本部

【神月】連動シナリオ

【神月】よあけのない屋敷

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/07/19 13:14

掲示板

オープニング

●屋敷の今
 とある山奥に広がる緑豊かな場所に、その屋敷はあった。
 シーカの最高幹部ヤーセルの娘エステルはH.O.P.E.の保護を受ける事を決意し、H.O.P.E.は彼女の証言をもとに極秘裏にシーカへの調査を進めていた。
 今回調査の対象となったこの屋敷は、エステルがかつて暮らしていた住まいでもあり、彼女の証言では本来ならばエステルの後見となるはずのフランツ・フォン・ノイラートや愚神達の襲撃を受け、屋敷にいた使用人達は皆殺しにされている。
 H.O.P.E.の事前調査では屋敷の人達を弔うような動きは確認できず、いまだ屋敷には凄惨な現場が残っているのでは、とリンカー達は覚悟を決めて屋敷の敷地へと踏みこむ。
 だがそこでリンカー達が目にしたのは無人の荒れた廃墟ではなく、掃除の行き届いた清潔感溢れる屋敷だった。
 敷地内の茂みなどに身を潜めながら徐々に屋敷へと近づくと、人の暮らしている気配が建物から漏れ、数名のリンカーが身を隠して覗き込んだ窓の先には、屋敷の使用人達が忙しなく働いていた。
 直ちにその結果がH.O.P.E.に届き上層部はそこに何者かの意図が働いていると推測。複数回にわたり屋敷への慎重な調査を行う様、現地のリンカー達に命じた。
 
●道化芝居の裏側
 H.O.P.E.上層部の推測は当たっていた。
 エステルの屋敷を襲撃した首謀者であるフランツは、事が公になった場合生じるであろう事態を避けるべく、数段構えで屋敷を無人化する計画を進めていた。
 もともとこの屋敷の使用人達は、いざという時に屋敷の主を切り捨てても自分に追及の手が及ばないよう、以前より身寄りのない者達を複数の業者を介し使用人達として雇い入れている。
 出入りの業者も遠く離れた街にいる者達と契約し、日用品などを納入させているので、そちらの方面からも自分に辿り着くことはないとフランツは判断している。
 実際この方法は効果があり、秘密裏に『使用人』達の関係者など様々な方向から隠された事がないか調べるH.O.P.E.のリンカー達も、得られるのはフランツが配置した仲介業者の存在程度で、フランツや近くにいるであろう愚神に辿り着くことはできなかった。
 だが屋敷内では既に『次の段階』に入っていた。

●みんながいる。けれど
 屋敷の中では相変わらず使用人達が動き回る。
 もしここにエステルがいたら、こう言ったかもしれない。
 ――みんながいる。いつも通り。
 実際彼らはいずれもかつてここで働き、襲撃を受けた際に殺されたはずの使用人達本人である。
 今、彼らの顔には意志も感情も浮かんでいない。
 今は『従魔達の憑依する死者』として虚ろな顔で、ただ屋敷内の決まったルートを動いているだけだ。
 そしてかつてエステルがいた部屋には、『エステル』がいた。
 フランツからの指示の数々をこなし、屋敷内で唯一自由に動くことのできる愚神は屋敷内の掃除を終え、道具類を所定の場所に戻し、今はエステルがかつていた部屋で『エステル』の手入れをしていた。
 ただしその手足の関節はよく見れば球体状で、髪も何かの糸で造られ、目は宝石のようなものでできていた。
 その『エステル』は人形であり、その顔には何の表情を造ることなく、エステルとして愚神より形だけの世話を受けていた。
 だが、それもあと少しの間だけだ。
 もうすぐ頃合を見計らい、屋敷の全員がどこか別の場所に引っ越したかのように偽装し、この屋敷内で蠢く者達を退去させれば、ここには本来あった無人の屋敷が残る。
(それまでの段取りと後始末に、少々時間がかかりましたが……)
 そう内心呟いた愚神の名はニア・エートゥス。
 H.O.P.E.から最近トリブヌス級として認識された愚神だが、災厄をなすのはニア配下の愚神組織「パラダイス・メーカーズ」(楽園の作り手達)所属の愚神達で、目撃例は少ない。
 だがこの屋敷の真相をH.O.P.E.のリンカー達が知れば、この愚神の災厄例が追加されるだろう。
 やがてニアの持つ通信機器に、フランツから屋敷での工作状況の報せを催促する連絡が届く。
 ニアは『順調です』と応えて通話を切った後、別の回線に繋いでその先にいる何者かと連絡をとる。
 そして一通り話が済むと通話を切って機器をしまい、ニアは立ち上がるとエステルの部屋を後にした。
「さて、『お客様』のおもてなしといきますか」
 密かに屋敷を遠巻きにして調査を続けていた「あなたたち」に、H.O.P.E.から屋敷内へと侵入し、シーカに連なる『証拠』を見つけ出すよう依頼内容の変更が伝えられたのはそんな時だった。

●調査指示
 現地にいる「あなたたち」のもとへ、エステルの証言をもとに作成された屋敷のおよその見取り図が、画像となって送られてきた。
 およその見取り図と言うのは以下の内容だ。
 3階にエステルの部屋があるが、エステルの証言では寝台など一通りの家具が置かれているだけで、特に何か隠しているような怪しい家具類はなかったという話だ。
 ただ「あなたたち」のこれまでの調査で確認した限りでは、屋敷内では2階より上に使用人達は重点的に動いている様なので、別の見方をすれば、この屋敷で偽装工作する存在は屋敷の2階以上に人を行かせたくないとも考えられる。
 そして「あなたたち」はこれまでの調査で、屋敷に危険な障害が居る事も判明した。
 障害の名はニア・エートゥス。トリブヌス級愚神ながらも能力は未知数。
 今の人数と状況でニアと直接戦った場合、まず勝ち目はないというのがH.O.P.E.上層部の判断だ。
 今回の調査の危険性を鑑み、報酬を増額する認可が下りたが、同時にH.O.P.E.別働隊は唯一動員に応じた真継優輝(az0045)以外は出せず、他組織へのいかなる要請もできないとの連絡も届いている。
 シーカに連なる証拠を探り手に入れるこの依頼は「あなたたち」が最も信頼のおける精鋭だからこそ、「あなたたち」に託されている。

 ○1階
 ■■■■■■■■■■■■
 ■←2(踊り場)□階→■
 ■円円円円三三円円円円■
 扉%%%■三三■###扉
 ■2階 ■絨毯■###■
 ■ ↓      ↓ ■
 ■ 三 柱  柱 三 ■
 ■三」 柱  柱 L三■
 ■    ロビー   ■
 ■窓窓窓■扉扉■窓窓窓■

 ○2階
 ■■■■■窓窓■■■■■
 ■」」←□□□□→LL■
 ■■■■使□□使■■■■
 窓□□扉□□□□扉□□窓
 ■■■■使□□使■■■■
 ■使□□□□□□□□使■
 ■□//柱■■柱//□■
 ■三/ 柱三三柱//三■
 ■□□□□↑3階□□□■
 ■窓窓窓■窓窓■窓窓窓■

 □:床
 /:吹き抜け
 三:階段
 円:手すり
 #:食堂
 %:遊戯室
 使:警備型使用人(全て従魔)の位置 
 厨房、応接室、客間、使用人達の部屋、浴室、トイレは全て一階踊り場下の奥にある。
 2階には書斎やサロンなどもある。

解説

●目標
 屋敷内に潜入しシーカに連なる証拠を探り出し入手せよ

 登場
 ニア・エートゥス
 シーカ幹部フランツに仕えている愚神。トリブヌス級。今回エステルが住まいとしていた屋敷の偽装工作を実行中。
 実力未知数ながら、出現が確認された依頼報告書によれば竜巻を操る能力が確認されている。屋敷内を巡回中。
 以下PL情報
 シャドゥルーカーの「潜伏」に近い術を使う。敵に無償で情報提供する事はしない。侵入者(PC)に気付いたり発見次第殺しにかかるが、失敗した場合屋敷に放火し証拠隠滅を図る。なお炎は屋敷の至る所から出る為屋敷の焼失は免れない。
 
 『エステル』1体
 正体はエステルそっくりの人形。デクリオ級従魔が憑依している。侵入者を発見次第襲いかかる。

 使用人達×多数
 全員殺された本人達で死者。従魔が憑依し動かしている。従魔の強さは推定でミーレス級。侵入者を発見次第襲いかかる。1体1体は弱いが数が多い。

 真継優輝
 今回唯一の有志。皆様の指示には従う。使用スキルはケアレイ、クリアレイ、リジェネーション。

 状況
 かつてエステルが暮らしていた屋敷。現在は生者を装う無数の死者が蠢く魔窟と化している。
 屋敷周囲には身を隠す茂みや岩などが無数にあるので、屋敷に近づくのは容易だが、内部では注意が必要。
 PL情報:
 屋敷にあったシーカに連なる証拠は既に処分されたが、1つだけエステルの部屋のどこかにエステル本人も知らない『証拠』が隠されている。

 ○3階の間取り
(□は廊下。建物外側は全面窓)
 □□□□□□□□□□□□
 □■■■■□□■■■■□
 □■  扉□□■  ■□
 □■ ■■□□扉  窓□
 □■扉■■□□■■■■□
 □■  ■2階扉  ■□
 □■  ■三三■  ■□
 □■■■■■■■■■■□
 □□□□□□□□□□□□
 3階にはエステルの個室の他、浴室、トイレ、厨房、食堂など暮らしに必要な設備は揃っているとのこと。

リプレイ

●潜入
 エステル・スライマーンのかつて暮らしていた屋敷に夜が訪れ、屋敷の明かりが消えた頃。
 2つの影が屋敷内に潜り込む事に成功していた。
 稍乃 チカ(aa0046hero001)との共鳴で、チカの姿が邦衛 八宏(aa0046)の全身を包む血に変じ、次いで猫の耳と尾が八宏より生え、隠密行動に向いた戦闘服の姿となった八宏と、リーヴスラシル(aa0873hero001)の世界の作法に則り共鳴し、リーヴスラシルのライヴスが月鏡 由利菜(aa0873)を守る美しい光の鎧と姫冠を紡ぎ、光の姫騎士姿となった由利菜だ。
『ご不便かと思いますが、よろしくお願いいたします』
 横で自分の護衛についてくれた由利菜に向け、八宏はスマホの画面にそう文字で自分の意志を記し、由利菜もまた頷きだけを返し、2人とも無音のまま屋敷内を潜行する。
(よいか、八宏。何があっても目的は忘れんなよ。『アレ』は後だ)
(……無論、です)
 内より聞こえるチカの声に、八宏は湧き上がる感情を無理に抑えこみ、チカにのみ届く心の声で応じる。
(ユリナ、あくまでも今回の任務は『潜入』だ。証拠を持ち出せば我々の勝利だ)
(わかって、います。この怒りは、来たるべき時の為に!)
 同じく由利菜の内より、リーヴスラシルが優先順位を間違えないよう助言を送り、心の声で応じる由利菜の心には、この屋敷に暮らしていたエステルを襲撃したフランツ・フォン・ノイラートへの怒りと、現在この屋敷にいるであろう『ある存在』に向けた名状し難い感情が渦巻いていた。
 今回の依頼が達成できれば、フランツと『その存在』を表舞台に引きずり出せると信じ、由利菜はこの依頼に参加している。
 今回の依頼では参加したエージェント達の中で最も潜入に向いている八宏が先行し、護衛として由利菜も同行し、残るメンバーは後発隊として屋敷周囲の茂みなどを巧みに利用しながら、先行した2人の開けた侵入路より屋敷内に潜入し、目標の『シーカに連なる証拠』を入手する事になっている。
「門と誓約。シーカは何を知り、何を守っているか。興味があるのう」
 クー・ナンナ(aa0535hero001)と共鳴したカグヤ・アトラクア(aa0535)は、その知識欲の矛先を今回得られるものを調べる事で、今後判明する何かに向けていた。
(そのためにH.O.P.E.公認で泥棒かぁ)
 内よりクーが今回の潜入任務の内容を酷評するが、カグヤは涼しげに『わくわくじゃな』と気にする様子もなく、クーは内側で呆れを含むため息をついた。
 宿輪 遥(aa2214hero001)と共鳴した宿輪 永(aa2214)は、今回の依頼目標とは別に、ある目的があり、そちらを優先したかったが『いたずらにあの存在を刺激しないように』との仲間達の方針に従い、今は当面仲間達と共に潜入し、行動を共にする方針に切り替えている。
 その『証拠』がある場所については、ナラカ(aa0098hero001)と共鳴し、髪を腰まで伸びた銀髪に変え、瞳を黒から真紅へと変じ、女性を思わせる風貌になった八朔 カゲリ(aa0098)や、カグヤ達はおよその見当をつけている。
「仮に証拠があるとすれば、エステルの部屋だろうな」
 恐らくはエステルもそれがそうだとは知らないような、ありふれたものか。
 現在事情がありここにいない石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)を差し引いても、全員がその気になれば、こうした手間をかけずに堂々と屋敷の中へ突入し目的のものを手に入れられる精鋭ぞろいだが、『ある存在』がそれを難しくしている。
「トリブヌス級愚神のいる場所に潜入、か……」
 セラフィナ(aa0032hero001)と共鳴し、髪にセラフィナの銀色を纏い、右目は幻想的に煌めく緑、左目は深海を思わせる深い蒼色の瞳を得た真壁 久朗(aa0032)が、今回の任務の難しさをそう表現した。
 トリブヌス級愚神ニア・エートゥス。それがこの屋敷にいる愚神の名で、数種類の能力以外、ほぼ全てが謎とされる存在だ。
(その愚神が、エステルさんの暮らしていたこの屋敷に未だ潜伏しているというのも謎ですね)
「ああ。これからそれを確かめにいかないとな」
 久朗は内より聞こえてきたセラフィナの意志にそう応じながらも、自分の役割はこの場に集った仲間達全員を無事に帰還させる事が最優先と決めている。
 その横で、アジ(aa4108hero001)と共鳴し、髪の色に金が混じり、左の瞳が銀に変じ、全身に蛇を思わせる模様を纏い、両方の手のひらに口のような裂け目ができた夜代 明(aa4108)は密かにこれから遭遇する愚神がどんな存在か楽しみにしていたが、アジより『どんな態度でも構わないけど、目的は覚えてて』と内側から釘を刺されていた。
 やがて先に潜入を果たした八宏と由利菜より、スマホのメールを介し、屋敷2階全ての窓の鍵を開けたとの連絡が入り、待機していた明、カゲリ、永は2階の開いた各窓から侵入し、カグヤは屋敷の壁にあるわずかな突起を足がかりに3階へ一気に向かい、久朗は全員の侵入を援護する動きをとりながら最後に屋敷2階へと忍びこむ。
 スニーキングミッション、スタート。

●確保>遭遇
 照明が落ち、常人には真っ暗で何も見えない屋敷内の空間も、共鳴したエージェント達には光源となるペンライトや、途中にある窓から差し込む星明かりがあれば、移動も探索も支障はない。
 既に屋敷内を盗撮した動画データを後続する仲間達に送った八宏は、他の仲間達の潜入を確認後、由利菜と別行動をとり、潜入ルートの確保や罠の探索に加え屋敷内の敷物の擦れ具合、家具を扱った形跡等を丹念に調べていた。
(あくまでも予測だが、今のこの屋敷にいる愚神は無駄な行動は避けるタイプだ)
(その予測通りなら、奴さんの行動一つ一つに意味がある筈、だろ?)
 内にいるチカとそんなやりとりをかわし、愚神が頻繁に出入りした痕跡を探っていた八宏だが、予測通りその痕跡は残っておらず、いるはずの使用人達の姿がない事をスマホのメールで仲間に伝え、八宏は3階に向かう。
 一方由利菜は密かにスマホのメールで真継優輝(az0045)に仲間達の援護を指示した後、1階食堂や遊戯室など屋敷の生活に密着する場所を中心に調査を進めていた。
 こちらも埃は見当たらず、清潔さが保たれていたが、由利菜はある事に気付いていた。
(ユリナ。何かわかったのか)
(清潔すぎるんです。『まるで誰も使っていないくらい』)
 使用人達がここで生活するならば、いかに清潔を心がけても道具を使っていた痕跡は残るはずだが、それがない。
(そうなると、ユリナの推測が当たっている可能性が高くなるな)
 フランツの性格ならば、エステルに近い、この屋敷の者達を皆殺しにしていても不思議ではない。
 それが由利菜が出した推測で、実際それは当たっているのだが、肝心の使用人達の姿がいまだ見えず、由利菜はいまだ確証が持てないでいた。
 ライヴス通信機「雫」で調査で得た内容を仲間達に報せ、由利菜は忍足袋に助けられ、足音を立てず3階へと急ぐ。
 ライヴス通信機を介し連絡を受けた久朗は、それを援護すべく、スマホを階段より遠い場所へ置き、自分の位置を調整した上で別のスマホで連絡を入れ、着信の振動を行わせ使用人達をひきつけようとしたが、使用人達が現れることはなく、由利菜、八宏より久朗のもとへ3階に到達したとの連絡が入った。
(皆さん、ご無事だといいのですが……)
「ここまでくると、ニアの能力が絡んでるか、何かしらの罠が張られていると考えた方がよさそうだな」
 実際久朗も屋敷内に潜入後、万年筆のインクを床にたらし、使用人達にインクを踏ませることで、どのようなルートを動いているのか明らかにしようと試みたが、肝心の使用人達の姿が一切なく、インクも踏まれた形跡はない。
 念のため1階と2階で潜伏しながら使用人達の出現を警戒している永と明に、久朗はスマホのメールで連絡をとったが、異口同音に『仲間以外誰も見ていない』との回答が届いている。
 そして3階では様々な道具を駆使し、窓から潜入に成功していたカグヤが忍足袋で足音を消して、既にエステルの部屋の中で探索に入っていた。
(NINJAでござる。ニンニン)
 エステルの部屋は天蓋つきのベッドや、壁を飾る絵画、出窓に置かれた繊細なガラス細工など、この部屋での暮らしをよく示す内装があったが、カグヤは現在クローゼットの衣類の中に『証拠』に繋がる何かがないか調べていた。
(楽しそうだね)
(これでも大真面目じゃぞ)
 クーとカグヤがそんなやりとりをしながら探す横で、同じようにこの部屋に到着したカゲリも、先入観を持たずに家具や様々な場所を探っていた。
(覚者よ。ざっと見た限りでは、なくなったものはなさそうじゃの)
(そうだな。だからこそ残っている可能性もある)
 ナラカとは多少物事を見る角度は異なるが、カゲリもまた可能性を否定せず肯定する。
(もっとも、いざという時はアトラクアが無造作にその辺の物を幻想蝶に放り込むと言っていたからな。その中のどれかがその証拠、ということもある)
 ただ、証拠とは別に既に確保したものはある。
 それはこの依頼に参加したエージェント達がH.O.P.E.経由でエステルに対し『屋敷から取り戻したいもの』と尋ね、エステルから『できれば』とお願いされた家族写真だった。
 エステルの話では、それが唯一自分と家族が一緒にいるところを写した写真という事だったので、その写真は既に発見し、確保していた。
 やがて部屋の捜索に八宏と由利菜も加わり、八宏のライヴスゴーグルが部屋の壁の一角にライヴスの残滓をとらえたことで、捜索場所が一気にその一角に絞られる。
 由利菜とカゲリが慎重に壁を叩いていくと、一定の範囲だけ返ってくる音の質が異なり、その部分をカグヤの持参した応急修理セットに含まれる備品で慎重に崩していく。
 やがて4人の前に壁に偽装した板が外れ、何かのライヴスが周囲を包む小箱の入った窪みが姿を見せ、それを八宏が慎重に取り出し、小箱を開ける。
 すると小箱を包んでいたライヴスが消え、小箱の中に古びた小さな短刀が収められていた。
『恐らくこれが証拠でしょう』
 八宏はスマホに文字を打って周囲にいたカグヤ、カゲリ、由利菜に見せると、小箱と共に予め決めておいた『安全な保管方法』で4人は短刀を確保し、『証拠確保』の連絡は直ちにスマホのメールで階下にいる永や明、そして久朗に伝えられるが、久朗は全員にスマホのメールで警告を伝える。
『これから隠れているものを暴く。全員ニアを除く他の敵の襲来に備えろ。俺がニアなら、今、俺達を襲う』
 既に久朗は仲間達をフォローできる配置を常に確保しながら、屋敷の窓各所へ小石を当て、どう使用人達が集まるのか確認してきたが、使用人達が現れる様子はないことから、久朗は敵の立場から考えて、敵がこちらの探索を見越し、待ち伏せをしていると判断していた。
 そしてできる限り広い範囲をカバーできる位置から久朗はライヴスフィールドを発動し、恐らく周囲に身を潜めているであろう敵の弱体化を図ると共に、隠れた敵達を暴こうと試みる。
 そして久朗のライヴスフィールドによって、久朗達はそれまでその場に見えなかった人影達を、屋敷の各所で見抜くことができるようになる。
 それはかつてこの屋敷で働いていた使用人達であり、共鳴により驚異的な動体視力を持つエージェント達の目には、その顔全てに意志も感情も浮かべず、並んでいるのがわかった。
 そして3階では黒衣に髪と瞳と同じ金銀の意匠を纏う、人の姿をした災厄。ニア・エートゥスもまた、『エステル』と共に姿を現した。

●暗闘
 ニアの姿を見抜いた八宏が、ニアに向けてデスマークを放つ。
 攻撃ではなく、あくまで再び潜伏したとしても居場所を把握する為だったが、ニアは軽く身を捩って八宏からのデスマークをかわし、周囲に向けて指示を出す。
「迎撃して下さい」
 ニアの言葉と共に、使用人達が明らかに人間を越える動きでエージェント達に殺到し、それまで身動きしなかった『エステル』も関節を無視した動きで周囲にいたエージェント達に襲いかかった。
「邪魔をするでない」
 襲いかかってきた使用人に向けカグヤが放ったバニッシュメントは、直撃を受けた使用人に審判の光を浴びせ、憑依する従魔を塵と化し、その動きを止めさせた。
 それを確認したカグヤは仲間達にライヴス通信機「雫」を介しその情報を伝達し、味方の戦いを支援する。
「ハッハァ! 他の奴らの前に俺を倒していくんだなあ!」
 明は2階で派手に動き回る事で囮の役目を務め、殺到する使用人達に向け、当初温存する予定だったブルームフレアを放つ。
 明の放った業火は周囲を一瞬眩い炎で照らし、使用人達のみを炎に絡め取り、憑依する従魔達を焼きつくし、明はなおもペイガンの書を広げ、殺到する従魔達を迎え撃つ。
 カゲリは【奈落の焔刃】に鍛えた無形の影刃<<レプリカ>> を抜き放ち、黒焔を刀身に纏わせ、カゲリの放った黒焔の刃は殺到する使用人達を斬り倒し、なおもナラカ曰く『魔刃』と化したカゲリの黒焔は従魔達の接近を阻み、由利菜は視界の端にいるニアへの警戒を続けながらも、3階にいる仲間達へ敵の増援が辿り着くのを防ぐため、2階から3階へ続く階段前に立ち塞がり、階下から駆けあがる使用人の姿をした従魔達を、フェイルノートの弓弦が矢を放つ響きと共に次々と射抜き撃退する。
 そんな中、由利菜は『エステル』とニアの接近に気付くと、ゴールドシールドに武器を持ち替え、『エステル』が頭上に跳躍し、風を切る音と共に自分へ放った蹴りを防ぐ。
「こんな人形を、エステルさんの替え玉に仕立て上げていたのですか!」
 既に使用人達が全員死者である事は間違いない。全員が殺された当人達だろう。
 そして死した後も『こんなもの』の為に、その骸を利用され続けたことに、由利菜の怒りがさらに膨れ上がる。
(あいにくだが、貴様に構っている暇はない)
 由利菜の内にいるリーヴスラシルが内よりニアを牽制するが、ニアは由利菜に向け一瞥を送ったのみで、そのまま各階の攻防の合間を縫い、1階まで降りていく。
 1階では久朗が多くの戦場を共にし、使い込まれたフラメアを旋回し、フラメアの穂先が闇の中で一閃するたびに、胴体を貫かれた使用人達が宙を舞い、永は天雄星林冲を振るい、武器に纏う炎のようなオーラが渦を巻くたびに、胸を貫かれた従魔達は塵と化す。
 ニアが1階に到達したところで、永は内心の不快を抑え、ニアのもとへ向かう。
「……俺はおまえと戦うつもりはない。ただ、聞きたいことがある」
 嫌いな相手に向ける口調の永の言葉に、ニアは無言で続きを促すと、永は1枚の名刺をニアに見せる。
「シュドゥント・エジクタンス(ある筈のない存在達。以下SEと略)……知ってるな?」
「ええ」
 その短い問答の間に1階、2階の敵は久朗、明の手で掃討され、現在久朗、明が永を守る配置にいる。
 3階のカグヤ、カゲリ、由利菜が『エステル』と残る従魔達と交戦する中、八宏は1階に向けて隙間を縫う動きで疾走し、ニアの近くまで到達した。
「……貴方と……戦う意志は、ありません」
 今は、と憤りをかろうじて抑えこみ、八宏もまた敵意のないことをニアに示した上で問う。
「……貴方が、こんな手段をとった理由……考えて、いました。……本来なら、死んでいる筈の人間達を隠すため。……違い、ますか?」
 それは、八宏や仲間達が考えを巡らせば推測できることだ。
 エステルの屋敷が襲撃されたなら、最もエステル保護のために動かなければならないのは、エステルの後見を託されたフランツのはずだ。
 だがH.O.P.E.の把握する限り、フランツや周囲にそんな動きは見られず、こうして死者を生者と偽装し『襲撃などない』光景を作っている。
 そこから導き出される答えは1つ。
 『フランツはエステルを守るつもりはなく、それを他の者に知られる訳にはいかない。だから襲撃の証拠となりうる屋敷は頃合をみて消去する』。
 そのような言葉を含む八宏の問いに、ニアは『概ねその通りです』とあっさり認めた。
「ずいぶん素直だな」
 そんなやり取りの中、当初ニアの足止めのつもりで動こうとした明を『刺激するな』と抑えていた久朗は、そうニアに言葉をかけると、ニアはこう応じた。
「『私』は別に困りませんから」
 久朗はその言葉に、眼前の愚神と背後にいるフランツが必ずしも一枚岩でないことを見抜いた。
「じゃあ、今3階で暴れている連中を止めさせろよ。死んだ人たちとか人形が暴れるとか気味が悪いぜ」
 明が偉そうな口調でニアに戦闘停止を求めたが、ニアは笑顔のまま明の要求を却下した。
「そこまで貴方がたは弱くないでしょう?」
「俺達と戦って怪我するのが嫌なんだろ?」
「ええ、その通りです」
 明の尊大な言葉に気分を害した様子もなく、そう応じるニアに向け、明は興味深そうな表情を作りながらも警戒を緩めない。
「では、フィロにヒーリショナーの存在を知らせたのはお前か?」
 横から再び割り込んできた永の言葉にニアが頷くと、永は『どういうつもりだ』と畳み掛けた。
「彼は復讐を望み、私はそれを叶えただけです」
 永の追及にニアは素気なくそう応じる。
「それと戦い、フィロが死んだ。どう思っている?」
「少し違いますよ。彼は貴方がたとも戦い、貴方がたH.O.P.E.に目を抉られ殺されました。ひどい殺し方でしたね」
「そう言うなら、今まで殺してきた人間達を、お前はどう思っているんだ?」
 その永の言葉は、八宏も、恐らくは現在3階で戦う由利菜達も眼前の愚神に尋ねたいことだった。
 しかし返ってきたのはニアの謎めいた言葉だった。
「それは貴方がたH.O.P.E.がよくご存知のはずですよ」
「どういう意味だ?」
「貴方の見せた名刺の先にいるような『貴方がたが人間と認めない人間達』を殺し続けているのは貴方がたH.O.P.E.ですから」
 永の問いに返されたニアの言葉には否定を許さない響きがあった。
 その間に3階の戦いに決着がつく。
 カグヤが腕を振ると、金属線が張り詰めるような音が3階の空気を震わせる。カグヤの顕現したネビロスの操糸が屋敷内の夜気を切って周囲に吹き伸び、使用人の姿をした従魔を断ち切った。
 塵をまいた骸が音を立てて落下し、それを飛び越えた『エステル』に向け、駆けだしたカゲリが跳躍し、ほぼ同時に別の方角からも、由利菜が跳び上がる。
 2つの戦意と1つの悪意が3階天井近くで激突し、カゲリの放つ黒焔の軌跡と、由利菜の振るう中華剣風の形状に改造された礼装剣・蒼華の軌跡が闇にそれぞれの色で煌めき、重なり合った影が離れた瞬間、『エステル』の体から塵がしぶいた。
 カゲリと由利菜はそれぞれの剣光の軌跡をひいて着地し、『エステル』は塵を振りまいて床に叩きつけられ、動きを止めた。
「アトラクア。その人形も回収……しているか」
「造形が珍しいからの」
 敵を全て倒したと判断できたカゲリが、『エステル』の人形にも何かがある可能性を考慮し、カグヤに声をかけた時には、ネビロスの操糸を駆使して手際よく人形を『回収』しており、由利菜が全員の退路確保のため疾駆する。
 その様子を確認したニアは何かを永に放り渡す。
「何だ、これは?」
「貴方がたの技術ならこれらが何か解析できる筈です」
 それは何かの記憶媒体と複数の部品の類が入れられた透明な袋だった。
「皆さん、回収完了です。守りは引き受けますので、お退き下さい!」
 駆けつけてきた由利菜がニアの前にゴールデンシールドを掲げて立ちはだかるが、ニアは恐るべきことを告げた。
「これからこの建物は解体処理されます。巻き込まれたくなければ5分以内にこの建物からお逃げ下さい」
「早く逃げろ。こいつは本当にこれからこの屋敷を消す気だ」
 それまでずっとニアを警戒していた久朗は、眼前の愚神が本気だと見抜き、仲間達に即時退去するよう警告すると、一部ながら回収できた使用人達の遺品と共に、仲間達の退去を護る位置に動く。
(ハル、これ以上は駄目だ! 逃げる……!)
 内より響く遥の声に渋々ながら永は頷き、急いで屋敷の外へと疾駆し、遅れて『バカハル! さっさと行くよ!』と内側からアジに急かされた明が続き、その後をカゲリ、カグヤが続き、久朗と由利菜と共に仲間達の最後尾を守る八宏は、屋敷から離れる直前、隠していた激情を解放し、『獲物』のニアを睨み、宣告する。
「……必ず『お迎え』にあがります」
 いつかきっと。絶対に。必ず。
 八宏の視線を受け止めたニアは、遠ざかる八宏達に一礼した後、指を鳴らす。
 その途端、屋敷内に暴風の渦が屋敷内外を破砕しながら雪崩れ込み、渦の中では大気の層が重厚さを増し、屋敷の構造物を雑巾を絞るように捻じ切り分解して上空へ巻き上げ、大災害規模に膨れ上がった黒い竜巻は全てを黒い渦の中へ吸いつくすと、空へと消えていった。
 竜巻が消えた後、かつてエステルが暮らしていた屋敷は姿を消し、ただ強引に全てをはぎ取られた大地だけが一面に広がっていた。

●宝物
 こうしてエージェント達が入手できた古びた短剣は、その後H.O.P.E.調査部門に回された。
 H.O.P.E.調査部門の見解ではシーカと愚神が繋がる証拠になる、とのことだが詳細が判明するには時間がかかるとの事だ。
 また久朗達が回収した屋敷の使用人達の遺品も、H.O.P.E.経由で然るべき場所で弔われ、八宏とチカが参加している。
 なおカグヤが『回収』したとされる人形のその後については『保管された』とだけ記載させて頂く。
 その一方で、ニアが永に渡した部品の正体についてもH.O.P.E.調査部門による解析が進められ、ジョセフの話では1つはニアが愚神フィロを作った際の記録が入った媒体だったが、残る2つの部品が問題だった。
 1つは埋込型チップで、盗聴とこれを埋め込まれた対象のあらゆる情報を収集・発信する機能があり、もう1つは起爆部分が壊れていたが、埋込型小型爆弾で、威力は埋め込んだ対象を粉微塵にできる物騒なものだった。
 無論エージェント達はニアの言った『H.O.P.E.が人間を制御し殺している』という話は信じていないし、H.O.P.E.も当然それを否定している。
 だがニアが寄越した部品の機能と用途を信じる限り、『人間達を選別し管理処分する』という正常な組織ならまず行わない事をH.O.P.E.を騙る組織が行い、今もニアや人間達の一部、そして恐らくSEに対しても、それがH.O.P.E.だと『誤解』させている。
 この組織については調査担当が引き続き追跡調査を進めているとの事だ。
 そしてニアについては判明した事を久朗が仲間達に告げる。
「奴の影衣という能力。あれは恐らく自分以外の存在にも潜伏の効果を付与できる類だ」
 だが一方でその見破り方もシャドウルーカ―が『潜伏』を使った時の対処と同じという事も久朗は見抜いていた。
 またニアという愚神は同じクラスの愚神と比較しても、人間を見下すことなく、用心深かった。
「恐らく、ニアという愚神は人間が情報を重要視している事を熟知し『秘匿』を優先した可能性がある」 
 話を聞いていたカゲリは、一連のニアの動向を冷静に見直した上で、ニアの特性の一つを言い当てていた。
「そしてニアの目的や利害は、フランツのものとは全く異なるはずだ」
 リーヴスラシルの指摘は、トリブヌス級愚神を知る者ならば頷ける話だ。
 人間は愚神を制御できない。だが実際フランツにニアは従っている。何かあると考えない方がおかしい。
「間違いなくニアや、そのニアに人間への服従を命じる存在は、今後何か大きな災いを引き起こすであろうな」
 ナラカの言葉は、託宣に近いものだったがナラカは信じていた。
 それでも人間達がそれを乗り越えられると。
 なおエージェント達が持ち帰る事の出来た、エステルが家族達と共に写る写真は、その後H.O.P.E.経由でエステル本人のもとへ無事届けられ、エステルは写真を入手してくれたエージェント達にとても感謝しているとの事だ。
 それもまた、今回の一件で成し得たエステルへの『救い』になったと信じたい。
「ハル。今日の誓約は?」
 永が怪我を負わずに済み、内心安堵する遥が本日の『課題』を永に向けると、永は億劫そうな口調で、こう答えた。
「……夜明け前が、一番暗い……だ、な」
 明ける闇があるのかは、分からんが、と永は内心で呟く。
 エージェント達には依然『遺跡』を巡る戦いが待ち構えていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
  • 掃除屋
    夜代 明aa4108
    人間|17才|男性|生命
  • 笑顔担当
    アジaa4108hero001
    英雄|6才|?|ソフィ
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