本部

恐怖! 渓谷の怪異?!~水底は歌う~

五葉楓

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/02 15:25

掲示板

オープニング

●水底の歌声
 夏も終わりに傾いているが、夏の暑さはいよいよ真っ盛りとなり水遊びの人気は衰える様子は無い。
 とある渓谷もそんな涼を求めた水泳客で盛況している――はずだったが、この良く晴れた真夏日にそこはひどく静まり返っていた。
 崖の上から枝を伸ばす木々に囲まれた川原と深い緑をたたえる穏やかな川の水は、この時期水泳をするには最高のロケーションであるはずだが、人の気配は見当たらない。
 まるで絵画や写真集から切り取ったかのような美しい光景があるがまま眩しい日の光っりに輝くばかりであった。
 もしかして何かの撮影やイベントで人払いでもされているのかとも考えたくなるが、そうではなかった。
 それもそのはず。この渓谷には1週間ほど前から起こっている異変のせいで客足途絶えてしまっているのだ。
 一見流れも穏やかに見えるこの川で溺れる水泳客が続出しており、戻って来た人間の多くが水中で「歌声を聞いた」と訴えてきたのだ。
 シーズン通して1人や2人なら溺れた時のパニックによる幻覚や間違いで片付けられていたかもしれないが、溺れたのも溺れた際に歌声を聞いたのは、たった3日の間に10人を超えてしまったため、恐怖はあっという間に訪れた水泳客から拡散されて今の無人状態へと至っている。
 この状況が続くのは危険だし、渓谷周辺の宿屋やテーマパークなどの施設は商売上がったりなので、H.O.P.E.に調査と事態解決の依頼がされる事となった。
 原因を解明して楽しい遊び場を取り戻そう。

●川へ行こう
 ここに渓谷で溺れた被害者達の証言を纏めておくので、調査員各自参考にしていただきたい。
・10歳男児の証言
「ええと、泳いでたら足がつかない高さのところがあって、楽しそうだったからお父さんにお願いして一緒に泳ぎに行ったところで急に眠たくなっちゃったんだ。何でかなって思ったら綺麗な歌声が聞こえてきて、寝た方が気持ちいいかなって、寝ちゃった」
・男児の父親38歳男性の証言
「ええ、この日息子には安全のためにあまり深い場所に行くなと言っておいたので私を呼びに来たようでした。行ってみて私の補助で遊べるようであれば少し自由にさせてみてもいいかなと思ったのですが、そこは私すらも立っていられない深さの場所だと気が付いて引き返そうとしましたが、もう遅かったです。激しい眠気を感じて、あの歌声を聞いていました。でもあの歌声を聞いた時……私は確かに水の中にいたはずなのですが、まるで耳の横で語りかけられているかのようにはっきり聞こえていました。後でそれに気が付いてゾッとしましたね」
・男児の父をストーキングしていた元同僚の女性31歳の証言
「私を捨てておいて家族で楽しそうにしてたのが悔しくて、影から彼の様子を観察していたんです。そしたら奥さんと離れて息子さんと2人きりで深い方に行ってしまたので私もついて行ったんです。少し遠くから近づくチャンスを伺っていたら、二人共急に水の中に沈んでしまったので慌てて追ったら、私の意識もそこで途切れてしまいました。歌声? 確かに豚の悲鳴みたいのは聞こえたと思います。綺麗?あんなの豚の悲鳴ですよ、マーメイド気分のカワイ子ブリッコな豚の声だと思います。あ、ちゃんと証言したので彼には詳細は内密でお願いします。え、他に気が付いた事? いえ、あの場所に行くまでは特に何も……とにかく私が故意にあの場にいたのは黙っていてください……病院でも偶然だって言い張って何とか逃げましたので」
・21歳男性の証言
「マジビビったし。彼女と泳いでたら、スゲー深い場所あったから潜ってみたらスゲー広くて後でスキューバしてーって思ったんすよね。あ、俺スキューバ得意なんすよ多分資格も余裕っス! え? ああ、歌声? そーなんすよ彼女と潜ってたら女の声が聞こえてビビってたら、スゲー眠たくなって、気が付いたら病院だったッス。水中で何か見たかって? アー……水は日本のにしては思ったよりクリアだったスけど、深い場所は暗かった感じ? 後はよくわかんないッス」
・20歳女性の証言
「よっくんがあそこで潜るっていうからー私怖いっていったけど、でもよっくんいるから大丈夫かなって。確かにチョー綺麗だったし川の中って思ったより綺麗なんだなって思ったんですけど、でもやっぱ川だから水草みたいのが水の底の暗いところにうにゃうにゃしてたのはみえたかもー? うん、何か声は聞こえてきました。怖いって思う前に寝ちゃったから、とにかく生きてて良かったなって……よっくんと結婚します」
―以下略―

●歌声は一体どこから?
「川で意識を失った被害者は下流に流されたところを監視員に保護されて事なきを得ていますが、水中での意識の昏倒は死亡事故に繋がる危険なものです。
 歌声などの異変に関しては従魔の仕業と考えて間違いないと思いますし、力を付ければいずれより大きな事態に至る事になってしまうと思いますので、歌声と昏倒の原因である従魔の解明をお願いします。
 なお被害者の証言は精査しきれていませんので、皆さんの方で分析し、それを元に調査をしてください。この事件には不明な部分が多いので、調査中に著しい危険が認められた場合は一旦中断し、皆さんの調査報告を元に再度調査や討伐の計画を練り直す事もあるかもしれません。油断せず臨んでください。調査に必要な物資は地元企業有志から提供いたしますので、何かあれば現場の担当者にご相談をお願いします。H.O.P.E.としては指示のみとなります」
 そう言って女性オペレーターは通信を終了させた。
「…………」
 渓谷の近くの旅館に集められたリンカー達は顔を見合わせる。
「……今回被害に遭ったのは水泳客だよね。やっぱり一般人を装って調査する方が従魔も油断して調査しやすい気がするんだけど、みんなどう思う?」
 場合によっては危険が伴うかも知れない調査だが、夏真っ盛りのこの時期に涼しげな水場である。
 ただ行くだけではもったいないよね、誰かがポツリとそんなことを呟いた気がした。

解説

水場の調査依頼です。
渓谷の川に巣食って人を襲う従魔の正体を暴き出してください。
状況に応じて調査だけで引き返しても良いですが、可能であれば討伐もお願いします。
調査内容に応じて物資が支給されます。
ロープ、酸素ボンベ、水着、ビーチパラソル、食材等…必要な物や機材は地元の担当者の方に申請してみてください。
川の環境汚染に繋がりそうな物は申請しても却下される場合があります。

水面の一部と水中がドロップゾーンになっています。
ここに迷い込んだ普通の人間はライヴスを奪われるため強い眠気に襲われて気絶してしまいます。
今のところは川底に巣食ってドロップゾーンの表面に触れた人間のライヴスを奪う程度ですが、力を付けたら積極的に襲うようになるかもしれません。
表面に触れるだけなら気絶で済みますが、中に完全に入り込むと外に出るのが困難になります。
本来水泳客が訪れるあたりは深くとも水深150cm程ですが、ドロップゾーン内の水深は数m以上になっています。数十mに達する場所もありますので注意してください。
深さと従魔の関係で川魚だけじゃなく湖にいるような魚も泳いでいる事があるかもしれません。
水は非常に透明で日差しをよく通し、巨大な水草の林が存在していたりもします。
水草によっては葉に光合成による酸素の気泡を付着させてることもあります。
深度のある場所は日が届きにくくて暗くなっています。

注意:従魔のところに至る推理が不十分な場合、戦闘は発生しません。
従魔の脅威レベルは現在ミーレスです。

リプレイ

●おさかなのゆくえ?
「水○スペシャル『人食い渓谷! 光届かぬ水底奥深くに幻の半魚人ダゴンは実在した!』」
 ジャーンと某番組風にタイトルが書かれたフリップと双眼鏡を手に、探検服風ビキニに青いジャケットを着込んだステラ=オールブライト(aa1353)がゴムボートの縁に片足を載せる形でポーズを取っている。
 数日前に見た『UMAを探すっぽい探検隊シリーズ』を見たばかりで、すっかり本人はその番組の中に出てきた探検隊の隊長気取りである。
 その番組に出てきた探検隊の隊長がなにかとリアクションがオーバー気味だったせいで、ステラもそんな調子。
「…………」
 そんなステラの後ろにはアウトドアする気は一切感じられないいつもの普段着の負屓(aa1353hero001)、白いトップスのタンキニを着たシーナ(aa3212)とピンクと黄色のサーフパンツのカルロ ガーランド(aa3212hero001)が遠巻きに座っていた。
「あれは何だ?」
 ネタが分からないシーナが負屓に訊ねる。
「あれは……このあいだ見たテレビのドキュメントだかバラエティーだかにすっかり影響されて……」
「そうなのか、俺達はそういうのはほとんど見ないからわからん」
 カルロの言葉にコクコクと頷くシーナ。
「よし、負屓隊員! 早速調査を開始するわよ! ステラ―隊長はー洞窟にはーいるー」
「隊員って何だ、隊員って。そしてここは川だ……」
「やや! 原住民が川でおぼれている!」
「原住民はともかく、溺れる原因を調べにきているのは確かだな」
 そんなステラと負屓のやり取りをシーナが水筒の紅茶を片手に観察している。
「熱くないのか、そんなものを飲んで」
「別に。それにしても面白いね、彼女」
 何だかんだとワイワイしていると声が掛ける。
「みなさーん! 天宮さんとヘンリカさんがお料理してるので手伝いませんか―?」
 伊邪那美(aa0127hero001)と御神 恭也(aa0127)が連れ立って手招きしている。
 来ている水着は伊邪那美がフリルとリボンのついたキュートなワンピース、恭也が黒とグレーのサーフパンツ。
「お料理? やるやる!」
「焼きそばとかバーベキューとか、色々作るんですって!」
「それは楽しみだな。俺も手伝わないでもないぞ」
「働かざる者食うべからずだぞ?」
「わ、わかっている!」
 からかうようなシーナの一言にカルロは頬をむくれさせると、シーナその頬を突いた。

「食材は基本河原の上には直に置くなよ? 石が熱くて煮えてしまうからな」
「ハイッ! うふふお料理楽しみです~~~」
 鉄板の準備を終えた天宮 愁治(aa4355)が包丁で野菜と奮闘するヘンリカ・アネリーゼ(aa4355hero001)に声をかける。
 水着姿での作業がまさにレジャーの風情だ。愁治が黄緑色のハーフパンツ、ヘンリカは紫のビキニに白い上着を羽織っている。
「天宮ちゃんヘンリカちゃん! お手伝いさせて下さい!!」
 ステラが機材を設置中の二人の所に駆け寄る。
「私も手伝おうじゃん、何すれば良い?」
「あ、ステラ様、皆様……ウフフぜひお願いします」
「ステラって包丁いじれたのか?」
「失礼だねカルロちゃん。私はこう見えてお料理女子なだよ! お菓子だってお任せあれなのだよ!」
「そうだったのか、すごいな」
「確かにステラは普段から料理してるよ。味を保証してる物ではないけどな」
「ちょっと負屓~~~!」
 負屓のからかいにステラが頬を膨らませた。 

「歌か……海じゃねぇのになぁ」
 赤いハーフパンツに着替えた赤城 龍哉(aa0090)は流れる美しい水面を神妙に観察する。
「セイレーンではなく、ローレライかもしれませんわね」
 その横で薄紫のビキニ姿のヴァルトラウテ(aa0090hero001)
「なるほど、そっちか」
 龍哉は納得した様子で水中ライトを頭につけたり、スキューバ用の酸素(正確には空気)ボンベを背負ったりして装備を整えていく。
「あら、もう行かれるんですか? 皆さん先に少し水に浸ってから活動するそうですけど……」
 パラソルを設置している木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)や鉄板やグリルを設置している面子の方を見てヴァルトラウテは訊ねる。
「確かに、現状だと敵の詳細が皆目見当付かねえし、折角こんなキレイな場所に夏休みの宿題は先に片付けた方が、後で心置きなく楽しめるだろうが」
「例えはともかく、方向性は判りましたわ」

(豊かな川だ、生物も多い。水棲生物からもライヴスを集められるとすれば…人が掛かったのは従魔にとっても事故かも知れない)
 禮(aa2518hero001)と難しい顔をして大きめの岩の上に座っている。その横にみんなの様子を見てウキウキしているらしい海神 藍(aa2518)も座っている。
(敵はどこに潜んでいるのだろう…目撃はされていない。目視では捉えられない場所?
 耳元で歌が聞こえたというが…水中の音の伝わる速度は約4倍、遠い船の音が頭上から聞こえることもある……)
 うーん、と頭を悩ませてみるが答えは出てこない。
「考えても解らないか……禮? スイカでも食べて休憩してからお仕事を済ませておこう」
「あ、はーい」
 二人は立ち上がると料理で盛り上がる方に合流する。

「イザナミ! オリヴィエ! 遊びま……いえ、調査に行きましょう!」
 紫 征四郎(aa0076)がリュカとオリヴィエの元へパタパタと駆け寄って来る。
 紺色のバミューダビキニにミントグリーンのパーカーを羽織った姿が愛らしい。腕脚の火傷跡も上手く隠せている。
「どう、せーちゃん。水遊び楽しい?」
 リュカはいつになくはしゃいでいる征四郎にニコニコと笑いかけた。
 目の見えない彼だが、気配や声色で十分感情は読み取れる。
「はい!」
「そりゃー良かったな、俺も準備万端だぜ!」
 水辺まで待ちきれないのか既に浮輪を装着したオリヴィエが征四郎の前に立ちはだかる。
「お、リーヴィいいもん持ってんな、溺れんじゃねぇぞ」
「おう」
 征四郎の後ろを見ればガルー・A・A(aa0076hero001)が居た。
「ボクも泳ぐーーー!! あっ、せーちゃん今日の水着スッゴイ可愛いね!!」
「はわっ……んむ~イザナミ~」
 伊邪那美は征四郎に抱き着くと愛おしそうに頬ずりをする。
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて少し苦しそうではあるが、嬉しいらしく征四郎からも抱きしめ返した。
「女子のじゃれ合いって濃厚だよなー……」
 ラブラブな様子にある意味感心したような表情のオリヴィエ。
「羨ましいの? オリヴィエも混ぜてもらえば良いんじゃないかな?」
「バッ……馬鹿! そんなん出来るかよ!」
「んー? オリヴィエもギューってしたいのかなあ?」
「しねえよ!」
 リュカの言葉に顔を真っ赤にして拒否するオリヴィエをからかうように征四郎を抱きしめたまま左腕を広げる伊邪那美。彼女の提案に異性慣れしていない征四郎は真っ赤になって硬直している。
「えー? 遠慮しなくて良いんだよー? もしかしてボク達とぎゅーするのイヤ?」
「イヤとかじゃなくてなあ!」
「わははー!」
 幼いとはいえ異性相手に躊躇いもなく抱き付けるほどオリヴィエは幼くない。
 真っ赤になって浮輪で伊邪那美をガードしていると見かねた恭也が伊邪那美の頭にチョップを食らわした。
「こら、伊邪那美……あんまり人を困らせるな……」
「はあ~い」
「じゃあ俺がオリヴィエをぎゅーってしておくよ」
「リュ、リュカ! お前まで俺をからかうなよ!」
「別にからかってないけどな?」
 そう言ってリュカはオリヴィエの頭をポンポン撫でた。
 そんな様子を見てガルーと恭也もニコニコしている。
「みんな仲が良いこった。征四郎に気を許せる友達がこんなに出来るなんて出会った時には予想出来なかったぜ」
「……いつもすまない、……年の近い友達が出来て嬉しいのか彼女の話題は良くしている」
「征四郎もだ。これからも仲良くしてやってくれ」
 温かい眼差しで二人は子供達の方を見た。

●おさかなどこ?
 渓谷を見渡しながら崖沿いを歩くオリヴィエ。
 その手には渓谷の川の地形を描いた地図が表示されている。
「水の深い場所って色が暗いから上から見た様子とか調査の参考になるかなと思ったんだけど……うーん……」
 地図に書き込んだ情報をまとめつつ頭を悩ませる。
 何故なら肝心の深い場所に当たる部分が、推定で深くとも3m位しか見当たらないからだ。
 巻き込まれた人の証言を考慮すればもっと深い場所があっても良いはず。
(恭也から送られてきたデータもこっちと似たり寄ったりだな……)
「おーい」
 声に気が付いてオリヴィエが崖から川面を見下ろすと数m下の水面にゴムボートに乗ったステラと負屓の姿があった。
 シーナとカルロからボートを借りて調査をしているのだ。
「よー! お前らは何してるんだ?」
「これなのだよ!」
 ステラは防水加工を施されたカメラを掲げて見せる。
「カメラか?」
「そう、これで川底を撮影して半魚人ダゴンを見つけ出すの!」
「ダゴン?」
 さっぱり話が見えずに頭にハテナを浮かべるオリヴィエ。その様子に負屓が説明を補足する。
「すみません、ステラのダゴン云々は先日見たバラエティ番組のネタになぞらえているだけなんだ。このカメラを使って深部の調査をしようかなと」
「でも川に入ったらピラニアに注意だよ負屓!」
「ここはアマゾンじゃないぞ?」
 冷静にステラに突っ込む負屓。
「なるほどな、でもここから見てる範囲だと証言にあったような深さがありそうな場所が見当たらないんだよなー……」
「えー、じゃあカメラ使えないのかな……ダゴン……」
 しゅんと項垂れるステラ。
 そこに水中からリンクした龍哉が現れる。
「いや、そういう事じゃないと思うぞ?」
「「!!」」
「恐らく被害者が見たのはドロップゾーン内の光景だ。でも肝心のドロップゾーンは傍目からみてわかるような規模やタイプじゃねえんだと思うぜ」
「じゃあそれに気を付けつつまだ外から調査してみるな」
「何か分かったら連絡頼む」
「おう!」
 ゴムボートは再び動き始め、龍哉も水中に潜るのをオリヴィエは見送った。

 オリヴィエはそのまま地上からの調査を続行、龍哉も別方向を調べると言って水の中へ、ステラ組とシーラ組を載せたボートは川を上るように移動していく。
 負屓がふと気が付いた。
「ん? この川ってこんなに川幅広かったな?」
 むしろ、今居る場所はまるで湖だ。周囲を囲む崖も消えており代わりに山が遠く広がっている。
「ここ、あの川じゃないよ! ドロップゾーンだよ!」
 ステラが叫ぶ。
「参ったな、もしかしてここに居るの僕達だけ?」
「ここにダゴンが居るの?!」
「そんな事言ってる場合じゃないよステラ……」
 呑気なステラに負屓は軽く頭痛を覚える。
「あははごめん。そろそろちゃんとするよ」
「まったく……とにかくみんなに連絡しよう」
「じゃあ私はカメラの準備してるね」
 ステラが機材準備している横で負屓は通信機のスイッチを入れる。
「みんな、負屓だけど。僕達ドロップゾーンに入り込んでしまったみたいなんだ! みんな!」
「負屓、何か来るよ!」
 その瞬間、ボートの下に気配を感じて反射的に共鳴して敵襲に備えるステラ。
 だがそこに現れたのは……。
「よお」
 龍哉だった。
「何だ貴公か、さっきぶりだな」
「ああ、お前らも紛れ込んだみたいだな」
 見慣れぬ景色にキョロキョロする龍哉。
「ああ、だから通信を飛ばしたところだったんだ。単独で紛れ込んだわけじゃなくて良かった」
 ステラと負屓はリンクを解除した。
「俺達居るぞ」
 リンクした藍も水中から現れる。
「他には居るか?」
 最後に一同の向かい側からも征四郎が姿を現し、この場に居ない人間は通信機の方で声を確認した。
『俺もすぐ向かう』
『待てよリュカ、俺が迎えに行くから勝手に行くなよ?』
 今にも一人で突入しそうな勢いのリュカに慌てるオリヴィエ。
「どこからかドロップゾーンか分かるのか?」
『多分さっき別れた辺りだろうと思うから、こっちのみんなで向かう』
『せーちゃん、ボクもすぐ行くから待っててね! 恭也、恭也!』
『ああ……』
「分かった、それじゃあ俺達は俺達で動いておく」
「あ、合流はステラがボートで水中カメラの操作をしているからそれを目指してほしい」
『分かった、それじゃあまた後でな。カルロ、共鳴しよう!』
「それじゃよろしく頼むわよ、負屓隊員。この水中ビデオカメラで幻の原生生物の姿をバッチリおさえてね!」
「半魚人はどこいった。ハイハイ……」
 ツッコミを諦めた負屓と龍哉が水の中に消え、ステラがモニターを眺めていると負屓の顔が一瞬映るも、画面が段々暗くなるのを感じた。

●発見?! 水底に潜む歌声の主!!
 龍哉が改めて水中で周囲を観察すると、水の深さはもちろんとして透明度に改めて驚かされる。
 何メートル以上の深さがあるのに底まで光が届いて淡く揺れていた。
 深い場所を求めて潜って行くと10mくらいからは流石に薄暗くなってきたように感じた。
≪綺麗ですわね≫
 カーテンのように陽が差し込む様子にヴァルトラウテが溜息を吐く。
「こういう場所は出来れば本当のレジャーで来たかったよな」
≪私もそう思います……この風景、どことなく故郷を思い出しますね……≫
「そうなのか?」
≪ええ、水の澄んだ湖なんて日本ではあまり見かけませんし……どことなく……≫
「へえ……」
 妙に無言になりつつ泳いでいると揺れる光のカーテンの隙間から零れるような歌声が聴こえてきた。

「わあ……」
 水草の林に紛れ込んだ征四郎はその幻想的ともいえる光景に息を飲む。
 リンクして少し小柄になったとはいえ見上げるサイズの水草は陽に透けて若草色の光を散らし、葉の細かい先端に蓄えられたはちきれんばかりの気泡もキラキラ輝いている。
 試しに指で突くと、指から逃げるように水面へ向かって散っていく。
≪綺麗だな≫
 征四郎はゆっくりと水草の中を泳いで行く。
「はい……ガルー、征四郎こんなの初めてみました……」
≪俺もだよ、こんなの≫
「……征四郎は生きてるんですね」
≪そうだよ、征四郎は生きてる≫
 すれ違う先から輝く水草の中を泳いでいると囁く速度で歌う歌声が聴こえて耳を抑える。
 だが声は指をすり抜けるように変わらず聞こえているので、物理的な声ではないのかもしれない。
『お、聴こえるか? 歌だ、証言にあったの一緒のものだと思うぞ』
『藍……うん、聴こえる』
『あー多分これが……』
 そこで龍哉は言った。
『一回落ち合おう、ちょっと考えがある』

「うーん、もう少しこっちかな……」
 重りを付ける位置でカメラの角度を調整しつつ、何度も投下して調査を行う。
「ステラ、ステラ!」
「どうしたの負屓」
「水の中で歌声が聞こえるから、みんなが集合するって」
「歌?! ダゴンの歌私も聞きたい! リンクする?!」
「……いや、リンクはまだしない。赤城君がチェックした地点へ先に水中カメラを入れて確認したいから操作を頼む」
「ぶー……歌聴きたいのにー……」
「色々確認取れたらまたリンクして僕達も行くから……これも仕事だよ?」
「分かった……」
 負屓はステラを載せたままボートを移動させた。

『何か映ったか?』
『ううん、まだ何にも。水草があるだけだよ』
 調べた場所で一番深そうな場所にステラの水中カメラを投入するも今のところ変化は見つからない。
 龍哉はふと背負っていたボンベを降ろすと、ライヴスツインセイバーで一刀両断した。
 その瞬間物凄い爆発が起こり、辺りは真っ白になった。
 至近距離での爆発は、物理攻撃に干渉されないリンカーじゃなければ酷いダメージを追っていたことは請け合いである。
 その衝撃は水上のステラのボートも暴れさせるほどだった。
 3人はしばらく暴れる水の中で耐える事になったが間もなく視界は元に戻り、何か変化がないか周囲を警戒するが、相変わらず歌が聞こえるだけのように感じた――が。
「こ、これは……!」
 ボートの上でステラはカッと眼を見開いて画面に釘付けになる。
 水中の鈍い音がおさまって間もなく、水底の水草が激しくうねり始めたからだ。
 ステラはすぐさま通信を入れた。

●嵐の前の静けさ?
「あ、ステラ!」
「みんな! ここが分かったのか!」
 水底に向かうためにステラと負屓が共鳴したところでシーナ、リュカ、恭也、愁治が水の中から現れる。
「こういう仕組みか……これじゃ確かに外から見ただけじゃわかりにくかったな」
 リュカがゾーン内を見渡すようにキョロキョロする。
「……うむ」
「やっと入ってこれだぜ! 今の状況は?」
 愁治がステラに訊ねる。
「従魔が見つかったから、先に龍哉と征四郎と藍が先に向っている」
「じゃあ俺達も急ごうぜ」
 相手はドロップゾーンを有する従魔。油断は出来ないし急いだ方が良いだろう。

 龍哉、征四郎、藍が水底に向かうと淡水には居ないはずのクラゲが無数にウヨウヨしていた。
 正確にはクラゲではないのだろう、金魚鉢に入っている水草のような触手を持ったクラゲが狂ったように泳いでいる。
 そして水草の奥には女性のようなシルエットのスライムが威嚇するように太い水草の下半身をうねらせて待ち構えていた。
 リンカー達の襲撃に驚いているせいか、歌声は最初のゆったりしたものから2つくらいキーが上がった甲高い唸り声みたいなものに変化していて、頭に痛いくらいだ。
「正体見つけたり、なのです!」
 征四郎が敵に向ってビシッと指を差した。
「ゾーンの大きさの割に何だか弱そうだな……あれ、ミーレス級じゃないのか?」
「でも、ミーレスにはゾーンを展開する能力は無いはずだぞ?」
 怪訝な様子の龍哉に藍が首を傾げる。
「倒してしまえばみんな一緒だ!!」
 龍哉が従魔に突っ込もうとするも、敵を排除しようと触手がうねり迫るのを見て各自散るしかない。
「うわっ!!」
 周囲に散っていたクラゲに接触した瞬間爆発されてビックリする藍。
 あまり強い衝撃ではないが動きを制限するには十分な威力だった。
「まるで機雷だな……動きにくい!」
 龍哉も征四郎もやりづらそうにしている。
 襲い来る触手に体制を整え直そうにも、くらげを避けながらの応戦はなかなかに厳しく苦戦を強いられるだろう。
 だがその時、クラゲがひとりでに爆発し始めた。
「お待たせ!」
 シーナの死者の書が放つ白い羽が次々にクラゲを爆発させてゆく。
「皆さん……!!」
 征四郎の表情が一瞬ホッとする。
「ボンベ爆発させるぞ!!」
「「えっ?!」」
 一同咄嗟に水草や岩陰につかまるなどして退避すると恭也がボンベを刺激して爆発させ、クラゲを一気に吹き飛ばす。
 しばらくして暴れる水流が収まるのと同時に龍哉が怯んだらしい従魔を横薙ぎして切り払った!!
 従魔は暫し悶えるも、あっさりと力尽きて水に溶けるように消え、歌声も聞こえなくなった。
「……終わったのか?」
 愁治の確認に一同顔を見合わせて警戒するも、やはりもう敵の気配は感じられなかった。

●ボーナスタイム
 雲一つない空から注ぐ太陽を受けながら、巨大なオレンジの浮輪に仰向けに乗って浮かぶオリヴィエ。
 ここは例のドロップゾーン内である。
「お、リーヴィ、いいもん持ってんな。溺れんじゃねぇぞ」
 ガルーがやってきて水鉄砲をかます。
「ぷあっ! 何すんだよ!」
「わはははは! イイ男のツラしてるぜ!」
「待てこら、泳ぐならその紐掴んでけよ……」
「えー? しょうがねえなー」
「俺にイタズラしたんだ、覚悟しろよ。……ほら、早く泳げ」
「ハイハイ」
 泳いで紐を引いてやると、オリヴィエの表情が輝いた。

「大きな魚をつかまえるのです! さっきゾーンで」
 川に足を浸しながら子供3人並んでスイカを食べていると、禮がそんな事を言いだした。
「え、面白そうです。征四郎も混ざって良いですか?」
「いいですよ。イザナミはどうです?」
「やるー!」
「じゃあ行こうっか!」
「うん!」
「スイカごちそうさま! 行ってきます!」
 思い立ったが吉日とばかりにいそいそとスイカの食べかすをゴミ袋に突っ込んでドロップゾーンに向かう事にする。
「おや? みんなどこに行くのかな?」
 リュカがはしゃぐ気配に気が付いて訊ねた。
「ナイショ!」
「そっか、行ってらっしゃい」
「はーい!」
 楽しそうな彼女達の様子ににっこりしながら見送るリュカ。
「楽しそうだ。伊邪那美は兎も角として真面目な征四郎までノリノリに遊びに走ったのは意外だったな……」
 飲み物を手に恭也がリュカの隣に腰を下ろした。
「うーん……せーちゃんは真面目だけど、楽しみは楽しみとして楽しむ事がちゃんと出来る子だったってだけじゃないかな?」
「そうだな。ガルーから少し聞いてるけど……、今まで同年代の仲間も遊ぶ気持ちの余裕も持てずに居たみたいだから、そういう意味でも伊邪那美は良い出会いしたと思っている。禮ちゃんともこれからも仲良くしてもらえると良いな」
「こちらこそ、末永くよろしく頼むよ」
「あ、海神くん」
 藍はスイカとBBQ串の皿を置きながらリュカを挟む形で座る。
「禮の場合はそもそも人間じゃないから、そのせいで結構淋しい思いしてきてるからこういう出会いは本当貴重なんだ」
「まあ、リンカーだったり英雄の時点で波乱万丈な人ばっかりかも……アチッ」
「見えてないんだから注意しろよ、リュカ」
 早速肉と格闘し始めるリュカの様子に笑みをこぼす恭也。
「そうそう、話変わるけどあのドロップゾーン……多分あの従魔の創ったやつじゃないと思うぞ。どういう理屈かは専門じゃないからいまいち解らない事もあるけど、別の愚神や従魔が作ったドロップゾーンにアイツが入っていただけだろう。ケントゥリオ級からしかゾーンは作れないし、何よりいなくなったのにまだゾーンが存在しているのが証拠だ」
「なるほどな……そうなると本来の主はまだ生きてるかもしれない? って事かな」
「だとしたらこれからもそいつがこういう事件を起こす可能性があるって事か? 注意しておかないとな」
 説明を聞いてリュカも恭也も神妙になる。
 段々と手口が巧妙になってきている愚神の事件。この世界を守る存在として油断は禁物だと肝に銘じなければならないだろう。
「そうだなー、でも一先ずは……みんなお疲れさまだ」
 気が付くとまた子供達の声が聞こえてくる。
「あれ? もう帰って来たのかな?」
「皆さん、お魚獲って来ましたから食べましょう!」
 征四郎が誇らしげに報告する。
「うわ、何だその魚! 大きさえぐすぎだろ……」
 藍が目を白黒させた。
 3人がかりで担ぎできたのは1m以上ある巨大な魚。
「見てよ~。こんなに大きいイワナが獲れたよ~」
「よくやったな、伊邪那美」
 恭也が頭を撫でてやるとパアっと笑う。
「へーこれがイワナですか! イワナってもしかしてダゴンの親戚?」
 盛り上がりを聞きつけてステラと負屓がやってくる。
 今日はステラにとって全部ダゴンなのかもしれない。
「いや、明らかにイワナじゃないな? イワナってレベルのサイズじゃないしダゴンでもないな?!」
 めったに目にする事のない大魚を目の前に感心しきりにそんな事を言うステラに負屓のツッコミが追い付かない。
 誰も知らない事だが、彼女達が獲ってきた魚は『アムールイトウ』というサケの仲間であり、食べると美味しい。
「禮ちゃんが仕留めたんだよ!」
 トリアイナを手に照れている禮を見て藍は妙な関心をしてしまう。
(……お魚も突ける優れもの、か)
「藍」
「ん?」
「とったどー」
 禮はどこで見たのか両手の拳を万歳のように天に突き上げて
「はいはい。バーベキューにでもして食べような……天宮のところ行って捌いてもらえ」
「いや、そろそろ天宮とヘンリカにも休んでもらおう。料理は上手いがずっと立ちっぱだな……」
「それもそうだな、みんなで魚料理作ろう!」
「さんせーい!!」
 リュカは3人から魚を受け取るとグリルの方に向かった。

 一方そんなやり取りを聞きながらボートの上でマイペースに楽しむシーナとカルロの姿があった。
 相変わらず本を読んでいるシーナにそっとワインを差し出すカルロ。
「シーナもワイン飲まないか?」
「本を読む時は酒は飲まないし、紅茶がある」
 シーナの返答に少し寂しそうな表情をするカルロ。
「……まあ、たまにはワインも良いよな」
 そう言ってシーナは指を絡めるようにカルロからワインの入ったコップを受け取った。
 日が少し傾き始め、ドロップゾーンで遊び倒していたオリヴィエとガルー、森林で散歩していた赤城とヴァルトラウテもみんなの所に戻って来た。
 戦士達の暫しの休息は、もう少し遅くまで続くかもしれない。
 今夜はきっとよく眠れるだろう。
【終】

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • わくわく☆ステラ探検隊
    ステラ=オールブライトaa1353

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • わくわく☆ステラ探検隊
    ステラ=オールブライトaa1353
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    負屓aa1353hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • エージェント
    シーナaa3212
    獣人|26才|女性|防御
  • エージェント
    カルロ ガーランドaa3212hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • エージェント
    天宮 愁治aa4355
    獣人|25才|男性|命中
  • エージェント
    ヘンリカ・アネリーゼaa4355hero001
    英雄|29才|女性|カオ
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