ達を認めると、あ、と小さく声を上げて、駆け寄った。
「その節は……本当にありがとうございました。今日も来て下さって」
 嬉しいです、と俯きがちに礼を述べる優の視線の先に、オレンジ系の花束が差し出される。目を上げると、オリヴィエが面映ゆそうにしながらも、優を見つめていた。
『……とても、綺麗なアリア、だった』
「オリヴィエ君」
『聞けて、良かった、……ありがとう』
 無愛想なようで、心からの賛辞に、優はただ首を振って花束を受け取る。次いで征四郎が、ガーベラをメインにした秋の花束を差し出した。
「とっても……素敵でした」
「征四郎ちゃん」
「ガーベラの花言葉は前進、だそうです。カンバラがゆっくりでも前を向いて歩けますように」
 愛らしく笑った征四郎がくれた花束を、オリヴィエから貰った花束ごと抱き締めるように抱えた優は、ありがとう、と小さく言う。
『優ちゃん』
 名を呼ばれて顔を上げると、ガルーも微笑み掛けている。
『お前さんが自分を大事に生きていけば、お前さんの友人も未来に連れて行ける……と思うぜ。また歌を聴けるの、楽しみにしてるな』
 ガルーは優の頭をポンポンと軽く叩いて、その後優しく撫で回した。
 征四郎が「せっかくのセットが台無しです!」と文句を言い、リュカはただ笑って頷いている。
「はい……はい」
 その様に、釣られて笑うも、優は泣き笑いで何度も首肯し、ありがとうございます、と改めて頭を下げた。

 この後クラスの出し物の手伝いがあるから、と名残惜しそうにその場を辞した優を見送った時は、12時半を少し過ぎていた。
『さーて。この後はどうする?』
「俺は他にも見たい企画があるんだけど」
「征四郎はリュカと行きます!」
 リュカと征四郎が口々に答え、オリヴィエは『俺は……演劇も、観ようと思う』とボソリと言った。
『ん、リーヴィは残るのか。じゃあ俺様も残ろう』
 リュカちゃん、征四郎宜しく~、と手を振ると、リュカは「了解」と言って手を振る。
 征四郎が、リュカに「手を繋いでもいいですか?」と許可を求め、彼を先導するようにホールを後にするのを見送って、ふと隣を見下ろすと、オリヴィエが何か言いたげな視線を向けていた。
『何だよ』
『……いや』
『別に動き回るのが面倒臭い訳じゃねぇからな。興が乗っただけー』
 伸びをするように腕を伸ばしながら、『リーヴィこそ、こういうの興味あるの?』と続ける。
『あのオリヴィエがねぇ。まさかロマンス? 相手は誰だよ』
 猫以外で頼むぜ、と言う前に、腹に衝撃を覚えた。オリヴィエの裏拳をまともに食らったと気付いたのは、腹を抱えて踞った後だった。

 まいだが輪投げをするのを、ツラナミはぼんやりと眺めていた。茶道同好会ではちょっとのんびりし損ねたが、仕方がない。子育てというのは、こういうものだろう。
 考え事に耽っていると、いつの間にか駆け寄ったまいだが、臑の辺りにぶつかるように抱き付いた。
「あー……何か取ったか?」
 訊くと、まいだは満面の笑顔で小さなぬいぐるみを示す。
「そっか。頑張ったなー」
 頭を撫でてやると、嬉しそうに肩を竦めるも、早くも次に興味が移ったのか、彼女の視線の先には焼きそばの屋台があった。
「あれか?」
 指さすと、彼女はこちらを見上げて頷く。そう言えば、もう昼時だ。
「じゃあ、食うか……すんません、これ二つ」
 購入した焼きそばを受け取り、飲食スペースのテーブルへ腰を下ろす。
 まいだは元気よく「いただきまーす!」と手を合わせ、焼きそばを頬張った。
「美味いか?」
 満面の笑顔で頷いたまいだは、「がっこうたのしい!」と続けた。
「そうか。楽しかったか」
「ねぇママ。まいだももうすぐがっこういくんでしょ?」
「行きたいの?」
「うん! たのしみだなー! おともだちできるかな」
 青海苔を口の周りに付けながら言うまいだに、ツラナミは複雑な心境になる。吐息混じりに「まいだ」と名を呼ぶと、彼女は小首を傾げた。
「お前が英雄と交わした誓約は、お前の在り方を著しく制限する」
「おー……」
「黎焔との泣かない然り、二人目の……えー……そう、薄との怒らない然りな。お前は感情コントロールを身に着ける迄は学校に行かない方がいいと、俺は思ってる。多くの他人や出来事と関わりながらこの二つを守り通すのは辛いぞ。それでも行きたいか?」
「んー……」
 一度に色んな事を言われた所為か、まいだは暫く考え込むように沈黙していたが、やがて「だいじょうぶ!」と笑顔で答える。
「あのね、まいだね、たいへんなのしってるよ。でもだいじょうぶ! まいだつよいこだもん。まいだ、がっこういって、おべんきょして、おともだちたっくさんつくって、それで、おっきくなったらママみたいにだれかのためにいきるのがゆめなの! だから、だいじょうぶ!!」
 ツラナミは、苦笑と共に「そうか」とだけ返した。
 彼女が幼いなりに覚悟しているなら、好きにやればいいと思う。
(だが、お前は俺のようにならなくていい)
 脳裏でだけ呟いて、ツラナミは自身の焼きそばの蓋を開けた。

 そんな二人の様子を、龍哉は遠くから見ていた。
 ツラナミとは知人なので、声を掛けようかと思ったのだが、何だか深刻な話をしているような気がしたので、止めておいた。
(にしても、音大付属じゃやっぱ文系寄りか。体育会系のネタが少ないのは残念だな)
 唯一あったのが射的だったが、もう景品がないと平謝りされた。
 聞いた所によると、どこかの小学生が嵐のように片っ端から景品を持って行ってしまったらしい。
(まさか、HOPEの能力者じゃないだろな)
 飲んでいたジュースのストローをくわえたまま、器用に溜息を吐く。
 そのまさかが正解だとも知らずに、龍哉は縁日風模擬店の間を歩いた。
(とは言え、この何でもありの感じは良いな)
 ジェットコースターやコーヒーカップがあるのには流石に驚いたが。
 途中、お化け屋敷が目に入ったものの、そこだけは無視を決め込む。単純に苦手なのだ。
 その中から不意に、ふぇ? うひゃぅー!? という奇っ怪な叫びが聞こえ、龍哉の耳の中で暫く尾を引いた。
「……さーて。ヴァルは今頃どうしてるかな」

 演劇部の公演は、今正にクライマックスだった。
 結局、今に至るまでダシュクとアータルの二人と行動を共にしていたヴァルトラウテは、彼らと隣り合わせの席に座り、ハンカチを片手に一心に舞台を見つめている。
『いい演技だ。学生とは思えないな』
 ダシュクを挟んで向こう隣にいるアータルがボソボソと囁くその感想に、全く同感だと脳裏で頷く。
 当のダシュクは、
「お前って……いや、何でもない。楽しそうで何より」
 と、やや呆れていたようだったが。
 この後、合唱まで付き合い、『合唱がこんなに美しいと思わなかった』と興奮気味の感想を浴びる羽目になるのを、ダシュク自身知る由もない。

(ロミジュリなぁ……俺あんま好きじゃねーんだけど)
 ぶつくさ言いながらリジーに無理矢理引っ張って来られたコースチャも、彼女の隣に腰を沈めていた。
 彼女の育ちを考えれば、オペラや演劇が大好きというのも解らなくはないが、好きでもない演目に付き合われるのは毎度閉口する。
 特に好きな場面で、一緒に台詞を言うのには、苦笑するしかない。
 お手並み拝見と参りましょう、と上から目線で席に着いたリジーの今回のお気に入りは、“What's in a name?”だった。ジュリエットがロミオの正体を知り、その名に何の意味があるの? と独り呟くシーンの台詞だ(但し、今日の公演は日本語だが)。
 舞台の役者が呟くのに合わせて台詞を言い、やはりここが好きですわ、と一人悦に入っていた。
 しかし、コースチャとしては、どちらかと言えば、ジャンニ・スキッキの方が爽快で好きだ。
(うん、やっぱ好きじゃねぇな、ロミジュリ)
 否定的な感想を呟いた時、ジュリエットが短刀で自身の胸を突いた。

『正直救いがなさ過ぎて、あまり好きな話じゃないな』
 幕が下りて、席を立ちながらオリヴィエはボソリと呟く。
 それでも、ままならない恋愛というのは、どこか身に染みるものもあった。
『そう言えば、ガルーは何でこれを見ようと思ったんだ』
 問いながら隣を見たオリヴィエはギョッと目を剥いた。
 こういう物に興味がなさそうな男が、あろう事か俯いて涙している。慌ててハンカチを、殴るような勢いで彼の顔に押し付けた。
『だって、余りにも可哀想でよ……』
 それを受け取ったガルーは、嗚咽を引き摺りながら顔を拭き、おまけに鼻をかんだ。
 “物語”は余り好まず、小説も滅多に読まない。観劇の理由は、気紛れだった。が、観ている内に段々と引き込まれ、最終的には感情移入してしまった。
『悪いな。後で洗って返すからよ』
 鼻までかんだ物を洗って返されてもな、とオリヴィエは沈黙を返すも、ガルーは頓着しない。
『あ、そうだ! 泣いたの、二人には内緒な』
 ハンカチの件はもう終わったものとして、口元にシーッと指を当てた。

『いや~、面白かったね。オペラの方はもっと神話とかを題材にした荘厳な物かと思ってたけど……って、どうかしたの? 恭也』
 うーん、と伸びをしながら相棒に視線を向けると、恭也は皺の寄った眉根を指で解している。
「いや……恋愛物が続いて少しうんざりしてな」
『そうかな。喜劇と悲劇で似たような所はなかったと思うけど』
「男女の視点の差か……」
 彼女に同意を求めたのが間違いだった。そう脳内で断じると、恭也は吐息と共に立ち上がった。

「――で、ここをこうすれば」
「うわぁ、凄いです!」
 図書委員の女生徒の手の中には、今出来上がったばかりの和綴じのノートがある。
「ノリもホチキスもないのに、本が作れてしまうのですね!」
 リュカの希望でくっついて来た和綴じ講座に、興味津々で参加した征四郎は、感激しきりだ。
 早速、材料を手渡されて不器用ながらも懸命に手を動かしている。
「出来上がったら、ノートとして使いたいです」
 熱心に取り組む様は、見ていて微笑ましいのか、女生徒も丁寧に教えてくれる。
「この間、綺麗なガラスペンを頂いたので、日記書こうかなって思ってたのです!」
 今日という日の物語を、早速帰って書かなければ! と拳を握る征四郎に、女生徒も破顔した。
「良かったね、丁度良いノートが出来て」
「はい! あ、写真撮っても良いですか?」
 征四郎は、持参したデジタルカメラを取り出しながら女生徒に訊く。ここ以外でも、後日リュカと共有しようと沢山撮っていた。
 優ともさっき写真を撮ったので、後でまた彼女にも渡しに来なくては。
「ネット上にアップするんでなければ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
「あ、済みません。そっちのお兄さん、何だかほっといてしまっ、て……」
 リュカの方の出来具合を見ようと腰を浮かせた女生徒は、彼の手元を見て言葉を失った。
 彼は教えるまでもなく綺麗に和綴じを完成させ、二冊目に突入している。
「一応、古本屋の店主なんです。修繕のご依頼もたまにあるからね」
 ふふっと笑うリュカに、女生徒は真剣な顔で、終日ここで指導してくれないかと頼み込んでいた。

「いやあ、くっそ泣いたよなー、最後のシーン」
 うんうん、と頷きながら、黎焔は購入したティーセットを手にテーブルに付いた。
 ホールを出て程近い場所にある喫茶系の出し物へ駆け込んだ黎焔と38は、見終えたばかりの“ロミオとジュリエット”の感想談義に花を咲かせている。
「ん。あのナイフ、デザイン凝ってた」
 38も紅茶を啜りながら、「でも、毒のシーンはちょっと、甘、い」とダメ出しが厳しい。
「話は……面白いけど、よく、解らない。でも、最後、少し悲しかった……気が、する」
「だよなっ!? あのすれ違いが堪んねーよなっ」
 思い出し泣きのように、黎焔は目尻に涙を滲ませている。見掛けに寄らず感激屋らしい。
 38は小さく笑いながら、所で、と話を転じた。
「最近来た新しい子……」
「あ? あー、まいだが連れて来た英雄な」
 ぶはぁっ、と重い溜息を挟んで、黎焔は口を開く。
「あいつマジで全っ然解ってねぇの。一般常識から生活用品の使い方から全部だぞ!? 無駄に喧嘩売ってくるし!」
 言って、思わず掌を机に叩き付ける。甲高い音が響き、必然、教室にいた全員の注目を浴びて、首を竦めた。
「……いや、あたしもそうだったし、そういう奴だから仕方ねぇけど……」
 声を潜めて続ける所を見ると、実際大変そうだが、心底から嫌がってはいないように思える。
「ま、気長にやるっきゃねぇよな。これからずっと一緒なんだからよ」
 気合い入れるか、と続ける黎焔は、寧ろ楽しそうだ。
(よかった)
 微笑ましい思いで、38はケーキを口に運ぶ。
「二人のお姉さんだもんね。頑張って、黎焔」
「どういう意味だよ」
「何でもない。……此処は私が奢って、あげる」
「だから、何で」
「門出、祝い」
 そう言ってふわりと微笑する38に、やがて黎焔も苦笑を返した。

「はぅー……やっと人心地付けた」
 屋台の飲食スペースにあるテーブルで、優牙はホッと溜息を吐いた。
“そろそろお腹が空いたし、ご飯食べるのだ♪あっちから凄くいい匂いが一杯するのだ♪”
 と唐突に言った相棒に引き摺られて来たが、今この時ばかりは感謝するしかない。お陰で休息を得られたのだから。
 優牙の手には、紙コップに入ったココアがほんのり湯気を立てている。先刻まで、お化け屋敷まさかの二軒目に入らされて、「ふぇ? うひゃぅー!?」と奇っ怪な悲鳴を上げ捲っていたのだ。その所為か、少々喉が痛い。
 本物みたいによく出来てるのだ♪等と言いながら大はしゃぎしていたプレシアの方は、食べ物を物色している。“ふわー、知らない食べ物が一杯ある♪”と目を輝かせていたから、どれにしようか迷っているのだろう。
 長くなりそうだったので、適当な代金分の金券を渡して、優牙はドーナツを手に先に席を取っていた。元々、少し食べればお腹は膨れる質だから、これで充分である。
 だが、ドーナツにかぶり付いた直後、目の前に山盛りの食べ物が置かれ、彼の平穏は崩れた。
「……へ?」
 何これ、と問う間もあらばこそ。
 ご満悦で椅子に掛けたプレシアは、上機嫌でそれを片付けに掛かる。
「うー、どれも美味しー。よーし、全種類制覇するのだ♪」
「って、待って。全種類制覇って……」
 血の気が引く音が聞こえたのは、決して優牙の気の所為ではない。
「支払いお願いねー♪」
「はわ!? やっぱり支払いは僕なんですかぁー!?」
 明らかに小学生の少年が上げた哀れな悲鳴に、その場の全員が注目するが、それに構う余裕はない。
 HOPEの依頼報酬がある為、払えない、という事はないだろう。しかし、プレシアの食欲は予測不能だ。ある意味、お化け屋敷よりも怖い。
「次、あれ買いに行ってくるのだ! 玉せん!」
 叫びと共に、目の前に掌が差し出される。玉せんとは、愛知県のご当地おやつらしいが。
「……この手は何?」
「もう金券ないのだ♪色んな味があるみたいだから、全種類貰うのだ♪」
「全種類って!」
「大丈夫、これくらいなら簡単に食べれるからー♪」
 と言う彼の手元には、既に紙皿しか残っていない。
「そういう問題じゃなーいっっ!!」
 遂にブチ切れた優牙の叫びは、やはり哀れな悲鳴にしか聞こえなかった。

『何かあっちで悲鳴が聞こえる』
 チラとそちらへ視線を向けた伊邪那美だったが、興味はすぐに目の前のあんず飴に戻る。
『うん、本職の人達とは違ってるけど、これはこれで美味しいね』
「相変わらずよく食べるな」
 呆れたような恭也の呟きに頓着せずに視線を泳がせていると、お化け屋敷が目に入る。
『……嫌な物見ちゃった』
「ん、お化け屋敷か。入りたいのか?」
『冗談。ついこないだ、リアルに骸骨に追っ掛けられたばっかだし』
 わざわざ進んで恐怖体験をする理由はない。
 あんず飴を平らげ、棒を通路に設えられているゴミ箱へ投じる。
『あ、ねぇ、それより漫研だってよ。何が売ってるんだろ』
 恭也の上着を引っ張り、彼が否も応も言わない内に教室に足を踏み入れると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。
「リュカ、どうじんしってなんですか?」
 本の展示された机を、背伸びして楽しそうに見ているのは、征四郎だ。
「わ、わ、これ全部、部員さんで描かれたんです? 売ってるのと同じなのです、お上手なのです……!!」
 興奮気味に言う彼女の後ろから覗き込んだ恭也は、ほう、と感嘆の声を上げる。
「正直、素人が描いた物を侮っていたが、意外と本格的に作られてるんだな」
「あ、キョウヤ!」
 仰向いて恭也を認めた征四郎は、視界の端に伊邪那美の姿も捉えた。
 一方リュカは、展示された本を生き生きと物色している。元々同人誌やそういう類の本も好きなのだ。
「ねっね、せーちゃん、面白そうなのある?」
「そうですねぇ……描いてる所も見られれば良いなと思いますけど」
「じゃあ、こっちの動画もどうぞ」
 部員の一人が、動画を流しているパソコンを示してくれる。漫研の活動風景を撮った物のようで、征四郎は歓声を上げて駆け寄った。
『うん……? ねぇ、あっちに置いてある、R-15ってどんな本なの?』
 ふと漏れた、伊邪那美の素朴な疑問に、部員達は何故か慌て、恭也は「そんな物まで置いてあるのか」と呆れ声だ。
「だーめ。これはお子様の見る物じゃないの」
 伊邪那美が手に取った件の本をリュカが取り上げた所へ、動画を見ているとばかり思っていた征四郎がひょこりと顔を出す。
「リュカは、なにを読んでるのです?」
「え、えええっと」
 リュカも、部員と共に慌てる羽目になった。

「それにしても、全部自分で作るんですのねぇ。何だか新鮮ですわ」
 観劇の後、コースチャと連れ立って校内展示を見て歩いていたリジーは、ふと目に留まったクラス展示を指さす。
「コースチャ! あれは何ですの?」
『ん?』
 目を上げると、そこには『お化け屋敷』とデカデカと書いてある。不気味な装飾と言い、コースチャには一目瞭然だったが、英語圏の言語の方に強いらしいリジーには想像できないようだ。
 『ホラーハウスだってよ』と言うと、彼女は突如警戒の表情を浮かべた。
「え、ホラーハウス? コースチャ、よもや連れてったりはしないでしょうね」
 しかし、コースチャは立ち止まると、それは意地の悪い笑みでリジーを振り返る。
『んじゃ、ご期待通りに』
「嫌ですってば! わたくし、ホラーハウス系は得意じゃありませんのよ!? 聞いてますの、コースチャ!!」
 ばんばん! と背中を叩かれるが、コースチャは足を止めない。今日は逆に振り回してやると決めたのだ。
 『二名、入りまーす』と受付の生徒に告げて、強引にリジーの服の袖を掴んで引っ張り込む。
 俺は別に怖くねぇし、ザマぁみやがれ!

 暗闇に連れ込まれたリジーは、無意識にコースチャの上着の背を掴んだ。
 どうしましょう。驚きのあまり、お化け役さんを叩いてしまったら……ああ、その時はコースチャを叩けば良いんですね。
 本人に聞かれたら思い切りどやされそうな自問自答の直後、正面にいきなりお化け役が現れて、リジーは盛大な悲鳴と共に思う様コースチャの背を引っ叩いた。
『って、痛ぇよ暴力女!』
 お化け屋敷から、本来上がる筈のない怒声も上がった。

 閉会時間を5分程過ぎた頃。
 校門で相棒を待っていた龍哉は、帰路に就く人々の中にその姿を見つけて、手を上げた。
 ヴァルトラウテも小さく手を振って、龍哉に駆け寄る。
「お疲れ。どうだった」
 彼女が来るのを待って歩きながら、龍哉は口を開く。
『どれも、興味深い内容でしたわ』
「そっか。思ったよりも楽しめたようで何よりだな」
『ええ』
 頷く彼女を視界に入れながら、伸びをするように両腕を天に突き上げた。
 西の空が赤く染まり始めている。

 束の間の平和な一日が、終わろうとしていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 復活の狼煙
    ダシュク バッツバウンドaa0044
    人間|27才|男性|攻撃
  • 復活の狼煙
    アータル ディリングスターaa0044hero001
    英雄|23才|男性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • 元気なモデル見習い
    プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
    英雄|10才|男性|ジャ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 復活の狼煙
    リジー・V・ヒルデブラントaa4420
    獣人|15才|女性|攻撃
  • 復活の狼煙
    コースチャaa4420hero001
    英雄|15才|女性|カオ
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