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心の潤い求めて
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/09 17:43:32
オープニング
「これから……時間、あるかしら……」
『あなた』は、夜神十架(az0014hero001)からそう呼び止められた。
剣崎高音(az0014)の背中から顔を出して話すことがデフォルト状態の彼女が単独で声を掛けているというのも珍しい……そう思いながら、『あなた』は何か用か尋ねてみた。
すると、十架は、おずおずと切り出す。
「お買い物……一緒に、行ってくれる人……さがしてるの」
現在、生駒山に陣取る愚神アンゼルム掃討の為、エージェントが集っている。
ここは、エージェント達の陣地だ。
聞くと、十架は高音と共に物資の輸送の護衛に携わっており、先程この陣地に到着したらしい。
高音はその手続きの関係で職員達と話しているそうだが、ちょっと手が空いてしまった十架へ頼みごとをしたそうだ。
物資は優先度が高い物しかない為、エージェント達の心の潤いになるお菓子は積まれていない、差し入れや持ち寄りもあるだろうが、エージェントの数も多く、またエージェントによっては好んで食べる為、すぐに尽きてしまうだろうから、買ってきてくれないか。
そう言われた十架は……1人では行けないので、『あなた』へ声を掛けたそうだ。
「高音は、心の潤いも大事……って、言ってた、から……美味しいお菓子は、大事……」
高音の助けになる、喜ばれるとも思っていそうな十架は、そう言って頼み込んでくる。
大規模作戦の為の陣地であり、一般人がいる場所(つまり美味しいお菓子が売ってそうな場所)まで多少距離はあるが、息抜きになるし、付き合って買いに行くのもいいだろう。
高音が一緒でないなら、十架が単独で出かけた場合、万が一従魔や愚神に遭遇してしまったら(一応安全な場所であるが、大規模作戦を行う都合上それらがないと言い切れない場所には陣地はある)危険だ。
『あなた』が了承すると、十架がぱっと顔を輝かせた。
「この、お店……美味しそうだと、思うの……」
行ってみたいと差し出したのは、ちょっと離れた場所(と言っても劇的に離れている訳ではない)にあるお菓子屋さんの広告チラシ。
物資輸送の際、職員が眺めていた広告チラシを拝借したのだと言う。
見てみると、『頑張ろう企画! 当店のスコーン、詰め放題!!』と書いてあり、チラシにある詰め放題値段とスコーンの値段を見ると、かなり破格だ。
職員が見ていた位だから、H.O.P.E.を支援している会社がバックアップに入っているというようなことはあるかもしれないが、この破格……店は戦争状態になっているのではないか。
が、行きたいオーラを漂わせてもじもじしている十架へそれを行って止めるのは何となく気が引ける。
……ということで、『あなた』は一緒に行くことにした。
これは、大規模作戦に臨むエージェント達の心の潤いを確保する為の話である。
解説
●目的
・お菓子を買ってくる
安全だけでなく、時間的な効率も考慮し、手が空いている職員が車を出してくれます。
軍資金は経費で賄われますので、お財布の心配はしなくていいです。
●目的のお店
・大阪にある洋菓子店
少し広めの店内。(迷子になるような広さはありません)
本日スコーン詰め放題で沢山の人が来ているようです。戦争状態。
スコーン以外の洋菓子(一般的なパティスリーにあるものはあるとします)にも取り扱っています。
付近には大型スーパーもあり、車を出す職員がこちらで買出しを担当してくれるようです。
●スコーンの種類
・プレーン、チョコチップ、紅茶、珈琲、ヨーグルト、クリームチーズ&ブルーベリー、胡桃、抹茶&小豆、ラムレーズン、マロンの10種類
大きさは約7cm程度、手作りなので少し誤差があります。
別売でスコーン用のクロテッドクリーム、ジャム(イチゴ、ブルーベリー、リンゴ)、マーマレードも売ってます。
●詰め放題ルール
・制限時間3分
・ビニール袋(伸びない材質のものを使用・縦横17cm位)へ個包装されているスコーンを手で入れる
・袋から零れ落ちなければ、はみ出してもOK
・零れ落ちたら終了(即会計、零れ落ちた分は別料金でお買い上げ)
●NPC情報
夜神十架
高音から褒められたいようなので、詰め放題頑張るそうです。
基本皆さんの言うことは何でも信じます。
プレイングで記載なければ、必要最低限の描写となります。
剣崎高音
帰ってきた皆さんを出迎えます。
本人の描写自体は少ないですが、十架がごくごく普通に話題に出します。
●注意・補足事項
・一般の人経営のお店で、一般の人も店の中には沢山おられます。TPO注意。店内が混乱してしまう行為は全般的にご遠慮ください。
・詰め放題参加は必須ではない為、混雑している店内で普通に買い物をしてもOKです。
・大型スーパーは職員が担当する為同行は出来ませんが、購入品のリクエストをする分には問題ありません。
リプレイ
●道中も楽しく
「どこも経費はいっぱいいっぱいでしょう」
サラ・カミヤ(aa0527)は、移動用のミニバスのシートに身を沈めそう呟く。
少しでも安く抑えたいという趣旨は理解出来るし、剣崎高音(az0014)のお願いをちゃんとこなして褒められたい夜神十架(az0014hero001)の手伝いが出来ればと快く引き受けたのだ。
「サラ、ありがとー! 気分転換ー!」
アリア・ピト(aa0527hero001)の、陣地が息苦しいから気分転換したいという強い視線もあるが。
十架から持ち掛けられた時点で、一緒に行ってくれないと行けない、一緒に行こうとおねだりしてきたが、サラとしてはそういう心持ちなので、断る理由もなかった。
「気分転換は必要だと俺も思う」
広告チラシを眺める御神 恭也(aa0127)が、伊邪那美(aa0127hero001)の隣で呟く。
年寄り方向に偏る恭也の色々を危惧した那美がカルチャーショック(ジェネレーションギャップ?)対策として事前学習させているのだが、プディング、パンケーキという単語で蹴躓いた。彼の中ではプリン、ホットケーキだそうで。
「気分転換にいいよね。美味しいお菓子は心の潤いっ」
「ずーっと陣地にいたら、息が詰まっちゃうよー」
那美とアリアがいい気分転換と声を弾ませる。
それを見る恭也とサラのお菓子の知識の差は半端ないのだが、この辺りは那美に頑張って貰うしかない。
「エージェントは大勢いますしね」
「ボク達よりも幼いエージェントもいるみたいだし、気軽に食べられて軽食にもなるスコーンは便利だよね。でも、凱って、甘いのあまり食べなかったよね?」
美森 あやか(aa0416hero001)に応じた離戸 薫(aa0416)は、隣の席に座る中城 凱(aa0406)を見た。
そう、あやかの隣に座る礼野 智美(aa0406hero001)にこっそり指摘されたが、凱は『甘いものがちょっと苦手』なのだ。母親が作るクッキーやあまり甘さを感じない(智美曰く、凱の母親は料理上手らしい)、例えばショートブレッドのようなものなら食べるらしいが。
「詰め放題なら人数多い方がいいだろう。俺達の為だけの買い物じゃないからな」
陣地にいるエージェントの心の潤いとして購入するものである。
購入後、陣地にある休息スペースで望んで手を伸ばさない限りは口に入らない為、凱は自分の味覚は差し置いて、単純に数確保の要員は必要と話す。
彼らは陣地へパウンドケーキの持ち寄り兼差し入れをしたばかりだが、人数を考えれば一瞬で消えることは想像出来たのもこの言い分の説得力を高める。
「あやかさんも言っていたけど、大勢いるから、数を確保した方がいいよね。妹達と一緒の時はおやつは常備してるし。それに、疲れた時に甘いものを食べるとほっとするし」
「実際身体にいいのは酸っぱいものらしいけど、あたしも同じですね」
薫にあやかが同調しているのを見、沈黙を守っている智美が凱を見た。
同行を決めたのは、薫とあやかが十架に応じた為だ。
万が一の時は共鳴出来るエージェントがいた方がいいだろう、と。
が、やり取りを見て思う。
(薫には本当に甘いな)
そうでなくては、お前でもないか。
智美は凱を横目に薫とあやかの会話に加わっていく。
「大規模作戦に関連して重い仕事が続いていたし、いい息抜きになるよね。店も詰め放題で賑やかだろうなぁ。楽しそうだし、沢山入れられるよう頑張りたいよね」
「人数の多さも考えれば質も重要だが数も必要か」
息抜きを兼ねたお菓子の確保は、精神的に重要。
が、エージェントが経営し、客もエージェントしかいないという店ではないなら、迷惑を掛けないようにしつつ、楽しまないと。
そう話す皆月 若葉(aa0778)の隣でラドシアス(aa0778hero001)も広告チラシを眺めている。
と、窓際に座っている雨流 明霞(aa1611)から気合のオーラが漂っているのが見えた。
(ふふふ、戦場が私を呼んでるわ)
スコーンの詰め合わせ……世の中の詰め合わせは、野菜や果物だけではない。
和洋菓子、生菓子に分類される菓子すら詰め放題にしている店もあるのだ。
(しかも、ここは大阪……洋菓子と言えば神戸、遠く離れてはいないこの大阪にも素敵なお店が沢山あるのよ……!)
広告チラシに映る店舗も素敵な店構え。
明霞は、本能でこの店は美味しい店だと察した。
(絶対スコーン集めで気合出してる目だよ……)
隣に座る火神 征士郎(aa1611hero001)は、通路を挟んでこちらを見ている若葉とラドシアスへ「楽しみにしてるみたいです」と説明しておく。
(主人(彼の感覚としてはそうらしい)に褒められたい夜神さんの為、気合い出してる明霞の為、僕も頑張ろうかな)
その十架と言うと。
「私も、甘いものだいすき……甘いもの食べると、何だかほっとするの」
「高音が……よく、チョコレート、くれるの……甘くて、美味しい……」
一番後ろの座席でルーシャン(aa0784)に十架がこくこく頷いている。
「戦いで疲れた人に、美味しいもの食べてもらって、お疲れさまって言えたら、いいな。買出しのお仕事、がんばろう、ね」
「すこーん、沢山詰められると……いいわね」
「くっ、超可愛い……! お姉さまも一緒に頑張っちゃう!」
その2人を両脇に置いているのが、風深 櫻子(aa1704)である。
1人では行けないという十架へ、「行く行く、あたしも行っちゃう。お姉さまも超行っちゃう」と乗り気の櫻子、当然英雄のシンシア リリエンソール(aa1704hero001)から「落ち着け」と言われたが、「やばいもじもじして超ヤバイ超可愛いシンシアの500倍可愛い」と一息に言った為、「ロリコン、変態、不潔」とぼそりと言われることとなった。
そのシンシアは十架の隣の窓際の席に座り、ぶつぶつ文句を言っている。
「使いなぞ下男にでも任せておくことだろうに」
小娘(顔立ちはそこまで年齢差ないだろうが背丈は文字通り小娘の十架のことだ)の尻を追いかけることもシンシア的にありえないので、ルーシャンの隣に座るアルセイド(aa0784hero001)へ問いを投げる。
「いいのか?」
「ルゥ様が楽しそうだからね」
アルセイドは、そう微笑む。
彼女優先の彼にとっては、この状況を阻んでルーシャンの顔を曇らせる方が不本意なのだろう。
楽しみにしている様子のルーシャンを見る目は優しい。
「文句言わないの」
アンタ、ひとりじゃなーんにも出来ない箱入りなんだから、働け。
シンシアが文句を言うよりも早く、バスは停車した。
「……マカロンとは何だ? 洋風最中じゃないのか?」
「社会勉強だね……」
職員へ自分達の買い物も依頼したらしい恭也と那美の会話を聞きつつ、皆で戦場(?)へ歩いていく。
●いざ戦場へ
店内はスコーンの詰め合わせをしている為、混雑していた。
詰め放題参加の人数制限を行うことで店側も客同士のトラブル防止や人が邪魔で3分間に何も詰められなかったということを防いでいるらしい。
言われてみればそうかと納得、詰め放題に参加するエージェントはタイミングを分けて列に並ぶことにした。
「いい、夜神さん?」
明霞が、真面目な顔でこう言った。
「詰め放題とは、敵味方入り乱れの戦国時代……。ここでは武器を持たずに戦わなくてはいけないの。自分の精神がモノを言うのよ!」
人数制限をしているとは言え、人気のスコーンは人が邪魔で取り難いこともあるだろう。
が、都会の荒波で苦しむ明霞には蜘蛛の糸のような詰め放題……周囲が鬼気迫ろうとも退けぬ時もある。
「戦い……自分のなすべき、こと……」
「見て。最初はあの場に立つと、他の人の勢いに驚くでしょう。でも、今日ここに来た理由、それを成就する為にも倒れても任務を完遂させるのよ!」
「僕の主人のことは7割は聞き流しで。僕もささやかながら手伝いますよ。他のお客さんの邪魔はしたくないけど、せめてあなたや明霞が詰める時に押されて零さないよう、何とか身体を差し入れて食い止めるよ」
明霞の言うことを真に受けてる十架(その素直さに櫻子は悶絶してシンシアに呆れられている)を見かね、征士郎が声を掛けてくる。
(褒められたいのは誰でも同じですね)
征士郎へお礼を言う十架を見、サラが心の中で呟いた。
「補充の差もあるのは、人気の差なのかな」
前の人の様子を参考に見ているアリアが首を傾げる。
食べ物は粗末にしてはいけないのはどの世界でも生まれが誰でも同じこと、サラの言う通りである為、沢山持ち帰りたいらしいが、自分が食べるものではなくとも、不思議らしい。
「味の好みが分かれるものなどはそうかもしれませんね」
「なるほどー、ま、平等に入れたらいいかー」
アリアの呟きに答えたサラは、現在若葉と話している十架を見る。
「大盛況だねー。俺達も負けてられないね! あ、何個入れられるか皆で競争とかも面白そうだよね。戦争は戦争でも、楽しくね!」
「楽しく、任務達成したら……高音、喜んでくれる?」
「当たり前だよ! ギスギスして帰っていったら、悲しんじゃうよ」
若葉に明霞も同調すると、十架がこくこく頷いている。
(数を多くして褒められたいのか得難いものを得て褒められたいのか……どちらだろうと思いましたが……)
多分、全部だろう。
そう思ったサラは、「スコーンは任せた。……まぁ、頑張れ」と軽くエールを送って別の焼菓子を見に行くラドシアスを見送った。
「食べ物に殺到する人民。難民ではなく、詰め放題参加者……」
「同じことを考えているってことでしょ。それより、シンシア、時間まで袋を腕で思いっきり広げてるのよ?」
「は」
「私が詰めてくから。……いい?」
「いや待て、ナチュラルに私も手伝うことにするな」
「ご飯抜くわよ?」
シンシアは不本意なことに、その一言に屈した。
「精一杯たたかいます!」
アリアの気合い十分な一言と共に詰め放題開始。
「うぎぎ……!」
人気のプレーンは、やはり競争率高い。
ラドシアスからもジャムやクリームで味の調整がし易いプレーンの方がいいという意見もあり、プレーン中心の戦略である為、明霞が征士郎と身体を張り、若葉、アリア、十架が詰めるスペースを作る。
「はみ出てもいいなら、最初底に敷き詰めてしっかり固定、その上に積み重ねるとやり易いかも」
「おーなるほど!」
「頑張る、わ……」
若葉を真似てアリアと十架がスコーンを詰めていくそのすぐ隣ではシンシアがぷるぷる震えている。
「ぐっ、何て情けない格好……」
広げた袋へ櫻子がマロンのスコーンを詰めている。
立ち位置交替したら、プレーンも詰めるのだ。
「マロン……プレーン……十架ちゃ……」
「変態」
「げふんげふん、最低全種類1個は確保しないとね」
はみ出てもいいが、その時落とさないよう注意する必要がある為、はみ出た部分はより工夫が必要だ。
若葉はピラミッド状の戦略に出ており、中々考えていると思う。
「回数制限はないみたいですが、私達だけの店ではありませんからね」
若葉の買占め注意、楽しむのも大事と会話しているのを聞いたサラは、無理のない範囲の確保を目指すらしい。
個包装されているし、崩れ易い焼菓子でもないが、乱雑に扱って型崩れなどした場合、立場が上の者へ出せないだろう、と。
ただし、皆で食べる時に居合わせることが出来るかどうかは分からないし、エージェントが買い出し出来るものを出すかどうかサラには分からない。
(全種類1個ずつの確保をすれば、他の方に任せましょうか)
と、サラは皆の壁になりつつも無理ない範囲で若葉のやり方でスコーンを詰める征士郎に気づく。
本当に戦場だ。
「そろそろだぞ」
「分かってるわよ」
時計を見ていたシンシアへ櫻子がラストのヨーグルトのスコーンを乗せた。
「さ、レジに持って行くのよ。アンタ、剣術出来るでしょ? 袋抱えて上体揺らさず、同じ速度で歩くのよ。得意でしょ?」
振動と加速は厳禁。
顎を使っても押さえてもいい。
「何なら私が……」
言い掛けた直後、櫻子はスコーンがもそもそ移動していることに気づいた。
「十架ちゃ~ん、お姉さまが手伝うことなーいー?」
「って、私を投げ出して行くな!」
けれど、十架の目になるべくフォローに入った櫻子は聞く耳持たず。
「落とさないよう頑張ろう」
「おー」
シンシアの横を若葉とアリアが歩いていき、サラが「行きましょう」と促してくれたので、シンシアもレジへ向かった。
「人数制限あってももみくちゃになったけど、楽しかったでしょ? それに、一生懸命頑張って手に入れた物、やっぱり嬉しいですよね♪」
「成果は取れた数が全てじゃない。大事なのはあなたが頑張ったという事実。きっと喜んでくれますよ」
会計が終わった後、明霞と征士郎から声を掛けられ、はにかむ十架を見て櫻子が悶絶している。
(早く逃すべきか)
シンシアは、割と真面目にそう考えた。
●平和な戦争を思う
凱は、智美、薫とあやかと共に一旦店の外へ出た。
十架から何とか譲って貰ったプレーンのスコーンを4人で試しに食べる為である。
当初、あやかが試しに詰め放題へ参加し、そこから分け合って試食して残る3人の戦略を考えていたが、ある程度の人数制限の関係で列に並ぶ必要があること、買ってすぐに店の中で試食は憚られたことが理由にある。
この辺りは、主夫スキル高い薫の考えがあったのは言うまでもない。
「軽食に近いんだな」
ジャムやクロテッドクリームで味の調整を行う為か、甘さも想像していたものではない。
凱は、ちょっと安心する。
先に智美が買ったショートブレッドも甘くないという話らしいが、と思う凱は改めて店の中を見た。
「戦争状態だな。時間制限の関係で調整してあるが、店員は大変そうだ」
「個数制限の戦いとはそこが違うかな」
凱へ日頃からあやかとスーパーで買い物をしている薫が答えると、そういうものかと彼は納得する。
(俺が日頃からスーパーに行く機会が少ないだけか?)
凱がそう思うのも、智美もその見解を知らないという顔をしていないからだ。
(案外、智美も詳しいのかもな)
凱がそんな感想を抱きつつも、列へ並ぶことにした。
まず、あやかが先陣を切れるよう調整し、3人より先にあやかの番が巡ってくる。
「あやかさん考えてるなぁ」
薫の目に、先陣を切ったあやかが映っている。
小柄な体格を活かして詰めやすいポジションを確保、縦に詰め、袋からはみ出た部分、スコーンとスコーンの合間にも詰めていくが、人にぶつかった拍子にスコーンが1個零れて終了した。
「ぶつからなかったら、もっと詰められたと思うんですけど」
先に会計したあやかが3人へ声を掛け、味のバリエーションになればとクロテッドクリーム、ジャムのコーナーへ向かっていく。
櫻子やラドシアスもプレーンのスコーンのバリエーションになればと覗いているようだが、試食もしているあやかの見解があった方がいいだろう。
「次、ボク達も詰め放題に参加出来そうだね」
前を見やる薫が「凄い熱気だよね」と小さく呟いた。
他の人の詰め方も参考にしている間に凱は智美へ耳打ちする。
「あまり大仰にやるとトラブルになるだろうが、それとなく詰めやすいようガードしたい」
「承知した」
スーパーとは違う熱気に怖気づいているかもしれないという凱へ智美が頷く。
やがて、詰め放題の番が巡ってきた為、凱と智美は自分達がポジションを作ると薫に声を掛け、詰め放題開始。
(スーパーの安売りより動き易いな)
薫は凱と智美に感謝しながら、プレーンのスコーンを中心に袋詰め。
見ると、凱は胡桃や珈琲のスコーンも詰めているようだ。(この辺りは凱の自分の味覚を基準とした意識的なものだろう)
無事に終了すると、クロテッドクリームとジャムを購入したあやかと合流した。
「あと、クッキーなんかも分け易いから他の人も買ってると思うけど、買っておいたらどうかなって思ってるんですけど」
「そうね。日持ちもするし、あっても困らないと思うわ」
クッキーも美味しいだろうと思う薫の提案にあやかが微笑むと、店の外で待つ凱と智美が買った品を持つと申し出てくれたので、彼らはお願いして店の中へ消えていく。
店の外へ出た凱と智美は、戦争状態な店の中を見る。
「こういう戦争だけなら、笑って済ませられるのにな」
「その為にも、大規模作戦成功させないとな」
智美の呟きに凱が応じる。
どこまで出来るかは判らないが、隣で笑う親友を護りたい。
戦いは不得手でも誰かの傷を癒す為に在る親友、そして智美との誓約を思い、凱は両手にある戦利品へ目を落とした。
●見た目と中身は裏切って
那美は、恭也の籠を見た。
彼の籠には、クッキー、ビスケットの詰め合わせしか入っていない。
どう考えても気軽に摘めるもの、それでいて彼が知っているものを無難に選んでいるのが判る。
「日持ちもするし、ちょっとした時に摘めるだろうから問題ないだろ」
「日持ちするものについては賛成だな。そう思って、クッキー以外にもラスク各種にクラッカーも選んだ」
「らすく?」
「ビスケットの一種だ。ここはただのパン以外にもシュー皮やバウムクーヘン、チーズケーキのものもあった」
那美が会話に加わったラドシアスの籠を見て、ぱっと顔を輝かせる。
この辺りは、恭也とチョイスの仕方も違うのだろう。
「タフィーやヌガー、マカロンも買おうよ」
「たふぃー? ぬがー?」
マカロンが洋風最中ではないことは理解した恭也、まだまだ那美に教わることも多いらしい。
「ラド、持ってる番号札、呼ばれてるよ」
終わった後も詰め放題を楽しく眺めていた若葉が気づいてラドシアスに声を掛けると、ラドシアスは生菓子コーナーへ歩いていく。
そちらはまだレジが空いている為、実は(あんな人ごみの中詰め放題など面倒くさい)とこっそり辟易していたラドシアスは助かる思いだったかもしれない。
「そろそろ並ぼう。メインだよね」
「詰め放題なら手で圧縮して袋に詰め……分かった黙っているからこちらを睨みつけるな」
「恭也は荷物持って大人しく待ってて」
恭也の戦略に呆れた那美は店内にいるエージェントへ恭也が率先して特に重い荷物を持つので遠慮しなくていいと触れて回ってから、並ぶ。
崩れ易いものは持たせない方がいいとも言ったらしく、恭也は型崩れの焼菓子類や買い占めない程度に購入されたジャム・クリームといった重量ある荷物を持って店の隅に立つ。
と、タイミング良くルーシャンとアルセイドも並び、折角だからとルーシャンが誘っているのが見えた。
「焼菓子の香りが沢山で……おなかすいちゃったの」
「ボクも! バターの香りがいい香り!」
ルーシャンの微笑みに那美も笑って返す。
「いろんな味があるし、味の違うものを沢山入れたいのだけど、どうすれば入るのかなぁ」
「ここのスコーンは皆円形だね」
ね、アリスとルーシャンに見られたアルセイドは、遠目でスコーンの形を確認した。
スコーンには色々な形があると知っていたが、ここは円形のもので統一されているらしい。スコーンの種類ごとに型を変えるのは店側の手間もあるだろうが、俗に言うブリティッシュスコーンの流れなのだろう。
「袋の下の方は縦に並べて幅と安定を確保した方がいいかな。2列位はいけると思うよ」
アルセイドは前の人の状況を見ながら冷静に分析。
「手作りだから、ちょっと前後してるみたいだし、大き目の物と小さ目の物を交互に詰めたらどうかな」
「いいと思うよ。そういう組み合わせにした方が無駄な隙間がなくなると思うし」
「そういう風に組み合わせるのね」
那美の提案にアルセイドが微笑むと、ルーシャンが改めて意気込む。
皆が食べるものだし、詰め込み過ぎて潰さないよう注意し、丁寧に詰めよう。
那美とも誓い合い、ルーシャンも詰め放題へ。
「う~、このビニール袋がもう少し伸びてくれればもっと入るのに~」
那美が頑張ってる横でルーシャンが店員の声で残り時間に気づく。
「わ、あと1分切っちゃった」
「大丈夫、袋やスコーン自体の張力もあるし、多少はみ出しても落ちないよ」
奮闘するルーシャンが押し潰されたりしないよう、店内同様さりげなく守りつつもアルセイドは手出ししない。
彼女が達成してこそ意味があると思うアルセイドに、ルーシャンも「こ、こういう時こそ落ち着く必要があるよね」と立て直してスコーンを詰めていく。
「んと、何とか詰められたの……」
「結構入るものだよね」
ほっとするルーシャンの横には同じようにスコーンを抱える那美の姿。
会計を済ませると、店内で他の買い物をしていた十架の荷物が凄いことに気づき、那美が声を掛けに行く。
「英雄と言っても、あの姿だけ見れば幼い子供のようだな」
そう呟く恭也は、お菓子で前が見えないのではという十架を連れた那美がやってくるのを出迎えた。
●それぞれが潤って
「経費に余裕があったとは言え、結構皆さんも買ってますね」
「いい息抜きになりましたね♪」
帰りのバスの中、楽しかったと笑うアリアの隣でサラがそう漏らすと、カステラはなかったと残念がる征士郎の隣で明霞が笑う。
「今回は一応任務だったけど、次は個人的に来たいですね」
「その為には大規模作戦を成功させませんとね」
妹達にもと思う薫へあやかが微笑んでいると、職員への買出しの依頼をしていた凱が智美と戻ってくる。
「何を頼んでたの?」
「使い捨てのスプーン。陣地ならその方が気軽だろう?」
「いいこと聞いたわ」
薫と凱へ微笑んだ櫻子が職員へスプーンを1個だけお裾分けして貰い、何かごそごそしている。
「酷い目に遭った。何で私が……」
「はい、そこまで~」
櫻子が1個だけならとプレーンのスコーンに試食用で開封したクロテッドクリームを乗せて文句を言っていたシンシアの口に突っ込んでいた。
食べたシンシアがそれ以上言わなかったので、スコーンはシンシアの口にも合ったのだろう。
「私達も帰ったら、お茶しよ♪ アリスはどの味が興味ある?」
シンシアの様子を見たルーシャンがアルセイドへ話を振る。
クリームチーズ&ブルーベリーとチョコチップが気になっている様子のルーシャンへアルセイドが微笑を向けた。
「俺は構わないよ。ルゥ様さえ召し上がってくれれば」
「アリスが一緒だから頑張れたの。だから、一緒がいい」
「我が女王の望みならば」
恭しいアルセイドはプレーンにクロテッドクリームを希望するとのこと。
個人的に持っているダージリンの茶葉でお茶を淹れようと提案すると、アルセイドが淹れてくれる紅茶が好きなルーシャンは顔を輝かせる。
「今日は頑張ったね、ルゥ様」
アルセイドが柔らかい微笑を向けると、ルーシャンははにかんだ。
やがて、エージェント達の陣地へ戻ってくる。
「高音……沢山、買ってきた、わ……。楽しかった……」
「本当に沢山。十架ちゃん、ありがとう。楽しかったみたいだし、良かった」
出迎えた高音へ駆け寄った十架が報告すると、高音から労われ、十架ははにかむ。
「アップルパイも確保している。これは俺達だけで食べていいらしいから、スコーンも多少いただいて皆で食べないか?」
「あの番号札、そうだったんだ」
ラドシアスが提案すると、若葉がラドシアスの番号札の正体をやっと知る。
「それなら、職員に物を揃えてもらったし、試作も披露したい」
「試作? 砂糖と重曹とお玉で何するの?」
「鼈甲飴やカルメ焼きを作ろうと思ってな。目で見て楽しむお菓子も楽しいだろう」
首を傾げる那美へ恭也はそう説明すると、他のエージェントからも見たいという声が上がる。
出来上がるまで見て楽しむ過程も既製品にはない魅力、職員達も恭也の発想には驚いたそうだ。
余ったら調味料、灰汁抜き、洗剤の代用と無駄にならないという知識も披露した恭也に那美が「意外な知識と技能持ってるよね」と零す。
そんなやり取りも踏まえつつ、エージェント達はまず自分達がひと時楽しむ為、休憩スペースへ歩き出す。
「後で、褒めてやって貰えませんか?」
恭也はお裾分けのお菓子を高音の為と率先して運ぶ十架と彼女を手伝うエージェント達を見ながら、高音へ十架の奮闘を伝えた。
「ええ。後で必ず」
それにしても、と高音は漏らす。
「お菓子で前が見えなくなる程荷物を抱えた十架ちゃん、ちょっと見たかったです」
微笑ましかっただろうと想像している様子の高音へ、恭也は那美にも視線を移し、こう言った。
「本当に英雄には見えませんでしたよ」
心の潤いを確保した彼ら自身の息抜き。
楽しく過ごした先にある戦いは厳しいもの……けれど、また、こんな時が過ごせるようエージェント達は願い、戦うだろう。