本部

待ち人は影となりて

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/08 18:06

掲示板

オープニング

●能力者失踪事件

 中国領海で人身売買業者の大捕り物があったことはそれなりのニュースになった。調べによれば被害者は能力者のみで、インド洋沿岸諸国出身が多数。子供の場合は身売り、あるいは誘拐の被害を受けているものの、成年者は『治験』に協力すれば報酬を払うと言われて集まった者が多かった。地元ブローカーの雇用主は中国マフィアだが、この情報はまだ非公開だ。
 被害者たちは能力のことを知っていても使い方は知らない。今日生きることで精一杯で、それ以上は考えられない。光の行き届かない場所では、異能の怪物と忌み嫌われただろう。一人二人いなくなったところで気に留める者などいない。
 だが彼らの失踪は、H.O.P.E.の光によって少しずつ明るみに出ようとしていた。

●待ち人は影となりて

「実は以前行った極秘調査で、その中国マフィアに偽の情報を掴ませておいたんだ」

 H.O.P.E.ブリーフィングルーム。ヴィラン逮捕の依頼を受けて集まったエージェントたちは、まず最近テレビを騒がせている能力者を狙った誘拐事件に『古龍幇傘下の中国マフィア』が絡んでいるという説明を受けた。

「証拠不十分で摘発できてなかったんだが、今度こそいけるぜ。奴らは架空のグロリア社研究員『ハーヴェイ・ディミック』に技術協力を求めてきた。今夜9時、天津の廃墟ビルで商談がある。こいつを捕まえて身辺洗えば何かしらボロが出るに違いねぇ」

 エージェントたちが『何も知らない末端が商談に応じる可能性は?』『相手側に作戦が漏れていない確証は?』と質問をしたが、オペレーターは自信有りげに言い放つ。

「心配するな、各作戦は完璧な隠密状況下で行われた。それに相手側が連絡に使ったのは『極秘調査の際入手した電話番号』だ。まず間違いなく本命、それも幹部クラスの構成員が来るだろう」

 中国マフィアの構成員が、廃墟ビルで行われるフェイクの商談に現れる。依頼はその構成員の逮捕を目的としたものだった。

●だが

「ヘロオオオオオオオ~~~♪ エージェントの皆さアアアアン!!」

 所定の時刻より少し前、現場に到着したエージェントは突如何者かの襲撃を受けた。屋上からワイヤーを使い、明るい挨拶と共に複数の敵が飛び込んで来る。投げ込まれた煙幕が10秒程度エージェントの視界を奪った。直後、コンクリート壁が5.6mm弾に抉られるパラパラパラという音。

『馬鹿な……何人だ?!』
「不明!」「こっちにも一人いるぞ!」「何者?!」
「決まってるでしょ?! くーろんぱぁぁぁんですぅぅぅ~サァ死ね! 死んじまいなエージェンッッ!!」

 嵌められた?! そう理解したオペレーターの声は苦々しく。

『クソッ、何故バレたんだ! いや、そんな話は後だな……作戦は変更だ。できるだけ目の前の敵の逮捕を目指してくれ。殺すなよ、情報がどっから漏れたのか聞けなくなるぞ。ただ、敵は人数・武装・正体全て不明……しかもそこは最上階だ。万一の際すぐ逃げられるよう、戦いながら下に降りた方がいい。待機させていた護送車もそっちへ回しておく』

 その頃。付近の未舗装道路で、戦闘音を聞きつけた車が急停車した。後部座席から現れたのは金髪の男。

「……ナニ? どうなってルのコレ」
「お下がりください。事情は分かりませんが、Mr.ディミックは取り込み中のようです。商談は中止ですよ」

 運転席から、女性の用心棒が彼を咎める。

「残念。最近のりゅーしょん、身の回りが流血沙汰続きで疲れてるから、この商談のイイ結果聞かせてあゲたかっタのに」
「兄は10年も耐えたのですよ。今夜の商談が潰えた程度で、そんなにがっかりしません」
「……ドウかな」

 彼らを乗せた車は人知れず走り去る。

解説

概要
誘拐事件の首謀者である古龍幇系中国マフィア「外灘団円」の構成員を逮捕するため、H.O.P.E.はフェイクの商談を計画しました。しかし、エージェントたちは現場到着直後に何者かの奇襲を受けます。敵が予想外の場所に潜んでいたり、危険な武器を持っている可能性があるため、戦いながらの下階層到達を指示されています。これが不十分な場合、万一のとき逃げ遅れてしまうかもしれません。

主目標:廃墟ビルからの撤退
副目標:ヴィランの逮捕

敵構成
・ヴィラン(人数不明)
中国マフィアの手の者と思われる能力者たちです。非常に好戦的で饒舌、エージェントを殺そうと襲いかかってきます。戦闘に慣れており、「電光石火」や「猫騙」などは使える程度の強さです。武器や装備は様々で統一性はありません。仲間より、組織を尊ぶ性質です。
PL情報:全員がライトと自決用手榴弾を所持、黒丸に一つ目をあしらったタトゥーを掘っています。

廃墟ビルについて
都市開発が頓挫した区画にあり、放棄されたのは最近です。作戦前にフロアマップが配布されています。
・13階建て鉄筋コンクリート造
・ワンフロア130坪、柱間隔10m、天井高3m、2面採光
・EV3機、階段2本
・壁、窓ガラス、照明なし

状況
・時刻は午後9時。翌日は雨予報、雲の切れ間から月光が差す夜です。
・敵に奇襲を受けています。煙幕により、戦闘開始直後は視界が悪いです。

リプレイ



「真壁くん!」

 餅 望月(aa0843)の手から放たれた光が真壁 久朗(aa0032)を包む。それは弾丸より早く彼の心を落ち着かせ、ライトの灯りから襲撃を察知した真壁は凶弾を紙一重で躱した。白いコートと散る土埃が煌々と月光を照り返す。飛び交う無線の内容が、二人に状況を理解させた。

「待ち伏せを奇襲されるとはな……」
『一筋縄ではいかない相手、ですね!』

 低く抑揚ない科白に応えるは、清廉潔白なるセラフィナ(aa0032hero001)の声。

「……だが、ただでやられはしない」

 狙いを外された敵が暗闇で喚く。この攻めの躊躇いのなさ、明らかに殺傷目的で納めた実力、挑発的な言動。

――一体なにが狙いなのか。期待はしないが、情報収集もしたいところだ。

「……やけに舌の滑らかな奴等だな」
『作戦が相手に読まれていたのでしょうか』
「そうなんだろうな。今は撤退するしかない」

 ヴィランズの構成員逮捕が目的だったが、抵抗を前提とすれば拘束具に意味はない。何故ならライヴスリンカーの身体能力は、それらの拘束力を上回ることが多い。そのため武装したエージェントが捕縛にあたり、志を折ることが必要だ。それに加えての拘束具支給は倫理的にできかねる。結果を見れば不足にせよ、正義を掲げた組織である以上は仕方なかった。

「セオリーだけど、階段から行こう。みんなで動いた方がいいよ」

 餅の提案で、真壁はフロアマップを反芻した。最も近い階段を目指し、壁を打ち抜く機関銃から逃れて柱から柱へ。百薬(aa0843hero001)と共鳴した餅は大きな翼を羽ばたかせ飛ぶように走り、奇襲で受けた傷から流れる血を拭う。

『裏切り、かな?』
「百薬。今は、あたし達の生還が最優先よ」
『……うん、みんなで帰るの』

 彼女は裏をかかれる可能性を考慮し参加者の経歴を偽っていたが、こんなことになるなら護送車の到着場所にもフェイクを混ぜておくべきだったと思った。予知ができるわけではないので仕方ない。しかしH.O.P.E.から諜報したにしてはこちらを舐めているようには見えなかった。

「本来のターゲットも顔とか不明だし、こいつらが本当に今日会う予定だった人たちなのかも分かんないね」

 事情に詳しそうな指揮官風の敵に狙いを定めたいが、暗闇もあり判別は難しそうだ。

「エミナちゃん!」
『はい、ここに』

 煙幕が広がって数秒後、唐沢 九繰(aa1379)は条件反射的にエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)に共鳴を呼びかけていた。銃弾が足を掠め、破けたパンツスーツから義足が覗く。彼女の強靭な精神力は、思わぬ場面で初動を助けた。

『……!』

 リンカーの一瞬は長い。突然の一斉掃射は鶏冠井 玉子(aa0798)も襲い、彼女に宿るオーロックス(aa0798hero001)は無言で退避を訴える。

――ああ、分かっているよ。作戦が失敗した以上、下手に取り繕うのは愚策だ。

 仕込みの段階でヘマした料理を、味付けでどうにかしようとしても無駄なのと同じ。きっぱり見切りをつけて、仕切り直すのが一番だろう。避けきれない弾丸を受けようと身構えた彼女の前に唐沢が立ちはだかった。彼女は音から敵の方向を確かめ、身を挺して鶏冠井を庇う。二人は素早く柱の影に飛び込んだ。

「……助かった。君は立ち直りが早いな」
「裏の人達と渡り合うには度胸が大事ですから!」
『九繰、今は逃げましょう。至近の階段は西へ30メートル』

 エミナの助言を受け、唐沢と鶏冠井は駆け出す。交渉に応じておきながらこの段階で仕掛けてきたということは、彼らの狙いは間違いなく殲滅。当然戦闘のプロフェッショナル、準備万端といったところだろう。探るべきはいかなる思想と行動動機で動くのか……いや、まずは身の安全を確保する。鶏冠井の狙いはその先だ。

――本場の狗不理包子を食べることができれば、今回のミッションは大成功と言っても過言ではない。過言ではないのだ。

 金で殺しを請け負う連中なら、実力を見せつければ必要以上の無理はしないだろうが、中華系にありがちなメンツで動く相手なら死を厭わない可能性もある。そうと決まれば長居は無用!

「ところで、君もこの件にはかなり関わっているだろう。ぼくは今更ながら多少なりとも顔バレ防止となればとこんなものを付けているが、君は大丈夫なのか?」
「私も親睦会で会った誰かが現れたらどうしよう? と思ったのですが、こんなものを作って頂けて」

 防護マスクを指す鶏冠井に、唐沢がジャケットの内ポケットから取り出したのは『沢 繰子』名義のグロリア社員証。

「偽物ですし、終わったら返せと言われているんですが」
「ふむ、飽く迄グロリア社の人間を装うと」
「何事も形から入って雰囲気を、です!」

 御神 恭也(aa0127)は暗闇に浮かぶライトから敵の数と位置を把握しようと努めながら、奇襲で受けた傷を確かめる。

『恭也、大丈夫?』
「ああ、浅い。4、5……この場は6人か? 情報の漏洩とは最悪な展開だな」
『悪態は良いから、早く強行突破しないとやられちゃうよ』

 伊邪那美(aa0127hero001)に沈黙で答え、気配を殺す。敵の正面に回らないよう注意して背後へ。口を押え声を封じて、首に腕を回し頸動脈を絞める。物陰に引き摺り込んで気絶させるまで十数秒といったところか。相手に手を伸ばそうとして、御神はそれが味方の一人と気付く。

「なるほど、そういうこともあるか。奇襲を仕掛けた側ならもっとゆっくり情報を集められたのにな」
『廃材の縄とか落ちてたら拘束に使えそうだけど、まだ見当たらないかな。でも……相変わらずの手際の良さだよね。本当に暗殺業から手を引いてるの?』

 雁間 恭一(aa1168)は頬の流血を拭う。

『くく、騙し討ちか? 貴様の古巣は随分と仕事上手だな?』
「古巣じゃねえ……多少関連があるくらい、だ。上に疑われたらどうするんだ?」

 マリオン(aa1168hero001)を制す手には懐中電灯、彼に暗闇は意味をなさない。長く伸びた飴色の髪は夜に淡く光り、その姿は成人した英雄そのもの。

「それに……少し腑に落ちねえ」
『何がだ?』
「幇会の老頭が噛んでるにしては雑な気がするぜ。取引に乗った振りをして末端のエージェントを狩る……
 それも良いが、気の利いた幹部なら取引を続けてこっちに浸透できないか探る方を選ぶ」

 老頭まではいかずとも、管理員クラスの息は掛かっているはず。

『ふん、どうせこちらのやり方も雑だったのだろう? それ相応の対応をしたと言う所ではないか』

 そう言われては反論の余地もない。雁間は疑念を抱きつつもひとまず納得した。

「やっぱ試作型のゴーグルじゃ、ライヴスのパターンまでは見えねえか。誰かいるのは分かっても、誤射が怖くて撃てないな」
『いいから撃ってみよ、間違っていたら謝ればいい』
「簡単に言うぜ。クソみたいに長い始末書を書かされたいか?」
『書くのは余ではない。まあいい、捕らえる機はまだある。くく、それにしても……
 敵に逃げる積りなどないのではないか? 階段側に当たりを付けてもう何秒経った。早く剣を出せ』

 輝く腕輪をライヴスに帰すと、雁間は光の鞘より、禍々しい刃紋の大剣を引き出した。遠く月光を捉え、切っ先が昏く光る。常人には扱えぬ代物だが、剣以上の力を持った者が扱えば、それはただの名剣でしかない。睨めつけた階段付近に最初に現れたのは餅と真壁だ。

「雁間君!」
「ああ。降りるなら殿は任せな」
「まだだ……全員揃わないと」

 真壁が言うや、唐沢と鶏冠井が合流する。

「よかった! やっぱりみんな、階段を思い浮かべたんですね」
「いや、示し合わせたわけではない。違う経路を発想する者もいるだろう」
「鶏冠井ちゃんの言う通りかも。できるだけ纏まって動きたいけど」
「……通信機で確認しよう」

 餅と真壁が顔を見合わせた瞬間、二方向でライトの明かりが点灯した。逆光の向こうに目を凝らすと、嗤う人影が銃口を向ける。雁間が走れと叫んで剣を振りかざし、真壁が盾を構える。二人に銃弾が降り注ぐ……

『下手に動くな。落ち着け。何かおかしい』
「落ち着け? 私は冷静です。おかしいのは分かっています」

 奇襲で血を流す腕を押さえ、宇津木 明珠(aa0086)は立ち上がった。床を蹴ろうとした彼女を金獅(aa0086hero001)が抑える。

「金獅、現状で最も悪い結末は、みすみすここで彼らを逃した上、交渉相手に対しH.O.P.E.側がボロを出し、古龍幇・第三勢力双方との接点が消えてしまう事です」
『ボロ? 第三勢力? なんだそりゃ』

 昨今の古龍幇関連事件の急増に伴い、宇津木は周辺の建物、路面状況や治安に至るまで情報を調べ尽していた。時間的猶予が無く、鉢合わせの危険を避けるため待ち合わせ場所の下見だけは未遂だったが、それがなされたところで結果は同じだっただろう。商談の設定は電話によって行われたため相手の人相は不明。

――この商談の設定は双方が指定し合い、こちらは情報漏洩を知らなかった。ならば商談中に難癖を付けた方が相手に理がある。
 そも、ここで待ち合わせたのは傘下の小物。相手が本物の交渉相手であるなら、親の名『古龍幇』を出した理由は如何に?

 つまり敵は我々でも相手でもなく第三者。勘違いしているオペレーターへの進言も火急。だが世間を騒がせているヴィランズは星の数、まだ特定は難しい。ならば、

「これから窓辺を走り抜け、手頃な相手がいれば敵もろとも落下します」
『は?!』
「難しければ遭遇次第、一気に畳みかけてマウントを取り、動きを封じましょう。
 相手の殺意には殺意で応じるのが礼儀……殺すかどうかは、抵抗されてから決めます」
『ガキ、そんなもん誰も許さねぇぞ』
「誰も見ていませんし、想定外のヴィラン襲撃に若い能力者が混乱し暴走したと弁解出来るでしょう。糾弾があればそれも相手の狙いのうち、古龍幇騙りの目的究明に繋がります」

 宇津木は情報共有のため通信機に呼びかけたが、皆戦闘中のようだ。宇津木は英雄を言いくるめて駆け出した。礼服の裾が風に翻り、パンプスが鳴る。

「上手にいかないものねぇ。こういった連中を潰すのはモグラ叩きの様に、後手に回るのは仕方がないけれど……」

 榊原・沙耶(aa1188)は血塗れた脚を気にするでもなく笑顔でゆらりと立ち上がった。宇津木を追って走り始めると、小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)の甲高い声が頭に響く。

『内通者に決まってるじゃない。早くそいつを捕まえればいいのよ』
「んー、場所も時間もこっちと相手しか知らず、電話も信頼の置けるもの。となると、普通に考えてそうなるわよねぇ。通信傍受の線もあるけれど、担当者がそれはないと言い切っていたしぃ」
『どうだか。で、あんたはなんであの子を追いかけてるわけ』
「小鳥遊ちゃんたら、私に戦えっていうのぉ? 私の仕事は、生け捕りにした構成員を護送車まで連行することぉ。うふふ、安心してねぇ。消耗戦にも耐えるように、手段は豊富に用意したわぁ。移動に支障が出たら困るから、両手の骨を砕くのは基本として、猿轡でしょ、目隠しでしょ……」
『馬鹿ね、そんなことしたら、また始末書よ』

 呆れたような小鳥遊に、榊原は薄く目を開けた。視線の先で、宇津木は敵の一人を捕捉し共鳴へ。黒い髪は銀に、黒衣は舞姫に、灼眼は金に光り、黄金の獅子を象った血色の大剣が空気を薙ぐ。月光に光る妖艶な唇が問を紡ぎ、相対した男は括目する。

「汝、何者なるや?」

 響いた銃声は遠い、隣のビルからだ。やはり狙撃手がいたか、と窓辺から飛びのく榊原を、横から銃撃が襲う。宇津木は肩を被弾、露わの肌に血が流れた。眼前の敵はにたりと笑い、か細い腰を蹴り飛ばす。

「……!」

 ひどく長い浮遊感。次の瞬間、視界がぱっと開ける。宇津木はそのまま真っ逆さまに地上へ落ちていった。嬲り殺しだ、とヴィランは背を向けせせら笑う。

●逃走劇

 餅が轟音に振り返ると、廊下に御神がいた。電源の入っていないエレベーターの扉を壊した音だった。

『映画の一場面に出て来そうな逃走方法だね』
「惜しむべきは、成功が確約されていない事だな」

 遥か下で扉が派手に音を上げるのを見て伊邪那美が揶揄う。昇降路には主索だけだ。能力者は摩擦で火傷することはないが、痛いことは変わらない。御神はコートの裾を破き左手に巻き付けた。掴まって降りた先が敵地の場合を想定し、幻想蝶からライフルを取り出す。

「御神くん、待って!」
「……餅さん」
「危ないよ、みんなと階段で行こう!」
「だが……これが一番早い」

 御神は突然の餅の静止に視線を背ける。伊邪那美の悪態に軽口を返すのは、プレッシャーに押し潰されないためだった。いつもは味方の暗闇が、彼を追い詰めていたのだろう。音を聞きつけた敵が集まってくる……時間がない。

「来て!」

 餅は御神の手を引いた。だが、そこに一人の男が。

「お、お降りるなら……面白いから放っておこうと思ったけど……に、にに逃がさないよ」

 怪しげな研究者風だ。拳銃を構えているが、その手は震えている。

「古龍幇、どうして私たちを襲うの?!」

 餅は叫んだ。信じられなかった。同じ人間が一体どんなきっかけでヴィランとなり、こんな真似をするのか。物心つく頃には犯罪者だったなんて、そんなはずはない。

「べ、べべ別に……ただ世の中を良くしたいと思ってるだけさ。例えば、」

 御神の動きは、彼には見えなかっただろう。

「……あ?」

 拳銃を叩き落され、手刀を食らって男は倒れた。が、しぶとく意識を保っている。

「ゆゆ許せないよね……」
「……?」
「つつ捕まるなんて、たた耐えられない」
「……!」

 腰に括り付けた手榴弾のレバーは抜けていた。防御か? 回避か? いやダメだ。餅はまだこれが見えておらず、セーフティガスの構えに入っている。御神は咄嗟にその腕を掴み、背負い投げで思い切り投げ飛ばした。直後、気の抜けたような爆発音。どさりでなく、ぼとぼとという音が聞こえる。

「範囲が小さい……威力重視か」
『投げる途中で爆発されたらどうするつもりなの!?』
「何もしなければ巻き込まれる。被害が軽く済むなら其方に賭けるだけだ」

 悲鳴のような伊邪那美の声に応え、御神は餅を振り返った。彼女は数舜硬直していたが、すぐに目に光が戻る。

「……平気だよ。逃げるだけも嫌いじゃないし……全員改心してもらわないとね」
「……敵の数だが、おそらく5人程度だ」
「うん。よっぽど自信家か、待ち伏せでもしてるか」

 二人は警戒を高め、唐沢と鶏冠井の後を追った。

「お前ら古龍幇と言ったな?」

 敵の戦斧、真壁の槍が弾き。

「どうやってこの作戦を知った? 何故わざわざこんな事を?」

 ぎちぎちぎちという小競り合い。

「何故って? 世界が暴力を欲しているからよ。
 最近のヴィランズはクソ、特に古龍幇はヒドい。だから正すの」
「……つまるところ裏切りか?」
「ふ、そういうことでいいわ。でも一番邪魔なのは、」

 女ヴィランが斧をかち上げ、鬨の声と共に振り下ろす。

「あんたたちヨォ!!」

 それを盾で受け止め、階段をにじり降りる。フロアを離れるとますます暗くなってきた。真壁はパニッシュメントの光を手に、もしやと思って女の顔を見る。光明の中で女は憤慨した。

「あたしたちを愚神か眷属とでも? 効かないわ、正真正銘の人間だから。正気でやってるのよ」
「いや、お前たちは正気じゃない」

 女は目を剥いて斧を振り上げる。攻撃は勢い余って壁にめり込み、なかなか抜けない。……眠らせるか? いや、まだ効くまい。真壁は何も見えない階下をちらと見て、女に背を向けた。

「雁間、分断はよくない」
「ああ」

 銃撃を剣で弾ききった雁間と共に、真壁は階段を降りる。宇津木と榊原、御神をまだ見ていない。彼らは離脱したのか? その疑問に答えるように、下階で血だらけの榊原が合流した。

「雁間くん、私のライヴスで夜目が利くようにしておくわぁ」
「榊原、それはいいが……反対の階段から来たのか? 単独行動は危険だろう」
「宇津木ちゃんと一緒に行くつもりだったのよぉ。でもあの子、撃たれて落ちちゃった」
「な……に?」
「撃たれた? あの警戒心の強そうな女が? どっから?」
「スナイパーよぉ、隣のビル。もし構成員を捕まえても、隊列の中央に置いて窓には近づかないでね。まあ私がすぐ治してあげるけどぉ。うふふ、死にたくても死ねない辛さというのは、結構辛いものよ?」
「……」
「もう先発組が通ったと思うけど、空気ダクトなんかには注意しましょう。死なないんだから、いざとなったら飛び降りてもいいわぁ」
『くく、隣のビルを逃げるのは廃案か雁間?』
「鍵が壊れてたのはそういうわけか……不良が溜まってんのかと思ったぜ」
『奇襲の意匠返しなら頃合いだと思うが?』

 舌打ち交じりに少し待てと吐き捨て、雁間はこの間にマリオンとの共鳴を深めることに集中した。

「待ってください! 私はグロリア社の者です。どういう事ですか。我々はあなた方との交渉に応じてここにいるのですよ」

 唐沢は巨大な斧を構え、襲ってきた男に社員証を見せた。手摺から壁を蹴り、その勢いで下階の踊り場まで飛び降りたところを、前後から挟み撃ちにしてきた敵だ。弾の雨が止み、彼女と鶏冠井は二人のヴィランと対峙する。

「居て当然だろう。何せ、その研究員の秘密技術の取引」
「……そこまで知っているのですね」

 唐沢は確信を得て、瞳の中で歯車が光る。彼らはこの取引がH.O.P.E.の仕掛けたフェイクだったと思っていない。本当にその技術が存在し、グロリア社の社員が護衛のエージェントを連れて来ていると思っているのだ。つまり、この襲撃者はH.O.P.E.が外灘団円に与えた情報しか知らない。H.O.P.E.側に落ち度は無かったのだ。

「だから何だ?」
「鶏冠井さん!」

 知る由もない敵は、再び攻撃へ。唐沢から夜目の加護を受け、疾駆する鶏冠井は少年兵の持つ短剣の一撃を大剣で弾く。槍は長すぎて振り回せないが、この剣も屋内で取り回しは悪かった。それでも、少年とは競うまでもなく。

「素早いマスクさんだ」
「ぼくは隙など見せない。勝ち目はないぞ、下れ」
「やだ」

 この融通のなさは殺し屋の類か。武器は何でも使い、年齢人種までひどく雑多、それなりの手練れではあるが連携は付け焼き刃。古龍幇と考えればそれはおかしいことではなかったが、彼女も唐沢の問答で少なくとも彼らが外灘団円とは無関係と察していた。再び襲ってくる少年を壁まで吹き飛ばし、間髪入れず間合いを詰める。

「殺すの?」
「食材になりそうな従魔ならともかく、人を殺しても一文の得にもならない」
「そう」
「……君にオススメの店を聞いても、仕方なさそうだな」

 気絶させようと胸倉を掴んだ。瞬間、追って来た御神と餅が叫ぶ。

「鶏冠井ちゃん!」
「自爆するぞ、そいつから離れろ!」

 はっと手を放しても、今度は少年がしがみ付いてくる。唐沢は咄嗟にコンクリートの欠片を投げ、鶏冠井の脱出を手助けした。爆発の瞬間だけ暗黒が赤みを帯びる。唐沢が死角を取らせた男は、薄ら笑って引き金を引いた。数発食らいつつも斧を盾代わりに、彼女は男に突撃する。

――自爆があるのなら、それより早く殺してしまうしかない?

 逡巡が彼に時間を与えた。レバーの抜けた手榴弾を胸に、男は表情も変えず、腕を抱き込むようにして弾け飛ぶ。飛沫の散った斧の刃面を見て数秒経った。

「何……?」
『腕に、秘密があったのでしょう』

 エミナが静かにそう言う。唐沢は武器だけでも回収すべきことを思い出した。彼らが外灘団円の手の者なら、どこかにあの刻印があるかもしれない。だがそれは見当たらず、銃は彼らの扱うものよりずっと粗末な代物だった。

「おちおち所持品検査もできない、か」

 鶏冠井が独りごちるところへ、真壁と雁間、榊原が到着。

「グチャグチャでもいいから五臓六腑が無事なら延々生かしてあげたのにぃ……ICチップ対策で手術の用意もできてたのよぉ」

 榊原は心底残念そうに平気で血溜まりに座り込み、情報端末を探したり写真を撮っていたが、収穫は少なそうだ。一階が近い。真壁はやっと通信機を取る余裕ができた。

●一階

 宇津木は傷口と狙撃手の居るビルを見た。月は明るく場を照らしながら、闇に潜む敵を認めさせない。自分が格好の的なのは間違いなかった。彼女が身を起こすと、案の定それを嘲笑うように鉛が脚部を貫く。伏し苦痛に歪むべき彼女の表情は笑みすら浮かんでいた。

「すぐには殺さない、か……我が生き足掻く間、他に構う暇はあるまい」

 撤退が成功すれば、敵から情報が取れなくてもやりようはある。中が落ち着いたらしく、通信機に応答があった。護送車が砂利を踏む音も聞こえる。隣のビルを眺めると、ある階からぬっと砲身のようなものが見えた。

『宇津木、無事か』
「ああ、今何階だ?」
『もう着く』
「早く出ろ。今すぐだ」
『……どうした?』
「RPG――」

 事情を察した真壁は声もなく通信を途絶する。途端、月に雲がかかった。周囲は驚くほど暗くなり、宇津木は機と見る。引きずるようにビルへ戻る彼女を、機関銃の掃射が打ち払う。それをかいくぐり転がるように一階へ、護送車の到着地点は反対側だ。すぐに味方の足音が聞こえた。

『クロさん、あそこ!』
「……宇津木。無茶なことを」
「すまんな」

 駆け寄ってきた真壁に抱えられ、彼女は死地を脱した。

「まだ間に合う……撃つはずねぇ。中にはまだ奴らの仲間が残ってる」
『生者なら窓側から飛び降りているかもしれん。どうしてもと言うなら止めんが』
「くそっ……こっちだ、急げ!」

 マリオンに言われ、雁間も撤退を決めた。逃走ルートを念入りにチェックしていた彼の誘導で、一行は最短でビルを出る。車に乗り込むや雲は晴れたが、それより以前にビルはロケット弾の直撃を受けて巨大な炉と化し、周囲は明々と照らし出された。凶悪な熱風が車体を横殴りにしてぐらぐら揺れる中、雁間は首を絞める勢いで運転手に急発進を求める。車は爆風に煽られて傾きながら市街へ向けて猛進した。

「ふ……自決用手榴弾。元より喋る気はないか」
「そうだ。何かは所属の証はあったのかもな。それを吹き飛ばすのに躍起だったと見える」
「宇津木ちゃん、もう寝ていたほうが」
「そうですよう」

 御神に聞く宇津木を、治療にあたる餅と唐沢が心配そうに見るが、彼女は続ける。

「……所持品の回収は?」
「唐沢が拾った武器や鶏冠井が拾ったライトが数個、といったところだ」
「ああ、それ以外はなにも。一応鑑定に回すが」

 真壁の治療を受ける鶏冠井が、懐から血塗れのヘッドライトを出した。と、車載機がオペレーターからの受信を告げる。

『危険な目に遭わせて悪かったな』
「……あのざまでは望み薄だが、ビルに何らかの痕跡が残っていないかは調べるべきだ。念のため……今回の作戦に関わった人間も洗った方がいい」

 真壁が黙々と作業しながら言う。

『心苦しいが仕方ない。既に機密に携わった職員には内偵を手配したよ。もちろん俺も、その車の運転手もだ。万が一クロが居ればじき判る』
「それはおそらく杞憂――」

 宇津木は自身の推理に則り、敵が古龍幇を騙った可能性に言及した。他にも同様の結論に至った者は抜かりなく。

『なるほど第三者か。確かに合点がいく』
「他に考えられるのは、古龍幇内部での抗争……」
「だが……果たしてその抗争には、組織名を名乗った上、自決する手段を持って来てまで、H.O.P.E.と争う意味があるだろうか?」
「中国のヴィランか日本のヴィランか、それとも愚神の手駒が人間に擬態しているのか……分からないけれど、ここで構成員の捕虜が取れれば、少しは反攻作戦に出られたのにねぇ」
「おい、もう少し優しくしてくれ」

 雁間の傷を看ながら、榊原は欲求不満な様子。治癒の光を見つめ、餅は呟いた。

「今日も役に立たなかったね、百薬の羽」
『な、なんでそんなこと言うの~っ』
「冗談だよ。でもやっぱり、情報漏れは要検証だね。
 ……きっとあのヴィランたちも、愚神に騙されているんだ。じゃなきゃおかしいよ。愚神は人類の敵だよ。耳を傾けちゃダメよ」

 唐沢は血の止まった宇津木の脹脛からのいた。ここまで大事に及んだのだ、規模の大きな、近頃目立つ動きのあるヴィランズに絞って捜査するのがいいだろう。オペレーターは討論の間を縫って唐沢嬢、と呼びかける。

「はい」
『ご明察のおかげでボロは出さずに済みそうだ。何か俺にできることは?』
「そうですね……では、次の接触時にこう聞いて頂けますか。古龍幇を名乗る集団から襲撃を受けたのですが、と」
『OK。話は通るし、向こうに心当たりがあれば教えてくれるだろう』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
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