本部

無料でマグロが手に入るだと!?

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2015/11/20 19:11

掲示板

オープニング

●絆の名は『無料』
 ある魚市場に揚げられたマグロの1本が、競りにかけられている最中に、手足を生やして逃げ出した。
 あっけにとられた魚市場の人達だったが、我にかえると、すぐにH.O.P.E.へ依頼を出す。
「自分でも何を言ってるのかわからないんですが、競りの最中にマグロの一本が手足を生やして、走って逃げたんです。200kgの上物です。どうか倒して取り戻してはくれないでしょうか」
 しかし通話先にいた担当官はしたたかだった。
『お話を伺う限り、従魔、それも一番弱いイマーゴ級の可能性が高いですが、今の季節でも魚は鮮度が急速に落ちます。取り戻したころには売り物にならなくなっていると思いますが』
 痛いところを突かれ、言葉が詰まった依頼主に、担当官はさらに畳み掛けた。
『それに、目の前にあるマグロを前に、ただお金をもらって返すというのも、依頼を受ける能力者の方々のしょくよ…失礼、意欲がなくなります。こちらが倒したマグロを好きにしていいのでしたら、話は別ですが。さあ、どうなさいます? こうしている間にも、マグロの鮮度は落ちていきますよ?』
 そしてついに依頼主はH.O.P.E.の担当官に屈した。
「わかりました。倒したマグロはどうぞ好きになさって下さい!」
 依頼主の叫びに、通話先と自分の背後2方向から合計3つの歓声が聴こえた気がした。
(歓声が3つだと!?)
 慌てて依頼主は周囲を見渡すと、一方には体に黒のスーツに黒ネクタイ、顔に黒いサングラス、頭にハンズフリー無線機を装備した、某映画の●●ジェントを思わせる違和感ありまくりの集団が、常人を超えた速度で走り去っていき、もう一方には、たまたま魚市場で買い物に来ていた一般客がスマホ片手にあちこち連絡しまくっていた。
「おい、力を貸してくれ! 200kgのマグロ1本が無料で手に入るぞ!」
 無料という単語を聞いた一般人は、時として人としての域を超える事もある。心なしか彼らの背後や頭上に『無料』という大きな文字とか名状し難いオーラがかいま見えるような……。
 彼らの強みは『無料』という名の固い絆と、無料の為なら労苦を惜しまぬ行動力と物量と言って差し支えない数。そして正確な情報網だった。

●絆の名は『金』
 先の違和感ありまくりな黒服の集団が駆けこんだ先は魚屋だった。
「おい。今からマグロの解体ショーと販売の準備をしろ。これからマグロを運んでくるから、ショーと販売で売りさばけ」
 実はこの黒服達は、小さな裏組織の一つに所属するヴィランであり、この魚屋は彼らがイカサマ賭博に店主や従業員を誘い込んで、強引に経営権を巻き上げた店だった。
 そして今はヴィランの資金源の一つとなり、金の為なら消費期限が切れようが構わない、産地偽装や期限偽装は当たり前な、業界でいうところの『見かけ商売』の常習店に成り果てた。
 彼らの強みは強いて言えば、消費期限ぎりぎりの魚であってもあらゆる料理用の食材にさばき切れる店と腕前の持ち主がいることだろうか。
「確か上物の相場は1kgで1万だったから、半値でもがっぽり稼げるぞ。なにせ仕入れ値が無料だからな」
 ヴィラン達の目的は資金稼ぎだった。


『話をややこしくしてどうします』
 盛り上がる周囲の状況が手に取るように……実際把握しているだろう。通話先の担当官の声が心なしか冷たい。
『常人離れした動きの黒服というのは……この周辺で活動しているH.O.P.E.所属の能力者は現段階では把握してませんから、ヴィランとみていいでしょう。そしてもう一方は一般人の方々でしょうね。しかし無料という言葉を聞いた人間というのは恐ろしい存在ですよ。このままですと大事に繋がりかねません』
 はい、ごもっともです。いつしか依頼主は平身低頭だった。
『今のところ被害は確認されておりませんが、例えイマーゴ級従魔だとしても、一般の方々を負傷させる事態も十分考えられます。それを防ぐために、現場に集った一般人の方々を守ったり、その方々を納得させるための交渉も、私どもがやることになるかもしれません。大事になる前に事を治める為に、もう少し手だてが必要ではないでしょうか』
 結局依頼主は、担当官のさらなる要請にも屈し、能力者達がマグロを手に入れた時、その所有権や自由裁量権など、全ての権利を保証する証明書の発行や、どんな料理にもマグロをさばくことのできる店の手配と、料理を食べさせてくれる店での食事の無料提供、および追加報酬の支払いを約束させられることになった。
 泣きっ面に蜂状態の依頼主を置き去りにして、ここにマグロ(ただし現時点では従魔)をかけた三つ巴の競争がはじまった。

解説

●目標
 魚市場のマグロに憑依して逃げ出した従魔1体の退治

 登場
 イマーゴ級従魔1体。通称『鮪』。
 マグロに手足が生えた姿の従魔。現在街中を逃走中。かけだしの能力者でも数回の攻撃で倒せる程度。倒した後のマグロの所有権、自由裁量権など全ての権利はH.O.P.E.のエージェント達にある。

 ヴィラン達
 黒スーツに黒ネクタイ、黒いサングラス姿、頭にハンズフリー無線機という目立つ姿の集団。通称『黒服』。
 現在3人が常人を超える速度で走り、従魔を追走中。専用武器はなく素手。

 一般人
 『無料』という言葉で結束した人々。総合計およそ100人前後。正確な情報網を持ち、対従魔包囲網を形成中。
 何故かほぼ全員、ハシと皿と茶碗、醤油、ワサビを装備し、一部は炊飯器(中身入り。炊きたて)も携帯中。

 状況
 とある地方の漁港がある街。区画整理が進み、碁盤目状の区画が並ぶ。
 現在以下の区画内で従魔は逃走中。
  12345
 A□□□□□
 B□□□□□
 C□□□□□
 D□□□□□
 E□□□□□
 1マスあたり縦横200mの区画。間を縦横各4本ずつ道が走っている。現在この区画を囲む形でH.O.P.E.別働隊が周辺の道路封鎖や避難誘導を実施中。その中で従魔が逃げ、ヴィラン達が追走中。
 依頼主が手配したマグロをさばく店と、無料で料理し提供してくれる店もこの中にある。
 上記の一般人達は別働隊の制止を掻い潜って、現在従魔を追っている模様。
(PL情報:皆様が到着時にはC3あたりでヴィラン達が従魔に組みついて従魔を抑えこみ、一般人達は彼らをH.O.P.E.のエージェントと誤解して周囲に集まりつつあります。)
 なお別働隊より無線機が貸与されるので離れた仲間とも交信可能。
 また依頼人から発行された、戻ったマグロに関する権利は全てH.O.P.E.のエージェント達にある事を示す証明書も人数分提供されるが、依頼終了後証明書は回収される。

リプレイ


 魚市場から逃げ出したマグロ(現時点では従魔)を確保する為、鳥居 翼(aa0186)とコウ(aa0186hero001)、東海林聖(aa0203)とLe..(aa0203hero001)、栄神・昴(aa0429)とヴィヴィアン・ルージュ(aa0429hero001)は、H.O.P.E別働隊が包囲する区画内を手分けして探索に回り、ある場所へ集まりつつある人々を見つけて声をかけては、次々と情報を得ていく。
 また退治後にマグロを振舞う事を担保に、集結しつつある一般人達が持つ情報網を共有して従魔化したマグロ(以下鮪と略)の位置情報を入手した御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)は、現場がどういう状況か事前に確認しておこうと、貸与された無線を使い、友人でもある今宮 真琴(aa0573)と奈良 ハル(aa0573hero001)に集めた情報を送ると共に、真琴へ先行偵察を依頼した。
 真琴とハルは、無線で送られてきた情報や内容に従い、仲間達より先に現場に向かう。
 情報をもとに真琴とハルが辿り着いた先では既に人だかりができており、その奥をうまく確認できなかったので、真琴とハルは密かに共鳴化すると、近隣の高層建築物の上まで一気に『駆けあがり』、屋上から見下ろして状況を確認する。
 真琴が見下ろした先の道路上では、問題の鮪が違和感ありまくりな男達(以下黒服と略)に取り押さえてジタバタしており、その周囲で従魔がマグロに戻る瞬間を、今か今かと待ち構えつつある一般人達が、正確な情報をもとに集いつつある状況だった。
『皆さんの仰った場所に、鮪と黒服と一般の方々が全部揃ってますねぇ』
 普段は無口な真琴も共鳴化している間は気分が高揚するらしく無口でなくなり、確認できた情報を無線を介して仲間達に連絡する。
 連絡後は一度共鳴化を解いて、真琴が眼下の騒動で一般人達に被害が出ないか引き続き見張りを行い、どうせなら現場周辺にいる人達も巻き込んでの宴会にしようと、会場設営に必要なテーブルや椅子などの道具類の手配はハルが無線や手元にある機器を使って行っている。
 そして今は全員現場に集結を終えて、未だ取っ組み合いを続けている鮪と黒服達から一般人達を守る形でシエロ レミプリク(aa0575)とナト アマタ(aa0575hero001)は何かあった時に人々を守れる位置で鮪と黒服達を見張り、免出 計一(aa1139)とモモモモ(aa1139hero001)も、次に行われる『ヒーローショー』の準備も兼ねて、さりげなく人々を危険が及ばない距離へと誘導していく。
「先に見つけた! 俺達の獲物だ!」
 黒服達はそう叫びながらもジタバタもがく鮪にゲシゲシ拳を叩き込んでいるが、AGWを介さない素手での攻撃なのか、もともと攻撃力がほとんどないのか、鮪に効いてる様子はない。
 黒服達にそのつもりはないだろうが、黒服の抱擁から逃れようとする鮪の行く手に別の黒服が立ち塞がっては抑えこむ、という流れを作っているので、黒服達がうまく人々の盾になっている。おかげでエージェント達も一般人達との交渉がやりやすかった。
 しかしエージェント達は、そんなヴィラン達にマグロを一片たりとも譲る気はなく、このまま一般人達の盾となってもらい、最終的には鮪ごと黒服達全員を倒すつもりだった。
 今、目の前で鮪に組みついているのがヴィランだと、集まっている人達に説明して誤解を解く間にもマグロの鮮度は落ちていく。
 ならばそのままヒーローショーに仕立てて、黒服達を悪役として鮪ごと倒してしまった方が、手っ取り早くマグロは手に入る。
 それがこの場に集ったエージェント達が決めた方針だった。
 伊東 真也(aa0595)とエアリーズ(aa0595hero001)も周囲に集った人々にマグロの全ての権利は自分達にある事を示す証明書を片手に交渉しながらも、主たる部分は真也が、ハルに合わせる形で道具類の借用手続きや、依頼人の用意したマグロをさばける店と料理店の人達を集める事といった細部はエアリーズがぬかりなく行っている。
「いえ、決して分けないとは申しておりません。むしろ皆様には多めに分けようと思っています」
 普段は他人の意見に従う事に抵抗がない真也も、今回ばかりは感情の薄い声で譲歩した振りをして、実際は譲歩していない内容と話し方を駆使して一般人達と分け前について話し合う。
 一方宴会に向けたエアリーズの準備の話は順調だ。
『道具類をご用意くだされば、搬送や宴会の会場設営などの作業はこちらで引き受けます』
 普段の口調から丁寧なものに変え、真也とエアリーズはそれぞれの相手との交渉を重ねている。
 なお気になるマグロの重量だが、ハルやエアリーズが依頼主や魚市場に確認した結果、計測したのは手足が生える前、それも陸に揚げられたばかりのものなので、従魔が憑依する前の重量と判明している。
「フフフ……協力してくれれば分け前を考えてやらないこともないぞよ?」
 見張りを別の仲間に交代してもらった後、マグロの権利全てを自分達に譲渡された事を証明する書類をちらつかせ、シエロはあえて口調を時代劇に出てきそうな悪代官ぽく変えながら、周囲の人達との交渉に加わる。
「……?」
 普段通りシエロの頭にしがみついているナトだったが、普段とは違うシエロの様子と、今シエロが演じているものが何かわからず、ナトは小首を傾げた。
「あー……ナトくんにはちょーっと早かったかなー?」
「何を演じているのか、察しはつくけど、最優先で確保すべき部分は抑えてからでも遅くないんじゃない?」
 そんなシエロ達に、豪快な外見の『淑女』ヴィヴィアンを従えた昴が声をかけた後、自分も交渉に加わる。 
 そして真也達と一般人達との交渉の結果、マグロの部位のうち、重量からすれば全体の半分以上が、周囲に集まる人達と、これからやってくる人達のものとなる話で落ち着いた。
 一般人や周囲の人達に譲歩しているように見せているが、大トロや希少部位などは全てエージェント達のものとする内容の合意をとりつけたので、エージェント達にとっても問題ない内容だ。
「あれが西洋の妖のまーめいどって言うんだね」
「いや、あれは半魚人だ」
 ジタバタする鮪を伊邪那美はそう表現して、恭也も目の前の鮪を見て注釈を加える。
 一般大衆に広く伝わる伝承では、その類の妖怪とされる存在の体半分は魚なので、間違いではない。
 なにはともあれ、交渉と準備は整った。後はヒーローショーの形式で、鮪と黒服達を倒すのみ。
 そして全員でマグロを平らげよう(ただしヴィラン達は除く)。


 従魔が黒服達の手から逃れて一般人達に向かう可能性を考慮し、真也、恭也、シエロ、計一が、人々を安全な場所まで誘導する役と、何かあった時の迎撃役を兼ねながら、戦場となる場所から人々を離していく。
 彼らの援護を受けて、ヒーロー役の翼とコウ、聖とLe..が鮪達のもとへ駆けていく。
「行くぜ、ルゥ……! オレ達の力を見せてやるぜッ!」
 共鳴化した聖の体に緑の光と武器が纏い、緑の矢となって鮪達のもとへ疾駆する。
「コウ! きょうめ」
「翼ァ! 共鳴だ!」
「……お、おー」
 いつになく気合十分なコウに言葉を遮られ、戸惑いながらも翼は承諾して共鳴化し、その姿が全身を覆う翼のような鎧を纏うコウの姿に変わり、翼の勇士が鮪達のもとへ征く。
 そんな仲間達の動きを、すぐ近くにある高層建築物の上から、共鳴化し髪が赤い長髪に変わり白い狐の耳が生え、体に紫の和装と尾を纏った真琴が狙撃銃を構えながら、仲間達の視点を立体化し、何かあれば即座に連絡や援護射撃ができる態勢を整えた。
 そして取っ組み合う鮪と黒服達の眼前に、いきなり火柱が吹きあがった。
 何が起こったのかとその方角を見つめる黒服達の前に、共鳴化を終えた翼と聖が、火柱を背景にポーズを決めて宣言する。
 ちなみに火柱は、演出のためコウが他の人達を巻き込まないよう調整して発動したブルームフレアだ。
「「マグロ戦隊!ツナレンジャー!」」
 (……れんじゃー)
 聖がレゥと呼ぶ相棒も聖の中で同じ言葉を口にしたが、レゥにはそれがどういう意味なのかわかってないらしい。
「そこの4……えー……3名と1本! おてんとさまとマグロの神に代わってしょっぴいてくれる!」
 そして聖が黒服達の前に、マグロの権利に関する証明書を見せつけた。
「これがそのマグロが俺達のものだっって事を示す証明書だ。テメェ等に食わせるマグロは一欠片も無いぜっ!」
 聖の宣告を受けた黒服達がいきり立って鮪から離れ、聖たちと対峙する。
「だったら力づくで奪うまでだ!」
 拘束する力が緩んだのを察知した鮪が逃げ出すが、銃声と共に目の前に着弾する何かに遮られ足を止める。
「逃げないで下さいねぇ」
 おっとりとした真琴の声が、弾丸より遅れて上から降りてきた。
 その間に共鳴化を果たした昴が鮪の前に立ち塞がる。
 最初こそヴィヴィアンが『お嬢様の御手をわずらわせることはない』と、昴への忠誠心や昴の身を案じて自分だけ退治に向かうことを主張していたが、マグロの鮮度の関係もあるので共鳴して迅速に障害を排除した方が、より『お嬢様』の為になると仲間達に説得された結果、こうなった。
 強い意志の宿る、昴の紫紺の瞳と片刃の曲刀が、鮪の逃走を阻んでいる。
 さらに共鳴化し、何かの生物の骨を纏った姿に変わったシエロも人々と鮪の間に立って大弓を番えて逃げ道を塞ぐ。
 その反対側では、共鳴化し頭に羊の角のようなものを生やした真也が万が一に備えて、物騒な武器で周囲の人達の不安を煽らぬよう、ロータスワンドを構えている。
 共鳴化して、周囲を固めていた計一は、鮪や黒服達から目を離さず、内にいるモモモモに問いかけた。
「……なぁ、モモモモ。無料でマグロを食べられるって言ったよな。だけどあのマグロの手足を食えって、どんな罰ゲームだよ?」
 一般人達に危険が及ぶ可能性を考慮して、計一はなんとかモモモモを説得して、一般人達に提示するつもりだったルールの内容を『指示に従い安全な場所から見守る事』と穏やかな内容に修正する事に成功していたが、引き換えにモモモモから強制されたのが、今ピチピチ動いている鮪の手足を食す事だった。
(せっかく無料でマグロが食えるのだぞ? 未知の領域の味も試すいい機会だ)
 どうもこの両者の力関係はモモモモのほうが圧倒的に上らしい。
 なお用意しようとしたフルーツについては、事情を聞いたお店の好意で提供してくるとの話があったので、自腹を切って用意する必要はなくなり、その部分については計一も安堵していた。
「あ~、危険ですから余り近づかないで様にしてくれ。協力を頼む」
(……恭也、もしかしてヤル気が無い?)
(仕事はやり遂げるさ。ただな、闘争の空気が全く無いせいか上手く気を張れん)
 さすがに余人には聞かせられない事は口にせず、恭也は内にいる伊邪那美のみに心の声で答える。
 敵とされる存在達のうち、最初に動いたのは黒服達だった。
 一人の黒服が聖に殴りかかるが、聖は表情も変えずに顔面で受けて、呟いた。
「こんなものか」
 もともと素手での攻撃なのでかわすまでもないと思って聖は受けたが、実際に殴られてもダメージはない。
 唖然とする黒服の顔に聖は大剣を握る拳を叩き込んで、黒服を割れたサングラスの破片とともに吹き飛ばす。
 そのまま聖と翼は黒服達に見向きもせず、鮪のもとへと疾駆をはじめる。
 一方聖に殴り飛ばされた黒服は、そのまま鮪を越えて、その先にいる昴のもとまで吹っ飛び、昴はそんな黒服を両腕でキャッチすると、飛んできた黒服の勢いを加速させる形で、そのまま後方へ反り投げる。
 頭から道路に叩きつけられた黒服は衝撃と共にそのまま意識を手放した。
 一方縦列で疾駆する翼と聖を通すまいと、残る黒服達が立ち塞がる。
『真琴。援護射撃だ』
『了解ですぅ』
 恭也から無線通信を受けた真琴からの銃弾が黒服たちの頭上から襲いかかり、黒服の1人が倒された。
 その間に翼や聖が最後の黒服の脇をすり抜け、鮪のもとへ向かう。
 一方、シエロが周囲に警告後、放ったフラッシュバンで視界を塞がれた鮪は満足に動くことができず、到着した翼に腕をとられ、関節の曲がる向きとは逆に思いっきり捻りあげられた。
 たまらず鮪の体はそのまま捻りあげられる力に釣られて回転し、翼にがっちり腕の関節技を決められて道路上に抑えこまれた。
「ツナタックル! 翼に腕折られた時の俺の痛みを思い知れーっ! あ、脚もあったな」
(コウ。マグロを平らげた後、ちょっと『お話しよう』ね。他にも何か言い残してることはないかな?)
「イイエ、ベツニナニモ」
 内側から聞こえてきた翼の声に、思わず棒読みで答えるコウだったが、マグロはきっちりとらえて離さない。
 もはやマグロ確保どころでなく自分の身が危ういと悟った最後の黒服はその場からの逃走を図るが、既に逃走先には真也と計一が待ち構えていた。
 真也と計一にがっちりと両腕を固められた黒服は、さながら刑場へ引きずり出される囚人のごとく、鮪のもとへと連行されていく。
「翼。聖。こいつも一緒に退治しよう」
「よろしくお願いします」
 真也と計一が黒服を翼と聖の持つ術の範囲内に黒服を放り込むと、マグロに憑依していた従魔と黒服は、ほぼ同時に発動した、聖からの怒涛の連撃と、翼から放たれた業火に包まれ、あっさり倒された。
 なお従魔からマグロに戻った時点で、本来あるはずのない手足も消えたので、未知の食感に自発的、あるいは強制され挑もうとされた猛者の方々には申し訳ない。
 こうして従魔となって逃げだした200kgのマグロは無事確保された。


「ヴィヴ。みんなにもマグロを振る舞う事ができるよう、存分に腕をふるってきて」
「かしこまりました、お嬢様」
 青空の中、マグロが恭也や昴の指示を受けたヴィヴィアンの鮮やかな包丁さばきで、各部位ごとに解体されていく。
「ねえ、戦闘の時よりもやる気がみなぎってない?」
 やけに手際が良すぎる恭也に伊邪那美は首をひねるが、恭也はそっけなく答えた。
「気のせいだな。今もさっきも変わりはないぞ」
 お店の中に全員はおさまり切らないと判断していた真琴やハル、真也やエアリーズは、事前に無線でH.O.P.E別働隊に連絡し、道路封鎖の維持をお願いした後、仲間達の協力を得て周囲の店からかき集めたテーブルや椅子を並べて臨時の宴会場を用意した。
 マグロが食材へと解体される様子は、集まってきた一般人達や、テーブルや椅子、そして食器類も用意してくれた周囲の店の人々も加わり、さかんにスマホなどで撮影しながらその手際を眺めている。 
 既に共鳴化を解いた翼とコウから無線で連絡を受けたH.O.P.E別働隊が黒服たちを連行済みなので、この場にいるのはマグロにありつける者達ばかりだ。
 解体が終わったら次はマグロ料理の出番だ。
 既に依頼人より連絡を受けていたマグロ料理を作ってくれるお店は、数時間前から作成に取り組み、完成させた寿司酢を提供してくれた。
 店で用意していたのは、米に10数種類の穀物を混ぜた雑穀米だったが、そこへ一般の方々が持参した炊飯器の米にも、複数の種類をブレンドした酢と砂糖で、それぞれの米をしめて、酢飯にかえることで、複数の酢飯の味を楽しめるようにした。
 ここで「せっかくだから」と料理人たちに勧められ、真也、シエロ、計一達も加わり、エージェント達はマグロの各部位を駆使した料理に取り込み始めた。
 大トロを握るときは、手を洗い、手の温度を下げた上で、ネタと酢飯を合わせ、底をへこませ両手で整え、1貫の握りとする。
 また、マグロを丼にする包丁さばきもよどみなく、大トロとなる部位へ包丁を切りこみ、特盛と呼ぶにふさわしいマグロ丼を作っていく。
 普段は無口な恭也と元気な聖、外見は豪快なヴィヴィアン達も食材となったマグロを扱う手つきはもはや本職に近い。
 そしてできあがった大トロの握りにエージェント達が手を伸ばしていく。一般人達も中トロ以下の握りに手を伸ばす。
「さぁ! たっべるよー」
(いつもの無口さはどこへいった?)
 普段無口な真琴もハルの疑問を置き去りにして、今は元気にマグロ料理に手を伸ばしていく。
 そしてマグロを口に運んだほぼ全員が、次の瞬間その口から安堵にも似たような名状しがたい声を上げたが、すぐさま目の前に美味と格闘し始める。
 ワサビと醤油の相性は当然として、大トロの喉越しが素晴らしい。口の中でとろけ、美味が口の中で広がりながら喉を通過していく感触が真也には心地よかった。
 またエージェント達や料理人達の手で、マグロが自分の身を支える為全身に張り巡らせた筋を丁寧にとり除かれ、水気をとってあるので、スジが噛んだり、口に筋が残ったりせず、脂にワサビが絡みさっぱりとした後味を残す。
「しかしうめーな! ある意味鮮度が維持されてたのかな? ルゥ、やっぱりオレより食う量も速度も速くねぇか? ちょっとは遠慮しろよ?」
「マグロ、美味しい……マグロ、食べる」
 聖の言葉を無視して、ルゥは口に運ぶマグロの量や速度をさらに増していく。
 用意されたマグロ丼も、1口噛むと口の中で美味が沸き、2口目でマグロの脂と暖かいご飯と絡み合い、3口目でマグロと脂が口の中で溶けながら踊り、以後も噛むごとにマグロの冷たさとご飯の暖かさを口の中で細かく砕いて広げた後、美味と共に喉を通過していく。
 いつしかほぼ全員、マグロと酢飯を口の中へ放り込む速度が速くなり、繰り返し訪れる美味を堪能していた。
「やーんもう丼から口が離れなーい!」
 シエロは『開いた口』に次々と大トロと酢飯を放り込んでいくが、ふとナトの存在が近くにいないことに気付く。
「あら? ナトくんは何処に……ハッ! いつの間にか、カマトロをゲットしてる!」
 自分のもとへ戻ってくるナトが、はむはむと食している部位を見てシエロは目をむいた。恭也がナトに分けてくれららしい。
「……炙ってた」
 ナトの呟きに、カマトロをくれた人はどう調理すれば美味しく食べられるか、よくわかっている人だとシエロは内心思いつつも、自分もカマトロをもらおうとナトと『交渉』を開始する。
 希少部位とされる部位や敬遠しがちな内臓などの部位も、恭也によってステーキにしたり、炙りにしたりと様々な調理法で無駄なく料理に変わっていく。
 心臓も、恭也とその部位の味を試してみたかったモモモモの手により調理され、心臓の中に残っている血を揉んで洗い出し、薄く切り串に刺していき、周囲の店に会った焼き鳥を作る道具を使い、丁寧に炙った後、軽く塩を振って素材の味を生かす形で、出来上がった心臓の串焼きをモモモモは食していた。先に分けてもらったホホの肉は既に美味をモモモモの口の中に広げた後、胃の中におさまっている。
 モモモモから強いられた未知の味への挑戦から解放され、しっかりマグロの寿司や丼にありつけた計一がそれを見て抗議の声を上げた。
「あっ!?ずりぃー! 心臓の串焼きとかも食ってるじゃねえか! 俺もそっちがいいー!」
「何を言う。これは調理を手伝った私へのまっとうな報酬だ」
 そして串に残る部分も、モモモモは口の中へと放り込み、計一はがっくりとうなだれる。
 恭也は言動こそ無愛想だが、希少部位でも無言で仲間に分けるなど、行動は紳士的だ。
「まあ、どれも美味しいから文句は無いんだけどね」
「目玉も美味いぞ。食べるか? 食べないのなら他の人に渡すが」
「えっ!? 頑張ったボクに嫌がらせ?」
 そんなやり取りを伊邪那美とかわしながらも、恭也は酒、生姜、みりん、醤油を駆使して目玉を煮付けにする。
 目玉にも栄養は十分あるので、煮付けした目玉を口に運び、その味を表情を変えず堪能し、内心で呟いた。
(なかなか良い味なのだがな……グロテスクに見えるが)
 ハルやエアリーズは料理と共に、店が提供してくれた日本酒を口に運ぶ。
 甘すぎない、しっかりした酒の香りが、2人の鼻を抜け、食す料理の味わいを深くした。
 その間にも、残りの部位を使った料理が次々とエージェントや集まった人達の前に並べられていく。
 マグロの兜焼きは、料理人達の手でマグロの頭をきれいに掃除し、血合いなどを取り除いたうえで、酒で全体を清め、多くの塩をすり込んだうえで、予め店側が温めておいた高温オーブンを使わせてもらい、しっかり中まで火を通されている。
 今回は一般大衆向けということで、できあがった兜焼きは大皿に盛り付けられ、ポン酢と大根おろしが入った器が大量に配られた。
 しっかり火が通ったマグロの頭とポン酢、大根おろしの相性は最高で、コウを始めとしたエージェントや一般の人々も美味を味わっていた。 
 また吸い物代わりに骨などの部分も、シエロとナト、コウ達の手であら汁として既に調理され、その場の人達に振る舞われる。
 血合いなど臭みの残るものをしっかり取り除き、よく洗ったうえで、かたいものから順に沸騰させずに煮立たせてから昆布を加えたが、あくまで主役はマグロの出汁だ。
 根気よくシエロとナト、コウ達が灰汁を取り続け、透き通らせた液体を塩と醤油で簡単に味を調えたものだが、食しているマグロ料理の美味を損なわず、うまく引き立てて口に運ぶ人たちの胃袋へと美味を運んでいく。
 何より舌が。貪欲な舌が。エージェントや一般人達の区別なく、目の前にある料理と化したマグロを食べ尽くさんとうねり猛っていた。
 そして存分にマグロを胃袋におさめ、美味を堪能することができた一般人達は、店の好意で使い捨てできる容器に食べきれなかった分を、お土産として持ち帰り、同じく美味の時間を過ごすことができたエージェント達も、後日返却する事を条件に刺身状態のマグロの部位をクーラーボックスに入れ、それぞれの自宅へ持ち帰った。
 ごちそうさまでした。


 かくして従魔と化し逃げ出したマグロをかけた騒動は、ほぼ全員の無事を守り、その胃袋を満たす形で解決した。
 その例外になったヴィラン達だが、連行された先でH.O.P.Eの取り調べが待ち構えていた。
 H.O.P.Eの厳しい追及の結果、ヴィラン達はマグロを入手したら、違法賭博で強奪した魚屋で消費期限を偽装し売りさばくつもりだったと白状した。
 そこからのH.O.P.Eの動きは迅速だった。
 ただちに独自の調査で問題の魚屋がヴィラン達の手に落ちた状況を把握すると、違法賭博で借金を背負わされた店の従業員たちに金を貸していた業者も、調査の結果しかるべき機関より認可を受けていない非合法な業者ということを突き止め、この業者達も検挙した。
 結果、違法な業者による金の貸し付けは『返す必要のない借金』という扱いとなり、従業員たちへの借金は帳消しとなった。
 また店に関する各権利がヴィラン達に譲渡された手続きについても違法なものばかりだったので、様々な正規の手続きは必要になるものの、いずれ元の持ち主である魚屋の従業員達に戻る可能性が残った。
 解体ショーの準備をしてマグロの到着を待っていた従業員たちは、マグロこそ手に入らなかったものの、借金やヴィラン達から解放される事ができた。
 ヴィラン達に唆されたとはいえ、違法賭博に関わった一件は許されるものではなく、一度失った信用は簡単には取り戻せないが、全てを精算した後の魚屋や従業員たちの未来は明るいと信じたい。
 なお余すところなく喰いつくされたマグロの『廃棄する部分』については、解体や料理に関わった店をはじめ、恩恵にあずかった周囲の区画の人達の手で、しっかりと処分され、用済みとなった証明書も全て依頼主のもとへ回収された。
 そして依頼主は、今回思いがけず恩恵を受けた周辺の人達から、謝礼や見舞いの名目で様々なものが贈られたため、想定よりは懐が痛まずに済み、内心安堵したが、今回の一連の騒動で改めて思い知る。
 やはり無料(タダ)ほど怖いものはない。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • CEテレビジョン出演者
    鳥居 翼aa0186
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    コウaa0186hero001
    英雄|16才|男性|ソフィ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • エージェント
    栄神・昴aa0429
    人間|11才|女性|攻撃
  • 疾走するメイドクイーン
    ヴィヴィアン・ルージュaa0429hero001
    英雄|38才|女性|シャド
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • エージェント
    伊東 真也aa0595
    機械|20才|女性|生命
  • エージェント
    エアリーズaa0595hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • エージェント
    免出 計一aa1139
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    モモモモaa1139hero001
    英雄|8才|女性|ソフィ
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