本部

きみがすき。(修羅場編)

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/28 20:58

掲示板

オープニング

●ハッピーホワイトデー!
 太平洋に面した港へのアクセスが良く、ちょっと温泉があって何件かある宿泊施設の評価が軒並み良いだけの、日本のとあるちいさな町。
 その街は、今、港へ向かうリンカーたちで溢れていた。町民のほとんどは「なんだかわからないがH.O.P.E.の社員旅行でもあるんだろう」という認識であった。
 ちなみに、その町には地元の商工会議所青年部が作ったローカルラジオ局があった。その為、町中の地元商店は皆そのラジオ局をBGM代わりに一日中流していることが多かった。その名も「ハートリンク地元っ子放送局」略して「ラジオ ジモハー」。町外れの田圃の真ん中にぽつりと建つ、廃園となった幼稚園を利用して作られた放送局だった。

 ところで、とあるたいしたことの無いイチ愚神から放たれた一体の従魔がその放送局のマイクに憑依した。

 そんな町で、そんな状況で、三月十四日。世間はホワイトデーを迎えようとしていた。


●とある優しい地元ラジオDJのトーク
 ハッピィイホワイトディ! もうすぐホワイトデーだね!
 バレンタインと違ってホワイトデーって少し地味だって言うし、インターネットなんかではバレンタインと合わせて面白がって「お菓子業界の陰謀」だとか「リア充イベント死ね」なんていう風潮もあるけど。
 こんな日に、この町にも何人かきっと死ぬほどドキドキしながらプレゼントを待っている女の子や、緊張で真っ青になって義理か本命かなんて考えてプレゼントを選んでる男の子が居るわけだよね。
 ホワイトデーはそんな人がどこかにいる、大切な日なんだと思う。
 そんなことを考える僕から今月発売の新曲を流したい。こんな季節にぴったりの消極的な恋の歌を歌ったこの曲。歌っているのは新人のリンカーの男女ユニット『fuwa_fuwari』。なんと今この町にも来ているらしい。もしかしたら、会うこともあるかもね!
 それでは、『Fight ☆ to run!』。


●台無しだよ!
 町は混沌を極めていた。
 詳しく言うと、町の至る所で様々な修羅場が演じられていた。
 更に詳しく言うと、町のあちこちでリンカーたちがパートナーと揉めていた。
 とことん詳細に述べると、町のあちこちで能力者と英雄が修羅場を演じて町民から冷たい目で見られていた。

「どいて、僕は新天地に向かうんだ! こんな小さな町には居られない!」
「いかないで! あなたは私の天使、いえ、神なの! そう、神……GOD──この世に居るべき存在ではない……あなたを私は永遠にする!」
「おい、ちょっと何をやめて!」

「きゃっ、あ、やだ。ごめんなさい……えっ、顔赤くなんてないです! 違うの、これはっ」
「ふ、ふん、あたしの可愛さに気が付いたってことかしら!? やだ、顔の赤いあなたも可愛いなんて思ってなんてなくもないんだからねっ!」

 ひとりの少年が唖然としている父親の袖を引いた。
「パパ―、あのひとたちなにやってるの?」
「リンカーっていう普通じゃない人たちだから見ちゃダメだ!」
 はっと我に返った父親は慌てて少年を抱えて家へ向かいながらこう思ったと言う。
 ──リンカーって乱れてんなあ……やっぱりちょっと普通と違うんだな。


●とあるエージェントの場合
 ぼんやりとラジオを聴いていたミュシャは突然、息苦しさを感じた。急に、斜め隣に座った青年のことが気になった。ぎょっとして、思わずミュシャは指先で飲んでいた紅茶のカップを弾いて倒してしまった。
「いけない!」
 そちらを見ないように慌てて台拭きを手に取ると零れたお茶を拭き取る。
 ──いや、だって……。
 だって、同じ部屋に居るのは、彼女を導いた英雄のエルナーなのだから……。
「ちょっと、私、外に空気を……」
 頬を赤らめて立ち上がったミュシャは目を見開いた。
「……あ」
 なぜか旅支度をしたエルナーがバックパックを背負うところだった。
「えっ、依頼の出発はまだ……」
「ごめん、ミュシャ。旅が僕を呼んでいるんだよ」
「旅? 今はそれどころではないですよね」
「でも、明日は明日の風が吹くって」
「そうか、何を言ってるんだ」
 思わず、口調の変わるミュシャ。
「そうだね、僕は君を置いていけない。今から一緒に行こう」
「何を言ってるんでしょうか」
 頭では何言ってんの、この人……と思うのに、エルナーに両肩を掴まれて動悸が止まらないミュシャ。
「これが、解散の危機というやつか」
「何を言ってるの、ミュシャ?」
 とりあえず、胸と頭が痛くてどうしていいかわからない。

解説

デクリオ級従魔:ラジオ局の放送機器に憑依した従魔。巨大な姿で暴れている。この従魔を倒せば催眠は解ける。コードを鞭のように唸らせて攻撃。強くはない。

キャラクターシートの性格傾向の項目をご覧ください。
『冒険/恋愛』のステータスがあると思います。
こちらを、中心を0とし、冒険側にマイナス、恋愛側にプラスとして数値を振ってください。
冒険 □□□□□ 恋愛 → 冒険 -2/-1/0/+1/+2 恋愛
ミュシャは(冒 □□■□□ 恋)ですので0、エルナーは(冒 ■□□□□ 恋)ですので-2になります。

その数値によってパートナーに対して下記のような症状が現れます。

 -2:冒険に出たくなり我慢ができません。最悪家出する。
 -1:スリルを求めて悪戯・危険行為を始める
  0:相手(能力者/英雄)にほのかなときめき/肉親のような過剰な親しみを感じ戸惑います。
 +1:激しい恋心/激しくリスペクトにより、きゅんきゅんときめきがとまりません。あばたもえくぼ、どんな行動も好意的に素敵・素晴らしく「すげーな!」となります。例え、花粉症で鼻をかんだだけだとしても。
 +2:思いつめて、ターゲットを殺す以外考えられなくなる。どうしよう? アノヒト(能力者/英雄)が好きで好きでたまらない。こんな汚れた世の中にアノヒトを置いておくなんてできない、そうだ、アノヒトを永遠に自分のモノにしてしまおう。この手で現世とのつながりを断ってあげるね……だいじょうぶ、いたくないいたくない、いまのままのきみがすき。素晴らし過ぎるアノヒトを永遠にして後の世に語り継がれる伝説にしよう!となります。

・舞台
港へのアクセスが良いため、香港へ向かうリンカーが一時的に多く滞在している小さな町
・敵情報
催眠電波をローカルラジオ局の音楽に合わせて流す従魔です
・NPC情報
巻き込まれたミュシャ&エルナーですが、エルナーが旅立ちそうなので依頼には参加できません

リプレイ

●街角修羅場編
 町に引かれた石畳の上で何組ものカップルが喧嘩をしていた。
 ──否。それはカップルではなく、あろうことかH.O.P.E.のエージェントたちだった。
「……皆さん。すごいことになってますね」
 呆然と呟いたのは卸 蘿蔔(aa0405)だ。白い肌に茶色の長い髪、緑色の瞳は太陽を受けてきらきらと輝いて、一見、活発そうに見えるが、実はおっとりとして少し臆病な能力者の少女である。
「まったく困ったものだ。リンカーが守るべき市民を怯えさせてどうするんだ……」
 蘿蔔に同意するように眉をひそめるのは彼女の英雄であるレオンハルト(aa0405hero001)。金の髪と金の瞳を持つ、少し軽薄そうではあるが表情豊かな青年だ。
「ママー、あのおねえちゃんたち」
「ひぃっ! 子供は見てはダメよっ!」
 バタン! 蘿蔔たちの背後の家の窓が荒々しく閉まり、引きちぎれんばかりの勢いでカーテンが引かれた。
 思慮深く、片手を顎の下に添えて何事かを考えていた蘿蔔は、四つん這いになったレオンハルトを椅子代わりに悠然と座ったまま頭を振った。
「このままでは、H.O.P.E.が、リンカーが要らぬ誤解を受けてしまいそうですよね?」
「そうだ……って、蘿蔔、お前何勝手に座ってやがる!」
 はっと我に返ったレオンハルトが慌てて蘿蔔を背中から降ろす。ちょっと子供に見せてはいけない気がした。
「とは言え、確かに外にある、かつ、不特定多数が座って何で汚れてるかもわからない椅子にお前を座らせるわけにはいかないが……」
 路上の埃を避けて蘿蔔の両肩を大切そうに掴み、そこでレオンハルトの僅かに残った理性が悲鳴を上げた。
 これでは、世話好きどころか過保護である、いや、すでに過保護とも違うのではないか。おかしい、いつもはそうではない。確かに二人の関係は、生活能力皆無の蘿蔔と世話好きのレオンハルトによる搾取する側とされる側の関係である──いや、それでも、これはなにかとっても非常に違う。
 しかし、彼に肩を掴まれた蘿蔔はキラッキラと輝いた瞳でレオンハルトを見上げる──その瞳がピクシーのような悪戯心とワクワクに満ちているのに彼は気付かない。
「そういえば、今日はお弁当作ってきたんです」
「すげぇな! 食卓に並んだら他の料理の存在感を食っちまいそうだ……味も複雑で……何を入れたらこんな味になるんだ」
 ダークマターなら見た目も味もまだ可愛かった。そう思える蘿蔔の料理を食べて、一瞬だけ理性を取り戻したレオンハルトは真顔になった。
「レオンのために頑張ったんですよ」
「さすが、蘿蔔、俺の能力者だ!」
 ようやく戻って来た理性は蘿蔔の笑顔の前に、不本意ながらまた胸の奥へと引きずり込まれた。完食するのがつらい。
 一方、蘿蔔は不満が貯まっていた。悪戯も、相手がすべて笑顔で受け止めてくれたらイマイチ楽しくない。
 ──やっぱり私一人じゃできることって……少ないですね。
「レオン……リンクしましょう。そうすればもっともっとすごいことができると思うのです」
 不本意ながらも蘿蔔のすべてを称賛する状態の英雄が、もちろん、拒否するわけが無かった。


 シエロ レミプリク(aa0575)は自分の英雄ナト アマタ(aa0575hero001)を溺愛している。
 シエロは事故による大怪我で両足を損傷したアイアンパンクの十七歳くらいの女性だ。恐竜のような逆関節の足と、眼帯、虫の顎を似せた鉄仮面、喉から下顎に蛇腹状のプレートを着けている。本人の趣味だ。
 ナトは眠そうな顔をした無口でおっとりとした八歳くらいの英雄だ。大抵はシエロの頭部によじ登っているくらいシエロが好きだが、普段は彼女の愛情表現に受け身である。
 そんなふたりの部屋のラジオがから、従魔の催眠効果を乗せた歌が流れた。
 シエロは思った。
 ──どうしたんだろう、今日は特にナトくんへの愛が抑えられない! もっと可愛いナトくんが見たい!
 そして、ナトはシエロに尽くして喜んで欲しいという想いが溢れた。

 その結果。

「ナトくん次! これ着てみて!」
 イイヨーとばかりにナトがニコニコと笑い、シエロが差し出すキャットスーツを身に纏う。
「……(ジャーン)」
「きゃーん! 可愛すぎるー!!」
「……にゃん♪」
「ああん! ポーズを取ると天使度が!」
 あまりの麗しさにくらっとよろめくシエロを見て、ナトがごそごそと何かに着替える。
「……(ジャーン)」
「ひゃっほー! 魔女っ子だー!」
 シエロは天に向かってガッツポーズを取ると、すぐさまスマートフォンでパシャパシャと写真を撮り始めた。
「……ッダメだぁ!」
 しばらく後、シエロがスマートフォンを握りしめ、叫んだ。
「……?」
 首を傾げたナトはいつの間にかチャイナ服を着ている。
「隙あらばと普段から携帯してる分だけじゃ数が足りない!」
「……?」
 ドウスルノ? とナトの瞳が問いかける。普段から携帯していたのか、ではない。
「こうなったら現地調達だよナトくん! 今すぐお店に買いに行こう!」
「……!」
 イコー! と乗り気のナトがいつものようにシエロの頭部によじ登る。
「チャイナだとナマ足が頬に!」
「……?」
「う……うおおおあああ!!」
「……!」
 ダッシュし始めたシエロの肩で風を感じながらナトがハヤーイ!とばかりに目を細めた。


 町中を歩いて居た黒髪の少女が、可愛らしい雑貨店の前で足を止め、くすっと小さく笑った。
「……すみません。こちらの世界には色々なお祝いの日があるのですね」
 詩乃(aa2951hero001)の言葉に黒金 蛍丸(aa2951)は彼女の視線の先を追った。それは控えめなブルーのハートを飾ったホワイトデー向けの商品を飾ったディスプレイだった。
「蛍丸さまは……好きな人に贈ったりしたのですか?」
 その言葉はするりと自然に詩乃の唇から零れ落ちた。
「……えっ!? ……い、いえ……好きな人というか、お世話になったり、怪我を心配してくださった方に……感謝を……という形では……送りましたが……」
 突然の詩乃の言葉に、思わず動揺を隠せない蛍丸。そこへ追い打ちをかけるような言葉が続く。
「蛍丸さまは私のことをどう思っていらっしゃるのでしょうか? ずっと、気になっていたことですけれど……」
「えっ」
 人間、驚きが過ぎると逆に冷静になる。詩乃の言葉に、蛍丸の脳裏に彼女との出会いの日が浮かぶ。
「そういえば、詩乃に出会って……もう……数ヶ月ですか……早いですね」
 ──必要な犠牲なんかがあってはいけない。僕が頑張るから。
 そう言った蛍丸に、あの時、詩乃はどう答えたのだったか。それは彼にとって大切な日。
 そして、詩乃にとっても。
「出会えなかったら……きっと……僕は……誰かを護りたい、笑顔にしたいと願っていても、それを実現することは難しかった……そう思うと……感謝しきれないです……詩乃に心配を掛けることを悪いとは……思うのですが……」
 蛍丸は、胸中の想いを丁寧に伝えようと言葉を紡ぐ。

 詩乃は胸から溢れる言葉を押さえることができなかった。まるでたくさんの紅い花びらが雪崩のように胸から溢れて、それを押さえることができない。
 ──蛍丸さまは、私のことを……好きでいらっしゃるのでしょうか? それとも……。
 そこで、彼女は慌ててかぶりを振る。
 ──か、考えたくありません!
 それでも。
 ──今日こそは、どんなことをしてでも聞いてみせますよ!
 相反する想いをスピーカーから流れる歌が加速させる。
「僕は……詩乃のことを心から……『尊敬』しています」
 そうして、大切に紡がれた蛍丸の言葉は、詩乃の心を静かに裂いた。
 ぺたん、蛍丸の身体をそっと詩乃が壁に押し付けた。
「逃げられないようにしないとなりませんね。蛍丸さま、何をそんなにおびえていらっしゃるのです? 大丈夫です。大切な蛍丸さまにひどいことなどするわけありません。あら? 蛍丸さま……また……新しい傷をつくって……無茶をしないで欲しいってお願いしましたのに……仲間を守るためですか? 蛍丸さまはやっぱり優しすぎます……蛍丸さま……私のことをどう思ってらっしゃいますか?」
「詩乃……?」
 そっと、傷口を撫ぜる彼女の声に混じる、混乱と……殺意。そして、蛍丸は遅まきながら気付いた。町中のリンカーたちの異変を。


「……ねぇ、ユーヤぁ……もう、我慢しなくても、いいよね?」
 麻生 遊夜(aa0452)は少女の言葉にびくりとする。
「ボクだけを見て、ボクだけに触れて、ボクだけを愛して……」
 遊夜の首にひんやりとした女の指先が腕が回される。クスクスと言う笑みはたっぷりと色気を含んで。
「ちゃんと、喰べてあげるからぁ」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の過剰なスキンシップは今に始まったことではない。だが、今日は様子がおかしい。
 ──……やばいな、何があった?
「ハッ、困ったワンコちゃんだ。そうだな、俺が欲しいなら……」
 遊夜はそっと小さなユフォアリーヤの顎に手を添えてくいっと上向かせた。少女が幸せそうに眼を閉じたのを見計らって、彼は何やら取り出した。
「捕まえてみな!」
 ひらりと窓から飛び出した想い人の姿に、黒狼の少女は怒るわけでもなく、ただクスクスと。
「……そう、分かった、絶対に、逃がさないから」
 艶やかな唇の端がきれいな笑みを描いた。

「良いな、このスリル……いや、これはヤバい!」
 一方、遊夜は緊張感と激しい高揚に満たされて、どうにかなりそうな理性を必死に繋ぎとめる。まるで、映画スターのように壁を駆けあがり屋根を伝って逃げ追われながら、必死に周囲を観察して状況把握に努めた。視界に映るのは絆で結ばれたはずのリンカーたちがパートナーと争い、または必要以上に身を寄せ合っている異様な光景だった。
「何処も彼処も似たような状況か……原因は何だ? 部屋には何もなかったはず」
 ──飲み食いはしてない、匂いか……音か?
「確か、リーヤがラジオ弄ってたはず……調べられる所から調べるか」
 物陰に隠れたり人混みに紛れてイメージプロジェクターで変装したり香水で匂い誤魔化したり、わざと姿を現して誘導したりしながら街中を逃走する。なのに。
「ユーヤ!」
「くっそ、ああ……楽しいなぁ、おい。このDead or Alive感……ヤるかヤられるか、ゾクゾクすんぜ!」
 狂愛こもった弾丸が、遊夜の頬を掠めて壁を抉る。


 歌が、聞こえた気がした。特別な歌ではない。なのに、彼女の胸中に嵐のような感情が生まれた。
「ミッドガルドや陛下の様子が心配だ。……それに私がユリナの元から去れば、ユリナの家族や友人達にだって……」
 後悔。それは凛とした彼女が普段敢えて閉じ込めていた想い。
 突然そんなことを言い出したリーヴスラシル(aa0873hero001)に月鏡 由利菜(aa0873)は目を見開いた。
「……嫌よ……そんなの嫌!!」
「……っ!」
 抱き着く由利菜を振り払えるリーヴスラシルではなかった。それでも、誓約術で由利菜を家族や友人から引き裂いた後ろめたさ、ミッドガルドの新情報がなかなか得られない焦りが、大きく膨らみ、その身体を突き破るかのように苛む。
「ラグナロクは、軽んじていい誓約じゃないでしょう!?」
 叫ぶように縋るように──由利菜の瞳に浮かぶ涙がみるみる大きくなる。
「だが、私のせいでユリナは……」
「今のあなたの主は私。そして、あなたは、私の……私だけの英雄よ!」
 由利菜の目の端で膨らんだ透明なそれは、ついに弾けて零れ落ちた。
「……ユリナ!!」
 その華奢な外見からは想像も付かない強い力で、由利菜の細い指先がリーヴスラシルの掌を絡めとった。
「例え契約に至る経緯が過ちだったとしても……私は、あなたの手を絶対に離さない!」
 その瞬間、ふたりの重なった想いが光の蝶を呼び出した。


「なんか、周りの人たちが変……ねぇ、ルナ。……ルナ??」
 町外れに立ち尽くす小柄な可愛い顔立ちの少年にそっと暗い影が差す。
「ね、一羽ちゃん。最初からこうすればよかったのよね?」
 思いのほか軽い音を立てて、天野 一羽(aa3515)の身体は草むらに倒れこんだ。
「こうすれば魔物と人だって結ばれるでしょ?」
 トレードマークの艶やかな金髪が太陽に綺羅と光る雨のように一羽の頬に押し付けられた。
「え……ちょっと、ダ、ダメだって、こんな……うわっ、ルナまで!?」
 元サキュバスだというルナ(aa3515hero001)の長身が小柄な一羽の身体を押さえ込み、首元にその顔が埋められる。ふんわりと蠱惑的な香りが鼻腔を擽って一羽の胸が激しく高鳴る。
「……って、何アレ!? バカでっかい……従魔!?」
 ルナの頭が無くなって広く見渡せる青空に、なんだかのそっとバカでかい影。
「まさか……アレが……」
 アレがコノ状況をドウにかして……って!?
 ぞわぞわとした震えが背筋を走る。
「大丈夫。一羽ちゃんを殺して私も後を追うから。そうすればずっとずっと一緒よ?」
 甘い吐息のような声に交じった殺意が耳からゆっくりと流れ込む。
「うふふふっ、どうしてほしいかは選ばせてあげるから。それに、最期の瞬間は気持ちよくさせてあげる♪ サキュバスだもの、それくらい簡単よ。ねぇ、一羽ちゃん。大好きよ、愛してる。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……」
 間近に迫った赤い瞳が、まるで赤銅色のブラッドムーンのように心をうらを掻き毟る。
 ──……どうにかしないと。ボクの命とサクランボの危機だし、何よりルナを人殺しにするわけにはいかないし。
 一羽は必死にもがくが、体格差と色々事情があってうまく動きが取れない。
「……はぁ、はぁ。どうしたの一羽ちゃん? どうしてほしいか決まった?」
「えっと、共鳴中にセルフでドスッとやれば、ふたり一緒というか同時に……ってことにならないかなぁ?」
 焦りで枯れた声を乾いた喉からなんとか絞り出す。
「……共鳴中に? ふうん。それがいいの? いいわよ?」
 きょとんとしたルナとの間に蝶の形をした光が弾ける。

「ごめんね、ルナ。きっとアレをどうにかすれば元通りだと思うんだ。……ルナ、大丈夫。すぐにどうにかするから」
 荒い息遣いでその場に身を起すのはゴシック調のドレスに身を包んだナイスバディの美少女、共鳴した一羽だ。女性体だが、身体の主導権は一羽であるためにどうにか危機を脱したのだった。
「あそこは……ラジオ局か」
 女性体だが、なぜか多少前かがみになりながら一羽は従魔を目指して走り出した。


「……もう、逃げなくていいの?」
 クスクスとわらう、殺意の混じった黒い瞳には想い人しか映らない。
「ああ、必要なくなったんでね」
「……そう、じゃぁ良いよね?」
 振り返った遊夜に、ユフォアリーヤはゆっくり歩み寄る。そして、抱き着こうと手を伸ばした。もちろん、その抱擁は死を意味する。
「その前に、だ……最後の一仕事と行こうぜ?」
 だが、遊夜は一回り以上年下の少女へと余裕の笑みを向け、それを取り出した。
「……それは!?」
 絶えず浮かべていたユフォアリーヤの笑みが消え、驚きのような焦りのような表情に変わる。遊夜が取り出したのは何やら文字が書き込まれている一枚の紙。公的証書。いわゆる記入済み婚姻届。
「欲しがってただろ? これも付けてやるからよ」
 じゃらり。もう片方の手に鎖が付いた首輪が現れる。ごくりとユフォアリーヤの喉が鳴った。
「……ん、それで、何するの?」
 首を傾げた彼女の首にそれを巻き付けて、鎖を引いて顔を寄せる。

 ──敵をぶち抜く。

「ケーキ入刀の共同作業だぜ!」

 ──……共鳴だ。

 遊夜の義眼が紅く光ったように見え、蝶の影が二人を覆う。


●ラジオスターと悲劇、または喜劇
「は~買った買った♪ これで二回戦が開催できるよ!」
 買い物を済ませたシエロは、相変わらずナトを頭に乗せたまま、たくさんの荷物を抱えて満足げに歩き出した。
「……」(ギュー)
「ナマ足!」
 そんなふたりの周りが急に暗くなった。
「……ん?」
 ドシーン。
 そこには巨大なコードをうねらせた化け物が立って居た。間違いなく従魔だ。シエロたちは買い物に夢中になるあまり、町外れまで歩いていたのだった。咄嗟に得物を取り出そうとしたシエロが絶望的なことに気付く。
「……いけねえ、武器がない!」
「……シエロ」
 そんな彼女の腕をついとナトが引く。そして、差し出されたそれは。
「これ……龍爪? 何で持ってるの?」
「……猫の手が無くて」
 にゃーんと鳴く衣装(ナトくんはかわいい)を身に着けたナトはそう言った。シエロは叫んだ。
「代わり!? ワイルドで素敵!」

 しかし、共鳴したシエロは鉤爪「竜爪」を構えて、躊躇っていた。彼女は遠距離攻撃を得意とするジャックポットである。
 ──正直接近戦はあんまり得意じゃないけど……。
 そんな彼女にリンクしたナトが応援する。
『……頑張って?』
「イェス! マイエンジェル!」
 やるっきゃねえ! シエロの愛を込めた一撃が、まだこちらに気付いていない従魔の巨体を抉った。
 ──慣れない爪も愛でカバー! 自慢の足を活かしバネのように突撃だ!
 続けざまに放った命中力を上げたフラッシュバンが従魔の眼を焼く。
「愛は……無敵だぁぁぁ!!」
『……?』
 シエロの咆哮に重なるように、羽根の生えた光球が従魔目がけて叩き込まれる。
「ボクのルナになんてことを……」
 一羽がフェアリーテイルの本を掲げた。その顔は怒りに満ちていた。
 一方的に押された従魔が反撃とばかりにコードだらけの身体を揺らして一撃を振るう。けれども、遅いその攻撃に囚われるリンカーは居なかった。
『……どうしよう、消えたい』
「消えたら困りますので……消えるのは元凶だけで十分です」
 海より深く落ち込んだレオンハルトを励ましながら現れたのは共鳴した蘿蔔だ。レオンハルトは共鳴によりだいぶ正気を取り戻しているようだった。魔銃少女レモン状態になった二人は拳銃を構え、精度を高めた弾丸を撃ち込んだ。それは従魔のたくさんのスイッチらしきものを弾き飛ばした。
「……ボク達の、幸せの為に、潰れてね?」
 蘿蔔の攻撃に合わせるように、弾がはしる。扇情的な見た目の黒狼の耳を持つ女性が銃を構える。遊夜から主導権を委ねられたユフォアリーヤの共鳴姿だ。
 そこに風のような影がはしる。
『ユリナとの絆、誓約、陛下が託した思い……全てを愚弄した貴様は、絶対に許さん!』
 共鳴した由利菜の中でリーヴスラシルが怒りを込めて叫ぶ。力強いブレイブナイトの剣が従魔のコードを叩き切った。ぐらりと揺れるその身体を、蛍丸が掲げる、名槍『蜻蛉切』が貫いた。

 結局、従魔は共鳴を果たしたリンカーたちの攻撃の前にあっさりと倒れた。
 幸い、ラジオ局のスタッフたちは皆無事で、蛍丸はラジオ局の無事な危機を使って「すべては従魔の仕業だった。リンカーが事件を解決してくれた」といった内容を放送してもらうよう依頼した。
 エージェントたちの評判を落とすわけにはいかない。
 一羽や由利菜たちもマイクを片手にラジオを使い、誤解を解くために奔走した……最も、インタビューに協力してくれるリンカーは少なかったが。
 それでも、彼らの働きによってなんとか誤解は解けたのだった。

 それらの後始末が大方終わる頃には黄昏時となり、闇の迫る街をエージェントたちはそれぞれの帰路へとついた。

「うーん、ルナは覚えていないの? いや、それで良か……」
「……うーん……あ!! ね、ね、『ボクのルナ』ってなんか言ってた気が……」
「……って中途半端に覚えてるの!?」
 一羽たちの背中を見送りながら、詩乃は足を止めた。蛍丸が振り返る。
 ──僕は、詩乃を……家族のように思えるくらいに……大切にしたいと……思ってますよ。
 共鳴前に、蛍丸が伝えた言葉を思い出して彼女の胸に暖かいなにかが満ちる。彼は恋人とは言ってくれなかった。それでも。
 なんとなく、甘酸っぱい雰囲気を感じながら、腕に絡みつくユフォアリーヤをそのままに、遊夜は疲れた肩を落としてため息を吐いた。
 ──終わったら、全てを忘れる為に温泉に入ろう。
 そんな一同とは別に、リーヴスラシルと由利菜は二人だけで宿へと向かっていた。宿が見える頃、リーヴスラシルは足を止める。
「忘れないうちに、バレンタインのお返しだ」
「あ、ありがとう……似合う?」
 差し出されたハートネックレスを着けて、由利菜は、今日初めて心から嬉しそうに笑ったのだった。


「もうやだ。早く帰りたい……」
 逃げたい気持ちをこらえ、リンカーたちが荒らした町の掃除、そして修理の手配をするレオンハルト。誤解を解いたとはいえ、荒れた町をこのままにしておけない。いつもは家事をレオンハルトに押し付けるばかりの蘿蔔も一緒に倒れたゴミ箱を起していた。そこに、差し出される手。何人かのリンカーたちが恐る恐る彼らを手伝った。
「あ、あの……私。何も見てませんので……何も見てませんのでっ」
 従魔を倒しに行く道すがら、旅立とうとする旅姿の英雄を必死に止めていたポニーテールの女性に出会い、思わず蘿蔔は目を反らした。無論、人間椅子を見ていた相手……ミュシャも気まずそうに目を反らした。いつの間にか片付けに参加するリンカーたちは増えたが、同時にそんなぎこちない光景が散見された。
 従魔は弱かったが、リンカーたちの心にいろんな角度で深い傷を残した事件だった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951

重体一覧

参加者

  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 夢魔の花婿
    天野 一羽aa3515
    人間|16才|男性|防御
  • 夢魔の花嫁
    ルナaa3515hero001
    英雄|26才|女性|バト
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