本部

騙る者

真名木風由

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/30 16:31

掲示板

オープニング

●途絶える前に
 彼は、殆ど無意識の内に携帯電話へ手を伸ばしていた。
 響く声は、彼がまだ少年の頃、何気なく言ってしまった自分の言葉で深く傷ついた所を愚神に付け入られ、多くの人を殺し、最終的に死んでしまった幼馴染の少女。
『私など忘れてたのでしょう?』
 違う。
『沢山血が出たわね。痛かったわ。怖かったわ。でも、あなたは私のことを憶えていない』
 違う。
 そんなつもりで言った訳じゃない。
 忘れたことなんてなかった。
『ねぇ、私が死んで嬉しかった? それとも、楽しかった? ああ、でも、忘れているから、私がいたことも憶えてないわよね? 私はあなたを忘れたことなんてないのに』
 違う違う違う違う。
 あいつは、そんなこと言わない。
 嬉しくもない、忘れてないなら、泣いた俺を知っている筈だ。
 何もしてくれなかったH.O.P.E.に属していない今を見れば、どれだけ悔いているか解ってる筈だ。
「誰だ、お前は誰だ……」
『ほうら、やっぱり忘れてる』
 彼の目の前に、幼馴染の姿などない。
 ただ、声が響くだけ。
 目に映るのは、突如喚き出し、そして、壊れていった自分の仲間達。
 自分と同じように声が響いているのだろう(彼女の声は他の仲間に聞こえてなどいないようだから)、その声に抗う仲間へ、突如自分達のアジトへ少年とやってきた初老の男性が同調の言葉を投げかけ、壊していった。
(奴らは、愚神だ……)
 自分達はH.O.P.E.に属さず、俗に言うヴィランと呼ばれている。
 縄張りとしている都市で数日後に開催される、ツアーが組まれる程大規模かつ人気の祭りの収益を上納金として寄越せと都市側に要求しており、その好い返答を貰えるよう向かう支度の最中に彼らは現れた。
 見た目は人間だが、初老の男性の周囲には光の球体が回っており、ただの人間ではないと判断、自分達は愚神と契約している訳でもない為危険を感じて応戦しようとしたその時、仲間達は次々とその術中に陥っていった。
 過去を揺さぶられ心を壊し、或いは揺さぶられて隙だらけの所を弄ばれている。
(もう、聞こえない……)
 共鳴している英雄には、別の声が響いていたのだろう。
 元の世界の詳細を憶えていない英雄にどのような声が響いていたのか判らないが、暫くその内で絶望し拒んでいたが、その声ももう響かない。
「皆英雄と契約してたみたいだね。でも、こちら側にも来ない、来れない中途半端な連中のライヴスは実に美味しいね。いいクズの味がする」
 少年が喉を鳴らして笑い、焦点定まらぬ男の腹を蹴る。
 その男は、H.O.P.E.のエージェントの作戦失敗により自分の身代わりで母親が愚神に殺された過去を持っている……壊れたように母親の名を繰り返す彼はもう、戻って来れない。
「役立たずなりに活用法はあるということでございますな」
 初老の男性が見下ろすその女は、従魔の襲撃で恋人が死んだ、H.O.P.E.へ通報したが間に合わず、庇う恋人が冷たくなっていく過程を知っている。
 あいつも、そいつも……皆、傷があり、だから俺達は奪われない為に結束した。
 H.O.P.E.が、俺達の何を救った? そう思ったから。
 けれど、奴らはその傷を暴き、壊している。
(せめて……)
 彼は携帯電話の番号を押した。
 他の仲間が壊れていく様、死ぬ様を見ながら、繋がったそこへ彼は言う。
「愚神に強襲されている。場所は……」
 少女の声が止まらない。
 電話での会話に気づいた少年が腕を振るう。
 放たれた重力波が打ち据え、意識が遠退く。
 けれど、少女は尚も自分へ詰り、この身が傷つく様に声を弾ませる。
(許してくれなかったけど、何度でも謝るから、だから……)
 自分の涙が頬を伝う感触を感じながら、彼は意識を遠退かせる。
 最後まで、許されない声を聞きながら。

●事態急変
 『あなた』達は、資料を捲っていた。
 H.O.P.E.への協力者、回憶旅行社より事件の可能性の通報を受け、H.O.P.E.が『あなた』達を招集したのだ。
 中国上海に本社を持つ回憶旅行社は主に中国と国交上問題のない陸続きのアジア各国に強い旅行会社で、エージェント達の休暇に関連する情報は勿論、顧客の安全の為の情報収集にも積極的である為、その観点から事件の可能性の通報や現地治安情報の提供も行ってくれている。
 今回もタイで開催され、ツアーも組まれる程有名な祭りに際し、特に有名な都市へヴィランズが上納金を要求している動きを掴んで情報提供を行ってきた。
 一応の参考資料として添付されている、去年の祭りの様子は夜空に灯籠のような熱気球が無数に浮かんでおり、川の水面に映る様が幻想的で、大勢の観光客が映っている……確かに祭りの関連で都市側が潤うだろうと思う。ヴィランズがその収益に目をつけることも理解出来る。
 資料には、そこまで大規模のヴィランズではないが、実力はそこそこあると思われること、都市側に嫌がらせ行為を行って精神的にも揺さぶっていることなどが記されている。
 このヴィランズ達が強硬手段に出る前に判明したアジトへ向かい、制圧、逮捕しなければと思いながら職員の説明を聞いていたその時だ、1人の職員が慌しく部屋へ飛び込んできた。
 その職員が『あなた』達へ説明を行っていた職員へ何事か耳打ちすると、職員の顔色が変わった。
 一体何が?
 『あなた』達がそう思っていると、職員が「事態が変わりました」と前置きしてこう言った。
「該当のヴィランズより複数の愚神よりアジトが強襲されていると通報を受けました。愚神と契約している能力者ではないようです。ヴィランズの構成員を保護、愚神を退けてください」
 『あなた』達は、急変した事態に息を呑んだ。

 『あなた』達はまだ、ヴィランズ達に何が起こったのか判らない。
 途中で会話が途切れた為にそれらを聞くことは出来なかったらしいから。
 故に、『あなた』が抱えるその傷を暴いて揺さぶり、壊し、彼ら側へ引き込もうとするそのやり方を知る由もない。

 騙る者からの言葉……絶望に絶叫しろと哂う彼らの被害を食い止めよ。

解説

●目的
・ヴィランズ構成員の保護
・被害拡大阻止

●状況整理
・ツアーも組まれる程の祭りの上納金を要求するヴィランズの情報があり、招集されていた。
・説明を受けている最中に該当のヴィランズより複数の愚神から強襲されていると通報が入り、ヴィランズ保護及び被害拡大阻止任務へ移行した。

●戦闘場所、時間帯
・都市郊外にある古い民家(アジト)前、昼過ぎ

愚神達がアジトより出てきた所で遭遇します。
周囲に影響を及ぼすものはなく、戦闘上の制約はありません。
木や茂みもありますが、密集していない為読まれ易く、アジトから出てきた所で遭遇する為事前に身を隠すことは出来ません。

●敵情報(PL情報)
・ケントゥリオ級愚神メナラノ
スーツ姿の少年型愚神。
物理攻撃は弱いが、魔法攻撃に優れる。物理・魔法防御力高め、移動・回避はそこまで高くはない。
能力は、範囲13に真空波を放つ攻撃魔法、直線5に重力波を放つ攻撃魔法、単体を追尾し、3ラウンド攻撃する魔法(射程20、愚神から50m以上離れなければ効果終了にならない)

・デクリオ級愚神スーン
スーツ姿の初老の男性型愚神。
メナラノ配下の愚神で戦闘力は高くないが、目視した相手の過去を視る能力を持つ。
そこより、『精神的な揺さぶり』をかけるのが得意。

・ミーレス級従魔サティティx参加者(+英雄)の数
スーンの周囲を回る光の球体。
が、スーンが視た過去から『過去に傷つけてしまった・死なせてしまった等後悔を抱く相手』と同一の声で詰る能力を持っている(その詰る声は本人にしか聞こえない)

●注意・補足事項
・「●途絶える前に」はPL情報です。取り扱いにご注意ください。
・数日後に控えた祭りの上納金を要求するようなヴィランズですが、愚神と契約しておらず、強襲通報より酌量の余地ありとして、保護の指示です。彼らの生死は不明、生きている者も全員壊れていると思われますが、危害を加えることなく被害者として保護してください。

リプレイ

●急行
「どこで遭遇するか分かりませんから、共鳴しておいた方がいいと思いますが」
「悪イヒト達モマトメて吹キ飛ばセレば楽なノニネェ」
 佐倉 樹(aa0340)が提案し周囲を見回すと、シルミルテ(aa0340hero001)が面倒そうに肩を竦める。
 H.O.P.E.の指示である為面倒だと樹も同意するが、シルミルテはツッコミが欲しかったらしい。樹は『普通』に合わせた次長を行う箇所かとそれ以上の発言はしなかった。
「自分も共鳴状態での接近に賛成します。いつどこで愚神に遭遇するか分からない以上、先に気づいた相手がこちらを奇襲する可能性はありえます」
 ぱっと見ヴィランズとの戦いは面倒そうに見える鋼野 明斗(aa0553)は、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)が『シャンとする!』というスケッチブックを見せるまでもなく、戦いへ意識が向いている。
 明斗の言う通り、通報を受けてから現地のアジトへ到着するまでの間、愚神が親切にその場で待っていると誰が断言出来るだろう。
「対面しないのが理想だが」
「対面するなよ、絶対」
 蛇塚 悠理(aa1708)へ蛇塚 連理(aa1708hero001)が嫌な予感がすると注意を促す。
 が、どこに愚神がいるのか分からない状態では遭遇するなと言われて出来るようなものではない。愚神もエージェントの都合や希望的観測通りに動いてくれる程優しくはない。
「僕らで保護するしかないからね」
「上の意見に左右されるしかないのが宮仕えの悲しい所だな」
 悠理達同様、ヴィランズの保護を優先として動く九字原 昂(aa0919)にベルフ(aa0919hero001)が応じ、彼らは共鳴。
 どのような状況で遭遇するかは不明だが、愚神対応を優先とするエージェント達に気を取られている間にヴィランズの保護を行えるのが理想だ。
「観光で来たかったよな」
「主様、それは言っても詮無きこと」
 秋月 九蔵(aa1792)としては、そのような祭りならいっそ祭りまで滞在し、楽しみたかったが、遊びで来ておらず、彼も対応するヴィランズ保護を完了したら、帰還指示が出されている。
 心情としては分かるが、指示は無視出来ない為、幻刀斎(aa1792hero001)が宥め、九蔵は「分かってる」と応じてから共鳴した。
(藪を突付いてどのような蛇が出るか)
 喉を鳴らすダグラス=R=ハワード(aa0757)は、既に紅焔寺 静希(aa0757hero001)と共鳴している。
 愚神とやらが自分の欲を満たせるに足りうる存在かどうか。
 それ以外に対しては、興味は抱かないし、抱く価値を感じない。
 キュベレー(aa0526hero001)も言峰 estrela(aa0526)以外の者は心を許しておらず、そうした意味ではダグラスに近い部分はあるだろう。
「もうすぐアジトだから、注意しないとね」
(『愚神……』)
 自分が何故英雄側なのか理解しかねるキュベレーは、estrelaの呟きとは別に内で呟いている。
(『安否は不明だが、人命が懸かっている。油断はしてはいけないが、同時に無茶をして自分の身を危険に晒すようなことがないように』)
「……分かってる」
 共鳴したレオンハルト(aa0405hero001)へそう言うと、卸 蘿蔔(aa0405)が小さく呟いた。
 やがて、アジトが見えてくる。
 情報通り、古い、民家……密集していない木々や茂みは潜伏場所としては不向きと思いながら、愚神の奇襲を警戒してエージェント達は接近していく。
 距離にして、30m……裏手へ回るにしても接近する必要があり、愚神との遭遇の危険性が高まったその時だ。
 正面のドアが開いた。
「お出迎えのエージェントがいる」
「そのようでございますな」
 現れたのは、少年と初老の男性。
 初老の男性の周囲には光の球体が回っており、人間ではないと察するには十分だ。
「よぉ、爺さんと孫でいい格好して…これから葬式にでも行くのかい」
(『……主様よ、バカな話はせずにさっさと……』)
 幻刀斎の諌めが響くも九蔵は内部制圧を想定した警戒そのままを彼らへ言い放つ。
「葬儀には出るかもね」
「そちらが許せばの話ですがな」
 彼らは暗にエージェント達の葬儀出席の服と九蔵の言葉を揶揄した。
(『チッ、回避手段がない』)
 戦闘の予兆を感じ、連理が舌を打つ。
 対面は、避けたかった。
 だが、『愚神との遭遇のタイミング』をこちらは知らず、『アジトに入るには接近しなければ不可能』の状況で、『接近したその瞬間に相手が出てくれば』避けようもない。『出て来た所で遭遇』という最悪のタイミングは、古い民家でしかないアジトの裏手へ回る等の行動が取れない。
 愚神はエージェントの希望に合わせて動く存在ではない……分かってはいるが。
「では、参りましょう」
 その言葉と同時に、彼らは戦闘を仕掛けるエージェント達へ『仕掛けてきた』。

●異変
(邪魔なのは爺と餓鬼か、仕掛けるなら爺だな)
 即断即決で初老の老人型の愚神へ目標を定めたダグラスが接近するより早く、その声は直接脳内に響いた。
 怨嗟の声。
 今まで自分がのし上がる為に邪魔と排除した総てである。
 誰がどのような仕組みで行っているか分からないが、ダグラスは喉を鳴らす。
「俺の糧となったことを誇りに思え」
 くだらない。
 この程度で揺さぶるつもりかと向かう瞬間……ダグラスは、背後からそれを食らった。
「きゅうべー!? ダメっ」
 estrelaが声を上げることが出来ている所を見ると、邪英化ではない、が……共鳴したキュベレーが主導権を取り、estrelaの制止を聞いていない状態ということは分かる。
「『まだ殺し尽くしていなかったか』」
 それが、キュベレーの言葉であることは理解出来る。
 何を指しているかダグラスには分かりかねたが、邪魔をするなら潰すだけである。
「怨むなら己の不甲斐なさを怨め、遠慮なく潰す」
 近くにいた為に殺すつもりで攻撃してくる彼女をどうにかしなければ、愚神に到達出来ない。
 一応クリアレイを試そうとし──ダグラスは異常に気づいた。
 先程の背後からのあれは、縫止……封印状態になっている、クリアレイは使用出来ない!
「フッ、俺を殺すのか」
 ダグラスは殺すつもりで対応に入る。

「わたし、……死ねば、良かった、の?」
 蘿蔔の声が震えている。
 愚神に殺された母親の声が響き渡っているのだ。
『あなたがいなかったら、私は幸せだったわ。あなたは、母親は自分にそうして当然と思っていたみたいだけれどね』
「そん、な……」
『ずっと傍にいて、苦しいのを何とかして当然。だって私は病気で苦しくて可哀想な子なんだもの……母親という無償の存在が何とかして当然、生まれてこなければ良かったと聞いて試したい、生きてる価値、あったの?』
「ママ……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
「お母上はあなたに苦しめられる為に生まれた方だったんですね」
 初老の男性愚神が母親を哀れむように声をかける。
 レオンハルトにも聞こえていないその声に、自分は気づいて、母親を労わっているとでも言うかのように。
 泣きながら謝っても、『謝ったら許してくれて当然と思ってるものね。寧ろ謝って許さなかったら母親ではないということかしら』とあの日の声のまま母親は歌うようにそう言う。
 詰る言葉でありながら、その声の色はあの日と同じであるからこそ、平静ではいられない。
「やだ……いやだよ……助けてよ……レオン」
 だが、レオンハルトの反応はない。
 いや、一拍遅れてあった。
(『ごめん……無理。俺……酷いヤツかもしれない』)
 レオンハルトにも彼女と違う声が響いている。
 けれど、レオンハルトの心に響いていない。
 泣きそうな彼の声に蘿蔔が冷静を取り戻そうとした瞬間。
『代用の人がすぐ見つかって良かったわね。あなたは何も出来ない子だもの。『して貰って当然』のあなたは、そうして誰かに『して貰って』しか生きてられない……そうして、私はあなたの為だけに生きなければならなかったもの。あなたはそれが当然のことと思っていた、だってあなたは自分のことが大好きで『して貰う』ことを当然と信じているから』
 蘿蔔の唇がわななく。
『忘れられてしまうあなたは、愛されることを試すことで自分を思い出して貰い、何かして貰わないと生きていけない可哀想な子……残したことに後悔するわ』
 一緒に殺されれば良かったのに。
 甘い詰りは取り戻しかけた冷静から身動き出来ないレベルの自失まで突き落とした。

 声は樹にも聞こえている。
 攻撃射程を維持するように陣取っていたが、ダグラスが突出、次いで暴走状態となっているestrelaが彼を攻撃して交戦状態になった為、範囲攻撃のゴーストウィンド、ブルームフレアを使えば彼らを巻き込む。
『『普通』は楽しい? でも、あなたは『普通』ではない。だから、あなたには価値がなかった。盾位しか価値がなかったのに、逆に屍の上で『1人で何でも出来る』あなたは『普通』?』
『『異常』を自覚していながら、『1人で何でも出来ることを1人で証明したい』……そうすれば、『救われる』からね。化け物のような娘、盾になっていれば良かったものを』
『『生むんじゃなかった』』
 響く声は、両親のもの。
 あの時自分を盾にして生き延びようとした……。
 けれど、自分が生き残り、彼らは死んだ。
「誰か分からないけど……」
 樹の口元が歪んだ。
「少しでも『後悔』を晴らせるかもしれない」
 そう、この声を『壊す』ことで。
(『行クの?』)
 シルミルテの声が響く。
「仮初でも逝かせてあげられるでしょ」
(『なラ……ワタシも生キる欲望ニ忠実に』)
 森の魔女から、『愛されていると思ったら大きな間違い、最悪たる災厄の価値しかない、この世界を見捨てた』と聞こえていたシルミルテ、けれど傷つけられた過去がない為にそれは傷となりえない。
「でも、正直、ちょっと邪魔だよね」
 ぱっと見、従魔に見える光の球体の数が多く、数を減らしたいと思うものの、射程範囲にはエージェントが入ってしまっている。
 だが、射程範囲は……そう思った直後、樹の腹部を光が貫いた。
「何もしないとは言ってないよね?」
 少年愚神がにっこり笑う。
 光を回避しようと動くが、光は追尾し、樹を攻撃してきた。
「面倒……」
 樹は光から逃れるべく動く。

 明斗はその瞬間まで、被害者の声にも動揺せず、何とか愚神を押さえ込むべく動こうとしていた。
「わざわざ聞かせていただかなくても、忘れてなどいません。許して欲しいとも思ってません。全ては自分の未熟故、いつか地獄へ行くのを待っててください」
 ドロシーも明斗の声で彼に起こる異常を察し、彼へ珍しく声という形にしてこう言っている。
(『その時はドロシーも共に行こう。我らは常に死と共にある』)
『悪いと思っていないもの、あなたは許して欲しいと思うことはないわね。あなたにとって、犠牲者はただの数字でしかない。数字に申し訳ないことをしたと思うことはないし、数字で切り捨てられるものが騒いだ所で大したものでもない。捨てるゴミが文句を言って気にしないのと同じように。ゴミなら覚える必要ないし、覚えなければ忘れることもない』
『地獄へ行く自分に酔いたいのよね、お疲れ様。犠牲あっても尚目的に突き進んでかっこいいわね。数字の計算も大変そう』
『おにいちゃん、わたし、おにいちゃんの中で何人目?』
『バカ、知ってる訳ないだろ、おれたちは数字なんだから』
『そっかー』
 敵の攻撃、ただそれだけ。
 だが、犠牲がただの数字の計算にしか過ぎないという言葉は、生きて帰る為の算段を整える明斗にとって、目を背けてはいけない箇所を遠慮なく指摘している。
 自分が地獄に落ちたとしても、彼らが蘇る訳ではなく、単純に数字の話をしただけと彼らは言うだろう。
 数字に、人の情はない。
「そうした意味では、感謝でしょうかね」
 けれど、今、そういう状況ではないことは理解している。
「支援するのは愚神1体だけだとしても、攻撃そのものはあの光の球体、従魔が行えば……効率がいい、ということですね」
 呟いた明斗はまず少年愚神を狙えば、と向かおうとし、追尾する光に撃たれる。
 まだ、樹にも光が追尾している所を見ると、一定時間追尾する光が攻撃する魔法ということか。
 追尾魔法に気づいたダグラスがestrelaを振り切ろうとした直後。
 少年愚神から真空波が周囲に放たれ、ダグラスを攻撃していたestrela、対応していたダグラスの他、迂回してアジトへ侵入を試みた昂が巻き込まれた。
「足並み悪いですな」
 蘿蔔への揺さぶりをしていた初老の男性愚神が丁寧ながらも馬鹿にした態度で微笑んだ。

●打破
 何かが耳元で喚いている。
 estrelaから主導権を奪っているキュベレーはそれを鬱陶しいと思った。
 時折この身体を奪って、「ダメ! 落ち着いて!」と『そいつ』は叫ぶ。
『覚えていたのか。忘れていると思ったが』
 優しい響きの声。
 私と違い、優しく慈愛に満ち溢れた、皆から好かれた男。
 私は、無骨で無口なあの大柄な男を愛していた。
『愛してると言えば、虐殺も許される。良き免罪符。戦いはまだ終わっていない』
 ああ、そうだ、終わっていない。
 殺さなくてはいけないのに、時折声を上げる『こいつ』も、毒刃の毒も解毒し、傷も癒す目の前の敵も鬱陶しい。
「……どいつもこいつも敵だ。救いなど必要ない……全て殺せば、何もかも終わるから……」
『それでこそ黒騎士、裏切りの英雄。その道の先にも後にも屍しかない』
 響く声に応じるかのように、彼女は力を振るう。
(何も届かない。私はどうしたらいいの? こんなことあの資料になかった。教わらなかった。どうすればいいの? 私は分からない知らない……誰に聞けばいいの?)
 声が届かないキュベレーを止める術を知らないestrelaの心もまた磨耗していく。

『能力者なんだ。黙ってたなんて人が悪い』
 殺されそうな自分を庇った、悠理の弟。
 能力者だった弟は最終的に邪英化し、死んでしまった。
(『おい、どうした?』)
 この声は誰。
 弟の声が2つ?
 違う、弟はどっちだろう。
『生きてると思い込まないと生きてられない。なかったことにしたい……自分が大好きで仕方ない』
「違う……連理は、生き、て……」
『死んだよ。蛇塚悠理、兄を庇って戦って』
(『耳を貸すな!』)
 連理が叫ぶもどっちが正しいのか分からない。
「連理は、誰……どこに……」
(『落ち着け、オレは蛇塚連理じゃない!』)
 共鳴を解除してそう言うのが早いのは知っている。
 が、今この状態で共鳴解除した場合、悠理の命が危ない。
 estrelaは邪英化こそしていないが、主導権を握るキュベレーが自失し、暴走状態、そのキュベレーを殺すつもりで対応しているダグラスだけでなく、少年愚神が積極的に魔法攻撃に転じており、明斗がケアレイを使い果たした状態……2種の範囲魔法と追尾魔法はエージェント達に一気呵成の攻撃を許しておらず、現在立っている場所的にも危険過ぎるのだ。
 その窮地を意外な者が救った。
「中にいるみたいです。行きましょう」
 昂が悠理の肩を叩いていた。
 焦点定まらない様子であるが、estrelaの状況とは異なると判断したベルフがアジト内部へ共に行かせることで火力が高い樹が自由に動いて対処出来るようにした方が最終的な被害が少ないと助言したからだ。
 そもそも最初の基本方針は、愚神と遭遇した場合先方への対応と救助対応に分かれること。
 相手の注意が味方に向いている間に、アジトへ侵入、状況確認、彼らを保護する動きをするものだ。
 侵入も無理なら固執しない方針もあったが、今は戦闘回避してアジトへ侵入した方がいい。
 敵の数を減らすことも重要だが、自失している仲間が他の仲間を阻害しているなら、その要素を取り除く動きも必要である。
(聞こえない訳じゃない)
 促す昂にも助言しているベルフにも声は響いている。
 だが、声の揺さぶり以上に連携の甘さを衝かれた形で味方の被害が大きいことを考えれば、軋む心よりも優先することがあると悠理と追いついてきた九蔵を促し、裏手へ回ろうとし……。
「あ……」
 声が、止んだ。
「目視が条件だろうな」
 九蔵が息を吐く。
 敵から見えなくなった途端に止んだなら、敵の攻撃と見て間違いない。
 同時に複数に効果を発揮していたことを考えれば、光の球体が愚神から受け取った情報で声を再現した……そうすれば、一度に行うことが出来る。
 それは魔法攻撃をしている少年愚神ではなく、言葉でも揺さぶりをかけていた初老の男性愚神と考えた方がいいだろう。
「助かった」
 九蔵が昂へ声をかける。
 彼が響いていた声は、傭兵仲間のもの。
 彼らは死への恐怖、生き残った自分への妬みだけでなく、生き残る為に取った自分の行動で命を落とした事実と安心しただろうという心理の指摘を行ってきたのだ。

「うる、せぇな……黙れ! お、お前、ら……金の為に、戦ってし、死んだくせにガ、ガ、ガタガタ…ぬかすんじゃ、ねぇ!」
『流石跡取り、住む世界が違うからこその捨て石認識。いやはや、恐れ入る』
「……ちき、しょう」
 狂乱し、幻刀斎の制止も聞かず自傷しようとした寸前で、昂が救援任務を思い出せる形で声を掛けたことで共に裏手へ回れた。
 あれがなかったら、今も平静ではなかったかもしれない。

(『主様が落ち着いて良かった……』)
「幻刀斎は?」
(『毛皮の話をされた。人になって使えないって』)
「そうか」
 だが、思ったより影響が軽微であると九蔵は安堵し、昂に続く。
「連理は……」
(『今は保護を考えろ』)
 声が途絶えて、落ち着いた悠理へ連理が促し、中へ入る。
 そして、そこに悪夢を見た。

●終焉
 攻撃は苛烈に続いている。
 特にダグラスは自分の思う通りの戦闘が出来ないでいた。
 estrelaの身体を使うキュベレーの攻撃への対応で愚神へ回せないのだ。
 邪英化している訳ではなく、ただの暴走状態であるが、状態異常である縫止、毒刃を優先的に使い、ジェミニストライクでの攻撃も行う為、結果としてクリアレイでの対処の間にケアレイが必要になり、傷が癒えたと思ったら縫止で封じられる為突破が面倒であった。物理的な攻撃力がダグラスより勝る為、侮れる相手ではなく、全力の対応も必要だ。
 小手先とダグラスが鼻先で笑おうとも、彼だけが任務に携わっている訳ではなく、それが有効なエージェントが複数いるなら、十分に使えるのだ。
 即断して突出した為に背後から縫止を食らった為に初手が良くなかったのも今の状態を招いている。
「すみませんが、我慢してください」
 樹の声と共に樹のゴーストウィンドが発動した。
 出来るだけ範囲に収めないよう考慮していたが、両者激しく動く為に厳しいと判断したのだ。
 少年愚神の魔法攻撃が的確で負傷のエージェントが多く、遠慮している場合ではなくなった。
「ありがとうございます」
 道が開けたと明斗が踏み込み、クリアレイ発動、自然回復しない暴走を対処した。
 クリアレイを残していたものの、その隙を与えられなかったダグラスはやっと愚神へ向かう。
「後退を」
 ゴーストウィンドの効果範囲にも入り、また、ケアレイの恩恵がなかったestrelaの傷は誰よりも重い。
 明斗に言われ、キュベレーから主導権を取り返したestrelaが動揺を残しつつも後方へ下がる。
「案外少ないね」
「小手先の能力が効果的かどうかは別問題……それ以外はどうだ」
「さてね」
 ダグラスの嘲笑を、少年愚神は相手にしない。
「こちらの方は、我々を滅ぼした世界で、我々になるおつもりでしょうな。自分がこの世界を破壊する為に我々を破壊したいだけのようですから」
「その割にはエージェントになってるのがおっかしいよね。色々口実作らないと協力出来ない人は大変だ」
「あちらの方のような方もおりますのにな」
 その言葉に蘿蔔が反応した。
「ねぇ、レオンは自分を酷いヤツって言うけど、私だって酷いヤツだよ。私がいなかったらって思う時もある。でも、奪ったのは……!」
「人の所為は良くありませんな。あなたがいなければ逃げられたかもしれません。結局あなたは今の幸せを『許されたい』だけでしょう」
「そうかもしれない、けど……愚神を許す理由にはならない!」
 発動させたトリオが光る球体を射抜く。
 弱ったのか、声が少し遠くなった。
 つまり、仕掛けは、あの球体。
「分かれば用はないですね」
 樹が、逆転に転じる時と口を開く。
 同時に裏手へ回っていた救出対応のエージェント3人が顔を緊張させながらも戻ってきた。
「そろそろ降伏か撤退かして貰えませんか? 疲れたでしょ?」
「そういうことにしておいて『あげる』よ。君達もそういう名分がないと、帰り難いでしょ?」
 明斗の仕方ないから逃してやるというハッタリを更に上からの言葉で少年愚神が笑って返す。
「迂闊だな」
「どちらが?」
 背中を見せる彼らへダグラスが強襲するが、追尾魔法を腹部に食らって膝を衝く。
 既にケアレイは使い果たしており、自分は万全の体制で戦っていた彼も負傷が濃くなり、断念せざるを得ない。
「中は……」
 昂が状況を伝える。
 死亡した者、虚空を見つめ生きながら死んでいる者……良くて、同じ言葉を繰り返す壊れた者、愚神の強襲を通報したヴィランズはそのような末路を辿っていたらしい。
 もしかしたら、壊された者は戻ってくるかもしれない為、保護には成功。
 けれど、十分な成功というよりは、何とか果たしたと言った方が正しいのは間違いないだろう。
 精神攻撃が思った以上にエージェントの初手を鈍らせ、かつ、連携が取れていたとは言い難かった部分を衝かれて被害が大きくなってしまったのが理由になるだろうが。
 エージェント達は手遅れのヴィランズ達を運び出す為職員へ連絡を取った。

「蘿蔔って、大根のことを言うんですよ」
 病弱で長生き出来ないと言われた為、大根みたいに少しでも長く太く充実した生を歩める願いが名に篭っているのだという。
「私……レオンと一緒ならそんな人生歩めそうな気がしますっ」
「良い名前だが、半分引き篭もりでは無理だろ。人生より神経が……」
 レオンハルトがいつもの調子でそう言ったから、蘿蔔は酷いと言いながらも安心した。

「少シはスッキリしタ?」
「気分転換程度 にはね」
 チョコレートを言峰へ最優先で渡そうと話していた樹達も彼女達にしか分からない言葉を交わし合っている。
 手続きを手伝う明斗と九蔵はドロシーと幻刀斎と共に黙々と動き、言峰とキュベレー、悠理と連理は抉られた傷痕が痛むかのように沈黙を守ったまま。
 ダグラスも言葉なく、応急手当を自らしている。
「手は数を揃えるだけじゃダメということだったね」
「そりゃそうだ。個人戦闘の集まりと集団戦闘は違う」
 ベルフは昂へ自身の素性に相応しい見解を述べると、運び出されるヴィランズを見た。
 罷り間違えば自分達もああなっていたかもしれない。

 後に、少年愚神は推定ケントゥリオ級愚神『メナラノ』、初老の男性愚神は推定デクリオ級愚神『スーン』、光の球体をした従魔は『サティティ』と識別名がつけられた。
 現地の言葉で塔、ゼロ、記録を意味するものとしたのは、彼らが騙り突き落とす存在の為。
 いずこかへ去っていった愚神と遭った時、その塔こそ無に帰したと記録出来るだろうか。
 今は、断言出来ない未来にその答えはある。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃




  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 悠理aa1708
    人間|26才|男性|攻撃
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 連理aa1708hero001
    英雄|18才|男性|ブレ
  • エージェント
    秋月 九蔵aa1792
    人間|22才|男性|命中
  • エージェント
    幻刀斎aa1792hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
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