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ミュシャからの依頼
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【相談】ミュシャさんの力に…
最終発言2016/03/02 12:40:25 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/29 12:37:49
オープニング
●ヴィランズ『アスカラポス』の男
子供が明るい声を上げて走り去った陽光満ちた道沿いの、厚いコンクリートの壁を挟んだ闇。ひとりの男が一本の剣を煤けた豆電球の光にかざした。精工で意匠を凝らして彫られた柄、冷たく冴える刃がはじく光。
「最近、個性的な武器が増えてうれしいし、いそがしい」
薄汚れたグレーのバンの前で嬉しそうに話すのはオレンジ色の髪と緑の目をしたそばかす面の男だった。二メートル近い身体に色鮮やかな服を着ていた。
「僕はね、いろんな武器をあつめるのがすきなんだ。キミのこれもなかなかいいからほしくて」
そう言った男が掲げた剣の柄には、まだ血を垂らした右手があった。
●ミュシャ・ラインハルト
H.O.P.E.の訓練室で長い間剣を振るっていたミュシャは、汗を拭うとその剣を鞘に収めた。硬い金属音と共に剣の柄に彫られた美しい花が煌めく。
──デーメーテールの剣。
美しい花を飾ったそれはデザインの割にやや大振りで、小柄なミュシャには大きくエルナーの手にぴったりの大きさだったが、共鳴して背の伸びた彼女になら充分に扱えた。その美しさのせいか普段は武器に拘らない彼女が好んで使用する武器。
「もうそろそろお昼ですよね」
そう言った瞬間、小さくお腹が鳴ってミュシャは頬を染めた。
「そうだね、そろそろ行こうか」
共鳴を解いたエルナーが笑う。
ロビーの柱に身体を預けたミュシャは編んだリボンを下げた携帯端末を取り出すと微かに目を細めた。それはバレンタインに友人から贈って貰ったチョコレートの包装についていたもので、そこからはまだ甘い香りが漂っているような気がした。
「うわあ、きれいな剣だね!」
突然、背後からかけられた声に驚いて振り向くと、鮮やかなオレンジ色の髪が目に飛び込んで来た。
「すごい! この剣、なんていうの? あ、僕はキファ!」
「……デーメーテールの剣だ」
ミュシャの冷たい眼差しなどお構いなしにキファは顔をくしゃくしゃにして笑いかけた。
「へえ、で、キミはなんて言うの? 僕と友達にならない?」
「……友達?」
端末が震える。はっとしてミュシャはその画面に目を走らせた。
「ほんとうにきれいだねえ。すごいなあ! ねえ、もうちょっと見せてよ」
「──わかった」
「えっ、いいの!?」
一瞬、後ろを振り向いてから、ミュシャは男の後を着いて歩く。
薄汚れたバンの前で金髪の女性が座っていた。
「キファ、その子は?」
「トモダチ! いまそこで会ったんだ」
「また……サルガスが早く来いって言ってたよ」
「だいじょうぶ、すぐだから」
ミュシャは二人の間に置かれた椅子に座ると、キファを見上げた。
「キファはエージェントなのか?」
「そうだよ、彼女はラリス。最近副業が忙しくてH.O.P.E.に行ってなかったけどね。たまには行ってみるもんだね!」
「そうか」
頷くミュシャの隣で、ラリスが椅子から立ち、バンのドアを開けた。
「ねえ、それより剣を見せてよ」
手を伸ばすキファの手をミュシャが払う。その瞬間、ナイフが撃ち込まれた。即座にそれを避けたラリスはバンの陰へと逃げ込む。ナイフを構えたエルナーが走る。
「馬鹿、キファ! だからさっさと帰ろうって言ったんだ」
ラリスの怒声。キファはきょとんとミュシャを見る。いつの間にか剣を抜いた彼女は憎悪を込めた視線を目の前のヴィランに向けていた。
「……H.O.P.E.の友人からの依頼の誘いのメールだ。オレンジ頭のバンに乗るゴミクズ退治だそうだ」
チラリ、とバンのナンバーに目線を走らせる。
「へえ……!」
キファは素早くミュシャの腹に蹴りを入れると、怯んだ彼女をバンの荷台に投げ込み、その後に続く。動き出すバンの扉を慌てて掴むエルナー。それを一瞥し、キファは二メートル近い長身でミュシャの腹に膝を当て、片腕で彼女の首元を押さえる。潰れた蛙のような声を出した彼女に、もう片手で掴んだ剣を見せた。。
「いいね、細い手首だ。共鳴状態のようにはいかないけど、さっとおしきってあげるよ」
しかし、ガツンと車が大きく揺れ、その手元が狂う。剣先は逸れてミュシャの肩口に深く刺さった。運転席へ怒声を上げたキファだが、殺気を感じ慌てて身を捻る。突き出したナイフはそのままに、エルナーはミュシャに片手を伸ばす。幻想蝶を介して二人の手が結ばれた。
「くそ!」
共鳴したミュシャがデーメーテルの剣を振るう。光の軌跡はキファの右手首を跳ね飛ばした。
「おぼえたぞ、デーメーテールの仔! てめえは必ずその剣でぐちゃぐちゃにしてやる!」
咆哮を上げてキファはバンに乗っていた荷物箱をミュシャに向かって蹴り倒した。
車から叩き落されたミュシャは共鳴を解くと、傷口を押さえながら荒い息でエルナーに声をかけた。
「端末を! エルナー」
「その身体じゃ無理だ!」
「違う……」
エルナーから端末を奪い取ると、脂汗を浮かべながらミュシャは笑った。
「あたしの端末を残した。H.O.P.E.なら……エージェントなら追跡できるはず」
●『アジトへ向かいヴィラン達を逮捕せよ』
ミュシャの情報を受けたH.O.P.E.より依頼されたエージェントたちは地下にある占いの館の前に辿り着いた。
ここが──今は一行の誰もがまだ名も知らぬヴィランズ、『アスカラポス』の隠れ家である。彼らはミュシャの復讐の相手ではないが、彼女が最も憎む快楽殺人を好むヴィランの集団である。
解説
PC情報
・状況
ミュシャがヴィランに襲われた。ヴィラン達はアジトへと逃走。
スマートフォンの電波によって、H.O.P.E.により隠れ家を発見。
・目的
ウィラン達の確保と情報収集
以下はPL情報です。
・舞台:ヴィランズ『アスカラポス』の隠れ家
地下にある占いの館で数ある隠れ家の一つ。厚ぼったいカーテンがいくつも垂れ下がり視界を遮り、その陰からヴィランが襲い掛かって来る。奥の重厚な扉の奥にはキファのコレクションの手首付き剣が壁に貼り付けられている。
また、建物内にはいくつもの監視カメラが隠してあり、ネット回線を使ってリアルタイムで情報を別な隠れ家へと送っている。この依頼時に全てのカメラを見つけ出す事は不可能。
キファ自身は治療のため居ないが、彼の武器集めに共感する二人の共鳴状態ヴィランが居る。
・敵情報
リック・ハッピー:スキル不明。太めのドレッドノート力押しが多いが狡猾。
ミザリー・ロウ:スキル不明。ワイルドブラッドのソフィスビショップ。占い師役を演じている金髪の残忍な美女。
・NPC情報
キファ&ラリス:他の快楽殺人を目的とする仲間とは違い、武器蒐集に固執するヴィラン。ただし、持ち主をその武器で殺すことが趣味。バンに残されたミュシャの携帯電話には気づいていない。
ミュシャ&エルナー:ヴィランを激しく憎むリンカー。しかし、最近、他のエージェントとの出会いにより僅かな変化があった。
今回は独断専行をせず、他のエージェントに任せて病院へ向かった為に調査は不参加。
プレイングで要望があればEDで出ます。スマホをバンに残した。
・その他
戦闘に勝利し探索すれば、リック達からの自白、または資料により『アスカラポス』という名前のヴィランズ組織について、そこは隠れ家の一つであるということと、他の隠れ家のヒントが見つかる。
リプレイ
●H.O.P.E.にて
「ミュシャちゃんが怪我!? なんで!?」
話を聞いた今宮 真琴(aa0573)は一瞬息を飲んだ後、叫んだ。英雄の奈良 ハル(aa0573hero001)も眉をひそめる。
ミュシャの依頼を伝えたのは彼女の『友人』を名乗る、五十代のH.O.P.E.職員の女性だ。ミュシャをエージェントにスカウトしたのが彼女だという。
「これは任されたってことだよね……」
唇をきつく結び、そして、瞳に強い光を宿した真琴とそれを諫めるハル。
「冷静にな? 狙撃手は……」
「頭に血が上ったらお終い、でしょ」
「……分かっているならいい。冷たく燃えろ、1人残らず撃ち抜け」
同じくミュシャの友人の早瀬 鈴音(aa0885)とN・K(aa0885hero001)、月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)も緊張した面持ちで話を聞いていた。エージェントである以上、傷を負うのは避けて通れない。特に今はH.O.P.E.自体が国際会議を控えているせいか何かと不穏な状況である。だが、それでも。
由利菜とリーヴスラシルはこの情勢下、何らかの依頼があると踏んで待機していたのだが、ミュシャが襲撃されたと知り駆け付けたのだった。心配と共にヴィランへの怒りを抱く。
「ヴィランの逮捕か。中々本格的な依頼だな」
少し無精ひげの目立つ、ともすれば貧相とも言える中年男性、愛宕 敏成(aa3167hero001)は隣に佇む制服姿の女子高生に話しかける。
「エージェントの人の手首切り落とそうとしたんでしょ? サイコっぽくてちょっと怖いよね」
眉を顰めて答える須河 真里亞(aa3167)の返答は独り言のようだ。
「まあ、邪魔にならないように後方警戒に努めることにしよう」
真里亞を気にすることなく、敏成は自分たちの実力を鑑みた発言をした、のだが。
「……報酬泥棒?」ぽそり、と真里亞が呟く。
「……適材適所」と敏成。
「……分不相応」
「……じゃあ、帰るか?」
「……敵前逃亡」
「……わかった。もう少し頑張るから」
結局、今回も敏成は折れた。
●道中
潜入後のそれぞれの行動と合図を決め、イヤホンマイクの通信機を確認する。これはH.O.P.E.が用意してくれたものだ。イヤホンマイクが見えないよう、能力者である女性陣は髪を梳き整え、真琴はいつものチョコバーを口にした。
「真琴がフラッシュバン使う時は、あたしはコレを使うつもりだよ」
普段着の早瀬 鈴音(aa0885)が取り出したのはサングラスだ。お洒落な鈴音の私服によく似合っていて、まさかそれが戦闘用だとは誰も思わない。戦いがあるというのに鈴音が珍しくやる気なのは、友人に頼られているからなのだろう。
「無茶はしないのよ」
鈴音の英雄、N・K(aa0885hero001)が心配そうに鈴音を見る。
「過保護、だって」
軽く答える鈴音にN・Kは困ったように空笑いした。
「ミュシャとやらの連絡に不手際がなければ、ブロンドの女ヴィランが居るんだな?」
華やかな少女の多い一同の中で一際異彩を放つ五々六(aa1568hero001)だが、それを全く気にする様子もなく、淡々と作戦を練る。彼の能力者である獅子ヶ谷 七海(aa1568)は臆病で気弱そうな少女の姿をしているものの、五々六の陰に隠れるわけでもなく、大きな子猫のぬいぐるみを抱きしめたままただそこに座っていた。
「ミュシャちゃんの報告のヴィランは、もしかするとキファっていうヴィランの英雄かもしれないか…な…」
真琴が五々六の威圧感に微妙に怯みながらも提案する。もしかしたら、ヴィランたちは常に共鳴しているものなのかもしれないが、キファが言ったという「共鳴状態のようにはいかないけど、さっとおしきってあげるよ」と言葉が忘れられなかった。
●カメラ:占いの館前
古いビルの正面、地下に降りる階段の前で若い女性多めの集団が足を止めた。
「ここが噂の占い館だよね?」
ヴィランズの根城ということで、監視を意識した台詞を口にしたのは鈴音だ。怯むことなくドアの前に立った彼女はもう既にN・Kと共鳴している。ゆるく着た普段着の下にはしっかりと防具が着こまれていた。同じくハルと共鳴している真琴は陰陽モードと呼ぶ、濡羽色の和装姿だ。ピンと立つ白狐の耳や二つの尾の代わりに首元の傷は消えている。元々そういった姿の英雄も現世では少なくはなかったが、ワイルドブラッドの存在が公表された今なら輪をかけて珍しい姿ではない。
「私、占ってみたいです。ラシルはどうですか?」
目線を交わす由利菜とリーヴスラシル。共鳴していない二人も私服で女学生を装う。その代わりにいつでも共鳴できる距離を保つ。
共鳴した七海もぬいぐるみを抱えて小さく頷く。そして、最後に──。
「そういうわけで、トシナリ、支払いお願いね」
「あ、ああ……」
真里亞の声に頷いたものの。占い館へ入店する女子学生に扮した一同のしんがり、愛宕敏成、恐らく独身の四十七歳くらい。どういった立ち位置で行けばいいのかわからない。
●カメラ:裏口
「……殺しにいかないのか?」
闇に溶けるような銀糸、夜の雪のような白い肌。英雄キュベレー(aa0526hero001)の静かな問いに言峰 estrela(aa0526)はわらい、やれやれとわざとおどけたポーズをとる。
「殺せないでしょ? ワタシ達エージェントだし」
「……」
無言だが、キュベレー不満そうな気配を察して、エストレーラは今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「まあでも? たまたま遭遇しちゃったら、びっくりして殺しちゃう事もあるよね?」
「……そんな運の良い奴がいたらな」
エストレーラの笑顔に同調するようにキュベレーは口角を吊り上げ、幻想蝶が二人の姿を一瞬隠した。
共鳴し闇に降り立ったエストレーラは、子供だましのささやかな罠を見つけると解除し、扉の鍵を開けた。
「たいしたことないのね」
恐らく、侵入など恐れて居ないのだろうが。罠を外す要領でカメラを潰して、ため息をついた。まるで、壁に飾りピンでも刺すかのように無造作で無作為に無数の監視カメラが設置されている。これを全て見つけて外すのは難しいだろう。
●カメラ:占いの間
エジプシアン・レッドの厚さの違うカーテンが天井から何枚も垂れ下がり、床には毛の短い吸音性の高いであろう厚手のカーペットが敷き詰められている。弱い間接照明の灯がいくつも設置された店内は薄暗く淀んだ空気で満ちていた。
「今、やっていないんですか?」
開いた扉から差し込む光が舞い上がった埃をきらきらと光らせる。
監視カメラが無数に設置されている現状。それをエストレーラから無線機で知らされたエージェントたちは慎重に客を装い中に踏み込んだ。どのようなカメラかわからないが、ヴィランたちが監視カメラを見ていれば、二手に別れようと客を装おうと、敵が彼らの行動を全て把握していることは想像に難くない。
「今日はまだやってないんだよ」
厚いカーテンを押して現れたのは、細い煙草を口に当てた金髪の美女だった。しかし、ミュシャの報告の金髪の女性とは違いこちらはたっぷりとした長い髪を垂らし、占い師の衣装だろうか、ゆったりとした床まで届くような、黒のレースを重ねたドレスを着て。
「……」
真里亞の瞳が冷たく冴える。──女占い師は豊かな金髪の上に艶やかな黒い獣の耳を持っていた。ワイルドブラッドだ。
「こんなにお客様がいるんだし、少しくらいサービスしてくれてもいいんじゃない?」
鈴音は気にせずずかずかと女占い師の元へ歩いて行く。自分に注目を集め、その隙に仲間に部屋を調べてもらうためだ。しかし、彼女は鈴音を一瞥すると火を点けた煙草の煙をふっと吐き出した。
薄暗い室内は何重にも垂らされたカーテンによって視界が悪い。道中かけたライトアイによって暗闇は見通せるが、障害物の向こうは見ることはできない。
「──まあいい。そこまで言うなら簡単に占ってやろう」
まるで商売する気の無い様子だった美女が、急に煙草をもみ消した。
「ほら、『右手首』を出しな」
女の言葉に一同に緊張感が走った。ミュシャを襲ったキファ。彼の特徴的な『手首ごと武器を刈り取る』所業は全員が知っていることだ。女は鼻で笑った。
「見てやると言っているだろうが!」
突然、鈴音の手を掴み机に引き倒す。その手には袖から引き出した呪術が刻まれた扇が握られていた。
「あぶない!」
叫んだ、由利菜、真里亞が素早く共鳴し、七海、真琴が駆けだした。
●カメラ:小部屋
鍵開けのスキルで金庫を破ったエストレーラは、ざっと中身を調べてめぼしいものを幻想蝶の中に放り込んでいた。
「アスカラポス……ね」
神経質なメンバーでも居るのか、この手のヴィランズとしては意外なことに、細々とした資料があった。アスカラポスは快楽殺人を好むような可笑しな性癖を持つヴィランを集めて組織したものらしいが──心置きなく『それ』を愉しむために、組織として金を貰った殺人を請け負っているようだった。その金でたくさんの隠れ家を用意し、憂いなく……殺人を愉しむという、報告書の形をした胸糞の悪い書類が山のように出てきた。
エストレーラは持ち帰ることができるものは幻想蝶へ、無理なものはインスタントカメラで撮影し電子データをノートPCへと素早く情報をわけていく。
──……。
エストレーラは作業の途中に見つけた監視カメラに向かって毎回丁寧ににこっと笑顔でピースサインを送っていた。その行為に対し、共鳴したキュベレーの無言の問いかけを感じた。彼女は、何度目かのピースサインを送った後、相棒へ更に笑みを深めて言った。
「写るなら可愛く撮ってもらいたいでしょ?」
──……馬鹿が。
呆れたキュベレーの呟きにエストレーラは背負った黒漆塗りの鞘に入った太刀を背負い、そして片手に抜き身で下げたもう一本の太刀の、闇夜を照らすような美しい刀身を揺らして挑発した。
「──……」
その時、何か囁きが聞こえた気がして、エストレーラは振り返った。しかし、周りには誰も居ない。
「……そーいえば電源切るの頼まれてたわね」
わらうエストレーラが笑みを消した。その視線の先にはブレーカーがあった。彼女がためらいなくブレーカーに手をかけると、通信ボタンを押し『合図』を送る。
「真っ暗で調査しても仕方ないし、情報の整理でもしようかしら」
パチン。ブレーカーを下ろし視界から光が消えるのと同時に何かがエストレーラを殴り倒した。
●カメラ:占いの間
鈴音の星天の腕輪が光をはらみ、無数の光弾がヴィランへと降り注ぐ。
「私も一個だけ占いできるの。10分後くらいのお姉さん。どうなってるか教えて欲しい?」
同時に薄暗かった世界は完全に闇に落ちた。
室内の様子を見て愛用の大剣ではなく、七海は鉄扇を取り出す。先程頭に叩き込んだ、申し訳程度の間接照明の位置へと駆け、鉄扇ひるがえした。ガラスの砕ける音。それを行ったのは七海自身か共鳴した五々六か。
ラジエルの書を構えた真琴の耳に激しい物音が飛び込んで来た。
「言峰さん!」
着物の裾を翻して身体を反転させる。暗い室内でもライトアイのお陰で様子はわかる。そう広くない建物なのだろう、音は近い。しかし、真琴がそちらに行くより早く垂れ下がったカーテンの一つが天井から引きちぎられた。カーテンに塊として部屋の中に投げ込まれたのはエストレーラだ。
「ミザリー、殺していいんだよな」
また別のカーテンから伸びた太い腕が太い剣の刀身をまだ布に絡まっている少女へ下ろした。
「あはは、リック! こんなとこに大勢のお客様来ることなんて、血まみれのキファが帰って来るのと同じくらい無いしねえ! やっちゃえよ!」
興奮して一歩踏み出したミザリーの足元に真琴の神速の矢が刺さり、女ヴィランは舌打ちと共に後退した。
同時に、真っ直ぐに羽がエストレーラを襲った丸太のような腕に突き刺さる。闇の中、視界が不自由なヴィランの呻き声が響く。羽根の出所を感覚で追えば、闇の中、ふたつの金の光が瞬いた。しかし、ライトアイをかけたエージェント達にはそこに青灰色の狼が二本足で立って居るのが見えた。
「ズバァっと行くの!! なんかイライラする!」
共鳴し、獣人と化したワイルドブラッドの真里亞が叫ぶ。それは濁り歪んだ獣の咆哮のような声だった。その隙にカーテンだった布の残骸から這い出したエストレーラが孤月を滑らせる。しかし、薄いカーテンが裂けただけで、そこにはヴィランの姿は無かった。
「そこっ!」
カーテンの足元を見ていた真里亞が獣の声で叫んだ。
共鳴した七海が素早くそこに一撃を叩き込む。しかし、狭くカーテンにより不自由な視界。その一撃は一枚のカーテンを裂いただけに留まった。だが、代わりに別の布地の間から繰り出された一撃を開いた鉄扇でいなす。その動作に、攻撃を仕掛けたリックの酒樽のような太い筋肉質な身体が露になった。
──鬼祓の鉄扇か。
声が、小さな声が聞こえた気がして、鈴音は周りを見回す。闇の中、確認した敵は二人。もう一人、居るのか。
「いくよっ!」
真琴の声に、一同ははっと身構えた。ふわりと式紙が舞う。
「響け……響け! 鈴鳴!!」
真琴のフラッシュバンが強烈な光を放つ。ふたりのヴィランはこれは予想ができなかったらしく、視界を奪われた目を押さえて呻き声をあげる。鉄扇で目元を覆った七海が姿を現したドレッドノートに向かう。
真琴はフェイルノートを構える。ラジエルの書の方がここでは使い易い。しかし、彼女は威力を選んだ。冷たい怒りと共に放たれたそれはリックの足を射貫いた。ふたたびつがえた矢は腕を狙う。
「おい、キファ。おまえのコレクションを素晴らしいとは思うが」
少し退いてカーテンの陰に隠れたミザリーが壁のカメラに……いや、その近くのマイクに語りかけた。
「アタシは殺るのは占いに来るような悩んだ子羊を後ろから切り裂くのが好みなんだ」
微かにカーテンが揺れたことにミザリーは気付くことができなかった。
「ならば、その獣の爪を折ります!」
──牙を剥く相手を選ばせはせん。私達に付き合って貰うぞ!
リーヴスラシルと共鳴した由利菜が厚いカーテンを跳ね上げて剣を振るう。
「おお、こわい。ワイルドブラッドは撃たれ弱いのよ」
「ワイルドブラッドとの戦いは初めてです」
距離を詰めようと撃ち込んだ剣で脚を裂かれたミザリーから、お返しとばかりに魔力の弾が撃ち込まれる。食らった由利菜は、苦し気に呻いて距離を取った。
「ワイルドブラッドのソフィスビショップとの戦いも、だろう?」
「ソフィスビショップがなんたるかは知っています──」
──エオローの守護を……対魔術障壁、展開!
リーヴスラシルの詠唱と共に貼られたリンクバリアによりミザリーのゴーストウィンドは狙った効果を得られなかった。
「リック、魔法効果が切れるまで交代だ!」
「無茶言うな、こっちは四対一だぞ!」
ふわり、由利菜の金髪が風も無いのに揺れる。付与効果の気絶を狙ったライヴスリッパーが繰り出される。
倒れた仲間の姿にリックはぎょっとする。体重を乗せた鈴音の剣を己の剣で押さえていたリックは彼女の身体を付き飛ばし、逃亡を図った。
「ぐっ」
まるでタイミングを計っていたかのように、真里亞の裂いたカーテンの布がリックの頭から覆いかぶさって来た。慌ててそれを取り払おうと彼は暴れたが。
「綺麗に折ってやるから安心しろ。暴れると、かえって痛いぜ」
七海の華奢な姿がカーテンの向こうに見えた。その次の瞬間、ヴィランはかつて彼が彼の獲物たちにしたよりずっと優しく、四肢を折られた。
●カメラ:最奥の部屋
鈴音に傷を癒して貰った一同は最奥の部屋のドアを開けた。
「イイ趣味してるじゃない? 貴方とお似合いよ?」
共鳴を解き、ブレーカーを上げたエストレーラは、その部屋に入ると自分の相棒をちらりと見た。
「……だとすれば、お前を殺して寝返るまでだ」
キュベレーは悪びれもせず毒を吐きニヤリとエストレーラを見つめる。
「……ワタシの目的より魅力的だったのなら、赦すわよ?」
にやにやと笑みを浮かべるエストレーラに彼女の英雄は、クク……とあざけりわらう。
二人は決してそりが合わないわけではなく──絆の形が他者よりひどく歪なだけなのだ。
逆にその部屋の、恭しく壁に飾られた剣を目の当たりにして激昂したのは真琴たちだった。
「……なにこれ………なんだ! これはっ!?
「趣味が悪いな……ただ少し落ち着け……。よくみろ……ミュシャ殿ではないじゃろう」
真琴を落ち着かせようとするハル。
「いや……っ!! 趣味が悪いにも程があります……!」
「ここに飾るのは、キファとやらの手首だけで十分だな」
思わず悲鳴を漏らした由利菜を庇うように立ったリーヴスラシルは、美しい顔に嫌悪を浮かべた。
──この建物で一番広いその部屋には、数多の武器と、その持ち主であろう手首が壁に打ち付けられていた──。
「流石に趣味、悪すぎ……」
逃げ出すほどじゃないけどちょっと気持ち悪いよね、そう言う鈴音の顔色も悪い。N・Kに至っては共鳴を解くことすら拒否した。
「探したいのはPC、電話など連絡手段だよね。キファを追うのは無理そうだけど、そういうものがあるならアジトが他にもあるって思える」
気丈な鈴音の言葉に、多くのリンカーは壁から目を反らして探し始めた。
「快楽殺人に、偏執的な武器蒐集――共感こそできないが」
五々六はそこで口を閉じた。彼はこのヴィランたちをことさら否定する気はない。そう、こんなただの『チンピラ』どもに、元より興味などないのだ。
──だが。もし、こいつらの先に愚神が待ち受けているならば……それだけで、この組織を潰す理由になる。
そんな五々六に対してもこの部屋に対しても、ぬいぐるみを抱きしめた少女は何も言わない。
逆に展示された武器を詳しく調べたのは、意外にも真里亞と敏成だった。ふたりは武器を壁から外し手首は丁寧に布に包んだ。よく見れば武器は埃一つなく手入れされ、手首は作り物と見間違うほどしっかりと防腐処理が施されていた。
「……本当にサイコだったね。でもオレンジ頭はどこに行ったのかな?」
「他にアジトが無いか通信文とかメールとかの記録があれば良いんだが」
一同は他のヴィランズとの繋がりが無いかも含めて、書類どころか電子データまで調べ上げた。
ヴィランたちは、五々六に自決防止のために口にカーテンの端切れを詰め込まれた上、下着姿で縛り上げられていた。目を覚ました彼らはただ部屋の片隅で震えていた。
「お前たちか……! ミュシャちゃんを……!!」
二人が目を覚ましたことに気付いた真琴がフェイルノートを構える。
「落ち着けって! 殺すな!! まず情報が先じゃ!」
止めるハルの横を由利菜が通り抜け、すらりと抜いた剣先を女の喉元に付きつける。
「……敗者に黙秘権は与えません。長生きしたければ、包み隠さず答えなさい……!」
●ミュシャ
ミュシャ・ラインハルトはぼんやりと窓の外を眺めていた。英雄のエルナー・ノヴァは瞳を閉じて黙って椅子に座っていたが、ふと、病室の入り口の気配に気づくと小さくミュシャの名を呼んだ。ミュシャの顔が日が差し込むようにぱっと明るくなる。
「えへ、きちゃった」
「見舞いで言う台詞じゃないな」
大きな荷物を抱えた真琴とハル、鈴音とN・Kが顔を出し、続いて入室した由利菜とリーヴスラシルがそれをミュシャに差し出した。
「……あっ」
差し出されたスマートフォンにリボンが揺れる。ミュシャは言葉を失い、次いで涙をためて顔をくしゃくしゃにした。
「ありがとう……」
「災難じゃったな……大元は逃がしたようじゃ……スマン……」
謝るハルに、ミュシャは静かに首を振る。
「ありがとう。──次はあたしも行く」
結局、キファは逃した。見つけた隠れ家も全て引き払われた後だった。
捕まえたヴィランたちからは『アスカラポス』という名前の単独の組織であること、そして特に目的もなくそれぞれが突発的に残虐な行為に及ぶこと、ミュシャが襲撃されたのはキファの気まぐれで、今彼がどこに居るかは誰もわからないこと……そして、キファは一度目を付けた獲物を忘れないことなどを聞き出した。
そんな陰鬱な気分を吹き飛ばすかのように、真琴が包みを開いた。
「そして、じゃーん、お見舞い品でーす! これはあそこのモンブランで、こっちはあのお店の定番ショート! なんと噂のプレミアムプリンもあるよー! それから! チョコバー」
「ワタシは一応止めたからな……?」
流れで付いてきた真里亞たちや半ば強制に連れて来られた七海も巻き込んで、一気にデザートビュッフェの会場になった病室で女の子たちの笑い声が満ちる。
「早く良くなって遊びに行こう!!」
真琴の言葉は、陽光のようにその場を暖めた。
●数時間前
「……あーあ、同好の士をみつけるのはたいへんなんだよ」
ベッドに横たわり、ノートPCの画面を見つめるキファ。しかし、言葉に反してその目は爛々と輝いている。
「あんたも大概変態だよ。手術受けながら監視カメラを覗くなんてさ」
ラリスの言葉に、キファはわらった。
「だって、ほんとうは僕がそこに居たかったのに。六組もの現役エージェントたちの武器なんてデーメーテール以外もいいかんじだった。やっぱり生の手首が付いてるとぞくぞくするね」
ラリスの醒めた視線に微笑を浮かべながら、キファは本物そっくりの二本目の右手首の義手を動かした。
「やれやれ、僕の手首、『また』ちょっと短くなっちゃったよ──とくにデーメーテールの仔、あの細い手首は貰わないとな」
ヴィランの緑の瞳がどろりと濁った。
──その時。
PCの画面が白くなった。元アジトのエージェントたちの揃った広間に設置した監視カメラにエストレーラが顔を近づけたのだ。画面一杯に映る彼女の白い肌とふわふわと揺れる茶色の髪。
『ねえ?』
深い色を秘めた紫の瞳が煌めいた。
『次はお互いに欲しいものを賭けて殺し合わない?』
ちゅっと小さな音を立てて、エストレーラは画面の向こうから投げキッスをした。
一瞬の沈黙の後、キファの笑い声が響いた。