本部

小さなジェミニは遺物を胸に

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~8人
英雄
3人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/10 20:59

掲示板

オープニング

●夢見るフォロワーは過激さを増す
 薄汚い倉庫内に鋭い鋼の糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。それは、普通の人間が触れれば簡単に身体を裂くことができるほどの強靭で鋭利な糸だった。例えリンカーと言えどもその糸を無視して先に進むことは難しいだろう。
「ああ……」
 熱い吐息を吐いて、糸に守られた狭い部屋の中で女はそれを見た。薄汚れたボロボロの手帳サイズの小さな本。開いてみたが彼女に読めるような文字はなく、もし街中で見かけたら迷わずゴミだと判断しただろう。
「こんなゴミ屑がジェミニを解放する力を持っているなんて、未だに信じられなあい」
 合皮のソファに身体を横たえる。大きく開いた胸元から蜘蛛の巣にかかった双子座の刺青がのぞく。
「ああん、でも! もう少しでジェミニ様に会えるわ、ねえ」
 女がソファの上から囁きかけると、糸の切れた人形のように力なく頭を垂れて床に座り込んでいた燕尾服を着た少年が顔を上げる。ギロリ、黄色く濁った眼が女を見た。
「うっせえぞ、豚。釈放したくらいでジェミニ様に会おうなんてあつかましいんだよ!」
 少年のうなじには女と同じ刺青があった。

●奪われたオーパーツ
 茨城県つくば市にあるパラダイム・クロウ社の会議室は騒然としていた。
「なんでコソ泥なんかに大切な『遺物』を奪われたんだ!」
 パラダイム・クロウ社取締役のアーロン・メイシーは青筋を立てて担当者を詰問した。目の前の担当者はおろおろと周りに助けを求めるが、皆一様に視線を逸らす。自身も度々失敗を犯すアーロンは、普段、これほどまでに厳しく責め立てたりはしない。だが、今回は……。
「──奪われてしまったものは仕方あるまい」
 重い口を開いたのは、パラダイム・クロウ社代表である城金 ロウジだ。銀のような白髪を持つ、一見穏やかな初老の男性だ。だが、日本名を持つものの人種不明で、纏う荘厳な雰囲気が他者とは一線を画していた。
「問題は曲者の要求だ。囚人を牢から出せ、だったかな?」
「そうです。先日捕まったジェミニを名乗る子悪党を牢から出せと」
「ジェミニ?」
「はい、劇場型犯罪を行うヴィランです。犯罪を行いながらもミュージシャンを名乗っており、アンダーグラウンドで人気だったようです。未だにファンがいるとか」
「犯罪者のファンなんぞ!」
 アーロンは忌々しげに吐き捨てた。
「それより問題は、我々の『遺物』だ。あれはH.O.P.E.に報告していないし、今後もその予定はない」
 淡々と語る城金の言葉に沈黙が落ちた。それを破ったのは先程からアーロンに怒鳴られていた男だ。
 パラダイム・クロウ社は世界蝕(ワールド・エクリプス)発現後、新しく現れた新技術としての魔術を研究する企業である──と一般的には認知されている。だが、その実、元は魔術を研究する小規模魔術結社であり、科学者と魔術師たちの大同盟によって成立した急進的秘密結社セラエノに対抗すべく日々研鑽を積んでいた。

●少年の通報
「……」
 彼はもう何日も悩んでいた。悩む彼に、忙しい家族は気づくことはない。そんな環境が彼を長い間ジェミニに傾倒させた。しかし、ジェミニが捕まった日、彼らを倒したリンカーたちの姿に少年は自分の過ちに気付いた。そして、ゆるやかにジェミニのファンたちのコミュニティから距離を取った。けれども、彼はまだいくつかのファンサイトを巡回することを日課にしていた。もちろん、それは捕まったヴィランを懐かしむためではなく、自分のようなジェミニから抜けかけた仲間を見つけて説得するためであった。
 そんな彼が先日『赤いリトルジェミニ』を名乗るファンの書き込みを見つけた。
『パラダイム・クロウ社のお宝を手に入れた。あそこの会社は金を持っているし、ジェミニ様を釈放するよう働きかけるよう脅迫している。なんだか、まずいお宝らしく、H.O.P.E.には報告しないようだし、ジェミニ様を解放することができそうだ』
 彼はまだ十代で、企業を脅迫するような狂った信者に敵対するのは恐ろしかった。
 それでも。
 その日、彼は意を決して端末を手に取ると、H.O.P.E.へとコールした。

解説

 リトルジェミニを捕らえ、囚人ジェミニの解放を阻止することが目的です。
 もし、稀覯本を奪い返した場合、H.O.P.E.、パラダイム・クロウ社どちらに返却しても構いません(評価は変わりません)。

倉庫
 南に一つ入り口がある。ドアは僅かに開いており、中が見える。倉庫内には鋼の糸が張り巡らされていて武器などで突破した場合、確実にヴィラン側に何らかの先手を取られます。しかし、糸を切らずに中に入ることも、勿論出ることも困難であるとわかる。

倉庫内の部屋
 赤いカーテンで区切った十畳ほどの部屋。赤い絨毯が敷かれ赤い家具が並びます。(PL情報)床下に脱出口があり、建物の北側に出ますが、外から発見することは困難です。

赤いリトルジェミニ
 『リトルジェミニ』を名乗るジェミニのフォロワーであるヴィラン。ネットの書き込みから、ジェミニのファンのドレッドノートのヴィランで直情的な性格であるということは事前にわかっている。リトルジェミニはジェミニを捕まえたH.O.P.E.を恨んでいますが、それより計画を遂行し、ジェミニを無事解放することを目的としています。
 胸元の開いたドレス姿の女性と燕尾服の少年姿の英雄がリンクし、胸の開いた燕尾服姿の女性姿になる。防御特性のドレッドノート。胸元に稀覯本を挟んでいる。

稀覯本
 中身の読めない古代の本らしいが、それ以上はわからない。ぼろぼろで壊れやすく本から価値を理解することは不可能。H.O.P.E.からは盗難品扱いで無事回収した暁には被害者へ返却を求められている。

ファンサイト
 閉鎖された。

ジェミニ
 服役中のヴィラン。取引の為外に出すなどはできない。

少年
 依頼を受けたリンカーたちが直接コンタクトを取ることはできない。

リプレイ

●魔術師たちの憂鬱、小さなジェミニの苛立ち
「H.O.P.E.から連絡がありました」
 パラダイム・クロウ社の一室。アーロン・メイシーは疲れた顔を上げた。
「誰が通報した?」
「我々ではないです。全く別口からH.O.P.E.へ連絡があったようです。どうやら例のヴィラン絡みからかと」
「……全く。我々には理解できないよ。アングラのダークヒーローに熱を上げるなんて」
 そう言うアーロンの目の前には拘束された人影があった。憎々し気に見上げるその顔は『遺物』の担当者だった男のものだ。
「ジェミニは違う!」
「──何が違うんだか」
 アーロンは『魔術結社パラダイム・クロウ』の裏切り者を呆れたように一瞥した。そして、男を別室へ連れて行けと指示すると大きなため息をついた。
「さて、リンカーたちにはどう説明したもんかなあ」

 はあと荒い息が室内に響く。殴られた頬を抑えた女が蹲るその横で、少年は苛立たしそうに目の前のサイドテーブルを蹴り倒した。
「くそ、あの糞爺! 全く連絡寄越さねえ!」
 少年が糞爺と呼ぶのはパラダイム・クロウ社に勤める彼らの協力者の男性だ。爺と呼ぶほどの年ではないが、彼には関係ないのだろう。
「でも、パラダイム・クロウとの取引の時間はもうすぐよ。ジェミニ様を連れてくるって」
「馬鹿じゃねえの? 一応大企業だぜ? そうすんなりと取引するかよ。あの糞爺も言ってたろ、表に出せない面倒臭いブツだってさあ!」
「表に出せないからこそ、すんなりと取引してくれるんじゃないの?」
「──だったら、いいがな。もう時間だ。リンクするからその汚ねえ身体寄越せ」
 少年はさっき苛立ちに任せて殴り倒した女の肩を掴んだ。逆の手で幻想蝶を女の額に押し付ける。女はそれを押し留めるように指を伸ばし、そのまま光の蝶が舞った。
「糞ったれ。一々リンクしないと力が出せないなんてめんどくせえ」
 少し変わった形の燕尾服を着た若い男一人、そこに立っていた。男は倒れて砕けたテーブルの破片を踏みつけ部屋を出ようとし、ふと思いついたように床に転がっていたノートパソコンを取り上げた。
「ああ、そうだ。報告しとかなきゃな」


●にせのジェミニと月下の探偵たち
 夜空に浮かんだ三日月が冷たく暗い光を投げかける。茨城県ひたちなか市港湾外れ、漁港に近い空き地にうらびれた倉庫が並ぶ。鉄筋コンクリート造のその倉庫は幻想蝶を参考に作られたマテリアルメモリーカードの登場により起こった物流業界の変化の際に使われなくなったものなのだろう。
 空き地が見える林の陰に黒塗りのバンが停まり、数人の男女が降りた。
「H.O.P.E.に報告をしない盗品か……キナ臭くなりそうだな」
 御神 恭也(aa0127)の言葉に何人かが頷く。今回の件でパラダイム・クロウ社を訪ねた際の企業側の態度は彼らに不信感を抱かせるには十分だった。
 ──それはそれとして、だ……。
 恭也は改めて手に取ったそれを羽織る。鍛えられた彼の体幹は本来恭也の趣味ではない派手な服を纏っている。月光に煌めく金髪はしっかりと留めたウィッグだ。それを見て少し肩を竦めたのは彼の相棒、伊邪那美(aa0127hero001)で、体形をかくすようなロングのコートを彼の肩にかけた。
「犯罪者の支援者ってよくいるのかな?」
 そう言いながら、恭也に倣い派手な赤い髪のウィッグを被ってみたが、子供のような小柄な伊邪那美にはどうしたって似合わなかった。
「能力者と英雄を一緒に連れて行くわけないし、人形にでも被せて車の中に待機させておけばいいですね」
 ウィッグを被った伊邪那美を見てそう言ったのは既に共鳴した刀神 琴音(aa2163)だ。
「……真枝さんが言うにはジェミニは変わったヴィランらしい。無理して似せるよりはそちらの方がいいか……」
 以前、本物のジェミニと対峙したことのある謂名 真枝(aa1144)のアドバイスを思い出しながら、恭也は調べたジェミニの特徴を書い紙を取り出し、最後の仕上げとばかりに脳内に叩きこむ。何度も読み込んだそれはもう皺が寄ってよれよれだった。
「相手は熱狂的な支援者なんでしょ。上手く騙せるかな」
「まあ、異性に扮するよりかは気が付かれる可能性は低いさ」
 そう伊邪那美に返すと、少女は彼の手を引いた。それだけで察した恭也は幻想蝶を取り出す。
「何かあってもリンクしていれば大概のことは大丈夫だからのう」
 カグヤ・アトラクア(aa0535)は呟いた。しかし、相手はライヴスを介した攻撃を行うことができるヴィランだ。同じリンカー同士、ダメージを与えることは容易い。警戒しても警戒し足りないことはないだろう。
「それにしても、随分と変わった脅迫事件じゃのう」
 カグヤは事前に調べた過去のジェミニの事件資料を思い起こしていた。
 ──ジェミニ。能力者ヴァージルと英雄ヘザーがアングラで活動していたバンド名。または、ライヴスの糸で繋がった男女の双子の姿に変じる、通常ではあり得ないリンクをした『彼ら』を呼ぶ名。強靭な弦のような糸を操り劇場型犯罪を好むこのヴィランは一部の人々の熱狂的な支持を受けていたと言う。最も、ジェミニ自身は知名度を上げるために行ったTV放映付きの人質事件で、謂名真枝を含めたリンカーたちの活躍によってすでに逮捕されていた。
「信奉者による暴走じゃろうか……付け入る隙はこの辺かの」
 カサリと小さな音を立てて懐から取り出したそれ。カグヤはジェミニのファンたちが着けると言う、蜘蛛の巣と双子座のマークが入った紙リングをその細い手首に巻いた。
「……カグヤはジェミニに興味があるの」
 眠そうな目で見上げる英雄の少年、クー・ナンナ(aa0535hero001)に向かって、技術に魅了された探究者は艶やかに笑って見せた。
「勿論、わらわの目的はパラダイム・クロウ社に恩を売り、繋がりを持つことじゃ」

 弱い月光の下、取引相手のねぐらの側をこそこそと動く影が二つ。
「以前逮捕に協力をしたびらんずの信奉者ですか」
 謂名 なな(aa1144hero001)は倉庫の壁に身体を張り付かせて辺りを伺う。
「踊る阿呆に見る阿呆ってねぇー」
 倉庫の扉の隙間から中を覗き込んでいるのは謂名 真枝だ。赤桃色のウサ耳フードがついたパーカーが薄い闇の中やたらと存在感を放っている。
「どちらも踊りは下手なようですね」
「厳重警備から本を盗み出す知恵があるのに、どーして質にとって解放要求なんて下の下の策に出たのやらだねぇ、成功率一%以下の知能レベル最低の犯罪だよ」
「……盗難は別の者の可能性があると?」
「ま、とりあえず捕まえればわかるでしょ、ぱぱっと終わらせて、お家かえろぉー」
「これで終われば良いのですが」
 扉付近に罠が無いことを確認した真枝は、人の気配が無いのを確かめてから弱いライトの光をそっと中に走らせる。倉庫内に張られた鋼の糸が僅かに光を反射した。
「鋼線ねぇー、ジェミニのリスペクトかなぁ」
 真枝はななとリンクし、お気に入りのロップイヤーのもったりとした兎耳を着けた覆面忍者と変じる。そして、シャドウルーカーの能力である罠師(トラップマスター)のスキルを利用し、鋼の糸の解除を試みた。
「あー、こりゃダメだよ。これもう罠じゃないよね」
 ──外したら確実に向こうに気付かれますね。でも、これでは中からも出れないのではないでしょうか。
 ななの言葉に、真枝は微かに笑って上体を起こした。
「そりゃあ、もちろん。──出れないわけはないよね」
 そして、倉庫の周りに乱雑に積んである木箱やスチールラックに視線を移した。

●騙し合い
 三日月はより高く昇ったが、その光は細く弱々しかった。
「今回の事件について、パラダイム・クロウ社より依頼された交渉人じゃ。まずは顔を見せてほしいのぅ」
 空き地にカグヤの声が響く。
「──リンカーか?」
 建物の陰からのくぐもった低い声にカグヤは笑って両手を広げた。纏った着物の袖が夜風に揺れた。
「リンカーではあるが、共鳴は解いておる。そちらも対等な取引を願いたいの」
「──そう、じゃあ、ジェミニはどちらかしら?」
 暫くして建物の陰から現れたのは、胸元の大きく開いた、足元まである長さの、濃い赤のドレスを着た女だった。腰の辺りから幾重にも広がったフレアーがやたらと派手だ。わざとらしい程に身体をくねらせ背を反らしている。その豊満な胸元にこれ見よがしに挟まれた小汚い手帳のようなものが目的の品物なのだろう。女は、カグヤの後ろで頭から布を被らされ手錠を嵌めた男の姿に気付くと顔を歪めた。ヴァージルに扮し布を被った恭也は、頭に叩き込んだ男のイメージを守り慎重に歩き、カグヤの影になりはっきりと見えない位置で佇んでいた。
「……そんな顔をするでない。今回の取引はあくまでも非合法じゃ。万が一にも、こやつらの姿を他の者に見られるわけにはいかんじゃろう」
「……ヘザーは車内だ……リトルジェミニ。取引の品物を確認したら、ヘザーも渡す……」
 淡々と話すクー・ナンナの言葉に、女はこくんと首を傾げる仕草をした。
「立場わかってるぅ? まず、あんたたちがヴァージル様をアタシに渡すのよお?」
 カグヤはそっと後退した。布を被りヴァージルに扮した恭也は佇むふりをしながら力を貯めている。女のヒールの靴底が砂を擦って鳴らす僅かな音がやけに大きく響いた気がした。カグヤは先程浮かべた笑みを崩さぬよう、細心の注意を払いながら恭也と女を見守った。
「『ジェミニ』……ジェミニ様?」
 女が手を伸ばす瞬間、その布が大きく翻る。布の陰から飛び出した恭也は手錠をかけた両手の指を確りと組み、指ではなくその手で相手を強く殴打した。女の身体が大きく揺れ、砂の混ざった地面に投げ出される。恭也はその手を強く振り、鍵の掛かっていない手錠を腕から弾き飛ばすと、倒れた女に馬乗りになり、その胸元に手を伸ばした。
 ──恭也! エッチなのいけないと思うよ!
「そんな事を言っている場合か! 奪い返されない様に気を付けるぞ」
 稀覯本を掴み取ると恭也は女を更に押すようにして後ろへと飛び退る。即座にカグヤはクー・ナンナの元へと走り、バンの陰に隠れていた琴音が飛び出す。そして、恭也はLメモリーから百三十センチもの長さのある己の大剣を取り出した。
「恭也!」
「まあ、そんなことだろうと思ったさ。僕が『ジェミニ』を見間違えるわけねえだろ、糞が」
 カグヤの声と同時に低い男の声が恭也の背後で聞こえ、同時に衝撃が襲った。
「……リンカー共が、ざけんなよ」
 肘を着いた恭也の背後でゆらりと立ち上がるのは少し変わった燕尾服姿の青年だった。振り抜き烈風波を生み出した、彼の身長ほどはある大きく無骨な斧を片手に冷めた瞳で彼らを見ていた。
「共鳴……一体どうやって」
「ふむ、このヴィランはずいぶんと小さな相棒を連れていたようじゃ。大方、あの着物の陰にでも隠れていたのかの」
 呆然とする琴音と対照的に、さっきまで居た女の長いドレス姿を思い出したカグヤが面白そうに呟く。
「くそ……気づかないとは……」
 ──胸ばかり見ているからだよ。
 攻撃を受けた肩を押さえながら体勢を整える恭也へ伊邪那美のどこか冷たい声が降り注ぐ。
「あのな……いや、そうか……」
 恭也も、女が妙に胸元の本を強調するとは思ったのだ。そんな彼にリトルジェミニは追い打ちをかける。
「小さいだと? 失礼な婆だ。交渉決裂、すぐにジェミニを連れて来ないならあのキタネエ本は処分するとパラダイム・クロウ社に伝えろ」
「なっ」
「その屑本はうちの豚の古本コレクションさ、本物は安全な場所にある。お約束だろ?」
 男がそう言った瞬間、ジェミニへと接近していた琴音の重い一撃が振り下ろされた。
「何かに傾倒するのは悪い事ではないと思います。それが善であれ悪であれ、自分を支えるというのであれば、その者に必要な事なのでしょう。だが、それによって他者に害を及ぼすのであれば、自分は自分の意思を押し通させていただきます」
 琴音の二メートル以上もあるその剣先を辛うじて躱した男に向かって、彼女はきつい口調で続けた。
「故に、リトルジェミニ。貴様を捕らえる。奪った物、返してもらうぞ!」

●稀覯本をめぐって
 ずるり。砂の上に置かれた木箱の蓋がずれる。そしてそれがゆっくりと押し上げられると、中から辺りを警戒した一人の男が出てきた。彼は建物の陰から陰へと移動すると、取引場所である別の建物の裏へと移動した。そして、一言二言話した後、リンクを解き、女性と少年の二人に分かれた。少年は女の背後ドレスの陰をじりじりと移動する──それを黙ってじっと見ている瞳があった。リンクした真枝である。彼は潜んでいた屋根の上からそろりと降りると、リトルジェミニが出てきた隠し戸へと向かった。
「さてさて、お宝探しだねぇ」
 ──蛇が出ぬ事を願いましょう。

 リトルジェミニは自身の斧を琴音へと振り下ろす。力強いそれに打ち負けた琴音が苦痛の声を漏らすが、即座にクリスタルの扇を片手に持ったカグヤが一撃を加えるべく現れた。リトルジェミニは標的をカグヤへと変える。細身の身体で振り回されるエクスキューショナーは、しかし、ドレッドノートである赤いリトルジェミニの火力を乗せて、バトルメディックであるカグヤを潰すかと思われた。
「……っ!?」
 思わず翳したカグヤの手首で紙でできたリングが揺れた瞬間、男の顔に戸惑いが生まれた。その足がじりじりと足が後退する。そこへ、傷を負った恭也の放ったストレートブロウがリトルジェミニを吹き飛ばす。
「大丈夫か……?」
「大丈夫です……!」
「危なっかしい真っ直ぐな子じゃのう」
 実質、三対一の戦いに、リトルジェミニは声を荒げた。
「お前ら、あの糞本は要らねえのか!?」
 しかし、そんなリトルジェミニをあざ笑うかのように、楽し気に声を上げた者が居る。
「糞本ってこれのこと?」
 見るからに古く壊れそうな本を片手に軽く振って現れたのは真枝だ。その手のものにリトルジェミニの顔色がさっと変わった。
「ちょっと、部屋に置いておくにしても大事なものはちゃんと仕舞わなきゃだよ? ……デカいと感度悪いとかいうけど、頭も悪くなんのかねぇ」
 ──主様……怒られますよ色々と……。
 リンクした身体を操っているなながどっと脱力したのが真枝にもわかったが、知らぬふりで真枝はヴィランをからかい続ける。
「……糞、糞、糞ガキが!」
 ついにリトルジェミニは斧を抱えて三人のリンカーに背を向けて真枝に斬りかかった。
「どっちがクソガキなんだか」
 殺気を込めて斧を振り上げたリトルジェミニを前に、真枝の口角が僅かに上がる。
「──お返しは、しておかないとな……」
 リトルジェミニの後ろで低い声がした。琴音の数倍重い恭也の一撃が、肩から脇にかけて、身体ごと燕尾服の背中を切り裂いた。
 ダメージを追いリンク状態を保てなくなったリトルジェミニは、拘束され、カグヤのセーフティガスによって眠りについていた。対して、傷を負った恭也と琴音は同じくカグヤのケアレイの重ね掛けを受けて回復していた。
「しかしH.O.P.E.にも秘密かぁー、何が書いてあるのかねぇ……くふふ」
 指先で手帳サイズの本をつまみながらそう真枝は笑ったが、すぐに仲間の視線に気づいた。
「あー、はいはい。じょーだんだよ」
 そう言って、仕舞おうとする真枝の指先から本はするりと取り上げられた。
「守秘契約は結んでおらぬから、現場判断じゃ」
 嫣然とそう言ったのはカグヤだ。広げた布の上に丁寧に本を置くと、持参したカメラで一ページ一ページ撮影し始めた。いや、カグヤだけではない。ヴァージルの扮装を完全に解いた恭也も、いつの間にか携帯端末でそれを撮影していた。
「世の中には主様より上手の方もいらっしゃるんですね」
 きょとんと見守る琴音、唖然とする真枝の横で、なながしんみりと妙な感想を述べた。

「ねえ、勝手に複写して良かったの?」
「一応の保険だ。クロウ社に渡った後でもある程度までは調べられるだろ」
 見上げる伊邪那美に恭也は答えた。
「それに、盗まれた事を隠していた代物だ。厄ネタがあるのは間違いないだろ。だが、所有権は向うにある以上は確固たる証拠も無しに押収も出来ん」
「でも、あんな古本にどんな価値があるんだろうね?」
 撮影した古本は、どのページも古く劣化していて何も読み取ることはできなかった。
 その時、目の前の扉が開き、楽し気なカグヤがパラダイム・クロウ社の取締役に添われて出てきた。
「実験や研究に能力者が必要であればいつでも言ってくれろ。技術者の一人として、パラダイム・クロウ社の持つ技術は興味深いのでな」
 自ら、稀覯本をパラダイム・クロウ社に届ける役目を買って出たカグヤの本音が見えた気がした。名前と顔を売り、今後の伝手とする……逞しいなあと、感心さえしながら見守る仲間の視線に、彼女は何ら悪びれる様子もなく手を振った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 名探偵
    謂名 真枝aa1144
    人間|17才|男性|回避
  • スパルタティーチャー
    謂名 ななaa1144hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • エージェント
    刀神 織姫aa2163
    機械|18才|女性|攻撃



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