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エルスウェア連動

《ランナーズ》~駆ける者たち

上原聖

形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
12人 / 無制限
英雄
9人 / 無制限
報酬
普通
相談期間
16日
完成日
2015/12/17 18:02

掲示板

オープニング

 オーストラリア大陸のほぼ中央に位置する、アリススプリングス。
 この都市では、三年前から始められたライヴススポーツが人気を博し、全世界的に新聞、テレビ、ネット、各方面で報じられている。
 その名も、《ランナーズ》。
 言ってしまえば障害物競走だ。
 ルールはたった一つ。『駆けること』。
 ライヴス技術で作られたスチュワートスタジアム内に作られたコースを、ただひたすら走り、一位を狙う。
 リンクバーストもあり。だが、それを振り切って走りきる者にこそ、最強の走り手、《トップランナー》の座が与えられるのだ。
 もっとも、《ランナーズ》が始まって以来、《トップランナー》の座は、一人の少年と、その《英雄》の手から離れなかった。
 誰より早く競技場を走る二人は、生ける伝説と化していた。

      @      @      @

 今日の試合でも、少年は当たり前のように勝利をもぎ取った。
 文字通り風のように、誰よりも速く、コースを走りきる。
「風間さん、今年三九試合連続優勝おめでとうございます!」
「ありがとう!」
 汗を拭って笑うのは、風間翔一[かざま・しょういち]。十七歳。
 三年前……十四歳の時、アリススプリングスに現れ、《ランナーズ》がスタートすると同時に《トップランナー》の座に登り詰めて以降、その座を誰にも譲っていない。
「応援してくれたみんなに感謝してるよ! オレ、走り続けるから!」
「ところで、三年前から言われている例の噂について……」
「あーあれ?」
 翔一は露骨に顔を歪める。
「オレはここの運営に関わってないからね、それは風姉[かぜねえ]に聞いて。オレにその疑惑を持つんなら、ここへ来い。そしてオレと勝負して、その身でオレの実力を確かめてくれとしか言えない」
「確かに! これまで何度もその疑惑を持った相手と走って、疑惑を吹き飛ばしてきましたからね! 次の試合、四〇試合目も応援しています!」

 セレモニーを終え、マスコミからも解放されて戻ってきた翔一を出迎えたのは、金の髪に淡い翠の瞳をした、スーツ姿の美女だった。
 だが翔一は知っている。この姿はビジネス用。本当の彼女は、髪をたてがみのように靡かせ、地面を蹴って風の化身のように走る。
「風姉」
「その言い方はよしなさい。気に入らないわ」
「だって、風姉のほうが言いやすいんだもん」
 美女は少しだけため息をついて、肩を竦めた。
 彼女の名は風駆ける者[ウィンド・ランナー]。
 《トップランナー》。翔一の《英雄》。
 そして《ランナーズ》の創設者の一人でもあり、今も運営に関わっている。
 だからこそ、翔一と風駆ける者には常に黒い噂が付きまとう。
 まあ、簡単に言ってしまえば、「金で勝ちを買っている」というヤツだ。
 コース設定を得意な物にしている、対戦相手に金を渡している、対戦者を妨害するように命令する、等々。数え上げれば切りがない。
 《ランナーズ》設立時十三歳で運営のことは知らない文字通りの体育会系、翔一ですらそんな噂が向けられるのだ。
 設立、運営に関わる風駆ける者へはもっとえげつない話も持ち上がる。
 だが、そんな疑惑に、二人はこう告げる。
「なら、自分たちと走ってみろ」
 年に一度はこういう噂が盛り上がり、レース経験なしや乱入可の特別レースが設けられ、そこで二人は正々堂々と戦い、勝つのだ。
 少なくとも、翔一は風駆ける者の走る事へのこだわりを知っている。
 彼女は走ることを神聖に考えている。速い者こそ強い。彼女は金のために走るのではなく、自分が速いと証明するために走るのだ。
 そもそも彼女が《ランナーズ》を作ろうとしたのだって、足の速さ以外には取り柄のなかった自分が金を稼ぐ機会を欲したのに応じてだ。
 まさかここまで大事になるとは思わなかったけど。
 だけど、走る事が大好きで、ただただ走りたくて、そのために場所を欲していた翔一には、《ランナーズ》は居場所そのものだった。
 過去を思い出すことはある。守りたい人たちだっている。
 それを走る事で守れるのだから、これ以上のものはない。
「一ヶ月後のグランプリ、絶対負けらんない。だから、走ることに集中しろよな」
「誰に向かって物を言っているのかしら?」
「世界一速い《英雄》の風姉へだよ」
「分かっていればいいわ」
 風駆ける者はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、私はちょっと仕事があるから」
「うん、じゃあね」
 それが余計なことなんだ……と翔一は言いたかったが、結局は口をつぐんだ。
 風駆ける者がやっていることは、いつも正しかったから。

      @      @      @

 ニューカッスル、モンローハウス。
 届いた新聞を見て、モンローハウスの持ち主、モンロー[-]は微笑んだ。
 一面記事には、《ランナーズ》で《能力者》級G1グランプリで金メダルをかざす翔一の写真が載っていた。
 モンローハウスの子どもたちが新聞を見る。
「すごいねー! 三九試合連続優勝なんてさ!」
「賞金、きっとたくさんもらってるんだろうなあ」
「僕も《ランナー》になりたい!」
「今度のグランプリ、やっぱりこの二人で決まりだよね!」
「見に行きたいなあ」
「ほらほら、そろそろ食事の準備をするわヨ。お手伝いして」
 はーい、と子どもたちは散っていき、モンローは笑顔の翔一の写真を見た。
「頑張りなさいネ。だけど、無理しない程度に」

      @      @      @

 オーストラリア、某所。

 一週間後にグランプリを控えていた風駆ける者は、そこにいた。
「お久しぶり、ミスター」
 アングロ・サクソン系の銀に近い金髪と青い瞳を持つ紳士は、小さく頷いた。
「ミズ・ランナー。計画は順調か?」
「まあね。来週のグランプリ、スタジアムは埋まったわ。立ち見席も用意する。そこで計画をスタートさせる。彼らは私の速さを思い知るでしょうね」
「速さはどうでもいい。何より必要なのはその時のライヴスだ」
「分かっているわ。でも、エリアを広げるにはよりたくさんのライヴスが必要よ。スチュワートスタジアムに、エリア化した後も《能力者》や《英雄》を導き入れることが必要ね」
「金で解決できるな?」
「援助してくださる?」
「無論」
 紳士は黒いカードを滑らせた。風駆ける者はカードを受け取る。
「毎度、《ランナーズ》だけでなく色々援助ありがとう」
「それはそうと、カザマという少年は操らなくていいのか?」
「まだ利用価値はあるもの。貴方は気に入らないかも知れないけれど、彼に勝ちたいという《ランナー》は大勢いるわ。私と彼が結んだ《契約》は『誰より速く走ること』。それが破れた時ね」
 無表情の紳士に、風駆ける者は微笑んだ。
「最終的には、アリススプリングス一帯を手に入れるつもりよ。その時翔一がいるかいないかは、役に立ったか立ないかで決まるわ」
「それは任せる。彼は絶望への第一歩でもあり得るのだから」

      @      @      @

 そうして、一番盛り上がるグランプリの日が来た。
 観客席は満員御礼、立ち見も多い。
 そして、当然一番人気は翔一と風駆ける者の二人だ。
 勝負を前にして、走者がリンクする。
 そして、翔一と風駆ける者も。
 翔一の髪が金色に、目が翠に……男だと言うほかはほぼ風駆ける者に近くなった。
(翔一。貴方の速さを思い知らせてあげなさい)
(分かってる)
「スタート!」
 最初の一歩から翔一は速かった。一気に団子状の集団から抜け出し、ぐん、ぐんと距離を伸ばす。
 後続は必死に走るが、追いつけない。
(走るって素晴らしいわね)
(ああ。オレは走ってすべてをつかむんだ)
(そう。遅い連中など塵芥)
(……風姉?)
(一番速い私たちが一番素晴らしいのよ、そう思わない?)
 思考は少しずつ歪んでいく。
(遅い連中は私たちの餌。私たちがより速く走るための糧)
 走る興奮で満ちた翔一は、歪んでいっていることすら気付かない。
(ほら、皆が私たちを見ている。私たちに憧れて、でも走れなくて。うらやましくて悔しい。そんな奴らを食らって、私たちは速くなる)
 最後の直線。翔一は一気に加速する。
(見なさい。私たちが支配する、速さこそ強い世界を)

 世界が、歪んだ。
「ドロップゾーン!?」
 暗く、凍り付いて。
 一般の観客たちも、飲み込まれる。
 《能力者》《英雄》である走者たちは、飲み込まれることはなかったが、それでもライヴスを奪われる。
 ゴール地点で仁王立ちしているのは翔一か、風駆ける者か。
 テレビカメラに《従魔》が取り憑き、《トップランナー》を映す。
 その状況は全世界中に発信された。
「ここは私たちがいただいた」
 狂英化した《トップランナー》と、それまで本性を隠していた《愚神》は、全世界に向けてこう言った。
「お前たちはただドロップゾーンを解除しようと動くだろうが、それでは面白くない。ここは《ランナーズ》。リンカー諸君、速さで決めようじゃないか」
 速さ?
 その場に居合わせた《能力者》や《英雄》、テレビやネットで中継を見ていた関係者に、動揺が走る。
「私はこのドロップゾーンの中にいる。そしてこの中を走る。その私に追いついてみろ。そうすればドロップゾーンを解除し、翔一とここに居合わせた観客は解放する」
 だが、その場にいるだけでライヴスを消耗するドロップゾーン。走る事にライヴスを使っていた《ランナー》たちも、限界が近付いていた。
「悪い取引じゃないだろう? 全世界に自分の姿が発信されて、上手くいけば《愚神》を倒せるんだ。それだけじゃ物足りない? オーケーオーケー。栄誉と金が手に入るのが《ランナーズ》だものな。心配するな。運営委員の連中は恐らく報償を出してくれる。栄誉の方は《従魔》でこれまでのように全世界に発信するから、私たちに勝てばそれだけでついてくる。どうだ?」
 と言って、《愚神》は微笑んだ。
「……ああ、私が勝手に自分の有利になる障害を作るだろうと邪推する者もいるだろうな。なら、これはどうだ。《ランナー》は一つ、障害を提案できる。《従魔》を使ったものでも道具を使ったものでも構わない。実現可能な障害であればね。その中からランダムに五つ、コースの障害とする。これは《ランナー》諸君がスタートする直前に決めて、《従魔》に作らせよう。ああ、安心しろ。私が《愚神》だからと言って連中には決して容赦しないようにする。これで文句があるならまた言ってくればいい」
 それでも負けるとは思っていないのは裏の事情があるのかそれとも純粋な自信か。
「《ランナー》諸君、私は挑戦はいつでも受ける。が、早いほうがいいだろうね。観客からも遠慮なくライヴスはいただくつもりだ。観客が生きている間に助けなければ、栄誉はないだろう」
 そうして、通信が切れ、暴走しかけた《能力者》や《英雄》たちもその場を脱出した。

      @      @      @

 この状況は、H.O.P.Eにもすぐ知れ渡り、足の速いエージェントたちが選ばれた。
 《ランナーズ》運営委員会も、実は《愚神》であった風駆ける者の目的を知らなかったと報告し、ドロップゾーンを解除した者には賞金を出すと確約した。
 異空間と化したスチュワートスタジアム。
 《トップランナー》に勝てる者は、いるのだろうか?

解説

■注意事項
 ・シナリオは全3回です。
 ・他のオーストラリアシナリオとリンクしておりますので、そちらも読んでください。
 ・謎解き要素が含まれています。どの謎が1回目で解かれるかはプレイング次第です。
 ・2回目以降もストーリーが進めば、新しい謎が出てくる可能性があります。
 ・何をしたらいいか分からない場合は、下記行動選択肢の中から選べば、採用の可能性は高くなります。逆に「○○をしてはいけない」という事はありませんので、やりたい事があれば下記選択肢に囚われることはありません。ただし採用されるかどうかはプレイング次第となります。

■解説
 アリススプリングスのスチュワートスタジアムが、《愚神》風駆ける者と、《狂英化》した風間翔一によってドロップエリア化してしまいました。
 風駆ける者はドロップエリアを解除したければ、ここに入ってきて自分と翔一のコンビに勝てばいい、と挑発しています。それだけではなく、《従魔》を使ってドロップエリア内のコースをテレビやネットで放映して、挑戦者を待っています。
 無論《能力者》と《英雄》はドロップエリアを行き来できますが、翔一と風駆ける者は《ランナーズ》では負けなしで、リンクした二人に《ランナーズ》で勝たなければドロップエリアは解除されません。
 《ランナー》として《愚神》と勝負するときには、コース上に置く障害を何か一つセットしてください。ただし引っかかるのが《愚神》だけ、と言う障害はいけません。障害は全員を妨害します。選ばれる障害はランダムで五つまでです。《従魔》を使った障害も可能ですし、《愚神》もその障害物を他のランナーと同じようにその場でクリアしなければなりません。
 また、翔一を一時的に止めるには、過去を探るのも必要かも知れませんし、風駆ける者が《ランナーズ》運営に携わっていたことを調べたら何か出るかも知れません。

■選択肢
1.《トップランナー》に挑戦する。
 ドロップゾーンとなったスチュワートスタジアムに乗り込み、翔一、風駆ける者と走る勝負をします。《従魔》が多数いる上にケントゥリオ級と思われる《愚神》がいます。走るだけではなく、それらから攻撃を受けることもあると思われますので、注意してください。また、《ランナー》は障害を一つ考えることが出来ます。全《ランナー》から集めた内五つの障害が選ばれ、コースに設置されます。

2.スチュワートスタジアムに乗り込む
 《ランナー》勝負以外の理由でスタジアムに乗り込む方はこちらを選んでください。ただし、《愚神》は走ることや勝負を邪魔されることを嫌うようなので、走る方より危険度が高いと言うことは覚悟してください。

3.風間翔一、風駆ける者の身辺を探る。
 《愚神》に取り込まれていると思われる《トップランナー》翔一や《愚神》風駆ける者、あるいはい委員会などについて調べる場合はこの選択肢を選んでください。危険度はそれほど高いとは思われませんが、地味な調査になります。

■NPC紹介
風間翔一[かざま・しょういち](十七歳・男性)能力者・敏捷適正
 《トップランナー》。《ランナーズ》スタート以来負けなし。風駆ける者と共にアリススプリングスを訪れる以前の経歴は不明。孤児という噂もある。
 実は《愚神》だった風駆ける者の影響で現在は精神を操られている模様。ドロップエリアと化したスチュワートスタジアム内の主として、自分より速い者の挑戦を待っている。

風駆ける者[ウィンド・ランナー](外見年齢二十歳・女性)愚神・シャドウルーカー・デクリオ級→ケントゥリオ級?
 風間翔一の《英雄》を名乗り、《ランナーズ》を作り、育てた《愚神》。《トップランナー》としても名高く、満員の観客と選手が集まったリンク級G1戦のゴール間近でスタジアムをドロップエリアと化した。他の《愚神》と違う点は、走る事にひたすら拘っていること。自分が速いと証明するために、栄誉や報酬をちらつかせて自分と勝負する者を待っている。

リプレイ

●始まりはここから
 《愚神》風駆ける者[ウィンド・ランナー]は、自らが生み出したドロップエリアの中、《従魔》が取り憑いたテレビを見て、楽しげに笑っていた。
「そう、それでいい」
 その横には、彼女と契約を交わした風間翔一[かざま・しょういち]が、ぼんやりとした目で画像を追っている。
 そこには、アリススプリングスのドロップゾーン化の報道、危険だから近付かないようにとの指示命令、H.O.P.E.のエージェント派遣情報などが流れていた。
「どう? 翔一」
「…………」
「翔一と速さで勝負したいという《能力者》が集まってくるわ」
「…………」
「ククク……と言っても、分からないでしょうねえ……」
「風姉」
 ボソリと翔一は呟いた。
「オレは……速いか?」
「ええ、私とあなた、二人なら、誰よりも」
「オレは速い……」
「ええ、もちろん」
「誰よりも……」
「ええ、そうよ、可愛い子」
 風駆ける者は軽く翔一の喉の辺りを撫でた。
「どこまでも、走りましょう。あなたの命が尽きるまで」

●アリススプリングスのカフェにて
 ギリギリドロップゾーンの境界が見える所にあるカフェテラスで、一組の男女が小声で話している。
「何にせよ、情報を集めないといけないな」
 男の方、駒ヶ峰 真一郎(aa1389)は、ハンズフリーのイヤホンをして呟いた。
「……ここで?」
 片割れのリーゼロッテ アルトマイヤー(aa1389hero001)が呆れたように呟く。
「……いや、リーゼロッテの言いたいことも分かるが……」
 カフェには二人以外の客が居ない。
 カフェの外の見える距離には黄色いテープが張り巡らされ、H.O.P.E.の警備員が周りを固めている。
 観光客が近付けるのは、このカフェ辺りが精一杯。ついでに言うとドロップゾーンに入ろうという民間人はまずいない。ご親切にも《愚神》がテレビ放送を続けてくれているせいで、近付かなくても内部の様子は分かるのだ。
 近付こうとする民間人のほとんどは内部に取り込まれた観客などの身内で、それを警備員が必死に押さえているのが現状。
 のうのうと近付いてくる観光客はほとんどいない。
 この時点で、観光客を装って噂話を集めようという方針は変更せざるを得なかった。
「情報が欲しいけど、この状態じゃあ」
「持ってる人たちはいる」
「誰が」
 リーゼロッテはふらりと立ち上がり、のんびりと警備員の方に歩いて行く。
「申し訳ありませんが、ここから先は危険なので立ち入り禁止になっております」
「エージェントのリーゼロッテ アルトマイヤーです」
(なるほど)
 真一郎は自分の《英雄》の判断に感心し、コーヒー代を置いて駆け寄った。
 警備員もH.O.P.E.シドニー支部から派遣されているのだ、エージェントに情報を渡さない理由がない。
「そちらは」
「駒ヶ峰 真一郎です。リーゼロッテと共に登録されています」
 すぐに問い合わせが終わり、警備員がやれやれと言った表情をした。
「よかった。家族がいたりして入り込もうとする人もいれば、「N・P・S」シンパらしき連中の嫌がらせもあって、困ってたんですよ」
「「N・P・S」?」
「ああ、オーストラリアに来たばかりなんですね。Natural・People・Society、通称「N・P・S」。狂信的な選民思想団体ですよ」
「選民思想? 能力者が?」
「逆ですよ逆。自分たちが普通で、《英雄》とリンクする《能力者》は化け物だと言ってるんですよ。そのくせ我々のような権限を持ったH.O.P.E.には攻撃しないんですから。化け物がいるから……いえ私も《能力者》ですけど、奴らに言わせれば、化け物が化け物を呼んで化け物を増やす。お前たちがいるからドロップエリアが消えないとかなんとか」
「ドロップエリアを消滅するにはエリアルーラー、すなわち風駆ける者を何とかしなければならないことくらい、常識でしょうに」
「奴らに常識は通用しませんよ。エリアに入ってしまえば《能力者》ではない彼らは追って来られませんが、代わりに《愚神》ですからねえ」
「大変、ですね」
 真一郎は心からの同情を込めて言った。
「ところであなたがたは《愚神》に挑戦するために?」
「いや、中に入った仲間たちのためにも情報を集めようかと思いまして。これから街にも出て行くつもりです」
「気を付けて下さい」
 警備員に別れを告げ、二人はドロップエリアから遠ざかるように歩き出した。
「怪しいところ……怪しいところか」
「取りあえず街を歩きながら考えた方がいい。《ランナーズ》運営委員会や孤児院の方は別の仲間が当たるから、それ以外の場所を探そう」
「ああ」

●ドロップゾーン、その中
 《従魔》が競技場を整備し、その様子をテレビカメラに取り憑いた《従魔》が映す、風駆ける者が支配する世界、ドロップエリア。
「一、二、三、四、五、六組」
 風駆ける者は数え上げ、カグヤ・アトラクア(aa0535)を見た。
「あなたはどうしてここに来たのかしら?」
「わらわは高みを目指すと言うのも面白そうじゃなと思った故にな」
 風駆ける者は軽く目を見張り、そして笑みを浮かべる。
「自分の走力にそこまで自信があるのかしら?」
「なぁに、単純な力試しじゃ。《愚神》にどこまでついてゆけるか、自ら試しとうなってな」
「面白い子」
 風駆ける者はクスクス笑いながら言った。
「そうね。Ms.アトラクア。あなたみたいな子は好きよ。翔一とはまた違ったタイプでね」
「気に入られて光栄……というべきかの?」
「敵に気に入られたのだから、そう思っておくべきじゃなくて?」
「では、そうしようかの」
「さて、まずはトラップを作らなければね」
 風駆ける者は《従魔》を呼び、紙とボールペンを持ってこさせた。
「ここにトラップの内容を書いて。でも六組じゃ、一人だけ、トラップが選ばれないわね」
「あ、それ、ワタシいらな~い」
 手を挙げたのは言峰 estrela(aa0526)だ。
「僕もいりません」
 ファレギニア・カレル(aa0115)も同意する。
「あら? いいのかしら? 仮にも《愚神》を相手するのに、トラップは幾つあってもいいはずでしょう?」
「僕は走りに来たんだ」
 カレルは真っ直ぐに、恐怖の対象であるはずの《愚神》を見据えた。
「《ランナー》の心を踏みにじるあんたのやり口は絶対に許さないし、許せない。仮にも《トップランナー》を名乗る者がやるべきことじゃない。だから、僕は必ず、あんたたちを倒す」
「そうだ。俺たちは力を合わせてあんたを倒す。あんたのような卑怯者が走る事自体許せない。あんたから勝利をもぎ取るから、ドロップエリアが解除されることを覚悟しろ」
 アキレウス(aa0115hero001)も鋭い目で風駆ける者を見る。
「あらあら、怖い」
「ワタシ達もぉ、身軽さと足の速さにはぁ、自信あるのよ~?」
 estrelaが、自分の《英雄》のキュベレー(aa0526hero001)の腕を取って風駆ける者を見る。
「……私も……速さには……自信を持っている……」
「だから、トラップは使わな~い」
「随分甘く見られたようだけど、まあいいわ。トラップは四つ。あなたのトラップは?」
 振られた佐藤 咲雪(aa0040)は、いかにも面倒という顔でだらだらと紙に書いているのを、アリス(aa0040hero001)はひったくり、上から書き直して風駆ける者に渡した。
「深さ30センチ、横幅20メートル、縦幅10メートルの落とし穴トリモチ付き、ね」
「発表してしまうのですか?」
 思わずアリスは聞いてしまった。
 風駆ける者は、ドームスタジアムを見ながら当たり前のことのように答える。
「だって、私は《従魔》に命じてこのトラップを作るけど、《従魔》って言うのは基本的にお馬鹿さん。細々と命令してあげないと作れないんですもの。そうしたらどの位置にどのトラップがあるか、私だけが知ってあなたたちが知らないということになる。そんな状態で勝っても、全然面白くないわ」
「その上で、私達を退ける自信があるというわけですね」
 その通りと風駆ける者は微笑む。
「成る程ね、表向きだけでもルールは守るのか。律儀な《愚神》だねぇ」
 赤城 龍哉(aa0090)が紙を手渡す。
「滑りやすい液体を敷いたコース。長さはジャンプできないくらいの長さがあればいい。まあ、よくあるタイプのトラップね。10メートルで構わない?」
「ああ、ジャンプの一回や二回で飛び越えられなければそれでいい」
「んー、でも……」
 咲雪が心底面倒臭そうに呟いた。
「それって、よくバラエティ番組とかでやってる奴じゃない?」
 ごんっ、と咲雪の頭にアリスの鉄拳が落とされた。
「……咲雪? 人様の考えたトラップに余計なことは言わない」
「……分かった」
「……いや、俺も薄々そう思ってはいたんだが……鉄拳制裁する必要はあったのか?」
 思わず龍哉が尋ねてしまうくらいには、鉄拳は効いたようである。
「大丈夫ですか? どこか具合の悪いところは?」
 子供好きなヴァルトラウテ(aa0090hero001)が頭をさすってあげるほどには、鉄拳は痛く見えたようである。
「……ん。いつもの、ことだから」
「いつもって」
 無表情で頭をさすられている咲雪に、思わずヴァルトラウテがアリスに何か言おうとしたが、それを龍哉が止めた。
「ヴァル、それはおまえの口出しすることじゃねぇだろ? それはこの子とその《英雄》の関係だ。本人達が納得してるのであれば、いいじゃねぇか」
 ヴァルトラウテは黙って引き下がり、咲雪がアリスにじんわりと嫌な説教をされているのを余所目に、風駆ける者は次の紙を受け取る。
「ふっ! 私のトラップは誰にも回避できまい!」
 風駆ける者は胸を張ったエス(aa1517)を見てから紙に目を落とし。
「……あなた、プリン好き?」
「よく分かったな」
「分からない方がどうかしていると思います……主様」
 緑(aa1517hero001)が思わず呟く。
「私のトラップ、それはプリン蟻地獄! 落とし穴の上にレジャーシートを貼り、その周りには巨大且つ強大なプリンが点在し、風圧によって揺らぎ、衝突によって崩れ、後続の者ほど阿鼻叫喚のプリンまみれになるのだ! もちろん足下はぷるぷると素敵に滑るし、転べばシートの落ち窪んだ所まで転がって行き、まともにコースへ復帰するのは困難であろう! どうだこのトラップ! 《愚神》には到底理解できまい!」
「はい、私の代わりに説明ありがとう」
 見事に紙に書いた内容と同じことを言い切って胸を張るエスをちらりと見て、風駆ける者は呆れたように呟いた。
「主様……これは……プリンの無駄遣いなのでは……」
「緑、何を言う。プリンを《愚神》退治に使えるのだ、これこそプリンの名誉」
「プリンは食べるためのものだと思うのだけれど?」
 風駆ける者のツッコミに、緑もうんうんと頷く。
「緑は私の《英雄》ではないか。何故私の考えが理解できない?」
 一同は顔を見合わせ。
「いや、俺も理解できねぇや」
「分かりませんね」
「……真面目に走る気はあるんでしょうか」
「ないようだな」
「面白そうだけど、お洋服がベタベタになっちゃうよねえ」
「…………」
「……もっとバラエティっぽくなった……」
「(ドスッ)」
 ちなみに上から龍哉、ヴァルトラウテ、カレル、アキレウス、estrela、キュベレー、咲雪、アリスの順である。
「ふっ、俗人には私の考えは理解できまい。それできみ、私の考えを唯一否定しなかったきみのトラップを是非ともお聞かせ願いたいのだが」
 カグヤはにっこりと微笑んで、紙を風駆ける者に渡した。
「べたべたスライムゾーン、動きが鈍くなって、服だけ溶ける」
「今度はエロゲー……」
 三度、アリスの鉄拳が咲雪に落ちた。
「Mr.赤城のトラップと同じじゃない」
 風駆ける者が呆れたように呟くのに、カグヤは胸を張った。
「ふふふ、服が溶けると言うところが肝心なのじゃ。それとも何じゃ、見られて困ることでもあるのかえ?」
『困る!』
 風駆ける者以外の女性陣が一斉に声を上げた。
「って、《愚神》は服溶けないとかそう言うオチとか?」
「溶けるけど? そう言うトラップがいいのなら」
 estrelaの言葉に、風駆ける者は平然と答える。
「溶けていいのか? 一応女性だろ、あんた」
 さすがの龍哉の発言にも、風駆ける者は動じない。
「見られたくないなら走らねば良い」
 カグヤの発言に、カレルは眉間を押さえた。
「……いや女性としてどうなのそれは」
「じゃあ、トラップはこの四つと私の一つと言うことで。今から作業して……そうね、明日の今頃かしら」
「え~? 今から始めるんじゃないの?」
 心底がっかりした、と言う声に、一同がそちらを見ると、黄色のチアガールコスチュームに黄色いポンポンを持った少女が、ぐったりと倒れている人が大勢いる観客席の一番前にいた。
「あなたは?」
「添犬守 華紅(aa2155)。せっかく応援しようと思ってここまで来たのにー」
「応援か」
「嬉しいなぁ、こう言う時、応援ってのは一番心に響くもんだ」
 龍哉が眩しげに華紅を見て呟いた。
「そう。残念だけどMs.添犬守、今からトラップの設置をしなければならないの。見ていても別に全然構わないけどね」
 そして、テレビカメラに取り憑いた《従魔》を呼んだ。
「さあ、今回《ランナーズ》に参加するのはこの六組。明日のこの時間、レースをスタートさせるわ。果たしてH.O.P.E.のエージェント達はこの《トップランナー》を負かすことができるかしら? ……お楽しみに」
 そして無数の《従魔》を呼び集めた。
 まさかここで戦闘か、と一同は思わず身構えたが、風駆ける者は軽く手を振り、《従魔》達をグラウンド整備に向かわせる。
「ここで監視するか?」
「風駆ける者はそんな無意味なことはするまい。それにここにいてはな」
 エスはさあさあ、と一同を押した。
「主様、言わなくてもいいでしょうか、主様のお考えでは」
 追いかけて問いかけてきた《英雄》に、エスは見事な笑顔を見せた。
「ああ、緑が言う必要はない。無論、私が言う必要もな」
 エスは出て行くエージェント仲間を見ながら、平然と答えた。
「冷静に考えれば、そうなることは鳩にだとて分かること。私の同輩が分からないはずがない……と私は思うがね」

●《ランナーズ》運営委員会
 競技場のドロップゾーン化、《ランナーズ》創設以来の委員である風駆ける者の正体、上部の失踪、などで、《ランナーズ》運営委員会に残された職員は混乱に陥っていた。
「H.O.P.E.の三ッ也 槻右(aa1163)です。《愚神》討伐に必要とされる調査です。《愚神》が関わったとされる全ての情報の開示・協力を求めます」
 槻右の横から、すっと現れたのはEvgenia(aa1183)だ。
「誰も動かないで。手を動かすのも禁止」
 その手にオートマチックを見た槻右は慌てる。
「Evgeniaさん、そんな力尽くで」
「《愚神》と手を組んで金儲けをしていた連中だわ。これでも優しい対応だと思うけど」
「私達は何も知りません!」
 職員の悲鳴のような声。
「そうね。下っ端の貴方達じゃ何も知らないんでしょうけど、他に関連のありそうな場所、ご存じかしら?」
 Evgeniaが職員を脅している間に、槻右は手近のパソコンを動かして、片っ端から情報を引き出す。
「些細なことでもいい、教えなさい? それが貴方達の処遇へも影響しますし」
「ですから、本当に、我々は……」
「Evgeniaさん、彼らは本当に何も知らないようです」
 槻右が宥めるように声を上げた。
「見て下さい」
 データの一部を二人で見る。
 それは、委員会内の金の流れだった。
 選手への報酬、口座、資金、そのどれもが順調に流れている。
 ただ一つ、最初に金を入れているスポンサーだけが分からない。
「単純な手ね、隠せば分からないとでも思っているのかしら」
「いえ、そうじゃありません」
 槻右とEvgeniaはパソコンに出てくる情報を見ている。
「少なくとも、ここに残っている者は、誰も、知らないんです。データもないんです。《愚神》風駆ける者が、《ランナーズ》に最初の資金を持ってきました。ですが、振り込みやカードではない。風駆ける者が、毎回、現金を、直接委員会に回していたようなので、委員会としては、《愚神》……いえ当時は《英雄》と思われていた風駆ける者が最初の資金を準備した、と思っていたようです。その後も風駆ける者は現金を持ち込み続けた……」
「賞金は?」
「全額風間君に渡していたようです」
「風駆ける者の来歴は?」
「四年前、風間君の前に現れて契約を結び、その後は選手として風間君と走り、委員会の一人として《ランナーズ》の運営をしていました。ただ、四年前風間君と契約を結んで、その直後にライヴススポーツの必要資金を持ってきた、と言うのが怪しいですね。《愚神》も《英雄》も、こちらに来たばかりはこちらの世界を知らないのですから」
「風駆ける者に、協力者がいる?」
「ええ。それも、かなり潤沢な資金を持った」
「どこからそんな資金を……流行するか分からないライヴススポーツに、それだけの金を、《愚神》に、しかも匿名で出す人間が、どこにいるの?」
「さあ……調べていくしかないですね」
 しかし、と槻右は呟いた。
「風間君に渡された賞金は風間君個人のものですから、委員会で調査することはできませんね」

●委員会ビル内で
 一方、その頃。
 槻右の《英雄》、西島 野乃(aa1163hero001)と、《能力者》ティナ(aa1928)は、委員会内を歩いていた。
「《能力者》と……一緒に、居なくても、いいの?」
「構わぬ。今回は戦うためでない故にな。それがしとおぬしがやらなければならぬのは、風駆ける者と風間翔一の関係じゃ」
「どんな……関係、だろ。古い、人は、いなくなった。答え、聞けない」
 野乃はメモ帳を取り出した。
「風駆ける者は、正体不明のスポンサーから現金を受け取って運営資金に回しておる。まあ、まともな所から来た金ではなかろうが、それ以外はクリーンな運営。観客から金を受け取り、優勝者に賞金を送る」
「その、スポンサーが、怪しく、ない?」
「みんなそう思っておる」
 野乃は少し考え込む。
「ここの清掃をしておった者に聞いたところでは……風間殿は皆に愛される少年だったらしい。走って勝つことに全力を注ぎ、毎日練習していたらしい。風駆ける者と風間殿の間柄はよかったと聞く。風間殿が《愚神》を「風姉」と姉のように慕っていたと言う。そのように信頼していた者をあっさり裏切るのだから、さすがは《愚神》よの」
 ティナは犬のように唸った。
「でも、賞金は、みんな、翔一に、渡してたって、言ってた」
「となれば、翔一を調べるのが第一よ。今は《愚神》に洗脳されているからとはいえ、走って倒さねばならぬ相手なのだから、情報は多いほうがよかろ?」
「どう……する?」
「決まっておるわ。彼の部屋を調べて、集められるだけの情報を集めねば」

●《トップランナー》の素顔
 委員会ビルから歩いて五分。オートロック式のアパート。
 野乃、ティナ、そして委員会ではこれ以上情報を仕入れるのは無理と判断した槻右がやってきた。
「僕が管理人に聞いてくるから、野乃とティナさんはここで待っていてくれ」
 槻右は管理人の部屋に行く。
 少しして、鍵を持って戻ってきた。
「なかなかやりおるの」
「誠心誠意を込めてお願いしただけだよ」
「しかし、《トップランナー》の住まいとしては、ここは少し貧しくはないかえ。《ランナーズ》はライヴススポーツの中でも人気の一つ、その優勝常連者だったら、もっと立派なマンションだとて」
「目立たないようにしてるんだよ」
 アパートの廊下を歩きながら、槻右が首を竦めた。
「「N・P・S」を知らないのかい? 後ろ盾のない《能力者》やマイノリティーを攻撃し、何処かじゃ火炎瓶が投げられたという噂も聞く。明らかな弱者しか襲わない卑怯な連中ばかりだけど、揉め事を回避するには《能力者》と知られないのが一番なんだよ」
「賞金で……安全な家、作れば、よかった、のに」
「ここだね」
 一階の角部屋。表札もない。槻右は鍵を開けた。
 三人して部屋に入る。
 入ったそこは、十七歳の少年の部屋にしては片付いていた。
 ベッドがあり、机があり、ノートパソコンもある。
 自炊していた形跡もあった。
 くんくん、とティナが四つん這いで匂いを嗅いでいる。
 まずは、と槻右がノートパソコンを起動し、ティナと野乃が家捜しする。
「これは……」
 槻右が唸った。
「何か分かったかの?」
「風間君は立派な部屋に住まなかったんじゃない。住めなかったんだ」
「どういう意味じゃ?」
「賞金から生活費を除いた全額を、送金している。匿名で」
「どこに……送ったか、分かる?」
 ティナの言葉に槻右は頷き、キーボードを叩き、やがて、答えを出した。
「ウィリアム・ティルバー……」
「何者ぞ、そやつは」
 野乃は通帳を見つけて開いた。
「ウィリアム・ティルバーの名前と口座番号が書かれておる。ん?」
 通帳に走り書きのようにメモがあった。
「モンローハウス、とな? 住所と電話番号が書いてあるの」
「モンローハウスだって!?」
 槻右が目を見開いて、通帳を覗き込む。
「何事じゃ」
「知らないかい? モンローハウスは、シドニーの北のニューカッスルにある、篤志家が迫害されている《能力者》、性的マイノリティー、孤児などを引き取って保護している施設だよ。《能力者》を積極的に保護しているため、「N・P・S」が一番の攻撃対象にしている」
 槻右の言葉に、野乃が真っ赤になる。
「し、知っておるわ、その程度」
「モンローって、……この人?」
 ティナが見つけ出したのは、小さなアルバムだった。
 その中の一枚に、幼い少年と、ブロンドに、左頬にほくろがある、一見女性に見える大人が写っている。恐らくこの……女装しているが肩幅が男性だと物語っているのが、モンローことウィリアム・ティルバーなのだろう。
「孤児かどうかは分からぬが、親元にいられなくなってモンローハウスに預けられた子供の一人と言うことは間違いなさそうじゃの」
「モンローハウス出身なら、知らせないといけない」
 槻右は無線で慌てて連絡を入れた。
「孤児って噂があるから孤児院を調べている仲間がいる。だけど、モンローハウスは孤児院じゃなくて個人所有の保護施設だ。孤児院に拘って調査していると見つからないことになる」
「幸せ、そう」
 ティナの言葉に、二人は頷いた。
 恐らくはモンローと思われる大人と写っている幼い翔一少年は、全開の笑顔を見せていた。
 その笑顔は、三人とも見た、ドロップエリア化する以前の大会でインタビューを受けていた、大人に変わりゆく少年の面影を確かに宿していた。
「真っ直ぐな少年だ」
「それを、洗脳、した?」
「許せぬの、風駆ける者」
 その後、ちゃんと引っ張り出した物を元通りに片付けて、四人は部屋を出た。

●モンローハウス
「危ない危ない、無駄足を踏むところだった」
 槻右からの連絡を受けて、ほっとしたのはガルシア・ペレイロ(aa0308)だ。
 孤児院に片っ端から聞いて回っていたが、風間翔一の噂は聞けず、困り果てていた所に連絡が入ったのだ。
「アルティナ(aa0308hero001)、電話かけてみてくれるか」
 アルティナが頷いて、槻右から伝えられたニューカッスルのモンローハウスに電話をかける。
 しばらく喋って、アルティナは電話を切った。
「ティルバーさん……いえ、モンローさんがお会い下さるとのことです」
「よし、行くぞ」
 モンローハウスがあるのはニューカッスル。周りに何もない場所だ。
 向かったガルシアはまずその建物に驚いた。
 壁は高く分厚く、焼け焦げ跡がかなりついているのに燃えた様子はない。
「何かの基地なのか?」
「少なくとも、防衛はしっかりしているようですね」
 恐らくは対「N・P・S」のものだろう。
 中に入れば、窓にはかなり丈夫な防火シャッターがつけられているし、窓もかなり分厚い。
「こっちどうぞー。モンローさーん」
 小さな子供が案内してくれて、ガルシアとアルティナはモンローとの面会を果たした。
 何処か色気のある美しさ、しかし肩幅が男だと告げている。
「ようこそいらっしゃいました。初めまして。アタクシがモンローですワ」
「ガルシア・ペレイロです」
「アルティナと申します」
「ショーイチのことを聞きにいらしたのですネ」
「ええ。何でも知っていることは教えていただきたいのです。《愚神》を倒し、翔一さんを助けるために」
 モンローは立ち上がり、棚の上に置いてあった写真立てを持ってきた。
 そこには、モンローと子供たちと数人の大人たち。
 背後にある建物はモンローハウスだろうが、要塞めいたあの高い壁ではない。
 幼い翔一も写っている。
「ここを作りました頃の写真ですのヨ。ショーイチは最初の頃にここへ来た子でしたから、一緒に苦労をいたしましたの」
「どのような?」
「アタクシもこのナリ(女装)でゲイでしょう。ですから言われない差別や中傷をうけてまいりましたのヨ。ですから、そんな子供や大人が安心して暮らせる場所を作りましたの。いつの間にかモンローハウスと呼ばれるようになってしまいましたけどネ。ショーイチはここができた頃に来た子ですの。詳しくは聞いておりませんけど、ヒドイ生活をしていたみたいですワ。最初は全然笑わなくて自分の殻に閉じこもっていて……。同じような境遇の子供や大人が増えてきて、少しずつ笑うようになりましたの」
「彼が、何故走る道を選んだか、分かりますか」
「最初から走るのが速い子でしたの。でも、逆を言うと、走ること以外は何もできないって悩んでおりましたのヨ。あの子、何度もアタクシに聞きましたの。こんな自分でも、アタクシの役に立ってるかって。アタクシは、そんな風に考えなくてもいい、アナタは大事な子ヨって何度も言いきかせておりましたのですが……」
 そこでモンローは言葉を詰まらせ、ハンカチで涙を拭いた。
「ごめんあそばせネ。涙もろくなってしまって」
「いえ、あなたは翔一さんを可愛がっていたんですね」
「もちろん贔屓してたわけではなくってヨ。でも、「N・P・S」が力を増して、この屋敷も強化せざるを得なくなっていって……その頃ですワ。ショーイチが《英雄》……いえ《愚神》と出会ったのは」
「翔一さんはなんて?」
「自分はここを出る、そう言いましたの。《能力者》になったなら、アタクシに迷惑かけずに生きていけるって言って。《能力者》になったから追い出すわけありませんのに! むしろオーストラリアでは危険になりつつあるのに、十三歳の子を一人で放り出すわけにはいかないって反対したのですけど、ある晩姿を消してそれっきり。心配して、心配して、その数ヶ月後にライヴススポーツ《ランナーズ》が始まって、テレビでやっとあの子の無事なことがわかりましたの。あの子が楽しそうに走っているのを見て、本当にほっとしましたワ。あの子の得意分野が生かされて、そして気の合う《英雄》と一緒に楽しく走るだけでなく、影ながら支えてくれて……。本当に、本当にいい子ですのヨ。それだけは言えますワ。でも、アタクシはあの子を止めることはできない。《能力者》じゃないから、ドロップエリアに入ることすらできませんでしょう?アナタ達にお願いするしかありませんの。お願いいたします、あの子を助けてくださいませ。あの子はあのままじゃ死んでしまいますワ……」
「一つ、うかがってよろしいでしょうか」
 ガルシアが、できるだけ丁寧に口を開いた。
「風間君からは寄付金などは届いているのでしょうか」
 モンローは無言で通帳を取り出した。「Syouichi Kazama」と書いてある。
「あの子が出て行く時置いていった物ですワ」
「ガルシア、これは」
 ガルシアは頷いて、スマホでこの一件に関しての情報を集めているページを開く。
 野乃達が調べた、翔一から匿名で振り込まれたのと同じ金額が、貯められている。
「これは?」
「ショーイチが《トップランナー》になった頃から、アタクシにお金が送られてきましたの。匿名でしたけど、アタクシにはすぐ分かりましたワ。ショーイチだって。だから、あの子がいつか大人になったら、いつか帰ってきたら、その時に渡そうと貯めておりますのヨ。あの子が本当に守りたい者を守れるように」
 ガルシアは立ち上がった。
「ご協力感謝します。俺たちも全力で翔一君を救出するつもりです」
「お気をつけてお帰りになってくださいませネ。「N・P・S」の嫌がらせを受ける事がございますから、夜道などは特に気を配ってくださいませネ」
「はい」
 二人はモンローの部屋を出た。
 さっき案内してくれた子供がまた案内してくれる。
「なあ、坊主」
「なぁに?」
「《トップランナー》がここ出身だって知ってたか?」
 少年はガルシアの巨体に一瞬怯えた様子も見せたが、モンローが教育しているのだろう、泣き出したりせず、頷いた。
「うん、知ってる。でも他に喋っちゃダメなんだ」
「なんでだ?」
「《トップランナー》がここ出身だって知られたら、「N・P・S」が嫌がらせに行く可能性もあるから、ここだけでこっそり応援しようねって……あ、僕が言ったって内緒だよ。モンローさんが内緒って言ったから」
「そうか……必死で庇ってんのか……」
 アルティナも神妙な顔をした。
「ここは、いい人ばかりですのね」
「……ああ。風間翔一は、ここを、自分でできる方法で守りたくて、走ってたんだ」
 ガルシアは呟いた。
「……助けてやらなきゃ」

●そしてレースはスタートする
 翌日。
 《ランナーズ》に参加する六組が、ドロップエリアに入っていく。
 《トップランナー》は、二人揃って六組を待っていた。
 風駆ける者は優雅に笑みを浮かべて、翔一はぼんやりと視点の合わない表情をして。
「さあ、レース場は完成したわよ。紹介するわ」
 風駆ける者が背後の、楕円状のダートコースを見せた。
 ライトがきらめき、それぞれのトラップと、妨害役の《従魔》を照らし出す。
「まず最初のトラップは……Ms.アトラクアのスライムトラップ。ちゃんとご要望通り、服を溶かす仕様になっているわ。装備品は無理だけれど」
 ほんの僅か、土が掘られた上にビニールシートが敷かれ、何やらぬるぬるしたゲルより少し柔らかいスライムが鎮座している。
 カグヤは一枚のハンカチを入れてみた。
 少しずつ、スライムに触れた部分がとろけていく。
「これ、体に危ない成分は使っているのかえ?」
「Mr.アトラクアのご要望は服が溶けるだけでしょう。それ以上のことはしていないわ」
 そのまま進んでいき、次の場所で足を止める。
「次のトラップはここ辺り。第二コーナーだと思えばいいわね。Ms.佐藤とMs.アリスのトリモチトラップね」
 アリスがじっくり見ると、ほんの僅か、土が盛り上がっている。
「間違いないようですね」
 頷くアリスに、風駆ける者は微笑んでまたも進んでいく。
「次はMr.赤城とMs.ヴァルトラウテの、滑りやすいコースよ」
 カグヤのスライムトラップと似たようなものだが、スライムを更に柔らかくしたようなものが塗ってある。
「ぬめるな」
 龍哉は指を突っ込んで確認した。
「足場の悪いコース。これで十分かしら?」
「ああ」
「ふむ、最後のトラップに私のものを持ってくるとはいいセンスをしている」
「……Mr.エスとMr.緑のトラップは、最後の直線直前にあるわ」
 コースのど真ん中にレジャーシートが貼られていて、その周囲を巨大なプリンが取り囲む。
(食べたいなあ)
「緑、これは乗り越えるべきトラップだ、食事は後ほどな」
「な、主様、私は何も思っていません」
「目が言っている、目が」
 エスは緑を見てにやりと笑い、そこだけ漂う甘ったるい香りに満足するように頷いた。
「そして私のトラップは、見ての通り《従魔》の群れ。命令は、ある一定以上の大きさ、一定以上の速度を出している存在……つまりは《ランナー》に、攻撃を加えること。これは私も例外ではないわ。何か苦情があるのなら今のうちに聞くけど」
 《ランナー》達は、顔を見合わせた。
 ここまで《愚神》がこちらの要望に応えるとは思っていなかったという顔をしている。
 ここまで要望に応えたのは、そこまで自分たちに有利な条件でも《愚神》が勝つ自信があると思っているから。
 勝てるのだろうか。
 もし、敗北したら、どうなる?
 エス以外の全員が、同じ考えをしているとお互いに思った。
 そして、余裕の笑みを浮かべているエスを見る。
「何、敗北してもどうということはないさ」
「エス?」
 エスは胸を張って笑う。《ランナーズ》ルールとはいえこれから《愚神》と戦う緊張とは無縁な笑みで。
「今のところ、《愚神》の思う通りにことが動いている。その間は翔一や観客は生かされるだろう。我々が敗北したとして、きみ達が恐れる事態にはなるまい。別の事態は起きるがな。それより、今はむしろ、勝った時の事を恐れなければならない」
「……どういうことだエス?」
 龍哉の問いかけに、エスは答えない。
 その間に風駆ける者と翔一はリンクし、軽くステップを踏む。
 その瞬間、倒れた観客達が、むくりと起き上がった。
 ごおおおお……と空気が震える。
「走れーっ! 行けーっ!」
「《トップランナー》!」
「頑張れーっ!」
 エリアルーラーに操られている観客達が、《トップランナー》へ声援を送る。
 そう。この世界は《愚神》の思う通りに作られた世界なのだ。
「完全にアウェイだな」
「あんな声援、声援じゃないよ」
 アキレウスの渋い声と、カレルの吐き捨てるような声。
 その時。
「H・O・P・E、H.O.P.E.のみんな、がーんばれーっ!」
 昨日と同じ、黄色のチア服にポンポンの華紅が、一段高い場所から、たった一人で応援を送っていた。
「フレフレ! H.O.P.E.! フレフレ! H.O.P.E.! ラーブ!」
「何じゃ、最強の応援がおるではないか」
「やるっきゃ……ねぇなぁ!」
 一同はリンクを始める。
「さ、アキレウス、始めるよ」
「分かった。取りあえず、お前の誓約だけは忘れるなよ」
 カレルとアキレウスが誓約を確認してリンクする。
 リンクした咲雪がやる気の欠片もない表情で突っ立っている。
(咲雪?)
「ん……走る、だけ」
アリスの言葉に咲雪はぼんやりと頷く。
「楽しみね?」
 リンクしたestrelaが風駆ける者の肩を叩いてスタートラインに着く。
 観客のどよめきが唸りのように響く。
 テレビカメラに取り憑いている《従魔》があちこちで撮影準備をしている。
 《トップランナー》だけを応援する観客の中で、一人華紅がひたすらH.O.P.E.の応援を続ける。
 スターターの《従魔》が、全員が横一線に並んだのを確認し、赤い光を出した。
 それが、不意に青い光に切り替わった。

●トラップとスピード
 飛び出したのはestrela。その次に龍哉と風駆ける者が続く。
 龍哉の摺り足と右手と右足を同時に出す独特の走り方を見て、風駆ける者が軽く口笛を鳴らす。
「ナンバ走り? 初めて見るわね。興味深い」
「へぇ? これを知ってるのかい。名前通りってわけだな」
 軽口を叩きながらも、estrelaの背後にぴったりついて走る。
「あれあれ~?」
 estrelaが背後に声をかける。
「意外と遅いんじゃない、風駆ける者さん~?」
「《ランナーズ》はね、速さと一緒に、対トラップを計算するものなのよ」
 そこへ《従魔》が襲いかかってきた。
 咄嗟に三人は攻撃態勢を取ったが、それを抜けていった者がいる。
 咲雪が、襲い来る《従魔》に対して跳躍一番、《従魔》の頭を踏みつけて三人を抜いていったのだ。
「反則か?」
「跳躍は可よ、飛ぶのはアウトだけれど」
 龍哉と風駆ける者は邪魔する《従魔》を叩き潰す。
 エスとカグヤが後を追い、最下位はカレルだ。だがカレルが《従魔》を避け、どんどん距離を詰めていく。
「敵はお前らじゃない、《トップランナー》だ」
 咲雪とestrelaが第一トラップスライムゾーンにたどり着く。
(これは……避けるべき? それとも?)
 仕掛けられたトラップはいずれも破壊してクリアするのは難しい。スキルは慎重に選ばなければ……。
 と一瞬戸惑ったestrelaの横をあっさり抜いて、咲雪が走っていく。
 走るたびにスライムがバシャバシャと散って咲雪のスカートを溶かしていく。もっとも装備品は溶けないので、いきなりモザイクをかけなければならない事態は避けられているが。
「悩んでいる暇があったら走りなさい」
 estrelaの横を抜いて、風駆ける者がそう呟いてスライムゾーンに入った。
「俺の考えたトラップより滑りにくそうだな」
 龍哉が走っていった時点で、estrelaは失策に気付いた。
 トラップのある場所は全員が知っている。そして皆の考えたトラップは床に敷設する、バランスを崩すタイプのもの。バランスに自信があるならば走った方がいい。
 estrelaとカレルがほぼ同時にスライムゾーンに入り、エスとカグヤが入った。
「ぬお!?」
 カグヤが横転する。
「ふむ、残念だがきみ、己のトラップで足止めを食うがいいさ!」
 エスが自信があると言っているだけのことはあるバランスで、服を溶かしながら走っていく。
「うぬ……」
 服を溶かされながらもカグヤはラジエルの書を手に取りながら前進する。
 ぬるぬるはカグヤのバランスを奪うが、カグヤは負けずに前に進む。
「負けるなーっ! 頑張れーっ! H.O.P.E.!」
「うむ……負けるつもりはないぞ」
 小走りに走りながら、カグヤは華紅の応援に頷く。
 その間にも他のランナーは走り続ける。

●トリモチは危険か安全か
 先頭を走っていた咲雪の頭の位置が、がくりと落ちた。
 自ら仕掛けたトリモチトラップは、咲雪の動きを封じようとする。だが、ぬるりとした感触が少しトリモチの妨害を防いだ。
 スライムゾーンでただひたすらスライムも無視して走り続けたため、装備品は別だがスカートはほぼ全滅、服もスライムが跳ねた部分が溶けている。
 ただ、スライムをまとわりつかせたままトリモチゾーンに入ってきたため、スライムのぬるぬるがトリモチに巻き込まれることを防いだのだ。
「……面倒」
(言ってる暇があるなら走りなさい)
「……走ってる」
 その隣にカレルが並んだ。
「その状態じゃまずいよ」
 下半身が辛うじて装備で隠れている状態に、カレルが余計なお世話だが、と声をかけた。
「……平気」
 本人が気にしないのを確認して同じく潤滑剤代わりにスライムを使うカレル。
(《従魔》の攻撃がなくなった?)
 トリモチを引きずって進むカレルは疑問に思う。
(《愚神》に命じられてか、それとも)
(いやカレル、あいつらは《愚神》の命令に忠実に動いている)
 アキレウスが、答えを出す。
(《愚神》が言ってただろう。一定以上の速度で走る一定以上の大きさのものに攻撃を仕掛けると。つまり今は《愚神》の命じたスピードに達していないからだ)
(抜けてスピードをあげれば再び襲ってくる、ということだね)
(ああ、しかも、残る二つはスピードを上げなければ突破しにくいトラップだしな)
 カレルは走ることに頭を切り換えた。《従魔》の攻撃がないなら、少しでも行くしかない。
 咲雪とカレルがほぼ同じ速さでトリモチゾーンを進む。
 その背後に、龍哉、風駆ける者が続き、estrelaとエスが来る。一度滑ったカグヤも追いついてきた。
 だが風駆ける者はスパートをかけない。
 この団子状態から一気に抜き去るチャンスなのに。
 龍哉はその理由を見抜いた。
(そうか、こいつは……)
(どうしたのですか?)
(風駆ける者が全力を出すのは、このトリモチゾーン終了直前だ)
(何故、分かるのです)
(そりゃあそうさ。先頭を行く二人がトリモチの効果を弱めてくれてんだ、抜こうと思えば新鮮なトリモチのエリアを踏むしかねぇ。先頭二人が切り開く道をたどった方が楽に行けらぁ)
(では、あなたが全力で走るのは?)
(決まってら)
 龍哉は目を細めてヴァルトラウテに答えた。
(同時さ)
 estrelaも同じことを考えていた。
(むぅ~、単純な走るバカだと思ってたけど、結構考えてる……)
(……レーラ、残る二つのトラップは使いようによっては逆にスピードを上げられる。……今は耐える時だ)
(うん、そうだねキュベレー。今は耐える時だ)
 そしてエスも。
(緑、抜ければ一気だ。一気にプリンゾーンへ突っ込むぞ)
(主様、ゴールへ向かうのでは……)
(緑、まだきみは私を理解しきっていない。何故なら、プリンゾーンこそ私の最高の見せ場なのだからな!)
 咲雪とカレルがトリモチゾーンから出ようとした瞬間。
 《ランナー》達は動いた。

●滑りながら
「悪ぃなカレル! ここは行かせてもらうぜ!」
「先導役、ご苦労様」
 龍哉がカレルの肩を掴み、風駆ける者が咲雪の頭に手を乗せた。
 次の瞬間、一気にトリモチから足を抜き、置いた手に重心をかけて跳躍する。
 龍哉と風駆ける者は一気に走りだした。
 おおおおお……とスタジアムはどよめく。
 スピードがあがったことで、《従魔》達が一気に襲いかかる。
 だが、白刃が龍哉を狙った《従魔》を打ち抜いた。
「ラジエルの書!?」
 カグヤが走りながら攻撃を仕掛けたのだ。
「ついでにっ」
 カグヤの白刃が風駆ける者の足下を狙うが、攻撃に気付いた風駆ける者は軽く躱す。
「レース中の直接攻撃はアリなのかよっ」
「アリよ。観客を巻き添えにしなければ」
「へっ、随分と観客想いの《愚神》さんだ」
「彼らが倒れればライヴスを失うもの」
 龍哉と風駆ける者はほぼ同時に滑るゾーンに入った。
 estrelaも追いつき、咲雪、カレル、エル、カグヤと、再び団子状になる。
 《従魔》の攻撃を、トリモチゾーンを進みながらのカグヤの援護で切り抜け、一同は走る……というか、滑る。
「ぬぅ、走りながらあそこまで避けられるとは」
 バランスを保ちながら攻撃を続けるカグヤは舌打ちした。自分の足では追いつけないと悟り、援護攻撃を続ける。《従魔》へと《愚神》への攻撃を。
 華紅はスタジアムのどよめきに負けないよう必死で応援を続ける。
 滑るゾーンでバランスがいいのは、風駆ける者と龍哉だ。
 二人とも、走ると言うより滑っている。凹凸があるわけではないので、その方が速いのだ。
 後続もそれに気付き、踏み出して重心を前にかけて滑った。
 だが、龍哉ははっと気付いた。
 この後は、プリンゾーンだ。
 この滑った勢いで、スライムで溶けた裸足にまとわりついたぬるぬるで滑っていったら、プリンに直接ぶつかるのではないか?
(やべぇ、あんなもんに正面からぶつかっちまったら時間を食われる)
 皆もそう思った。だから体勢を立て直すなりスピードを落とそうとしたりした。
 だが、エスと風駆ける者だけが、更にスピードを上げた。
「嘘、正気なのぉ?」
「危ないよエスっ、そのスピードじゃあ!」
「……なんであんなにスピード出すんだろ」
 estrela、カレルが悲鳴に近い声を上げ、咲雪が思わず呟いたほどに。
 エスは真正面から滑り、ゾーンを抜けてもまだ滑り、滑ったまま進んでいく。
「ふっ! 私はバレエを嗜んでいたのでね、プリンゾーンを華麗に滑り抜くだけさっ!」
 風駆ける者が軽く進路を左に寄せた。
 エスはそれ以上に滑り、真正面から――。
 プリンに突っ込んだ。
 フィギュアスケーターがバレエを練習するように、確かにバレエはバランス感覚などを養うが、バレリーナがいきなりフィギュアスケーターになれないようにスケートはある程度の練習を必要とする。ましてやぬるぬるゾーンやプリンゾーンと言ったトラップ相手では……。
「ぬおおおおお!?」
 エスはビニールシートの一番奥まで突っ込んでいく。
 その上に、更にプリンがのしかかった。
「なっ」
 左端にあるプリン列を、風駆ける者が突っ込んで走っていくのだ。
「強行突破!」
「成る程ね、先頭ならプリンは崩れていないから、真正面からプリンにぶつかって突破していけば、それ程バランスは必要ない」
 ……エスは先頭ど真ん中のプリンに突っ込んでいったため、そのまま突っ切って自分の作った落とし穴に落ちていったのだが。
「って感心してる場合じゃないよね! 急がないと!」
「私が罠師で切り開くっ!」
 estrelaが右側のプリンを真っ二つに切り裂いた。プリンは道を空けて崩れて行き、エスの頭上に更にプリンがのしかかる。
 残ったプリンがぷるぷると震える程、スタジアムは震撼していた。
 そう、《トップランナー》が、走っていく。
 服が溶けても、プリンまみれでも、堂々とした走りで。
 敵視していたカレルも思わず見惚れるような走りで。
 龍哉が、estrelaが、カレルが必死で走る。
 カグヤが風駆ける者への妨害を続ける。
 華紅が、喉も潰れんばかりの応援をする。
 咲雪も走る。
 だが、カレルとestrelaがもうすぐ追いつくか、と言ったところで。
 風駆ける者はゴールを切った。

●勝利と敗北
「ぜっ、ぜっ、ぜっ、ぜっ」
「はぁっ、はぁっ」
 《ランナー》達が息を切らす。華紅が応援台から降りてきて、タオルと水を手渡す。
 そんな頃、プリンゾーン手前から妨害に専念していたカグヤがプリンゾーンを見下ろしていた。
「わらわに『己のトラップに足止めを食え』と言っておいて、エスは己のトラップで身動き取れず。どちらがマシかのう?」
「ふっ、私は、愉快に走れればそれでよかったのでね。ふむ……このプリン、結構いける」
「三秒ルールは適応されぬと思うぞ」
 そこへ飛ぶ《従魔》がやってきて、ぶんぶんと落とし穴に向かい、エスを吊り上げる。
「なかなか親切なぶんぶん丸ではないか」
「なんじゃぶんぶん丸とは」
「ぶんぶん飛ぶからだ」
 カグヤとエスがゴールに着いて、試合は終了となった。
「《トップランナー》、勝利!」
 無数のテレビカメラ《従魔》が、リンクを解いた風駆ける者と翔一を映す。
「な……なんか、疲れたの~」
 estrelaは膝をつく。
「確かに……これだけ走っても大丈夫なくらいには、鍛えているはずなのに」
 カレルもアキレウスに体を支えてもらっているが、アキレウス自身も危うい。
「次の勝負はいつだね?」
 そんな中、エスが余裕たっぷりに風駆ける者に聞いた。
「次があると思うの?」
「思うともさ、《愚神》。きみの目論見は全て上手くいった。なら次もあるはずだろう?」
 風駆ける者は少し目を丸くした。
「……失礼、Mr.エス。私、あなたのことを過小評価していたようね」
「気付くのが遅すぎる」
「トラップが愉快すぎて、てっきり遊びに来ただけかと思っていたのに。ええ、その通り。あなたたちがまた私に勝負を挑んでくるのなら、私はお相手するわ。私の目論見でね」
 風駆ける者は翔一の頭に手を置いた。
「俺は……誰よりも……何よりも……」
「当然ながら、彼と観客の安全も保証してくれるな?」
「餌は生きていなければ役に立たないもの」
「体が……重い……」
 咲雪が呟いた。
「では、我々は一旦退散するとしようか」
 エスは溶けた上にプリンまみれの体で身を翻した。
「エス!」
「忘れたのか? ここはドロップエリア、エリアルーラーの餌場だ、ここにいる限りライヴスは吸い取られてゆくのだぞ?」
 華紅も、自分の体が重いのに気付いた。
 そして、このドロップエリア自体が空気が圧縮されたような状態になっていることも。
 一同はエスを取り囲むようにしてエリアを出た。
 エリアは……大きさを増していた。
「どういうことなんだ、これは?」
 カレルがエスを問い詰める。
「言っただろう、あそこはドロップエリア、《愚神》の餌場だと」
「だから……!」
 エスは大げさに肩を竦めて首を振った。
「真面目に考えるならば、エージェントである我々が全力を出せば出すほど場内にはライヴスが溜まっていく。高まった濃度はご覧の通り、エリアを広げるに至った。マスメディアに放映され、スタジアム周辺にはH.O.P.E.のエージェントがどんどん駆けつけて事態を収拾しようとするだろう。わざわざこんなど派手なことをする《愚神》だ、こうなることは分かっていた」
「エスが試合前に言っていた、敗北したとして、恐れる事態にならない、と言うのは……」
「寄せ餌である翔一や観客は、少なくとも我々が勝利する時までは殺されはしない、ということだ。逆を言えば、我々の誰かが勝利した時、《愚神》がどう動くかは、誰にも分からない。そういう事だ」
「何か、手はねぇのか?」
 龍哉に詰め寄られ、エスは少し得意気に考え込んでいたが、指を弾いた。
「とにかく、《愚神》に勝たない限り事態は終わらない。そして、今回カグヤがやったように妨害や協力は《ランナーズ》のルールには引っかからない。と言うことは、少なくとも今回は一対一対一対一対一対一対一だったが、六対一にもなりうる、そういうことだ。負かせて、《愚神》がどう動くか。楽しみじゃないか。早速翔一や観客を殺しにかかるか、それとも大人しく解放するか。走る事を愛する《愚神》が走れなくなった時を、見てみたいね」

●スポンサーは
 夜。
 真一郎とリーゼロッテは再び競技場に現れた。
「真一郎さん。そこまでしなくても」
「だが、仲間の中で自分だけが有力な情報を手にしていない。何も得られないままじゃ、彼らの仲間とは言えない」
 真一郎は警備員の目を盗んで入り込み、少しずつ進んでいく。
 足を止めた。
 あそこにいるのは……風駆ける者!?
 スマホをいじっている。何か連絡でもするのか。
 リーゼロッテと頷きあって、少しずつ、気付かれないように、慎重に、近付く。
 声が届く場所まで来て、真一郎はスマホをハンズフリーのイヤホン付きマイクで録音できるようにした。
「こんばんはMr.。今宵は良い月ね」
 相手は男。誰だ?
「テレビでご覧になっているでしょう。こちらは思惑通りに進んでいるわ」
 相手の声はさすがに分からない。
「これまでご支援ありがとう。こちらはもう大丈夫よ。あなたも計画を進めるんでしょう?」
 しばらくの沈黙。
「ええ、お役に立てることがあれば引き受けるわよ。いつでも連絡下さいな」
 再び、沈黙。
「それにしても、あなたもこちらに随分とお金を注ぎ込んで下さったわね。そこまでして欲しいのかしら……。……失礼。そうね。ええ、確かに私の失言だわ。私だって走りをそう言われれば、相手を殺してしまうでしょうから」
 クスクスと笑う声。
「ええ、もちろん。このオーストラリア全土をドロップエリアにする日に、またお目にかかりましょう。ではね、Mr.スペンサー」
 風駆ける者はドロップゾーンの中に姿を消した。
 真一郎とリーゼロッテは顔を見合わせる。
「仲間が探していた、風駆ける者に最初の資金を与え、それ以降も資金を与え続けたスポンサー……」
「Mr.スペンサー……」
「……何者、だ……?」
「良い月夜ね。お二人さん」
 背後からかけられた声に二人は飛び上がった。
 いつの間にか背後に回り込んでいた風駆ける者が、優雅な笑みを湛えて立っている。
「走るつもりがないのならここには入ってもらいたくないのだけれど」
 風駆ける者の力が、増しているのが分かる。
 観客、翔一、そして昼に《愚神》と戦った仲間達……そこからライヴスを吸い込んで、風駆ける者は強力になっていく。
「一つ……おたずねしてもよろしいでしょうか」
 真一郎は喉を上下させて、からからになった喉から声を絞り出した。
「Mr.スペンサーとは、どのような方なのですか?」
 風駆ける者は楽しげに笑う。月の光に、金糸のような風駆ける者の髪が映えている。
「直球ね。でも、その答えを聞く前に、一つ聞きたいことがあるわ。あなたたちは私達をどこまで知ったのかしら?」
「……」
 素直に答えるべきか。しかしそれでは仲間達の集めた情報を売り渡す事になる。どう答えれば、仲間の不利にならずに情報を引き出せるか。
 クスクスと笑うと、風駆ける者は言った。
「Mr.スペンサーはご奇特な方よ。私の考えに賛同して、出資して下さった方。そして、私が走りに恋い焦がれるように、あるものに恋い焦がれて苦しんでいる方」
 歌うように遠い目をして語った風駆ける者は、すい、と真一郎とリーゼロッテに視線を戻した。
「これ以上知りたいのなら自分の頭で考えなさいな。走るのにだって頭が必要なの。ましてや、現実や真実などと言う遠い遠い幻を追い求めるのなら」
 そして、二人に背を向けた。
「月夜に血祭りは好きじゃないの。そろそろお帰りなさいな。あなたたちの言う、仲間の所へ」
 ドロップエリアに消えていく風駆ける者を、真一郎とリーゼロッテは呆然と見ていた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • アステレオンレスキュー
    ファレギニア・カレルaa0115
    人間|28才|男性|攻撃
  • エージェント
    アキレウスaa0115hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • エージェント
    ガルシア・ペレイロaa0308
    人間|35才|男性|防御
  • エージェント
    アルティナaa0308hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命



  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • エージェント
    Evgeniaaa1183
    人間|20才|女性|生命
  • エージェント
    Valahiaaa1183hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • エージェント
    駒ヶ峰 真一郎aa1389
    人間|20才|男性|回避
  • エージェント
    リーゼロッテ アルトマイヤーaa1389hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517
    機械|24才|?|生命
  • 空色が映す唯一の翠緑
    aa1517hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 野生の勘
    ティナaa1928
    人間|16才|女性|回避



  • エージェント
    添犬守 華紅aa2155
    人間|13才|女性|命中



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