本部

白くてベタつく例のアレ

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/17 02:41

掲示板

オープニング

●走れ従魔
 愚神は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の人間を除かねばならぬと決意した。愚神には『いべんと』がわからぬ。愚神は、デクリオ級にギリギリ届かないレベルの儚きミーレス級愚神である。浮遊する霊力を掠め取り、使役従魔と遊んで暮らしてきた。けれども人間の営みに対しては、人一倍敏感であった。
「ゆるさぬ」
 舌ったらずな声が怒りに震えた。愚神の見つめる先にあるのは、つい先日までハロウィンの装飾が施されていたスペースである。愚神はオレンジと黒で彩られたその空間が大好きであった。甘そうなお菓子がたくさん置いてあるのも大好きだった。
 だが、どういうことだ。昨日まではお菓子で溢れかえっていたそのスペースは、一夜明けた途端にすっかりと様相を変え、赤と緑で派手派手しく装飾されたよく分からない空間へと変貌していたのだ!
 なんたることだ!
 愚神は激怒した。その姿は、側から見れば幼い子供がふるふると震えているようにしか見えなかったが、愚神は確かに激怒していた。最近どこぞの山でどこぞの愚神が暴れているらしいが、そんなこと愚神には全く以って関係ない。それよりも、お菓子の山をどこぞにやってしまった人間どもに仕返しをせねばならない。
「あれは、このセドリュカのおかしなのだ!!」
 姿は子供でも愚神は愚神。愚神セドリュカは、本能の誘うままに、使役従魔を解き放つ!
「かえしてもらうぞ、にんげんどもめ!」

 余談であるが、セドリュカが眺めていたハロウィンのディスプレイはプラスチックでできた作り物であり、例え手に入れたとしても食べることができない代物だったりする。

●襲いかかる魔のクリームパイ
「つきましては、みなさんにこの従魔を撃退していただきたく」
 にへら、と笑うオペレーターに、不穏な視線が突き刺さる。
「いや、おっしゃりたいことはわかります。私がエージェントでもきっと同じ文句を言いました」
 一目でワザと作っているとわかる真面目顏を披露して、ひとつ頷くオペレーター。その背後に映し出されているのは、逃げ惑う人々に、……生クリームパイが襲いかかっている映像である。
「いや真面目ですってば、大真面目です。従魔なんですよ、このパイが」
 一応、大規模な従魔被害なのだろう。顔面に生クリームパイを受けた者が、むくりと起き上がったかと思うと怒りの形相でパイ投げに参加している映像を見るに、とてもそうとは思えないけれども。全身白い生クリームまみれになっている映像は、何も知らなければ楽しそうなパイ投げ祭りである。
 パイ投げのパイがどこから発生しているかなど考えてはいけない。あれは従魔なのだ。
「いやぁね、実はこれ、初めは単なる従魔被害だったんですが、途中から一般の方々がパイ投げ祭りと勘違いして参加し始めてしまいまして……」
 収拾がつかなくなりました、と言い放ったオペレーターの表情はなぜか満面の笑みである。
 先ほどの言を訂正しよう、事情を知っても単なるパイ投げ祭りだった。
「HOPEとしても、危険なので一般人の立ち入りを禁止してるんですが、なにせ様子が様子なもんでして。中々うまいこと事が運ばず困ってるんですよ」
 全く困ってなさそうな顔をしたオペレーターは、集まったエージェントを見渡してニッコリ笑う。
「なので、一般の方々に被害を与えないよう、うまーく従魔を倒しちゃってください」
 人、それを無茶振りと言う。

解説

●目的
全力でパイ投げを楽しむ。
……失敬。生クリームパイに擬態した従魔を撃退する。

●敵情報
愚神『セドリュカ』
ミーレス級愚神。この世界に落ちたばかりの弱い愚神。
10歳に満たない子供の姿をしている。甘い物が大好き。
お気に入りのお菓子(プラスチック製)を取り上げた(撤去した)人間に仕返しがしたかったらしい。
現在、パイ投げ合戦に巻き込まれてグロッキーになり、すでに撤退している模様。

従魔『空飛ぶ生クリームパイ』(×10体)
イマーゴ級従魔。何らかの無機物に取り付いて生クリームパイに擬態している。
通常の生クリームパイとは異なり、人に当たってもクリームが散らばらない。
ぶち当たった人間の霊力を吸収しているようだが、何分弱い従魔であるためそれほど多くは吸収できない。この従魔をぶち当てられたとしても命に別状はないだろう。
故に非共鳴状態でもダメージは受けないだろうが、撃破するには共鳴する必要がある。

●場所
とあるショッピングモールの屋外イベント広場。
中央にはクリスマス用のディスプレイが展示されている。
乱れ飛ぶ生クリームがまるで雪のよう。

リプレイ

●これぞ混沌
 真昼間のショッピングモール野外イベント会場。常ならば殆ど人通りのないその場所は、現在この上なく混沌とした様相を呈している。

 顔を真っ赤にして荒い息を吐き、白くベタついたクリームに塗れて困惑顔の廿小路 沙織(aa0017)。
 その傍らで、やりきった表情で地面に伸びているヘルフトリス・メーベルナッハ(aa0017hero001)と穏やかな笑みを浮かべて地面に倒れている御手洗 光(aa0114)。
 生クリームに塗れ地面に大の字で力尽きているレヴィン(aa0049)。
 その隣で同じように力尽きているマリナ・ユースティス(aa0049hero001)。
 芹沢 葵(aa0094)とアルルメイヤ リンドネラ(aa0094hero001)は会場の隅に蹲ってグロッキー状態であるし、その2人と苦労を分かち合っているメグル(aa0657hero001)は黒い服が台無しだし、ノクスフィリス(aa0110hero001)は生クリームでベタベタになった状態で涙目になっている倉内 瑠璃(aa0110)を恍惚とした笑顔で眺めているし、この上ない程べったべたな御代 つくし(aa0657)は満面の笑みである。
 飛び散った生クリームがまるで降り積もった雪のように見えるステージ上では齶田 米衛門(aa1482)が真っ白に燃え尽きており、ピクリとも動かない齶田の隣でスノー ヴェイツ(aa1482hero001)が口元を押さえて蹲っていた。
 白、白、白。全てが白くべたついた生クリームに塗れている。辺りに漂うのは妙に甘ったるく乳臭い、嗅いでいるだけで胸焼けしそうな香り。
 比較的軽度の被害しか被っていない晴海 嘉久也(aa0780)とエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は、今後の対応に思いを馳せ顔を見合わせて溜息を漏らす。
 クリーム塗れでパイ皿を両手に満載して駆け回るレイア・メサイア(aa0114hero001)の姿も見える。
 どうしてこうなった。此度はただ従魔を退治しに来ただけの筈である。だのにエージェント達は従魔とは全く関係のない事象で満身創痍であった。一体何があったのか
 それを知るには、少々時間を巻き戻す必要がある。

●そして時は巻き戻る
 真昼間のショッピングモール屋外イベント会場。四季折々に趣向を凝らしたディスプレイが飾られるその場所は、現在異様な熱気に包まれた戦場となっていた。
 振り被られる腕、飛び散る生クリームパイ、楽しそうな悲鳴と誰かの怒声。見る者を楽しませる為のディスプレイは、現在単なる防壁と化している。
「こいつぁ愉快な光景だなオイ」
 カオスな光景にニヤニヤと楽しげな表情を見せるレヴィン。その背後にいるマリナは不安顔だ。
「楽しそうじゃねぇか。いっそ放っときゃいーんじゃ……」
「何馬鹿なこと言ってるんですかレヴィン。従魔ですよ! 美味しそうですけど……!」
「冗談だっつの。真に受けんなよ」
 ごにょごにょと煮え切らない態度のマリナの背中を豪快に叩くレヴィン。痛かったのか涙目のマリナ。
「このままでは一般の方々への被害が――って、レヴィン!? 聞いてるんですか! ちょっと!!」
「細けぇこたぁいいんだよ! おらおら! レヴィン様のお通りだぜー!!」
 ヒャッハー! なんて歓声を上げて生クリームパイ飛び交う中へと突っ込んでいくレヴィンと、その背中をバッシバシ叩きながら追いかけるマリナ。
「な、なんだか物凄い騒ぎになってます……これも、愚神の陰謀なのですね……!」
「うふふふ、そうかもしれませんわねぇ」
「はい! 早く騒ぎを収めませんと!」
 間違っているのか正しいのか微妙な見解を述べて拳を握り締める廿小路と、そんな彼女を少々意地悪げな笑顔で見守る御手洗。
「では沙織さん、早速――って、レイアさん?!」
「あっ、ヘルフィ様ー!?」
 共鳴しようと相棒を振り返ったのだが、彼女達の英雄はそれよりも楽しそうな光景が気になったらしく。
「へへへ、お祭りとなれば遠慮は要らないよねぇ?」
「わぁーい! 楽しそうですぅ、レイアちゃんも混ぜてくださぁーい♪」
 早速手近なパイへと飛びかかっていくヘルフトリスと手を上げて喧騒の最中に突進していくレイア。こうなってしまえばもう制御不能だ。
「へいへいへーい、辛気臭い顔してんなよー! 楽しまなきゃ損じゃん?!」
「……何で俺だけ最初から共鳴して――わぷ!?」
 ヘルフトリスが全力投球したパイは、まっすぐ倉内の顔面に吸い込まれていった。
「…………」
「いえーい! 楽しんでるぅ!?」
 顔面にべっちゃり付着したパイを取ることもせずぷるぷる震える倉内と、それに気付かず次の獲物へと狙いを定めるヘルフトリス。
「今ラピスにパイを投げたのは誰!? 絶対に許さないんだから……!」
 ぽとり、と落ちたパイ皿には見向きもせず、顔面に付着した生クリームは袖口で強引に拭って、覚醒した倉内――否、ラピスラズリは地に付くほど長い髪を翻して激戦区へと駆ける、駆ける!
『あらあら、まあまあ』
 予想より早い被弾と覚醒に、ノクスフィリスはクスクスと楽しげにわらった。
「覚悟しなさい! ぜぇったいに仕返ししてやる! ラピスを怒らせた事、後悔させるんだから!」
 とは言うものの、ラピスラズリは己にパイを当てた人物を見ていない。見渡す限りの乱戦、混戦であるが故に特定も難しい。ならば手っ取り早く、辺り一帯にいる人物全てにパイを投げるのみ!
「ラピスが相手してあげる!」
「ど、どうしましょう、ヘルフィ様が一緒でないと共鳴できません……」
 瞬く間に人ごみの中へと消えていってしまったヘルフトリスに、廿小路はおろおろと困り顔で御手洗の顔を見上げる。
「うーん、そうですねぇ。こうも乱戦ですと、誰かが囮になって従魔をおびき寄せねばなりませんわねぇ」
 まっっったく困っていない困り顔で小首を傾げる御手洗。困り顔を作ってはいるが、その目の奥は愉しげに爛々と輝いており、誰がどこからどう見ても悪巧みをしている顔。
 その表情にほんの少しだけ憂いを混ぜて、御手洗は隣に立つ廿小路に流し目を送る。それを受けた廿小路は、何かに気が付いたらしくハッとした表情を浮かべた。気を付けろ、その思考は誘導されている!
「沙織さん。全ては人々の為ですわ、覚悟は宜しくて?」
「……!! で、では、私がこの身を以って……!」
 だが当然のように誘導されている事実になど気が付かない廿小路。何かを決意した表情で、生クリームパイ飛び交う激戦区へと足を踏み入れていった。その決意は確実に無駄になるだろう。言わぬが花だ。
「うふふふふふ……」
 一体何を企んでいるのか。御手洗は見る者をぞっとさせる妖艶な笑みを浮かべている。視線の先には当然廿小路の背中。哀れ廿小路、彼女に救いはあるのだろうか。
「この世界には面白いお祭りがあるのね、パイを投げあうなんて」
「いや、ちょっと違うんじゃ……」
 そんな光景を横目に見つつ、片頬に手を当てて興味深げに頷くアルルメイヤに、引き攣った笑顔を向ける芹沢。事前に軽く映像を見ていたが、映像で見るのと実際その場に立つのとでは感じる熱気が全く違う。
「……帰りたい……」
 離れていても生クリームの甘い香りがここまで漂ってくる。全身がべたついている気がしてげんなりした。猛烈に、早く帰って熱めのシャワーを浴びたい。
「じゃあアルル、共鳴して……どれが従魔か分からないけど、確かめて倒さないと」
「えー、ちょっと遊んでからでもいいじゃない?」
「えっ」
 ああ無情、能力者の心英雄知らず。哀れ、芹沢の願いは、アルルメイヤの興味心を前に脆く砕け散るのだった。そのまま芹沢の事など気にもせず、楽しげな足取りでパイ投げ激戦区域へと踏み込んで行くアルルメイヤ。芹沢はただその背中を見送る。参加する気は更々ないのだ。
「……さてと。私は離れた場所で従魔探しを――……」
 一歩、芹沢が踏み出した時だった。
「あっ」
 素晴らしく美しい放物線を描いて、芹沢の横っ面に叩きつけられるパイ皿。発射地点で若干バツの悪そうな顔をしているのはレヴィン。体の向きからしてレヴィンが狙っていたのはラピスラズリの方だったようなのだが、一体全体何がどうして、左斜め37度程着弾地点がズレている。
「………………」
 でろり、と滴る白い生クリームが芹沢の黒い髪によく映えている。震えもせず、喚きもせず、芹沢はただ静かにレヴィンを見やった。何も写していない瞳が空恐ろしい。
「うふふふふ。ぼーっと突っ立ってるのが悪いんじゃなぁい?」
 無表情の芹沢。笑うアルルメイヤ。申し訳なさそうな顔をしながらも笑いを殺しきれていないレヴィン。その後ろで「あちゃー」と額を抑えているマリナ。自分に被害が及ばなくてホッとしつつも肩が小刻みに震えているラピスラズリ。
「いや、その……ごめんな?」
「問答無用! よっくもやってくれたわね!?」
 訂正しよう。芹沢に参加する気はなかった。
 更に飛んできたパイ皿を華麗にぱしっと宙空で掴み取り、そのまま見事にキャッチ&リリース! 生クリームを撒き散らしながらまっすぐレヴィンへと向かっていった豪速球は、しかしレヴィンには当たらない。
「え?! ちょ!? レヴィ、ぶぺっ!?」
 ナイスコントロォォォオル! どこからともなくそんな声が聞こえてきそうな程美しい軌道で、マリナの顔面に吸い込まれるように炸裂する生クリームパイ。レヴィンはちゃっかり体をずらしてパイから逃れていた。
「ひゃはははは!! べっぴんになったなマリぶぺらっ?!」
 顔面生クリーム塗れになったマリナを指差して笑っていたレヴィンの後頭部に炸裂する生クリームパイ。
「えへへへぇっ! おーあたりーぃ!」
 片手にパイ皿を積み上げてガッツポーズを取っているのは、先程から無差別にパイ皿を振りまいているレイアである。芹沢はとてもいい笑顔でレイアにサムズアップしていた。
「っんのやろぉ……!!」
「きゃー! おこったーぁ!」
 ギラリとレヴィンの目に灯る物騒な光。そのまま、生クリームを拭いもせず、レイア目掛けて走りだす。追われるレイアがとても楽しそうなので、その場の空気はどこか和やかですらある。
「ほぁあー……みんな楽しそうだね、メグル!」
「……そう、です、ね……」
 大量のパイ皿を背景にして立っているのは御代・メグルコンビ。満面の笑みで今すぐにでもどんちゃん騒ぎに混じりそうな御代の隣で、メグルは若干青い顔をしている。
「うーん、こんなに賑やかな従魔騒動だから、愚神もいるかと思ったんだけど、居ないねぇ」
「つ、つくし? 僕らは従魔退治に来たんじゃなかったのですか……?」
「え?」
 メグルの問いに、キョトンとした顔で答える御代。その表情といつもとは違う格好に、メグルは嫌な予感をビシビシ感じていた。
「何言ってるの、メグル。従魔退治に決まってるじゃない」
「そ、そうですよね! まさかあの中に入っていったりなんて……」
「そうだよ! 私達も早く行こう!」
「どうせそんな事だろうと思ってましたよ!!」
 その小さな体の何処にそんな力があったのか、メグルの服を掴んでずるずると引きずって行く御代。若干抵抗しつつも、こうなってはどうしようもない事を悟った顔をしているメグル。彼の未来はどっちだ。
「おおおお! お祭りッスか、お祭りッスね!? オイもかだるッス!!」
「なぁ、コレって食えるのか? 食い放題か!!」
 盛り付けられていたパイ皿を両手に持って、満面の笑みで掛けて行く齶田。盛り付けられたパイ皿を両手に持って、顔中クリームまみれにしながら生クリームを舐めるスノー。
 説明しよう!
 何を隠そう、このH.O.P.E.事務局が用意したこの投擲用パイ、本物の生クリームを使用しているのである!
 通常、パイ投げには汚れの落とし易さや衛生面、その他諸々の兼ね合いもあり、生クリームではなくシェービングクリームが使われる事が多い。では何故今回用意されたのが本物の生クリームを使用した生クリームパイだったのか。先に断っておくが単なる大人の事情ではない。
 現在パイ投げに参加しているエージェントの殆どが忘却の彼方に追いやっているが、現在行われているのは単なるパイ投げ祭りではなく「従魔退治」である。パイに擬態した従魔を探し出し、撃破する依頼である。見た目は完全に生クリームパイだったとしても、従魔は食べられない。それと差別化する為に、H.O.P.E.は「食べられる生クリームパイ」を用意したのだ!
 何故要請されてすぐに用意できたのかは考えてはいけない! MSとのお約束だ!!
「な、なんだってー!?」
「? どうした米衛門」
「うーん? なすてか急に叫ばねばなんねと思ったんス」
 自分でもよくわからない衝動に駆られた齶田が首を傾げているが、彼が理由を知る事は永遠にないだろう。
「いやぁ、大盛況ですね」
 乱れ飛ぶ生クリームパイと、当初の目的を忘れているのではないかと疑われるエージェント達を遠い目で見つめて、晴海は育ちの良さが窺える上品な微笑を浮かべていた。
「ええ、本当に」
 その隣でのほほんとした笑顔を浮かべるエスティア。どうも彼女は現在行われている「パイ投げ祭り」についてよくわかっていないらしい。とりあえず「楽しい事はいい事だ」程度の認識でいる様子。
「……まあ、わたしはわたしのできる事をやっていきますか。こうなってしまっては、皆さんの気が済むまで従魔退治どころではないでしょう。エスティア、力を貸していただけますか」
「ええ、喜んで」
 微笑んで差し出された晴海の手を、嬉しそうに受けるエスティア。
 そしてこの場で唯一の共鳴者は、その鋼のような肉体に、ビニール製のポンチョとゴーグル、長靴を身につける。その威圧感故か、はたまた別の理由か、巨体が目立っている筈なのに生クリームパイが晴海に飛んでくる事はついぞなかったのだった。

●どうしてもこうなった
 宴もたけなわ。依然盛り上がりを見せる会場はいつ止まるとも知れない熱気に包まれている。
「はーい葵ー♪ お祭り楽しんでるぅ?」
「ヘルフトリスさん。ふふふ、楽しんでいるように見えます……?」
 生クリームの油分が付着して使い物にならなくなった眼鏡は既に投げ捨ててある。芹沢はパイ皿片手に斜の入った笑顔を浮かべてヘルフトリスを見遣る。
 芹沢の豊満な肢体はものの見事に生クリーム濡れだ。だがそこに卑猥さは欠片も存在せず、ただただ闘志に燃える芹沢が在るのみ。その様はまるで某山に居ると言う愚神と対峙した戦士のよう。そう、彼女にとって現状は最早「祭り」ではない。歴とした「戦場」なのだ。
「うん、とってもー。だからコイツをアンタにお裾分けっ♪」
「え? きゃっ……!?」
 べちゃり。粘着質な音を伴って、芹沢の胸に生クリームパイが生えた。否、芹沢の様子など気にする筈もないヘルフトリスにより、問答無用で押し付けられたのだ。
「ぅえっ!? ちょっ、何を……!?」
「うぇっへっへぇ……しろぉーいのでぬるぬるねとねとな女の子、ってめっちゃえっt」
 ぺち。
「……めっちゃえっ」
 べちちっ。
「え」
 ぼぐっ。
「ぐはっ!?」
 それはまるで、何者かに操られたかのような出来事だった。
 どこからともなく浮遊してきた純白の生クリームパイが、連続でヘルフトリスに着弾したのだ。
 しかも、その全てが通常のパイでは考えられない、生クリームが飛び散らない安心設計の愚神産。そう、これは、正しく神の思し召しである。
「……へ、ヘルフトリスさん……?」
「あいる、びー、ばっく……!!」
「ヘルフトリスさぁあああん!?」
 裁きは下された。だがしかし、倒れ伏すヘルフトリスの表情は、再起を誓う凛々しいものであった。
 一方その頃、彼女の相棒アルルメイヤだが。
「待ちなさい! ラピスのことこぉんなにして、ただじゃおかないんだから!!」
「うふふ、だってこぉんなに可愛らしいんだもの。おねーさんはりきっちゃう」
「か、かわ!?」
 ラピスラズリときゃっきゃうふふと追いかけっこに勤しんでいた。相棒の元には暫く戻りそうにない。
「うぷっ」
 スノー・ヴェイツは後悔していた。
「ぎもぢわりぃ……」
 そう、胸焼けである。生クリームばかりあれ程食べたのだ、当然の摂理であろう。
「スノーさん? 何かあったんスか?」
「食いすぎて気持ち悪ぃ……おれはもうだめだ……」
「あー……そりゃあれだけ食べたんだばそうなるべ」
 さんざ遊んで気の済んだらしい齶田はスノーに憐憫の眼差しを送っている。
「もういい……従魔倒してさっさと帰る……」
「あー、そういえばそんた依頼だったなぁ」
 やっと当初の目的を思い出した齶田。グロッキー状態のスノーを促してなんとか共鳴状態に入る。
『早く帰ろうぜ……』
 普段元気いっぱいな筈のスノーに覇気がない。齶田は事件の早期収束を決意する。
 結果。
「盛り上がってるかー!!」
『『『フーゥ!!!!』』』
 屋外ステージでマイクを握っていた。齶田の音頭に合わせてオーディエンスが腕を振り上げる。ついでに生クリームも飛び散っている。
「今更だけど注意事項ッス! イベント中、エージェントが暴れ回るかもしれないッスけど邪魔しちゃ駄目ッスよ! ちょっとした余興だと思って楽しんでほしいッス!」
 こういった事はスノーの方が適任なのだが、現在グロッキー状態で表に出て来たがらない。オーディエンスは急に登場したエージェントに興味津々で、パイ投げも一時中断している。
 人々の動きが止まれば、当然パイも動きを止める筈。だが、現在齶田の視界には、尚も浮遊する生クリームパイの姿があった。明らかに、従魔。だがその異様な光景にも、齶田に注目する聴衆は気付いていない。
 これはイケる。齶田の目がキランと光った。
「今ッス!!」
 齶田が声を張り上げた、次の瞬間。
「憤怒っ!!」
 ズバババッ、と斬撃の音を伴って、炎の巨人――のように見える晴海が聴衆の眼前へと躍り出た。かなりの大きさを持つ大剣を、まるでちょっと大きめの両手剣か何かのように振るうその様は、普段戦いとは無縁の世界にいる聴衆を大いに沸かせた。
 一通り浮遊するパイ――従魔を斬り伏せた晴海は、一太刀ごとに獅子の咆哮のような風切音のする大剣を軽々と肩に担ぐと、更なる盛り上がりを見せた聴衆をぐるりと一瞥してひとつ頷く。
「うむ、邪魔をしたな。我はこれにて去る故、汝らは余興を楽しむが良い」
 そう言って、従魔を斬り付ける時に地面に落としていたビニール製のポンチョを引っ掴むと、その大仰な体躯からは想像もつかないほど洗練された所作でその場を後にした。
 晴海が切り捨てたパイ――従魔の数は8体。後どれだけの従魔が残っているのか齶田には見当もつかないが、それでも大多数は処理できただろうという自信はあった。あとは、残りの従魔に気を付けながら、このお祭り騒ぎを収束させるだけ。
「はい、と言う訳で、今のがH.O.P.E.所属エージェントの余興ッス! この後もちょくちょく同じようなことがあると思うッス。邪魔しないようにだけ気を付けてほしいッスよ!」
 お祭り騒ぎで興奮している人々はちょっとしたことでパニックになりやすい。そうならないよう細心の注意を払いつつ、齶田はマイクを振りかざした。
「さあ! お祭りはこれからッスよ! 弾薬――生クリームパイはそこにたーくさん用意してるッス。飛び散らない、当たったら痛いパイがあったら申告お願いするッス! 不良品なんで交換しちゃうッスよ!!」
 齶田のパフォーマンスに、聴衆のテンションは一気にMAXだ。
「ここからはオイもかだ――参加するッス! お手柔らかによろ――あぐ!?」
 齶田が手を振り上げた瞬間。
 顔面に、生クリームパイが炸裂した。
「ないっしゅー!」
「つくし……あなたって人は……」
 下手人は、満面の笑みを浮かべた御代。至る所に生クリームをくっつけた姿は、このパイ投げ祭りを満喫している事を身を以て体現している。尚、御代の隣で青い顔をしているメグルは既に限界が近いらしく、額を抑えてフラフラしている。何に対する心労かは推して知るべし。
「くっ、不覚ッス……! オイも負けないッスよ!!」
 顔面の生クリームを手荒く拭って、側に置いてあったパイ皿を手に取る齶田。そのまま大きく振りかぶって――投げる! パイ皿は生クリームを撒き散らしながら飛んで行き……!
「ちょっ、つくし、僕を盾にするのはやめ……っ!!」
 メグルの左肩辺りに着弾! 黒い服がべたべたの白いクリームで汚されていく。白と黒のコントラストが美しい。着ている本人の顔色は過去最高に悪いが。
 それを皮切りに、パイ投げ大会が再開された。集中砲火を食らっているのは、ステージの上なんて目立つ場所に陣取っている齶田である。
「レイアちゃーん、すぺしゃるアタック!!」
「へばな!?」
 パァン! ととても良い音で振るわれるパイ皿。ご丁寧に齶田の顔面ど真ん中を綺麗に捉えている。嵐のようにやってきたレイアは、嵐のように次の獲物へと向かっていった。
「っしゃー!! テンション上がってきた!! マリナ、共鳴だ!」
「へ!? は、はい!!」
 突如発生した共鳴光に驚いて、レヴィンの周囲にぽっかりと空間が開く。そして、飛んできたパイを切る、切る、ひたすらにKILL!!
『なるほど、こうすれば従魔かそうでないかわからなくても、民間人に被害を与える事なく退治できるという寸法ですね! 始めはどうなる事かと思っていましたが、さすがレヴィン!』
「ん?」
『え?』
 何やら少しばかり意見に相違が見られるが、概ね問題なく民衆の視線をかっさらっている。面白がってわざわざパイをレヴィンに向かって投げている始末。この見世物は暫く続きそうだ。

●そしてこうなった
 騒ぎ疲れて人気の去ったイベント会場。そこでは、エージェント達が各々の作業行っていた。
「うふふ……沙織さん、今までよく耐えましたわね、後は任せなさいな」
 そんな折、見る者をハッとさせる妖艶な笑み――見方によっては何かを企んでいる悪どい笑みを浮かべて、廿小路の元へと歩み寄る御手洗。彼女はつい先程まで、廿小路を囮と言う名のオモチャにして揶揄っていたのだ。
「光様……! 私、きちんとお勤めを果たせていたでしょうか……!」
「ええ、勿論ですわ。さあ、身体についたパイを取りましょう。後はわたくしに身を任せなさい……」
「光、さま……?」
 美人がやるには些か目に毒な程に両の手をワキワキさせて、無垢な瞳で見上げてくる廿小路ににじり寄る御手洗。そうして生クリーム濡れの肢体に両手を差し出して――……。
「うぷっ?!」
 当然のように飛んでくる生クリームパイ(魔)。だがしかし、御手洗は諦めない。そう、彼女はこの為だけにこの場に参加していると言っても過言ではないのだ。こんな所で挫折などできない!
「あたしは、諦めない!」
 更に復活したヘルフトリスが廿小路の背後から両手にパイを装備して現れた。そのパイ(生)をパイ(肉)にダイレクトアタック!! そしてそのままパイとパイをぐりぐりと……。
「きゃっ、いやっ、お2人共、そ、それは何か違いま……っふぁ、べたべたします……きゃぁんっ!?」
 御手洗の両手が尻を、ヘルフトリスの両手が胸を這う。爆乳、巨尻といっても過言ではない廿小路の肉感溢れる肢体がぐにゃりとその形を変えている。
「如何しましたの? ほら、クリームがこんな所にまで入り込んで―――」
「あは、パイとパイが潰れあってすっごくえっt―――」
 べしゃっ! びちゃっ!!
 世の中そんなに甘くない。蔵倫もそんなに甘くない。
 御手洗とヘルフトリスをピンポイントに狙った生クリームパイが殺到。パイ皿に押しつぶされる形で2人は地面に押しつぶされた。その表情は、何故かやり遂げた誇らしげな表情である。
「あ、従魔みーっけ! 覚悟しろー♪」
 御手洗とヘルフトリスを押しつぶしたパイの中に獣魔を発見した御代。徐に引きずられるがままになっていたメグルと共鳴し、そのまま――ぶん投げる!
 哀れ、ぶん投げられた従魔は体力切れで倒れたレヴィン、マリナの上を通り過ぎ、パイの集中砲火を食らって力尽きた齶田の頭上を掠め、涙目のラピスラズリの元へ飛んで行き。
「何!? あ、従魔?! く、来るな!!」
 それはそれは見事なブルームフレアに焼かれて消滅した。合掌。

 以上が、此度の従魔退治の顛末である。
 尚、現場はスタッフが責任を持って清掃し、参加したエージェントには無償でH.O.P.E.付属の温泉とクリーニングの使用が認められたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 胸囲は凶器
    廿小路 沙織aa0017
    人間|18才|女性|生命
  • 褐色の色気
    ヘルフトリス・メーベルナッハaa0017hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • エージェント
    芹沢 葵aa0094
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    アルルメイヤ リンドネラaa0094hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    ノクスフィリスaa0110hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • エロ魔神
    御手洗 光aa0114
    機械|20才|女性|防御
  • 無邪気なモデル見習い
    レイア・メサイアaa0114hero001
    英雄|12才|女性|バト
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
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