本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】恋想う樹の下で

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/09 18:38

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-

掲示板

オープニング

●シスターのひらめき
 優しく美しい音が胸の奥をくすぐる。風鈴を思わせる緋色がかった花序の生るロマンチックな大樹に寄り添うように作られた街。古めかしく洒落た世界観を持つその街は、実はそんなに歴史は古くない。実は海上に作られた人口島、恋愛の聖地という売り込みで人気を集める商業施設である。
 恋愛の聖地『ロータスの樹』のスタッフで、シスターを思わせる制服を着た彼女はため息をついた。
「困ったわ」
 手元の報告書によれば今年のバレンタインイベントは集客数があまりよろしくない。
「やっぱりこの間の、チョコの材料を奪った愚神たちのせいよね」
 今年のバレンタインイベントは日本の製菓メーカーとタイアップした大掛かりなチョコレートパーティを開く予定だった。それはもう数か月前から広告を打ち、この施設のコアなファンなどは数日から数週間のチケットを取っていた。
 なのに。
 バレンタインイベント終了までまだしばらくはあると言うのにすでにキャンセルが多数。中には愚神が触ったチョコレートなんて食べたくない、という意見まで。
「はああああ、これは……安全で楽しい、期間限定のレアなイベントだってアピールしなくてはいけませんよね……」
 とりあえず、雑誌記者を雇ってパーティの様子を好意的に記事にしてもらおう。それから、サクラを頼もう。でも、ただのサクラではいけない。この時期には甘い恋人のイベントを羨んで嫌がらせをしてくる輩もいる。
「……あら、そういえば、前にもこんなことが──」
 彼女の脳裏に、以前厄介な従魔をおびき出すために雇ったH.O.P.E.のエージェントたちが浮かんだ。
「H.O.P.E.の方たちに、また恋人のふりをお願いしましょう!」
 ぱちん、手を合わせた彼女の顔はきらきらと輝いていた。

●We Love us!
 ドミノマスクを被った黒ずくめの人影が、港でカップルたちを囲んでいた。
「ククク……さあ、命が惜しくばそのチケットを寄越すのだ」
「定価で買い取ってやる」
 カップルたちは震えながら顔を見合わせ頷き合うと、『ロータスの樹』のチケットを渡した。──定価なら、この黒ずくめたちが居なくなった後でそこのコンビニで購入すればいいのだ。カップルがコンビニに消えて行ったのを見届けると、男はにやりと笑った。
「これで一組の不埒なカップルを成敗した」
 男の言葉に、同じくドミノマスクを被った小柄なツインテールの少女が笑い声を上げた。
「うっふふ~、なぁにが、バレンタインよお! アタクシたちからとっておきのバレンタインプレゼントをあげるわよお!」
「おお! ノリがいいな!」
 『ロータスの樹』の客入りが芳しくないのは、実はこの賊たちのせいだった。彼らは先日起こった愚神騒動をなぞらえてドミノマスクを被り、入場者を脅迫してはチケットを取り上げていたのだ。チケットと引き換えに定価を支払っているのは、このドミノマスクの集団がいつも犯罪者として活動している者たちばかりではないためである。彼らは互いの素性を知らない。けれども、たった一つの目的の為に集結した。──彼らの目的はただ一つ、バレンタインパーティを楽しむ者たちに混乱と後悔をもたらすこと。
「ふ、さて、俺たちもあの地獄へ向かうか、この媚薬チョコを持って!」

●出れない部屋をノックノックノック!
「クレイってさ、こころリーダーのこと、好きなんじゃね?」
 チョコレートパーティをお腹一杯堪能した暇な大学生たちは、見つけた空き部屋でごろごろとたむろしていた。彼らは愚神騒ぎで行くことをキャンセルした別のグループからチケットを譲り請けただけの、恋人でもなんでもない、腹ペコ集団である。ただ、結構頭が良くて結構な人数のリンカーが交じっているだけの。
「ん? A.S.の灰墨とC.E.R.リーダーの英雄の方か?」
「あ、先輩。そうッス。クレイはいつもクールなふりしてるけど、あれは明らかに……」
「おお、おお。そうか」
 先輩と呼ばれたのは、この大学のOBである。シャドウルーカーで先日までH.O.P.E.でエージェントをしていた。元々世話焼きだが、今はとても酔っていて、その世話焼きっぷりに拍車がかかっていた。
「恋が自由なのは学生のうちだけだ。社会人になると、仕事に忙殺されるからな」
 一瞬切ない目をした先輩は、先日彼女に振られたばかりだ。彼は少し考えると、部屋の隅に積んであったハートの生地の貼られたパネルに何やらサラサラと書きつけた。達筆である。
「よし、灰墨とクレイを呼べ」
 灰墨こころは仲間に呼ばれてパーティ会場から少し離れた部屋に着いた。英国風のアンティークなドアを開けると、部屋の中には知り合いであるクレイが居た。
「どうしたの?」
 灰墨の声にクレイは僅かに頬を赤らめながら、ぶっきらぼうに壁にかかったパネルを指さした。そこには『告白しないと出られない部屋』と書かれていた。灰墨はクレイを尻目に入り口に手をかける。びくともしない。
「納豆が食べられない──告白したわよ、開けなさい!」
 A.S.特製の銃を片手に冷たく言い放つ灰墨に負けてしぶしぶとドアを開けた学生たちは、その鬱憤を晴らそうと、迷い込んだ一般客に同じ悪戯を仕掛けることにした。ただし、この施設にいるのがほとんどカップルで独り者メンタルを無駄に削られる結果になるだけであることに彼らは気付いてはいない。

解説

シナリオ目的:楽しめ!
サクラとして雇われたエージェントたち。
「できれば、第三者から見て好感の高い楽しみ方と恋人のふりを忘れないで頂けると嬉しいです」(スタッフ談)

ステージ解説
・ロータスの樹
恋愛の聖地をうたう商業施設。現在、ドレスなどの扮装を貸し出し中!

・ロータスの樹の教会
シナリオ「恋なる果樹」で使った施設。「恋人に求めること」の主題カードが置いてあり、その主題について語り合う……という名目で人口の湿地の上に橋が一つあるだけの小さな、しかし美しい中庭を二人っきりで散策できる(15分間)。

・チョコレートパーティ会場
チョコレートフォンデュタワーを中心にバレンタインモードに飾り付けられた広間。たくさんのテーブルにスイーツやバイキング形式の料理が山盛りに乗っている。食べ放題。

・告白しないと出れない部屋
悪ふざけをしたどこかの学生がドアを押さえている部屋。カンストしたシャドウルーカーがいるので中々捕まえられない。

アイテム・キャラクター解説
・媚薬入りチョコレート
媚薬と聞きヴィランたちは用意したが、実際は強めのお菓子用お酒が入っているだけ。ちょっと量を間違えて(?)多めに入っていて、ちょっと身体が火照って目の前の人が魅力的に見えて、リンカーにも英雄にも効いちゃうだけ。そのうち普通に眠くなるだけ。形状は様々。摂取希望の方はRPをお願いします。

・ハートデストロイ
人数不明、ドミノマスク着用のヴィランと一般人の集団。ヴィランなので逮捕推奨。

・A.S.&C.E.R.
どこかの大学生とOBたち。人数不明、なぜかリンカーが大半を占める。愚神騒ぎで参加を取り止めた同校のリア充サークルからチケットを押し付けられた。

・ミュシャ(az0004)&エルナー
ヴィランを蛇蝎の如く嫌い憎むエージェントとその英雄。ただ、ちょっと友達に弱い。PCたちがヴィランを放置してもミュシャが陰で退治してくれるので問題はない。

リプレイ

●恋なる聖地へ
「恋人のフリをすれば……チョコ食べ放題!」
 その依頼を見て、今宮 真琴(aa0573)は叫んだ。
「まぁ依頼じゃからそれだけじゃないからな?」
 甘いものに目が無いパートナーの笑顔に、英雄の奈良 ハル(aa0573hero001)は半ば諦めつつも念を押した。
「恋人……ハルちゃんとでもいいのかな?」
「うーむ……一般的に同性だと難しいのではないのかのぅ……」
 ハルの答えに真琴は思案顔になり、しばらくののち、ハルの両手をグッと掴んだ。
「…………ハルちゃん、お願いがあります!」
「な、なんじゃ?」
 勢いよく迫る真琴に対してハルは上体をのけ反らせた。

 吹き付ける優しい風にさえも含まれるチョコレートの甘い匂い。澄んだ鈴音はロータスの樹の花序が生む音。
 そして、船の上で頭を抱える男が一人。
「お前……なんて依頼を受けてきたんだ……」
 冬月 晶(aa1770)はアウローラ(aa1770hero001)を見た。輝く笑顔で彼女は答えた。
「はい!! チョコレートが食べられるって聞きましたから!!」
 素直で愛嬌たっぷり、裏表もなくご近所さんにも可愛いがられるアウローラ。彼女に問題があるとすれば、この世界の常識が無いことだろうか。
「そうか、やっぱり食い気か……。これは恋人同士のサクラをしろって依頼だからな?」
「大丈夫ですよ!! 私とアキラさんは恋人同士ですから!!」
 元気に答えた彼女に晶はがっくりと首を垂れる。以前受けた依頼で、彼女はとても仲の良い男女が『恋人同士』なのだと誤解したのだった。
「……いかん、誤解したままか。どうするんだこれ?」
 不安に胸を曇らせて、晶は船の行く先を見る。恋なる大樹はもうはっきりと見える。

「えへへ、今回はちょうどオフが取れたし、噂のロータスの樹にいけるのよね」
 船上で風に髪をなびかせた瀬戸 絢凪(aa0171)が嬉しそうに目を細めた。まだ駆け出しの新人アイドルバンドに所属する彼女は最近とても忙しく、この日は久しぶりに取れた休日だった。
「絢凪ちゃん、最近はぁお仕事だったり学校だったりぃ、それに体調も崩してたりでぇ心配だったです~」
 いつも通りのにこにこほわほわとした表情で絢凪を見るのは彼女の英雄であり彼女を支える大切な存在でもあるアレクシア アズナヴール(aa0171hero001)だ。彼女はいつも通りあたたかでやさしく、そして、少しだけ心配そうだ。そんなアレクシアへ絢凪は元気な笑顔を向けた。
「心配してくれてありがとう! わたし、今日はアレクシアと一緒に行けるのも嬉しいし、仲良く休日を満喫したいなっ♪」
「えぇ、今日はゆっくりお休みが取れるみたいですしぃ、私も嬉しいなぁ♪」
 ──何より絢凪ちゃんが楽しそうですし。アレクシアは心のなかで付け加えた。

 イベント用に可愛らしく装った港に船が停泊した。
 そこに、どんよりとした空気を背負った男が一人。
 ──……なんで私はまた此処にいるんだろう。いや、イデアのせいだというのは解っているんだが……。
 メイナード(aa0655)はそのたくましい巨躯を珍しく丸めて港の片隅に立っていた。戦士然とした姿が今はかげろうのようだったが、それは彼の過去を思えば仕方のないことなのかもしれない。
「おじさん、何をしているんです。さっさと行きましょう!」
 彼の腕を元気に引っ張るのは彼の英雄Alice:IDEA(aa0655hero001)だ。今日の彼女は無敵である。イデアを止める──彼女にとっての恋敵は居ない。
 ──ふふふ、水面下でこっそりと依頼を受けておいて正解でした。前回は結局二人きりのデートは叶いませんでしたからね、今回で何らかの成果を挙げなければ……!

「う~……何でこんな依頼受けたのよ」
 張り切る女性陣の中、唯一肩を落として船から降りたのはリヴァイアサン(aa3292hero001)だ。元の世界で海竜の姿であったという彼女だが、こちらの世界のことには詳しく……恋人がどんなものであるかも、もちろんよく知っていた。
「決まってんだろ、面白そうだったからだ、主に俺が」
 応えるのは、同じく男性陣の中で唯一乗り気のガラナ=スネイク(aa3292)である。三白眼の強面に浮かべた笑顔が怖い。
「だと思ったわよバカぁ!」
 甘いような苦いような空気の中、リーヴスラシル(aa0873hero001)は、少しだけ多めの荷物を抱えた月鏡 由利菜(aa0873)の手を引いて船を降りた。ふたりは他のエージェントたちとは違い、営業妨害を働く謎の集団『ハートデストロイ』の逮捕を目的にしていた。
「お久しぶりです」
 そんなふたりの前に現れたのは、先にこの地でハートデストロイの調査をしていたミュシャ・ラインハルト(az0004)だ。後から歩いてくるのは彼女の英雄、エルナー・ノヴァ(az0004hero001)。ミュシャの表情が以前会った時よりも硬いのは恐らく彼女が憎むヴィランが相手に居るからなのだろう。
「ミュシャちゃん!」
 馴染みの声に振り返ったミュシャだったが、その両目が驚きに見開かれた。
 元気よく手を振る真琴。そして、隣に居るのは。
「えっと」
 唖然としたミュシャの様子に、真琴たちとも友人である由利菜は困ったように笑う。目の前に居るのはどう見ても髪をひとつに結んだハルだった。ただ、ふくよかな胸を──何かを巻いているのか、無理やり潰し胸板を作り、メイクと厚底靴、黒いコートを羽織った男装姿だった。
「ハルちゃん……かっこいい……!」
「そ、そうか……けっこうキツイし歩きにくいわい」
 ハート舞う真琴の嬉しそうな声に、ハルは軽く困り顔を作ってみせた。

●ドレスの魔法を
 そこでは巨大なテントが張られ、たくさんの衣装を貸し出していた。折角だからと一行は中に入ったのだが、そこには想像をはるかに超える数のドレスや仮装道具が所狭しと並んでいた。
「あ、このドレス、アレクシアにぴったりだよ!」
 トルソーに飾られたエンパイアラインの白色のドレスを見つけると絢凪はアレクシアの袖を引っ張った。胸の下に切り替えがあるそのドレスは少女の心を躍らせるものだった。すると、今度はアレクシアが絢凪の袖を同じように引く。彼女の指先が示すのは絢凪が見つけたドレスの隣。同じくトルソーに飾られて仲良く並んだそれは薄いピンクのプリンセスラインのドレスだった。
 重いカーテンを押してふたりは着付け係のスタッフと一緒に大きな鏡の並ぶ試着室へと入る。一人に対し二人のスタッフに手伝って貰いながらドレスを着ると、入念にヘアメイクを施してもらう。その合間に他のシスターがそっと二人の前のキャビネットを開くと様々なアクセサリーがライトに照らされて煌めいた。
「すごいね!」
 ティアラを選びながら絢凪が振り返ると、そこには既に姿を整えたアレクシアが居た。
「うわぁ~、本当のお姫様みたい!」
 いつもの司祭を思わせる服を脱いでエンパイアラインのドレスを着たアレクシアは、まさに物語の姫君のように淑やかで美しかった。思わず手に持っていたティアラをアレクシアに差し出すと、彼女はそっと頭を下げた。
「絢凪ちゃんもそのドレス、とっても似合ってますよぉ♪」
 アレクシアの言葉通り、薄いピンクのプリンセスラインは明るく元気な彼女の魅力を十分に伝えており、絢凪にいつにも増して陽光のような輝きを与えていた。そんな絢凪を見たアレクシアもキャビネットに目を落とし、少し迷って小さなティアラを選ぶと絢凪の髪に挿した。ティアラを飾ったふたりは顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
「ふふっ、一緒に写真撮ってもらいましょ~」
 試着室から出たアレクシアの肩を誰かが遠慮がちに叩いた。驚いて振り返るとそこにはカメラを持った短髪の快活そうな女性が立っていた。
「こんにちは! H.O.P.E.からのお客様かな?」

「流石におじさんが着れるサイズの衣装は……」
 見覚えのあるシスターの制服に身を包んだスタッフを前に思案顔のイデア。隣に並ぶメイナードは高さだけでも二メートル四十センチもあり、その上鍛えられた体は筋肉質だ。
「イデアだけでもドレスを選んだらどうかな」
 内心ほっとしているメイナード。それはそうだ、イデアが見ているのはタキシードのコーナーで、しかも、白やら赤やら、このまま新郎にでもなれそうな華やかさである。一瞬、がっくりと肩を落としたイデアだったが、すぐに気を取り直して自分の衣装を選ぶ。メイナードもなんとなく辺りを見回して、フリルがたくさんついた黄色のドレスを手に取った。
「ふふ、お目が高いですね。それは日本の有名デザイナーの作品ですよ」
 スタッフが微笑み、イデアも嬉しそうに顔を輝かせた。一瞬だけ。
「日本では七五三というイベントがあるらしくて、お子さんの健やかな成長を願ってそういうドレスやキモノを着せるようですよ」
 ドレスを掴むメイナードの太い指がひんやりとした。血の気が引いた彼に、小さな姿をした英雄の少女は共鳴後でもないのに暗いライヴスを迸らせた──ような気がした。
「もう、女心にうとい、おじさんには任せておけませんね!」
 などと言いながらイデアが選んだのは背中が大きく開いたレースのミニドレスだった。イデアの褐色の肌に純白のドレスはとても良く似合っており、お揃いの手袋と白い華奢なパンプスを履くと、まるで──……。
「わあ、まるで花嫁さん……」
 両手を合わせた真琴が上げる感嘆の声に、イデアは満足げにメイナードを見上げる。きらりと光った金の瞳の光に、我に返ったメイナードも慌てて彼女を褒める。
「こんな格好でイデアの隣を歩くのが忍びないな」
 まるでそれが合図だったかのように、スタッフが何やら大きな包みを持って現れた。
「良かった! ちょうど着ぐるみ用の黒のタキシードがありました! 最近、変わった姿の英雄さんも多くてフォーマルにも使える上等なものを用意したんですけど」
 イデアは歓声を上げた。幸いなのか……それはオーダーしたかのようにメイナードにぴったりだった。
 黒のタキシードに身を固めたメイナードの腕に、するりとイデアの手が添えられる。

「メイナードに由利奈殿か……他にもカップルらしくはないが……」
 にぎやかにドレスを選ぶメイナードたちを横目で見ながら、「あれ?」とハルはあることに気付く。
「これ男装コスする意味あったんか……?」
「これはこれでご褒美です……!」
「まぁいいか……ドレスも貸出しているのか……」
 ふむ、と自分の胸元を見る。しっかりと男装したせいでハルは着替えることができない。ならば。
「えっ……えっ?」
「なに、ワタシにも着飾って楽しむ権利はあるじゃろう」
 ハルが自分の代わりに真琴へ選んだのは腰の辺りを帯のようにレースで彩ったAラインのドレスだった。躑躅色ともからべに色とも言える変わった色は真琴の茶色の髪にもよく合い、彼女を少しだけ大人びた雰囲気に見せた。
「ほほぅ……良いのぅ良いのぅ……」
 男装したハルを真琴が見たように、ドレスアップをした彼女をあちこちから見るハルはとても楽しそうだった。
「ハルちゃん……恥ずかしいんだけど……」
「却下じゃ」
 真琴の抗議はハルにさらりと流されてしまった。

●ハートデストロイとの闘い
 テントの外で共鳴した姿で待っていたミュシャは、現れた由利菜とリーヴスラシルの姿に思わず感嘆のため息を漏らした。
「……私が姫の衣装を着るのは、少々恥ずかしいな」
「私はラシルによく着せられてますから、慣れました」
 二人はそれぞれ紫とピンクのプリンセスラインのドレスを着ていた。背の高さも雰囲気も違う二人は同じプリンセスラインのドレスでも受ける印象は大きく違った。紫のドレスを着たリーヴスラシルは冴えた青い薔薇のようで、ピンクのドレスを纏った由利菜はメルヘンケニギンのような美しさだった。
「ミュシャさんは?」
「あたしは元々ヴィランどもを退治する依頼で来たんだ。必要ない」
 由利菜が声をかけると、はっとした彼女は首を振って教会へと向かって歩き出した。
「待ってください! まだ相手の居場所もわかっていませんし──、少し一緒にお話をしませんか」
 石畳に沿って歩くと小さな広場があった。アンティークの椅子やテーブルが並んでいる所を見ると休憩所か何かなのだろうが、パーティが開かれているせいか誰も居なかった。由利菜が手荷物を開くと、テーブルの上にお弁当やコーヒー、クッキーが並んだ。
「仲良くしておびき出すのも、お仕事ですよね」
 ちらりとリーヴスラシルの方を見てから由利菜はミュシャに椅子を勧めた。ミュシャは少し躊躇った後に座る。渡されたコーヒーは温かい。
「私……異界の学者になるのが夢です。境界の研究者の両親に憧れていて……」
 まず、由利菜が口を開く。続いて、隣に座ったリーヴスラシルがミュシャを見た。
「正式な学園の教師となり、ユリナ達生徒を導くのが私の目標だ」
 黒髪を揺らして、ミュシャが首を傾げる。
「ああ──エージェントの卵達をヴィランに堕とさない為にもな……」
 ミュシャの瞳が僅かに見開かれ、藍鉄色の瞳が曇る。
 ──あたしは既に死んだ身だ。目標なら──。
 しかし、それを口に出すことは無かった。それが由利菜たちの求めるものではないことを彼女は察知していたからだ。
 由利菜たちもミュシャを問い詰めるようなことはしなかった。そのまま話題は緩やかに変わり、空気が和らいでゆく。
 穏やかで優しい日の光の下、しゃらららんと鈴音を鳴らすロータスの樹。緋色がかった花序が日光を澄んだ薄紅の光に変えてふわふわと落とす。リーヴスラシルのカップが空になっていることに気付いた由利菜はそっと新たなコーヒーを淹れる。それに気づいた彼女が優しい瞳で礼を述べるとなぜか由利菜の胸が騒めいた。
「おふたりは仲が良いんだな」
 まるで心を読んだかのようなミュシャの言葉に由利菜は動揺した。
「純粋な親愛です!」
 そうか、と怪訝な顔で頷いた彼女に、由利菜は自分が先走ってしまったことに気付く。もちろん、変な意味など無いのだ。熱い頬を隠すように、さり気なく両手で頬を包み視線を落とすと、滑らかな紫の布地が目に飛び込んできた。贅沢に作られた美しいドレス。それが似合う美しいリーヴスラシルは間違いなく女性で、自分も彼女もこの地の恋人たちのようにいつか誰かと結ばれて……。
 めまいと息苦しさを感じ、由利菜は立ち上がった。その椅子が派手な音を立てて倒れる。
「うっふふ~、なぁにが恋人よお! お花のように可愛らしいアタクシたちがあなたたちにとっておきの破局のステージを用意してあげるわあ!」
 ドミノマスクを被った集団がライフル片手にずらりと並んでいた。慌てて振り返ると椅子にはライフルから撃ち出されたらしいどす黒い絵具の塊が撃ち込まれていた。
「……って、おいい、女子しかいないじゃねえですか!」
「あまぁい空気を感じたと思ったけど!」
 ぶつぶつともめ始めるドミノマスク集団の前に、剣を抜いたミュシャが飛び出した。
「お前たちが、ハートデストロイを名乗るヴィランズか!」
「ヴィラン? ヴィランなんですか? リンカーですけど、ただリアルが充実したカップル撲滅運動を行っている善意の第三者で」
「いや、俺なんてリンカーでもないし。目障りなラブラブカップルイベントを排除するボランティアを行ってるだけだし」
 ドミノマスク集団の身勝手で見苦しい言い分に、ミュシャの殺気が少し削がれ、代わりに由利菜とリーヴスラシルの柳眉を逆立てる。
「……くだらん。その僻み根性、叩き直してやる!」
 ふたりは無言で頷き合う。幻想蝶が羽ばたき、光の鎧を身に着けた由利菜が剣を抜き放つ。
「うっふふ~! ワタクシたちと何人差だと思っているのかしらあ!」
 黒い絵具を込めた銃口をドミノマスク集団がリンクした由利菜とミュシャへ向ける。だが、AGWでもない絵具を発射するだけのライフルなどエージェント達の敵ではなかった。敵はヴィランどころか一般人も居るのだ。思想以外の統率などあってなきが如しである。剣を手に走り出したミュシャと由利菜の動きについていけず、あちこちで惨めに仲間同士がぶつかり合う。
「……これ以上無用な血を流したくありません。投降して下さい」
「……迷惑行為で逮捕するだけだ」
 あちこちで呻き声を上げるハートデストロイたちに剣を下げた由利菜とミュシャは淡々と宣言した。

●レッツ、チョコレートパーティ!
「見て見て、このチョコ! うわぁ……宝石みたいにきれいだわ……」
「あっ……、こっちのお店はぁ、この間TVで紹介されてたお店のところですよぉ!」
 パーティ会場へ行く道すがら、絢凪とアレクシアはバレンタイングッズを所狭しと並べた店々を片っ端から覗いて行った。さすが人気の施設だけあって、営業している店はどれもレベルの高いものばかりだった。
 やがて、だんだんと空気に交じる甘い匂いが強くなっていく。島の大きなホテル。その中にパーティ会場はあった。
 チョコレートフォンデュタワーを中心にした会場は甘い匂いで包まれていた。しかし、空調を調節しているのか、その甘さは不快になるほどではなく、むしろ、頭を痺れさせるような不思議な力を持っていた。
 絢凪もアレクシアも甘いものには目が無い。会場に入るとさきほど見てきたチョコレートを含め、さまざまなスイーツが並ぶ。
「美味しい!」
 二人は顔を見合わせ、そして、小さな声でこっそりと言い合った。
「でも、やっぱり、お父さんのスイーツが美味しいかなぁ」
「でも、やっぱり、お義父さんのスイーツが美味しいですぅ」
 家で喫茶店を営む、寡黙だけど優しい父の絶品スイーツを想いながら、二人はお土産を何にしようか話し合った。

「……ここは天国ですか」
 会場に入った真琴は感激のあまり落涙した。
「まぁ最近は食べ放題は行ってなかったからのぅ……」
「ハルちゃん早く早く! いっぱい食べよう!!」
「いやワタシはそんなには」
 張り切った真琴はハルの腕に自分の腕をしっかりと組んで引きずるようにチョコフォンデュタワーへと近づく。その前には、種類豊かなチョコレートがテーブルから溢れんばかりに並んでいる。色も茶色や黒、白だけではない。ピンクからパステルカラー、そしてビビットカラーと実に色鮮やか。また、形もチョコレートらしい硬さを持ったものからマカロンのように軽いもの、シフォンケーキのようにふんわりとしたもの、優しく舌の上で蕩けるようなしっとりとしたもの……。
 ひょい、ぱく。こくり。
 それらを、真琴は素早く無駄なくエレガントな所作でひたすら食べる。食べる。時折、箸休めとばかりに新鮮なフルーツをフォンデュフォークにサクリと刺し、チョコレートフォンデュタワーを通して、ぱくり。
「更にスピードが上がっているだと!? いつのまに……こいつチョコ魔人か!?」
「ふふん♪ こんなのまだまだ前菜ですー」
 真琴を見守るハルが驚愕と同時に胸焼けを感じたのは仕方のないことだ。

 少し襟を緩めたスーツを着たガラナは恋人同士のふりを意識してか、単に彼女をからかうためか、リヴァイアサンの肩を抱く。もちろん、それに僅かに反発した彼女だったが赤面しながらも抵抗をやめた。恐らく、仕事を遂行しようという真面目な思いからなのだろう。彼女は腰の辺りに大きなリボンが付いた少しカジュアルなビスチェ風のフリルを重ねたミニドレスを着ていた。膝上丈のレースのストッキングとサンダルがいつもと勝手が違うのか少し歩きづらそうで、少し悔しそうにガラナのシャツをぎゅっと掴んだ。この服装はガラナがシスターにお任せしたもので彼女たちの好みではない。自分の反応を含めご機嫌で──絶対間違った観点から──楽しんでいる相棒を不満に思う。ここへ来てから、彼の口癖である「メンドクセェ」なんて一度も聞いていない。
「むー、ドレスって、やっぱり可愛いですけど動きづらいですよねー。靴のかかとも高いですし」
 ドレス姿のアウローラとタキシード姿の晶も会場に入って来る。
「俺はタキシードなんて柄じゃあないのだが……。まぁ、あいつがドレスならこうなるか」
 居心地悪そうに呟く晶。けれども、堂々としたふたりの姿は気心のしれたカップルのように見えた。アウローラは空色のマーメイドドレスを着ていた。身体のラインに添って流れるドレスは床の上で飛沫のようにフリルを重ね、肩には控えめなオーロラ色のショールをふわりと羽織っている。晶も同じオーロラ色のカフスを付けた黒のタキシードを着ていた。
「船の中でも言っていたけれど二人は恋人同士なの?」
「……え? ひょっとして俺らちゃんとカップルに見えてんの!? マジで!?」
 堪える素振りすらせず笑うガラナ。リヴァイアサンはため息をついて手近なチョコレートを手に取り、包み紙を剥がして口に運んだ。せめてスイーツだけでも楽しまなければ損だ。同じチョコレートをアウローラも口に運ぶ。やけに甘くて熱い。
「……ガラナ、何かこのチョコ変な味……が……」
 リヴァイアサンの鼓動が痛いほど早まっていく。頬に熱が集まって、ガラナのシャツに触れる指先がやけに熱い。
 ──もしかして、もしかして、これは……。
 リヴァイアサンの脳裏に、到着時にシスターから聞いた話が蘇る。曰く、『妨害をたくらむ集団が用意した媚薬入りチョコレートに注意すること』。
「あ? どうした?」
「な、ななな何でもない!?」
 隣のリヴァイアサンの様子がおかしいことに気付いたガラナが不審そうに彼女を見下ろす。ちょうどガラナを見上げていた彼女の視線と視線が絡むと、リヴァイアサンの顔はみるみる赤く染まり、慌てて視線を逸らした。ガラナはその視線を追う。それをまた逸らす。逸らす先の先で覗き込めば、遂に彼女は俯いた。相棒の異変に気付いたガラナは、俯くリヴァイアサンに顔を近づける。すん。小さく香りを嗅ぐと途端に、可笑しそうににやりと笑った。もちろん、それは俯く彼女がわかるはずもなく。
「アウローラ?」
 急にぼんやりした英雄を心配そうに支える晶と別れ、ガラナはリヴァイアサンと会場から出た。
 すでにふらふらなリヴァイアサンを支えながらわざと抱きしめ視線を合わせれば、彼女は更に林檎のように赤く顔を染める。おろおろとうろたえる彼女が可笑しくて、けれども、彼は今度は努力して笑いを堪えた。

 会場でリヴァイアサンとアウローラの様子をたまたま見ていたイデアは、少し考えてからふたりが食べたチョコをつまみ上げた。マシンガン持ちの天使の柄の包み紙を破ると、くいっとメイナードの腕を引っ張って屈ませ、口へぽいっと。
「結構強めのアルコール入りだな」
 大の酒好きの冷静な言葉に、イデアは落胆を隠せない。
 ──ちょっと強い洋酒入りのボンボン菓子の分際で媚薬の名を騙るなんて許せないです。
 気にせず料理を手に取り食べ始めたメイナードの後ろで、イデアは先程のチョコレートにちょっとだけ手を加える。例えば、H.O.P.E.印の睡眠薬・惚れ薬・秘薬などの『お薬三点セット』などを。
 その後、なぜかパーティー会場にて、謎のラブラブ自慢があちこちで始まったが、エージェントからの公式報告によれば、それこそがハートデストロイの仕業ということになっている。恐るべし、今年のバレンタイン・ハートデストロイ。

 リヴァイアサンの酔いが覚めるまで休むべく手近な部屋に入ったガラナたちだったが、彼女は顔を青くして硬直していた。
『告白しないと出れない部屋』。
 妙に達筆で書かれたプレートの前でリヴァイアサンは硬直し続けている。
 今度はわざとじゃないが……と、思いながら、ガラナはそんな彼女をこっそりと端末で撮影していた。
「──ガラナ」
 ようやく硬直の解けたリヴァイアサンが、思いつめた表情でガラナの元へやって来た。ゲームなんだから何も簡単に済ませてしまえばいいのにと思わなくもないが、それができない彼女だからこそ、ガラナは一緒に居て楽しいのだ。
「ガラナ、あたし──」
 言いかけて、ふわりとその身体が傾き、彼はそれを危なげなく抱きとめた。端末を仕舞い、リヴァイアサンを横抱きで抱き上げると、彼は部屋の外で見物しているであろう仕掛け人たちへの説得にかかった。

「ホテルに連れ込む手間が省けました」
 思わずイデアが漏らした一言に、メイナードは硬直する。
 告白大会が始まっても変化の無いメイナードに業を煮やしたイデアが彼の手を引いて廊下を歩いていると、遠くで誰か男性が女性を横抱きにした姿で部屋から出てくるのが見えた。
 ──なにかイベントでもあるのだろうかと、ふたりが入ったのがこの『告白しないと出れない部屋』である。力の強いメイナードではあるが、微妙にAGWを使ったロックをかけた部屋から出ることは叶わなかった。もちろん、共鳴すれば簡単なのかもしれないが、ここには彼と共鳴してくれる仲間はいなかった。もちろん、英雄であるイデアはいる。ただ、今、彼女は告白を心待ちにしており、部屋を出るという目的において残念ながらメイナードの仲間ではなかった。
「おじさん、言葉での告白が恥ずかしいのなら既成事実という手もあります」
 ウェディングドレス姿のイデアが一歩前に迫り、同じだけずいっと後退るメイナード。なぜかイデアのドレスから覗く褐色の肌がいつもより艶やかに見える気がする。潤んだ瞳が、とても愛おしく見える気がする。
「おじさん……」
 我儘を言う子供を宥めるように、イデアがそっと近づき、メイナードは苦し気に呟いた。
「うっ、これがシスターの言っていた媚薬チョコの効果か……?」
 ばったーん! メイナードの言葉にドアが開き、慌てた学生リンカーとOBたちが飛び込んで来た。
「お、おい! それはヤバい!」
「犯罪いくない!」
 しかし、そこには不機嫌そうに頬を膨らませたイデアと……。
 ゆらり、やり過ぎた彼らの背後で夜叉が拳を打ち合わせた。

「しかし、でかい樹だな。しかも、サクラなのか本物なのか知らんが、カップルだらけだ」
 具合の悪そうなアウローラを支えて、バルコニーに移動した晶はほうとため息をついた。幸い、ここには誰も居ない……と思ったのだが。
「むー、確かに、男の人と女の人のペアばっかですねー。そういえば、あそこのふたり、なにしてるんです?」
 バルコニーから丸見えの位置で、隠れたつもりの一組のカップルが口づけをしていた。
「……お前相手だと無茶苦茶答えにくいな」
 いたたまれなくなって、何か食べ物を取って来ると室内に戻ろうとする晶。その袖をアウローラがついと引く。
「だいじょうぶです、さっきこんなの、もらったんですよ」
 アウローラの手には、さっきリヴァイアサンと食べていたチョコレートが乗っていた。包み紙はマシンガンを構えた天使だ。
「おいおい、そんな怪しげな拾い物みたいなもん食ったら……」
 アウローラは包み紙を開き、その粒を口へと放り込んだ。
「……にゃーん。なんか、この前飲んだお酒みたいなのれすよ」
「言わんこっちゃない。酒でそんな反応するんだよなぁ、お前。何だこりゃ、ウイスキーボンボンか何かか? ……俺は食わんぞ」
 胡散臭そうに、その酒の匂いのするチョコを自分のポケットへ仕舞う。そして、顔を上げると間近に目を潤ませたアウローラの顔があった。「アキラさーん♪」と猫のように頬ずりしながら、はぁと零れるため息はチョコレートとアルコールの甘い香りがした。
「なんなんでしょう、この気持ち」
「……いやまて、おい」
 アウローラのとろんとした青色の瞳に柄にもなく大変焦った顔をした晶の姿が映っている。
「……ね、さっきのカップルさんみたいなこと、しませんか……??」
 吐息のように彼女は甘く囁いた。

「あれ? メイナードさんも他の皆もいない?」
 会場中のスイーツたちを全種類制覇した後で真琴は気付く。とりあえず、最後に変わった天使の包み紙のチョコレートを口へと放り込んだ。
 スイーツ世界から帰還した相棒に、ハルは大きく息を吐いた。
「他の者はもう移動したんじゃろう」
 悪びれもなく笑う真琴を見て、ハルはずいっと距離を詰めた。そして、そのまま頬に指を添えると口元に付いたチョコをぺろりと舐め上げる。
「!!$%&$&#!」
「いや役得じゃよ? 恋人なんじゃろ」
 しらっと言うハルの前で真琴はへなへなと座り込んだ。驚いたハルが慌てて彼女の肩を掴むと。
「はーるーちゃーんー、うふふふ♪」
「……なんか変なの食べたな……ほれ大丈夫か?」
「いひひーはるちゃーんだいすきー」
 ぎゅうっと両腕でハルに抱き着く真琴。ハルは今日一番大きなため息をつくと、軽く笑って彼女を抱え上げた。
「ほら酔っ払い! 帰ってからな!」
 ぱらりと散ったハルの赤い髪が、真琴のドレスにとてもよく映えて、ああこれはハルの好きな着物の色にも似ている、と真琴は思った。

 施設を満喫した絢凪とアレクシアは海の見えるベンチに腰を下ろした。茜色の空の下で海がキラキラと輝いている。楽しかった一日の終わり、もうすぐ帰りの船が来る。
「今日も楽しかったっ! ありがとうね、アレクシア」
「ううん、私も楽しかったですよぉ。最近絢凪ちゃんが疲れ気味で心配だったけどぉ、元気出て良かったですぅ~」
 互いに感謝を述べ合い、そして、アレクシアの自分を心配する言葉に、絢凪は彼女にぎゅっと抱きつく。それをそっと抱きしめ返すアレクシア。
 ──普段は抱きつきなんて自宅でしかしないけど、ヴァレンタインだしね。
「うん、疲れなんて吹き飛んだ! 明日からまた頑張れる!」
 抱き着いたアレクシアの肩に頭を乗せて、絢凪は目を閉じたまま微笑んだ。

●帰りの船にて
 まだどこかほわんとした気持ちでリヴァイアサンは目を覚ました。腕に当たる感触で横を見ると、ぐっすりと眠るアウローラの頭があった。
「起きたか? まぁ、あんだけ酒入ったチョコ食えば眠くもなるか」
 いつものやる気の無さそうな態度で、煙草を吸っていたガラナが振り返る。
「……は? 酒? まぁ、あ」
 あ、ああ、あれはお酒のせいだったのかと、彼女が胸を撫でおろした瞬間、ガラナの携帯端末が目の前に突き出された。
「あ、コレさっきのお前な」
 小さな電子音と共に、小さな画面の中のリヴァイアサンが、顔を赤くして何かを言おうとしている。背後には『告白しないと出られない部屋』の文字が映り、リヴァイアサンは血の気が引いた。
「……バカバカバカ―! 動画も記憶も消せー!」
 叫ぶリヴァイアサンの姿に、リーヴスラシルが微かに笑った。
「どうやらあちらも大変なパーティだったようだな」
「ラシル……バレンタインの日にはチョコを作りますね」
「ユリナの手作りチョコか……楽しみだな。ん、どうした……?」
「な、何でもないです」
 口ごもった由利菜の頬が赤かったのは、海を染める見事な夕陽のせいだったのかもしれない。
 例のチョコレートの眠気と先程のショックでぼんやりとしたままの真琴はふと思った。
 ──あれ、そういえば、メイナードさんがいないような。
 後日、八つ当たり込みでみっちりしめられた悪戯好きな学生リンカーたちが、お詫び行脚をしたのはまた別の話である。

●ありがとうございます
 後日、H.O.P.E.に集められた一行の前に現れたのは春色スーツを身にまとった女性だった。
「ロータスの樹のバレンタインイベントではお世話になりました。皆様のお陰で集客数が一気に三倍以上増えたんですよ!」
 いつもの修道女の制服を脱いだシスターは嬉しそうに顔を輝かせて、人数分の雑誌と写真の束を目の前のテーブルに広げた。
「なんじゃ……コレは」
 ぐらり、ハルは頭を抱え真琴は赤面した。メイナードは目を見開き、イデアは一瞬目を剥いた後、顔から表情を消した。ガラナは唖然と口を開け、リヴァイアサンは真っ赤な顔で「あああ……っ」と混乱している。
 シスターが持参した雑誌のうち、テーブルの上に開かれた一冊の誌面──それは、ピンクと、キラキラとした光、レース、リボン、宝石、ハートモチーフで埋め尽くされ大きく『恋愛の聖地☆ ロータスの樹で迎えるHAPPYな時間☆』と銘打つ特集ページであった。
 まず、一番大きく載っているのは頬を染めた真琴の顔に指を添わせてイケメンスマイルを浮かべる男装のハル。切り抜かれた画像には実写の薔薇が添えてあり、少女のような文字で『リアル王子様☆』という見出しが付いている。掲載時に絶対に画像処理を施されているであろう、みだりがわしくさえ見える瞳と唇の光と潤み、頬の赤み。更に小さく『ロータスのチョコレートパーティなら、カレと一緒にあまくとろける夢の世界へ!』などと書いてあって──、耐えきれずハルは声にならない叫びあげながら細い指で顔面を押さえ天を仰いだ。真琴はとりあえず紙面を凝視した。
 次に餌食になっていたのはガラナとリヴァイアサンだ。ドレスを着て眠っているリヴァイアサンを横抱きにする紳士然としたガラナの写真がナナメに貼り付けられ、やはり薔薇の背景と共に例の手書きフォントで『憧れの騎士様☆』という見出しが付いている。もちろん、騎士という文字にはナイトというルビが細いながらもしっかり間違いなく振ってある。写真は、元々筋肉質で引き締まったガラナの体躯がよくわかるナナメ後ろからの煽るようなショットで、気を失って力の抜けたリヴァイアサンの頭を軽く肩に乗せた姿はさながら映画のヒーローのよう。『憧れのお姫様抱っこ──まるで夢みたい!』とか書いてあるのが、ガラナもしくはリヴァイアサンにとってまさに悪夢であった。
「──面白そうで、よかった?」
 なんとかフォローしようとした絢凪の言葉にガラナは無言で膝から崩れ落ちた。リヴァイアサンは荒ぶる数多の感情の波の中で、それが有名全国誌であると気付き……その後はもう茫然自失とする他なかった。
「今回は『ロータスの樹』広報にご協力、ありがとうございました」
 エージェントたちの動揺など気づいていませんよ、とシスターは柔らかな笑顔を浮かべた。
「あっ! 絢凪ちゃん私たちも載ってますよぉ!」
 アレクシアが指した場所にはピンクと白のドレスを着た人形のように美しいふたりが微笑んで寄り添っている写真だった。
「あの人が雑誌記者さんだったのかぁ」
 そこには、『相思相愛! 卒業してもダイスキだよ!』と添えられていて「卒業?」とふたりは同時に首を傾げた。
「ふふ、この写真のお陰で卒業旅行の女子グループの予約も増えまして、友チョコ販売も始めたんですよ。今年は本命チョコより友チョコらしいですしね」
 嬉しそうに語るシスター。しかし、ふたりは彼女からプレゼントされた加工前のオリジナル写真を眺めるのに夢中だ。
 ハートデストロイと戦っていたためか、雑誌に載っていないことに安心したような残念なような気持で写真を眺めていた由利菜が小さな声をあげた。それぞれピンクと紫のドレスを着た由利菜とリーヴスラシルの二人がクラシカルな教会をバックに並んだ写真がある。手に取ろうか悩んでいる彼女に気付いたリーヴスラシルがその写真を手に取る。
「これは、貰ってもいいのか?」
「もちろんです。プロのカメラマンさんの写真ですから、とても綺麗でしょう?」
「ああ、とても綺麗だ」
 シスターの言葉にリーヴスラシルは目を細め、由利菜はさっと頬を赤らめた。
「どうして、わたしとおじさんが、『お父さんといっしょ☆』なんですか?」
 冬空より冷たいイデアの視線が捕らえるのは、誌面の片隅で一緒にドレスを選ぶメイナードとイデアの写真だ。イデアが着るであろうドレスを不器用に選ぶメイナードと、彼に向かってイデアがませたしぐさで話している様子を収めている。腰に手を当てピンと背中を伸ばした彼女はとても可愛らしく、写真の上にはイデアの指摘通り『お父さんといっしょ☆』という文字が踊る。
「お陰様でご家族の御予約も──そうでした、こういった写真もありますよ」
 憤懣やるかたないといった様子のイデアにシスターが差し出したのは黒いタキシードを着たメイナードと太ももも露わな白いミニドレス姿で彼の腕を取り街を歩くイデアの写真だった。カメラマンの腕なのかとても甘い雰囲気が漂っている。
「どうしてこちらを使わないんでしょうか!?」
 イデアの抗議に、今までにこやかだったシスターが笑みを消して真顔になった。
「すみません、この雑誌、全年齢向けなので……」
 ──全年齢向けなので。
 なぜか、その八文字の言葉がメイナードの脳内でリフレインした。誤解。ふと、目を向ければハルは天を仰いだままだし、ガラナは座り込んだまま顔を押さえて俯いている──ただし、僅かに肩が震えているので、もしかしたら笑っているのかもしれない。とにかく、残されたメイナードは視線を窓の外に向けた。
「今回、この企画がとても人気だったので皆さまにはまたぜひご協力をお願いしようかと!」
 ぱちんと手を合わせてシスターが何か言ったが、メイナードは聞いていなかった。ただ、窓の外の青空が綺麗だった。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873

重体一覧

参加者

  • 今、流行のアイドル 
    瀬戸 絢凪aa0171
    人間|16才|女性|生命
  • エージェント
    アレクシア アズナヴールaa0171hero001
    英雄|17才|女性|バト
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • YOU+ME=?
    冬月 晶aa1770
    人間|30才|男性|攻撃
  • Ms.Swallow
    アウローラaa1770hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 海上戦士
    ガラナ=スネイクaa3292
    機械|25才|男性|攻撃
  • 荒波少女
    リヴァイアサンaa3292hero001
    英雄|17才|女性|ドレ
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