本部

最後にあなた達と、

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/04/30 15:52

掲示板

オープニング


 依頼の伝達、物品支給の手配、時に自ら任務に参加して隊員達の有利になるよう事を運ぶようシナリオを構築していく。それがオペレーターの仕事であった。人命を助ける土台を造るのは彼らだ。
「坂山エージェント、少しよろしいですか」
 オペレーターは坂山純子と彼女の英雄ノボルの二人だけを勤務室に呼び出していた。
「何か用事かしら」
「ええ。私は明日、予定ができまして海外の方まで行かなければならなくなりました。その間、坂山エージェントにオペレーターの職務を任せると判断しまして」
「私に?」
「はい。資格はお持ちですよね」
「持ってるけれど……。初めてよ。やり方も詳しく教わっていないから、少し不安よ。代わりは見つからなかったの?」
「代わりなら他にも存在しますが、私はあえてあなたを指名しました。元々あなたは教職員でした。人に物を教える力、それから人と人とを繋げる力はオペレーターという職務に活かせるのです」
 坂山は近頃、任務や私的な事情で失敗する出来事が多かった。オペレーターの言葉は彼女の心に嬉しく響いた。
「分かったわ。いつものあなたの真似事をすればいい話なのよね」
「はい。期限は、本当に申し訳ないのですが現段階では決定できません。決まればその日に連絡しますので、お待ちしていてください」
「その間は任せて。頑張るわ」
 頷いた坂山はオペレーターに手を差し出した。交代の証だ。二人は握手をし、用が済んだ坂山は部屋を出た。


 その日はシェイニの誕生日であった。彼女は父母に連れられて都市部で最近できたばかりのアミューズメントパークに訪れていた。
「こんな素敵な場所、いつの間にできていたの?」
 二年振りに家を訪れていた母の葉山(はやま) レイコは大きな施設を前に高揚していた。
「君がいない間にね。ここ以外にも素敵な場所はたくさんあるんだ。仕事に戻ってしまう前に、他にも新しい所に連れていってあげるよ」
「ありがとう」
 入場が待ちきれないシェイニは二人の袖を引っ張った。
「早く入ろうよ! 待ちきれないよ」
「分かった分かった。じゃあ行こうかレイコ。君が帰ってきたお祝いも兼ねて」
 レイコは周囲を見渡して、新鮮な世界を悉く眼中に入れていた。受付付近にデジタル掲示板があり、今日の夜には手品師、奇術師が集まってショーをやるという事だ。
「そういえばルイスは来た事あるの?」
 ルイスとはシェイニの父の名前だ。
「一回だけ来た事があるな。半年くらい前だったかな」
「へえ。どんな所?」
「いやもうすごいんだよ。島、をテーマにしていてね。動物園と水族館に挟まれて遊園地があったり、実際に海があってボートでドライブしてみたり、魚釣りやバーベキュー、サバイバルもあるよ。ビーチの方にいけばケバブとか屋台もあるんだ。それと森があって、偽物の銃を持って専用の服に着替えて特殊部隊気分で森の中を散歩するんだ! この前は映画とコラボしていて、怪物が突然襲ってきたんだよ。あ、ほらまだやってるみたいだ。受付の人が銃を配布しているだ――」
 パークの中にある飲食店は無人島を意識した所もある。テーマパークなのに無人島というのは矛盾に思える。とにかく新しさが売りの施設で、頻繁に行われるショー等の影響で実に繁盛している。
「映画館もあるよ。小さいけど」
「分かった分かった。とりあえず、とっても楽しい所なのね」
「そう! 冒険しているみたいで素晴らしい……!」
 この日は誰もが幸せを満喫できる、特別な日になる義務が決定されていた。ところが、その義務に歯向かう歯車の登場が全てを狂わせたのだ。


 突如として入ってきた依頼。坂山は悪運の強さに嘆いた。
「嘘でしょ、これ……」
 最初の任務は大体、子犬の迷子探しとか低級従魔のお遊びだと決まっている。なのに、こんな任務が最初だなんて坂山は耳と目、鼻、全ての五感を疑った。
 ぼうっと不幸に嘆く暇はなく、彼女は急いでエージェントを招集した。
「任務よ。イギリス、S町の都市部にあるN・Sアイランドパークに二体の愚神、従魔が出現したわ。急いで対処に向かって!」
 坂山の横に控えていたノボルが、彼女の言葉にこう付け足した。
「この遊園地……なのか、分からないけど……ここはできたのが新しくて、施設内の情報が不足しているんだ。だから僕たちが現地の職員に色々質問をしながら、皆さんエージェントとの仲介人になって状況とかを伝えようと思う」
「ありがとうノボル。今分かっている事は、そのテーマパークの南側はほぼ従魔に占領されているという事と、来客者は全員北に避難していて、逃げ遅れている人々もいるという事。犠牲者の数を、一人でも多く救って……。任せたわ。情報が入り次第、すぐに連絡するから!」
 強気な姿勢を見せる坂山の口調こそ立派だったが、内側には漠然とした不安と焦燥感が同居していた。
 エージェントが現地に向かった後、坂山は自身の手の平を見つめ、拳を作って胸に当てた。どうか神様……、エージェント様……!

解説

●目的
 新人オペレーター坂山と協力し、従魔と愚神を撃破せよ。

●奇術師と手品師、二人の悪魔

・イェール
 一人目の愚神。トランプを使った攻撃を多用。カードを武器、従魔に変異させる予測のつかない攻撃方法を取る。近距離には弱いが、変異したカードを自在に操る事で防御を固める。また、彼のジョーカー札攻撃を食らうと絵札の中に閉じ込められてしまい、数ターンの間行動不能に陥る。
「あなたがジョーカーになるんです。そうする事でより、面白味が出る。私が好きなゲームはババ抜きでね」

・ボリン
 二人目の愚神。幻術技を得意とする。最初は剣撃でのバトルで、彼の斬撃を食らえば先端に付着する特殊なライヴスが幻覚を生み出す。
 幻覚を食らった状態では様々なバッドステータスが与えられる。ボリンは俊敏性に優れ、回避命中共に優秀。
「フー……。クク」

 どちらもデクリオ級で、二人はマジックショーを行うと職員を上手に騙して園内に侵入した。
 人間との意思疎通が可能で、特にイェールは感情の上下が激しく、自分の手品に文句を言われると怒る。

●N・Sアイランドパーク
 東に動物園、西に水族館があり、施設の中央には遊園地。どれも島がテーマとなっており、船や海賊、見た事のない作り物モンスター等が見受けられる。南には受付門と迷子待機広場、北にはビーチが広がる。
 愚神のいる場所は迷子待機広場のステージで、縦横十メートルという広い舞台となっている。他にも遊園地の中にある噴水広場やメリーゴーランド、等広い空間が存在する。

●現在の状況
 坂山から任務通達が来た時点では南が占領されていて、中央含むその他の施設はまだ従魔は辿りついていないが、エージェントが到着した時点では辿りついている可能性がある。

●坂山とノボル
 エージェントに逐一情報を提供する。新入りオペレーター。焦りから誤った情報を提供する場合がある。

●???
 園内にはエージェント達の見知った顔がいる。

リプレイ


 落ち着いて……。坂山はエージェントを見送ってからココアを飲んだ。彼女はコーヒーが苦手で、昔からその代わりにココアが好きだったのだ。好きな飲み物の香りと味に励まされなければ落ち着かなかった。
「母さんなら大丈夫だ。僕はできるって思ってるから」
 一人前にノボルは坂山の事を母という。本当は血は繋がっていないが、子育て同然に坂山はノボルを育てているから、自然と呼び方がそうなったのだ。
「頑張るわ、頑張る……。だけれど、もし……」
「もし、なんて事はないよ」
 本番が近づくにつれて、隣人とココアの励ましも徐々に効果が薄れていった。手の平に人という文字を書いても、飲み込む事ができず坂山は眼を抑えた。疲れてもいないのに。
 ただひたすらにエージェント達の成功を祈り、ただひたすらに「大丈夫だ」と自己暗示をかけるしかない。
 ――お願い、救って。
 何千人という命がかかっているのだ……。


 イギリスにあるH.O.P.E、ロンドン支部に設置されたテレポート装置から大型のトラックで移動中、エージェントには園内のパンフレット、そのコピーが配布された。
 基本的には五つのエリアがある。南の入場門、レストラン、その他土産店エリア。東に動物園、西に水族館のエリア。中央には遊園地エリア。
 大雑把に書かれた園内図を見ながら、九十九 サヤ(aa0057)と一花 美鶴(aa0057hero001)は作戦の再確認をしていた。
「えっと、門の所から入って、わたし達は逃げ遅れた人達を助けて、人を見つけたら避難させてあげて、困ったら荒木さんかエリメイアさんに相談して……」
「うんうん、大丈夫だよサーヤ。頑張りましょうね」
 二人以外のエージェント達も地図と作戦内容を照らし合わせていた。
「もしもし坂山様、サーヤが緊張で固くなっているので何か一声かけていただけませんか」
 隣で必死になって、三度目の作戦内容の確認をしている九十九に言葉を聞かれないよう一花が小声で坂山に声をかけた。坂山はすぐに、九十九に通信を投げかけた。
『坂山よ。今日はお互いよろしくね』
 突然無線機から声が聞こえあわてる九十九だったが、一花が落ち着かせた。
「は、はい。よろしくお願いします」
『えっと、実はね。私は今日、初めてのオペレーターなの。だから結構緊張してて。あなたも、単独行動は初めて……なのかしら』
「緊張します……」
『私も初めてなの。だから、お互い頑張りましょ。失敗するかもしれないけど……あなたには私がついてるし、私にはあなたがついてる。一緒に成長していけば、絶対に乗り越えられるわ」
 オペレーターの坂山もまた、初めての仕事なのだ。お互い一緒。九十九の緊張の壁は、マシュマロまでとはいわないが、ほぐれた。
「ありがとう、ございます……」
 さてさて。坂山は全員に無線機をつなげて、丁寧に一言ずつ任務の情報を伝えていった。
『避難した従業員からの報告では、出入り口付近の迷子待機場所エリアで開催してるマジックショー……っていうステージに愚神がいるそうよ』
「子供達も楽しみにしてたんだろうにな」
 子供達だけでなく、現実世界に疲れた大人達もまた今日という日を楽しみにしていたのだろう。その全てを台無しにした愚神に狒村 緋十郎(aa3678)は憤りを感じていた。
「本当だよ。そんな奴がいたら、あたしならぼこぼこにしちゃうな」
「あら、ぼこぼこだなんて可愛い方よ。もーっと酷い罰を与えてやるのよ。思いつく限りのね」
 物騒な言葉だが優雅さを醸しだす微笑みを見せたレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は、既にパンフレットを膝の上に置いていた。
「子供達がいなくなってからね?」
「さあね~」
 餅 望月(aa0843)は若干少し前の発言を後悔した。
「ちょっと怖いなぁ……。あ、そうそう。坂山先生、よろしくね」
「先生、よろしくお願いしますっ」
『ええよろしく。顔見知りの人がいてくれると心強いわ』
 望月と百薬(aa0843hero001)は以前、とある依頼で坂山と協力した仲であった。坂山の住んでいる町の伝統的なお祭りが事情によって開催できなくなりかけていたところ、エージェント達の力によって無事開く事ができたのだった。その時の恩を坂山はまだ忘れていない。
 その中のエージェントは二人以外に、荒木 拓海(aa1049)も同じだった。
「御秋祭ぶりです。今回も皆で協力し合って乗り切れますよ」
『ありがとう。貴方が言うとなんでか安心感があるわ。――そろそろ目的地に着くから、各自準備を』
 そろそろ、と言ってから五分で目的地に到着した。
「かなり広い施設のようね」
 降りてすぐマイヤ サーア(aa1445hero001)が言った。彼女の言う通り、左から端までを見渡そうとしても、人体の体には限界があった。左を向いても、端っこが中々見えてこないのだ。右も同じように。
 このテーマパークは完全なる孤島を再現したいのか、外側から中はよく見えなかった。だが、天井は無いため園内の騒々しさはよく響く。その響きの中に人間の声はなく、別の生命体の声が空へ向かっているようだった。
「急がないと……せっかく楽しみにしてた人達が失われてしまう」
「こんな大っきいと確かに情報さ整理難しいわ。坂山はん、なんか一気に避難できる場所とかあらへんか?」
「本当に遠回りだと意味がないんで、その辺上手い事抜け道を教えて貰えると有り難いぜ」
『ちょっと待ってね』
 弥刀 一二三(aa1048)と赤城 龍哉(aa0090)の尋ねに、坂山は急いでルートを探した。
『あ、これ……。東南の方角、園内入ってすぐ右に行けば従業員専用の建物があるの。そこから――ん……? えっとちょっと待って』
『それは元従業員専用の場所だね、これ古いデータみたい』
 坂山の隣で、ノボルは冷静に言った。
『ごめんなさい、ちょっと待って。従業員の人がくれたデータだったから』
 慌てて新しい情報を探す坂山に、赤城は緊張をほぐすように声音を抑えて言った。
「坂本さん。まぁ慌てず行こうぜ。勝手が判らないのはこっちも同じだしな」
「急がば回れ、もまた真なりですわ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉にもまた支えられ、絡み合う糸が活動を停止してほぐれる。坂山は調子を戻した。
『そ、そうね……。えっと、抜け道よね。見つかったらすぐに連絡するわ。それまで、従魔とか愚神とかの撃破と、住民救助、お願い』
 ため息交じりの苦笑をしながらエリメイア(aa1691)は切れた無線機に呟きかけた。
「あわてん坊なオペレーターね。それじゃあ皆行こうか」
 彼女が先頭に立ち、エージェント達は門から中へと足を踏み入れた。来園者の悲劇的な一日は消えないが、せめて希望を届けるために。


 入り口付近の待合室の机の上に放置されたアイスパフェを見つけ、キリル ブラックモア(aa1048hero001)は、本当の意味で目を奪われていたが、弥刀に肩を押されて行進を余儀なくされた。
「それどころちゃうやろ。終わってからな? 自分の事思い出すんやろ」
「無論だ。……終わってからというのは、約束だぞ」
「分かっとります。ほな、行きましょ行きましょ」
 従魔は門付近にはおらず、受付場から少し進んだ先で好き勝手遊んでいた。噴水の上に立って遊んだり、ベンチを粉々にして……とにかく、程度の低い悪戯を好んでやっていたのだ。
 鷹の眼を使って周囲を見渡していた迫間 央(aa1445)はその結果を言った。
「ここのエリアには誰もいない。だが、ここから先にあるステージに子供達が従魔に囲まれていて、その舞台の上に愚神が二体いる」
「人質か?!」
「というよりはただ脅かして遊んでいるだけのようにも見えるな。にしても予想外だ。
 子供達は酷く怯えていた。泣き喚き、大人がついていてもその大人も自信を失って地面に座り込んでいる。
「ウチらはひとまず奥まで向こうて、従業員はんらに最短避難ルート聞いてくるわ」
「わたし達も、逃げ遅れた人達を探してきますね……!」
「おう、そっちは任せたぜ。なら、俺達は愚神相手に集中してやらぁ!」
 従魔が蔓延るテーマパーク内を一望しながら、防人 正護(aa2336)は言った。
「そういや言ってたな……楽して助かる命がないのは……どこも同じなんだってな」
 精神を集中させるように目を閉じると、右手で花札を取り出して掲げ、機敏な動きでバックルに差し込む。
「……変身っ!!」
 中央を走って、前を横切る従魔は銃を正確に当てて退き、愚神の元へと急いだ。

「ほら、私の顔をちゃんと見て。――ね? 大丈夫だから」
 一人の母親が一人だけの息子の顔を強引にも上に向け、互いに安堵を競い合っている。ステージを見に来ていた他の、大柄の男が「落ち着け」と声を張り上げたが、従魔に囲まれ、絶大な力を持つ愚神を前にして無力である民に落ち着くのは困難な話であった。
「大丈夫だから――」
 そんな言葉がちらほらと聞こえる。言う人は誰しも、自分に言い聞かせるつもりで言っていた。
 愚神は相変わらずせせら笑って怯える人々を見ている。だから民衆は怖い……。ただ相手を傷つける事だけが悦楽を呼ぶ、その性格を持つ愚神が恐ろしい。
「今日は楽しい日にする予定だったのに、なんで……」
「くそ、何もできねぇのかよ……ッ」
「ほら、パパを見てごらん。怖いものなんてなにもない。何もないんだッ」
 すると愚神の、トップハットを被って両手にカードを持っていた男が乗客の一人に手招きをした。その男は醜く口を三日月型に歪めていた。
「おいで」
「やだ! やだよ! 誰か、ねえ助けて!」
 子供の乗客だった。親は二人して庇い、愚神の睨みつけた。
「あんたなんかに渡さない!」
「無力な人間にしては、――うむ。良い度胸だね。その心意気は素晴らしいが」
 カードから最も長いレイピアを二つ取り出し、それぞれの額に切っ先を向けた。そのレイピアは観客席の中心部にまで届いていた。
「殺すなら殺せばいいわ」
「つくづく、感心するよ」
 観客の鼓膜が悲鳴を上げる程の、激しい鳴き声だった。レイピアは二人の大人の額ではなく、肩の中を通っていた。
「これは私からの最大の慈悲でね。次は脳天だ。それとも心臓? 子供のいる前で無様に、どっちを貫いてほしい?」
 あまりの痛みに、子供の前に悶絶する二人。子供は完全に怯えきって、そして二人を中心として観客は全員怯えきって……ほとんどの子供が涙すら失っていた。
「ママ……パパ、だい……だいじょう……ぶ?」
「大丈夫だ……。安心しなさい、マイケルの事はちゃんと、俺達が守るから」
 切っ先は心臓と額を行き来していた。
「今ならまだ許そう。ステージに上がって四つん這いとなり、地面に顔をつけ、キスをしなさい。ハハハ、簡単だろう。そうしたら別の客を手招きするとしよう」
 自分の子供と自分達の命は助かるが、他の人の命を差し出す卑劣な条件だった。
「イェール……」
 もう一人の愚神はトップハットの愚神に近づいた。
「なんだね。今は良い所なんだ。邪魔をしないでいただきたい」
「そうじゃない」
「大体いつも君は待つのが苦手なんだ。私の性癖はコレだ。まったく――」
 気付けば、帽子だけが宙に浮いていた。帽子を被っていた愚神はどこかに消え、もしかするとステージの背後にある赤いカーテンの向こう側から顔を出すのかと、誰かが思った。しかしその誰かの予想に反して、愚神は頬に片手を当てながら、ステージの横から這いあがるように、姿を現した。帽子は地面に落ちた。
「子供の夢の世界で子供の夢を壊させるなんて……ふざけるのは攻撃だけにしろよ!」
 白銀と紫の鎧。悪を嫌う正義の眼光。その男、サキモリはレイピアを持つ愚神の頬に、上空から蹴り飛ばした。
「邪魔者が……。なるほど、仕方ないねぇ。おっと、従魔共は静かに! 私が指示をするまで動かない事だ
 サキモリは観客の全員に、ヒーローショーさながらガッツポーズをしてこう言った。
「皆無事か? ……よし、よく頑張った。えらいぞ」
「ボリン! そいつの背後に回れ」
「フン」
 ボリンと呼ばれた、フードを身にまとって死神のような服装をした……表情を表に出さない愚神はサキモリの背後に立ち、イェールは正面に立った。
「いいだろう」
 静けさが取り巻く緊張めいた一秒だった。イェールとボリンがいつ動くか分からない。二人は互いに武器を構えている。合図はない。全てがアドリヴだ。
 ボリンが足音を鳴らし、火蓋は切られた。二人の愚神は、サキモリに一気に間合いを詰めた。


 あっちにいってもこっちにいっても従魔だ。まるでゾンビ映画のモブ役になった気分で、二人の男女は走っていた。男は女の手を離さず握る。
「ねえ、私達どうなるの?」
 二人は動物園内の中央にある小動物触れ合い広場の従業員室に鍵をかけて閉じこもっていた。武器という武器は道中に拾った瓦礫だけだ。
 狭い従業員室は他にも小動物が避難されており、若干匂う。狭い空間の、更に狭いロッカーの中で互いに汗を流す。
「俺が……俺に任せてくれればいいんだ」
「頼りにするからね」
 二十代半ばのその女性は、今日は最高のデート日和になるはずだった。ナチュラルな化粧もいつもの二倍も時間をかけ、衣装だって昨日買ったばかりの新品。
 命の危機が迫れば、匂いなんて気にしてる場合ではなかった。彼女は彼氏の胸に頭を乗せた。
 心臓が鳴った。従業員室のドアが開いたのだ。恐ろしい事にゆっくりと、音を立てて開いた。この無人島のテーマパークは従業員室まで凝っている。完全な木製で出来たドアが恐ろしい音を立てて開くのだ。
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……」
 小声で男が、彼女の耳に囁いた。
「あの……どなたか、いらっしゃいますか?」
 救助だ! 男はロッカーから飛び出した。
 九十九は執拗に手を握る男に困惑していたが、男は何度も「ありがとう」というので、表情が綻んだ。
「よかった……。お怪我はありますか?」
「怪我は……えっと」
 男の背中に大振りな傷ができていた。服が斜めに裂かれて、少し血が滲んでいる。一花は男の背中に手を当てて、十秒程で治療を終えた。
「これで大丈夫です。その傷、どうされたんですか?」
「えっと」
 彼ははにかんで言葉を続けなかった。
「私を守ってくれたのよ。本当ならすごい痛いでしょうに……」
「痛かったけど、死ぬよりはマシかなって思ったんだ。それより本当にありがとう。僕たちはどうすればいい?」
「北に避難者が集まっているので、そこに向かいます。えっと、そのう、他に逃げ遅れた人達とか、辺りで見ませんでしたか?」
「奥のほうに家族連れの、多分お父さんとその息子さんの二人が避難してた。
 窓の外から三体の従魔が従業員室の奥側に向かっているのが見え、人の叫び声のような物が聞こえた。
「急がなきゃ……! お二人様はわたくし達についてきてください。まだ従魔が残っているので」
「分かった」
 七分経った後、残り二人を救助した一花と九十九は全員に東側ブロック救助完了の通知をよこした。
「こちらのブロックの調査を終えました」
『オッケー。安全なルートは見つかった?』
『いえ、動物園側は見当たりませんでした……』
 未だ坂山から最短避難ルートに関する情報は得られず、右往左往している所であったが、そこへ弥刀が言った。
『最短ルート、見つかりましたわ』
『え? どうやって見つけたの?』
『いやあ北の避難場にH.O.P.Eオペレーターどすって人がおるんよ。そのお方、ほんまテキパキしっかりしてて、そういうルートを既に聞き出した言うて。んで、ウチらが来るの待ってたらしいで』
『僥倖ね。それで、そのルートって?』
『どうやら外回りらしいで』
 無人島の中をトラックが駆けまわるという事は、どうやら避けたいらしい。壁の外側に最短移動ルードが存在しており、動物園と水族園の箇所に出入り口が二つ、北の森林ルートに出入り口が左右一つずつ存在している。
『じゃあ、北の避難場所から一気に移動できるっていう事ね?』
『そう。やけど、車は門の方にあってこっちにはない言うて、だからウチらの到着を待っていた――』
 弥刀は葉山に向かって誤認がないかアイコンタクトを取った。葉山は顔を縦に振った。
『分かったわ。じゃあ、車をそっちに持っていけばいいって事ね』
 話が終えられた際限に坂山から連絡が入った。
『最北の所にトラックがあって、そこから地下に続く道ができていて、そこから避難できるみたいよ! 地下なんてないって思ってたけれど、なんとかなるものねっ』
 意気揚々に報告している坂山。オペレーターの仕事をしっかりとできていると自信がある口調だったが、エリメイアは足を止めて聞き返した。
「その情報源は?」
『西の水族館に避難している職員からよ』
 

 水族館の方に逃げた観客は多かった。大きな室内に隠れられるという事が安心感を得られるからだ。水族館の救助者を探していた荒木は、既に十人も救出していた。メリッサはその十人をひとまず安全な場所へ連れていっている所だ。北にいくまでの道のりには従魔は多く、連れてはいけない。水族館の出入り口の受付部屋が、狭いが一番安全であった。
「助けにきたお兄ちゃん達はみんな強い正義の味方なんだよ。だから安心して、もう助かるから」
 子供達、または大人に対しても荒木は宥めていた。その背後から、従魔が攻め寄る。
 大きな鮫やエイ、その他多種類の魚たちが仲良く泳ぐ水槽が眺められる部屋で、水の影に従魔の姿が揺れる。
「お兄ちゃん、後ろ……」
 父親に抱えられた少女が、怯える声で荒木に教えた。荒木はニコやかに頷くと、厳しい視線を従魔に向けて剣を構えた。その従魔は重い鎧を身に着けている従魔だった。その従魔の奥からまた別の従魔がやってきて、醜いカエルが大きくなった姿をしている。
「はッ!」
 荒木は両手に剣を持ち、腕を広げて突進した。鎧の従魔は剣で衝撃を受け止め、カエルは大きな舌で防御した。構わず荒木は走り続け、二体の従魔を奥まで押した。魚について詳しく説明している掲示板が揺れる。
 壁まで追いやり剣を離した荒木。次に甲冑の従魔が両手で剣を掴み、上下に振り下ろした。間髪入れず蛙の従魔も泡を飛ばし、カウンターの隙を削った。荒木は二つの攻撃を真横に避け、瞬時に背後に回り込む。甲冑の胴体に剣を突き刺そうと伸ばしたが、寸前の所で留まった。
 目の前には子供もいるのだ。
 荒木は従魔の腕部を掴み、地面に押し倒した。従魔の上に乗っかり移動を阻止。その間、蛙は荒木の方に体を向け、泡を放った。荒木はすぐにサブマシンガンで泡を空気に変え、そのまま蛙に弾丸を浴びせた。
 動かなくなったその従魔を見届けた後は、甲冑の従魔から立ち上がり銃でトドメをさした。
 二体とも静かになった荒木は避難している子供と大人に呼びかけた。
「もう大丈夫だ! 救助のお姉ちゃんが来るまで、ここで一緒に待とう」
 従魔を倒し終え、メリッサの到着を待つ間に弥刀から通信があったのだ。
『最短ルート、見つかりましたわ』
 エリメイアが彼の言葉に応答し、話しが続いて……終わって、そして次に坂山から通信が来たが。
『西の水族館に避難している職員からよ』
 荒木はすかさず応答した。
「水族館に職員はいませんでした。聞き間違えたのではないでしょうか」
『確かに水族館って……。どういう事? 彼は今水族館に立てこもってるって言ってたわ。じゃあ彼が嘘をついたっていうことなの? でもなんのために……』
『坂山。いい? やる気はあるのはわかるけど、オペレーターやるの初めてなんでしょ? なら、あれもこれもやろうとしないで、従魔や愚神、エージェントの位置確認と、動かなくなったエージェントがいたら無事かどうかの確認をすること。あとは質問が来たときに、落ち着いて、一呼吸おいてから、ゆっくりと解答することを心掛けなさい』
『え、ええ……』
 様々な人生の経験を積んだところで、オペレーターの仕事は想像以上に遥かに難しい。全てがその場の出来事で、予行練習はない。失敗が重なり坂山は早くも精神をすり減らしていた。
「職員の人が嘘をついた……という所は疑問ですね。名前は聞きましたか?」
『ニールっていう名前って言ってたけど、それも信じられるかどうか』
『後でその人物について探してみるわよ。さっきも古い地図のデータを職員からもらったって言ってたけど、その時もニールっていう人からだったの?』
『そうよ』
『なら、ニール君にしっかりと聞いてみるわ。情報ありがとう、助かったわよ』
 メリッサが姿を見せるや否やウィンクをしてみせた。
「子供から飴もらっちゃった」
「よかったな。その調子だと、従業員室の人らも上手くやってるみたいか」
「ええ。一人の子が飴をたくさん持っててみんなに配ってたの。わたしももらっちゃって、二個もらったから拓海にもあげるね」
 典型的な、よくお菓子が好きな子供達がもっていそうな、緑色の紙包みの飴だった。裏には英語で「あなたに幸せを」と書かれている。
「水族館エリアはここが最後?」
「そうだな。ここで終わりみたいだ。次にいくための扉もないし」
 それにしても、と荒木は目の前の大きな水槽を見ながら言った。
「楽しそうなパークだね。個人的に遊びに来たかったよ」
「そう言う事は解決してから話しましょ。さて、動物園の方も終わってるみたいだから、この子達を愚神を退治してる班と合流しましょう」
「もう終わってるかもしれないけどな」
 水槽の中の鮫と目があって、荒木は手を振った。鮫の尻尾が揺れた。


 サキモリの剣とボリンの剣が火花を散らし、イェールはカードを掲げた。ところが、そのカードは地面にヒラヒラと落ちていった。
「邪魔がきたようだね」
 進行を妨害していた従魔達に手を焼きながらも、増援は確かにサキモリの所までやってきた。
「坂山先生の言う通りだったね」
「ふふ、やっと見つけたわ。情報通りのその姿……あんたがイェールね」
 リンカー達がステージに登る。鍔迫り合いをしていたサキモリとボリンは剣を弾き合って対峙した。
「坂山、案内ご苦労様。上出来だわ。後はわたしたちに任せておきなさい。数分後には朗報を聞かせてあげるわ」
『絶対生き残るのよ。待ってるから』
「こんな口八丁なだけの奴らに負けねぇぜ。ま、心配ご無用ッ、子供達の楽しみを奪った罪、しっかりと償ってもらうからな」
 帽子の下で、イェールの声が笑っていた。眼はリンカー達を睨んでいた。
「まるで我々が負けるかのような言い草……肝が据わってて良い。実は私はマジックショーともう一つ、拷問ショーというのも計画してましてねぇ。どうやらそのショーの来賓はあなた達が相応しいらしい」
「奇遇ね。わたしもショーを計画してたのよ。殺戮ショー……良い響きよね」
 レミアの挑発にイェールがまた言葉を返している間に、橘は戦いの準備を終えていた。
「その薬、使いすぎると体にガタが来ると聞いたぞ! そろそろ止めておかぬか?」
 口をうるさくして飯綱比売命(aa1855hero001)は言った。その言葉の先には橘 由香里(aa1855)がいた。
「私の能力は中途半端だから、底上げしないと使い物にならないでしょ。この前の失態も挽回しないと……」
 敵の襲撃に失敗して、致命的な傷を負っていた。橘はその傷はまだ癒えていない。心の奥底に出来た深い瘡蓋は取りづらいのだ。
 飯綱比売命は何か言いたげに橘を見ていた。その眼差しに気づいた橘は、ただ一つだけ言った。
「私はエージェントなのよ……行くわよ」
「お主は本当に……。まあよい。ひとまず任務じゃ」
 いい加減身体の疼きが抑えも効かなくなり、レミアはヴァルキュリアを取り出した。赤城も剣を抜き準備を終える。
「行くぜッ!」
 牽制に、赤城とレミアの二人が走った。一秒とかからずイェールの間合に入り、カードを使う暇すら与えなかった。二人は互いに剣を振った。
 ところが、床に落ちていたカードから突然槍が飛び出し、二人の剣を防いだ。
 試合展開を止めどなくするように、ボリンは剣で赤城の体に狙いを定めた。居合い切りのように構え、風を味方につけて動く。
「お前の相手は俺だ」
 迫間と彼の刀が剣撃を防いだ。逆手持ちにした刀に力を入れ、ボリンの方向に刀を動かす。力は迫間が勝り、ボリンは観念して身を引いた。
 勝負を投げた訳ではなく、彼は武器をしっかり構えて、迫間と前に立つ橘とサキモリを把握している。
「往くッ!」
 光速を再現した動きであった。気づいたら目の前にいる。瞬きをしたら、それが最後だ。橘は突如として目の前に現れた剣を盾で受け止める事が精一杯であった。
「プレゼントだボリン!」
 攻撃はそれで終わらなかった。イェールはカードを投げ、そのカードを大きなハンマーへと変化させボリンに手渡したのだ。受け取ったボリンはハンマーで盾に打ち付ける。その衝撃は橘の腕を振るわせた。
 なんとか体勢を崩す事はなかったものの、何度も食らえば腕は麻痺するだろう。
「でも……耐えるくらいなら……ッ!」
 再びハンマーが持ち上げられたが、サキモリの銃撃が鈍い連撃を防いだ。即座に迫間が隙を埋めにいくが、ボリンは定位置に戻っていた。
「ボリンはあまり魅せようとしないなあ。私の戦い方を見ているといい。戦う、とは魅せると同義だという事を教えてあげよう。
 二十枚のカードを上空に投げ飛ばしたイェールはその全てを剣に変え、切っ先をリンカーに向けて一斉に放った。一方通行の動きをしようとはせず、剣は様々な角度からリンカーを襲う。
 回避しようにも、剣は軌道を変えて襲いかかる。弾こうにも、剣はけなげに主の命令に従う。
「いっつつ……皆大丈夫?」
 望月も様々な場所を斬られていた。彼女はすぐに回復能力を使い、自分だけでなく全員の傷を癒す。
「サンキューな」
「なかなかな真似をしてくれるなお前達。だがその程度じゃ、わたし達を倒す事はできないわよ」
「これはまだ前座でね。最後はもっと素晴らしい物を見せてやろう」
「その前に勝つ。ショーも終わりが近い」
 サキモリと、その後ろから迫間が同時に動き、二人はボリンに狙いをつけた。
 迫間は分身を作りだし、ボリンの眼を欺く。その中心にサキモリがあり、間合に入るまで分身は同行する。ボリンは冷静に判断し、後方に退いた。
「どうだ? 俺の手品も悪くないだろ」
「フン……」
 次なる一手を差し出す前に、ボリンは奇妙な動きをした。まるで何かを投げるような動作で、迫間は身を構えた。しかしボリンは何も行動を起こさなかった。奇妙な一瞬だった。
「来ないならば、こっちから行くまでだ!」
 サキモリはボリン一点に照準を当て、魔砲銃を握った。


 もしかしたら……。――いや、でも。――本当に……。
 北の待機場所はほとんど静かで、海の音が人々の心を和ませているからだった。そこにはモンスターの姿をしている従業員がいて、従魔ではない! と、駆けつけた弥刀に第一声で教えた。
 モンスターはほとんど北の待機場所に避難しているのだった。葉山と、その家族もそこにいた。
 ありがとうございます、と葉山は弥刀に二度頭を下げた。
「信じてくれてはったんでしょ。そんなら、ウチらがくるのは当然どすわ」
「奇跡というのを目の当たりにしたようです。ところで、愚神や、従魔等の状況は今はどうなっているのでしょうか」
「動物園、水族館どっちも大丈夫言うてて安心安心。エリメイアはんがこっちにきたらウチらも愚神討伐に参戦するさかい、もう、大丈夫どす」
 葉山は心の底から安堵の吐息を漏らして、疲れが一気に出たのか砂浜の地面に足をつけた。
「葉山はんも休んどいた方がええ思うわ。――って、大丈夫どすか?!」
 もしかしたら……。
 突然、彼女は激しく咽て苦しんだ。弥刀は背中をさすってやる。
「大丈夫、大丈夫です。少し疲れていたみたいで」
「ならええんやけど……。そういえば、どうして葉山はんはここにおったんどすか?」
「娘の、この子の誕生日を祝ってあげたかったんです。最近は滅多に家にも帰ってなくて、それで」
 今日の日はシェイニの誕生日会であったのだ。それと、母の葉山が久々に家族で団欒を楽しむ日でもあったのだ。
 憤りの前に、弥刀は葉山の不憫さが伝わってきた。
「災難……だと思うとりますわ」
 気遣う言葉で、葉山は多少の笑顔を浮かべていた。その顔が、弥刀の向こう側を見ていて、気づいた弥刀は彼女の目線の先を見た。エリメイアとエオリー(aa1691hero001)が急ぎ足で向かってきていた。
「車は見つかったけど、バスとか大きな物じゃなかったわ。せいぜい五人乗りの、今流行りのエコカーって奴。だから北の、この子たちを避難させるよりも、動物園や水族館の方で逃げ遅れた人々をこっちに連れてくるのが正解ね」
「要しはるに、最初の作戦通りって事やね?」
「そういう事よ」
 逃げ遅れた人々を北側の待機場所へ連れていく。
「ならエリメイアはんに避難を任せて、ウチは央と拓海の所へ行くさかい、この子らの事任せても?」
「構わないわ。エオリー、任せるわね。そういうの得意でしょ」
「とても。私に任せてちょうだい。あなたと、そしてキリルさん――」
 エオリーは人から離れた場所で従魔の存在を警戒しているキリルに目を向けて、弥刀に戻した。
「愚神班の人達に合流して、助けにいってあげて」
 任せたで! と弥刀はキリルと愚神の方へと向かっていた。その姿を見届けた葉山は、再び安堵の――咽て、胸を抑えた。
「大丈夫?」
「大丈夫です……」
 そんなはずは……。


「一二三、要救助者だ! 対応できるか?」
 愚神の対応をしている間でも迫間は付近に目を回す事を忘れない。マイヤが迫間に救助者の発見を教え、迫間が弥刀に伝言する。
「了解! 任しとけ!」
 威勢の良い返事だ。その仕事振りもまた威勢がよく、弥刀は言われた通りに救助者を発見し、即座に北の避難場所へ連行した。その後、愚神と戦うリンカーに合流し、子供と大人を囲む従魔軍団を一掃した。
「邪魔を……貴様らは私の邪魔ばかりだ!」
 最初はイェールは優雅にカードを弄って攻撃をしていたが、試合が長引くにつれてその表情から余裕さは失われていた。
「手品師にしちゃ、カードの狙いが甘いんじゃねぇか?」
 弥刀と拓海の参戦が大きな負担となったのだろう。赤城を狙った攻撃が、容易く躱される。
 そして赤城の言葉も彼の癪に触れる。
「グゥウウッ! ボリン、何をしている。早くこいつらを仕留めるぞ!」
 イェールと違って冷静さを保っているボリン。剣を橘に向け、一気に勝負をかけてきた。
「その攻撃は、もう読めてるわ!」
 芸のない手法だ。突進と同時に剣を突き出す。しかも、それも先ほどと同じだった。橘は盾で再び防ぎ、今度は手を放して剣を弾いた。
 隙ができた。
 橘はすかさず、一歩足を前に出す。
「今……ッ!」
 トリアイナがボリンの腹に食い込み、橘は上方に向けて斬った。怯む間にすぐ下ろし――二度の連撃だけで終わらない。最後に、重心を意識した突きでボリンを吹き飛ばした。
「何をしているッ! どんくさいやつめ。フン、私の取っておきを見せてみよう」
 イェールは手札の中から一枚カードを取り出し、それがジョーカーである事をみせしめた。そして落ち着いた声で言った。
「あなたはジョーカーになる。面白味のある……。私はババ抜きが好きでね、君たちの絶望の顔を見るのも同じくらい好きなんだ!」
 ジョーカーのカードは空に向けて飛ばされ、笑いながら羽根を生やして舞い降りる。
 その途中、空から太陽が落ちてきた。
 正確には太陽に似た丸い円形の光体が落下し、真上からカードを照らした。そうすると必然的にカードの下に影ができる。その影の下には望月がいた。
「えっ?」
 カードの中に身体を吸収され、その場から彼女は姿を消した。ジョーカーは真上を移動し始め、次の獲物、荒木を狙う。
 サキモリは光体に狙いを定め銃のトリガーを引いた。カードは落下したが、望月は姿を現さなかった。ジョーカーの絵札の中に彼女の絵が描かれていた。
「その子供は厄介だったんでねえ。回復技を持っているようで。一人いなくなっただけで十分だな!」
 焦燥するエージェントを見て笑うつもりでいたイェールだった。
「ジョーカーね。俺は嫌いじゃないぜ」
 赤城は焦燥していなかった。赤城だけでなく、誰も焦っていない。無論望月は若干焦っているだろうが。
「お、お前! どうしてそんな軽口を叩ける?」
「何でかって? そいつはな、ジョーカーってのは“切り札”を意味するからさ!!」
 切り札を出したという事は、それほど余裕がないという事の見せしめだ。それならば――赤城は一気にイェールに詰め寄った。対抗しようとボリンは剣を抜いたが……。
「オレらの事も忘れんといてや」
 弥刀と迫間の同時撃ちの回避に専念する必要があり、ボリンはイェールの手助けに間に合わない。イェールは抵抗し、カードを三枚掲げるも、赤城の投げた投げナイフが命中に嵌り虚しくも地面に散る。
 近接の間に入った赤城は右腕でイェールの袖を掴んでから左腕でボディブロー。更に地面に投げ倒し、襟を掴んだまま何度も叩きつけた。疲弊した愚神を強引に起こし、両膝を地面に着かせた所で、腰を低くして力を溜めた。
「砕くッ!」
 強烈な拳が顔面に叩きこまれた。
「その程度では……! 私はッ! ――むぅッ?!」
 吹き飛ばされたイェールは、地面に倒れこむのが自然だった。殴られて、地面に倒れるのが常識だった。だが常識と異なっていたからイェールは顔を歪めた。彼の体を、レミアがしっかりと包み込んでいたのだ。
「この世界にきた事を悔やむといいわ」
「お、己ぇぇええッッッ!!!」 
 弥刀の剣と迫間の刀は風を斬り、ボリンは二つの刃の交差する場所を狙い剣で押さえつけ、大きく後方に飛び退いた。
「まだだッ」
 迫間と弥刀の剣を飛び台にして、サキモリが高く飛び上がった。足に魔砲銃を装着し、弾と同時にボリンに向かって落ちていく。
「防人流雷堕脚……護の型ッ!」
 激しい衝撃が気を割り、ボリンの身体は貫かれる。
「フ……フク……」
 奇妙な吐息を漏らし、ボリンは剣を落とす。

●――いつから、その私が本物だと思っていた?

 ――。
 ――。


 ボリンとイェールが倒された事で従魔は一斉に姿を消した。従魔はイェールのトランプカードが変身したものだったのだ。従魔がいないと分かりつつも、念のため荒木と弥刀、望月や九十九達が園内を念入りに探し回っていた。
「もう少し良い顔をしたらどうなんじゃ」
 二人を倒した後、浮かない顔をしている橘に向かって飯綱比売命は言った。
「少し、気になる事があって」
「うむ?」
「愚神の亡骸が、ボリンが見当たらないのが不自然だと思わない?」
「それもそうじゃが、サキモリとやらの攻撃で灰になったと思うのが自然じゃろうて」
 どうかしたのか、と迫間は橘に声をかけた。迫間は念入りにも共鳴は解いていない。鷹の眼を用いて付近を捜索し、全てが無事だという事が分かると、通信機で全員に呼びかけた。
 ただ、未だにアイランドパークが無事ではないと信じ切るお節介焼きもいるらしい。
『遊園地にまだ救難者がいるわ! 急いで救援に向かって』
 坂山は声を急がせて言った。望月と百薬は、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「坂山先生、もう大丈夫だよ。従魔はいなくなったって」
『え? でも……リエルって職員がそう言ってたわよ』
『幻覚にかかっているのよ、その職員も。さっきいってたニールって職員も幻覚にかかっていたわ。調べてみた結果』
 坂山に連絡をとっていた職員は幻覚にかけられていたのだ。だからありもしない出鱈目な話を言っていたのだが、嘘はついていない。ボリンは幻覚にかけた相手を上手く誘導して、H.O.P.Eを混乱させるよう仕向けたのだろう。
 坂山もまた、不運だった。
「これは……どうやら、騒ぎをきいてやってきた別の従魔が園内にいたみたいだ。遊園地エリアに従魔が二、三匹いる」
「さて、もう一仕事だな」
 赤城は気合いを入れた。残りは、そういった従魔の掃討と一般人や動物園の動物、水族館の魚達、様々なケアに当たらなければならない。
「遊園地であそべないの?」
「さすがにだめでしょ。設備点検とか……は、私たちじゃなくてもできるかあ」
「おい、甘味はまだか。甘味が足らんぞ!」
「……あんさんはお気楽でええどすな……」
 エージェントの中にも遊び足りない微笑み深い人物達の満足度のケアもしなくては。


 複雑で込み入った任務かと思えば、やってみれば大した事じゃない。従魔による被害は大きいものの、事件の収束事態は早かった。
 だが、楽しみを奪われた心の傷は癒えにくい。特に子供達の多くの顔が曇っていた。葉山の娘、シェイニも同様に。
「せっかくの誕生日なさかい、何か……良い思い出、ないもんか……」
 弥刀の言葉には多くのリンカーが賛同した。そして、シェイニだけでなくそんな子供達の思い出を良い物に変えるために……。
「はろー、はろー! ワタシは絆と愛の妖精、ヒャックっ。みんなに愛を届けにきたんだよ」
「あ、妖精さん……ッ。みんな、妖精さんがきてくれたよっ」
 九十九は、愛の妖精……と謳った百薬を指さした。
「妖精さんに願い事をすれば、どんなお願いでも、叶えてくれるんですよ……! 妖精さん、この子達の願いを叶えてあげてくださいっ」
「オーッホッホッホ、本当にその子たちの願いを叶えられるのかしらぁ?」
「あ、あれは……! 妖精さんの邪魔をする妖怪、レミー!」
 おとぎ話は全てステージの上で行われているもので、登場する妖精及び妖怪は全て架空のものです。
「テレビゲーム機が欲しいって言った子には箱が空になったパッケージだけをプレゼントしてやろうか? 家が欲しいって言った子にはダンボールをプレゼントしてやろうかぁ?」
「さすが妖怪です……! ひどい……!」
「そこまでです、レミー!」
「ふん、お前はいつも私の邪魔をする! 実に暇なんだな、戦士ヴァール!」
 妖精及び妖怪、および全ての登場人物は架空であり。
「あなたの悪事もここまでです! 今日で決着をつけましょう!」
「お前がどこまで私を楽しませてくれるか……!」
 事のなり行くままに即興で作った演劇に似た、芝居のような、何かだったが子供達を楽しませるのには十分だった。何せ登場人物の服装やらが濃く、そこに立って歩くだけで子供達の注目の的になるからだ。
「あ、あれ……。レミアさん、ここであなたが倒されるはずでは……」
「わたしが負けるだと? 面白くないッ」
「いえ、これはお芝居であって」
「問答無用!」
 何気に大人達も目を向けている。葉山は、オペレーターの時には滅多に見せない仕草をして笑っている。そもそも笑顔も、あまり生まれてこない彼女だ。
「ナイスオペレート、坂山。次も期待してるぞ」
 任務が終わって気が抜けている坂山に、防人は丁寧に声をかけた。
「あ、ありがとね。素直にうれしいわ」
「オツカーレ、じゃの♪ よし、じゃあ今度の週末はネズミーランド行くのじゃ~♪」
「アイリス、不謹慎だ」
 防人の拳骨がアイリス・サキモリ(aa2336hero001)の頭頂部にコツリと当たった。コブはできていないが、アイリスはそこを摩った。
 迫間は任務後、騒ぎにきていた従魔を片づけた後は怪我人の対応に当たっていた。近くの病院から何台も救急車が訪れ、重症を負った人々が運ばれていく。マイヤは幻想蝶に籠っていたが、むしろその方が良いだろう。
 荒木と弥刀が救急隊員を手伝っているのを見て、迫間もその援護に加わった。
「ヴァールが倒れてしまった今、レミーを倒す事のできるのは君たちしかいない……! みんなの力を貸してっ!」
「皆さんの声を妖精さんに届けるのです」
 この物語は最終的に、妖精の力でレミーが正義の心を取り戻すという結末に終わった。余談だが、ヴァールは子供達の声で復活している。
「聞こえる、坂山? 任務完了よ、愚神どもは全員撃破したわ。今から帰還するから、わたしのために温かい紅茶とケーキを用意して待っていなさい。帰るわよ、緋十郎」
「おう。少しは子供達も元気が戻ったみたいだしな」
 任務が終わったらさっさと帰る。アトラクションで遊ぶのはまた別の機会の話だ。

 一通りの仕事を終えたエージェント達に、葉山はそれぞれ礼をした。
「命の危機というのを体感した事はあまりありませんでした。いつも私はあなた達に感謝していますが、今日は一際強く感謝しなくてはなりません。本当にありがとうございました」
「ま、俺達の仕事のうちだからな」
「みんなが無事でよかったよかった~」
 シェイニがエージェント達に、律儀にも頭を下げる。
「ありがとうございました」
 そういって、葉山一家はエージェント達の前から離れた。帰路についたのだ。
 誕生日の日に、残念な事になってしまった。しかしシェイニは大人だった。その帰り道、こんな事を口走ったのだ。
「ママ、あんまりあえなくて寂しかったけど……。ママのお仕事、大変なんだなって分かったよ」
「そうだぞ、ママの仕事はとっても大変。そして、シェイニみたいに、助けてって叫ぶ人達を助ける仕事をしているんだ」
「うん。だからね、ママ、えっと……、らいしゅうからも、お仕事頑張って」
 葉山とルイスは顔を合わせて、その成長ぶりを和ましく思い笑顔になった。大変な一日だったけど、その分、しっかりと良い物を得た。
 歩いている最中、三人はしっかりと手を繋いで離さなかった。
「わっ、すみませんっ」
 通行人にぶつかって、葉山は早口で謝った。
「大丈夫かい?」
 ルイスが笑って訊いた。
「ええ、大丈夫よ。あら……?」
 葉山は手首の所に切り傷をみつけた。いつの間に? と観察したが、まあただの切り傷だ。ただの切り傷ごときじゃ、今日一日に得た幸せは消えない。
「じゃあ帰りましょうか」


 任務が終わり、それぞれが自由行動に入る。
「あら、その傷……」
 橘はオペレーターに報告する所までチームに同行していた。坂山は、彼女の手の甲に傷がついている事実を見逃さなかった。
「いつの間に。心配しないで、平気よ。たかが掠り傷、一日経てば治るわ」
「ならいいんだけど。具合が悪いようなら、無理はしないでね」
 本当に用意してあったケーキと紅茶を堪能しているレミアを背中に見て、彼女は出る所だ。
「ふむ、中々上等だわ。これはどこのブランド品かしら」
「銀座の――」
「ああ、そこまでいえばもう分かる。まあ、おそらくあそこなんだろうけれど……センスは褒めてやるわ」
「どうも」
 実は手配するのに坂山の手持ち金の七割を使った事は誰にも知られなかった。
 そんなやりとりを気にせず橘は部屋を出る。――出ようと、扉を開けたのだ。
「え……?」
 禁断の扉だった。
「あら、どうかしたの?」
 坂山が尋ねても何も言わない。言葉を失ったまま橘は立ち尽くしていた。
「なんで……」
 目の前には母親と、父親の姿がある。
 ――なん、で……?

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • いつも笑って
    九十九 サヤaa0057
    人間|17才|女性|防御
  • 『悪夢』の先へ共に
    一花 美鶴aa0057hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • エージェント
    エリメイアaa1691
    人間|20才|女性|生命
  • エージェント
    エオリーaa1691hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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