本部

黒社会へようこそ

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/23 09:59

掲示板

オープニング

●能力者失踪事件

 最近、アジア諸国で謎の失踪を遂げる能力者が増えている。とはいえ、世界の行方不明者数から見れば、その数は微々たるものだ。まだ誰もその"事件"に気付いていない……"首謀者"ですら、そう思っていただろう。

『秘匿性の高い任務と認識ください。国際犯罪であり、まだ容疑者の選定段階です。調査対象は重軽問わず多数の能力犯罪に関与した疑いが掛けられていますが、確証はなく、強硬手段は使えません』

 H.O.P.E.のプリセンサーが持つ超高度統計システムだけが、その事件性に気が付いた。極秘調査の依頼を受けたあなた宛てに一通のメールが届く。特殊なソフトを使って添付ファイルを開くと、3人の外国人男女――ターゲットの写真が表示された。容疑者A、銀髪男性。中国国籍。名前はリウ・ショウン。前科なし、表向きは運送会社経営。容疑者B、金髪男性。容疑者C、金髪女性。いずれも詳細不明。

『中国当局からは同氏らが他の違法行為に関連している旨の情報提供がありましたが、現状ではこれ以上の協力はできかねるとのこと。より大々的な捜査をするため、皆さんには彼らが今回の失踪事件の容疑者として相応しいことを確かめて頂きます』

 スクロールしていくと、さらに詳細な手がかりが書かれている。調査の現場となるのはホテルのパーティ会場のようだ。スタッフまたはゲストに扮し、情報収集を行う。それがこの依頼の概要である。

『なお、招待券はグロリア社上海支部から提供頂きましたので、ゲストに変装する場合はグロリア社関係者を名乗ってください。代理出席の末端から幹部令嬢まで立場は問いません。グロリア社のレンタルドレス・スーツが貸与可能です。スタッフに変装する場合はホテル制服の貸与を受けてください』

 添付画像にはウエイターの黒スーツ、ソムリエの赤スーツ、シェフのコックコートなどのサンプルイメージが含まれている。スタッフに変装した方が、怪しまれず対象に接近しやすいだろう。産地の話題から国籍を探るなど、情報収集にも有利そうだ。
 しかしゲストの方が給仕より対象と気楽に話せるだろう。上流階級気取りで成金の詮索を装うもいい。犯罪には金がかかる。こちらが金持ちに見えたなら、取り入ってこようとするはずだ。だが、逆に犯罪者を装うのもいい。もし犯罪協力を持ちかけられたら儲けものだ。連絡先などを入手するチャンスになる。
 さて、どちらに変装してホテルに向かおうか?

●主賓卓の会話

 12時の位置に座っているのがリウ・ショウン。その左右に、彼の仕事仲間である金髪の男女が座っている。リウは港湾運送をフロント企業として違法物流を主に商う中国マフィアの幹部である。表向きは運送会社の経営陣としてこのパーティに出席していた。

「ドウ、りゅーしょん。サンプル運んでくれそうな会社あッタ?」
「ダメだね……モツもチャカもやってないって。タマなんてとんでもないみたい」
「そりゃそうですわ。魚食いの島民と取引する連中にろくな相手がいるわけないんですの」
「んー、やっぱり海上取引は無理かなあ。ルート開拓したらボロ儲けなんだけどなー」

 リウは金になるものなら何でも運ぶ。何でもだ。特に最近はうまい案件――能力者の人身売買で潤っていた。彼らがどうなったか? そんなことには興味がない。どうやら密造兵器の開発に必要な"サンプル"らしいが、リウには関係ないことだ。

「にしても、ギジュのとこもよくやるよね。こんな訳のわからない兵器の試用実験なんてさ」
「どうってことないヨ? ただ鉛弾がライヴスに変わったダケ」
「ねえ……また整形した?」
「マアネ。本国じゃヴィランズが幅利かせてて、追っかけがウザいんダ。早く掃除したイ」

 金髪の男は顎下の縫合痕を触りながら言った。ギジュと呼ばれるその男、正体はイタリアマフィアの幹部である。彼は密造兵器の実用試験に協力していた。

「でも、それがパンピーにも使えるかもってヤバくない? ねえアッシェ、あれ中身どうなってんの?」
「死語ですわよショウン。構造は企業秘密ですの。そもそもニホンで買い手がついたとして、運べないんじゃお話しになりませんわ」
「だよねー」

 金髪の女はアッシェと呼ばれる存在だ。密造兵器のコアとなる部分の開発に関わっているが、詳しいことは仲間たちも知らない。

「無駄足だったかナ。適当に飯食って帰ろうヨ」
「そうだね。聞いた? メインディッシュ、従魔料理だって。美味しいのかな?」
「食べたらあたくしの新しい技が開発できるかもしれませんわ!」
「ワオ! ビヤンドのマリアージュ、すごく美味しそうなワインじゃないカ?!」
「じゃーそれ食ってワイン飲んだら帰ろ。またアイツキまわされたんじゃたまらないよ」

●とある給仕の私語

 都内高級ホテルでは盛大な宴会が催されている。実業家同士の親睦会を本旨とし、ゲストは1000人を数え、そのほとんどが中国人だ。

「知ってるか? 今日のシチュー、オンリールックっていう従魔が入ってるらしいぜ」
「ゲェ。さすが3000年の歴史は伊達じゃねえや。イスの脚以外なら何でも食いやがる」

 持ち場にいた給仕が、交代に来た同僚に言った。今日の料理は特別趣向を凝らしたものだ。周囲に私語を悟られぬよう、二人で正面を見て話す。一人がポケットからチラリとお札を覗かせた。

「見ろ、ワインについてチャイニーズで説明したら一枚くれた」
「マジか。羽振りいいんだな。投資家の集まりつったか?」
「そうそう、どうせグレーなんだろ。多分、あの男がVIPだ。狙い目だね」

 彼が視線を送ったのはステージの目の前、いかにも主賓卓と思しきテーブルに座る銀髪の男性だ。両隣には仕事仲間らしき金髪の男女が座っている。

「あの銀髪だろ? 確かにそういう雰囲気だが、やけに若いよな」
「俺はどこに行きゃあんな美女と知り合えるかの方が興味あるね」
「それは言えてる」

 金髪の男女はヨーロッパ系らしかった。会場内にはピカピカやスケスケの悪趣味なドレスを着た者もいるが、3人はいずれも仕立てのいい礼服に身を包んでいる。彼らは食事もままならぬほど、他のゲストからおべっか攻撃を受けているようだ。遠巻きにサービスの機会を伺う給仕を見ていた一人が、ふとあることに気付く。

「そういえば、なんで主賓卓の担当がヘルプなんだ?」
「言われてみれば……確かに変だな。大丈夫なのか?」

 見覚えのない給仕の正体……それはあなたかもしれない。

解説

概要
給仕またはゲストに扮してパーティに潜入し、一人以上の調査対象から『失踪事件との関連を匂わせる要素』を聞き出してください。

失踪事件との関連を匂わせる要素(PL情報)
・リウはお金になりそうな話をするとき警戒心が緩みます。うっかり「検体」「密航」といったキーワードを言ってしまうかもしれません。
・ギジュは武器の話をするとき警戒心が緩みます。うっかり「例の新兵器」「サンプル」などと言ってしまうかもしれません。またワイン説明が面白いと、ついイタリア語が出ます。
・アッシェはライヴス技術の話をするとき警戒心が緩みます。うっかり「人柱」「密造武器」と口にするかもしれません。またメインディッシュ説明が面白いと、誤って人間でないことをバラします。

注意事項
・給仕として参加する場合、ホテル側には「隠密エージェント養成ための実地研修」と説明されています。そのため現場には説明がなく、一介の給仕として扱われます。工夫のない私語、携帯、インカム等の使用は退場処分です。
・ゲストとして参加する場合、グロリア社関係者を装ってください。関係者なら立場は不問です。レンタルドレスは種類豊富なので、設定に合ったものを探すことができます。
・仮に動かぬ証拠を掴んだとしても、それは犯罪への関与を示すものに過ぎません。国際問題になりますので、戦闘や尾行をすることはやめましょう。
・他のゲストは無関係です。聞き込みで依頼達成に必要な情報を得ることはできません。しかし、対象はテキトーなことを言って周囲を誤魔化しているので、聞き込みによってPCが疑いを深めることはできそうです。
・あらかじめ盗聴器などを仕込むことはできませんが、申請すれば機材自体は利用可能です。
・『●主賓卓の会話』章はPL情報です。

リプレイ

●キッチン

 鶏冠井 玉子(aa0798)はコックコートに身を包み、厨房で調理される素晴らしい食材の数々に心躍らせていた。オーロックス(aa0798hero001)は致し方なさげな様子でそれを見ている。

「高級ホテルの料理ということで、当然それなりの期待はしていたが……感心せざるを得ない、見てくれこの新鮮なオンリールックを。まるで剥きたてのライチのように艶やかじゃないか!」
「………」
「なんだ、その微妙な顔は。分かっているよ、仕事中だと言いたいんだろう。でも実に貴重な体験じゃないか。味に一家言ある方々との対話は、料理人としての経験値を高めてくれるもの。存分に楽しませてもらおう!」

●会場内

 早瀬 鈴音(aa0885)は新進気鋭のデザイナーが手掛けたモードなドレスに身を包み、長い赤髪を高い位置で結い上げて、一目で衣服・化粧品など若年女性向けの流通業に携わる者と分かるような出で立ちだ。彼女はクラッチから携帯電話を取り出し、近くのカフェで待機しているN・K(aa0885hero001)からのメールをチェックする。

『新しい携帯だから、使い方がいまいちだわ……でも何とかなりそうよ。鈴音、頑張ってね!』
「えー。N・K大丈夫かなあ」
「お兄様、いけませんよ。ほら、ちゃんと着ないと……」
「潜入捜査とはいえキャラ変わり過ぎだろ!?」

 こちらの彼は成田 泰人(aa0075)。グロリア社系列の、日本近海の海運を主とした小さな運送会社の社長子息……という設定だ。スーツを着ているが、彼が着慣れていないこともあって中途半端に着崩れ、チンピラのようになってしまっている。だが『父の代理出席であり、仕事に対する理解の薄いドラ息子』を装うのなら丁度いい。その妹を演じるキルロイ(aa0075hero001)は普段のアクティブなイメージとはうって変わってドレスを完璧に着こなし、令嬢然とした立ち振る舞いだ。成田は会場の雰囲気に圧倒され、キルロイに小声で問う。

「おいおい、俺はこんな上品な場に出たことねぇぞ? 本当に大丈夫か?」
「心配ない。キルロイに全て任せればいい」

 一番の不安要素であった英雄の華麗な変身を見せられた今、彼の懸念材料は己の演技力だけに他ならない。

●レストルーム

 唐沢 九繰(aa1379)も演技は得意ではない。だからこそ、いつも通りの口調で喋ることにする。その他の心配事といえば自分でできないメイクアップのことで、それでレンタルドレス店のスタイリストに頼ったわけだが、仕上がりは想像以上だ。大きな鏡を覗く彼女をエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が見上げる。

「プロってすごいですね……どう見てもオトナ、って感じです」
「よかったのですか九繰、もっと年上に見せなくて」
「いいんですよ、身の丈に合わないことを強調したかったので」
「なるほど。それで私のドレスは、九繰のものより高価なのでしたね」

 エミナのブランドドレスは袖が長く、両腕の機械化部分は覆い隠されている。加えて手袋だ。アイアンパンクは近頃珍しい存在ではないが、用心に越したことはない。可能性は低いだろうが、万が一英雄であることがバレた場合の言い訳も用意してある。白いデコルテを彩るのは大粒の宝石があしらわれたプラチナの首飾り。

「立場に対して妙に良い服装。危険な匂いがプンプンしますよね、ミーナちゃん」
「はい九繰……いいえ、繰子」

 子供のようなエミナには上等が過ぎるが、この違和感も狙って出したもの。対して、唐沢が着るのは華美でないコンビワンピースとジャケットだ。

(私の名前は、沢 繰子……パーティに行きたがった幹部の娘ミーナを連れ、彼の代わりに出席した)
(僕の名前はハーヴェイ・ディミック。成績優秀で州立大学を出た後グロリア社にライヴス技術者として入社、現在は若くしてライヴス技術開発室一つをしきっている。しかしギャンブルにハマりこんだ上、金のかかる恋人がいて、借金で首が回らない)

 男性トイレには誰もいない。唐沢の壁向かいで、マック・ウィンドロイド(aa0942)が鏡の前に立ち自己を見つめる。彼はハッカーとしてソーシャルハッキングを繰り返した過去を持つ本物の詐欺師である。マックはタキシードの蝶ネクタイを締め直し、少し笑う。贅肉の付いた頬に浮かび上がる皺は、加齢を思わせる化粧によるもの。

(鏡の向こうに『僕』は置いてきた。さあ、パーティ会場に戻るとしよう)

●主賓卓

「お、あんたリウさんだよな? 親父と同業の!」

 リウ・ショウンはその図々しい態度に片眉を吊り上げた。この成田という男は場慣れしていないのだろう。対して、妹はよくできている。

「お兄様、その態度は流石にどうかと。愚兄が失礼いたしました、私は桐子と申します。こちらは兄の泰人。此度は父の代理としてご挨拶に参りましたわ。どうか以後、お見知りおきを」
「ええ、こちらこそ。外灘海運公司社長の柳小雲です」
「同じ運送業を営むものとして、何か良い話があれば教えていただきたいものですわね」
「ああ、いいなそれ。会社が儲かれば俺が使える金も増えるってもんだ」
「お兄様、ちょっとお黙りになってくれないかしら?」

 金使い荒さをひけらかす兄に、桐子がそれを嗜める形で付き添っている。リウにもそう感じられた。

(さしずめ親父の金で遊び放題ってとこか。妹がそのお目付け役ね……惜しいな。いっそこいつの親父が死んでくれてりゃ、バカ社長は簡単に丸め込めそうだったんだけど)

 リウは桐子と名刺を交換し、二人と別れた。席に戻り、隣の女性にそれを渡す。

「成田海運だって。聞いたことある?」
「小物でございましょう。息子があれでは先も思いやられますわ」
「妹が賢そうだから大丈夫じゃない? 坊ちゃまをカモるのは簡単そうだったけど、ネタがないとどうしようもないからな。一応身辺調査しとくのと、あとで電話して、社長に中国での事業展開に興味ないかそれとなく聞いてみてよ」

 リウと女性が話していると、そこへおしゃれなドレスを着た若い女性がやってきた。

「ええっと、ニーハオ?」
「フフ。晩上好、美女。貴女も僕に仕事の話かい?」
「ああ、日本語がお上手なんですね」

 女性……早瀬は偽名を名乗り、リウを気遣うような素振りを見せた。雑談の相手に彼を選んだ理由は、ゲストに纏わりつかれ辟易していたのを不憫に思ったからだろう。あとは周囲に比べ、好感の持てる身なりだからだろうか。彼女は一応敬語で話すという程度の畏まり方で、とても自然体だった。

「こんなとこでも仕事で、皆疲れますよねー。あ、社名とかは結構ですよ。御仕事の話じゃないですし?」
「あれ、そうなの? 気の利くお嬢さんで良かった、丁度うんざりしてたところで」
「あはは、令嬢とかじゃないですよ、これでも社長なんです」
「へぇ、随分若いんだね」
「まあ知識とかも全然で、本当一応ですけど。名義だけっていうか、会社自体ハリボテみたいなものなので。わたしは服とか、気に入った物を買い付けて動かしているだけで、経営とかうちの秘書さんがやってますし」

 ぴくり。リウの表情が変わったのに、早瀬は気付く。ここまでで彼は設定上の彼女の正体に勘づいたようだ。早瀬はもう少しエサを撒き、様子を見ることにする。

「パパは経理の都合とかあるから普通って言うんですけど、リウさんの所もいくつも会社作っていたりするんです?」
「そうだねぇ、そういう人もいるかもね」
「やっぱり変わってるのかな……まあ家継ぐ気もないし、良いんですけど。今どきコレですからね、流行んないですよ」

 頬切る仕草をする早瀬に、リウは呆れ顔の上に笑顔を張り付けて応じる。

(それは言っちゃいけないんだよ、美女。どう聞いても健全な経営者ではありえないな。本当、バカな子だ……知らないのなら、知らないままの方がいい。この子を今後どうするにせよ、僕にとってもその方が好都合)

 早瀬の狙い通り、リウは彼女が会社をどうでも良いと思っており、特殊な家庭の生まれであると信じ込んだ。設定内容を刷り込むのはここまで、本題はここからだ。

「其方はどんな御仕事されてるんですかー? 大陸側の化粧品とか関わってるなら、流行とか知りたいなーって」
「ああ、僕は運送業なんですよ。もちろん、化粧品も扱ってます。ただ運び屋なので、あまり流行は」
「そうなんですね、残念」
「ねぇ、ちなみにさ……キミの家、規模どのぐらい?」
「よく知らないけど、傘下も多いみたいですよ。何なら連絡先だけ教えときます?」
「ああ……ありがと。でも、気長に待ってて欲しいな? 大事な娘さんに手を出したら怖そう」

 早瀬は電話番号を書いた紙をリウに渡し、彼と別れた。彼女の期待通り、やはり本家の話題に乗ってはきた。

(基本的に興味持たれる時点で黒かな。でも、大事なことは言わなかったんだよね。あの言い方だと、犯罪協力っていうより利用する気満々だった感じ?)

 渡した番号はN・Kの持つ新規の携帯電話に繋がる。もしすぐに電話が来た場合の対策も練ってあったが、その可能性は低そうだ。携帯電話は後ほどH.O.P.E.に提出するとしよう。

「かわいいなーヤクザ屋さんのご令嬢かー。ねえ、たらしこんどけばイイことあると思う?」
「仕方のないひとね……ほら、新しいお客さんよ」
「え、もう?」

 席に戻ったリウと話す女性は、先ほどからこちらを伺っていた小太りの男性が近づいてくるのに気づいた。リウは再び立ち上がり、握手を求めるタキシードのアメリカ人に応じる。

「初めまして、ハーヴェイ・ディミックと申します。グロリア社でライヴス技術開発部門のチーフをしております。今日は招待されていた別部門チーフの代理で」
「初めまして、外灘海運公司の柳小雲です。グロリア社のことはよく存じ上げていますよ。最近だと錬石という素晴らしい素材を世に送り出されていますね」
「ええ、最近は他にも革新的なものが実用化されています。ご興味があれば、今後もよろしく」

 決まった自己紹介と資料の配布をしに来たように見せかけ、彼はリウに書類を渡した。それとなくリウが書類に視線を落とすと、彼の目の色は変わった。一番見えやすい位置に貼られているのは一枚の写真だ。それは研究室を撮影したもので、映っているのはぐったりとベッドに横たわり、様々な機器が取り付けられた少女の姿。

「………」
「………」

 リウは押し黙り、視線で説明を要求した。マックはもったいぶるようににたりと笑い、ジャケットの内ポケットから緩慢な動作でくず鉄と秘薬のサンプルを覗かせる。

「我々が今開発しているものの一端です。現在私の研究チームは人体からライヴスを抽出してリンカーを強化するものが開発出来ないか試みている……当然、これは表沙汰には出来ない情報。ここからは私の独断です。裏方面に顔が利く、リウ様には是非ご協力をと」

 この写真、実際は英雄を使って作った合成写真である。自信たっぷりなマックの弁に、リウはすっかり騙されたようだ。荒稼ぎできそうなカネの匂いに酔ったせいもあるだろう。

「イイです、すごく……!」

 その表情は恍惚そのもの。リウは小さな声で、性急にまくし立てる。

「作ったモノの、運搬に困っておいでなのですね。なるほどなるほど? これは私の独り言ですが、実は私どもも今、新しい商品に手を出そうと思っていましてね。ただ、『サンプル』は入手が面倒なものなのです……人体からライヴスを抽出できれば、コスト削減に繋がるやもしれない」
「では、」
「ああ、少しお待ちを。私の名前や会社のことはともかく、ここでは後ろめたいことなど何もなかったはず」

 彼が唯一警戒したのは、カマを掛けるためにマックが口にした"裏方面に顔が利く"の一言だ。

「なぜ貴方がそれを知っている? ミスターディミック、お返事には信頼関係というものが必要だ。どこで調べたのか知らないが、私は少々驚いている。今日のところは、連絡先を交換するに留めて頂きたい」

 リウは名刺を取り出し、それをマックに渡した。成田の受け取ったもの同様、裏面には電話番号の記載がある。

「"外灘海運公司"の、と喋り出しても繋がりません。"外灘団円"のリウ・ショウンと言ってください。お電話、お待ちしていますよ」

 重要なキーワードを本人の口から聞き出す、それがソーシャルハッキング。仕事はここまで……マックは悪人然とした笑みを浮かべ、短い別れの挨拶をしてその場を立ち去った。彼を見送ったリウに近付くのは、上品なドレスに身を包んだ一人の女性。

「あの、リウさんですよね、外灘海運公司の。私、沢 繰子っていいます。グロリア社の研究開発セクションで働いてます」

 彼女は英雄を伴っていない。意識して声量を落としているため、その印象は普段のはつらつさとうって変わって大人っぽい感じを受ける。

「ふうん、研究開発? いま、同僚さんが挨拶に来たばかりだけど?」
「えっあっあのっ、かぶってしまったみたいですみません……多分、部署が違うせいだと思います。私の担当は霊石採掘の現地確認や運搬でして……」
「霊石! 素晴らしい資源の研究に携わってらっしゃるのね」
「………」
「だぁいじょうぶよ、ショウン」

 訝しげにするリウに対し、その話に食いついたのは傍に座っていた女性だった。

「霊石の流通はあたくし達も一枚噛みたいと思っているのですがなかなか。沢さんのご担当はどちらかしら?」
「ええとですね、」

 彼女が取っ掛かりとするのは業界の話題だ。機械弄りを趣味とし、興味や依頼経験から霊石やライヴス技術に詳しい彼女でなければできない話だっただろう。

「運送業者には護衛が付いている場合もあるのね」
「最近は海賊とか、物騒ですから」
「その海賊についてお詳しかったり……しないかしら?」
「ごめんなさい、さすがにそこまでは。やっぱり海運業だと、海賊は迷惑なものですか?」
「どうかしら。私は直接の経営者ではないし」

 知らないことは知らないと正直に言い、聞き上手の唐沢は彼女に好ましく思われたようだ。会話開始から2分程度経過した頃、主賓卓へ近付く少女の姿があった。唐沢はエミナに袖をくいと引っ張られて初めて彼女に気付いたふりをする。

「ミーナちゃん。どうしたの?」
「……パパから伝言。次はインドネシア。別件が美味しいから、うまくやれって」

 エミナは棒読みを誤魔化すためぼそぼそと喋ったが、ギリギリ相手の女性にも聞こえただろう。立ち去る後ろ姿のパッと見でも高価と分かる、ドレスやネックレス。"別件"という暗喩的な表現。彼女たちの背後にいる者はおそらく、グレーで稼いでいる成金に違いない。

「……ねえ、沢さん」
「はい?」
「インドネシアもいいけれど、他にも良いお仕事ができる場所がありますのよ。ちょっと危ないのだけど、ご協力頂けないかしら?」

 ――かかった。一連の言動は全て『仕込み』である。調査対象は期待した通りの想像をして、唐沢を犯罪協力を求むに値すると思い込んだようだ。唐沢は言いにくそうな素振りを見せつつ、さらに続ける。

「真面目なだけじゃ、人生楽しめないですよね……霊石や部品の横流しに関与して欲しい、ということでよろしいんでしょうか?」
「あら、察しのいい」
「上の命令で、やったことが。私、ライヴス技術関連でのし上がりたいんです。そのための人脈が欲しくて」
「それなら丁度いいですわ、優秀な技術者を集めていますから。この『研究』は、きっとあなたの役に立ちますことよ」

 喜々として唐沢に応じる女性を、少し離れた位置に座るリウと金髪の男が見ている。

「大丈夫かな」
「ほっときなヨ、あんな女」
「お待たせ致しました。本日のメインディッシュ、オンリールック・ストロガノフ風ヌイユ添えでございます」
「ん。おーい、従魔料理きたよ!」
「あらっ、もうそんな時間ですの? ごめんなさい沢さん、ではまたメールの方で」
「ねぇ、折角だから料理人を呼んでヨ。彼女に料理についテ聞かせてアゲテ?」
「かしこまりました」

 彼らのもとへ運び出されてきたのは今日のメインの料理である。研修もあり給仕役も行えることになった、コックコート姿の鶏冠井。彼女の中の美学では、必要以上にスタッフがでしゃばるのは自然不自然という以前に許されないことだ。だが、鶏冠井は心配していなかった。食に多少なりとも興味がある者であれば、確実に話を振ってくるだろうと思っていたからだ。そして、その予想は的中している。

「マグロやクエのように目玉も楽しめる食材は魚類と相場が決まっていましたが、オンリールックはその概念を変える、まさに新時代の料理といえます。外見に抵抗感のある方もおられますのでシチューの具材とし、サワークリームで仕上げましたが、まずはその食感をお楽しみ頂きたい」
「これ本当にオンリールック? めちゃくちゃウマそうなんだけど」
「ええ、いい匂い。猛毒の作り方の参考になるかと思いましたが、そういうゲテモノの類ではないようですわね」
「ラグー・ド・ブッフとはまた違い、とろりとした舌触りが至高の一品。ワインは間違いなく赤が相応しい。好みのものがあればご用意致しますが……」

 こういったことが本職たる鶏冠井にとって、素晴らしい料理説明の傍ら彼らの雑談内容の節々からその本性を探ることなど造作もないことだっただろう。

「ンー、最近テーブルワインばかりだったからナ」
「個人的にオススメを挙げるならば、スペインワインの太陽の輝きこそがこの従魔料理の奔放さを引き立てる、と考えます」
「……気に入ったヨ。それにしテ」

 特に金髪の男ははきはきと喋る鶏冠井がいたく気に入った様子だ。理由は雰囲気が好ましかっただけではない。「いつもテーブルワイン」という台詞からスペインワインを勧めてくるあたり、いきいきとした軽やかな酒を好む趣向を見抜いたのだろうと思った。彼女のサービスは単なるチップ目当てではなく、料理と酒に関して相応の知識を備えたプロフェッショナルのそれだ。

「あれ、いい女だネ」
「は? まあ美人だけどさ……キズモノじゃあね」
「そこがまた、イイ」
「相変わらず趣味の悪い。ていうかこのシチューぐううまくね」
「アッソ。さて、これを飲んだラ、僕はそろそろ引けようかナ」

 リウには一蹴されていたようだが、金髪の男は満足げに彼女の見繕ったワインのグラスを傾けた。その視線の先で、鶏冠井はオーロックスに頭の片隅に留めていた調査項目をおさらいしている。

「………」
「どうだった? と聞きたいのかオーロックス。ばっちりだ。ぼくの耳は猛毒がどうたらという言葉を聞き逃さなかったぞ。あの女性は能力者……いや、英雄、かもしれないよ。金髪の男性のワインの好みは把握した。ヨーロッパ人のそれだ、特にイタリア、スペイン、ポルトガルあたりの。訛りはひどかったが、どこ訛りかまでは分からなかったな……」
「Ti ringrazio tanto,signorina!」

 突然聞こえた外国語に鶏冠井が振り返ると、そこにはあの男性が帰り支度をして立っていた。どうやら先に帰るつもりのようだ。

「お早いお帰りで……本日は誠に、?」
「Ho mangiato molto bene.Buona notte」

 ほぼ一人でワインを一本開けたので、彼は必要以上に上機嫌のようだ。鶏冠井の話も聞かず、男は彼女のポケットに勝手にチップを捻じ込むとそのまま帰ってしまった。残された鶏冠井は少しぽかんとしてぽつりと呟く。

「ブオナノッテ。何語だったかな」
「……伊語」
「こら、私語はバックヤードでやりなさい!」

 鶏冠井たちがインチャージに会場を追い出された頃、主賓卓では謎の紙切れが見つかっていた。

「あら?」
「なあに、それ」
「『Kilroy was here』……いたずら書きですわね」
「ふうん。誰の仕業だと思う?」

 リウがさして興味も無さそうに女性に尋ねると、彼女はスプーンを手に取り、とっておきに残しておいたシチューに浮かぶ目玉をさくりと突き刺した。このメモが誰かの忘れ物である可能性もなくはない。だが、きっと違うのだ。その表情は少々不愉快そうだった。

「さあ。ただ……何者かの接近を許していた、のでしょうねぇ」

●それぞれの帰路で

 エージェント達は任務終了後、怪しまれないよう集合せず必ず寄り道をしてから変装を解き、そのまま直帰するよう指令されていた。

「お前、結構演技派なのな。なんていうか、薄ら寒かったぜ?」
「この程度、キルロイならば造作もない」

 道すがら、キルロイはいつもの調子に戻っている。彼女は噂話でのみ語られる、伝説の諜報員……かもしれない。
 彼らの活躍で得た情報は榊原・沙耶(aa1188)と小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)によって取りまとめられ、H.O.P.E.に報告された。

「全員の素性が分からなかったのは残念だけどぉ、疑いは濃厚になったわけだし、中国政府も重い腰を上げてくれそうねぇ。進展が楽しみだわぁ」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798

重体一覧

参加者

  • 隠密エージェント
    成田 泰人aa0075
    人間|26才|男性|回避
  • 隠密エージェント
    キルロイaa0075hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 隠密エージェント
    マック・ウィンドロイドaa0942
    人間|26才|男性|命中



  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
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