本部

従魔絶対に倒すマンと化した先輩

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/10 20:11

掲示板

オープニング

●急募:ツッコミ
 その日、H.O.P.E.の優秀なオペレーターは電話口で口上を忘れた。
「助けてください! 先輩が従魔絶対に倒すマンと化してるんです!!」
「は?」
 開口一番こんな事を言われれば誰だってそうなる。
「……申し訳ありません、詳しい状況を説明していただけますか?」
「あっすみません、私ったら気が動転して……」
 気が動転した状態で「従魔絶対に倒すマン」等と言う単語が出てくる依頼者の才能に若干の嫉妬心を覚える。声質や口調からして年若い少女といっても過言ではない年齢であるようだが、咄嗟に「従魔絶対に倒すマン」なんて口にしてしまう彼女の将来が若干不安だ。
「ええ、ええ、こちらに連絡いただく方は皆さん多かれ少なかれ気が動転していらっしゃる方ばかりですのでその点は問題ありません。ありませんとも」
 過度の肯定は否定と同意義である。
「えっと、私の学校に従魔が出たんです。場所は……」
 とても混乱しているとは思えないしっかりとした口調で必要情報を提示していく依頼者。電話口の向こう側では何かの倒壊音が響いている。オペレーターは一刻の猶予もないだろうと判断し、素早くエージェントへと依頼を飛ばし、すぐにでも出動できる体制を整えておく。
「情報ありがとうございました。あなたもすぐに安全な場所へ避難してください。従魔が暴れているとエージェント以外は太刀打ちできませんので」
「いえ、これは、その、先輩が暴れてるだけなので……」
「…………は?」
 その日、優秀な筈のオペレーターは束の間業務を滞らせる事となった。

●急募:英雄
「後輩よ、芸術に必要なものは何かわかるか」
「はい先輩、言いたい事はなんとなく分かりますが手に持っているものとの関連性が皆目見当つきません」
 とある学校にある人気のない美術室にて、神妙な顔をした2人の生徒が椅子に正座して向かい合っていた。ありふれた木製の椅子に正座しているが痛くはないのだろうか。
 片方は男子生徒。放課後に美術室にいるのだから美術部なのだろうが、その体躯は今にも握力で絵筆をへし折ってしまいそうな、どこからどう見ても体育会系のマッチョメン。対面にいるのはどこからどう見ても文系少女然とした線の細い女子生徒だ。側から見ていると美女と野獣感が凄まじい。
 そんな野獣――失敬、先輩が大事そうに両手で抱えているのは、一体の精巧なフィギュアである。
「何を言うか後輩、これぞ芸術であろう」
「先輩、大丈夫ですか? 彫刻のやりすぎでついに脳みそまで筋肉になりましたか?」
 心の底から心配そうな顔をしながら、口からはさらっと毒舌を吐き出す後輩。マッチョゴリラ――失敬、先輩は彫刻専攻らしい。なるほど先輩の逞しい上腕二頭筋は日々ノミと槌を振るったが故の産物らしい。
「この子の素晴らしさがわからぬとは、後輩は可哀想な奴だな」
「萌え系フィギュアをこの子とか言っちゃうイタい先輩には言われたくありません」
 後輩の正論が数多の人間に突き刺さる。だが先輩はどこ吹く風で受け流した。
「なんとでも言うがいい。この『もえきゅん☆みこりんフィギュア』こそが究極の芸術!」
「なにそれイタい」
 後輩の真顔が痛い。だがその真顔も痛ゴリラ――失敬、先輩には通じない。彼は鋼の心臓を持っていた。
「見よ! このようないじらしいポーズであるのに自立する安定感! まるで生きているかのような肌や瞳の彩色! そしてなんと言っても巫女服のディテールと皺の表現!! 素晴らしいではないか!!」
「ソウデスネ、ヨカッタデスネ」
 後輩は既に興味を失っている。さっさとイーゼルに向かって自分の作品に取り掛かっていた。
「そう、芸術とは情熱!! 後輩よ、俺はこの『もえきゅん☆みこりんフィギュア』を超える作品を作るぞ!! そして、この美術部を立て直すのだ!!」
「ソウデスカ、ガンバッテクダサイネ」
 椅子から立ち上がって手を振り上げる変態ゴリラ――失敬、先輩。フィギュアは大切に机の上へ置かれている。後輩は先輩を一瞥もせずに筆を洗っていた。丁寧な手つきが道具に対する敬意を感じさせる。
「俺はやるぞ! 見ていろ後は――」
「……ん? 先輩? 急に黙ったりしてどうされ――」
 間。
「ああああああ!! 俺の『もえきゅん☆みこりんフィギュア』がああああ!!」
 一瞬の間に一体何があったと言うのか。フィギュアは変わり果てた無残な姿――原形が分からない程でろりと溶けた姿となっていた。しかも、そのままうごうご蠢いている。
「うわキモい」
 うごうご蠢くデロデロの不審物を見てこの感想。この後輩、なかなかに肝が座っている。
「先輩、ヤバいですって。これ従魔ですよ絶対。早くH.O.P.E.に連絡しないと」
「うおおおおお!! 俺の、俺のみこりんがあああ!! 3万もしたのにいいい!!!!」
 後輩の言葉は頭を抱えて魂の雄叫びをあげる先輩には届かない。絶叫ゴリラ――失敬、先輩が取り乱している間にも元フィギュアな従魔は着々と現世に定着しようと画策している。
「――――許さぬ」
「え?」
「許さぬぞ異形めが!! この俺をここまでコケにして生きて帰れるとは思うなよ!!」
 ここで野獣――失敬、先輩が覚醒した。
 そして何故か、今まで全く動じていなかった後輩がここに来て初めて目を丸くして固まる。
「せ……先輩が、キレた……?」
 何を隠そうこの後輩、己の先輩がキレたのを初めて目撃したのである。今まで自分が何をしようと声を荒げる事さえなかった先輩が、劇画調になる程強烈にキレている。後輩的には従魔出現をして余りある程の衝撃だったのだ。
「うおおおお!! 許すまじ従魔!!」
 その動揺は、ついに行動を開始した従魔を、ノミと槌を手に追いかけて行った先輩を止める事すら忘れさせる程のものだった。
 後輩が我に帰るまで約30秒。その僅かな時間で美術室の近くにあった未稼働の焼却炉が半壊した。
「はっ!! 電話しなきゃ!!」
 その倒壊音で我に返った後輩が自分の携帯電話に飛びついてボタンをプッシュする時間約20秒。H.O.P.E.に繋がるまで更に20秒。その時間で未稼働の焼却炉は全壊した。
 先輩――失敬、野獣によって。

●もう先輩だけでいいんじゃないかな
「と、こういった次第でして」
「……はぁ……」
 通報に至るまでの経緯を聞いても何が何だかさっぱりわからない。オペレーターは思考を放棄することにした。従魔が出たのでエージェントを派遣する、それでいいじゃないか。何も問題はない。
「ともかく、すぐに向かいますのであなたも早く避難なさってください」
「は、はい。あの、でも先輩が……」
「……先輩さんはエージェントがなんとかしてくれますので。ええ、してくれますとも」
 過度の肯定は否定と同意義である。オペレーターは派遣されるであろうエージェントに全てを託し、自身は何も聞かなかったことにして業務を再開するのであった。

解説

●目的
従魔絶対に倒すマンと化した先輩を保護し、フィギュアに取り付いた従魔を撃破する。

●情報
・従魔『傀儡人形』
もえきゅん☆みこりんフィギュアに取り付いた従魔。デクリオ級になりたて。
現在はデロデロ状態から脱して体長50cm程の木偶人形となっている。
攻撃よりも逃走を重視しているらしく、現在学校の敷地内を逃亡中。妙に足が速く身軽。

・従魔絶対に倒すマンと化した先輩
野獣。
失敬、美術部に所属する善良な男子生徒。
日々彫刻のためノミと槌を振るっており、その辺の体育会系生徒より逞しい体躯を持っている。
一般市民である彼に従魔を倒す能力はなく、何かあれば普通に怪我をするので注意が必要。
現在、何かに覚醒したらしく、愛用のノミと槌を振るって至る所を破壊しながら従魔を追っている。

・もえきゅん☆みこりんフィギュア
緋袴の巫女服を着たうさ耳の少女――に見える赤髪の少年がモチーフのフィギュア。
まるで生きているかのような彩色と布の質感が素晴らしい逸品。
名の知れた造形師の作品、らしい。男の娘をよく作っているが大概女の子にしか見えない為、この造形師をよく知らないユーザーはその事実を知らない者が多い。ちなみに、先輩は知らなかった。
現在、従魔の憑代となっている。

・後輩
美術部に所属する善良な女子生徒。多少毒舌。
油絵を専攻している。将来は美術大学に行きたい。
現在は安全な場所に避難している。先輩の事は3日くらいなら忘れないと思う。

・学校
至って一般的な公立高校。
現在焼却炉が完全崩壊している他、従魔絶対に倒すマンと化した先輩により至る所が危機的状況にある。
尚、残っていた生徒は先輩が暴れ出した辺りで自主的に避難しており、現在校内に残っている生徒はほぼいないと思われる。

リプレイ

●やっぱり先輩だけじゃだめだったよ
 学校の敷地内に突入したエージェントの目に飛び込んできたのは、今まさに校舎の窓をぶち破って飛び出してきた野獣――失敬、先輩の姿だった。
「ぬおおおおお!! 何処だ、何処へ行ったのだぁぁぁあああ!!」
 血走った目、振り乱した髪、荒い呼吸に燦然と輝くノミと槌が相乗効果を発揮して、なんと言うか、人と言うより愚神か何かだと称した方が適切な気がする風貌。突然目の前に現れた異形――失敬、先輩の姿に、咄嗟に行動できないエージェント達。
「おおおおお!! 許すまじ従魔あああああ!!」
 理性を失った獣――失敬、先輩は雄叫びをあげながら嵐のように去って行ってしまった。
「なにあれマジウケる !」
「ウケてる場合か!」
 走り去るゴリラ――失敬、先輩の背中を「面白いものを見つけた」とでも言わんばかりに見送った虎噛 千颯(aa0123)の後頭部を、白虎丸(aa0123hero001)が思いっきりはたく。
「いやでもアレは……。何で美術部の奴があんなバケモノ染みた見た目で、しかもいろいろ壊して回ってるんだ……?」
 引き攣った表情の倉内 瑠璃(aa0110)の隣では、相棒のノクスフィリス(aa0110hero001)が同意を示すように頷いている。
「……まぁ、突然変異と言うモノなのでしょう。流石の私も彼が一般人だと聞いて驚きを隠せませんよ」
「お前でも驚く事ってあったんだな」
「魔族にだって常識非常識って言う物はありますからね」
 ノクスフィリスの返答に、「そんなものか」とひとつ頷く倉内。
「いやぁ、世の中には従魔以上にすげーのがいるんだね。あれどう見ても超体育会系なんですけどーマジうけるわー」
「……あれは……一般人なんですか……?」
 口では「うける」と言いながらも若干表情の引き攣っている咲山 沙和(aa0196)。シュビレイ・ノイナー(aa0196hero001)に至っては盛大に眉間に皺を寄せている。
「えぇ……美術を志す人が破壊活動して回ってるの……」
 盛大に顔を引きつらせているのは鳥居 翼(aa0186)とコウ(aa0186hero001)の両名。絵画好きとしては思うところのあるらしい鳥居の心中は察してなお余るだろう。
「……まぁ、憤る気持ちは分からなくはないかな……たぶん、きっと」
「昴、無理に共感しようとする方が酷だぞ」
 自分に言い聞かせるように呟いた九字原 昂(aa0919)の肩に、首を横に振りながら片手を乗せるベルフ(aa0919hero001)。どっちにしろ酷である。
「なんにせよ、さっさと終わらせるに越したこたぁないだろ。聞く所によると件の先輩クン以外の生徒は避難完了してるらしいし、連絡用の無線も用意されてるし、んな難しい依頼じゃないからな」
「……早く、いこ」
 ツラナミ(aa1426)と38(aa1426hero001)は余り関心もなさそうな様子。早々に終わらせる為か、さっさと共鳴して臨戦態勢に入っている。
 それもそうだ、と同意を示すエージェント達は、三々五々散っていくのだった。

●暴走ゴリラを確保せよ
「従魔絶対に倒すマン、あたしが絶対に倒してやる!」
「普通の人らしいよー」
「そうなの? 一般人? あのやかましいのが?」
「一般人だって」
「えー、普通じゃないでしょ」
 普通に失礼な事を言いながら首を傾げている餅 望月(aa0843)に、百薬(aa0843hero001)は肯定も否定もせず曖昧に笑った。否定しないのは肯定と同じである。
「フィギュアが好きって事は、野獣先輩てのは蛍と同じ趣向なのか! お友達だな」
「いや、ジャンルが微妙に違……」
「人間を2種類に分けたら同じ系統なんだろう?」
 ニヤァ、と人の悪い笑みを浮かべて比良坂 蛍(aa2114)を構っている黒鬼 マガツ(aa2114hero001)。正直自分の管轄とは全く別系統の趣味である為、黒鬼の揶揄は否定したいのだが、それをしてしまうと余計に面倒臭くなる事を経験で知っている為、比良坂は口を挟まない事にする。
「ともかく、あの野獣君を止めなきゃじゃん? 従魔の姿も見えないし、気絶なりなんなりさせてさっさと避難させればいいじゃんか」
 無線機で「従魔捜索組」の動向を聞き取りながら、「先輩捕獲組」の面々を見渡す咲山。
「破壊音のする方へ行けばいいのですから、さっさと終わらせて従魔の方に合流しましょう」
 早く依頼を終わらせたいらしいらしいシュビレイはいつも通りの仏頂面だ。
 彼の言う通り、先輩を見つける事は容易い。そもそも、一般人である先輩とエージェント達とでは地力が違うのだ、破壊音のする方へ向かっていれば自ずと追いつく。
「ぬおおおおおお!! どこだ従魔!! 神妙にお縄につけぇぇええ!!」
 元々それ程距離があった訳でもない為、先輩はすぐに見つかった。だが後輩の言葉を借りれば『従魔絶対に倒すマン』と化している先輩である、既に理性はあってないような状態だ。
「はっけーん。とりあえず目眩ましするから目ぇ瞑っちゃっててー。シュビくんよろしくー」
「仕方ありませんね」
 咲山とシュビレイの姿が重なる。英雄の姿が徐々に薄れて同化してゆき、代わりのように出てくるのはコウモリの影に似た薄墨の幻影。
「いっせーのーせ!」
 カッ! と目を焼くような光が辺り一帯を白く染め抜いた。餅、百薬、比良坂、黒鬼の4人は咲山の合図に従って目を保護していた為ダメージはない。
「目が! 目がああああああ!!」
 フラッシュバンをモロに食らった先輩は、某方宜しく両手で目を抑えて悶えていた。
「はいはーい、ちょーっとおとなしくしててねー!」
「そーぉれ!」
 餅と百薬も素早く共鳴すると、霊力で出来た特殊なガスを先輩に向けて噴射する。ぴるぴる震える背中の羽が無邪気だが、ガスの威力はえげつない。
「天使の誘い〜」
 ちなみに、ゆらゆらと楽しげに揺れる餅の動きに深い意味はない。
「ぬぐおっ?! な、なんだ!?  身体に力が……!! ぐっ、だが負けん、負け――ぐぅ」
 正に瞬殺である。
「はーい、いっちょあがりです! 寝てくれたってことは、先輩君はれっきとした一般人ですね!」
 楽しげにくるくると踊る餅。揺れる翼がなんとも楽しげだ。
「でも起きた時に暴れられたら困るので縛っちゃいましょう」
 そしてやることに遠慮がない。
「おおおお! なんだ今の技! ピカってしたぞ!? すごいな!」
 黒鬼は初めて見るスキルに興味津々の様子。無線で連絡を取っている咲山にまとわりついてキラキラと尊敬の眼差しを送っている。咲山はシュビレイと共鳴している為かガン無視だったが。
「わー……おにちくだぁ……」
 先輩の説得を試みようと思っていた比良坂は、その手際の良さに感心するやら容赦の無さに若干引くやら、エージェントの先輩である咲山と餅に対して微妙な感想を抱いていた。彼のエージェント活動に深刻な影響が出ないことを祈る。
「あっちもそろそろ終わるってさー。その先輩どうする?」
「えー、もう終わっちゃうんですか?」
 無線で従魔組と連絡を取り合っていた咲山が一行をふり返る。餅は不完全燃焼気味に頬を膨らませて眉間にしわを寄せている。
「なぁなぁなぁ! さっきの技もう一回できないか?!」
「残念ながら無理だねー。シュビくん、その先輩運んでくれる?」
 無邪気に話しかけてくる黒鬼をバッサリ切り捨てて、さっさと共鳴を解いてしまう咲山。どうやら従魔の方もカタがついたらしい。
「なぜ私が」
 咲山にまとわりついていた幻影のコウモリがぶわりと一箇所に集まった。ヒトの形に固まったそれは、次の瞬間には空気に解けるように霧散する。その場に立っていたのは、仏頂面のシュビレイ。
「あたしの身長だとコレ、引きずっちゃうじゃん?」
「……」
 正論である。コレ呼ばわりはこの際気にしない事にする。
「……まぁいいでしょう。そこの君、あなたも手伝いなさい」
「え? 俺?」
 指名されたのは先程から咲山にまとわりついていた黒鬼。体格的にも他に適任はいない為、眠ってしまった先輩(緊縛済み)はシュビレイと黒鬼によって、他の生徒達が避難している場所まで運ばれる事となったのだった。先輩――野獣によって破壊された跡は極力見て見ぬ振りをしながら。

●木偶人形を撃破せよ
「さて。私は見取り図探すから、コウは事務室とか用務員室見つけてきて! 地図とかあるはずだから!」
「わかった!」
 時は少々巻き戻る。
 他のメンバーと別れた鳥居は、コウと手分けして校内の地形を把握しようとしていた。
 学校の見取り図がある場所は粗方見当がついている。大概は玄関か事務室の近くに簡単な見取り図が設置されているものだ。
「あった!」
 予想通り、数分もしない内にパネル状の見取り図を発見。小さくなりすぎないよう注意して写メを撮って先程交換した連絡先に送付する鳥居。残念ながら九字原は携帯を持っていなかったが、無線があればなんとかなるだろうと楽観している。
「よし、私も従魔の捜索に入らなきゃね!」
 無線で相棒の居場所を確認しながら走りだす鳥居。
 一方のコウはと言えば。
「失礼しまーす……。あー……、そっか、避難してるから誰もいないんだ」
 無人の事務室で立ち尽くしていた。
「勝手に探してもいいのか……? ……いいだろ、緊急事態だし大丈夫大丈夫」
 とりあえず自分の中で折り合いをつける事に成功した為、適当に室内の散策を始めるコウ。運が良かったのか、目星を付けた戸棚で無事簡単な見取り図を発見する。
「やりぃ! 何枚かもらいまーす!」
 数枚を失敬して事務机の一つを勝手に借受ける。無線から鳥居が合流を求める声が聞こえてきた為、見取り図に関しては問題ないだろう。
「さてさて、従魔誘導作戦開始と行きますか!」
 唇をペロリとひと舐めして、コウは無線から流れてくる仲間の声に耳を傾けるのだった。

「……うーわ……見事に全壊してるよ。すげえなおい」
 完膚なきまでに叩き壊された焼却炉を前にして、ツラナミは珍しく頬を引きつらせている。
「火事場の底力ってやつか? ……最近の若者はおっそろしいねぇ」
 あの野獣ゴリラ――失敬、先輩を「最近の若者」と一括りにされてはたまらないが、この場にツッコミをいれられる人物はいない為、ツラナミの発言は指摘される事なく放置された。
『……早く、倒そう。えっと……どっちを?』
 サヤをして、この惨状を齎した先輩は人間をやめているようにしか見えないらしい。ツラナミは紅く染まった片目を眇めただけで、特に表情を変化させない。
「アーハイハイ行きますかね……対象? こいつを破壊しなかった方だ」
『………………分かった』
 面倒臭かったのか、サヤの勘違いを指摘せず踵を返すツラナミ。サヤの中で先輩がどのように処理されたのか若干不安だが、この場にそれを指摘できる人間はいないのだった。
「んー、流石にこの近くには居ないみてえだな。……教室の方にでも行くか」
 鳥居から送られてきた見取り図を眺めて、従魔を探すべく後者の方へと足を向けるのだった。

「ここにもいない、か」
 校舎内を駆け回っていた倉内は、ちらりとも見つからない従魔を思って肩を落とす。
「一度外に出てみますか?」
「いや、外は他の人たちが探してくれてるだろ? 俺は連絡が入るまで中を探してるよ」
「かしこまりました」
 ノクスフィリスの質問に否を唱えて、また校舎内に駆け出す倉内。個人的な理由で接敵直前まで共鳴しないと決めている為、倉内の息は少々上がっている。
「そう広い学校でもありませんし、すぐに見つかりますよ」
「そうだといいなぁ」
 何やらいつもより優しげなノクスフィリスに不穏なものを感じている為、倉内は従魔とは別件で気が気ではない呟きを漏らしていた。

「さーて、何処に行ったんかねー?」
 職員室にて失敬した「屋上」用の鍵をちゃらちゃらと鳴らしながら、特に急ぐ風もなく廊下を進む虎噛。その隣で周囲を警戒している白虎丸との差が激しい。
「千颯、もう少し真面目に探すでござる」
「なぁに白虎ちゃん、俺ちゃんってそんな不真面目に見えるの?」
「見えるでござるなぁ」
 悪びれない虎噛に、白虎丸は溜息を噛み殺す。この程度で虎噛相手にムキになっても無駄な事は、付き合いの長い白虎丸にはわかりきっているのだ。
「これでも真面目に探してんだぜ? まぁ一応屋上用の鍵とか持ってきたけど、俺的には建物内に従魔がいる確率って低いと思ってるのよ」
「ほう? 何故だ?」
「んー……カンってヤツ?」
「……お前はそう言う奴だったな」
 今度こそ盛大な溜息を吐き出す白虎丸。虎噛は気にした風もない。
「それにさぁ、屋上からなら全体が見渡せるし、共鳴すれば飛び降りても問題ないし丁度いいじゃん?」
「……そうでござるな」
 もう何も言うまい。白虎丸は鼻歌すら歌い出した虎噛の背を眺めて、軽く首を横に振る。
「大丈夫だってぇ、翼ちゃんから見取り図の写メも貰ったし、他の奴らも頑張ってるし」
 そうこう言っている間に屋上へ続く扉の前へやってきた。持ち出した鍵はすんなりと嵌って、蝶番の古くなった扉は耳障りな音を立てながらも簡単に開ける。
「さーてと! いっちょ従魔探しますかぁ」
 青空に向かって伸びをする虎噛の隣で、白虎丸は小さく肩を落とすのだった。

「見つからないなぁ」
 キョロキョロと周囲を見渡しながら中庭を歩く九字原。案外近くから聞こえてきているのは多分先輩が校舎を破壊している音だろう。つくづく人外染みているなと乾いた笑いが漏れ出る。
「まだ探し始めたばかりだろう。そう焦っても仕方がないぞ」
「わかってるよ」
 咥え煙草で片眉を上げて見せたベルフに肩を竦めて、ほうと息を吐き出す九字原。
「でも、早く事態を収束させないと、校舎が持たなそうだなって」
「……ああ……」
 しみじみ呟いた九字原に対し、ベルフはハットを押さえて目を逸らすことで応えた。
「……気合い入れて探すか」
「そうだね」
 心持ち足取りを早くして、九字原とベルフは従魔捜索に乗り出すのだった。

「「見つけた!」」
 無線から同じタイミングで歓声が聞こえた。
 声の主は、見取り図とにらめっこしていたコウと、屋上に陣取っていた虎噛。従魔捜索開始から数分しか経過していないが、元々広い敷地を捜している訳でもない為妥当な時間だろう。
「体育館のとこだ! 校庭の方に向かってる!」
 続けて聞こえたのは虎噛の声。風を切る音も同時に聞こえてくる為、どうやら屋上から飛び降りているらしい。共鳴状態であれば霊力を介さない物理的要素は無視できる為、妥当な判断だとも言える。
「そのまま校庭に向かって! みんながいる場所からまっすぐ校庭に行けばどこにも逃げられない!」
 コウと鳥居がいる場所からも従魔の姿が確認できたのだろう。慌ただしい音はそのまま走り出したからか。
「まずは足を潰す……言うまでもなく基本だな」
 一番初めに接敵したのは九字原だ。
 指の間に挟んだ霊力の針を、躊躇いなく木偶人形に対して投げ放つ!
 校庭から駐輪場へと逃れようとしていた木偶人形は、あからさまに動きが悪くなっていた。
『ツラナミ……』
「ハイハイわかってますよっと」
 次いで追いついたツラナミが、曲刀に毒々しい色の霊力を纏わせて斬りかかる! 動きの鈍っていた木偶人形にそれを避ける余力はなく、抵抗虚しくその場に崩れ落ちてしまう。
 この時点で既に勝負はついたも同然だった。そもそもが下級デクリオ級従魔である、無機物に取り付いていることもあり耐久力は低い。
「よし、とどめだ!」
 駄目押しとばかりに倉内が打ち出した黒く禍々しい霊力の塊に飲み込まれ、声にならない絶叫を上げ生滅していく木偶人形。
 後に残ったのは、煤けて所々破損している「もえきゅん☆みこりんフィギュア」だけ。
「あれ?! もう終わっちゃった!?」
「早っ!! 俺なんもしてないんだけど!?」
 折角屋上から飛び降りてきた虎耳尻尾完備の虎噛と、鎧を着込んだ姿のコウが手を出す暇もなかった。
「……とりあえず、この人形持って報告行こっか」
 ボロボロのフィギュアを拾い上げた倉内の言葉に、否を唱える者は居ない。
「先輩も捕まえたみたいだよ。丁度いいから先にフィギュア返しに行こう」
 鳥居がナチュラルに先輩を「捕まえた」と表現した事に誰も気付かない。いや、気付いてもツッコミを入れないだけか。
 ボロボロのフィギュアを見た先輩がどういう反応を示すかは、あえて誰も口にしなかった。

●急募:シリアス
「みっ、みこりんがああああああああ!!」
 案の定、もえきゅん☆みこりんフィギュアの惨状を見た筋肉ゴリラ――失敬、先輩は泣いた。ぐるぐるに縛られたまま、身体をくの字に曲げて泣いた。見ている方がドン引きする程度には泣いた。
「うわきたなっ」
「シッ!」
 誰かが身も蓋もない事を言って咎められていたが、誰もが思っていた事なので見て見ぬフリをする。
「一応相談してみたけど、やっぱりH.O.P.E.の方でどうにかするのは無理みたいです……」
 携帯片手に申し訳なさそうな顔の比良坂は、同型のフィギュアをネットオークション等で落札できないか本部の方に掛け合っていたのだ。残念ながら却下されてしまった。
「あ、あの、僕リペアとかもできるんですけど……」
「みこりぃぃぃぃいいいいん!!」
「ダメですか、そうですか」
 悲しみにくれている先輩に比良坂の声は届かない。
 彼の相棒に至っては初めて見た二宮金次郎像に夢中である為現在ここにいない始末だ。言っても聞かないので置いてきてしまったが、居たとしてもあまり変わらなかっただろうからよしとする。
 ツラナミは「仕事は終わった」とばかりに我関せずであるし、九字原も困ったように笑うばかりで口を挟む気配はないし、彼らの英雄も似たようなものだ。
「うっうっ、みこりん、せめてお前の仇は取ってやりたかった……」
「バカ野郎!!」
「!?」
 と。めそめそ泣きながら従魔に対する恨みごとを吐き始めた先輩の頬に、虎噛の拳が突き刺さった。
 突然の暴挙にその場の時が一瞬止まる。
「お前が向けるべき思いは従魔への恨みや怒りじゃないだろ!」
 そんな事は御構い無しに、肩をいきらせて先輩を睨みつける虎噛。非共鳴状態であるため先輩にそれほどダメージはない。先輩が人間離れしているかもしれない事実はこの際置いておく。
「お前の大事なものが無くなったのは悲しいかもしれないが……その思いを作品にぶつけるのが芸術家だろ!! お前の全部を作品にぶつけろよ! そしてもえきゅん☆みこりんを超える作品を作れよ! お前にはそれだけの力があるんだろ! ならこんな無駄な事する暇があるなら作品に向き合えよ!」
「そ……そうですよ!」
 虎噛の気迫に飲まれていた周囲も動き出す。続けて声を荒げたのは芸術活動を趣味にしている鳥居。
「彫刻家なんでしょ! 芸術を生み出す人が破壊の権化になってどーすんですか!! せっかく手に入れた芸術品がああなっちゃった無念はお察ししますが……」
 そこで一旦言葉を切り、未だぽかんとしたままの先輩の傍に膝をつく。
「私も、趣味で絵を描くんですけど……。モチーフが目の前になきゃいけないこと、ないはずです」
 鳥居の言葉に、先輩がはっとした表情になる。表情の変化を見た鳥居も、笑みを浮かべた。
「心に深く刻み込まれた強い印象の方が、いい題材になったりするじゃないですか。強い想いが昇華した素敵な作品、楽しみにしてますからね!」
「そうそう。これこえるフィギュア作れるようになればいいんじゃね? きみって超ただ者じゃなさそうだしー、きっとできるってー」
 便乗する形で咲山も声をかける。ついでに「名前教えてくんない? 将来役立つかもだし」などと言って先輩を困らせたりもしていた。
「みこりんを、超える……」
 先輩が縛られたままであるため絵面的に締まらないが、どうやら先輩の琴線には響くものがあったらしい。ボロボロになったフィギュアを見つめる目付きが先程までとは一変していた。
「おい、千颯……お前がそんなに芸術を愛する男だとは知らなかったぞ……」
 先程先輩に対して熱演をして見せた虎噛に、相棒の意外な一面を見た白虎丸が感心したような視線を送っている。それに対し、虎噛は何故かキョトンとした顔をして見せた。
「え? そんな訳ないじゃん。俺ちゃんに芸術がわかる訳ないでしょ。そもそももえきゅん☆みこりんって何よ、マジウケる」
 へらへらと笑う虎噛に、白虎丸は頭痛を感じて重い溜息を吐き出した。
「……お前を少しでも見直した俺が馬鹿だったか……」
「白虎ちゃん辛辣」
 態とらしく傷付いたような表情を作った虎噛の頭を、白虎丸は強めにはたくことで多少の鬱憤を晴らすことにしたらしい。
 幸い、このやり取りが先輩に聞かれることはなかった。
「先輩!!」
「後輩?!」
 と。後輩が、勢い込んでこの場に駆け込んできた。
「何故ここにいる! 避難したのではなかったのか?!」
「先輩の破壊音がなくなったのに帰ってこないから心配したんですよ!」
 なんだか妙にいい雰囲気が漂っている。エージェント一行は空気を読んでそっとその場から離れ――るでもなく、すぐ近くで先輩後輩のやり取りを眺めている。
「こ、後輩……! そんなにも俺を心配して」
「先輩がいなくなったら美術部廃部確定じゃないですか!! 嫌ですよそんなの!!」
「あっはい」
 いい感じの雰囲気は霧散した。
「後輩ちゃんすごく……イイナ」
「あの冷ややかな感じ、イイナ」
「うお?! いつ帰ってきてたんだよマガツ!?」
 後輩の塩対応に何らかの扉を開きかけていた比良坂の隣にいつの間にか黒鬼が戻ってきている。
「ねぇねぇ後輩ちゃん、後輩ちゃんがそのフィギュアの格好してモデルとかしてみたら?」
「え?」
 携帯片手にニマニマとした顔をした餅が後輩の服の裾を引っ張っている。
「望月、それ『男の娘』ってやつだよ」
「あらこれがそうなのね。でもいいじゃない、やっちゃいなよ」
 百薬と餅の推しに、後輩はどう接したものか悩んでいるらしく困った顔をしていた。
「おや、それでしたら、良いモデルがいるのですが……ねえ、ラピスラズリ様?」
「は?」
 くすくすと意地悪げに笑いながら倉内を見つめるノクスフィリス。状況がよくわかっていない倉内は首をかしげたままだが、周りの幾人かは状況を察して倉内に内心で合唱していたりする。
「今時のスマートフォンには都合よくカメラ機能があるのですよ」
「え?」
『よろしければ、ラピスラズリ様をモデルにしてくださいませ。撮影はどうぞ、ご自由に』
「はぇ?! ……ああもう! わかったよ!! やればいいんでしょ!!」
 どうあがいても逃げきれないことを悟った倉内が自棄気味に共鳴を開始しラピスラズリの姿を晒す。
 だが残念ながら先輩はラピスラズリよりも気になることがあるらしく、撮影までは至らなかった。
「そうか……。そう、であるな! 俺としたことが、みこりんがでろでろになってしまった衝撃に負けて我を忘れていたわ!」
 エージェント達の慰め(?)が効いたのか、簀巻きのゴリラ――失敬、先輩が明るい声を上げる。
「ふんぬっ!」
 そして簀巻き状態のまま上体を起こすと――なんとそのまま縄を引き千切ってしまう。
 唖然とする一同。だがそんなもの気にしない先輩は、さっと衣住まいを正すと真面目な表情となる。
「礼を申し上げる。俺は、目先の欲に囚われていたようだ。これからは、みこりんを超える作品を作るべく精進することにしよう」
 そう言って、先輩はボロボロになったもえきゅん☆みこりんフィギュアを拾い上げた。
「これは、今回の出来事を忘れぬようこのままにしておこう。リペアを申し出てくださった君には申し訳ないが……」
「え? あ、いや、構いませんよ、立ち直られたんなら」
 急に話を振られた比良坂が慌てて首を横に振る。その反応に気を良くしたらしく、先輩はその体躯に似合う豪快な笑顔を浮かべた。
「この度は、俺のフィギュアを取り戻してくださり、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
 先輩後輩に頭を下げられた一同は、なんとなく擽ったいものを感じながら顔を見合わせるのだった。

 後者は多少崩れたが、被害らしい被害もなく従魔事件は終息した。
 人間の限界を軽く超えた存在に出会ってしまったりもしたが、エージェント達はそれぞれの思いを胸に帰途につくのであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    ノクスフィリスaa0110hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • CEテレビジョン出演者
    鳥居 翼aa0186
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    コウaa0186hero001
    英雄|16才|男性|ソフィ
  • 黒白月陽
    咲山 沙和aa0196
    人間|19才|女性|攻撃
  • 黒白月陽
    シュビレイ・ノイナーaa0196hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • オールラウンドスナイパー
    比良坂 蛍aa2114
    人間|18才|男性|命中
  • オールラウンドスナイパー
    黒鬼 マガツaa2114hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
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