本部

【白刃】自分自身との闘い

布川

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/10 15:34

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
 ——どうか皆様、御武運を!」

●ドロップゾーン突入ルート周辺、『霧の森』にて
 少し前、大規模作戦に向けて、突入ルートの殲滅を任されたリンカーたち。
 しかしながら、彼らは、どこまで行っても変わりばえのない霧とスペンサーによって、分断されてしまっていた。
「はぐれた仲間は無事かしら」
「無事……であることを願おうか。それより、こっちをなんとかしないと……」
 進んでも進んでも、同じような風景ばかりが続く。
『私たち、こんなところで死ぬのかしら』
「おい、死ぬなんてことを言うな……まだ希望はある」
「私、死ぬなんて言ってないけど」
「え?」
 でも、現に聞こえたのだ。――目の前の仲間は、きょとんとしている。次の瞬間、彼は凍りついた。自分の声とそっくりの声が、言ったのだ。
『ああ、いっそ、死んだ方が楽なのかもしれないな』
「あなたこそ、なんてひどいことを言うの!?」
「……俺は何も言ってないぞ! この霧がおかしいんだ!」
 それまでずっと黙っていた能力者の一人が、突如頭を押さえてうめきだす。
「畜生。最初は、ただの偵察任務だったんだ! ……こんな森にいられるか! 俺はとっとと帰らせてもらう!」
「おい、一人で進んだら……! ぐっ」
 次々と発光する従魔が邪魔で、後を追えない。仲間の姿が消えると同時に、即座に悲鳴が轟いた。
(くそっ……)
 しかし、しばらくすると――彼は戻ってきた。
「よかった! 生きてたか!」
「待って! 罠よ!」
 あの状況でどう見たって、無事でいられるはずはない。どちらが正解なのかは、すぐに分かった。……駆け寄った仲間が膝をついたのだ。

●HOPE本部 作成司令室にて
「生駒山のドロップゾーンに突入する経路の一つが、愚神によって塞がれているようだ。ここを通れるようになれば、愚神を打ち滅ぼす一手になるのは間違いない。しかし、この場所は少々特殊な場が形成されているようで、霧に覆われているのだ。……ただの霧ではない。愚神の手によるものと思われる」
 HOPE職員が合図をすると、スクリーンに地図が映し出された。たしかに、その経路の範囲は、グレーの未確定となっている。職員は、一冊の手帳を取り出した。
「先行した能力者が残した情報を、我々の仲間が持ち帰った。その森は、極めて特殊な状況になっているようだ。そこではとても……、不可解なことが起こっている」
 職員は、スクリーンに手帳の内容を映しだした。
「その霧の中では、不安になって、”言ってもいないはずのこと”が聞こえ、疑心暗鬼に陥るという。方角が狂い、パーティーを分断されたあと……彼らは、”自分たちの仲間”に襲われたのだとか。おそらく、正体は愚神だろう」
 HOPEの職員はそう言った。
「我々は、その愚神に『シャドウ』と名付けた。愚神『シャドウ』を探し出し、きみたちの手で退治してくれ。特殊な空間だから、何か手立てがあると良いだろうな」

解説

●目標
 仲間と協力しあって愚神『シャドウ』を倒し、霧を晴らす。
※なお、先行者の救出は既に済んでいるとのHOPE判断がある。

●登場
愚神『シャドウ』
 霧の森に分け入っていくと現れる。
 もしも班を分けて動くか、道に迷って分断された場合は、それぞれその場にいないメンバーのリンク後の姿になって現れる。全員が集合していたり、あるいは隙がないような場合は、負傷したHOPEのリンカーの姿を装って現れるだろう。何体登場するかは作戦次第だ。なお、多く登場するほどそれぞれは弱く、合流すると合体して一つにまとまろうとする。
 姿や衣装は完璧にコピーすることができるが、記憶や経験などはコピーできない。擬態しているときに放っておくと、隙を見て奇襲を仕掛けようとするだろう。

 戦闘中は、次々とリンカーたちの共鳴後の姿に変じて攻撃を仕掛ける。ただし、能力値などはリンカーたちよりも低い。瀕死になると変身ができなくなり、黒い影の姿になる。

従魔『スペンサー』×多数
 森の辺りに漂う、光る球のような形をした従魔。倒しても倒してもどこからか現れる。一定周期で発光し、魔法攻撃を飛ばしてくる。容易に消えるが、数は多い。
 また、シャドウには反応せず、攻撃しない。

●場所
霧の森
 しばらく林を分け入って歩いて行くと、木の密集した霧の森に出る。同じところをうろうろと歩いているような錯覚に陥る。実際、シャドウを倒すまでは先へ進むことができない。
 不安を掻きたてられるような心地がするほか、能力者によっては幻聴が聞こえる。
 進むとぽつぽつとスペンサーが登場し、パーティーの分断を狙ってくるだろう。ある程度進めばシャドウが現れる。分断されても合流することはできるかもしれない。
 シャドウを倒すと、霧が晴れて迷わなくなる他、スペンサーの数が明らかに減り、大幅に弱体化する。

●状況
霧の森に入るところから作戦が始まる。
事前の打ち合わせが可能である。

リプレイ

●備えあれば……。
 リンカーたちは、あえて分断されることを視野に入れ、3つの班に分かれることとなった。
「……霧の中で幻聴……まるでホラー映画だな」
 倉内 瑠璃(aa0110)の言葉に、ノクスフィリス(aa0110hero001)は妖艶に微笑んだ。
「陳腐なホラー映画と一緒にしない方が良いですよ? 手段としては中々に有効ですからね」
 魔族であるノクスフィリスは、この異常な”場”を、どうやら作り出す側としての立場からも理解しているようである。
「……相変わらず自分がやった事がある様な言い草だな。ま、敵が俺を真似するなら今回はラピスとして振舞う必要もあるか……?」
「……あら、まさか貴方の口からそんな言葉が出るとは。良い傾向ですね」
 どこかくすぐったいようなノクスフィリスの笑い声が、森の中に小さく木霊した。倉内はノクスフィリスと共鳴すると、その姿を、中性的な外見から美しい女性の姿へと変じた。頭身と同じくらいはあろうかという長さの髪と口元のルージュが、倉内の印象を鮮やかに塗り替える。しかし、面影は確かに倉内のものである。
 ラピスラズリ・クラインを名乗る彼女は、自分の口調の特徴を手短に仲間たちに伝えると、懐にリボンを忍ばせる。自分のコピーが現れた場合は、これを腕に巻いて仲間を識別するのだ。A班の合言葉は、リーダー・ラピスの誕生日、1209である。
「単純ミスで同士討ちなんて笑い話にもならないし、ちゃんと覚えておかないと」
 染井 義乃(aa0053)は黒い髪から桜の髪留めを外して、懐にそっと仕舞い込んだ。彼女は、リボンのかわりにこれを目印にするつもりである。
「一応、それは私の部屋でもあるからな。無くしたりするなよ?」
 染井の髪留めは、シュヴェルト(aa0053hero001)のための幻想蝶でもある。
「言われなくても……シュヴェルトの部屋ってどんなだろう」
 シュヴェルトは、中世貴族のような恰好をした青年である。物静かではあるが、ひとたび戦闘となると好戦的な面を覗かせる。そんな彼が心地よいと感じる幻想蝶は、一体どのような空間になっているものか。染井は、幻想蝶の中に思いを馳せる。
「……めんどくさい」
 やる気の欠片も無い眠たげで気怠げな半目をとろんと浮かべ、佐藤 咲雪(aa0040)はそうつぶやいた。
 佐藤の作戦への心情は大体いつもこういったものだ。エージェントの仕事も、使命感からではなく稼ぎの良い仕事としてしか認識しておらず、彼女にとっては、生活費を稼ぐ手段でしかないのだ。咲雪の台詞に対しての返事は言葉ではなく、アリス(aa0040hero001)からの脳天チョップだった。
「……いたい」
「はぁ……いつになったら真人間になってくれるのかしら?」
 傍らに立つアリスに対して、佐藤は上目遣いで抗議する。それでいて、彼女は、なんだかんだとアリスのことを信頼してもいるのである。佐藤はポケットの中に入れた物品を確認する。リボンとメモパッド、それと筆記用具だ。
「……ん、準備、終わった。次は殴れば終わる敵がいい、めんどくさくないし」
 荷物の確認を終えて、咲雪は頷いた。こんな彼女も、ひとたびアリスと共鳴すれば、的確な動きで相手を翻弄する優秀なリンカーなのである。
「天才探偵ザ・アンサー」を自称する、御名代 全(aa0581)。彼は、いつものように持ち前の積極性で場を和ませている。しかしながら、今回は、普段の彼とはどこか様子が違うようだ。打ち合わせを終え、仲間の輪から外れたところで、彼は口無(aa0581hero001)に向かって、小さな声で話しかけた。
「なあ」
 口無はここぞとばかりにはしゃぎたてる。
「何! オ腹でモ空いたノ!?」
「今回の敵、なんつったっけ……シャドウ?」
「何何何!! 全チャン夜一人でトイレ行けナイから”シャドウ”ッテ名前にビビっテんノ!?!?」
 ひょっとすると、口無は、そうすれば御名代がいつもの調子を取り戻すと思ったのかもしれない。
「姿形も服も一緒で、記憶や経験がコピーできないんならさ」
「……。あー、もう。やめときなッテ」
「俺とソイツ、何が違うんだろうな」
 御名代は数年前に記憶を失い、それ以降、探偵、御名代 全として振る舞ってきた。自分自身が一体どういう存在であるのか。シャドウとの相対は、否応なしにそのようなことを思い起こさせる。
 口無の沈黙は一瞬だった。
「ホら、全は笑顔が得意だったヨ。ミー以外の前デは君は御名代全ナンだロ? 元気ダ・シ・ナ♪」
 影のような小人は、再びいつもの調子で口を開いた。大きな口から、いつものようにあれやこれやと尽きることのない言葉を紡ぎだす。

「そういうことだ、せいぜい頑張るんだな、リーダー」
「お、おおおう、ま、任せとけってんだ!」
 B班のリーダーは、布野 橘(aa0064)である。彼は、リーダーという役割に興奮気味のようだ。ポケットに白いリボンを忍ばせると、布野は無骨な大剣を背負った。魔纏狼(aa0064hero001)は、狼を模した仮面の下から、そんな彼をゆるりと見守っている。布野の誕生日0514が、B班の班員であることを示す合言葉になる。
「シャドウ、ですか。掛け声でも叫びます?」
「燈花、眼鏡、割るの?」
 化野 燈花(aa0041)の言葉に、七水 憂(aa0041hero001)は首をかしげた。線の細さも相まって、首を傾げる七水は物憂げな表情にも見えるが、もとからそういう顔立ちである。森の薄暗さと相まって、どこかしら湿っぽい艶やかな雰囲気を醸し出していた。
「あれ割ってるの眼鏡じゃないんですよ、憂さん」
 化野は伊達眼鏡をしまうと、じっと深い森への道を見つめた。
(初めての依頼ですが、あまり気負わず行きましょう。ガチガチになって悪い結果になったら申し訳ありませんから)
 夜空色の瞳が、敵を見定めるようにまっすぐに森へと向く。
「みんな、ペンはみんな持ってるかな?」
 來燈澄 真赭(aa0646)は、のんびりとした仕草で合言葉を記入した紙とペンを取り出し、各人に配っていく。その傍には、英雄、緋褪(aa0646hero001)の姿もある。緋褪は、4本の尻尾と狐耳を持つ青年の姿をした英雄だ。來燈澄はマフラーを確かめると、ゆっくりと頷く。腰程までの長さのゆるい三つ編みがふわりと揺れた。仲間ではないと判断した場合、即座に先制攻撃を仕掛ける気概である。彼女の存在は、闘いの前で緊張した場を、おおいに和ませているようである。

 C班のリーダーを務めるのは、赤みがかった褐色肌の女性、ヴァイオレット ケンドリック(aa0584)だ。0509が、彼女たちC班の合言葉になる。
(仲間のために出来る事は無いか、それが自分に出来るのか)
 彼女は作戦の道筋をいくつか頭の中で想定する。仲間が失敗をした場合は、すぐさまリカバリーに回る。班の雰囲気を乱すよりも、その失敗を活かすことを考える。気負うつもりはないのだろうが、それでも、どこかに気負ってしまうところがあるようだ。
「仲間を信じてはおるようじゃが、わしは手助けはせんよ」
 真剣に考え事をする彼女を、ノエル メイフィールド(aa0584hero001)が見守る。ノエルは一見すると小さな角のある中性的な少女といったふうな格好だが、経験は彼女の方が上なのだろう。
(ヴァイオレットさんは自身の精神状態の不安を利用するつもりらしい)
 迫間 央(aa1445)は、仲間の識別のための蛍光リボンを確かめる。
「不安を掻き立てる……か」
 迫間はマイヤ サーア(aa1445hero001)の表情をちらりと窺い見た。マイアは、それに応えて物憂げに微笑んでみせた。
「大丈夫よ……それで揺らぐ程、ワタシの悲しみは軽くないもの」
「……頼りにしてる」
 迫間は、軽くため息をついた。森の中では、何が起こるか分からない。
(他人の心配してると割と自分も頑張れるもんだ。杞憂で済むならそれが一番さ)
 どのような状況でもフォローできるように、作戦を頭の中で諳んじる。C班の面々を見回し、迫間は自分のやるべきことを探す。夢月(aa1531)がC班の殿を務める旨を告げると、それを受けて、迫間は遊撃的に動くことを宣言した。
 夢月は寡黙ではあったが、その瞳には、限りなく強い意志を秘めている。
(今回の相手は仲間の姿をまね、心にささやいてくる、か。精神を攻めてくるとは厄介な相手だが、負ける訳にはいかない)
 ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)は、夢月に向かってゆっくりと頷いた。彼女たちは、互いに信頼すべきパートナーであり、誰かを守るために力を行使するリンカーである。己を信じ、仲間を信じる。それが、今回の任務を成功させる最大の鍵であると夢月は信じているのである。

 準備を終えた彼らは、目の前に横たわった森に足を踏み入れた。一歩一歩歩いて行くたび、木々の密度が濃くなっていく。飲み込まれていくような錯覚すら感じそうだ。

●B班
 暫く進んでいくと、B班の目の前に、目の前にぼんやりと光るスペンサーが現れた。
「チッ、取り巻きの方か」
 残念そうに魔纏狼が言う。
「だからって、放っておけねぇだろ」
 布野はすばやく魔纏狼と共鳴を果たす。 魔纏狼の、狼を模した黒の仮面が彼の顔を覆った。攻撃を仕掛けようと発光したスペンサーだったが、布野が振るうコンユンクシオの一撃にあっけなく斬り伏せられた。
「ふん、さっさと出てくれば良いものを」
「しょうがねぇだろ、この霧じゃあ……。おーい、皆ついてきてるか?」
 布野が振り返る。B班の面々がそれぞれに返事をする。A班とC班の面々が見当たらない。どうやら、最初に班を決めておいたのは正解だった。狭い森の中で、10人が分断されないように動くのは難しい。
「霧の所為で視界が悪いですね」
「薄気味悪くて、憂鬱な場所。僕にはうってつけ、だよね」
 化野の言葉に、七水はどこか自嘲気味に言った。
『私たち、ここで死ぬのでしょうか』
 一行は思わず立ち止まる。たしかに化野の声だ。しかし。化野は挙手をすると、不適に微笑んだ。
「ほう、ネガティヴな言葉が聞こえますね。これが噂の幻聴ですか」
「楽しそうだね、燈花」
「幻聴が聞こえると最初から解ってますからね、気楽なものですよ」
 化野の強気な言葉に、班の空気はほっと和らいだ。これくらいで惑わされるリンカーたちではない。声はクスクスと笑い、別の能力者の口調を真似る。
『やっぱり無理なんじゃねえか、こんなの……』
『帰りたいな』
 布野と來燈澄の声に聞こえる。しかし、どれも仲間たちの発言とは思えない。
「もしかして、英雄の声真似は無理なのかな?」
 冷静に相手を見極めるように空間を見つめていた來燈澄は、すっと手を挙げた。発言します、という合図だ。
「ほう?」
 確かに、今までには、英雄の幻聴はないようだ。來燈澄の発言で謀れないとでも思ったのだろうか。一行を取り巻く幻聴の頻度が明らかに減る。
 現れるスペンサーを手際よく始末しながらしばらくそうやって進んでいくと、がさりと茂みが動く音がした。警戒を強める一行の前に、ヴァイオレット率いるC班の面々が現れた。
 緊張が走る。
「お前……、確認だ。合言葉は?」
「合言葉?」
 相手は答えられないようだ。來燈澄は、C班の周りに漂っているスペンサーが、なぜかC班を攻撃しないことに気がついた。
「いくぞ!」
 緋褪と共鳴を果たした來燈澄の片目が、瑠璃を帯びた紺に光る。來燈澄に緋褪の狐耳と4本の尻尾が備わる。
「知り合いの顔を攻撃するのは気が引けるけど、邪英化してると仮定しての練習と考えようか」
 素早い動きで放たれたライブスの針が、シャドウに突き刺さる。シャドウはその姿を影に戻すと、苦しそうに喘ぎながら、ゆっくりと一つの影にまとまった。
 その姿は、來燈澄の姿を模していた。
 識別のために素早くマフラーを巻きながら、來燈澄は呟いた。
「共鳴時の尻尾枕の感触ってどんなんだろ?」
「アホなこといってないでまじめにやれ」
 緋褪のふさふさした毛並みや尻尾は、非常に來燈澄の好むところである。來燈澄のコピーであるシャドウも、しっかりと尻尾を備えていた。來燈澄は、シャドウの周りに現れたスペンサーを的確に倒していくが、キリが無さそうと見て、闘いの邪魔にならないように間引いていくように方針を改めた。スペンサーの魔法攻撃の合間を縫って、シャドウに毒刃の一撃を加える。
「フン、ようやくアタリを引いたか」
 布野は、腕に白いリボンを巻きつける。シャドウに向かって大剣を構えるかと思いきや、くるりと向きを変え、スペンサーの群れへと斬りこんで行った。
 シャドウは、今度は化野の姿に擬態した。それは、化野がリンクするのと同時だった。
「客観的に見るとモノトーンで彩りがないんですねぇ、共鳴時の私って」
 化野の黒髪が白髪に染まり、金の眼がシャドウを見据える。後ろ髪が、さらりと七水と同じようにまとまった。黒衣に袖を通し、憂の首飾りとブーツを着用した化野は、懐から伊達眼鏡を取り出してかけた。
「短い髪と袂のせいでリボンが巻けないんで、眼鏡でコピー対策です」
 鏡合わせのように、同時にグレートボウを構える。放ったのはストライクだ。化野が相手の足元を狙ったのに対して、シャドウは思い切り化野の頭部を狙った。シャドウの攻撃は化野をかすめるにとどまったが、化野の攻撃は鋭くシャドウを貫く。今度は、シャドウは布野に姿を変えた。隙を見せているかに思える布野に接近し、大剣をふるおうと腕を振り上げる。
 布野は、スペンサーの対応に追われ、シャドウを見ていないように思われた。しかし、彼は神経を研ぎ澄まし、耳で風を切る音をとらえた。絶妙のタイミングで、振り向きざまに大剣を振るう。
「頭を使うってのは、こういうのを言うんだろ?」
「調子に乗るな、馬鹿め」
 シャドウも慌てて剣の軌道を変えたが、遅い。
「油断大敵ですよ」
 そこへ、化野は再びストライクを放つ。
 シャドウは、もはや擬態に回している余裕もないようだ。どろどろと不定形に戻りつつある。周りのスペンサーを斬り伏せた來燈澄が、背後から分身を放つ。気をとられたシャドウは、思い切り意識を逸らした。
「さっさと沈め、影野郎」
 化野の一射が、シャドウの手足を貫き、隙を作る。布野の大剣での一撃がシャドウを両断する。シャドウは何とも言えない悲鳴を上げて、砕け散った。

 霧がすっと消えていく。全て晴れたわけではなかったが、明らかに見晴らしが良くなった。スペンサーたちも勢いを失くし、まばらに消えていく。
「まだシャドウがいるようですね。手伝いに向かいましょうか」
 軽く消耗はしているものの、メンバーにはまだ余裕がある。化野は言った。
「ところで、共鳴していて思ったのだがな。……こうすると、女の方が多くなるな」
「ま、マジだ!」
 魔纏狼の言葉に、布野は頬を掻いた。彼は、女性への耐性があまりないようである。

●A班
 クラインは、特徴的な木を見つけると、ナイフで目印を刻んでいく。そうしているうちに、同じAのアルファベットに行き当たった。どうも先ほどから同じところをぐるぐると回っているようだ。B、C班とはぐれてしまったが、それは想定の範囲内だ。
 彼らは現れるスペンサーを倒しながらも、深い森へと分け入っていく。
『みなさんは無事でしょうか……』
 染井はさっと手を挙げる。染井とそっくりの声だが、彼女の発言ではない。
『はぐれたな、八方ふさがりか』
 倉内の声だったが、これも幻聴だ。クラインは、即座に自分の口調を女性のようなものに改めた。
「いまのは幻聴ね」
「……めんどくさい」
 佐藤の呟きは、いまいちホンモノか分からない。
 御名代は、森に入ってからはじっと黙っている。それを、口無は心配しているようである。
「ア”ア”ア”ン”!”!” 今ノ全チャンはナイッーヴだカラ! ミーがしっかりしナキャ! ナキャキャ! ホーラ、いつもト変わリ無いヨウだけど、ミーは目が笑っテないヨ……MOOOO!! おこ! おこ!!!」
 しばらく進むと、がさりと茂みが鳴る音がした。現れたのは、B班の布野だった。
『悪ィ、はぐれちまった』
 今度は、どうやら一人のようだ。染井が懐から紙を見せ、クラインが腕にリボンを巻く。相手は、なんの反応も示さない。染井は自分の合言葉の紙を細かく破いた。
(見た目だけは真似出来ても、中身まではラピス達の真似は出来てない……?)
 クラインは、敵に対して攻撃を仕掛けるかどうかを探る。
 相手が動かないと見て、素早くトリアイナに持ち換えると、銀の魔弾を撃ち出した。影は攻撃を食らって、どろどろと溶け出し、クラインの姿をコピーする。そして、同じように魔弾を返してきたが、威力と狙いの正確さはだんぜんクラインが上だ。
「ホーラ! ぼーっトしてナーーーイ!」
 御名代は口無とリンクする。御名代の体に口無の影が溶け込むように呑まれ、一体化する。髪が黒く染まり、戦闘用の装備に置き換わる。クラインの姿に迷った末、御名代はスペンサーの対処に回る。御名代には目の前のシャドウが本物なのか分からなかった。たとえ、目印があるにしても、合言葉にしろ――分からないのだ。射線に割り込んで、スペンサーの攻撃をあえて受ける。そのまま攻勢に回り、振り向きざまにスペンサーの一体を倒した。
「厄介なのは猿真似だけではなさそうだな。面白いことを」
 愚神と相対すると、シュヴェルトの戦闘狂としての一面が姿を覗かせる。
「この状況で面白いとか……ある意味、尊敬するよ……」
 素早く髪留を装着した染井は、シュヴェルトと共鳴を果たした。黒髪が自身の英雄のように銀髪に変わり、片目が赤く染まる。染井は、どこかでシュヴェルトが戦いを喜んでいるのを感じた。
 影は染井の姿をとると、スペンサーの対処に回る御名代を狙った。染井は素早く射線に割り込んで、シルバーシールドをかざした。
 シャドウは、染井のライブスブローで大きく吹っ飛ぶと、今度は佐藤の姿を真似た。
「いきますよ!」
 佐藤は、素早く腕にリボンを巻くと、アリスと共鳴した。佐藤の衣服がまたたくまにパイロットスーツに変化する。ぴったりとした身体のラインが否応なしに現れる。ジェミニストライクが同時に放たれる。分身の動きは、最初こそ同じように見えたが、しかし、佐藤の身体能力は、愚神を大きく上回っていた。
「咲雪、敵行動予測。0.2秒後に軌道上に敵の攻撃が来るわ、回避して」
「ん……わかった」
 アリスの警告表示に従い、咲雪は視界に表示された予測軌道から僅かに身を逸らす。普通の少女だった咲雪が、武器の扱い方や回避等熟練した戦士に匹敵するような動きが取れるのは、全てアリスの補助による。機械化された脊椎及び神経系による精密な肉体制御も、元はアリスのナノマシンだ。
『ぐっ、ぐあ……』
 シャドウは大きく揺らぐと、目の前の御名代を真似しようとあがいた。御名代は、じっとシャドウを見つめる。
「姿形を模したシャドウは何なのか、ソレは本物に迫るのか、仮者が消えれば何が残るのか、存在はどこにあるのか、存在を証明するものは姿か、名か、記録か、数式か、それとも、記憶なの……」
「っテヤメトケー!! コーイウのは普通に”シャドウの討伐”でイイのー!!」
 シャドウが、辛うじて御名代の姿をとった。自分と同じ姿をしたシャドウが、武器を構えてこちらに来る。それを見て、御名代は直感的にやるべきことを理解した。御名代はシャドウの攻撃をぎりぎりでかわすと、ハンズ・オブ・グローリーを叩きこむ。シャドウは大きく吹っ飛んだ。もはや、シャドウはその姿をとどめてはいられないようだ。
 続けて、クラインはウィザードセンスを使用し、ライヴスの火炎でスペンサーをなぎ倒しながら、シャドウの身を焼き焦がす。
 黒い影となったシャドウにとどめを刺したのは、染井のライブスブローだった。なおもあがこうとするシャドウに追い打ちをかけるように、クラインの二度目のブルームフレアがシャドウを包み込む。続けて撃ち込まれる銀の弾丸に、シャドウはなすすべもなく四散した。
 霧がゆっくりと引いていった。まだ薄暗いものの、見通しはだいぶ良くなった。

●C班
 C班は、あえて幻聴を追いかけるように進んでいた。ノエルは、スペンサーのほのかな光の中からシャドウの居所を探る。
『やはり、この無理があったのかもしれないな』
『そうですよね』
『ああ……』
『この任務は、意味があるのでしょうか』
 歩くたびに違和感は強まり、ついには幻聴が会話を始めた。
「……幻聴だ」
 ヴァイオレットは言った。
(私は共に戦う仲間を信じ、共に生きる英雄であるジェネッサを信じ、そして、私の意志を、魂を信じる。ただ、それだけだ。たとえ、それでわが身が朽ちようとも、その瞬間まで私は後悔などしない)
 夢月は、確固たる意志で幻聴に耐える。他の2人も、お互いにお互いのフォローを考えて動いている。惑わされる様子はない。先頭をヴァイオレットが歩み、不快感を追いかける。迫間が続く。夢月は、霧が深い中で、はぐれずに殿を務めている。
 開けた霧の奥に、リンカーが倒れていた。見知らぬリンカーだ。
「どうした?」
 ヴァイオレットは、手当てをすると見せかけて相手に近づき、相手の出方を探る。
『愚神に……やられて……』
 リンカーは苦しそうな声を出す。彼女の話は、どうも要領を得ない。敵か、とヴァイオレットが考えたとき、遠くに浮いていたスペンサーが、負傷者を無視してヴァイオレットに迫った。スペンサーは、身を引いたヴァイオレットを追う。
「お前さんは、何故光に狙われないのかの?」
『そんなの、知らない……』
 ノエルの言葉に、リンカーは首を横に振る。
 迫間の四肢に、流れる水のゆらめきのような幻想が浮かび上がる。
「力を貸せ、マイヤ。蹴散らすぞ」
 リンクすると同時に、迫間の印象もどこか攻撃性を帯びる。
『どうして!?』
 ヴァイオレットの動きが一瞬止まった。
『ヒーローじゃないの!? けが人を攻撃するの!?』
「あやつ自身が、成長できねば弱いリンクしかできんのじゃ……」
 ヴァイオレットの迷いを感じながらも、ノエルはヴァイオレットを信じている。
「貴方の事を何も知らぬ者の言葉など聞く必要は無い。己を信じろ!」
 夢月は叫んだ。ジェネッサがシャドウの逃亡を阻止するべくして位置取りを変える。スペンサーの攻撃を避けたヴァイオレットは、夢月の言葉に応えるようにノエルと共鳴した。
 負傷したリンカーは影の姿にもどり、3つに分かれた。夢月がマフラーの端を切り取って巻きつけ、迫間は蛍光リボンをすばやく手首に巻く。ヴァイオレットもまた、自身の名前と同じ紫色のテープを腕に巻きつける。
(味方2人は長柄武器……懐に入られるようならフォローを入れるか。あぁいう武器は持ち手の間を狙われると苦しいからな……)
 作戦を巡らせつつ、迫間はマイヤと呼吸を合わせる。スペンサーの2体が、同時に攻撃を仕掛けようと発光した。
「身軽さはシャドウルーカーの得意分野よ……?」
 迫間は自分を模したシャドウを盾にするようにして、攻撃を避ける。もう一体をどうするか。素早く身を乗り出した仲間を見て、迫間は頷いた。
「……背中は任せたぞ、夢月」
 ジェネッサとリンクした夢月は、AGWをうならせてスペンサーの攻撃を妨害すると、一撃を加える。シャドウはうろたえたのか、再び一つにまとまろうと動きを変えた。
「は、合流などさせるか……!」
 迫間は、シャドウに向かって縫止を放った。迫間と同じ姿のシャドウはよろめき、逃走を諦め、迫間の姿で剣を振るう。激しい剣戟が飛び交った。
「どうした? 俺の姿を真似ても中身が追い付いていないな?」
『ぐ……』
 二人の力量差は、打ち合いを重ねるにつれて明らかになっていく。
「刀の持ち方すらなってないぞ……三下が!」
 迫間は、スペンサーの動きまで計算に入れていた。獲物を弾き飛ばすと、スペンサーの攻撃を華麗に避け、シャドウにとどめを刺した。
 残るは、ヴァイオレットと夢月のコピーである。前衛と後衛で、お互いに自分自身を相手取る。
「ピラニアみたいなものか、うっとうしいな」
 ヴァイオレットはスペンサーの攻撃をかわしながら、シャドウと相対していた。同じように、夢月は、自身と同じ姿の一体を集中的に攻撃していた。槍の付き合いを重ねていく。
 お互いにスペンサーが邪魔で、なかなか決定打を入れられない。特に夢月は、仲間を守るために受け身的な戦いに徹している。
 森の中の影が、すべてシャドウであるようにうごめく。相手も焦れたのか、傷ついた二つの影は、背中合わせになるといっしょくたにまとまった。一つになったシャドウは、再び猛攻を開始しようとする。
「戦闘中の合流は出来れば避けたかった……」
 そこへやってきたのは、――B班の面々だ。
 來燈澄は呟くと、武器を手にして辺りを見回し、状況を把握する。蛍光リボンやその他の目印が、しっかりとお互いを教えてくれる。
「ややこしいことは真赭に、背後の守りは燈花に任せた!」
 布野が叫ぶ。
「貴様は、どうする気だ」
「決まってンだろ、突っ込むんだよ!!」
 布野は、駆け抜けてシャドウに一撃を食らわせる。先ほどの戦いで消耗しているはずではあるのだが、仲間への信頼がそうさせる。自分が安心して前へ出られるのは、仲間を信じているからこそだ。
「どうだ!」
 B班の援護で気を取り直したC班は、再びシャドウと相対する。化野と來燈澄のサポートが、的確にシャドウの退路を塞ぐ。激しさを増す
スペンサーが厄介だ。なかなか攻撃を決められない。
 そのとき、ちょうど。――霧が、僅かに薄くなったような気配がした。おそらく、A班が上手くやったのだろう。スペンサーが明らかに勢いを失くす。
 この一体が最後のシャドウなのだ。愚神は消えるまいとして攻撃を重ねる。
 夢月が、シャドウに思い切りよく攻撃を仕掛けた。シャドウの不確かな攻撃を、華麗に避けながらダメージを負わせる。布野の一撃が、再び弱ったシャドウを切り裂いた。

●拓けた道
 霧がゆっくりと晴れていく。視界の良い森で他のメンバーを探すことは難しいことではなかった。クラインの持っていたスマートフォンで連絡を取ることが出来た。
 1209、0514、0509。ここにきて、合言葉が初めて揃う。
「味方の姿……央の姿を斬らせるなんて…もっと苦しめてやればよかった……」
 悲しげに言うマイヤに、迫間は答える。
「正直、マイヤの姿を模されてたら斬れなかったかもな……」
 迫間は、呼び捨てにしたことを仲間たちに詫びた。共鳴中には、どうも自分以外の感情を感じるような気がする。
 なんにせよ、自分の姿をとる敵と戦うというのは、面白い相手ではなかったに違いない。
 御名代は、自分と同じ姿と向き合い、一体何を感じただろうか。攻撃した時の感触が、どことなく手に残っている。
 なにかと後味の悪い任務だったが、上手くいったのは救いでもある。霧は、すっかり晴れていた。
「視界がいいって素晴らしいですね。それだけで清々しい気分です」
 化野は爽やかに言った。
「口調を状況によって切り替えるとは狡賢くなりましたね?」
「う、うるさい……利用出来る物は利用したまでだっ!」
 ノクスフィリスの言葉に、共鳴を解いた倉内は反発する。
「人を斬ったみたいで、後味悪いな」
 布野は言った。幸いにも、仲間の中で大けがを負ったものはいなかった。
 來燈澄の提案で、一行は、戻る前に晴れた霧の中を進んでみた。霧が無ければ、妙に迷ったりもしない一本道だ。いくつか狭い場所や、見通しの悪い場所が見つかった。この点も、HOPEへの報告に加えるべきだろう。
「その。感謝する」
 ヴァイオレットは、自分の無力を痛感しつつ、仲間に感謝を伝えようと口を開いた。彼女の声は、仲間たちにどのように聞こえただろうか。結局は無愛想な表情に見えるのではあるが、それでもなんとか素直に伝えることはできた。迫間と夢月、そして仲間たちがゆっくりと頷く。

 生駒山の頂上には、アンゼルムのドロップゾーンが広がっている。闘いの気配はすぐそこまで来ている。能力者たちの成功が、彼の打倒への道を切り拓いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 泣かせ演技の女優
    化野 燈花aa0041
  • 信念を抱く者
    布野 橘aa0064
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • 泣かせ演技の女優
    化野 燈花aa0041
    人間|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    七水 憂aa0041hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • エージェント
    染井 義乃aa0053
    人間|15才|女性|防御
  • エージェント
    シュヴェルトaa0053hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 信念を抱く者
    布野 橘aa0064
    人間|20才|男性|攻撃
  • 血に染まりし黒狼
    魔纏狼aa0064hero001
    英雄|22才|男性|ドレ
  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    ノクスフィリスaa0110hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • エージェント
    御名代 全aa0581
    人間|17才|男性|回避
  • ミラクル波動砲
    口無aa0581hero001
    英雄|99才|?|シャド
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
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