本部

龍城の深淵

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/03 16:32

掲示板

オープニング

●コロシアム
 夜闇の黒に色とりどりの灯を振りまき、「100万ドルの夜景」を描き出す香港の高層ビル街。
 その一角を担う高層ホテルの裏口に、上方の客室ならぬ地下へと向かうエレベーターがある。専任のボーイのチェックを受けて乗り込めば、「13」と刻まれたボタンがぽつり。
 かくしてたどりつくは地下13階。エレベーターのドアが開くと同時に聞こえてくるのは悲鳴、拍手、笑い声。
 悲鳴の主はヴィラン。
 拍手の主は観客。
 そして笑い声の主は……やはりヴィランだった。

 広い空間の縁に並べられた豪奢なソファセットに背を埋める、正装した観客たち。彼らが見ているのは下――すり鉢状にくぼんだ空間の底にしつらえられたコロシアムである。
 ただし。このコロシアムを仕切るものはロープでも金網でもない。数十人のヴィランが構えた鋼棘付きのシールドだ。
「があああ!」
 禿頭のヴィランがシールドの鋼棘に背中を突かれ、ぞんざいに中央へ押し返された。背中のみならず体中に刻まれた傷のせいで力が入らず、彼は突っ伏して血の混じった咳を吐く。
「てめぇよぉ、黒社会(ヘイシャーホェイ)で成り上がりてぇんじゃねぇの?」
 禿頭の鼻が、イラついたブーツのつま先で蹴り上げられた。
 仰向けにされたことで、彼は見てしまう。
 歪んだ喜びを口の端に刻み、ねじれた怒りを赤い髪先から噴き上げる、「暴力」としか言い表しようのない男の顔を。
「もうちっと気の利いた芸はねぇのかよ。隠してんなら全部出せや」
 赤毛の男が、禿頭の鼻の穴に指を突っ込み、上へ引き上げた。
 強制的に立たされた禿頭はあえぎながら考える。武器はもう拾えない。隠している技などない。腕は上がらない。脚も動かない。それでも、逃げなければ……。
「つまんねぇなぁ、タネ切れかよ」
 男は右の拳を振り上げ。
「なんもねぇなら」
 続けて左の拳を振り上げ。
「不再見(ブーザイジエン(サヨウナラ))だぜ?」
 ふたつの拳で禿頭を滅多打つ。
 拳の速度が加速し、湿った打撃音はやがて濁った破砕音へと変化して――禿頭はこの地上から消失した。

「凄まじいね、彼は」
 観客席の上方にしつらえられたVIPルーム。防弾ガラスの奥から闘技場を見下ろしていた招待客が熱い息をついた。
「目の肥えた蛇主(シェジュ)殿には物足りなかったのでは? 申し訳ない。奴と勝負になる相手を見繕えば、ウチの戦力を何割か減らすことになるものでね」
 細く引き締まった体をシルクのスーツと羽織で鎧う紳士の目元は、黒地に金輪の描かれた布で隠されていた。
「中身はいつものミネラルウォーターかね?」
 蛇主と呼ばれた老人が、目元を隠した金輪の男に問う。
「よき肉は体を酔わせ、よき酒は血を酔わせ、そしてよき死は心を酔わせる。酔わせることが私の務め。酔うのは客人たるあなたがたの務めだ」
 返ってきた言葉に、蛇主はひとつ鼻を鳴らし。
「日本人は黒社会でも勤勉だな。ヒラサカ」
 目元を隠した金輪の男――数あるヴィランズの中でも最凶最悪と謳われるマガツヒのボス、比良坂清十郎はただ薄く笑んだ。
「……それよりも闘技場を。次は見物だよ」
 赤い髪の男と入れ替わりに進み出たのは、長い黒髪を後ろで三つ編みにした、東南アジア系の少女だった。
「あの娘は、やれるのかね?」
 相手は全身これ筋肉の巨漢ヴィラン。金棒を手に、はるか上方より少女の顔をにらみ下ろす。
 しかし、白いアオザイに身を包んだ少女は臆するどころかはにかんだ微笑みを返し、左右の手に持った得物をかざしてみせた。
 二刀流のチェーンソーを。

●武運を!
「香港支部から援助要請です」
 HOPE本部のブリーフィングルームに集合したライヴスリンカーたちに、新人女子職員が切り出した。
「内容はヴィランズが運営してる地下闘技場の摘発、その助っ人ですね」
 プロジェクターに映し出されたのは高層ホテル。そこからエレベーター、すり鉢状の闘技場へ写真が切り替わっていく。
「みなさんには選手として、闘技場開催のチーム対抗戦に参加してもらいます。連携して主催者側のヴィランチームを撃破してください」
 闘技場のバトルに関係者や観客の目を引き付け、その隙に香港支部のエージェントが突入、主催者を抑えようというわけだ。つまり、選手役のライヴスリンカーは囮。これは顔を知られている可能性が高い香港支部のエージェントには務まらない。
「向こう側のヴィランはけっこう強いのが出てくるみたいです。ただ、問題はですね、その中にひとり、けっこうどころじゃないのが混ざってるらしくて……」
 隠し撮りと思しき街の写真。女子職員はその左端にいる三つ編みの少女を指して。
「本名も経歴も不明。わかってるのは闘技場で『屠宰鶏(トザイジィ)』って呼ばれてて、両手に持ったチェーンソーで戦うってことだけです」
 屠宰を翻訳すれば「屠殺」である。どこにでもいそうな少女だが、見かけどおりのキャラクターではありえまい。
「こっちの数に合わせて、主催者側も同じ数を出してくることになってます。死合に勝てば、もしかしたら大物を引っぱり出せる可能性もありますね。ですから」
 女子職員がライヴスリンカーたちに、右拳を左掌で包む包拳礼。
「武運を!」

解説

●依頼
 ヴィランが開催する地下闘技場のチーム対抗戦に出場し、対戦チーム(ヴィラン)を撃破してください。

●状況など
・ヴィランの対戦チームの人数は、HOPE側の参加エージェントと同数となります。
・使用武器の制限はありません。
・床にしかけはありません。
・闘技場はすり鉢状の空間の底にあり、まわりを鋼棘つきシールド装備のヴィランが囲んでいます(盾に当たるとダメージを受けます)。
・壁役のヴィランや上方の観客を攻撃すると大量のヴィランが駆けつけてきて、作戦続行不可能となります(依頼失敗)。

●対戦相手
1.一般ヴィラン
・全員が顔に京劇化粧を施しています。
・1対1だと苦戦する可能性が高いでしょう。
・使用武器は近距離用から遠距離用までいろいろです。
・アクティブスキル使用(トリオ、ヘヴィアタック、ストライクのいずれか)。

2.屠宰鶏(トザイジィ)
・見かけはベトナム少女。
・にこにこわくわく、人を殺します。
・会話可能。内容は「がんばるアニメヒロイン(私、これしかできないから……)」的な感じです。
・2台のチェーンソーを大きく振り回し、2連撃を繰り出します(攻撃対象は1~2)。
・生命力が半減するとアクティブスキル「パワードーピング」と「オーガドライブ」を同時使用し、毎ターン狂乱の4~6連撃を繰り出します(攻撃対象は2~6)。
・彼女に単発攻撃はほぼ当たりません(連携が大事です)。

●プレイヤー情報(キャラクターはこの情報を知らないものとします)
・この闘技場はマガツヒが仕切っています。
・マガツヒが闘技場を維持している理由は「構成員のガス抜き」、「スポンサーの開拓と顧客サービス」、そして「新人の発掘」となります。
・戦いの内容しだいで、闘技場の幹部と思しき赤い髪の男(エクスプロージョン)が登場する可能性があります。
・VIPルームにはボスである比良坂清十郎がいるかもしれません。

リプレイ

●深淵を満たすは嘲笑
 闘技場に、白いばかりの人造光が降りそそぐ。
 そのただ中で、ヴィランどもが挑戦者を待ち受けていた。顔に京劇化粧を施し、それに合わせた衣装を着込んだ7人の男。そして浅黒い肌を白いアオザイで包む、地味な三つ編み少女が。
 彼らの相手は新興ヴィランズ。ここで名を上げ、黒社会に躍り出ることを志している……ことになっていたが。
「剣闘とは、ずいぶんと堕落した遊びが流行っているな……」
 苦いため息をつく契約英雄アイザック メイフィールド(aa1384hero001)に、この世のものならぬ赤い髪を持つ契約主の蝶埜 月世(aa1384)が答えた。
「一瞬、文明化したんだけどね。いつの時代も、血を見ないと満足できないタイプの人がいるから」
「文明を滅ぼすものはいつも嗜好――信仰や私利――であり、嗜虐だ。奴隷制や異種族統治といったものはわかりやすい例と言えるな。上にいる人々にとって、我々はまさに剣奴というわけだ」
 アイザックが目線で指した人間――すり鉢の縁から深淵をのぞきこむ紳士淑女どもを見上げ、紫 征四郎(aa0076)は顔をしかめた。それにより、表情の中心にはしる傷痕もまた大きく歪む。
「ひどく悪趣味な光景なのですよ」
「ここは悪趣味なヴィランズの巣窟だぜ? 悪趣味な剣闘ごっこですんでるうちに叩き潰す。関係ない人たちが悪趣味に殺される前にな」
 だから、戦う理由はあるな? 征四郎に問うたのは、彼女の契約英雄ガルー・A・A(aa0076hero001)だ。
 征四郎は、思いっきり強くうなずいた。
「……どけ」
 壁役のヴィランに低く、真壁 久朗(aa0032)が告げた。高身長で顔つきの鋭い彼が目に殺気を込めれば、言葉を重ねずともかなりそれらしく見える。
(クロさんちょっと演技うまくなりましたね!)
 耳打ちしてきた契約英雄のセラフィナ(aa0032hero001)の肩にかるく触れてうなずいてみせ、久朗は一歩踏み出した。
 それに対し、壁役たちは無言でライヴスリンカーたちのために大きく道を開け。
 コロシアムの内へ、ライヴスリンカーたちは踏み込んだのだった。
「ふふ。なんだかこれから劇でも演じるみたい。緊張してきちゃった」
 白杖代わりに契約英雄オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の背へ手を置いた木霊・C・リュカ(aa0068)が、降りそそぐ拍手や笑い声を追いかけるように、サングラスで隠した目を巡らせた。
 オリヴィエはその緊張感のなさに呆れたが、すぐに表情を引き締め、未だ声変わりの兆し訪れぬ高い声音を紡ぐ。
「前を見ろ。敵のにおいを目に刻め。戦いになれば、背中を借りるのは俺なんだからな」
 リュカはほぼ見えぬ目をオリヴィエに向け、薄く笑んだ。
「うん。任務を果たしてかならず帰ろう。……仕事もたまってるしね」
 そんな彼らの前を行くリィェン・ユー(aa0208)が、ぽつりとつぶやいた。
「屠宰鶏、か」
「ニワトリがどうした?」
 リィェンのとなりにいた赤城 龍哉(aa0090)が聞き返す。
「鶏はな、春を売る女の隠語なんだ」
 中国生まれのリィェンの言葉に、龍哉は方眉を跳ね上げた。
「そのような娘さんには見えませんけれど」
 龍哉の代わり、契約英雄のヴァルトラウテ(aa0090hero001)が問う。穢れなき銀の乙女然とした彼女だが、戦の内の良識も戦の外の必要悪も、等しく理解している。
「売りものが冬――死なのじゃろうて」
 答えたのはリィェンの契約英雄イン・シェン(aa0208hero001)だ。
 強い殺気を噴き上げる男たちの隙間へ埋もれて佇む屠宰鶏は、その状態だけ見れば場違いの無垢な少女でしかない。だが。その細い体からあふれ出る濃厚な「気配」には、男たちの殺気をかわいらしく思わせるほどのなにかがあった。
 いや、それ以前に。この異常な空間にあんな顔で立っていられる少女が、まともであるものか。
「ともあれ、ここは好きになれんな」
「それはまったく同感だけどな」
 インに答えた龍哉はちらりと後ろを振り向いた。彼の手にある鎖の先につながれた、ふたりの女性の姿を。
「ら、ラシル、怖い……」
 月鏡 由利菜(aa0873)が契約英雄のリーヴスラシル(aa0873hero001)を見上げ、か細い声音を震わせた。なんというか、迫真である。が、それは彼女自身が選択した「新興ヴィランズに捕らわれ、ショーに駆り出された哀れなライヴスリンカー」の演技によるものではない。血を求めて昂ぶる場の空気に気圧されてのことだ。
「すべての痛みも恥辱も、私が止める」
 こちらも迫真の演技ならず、本気ではげますリーヴスラシルである。
 ちなみに由利菜はところどころ破れた白いドレスを、リーヴスラシルは赤黒く汚れた騎士鎧を着用し、奴隷感を高めているが……それよりもふたりの間を塗りつぶした悲壮感が、彼女たちを実にそれらしく演出している。
「由利菜さん、リーヴスラシルさん、無理はしないでくださいね」
 そんなふたりをまた本気で思いやるセラフィナにより、演技の完成度はさらに高まるのであった。
「どーもどーも。調子どう?」
 コロシアムの中を駆け回り、にこにこと観客に手を振ったり壁役のヴィランに話しかけたり落ち着かないのは龍娘のギシャ(aa3141)。死合の意味を理解できていないような少女の行動に、観客は失笑を漏らすが。
『……戦場は把握できたか?』
「うん。広さは充分だし、床にも天井にも向こうの壁とかにもしかけなし。壁役は立ち位置に足の固定具あるから勝手に動けない。悪い人たちなのに、マジメな感じ?」
 幻想蝶の内から確認してきた契約英雄のどらごん(aa3141hero001)に、笑顔のままでギシャは答えた。彼女はふらふらしながら、このコロシアムを測っていたのだ。
『善も悪も、結局は掟に縛られるものだからな』
「よくわかんないけど。ギシャは殺すだけだからまーいーや」
『よくはないぞ。おまえはもう殺し屋じゃない。今回は仲間を意識して全体を見ろ。誰かに頼り、頼られる戦いかたを覚えるいい機会だ』
「はーい」
 壁役が配置についた。ライヴスリンカーたちとヴィランどもは丸く囲われたコロシアムの内に閉じ込められたことになる。
「ニーライラ(ようこそ。よく来たな)」
 紅生――三国志に語られる関羽の姿を模した大男が、よく通る声でライヴスリンカーたちを迎え入れた。

●役者たち
「死劇に挑みし者よ、名乗りを上げろ!」
 京劇における道化役・丑(チョウ)が裏声で促した。
 イメージプロジェクターで「新興ヴィランズの長」に変装中の龍哉が一歩進み出て。
「ジュェワング(絶望)」
 HOPE=希望の逆で絶望。頭の悪そうな名前のほうが「それらしい」だろうという意図でつけられた名だ。
「……ヴィランに見えぬ者ばかりよの」
 大きく首を傾げる丑に、龍哉は眉根を歪めてこう返す。
「俺たちはそれぞれの目的があって集まっただけの縁だ。めずらしくもねぇだろ」
 確かに。丑は大きくうなずいた。
「今宵我らに挑みし者はジュェワング! 烏合の強者なり!!」
 観客の視線がライヴスリンカーたちをなめ回す。あからさまな値踏みの目。この死合が賭けの対象になっていることはまちがいあるまい。
「……お嬢さん方はどちらの鶏かな? 旦那様方がおられる客席はあちら。こちらは屠殺場ぞ?」
 丑の粘っこい声音に怯える由利菜。その間に、リーヴスラシルが割り込んだ。
「私たちは故あって虜囚に落ちた身だ。解放の条件はおまえたちに勝利すること。油断も劣情も等しく死を招くと知れ」
 異世界の白銀騎士であったリーヴスラシル、その堂に入った口上に、丑はおどけてひれ伏した。
「ラシル、私――」
「なにも言わなくていい。ユリナを穢させはしないから」
 ふたりの演じる悲劇に、すり鉢の上で濁った笑声が沸く。
 機を見計らった丑が、がばと立ち上がり。
「共鳴せよ! この場を後にできるは敵を殺し尽くした者のみぞ!」
 銅鑼が激しく打ち鳴らされた。

「ショーの始まりだ♪」
「シャ!」
 口火を切ったのは、ギシャが構えたイグニスから吐き出された火炎と、投擲された花旦――元気な娘役――の投げナイフだった。
 交錯する炎と刃。
 ヴィランは6人が散開、シールド装備のひとりが屠宰鶏を守り、ダメージ軽微。
 対して、龍哉ののど元を狙って飛んだナイフは月世がゴールドシールドで叩き落とし。
「手はずどおりに行くわよヤロウども!」
『事において雰囲気づくりは重要だが、板につかないセリフまわしは場を冷ますぞ』
「がんばってる女子にケチつけないのっ! ――それとも、言葉よりも別のものが欲しいのか?」
『貴公の物言いは、ときどき理解できない』
 月世の内で、アイザックはひとり思い悩むのであった。
「ケェエエエ!」
 炎をかわした武生――主に立ち回りを担当する役柄――が、棍を振り回しながら跳んだ。
 鋭い右回転によって生じる加速と遠心力、それに重力を合わせた縦の一撃がリュカへ振り下ろされる。
「させません!」
 大剣の鍔元で根を受け止めたのは、壁際で震えていたはずの由利菜だった。
 破れたドレスや汚れた騎士鎧から白く輝く光の甲冑へと衣装を替えた彼女は、すでに哀れな虜囚などではない。麗しさと、けして手折れぬしなやかな強さを併せ持つ戦姫であった。
「リュカさんは私の後ろに」
 由利菜は背にリュカをかばい。
「『守るべき誓い』を発動します。みなさんはその間に展開を!」
「了解よろしく!」
 ウインクをひとつ残し、月世が前へ――壁際に突っ立ったまま動かない屠宰鶏へと向かう。
「任せる」
 久朗が後に続き。
『わらわたちも参るぞ!』
 インに急かされたリィェンも駆け出した。
「みなさん、お気をつけて」
 細くつぶやくいた由利菜の気を引き戻すべく、戦技の師としてリーヴスラシルが声をかける。
『ユリナ。盾に頼れぬ分、立ち回りが生死を分ける。踏み込むことを――』
「恐れるものですか」
 頑なに固い声音で、由利菜が言いつのり、そして。
「守ります……守りたいんです。みなさんと、ラシルを」
 由利菜の頑なさは、恐れの鎖を引きちぎって前へと踏み出すための決意。
『恐れも決意もひとりで負わないで。私はいつもユリナと共にある』
 リーヴスラシルのライヴスが由利菜の甲冑をさらに白く輝かせ、武生を棍ごと弾き飛ばした。
「ヴィランのみなさん、見えますか!? 私はここです!」
『私たちが飾り物の愛玩物かどうか、刃をもって確かめてみろ!』
「……見えることが、今だけは惜しい気がするね」
 自分をかばう由利菜の背をまぶしげに見やり、リュカがつぶやいた。
『なんだよいきなり』
 いぶかしげにオリヴィエ。今は死合の真っ最中。叙情に浸るのはいつもの喫茶店にしてほしいものだ。
「あのふたりの絆、心で感じとってみたかった。「初見」しちゃった以上はもう、初の感動はもらえないだろ。お兄さんはそれが悔しいのさ」
『そんなの知るかよ。いいから引っ込んでろ。後は俺がやるから』
 追い立てるように、オリヴィエが共鳴体の主導権を奪い取った。
 なぜだろう、もやもやするのだ。リュカが由利菜たちをうらやむことに。彼女たちの思いに惹かれることに。
 彼はまだ知らない。自分のもやもやが、薄暗いものばかりが詰まっていた心にほんのり灯った感情の種火であることを。そしてそのもやもやの正体が、リュカが自分以外の誰かに気を取られたことに対する幼い嫉妬心であることも。

 仲間を守るため、前に出たのは由利菜ばかりではない。
『ほい交代。前に出るぞ征四郎!』
「はい!」
 リンクしたガルーと征四郎が、ナイトシールドで軽装の娃娃生――京劇の子役――を押し込んだ。
 外見は征四郎が男であった場合の成長図でありながら、主導権を握るのはガルーという共鳴体が指示を飛ばす。
「攻撃を集中させてください!」
 リンク後の姿が征四郎の男性体になるのは、女性として生まれた……ただそれだけのため、本来あるべき幸せのすべてを絶望にすり替えられた征四郎の逃避なのではないか? しかし、もしそうだとしても、明日を信じ、進み続けることを誓った彼女は、いつか自分という過去と向き合う強さを得るだろう。
 それまでガルーは征四郎を支え続けるのだ。明日に絶望した罪人へ希望のカケラをくれた彼女が、すべてを踏み越えて笑える明日が来るまで。だから。
「征四郎、空気に飲まれてはいけませんよ! 心を強く!」
『うっ、任せてください。負けるつもりはありませんから!』
 そんなふたりのやりとりに、リュカは目を閉ざして。
『心地いい共鳴だ。慈しみと、強さと、覚悟。それから信頼も。彼らの描く物語は、泥みたいなコーヒーでも極上の味わいに変えてくれるだろうね』
「くだらないこと言ってないで、目の前のことをよく見とけよ」
 無愛想に答えたオリヴィエが、娃娃生へ魔砲銃を撃ち込んだ。そして今度は、胸の内で問いかける。
 ――じゃあ、俺とあんたが描く物語はどうなんだ?
『お兄さんとオリヴィエの物語は未だ白紙、ってところかな。これからふたりで描いていこう。胸を張って人に聞かせられる大作を』
 心を読んだかのようなリュカの言葉にオリヴィエは少し驚いて、読心術はともかくこういうことを照れずに語るのがリュカだよなと呆れ、最後に、口の端を吊り上げた。
 俺とあんたの物語、ウケがとれるくらいには仕上がってるんだぜ? アルビノの古本屋と元殺し屋のガキの、非日常な日常ってやつ。
『……オリヴィエとリュカはなかよしなのですね』
 しみじみと、征四郎。
 オリヴィエは「原因作った仲良しはそっちだろ」という返事をぐっと飲み込んだ。声が裏返ってしまったら、それこそ言い訳ができなくなる。
「――もらったぜ!」
 ガルーとオリヴィエに続き、龍哉が娃娃生へ追い打ちをかけた。だがその突撃は、役柄どおりに青龍偃月刀を構えた紅生と、円盾持ちの小生――色男役――に割り込まれ、不発に終わった。
「ずいぶん仲間思いじゃねぇか」
 舌打ちする龍哉をヴァルトラウテが制した。
『戦士たるもの、闘志は熱く、思考は冷静に。ですわ』
「……熱く、冷静に、な」
 龍哉は左脚を前へ置き、大剣を右上段に構えた。強い一撃を打つ。ただそれだけのために防御を捨てた、もっとも攻撃的な構えである。
 対する小生は円盾を構え、撃剣(刺突用の細剣)の切っ先を龍哉の眉間に向ける。
 構うことなく、龍哉が前進した。細めた呼気に乗せ、ゆるやかに、そしてなでるように剣を振り下ろす。
 小生の盾は、余裕でこれを受けたが――押し潰されて地に這った。厚い化粧の奥で小生の顔が歪む。なぜ自分がこんなことに?
『汝ごときに止められる「重さ」ではありませんわ』
 剣を引く重力、落ちる剣の重量、そして重心をかけた右脚のヒザを深く曲げることで加えられる体重。それらを受けて加速する刃を支え導く筋力と技。……すのすべてを集約させたひと振りこそ、ヴァルトラウテが言う「重さ」なのだ。
 さらに龍哉は、突っ込んできた紅生を、斜め上に構えた刃で受け止め、弾き飛ばした。
「おまえは俺より重いがな。相手が地球じゃどうにもならねぇさ」
 力の方向を制御し、地面自体を支えにする。これもまた「重さ」であった。
 よろけた紅生が、自らの手を穴だらけにしながらも、盾壁の棘をつかんで体勢を立てなおす。すると小生が彼の右、投げ矢を構えた娃娃生が左を固めた。攻撃、援護、防御、まさに三位一体の陣形である。
「回り込みながら牽制します。追撃を」
 ガルーが盾の後ろに仲間をかばう。
「あんたらの背中は俺が預かるよ」
 逆に後退し、視界と射角を確保するのはオリヴィエだ。
「俺は正面攻撃か」
 こちらも陣を整えたところで、龍哉のライヴス通信機からリィェンの声が流れ出した。
『そちらはどうだ?』
「心配いらん。そっちはしばらく任せるぜ」
『尽力する』

●天才
「――と、言うしかない状況だな」
 リィェンが額をぬぐった。粘っこい汗と血が、薄く引き延ばされてその掌を汚す。
「お話、終わりました?」
 左右の手にチェーンソーをぶら下げた屠宰鶏が、3人のほうへ歩いてくる。構えも警戒も緊張もなにもせず、笑いながら。
「いつも退屈だったんです。最後まで待ってなきゃいけないから」
 言いながら、屠宰鶏がチェーンソーのエンジンをスタートさせた。
「行きますね」
 屠宰鶏が手近な月世へ右のソーを振り込んだ。いや、振るというより、重量に振り回されているというほうが正しいか。
「痛った!」
 ガギィン! 衝撃が月世の腕を激しく揺さぶった。盾をつかんだ手が痺れ、腕の筋肉が疲労したように疼く。
「か弱い女子にオトナ気なくない?」
『貴公は女子ならぬ女性だ。そして彼女は男性ならぬ少女。貴公の文句はいささか的を外しているものと思うが』
「こういうときくらい察してほしいわ朴念仁……」
 と、落ち込んでいるヒマはなかった。
 弾かれた反動を利用し、左回転した屠宰鶏が、その回転に乗せて左ソーを薙いだ。
 軽いはずの盾が、とっさに持ち上がらない。月世の右腕を、ソーの刃が削り取っていった。
「くぅぅ!」
 突き込まれた月世の斧槍を、屠宰鶏は回転に巻き込むようにしていなし。
 鋭いリィェンの前蹴りを足場にして、ふわりと跳びすさった。
『あの体勢から、蹴りという「点」に己の蹴りを合わせおるとは』
 インの声が小さく震えていた。並ならぬ強敵に対する悦びと恐怖で。
「あれが、屠宰鶏か……」
 久朗は盾に寄りかかり、荒い息をつく。
『あんなに重いチェーンソーを使っていて、体に負担はかからないんでしょうか?』
 こんなときでさえ、セラフィナは敵である屠宰鶏を気づかう。
「連携されちゃう前に、どうにかしてなんとかしたいわね」
『その「どうにか」と「なんとか」がまるで思いつかないが』
 月世とアイザックも、わずか数ラウンドでひどく消耗していた。
 それだけの強さを、あの少女はひとりで発揮してみせたのだ。
「続けて行きますね」
 屠宰鶏が地面に突き立てた右のソーが、その回転によって高速前進。アッパースイングで駆けあがった。
『クロさん、下です!』
 久朗がシールドで刃を押さえつける。
 ガギギギ! 刃はシールドの表面を引っ掻きながら上へ――方向的には後方へすっぽ抜けた。
「たあっ!」
 大きく体勢を崩す屠宰鶏の軸足めがけ、月世が斧槍をフルスイングしたが。
 屠宰鶏は右のソーをそのまま地面に叩きつけて急速後退。回転するソーをキャタピラ代わりに使い、斧槍の間合から抜け出した。
『思いつくまま得物を振るってアレとは。天才じゃな』
 感嘆のため息をつくインに、屠宰鶏は頭を横にぶるぶる振って。
「勉強しました! 何千回も何万回も何十万回も。みなさんの技も勉強させてもらいますね!」
 屠宰鶏のセリフに、リィェンが顔をしかめた。
「武林の話になるが……学んだことを学んだ分だけ物にして強くなり続ける者がいる。こちらの攻撃や連携も、その場で見て取られるぞ」
 屠宰鶏を牽制しつつ、リィェンは苦い息を吹く。
 重い空気を払ったのは、久朗の強い声音だった。
「話は簡単だ。正面から受けるだけの盾に学べるものはあるまい」
 仲間を少しでも長く守り抜く……言葉の裏に隠した久朗の意志に、セラフィナの思いが重ねられた。どんなときも、あなたのそばにいますから。
「……わかっているさ。俺にはほかの誰でもない、おまえがついている」
「あら、あたしもいるんだけど?」
 月世が久朗のとなりに並んだ。
「どうして来た?」
 彼女が愛しているからだ。取り替え子として日本で育った妖精の子をあっさり受け入れてくれた今の世界と、そこで暮らす優しい人たちを。
 ――だから今は、仲間のために傷つこうとしてる優しいあなたを守りたい。なんて、言えないけどね。さすがにはずかしくて。
『貴公はいつも真実を言外に潜めてしまうな。口にしてしまえば悩む必要もあるまいに』
 静かに述べるアイザック。朴念仁のくせに妙なところで察するところ、キライじゃないけど。
「それは深夜に言ってあげて?」
『貴公はよく深夜という時間帯について語るが、いったいなにを指している?』
 まあ絶対言えないけどね!

●京劇の終わり
「くぅっ」
 小さくうめいた由利菜がヒザをつき。
 どおっと観客が沸いた。守るべき誓いの効果によって一身に敵の攻撃を受け続け、ついに力尽きようとしている姫騎士の姿に。
「……怖い。暴力よりも悪意の目に晒され続けることが。怖くて怖くて、どうにかなってしまいそう」
『ユリナは充分に役目を果たした。退くも兵法、どうする?』
 リーヴスラシルの言葉にかぶりを振り、由利菜はチョコレートを噛み締めた。ほろ苦さをまとう強い甘みが、舌の先から体中に染み入っていく。
「退かない。怖いものから目をそむけるほうが怖いから」
 立ち上がる由利菜に、リーヴスラシルは微笑んで。
『答ははじめからわかっていたよ。我が剣を捧げた――永遠の君』
「ずるい」
 由利菜は唇を尖らせて。
「そういうこと言われたら、逃げられなくなるでしょう?」
『ユリナが立ち向かうならば、私はその身を守る鎧となろう。ユリナが逃げるならば、私はその足を支える杖となろう。すべてはユリナの御意のままに』
「そういうのも……ずるい」
 わずかに回復した体力と気力を振り絞り、由利菜は最後の守るべき誓いを発動させた。

『お嬢さんとは思えん根性だ。負担を減らしてやりたいところだな』
 由利菜の姿に、ギシャの内でどらごんが口笛を吹いた。ふひゅー。……龍の唇は固すぎて、笛の形にならなかったが。
「じゃあそろそろ本気出す?」
 追いかけてきた丑の股を四つ足でくぐり抜けたギシャが二足歩行に戻った。
 味方を多数に囲ませないため、戦場を大きく駆け回り、かき乱す作業を担ってきた。それをやめ、今から本業に復帰する。
「追いかけっこはもう終わりかい? どうれ、儂と死合おうぞ」
 征四郎やリュカ、ギシャ本人の攻撃を幾度となく受けているはずなのに、丑は健在だ。ギシャを幻惑しようと、長槍の柄を大きくしならせ、けら首につけた赤布をはためかせる。
「ことわる」
 ギシャはそれにつきあわず、ライトブラスターを抜き撃った。
「熱っち!」
 焦げたつま先を抱えて飛び跳ねた丑が、その動きを予備動作に、槍を上から叩きつけてきた。
 これを横に避けたギシャだったが、柄のしなりを利して角度を変えた穂先に、胸元をざっくりとえぐられる。
「ほほ! 次は心の臓をもらおうぞ」
 煽る丑に気を向けることなく、けして小さくない傷を負ったギシャへどらごんが問う。
『動けるか?』
「痛みは「切り離した」よ」
 それは暗殺者時代に叩き込まれた、苦痛を意図的に忘れる術だ。血を失い過ぎて倒れるまでは普通に動く。
『なら片をつけろ。相手は犯罪者とはいえ人間だ。殺すなよ』
「本気で本気出すより、それが難しいかも」
 ギシャの手に白虎の爪牙が装着された。
「ほ。打ち合うてくれるか。やれ、うれしや」
 丑の言葉をたぐるように、まっすぐとギシャが駆ける。
「アイェーっ!」
 突きだされる丑の槍。
 ギシャは足を止めずに上体を沈めてやり過ごす。
 槍が縦にしなり、穂先で彼女を斬り裂こうとするが。
「そうしたくなるようにまっすぐ走ってみたんだ」
 上体を起こしたギシャが肩で柄を押し上げた。
「ほ?」
 柄の弾力が祟り、大きく跳ね上がる槍。あわてる丑だったが、どうにもできず――
「さよなら」「さよなら」「さよなら」
 3分身したギシャに左右の頸動脈とのど笛を打たれ、崩れ落ちた。
『日曜日に洋画を見終えた気分だな』
「?」

 こちらは紅生対応班。元の3人に棍持ちの武生が加わって、数的不利の状況に陥っていた。それに加えて。
『ツキカガミが!』
 ガルーの内から征四郎が声をあげた。
 由利菜はスキル効果により、正浄――豪快な男役――と花旦に挟撃されている。ただでさえ無数の攻撃をその身に集めてきたのだ。すぐに回復しなければ、遠からず最悪の結末に落ちるだろう。
「そのためには、ここを突破しなければ」
 もどかしい言葉を返し、ガルーが武生の棍を盾で押し返した。続けてインザニアを突き込むが、娃娃生の投げ矢に体勢を崩され、思うようにダメージを与えられない。
『固まって戦えればね……。でも、そうすると由利菜ちゃんの負担が大きくなりすぎるし』
 焦りを鎮めようと、リュカがゆっくり息をつく。
 攻撃がひとつところに集中すれば、壁役のダメージはそれだけ加速する。この場で回復スキルを持つのがガルーのみである以上、できない相談だ。
「今の俺たちにできるのは、引き金を引くことだけだ」
 オリヴィエが、投げナイフをガルーへ投じようとした花旦に魔砲銃を撃ち込んだ。
 冷静に見える彼だが、心中はリュカと同じく焦っていた。仲間たち全員を援護するには、銃口も引き金を引く指も、数が足りなさすぎる。
「俺も手があと2本多ければな」
 思わず漏らした龍哉に、右から小生の撃剣、左から紅生の偃月刀が迫る。
「入るぞ!」
 反射的に龍哉が偃月刀を大剣で受け止め。
 跳び込んできたリィェンのフルンディングが撃剣を弾き飛ばした。
「ひとまず托してきた」
 そう述べる戦友に問い返すことなく、龍哉は紅生に大剣を向けた。
 戦友にそれ以上の説明を重ねることなく、リィェンは剣を収めてヴァルカンナックルを装着。
「立ち回らせてもらうぞ」
「ハイぃ!」
 間合において優位を得た小生がリィェンに突きかかった。
「はっ!」
 大きく開いた両脚、そのモモが地面と平行になるまで深く腰を落とし、体(たい)を据えたリィェンが、ナックルに鎧われた掌で切っ先をそらす。
「ハイハイハイハイハイ!」
 小生は手首を返して切っ先をリィェンへ向けなおし、顔、肩、ヒザ、腹、ノドへ連続突きを放った。
『そこそこは使うが、の』
 インの言葉に、小生はようやく気づく。自分の突きのすべては左掌だけでさばかれた。それどころか自分は、不動のリィェンの眼前まで引き込まれ、剣の間合を失っている。
「コっ」
 丹田に落とし込んだライヴスを呼気に押し詰めて噴き、リィェンは右拳で小生の胸を打った。中国拳法に云う「発勁」に、ライヴスとナックルの火力を重ねて放つ、文字通りに必殺の突きである。
 吹き飛ぶ小生の体内で湿った破砕音が合唱し。
『まるで練れておらぬわ』
 盾壁の棘に縫い止められ、その動きを止めた。
「武辺を気取るには、剣も功夫も細すぎたな」
 時同じくして、龍哉も紅生を斬り伏せていた。そして――
 由利菜から花旦を引き離したガルーが、花旦をフォローしに入った武生の棍を盾で受け止めた。
 クワン! 激突音が高く響き、しばし、拮抗。
 が、武生は棍に体重をかけ、盾の守りをはね飛ばそうとする。
 体重で劣るガルーの足が、じりじりとグリップを失い、滑りはじめた。
「ダァスゥニィ(叩き殺す)!」
「訛りがきつくて、なにを言っているのかわかりませんね」
 体ごと盾を横にそらし、武生にたたらを踏ませるガルー。そして大きくインザニアを振り上げると、今度は花旦と正浄が襲いかかってきた。
「今さら数の優位を取ったつもりですか。いかに目が多くとも、同じものを見ているのでは意味がない」
 ガルーが目を閉じた瞬間。
 その頭上で、オリヴィエのフラッシュバンが爆ぜた。
『声は、あえてかけなかったんだけどね。見えてないのに見えてたみたいだ』
 目を焼かれて混乱するヴィランどもに刃を叩き込んでいくガルーへ、リュカはお見事と拍手を贈った。
「確かめるまでもありません。私の背は、あなたに預けてありますから」
 ガルーはことさらに剣を掲げ、敵を集めた。オリヴィエは正確にガルーの意図を読み、スキルを撃った。
「ま、責任は果たしたよ」
 多くを語らず、オリヴィエはかるく肩をすくめてみせた。
『ガルーとオリヴィエも、なかよしです……』
 ちょっともやもやしているらしい征四郎に、オリヴィエはなぜか親近感を感じたりしたのだが、さておき。
「――あなたが自らの業を悔い改め、主の愛を迎え入れることを信じて」
 見えぬ目で得物を振り回す正浄へ、由利菜は剣に体を預けてライヴスブローを打ちこんで……そのまま倒れかけた。あわやというところで、ガルーのケアレイが由利菜を癒やす。
『ツキカガミが征四郎たちを守ってくれたから持ちこたえられました。ありがとうございます』
 ごめんなさいではなく、ありがとうございます。それは守られるばかりではなく、目をそむけず戦いにのぞんできたからこその言葉。
 ガルーの内で、征四郎は精いっぱい戦っている。それがうれしくて、ガルーはつい笑ってしまう。
『征四郎はおかしなことを言いましたか?』
 そうじゃない。そうじゃないんだ。でも、今ここで口にしてしまうのはもったいない。だから、言わずにとっておく。
 皆とともに屠宰鶏へ向かいながら、由利菜は小さくつぶやいた。
「みなさんを守るばかりのつもりでしたけれど、私もまたみなさんに守られているのですね」
『そうとも言えるな』
「私、みなさんと力を合わせてかならず任務を果たすから」
『ユリナと共にある騎士は私ひとりだがな』
 不機嫌なリーヴスラシルの言葉を聞いて、由利菜はかすかに頬を赤らめた。
 いつもは凜々しいのにときどきかわいいなんて。ラシルはやっぱりずるい。

●集結
「今のうちに回復して!」
 はね飛ばされた久朗をかばう月世。
 その盾を、チェーンソーの追撃が押し込む。
『押し返すよりも流せ、盾を割られるぞ!』
 アイザックの言葉に従い、盾をぶん回してソーをそらす月世。
 その間にケアレインで自らと月世を癒やした久朗が、今度は月世をかばって前へ出た。
 先にかけたリジェレネーションの効果を加えてダメージを回復した彼を見て、屠宰鶏はうれしそうに。
「不屈の闘志、勉強させてもらいます!」
 久朗も月世も笑い返す余裕はなかった。防御を解く隙も、武器を振るう機ももらえない。守り、削られていくばかりだ。
「……おまえはどうしてこんな場所に?」
 久朗の問いに、屠宰鶏はにこにこと。
「殺すからです! だって、殺したら死なないんですよ!? だから殺して、死なないんです!」
 久朗は、自分が辛い過去を持つからこそ、殺す以外のことを知らない彼女を明るい場所へ引き上げてやりたかった。でも。
『クロさん、屠宰鶏さんは――』
「――あれが正しい形なんだな」
 おそらく屠宰鶏は、どこで生まれようとどのように育とうとああなっていた。
 生まれつき、まっすぐと歪んだ魂。それが屠宰鶏なのだ。
「今度は右と左、いっしょです!」
 屠宰鶏が両のチェーンソーを左右から横殴り――
『ならば私たちは右と左から行こう』
 右から飛び込んできたのは、リーヴスラシルの声。
「大勢で押しかけてすみませんが、あなたの仲間はすべて眠らせました」
 左からはガルーの声と盾が割り込んできた。
 ――仲間たちが、久朗へサムズアップや礼を投げ、展開していく。
『役目、全うできましたね』
 久朗はセラフィナの声音にうなずき、共に戦線を支えた月世の笑顔に目礼を返し、前線へと舞い戻った。

「あなたのその得物に従魔や愚神が憑依していないか……確かめさせていただきます」
 大剣で右の攻撃を受け止めた由利菜が、柄頭を返してチェーンソーのガイドバーを叩いた。
 屠宰鶏は体の回転でそれを受け流し、大きく後退する。
「いっぱい生きててくれてうれしいです! たくさん勉強させてもらいます!」
 リンカーの数を数えてはしゃぐ屠宰鶏を見、龍哉が評した。
「あれは技じゃねぇな。臨機応変の型ナシってやつか」
『その究極の形じゃろうて。あやつは戦いの中で学び、育ち続けるぞ』
 インの言葉に、龍哉は口の端を吊り上げて。
「じゃ、俺らが絶対勉強できねぇ起点を作るか」
「アンゼルム戦を思い出すな、相棒」
 龍哉とリィェンが進み出た。
「先ほどの詫びに、手品を見せよう」
 リィェンの両手から2本の短剣が放たれた。地に突き立った刃が複雑な軌道を描いて跳ね回り、屠宰鶏に迫る。――柄頭を鋼糸で結んだハングドマンによる「手品」である。
「ナイフ投げは手品の定番だぜ?」
 続けて龍哉がシャープエッジを投擲。5本の刃がハングドマンと連携し、屠宰鶏の両脚を左右から追い立てる。
 こうなればもう、屠宰鶏の逃げ場はひとつ――上しかない。
 宙に舞う屠宰鶏へ、龍哉は不敵に笑んでみせ。
「ほんと、とんだ跳ねっ返りだけどよ」
『足場がなければ、その得物は振り回せませんわね』
 ヴァルトラウテの言葉から染み出すように現われたギシャが、縫止を屠宰鶏に打った。
「足場だけじゃなくて、足をもらうよ」
 それに続き。
「落ちなさい!」
 屠宰鶏の足を月世の斧槍が払い。
「それはもう見ている」
 倒れかけた体をソーの先で止め、そのまま回転する刃に乗って離脱しようとした屠宰鶏を、久朗がフラメアで突き崩し。
「逃がしません! ――オリヴィエ!」
 回り込んでいたガルーがインサニアで斬りつけ。
「止まった的は、外さない」
 友の声に応え、オリヴィエがスナイパーライフルの引き金を絞った。
「っ!」
 後はもう、モグラ叩きだった。立ち上がれない屠宰鶏を、リンカーたちが苛烈に攻める。
 屠宰鶏は打たれ、斬られ、撃たれ、ついに倒れ伏した。
 おおっ。屠宰鶏に賭けた客が悲鳴を、リンカーたちに賭けた客が歓声を、それぞれ上げた。
「し、しし、ししし」
 うつ伏せたまま、屠宰鶏が激しく震え出す。
『クロさん、屠宰鶏さんが――』
 セラフィナの言葉が終わる前に、久朗は仲間に警告を飛ばした。あれは断末魔の悲鳴じゃない。今までの最悪を塗り潰す、最悪中の最悪が鳴らす警告音だ!
「全員下がれ! なにか来る!」

●屠宰鶏、そして
「死死死ぬ死ぬ死ぬ」
 糸で吊り上げられたかのように立ち上がった屠宰鶏が、リンカーたちへ。
『生きる』
 幼子の声で、言い放った。
 その体のどこかで、ばつん、ばつん、ゴムをひきちぎるような音が爆ぜ。
『殺す殺す殺す殺す殺す』
 なんの予備動作もないままに、屠宰鶏が久朗に両手のチェーンソーを叩きつけた。1回2回3回。
「ぐあっ!」
 それだけで、体勢を整えて受け止めたはずの久朗がはね飛ばされた。
 続く4回めと5回めでリィエンと由利菜がソーに噛み裂かれ、ダメージを負う。
「なんだ、あれ」
 つぶやくオリヴィエに征四郎が。
『スキルです。パワードーピングとオーガドライブを同時に――』
 冷静な口調だったが、その言葉は小さく震えていた。
 普通に考えればありえないのだ。ただのヴィランが、スキルを同時発動するなど――しかも、あんなに楽しそうだった顔を、涙で歪めながら。
『ほんとうに殺すことにしか生きる道がないというなら、それはあまりに悲しいことなのですよ……』
『そうだね。お兄さんも、あれはちょっと見てられないよ』
 リュカは目が弱いからこそ、夢中で誰かが紡ぐ物語を追い求めてきた。どんな内容でも、すべてに等しく価値がある。でも、彼女の物語は本人すらも幸せにしない、禁書だ。
『殺す殺す殺す殺す』
 浮き足だったリンカーたちを、狂乱の4連撃が叩き斬る。
『こいつはタフな状況だぜ』
 ダメージを受けたどらごんが葉巻をくわえようとして――自分が非実体であることに気づき、口をつぐんだ。
『あれは誰の声でしょう? 屠宰鶏ではありませんわよね』
 ヴァルトラウテに答えたのはアイザックだ。
『共鳴した異世界の者だろう。屠宰鶏の危機に表面化した、な』
『今は謎説きより攻撃です。ケタはずれでも、彼女が使っているのはスキルでしょう?』
 あえて明るい声でセラフィナが言い、傷ついた者たちをケアレインで癒やした。
『屠宰鶏の攻撃後が、機ということか』
 リーヴスラシルに久朗がうなずいて。
「あと1度、なんとしてでも止めてみせる。おまえらは次で決めろ」
「はいはい、お供するわよー」
「行きましょう。明日へ進むために」
 久朗の後に月世とガルーが続いた。
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す!』
 かくして狂乱の6連撃が襲い来る。
 1、2、3、4。3人のリンカーが、盾ごと命を削られながら、それでも耐える。
 5――3人が、それぞれの盾を縦に重ねた。右のソーがそれぞれの盾のもっとも固い縁の部分に噛みつき、6――左のソーもまた、盾の縁を噛んで。
 ソーの回転が、止まった。
『今の屠宰鶏に体術は使えないようだ。あれなら刃を止める機を読めるはず』
 リーヴスラシルが3人に言い含めてきた言葉が蘇る。
「ここが分水嶺だ!」
 リィェンが左からソーの刃を叩くのに呼応し、龍哉が右から動いた。
「屠宰鶏。おまえは強いがつまらねぇよ。心ない技は痛ぇだけで響かねぇ」
 屠宰鶏の足の甲を踏みつけ、固定。その至近距離から一気呵成のスキルを乗せたシャープエッジを投げつけた。5本と追加の5本が、チェーンの継ぎ目に次々と突き立った。
 結合部に激しいダメージを受け、きしむチェーンソー。屠宰鶏は盾から強引に得物を引き剥がしたが、その手からは力が抜け、刃の回転数が上がらない。
「屠宰鶏はギシャに似てるかもって思ったけど、ぜんぜんちがうね。なにがちがうのかわかんないけど」
 潜伏していたギシャが、屠宰鶏を背後から奇襲をかける。
『殺す!』
「ほんとは殺したいけど、今回はみんなのサポートするってどらごんと約束したから」
 2度めの縫止が屠宰鶏の脚に打ち込まれたのを確認し、ギシャはまた姿を消した。
『殺す……』
 機動力を殺された屠宰鶏が、よろめきながら得物を、
「もう、眠りなさい」
 前に立った由利菜へ振り下ろした。
『ころ、す』
 そのこめかみへ。
『終わらせよう。あの子の黒く塗りつぶされた物語を』
 リュカの言葉を合図に、オリヴィエがテレポートショットを撃ち込んだ。
「こ、ろ」
 横からの不意撃ちに、屠宰鶏は得物を取り落として大きくたたらを踏んだ。その、最後のあがきを意識ごと。
「主よ、彼の者にせめて一時の安らぎを」
 由利菜のライヴスリッパーが斬って落とした。
『……ユリナ。彼女に神の加護を祈っても無駄だ。彼女が生きる修羅道に、神の光は届かない』
 リーヴスラシルの制止に、由利菜は小さくかぶりを振って目を閉じた。
「わかっています。それでも私には祈ることしかできないから。迷える鶏に救いがあらんことを」

 倒れゆく屠宰鶏――その細い体を、太い腕がすくいあげた。
「いいショーだったぜ」
 屠宰鶏を抱え、ニヤニヤとリンカーたちを見回す男。その髪は、業火のごとく赤かった。
「いきなり乱入なんて穏やかじゃないな」
 言いながら、リィェンが両手をさりげなく垂らした。隠した短剣をいつでも投げ撃てるように。
 その手を龍哉が押しとどめた。
(よせ、気づかれてる)
「へぇ、目端の利くのがいんじゃねぇか」
 男の体から重いライヴスが噴き上がる。あの屠宰鶏をすら遙かにしのぐ、まさにケタちがいの圧力だ。
『我々の生き死にを存分に楽しんでもらえたようだが……何者だ?』
 アイザックの問いに男はかぶりを振って。
「そいつぁ言えねぇ。まだ、な」
 もったいつけながら、さらに言葉を継いだ。
「ただよ、これから香港のあちこちで騒ぎが起こる。こいつともまた遊べるさ。がんばんな、HOPEのご一行さんよ」
 現われたとき同様、屠宰鶏を抱えた男はいつの間にか姿を消していた。
『これからまた、大きな物語が始まろうとしてるのかな』
 立ち尽くすリンカーたちの中で、リュカがぽつりとつぶやいた。
 上方では、突入した香港支部のエージェントたちの低い靴音が、高い悲鳴と不協和なハーモニーを奏で始めていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
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