本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】斗鶏

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/06/07 16:05

掲示板

オープニング

●斗鶏
 彼女が生まれた、そのとき。
 母親は彼女を殺そうとした。
 彼女と同じ姿形をした、でも彼女の何倍も大きく強い母親。このまま喰われて死ぬのだろうと彼女は思いながら――母親の首筋に飛びつき、やわらかな喉を喰い破った。
 ……彼女の頭に残された記憶はこれだけ。母親の姿も自分の姿も思い出せやしないが、母親は自分が生きるために彼女を喰おうとしたんだろうし、自分は生きるために母親を殺した。それだけのことだったと彼女は思う。

 ここからは、失われた記憶の話。
 それからずっと、誰かを殺してきた。誰もが彼女を喰おうと襲ってきたし、彼女もまた生きるためには殺し、喰らう必要があったからだ。
 生きたいから喰う。
 生きたいから殺す。
 喰う。殺す。喰う。殺す。喰う、殺す、喰う、殺す、喰う殺す喰う殺す喰殺喰殺――
 延々と繰り返す中、彼女は思うようになる。
「なんで“あし”、いきたい?」
 ずいぶん長いこと考えたが、答はまるで得られなかった。そして。

 気がつけば不可思議な場所にいた。
 目の前には、大きな者に固そうなもので殴られて転がる小さな者。
 小さな者は大きな者に体のあちこちを壊されながら、それでも大きな者の隙をうかがっていた。その眼はまるで――のような――
『しにたくない?』
 思わずかけてしまった、声。
 小さな者はぎらつく眼をこちらに向けて。
 ――死にたくない。
 すぐに返ってきた返事。
 彼女はうれしくなって、また訊いてみた。
『いきる?』
 ――生きる。
 同じ意志を持つ者同士、彼女と小さな者は「いっしょに生きる」ことを誓い合い。
 それを阻害する大きな者たちを殺した。

●眠り姫
 屠宰鶏を殺しに来たはずの者たちは、なぜか屠宰鶏を殺すことなく捕まえた。
「シアワセニイキテ」
 そんなわけのわからないことを言いながら。
 果たして屠宰鶏は、白くて臭い建物の中に運び込まれて。
 ずっと眠り続けている。
『ジィ、ねてる? あかるい、くらい、あかるい、くらい……あかるいよ』
 彼女――屠宰鶏の契約英雄である斗鶏は、屠宰鶏の首にかけられた幻想蝶の内から屠宰鶏に呼びかけた。
 もう何日も何日も起こそうとしているのに、屠宰鶏の意識は深い場所に沈み込んだままだ。
『ジィ、いきる。あし、いきる。ヤクソクしたよ』
 もしかしたら、屠宰鶏はもう、生きていたくなくなったのではないか?
 怖かった。怖くて怖くて、たまらなかった。
 いっしょに生きると約束した屠宰鶏が死ぬ。もしそうなったら、取り残された自分は――
 斗鶏は幻想蝶から飛び出し、ベッドに横たわった屠宰鶏の傍らに立った。
 それから小さな手でベッドによじのぼり、ほっぺたを何度も叩くが。
 屠宰鶏は目覚めない。
 どうしよう。このまま寝ていたら屠宰鶏は死んでしまう。喰らわなければ、生き物は生きていられない。弱者が飢えて死んでいく様を、斗鶏は何度となく見てきた。
 すぐにでもなにか喰らわせなければ! でも、起きられないくらい弱っているのだろう屠宰鶏は、きっと普通のものは食べられないし、食べたくもないはず。
「ジィ、おきるモノ、たべるモノ、なんだ?」
 斗鶏は小さな頭で必死に考えて、思いついた。
 あの「アマイモノ」をあげたらどうだろう?
「アマイモノ、あし、キライだけど」
 だって、「アマイモノ」は彼女の殺す気持ちを鈍らせるから。でも。
「ジィ、きっと、スキ。おきる!」
 斗鶏は相棒の体にたくさん刺さった管――それは眠っている屠宰鶏を生かす栄養を送り込むものだと聞かされていたが、「喰らう」という行為を穢す悪いものに見えた――を全部引き抜いてベッドから飛び降り、駆け出した。
 アマイモノ。アマイモノ。アマイモノ。
 いったい誰を殺せば手に入る?

●遊園地のシャモ
『斗鶏ちゃんが病院から出て行ったの!』
 エージェントたちの通信機器から、いつになく切迫した礼元堂深澪(az0016)の声が飛び出した。
 エージェントの手で保護された屠宰鶏は、都内にあるリンカー専用の病院で治療を受けている。斗鶏もそのそばにいたはずだが……。
『今、病院の近くにある遊園地にいるみたい。近くにいる人、迎えに行ってあげて――』
 深澪の言葉が途切れた。言えなかったのだろう。あの子が誰かを殺しちゃう前に。とは。
 生きるために殺す。それしか知らない子どもが、遊園地にいる。リンクしていない以上はチェーンソーも使えまいが、一般人を殺すことなどたやすいことのはずだ。
『どうして出てっちゃったのか、ボクにはわかんないけど……。きっと屠宰鶏ちゃんのこと心配だからだと思うんだ。あの子、保護されてからずっと眠ってるから』
 なぜ目を覚まさないのかは、医者にもわからないという。医学的には、彼女が眠っていなければならない理由はないからだ。
 脳、神経、内臓、筋肉、骨、すべてが正常。なのに彼女は眠る続けている。まるでそう、起きるということから逃げているかのように。
 ――考えるのは後だ。今は斗鶏を捕まえなければ。

 遊園地に駆け込んだエージェントたちが視線を巡らせた。
 騒ぎを探せば、その中心にきっと斗鶏がいる……!
 かくしてエージェントたちは、日中に2回行われるマスコットキャラクターたちのパレードが停止し、ざわついているのを発見した。
 駆けつけてみれば、黒い布袋をかぶっただけの小さな子どもが、尖った石を握ってわめいている。
「アマイモノ、だせ!!」
 ライヴスのにおいを嗅ぎ取ったか、彼女はこちらを振り返り、ものすごい形相で襲いかかってきた――

解説

●依頼
1.遊園地にいる斗鶏を保護してください。
2.「生きるために殺す(喰らう)」、「屠宰鶏といっしょに生きる」ことしか考えられずにいる斗鶏に、「生きることの楽しさ」や「これから屠宰鶏とどう生きていけばいいか」などを教えてあげてください。
3.斗鶏を屠宰鶏の病室まで送り届けてあげてください。

●状況
・斗鶏がみなさんに襲いかかってくるシーンから描写が開始されます。
・遊園地にあるだろうアトラクションや設備は自由に使用可。
・遊園地にはHOPEから連絡がいっていますので、食べ物やグッズ等はある程度無償で入手できます。

●斗鶏
・3歳児相当の見かけと理解力、身体能力を有するものとします。
・とがった石を使える程度の筋力しかありません。
・最初は捕まっても逃げだそうとします。
・みなさんを敵だと認識しているため、いきなり説得しようとしても耳を貸しません(屠宰鶏の名前をうまく使うなど工夫してください。ただし「屠宰鶏に頼まれた」は一発アウトです)。
・「生きるために殺す」、「生きるために喰らう」、現状はこのふたつの理屈だけで動いています。
・警戒心が解けないうちは、笑いかけられる=歯を剥いて威嚇されている、と判断します。
・屠宰鶏が死に、独り取り残されてしまうことをなによりも恐れています。
・どう生きていけばいいかわからずにいます。
・子どもが「楽しい」と感じるようなことはなにも知りません。
・黒い貫頭衣のようなものを着ており、周囲から激しく浮いています。
・暗いところは苦手です(視界が塞がれると捕食される危険性が高まるため)。
・説得ができなかった場合、彼女は目覚めないままの屠宰鶏とリンクして主導権を握り、姿を消します。

リプレイ

●迷い
「アマイモノ、だせ!!」
 小さな手に握った石を振りかざし、斗鶏がエージェントたちに飛びかかるが、しかし。
 走る勢いに体がついてきていないうえ、頭の重さを支えきれてもいないため、今にも転んでしまいそうで。
「斗鶏!」
 思わず右手を伸ばすリィェン・ユー(aa0208)。それを横から契約英雄のイン・シェン(aa0208hero001)が止めた。
「始めは任せるのじゃろ?」
「ああ、すまん。そうだったな」
 リィェンは自分の右手を見下ろし、握りしめた。
 ――自分はこの掌で屠宰鶏を守ると誓ったのにな。
 自責を噛み締めるリィェンの背へ、インは静かに掌を置いて。
「わらわたちは屠宰鶏を闇の底から引き上げた……あの童を置き去りにしての。屠宰鶏と斗鶏は比翼連理。埋もれたままの片翼を引き上げ、今度こそ広き空へと放してやろうぞ」
 リィェンは拳を開き、掌を成す。
「この掌でかならず斗鶏を救い出す」
 そしてふたりは突進する斗鶏と、その先に野球のキャッチャーよろしく腰を落として待ち受ける“天使”を見た。
「よぉーし、ばっちこぉいですよー!」
 背中の白羽をはたはたしつつ、餅 望月(aa0843)が高らかに叫んだ。
『野球っぽくキャッチする? ストライクとっちゃう?』
 内から問う百薬(aa0843hero001)に、餅は元気いっぱい、
「華麗にばっちり白羽取りです!」
『野球関係ねー!!』
 そして。
「ころすころすころす!!」
「ワタシの寿命はあと84年くらいの予定です!」
 はっし。斗鶏の石を、その手ごと白羽取り。
「そのままホールド!」
 ぎゅうっと小さな体を抱きしめて。
『からの――チョコいかがー?』
 餅の腕から逃れようとじたばた暴れていた斗鶏が、百薬の言葉に動きを止めた。
「ア、マイモノ……?」
「そうです! そしてワタシはこの前アマイモノをプレゼントしたお姉さん! 憶えてませんかー?」
 餅の神妙な顔をジト目でながめ、斗鶏は舌足らずな声を張り上げる。
「テキ……テキ、ころす! アマイモノ、もってく!」
『誰にアマイモノ持ってくの?』
「ジィ!」
 百薬へ叫び返した斗鶏に、横からリーヴスラシル(aa0873hero001)は穏やかな声で語りかけた。
「手を開いてみろ」
「テ!?」
 斗鶏が、石を握っていない左手を開いて見た。なにも持っていないから、ただの掌。でもそこにすかさず餅がチョコレートを乗せて。ただの掌はチョコを持った掌に変わった。
「石を捨てなさーい!」
 混乱する斗鶏に、餅が大声を叩きつけた。
 不意を突かれてつい石を取り落とす斗鶏。
『今だ、やっちゃって!』
 百薬の声にびくり。殺される――と思いきや。石を失くした手に、もう1枚チョコレートが乗せられた。
 右の掌にも左の掌にも、チョコレート。わけがわからない顔でそれを見つめる斗鶏に、餅が生真面目な顔でうなずきかけた。
「いっしょに食べようと思ったんですけど、屠宰鶏さんと食べるほうがおいしいですよね」
 持って行ってあげてください。そう言った餅に続き、リーヴスラシルもまた。
「これでもう、誰かを殺す必要はなくなったな」
 誰かを殺さなければアマイモノは手に入らないはずなのに、誰も殺せていない今、その手にアマイモノがあって……。
「ジィさんというのは屠宰鶏さんのことでしょうか?」
 まわりの客にこの騒ぎのフォローをしていたリーヴスラシルの契約主、月鏡 由利菜(aa0873)が問うと、斗鶏はまた「ジィ!」と言い返した。どうやら正解のようだ。
「どうして屠宰鶏さんに甘いものをあげたいのですか?」
「あし、アマイモノ、キライ! でもジィ、おきてたべる!」
 そう言いながらも、斗鶏の目は2枚のチョコレートに釘づけだ。それでも斗鶏はひと口だってかじったりしない。視線を無理矢理に引きはがし、服の中に腕ごと突っ込んで、大事そうに抱え込んだ。
「やっぱり斗鶏さん、屠宰鶏さんのこと心配して……」
 眼鏡の奥に憂いの目を隠し、御門 鈴音(aa0175)が小さくつぶやいた。
「わらわは言うことを聞かぬ小童がいちばん好かん! 本当なら拳骨の1000発もくれてやるところじゃが……まあ、わらわも齢2000を越える大鬼。その寛容さをもって100発でゆるしてやるわ!」
 平たい胸を思いきり反らして言い張る輝夜(aa0175hero001)の頭へ、鈴音は思いきり拳骨を落とした。これも契約主の務めというやつだ。やつなのだが。
 いつもならコブのできた頭を抱えて騒ぎ立てる輝夜が、このときに限って無言。
 思わずその目をのぞきこむ鈴音だったが――
「ん、わらわの美貌に吸い寄せられたか?」
 彼女の視線を迎えたのは、輝夜の微笑。追憶と決意を隠した鬼の顔であった。
「……輝夜がどうしてここに来たのか、私にはわからないけど」
 礼元堂深澪(az0016)から連絡を受けたとき、輝夜は反射的に駆け出した。
 彼女は多分、斗鶏を放っておけなかったのだ。自分と同じほどの闇を心に詰め込んだ斗鶏のことを。だから。
「今日は輝夜に任せるから」
 一方、斗鶏から視線を外したヴィント・ロストハート(aa0473)が吐き捨てた。
「見てられないな」
「どうしたの?」
 ヴィントのしかめ面の端に取り憑いた苦哀の影を見て取ったナハト・ロストハート(aa0473hero001)がその頬に触れる。
「生きるために殺す。生きるために喰らう。……まるで鏡を見てるみたいでな。耐えられなくなったんだよ」
「ヴィント……」
「かつて――いや、今も、か。あいつのやりかたと形はちがっても、同じように誰かの命を奪って生きてるんだよ、俺……そしておまえも」
 打ち据えるため、得物を取るため、握ることしか知らない手。ヴィントは忌々しげに自分の手を抱え込んだ。
「そんな俺たちがなにを言ってやればいい? もう誰も殺しちゃいけない。みんなで生きていこう。――どの面下げて言えばいい!?」
「それでも」
 ヴィントに触れたナハトの手に、力が込められた。
「私たちじゃなきゃ伝えられないことがきっとあるよ」
 ナハトの言葉にできないありったけの思いが、指先から流れ込んでくる。
 ヴィントは彼女の指を手がかりにして顔を引き上げた。
「覚者(マスター)。斗鶏を中心に、さまざまな思いが渦巻いている」
 半ば閉じた両目を巡らせ、ナラカ(aa0098hero001)が契約主の八朔 カゲリ(aa0098)に告げた。
「皆迷ってるんだろう。なにを言うべきか。なにをするべきか」
 カゲリの返答にナラカはひとつ鼻を鳴らし、薄く笑んだ。
「他者のために迷うは己のために迷うと同義だよ。誰かの迷いを晴らそうと尽力することで、そこに映した己の迷いを晴らそうというわけだ」
「人は独りじゃ生きられない。ほかの誰かがいなきゃ、自分が誰かもわからない」
 ナラカに答えたカゲリがさらに言葉を紡ぐ。
「皆の迷いを見て、そこに映った自分の迷いを自覚できればいい。自分と向き合うってのはそういうことだろうさ」
「いつになく饒舌だな、覚者」
「俺も迷ってるんだよ。迷う斗鶏と向き合って、それを自覚しただけだ」
 ナラカは喉の奥をくつくつと鳴らし。
「迷えばこそ人は“思う”のだ。その強さと輝きが、私にはたまらなく愛しい。はてさて、あの幼子は他者の輝きに照らされ、導かれた末、どのように輝くものか……」

●WonderLand
「わー」
「おー」
 リンクを解除した餅と百薬が歓声をあげた。
「遊園地にふさわしい衣装というものがありますからね。――それに、斗鶏さんは女の子なんですもの。おしゃれしないのはもったいないです」
 ついつい漏れ出してしまいそうになる笑みを噛み殺しながら、由利菜が斗鶏を皆の前へかるく押し出した。
 粗末な貫頭衣からファンシーなエプロンドレスに着替えさせられた斗鶏。腹に四角く浮かんだでっぱりの元は、服の中に隠したチョコレートだ。
「本当はメイクアップも……と、思ったのですけれど」
 斗鶏がルージュ・ソレイユを見て暴れたため、断念せざるをえなかった。
「あし、これ、キライ!」
 ドレスの襟をつかんで引き裂こうとする斗鶏の手を、リーヴスラシルがすばやく止め、
「ドゥジィはこの世界のことを勉強しなければならない。おまえがそれを放り出してしまったら、いったい誰がトザイジィに教えてやれる?」
 自分と屠宰鶏が今まで棲んでいた闇の底とは別の世界に放り出されてしまったことを、斗鶏は充分に理解している。でも。
 不安な目を巡らせれば、今の自分では絶対に殺すことのできない巨大な敵に取り囲まれていた。どうしよう? どうすればいい?
「ふん、屠宰鶏がおらねば威勢も張れんか。とんだ弱虫チキンじゃの」
 不機嫌な顔をした輝夜が無造作に右手を突きだした。
「輝――」
 反射的にそれを止めかけた自分の手を、鈴音はあわてて抱え込んだ。任せると言った以上は、任せて待たなければ。
「任せられるくらい信じてるんだろう?」
 鈴音の横に並んだリィェンが言い。
「はい」
 鈴音はうなずいた。
 あの手は絶対に小さな迷い子を傷つけたりしない。世界の底に埋もれていた自分を引き上げてくれた、あの鬼の手は。
「待つばかりというのは、まことに歯がゆいものじゃがの」
 いつでも手を伸べられるよう、全力で手を開いたまま保っているリィェンを見やり、インが含み笑いを漏らした。
「――来よ。おぬしの勉強とやらにつきおうてやる」
 輝夜の手が斗鶏の握られっぱなしの手を取り、引っぱった。
「ん? 勘違いするでないぞ。おぬしが逃げ出してほかの者に迷惑をかけぬよう、しかたなしにつかんでおるだけじゃからな」
 横から百薬もまた。
「ここからが本番!」
 敵に言われたことを何度も何度も考えて、意を決した斗鶏はおずおずと踏み出した。
 どうやらこの敵どもは、自分を殺すのではなく、実験かなにかに使おうとしているようだ。ならば、いずれ逃げ出すチャンスも来るだろう。言うことをきくふりをして、ここはなんとしてでも生き延びよう。

 すっかり先ほどの騒ぎを忘れた様子で行き交う人々。
 その間を斗鶏の歩幅に合わせてゆるゆると一同が進む。
「ゴーカートで競争は? メリーゴウランドも乗りたいよね」
 うきうきと言う百薬。それを「これこれ」となだめた餅が、親指で売店を指した。
「最初は燃料補給だよ――すいませーん、あたしたち怪しいものじゃなくってHOPEのものなんですけどー」
 こうしてせしめた人数分のオレンジジュースをエージェントたちに配り、最後に斗鶏へ差し出して。
「おっと、立ち飲みは大人の嗜みだ。ちっちゃい子は座って座って」
 輝夜の左手が、斗鶏の右手から離れた。
 逃がさないために捕まえていたはずの手を放すとは、いったいなにを企んで――
「両手で持たねばジュースを落としてしまうじゃろうが。それ、そこのベンチへ座れ」
 ベンチに座らされた斗鶏の両手に、大ぶりな紙コップが収まった。しまった、これでは手が使えない。でも。
「アマイニオイ、する」
「チョコレートじゃありませんけど、甘いもの、です」
 ナハトの言葉にとまどう斗鶏。甘いにおいはすれど、不透明ななにかでふさがれていて中身は見えないし、そこから突きだしている筒もなにやらわからないし、冷たいし重いし。
「……甘い」
 斗鶏と目線を合わせるようにかがみこんだヴィントが、しかめ面でストローをくわえて中身を吸い上げた。
 カゲリとナラカは、鈴音とともに少し離れた場所でジュースに口をつけている。
 そして、斗鶏のとなりに座った輝夜も同じようにジュースを吸いながら、
「カステラほどではないがの、これもまた甘くてうまい!」
 これはああやって喰らうアマイモノ。でも、自分の分にだけ毒が入っているかもしれない。斗鶏は喰らいたい気持ちを必死で我慢した。そこへ。
「交換するか。毒が入っているなら俺はもう死んでいるだろう」
 ヴィントが自分と斗鶏のジュースを交換した。
 敵が口をつけたものなら、きっと大丈夫。それよりももう、我慢ができなかった。
 吸う。甘い。吸う。甘い。これも屠宰鶏に持っていこう。そう思っていたのに――
「アマイ、ない」
「なんだ、もう飲んだのか」
 リィェンとインがやさしい目を斗鶏に向けた。
「ちゃんと甘かったか?」
「アマイ、だった」
「それはよかったのう」
 このでかい敵たちはなにを言っている? 敵を殺して、獲物を喰らって、自分が今日も生き延びる。それ以外のなにがよかった?
 疑問符を飛ばす斗鶏に、リィェンはゆっくりと語りかける。
「甘いのは、うれしいことだろう? うれしいことはいいことだ。きみがうれしくてよかった」
 わからない。わからないわからない、わからない。でも。
「あし、アマイ、キライ」
 甘いものはうれしくて、その体から殺意と戦意を奪ってしまう毒だ。だからもう、喰らってはいけない。屠宰鶏が起きるだけのアマイモノを手に入れることだけを考えよう――
「ならばもっと喰らわせてくれる! それだけではないぞ? おぬしがどれほど泣きわめいても、次から次へとイヤな目にあわせてやるのじゃ! ほれ行くぞ! さぁて、どうしてくれようか」
 必死で自分に言い聞かせていた斗鶏の手を輝夜がまた取り、ズカズカと歩き出した。

「斗鶏さんに少しでもなじみのあるアトラクションがいいと思うのですけれど……」
 係員からもらった案内図を見ながら由利菜が悩む。
「射的はどうだ? 戦闘訓練で銃に触ったことはあるだろうしな」
 リーヴスラシルの提案で、行き先は射的に決定した。
「――外れた」
 カゲリがかすかに眉をしかめ、コルク銃を放り出した。
「あはは、ヘタクソー」
 そう言う餅が乱射したコルク弾もまた、すべて外れである。
「覚者よ、調子が出なかったようだな」
 戻ってきたカゲリにナラカが言った。ちなみに彼女も結果は契約主と同じだ。
「自分の銃なら外さない。が、コルク銃ってのはそうしたものなんだろう」
 万象をあるがままに肯定する彼らしいセリフだが、もしかすればほんの少し悔しかったのかもしれない。
「殴っていいなら、どれだけ難しくてもなんとかなるんだが」
「それはわらわも同じじゃが……このコルク銃とやら、絶対当たらぬように仕組まれておるのではないか?」
 苦笑するリィェンと、コルク銃をためつすがめつしながら唇を尖らせるイン。
「いちおう、当たるようにはできてるみたいですけど……」
 鈴音に言われて見てみれば、仏頂面のヴィントが器用にキャラメルの箱を撃ち落としていた。
「よく狙って、焦らずに引き金を引く。やってみろ」
 ヴィントが合図すると、ナハトがコルク銃を斗鶏に手渡した。
「なんじゃ、柄にもなく気を遣っておるのか?」
 ふふん。銃を撃つどころかコルク弾を手で投げ、しかも全部外した輝夜が鼻を鳴らしてみせる。
「少しでも忘れさせておきたくてな」
 餅や百薬とともに斗鶏にコルク銃の構えかたを教えているナハトへ、ヴィントは憂いに煙る目を向けた。
「臭いを、か」
 言葉を挟んだナラカにヴィントが答えた。
「俺の体には、血の臭いがこびりついてるからな」
 ヴィントの脳裏に、今まで殺してきた相手の顔と名が巡る。
 彼らの血はヴィントの手にこびりついて乾き、すでに剥がれ落ちてはいた。しかし、ヴィントが彼らを忘れない以上、その臭いはいつまでも心に、そして手に残り続けるのだ。
「それは私も同じことだ」
 ぽん。ぽん。斗鶏のコルク弾があらぬ方向へ飛んでいくたび、餅と百薬がギャーギャー騒ぐ。その声に紛れさせるように、リーヴスラシルが言葉を紡いだ。
「ふと名を呼ばれたように感じることがある。あるときは怒りを込めて、あるときは恨みを込めて、あるときは懇願を込めて」
 母親のように斗鶏のまわりで世話を焼く由利菜に届かないよう、声をひそめてリーヴスラシルが続ける。
「私は元の世界では騎士位にあった。声の主が敵か味方かは知れないが、私がここにこうしているということは、きっと彼らの骸を踏み越えてきた結果なのだろう――」
 同じ人間を斬り、命を奪う。それは愚神や従魔を斬ることとはちがう、同族殺しというもっとも忌むべき行為。しかし。
「――ナハト殿が言っていたな。それでも、私たちでなければ伝えられないものがあると」
 ヴィントは応えず、ただ薄くうなずいた。
「薄暗いことばかり言う奴らじゃ。血生臭かろうが血まみれだろうが関係あるか! 引っつかんで引っぱり上げる、それだけのことじゃろうが」
 ヴィントとリーヴスラシルの尻を荒っぽく叩き、輝夜が勢い込んで斗鶏のほうへ駆けていった。
 思わず尻を押さえるふたり。そこへリィェンが言葉を割り込ませて。
「自分も元は暗殺者だが、この世界で学ぶことができたよ。血に濡れた掌が、それでも誰かを守れる掌であることを――きみたちと肩を並べ、背を預けて戦ううちにな」
 向こうでは、新たにコルク弾を詰めた銃を振り上げて輝夜が騒いでいる。
「あのキャラメルとラムネとビスケット、全部わらわのモノじゃー!」
「2000歳のくせに大人気ないよー!」
「鬼は鬼でもガキだね餓鬼!」
 餅と百薬も本気モードで銃を取る。
 その真ん中でどうしていいかわからない顔をしている斗鶏だったが。
「斗鶏さんも負けていられませんよ。甘いものを屠宰鶏さんにたくさん持って帰らないと」
「私も応援しますから」
 由利菜やナハトに言われるまま、不器用な手でコルク銃を構えていたりする。
「少なくとも、こちらに敵意がないことは伝わりつつある。ナハトたちががんばってくれてるおかげでな」
 リィェンがヴィントの背をかるく叩いた。
「思うよりも単純でよいのかもしれぬぞ? いや。思いは深く、行動は単純に。かの」
 そこにインがかろやかな言葉を添える。
「今日、輝夜に任せようって思ってたんです。私のこと、世界の底から広く拓けた世界へ引き上げてくれた輝夜の手に……でも」
 うつむいていた鈴音の顔が前を向いた。
「私も手を伸ばします。斗鶏さんを引き上げます。だから、手を貸してください!」
 いつもおどおどと他人の顔をうかがってしまうばかりの彼女の眼に今、強い気持ちが輝いていた。
「斗鶏に映る己と向き合い、それぞれがそれぞれの意志を輝かせ始めた」
 ナラカは空気に溶け出した輝きを吸い込むように大きく深呼吸をした。
「覚者にまだ迷いはあるか?」
「迷いは……ない。俺には斗鶏を導く言葉も聞かせたい言葉もないからな」
 カゲリは薄く目を閉ざした。
「だけど。皆の言葉に触れることで、斗鶏は確かに変わるだろう」
 その言葉が示すものは、カゲリが仲間に対して寄せる絶対的な信頼。
 ナラカはカゲリの傍らで、仲間たちの言葉に押されて転がりだした斗鶏の心の行方を見据えるのだった。

●たなごころ
「さぁみんな、勝負だよ勝負!」
 斗鶏をふたり乗り用ゴーカートの助手席に詰め込み、自分は運転席に座った餅が、空ぶかしで仲間たちを煽ろうとアクセルを踏みつけた。が、クラッチのないゴーカートはそのままものすごい勢いで発進。最高速で走り出してしまう。
「うわーうわー」
「止まれ止まれー! その隙にワタシがぶっちぎる!」
 後ろからひとり乗りのカートで追いかけてきた百薬が叫んだ。
「そうはいかないよ! 斗鶏ちゃん、ハンドルは任せた!」
 ふたり乗り用のゴーカートでは、どちらの席にもハンドルがついている。斗鶏はタイヤでできた壁にぶつからないよう、講習で学んだとおりに右へ左へハンドルを切った。
「百薬ひとりでふたりがかりのあたしたちにかなうもんかー」
「重さ的にこっちのが有利でしょ!?」
 あいかわらず騒がしい餅と百薬のやり取りの横で、斗鶏は集中力を高めていく。ハンドル操作を最小限に減らし、いろいろとムダの多い百薬を少しずつ引き離す。
「リィェン遅れておるぞ! もっと飛ばすのじゃ!」
「さすがに俺とインでふたり乗りじゃあな」
 先頭を行く斗鶏・餅組のカートを見やり、リィェンが苦笑した。なにせあのふたりの体重を合わせてもなおインより軽いのだから。
「ラシル、私たちも後を――」
「話しかけないでくれ! 今は、運転中だ……!」
 体を思いきり前に傾けてちまちまハンドルを動かしているリーヴスラシルを見やり、由利菜は小さく肩をすくめた。
「望月はアクセルワークが荒い。隙を突くならコーナリングだな」
 こちらは横にナラカを乗せたカゲリの言。リィェン・イン組とリーヴスラシル・由利菜組のカートを抜き去り、コーナーで勝負に出た。
「カゲリ君だ! なんか速くない!?」
「そうでもないさ」
 餅に返しておいて、カゲリは最高速を保ったままコーナーをやり過ごそうとハンドルを切ったが――
「すみません。実はネトゲで車ゲームにも少しだけ心得が……」
 鈴音が華麗にスローイン・ファストアウト、一同を置き去りにウイニングランを決めたのだった。
「おいーっ! プリンセスと部隊長に花持たせようとか思わんのかー!」
「すみません! すみません!」
 キーっとわめいた餅に、何度も何度も頭を下げる鈴音。
 しかし、鈴音の横でふんぞり返っているだけだった輝夜がまた偉そうに。
「斗鶏も勉強したじゃろう。どれだけあがこうともわらわには勝てぬという現じ」
 鈴音の拳骨で黙らされた……。
「なんで、かったもの、すみません?」
 勝者が敗者にあやまる道理はない。勝者はすべてを獲るものだし、敗者はすべてを失うものだろうに。
 首を傾げた斗鶏にしかめっ面の餅が答えた。
「負けた人は怒ってもいいんだよ。ほんとの本気で戦って負けたんだから、悔しいでしょ」
「……くやしい」
「で、次は勝つ! って思うでしょ」
「まけたもの、ころされる。たべられる。つぎ、ない」
 ぐ。斗鶏を支配するキーワードに対面し、言葉に詰まった餅だったが。
「斗鶏ちゃんに重大発表ー!」
 カートから這い出してきた百薬がすかっと割り込んで。
「勝った人は負けた人を殺さない。負けた人は勝った人に殺されない。だから何度だって本気で勝負できる。何度だって本気で楽しめる。だから、本気で戦ってくれるみんなが好きになる。それがこの世界のいいところなんだよ」
 うんうん。何度もうなずいて、餅は百薬とがっちり肩を組んだ。
「味方も敵もいっぱいいると楽しいよ。みんな大好きなトモダチだからね。そして百薬はあたしの超大好きな、世界にひとりしかいない超大事な相方なんだ」
「も、餅ぃ~!」
 うおーっと抱き合うふたりを前にして、斗鶏がドレスの上から四角いでっぱりをさわった。チョコレートはちゃんとそこにある。でも――
「斗鶏。こっちへ来てみろ」
 先ほどと同じように目線を合わせてかがみこんだヴィントが、ゆっくりと斗鶏を手招いた。
「チュロスというお菓子です。甘くておいしいですよ」
 言いながらひと口食べてみせたナハトが、別のチュロスを斗鶏に手渡す。
 疑う様子なく熱い菓子を持つ斗鶏の姿に、ヴィントがほんの薄く笑んだ。
 しかし。ほんのひと口チュロスをかじった斗鶏の手が止まる。唇を尖らせてうなだれたまま、動かない。
「どうした、うれしくないか?」
 アスファルトの上にあぐらをかくリィェン。行儀は悪いが、これで目線は斗鶏と合った。
「うれしい……ない」
「屠宰鶏がおらぬから、じゃな?」
 インの静かな問いに体を強ばらせる斗鶏。
「――殺した敵のことを憶えてるか?」
 その幼子と、ヴィントはまっすぐ向き合った。
「ない」
 これまでに殺してきた相手の顔どころか数すらも憶えてなどいない。
「屠宰鶏のことを忘れたことがあるか?」
「……ない!」
 屠宰鶏はなによりも大事だ。忘れることなどありえない。
「人間には誰でも大切な人がいる。敵を殺せば、そいつを大切に想っている誰かが独りぼっちになる。忘れることのできない悲しみと苦しみを、ずっと抱えて生きることになるんだよ。屠宰鶏を殺されたらあんたはどうだ?」
「イヤー!!」
 屠宰鶏といっしょに生きる。ただそれだけが斗鶏の願い。それを誰かによって断たれたら――いやだ。いやだいやだいやだいやだ!
「殺すってのはそれぐらい重いことなんだよ。あんたが勉強しなきゃならないのは殺しかたじゃない。殺す相手を見誤らないこと、それから殺した相手を背負う覚悟だ」
「せ、おう……?」
 ヴィントは両手で斗鶏を泣き顔を挟み込み、自分と向き合わせた。
「俺は絶対に忘れない。見知らぬ誰かから奪った「そいつ」のことを。それが俺に果たせるただひとつの責任で、俺が背負ったただひとつの矜持だ」
 その体を支えるナハトの手。心配するな。その手があるかぎり、俺は俺であることを貫ける。
「殺すななんざ口が裂けたって言えやしないが、殺す前に考えろ。殺す覚悟と責任、矜持を」
 リィェンがヴィントの後に言葉を継いだ。
「本当にきみたちは強い。これからも敵を殺して生きられるだろう――あと何年かはな」
 そして斗鶏の目をまっすぐ見つめ、
「誰かを殺そうとする者は、いつかかならずより強い誰かに殺される。さっききみは自分たちを殺そうとしたが、殺せなかっただろう? でも自分たちはきみを殺したりしなかった。ちがうか?」
 ぎこちなくうなずく斗鶏。敵を殺せなかった。なのに彼女は殺されることなく、アマイモノまで与えられている。
「この世界では皆が約束するんだ。皆が大事な人とずっといっしょに生きていけるように、誰も殺してはいけない。とね」
「いっしょ――ころさない」
 必死でヴィントとリィェンの言葉の意味を考える斗鶏の前に割り込んだインが、男たちを左眼でにらみつけた。
「男は小難しい理屈ばかりこねくりよる。簡単にと言うておろうが。……よいか斗鶏。この世界はマガツヒとはちがうのじゃぞ。誰かを助ける者はかならず誰かに助けられ、生きていける。じゃからわらわたちは手を取り合い、助け合うのじゃ」
 と。インの横から踏み出した由利菜がふわり、斗鶏の前へかがみこんだ。
「認め合って、助け合って、増やしていきましょう。屠宰鶏さんと同じようにあなたを大切にしてくれて、あなたが大切だと思える人を」
 由利菜のとなりに片膝をついていたリーヴスラシルが、静かに斗鶏に手を伸べて――やわらかく抱き寄せた。
「おまえは親のぬくもりを知らぬまま、それすらも忘れてこの世界に来たのだろう。学んでおけ。これが、ぬくもりというものだ」
 前から抱きしめられた斗鶏の背を由利菜が抱きしめて。
「私たちはあなたが屠宰鶏さんとふたり、新しい人生を歩いてほしい。生きるために殺すのではなくて、殺すことなく生きていってほしい」
 そして。リーヴスラシルと由利菜の隙間から突きだした斗鶏の手を、インの手が取った。
「英雄は深いところで契約主と繋がっておるものとわらわは思うておる。じゃから、そちも感じてみよ。わらわの手を通して屠宰鶏の手を」
 斗鶏は祈るように目を閉じ、念じるが――
「ジィ、いない」
「感じられなんだか? それは残念じゃが、どうじゃ? 先よりはさみしくなかろう。誰かの手のぬくもりは、体だけでなく心まであたためるものじゃからな」
 リーヴスラシルが笑んでいた。
 由利菜が笑んでいた。
 インが笑んでいた。
 斗鶏はそれらの笑みを不思議そうに見回し、空いている手でまた、服の上からチョコレートに触れた。

●世界の広さ
 その後も一同は斗鶏を連れ、さまざまなアトラクションを巡る。
「なにっ!? 120センチを1ミリ超えておるはずのわらわをお断りじゃと!? 斗鶏は――ぬぅ、言い訳できんのぅ」
 ジェットコースターに乗り込もうとした輝夜が、手をつないだ斗鶏共々身長制限でお断りされ、落ち込んだ。

「きゃはははは。ひゃっほう、走れ走れー!」
「あたしの超大事な相方、予想以上に子どもだったよ……」
 メリーゴウランドの馬に怖々しがみつく斗鶏の代わりとばかりにはっちゃける百薬を、餅を始め皆で生あたたかく見守った。

「いやぁぁぁぁ! ひゃああああ! おばっ、おばッケ! おばけぇへへぇえええ!! ――なんでもないです! わらひ、げんきです!」
 オバケ屋敷をくぐりぬけてきた鈴音が、出口にまわって皆と待っていた斗鶏に壮絶な笑顔を見せた。
「まったく情けないのぅ。斗鶏に怖くない闇があることを教えてやるのではなかったのか?」
 あきれる輝夜の頭に拳骨を落とす鈴音だったが、その拳はヘロヘロで、まったくダメージを与えることができなかった。

「斗鶏さん、そちらのベンチの下を見てみてください」
「たから、ない」
「ヒントと地図を見るにこのあたりのはずなのだが……」
 宝探しゲームでは、由利菜とリーヴスラシルが斗鶏を先導して遊園地中を走り回った。そして。
「ドゥジィ、おまえが見つけた宝だ」
 リーヴスラシルがフタを開けた宝箱――菓子の詰まった紙箱を斗鶏に差し出す。
「屠宰鶏さんへのお土産が増えましたね」
 由利菜が微笑みかける。
 斗鶏はボール紙の宝箱を抱えたまま、小さくうなずいた。

 斗鶏にかけられるエージェントたちの言葉の数々を聞いてきたナラカが、カゲリにだけ届く細い声音を紡ぎ出した。
「雛の心を塞ぐ闇が、皆の輝きに払われつつある」
「大変だな」
 眉尻を跳ね上げるナラカへ、カゲリはさらに言い募る。
「斗鶏の闇は、生きるために殺す、生きるために喰らう、世界にはそのふたつしかないっていう思い込みだろう。なのに、これだけの優しさと思いを込めて、「それだけじゃない」って教えられ続けてるんだ」
「雛の小さな頭には難しいな」
「闇ってのは頑なな迷いだからな。でも、それを飲み込めたとき、斗鶏は自分が欲しかった答を知る」
「雛を正解へと導くのが私たちの役割なのではないか?」
 万象を俯瞰するというナラカに疑問はない。カゲリの思考の流れを整えるため、疑問という形の相づちを打っているに過ぎないのだ。
 そしてカゲリもまた、それを知りながらなお疑問に答える体を取る。独り言ならぬ会話とは、相手と言葉を行き来させなければ成り立たないことを知っているから。
「与えられた答じゃ意味がない。自分で考えてたどり着いた答だけが正解だ」
「ふむ。斗鶏は皆に語られることで迷いを晴らして正解を得る。斗鶏に語ることで皆は己の迷いを晴らし、また正解を得る。ならば覚者よ、語ってみるもよいのではないか?」
 最初、自分にも迷いがあるとカゲリは言った。次に、自分には迷いがないから語る言葉がないと言った。そして今、カゲリはこう言うのだ。
「語りたくても語れない。俺は生きることの楽しさもうれしさも知らないからな」
 ナラカはなにも言わず、カゲリのとなりに並び立った。
 言葉にしない思いを伝えるように、カゲリの手に自分の手を寄り添わせて。

 青空の端に夕闇が滲み、町にちらほらと白い灯がまたたき始めた。
 観覧車の内、窓へ貼りつくようにしてそれをながめる斗鶏に、鈴音が語りかけた。
「斗鶏さん、どこを見ていたんですか?」
「はしっこ。とおい」
 地平線を指す斗鶏。輝夜はかぶりを振り振り、
「世界の端というものはの、あんな近くにあるものではないのじゃぞ」
 斗鶏は考え込んで、地平線の少し上まで指を上げた。
「とおい、とおい」
「もっとじゃ。もっともっと世界は広い。おぬしの目もわらわの目も、およそ届かぬほどにの」
 途方に暮れる斗鶏。
 マガツヒの闇は、少し走れば手がつくほどの広さでしかなかったのに。走っても走っても果てなど見えないだろう「世界」とやらで、自分はいったいどうすればいい?
「困ったときは、みなさんが言っていたことを思い出してみてください」
 誰かと認め合う。誰かと助け合う。そうすれば屠宰鶏のような存在が増えていって、生き延びられる。
 この不可思議な敵たちは幾度となくそう言っては斗鶏を捕まえて――殺すことなく解放した。
 わかるような気がするたび、わからなくなる。殺し合って喰らい合うのが生き物ではないのか。
 考え込む斗鶏に、鈴音がまた言った。
「明日が来るって、うれしいですよね」
「うれしい」
「今日、楽しかったですか?」
「……たの、しい。かった」
 鈴音は顔を赤くしてうつむいた斗鶏に、クッキーの詰め合わせを手渡した。
「このクッキー、12枚あるんです。明日、1枚食べるごとに今日いっしょに遊んだ私たちのこと思い出してくださいね」
 次いで輝夜が、ずいっとクマのぬいぐるみを押しつけて。
「このクマはわらわの代わりじゃ。殺した敵を憶えておるよりも、クマを見やって生きておるわらわを思い出すほうが容易かろう?」
 観覧車が1周を終えて下に着いた。
 鈴音が開けてくれた扉をくぐり、斗鶏は観覧車から駆け出した。
 帰ろう。誰も殺さず、殺されない世界の中心で眠っている相方のとなりに。
 早く起きてほしい。今日あったことをいっぱい話したい。アマイモノをいっぱい食べてほしい。
 そうしたらいっしょに考えよう。敵じゃないと言い張る大きなものたちが言ったこと、世界の広さ、なによりもこれからのことを。

●また明日
 屠宰鶏の病室。
 眠り続ける屠宰鶏に、リィェンが声をかけた。
「すまない。寄り道をしていたものでな、見舞に来るのが遅くなった」
「斗鶏、屠宰鶏の手を取ってみよ」
 インに促され、斗鶏はおずおずと屠宰鶏の細った手に自分の手を重ねた。
「ジィ、いた」
 遊園地では感じられなかった屠宰鶏の温度が、そこに在った。
「屠宰鶏さん、あたたかいでしょう?」
「トザイジィは生きているからな」
 斗鶏の肩に触れる由利菜とリーヴスラシルの手。屠宰鶏の体も同じようにあたたかい――気がする。
「斗鶏さん。今日あったこと、屠宰鶏さんに教えてあげてください」
「それはいいな」
 ナハトの言葉にうなずいたヴィントが斗鶏を軽々と抱えあげ、ベッドの上に乗せた。
「ジィ。あし、くるま、のった。うま、のった。はこ、のった。たから、みつけた」
 斗鶏はいっしょうけんめい今日あったことを語りながら、宝箱を屠宰鶏の顔の横に置いた。
「これ、もらった」
 鈴音からもらったクッキーの詰め合わせを箱の脇に置く。
「アマイモノ、いっぱい」
 そして服の内から慎重に取り出したチョコレートを2枚、宝箱に乗せて。
「あし、いっしょ、たべる」
 餅と百薬がうなずいた。
「斗鶏ちゃんとチョコ食べる権利、屠宰鶏ちゃんにお譲りするからね」
「今回はチョコ天使って役どころでガマンしといたげるよ」
 それでも。
 屠宰鶏は目覚めない。
「考えておくといいさ。屠宰鶏の目が覚めたらなにを語ってやるのか。ふたりでなにを語り合うのか。……おまえは屠宰鶏と共に生きていくんだろう? なら惜しむな」
 カゲリの言葉に、ナラカが自分の言葉を添えた。
「屠宰鶏を知ることを惜しむな。屠宰鶏に自分を知らせることを惜しむな。そのために言葉を尽くせ。そういうことだ」
「いっぱい、しゃべる」
 うなずくナラカに、斗鶏もまたこくりとうなずき返した。
「屠宰鶏さん、次は斗鶏さんといっしょに遊びましょう」
 屠宰鶏にぺこりと頭を下げる鈴音の横で、輝夜が胸を反らして言い放つ。
「また明日の!」
「あした?」
「うむ! 明日起きんじゃったら、明日もまた「また明日!」じゃ。起きぬうちは何度でも言うてやれ。そしたらそのうち明日になるじゃろ」
 斗鶏は屠宰鶏の顔を見て、その体をぎゅっと抱きしめ、
「またあした」

●明日の予感
 深夜。
 屠宰鶏にしがみついたまま眠りに落ちた斗鶏。
 その小さな手を今、肉の落ちた細い指が包んでいた。
 もちろん、斗鶏がそうしたのではない。
 ――真相を見ていたのは、斗鶏と屠宰鶏の間に挟まれた、クマのぬいぐるみだけなのだった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 遊興の一時
    御門 鈴音aa0175
    人間|15才|女性|生命
  • 守護の決意
    輝夜aa0175hero001
    英雄|9才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
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