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最終発言2016/06/30 20:06:22 -
ご質問です
最終発言2016/07/03 17:16:56 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/06/28 23:26:04
オープニング
●名付けられた子
いめ。いめ。
忌め。いめ。夢。
「いめは、夢を見るのです」
暗く、誰かが捨てたチラシしか落ちていないような倉庫の中。
椅子に行儀悪く座り、宙を見ながらぽつりぽつりと幼い愚神は囁く。
目の前の怯えるエージェントに微笑みかけながら、ぽつりぽつりと。
「いめは、夢を見たいですよ」
真っ赤に染まった手を伸ばし、幼い顔には似合わない笑みを浮かべ。
後に『いめ』と名付けられる愚神は、楽しそうに愉しそうに笑い、エージェントの精神をーー引き裂いた。
●自らを差し出し人質を救い出せ
緊急連絡としてエージェント達に任務が齎された。愚神自らHOPEに連絡をしてきたというのだ。
「その愚神が言うには……『人質がいる』とのことです」
オペレーターは録音された会話を流しだす。聞こえてくるのは幼い舌足らずな声。
「いめ、と言うですよ。そちらでの位で言うのなら、デクリオ、なのです」
「いめは、リンカーのことをもっともっと知りたいですよ」
「だから人質をとったです。リンカーのこと、ううん、リンカーがリンカーになった時のこと、見せてくださいです」
「見せてくれるのなら人質は返すですよ。もしも殺しに来るなら、人質は殺すです。来なくても殺すです」
「場所はーーーー」
あまりにも一方的な通話は終わり、オペレーターは悲痛な声で以上ですと締めくくった。
確認の後、数人のエージェントが行方不明となっていること、そして彼らは愚神の指定してきた県境で消息を絶ったことなどが判明した。
どんな罠が待つか分からない。情報も多くはない。それでも仲間を助ける為に、エージェント達は――出動した。
●待ち焦がれる
「リンカーは来るでしょうか」
少女の手の中で、スピーカーのような形をした従魔がキィと鳴く。
「ふふ。来てくれたら、いめは嬉しいのですよ」
虚ろな目をした人質を見て、愚神はとても楽しそうに、嗤った。
解説
○目的
人質の救出
○場所
10×10スクエアの広い倉庫
入口は『いめ』の真正面にある扉一つだけ
細かいゴミでちらかっているが遮蔽物になりそうな物は無い
足を取られそうな空き缶なども無い
○敵(PL情報)
・ミーレス級従魔『鳴魔』
スピーカーにコウモリの羽が生えたような形をしている
≪ハウリング≫…ライヴスを音に乗せ対象を催眠状態に陥らせる
ダメージは無い
・推定デクリオ級愚神『いめ』
白髪に赤眼、外見年齢は7歳ほど。真っ赤なドレスを着た少女の外見をしている
扉から離れ、椅子に腰かけている
≪レベリー≫…催眠状態に陥っている者の精神に働きかけて記憶を読み取る
ダメージは無い
≪シャウト≫…催眠状態に陥っている者の精神に介入し精神から破壊する
ダメージ発生
※他にも未確認スキルあり
○人質
数は8人
『いめ』のすぐ側に倒れており、PC全員が≪ハウリング≫≪レベリー≫を受け、撤退することで心身共に解放される
エージェントではあるが≪シャウト≫を受けて放心状態であり、自力で移動することは出来ない
『鳴魔』や『いめ』に敵対行動を取った場合は何らかの方法で死亡する
リプレイ
●
指定された場所は県境に建てられた倉庫。見るからに怪し気で、相手が害を加えるつもりならいくらでも罠を仕掛けられるだろう。
「人質の正確な人数も今どんな状態かも不明、情報が少なすぎ」
GーYA(aa2289)の言葉にまほらま(aa2289hero001)も頷く。
『しかも「話せ」ではなく「見せろ」なのよねぇ』
どのような能力か分からない以上従うしか道が無い。だが手ぶらで帰るわけにもいかないとジーヤはポケットに忍ばせたレコーダーを操作する。感度良好、よっぽどでなければ声を拾えるだろう。
百目木 亮(aa1195)も同じくスマートフォンを隠し持っていた。どこまで録画出来るかは分からないが、と猫背で歩く亮とは対照的にブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)はぴんとした背筋で倉庫までの道のりを歩く。
その隣を嫌そうに歩くのは一ノ瀬 春翔(aa3715)。アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)も彼の後をついて行く。
リンカーを乗せてきたバスは移動し、ジーヤが待機させている救護班も倉庫から見えない位置にいるはずだ。
倉庫の扉は、開いている。
誰からともなく視線を合わせ、人質を必ず連れて帰ると誓って中へと入った。
●
「待ってたです」
楽し気に笑う、あれが愚神『いめ』だろう。彼女の足元には何人か倒れているのが見て取れる。
「初めに、人質の無事を確認させてもらえないだろうか」
まず言葉を発したのはソーマ・W・ギースベルト(aa4241hero001)。目と口の書かれた紙袋を深く被るカルディア・W・トゥーナ(aa4241)の代わりを務めるのも番犬たる彼の役目だ。それに亮も続く。
「お嬢ちゃん。確認だ。殺しにきたら人質を殺す。そうだったな?」
亮の次を継いだのはアリス(aa1651)。
「夢を見せたら人質を返すというのに違いはない? ……信じるよ?」
言いながらも信じる気持ちなどアリスには無い。アリスとよく似た英雄、Alice(aa1651hero001)も同じ考えだろう。信じないなりに確認をしたのは、言質だけでも取っておこうという判断からだ。
「そこまで言うなら仕方ないのです」
いめの声に思わず身構えるリンカー達の前で、何かが羽ばたいた。
「従魔か」
四月一日 深月(aa0432)を守るようにティフデアヘイレン(aa0432hero001)が一歩前に出る。しかし従魔はリンカー達ではなく人質の方へ向かった。
「はんぶん返すです」
いめが言うと、人質の半分にあたる五人がふらふらと起き上がっていた。狒村 緋十郎(aa3678)と共鳴したレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)、北里芽衣(aa1416)とアリス・ドリームイーター(aa1416hero001)、ジーヤも手伝って人質をリンカー側へと運ぶ。
「大丈夫ですか」
共鳴した深月が人質の一人にケアレイを。亮も同じく共鳴し、別の人質にケアレイを施す。
「よんでもいいのですよ?」
いめが示したのは亮のポケット。中には録画中の携帯がある。
「お見通しってことか」
亮は平然と対応するが、ジーヤは内心冷や汗ものだった。隠し持つレコーダーがバレているのでは、と。
幸いレコーダーには触れないまま、いめはリンカー達を見渡した。初めに目を止めたのはアリスとAliceに対してだが、
「心の準備がしたいから、後回しにしてくれる?」
と断りが入る。勿論そんな準備など無く、他のリンカーの状態や経緯を把握するための嘘だ。アリスに断られ、それならといめが指したのは深月。
「記憶を見せることで人質を解放してくれるならやすいものです」
人質から離れ、いめと正面から向かい合う。その時、キィンと何かが鳴り響き、深月は気が遠くなるのを感じた。
●
英雄が現れたその時、目の前に居たのは幼い深月だった。
「あなただあれ? おばけ?」
まだ幼い声にティフデアヘイレンは『お化けとは』と首を傾げるが、怖い物知らずの深月は構わず彼にぺたぺたと触る。
「わたし、わたぬきみづき」
あなたは?と問う声に、ティフデアヘイレンは触られたことに驚きつつも自らの名前を告げる。しかし深月にとっては長い名前だ。
「……えっと」
困り顔に、少しだけお願いを滲ませて。
「ティフってよんでもいい?」
そんな少女の言葉に、ティフデアヘイレンは構わないと答えた。この時からティフデアヘイレンは『ティフ』になり、深月の友達になった。しかし遊びに誘う深月の声に、ティフは首を横に振った。思念体である英雄は能力者と誓約を結ばなければ消えてしまう。元よりこの世界に残るつもりなどなく、消えても良いとさえティフは思っていたのだ。
けれど深月はそんな彼の服をぎゅっと握り、いやだとくっついた。子供だからこそ出来るわがままで泣きじゃくる深月を見て、英雄の心にほんの僅かな思いが芽生えた。このまま消えるのは、何となく惜しい。
『みづき、俺と誓約をしないか』
「せいやく?」
『簡単に言うと約束みたいなものだ』
「やくそくしたらティフといっしょにあそべる? きえない?」
泣いていた子供の瞳がぱぁっと明るくなった。嬉しそうな深月の声にティフは頷く。
『ああ』
「ほんとう? うそついたらダメなんだからね」
『なら、それを誓約の内容としよう』
誓約という大人の言葉。それから、ティフが消えないということ。深月は喜んで頷き、ティフの言う通り手を出した。ティフ自身も手袋を外し、深月の小さな手と手を合わせる。
『俺はおまえに嘘をつかない』
「じゃあ、わたしもティフにうそをつかない!」
やくそく、と言って互いに笑い合う。そして、ティフは体を得て英雄となり、深月はティフの能力者となった。
深月は目を開ける。何も変化は無い、ただ。
「ふふ。優しい約束なのです」
記憶を見たと言わんばかりの言葉に思わず一歩踏み出そうとする深月を、ティフデアヘイレンが内から止める。
『落ち着け、深月』
これがあの愚神の罠なのかもしれない。深月にしか聞こえない言葉に彼女が冷静になるのを見て、いめは次を促す。
「見たけりゃ勝手に見ろよ」
『面白いっていう保証はしないけどね』
キィンと鳴る耳障りな音が従魔から発せられていることだけを確認し、春翔は目を閉じた。
●
春翔の記憶は、巻き戻る。
それはとても寒く、そして暗い路地裏。やっとの思いで地獄から逃げ出してきた少年は、静かに息絶えようとしていた。孤児だったから。まだ子供だったから。だから仕方が無いと、全てを諦めて手放そうと目を閉じていた。
けれどたった一つだけ。
「おかあさん……」
ささやかな願いを呟いた、瞬間。淡い光が目の前に灯った。
どこからともなく現れたのは紅い少女。春翔とそう変わらない年つきの顔が戸惑っていたのを覚えている。
『嗚呼、何故。何故私が壊すこと無く壊れる? 何故苦しみを私に見せてくれない? 私は何を壊せばいい?』
少女のその問いに、少年は答えない。
「おかあさん……」
繰り返し呟かれる単語。しかし紅の少女には意味が分からない。少女が知っていたのは、覚えていると理解しているのは壊すことだけだ。ひたすらに壊して壊して壊し尽くすことだけを行なってきたはずだ。だから温かい言葉など理解出来ない。
ただ。
『独りが、嫌なのか?』
衝動に突き動かされるように地に膝をついた。春翔に手を伸ばし、冷え切った頬に触れた。アリス・レッドクイーン、女帝にとって初めてだと思える行動を彼女は選んだ。
『ならば、私は独りを壊そう』
どれだけ離れても。心だけは、必ず傍に。
『決して独りにならない事』
温もりを分けるように春翔に触れ誓約を交わした。これが、二人の約束。
記憶が終わり、春翔は目を開ける。
「……どうだ、そんな面白ぇモンでもねぇだろ」
嫌そうな顔のまま少年は言う。
『アナタは、どう思うの? 何故、アリス達の記憶を覗くの?』
問いかけるアリス・レッドクイーンの言葉にいめは「答えはない」と返し、隣のカルディアへと視線をずらす。
「次はあなたなのです」
指定され、「面白くはないかもしれないけど」と前置きを書いてカルディアは紙袋の中で目を閉じた。
●
(僕の家は、独特な風習を持つ家だった)
語り出すのは自身の居場所だった家の事。
彼の家にあったのは『子供の顔を人に見せてはいけない』という風習だ。それは例え身内であろうと適用され、カルディアは実の両親に会う時でも顔を隠していた。
(しかも、ただ顔を隠せばいいっていうものじゃなくて、家に相応しい形にしなくてはダメだった)
そこで選ばれたのが仮面だ。カルディアがドラゴンの遺伝子を発現させたものだから、風習という名の戒めは特に強く。彼は家の中でさえ窮屈な思いを強いられていた。
(ある日、誰もいない庭で素顔で遊んでいるときに血だらけで木に凭れてるソーマに出会ったんだ)
彼の誓約の記憶は、そこから始まる。
広い家と同等に広い庭。カルディアにとって重い仮面を外して素顔で居られる場所。
しかしそこには居るべきではない誰かが――ソーマが居た。血に塗れている上に透けて見えていて、得体は知れないが放っておくわけにもいかない。何度も揺さぶり、やっとのことでソーマが目を覚ました時、カルディアは自身が仮面を付けていないことに気付いた。
「顔を見たこと内緒にしてね」
精一杯のお願いを、いつものように紙に書く。声の出ないカルディアには慣れた行為だったが、ソーマにとってはそうではなかった。
『お前、声が……』
「…………」
声にすれば早いものを、わざわざ紙に書くとはどういう意味か。聡い英雄はその意図と意味を理解し、一つ頷いた。
カルディアの顔を見たことを内緒にすること。カルディアはソーマの存在を内緒にすること。これが二人の初めての秘密。カルディアが気づかなかった、『誓約』だった。
それからカルディアはソーマを近くの東屋に案内し、彼が思念体から実体へと変化していること、誓約を交わしていたことを知った。しかし誓約云々よりも血塗れのソーマの治療が先で、声の代わりに文字をひたすらソーマの手に書いて、消えかけだった英雄を世界に繋ぎ止めたのだった。
「これがあなたの誓約の記憶」
面白い物を見たと言わんばかりのいめの表情に、ソーマが眉を顰める。
『…………』
僅かにカルディアの方に寄った英雄を見て愚神は微笑む。
「次はあなたなのです」
二人から視線が外れ、次に止まったのはジーヤだ。
「遅くなりましたが……俺はジーヤ、こっちは英雄のまほらまです。貴女の事はどう呼べばいいですか?」
「ふふ。ていねいな人なのです。いめでいいのですよ」
努めて冷静に、何事も無いように。気取られないように振る舞うジーヤの内心に気付いているのかいないのか。いめは楽しそうに従魔に合図を送り、キィンと何かが鳴ってジーヤは目を閉じた。
●
彼の記憶は、騒々しい足音から始まる。
たくさんの足音。列を成しどこかへ向かって行く音から、ジーヤはそっと離れた。
避難をすると言っていた。けれどジーヤはあの施設に帰りたくなど無かった。世界蝕が起こり、蝕まれていく体。いずれ死ぬということは分かっていた。しかし自殺は援助が切られる。それなら。
「なら、世界が僕を殺す前に殺されてやる」
意思を持って呟くと、どこから嗅ぎつけてきたのか犬に似た従魔が目の前に躍り出た。あぁ、この鋭い牙ならば容易く胸を食い破ってくれるだろう。まともに機能しない心臓ごと。世界に拒まれる前に、こちらから世界を捨ててやれる。
そう思い、牙が眼前に迫る中穏やかな気持ちでいたジーヤは……温かい何かに濡れて目を開けた。
「……大丈夫……?」
ジーヤがはぐれたと思い迎えに来た職員が、ジーヤを庇っていた。ぽたりと落ちるのは職員の血。従魔に穴を開けられた職員の体がどさりと地面に落ちる。その衝撃なのか、精神的苦痛が影響したのか――ジーヤの心臓が高く鳴った。
「くふッ……」
運命に追いつかれる、とジーヤは思った。自身を拒絶したこの世界に、なんの意趣返しも出来ないまま。既に死に絶えた職員の隣に倒れ、苦しむ胸を強く押さえる。
その時、声が聞こえた。薄ぼんやりとした視界の中で見上げれば、幽霊のような何かがそこに立って居た。
(英雄……? 愚神……?)
前者ならば別の誰かと誓約を結べばいい。自分はもう長くない。後者ならば……殺せばいい。
(死んだら……理想郷に行ける……から……)
その思いを最後に反応の無くなった少年を、思念体の英雄は見下ろす。
『戻ってきなさい……望み通り壊してあげるわ』
彼女の記憶に僅かに残る引っかかり。心臓に剣を刺した誰か。それに似たこの少年が死を望むなら、願い通りに嬲り殺してあげよう。そう思い、ジーヤに触れた。微かに残っていたジーヤの意識がその瞬間青く染まり……。
気付けば彼は、病院のベッドの上だった。
アイアンパンクとして蘇生され『世界』に受け入れられた少年と、英雄になってしまった少女。少女、まほらまとしては何故こんなことにと思う部分も多いわけだが、なってしまったものは仕方がない。
『あたしはキレイなものを見つけて楽しもうかしら。この人間が何に興味を持ちどう壊れていくか見るのも一興ね』
どうせなら楽しむ方向で。ジーヤが望んだ『理想郷(まほらま)』で生きて、生かしてみるのも悪くない。それが、二人の誓約。
「あなたも、奪われているのです?」
「……あなた『も』?」
いめの呟きに目を開けたジーヤが問いかけるが……愚神は答えない。
「次を見せてほしいのですよ」
言葉に反応したのは人質を救護班に預けに行っていたレミアだ。改めていめを見て、自身の内に言葉を投げる。
『ねぇ緋十郎、あなた好みの可愛らしい女の子よ』
「茶化すなレミア……俺はもう余所見をしたりなどせん、俺が好きなのはレミアだけだ……!」
誓約以上の約束を交わしたレミアと緋十郎の二人だが、それをいめは知る由も無い。レミアは緋十郎の答えに満足げに頷き、いめに問いを投げる。
『いくつか聞きたいことがあるんだけど』
「ふふ、時間があれば答えるですよ」
いめが合図を送り、従魔がキィと鳴く。その音にレミアもレミアの内にいる緋十郎も目を閉じた。
●
緋十郎の記憶は遥か遠く、二十年前まで遡る。
世界蝕。異世界から従魔や愚神が溢れ出した事象により、緋十郎の村も従魔の被害に遭った。村の人々は殺され、緋十郎ただ一人が生き残ってしまった。しかし、獣人として姿を隠さずに生きていくには社会は厳しく、彼は誰からも受け入れられないまま山奥でひっそりと生活を送るしかなかった。
――長い時が過ぎ、冬の寒い日。仇を取る機会が巡ってきた。
満月が辺りを照らす夜だった。村を滅ぼした憎き仇が、緋十郎の前に再び姿を現した。家族を、大切な村の人々を、殺した従魔が。
「皆の仇……!」
挑まない理由が無かった。ただ緋十郎はワイルドブラッドではあれか弱い一般人に過ぎず、そんな彼を従魔は易々と叩きのめした。幾度追いすがろうと敵うはずもなく、瀕死の重傷のまま崖下に落とされて緋十郎は死を覚悟した。
その時、吸血鬼が舞い降りた。
『死にかけじゃない』
思念体でありながらも吸血鬼――レミアは緋十郎に触れられた。触れるというにはいささか乱暴に足で蹴り転がして傷の具合を見たわけだが、それを体感して緋十郎は思った。この力を借りれば、リンカーとなればあの従魔に勝てるかもしれない、と。
「頼む……俺と、誓約を交わしてくれないか」
レミアの言う通り死にかけの体でそれでも請う緋十郎に対し。
『はぁ?』
返答は冷たく、同時に緋十郎の腹に足が落とされた。その一撃に頑健な肉体を持つ緋十郎もさすがに呻いたが、この英雄を逃せば次はきっと無い。
「頼む……!」
どれだけ痛めつけられようと弄ばれようと構わない。何でもする。全てを捧げる。だからどうか。
「俺の英雄になってくれ……!」
『……いいわ』
願う緋十郎にレミアは笑んで、一つだけ誓約を追加した。自身が望む時、いつでも血を吸わせること。緋十郎は頷き、早速誓約は果たされて共鳴。従魔を……仇を討ったのだった。
「これが、あなたの誓約の記憶」
『そうよ』
緋十郎に代わって頷くレミアを見て、いめは笑う。その笑みが何を指しているのかレミアには分からない。
「あの」
二人の視線の間にそっと、芽衣の声が割り込んだ。
「その……私はいめさんのことも、知りたいです」
被っていた帽子を脱ぎ、じっといめを見つめる芽衣。
「いめさんは、なんで私達の記憶を知りたいのでしょうか?」
芽衣の問いにはレミアの疑問も含まれていた。何故知りたいのか。どうしたいのか。
「見たあとに答えるですよ」
そう言うと、芽衣の肩に従魔が止まった。スピーカーにコウモリの羽が生えたようないびつな従魔からキィンと音が響き、芽衣は目を閉じた。
●
少女の記憶は、古い洋館から始まる。
「ここは……?」
幼い自分はあの施設に居たはずだ。両親が自殺して一人ぼっちになって。それならここはどこだろう?
『あなたはだあれ?』
戸惑う芽衣の前に現れたのは、紫の綺麗な髪をなびかせてにこりと微笑む少女。芽衣の答えを聞かず、少女は告げた。
『だれでもいいわ! アリスとあそびましょ!』
アリスと名乗った少女は芽衣の手を掴んで洋館の中を走り回る。子供ならではの無邪気さと、残酷性を持って。
夢の中で芽衣は『死んだ』。そして少女は施設のベッドの上で目を覚ました。死ねなかったのかという、落胆を抱えて。
芽衣はその後、何度も洋館を訪れることになった。
訪れるたびアリスにころしてほしいとねだり、初めは喜んでいたアリスも面倒になっていた頃。
『芽衣はなんでころしてほしいの?』
アリスが少しだけ興味を示した。この時から、二人の関係が徐々に変わり始めた。
互いに両親がいないことを話し、アリスはたくさんのことを芽衣から教わった。約束をする時に小指を結び、不思議な呪文を唱えることもその一つ。いつの間にか破壊行動は消え、芽衣が六歳になった頃。
「アリス、わたしね、アリスとおともだちになりたい」
玩具の散乱する部屋のベッドに二人で座り、切り出したのは芽衣だった。友達の意味を知らないアリスに、芽衣は丁寧に言葉を選んだ。
「だめ?」
『ううん! 芽衣といるのはすごく楽しいもの!』
互いに何度も「ずっと」を繰り返す。子供ながらの優しい、強い約束。先に小指を出したのがどちらだったかは覚えていない。指を結び、呪文を唱え、意識が光に包まれて芽衣の目が覚めた時。
隣にはアリス・ドリームイーターが眠っており、芽衣は能力者として力を手にしていたのだった。
芽衣が目を開けると、いめは質問の答えを告げた。興味です、と。
「くだらない」
赤いアリスは吐き捨てるように呟く。アリスは従魔の行動やいめの動きを冷静に観察していた。そして、隙がありすぎると判断した。この愚神は最初から、攻撃が無いと確信して行動しているのだ。それに対し怒りがあるわけではない、ただ単にくだらない。
「準備は出来たのです?」
口先の言葉を返してくる愚神にアリスは頷き、どうぞと目を閉じた。
●
アリスの記憶は、途切れ途切れのフィルムのようだった。断片にノイズが混じりはっきりとしない。唐突に始まり、そして――終わる。
有名な少女と同じように、深い穴の中へアリスは落ちていた。浮遊感、地に着いた感覚。その先で少女は、夢なら醒めろと思った。
「――――」
巨大な獣は炎を纏っていた。人の言葉を理解しているのか、愉しそうに弄び嗤いながら、アリスの目の前でアリスの家族は潰され、燃やされた。
「――――!」
恐怖に怯える少女の手を、別の少女の手が掴んだ。逃げるの、と言われたような、言ったような気がする。どちらが何を叫んだのか、どちらが先を走っていたのかも分からない。ノイズで掻き消されてはっきりしない記憶の中で、黒髪の少女が獣に捕えられたのを見た……ような気がした。
「…………!」
少女の名前を呼んだ気がする。少女に名前を呼ばれたような気がする。しかし黒髪の少女の記憶は、見えない。家族と同じようにアリスの目の前で、頭を潰されても。
狩りにもならない遊戯を終えた獣の王が、その目でアリスを見た。チェックメイトだとでも言うように目が細まり口角が上がっていく。
そして……アリスの前に、赤い英雄が現れた。
アリスと良く似た顔つきの、鏡合わせのような少女。名は『Alice』。思念体でありながら、英雄の黒い瞳は真っ直ぐに獣の王を射抜いた。
「――――」
王は、笑った。新しいゲームを見つけた子供のような顔つきで、また今度続きをしようと言いたげに、楽しそうに――消えた。
残されたものは、真っ赤に燃える炎。復讐心。それから、アリスのたった一人の英雄。
「御伽噺みたいに……夢で終わってくれないんだね」
アリスの嫌いな物語は夢から目覚めて終わる。けれどこれは、醒めない夢。
「……ゲーム……ははっ、次は、私が……殺してやる」
夢ではないからこそ、『次』がある。黒いアリスは赤いAliceを見て高らかに宣言する。
「Alice。私は、復讐を……ゲームの勝利を望む!」
これが、アリスとAliceの記憶。そして。
「最後なのですよ」
いめに視線を当てられ、共鳴を解いた亮はガシガシと頭を掻いた。音が鳴り、静かに目を閉じる。
●
当時の亮は何者でも無かった。強いて言うならば、『どうしようもない大人』だった。
(酒に溺れて苦しくなるくらい煙草吸って、一生遊んで暮らしてえって祖母さんから貰った金はぜえんぶ遊びにつぎ込んだ)
優しい祖母に甘え、無職でありながらギャンブルにも手を出した。祖母は「しかたないねぇ」と笑って存分に甘やかした。
しかしそんな生活も、祖母の死であっけなく終わった。放免していた亮の家は彼を許さず、何も持たず何も出来ない亮はついに実家からも追い出された。
ずっと遊んで暮らしていたかった。だがそんな淡い夢も叶わない。働いたことの無い亮に救いの手は差し伸べられなかった。
従魔に襲われ、エージェントに助けられるまでは。
そして彼は、体の一部を失った代わりにアイアンパンクとなった。
「…………」
暗い病室の天井を見上げ、亮は静かに絶望していた。従魔に襲われたあの瞬間死を覚悟したのに、生かされてしまった。何も出来ないのに。それなのにこんな風に生かされて、また今までのような日々を繰り返すのか。血を吐くようなそんな声に、応えがあった。
『ならば、消えゆく爺をこの世に留めてくれんかのう』
いつからそこにいたのか、にこにこと笑う翁が亮の足元に立っていた。翁は自身が英雄であり、それが見える亮は誓約を交わせると言った。約束を持ってこなかった自分へ、リンカーになって欲しいと。
返答の無い亮に、英雄は自身の立派な髭を撫でながら言った。
『何も出来ぬなら、何かを出来るようにしよう』
毒気を抜かれるような、笑顔で。
『そうさのう…。まずは、小さなことからこつこつと。規則正しい生活を送って慣らせばよい』
そんなことで変われるものかと笑い飛ばしたくなるような言葉。亮は馬鹿馬鹿しいと思った。それでも、翁の提案を受け入れた。この小さく年老いた英雄を生かせるなら。ほんの少しでもいい、変わるきっかけになるのなら。
「亮だ……。よろしく頼む、爺さん」
『黎焔という者じゃ。よろしくのう、亮よ』
「悪いな。つまらねえもんだったろ?」
「いいえ。どれも楽しかったのです」
ふふ、と笑っていめは従魔に合図を送る。半分を返した時と同じように、従魔は人質達の周囲を羽ばたく。
「それでは、さようならなのです」
ほんの一瞬。従魔のスピーカーがリンカーの方を向いたとそれぞれが認識した瞬間――耳をつんざく不協和音が響いた。
「ッ!」
最も早く動いた春翔が人質達の耳を塞ぎ、続いてソーマもそれに助力する。アリスやジーヤはいめの挙動に気を配っていたが、意識が逸れた一瞬でいめは消えたようだった。
音が止まり、深月と亮が人質へケアレイを。リンカー達にダメージは無いが。
「まさか」
慌ててジーヤが確認したのはレコーダーだが、どうやっても動かない。亮の携帯も同じく、明かりすらつかない状態だった。
「人質は無事です」
ケアレイを終えた深月が言い、リンカー達は人質を担いで倉庫の外に運び出す。その後周辺の調査を行なったが……結果は芳しくなかった。
しかし後ほど、ジーヤと亮が依頼していたレコーダーとスマートフォンが解析出来たと連絡がある。
中には、リンカー達が聞いた覚えの無い言葉が入っていたという。
たった一言だけ。――次を楽しみにしている、と。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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