本部

きっかけのカレーライス

真名木風由

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 8~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/01 13:55

掲示板

オープニング

 『あなた』達は、喉に詰まっていた息を吐き出した。
 今日は、東京海上支部で、新たにライヴスリンカーになった者向けの研修があったのだ。
 ライヴスリンカーとして任務に赴く場合、時として市街地で戦うこともある。
 緊急時であることも多い為、新人が見落としがちな点を有志の先輩リンカー達が自由参加の研修という形で指導してくれているのだ。
 リンカーになって日が浅い『あなた』達は、いざという時に頭が真っ白になってもという思いでこの研修を受けていたのである。
 先輩リンカーの実際の経験を基にした話は、まだ『あなた』達にはピンと来ない部分もあるが、全て現実という話だから、気を引き締めなければならない。
「とは言え、ずっと張り詰めたままでも仕方ないしな」
 指導してくれた先輩リンカーの男性がそう言うと、他の先輩リンカー達も皆頷く。
「まだ日が浅いってことは、任務で顔を合わせるリンカー達がほぼ初対面になるだろうな。今後何度も顔を合わせていけば、何かとスムーズだが、今はまだ難しいだろうし」
「そうね。顔と名前を一致させてない人も多いんじゃないかしら」
 女性の先輩リンカーが彼に続く。
 言われてみれば、と『あなた』達は周囲を見回す。
 研修だからと来たものの、知らない顔ばかり。
 顔と名前の一致どころか、名前すら知らない者が大半だろう。
 今、いきなり任務ですという話になっても、相手が誰かも分からない状況では任務も何もあったものではない。
 共にいる英雄とすら、まだまだ互いに知っていかなければならないのに。
 かと言って、任務の前に自己紹介しているような余裕など、あるのだろうか?
 『あなた』達の顔に走ったものに気づいたのだろう、先輩リンカー達はこう言った。
「今日研修が一緒だったのも縁だと思うし、皆で一緒に食事したらどう?」
 食事をすると言っても、レストランに行って一緒に食べるのでは印象的な者以外は案外忘れ易い。
 先輩リンカー達は、職員向けの食堂の厨房を借りて、皆でカレーライスを作ってはどうかと提案してきた。
 難易度がそれ程高くなく、分担して作業が出来る分、皆の会話が生まれるのではないか、というのが彼らの提案理由だ。
 この世界にまだ馴染んでいない英雄もいるだろうが、教わりながら行えば問題もないだろう。
 リンカー達の中にも料理が得意な者苦手な者、カレーに馴染みがある者ない者様々だろうが……ここはひとつ、友好を深める為にカレーを作ってみようか。

解説

●目的
・参加人数分のカレーライスを作る
・楽しい時間を過ごすこと

●カレーライスの簡単な工程(作業は全員で分担することとなります)
・肉・野菜を切る
・肉・野菜を炒める
・水を加え、アクを取りつつ柔らかくなるまで煮込む
・一旦火を止め、カレールウを入れ、再び弱火でとろみがつくまで煮込む

※ライスは基本白飯ですが、作れるのであればターメリックライスにしてもOKです。

●注意・補足事項
・先輩リンカー達は材料の準備はしてくれますが、カレーライス作りの場には登場しません。
・飲み物は、水・麦茶の2種類のみ。支部の建物内の為、飲酒はNGです。
・基本的な作り方を提示していますが、カレールウは自作がいい、辛いのが得意な人苦手な人用に分けて作りたい、お肉や野菜の数や種類については自由にしてくださってOKです。
・英雄と出会って日も浅いですから、自身の英雄のことやその英雄に食べて貰いたい料理(或いは英雄が興味を示している料理)についてお互い話してはいかがでしょうか。任務を共にするにしても、最初は何気ない話題の方が親しみを覚え易いかもしれませんよ。

リプレイ


「人数多いと材料も多くなりますね」
 今日切るのは、敵ではなく『具材』と高橋 蜜柑(aa0630)は大量の野菜と肉を前に静かな決意。
 カレーが食べたい気分だった彼女としては、美味しいものを食べるための努力は惜しまない。
 彼女の隣に立つジョアッキーノ ソールズベリー(aa0630hero001)などは、和食が好きだけどたまにはいいかと思っており、早く食べたい気持ちを具材切りの作業にぶつける。量が多いから、効率良く切っていかなければ、カレーにありつけない。
「早く始めよ! 沢山あるし。サラダの野菜とある程度共通しているから、そこまで手間は掛からないでしょっ」
 夢洲 蜜柑(aa0921)は、準備している他の皆を待たせる訳にはと具材切りを担当する皆へ笑いかける。
 特にヴァレンティナ・パリーゼ(aa0921hero001)へは、「それ位出来るでしょ!」と率先するよう言うが、当の本人は「アンタもいちいちやかましいわね」と軽く肩を竦めただけだ。
「野菜が1番多いみたいですし、僕達は野菜を切るのに専念しますね」
「辛口と甘口だと少し入れる野菜も違いますから、サラダと重複しない野菜を中心に切ろうと思いますが、どうでしょう?」
 離戸 薫(aa0416)と美森 あやか(aa0416hero001)が軽く手を挙げ、皆から了解を取る。
 と、そこへ、鐘 梨李(aa0298)とコガネ(aa0298hero001)がやってきた。
 食堂から人数分の皿を借りる等セッティングを担当する2人は、カレーの具で皿の種類を決めようと思ったとのことで聞きに来たのだ。
「甘口と辛口で入れる野菜を違う……そうすると、どっちのカレーを食べるかでお皿を分けて貰った方がいいかな……」
「そういうものなのか?」
「結構見た目の印象で変わるよ」
 コガネが首を傾げると、梨李はそう返す。
 甘口に南瓜が入るようなら、真っ白ではなく、オフホワイトがいい。厚みがあると尚いい。
 厚みがあると、暖かさが感じられるから。
 逆に、涼しげなものにしたければ薄手のものやガラスのもの……食材に夏野菜はないから今回は必要なさそう。
「力仕事あるし、こっち手伝ってるけど、人手が足りなきゃ遠慮なく呼んでくれなー」
 この時具材班はタマネギを切り始めており、その余波を喰らって涙目のコガネは、セッティングを考える梨李へついていった。

「料理したことあるの?」
「包丁握ったことくらいあるわよ。……あるわよ、あるもん」
 夢洲の怪しいものを問う目つきにヴァレンティアは答えつつも、目は包丁に固定されている。
 ここで、天の助けあり。
「切れ目入れてから茹でればむきやすい、と死んだお爺様が言っていました」
 高橋がまだ煮込みの段階ではないから、と提案してくる。
 ヴァレンティナが「同じ蜜柑でも違うわね」と高橋に感謝すると、蜜柑が「あたしに失礼じゃない!?」と反論し、2人のやり取りを見た高橋が同性の英雄だとこういう感じになるのかと顔を綻ばせた。
 さて、異性の英雄であるジョアッキーノは肉と戦っている。
「敵を切るのとは訳が違うでござるな……!」
「同じ刃物ですよ」
 力を入れ過ぎ、と高橋はジョアッキーノへ指導。
 料理は得意ではないそうで、指導前に切った肉も完全に切れていない。
「武器を振るう方が楽でござるよ」
「案外、肉を敵に見立てて切ったらいいかもしれませんね」
「その考えがあったでござるか!」
 頭を切り替えたジョアッキーノは高橋指導の下真剣勝負を開始する。
 それを見ていた薫とあやかは、野菜を切っている。
「料理が上手かったお爺様も人参だけは切り方教えてくれなかったんですよね。父親の遺言で人参だけは食べてはいけないと言われてたから調理するわけにもいかないと。……ただ単に嫌いだったのだと思いますけど」
「可愛いお爺様だと思いますよ?」
 少し恥ずかしそうな高橋へあやかが微笑みを向ける。
 そのニンジンは銀杏切り、これは甘口に入れるカボチャも同じだ。
「こうして一緒に作るのもいいですね。任務によっては自己紹介の時間もないでしょうし」
「余裕がある任務なら移動中に自己紹介出来ると思いますが、そういう任務ばかりでもないでしょうからね」
「先輩方はそうした苦労を経験されたかもしれませんね」
 あやかと薫の言葉に高橋がそう言うと、2人は「なるほど」と頷いた。
 そこへレタスとミニトマトの準備を完了させた夢洲が加わった。
「ニンジンのスライス、終わった? タマネギもまだあるから、手伝うわよ?」
「お願いします。3通りに切っていますから、時間が掛かっているんです」
 夢洲へあやかが依頼すると、ジャガイモと格闘するヴァレンティナはまだ大丈夫だと確認した夢洲が応じた。
 あやかが言うには、辛口カレー用は繊維に沿った千切り、甘口カレー用は甘味がしっかり出るよう微塵切りにしているそうだ。更にサラダ用へスライスしていれば、材料の多さもあって時間が掛かっているという訳である。
「了解、と!」
 夢洲がタマネギをスライスし始めると、ジャガイモの皮を剥き終わったヴァレンティナが目を押さえる。
「玉ねぎで目が……っ!!」
「迂闊過ぎない?」
 夢洲がヴァレンティナが半眼で彼女を見る。
 そんなやり取りに、薫とあやかも微笑ましいものを覚えた。(直後、薫は夢洲と同じ義務教育期間(共に中学生)の立場なのに失礼かな、と思ったりはしたらしいが)
「ジャガイモはやや大きめの乱切り……で、いいんだよね」
「煮崩れすることも考えておかないと」
 気を取り直した薫があやかへ顔を向けると、あやかは微笑んで応じた。
「具材は大体切り終わりましたよね」
「そうね。あたし達はサラダ作り続行だけど。ドレッシングも作れそうだし、頑張らないとね」
 高橋が話しながらも手を止めず切った結果を見る隣で夢洲がうんうん頷く。
「ドレッシング……作れるのでござるか?」
「オリーブオイルとレモン汁、塩胡椒で作るの。クルトンはなかったけど、仕上げに粉チーズも使うし、結構本格的なんだから」
「ちょっと待って」
 ジョアッキーノと夢洲の会話にヴァレンティナが割り込んだ。
「そういう時はモッツァレラチーズでしょ!?」
「用意して貰って何贅沢言ってるのよ」
 粉チーズなんて、と言いたげなヴァレンティナの主張を夢洲が退ける。
 生意気と言われがちな夢洲だが、全く筋が通っていないことは言っていない。
 がくり、とヴァレンティナが肩を落とす。
「拙者達も梨李殿、コガネ殿を手伝うでござるよ」
「人が沢山だから、準備も大変ね」
「だから、いいのでござろう」
 切って混ぜて盛り付ける、それだけでも重労働だったとヴァレンティナが漏らすと、慣れない料理を修業としたらしいジョアッキーノが笑って応じた。


「炊飯器で炊くとは言え、人数が多いと炊くだけでも大変……」
「だから、食堂を貸してくれたのだろうな」
 ハーメル(aa0958)が呟くと、頷く墓守(aa0958hero001)は先輩リンカー達の配慮を口にした。
 食堂にある業務用の炊飯器を借りるとは言え、人数分+お替り分となると米の量も一気に研ぐのが難しい為、炊飯班全員で手分けして研いでいるのだ。
「ルウの柔らかさも聞いたから、それに合わせてお米炊いた方が美味しい……良いカレーには良いご飯」
「コレをドンナ感じで洗えばいいノカナ?」
 鴉守 暁(aa0306)の隣では、キャス・ライジングサン(aa0306hero001)が米を研いでいる。
 暁が言うには、トロトロで柔らかいならちょっと硬め、逆なら普通に炊いた方がいいそうで、ちゃんと聞いてきたらしい。
 提案と準備までしてくれた先輩達は他の研修があるとのことで参加出来ないそうだが、後で感想を教えて欲しいと言ってくれたので、美味しいご飯を炊きたい。
「結構難しいですよね。暁さんに教えていただきましたけど」
 ハーメルが両手で米を掬い、水を垂れ流しながら拝むように洗う。
 手分けしているとは言え、米の量は多く、慣れていないと大変だ。
 尚、この世界にまだ馴染んでいない2人の英雄へ暁が米研ぎ指導をしている。……洗剤を入れそうになったキャスを見て危機感を感じたらしい。
「ガッシャガッシャやっちゃダメなんデスカー?」
「つい、力が入ってしまう……」
「力加減が大事ー。それなら力出せないでしょ。美味しくなーれ、美味しくなーれが大事」
 キャスと墓守へ手本を見せるように暁が洗う米が入ったザルを大きいボウルに入れ、「美味しくなーれ美味しくなーれ」と両手で米を掬い、拝むようにざりざり洗う。
「美味しくなって欲しいから、お米にお願いするのはありますね」
 ハーメルが笑ってそう言い真似すれば、キャスと墓守も暁の言う通りにした。
 洗い終わったお米は暁が計量、炊飯器へお米とお米と1.2倍の水を足してタイマー、漬けておくそうだ。
 ターメリックライスも作る為、2つ目の炊飯器はターメリックや鶏がら等々の調味料も入れてある。
「時間が来たら、炊き始めればいいよ。スイッチ押すだけで調整してくれるし、便利だよねー」
 業務用で炊くのは初めてだけど、と暁。
 この人数でもフォロー出来る炊飯器2台とあって、ガスコンロで炊く必要はなくなったそうだ。
「ガスコンロだと火加減があるからねー」
「そうなのか?」
 墓守が尋ねてみると、暁が大きく頷いた。
「最初は中火、沸騰したら弱火ー。陽炎のようにスチームして、蒸気が出なくなったら消火して、10分はそのまま蒸す……そうじゃないと良いご飯にならないー」
「様子見たらダメデス?」
「ダメダメよー、始めちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣くとも蓋取るな」
 キャスが尋ねると、暁はそれがコツなのだと教えてくれた。
「赤ちゃんデスネ」
「そう。昔から女が家事に専念していたからねー、勿論育児しながら料理してたわけよー。料理とはとてもサディスティックなのよー」
 キャスは暁の言葉に納得していたが、ハーメルは最後の言葉は何となく違う気がした。
 が、キャスが納得しているならそれでいいのだろうと別のことを口にする。
「炊き上がりが楽しみだな」
「その頃には美味しいカレーライスも出来ているだろう」
 ハーメルの呟きに墓守がそう言って微笑んだ。


 九重 陸(aa0422)の手元をオペラ(aa0422hero001)は、興味深そうに眺めている。
「エリックは器用ですのね……」
 家事は苦手というオペラからすると、カレールウを作る工程はそうとしか言いようがないのかもしれない。
「僕から見ても陸は器用だと思う。ルウから作ろう、なんて凄いよ」
 会話に加わったのはレヴィ・クロフォード(aa0442)。
 彼は具材を炒める担当で、ルウ作りの為フードプロセッサーで微塵切りにしたタマネギとニンジンを炒める陸の隣で具材を炒めている。
「タマネギはやっぱり時間掛かるよね」
「飴色が大事だからな」
 レヴィに応じる陸も飴色を意識して炒めている。
「お肉、野菜……焦がさないよう注意しないとね。折角カレーに合わせて切り方も工夫して貰ってるから。特にジャガイモが少し大きめなのは煮崩れ対策だろうしね」
「多人数だと工程が微妙に違うな」
「家庭で作るのとはちょっと違って楽しいよね」
 陸の言葉にレヴィも笑う。
「だから、仲良くなるにはいい……んでしょうか」
「協力し合わないと無理ですし、今、わたくし達話してますもの」
 リオ・メイフィールド(aa0442hero001)が首を傾げていると、オペラが微笑む。
 2人は炒める担当ではなく、リオが煮込み、オペラが盛りつけと担当が違うが、そこも人が多いからこそ協力し合うことが大事だろう。
「分かってるとは思いますが、お酒とかはダメですからね」
「分かってるよ」
 窘めるリオへレヴィが軽く笑った。
 そろそろ煮込み出来るとリオが煮込み班へ準備を伝える。
 サラ・カミヤ(aa0527)がアリア・ピト(aa0527hero001)と共に他の様子を見に行っていたらしく、状況を伝えてくれた。
 アリアも盛りつけ担当なので活躍はこの後だが、片付けを手伝ってくれるらしい。
「皆順調みたいです」
「なら、カレールウの俺は責任重大だな」
 サラに笑う陸はまだ高校生のあどけなさがある。
 しかし、その手元はちょっとしたもの、得意なのだというのが見て取れる。
「独り暮らしの経験があるからな」
「頼もしいですね」
 サラが感心していると、無音 藤華(aa0863)もやってきた。
 彼女はジャガイモを入れるタイミングを知りたく、皆に好みを聞いていたそうだ。
「普段あまり和食以外は作りませんが、薫さんの言うように肉じゃがと作り方もほぼ一緒ですから、問題ないですし」
 その薫とあやかも手が空いたこともあり、引き続き甘口カレーの煮込みも行いたいらしい。
 人数が多い為、灰汁取りも交替制となるだろうし、量的に野菜を切る作業も行った彼らだけ沢山作業するのも何か違うだろうということで、全面的に、ではないが、協力をお願いしたとのこと。
「具材を入れる順番を考えないといけないですね。ジャガイモは皆さんの意見を取り入れたタイミングにします」
「その前に具を均等に分けた方がいいかもしれませんね。味やお肉ごとに鍋が異なりますから」
 藤華とサラは言葉を交わし、具材を分け始める。
 爪を切る、髪を纏めると言った衛生面をサラとアリアが心掛けたからか、皆彼女達に倣っており、衛生的な心配をする必要はなさそうだ。
「水の量はどうしましょうか。あんまり多いと水みたいになっちゃいますし、野菜からも水が出ますし気持ち少な目位で丁度良いでしょうか」
「甘口は半分を牛乳にしてはどうかしら」
 リオが確認を取ると、あやかが提案した。
「リオ、辛いの苦手だから、甘くなるのはいいんじゃない?」
 陸にも甘口のルウへチャッネの量についてもこっそり依頼していたレヴィが言い、牛乳の投入が決まる。
 煮始めれば、灰汁が出てきて、交替で取ることとなった。
「地味に大変ですけど、私、この作業は嫌いじゃないんですよね。こういう地味な作業ひとつひとつが美味しさに繋がると思うと、それも楽しくなるじゃないですか」
「そういう考え方もありますか」
 藤華の隣でリオが小まめに灰汁を取っている。
 いい具合で煮込まれているかは竹串で刺して確認となるだろう。
「ん、こんなモンかな」
「見事ですね」
 陸の言葉に反応したサラがルウを覗き込み、感心する。
 薄力粉、カレー粉と炒め、煮汁で少しずつ伸ばしているルウは、煮込んでいる鍋へ投入する段階に来ていた。
 ルウも調味料で味を調節するそうだが、ここで甘口と辛口に差を出す。
 辛口の鍋には煎って香りと辛さを出したスパイスを加えるが、甘口の鍋には摩り下ろしたリンゴとバナナ、蜂蜜が加わるのだ。
「リンゴ、バナナのとろみと香りで辛さが抑えられるだろうな」
「これでかなり甘くなるわね」
 陸とあやかは顔を見合わせ、互いの意見を一致させる。
「焦がさないよう注意して混ぜないといけませんね。勢い余って形崩さないよう確実に」
「後も美味しさも考えれば、苦にはならないですしね」
 焦がさないようじっくりことこと。
 サラと藤華が丁寧に煮込んでいく。
「味見は……必要でしょうか。してみないと、味が分かりませんし」
 リオは甘口カレーの味が特に気になって聞いてみる。
 先程、あやかの提案もあり、月桂樹の葉とオニオンスープの素も隠し味として入れている。月桂樹の葉は食べられない為、後で引き上げることになるが、オニオンスープの素は調整役としていいらしい。
「お詳しい方がいると助かりますね」
 サラは相手の話を引き出すように話を振っていく。
 年齢的に上から数えた方が早い自分のことより、若い子に話をさせた方がいいのではないかと思ったからだ。
 迷惑にならないよう配慮しつつも話を引き出す誘導は、現時点でも交流に大きく貢献しているのは言うまでもない。
 味見をするリオが辛くないことに驚き、陸とあやかを素直に褒める薫とオペラがサラの目に優しく映っていた。

 カレーは無事完成、皆で食べよう。


「良いカレーに良いご飯……完璧なのさー」
「美味しいカラ、沢山食べてネ」
 ご飯を盛るのを引き受けてくれた暁とキャスが手分けして皿にご飯を盛っている。
 お替りを想定して炊いているから大丈夫、と暁は「どんどん重くなるよー」と希望を聞いて、白米またはターメリックライスを積んでいる。
 そうしてお米を盛って貰うと、辛さ別のルウを盛って貰うことになる。
「オペラさん、一度にがばっとやらなくてもいいから、落ち着いて」
「うふふ、エリックのカレーは無駄にしませんわ」
 陸が付きっ切りで甘口カレーを盛るオペラを指導している。
 爪も髪もバッチリだったけれど、盛る前に改めて手を洗ったアリアも気合十分。
「お皿は食堂のものだから絶対割るな、サラが言ってた! 皿を割るとサラの笑顔が割れる!」
 だから、お皿を割らないよう注意。
 綺麗に盛りつけて、美味しそうに見えるように。
 出来なかったら、皆食べられなくなっちゃう。
 サラの笑顔だけでなく、皆の笑顔も割れそう。
 裏表なく全て口にするのは、アリアのいい所でもある。
 辛口カレーを綺麗にしっかり盛りつければ、後は夢洲が作ったサラダが盛りつけられて完成。
 梨李が食堂の食器の範囲内でもきちんと選んだお皿に盛られたカレーもサラダも自分達で作ったとは思えない程輝いている。
「いただきます」
 そんな一言と共に皆、カレーを食べ始める。
「隠し味なんだろ……」
 陸の自作ルウを味わう高橋は隠し味を考えてみたが降参、陸から自分でも作ってみたいとレシピを聞き、メモを取る。
「途中まで肉じゃがみたいだなと思ったが、香辛料が入るだけで大分変わるもんだなぁ。飽きが来ない味だ、俺は好きだな!」
「しかし、何故ご飯にかけるのでござるか? パンではダメなのでござるか?」
 美味しそうに食べるコガネの隣の席でジョアッキーノはそのことが不思議でならない様子。
 この世界はまだ馴染みがない為、よく分からないことは積極的に聞きたいようだ。
「いいことばかりじゃないですよ。この人、見た目はいいんですけどねー」
 苦笑する高橋は、ジョアッキーノの『ござる口調』は別にいいそうだが、文化的に違う部分で凍ることもあるらしく、異文化交流の難しさを感じているらしい。
「世界が違えば色々違うと思いますが……俺は、レヴィはよくこれで生活出来てたなって思います」
「英雄のリオさんから見てもそう思う生活なのですか?」
 サラが引き出すように話を投げると、リオは大きく頷いた。
「お酒ばっかり飲んで、食べる方が疎かになっていますし。今でも俺が注意しないとその調子ですから」
「そうなんだ。他に何かあるー?」
「ありますよ! 俺が起こさないと全然起きないですし。生活態度は改めてほしいです」
 アリアがまだ聞けそうだと踏み込むと、リオはレヴィの罪状を並べた。
 ただし、レヴィは軽く肩を竦めただけで、その余裕は崩れない。
「ダメって言えば、ヴァレンティナも相当じゃないかしら?」
 夢洲が呆れたようにヴァレンティナを見る。
「いい年こいて辛いのダメなのよ。あたしの方がお姉さんよね」
「人の味覚は自由でしょ」
「それに何かにつけてワインとチーズとオリーブオイル寄越せって言うし、ワガママよね。イタリア人でもないのに。ここ日本なんだし、ワインより日本酒飲みなさいよ、日本酒。アンタ酒飲みなんだし。おつまみは塩で十分!」
「日本酒に塩とかおっさん臭い……どこで覚えたのよ、そんなの」
 夢洲が言うには、自分の方がヴァレンティナよりお姉さんで、すぐにお嫁に行けるレベルだそうだ。
「それでドレッシングにオリーブオイル、仕上げに粉チーズだったのでござるな! ヴァレンティナ思いでござる。すぐに嫁げるでござる!」
 ジョアッキーノが大変真面目に言うと、ヴァレンティナの動きが停まった。
「お嫁にって、誰がこんなちびっこ貰うっていうのよ。ロリコンじゃあるまいし」
「誰がちびっこよ!! アンタこそお嫁の貰い手がないんじゃないの!!」
 ヴァレンティナの反論に夢洲がすぐに応戦し、言い合いになる。
 が、夢洲がロリコンというものを理解しているようには周囲からも見えない。、
 2人に少し気圧されていたリオが「でも」と自分の考えを口にした。
「色々と文句はありますが、楽しくない訳じゃないんですよ。独りでいたらこう思うこともなかったでしょうから」
「英雄の方も色々、かな」
 梨李が自分の英雄とは違うと思いながら、コガネを見る。
 辛口カレーをお裾分けしてくれたコガネは梨李の視線の真意が分かっていないようだ。
「金ちゃんは……ぱっと見、大学生位に、見えると思う。けど、実は親子位年が離れ」
「おぉっとそこまでだぜぇ」
 コガネが彼女の口を手で塞ぎつつ、爽やかな笑顔。
 でも、冷や汗っぽいのが流れてるので、見逃さない者は見逃さないだろう。
「俺達にはいなかった世界の人だしな。オペラさん、変わった所もあるけどさ。優しい人だぜ」
 やっぱり美味しいと思っていた甘口カレーをふーふーしながら食べていたオペラは、陸の言葉に気づいて顔を上げた。
「あら、わたくし、変わっていまして?」
「俺にはそう映るけど、オペラさん優しい人だからいいと思ってるぜ」
「まぁ、エリックったら」
 くすくす笑ったオペラは、改めて、という前置きと共に自身をこう紹介した。
「わたくしはオペラ。世界を音で満たすため舞い降りた女神です♪」
 そう言ってから、特に陸の反応を見たオペラは拗ねてみせた。
「本気にしていませんね? ……まあ、わたくしも覚えているのは自分の名前と、音楽の素晴らしさだけなのです。本当に女神なのかはわたくしも知りません。そうだといいなーと思っています」
「そういう世界から来たかもな! 俺は、こっちの昔話にあるような場所から来たんだぜ?」
 コガネが言うには、日本の金太郎という童話がほぼ自分で心底驚いたそうだ。
 が、自分がいるなら、他の『太郎』達もこの世界に来ているのではないか、その『太郎』達全員と会うのが夢だと話してくれた。
「本当に皆バラバラだよねー。大層な出身のヒトもいるみたいだし、ドッキリだよー。世界離れて大丈夫なのかなって気もするけど」
 アリアが食べながら、自身が聞いた英雄達の話を思い返しながら言う。
「あたしは死ぬ予定だったし、いてもいなくてももう関係ないんじゃないかなって思ってるけど……どーなんだろ?」
「それこそ意味があるのかもしれない」
 明るくない話題を明るく言うアリアへ沈黙を守っていた墓守が答える。
 何か意味があるから、この世界に来たのではないだろうか。
(墓守さんにも思うことがあるんだろうな……)
 素性を隠したがる傾向の墓守を気遣い、自己紹介程度に留めて話したハーメルはその言葉にそうした感想を抱く。
 墓守も何か意味があるからこの世界に来たのなら、今後自分達がどう頑張っていくかの半分は自分次第だとハーメルは思う。
「でも、憶えていないこともあるから……それを知るのも大変そうですね」
「あやかさんはご自身と親しいお友達の名前以外前の世界のことを思い出せないみたいで……」
 あやかがそう言うと、薫が彼女の記憶の状況について言及した。
 そういうケースも珍しくないらしい。
「私は……それでも羨ましいです。私はぐいぐいいけないので。見習いたいですね」
 藤華はそう言って、向かいの席のカメリア(aa0863hero001)を見た。


 話はいつしか能力者となった自分達自身にも及んでいた。
「知り合って長い訳じゃないけど、可愛い良い子だって思うね。さっきの話の通り、小言は言われるけど」
 それでも、独りでいるより楽しい時間を過ごしているとレヴィは笑う。
 彼は、運命の出会いだとも思っているようだ。
「リオはご覧の通り食欲旺盛、甘党だからその内スイーツも作れるように……でも、陸も凄いよね。料理の作り甲斐あるけど、陸は自分で作っていそうだ」
「ご名答」
 見た目以上に大食漢の陸は痩せの大食いのリオといい勝負に食べている。
 礼儀正しく食べているのに、お替りのペースは早い。
 作る方からすると作り甲斐あるが、陸は作る側でもある。
「いやー、最近腹減ってさ。食費が浮いてマジ助かったぜ。授業中腹が鳴ったら恥ずかしいからな!」
 陸はそう言って、改めて自己紹介をする。
 普段は高校に通う陸は、今日も研修であるしと制服で来たらしい。中学在学時に病気で手術し留年したこともあるが、17歳の高校生活を謳歌しているようだ。口振りから、将来的には音響芸術の方面に進みたいのかもしれないが、この辺りはまだまだ変化する未来の中の話だろう。
 子供の頃からヴァイオリンを演奏していたそうだが、アイアンパンクとなった身では自分の腕で演奏していると言えないと思った為、現在は趣味の範囲であるとか。
「今日はお持ちになっていないんですか?」
「今日は研修って話だったから、持って来てねえな」
 サラに問われ、陸は軽く肩を竦めて笑った。
「ですが、お身体が弱かったようですし、能力者関係なく何か目標はあったりしますか?」
「目標? そうだな、とりあえずは色んな人と仲良くなることかな。こうやって大勢で飯食うの夢だったし、すげー嬉しい」
 サラの引き出しを広げる問いかけに嫌な顔を見せず、陸はそう笑う。
「そういうのも、何かいいですね」
 藤華がぽつりと零す。
 平凡で大した話題もない、と言う藤華は控えめな印象を受ける。本人が言うには、地味と言われることが多いらしい。
「前は駄菓子屋をやってたんですけど、今はちょっと休業中です。また余裕が出来れば開けたいですけど」
「駄菓子か……。何か、そういうの俺はいいと思うぜ?」
「その時は、良ければ寄ってみてください」
 陸に応じた藤華は皆を見、微笑んだ。
「これからは……とにかく頑張ります。今はそれしか出来ないから」
「僕も近いですね」
 藤華に続いたのは、ハーメルだ。
 元々自己紹介よりもこれからの自分達を話そうと思っていたから、いい機会だと思う。
「僕の場合は常に守ることを忘れないこと……墓守さんからの約束があるんです。でも、僕も誰かを守れる位強くなりたいと思います。墓守さんと出会って、この道に進んだからには、今は未熟でも頑張って鍛えて人助けをして……少しずつ出来ることを増やしていければって」
「お互い頑張りましょう」
 ハーメルへ藤華が笑顔を向ける。
 英雄達が何か意味を持ってこの世界に来たように、能力者達も何か意味を持って英雄達と出会ったのではないか。
 サラはそういう考え方もあるか、と若い子と思う彼らの話を聞きながら、そう思う。
 自分は適性が合った、仕事の延長でもある、実状を知るには現場……そうした部分があったのだが。
「物の数え方の法則……知ってる?」
 梨李は主にコガネに向かって、そう呟いた。
「牛は1頭2頭。鳥は1『羽』、魚は1『尾』、イカは1『杯』……全部、死ぬと残る場所。ひとは、1名2名……亡くなると、「名」を残す」
 そういう人に、なれたらいい、ね。
 この道を選んだら、その可能性が絶対にないとは言えない。
 だからこそ。
「あやかさんは、料理のことは憶えてますよね。まだまだの僕と違って、実感篭ってるし」
 すると、あやかは薫に笑みを零した。
「多分、『生きていく』知識だから、じゃないかしら。だから憶えていられたのだと思う。ただ、ぱっと出てくるのが全部2人前……」
 そこで薫は気づく。
 自分がぱっと思いつくレシピの分量は家族を意識したものだ。
 つまり、本来の家族構成は……。
「……多分、そういう意味なんだと思うわ」
 あやかは薫の推測を否定せず、静かに呟いた。
「何だかんだであたしのサラダ全部食べたじゃない」
「いいじゃないのよ」
「美味しかったですからね」
 夢洲がヴァレンティナを見ると、ヴァレンティナは少しバツが悪そうに返す。
 助け舟のようにサラが口を挟み、アリアを見ると、「美味しかったよ」と素直な感想を言われ、夢洲も満更でもない顔をした。
「皆で食べたカレー美味しかったネー」
「皆で食べるからね。『皆の為に』働いた結果なのだよ」
 それは、今後エージェントとして任務をこなす全てに言えることかもしれない。
 誰か……皆の為に戦うのだから。
 その先に何があるかは分からないが、今日この日を忘れなければ、乗り越えられるかもしれない。

 また、皆で作ろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
  • エージェント
    サラ・カミヤaa0527

重体一覧

参加者

  • 小さな胸の絆
    鐘 梨李aa0298
    人間|14才|女性|回避
  • エージェント
    コガネaa0298hero001
    英雄|21才|男性|ドレ
  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 穏やかな日の小夜曲
    オペラaa0422hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    レヴィ・クロフォードaa0442
    人間|24才|男性|命中
  • うーまーいーぞー!!
    リオ・メイフィールドaa0442hero001
    英雄|14才|?|ジャ
  • エージェント
    サラ・カミヤaa0527
    人間|32才|女性|生命
  • エージェント
    アリア・ピトaa0527hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • エージェント
    高橋 蜜柑aa0630
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    ジョアッキーノ ソールズベリーaa0630hero001
    英雄|18才|男性|ブレ
  • エージェント
    無音 藤華aa0863
    人間|25才|女性|生命



  • きゃわいい系花嫁
    夢洲 蜜柑aa0921
    人間|14才|女性|回避
  • オトナ可愛い系花嫁
    ヴァレンティナ・パリーゼaa0921hero001
    英雄|26才|女性|ソフィ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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