本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】龍城のただ中に踊る

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/21 19:34

掲示板

オープニング

●暗がりにて
 何処とも知れぬ薄闇の中、誰とも知れぬ輩が細く告げた。
「闘技場がHOPEの介入によって壊滅しました。これによってスポンサーの2割が捕縛され、我々に助けを――」
 その報告を、艶やかな声音が遮った。
「司法ごときに潰される程度の小物はいらん」
「……では、自決用の毒を差し入れさせていただきます」
 声の主は、その言葉にかるくうなずいて。
「あれはどうなっている? 安定しているのか?」
「は。それは滞りなく。遠からず成果をご確認いただけるかと」
 黒地に金の輪を描いた布に隠された目を細め、比良坂清十郎は薄く微笑んだ。

●あの子とふたりで
「あの子の様子はどうだい?」
 ホテルの一室でベッドに腰かけ、水出しのアイスコーヒーをすすったアフリカンが、顔を上げずに言った。
「ベンキョー中だってよ」
 床の上にあぐらをかき、背中を壁に預けた赤毛の男が、こちらも相手に目を向けることなく言葉を返す。その手にあるのは中国産の蒸留酒、白酒(パイチュウ)の瓶である。
「きっと楽しんでいるんだろうね」
「おもしれぇヤツなんだがよ。打たれ弱ぇ」
 アフリカン――通称ソングの目に、三つ編みと2台のチェーンソーを振り回す少女の笑顔を浮かぶ。
 屠宰鶏。世にも希な資質を持つナチュラル・ボーン・キラーだが……
「契約者のせいもあるだろうけど、心も体もまだまだ弱い。いったん守りに回ればあっさり崩される」
「まぁな」
 赤い髪の男――エクスプローションが酒瓶をあおり、中身を一気に飲み干した。
「ボスのご命令ってやつがあっからよ、そろそろ行くわ。てめぇはどうすんだ?」
「僕? 僕も仕事さ。例の件を隠すための……陽動だね」
「てめぇが人前にツラぁ晒すってのか? なに考えてやがる?」
「せっかくだからさ。僕みたいにいじめられた女の子を誘って、いっしょにしかえししに行こうと思うんだ。きっと楽しい1日になるよ」
 エクスプローションの眉尻が跳ね上がる。
 この男は、誰を誘ってどこへ出かけるつもりなのか?
「……てめぇ、屠宰鶏と行く気か。あいつが死んじまったら、俺のお楽しみが減っちまうじゃねぇかよ」
 エクスプローションから投げつけられた空瓶が、宙で止まった。
 ソングの左ジャブがトップ・ボトム・ボディの順で瓶を叩き、運動力を奪い去ったのだ。
 まっすぐに落ちた瓶を、ソングは危なげなくすくい上げ、
「今は僕があの子を守るさ。あの子が大人になって、僕と同じくらい強くなるまでは」
 僕は強い子が好きだからね。そう言って、アフリカンは黒ずんだメギンギョルズを手へ巻きつけ始めた。
 強者との死闘、ただそれだけを求めて黒社会に身を沈めたソングは、経歴だけ見ればめずらしくない存在と言える。黒社会には戦闘狂が多いからだ。しかし。
 新人並の低リンクレートでありながら、数ある能力者をことごとく撲殺してきたこの男は、やはり特異としか言い様がなかった。

●隠蔽、あるいは陽動
 香港には今、国際会議に出席するためHOPEの要人が集結しつつある。
 その中に、道中くらいは普段かなわぬ骨休めを……そう考えた者たちがいた。
 果たして短い休日を満喫し、豪華客船を後にする彼ら。
 そのひとりの頭が、スイカのように爆ぜた。
「弱い者いじめはキライなんだけどね。今日は徹底的にやるよ。僕らには隠しておきたいことがあるから、そこからみんなの目を反らすんだ」
「大人の事情ですね! 勉強させてもらいます!」
 先ほどまで頭があった場所から拳を引くソングに、黒髪を三つ編みにまとめたベトナム少女が笑顔で応えた。
 その両手には、屈強な男の両手でも押さえ込めまいチェーンソーが1台ずつ握られていた。
 要人を殺しながらソングがつぶやく。
「船の中にいるお友だちに逢いに行こう」
「はい! ……でも、もし誰もいなかったり、逃げちゃってたら?」
 要人を切り刻んでいた屠宰鶏の問いに、ソングは困った顔をして。
「腹いせに、その辺りの人を殺すしかないね。そんなつまらないことはしたくないんだけどな」
 逃げ惑う人々の間を悠々と、ふたりのヴィランが進み行く。
 隠蔽のための陽動を成すために。

解説

●依頼
 ソングと屠宰鶏を全力で撃退してください。

●状況
・参加リンカーのみなさんの初期設定は、「要人を迎えに港へ来ていたところ、船のほうが騒がしいことに気づく」になります(気づきかたは自由です)。
・客船の中にもう要人はいませんが、当シナリオは完全戦闘シナリオですので、虐殺は起こりません。
・ソングたちとの接触場所は自由です(地形の項目を参照)。
・ソングたちと接触した瞬間、戦闘が始まります。

●地形
 客船で戦場として機能するのは、
1.障害物のない甲板
2.展開しづらいが立体的な行動ができる通路と階段
3.各種器具が置かれたトレーニングスペース
4.個室が並ぶ客室スペース(部屋の中も使えます)
 移動しながら戦うことは可能です。

●敵
1.ソング
・歌うボクサー。両腕が健在なうちは各種パンチによる1ラウンド2回攻撃を行います。
・回避に成功する度、攻撃者(距離不問)へ「カウンター攻撃(気絶のBS付与)」。
・ダメージを軽減する「ブロック」を使うことも。
・基本的に屠宰鶏をかばいます。
・いい連携攻撃や工夫を見せられると、守護を中断してそちらへ向かいます。
・彼との直接攻防中、『ライヴスで爆薬を生成する英雄をテロに使う実験が進められている』ことと、『その実験場の場所』を聞き出せます。うまく水を向けてみてください。
・メギンギョルズ:(格闘武器)
 一見するとボロ布にしか見えない帯。「力の帯」という名の通り、巻きつける事で持ち主の周囲に高密度のライヴスを纏わせ、素手による戦闘を可能にすると共に耐久性まで高める攻防一体の武器である。

2.屠宰鶏(トザイジィ)
・2台のチェーンソーを振り回し、2連撃を繰り出します(攻撃対象1~2)。
・回避力が高く、さらに敵の技や攻撃のクセを学びます。
・「死なないために殺す」という理屈を崩せれば、攻撃力を削ぐことができます。
・生命力が半減するとアクティブスキル「パワードーピング」と「オーガドライブ」を同時使用し、毎ラウンド狂乱の4~6連撃を繰り出します(攻撃対象は1~6/発動中は2ラウンド以降防御力が半減)。
・狂乱状態になると共鳴した英雄が表面化しますが、3歳児相当ですので会話には気づかいが必要です。

リプレイ

●幕開け
 HOPE国際会議に出席するべく、続々と香港入りする要人たち。
 その一団の警護と誘導――繁華街ではなくホテルへ直行させるための――を命じられたエージェントが数人、港に集まっている。
「要人のお迎えやさかい、用心せんとどすな!」
 整えてきた装備を確認しつつ、弥刀 一二三(aa1048)が気合を入れた。
 ちなみに装備は自前の高級弁当メイン。要人警護ということではりきって本部に対能力者装備を申請したのだが、予算を盾にもれなく却下されたのだ。それでもめげずに任務へ向かう一二三なのだが……。
「あの客船から妙なライヴスを感じるが――?」
 一二三の強さも「要人と用心」のボケも無視し、老婆餅(冬瓜の餡を詰めたパイ。香港の定番駄菓子)をくわえたクールフェイスを巡らせたのは、彼の契約英雄キリル ブラックモア(aa1048hero001)だった。
「ライ、においが――」
 キリルと同時に顔を上げたのは老練の人狼、祖狼(aa3138hero001)。応えたのは彼の契約主である若き豹人ライロゥ=ワン(aa3138)である。
「祖狼も思いましたカ……いやな風が吹いていまス」
 ライロゥは読みかけの本を幻想蝶の中へしまい、あらためて風を探った。
「血――でしょうカ。まともな臭いではありませんネ。急ぎましょウ」
 仲間たちと駆け出した契約英雄の百薬(aa0843hero001)へ、餅 望月(aa0843)はわけがわからないまま声をかけた。
「なになに百薬さん、どうしたの?」
「この気はまちがいない! ヴィランが来たのよ!」
 背につけた作り物の羽を揺らす自称天使が、自信いっぱいに言い切った。
「え? 百薬さんて、そんな能力あったっけ?」
 餅は小首を傾げつつ追いかけるしかなかったのだった。

 エージェントたちが足を止めたのは、客船の乗船口前。おそらく数分前までは要人だったのであろうものの前だった。
「さながら屠殺場といった様相だな。生きている者はいないのか?」
 アイザック メイフィールド(aa1384hero001)の重々しい言葉に、彼の契約主・蝶埜 月世(aa1384)が肩をすくめてみせた。
「生存者どころか、目を閉じてあげられる死体もなし。――最悪だわ。今回の報酬でバッグを買い換えるはずだったのに」
「まさか、こちらが護衛につく前に襲撃されるとは……警戒が甘すぎたな」
 重い息を吐いたリィェン・ユー(aa0208)に、契約英雄のイン・シェン(aa0208hero001)が鋭い声音を返した。
「事はすでに起きてしもうておるゆえ、嘆いてもしかたなかろ。次なる問題はこのミンチじゃが……チェーンソーなら、さぞ作りやすかろうの」
 リィェンとインはひとりの少女を思い出す。2台のチェーンソーを笑顔で振り回す、見た目だけは地味なベトナム少女の風貌を。
「しかし。相手が誰だろうと俺たちがやることは変わらん。――だろ?」
「食事に蟹の唐辛子炒めが出て大騒ぎ……という僕の予想は、残念ながらはずれてしまったようだ」
 もうひとつの心当たりのほうが正解してしまったわけだがね。面の真ん中に刻まれた×字状の傷痕を歪め、鶏冠井 玉子(aa0798)が契約英雄オーロックス(aa0798hero001)に言った。
 そのオーロックスの両目は鋭く細められ、惨状とその周辺の状況を丹念に探っていた。彼の狩人としての経験と勘を駆使するまでもなく、結論はすでに導き出されていた。
「……」
 犯人は、船の中にいる。
 彼が玉子に伝え終えるよりも早く、龍娘のギシャ(aa3141)は客船の内へ踏み込んでいた。
「きっとまた香港で暴れると思って、待ってた」
「どちらが狩られる側なのか、奴らの目に焼きつけてやれ。ターンオーバーでな」
 契約英雄のどらごん(aa3141hero001)もまた、着ぐるみ調ドラゴンヘッドを渋くしかめて言葉を紡ぐ。
 そんな彼らの後に続く八朔 カゲリ(aa0098)は、リンクした契約英雄ナラカ(aa0098hero001)の内なる声に耳を傾ける。
『覚者(マスター)、彼の敵に覚悟はあろうか?』
「……逢ってみなければわからないけど、我欲を貫く意志と覚悟はあるだろうさ」

●ボクサーのさえずり
「もうお友だちはいないかな」
 体の動きを阻害しないよう、ゆるく仕立てた麻の黒スーツに身を包んだアフリカン――ソングが客室のドアを押し開け、中をのぞきこんでいく。
「資料に載ってた人はみんな殺しました!」
 白いアオザイを着込んだやせっぽちな少女――屠宰鶏が元気に言う。
 その両手にぶら下げられたチェーンソーの刃が、廊下に敷かれた毛足の長い絨毯に引っかかる。屠宰鶏はその都度がっくんがっくん、歩みを止めるのだが……気にはしていないようだった。
「なんだ。じゃあ、あとはしかえしだけだ」
「あ、いじめっこ! キティどこに連れてった!?」
 豪奢だが幅の狭い廊下に、ギシャの高い声が跳ね回った。
「知ってる人ですか?」
「はじめましてじゃないかな? でも、あの子はいじめっこの仲間だと思うよ」
 ソングの両拳が、掌のほうを前に向けた形で高く持ち上げられた。
「いじめっこの人ですか?」
 ソングの前に立ち、2台のチェーンソーを起動させた屠宰鶏がギシャに訊いた。
「この間会ったばっかりなのに、憶えてないみたい」
『殺す以外のことに興味がないんだろう。相手がバトルフリークなら交渉する必要はない。打ち負して洗いざらい吐いてもらう』
 どらごんに小さくうなずいたギシャが、腰に吊るしていたものを屠宰鶏に投げつけた。虹蛇――全長300センチに及ぶ鞭の先端部である。
 七色の蛇と化して襲いかかる鞭を、後ろから手を伸ばしたソングが払い落とす。
「屠宰鶏、ふたりでいじめっこをやっつけるよ」
 ソングへ苦々しげに答えたのはアイザックだった。
『いじめているのは貴公らだろうに』
 全身をアイザックのまとっていた武装で鎧った月世が、ゴールドシールドを押し立てて割り込んだ。
「屠宰鶏さん、先日はどうも。……ちょっとやり過ぎね」
「? よくわかりませんけど、あなたのこと、わたし殺せなかったんですね! すごいです!」
 2台のチェーンソーが、ハンマー投げのように大きく振り回された。
 重厚な木製の壁をバターのように斬り抜く回転刃。さすがにその抵抗分だけ威力は減じていたが、充分の域を超えた破壊力が月世の盾を揺るがした。
『壁を斬ってなおこの威力とは、相も変わらず凄まじいな』
「気持ちで負けたらそのまま負ける! 平気なフリで押し返すわよ!」
 アイザックに言い返した月世をサポートしたのはカゲリだ。
「打ち負けないために、まずは撃ち勝つ」
 両手のPride of foolsが弾丸を吐き出すたび、銀の髪が宙に踊る。
 カゲリは「手数」でこの序盤を支配しようというのだ。
 銃弾をガイドボードと回転刃でガードし続ける屠宰鶏に、ライヴスフィールドを展開した餅がたずねた。
「ワタシは餅と百薬っていいます。あなたの名前は?」
「屠宰鶏です!」
「なんでこんなところで戦ってるんですか?」
「戦う? わたし、殺します! 殺したら死なないですから!」
 餅が言葉に詰まった。戦わなければ誰も死ななくていい――そう言おうとしていたからだ。
 しかし屠宰鶏の思考に「戦い」はない。この場で屠宰鶏に殺すことへの疑問を持ってもらうには……。
「誰かに殺すように言われました? いっしょにいるボクサーさんじゃないですよね?」
 彼女の言葉を切り崩す糸口を引き出そうと、さらに餅が言葉を重ねるが。
「ボスに言われました! だからちゃんと殺しました! みなさんは、ついでに殺します!」
 チェーンソーのエンジン音が高まり、回転刃が速度を上げた。
『覚者、内容はともかく、あの者の言葉に込められた意志は強く、まっすぐだ』
 ナラカの言葉にカゲリはうすくうなずいて。
「屠宰鶏は「そういうもの」なんだな。だとすれば、俺に説得する言葉はない」
 その言葉にアイザックがため息をつき。
『結局はそうなるか』
「あたしたちには屠宰鶏さんの過去がわからないものね」
 アロンダイトでチェーンソーを斬りつけ、月世は次の一手に頭を巡らせ始めた。
「――耳に刻む 古い古い戦いの歌」
 一方、屠宰鶏を後ろからくるむようにして構えたソングに対しても攻撃が開始されていた。
「幻影よ!」
 リンクし、狼の特性をその身に映す美丈夫と化したライロゥが、天使の幻影を屠宰鶏に放つが。
「勇者は昼を越え夜を越え」
 カバーリングしたソングの腕に阻まれた。
「あれが「長い戦いの歌」か」
 ライロゥに祖狼が応える。
『ふむ。だとすればこれもまた陽動か? それにしてはちと、規模もやりようも小さいが……ともあれ強敵じゃぞ。引き締めよ』
 祖狼の助言を引きちぎるようにライロゥが吠えた。
「なぜこのようなことをする!? おまえたちに誰かの命を奪う権利などなかろう!」
 炎のごとき義憤を叩きつけるライロゥ。
 対するソングは涼しげな顔で。
「権利はあるよ。僕がそうしたいからそうするって権利がね。ないのは資格かな? 誰か売ってくれないかな」
「ふざけるな! 同じ種族同士で殺し合うなど――」
「同族が殺し合う。よくあることじゃないか。そうだろう、ワイルドブラッド君?」
 さらに激しい言葉を継ごうとしたライロゥを、リィェンが制した。
「よせ。奴にきみの言葉は届かない」
 裏社会に生き、あることをきっかけに光当たる世界へ転じた過去を持つリィェンは、ソングという男の危険性を誰よりも理解していた。
 あの手の「友好的な悪鬼」が恐ろしいのは強さではない。なんでもない顔で人を淀みへ引きずり込む、その口先にこそあるのだ。
『彼奴は己を骨の髄まで黒社会の闇に染め抜いた鬼じゃ。耳を貸してはならぬ』
 戦乱の世で、さまざまな形の闘争を味わってきたインもまた、強い言葉でライロゥを引き留めた。
「……裏か黒かよう知らんけどな。質問にはきっちり答えてくれんか? なんで空港狙たり一般人大量虐殺したり、ウチのエライさん殺したりするんや?」
 ソングの右ストレートを盾で防いだ一二三が、固い声で訊いた。
 盾の縁には目立たぬよう、先日ソング自身がエージェントたちに与えたメギンギョルズの切れ端が留められている。
「ああ、誰と遊んでくれたのかわからないけど、この前は楽しんでくれたかい?」
『はぐらかすな。このようなことをする理由はなんだ?』
 キリルの冷たく尖った言葉に、ソングは苦笑い。
「仕事だよ。僕も組織に雇われてる身の上だから」
 一二三のフラメアでの刺突に重ね、フルンディングをソングの右腕へ叩き込んだリィェンが問う。
「わざわざ屠宰鶏のリハビリに来たわけではないということか」
「屠宰鶏の勉強のためもあるけどね。僕には僕の仕事がある。まあ、この前はそれが仕事だって知らなかったんだけどね」
 体の前で腕を固め、大剣をブロックしたソング。
「なら、今は知っているんだね?」
 仲間の攻撃へブラッディランスを重ねる玉子。
「もちろんさ」
 穂先が、ソングのスウェーイングでかわされた。そして。
 玉子の眼前にソングの黒い瞳が迫り、ズドン。玉子の体が、胃にねじ込まれた拳圧だけで50センチも浮き上がった。
「ぅ、ぁっ!」
 床に落ちる玉子。叩かれた胃が体内で迫り上がり、重い不快感と鈍い吐き気で彼女を苛む。
「……よりによって、僕の胃を、叩くなんて……」
 美食家にして調理師という彼女にとって、口から胃までの消化器官は文字通りの命である。玉子は必死で吐き気を飲み下した。この内臓もそこへ取り込んだ滋養も、ひとかけらだってムダにしない!
 玉子の内に在るオーロックスもまた、腹を押さえた掌を見て「なんじゃこりゃあ!?」という顔をしていた。過ぎるほどに無口だが、表情は多彩な男なのだ。
「玉子ちゃん、お腹見せてください!」
『傷は浅くないけど大丈夫。手を当てて手当するよ』
「痛いのが飛んできますように――」
「ソング君と、いうんだったっけ、ね。立ち振る舞いを、見ただけで、強さを、測れるほど、武芸を極めた、わけじゃない、が」
 餅と百薬のにぎやかな介抱を受けながら、玉子は切れ切れに言葉を吐き出した。
「君が、卓越した戦士であることは理解できるよ。でも、ソング君ともうひとりで成立する程度の単発テロになんの意味がある? 料理も悪行も火が命だろう」
 ソングがやっていることは極小規模の単発テロだ。しかも、そこで起こしたはずの火種を次のテロに使うでもなく、世間やHOPEになにかのメッセージを突きつけるきっかけにするでもない。
『見せしめもしかえしも、ソング殿が口で言っているだけ……?』
「前んときは、爆弾屋っちゅう本命隠しで3カ所同時テロやったっけな」
 キリルの疑問に答える一二三。
 それにアイザックが『ああ』と応じ。
『祖狼殿が言われたとおり、陽動――なにかを隠すための行動であると考えれば』
「ソングさんと屠宰鶏さんを送り込んできた理由の説明にはなる、かもね」
 月世が推論を締めた。
「続きは僕が楽しめたらね」
 かるく答えたソングの目から光が失せた。
『質問タイムは一時休憩だそうだ』
「追い込むよ」
 どらごんの言葉を合図に、ギシャはその身を低く沈めた。

●覚悟
 チィッ!
 屠宰鶏の左のチェーンソーが斜め下から天井へと駆け上がった。
 ギシャは体をひねりながら屠宰鶏の左足目がけてスライディング。そのまま足をスルーして壁を蹴りつけ、上へ跳ぶ。
「はっ!」
 宙から放った虹蛇は、屠宰鶏の右のソーに叩き落とされた。
「奇襲失敗ですね!」
 天井の照明を手がかりにして廊下へ降り立ったギシャが笑顔を傾げ。
「そーでもないかも?」
「たあっ!」
 屠宰鶏の横からトリアイナを突き込んだのは餅。
 アクションは大きく隙だらけだが、それは屠宰鶏を油断させるための作戦だ。
 対する屠宰鶏は、穂先を避けてかるくステップバックした。
「踊レ踊レ……深紅ノ燕ヨ舞エ!」
 その体に吹きつける不浄の風。
『屠宰鶏、話どおりの回避力じゃ。狙いをつけたところでまともには当たらんぞ』
 祖狼の言葉にライロゥが奥歯を噛み締めた。
「わかっている! どこでもいい……かすってでもくれれば動きは鈍る!」
 ライロゥの思いは届かず、屠宰鶏はクロスさせたチェーンソーのガイドボードで風を受け流したが。
「当てるだけなら、こんなのはどうかしら?」
 防御姿勢で固まった屠宰鶏へ、月世が大きな白布をふわり。
「シーツ!?」
 白布を斬り裂き、屠宰鶏が飛びだしてくる。
「香港アクション映画に敬意を表して小道具にこってみたわ。使用済みなのが難だけどね」
 そのへんの部屋から拝借してきたシーツを使った攪乱。それが月世の策の第一だった。そして第二は――屠宰鶏が踏んだシーツの端を、ヴァリアブル・ブーメランの先で引き上げる。
「わっ!」
 足をすべらせ、バランスを崩した屠宰鶏へとカゲリが駆ける。
『覚者、彼の者はすでに立てなおしつつある』
 反射的に2台のチェーンソーを床へ突き立て、キャタピラ代わりに使って体勢を取り戻そうとする屠宰鶏。その様を見て取ったナラカがカゲリに告げた。しかし。
「仲間が作ってくれた機だ。このまま全力で討つ」
 ナラカによって力を与えられた細剣が、黒焔の軌跡を引いて屠宰鶏の胸へ吸い込まれた。
「!」
 さらに体勢を崩した屠宰鶏は一度背を床に落とし、その反動を利してチェーンソーで倒立した。
「連携ってほんとにすごいですね! 勉強させてもらいました!」
 その姿に、祖狼があきれた声をあげた。
『傷を負うても勉強とは。なんとも熱心なことよ』
「学ばせればそれだけ多くの人が死ぬ。その学び、ここで断つ!」
 ライロゥが決意を込めた金眼を屠宰鶏に向け、言い放った。
『戦闘経験が少ないらしい彼女にからめ手は有効だ。問題は、何度引っかかってくれるかだな』
 アイザックの言葉に、月世は視線を屠宰鶏のチェーンソーへ飛ばし。
「品は変えられないから、手を変えていきましょう。人が変わる前にあのチェーンソーをなんとかしたいんだけど」
 屠宰鶏は生命力を減じることで、文字通りに人が変わる。主導権が屠宰鶏からその契約英雄へと移り、狂乱の連撃が始まるのだ。
『取り囲むには客室へ入るしかないが、屠宰鶏に得物を振り回す広さを与えては危険だな』
 どらごんが低くうなった。
「ソングと屠宰鶏をちょっとでも引き離すよ」
 言い終えると同時に、ギシャが客室の中へと姿を消した。
 カゲリはなにも言わず、それを横目で見送った。エージェントそれぞれがそれぞれの意志をもって行動している。ならば自分たちも意志をもって敵に当たらなければならない。
『覚者、命を賭す心づもりか?』
 ナラカの問いに、カゲリは屠宰鶏を見据えたまま答えた。
「そうしなければならないときには迷わない」
 カゲリとともに屠宰鶏を見ていた百薬が低くつぶやいた。
『誰にも命なんか賭けさせないよ。みんなもあの女の子も助ける』
 餅もまた、内なる声でこれに答えた。
『うん! 絶対助けるから』
 普段は明るい笑みを浮かべる顔を厳しく引き締め、餅は三叉の魔槍を振りかざした。

「太陽の足は速く 勇者は置いて行かれるばかり」
 ゆるやかに紡がれる戦いの歌。
 それを噛みちぎる勢いで、一二三のワイルダネス・ドリフターが爆音をあげた。
 歌声、爆音、歌声、爆音、爆音、爆音爆音爆音音音……狭い客船の廊下はソリッドな音階で埋め尽くされたが。
「でも勇者は走り続けた」
『一二三、あれは単なる自己暗示だ。ほかの音で邪魔するのは無理だろう』
 かぶりを振ったキリルに一二三が舌打ち。
「名前は長い戦いの歌やしあだ名はソングやし歌歌うし、なんやねんなアイツ。……次は手ぇに巻いてるメギンギョルズちぎったる」
「屠宰鶏のチェーンソーを壊すよりも難しそうだが」
 リィェンがフルンディングを構えてソングへ向かった。
 大きく踏み出した右足を、やわらかく廊下に下ろした瞬間、すべての筋力をもってその足で廊下を押す。地球という超重量を押し込むことで生じる反動を螺旋状に持ち上げていき、得物まで導く。
「ふんっ!」
 筋力や体重、剣重を超えた「重さ」をまとった刃が、ソングの左腕へ突き込まれた。
 玉子の横槍もあり、その突きはソングの細長い体を大きく揺らす。
「勇者は太陽に頼む 砂の女王を殺す剣をくれと」
 内で愕然とした顔をしているオーロックスに、玉子は細いため息を返した。
「どれだけダメージを与えたのかがわからない、とは報告にもあったけど。色味のせいもあって本当にわからないね」
「――ぐああっ!」
 壁を蹴り渡って後ろからソングの腕にしがみついた一二三が、殴り飛ばされて宙に舞う。
「まだまだや!」
 一二三は落下しながらライトブラスターを抜き撃ち、ソングの腕――腕に巻かれたメギンギョルズを狙い撃った。しかしこれはたやすく回避され。
 ズドン。カウンターのスマッシュを食らって転がった。
『声でぇへん――ヤバイ』
『息が、できん……』
 もがく一二三と内のキリルへ、ソングはかるく肩をすくめてみせた。
「さすがにやり方は考えたほうがいいね」
「うっさいわボケぇ! こちとらハラぁくくってきとんじゃ!」
 一二三が苦痛を振り切って勢いよく立ち上がった。脂汗で汚れた顔のただ中、赤い瞳が激情に燃え立つ。
「絶対、歌わしたる!」
 歌わせる――叩きのめすという河内弁と、絶対に真実を語らせるという意志、ふたつを込めた強いセリフだった。
 一二三の覚悟を受け、リィェンが大剣を収めた。
「もう少し後で、とは思っていたんだが」
『どのみち死闘は避けられぬ。ならば後で始めるも今始めるも同じことじゃろう。ふふ。体が熱くなってきおったわ』
 リィェンにインが装着させたのはヴァルカン・ナックルだ。
 そのふたりに玉子がうなずきかけた。
「僕はソング君のカウンターを潰すようにサポートするよ。なに、焦る必要はない。12ラウンドきっちり使い切って、最後の最後でKOすればそれでいいんだからね」
 玉子の内でオーロックスがサムズアップしていたのだが、誰にも気づかれなかった。

●1を2に
「太陽は勇者に告げた 女王の血で刃を濡らせ」
 廊下のただ中。ソングが屠宰鶏の後ろから、その長い左腕を伸ばしてジャブを打つ。
『潜れ!』
 どらごんの指示に従い、ギシャがダッキング(上体を前へかがめる防御)した。しかし、続く右フックをもらい、客室のドアへ叩きつけられて廊下に落ちた。
 さらにそこへ、屠宰鶏がチェーンソーで斬り込んでくる。振り回すのではなく、チェーンソー本体の重さを利用して叩きつける攻撃。
 ギシャはまだ立ち上がれない。
「ダメーっ!」
 振り下ろした大鎌でソーを遮ったのは餅だった。
「ワタシの言葉は屠宰鶏ちゃんに届かない、わかってます! でも! 誰も殺さなきゃ誰も――あなたも死なないんです!」
 下からソーを押し返す餅の顔が見る間に赤く色づいていく。
 彼女の必死を不思議そうに見下ろす屠宰鶏が、ふと口を開いた。
「わたし、死にたくないです。だから殺される前にみなさんを殺します」
 カカカカカ。屠宰鶏のソーを、カゲリの弾丸が叩いた。
「屠宰鶏。おまえが真摯に生死と向き合ってきて得たんだろう結論を尊重するよ。だから俺も、全力でおまえを殺す」
 カゲリの言葉を締めくくったのは、彼が放ったライヴスショット。
「カゲリ君!」
 屠宰鶏が、餅の声音ごとライヴスの弾をいなして回転した。そして、その後ろに立つソングもまた弾をウィービング(頭を左右に振る防御)でかわし。
 カゲリのアゴを、カウンターの右ストレートで打ち抜いた。
「っ」
 一発で意識を弾き飛ばされたカゲリ。しかしその指は、崩れ落ちながらもなお敵目がけて引き金を引き続けていた。
「彼はこうして覚悟を示した。君はなにを示すんだい?」
 でたらめに飛ぶ弾丸を避けもせず、ソングが冷たい目で餅を見下ろした。
 餅はなにも言わずに立ち上がり、倒れ伏したカゲリを守って立ちはだかる。
『カゲリ君が目を覚ますまでがんばる!』
 百薬が力を込めてソングをにらみつけた。
 ――餅への追撃を阻むため、エージェントたちが攻撃を再開した。
『流れ弾にすらカウンターを合わせるとは、過ぎるほどに厄介じゃな』
 祖狼の嘆息に、ライロゥが歯がみした。
「あいつらを引き離すきっかけを作れれば……オレの力が足りないばかりに!」
 それでも仲間を守るため、ライロゥは呪符を投げ続ける。
 その横では、ギシャが、ドアノブをつかんで立ち上がったところだった。
「目がぐるぐるする」
『俺の読みが甘かった。ソングとの身長差を考えれば、ダッキングは有効なんだが』
 どらごんの言に、ギシャは笑みの貼りついた頬をぱしぱし。
「今度はうまくやるよ」
 跳びだした。
「太陽の加護を得た勇者はまた駆ける」
 ソングの左ジャブをダッキングでくぐるギシャ目がけて飛んでくるのは、先ほどと同じ右フックだ。
「待ってた」
 ギシャはソングの右上腕を蹴って横っ飛び。客室へと跳び込んだ。
 それを見た月世が、さりげなく体を入れ替え、盾とブーメランに引っかけたシーツでそのドアを隠す。
「気分は闘牛士ね」
『ひと突きされれば終わりだぞ。しかける際は慎重にな』
 アイザックに青ざめた笑みを返し、月世は手首を返してシーツをはためかせた。
「慎重に、ね。……バッグの代金、危険手当で落ちないかしら?」
 先ほど月世のシーツで足をとられた屠宰鶏が、今度は踏み込まずにチェーンソーを振り込んできた。
「このまま斬ってもらうわけにはいかないのよ」
 月世がシーツを投げつけた。
 屠宰鶏が、後方から自分を包むソングとともに前進し、シーツを横へ払い落としたが。
「ありがと月世」
 入った部屋のとなりの部屋から飛びだしてきたギシャが、敵ふたりを跳び越えて反対側の壁を蹴り、三角跳びでソングを強襲した。
 反射的に迎撃態勢をとるソング。
 ギシャは顔に貼りつく笑みをさらに笑ませ。
「もう3こ」
 ジェミニストライクを発動させた。
 3方向からまとわりつく攻撃をかわすことができず、ソングは屠宰鶏から1歩分離れることとなった。
「いい連携だ」
 ソングが讃えた。彼は月世がドアを隠すのを見、その部屋からギシャが奇襲してくるものと考えていたのだ。
『客室には通風口がある。それを壊せば壁の中を通ってとなりの部屋に出られるのさ』
 どらごんが解説を挟んだ。ギシャと月世の機転が噛み合った結果の連携である。
『ライよ、今こそが機じゃ!』
「盛レ盛レ……灼熱の花ヨ散レ!」
 火艶呪符を額にかざし、ライロゥが呪を唱える。
 放たれたブルームフレアが、ソングと屠宰鶏を隔てる炎の壁となって燃え立った。そしてさらに。
 炎を割って跳び込んだ一二三が、屠宰鶏の肩口へライブスブローを打ち込んだ。ソングの腹に蹴りをかましながら。
「女子にべったりて、オッサンキモいわ! とっとと離れぇ!」
 ブローの衝撃を屠宰鶏自身の体で反射させ、そのまま蹴り足へと注ぎ込んだ。
 ソングの体が大きく揺らぎ、1、2、3歩、屠宰鶏との距離を開ける。
「ふっ!」
 ヴァルカンナックルを装着したリィェンの拳が、ソングの鳩尾を打ち抜いた。仲間の攻撃中、彼は気を練り、力を溜めてきた。そのすべてを握り込んだ一撃は、文字通りの必殺を成して敵を吹き飛ばす。
 槍から大剣に持ち替えた玉子が、その刃を体ごとソングに叩きつけた。
「彼らを分断するよ、オーロックス!」
 オーロックスとともに最大出力。ソングの軌道を押し曲げる。
「そぉれっ!!」
 果たして、ソングが客室の内に倒れ込んだ。
 それを追う仲間たちへ、餅があわてて声をかけた。
「危なくなった人は大きく手をあげて合図してくださいね!」
『はい! 手、挙げてもらっても見えないんじゃないかな?』
 手を挙げる百薬と、悩む餅。
 そんな回復役に介抱されるカゲリが顔をしかめた。
「死にそうになったら、手を挙げる前に声をあげたほうがよさそうだな」
『そうしよう。声をあげるヒマがあればな』
 ナラカは小さく手を挙げて、カゲリに賛同するのだった。

●チョコレート
 続く攻防の中、ついに転機が訪れる。
『屠宰鶏を客室に入れるな!』
 アイザックが指示を飛ばす。
「はい!」
 餅が廊下の左右の壁を叩くように槍を振り回し。
 それに合わせた月世が、廊下に撒いておいたシーツやカーテンを蹴立てつつ、ソングとの合流を図る屠宰鶏を盾で押し返した。
 屠宰鶏は足元をすくわれないことを優先し、2台のチェーンソーを廊下に突き立て、刃をキャタピラのように使って後退したが。
 その右のソーを、カゲリの撃ち込んだ銃弾が弾いた。
「アイデアはよかったけど、少しばかり大きすぎたな」
『加えて行き先が最初からわかっているのだ。当てるだけならばそれほど難しい芸当ではない』
 二丁拳銃を振り下ろして焼けた銃身を冷ますカゲリの内、ナラカが言う。
『そういうことじゃ。ライ、叩き落とせ』
 後ろに回り込んでいたライロゥが、体勢を崩した屠宰鶏の重心がすべて乗った左のソーへ大きく広げたクリスタルファンを打ちつけた。そしてそこへ。
「踊レ踊レ……深紅ノ燕ヨ舞エ!」
 ゴーストウインド。その不浄の風は屠宰鶏の防御力を奪うとともにファンを押し込む追い風となり、屠宰鶏を一気にすくい上げた。
「オレはまだ未熟だ。一手でおまえを倒す力はない。だから重ねさせてもらった。足りない一手にもう一手をな」
 それでも宙で体勢を立てなおそうとする屠宰鶏だったが、その体を月世の盾が打ち、さらに廊下へ叩きつけた。
 そのまま盾で屠宰鶏を押さえつけた月世が仲間に叫ぶ。
「チェーンソーに攻撃を!」
 仲間たちの支援攻撃が右のソーに集中する。
「これで、どう!?」
 月世が、このときのために用意していた釵を、ガイドボードと空転を続ける刃の間に差し込み、ひねりあげた。
 すさまじい衝撃と跳ね回る刃によるダメージとが月世を苛む。
『月世――持ちこたえられるか!?』
「「られる」じゃないわ! 「てみせる」のよ!」
 アイザックに叫び返した月世が、さらに力を振り絞る。
 果たして。
 パギン。乾いた音とともに、チェーンソーの刃がバラバラにちぎれ飛んだ。
「ああああああ!」
 屠宰鶏の叫びは、額をカゲリの弾丸に打たれて止まったが。
 ばつん。ばつん。ゴムがひきちぎれるような鈍い音が爆ぜ。
「きゃっ!?」
 月世をはね飛ばして屠宰鶏が立ち上がる。
『生きる』
 屠宰鶏のものではない、幼子の声で言い放った。

「まいったな。屠宰鶏を守るって約束したのにね」
 ソングが大きく右拳を振り回す。
 後ろ手にドアを閉めたリィェンが、腰を落としてその拳を受け止め。
「さっきの続きを聞かせてくれないか。君たちの襲撃の、本当の目的は?」
「この前の続きさ。隠蔽のための陽動だよ」
「どうしてあっさり白状する?」
 リィェンの拳に巨大な刃を合わせ、カウンター封じを狙った玉子が問う。
 これらの攻撃をブロックしたソングは、またあっさりと。
「僕は悪巧みが好きじゃないから」
「この前、君らは邪英で実験したんだったな。このタイミングで陽動を繰り返すということは……」
『実験はいまだ継続中ということか』
 リィェンとインの言葉を、キリルが継いだ。
『それよりも実験の成果をどこで出すつもりだ?』
 ソングは小さく肩をすくめ。
「太陽は 勇者に応えた 刃を我にかざせ」
「その歌ぁ、すぐ止めたるからな」
 言い放つ一二三の影から、笑顔の内に固い意志を燃やしたギシャが跳んだ。

『殺す殺す』
 屠宰鶏のチェーンソーが2連撃を繰り出した。
「くうっ!」
「ぐっ!」
 月世とライロゥが吹き飛ばされて落ちた。
 すぐにカゲリが屠宰鶏を撃つが、屠宰鶏はまるでそれに構わず、左手のチェーンソーを振り回して壁や廊下を削り落とした。
「ふたりとも、大丈夫ですか!?」
 餅に助け起こされたライロゥと祖狼は、荒ぶる屠宰鶏に目を向けて。
「……出鱈目な奴だな」
『まるでだだっ子じゃな。怒りに憑かれて我を忘れておる』
「怒り――だだっ子」
 祖狼のつぶやきに、餅がはっと顔を上げた。
「あの子、すごくちっちゃな子どもなんです」
『殺す殺す殺す』
 目の前に立つカゲリ目がけ、屠宰鶏がソーを振りかぶった。
『覚者、「殺す」が3回ということは、3連撃が来るぞ』
「あれを3回もらったら保たないな」
『しかし、迎撃はもちろん、あの純粋な意志を砕くのは、今の私たちでは無理だろう』
「だとすれば、俺たちが俺たちを超えるしかない……命を捨てて」
 ナラカに答えたカゲリの体へ、凶悪な回転刃が食らいついた。カゲリの中から血とともに大量の命が流れ出し、失われていく。しかし。
「そんなに急ぐなよ。こうして向かい合うのは最後なんだから」
 カゲリは回転刃を両腕で抱え込んだ。自分の体を刻ませながら、揺らがず、崩れず、倒れず――圧倒的なライヴスを噴き上げて。
「リンク、バース」
「だめです!!」
 ケアレイをかけると同時に、カゲリと屠宰鶏の間へ跳び込んだ餅。その体に屠宰鶏が振り回したソーが食い込むのにも構わず、笑んだ。
『もう、やめようよ。生きてるって、楽しくってやさしくってうれしいことなんだよ』
 彼女の指が探り出したのは、2枚のチョコレート。
『おいしいよー』
 百薬の言葉に続き、餅はそのうちの1枚を口に入れた。そしてもう1枚を、屠宰鶏の口にくわえさせる。
『こ――う、あ』
 びくり。チョコレートをくわえたまま、屠宰鶏が震えた。そして何度も何度も頭を振る。まるで口の中に溶け出す甘みがなんなのか、理解できないかのように。
「とまどってる、のか?」
『攻撃以外のものを与えられたのが初めてなのかもしれぬな。あの契約英雄は』
 カゲリに答えたナラカは静かに息をついた。
 と。屠宰鶏が駆け出した。エージェントたちに背を向け、全速で。
『追うか?』
 ファンを閉じ、ライロゥは祖狼にかぶりを振った。
「オレは今、菓子を持っていないからな。……次は逃がさん」
 ライロゥが見せた仁心に微笑みを浮かべ、祖狼はただ「うむ」と応えた。

「刃を我にかざせ」
 ズドン。
「太陽の腕が刃を白く燃え立たせ」
 ズドン。
「水の守りを」
 ズドン。
「断ち切った」
 ズドン。
 ――4人のエージェントが床に這う。
「僕たちも連携してるのにね」
 玉子が、大剣の腹でソングの打ち下ろしをなんとか防御し、ムリヤリに立ち上がった。
『ああも固く守りに入られてはな』
 ヘッドスプリングで追撃を避けたギシャの内で、イライラとどらごんが返す。
「何回喰らってもぜんっぜん見えへん!」
 ソングの頭上の照明を撃ち落として時間を稼ぎつつ、一二三が転がり起きた。
 彼は何度もソングへのカウンター返しを試みてきたが、そのことごとくに失敗していた。
「どうやって近づいてるのかわかんない」
 ギシャもまた、仲間へのカウンターを阻止するべく手を尽くしては失敗を繰り返している。
 そのカウンター狙いの防御姿勢で、ソングは4人を待ち受けている。このままではひとりずつ打ち倒され、なにも聞けぬままに逃げられてしまう。
 一手。手詰まりな状況を覆す一手が必要だった。
 そこでインが、くつくつノドを鳴らし。
『守りを固めておるのならば、こじ開けるしかなかろうよ』
「俺がしかける。おそらく次の機はない。フォローを頼む」
 リィェンがソングを巻きとるように、円を描いて間合を詰めた。走圏――八卦掌に伝えられる歩法である。
 ソングの左ストレートを内から回した右前腕で弾き、続く右アッパーを返す右掌で押し退ける。そして。
「歌が邪魔なら」
 踏み出すことで生じる前進力に、筋肉の伸縮力と緊張とを乗せた「勁」を、ソングの鳩尾に打ち込んだ。
「っ!」
 発勁と呼ばれるこの技は、相手の体に純度の高い衝撃を与える。この衝撃は肉や血、内臓を激しく揺すぶり、内から相手を傷つけるのだ。
『その元となる』
 リィェンは床を踏み抜くほど強く踏み込み、ソングの鳩尾にあてがった掌を握りしめた。筋肉の動作に手を握り込む力を合わせた発勁。さらに。
「息を殺す」
 踏み込んだ脚を前方へ深く曲げて重心移動、突きだした拳を畳んで肘発勁。
 ゼロ距離からの3連勁に、ソングの体がくの字に曲がった。
『ギシャ』
 どらごんが短く告げたとき、すでにギシャは動き出していた。
 待っていたのだ、このときを。幾度となく床に這わされ、壁に叩きつけられながら、ずっと。
 ギシャが装着した濡れマスクの下で笑み、ソングに左の前蹴り。ソングはこれをバックステップでかわすが、ギシャはその蹴りを床に叩きつけて右足を前へ伸ばし、ソングの膝を踏み台にして上へと跳んだ。
「ギシャたちが考えた、息を殺す方法だよ」
 精神統一によって研ぎ澄まされたイグニスの火炎が、ソングの顔に襲いかかった。
「ぐ、ぅ」
『ただの炎なら効かんだろうが、こいつはライヴスの炎だ。炎だけでなく、熱気を吸い込むだけでノドと肺を焼かれるぞ。息をしたければ逃げるほかない』
 どらごんの解説どおり、炎に巻かれたソングが空気を求め、炎から遠ざかろうと後退する。
「逃がさへんっちゅうの!」
 一二三が火之迦具鎚を振りかぶった。しかし、その大きな予備動作がソングのカウンターを呼び込んで――
『――カウンター返しはできなかったが、考えたのだよ。ソング殿のカウンターが物理攻撃なら、できることがあるんじゃないかと』
 脂汗の浮かぶ頬を不敵に笑ませたキリルの言葉を一二三が継いだ。
「万全じゃあれへんカウンターが絶対来るってわかっとったら、止めるくらいできそうやってな。思いつくまでに、めっさ殴られてもうたけど」
 一二三が鼻先にかざした右手――義手が、ソングの左ストレートをがっしりとつかみ止めていた。
「――!」
 無呼吸のまま、ソングが左拳にライヴスを流し込む。
 ギチッ。ビチッ。ソングに押し込まれ、一二三の義手の端々から回路の焼き切れる音が弾け飛ぶ。
『このままでは押し負ける! しかも私のやる気も急速低下中だ! 糖分だ! 糖分を補給しろ!』
「マジか!? ここで魔法少女に変身はかんべんやで!」
 キリルの絶叫に顔をしかめつつ、一二三はチョコレートを噛んだ。糖分が熱と化して彼の命とキリルのやる気にくべられ、蓄積したダメージを甘く癒やす。
「おらぁ!」
 回復した一二三はソングを押し離し、今度こそ火之迦具鎚のフルスイングを叩きつけた。
「惨劇はここで終わりだよ」
 玉子の疾風怒濤が、ソングの鳩尾、胸、ノドを打ち据えた。

●隠蔽の陽動
「――2度も歌を奪われて、カウンターまで止められるとはね」
 炎を払い、再び構えをとったソングが、歌ならぬ言葉を発した。
「まだやれるんか。元気なオッサンやな」
 げんなりと言う一二三に、ソングは薄く笑みかけて。
「会議で爆破テロが起こったら、君たちは困るんじゃないかな?」
 唐突な言葉に、玉子が眉尻を跳ね上げた。
「会議? まさか、HOPE国際会議か?」
 オーロックスも玉子の内でわなわな震えている。
「会議が本命だとすれば、先の同時テロ騒ぎは、爆弾屋という邪英の調整実験か」
 リィェンの言に、インが難しい顔で問いを添えた。
『要人を暗殺したのはなぜじゃ? 陽動ならばまっとうなテロのほうが効果が高かろう』
「HOPEの要人が殺された。一枚岩じゃない古龍幇の誰かが仕組んだことかもしれないと、HOPEは疑わずにいられるかな?」
『1度めのように大々的なテロをしかけなかった理由は、それか』
 どらごんが重いため息をついた。
「そして君たちは実に速やかに暗殺犯を撃退した。古龍幇はどう思うだろうね」
『HOPEの、狂言――』
 答に気づいたキリルが息をのんだ。
 この陽動は、邪英実験の隠蔽を狙っただけのものではなかった。真の目的は、HOPEと古龍幇の信頼を崩すこと――この襲撃は、その真意を隠蔽するための陽動だったのだ。
 そして結果がどうあれ、ソングの目的はすでに達成されている。
 ここで客室に入ってくる屠宰鶏対応班の面々。
「ノックは省略するけど――結局あなたはどこの誰なの?」
 月世がソングをにらみつけた。
「HOPE、古龍幇、それとも別の組織の関係者かな? どこの誰でもおかしくはないね」
 ソングはエージェントたちの視線を悠然と受け止めて。
「さて。爆弾屋を押さえてテロを止めるかい?」
 隠蔽のための陽動が成った以上、テロはすでにおまけだ。それでも被害を最小限に抑えるべく出動せざるをえないのがHOPEの立場である。
「悪巧みは嫌いなんやなかったんか」
 一二三の皮肉に、ソングは薄い笑みを返した。
「これも仕事だからね。……屠宰鶏は逃げちゃったみたいだし、僕も退散するよ」
 窓へ向かうソングを、ギシャが追う。
「キティはどこ!?」
「邪英? この港には製薬会社が造った地下通路がある。僕たちもそこを通ってきたんだけどね。その奥の地下施設が邪英の実験室だよ」
 ギシャの追撃をかるくかわし、ソングは窓を破って海へと身を躍らせた。
『我々は戦う前に負けていたわけだな』
 ため息まじりに言うアイザックへ、祖狼が静かに声をかけた。
『後手に回るしかないワシらの戦は常に負けより始まる。その都度巻き返すしかなかろうよ』
「かならず償わせてやる。すべての糸を引く黒幕に」
 拳を握りしめたライロゥの傍ら、餅が同じように手を握りしめていた。
『あの子、チョコおいしいって、思ってくれたかな?』
 百薬の言葉に、餅は小さくうなずいた。
「きっと」
 一同から離れ、カゲリとナラカは屠宰鶏と戦った廊下を見ていた。
『覚者、死に損なったな』
「ああ」
『次があれば、今度こそ命を賭すか?』
 カゲリはうなずいた。
「そうしなければならないときには迷わない」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 希望の調律者
    祖狼aa3138hero001
    英雄|71才|男性|ソフィ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
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