本部

クリスマスのためのヘルズ調理実習

若草幸路

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
1人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/09 03:48

掲示板

オープニング

●謎の依頼
 任務の関係で立ち寄ったHOPE関連施設。そこの掲示板に貼られたシンプルな毛筆の依頼掲示に、ふと目が留まる。
《エージェントを若干名、至急募集。業務内容は従業員の研修です。子細は食堂課の岩永貴美子まで》
 ――従業員の研修に、食堂課の職員がエージェントを呼ぶとは? 話だけでも聞いてみよう、と、食堂に足が向く。煌々ときらめく照明は、営業時間が終わりに近づいていることを告げていた。

●そのガッツは評価したいんだけど
「あやふやな書き方でごめんなさい。内々に済ませたいことだったので……」
 そう言ってぺこり、と静かになっていく食堂で頭を下げるのは、《岩永》と胸元に刺繍された調理服を着込む豊満な女性だ。薄化粧と品の良い立ち居振る舞いが、柔和な雰囲気をあたりにふりまく。しかし、その表情は陰り気味だ。
「うちの食堂は外部の方も歓迎しているんですが、それがこの前、たまたま全国誌に取り上げられて」
 机の上で指を差されたその冊子には、なるほどこの食堂の概観と食欲をそそる料理が写っていた。『美人コックの作る絶品料理!』というアオリの隣にいる彼女が似合わぬ厚化粧なのは、まあそういうものなのだろう。
「それで多忙なところに、クリスマスには特別メニューが入ってくるので、今のうちに調理場の助っ人を施設内で募集したんです」
 冊子の隣にある三枚の申込書に貴美子の視線が向けられる。下は14歳から上は20歳、まだまだ幼さの残る顔立ちがそろっていた。
「普段は警備を担当してくれている子達です。みんな良い子ですし、やる気も十分なんですが、その――」
 言いよどむが、それは一瞬のこと。目を閉じて天を仰ぎ、そして彼女は感情を吐き出した。
「――面接で聞く限り、どうやって生きてきたのかわからないほど、料理がへたくそでへったくそで! 大丈夫だから、と遠回しに辞退を願いたいんですが、他に当てもないし……」
 わっ、と泣き出しそうに眉根を寄せてうなだれる。首から下げた革紐がするり、とたるみ、幻想蝶があらわになった。やがて彼女はそれを握りしめ、決然と顔を上げる。
「お願いします、同じエージェントの立場から、ビシッと娑婆に出してあげて……じゃなくって、ガツンと研修してあげてください!」
 岩永貴美子にとって、料理が下手なことは犯罪(それも刑務所行きの)に近しいらしい。

●ヘルズ研修
 休日の朝。研修に向かう3人の足取りは軽やかだ。
「頑張ろうね、ふたりとも!」
「フッ……貴美子主任のためだ、頑張る以上に頑張るさ」
「オレなんかこの日のためにコック帽買っちゃったもんねー!」
 中央玄関を通り抜け、観葉植物が居並ぶ廊下を早足に進んで食堂、その扉を開いたそのとき、貴美子の声が照度を低く抑えた食堂に響いた。
「来ましたね」
 常ならぬ厳しい声色に、思わず足がすくむ。
「あなたたちにはこれから、地獄の研修を受けてもらいます」
 地獄? 3人の間に緊張が走り、視線は揃って薄暗い食堂の奥へ投げかけられる。そこに居るのは、『試食係』と書かれたプレートのある席に着く貴美子と、見慣れぬ者達。

「――では先生がた、よろしくお願いします」

解説

●目的
 料理の腕があまりにもよろしくないバイト達が食堂の助っ人に来るのを、研修という名の調理実習で(手伝い程度には)使えるところまでなんとかする。
 ・場所は定休日の食堂、使える時間は4~5時間程度。
 ・実習で扱う品目や品数、やり方などはPCたちに一任されています。

●研修対象
 ▽施設警備のエージェント×3人
 食堂の助っ人に志願したガッツのある若手能力者たち。しかし、料理の腕は壊滅的です。
 全員共通で火加減・水加減はまったくわからず、味見という概念もまだありません。

 ・アキラちゃん(17歳・女性)
 元気で笑顔の絶えない子。料理をするだけなのに既にリンク状態で、力任せに食材を斬ったりします。

 ・カツヤさん(20歳・男性)
 キザっぽい。思いつきでお洒落な食材や調味料を入れる傾向があります。オリーブオイル持参。

 ・サトルくん(14歳・男性)
 ザ・男子中学生。レシピを見ず、記憶と憶測だけで料理を作ろうとします。

 全員味覚は正常なので、頑張れば下ごしらえや炊飯・保温はちゃんとこなせるようになります。

●依頼人
 《岩永貴美子》
 能力者で、HOPEの関連施設の食堂課勤務。柔和で豊満な女性。
 (拙作のシナリオ「誓約以上親心未満」にも直接ではありませんが登場しています)
 料理は作るのも食べるのも得意です。今回は試食と辛口批評、そして気落ちしたバイト達を励ます担当。
 また、事前にPCたちの指定した食材を調達してくれます。(大型ショッピングモールの食料品売り場にあるもの程度なら全て揃います)

リプレイ

●不調法殺即席麺地獄
 キッチンに流れる沈黙。その雰囲気に少しうろたえそうになった卸 蘿蔔(aa0405)に落ち着け、とだけ告げ、レオンハルト(aa0405hero001)が、一歩進み出た。
「とりあえず、君たちこれ作って」
 ことり、と置かれた3個のカップ麺。怪訝な顔をする生徒の3人に、彼は語った。
「カップ麺と同じように、一から作る料理にも適切な温度、水や調味料の量があるんだ」
その講釈に憮然とした表情を隠さないのはアキラだ。
「あたしたちが料理できないみたいな言いぐさじゃない」
「まあ、言っちゃ悪いけど、そういう依頼だからなー」
「大丈夫やって、お手伝いぐらいはできるようになるから~♪」
 古賀 佐助(aa2087)と虎牙 紅代(aa0216)はあくまでも和やかに進めようとしたが、料理下手はえてして自分がそうであることを認めたがらない。
「人はいつ死ぬか分からない。君達が作った料理が最後になる人もいるかもしれない。……最後の晩餐が美味しくなかったら、どんな気持ちでしょう?」
「ボクたちを見くびらないでほしいな」
坂野 上太(aa0398)も語りかけるが、効果は薄い。煌々と電灯に照らされている部屋の空気が、さらに黒く重くなった。
「……では、彼女を倒してお帰りになりますか? 手強いですよ」
 その言葉にカツヤが振り返ると、セレティア・ピグマリオン(aa1695)がオーガドライブを発動し、キッチンと客席を繋ぐ出入り口に立ちふさがっていた。
「俺の防御は今、紙だ。倒して逃げ出すことは容易だろう。俺はそれでもいい」
 言葉と裏腹に、セレティアがそこを動く気配はない――貴美子のために憎まれ役を買って出ているのだ。自ら退くつもりはなかった。
「ここから逃げても、飢餓からは、料理からは逃れられねぇ」
「……血を見たくないんで、従ってほしいっす」
 九重 陸(aa0422)も、有事の際には即座にリンクして銀の魔弾を撃つ準備をしながら、セレティアと挟み撃ちにする形で牽制する。
 3人はその状況に覚悟を決める――今ここで暴れて、この席を設けてくれた主任の優しさを、無駄にしたくはない。それぞれ、カップ麺を手に取った。

 五分後。
『いただきます』
 生徒と教師一同、そして貴美子が小皿に取り分けられたカップ麺を前に、丁寧に手を合わせた。
「ぬるっ! なんか麺に芯残ってるし!」
「沸騰しきってねえ湯を入れやがったな!?」
「……早く食べられた方がいいと思って」
 噛んで呑み込むにつれて己の過ちを悟り、うなだれるサトル。
「カップ麺でこれなら、普段の飯はどうしてんだ」
「母さんが作ってる」
「親はいつか死ぬ。一生カーチャンに世話になるわけはいかねェんだぞ!」
「親孝行したいときに親はなし。今のうちに安心させてやったほうがいいぜ?」
 サトルに現実を突きつけていくセレティアと佐助。ごめんなさい、と小さな声が、テーブルに落ちた。

「すごい。味が押し付けあって口の中で喧嘩して悪い所ばかりが強調される。噛めば噛むほど生気が奪われていく……まさに味の玉手箱だ」
 嫁の料理によってある程度耐性があるレオンハルトは、冷静にカツヤのオリーブオイル入りカップ麺を評価する。
「オリーブオイルは確かに魔法っす。けどこれは黒魔法っす」
 陸の形容に、レオンハルトは大きく頷いて同意する。
「相性ってもんがあるからな。美味しいものに美味しいものを入れたからと言って、美味しいものができるわけじゃない」
「カップ麺は元から美味しいものじゃない」
「すずちゃんちょっと黙ってて」
 年長としての意地なのか、眼前の会話に平静な表情で耳を傾けるカツヤ。だが、手はかすかに震えていた。

 取り分けたというよりは、砕けているバリバリの麺。粉末と油の混合物と化したスープ。口にして即座にアキラは音を上げ、しゃがみこんでしまった。
「……初めてだったとしても説明が容器に書いてあるだろう!?」
「いえ、規定量入れていたようですよ。こぼれていますが」
 激怒するレオンハルトを、上太が制する。彼が検分しているカップ容器の側面は、無残に割れていた。
「これは重症やね……」
 紅代も飄々とした態度を引っ込め、かぶりを振る。手伝いが出来る程度にするとは言ったが、この子に関しては少し自信をなくすのだった。

 それぞれが己の力量を思い知って撃沈している中で、貴美子が総評を言い渡す。
「この際はっきり言っておきますが、カップ麺すらこの有様では、お話になりません。……幸い、皆さんは不味いものを不味い、と感じることができます。これから、覚えていきましょう」
 厳しさと優しさを込めたその言葉に、3人の目に光が戻った。立ち上がり、三人同時に一礼する。
『よろしくお願いします、先生方!』
「そうそう、そうこなくっちゃ」
 佐助は持参したハリセンをトントンと肩に担ぎながら、へらりと笑った。
「さーて、ということでお料理教室の開始だぜ、っと」

●ところによりヘヴン
「食材押さえる時は、猫の手な。にゃーん♪ ……って、包丁を逆手に持つなー! お前たちは誰を刺すつもりなんだー!?」
「ひゃー!?」

「『弱火』は鍋底とコンロのちょうど中間の高さに炎があって、『中火』は炎の先が鍋底に当たるか当たらないか。『強火』は鍋底全体に炎が当たるっす」
「サンマ焼くときにデリシャスになるっていうアレが知りたいな」 
「アレはまだダメっす!」

 佐助のハリセンツッコミを交えた包丁講座に、陸の料理用語講座。そうした基礎を教える時間も終わり、いよいよ本番の実習が始まった。
「さて、楽しい料理のお時間や! 気張っていこな~♪」
 紅代がメルヘンな装飾の冊子を三人に配る。そこに書かれた5品は、皆が案を出し合い、上太とセレティアが一冊にまとめた、初心者のためのコース料理である。

 前菜:カルパッチョ
 スープ:ポトフ
 メイン:九重流かんたんミートローフ
 主食:パエリア
 デザート:ホットケーキ

「九重……流!?」
 サトルが目を輝かせる。ナントカ流だとかナンタラ家とか、そういうニュアンスには弱いらしい。
「そう、俺の特製。でも、お前にはまだ早いな」
「えー」
「今は食べるだけで我慢やでー」
 陸の言葉に不満げなサトルの口へ、紅代はセレティアが事前に作ってきていた見本のミートローフを運ぶ。その味に、サトルは急いでアキラとカツヤが舌鼓を打つ味見用の皿に向かっていった。地獄に仏、の仏成分を味わい、また地獄に向かうために。

●ヘルズ研修
 メインであるミートローフと、コースで最初に目にする前菜のカルパッチョ。花形と呼べる二品を任されたカツヤの鼻息は荒い。
「任されたからには、ナウなヤングにバカウケなものを作ろうじゃないか!」
「……僕ですら言いませんよ、ナウなヤング……」
 上太のツッコミをよそに、ミートローフの準備が進んでいった。パン粉と牛乳を混ぜておき、フードプロセッサーで玉葱を刻む。ミックスベジタブルと挽き肉を用意して、あとは最大の課題である、混合と調味が控えていた。
「無闇にアレンジする事ばかりが料理上手じゃないっす」
 カツヤが香辛料の棚を見つめるのを見て取り、陸は静かに首を横に振ってみせた。
「例えばプリンを作ろうとして、砂糖がないから塩を入れたり、乳製品には脂肪が多いから水で作ってみたとするっす。それはもう、プリンとは呼ばない。れっきとした茶碗蒸しっすよ」
「それならまだいい方ですね。砂糖入りの茶碗蒸しだったり、水入りプリンになるかもしれません」
 上太が補足を入れる。想像したのだろう、カツヤがう、と息を詰めた。
「プリンにはプリンの作り方、茶碗蒸しには茶碗蒸しの作り方がある。それがレシピっす」
「……わかった。甘い茶碗蒸しは嫌だからね」
 レシピ通りに計られた塩胡椒とナツメグを混ぜてタネを仕上げ、型に入れて焼き上げる間にカルパッチョを作っていく。比較的スムーズに包丁を使い、レシピ通りにソースを仕上げたカツヤに上太が笑顔を見せて、皿の積まれた棚へ向かった。
「いい感じです。では特別に、盛り付けだけで魅せる方法を、伝授いたしましょう」
 そう言って、持ってきた大き目の皿の中央にカルパッチョを小盛りにする。白い皿と赤い肉の対比が鮮やかだ。
「ほら、この通り。他にもテクニックはありますが、少しの手間で家庭料理とは断然変わります」
 そこで上太は、カツヤを見据える。
「……どんなにカッコいい装飾品があっても、身につける人が『カッコ良く』ないと意味がない。オイルやトッピングに頼らず。君自身のセンスを信じろ」
 敬語の混じらないその真剣さに、カツヤも真剣な面持ちでうなずいた。そこに陸が声をかける。
「焼き上がったっす。味見どうぞ」
 茹で卵が中央に鮮やかな、ミートローフの薄い一切れ。それを頬張ったカツヤの顔がにやけるのを見て、陸もつられてにやけた。
「ほら、ちゃーんとレシピを守ればこんなに旨いのが出来るっすよ?」

「ぱえりあ?」
 サトルは首をかしげている。パエリアがなんなのか見当も付かないようだ。
「ざっくり言うとスペインの炊き込みご飯だな」
「……わかった、まずはご飯を炊く!」
 軽微だが重大な勘違いに、レオンハルトが軽くサトルの肩を叩く。弟のように甘やかしたいが、そこはぐっとこらえて厳しく指示を出した。
「想像だけで適当に進めるんじゃない。まずレシピを読むんだ!」
 こくりとサトルは頷き、ボードに貼られたレシピをめくった。
「へー、鍋で生のお米を煮るんだ」
「ご飯から茹でるとおじやになるからな。それに、水加減も大事だ」
 見守られながら、サトルがレシピを読み上げながら進める。
「たまねぎとニンニクを炒めたら?」
「米を研がずに炒めて、そこに作ったスープ!」
 ふつふつと煮えるフライパンから、香ばしい香りが漂った。
「うんうん、火加減もいい感じ。若いと飲み込みも早くて良いな」
 レオンハルトの顔は笑みを通り越して少々締まりがなくなっている。少し離れて見守る蘿蔔が、くすりと笑った。
 パエリアが仕上がれば、次はホットケーキだ。紅代がボウルに計量済みの材料を入れながら、泡立て器をサトルに持たせる。
「卵と牛乳を合わせた粉を、こんな感じでダマがなくなるまでよう混ぜるんや、ほらやってみ」
「こう?」
「そうそうそう! 出来たら教えてな、ダマ残ってないか見るさかい」
 生地を作り、フライパンを火にかけ、油を少し落として伸ばし、生地を流す。しゅうう、と柔らかな音。軽く監視をしながらその一連の流れを楽しんでいた紅代の目に、危機が映った。
「せーの」
「待った!」
 ひっくり返すタイミングが早すぎる。レシピを確認して書いてあるとおりに、と改めて厳命し、サトルが手にするフライ返しを押しとどめた。
「小さい泡が出てから、くるっと返す。でないと崩れるし生焼けになるで」
「は、はい!」
「……それ、今や!」
 かけ声に合わせてくるりと顔を見せたきつね色の焼き面。それを見て紅代は顔をほころばせる。
「さて、こっちの作業が終わったら、他の応援がてら洗い物いくで!」

 アキラの担当であるポトフは、もっとも難航していた。
 切って、煮て、味を調える。基本的にはそれだけなのだが、重要なのは煮え具合を均等にするため、食材ごとに切り方を変えることだ。――だが、その『切る』がうまくいかず、ハリセンの音が鳴り止まない。
「いったーい! なんで!?」
「切るのにそんな力必要だったら、全世界の主婦の皆さんは何者だよ!? って話だろ? とりあえず、それ解こうぜ?」
「解かねぇとレシピ破りとみなしてヘヴィアタックをブチ込むぞ。カップ麺でもやらかしたろうが」
 佐助の説得とセレティアの威嚇に、しぶしぶアキラがリンクを解除した。いまひとつ納得のいっていない顔をしつつ、胸元の幻想蝶を見つめている。
「てめぇの英雄、そこにいるのか?」
 セレティアの問いにアキラが頷くと、デンジャラスな美女の顔が、すっと位置を低くした。
「なんで協力してんだてめぇ」
 呼びかけられたアキラの英雄は、ぼそぼそと幻想蝶越しに、片言で語る。
「……いいか、とりあえず今日は出てくんな」
 会話を終えたセレティアが、アキラを見上げる。美しい顔に真顔で見つめられる居心地の悪さに目を背けたくなるが、その前に口が動いた。
「いいかアキラ、キッチンは戦場だってのは物の例えだ。マジでドンパチやるわけじゃねえぞ」
「え?」
 そうしてリンクは不要であると理解させた後も、やはり包丁使いに檄が飛ぶ。
「人参は一口サイズつったろ! スクワット20回と手洗い!」
「じゃがいもと同じ大きさだからいいでしょー!?」
 文句を言いながらスクワットをするアキラに、佐助がちっちっち、と指を振る。
「それだとじゃがいもが美味しくなる頃、人参はまだ煮えてないんだぜ? で、人参が美味しくなる頃には他がドロドロ。食えるけど微妙だ」
 言いながら、佐助はそっとアキラの後ろに回って、包丁を握りしめるその手に手を重ねる。力んで緊張した筋肉をほぐすかのようなふんわりとした動きを取らせながら、食材を正しく切っていった。
「刃を入れて、上から力込めてスライドさせる。……ほら、あんま力いらねぇだろ?」
「……わー、こんなにスタスタ切れるものなんだ」
「うん。猫の手を忘れずにな」
 徐々に、アキラの体から余分な力が抜ける。切り終われば、あとは味付けと煮込みだ。セレティアのレシピ音読ブートキャンプが続く。
「コンソメは」
「水4カップに固形を2つ」
「語尾にサーを付けろっ! 声がちいせぇぞ! 塩胡椒は!?」
「スープを味見して調整する、サー!」
「味見は何より大事だ! 忘れんなよ!」

 そうして繰り広げられる実習を、貴美子と蘿蔔が見守っていた。面識はなくとも見知った顔に、蘿蔔は声をかける。
「貴美子さん、えと、あの……以前うちの英雄に、居酒屋へ連れていかれて……そこで、あなたのお写真を拝見したんですが」
「……ああ! その節はありがとうございました!」
 そう笑う貴美子を見て、蘿蔔の緊張もほぐれた。
「英雄さんのお料理、美味しかったんです。お二人とも上手なんて、すごいなあって」
「ふふ、ありがとうございます。似た者同士だから出会ったのかもしれませんね」
 そうした会話がどれぐらい続いただろうか。5品が揃い、運ばれてきた。貴美子はそっと手を合わせ、一口味わう。
 二口目。
 三口目。
「……おいしいです!」
 その満面の笑みに、キッチンに快哉が響いた。やったやったと浮かれ気分の生徒たちが小躍りする。
「よかったなー! そしたら今日は貰ったレシピ読みながら、さっきの通りに作る練習するんやで。宿題やで♪」
 紅代が釘を刺した。嬉しいのは分かるが、これからが肝心である。レシピの読み癖をつけさせなれば、すぐに元の木阿弥だ。
「……仕事ぶりは後で貴美子さんに聞くから、もし出来てへんかったら……な♪」
 刺した釘をハンマーで打ち込むかのように、包丁片手に極寒スマイルで振りまかれる殺気。リンクによってよりまざまざと迫ってくるそれに、三人は青ざめながら首を縦に振るのだった。

●夢のレシピ
 後日、昼のピークを迎えた食堂。
 様子を見にやってきた一同は注文を済ませた後、こっそりと調理場の奥へ目を向ける。
「鶏肉の下味、漬け終わりましたっ!」
「次のごはん、炊き始めたよー!」
「サラダ用の野菜、仕上がってます!」
 三人とも、大きな失敗はせずにしっかりと手伝いをこなせているようだ。一挙一動を密かに注視していると、やけに鮮明に、その摩訶不思議な単語が聞こえた。
「……九重流調理術奥義・ミートローフ、おいしかったなあ」
 サトルの口からこぼれたそれに、陸は思わず椅子から転げ落ちそうになる。アキラとカツヤが同意しているらしき声がしたので、どうやら三人の間で《夢のオリジナルレシピと調理術》ということになっているらしかった。
「……なんだかなあ……」
 自分のあずかり知らぬところで妙な流派の開祖になっていたことに、苦笑いを隠せない。けれど、不思議と悪い気分ではないのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422

重体一覧

参加者

  • ヘルズ調理教官
    虎牙 紅代aa0216
    機械|20才|女性|攻撃



  • 繋ぎし者
    坂野 上太aa0398
    人間|38才|男性|攻撃



  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避



  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃



  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避



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