本部

私は鍋をたべたい

落花生

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/15 03:03

掲示板

オープニング

「なつかしいわねぇ」
 HOPEの支部に、中年女性が訪れていた。顔色がどことなく悪いが、彼女は懐かしそうに支部を見渡す。彼女は津田ナオコ、すでにHOPEを引退したリンカーである。
「貴女が引退したときと、ほとんど内装は変わっていませんよ。その……体はどうですか?」
「良くはないわ。仕方がないわよね、医者には散々言われていたんだもの。今は、最後の晩餐をなんにするかを考えているところよ」
 ナオコを案内するのは、同世代の初瀬クニヤスである。彼は、ナオコが現役のリンカーだった頃は何度も彼女と一緒に戦った。楽しい思い出も、辛い思い出も、恋の記憶ですら、ナオコと共にある。
「こんなところ歩いていたら、昔の楽しい記憶が蘇ってきちゃったわ。なつかしいわね、キノコ型従魔が出てきたときのことを覚えている?」
「もちろん。たしか……試験後に鍋パーティーをしようとしたら、キノコが毒キノコで全員が腹を壊したんですよね」
「そうよ……ああ、また食べたいわ。だって、あのお鍋は人生で一番おいしいかったんだから」
 毒キノコが?
「そうだ。若い子と一緒に、また鍋をしない? きっと美味しいわよ。材料代は、私が持つわ」
「ほ……本当に(毒キノコ)を食べたいんですか?」
「ええ、本当に(美味しい鍋)を食べたいわ」
 クニヤスは、かつての恋心のために毒キノコを入手することを決めた。

解説

引退リンカーのために美味しい鍋を作ろう!

鍋パーティー会場……HOPE支部の会議室。

日程……11月某日。時間、夜6時より開始。

詳細……コンロ、鍋等々はナオコとクニヤスが持ちこみます。また、材料費はナオコが出してくれますので、6時に鍋パーティーを開始できるようにスーパーなどで美味しい食材を買ってきてください。

ナオコとクニヤスが持ちこむ材料(鍋の材料にしなくてもOK)
キムチ、水、味噌、醤油、毒キノコ
PL情報(毒キノコは、食べてもお腹が痛くなる程度のもの)

ナオコ……五年前に、一身上の都合で引退したHOPEのリンカー。中年女性であり、独身。可愛らしい雰囲気があるが、現在は医療療養中。医者には、何事も無理はしないように言われている。

クニヤス……中年男性。HOPEのリンカーとしてはベテランだが、天然紳士。リンカーとして養ってきた全ての手腕を駆使して、毒キノコを鍋にいれようとしてくる。ナオコに対して、長年にわたり片思い状態。スリのような見事の手腕と長年の一人暮らしで得た料理スキルを駆使してくる。

毒キノコ……山に生えているキノコ。淡泊でほぼ味はないが、見た目は普通のシイタケ。食べるとお腹が痛くなるが、すぐに治る。毒性はほぼないに等しい。

リプレイ

●準備前
 薄暗い部屋のなかで、少女の声が響く。
「セールは、時間との勝負です。各人の配置を発表します」
 真剣な面持ちで地図もとい近くのスーパー店内案内図を広げるのは、蔵李・澄香(aa0010)である。彼女の隣では、クラリス・ミカ(aa0010hero001)が副監のような厳しい面持ちで仁王立ちになっている。
「ルートは、国道から裏側に。野菜は卸 蘿蔔(aa0405)君に。お肉は鬼嶋 轟(aa1358)さんにお願いします」
「も……もしも邪魔が入ったら、どうします?」
 蘿蔔が緊張した面持ちで、澄香に訪ねた。隣にいたレオンハルト(aa0405hero001)まで、つられて唾を飲み込む。この薄暗い場は、会議さながらの緊張感に包まれていた。いや、それよりも鋭く張りつめたような空気は、もはや軍法会議である。
『買い物とは戦争……勝つためにはきちんと作戦をたてないと』
 レオンの言葉に、全員が頷く。残念ながら、この場に「おまえら、一体何と戦っているんだ」とツッコんでくれる人材はいなかった。
『ボク、バナナとか入れたいっすよ』
 屍食祭祀典(aa1358hero001)の言葉に、全員がおののいた。鬼嶋が、保護者の顔をして「こちらは、こちらでなんとかする」と無言で各々に伝える。他の面々は良識的に見える鬼嶋の感覚が、屍食祭のせいでねじ曲がっているなど予想だにしていなかった。そのため、彼の無言の説得に安心して会議を進めたのであった。
『調理室……カセットコンロ……カラオケセット……口止め用として職員に配る鍋、楽しむ準備は万端ですわね』
 クラリスが、微笑む。
「時は満ちた。作戦を開始します!」
 澄香の言葉と共に、部屋の電気がつけられる。
 部屋の電気をつけたのは流 雲(aa1555)とフローラ メイフィールド(aa1555hero001)であった。
「えっと……皆さん、お揃いでなにをやっているのでしょうか?」
 流もフローラも、唖然としていた。電気のついていない部屋で話し声が聞こえると思って来てみれば、本日鍋パーティーをおこなう面子がなぜか部屋でこそこそと雁首そろえていたのである。驚かないほうが、どうかしている光景であった。
「あっ……ははははっ!!」
 流とフローラ以外の全員が、無意味に笑いだした。
 まさか、全員で『軍法会議ごっこ』をしていたとは口が裂けても言えなかったのである。

●会場準備、鍋準備
「思ったより、色々な材料が集まったようね」
 玖条 セリカ(aa0978)は、目の前に積まれた食材に腕をならしていた。視界の端っこにバナナなど鍋には入れない食材たちも見えたが、それに関してはセリカはなにも言わなかった。食材は、稀にいるだけでよい食材がある。料理に使わなくたって、その食材の価値が失われるわけではない。つまり、セリカはバナナを見なかったことにしたのである。
「ニンジンはお花の型で切り抜いてみたわ。華やかになって、ナオコが喜んでくれそうでしょう?」
 まだ会場に表れていないナオコだが、彼女は病院で検査中だと言う。彼女が何の病魔に侵されているかは聞かされてはいないが、先輩を元気づけるためにも自分たちが美味しい鍋を食べるためにもセリカは張り切っていた。
 一方で、彼女の英雄ユリシス(aa0978hero001)は少しばかり残念そうであった。大好物のホットケーキがないせいであろう。それでも会場に花を飾ったり、とユリシスなりに会場設営の手伝いをしていた。
 セリカの可愛らしい野菜の飾りに、買い物を終えて飾り付けをおこなっていたアイ(aa0051)の手が思わず止まった。
「かわいいですね」
「あなたもやってみる?意外と簡単なのよね。可愛いものは、テンション上がるわよね」
 セリカの申し出に、アイは曖昧な笑みで答えた。
「ごめんなさーい。ワタシ、料理とかはあんまりできなくってー……」
『教えても、面倒くさがってやらないだろうに』
 ぼそり、と円仁(aa0051hero001)が呟く。
 アイは、白菜を切っていた円仁の足を思いっきり踏みつけた。
「……黙ってろ、ジジイ」
 悲しいかなアイの暴言は、誰にも聞こえていなかった。円仁も割りきっているので、ひたすら無心に白菜を切るばかりである。もしかしたら、ストレスを発散しているのかもしれない。
『……お若い方も多いです故、野菜もたくさん食べてもらいたいですな』
 だが、すでに白菜は大鍋一つ分は切られている。
「いくらなんでも白菜が多くないか?」
 使う肉の種類によって味噌味と醤油味の二種類の鍋を作ろうと思っていた御神 恭也(aa0127)は、早々に白菜鍋になりつつある光景にため息をついた。
『恭也って、なんだかんだ言いながら料理を進んでやるよね』
 伊邪那美(aa0127hero001)は自身の契約者の手元をじっと見ていた。危なげなく切られる野菜たちは、セリカの野菜のような可愛らしさはないが無骨は雰囲気が旨そうだ。味付けもまだなのに、男飯の風格を漂わせている。
「お肉、持って来たよー!」
 モニカ オベール(aa1020)とヴィルヘルム(aa1020hero001)がやってくる。ちなみに、彼らが持ってきたイノシシは調理室の冷蔵庫のなかだ。これのためだけに、クラリスは調理室を抑えたのだ。イノシシの解体に鍋パーティーの会場を使うのは、さすがに狭すぎる。
『ちょうどシーズンだからな、いい肉が入った』
 その言葉に、食べざかりと男性陣のテンションが一気に上がった。ヴィルヘイムを神として崇めろ、と言われても今だったら従ってしまいそうだった。
『さすがに、一人でイノシシの解体をするのも寂しいものだな。おお、セリカちょうどいい。ちょっと手伝ってくれ。クニヤスというのも料理が得意だと聞いたが……』
 ヴィルヘイムは、クニヤスに声をかけようとして止まった。今の今まで、どうして会場準備をしていた仲間たちが彼の存在を口にしなかったのかも一瞬で分かってしまった。
「これは……ナオコのため。……このキノコは、ナオコのため。……このキノコも、ナオコのため。ナオコ、待っていてください。キノコ……ナオコのため」
 クニヤスは、ぶつぶつと呟きながらひたすらキノコを切っていた。その光景は料理と言うよりは修業であり、円仁の姿と相通じるものがあった。
 いや、他所見も何もせずにひたすらキノコを切っている分だけクニヤスの方が不気味である。彼のこの行動のおかげで、ほとんどのメンバーがクニヤスはナオコに片思い中だということも分かったが。
「あの、クニヤスさん。そんなに熱心に調理をされているところを見ると、あなたはナオコさんが好きなんではないでしょか?」
 流が「気がついて、びっくりしました」というふうを装って、クニヤスに訪ねる。ほぼ全員の下世話な好奇心がうずいていた。うずいていなかったのは、秘密裏に鍋にバナナを入れていた屍食祭ぐらいである。
「……そうですよ。情けないものでしょう、こんな歳になってまだ告白の一つもできていません」
「そんなことありませんよ。ロマンチックだよね?」
 流は、フローラに訪ねる。
 彼女は、微笑みながら頷いた。
 その後ろで、屍食祭が鍋に小エビを投入する。
「あのっ、二人のなりそめ何かを聞いてみたいです」
 緊張しながらも、蘿蔔が目を輝かせる。大人の恋バナに、少女の胸はときめいている。
 そして、鍋はどぼどぼいっている。
 屍食祭が、大量の牛ホルモンを投入した音であった。
「私とナオコは、同じ師に師事してリンカーとしての基礎を学びました。その卒業試験の際に、私たちは秋の山に一カ月こもることになったのです」
 山の玄人であるモニカとヴィルヘイムは、自分たちのフィールドに話しがおよんでドキドキした。
「そこでキノコの従魔と遭遇し……三日間まともなものを食べていなかった私たちは、そこで即席のキノコ鍋をつくったのです」
 モニカとヴィルヘイムは、別の意味でドキドキした。山に生えているものは毒性が強いものが多く、キノコに限らず口にするのは非常に危険な行為だ。たとえ食卓に出ているような無害なものでも、生えている季節や地域によっては毒性があったりする。
「そこで、お腹が壊して散々な目にあいましたよ……」
「クニヤスさんは、運が良いんですね」
 モニカは、思わずつぶやいた。お腹をこわした程度なら、弱毒であろう。食べた本人たちは散々な目にあったに違いないが、それでも運が良い方だ。
「でも、そこでナオコは笑ったんです『物凄く美味しかったわ。人生で一番目ぐらいに。また、鍋をしましょうって』本当に明るくて芯が強くて、彼女と一緒なら私はどんな強敵とも戦えるような気がしました。彼女は病気でHOPEのリンカーを辞めてしまいましたが、私の仕事が彼女の平穏を守っているから私は頑張れたんです」
 クニヤスの言葉は、彼のリンカーとしての人生の言葉だった。
「でも、人生で一番おいしい鍋かー」
 モニカは、当時の彼らが食べただろう粗末な鍋を想像する。肉も他の具材も入っていない鍋だが、空腹だった彼らには代えがたい御馳走だったに違いない。
「同じぐらいは無理でも、二番目は目指すね!」
 今日は取ってきた猪は焼いても美味しいはずだよ、とモニカは明るく笑う。
 だが、クニヤスは聞いていなかった。
「先日、ナオコが鍋をやりたいと聞いて思ったのです……。ああ、ナオコはそんなに毒キノコが食べたかったのかと。だったら、あのとき一緒に食べた私が食べさせますと。これは、私にしかできないことだと」
 その場にいた全員は、言葉を失った。
 ――なぜ、そういう結論になった!
 その時、全員の心が一つになった。
 屍食祭だけが、人知れず鍋に油揚げを投入していた。
「あっ、最初に油揚げを入れたほうが味が染みたっすよね?」
 その悪魔的な一言を、残念ながら聞いていた人間はいなかった。
「しかし、静養中の人に食べさせるのが本当に好きな人にすることでしょうか?」
 流は、真剣な目でクニヤスに言った。
「しますよ」
 クニヤスが、断言する。
「本当に彼女が望んでいるのならば、私は何でもしますよ」
 クニヤスが、空中にキノコを放り投げる。全員の視線がキノコに向けられるなかで、キノコは切断された。キノコを二つに切ったはずの包丁の軌道すら、彼らには見えていなかった。二つに切られたキノコは、ぽちゃんと醤油味と味噌味に一ずつ落ちていく。
「さぁ、止めてごらんなさい。私は今までリンカーとして培った全てを駆使して、鍋にキノコを投入し続けますよ」
 

●パーティー開始
「定刻なりましたので、始めさせていただきまーす。司会は私、蔵李澄香でお送りします」
 鍋を作ったままのエプロン姿で、テンションだけはアイドル仕様の澄香の声が始まりの合図となった。
「すみちゃんかわいい――っ。好き――っ」
 と、蘿蔔が熱烈なラブコールを澄香に送っていた。会場に招かれたナオコは、その様子をニコニコしながら眺めていた。相変わらず顔色は悪いが、心から楽しんでいる笑顔である。
「ふむ……」
 鍋に最後の味付けをした、御神の手が止まっていた。
『ねぇ、恭也。お肉をとってよ。お肉、お肉』
 伊邪那美が御神の隣で肉を強請っているが、それでも御神の手は止まったままだ。彼はミレニアム問題に挑むような学者の顔をして、長い溜息をついた。
「味がわからない。これは、美味いの……か?」
 御神の呟きに、流も味見をする。
「なんと言えばいいんでしょうか? 今まで体験したことのないようなコクと深みがあります。まるで……数種類の肉をブレンドしたかのような」
 伊邪那美は「そういえば、熊肉、鹿肉、猪肉、馬肉をいれたかな? でも、肉の種類ごとに恭也が醤油と味噌を分けてたよ」
 モニカとヴィルヘイムは「猪肉をたっぷりいれたんだよ」
 と、それぞれ呟く。
「肉の臭みはスパイスでしっかりとれていて、それでいてプリプリしたりコリコリする謎の食感がします。この食感は……ホルモンでしょうか?」
 流は、首をかしげた。
「それは、ボクっす!」
 元気いっぱいに手をあげる屍食祭に、全員が唖然とした。下手な材料の投下は鬼嶋が止める手はずではなかったのか、と。だが、当の鬼嶋が首をかしげている。
「可笑しなものは、止めたんだぜ」
 屍食祭の前には、薬味として生クリームやら苺ジャムがあった。鬼嶋の感覚としてはさすがにこれらはアウトだが、牛ホルモンぐらいならばセーフらしい。
「でも、美味しいわよ。田舎風鍋って感じで」
 ナオコは、鍋をつついて微笑んでいた。さすが若い頃は毒キノコを食べた女性である、食べ物に関しては全く物怖じしていない。
「ほわぁ、馬のお肉って体があったまります。そういえば、お鍋たべるの初めてですっ」
 幸せそうな蘿蔔に、レオンが目を瞬かせた。その手にはしっかりとカメラが握られており、賑やかな鍋パーティーの様子を記録している。
『……え? 日曜の夕食、鍋だったじゃん。なぁ、澄香?』
「え……なんですかそれ。私、知りませんっ」
 「食べたかったですっ」と不貞腐れる蘿蔔に、レオンは謝罪の印にせっせと肉を運んでいた。そのおかげもあって、蘿蔔の皿は肉祭り状態である。
『これも山の恵み。私が食べることはできませんが、命に感謝して皆でいただきましょう』
 そう言いながら、自然な手つきで円仁は野菜をアイの皿に盛りつけた。アイはさらに自然な手つきで、野菜を蘿蔔の皿に盛り付ける。すでに蘿蔔の皿は、肉と野菜のミルフィーユ状態である。
『……これも自然の恵みです』
 円仁は、クニヤスが切っていた毒キノコをアイに差し出す。円仁は平気そうに食べていたキノコだが、さすがにアイはキノコで度胸試しをするつもりはない。
「いやいやいや」
 キノコ(キノコ以外の野菜も)は、全部円仁に引き取ってもらった。円仁はせめてネギは食べろと皿に大盛りに装ったが、アイはそれをこっそりとセリカの器に移す。その仕草は、ピーマンを避ける園児にも似ていた。
「ごめんなさーい、ワタシこれちょっと苦手で」
 そんな幼稚な言い訳に、セリカの胸は射抜かれた。
「大丈夫! お姉さんに任せて」
 アイの避けた野菜やキノコをパクパクと食べつつ、セリカはユリシスに目を向けた。彼の皿は減ってないというか、未だに空っぽのままだ。
『キノコ女』
 あれほど懸命に切っていたクニヤスの毒キノコは、円仁とセリカに食べられてほとんど残っていない。
「うるさいわね。このキノコ、美味しいのよね。あっさりしてて、何個でもいけるわ。あなたも野菜も食べなさい」
 ものぐさなユリシスは、セリカに皿を渡す。
『じゃあ、さっさとよそって』
「どれだけものぐさなのよ!」
 しかたないわよね、と言いつつよそってしまうところが彼女が骨の髄まで『お姉さん』である所以である。
『ねぇ、恭也。ボクの小鉢にバナナが入っているんだけど……』
「……闇鍋感覚で入れたんだろうな」
 煮汁を吸ってどろどろになったバナナは、辛うじて形を保っている状態である。大変にグロテクスなバナナと肉を、伊邪那美はこっそりトレードしようとした。無論、自分のバナナと御神の肉をである。
『育ち盛りのボクには野菜なんかより、もっとお肉が必要なんだ!』
「隙をついたつもりだろうが、百年早い!」
 御神は、肉を死守した。
 だが、伊邪那美はあきらめきれず友人である流に『ねぇねぇ、ボクのバナナと流ちゃんのお肉をトレードしない』と持ちかけていた。御神に「はしたない真似をするな」と怒られたが。
 かちゃかちゃ、と不審な音が響く。
 ヴェルヘイムが顔をあげると、鍋に上でモニカとクニヤスがフォークと箸で戦っていた。二人が素早すぎてヴェルヘイムは目で追うのが精いっぱいだが、声だけははっきり聞こえてくる。
「これ、おいしそうなシイタケだね! あたしが、もらってもいいかな?」
「これはナオコのために採り、ナオコのために切り、ナオコのために煮込んだ、ナオコのキノコです!」
 かちゃかちゃとマナーの悪い攻防戦はしばらく続き、クニヤスの箸がしっかりとキノコを捕まえた。さすがは、お箸の国のベテランリンカーである。
『いったきますっす!』
 屍食祭が、クニヤスが捕まえていたキノコをぱくりと一飲みにしてしまった。もぐもぐとキノコを咀嚼した屍食祭は『う……』と呟いて蹲った。
『旨みがたりないっす。生クリームでコクを追加するのが、たぶん正解っすよ』
「行儀の悪い真似をするな」
 鬼嶋が、屍食祭を叱りつける。
 だが、これで毒キノコの心配はなくなった。
 クニヤスが、無言で崩れ落ちる。自分で毒キノコを用意し、自分で調理し、自分で奪い取ったキノコを横から取られたのだ。その衝撃は、大きかったであろう。
 セリカは、その肩にぽんと手を置いた。
「想いが実らなくても壊れちゃうような関係じゃないでしょう? その気持ちをガツンとぶつけてくるべきよ」
 ユリシスも会場に飾ってあった花のなかから、小さく可憐な花を選びとった。それをクニヤスに差し出す。
『せっかくだし、プレゼントしてみたら。女って花をもらうと喜ぶんでしょ?』
 クニヤスは、その花を受け取る。名前も知らない花だった。けれども、小さく咲いている健気さがナオコに似ているような気がした。
 ナオコはリンカーをしていた女だから、可憐という言葉が似合うほどに弱々しくはない。けれどもクニヤスからしてみれば、彼女はずっと小さな花だった。
 護りたいのに、強くて、しぶとくて、綺麗で、ちっとも護らせてくれない小さな花のような女だった。クニヤスは、そんなナオコのことをずっと不格好に好きだった。
『さぁ、澄香ちゃん。今から、念願のカラオケタイムですわ。魔法少女アイドルの本領発揮ですわ』
 クラリスの目が輝く。
「いやいやいや、今回はリンクしないって、ぐぎゃー!」
 澄香の抵抗も虚しく、本日も可愛く可憐な魔法少女アイドルが誕生する。なってしまったものは仕方がないと腹をくくった澄香がきらきらする笑顔を振りまいてゲームの内容を説明する。
「本日のカラオケはデュエットしばりです。私とアイさんコンビの点数を越えたコンビに豪華おかし詰め合わせをプレゼント! アイさーん、準備はいい!」
「はーい!」
 流行りの音楽がスタートし、テレビでおなじみの踊りを澄香とアイが息を合わせて披露する。ゆったりとしたメロディーに合わせた踊りのせいなのか、すらっと伸びた彼女たち指先や足が不思議なほどに艶めかしく感じられた。
 曲の歌詞が、大人の恋愛を思い起こさせるせいなのかもしれない。蘿蔔が見たら半狂乱になって喜びそうだが、前年ながら彼女は先ほどからフローラとどこかに出かけてしまっていた。レオンはあとで何か言われそうだったので、無言で一生懸命にシャッターを切る。再び「私、知りませんっ!」とは、言われたくはない。
「お次は、クニヤスさんとナオコさんです!」
 マイクが、クニヤスとナオコに渡される。クニヤスの隣にいた流は「男なら、相手の目を見て歌うものですよね」と耳打ちする。それを見ていたヴィルヘイムも何か言いたげあったが『おっと……口にするのは無粋か』と大人の気遣いを見せた。
 音楽が鳴る。
 少し前に流行った、すれ違った男女の想いが歌われるラブソングだ。
「――好きです」
 音楽も歌詞も無視して、クニヤスはナオコの目を見つめていた。ナオコも最初は笑っていがやがて冗談ではないと分かると、マイクに口を近づける。
「――冗談を言わないで。残り少ない一生を、病室で生き続けるような女よ♪」
 ナオコの最後の語尾だけが上がり、冗談めかした歌詞のようになった。
「――ずっと前から好きでした」
 クニヤスは、音も歌詞も相変わらず無視をする。
「――私を好きだというのなら……あなたは前を見続けて。明日会えるはずの仲間と共に、戦って。戦い続けることができるあなたは私の恋でもあるかもしれないけど、それ以前に私の夢なのよ♪」
「――私にとっては、あなたこそが夢でした。厳しい現実でもありました。私もあなたも戦いを知っている。次があるなんて、確証はどちらにもない。だから……明日、手を繋ぐ約束をしてください」
 かちん、とナオコはマイクを切る。
 まだ音楽は、鳴り響いている。
「互いに歳なんだから『キスをしましょう』ぐらいは言いましょうよ」
 そうじゃないとすぐに天国までたどり着いてしまうわ、小さな女の子のようにナオコは微笑んでいた。

●宴のあとには
「お仕事ごくろうさまです。鍋の差し入れです」
 流と御神はそれぞれ鍋をもって、支部に残っていた職員に鍋を差し入れていた。場所を気前よく貸してもらったお礼の意味合いもあったのだが、冷え込む季節のこともあって鍋は大好評であった。御神の隣で、伊邪那美が『バナナもあるよー』と謎の掛け声をかけつつもたっぷりと作ったはずの鍋はいつの間にかなくなっていた。
 大鍋を調理室で洗ってしまおうと、三人は人が居なくなったはずの調理室へと向かった。すでに会場の後片付けも終わっていて、今日の参加した面子もほとんどが帰路についているはずであった。誰もいないはずの調理室から、声が聞こえてきた。
「すっ、すみません、無理して残ってもらって。ナオコさんの住所とか分からなかったんで、どうしても今日中に渡したかったんです」
 声の主は、蘿蔔であった。
「あ、あの。今日は、とても楽しかったです。ありがとうございます。このフレーム、メイさんと一緒に選んだんです」
「今日の記念になると良いですね」
 少女二人は、晴れて両想いになった女性に綺麗にラッピングされた写真立てを渡す。いつのまにか姿を消していた蘿蔔とフローラは、このプレゼントを購入していたのだ。写真立てのなかには、クニヤスとナオコの写真も勿論はめこまれている。
「えっと、お二人はよく一緒に依頼に行ってたんですか……? いつから、好きになったりしたんですか?」
 今にも「キャー」と言いだしそうな蘿蔔が尋ねる。
 可愛らしい少女たちに、ナオコの目じりの皺が深くなった。
「クニヤスは、最初の依頼の時に私を見捨てて民間人を助けたわ。そのときは私は無事でクニヤスも必死に謝ってたけど……私はそれが嬉しかった」
 細いナオコの指が、写真立てを撫でた。
「私がいなくなっても、クニヤスは私と英雄の『民間人に犠牲は出さない』という契約を守ってくれる。だから、私はクニヤスが好きになったの。信頼しているって、言ってもいい。それに、クニヤスぐらい阿呆で馬鹿で天然だったら、私が居なくなっても強く生きられると思わない?」
 ナオコは、痩せた両腕で少女二人を抱きしめた。
「今日は、本当にありがとう。これは、一生の宝物にするわね

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • エージェント
    アイaa0051
    人間|16才|?|攻撃
  • エージェント
    円仁aa0051hero001
    英雄|48才|男性|シャド
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • エージェント
    玖条 セリカaa0978
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ユリシスaa0978hero001
    英雄|16才|男性|ドレ
  • 雪山のエキスパート
    モニカ オベールaa1020
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    ヴィルヘルムaa1020hero001
    英雄|38才|男性|ジャ
  • エージェント
    鬼嶋 轟aa1358
    人間|36才|男性|生命
  • エージェント
    屍食祭祀典aa1358hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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