本部

叶えられない願い

gene

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/02 20:15

掲示板

オープニング

●愛しき悪夢
 毎夜、老婆は悪夢を見る。
 真実の悪夢を。
『お母さん、助けて』
 五歳の我が子が泣いて手を伸ばすのに、老婆の足は動かない。
『直ちゃん、こっちに来てちょうだい。お母さん、足が動かないの』
 男の子の泣き声は大きくなる。
『直ちゃん、こっちよ! こっちにおいで!』
 老婆も精一杯両手を伸ばすが、息子に触れることができない。

 目を覚ますと、目の前にスーツ姿の男がいた。
「……あなたは?」
「私は霧谷。あなたの願い、叶えてあげましょう」
 老婆にはその男が普通の人間ではないことがわかった。
「私の願い?」
「会いたいのでしょう? 可愛い可愛い子供に」
「……会えるのですか?」
 男はにぃっと気持ち悪くその口角を持ち上げた。
「もちろん」

●追憶に流れ落ちるもの
 沼津が会議室に集められたエージェントたちを見回して言った。
「街中で一人の高齢の女性が刀を振り回している」
「……愚神か?」
 ヴィクターの言葉に沼津はうなづく。
「年齢に見合わない身体能力からすると……おそらくはそうだろう」
「愚神本体なのか?」
「それはまだ不明だ。ただ、子供には被害がない」
「というか」と、資料に目を通しつつ沼津は言葉を続けた。
「目撃者の話によると、五歳くらいの男の子の姿を見つけては、その顔を覗き込んでいるらしい」
「誰かを探しているということかしら?」
 沙羅はタロットカードを一枚めくった。

カップの6 正位置

「……追憶」

解説

●目標
・老婆の正体を突き止め、刀を振る行動を止めてください。

●登場(PL情報)
・愚神:霧谷(キリヤ) ケントゥリオ級
・霧谷自身は、サラリーマンのような出で立ち。書類が入る程度のカバンの中に、カバンのサイズに見合わない長い刀を入れています。
・霧谷は霧の従魔(ミーレス級)を自由自在に扱うことができます。
・老婆は霧谷の力を借り、その力を持て余しているような状態です。(単純に操られているのとは少し違います)
・老婆は三十代の頃、五歳の息子を従魔の襲撃により亡くしています。
・老婆には三十代半ばの娘がいて、その娘には五歳の息子がいます。

●場所と時間
・デパートや高層ビルが立ち並ぶ街中
・夕刻 街が夕日に赤く染められる頃合い(日が沈むと老婆はどこかに消えてしまいます)

●状況
・細身の老婆が街中で日本刀を振り回しています。切りつけているのとは少し違います。がむしゃらに振り回している感じです。
・五歳くらいの男の子を見つけると俊敏に動いてその顔を確認します。
・その際に子供の親が突き飛ばされたり、刀が当たったりして怪我を負っています。

リプレイ

●一隅を照らす
 あと数時間で日が沈む。
 老婆が現れるという街に集まり始めたエージェントたちを見回して、赤谷 鴇(aa1578)はアイザック ベルシュタイン(aa1578hero001)に言った。
「僕らに似合いの裏方を頑張ろうか。ナンパせずに」
「いやいや。ナンパはするぜ? 誓約を忘れたのか?」
「ナンパをすることは誓約に入ってないだろう?」
「俺は何もしないで諦めたりしないぜ☆」
「……カッコつけても誤魔化されないよ?」
 二人は軽口を叩きながらも、老婆の情報収集のために動き出した。
「リサちゃん!」
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が声のほうへ視線を向けると、沙羅が手を振っていた。
「今回も暴れまくるわよ〜!」
 沙羅の言葉に、メリッサは「もちろんッ!」と拳を握る。
「一緒だな、世話になるよ」
 荒木 拓海(aa1049)が頭の高さに片手を掲げると、ヴィクターは「ああ」とその手を軽く叩くようにしてハイタッチした。
「ヴィクター! 一般人の避難誘導を頼む」
 レイ(aa0632)の呼びかけにヴィクターは「わかった」と返事を返し、寝袋とぬいぐるみを使いレイと何やら作り始めた三ッ也 槻右(aa1163)に、「健闘を祈る」とロータッチする。
 佐藤 鷹輔(aa4173)は煙草を咥えて火をつけた。
「……」
  煙を深く吸い、その香りを楽しむ。口から煙草を放してくち角を上げる。
「今回も、クールにいこうか」
「主よ、悪い笑顔をしているぞ」
 そう言う語り屋(aa4173hero001)の声も笑っている。
「そりゃあな……」
「ジャイアントキリング」と鷹輔は呟いた。
「さぁ、愚神狩りの始まりだ!」

●ナンパの功
 鴇とアイザックはH.O.P.E.からの情報をもとに、最も老婆が現れる確率の高い街の中心へと来ていた。
  愚神が出現する噂も広まり、街には人気が少ない
「これだけ人がいないと、情報収集も簡単じゃないかもしれないな……」
 今ここを仕方なく歩いている人たちは仕事などで止むを得ずに来ただけの人々だ。足早に行き交う人々を呼び止めるのは簡単ではない。
 鴇がどうしたものかと考えていると、「ねーねー、お姉さん!」と、アイザックの浮かれた声が聞こえてきた。
「俺とお茶しない?」
 こんな状況下でも使い古されたセリフを言うアイザックに女性は引き気味だ。
「今忙しかったら、ディナーを一緒にどう? ケー番教えて?」
「す、すみません!!!」
 鴇は慌ててアイザックを引き離し、H.O.P.E.から預かった写真を見せた。
「このあたりに出没するという愚神の情報を集めているんですが……この愚神、見たことありませんか?」
「ないわよ。もう行っていい?」
「ご協力、ありがとうございました!」
 ビシッと鴇が頭を下げると、女性は早々にその場を立ち去った。
「アイザック!!」
 鴇はアイザックに文句を言ってやろうと思ったが、近くにはアイザックの姿はない。
「どこ行ったんだ?」
 あたりを見回すと、ショップの中で店員の女性に話しかけているアイザックの姿を見つける。
「お店の中まで……」
 アイザックの愚行を止めるためにお店に入ると、女性が困り顔でこちらへ視線を向けた。
「いらっしゃいませ」
「すみません。うちの変態がご迷惑をおかけしました!」
 鴇はアイザックの腕を掴み、外へ連れ出そうとしたが、逆にアイザックに引っ張られる。
「この美しいお姉さんにも聞いた方がいいんじゃねーの?」
 アイザックが鴇の手の中の写真を指差す。
「あ……この愚神、見たことありませんか?」
「……ないですね」
「そうですか……」
「じゃ、次の女の子のところへ行こう!」
 お店から出て、鴇は街の中の多くの建物を見渡す。そして、その中にはこの街で一日の多くの時間を過ごしている人々がいることに気がついた。

 不安を抱えて足早に歩く人々の誘導をヴィクターと警察が急ぐ。
 徐々に赤く染まり始める街…… 街全体が真っ赤に染まったかと思った時、急にクラクションが鳴り響いた。
 エージェントたちが慌ててそちらへ向かうと、三台の車が衝突事故を起こしていた。
 その先頭の車のボンネットの上には老婆の姿……。
「……一体、何を求めてる……?」
 おとなしくしていれば品の良さそうな洋服を着ている老婆の姿にレイは不思議に思う。
「そんなのは事態収拾後でもイイんじゃねーの?」
 カール シェーンハイド(aa0632hero001)の言葉にレイは意外なものでも見るような眼差しを向けた。
「……カール。お前もまともなこと、言える……んだな……」
 心底驚いているような表情のレイに、カールは少しムッとする。
「どういう意味だよ、それ……っ!」
「レイさん、カールさん、老婆を車から引き離してください! 車内の人たちを避難させます」
 九字原 昂(aa0919)の言葉にレイとカールは共鳴する。
「交通規制の状況は?」
 槻右の言葉にヴィクターが答える。
「今やっとこの道に入ってくる車を止め終わったところだ」
 老婆は長い日本刀を構えて跳躍した……それは、レイのファストショットを避けてのものにも見えたが、単に移動したようにも見えた。
 昴の近くに降り立ったかと思うと、その刀を振るいながら走り出した。
 危うくその切っ先に引っかかりそうになり、昴は身体をひねってそれを避ける。
「まるで、こちらのことなど目に入っていないみたいだ……」
 昴の言葉にレイが「だな」と賛同する。
 ごくごく近くにいても、自らの刀が引っかかりそうになっても気にならない……。
「ばーさんの目には、やっぱ子供しか映ってねーのかもな……」
 レイの言葉に「そうですね」と答え、槻右は子供に見立てて作った人形を胸に抱く。
「それを今から試してみましょう!」
 槻右は人形の顔を自分の胸に押しつけるようにして抱えると、老婆を追った。
「待ってください! 貴方に聞きたいことがあります!」
 声をかけても老婆は反応しない。
 ただがむしゃらに刀を振るうばかりで、槻右や他のエージェントに攻撃するわけでもない。
 槻右が前に回り込むと、老婆の視線が人形へ移る。
 そして、老婆は人形に手を伸ばそうとした。
「貴方が探してるのはこの子ですか? 渡しませんよ?」
 槻右が人形をしっかり抱えて速度を上げると、老婆はその刀を大きく振るった。
 それを拓海がカラミティエンドで受け止める。
 その時、ライヴス通信機から鴇の声が流れてきた。
『聞こえますか?』
「ああ」と、戦況を冷静に見つめていた鷹輔が答える。
『いま、老婆の娘さんのお宅です……老婆は、愚神本体ではありません』
 鴇の報告に老婆に追われるように走っていた槻右と拓海が老婆を振り返る。

 三十分ほど前、アイザックのナンパが功をなし、老婆を見たという人物を何人か見つけた。
 目撃者の証言をもとに老婆が現れる方位を探り、そちらでまた聞き込みを重ねるという地道な作業を繰り返し、老婆を知っているという人物に出会った。
 その人物は写真のような老婆ではなく、優しく微笑む老婆を知っていると言った。
「近所にお住まいで、時々、娘さんがお孫さんを連れて遊びに来てるわ」
「娘さんのお住まいはご存知ないですか?」
「住所はわからないけど、電話番号なら……」
 鴇が娘だという人に連絡を取り、会って写真を見せると、写真の愚神は確かに自分の母親だと娘は言った。

『娘さんから聞いた話なんですが』と、鴇の報告は続く。
『老婆には息子さんがいたそうなんですが……三十年ほど前、その街で従魔に襲われ、亡くなったそうです。その時、老婆は息子さんと一緒にいたんですが、従魔が壊したビルの瓦礫に足を挟まれて、身動きが取れず……目の前で……』
 鴇の言葉にレイはぎゅうと拳を握りしめ、息子の年齢を聞いた。
『五歳です』
 メリッサの声が、拓海の頭の中に響く。
「この手のケアは難しいわよ。思い出は美化されるから余計にね」
「何とか出来るとは思わない……」
 老婆を見つめながら、拓海は答える。
「ただ変わる為の切欠を作れたら……」
 鴇の話は続く。
『老婆はお孫さんをとても可愛がっていますが、時々……少し寂しそうな眼差しをすることがあるそうです』
「……赤谷さん、お願いがあります」
 槻右は人形を抱える腕に力を込めた。
「お孫さんに、声を借りられないですか?」

●黒い血
『お母さん、助けて』
 確かに声は聞こえるのに、真っ赤な世界の中、小さな我が子を見つけることができない。
 あの時とは違い、足は動くのに……手探りで探っても愛しい息子の姿がない。
『お母さん、助けて』
 不意に現れる幼子の姿にその子を抱きしめようとしても、それはまるで別の顔。
 息子がそこにいたのなら、今度こそ、この手で救ってあげられるのに……。
「おかーさん……」
 真っ赤な世界の中、目の前に見え隠れする幼い姿を追っていると、老婆の耳にやけに鮮明な声が聞こえた。
「ここだよ……助けて……」
 か細いその声はいつも聞こえてくる息子の声とは少し違うように思えたが、よく似ていた。
「おかーさん……」
 幼子の姿は後ろ向きで、顔が見えない。
 必死に追いかけても、手を伸ばしても、その幼子に触れることができない。
 そうこうしているうちに、幼子の姿は遠ざかる……そして、その声が切迫したものに変わる。
「おかーさん!!! 助けて!!」
 老婆の目から、ひとしずくの涙がこぼれ落ち……老婆は自分が握りしめているものを力任せに振るった。

 キンッ! と、鋭い音を立てて、老婆の手から刀が弾き飛んだ。
 レイが放ったファストショットが刀の柄に当たるのと、潜伏で潜んでいた昴の孤月が刀を弾くのが重なり、刀は老婆の手を離れ、宙でくるりと弧を描いたかと思うと、コンクリートの地面に突き刺さった。
 刀を失ってもなお……まるで、そのことに気がついていないように、老婆は槻右が抱えるスマートフォンと小型スピーカーが入った人形を追いかける。
 スマートフォンにつながっているスピーカーからは老婆の孫の声が流れていた。
 一心不乱で人形を追いかける老婆の動きを昴が女郎蜘蛛で止める。すかさず拓海がノーブルレイで捕縛した。
「っ!」
 老婆の動きが止まる。
 槻右はスマートフォンへ向かって小声でお礼を告げると、受信を切った。
「……」
 身動きが取れず、愛しい声も聞こえなくなると、まるで生気を失ったように老婆は肩を落とし、顔を伏せる。
「愚神をアンタの中から出すために手荒なことをするが許してくれよな」
 レイがライトブラスターの銃口を向けると、クックックと笑い声が漏れてきた。
 老婆の口元がニタリと歪み、その目がエージェントたちを捉える。
「せっかく、あなたたちと遊ぶためにこの舞台を用意したんですから……もう少し、付き合ってくださいよ?」
 夕日により赤く染まっていた街が白く染められていく。
「……霧? お前、まさか……」
 拓海が眉を寄せる。
 愚神の気味の悪い笑顔に槻右は見覚えがあった。
「お前、大平さんだけじゃなくて、また、こんなっ……!」
 真っ白な霧の中に愚神はその姿を隠していく。
「人が苦しむ姿は楽しいか? オレは貴様が苦しむ姿を見たい!」
 拓海の言葉にまた愚神は笑う。
「お前や貴様と……失礼ですね。私にも名前があるんですよ」
 濃くなる霧を鷹輔がガルドラボークを使い呪いの力によって攻撃すると、霧は瞬く間に消えていく。
 霧が消え、再び愚神は姿を現したが、その姿はもう老婆のそれではなく、帽子を目深にかぶったスーツ姿の長身の男だった。
「私の名前は霧谷」
 老婆の体から出た愚神は拘束されていない本体で地面に突き刺さっていた刀を抜いた。
「人間達の願いを叶えることを生業としていますので、ご要望の際はどうぞお呼びください」
 そうニィっとくち角を上げた霧谷は、まるで肩慣らしでもするような動作で、老婆に日本刀を振るった。
「っ!」
 拓海は電光石火のスキルを使い、天雄星林冲で霧谷の刃を受け止める。
「今のうちにその人を!」
 槻右は気を失っている老婆を抱えて、安全な場所へ避難させる。
 霧谷は一瞬刀を引いたかと思うと、すぐに拓海との間を詰めて刀を横に振るう。
 拓海はそれを避けて武器をカラミティエンドに持ち替えると、次に振り下ろされた霧谷の刀を受け止めた。
 キンッキンッ と、打ち合う鋭い音が何度もその場に響く。
 反撃の隙を見せない霧谷に押され気味だった拓海だったが、潜伏で近づいてきていた昴が猫騙を使い、霧谷の意識をそらしたその一瞬の隙をついて、拓海が反撃に出る。
 疾風怒濤で俊敏に動き、魔剣を振るう。
「……なかなかやるじゃないですか」
 後ずさる霧谷の表情がくもったのを見て、一気呵成で衝撃力を増した一撃を加えようとした次の瞬間……霧谷自身を真っ白な霧が覆った。
 そして、背後に人の気配を感じ、拓海は血の気が引いた。
 しまった……! と思ったが、戦況はまた一転する。
 霧谷を隠していた霧を鴇が生み出した斬撃の影が消滅させた。
「おや。まだ仲間がいたのですか?」
 クククッと霧谷は笑う。
「人間とは面白いですね。わらわらとわざわざ危険なところに寄ってくるのですから」
「笑っていられるのも今のうちだぞ」
 レイはまっすぐに銃口を霧谷へ向けて銃を構える……そして、レイが撃つと思った次の瞬間、全く違うところからスラッシュブーメランが飛んできて、霧谷の首筋をかすめた。
 不規則な軌道を描いて飛んだブーメランは、老婆を避難させて戻ってきた槻右が放ったものだった。
 ブーメランの動きに気を取られていた霧谷は右上腕に鋭い痛みを感じた。
「……」
 見ると、レイが放ったテレポートショットが刀を持っていた腕を貫通していた。
 傷口からだらりと流れ落ちた黒い血を左手の指先で触れ、霧谷は関心したように見つめた。
「私の体にもこのようなものが流れていたのですね」
 指先についたそれを舐め、ふふっと笑いを漏らす。
「あまり美味しいものではないようです」
 霧谷が自分の血に気を取られている間に拓海は昴に手で合図を送ると、魔剣を構えて走り出した。
「そんなもの、これからもっと見せてやるよ!」
 霧谷に斬りかかるのと同時に、拓海は体を反らして背後に隠れていた昴へ対角線へ動いてもらい、霧谷を挟み討ちにする。
 血の滴り落ちる右手で霧谷は刀を振るい、拓海の魔剣を受け止め、どこからか取り出した鞘を左手に握って昴の孤月を受け止めた。
 ガラ空きになった霧谷の胴に槻右が白虎の爪牙を振るう。それとほぼ同時に霧谷は拓海の魔剣から無防備に離した刀を槻右に向かって鋭く投げた。
 まっすぐに飛んできた切っ先を槻右は体を半回転させてかわし、急いで霧谷へ視線を戻すと、霧谷は吹き飛んだように後方で倒れていた。
 スーツには鉤爪により切り裂かれたと思われる痕があり、そこには黒い血が滲んでいる。
「……倒したのか?」
 日本刀に気を取られていたためか、霧谷にしっかりと鉤爪の刃が食い込んだ感触を得ることができなかった槻右は答えを求めて拓海へ視線を向ける。
 しかし、拓海もまた霧谷が投げた日本刀が友を傷つけたりしないかが気になり、霧谷のことは見ていなかった。
 他のエージェントたちも同様に、投げられた日本刀に注意を奪われてしまっていたようだ。
「血も滲んでいますし……倒したんじゃないですか?」
 鴇が霧谷に近づき、身をかがめて切り裂かれたスーツについた血に触れる。
 次の瞬間、鴇は強い力で体を引っ張られた。
「っ!」
 驚いて後ろを振り向くと、鷹輔がいた……そして、鴇がいた場所には短刀が突き刺さった。
「……おや。取り逃がしましたか」
 いつの間にか霧谷は街灯の上に立って、エージェントたちを見下ろしていた。
「愚神にしては、知恵がまわるみたいだな」
 鷹輔の言葉に、霧谷はニタリと余裕の笑みを浮かべる。
「日本刀を投げて敵の気をそらし、敵の攻撃は霧の従魔に当てさせて効力を失わせ、自分で後ろに飛び退いて倒れてみせた……」
 その一瞬に短刀でスーツを切り裂き、先ほど流した自分の血を拭いつけたのだ。
「器用なもんだな」
「おやおや。そんなところまでよく観察していましたね」
「お前が日本刀で気をそらしたように、俺も霧の従魔だけを相手にすることで、お前の興味がこちらに向かないようにしていたんだからな……これくらいの働きはしないと仲間に申し訳ないだろ」
「なるほど……それでは、今後は同じ手は効きませんね」
 その言葉は自分のことを言ったのか、鷹輔のことを言ったのか……多くは語らぬまま霧谷は改めて自分のスーツを見た。
「これではあまりにも無様ですね」
 霧谷を逃しまいと鷹輔が放った幻影蝶を、他の街灯に飛び移ることで避け、霧谷はスーツについたホコリを払った。
「今回は出直してきましょう」
 レイがライトマシンガンを連射するも、霧谷は身軽に街灯を渡っていく。
「そんなに必死に引き止めなくても、また会いに来てあげますよ」
 それまでよりもずっと濃い霧が急速に街を覆い始めた。
 霧の従魔と、「それではまた、誰かの願いとともにお会いしましょう」という言葉を残して、霧谷は消えた。

●メウ・アモール・エ
 霧の従魔を片付け終えたエージェントたちは、老婆に話を聞いた。
「ばーさん……何を考えてた?」
 レイは救急医療キットで擦り傷だらけの老婆の手当てをする。
「……息子を探していました」と、老婆は小さな声で答えた。
「あの、さ。過ぎた日は……還って来ない」
 カールの言葉に、老婆はますます顔を伏せる。
「アンタがこのままだと、息子は縛られたままだ……」
「マダムと一緒じゃん? それって、ツラくない?」
「……」
 老婆はただただ何もない地面を見つめる。
「……息子との思い出の曲とか……ある、か?」
 老婆は少しだけ顔を上げ、「え?」とレイの言葉の意図を確認する。
「今だけ……その曲で息子への想いが届く手助けをしてやるよ」
「……メウ・アモール・エ……中盛秋菜さんのメウ・アモール・エがあの子大好きで、ラジオから流れてくると笑顔で踊るんです」
「それが、可愛くて……可愛くて……」と、老婆の顔がほころぶ。
 五歳の息子との思い出の曲が子守唄や童謡でなく、1980年代のヒット曲であったことに少し驚いたが、レイは「そうか」とうなづき、ギターを弾き始めた。
「息子さん、いいセンスしてるじゃん」
 カールはベースを奏でる。
 愛用のギターと声でレイは願う。
 少しでも、老婆の心の傷を癒せたなら……隙間を、そっと優しく埋めることができたならいい……と。
 老婆の瞳から、ぽろぽろといくつもの涙がこぼれ落ちる。
 拓海とメリッサは老婆を挟むように座り、皺のよった手にそっと手を重ねる。
「お子さんの件を忘れることはできないでしょうが、せめて彼と離れてから体験した多くのことを精一杯生きた後で彼に報告できるように過ごしませんか?」
「息子さん、きっと沢山の話をお母さんから聞きたいと思います」
 二人の言葉に老婆はゆっくりと、けれどもしっかりとうなづいた。

 老婆を娘の家へと送り届け、エージェントたちは家路につく。
「そういえば、よくお孫さんにあそこまでの演技をさせることができましたね」
 槻右が鴇に言う。
「最後の叫びなんて、本当に切迫して聞こえました」
「あ〜あれは……」と、鴇はちらりとアイザックを見た。
「アイザックの本領発揮というか……」
 アイザックがにっこり笑って、孫を抱っこしようとしたら、本気で嫌がられた……そうなることがわかっていて、鴇もアイザックをけしかけたのだが。
「なんか今回散々なんだけど」
 不満を漏らすアイザックに鴇は「いつも通りじゃん」と、トドメを刺した。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避



  • 馬車泣かせ
    赤谷 鴇aa1578
    人間|13才|男性|攻撃
  • 馬車泣かせ
    アイザック ベルシュタインaa1578hero001
    英雄|18才|男性|ドレ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
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