本部

ハロウィンピーポー!スィーツパーティ!

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/09 17:37

掲示板

オープニング

●ハロウィンにやって来たアクマ
 アルミのベーキングトレイが床に落ちた。洒落たコックコートにいくつもの染みが付く。
「これじゃない……これじゃないの」
 新進気鋭のパティシエール、ハタノ ヒトミは自身がオーナーを務めるパティスリー『life is all cakes』の厨房でコンクリートの床に座り込んだ。
「なんで、お菓子が作れないの?」
 ぽろぽろと零れる涙は床に散らばった色とりどりの洋菓子たちの上に降り注ぐ。幾つかのコンテストで賞を取り、自身の見映えと若さをメディアから目をつけられて、テレビや雑誌から出演依頼が殺到した。お陰でパトロンもついたし、普通じゃ中々味わえない製菓を口にして述べるような機会も得た。──だが、その結果、今まで息をするように作ることができていた製菓を全く作れなくなった。いや、作ることはできる。だが、出来上がったたそれらは彼女が満足する出来ではなかった。
「ピーポー! お悩みかな? ボクが力を貸してあげるよ?」
 突然聞こえてきた声にヒトミは驚いて当たりを見回したが、相変わらずそこは床に座り込んだヒトミがひとりいるだけだった。
「だれ……?」
「ボクはジャック・フローリスト! 疲れたココロをキミをあまぁ~く癒して彩る異世界のお菓子職人さ! ボクと契約してくれればキミは異世界のたっくさんのあまぁ~いスイーツのレシピを手に入れることができるよ!」
 ヒトミははっとした。『異世界』、それは……メディアでも何かと扱われている『英雄』という存在ではないのか? ならば、自分はこの窮地に能力者として目覚めたのだろうか。いや、それよりなにより。
「異世界のお菓子のレシピ……? 知りたい! お願い、私と契約して!」
「ピーポー! 契約だよ、ボクが例えアクマでもキミは友達になってくれるかい?」

●彼女たちの情熱
 呼び出された会議室に向かってHOPEの長い廊下を歩いて行くと、なにやらぼやきながら頭を振って歩く中年の男性とかち合った。くたびれた背広姿の彼は何度か見かけたことのある職員の一人だった。
「ああ……、君たちがあの依頼に呼ばれたのか……」
 廊下を歩く面々を一通り見回すと、彼は疲れた顔でこう言った。
「オジサンからの忠告だよ、お嬢さんたちには逆らっちゃいかん」
 ハアとため息をつくと、彼は「あんなゲテモノ、どこがいいのかねえ。理解できん」と呟いて去って行った。
 戦々恐々としながら会議室のドアを開けると、そこには二人の妙齢の女性が立っていた。ひとりはふわふわとした茶髪を揺らした白衣姿、もうひとりは凛々しく髪を結いあげたスーツ姿の女性だった。
「まったく、あのオヤジ……あ、あなたたち!」
「ようやく来たわね!」
 彼女たちはHOPE所員とAGWの開発者だった。プリセンサーの予測を聞き、これから起こる悲劇を止めて欲しいという。──極秘で。
「現場はパティスリー『life is all cakes』。あなたたちも聞いたことくらいあるわよね? スイーツアーティスト、ハタノヒトミのお店よ」
「先日発売されたハロウィンモチーフのスイーツは三時間待ちの行列ができたわ」
「その『life is all cakes』店内に無数のスイーツに憑依したミーレス級従魔、そしてそれを従えたスイーツで出来たデクリオ級従魔が現れたの」
「プリセンサーの予測によると、このまま放置すればスイーツ製デクリオ級従魔は増殖したミーレス級従魔と共に街に出てくるそうよ」
 ふたりはまるで打ち合わせたかのように一気に語り、ようやく一旦口を閉じた。そして、互いに顔を見合わせる。心なしか頬は紅潮し目は爛々と輝いていた。
「そこで! コレよ」
 白衣の女性が取り出したのは金のカラトリーセットだった。サイズからいってデザート用だろう。
「今回の事件のために私が開発した対愚神兵器AGW。ミーレス級ならサクッと一突きの威力よ」
「あなたたちにも今回はこのカラトリーセットをお貸しするわ。その代わり、今回は」
「私たちを現場に連れて行って頂戴」
「そして、わたしたちを守るまでが役目よ!」
 金のフォークを手にしたふたりからは反論を許さない熱いオーラがほとばしっていた。

●主の居ない店内にて
 白に黒と赤の差し色が目立つシンプルな店内は、今や色の洪水だった。彩るのは、季節の南瓜や栗やさつまいも、巨峰や黄桃、無花果、柿、洋梨はもちろん、みかんにりんご、山盛りの苺。チョコレートもビター、スイート、プレーン、ホワイト、色だってピンク紫白茶色黒……。ジャムもソースも多種多様。ナッツに塩キャラメル、レモン風味に、スイートポテト、モンブラン、ふわっふわのロールケーキにタルトにムースにプリン、ゼリーにシュークリーム、マカロン、生キャラメル、クッキー、マドレーヌ。ミルクレープ、ザッハトルテ、チーズケーキにどら焼きまで。ありとあらゆる『スイーツ』が店内をぎゅうぎゅうと舞っていた。その奥、ソファサイズのホールケーキの向こうで、千歳あめの腕に巨大マカロンとスフレの体、ハロウィンのカボチャを模したクッキーの頭を持った三メートルほどの人型スイーツ従魔が懸命に自分の胴体のスフレに生クリームを盛りながら、チンと音がする度にオーブンの扉を開ける作業に従事していた。オーブンの中からは次から次へと新たなミーレス級従魔憑きスイーツが飛び出す。
「うわあ、デザート食べ放題」
「ステキ……夢みたい」
 胸焼けすらする店内を覗いた二人の感想はちょっとずれていた。

解説

 店主ヒトミと愚神?ジャックはすでにおらず、次から次へと現れるミーレス級従魔とデクリオ級従魔を倒してください。
 基本的に、デクリオ級従魔がオーブンを開かなければ、中のお菓子たちはミーレス級が憑依することはありません。
 OP内でお菓子がゲテモノと呼ばれていますが、それは一般的な『従魔が憑いたことのある食べ物』に関しての評価であり、従魔のHPを上回る攻撃で憑依を解いたお菓子は本来の味(美味)です。また、従魔が憑いた状態ではAGWの入れ歯でも作らない限り食べることはできません。

以下、PL情報になります。

デクリオ級人型スイーツ従魔:オーブンを開け、自分の体をクリームでデコるお仕事をしている。邪魔されると拳と足で反撃。
ミーレス級スイーツ憑き従魔:店内半分を占める勢いで増えている空飛ぶスイーツ。大した攻撃手段も無く短時間なら傍にいても問題はない。ただ、このまま増え続けると数の暴力で大量のライヴスを奪いに来るので、店外に出る前に退治しなくてはならない。
ふしぎなオーブン:無尽蔵にミーレス級従魔憑きのスイーツを生み出す。デクリオ級従魔とセットになっており、三十分ごとにチンと音を鳴らし、彼がドアを開けると従魔憑きスイーツを生み出す。デクリオ級人型従魔が倒されるとただのオーブンと化す。
HOPE職員と研究員:店内の端でひたすら食べています。討伐が長引きデクリオ級が相当暴れない限り特に危険はありません。

リプレイ

●life is all cakes!

 休業中のパティスリー『life is all cakes』の前には風変わりな一団が集まっていた。
 英雄である鎧姿の青年と二人でたくさんの保存容器を抱えておっとりと笑顔を浮かべるのは榛名 縁(aa1575)だ。彼の英雄、ウィンクルム(aa1575hero001)は生真面目な顔に戸惑いを浮かべていた。
「……ユカリ。これは一体何に使うのです?」
「え? お菓子お持ち帰りの為に決まってるでしょ?」
「……あの。今回の任務は従魔の討伐と依頼人の護衛では」
「え? お持ち帰りアリのお菓子食べ放題、でしょ? うっわー、凄いね! 見たことないお菓子がいっぱい!」
 陽だまりのような微笑みで迷いなく金のカラトリーを差し出す縁の姿に、保存容器を山と抱えたウィンクルムは心に誓った。
 ──私がしっかりしないと……ユカリをお護りしなければ……。
 赤いフレームの眼鏡の奥で依頼人たちに負けじと瞳を輝かせているのは今宮 真琴(aa0573)だ。
「やた! ハタノさんのデザートたべほーだいっ!」
 ショートボブの可愛らしい痩せた姿からは想像できないが、彼女こそがお菓子スナイパーの異名をとるスイーツハンターである。今にも突撃しそうな真琴の様子に彼女の英雄である奈良 ハル(aa0573hero001)は慌てて釘を刺した。
「倒してからだからな?」
 ハルの言葉に微笑みながら、真琴はお土産用に折り畳んだケーキボックスとクーラーボックス、そしてマカロン専用箱をいそいそと用意していた。
「なんか変な所で準備万端だな……」
 なんとも言えない表情で呟くハル。そのハルの横から元気よく桃色のツインテールが跳ねた。
「これはすごい! あの高額お菓子まで食べ放題だなんて! さあパーティーの時間ですよ皆さん! 残さず食べてしまいましょう!」
 真琴に負けず劣らず目を輝かせているのは、彼女のお菓子仲間である鈴音(aa1588hero001)だ。右目に眼帯を着けた彼女も小柄で大変可愛らしい姿をしており普段はその身体に見合った小食である。──ただし、甘いものは別腹だ。鈴音いわく、彼女の甘いものに対する別腹は20まであるとのこと。牛やキリンもびっくりである。示し合わせたわけではないのに、彼女の手にも真琴と同じく持ち帰り用のバッグがしっかりと用意されており、真琴と目を合わせるとにやりと笑った。
「鈴音……ほどほどに。いや、英雄だからいいのかな……」
 草薙 義人(aa1588)はそんな自分のパートナーである英雄を困ったように、しかし暖かく見つめた。
「ちょっ……ちょっと甘すぎではないの?」
 そんな義人の反応に戸惑いを浮かべるのはリアン シュトライア(aa1110hero001)だ。そんな彼女の隣ではパートナーのアリエティア スタージェス(aa1110)が店内から流れてく甘い匂いにほんのりと頬を染めていた。
「美味しそうな匂い……私たちも持ち帰り用のバッグを持ってくればよかったよね」
 ぴくりと眉を吊り上げたリアンが何かを言う前に店の前に中型スポーツバイクが滑り込み、流 雲(aa1555)とフローラ メイフィールド(aa1555hero001)が降り立った。
「義人さん、真琴さん、こんにちは。甘味中毒者さん達が幸せになれるよう、フォローしに来ましたよ」
「流さん! 流さんもお菓子を食べに?」
「最近何故かお菓子要求されるから手腕向上を。知り合いもいるし恩返しも兼ねてね。──フローラは店のお菓子は?」
 ヘルメットを外して爽やかに笑う雲は知り合いに挨拶をし、バイクの上から降りようとしないフローラに気づいた。
「珍しいと思った、こういう依頼雲が受けるの。──私は雲が作ってくれた物が、良いな……」
 口の端をわずかに上げて、雲はさっとフローラの手を差し伸べた。
「では、帰ってから僕が一番最初に作ったお菓子はフローラに」
 とろけるような笑顔でパートナーの手を取ったフローラの姿を見て、リアンの唇は思わず動いていた。
「──こっちもずいぶん甘い……のね」
「えっ、リアンはもう何か食べちゃったの……?」
「……」

●ようこそ! ボクのパーティーへ!

 ガチャリ、店のドアが開かれた。ドアが開くと同時にくらくらするような甘い風が一同を襲う。それはまるで夢のような世界だった。小さなカラフルなマカロンがまるで海を泳ぐ小魚の群れのように頭上を泳ぐ。蝶のようにひらひらと待っているのはラング・ド・シャだ。
「すごい量だな」
 天井が見えないくらいにお菓子が飛んでいるのを見て、義人は呟いた。
「おおっ! 夢のような世界じゃ。こりゃ、たまらんのう」
 豊満な胸いっぱいに甘い空気を吸い込んで、自慢の美しい赤髪を揺らした王 紅花(aa0218hero001)は傍にいる相棒に声をかけた。
「お肉のお次はスィーツだぜ。俺も、頂くか」
 カトレヤ シェーン(aa0218)が紅花に共鳴すると、彼女たちが『でっけぇフォーク』と呼ぶそれ──二メートルを超える三叉の槍トリアイナを呼び出し、店内に飛び込んだ。
「ヒャッホー!」
 カトレヤはさっそくそれを振り回して空飛ぶスイーツたちを狩り始めた。それを見て依頼人たちは笑い出した。
「う、ふふふふふっ! 今こそ研究の成果を見せる時ね!」
「まるで私たちのためにあるような世界だわ!」
 ふたりの女性は顔を見合わせるとにまりと笑った。そして。
「……オイオイ、まさかのリンカーだと」
 癒し系駄菓子屋店主、虎噛 千颯(aa0123)が驚愕に目を見開く。
「あらあ、だって、AGWを使えるのは共鳴したリンカーのみですもの」
「そうか、そうか。うっかりしてたな」
 千颯は優しい顔で腰を落として、共鳴した彼女の頭を撫でた。
「ちょっ……せくはらですわよ!」
「おお、すまないでござる。千颯はこう見えても子供好きなのでござる」
 千颯に倣って腰を落として語り掛けるのは、彼の英雄であるもっふもふの白虎の姿を持つ白虎丸(aa0123hero001)だ。
「見かけは子供でも、中身はレディなんだから気をつけてねっ」
 大丈夫なのか、そう尋ねる間もなく、幼稚園児と化した彼女たちは躊躇うことなく空飛ぶお菓子の中へと消えていった。すぐに虹色の雲のような綿菓子が叩き落され、嬉しそうな声も聞こえる。
「よっし、市場調査! うわー色だけで胸焼けしそ!」
 千颯は上機嫌で白虎丸に手を伸ばした。もう片手には金のフォークがきらりと光る。白虎丸はフォークと千颯の顔とそれからふっかふかな体で滑空していくシフォンケーキの隊列を見比べた。
「──頭が痛くなってきた……千颯、帰っても」
「良いわけないでしょ。白虎ちゃん、これも依頼です」
 あまーい香り振りまきながらスイートポテトがモンブランを追って白虎丸と千颯の間を飛んで行った。
「店で使えるお菓子があるかもしれないでしょ! 市場調査も大事だぜ?」
 涙目になりながらも千颯とリンクした白虎丸は残念ながら千颯ほど甘党ではない外見年齢四十五歳男子だ。ついでに、この市場調査が店であまり役に立たないであろうことも気づいていない。彼の店はパティスリーではなく、駄菓子屋である。
 さて、店の入り口で空飛ぶお菓子を狩っていた義人はリンクを解いた。奥でいい匂いを漂わせているオーブンと菓子人形を横目で見る。
「すぐ討伐、と言いたいところだけど、今は見逃そう、鈴音もしばらく食べておいで」
「ありがとうございます! もらいましたよッ! 秋の醍醐味、モンブラン!」
 歓声をあげて、鈴音は義人が用意したお菓子を抱きしめた。
 また別な歓声が上がった。無邪気な声は今度こそ子供のそれだ。
「わぁ……! おかしいっぱい! これぜんぶたべていいの?いいの!?」
 銀髪の下で、綺麗な金の瞳を落としそうなくらい見開いて、まいだ(aa0122)は破顔した。見ただけでどんな人間でも幸せになってしまいそうな幼い少女の笑顔を見ながら、彼女の保護者は心を鬼にして言い聞かせた。
「駄目だ! 良いか、まいだ。全部食べたら豚みたいに丸くなった挙句動けなくなっちまうぞ? だから……ある程度食べたらコレに詰めるんだ。いいな」
 そう言って男勝りな保護者──獅子道 黎焔(aa0122hero001)はタッパーを取り出した。
「これー? わかったー! じゃあ、じゃあ、おなかいっぱいたべて、そしたらこれつめる!」
 無邪気な笑顔に黎焔も思わず笑顔を浮かべ少女の手を取る。そして、即座にカラトリーを操り飛んでくるお菓子従魔をしばき倒す。
 ──いいかまいだ! 詰める菓子はナマモノ以外だ! ケーキとかは詰めるんじゃねえ。その場で食え! あ、お茶飲みたかったら幻想蝶に入ってるからな。
「はーい!……オー? おかしとんでる! れいえん、おかしとんでるよー!?」
 はしゃいだまいだが指さしたのは銀色の紙に包まれ洒落たシールが張られたチョコレート菓子だ。そのラベルを黎焔は素早く確認する。
 ──あれは食えないから無視しろ。アトラクションだ。
「あとらくしょん? わかったー」
 かくして、まいだの頭上を洋酒入りのボンボン・ア・ラ・リキュールたちは無事に通過して行った。
「うわあ……スイーツ食べ放題……! いっぱいあって目移りしちゃう……」
 再びうっとりと目の前で両手を重ねたアリエティアだったが。
「……ところで、リアンは何でそんな鬼の形相で睨んでくるの……?」
 リアンは両手を腰に当て、ふんぬと闘志を燃やした瞳でアリエティアを見る。
 ──アリィ……絶っっっっ対にスイーツ食べ放題がメインと勘違いしてるわね、この子……いえ、この子だけじゃなくて──。
「えーい、プロ意識が足りない!」
 突然のリアンの声にアリエティアはびくりと肩を震わせた。しかし、彼女の声に気づいたのはアリエティアのみ。他のリンカーたちは空飛ぶお菓子に夢中だ。
 ──せめてアリィだけでもしっかり教育しなくちゃ!
「さあ食べるぞー! デザートとフルーツとマカロンは別腹です!」
 金のカラトリーを構えたお菓子スナイパーは見惚れるほど凛々しかった。対するハルは指先で軽く額を抑える。
「テンション高すぎるな……冷静にな?」
 そんな彼女の肩をぽんっと叩いた者がいる。振り返ったハルはリアンから何かを察したような温かいまなざしを向けられた。
「──お互いがんばりましょうね」
「……う、うん?」
 切ないような微笑みを浮かべたリアンが目の前でアリエティアと共鳴して店の奥へ駆けていくと、しゅんとした真琴がハルへと近づいてきた。それを見て、ハルはほうとため息をつき、軽く肩をすくめてから真琴と共鳴する。
「なにこれ美味しい……いくらでもはいるね……」
 共鳴した真琴は口の周りにたくさんのクリームを付けながら、ホールケーキをつまみ、マカロンをおかずにロールケーキを切り分けて口に運んだ。ホールケーキはフルーツケーキで、野イチゴやみかんなども乗っているがその下に綺麗に塗りたくられた生クリーム自体がまさに絶品だった。時折、マシュマロを乗せたココアが横切るのでそれも捕まえる。スプーンでココアの水面をかき混ぜるだけで、ココアは従魔から解放され、あたたかな湯気を揺らしたマシュマロ入りの甘い甘いココアが楽しめた。
「このカトラリーセットはいいセットです……」
 リンクしたせいて真琴は冷静さを幾分か取り戻していた。そして、リンクしたハルは真琴と味覚を共有していた。これは中々美味かもしれない、ハルもそう思った。
「出てくる量と食べる量の対比が分かったら、できるだけたくさん食べるように調整しようと思う……」
 フォークを動かしつつも、店の奥のオーブンを見て真琴が言う。
 ──そんな冷静にできるかの? 甘味絡んで冷静な真琴を見たことないぞ?
 冷静になった真琴を更に上回る冷静さでハルは指摘した。真琴は冷や汗を流しながら──スイーツを食べる手を止めずに──答えた。
「だいじょぶー。みんないるし」
 ──あぁなんかもう予想通りで……。
 精神世界でハルは頭を抱えた。しかし、最早真琴はそんなハルの様子さえ気づかないようだった。
「あの……真琴さん??」
 ハルの声は真琴には届かなかった。鬼気迫った感じで黙々とスイーツを味わいながらも素早く食べている。
 ──うぅ、生クリームが多すぎるのじゃ……。
 そんなハルに先程共感を感じたリアンはどうだろう。
「スイーツ食べ放だ……じゃなくてデクリオ級人型従魔の撃破を目的として行動するよ! リアン、さっさと共鳴をして、支給された金のフォーク……もといAGWを手に、まずは手近なところにいるミーレス級スイーツを手当たり次第に攻撃よ!」
 いつになく勇ましいアリエティアの様子に少し胸が熱くなるリアン。フルーツがはみ出すほどのシュークリーム。チョコレートだってナッツだってドライフルーツだって内包しているサクサククッキー。ある程度撃ち落とすと、アリエティアは嬉々として共鳴を解き、お待ちかねのスイーツタイムに入ろうとした。満面の笑みを浮かべて憑依を解いたお菓子たちを二、三個ほど頬張る。
「アリィーっ!」
 我に返ったリアンに手厳しく叱られたアリエティアは、名残惜しそうに厳選して倒したスイーツの山を見た。

 憑りつかれたかのごとく店内の従魔を祓い食に走る仲間を尻目に、雲はフローラと店内を調べていた。ただし、従魔退治のためではない。
「この機材もハタノ印だね。この契約農園からの納品が一番多いみたい」
 フローラの言葉に、雲はしばらく考えてから手帳にメモを取る。それから、店内でお菓子を作り続ける人型従魔の方を見る。
「あの手つき……」
 真似するように軽く手を動かしながら、雲はさらに考える。
「とにかく美味しいものを作るには……」
 そんな雲を見て、ふっとフローラは目を逸らせた。
「だから、雲の作るものなら、私……」
 甘い空気がよぎる。
「僕はもっと美味しいものをフローラに食べさせたいんだ」
「……うん」
 こくん、と頷いたフローラの横を弾丸のようにハート型のアーモンドタルトが飛んできた。ずっとフローラを見つめていた雲がいち早くそれに気づき、金のカラトリーナイフで叩き落す。はらり、タルト部分に張り付いていた紙が落ちる……。
「レシピ?」
 かがんでそれを拾うフローラの金髪がサラサラと流れる。顔を近づけてそれを覗き込む雲。手書きの、細かく書かれたそれを見て彼の表情が憂鬱そうに沈む。
「技は盗むもの。レシピは教えて貰うもの。研鑽の結晶を許可なく盗み見るのは趣味じゃない。だけど悪魔に魂を売ってまでスイーツに傾けた情熱をこのままというのも……」
 そして、室内を見回す。
「──そろそろ三十分か、室内のお菓子もだいぶ『増えて』きたね」
「減ることはなさそう……」

「……ハルちゃんのためにもジュレや和菓子系も多めに食べるね!」
 ──食べることは辞めないのな……。
 元気よく、巨峰のゼリーを頬張る真琴に諦めの境地に入ったハルがぼやいた。そんな真琴を見て、アリエティアは「私も!」と真っ赤な苺の乗ったムースに手を伸ばす。即座にリアンの叱責が飛んで僅かに唇を尖らせる。
 ──食べ過ぎると動けなくなるでしょうが! 本来の目的を忘れないように。
 そんな中、カトレヤは皆の食べるペースと三十分ごとに生み出される従魔と残る従魔の量を見比べ計算していた。
「皆、腹の具合はどうだ? 腹ごなしにメインデッシュに移らないか? クリームも十分だろう」
 カトレヤは頬のジャムを親指で拭いながら声をかけたが、お菓子に夢中な一同から無言の否定が返ってきた。
「ふん……妙な中毒性がないか。このスイーツは……」
 そんな中、アリエティアは皆がスイーツを食べている姿を名残惜しそうに見ながらも従魔を倒し続けていた。自分の好物をつい多めに倒してしまうのはご愛敬である。
 経済的な余裕の無さもあって、縁はいい機会だと手のかかりそうなお菓子を中心にたくさん食べていた。もちろん、英雄のウインクルムにも美味しいものを食べさせてあげたい。
「うっわー、美味しい! ほら、ウィンもわかる?」
 リンクし、味覚を共有しているウィンクルムがこくんと頷いた気配がした。
「でも、一緒に食べたいね。じゃあ、たくさん詰めて別々で食べるのは後にしよっか」
 カラトリーがぷすぷすお菓子たちを刺す。ビターなチョコケーキや濃厚なチーズケーキたちが保存容器に収まっていく。
「あっ、狙ってたのに!」
 甲高い声が床の方から聞こえて、縁はそちらを見た。金のフォークとスプーンを二刀流のように振り回した幼稚園児が輝く笑顔で足元を駆け抜けて行った。
「……依頼人さん、食べるの邪魔されたらすっごく怒りそうだよねえ……」
 ──ええ……今はまだ比較的安全かもしれませんが……。
 ウィンクルムの言葉に、そういえばデクリオ級もいたんだっけ、と小さな姿になった依頼人が怪我をしないようそっとすぐに守れる位置を取った。
 あれだけあったお菓子がずいぶん減ったのを義人は確認する。
「そろそろ時間だ。みんな、デクリオ級の討伐をしよう」
 しかし、義人の傍にいた仲間はふたたびフォークを握って彼の言葉が耳に入らないようだった。彼の顔が曇る。
「これ以上動かないのはダメだ……そこの食べてる君達。討伐を手伝わないなら、この消火器と虫よけスプレーを、君達と、その食べてるお菓子に浴びせるよ? デクリオ級を放置する選択を取られるくらいなら、僕は君達のパーティを壊す。お菓子が美味しいのはわかるけど、今はデクリオ級討伐に力を貸してくれ」
 そう言って、彼はまず自分の英雄の肩を掴んだ。はっとした鈴音はクリームとジャムを付けた顔で驚いて振り向く。
「な、なにを考えてるんですか義人さん! まだ共鳴はしません、お菓子が残っています!」
 しかし、義人は黙って首を振る。
「ぐ、や、やむをえません、鈴音は共鳴します」

●大丈夫! お菓子まみれのキミならば、きっと誰も気づかない

 食い気のおさまらない一行に交じって、ふたたびスイーツを食べながらカトレヤは呟いた。
「俺、すっげぇ気になってんだよな。他のスィーツは従魔になってんのに、こいつだけ普通のスィーツって、おかしくね?」
 そう言って、店の奥にでんと鎮座するホールケーキに確認がてら『でっけぇフォーク』をずぶりと刺した。
「……気にしすぎたか──ん?」
 ズズズ……わずかにホールケーキが後退した。
「やっぱりか! 食べ放題で鍛えた俺の慧眼は騙されないぜ!」
 カトレヤがそう叫んだその瞬間、ぎらりと輝く無数の瞳。もし、従魔に人のような感情があったのならば、きっと彼(?)は恐怖に顔を強張らせて絶望に打ち震えただろう。ずるずると巨体を引き摺り逃げようとしたが、その大きな体ゆえそのような敏捷さは持ち合わせていなかった。
 ぷすぷすぷすっ! たくさんのデザートフォークがソファーサイズのホールケーキを襲った。気のせいか従魔の叫びが聞こえた──気がした。そうして、魔の祓われた巨大ホールケーキはリンカーたちが美味しく頂きました。
 このしつこくない上品な生クリームは時間が経てば泡のように融けるやつだ、美味!!
 しかし、彼らがうっかり食欲という本能に従った結果、デクリオ級人型スイーツ従魔との間を隔てるものが無くなった。
 ぐぐぐ、甘い菓子でできた木偶人形が、初めて彼らをぎょろりと睨んだ。
「……食べ放題ってのはな、たくさんいろんな種類を食べたいって欲望をうまくコントロールしなくちゃ、お皿にたくさん残しちゃうんだぜ?」
 疑惑の目を誰かが向けた。しかし、その誰かもつい一緒にホールケーキを美味しく頬張ってしまったわけで。
 一番最初に動いたのは従魔退治に精を出していたアリエティアだった。フォークから持参したシルフィードに持ち替えて、デクリオ級スイーツ従魔に斬りかかった。ぐわん、と飴で出来た太い腕がアリエティアを襲う。しかし、シャドウルーカーの身軽な身体はその攻撃を難なく避けた。けれども、同時にその素早い一撃は人型従魔にダメージを与えることができなかった。距離を取り縫止を試みる。
 その瞬間、店内の空気が変わり、甲高い笑い声が満ちた。空を舞っていたお菓子たちが空で静止して、一斉に笑い、そして歌い始めた。
「キャハキャハハ! いつまでも、みんなお菓子でたのしくハロウィン!」
「うわっ、なんだこれ!」
 歌いぐるぐると飛び回る無数の従魔と、太い腕をぐるぐる回す巨大な菓子人形に、一同に動揺が走った。その時、グレートボウから放たれた矢が菓子人形を貫いた。一瞬、倒れかける従魔。そして、矢を放った人物は大きな声でこう叫んだ。
「さぁ、お待ちかねのパーティタイムだ、甘味ジャンキー共! 欲望のままにただ食い尽くせ!」
 雲の言葉に一同は我に返る。そうだ、歌っているだけで動きが速くなっただけで、ミーレス級従魔の強さが変わったわけではない。縁は盾を構え、即座に依頼人の少女の前に飛び出した。菓子人形が腕を振るう。その腕が縁の強化されたライオットシールドをびりびりと揺らした。
 その横をびゅんとまいだの矢が飛び、オーブンを貫く。ラジエルの書を開いた真琴の手から白い刃が続けざまにオーブンを狙う。
「零時の鐘はなった! シンデレラは魔法が解けたら終わりだ。夢の締めはあのでかいのだぞ! さぁ、君達の溢れるスイーツへの愛を奴にぶつけてやれ!」
 雲が叫びアロンダイトの鋭い剣先が閃く。続けて、カトレヤがでっけぇフォークを振りかざす。
「ああ、腹ごなしにメインデッシュに移ろう。クリームも十分だろう。御馳走になったお礼にお前も美味しく頂いてやるよ!」
「そうだな! 堪能したし、お土産も手に入れたし! あとは満を持して倒すだけだ!」
 ──やっとか! さっさと倒すぞ千颯!
 ブラッドオペレートを唱える千颯、そして、アリエティアの縫止が菓子人形を絡めとる。
 菓子人形の腕が弾け甘い飴のかけらが降り注ぐ。足元に佇む人影を踏みつぶそうと足を振り上げた菓子人形は、戸惑い動きを一瞬止めた。
「充分ご馳走になった。鈴音のぶんまで礼を言うよ、ありがとう。あとはきみだけだ」
 ジェミニストライクで二人にわかれた義人が三又槍を振るって笑う。
「いただきます」
 一同の声が重なった。

●いただきました!

「……目的は達したから、もう食べても大丈夫よ」
 リアンの言葉に、アリエティアが歓声を上げてお菓子に向かう。そんなパートナーを見て、リアンははあっと大きくため息を吐いた。
 菓子人形とオーブンを倒した後のミーレス級従魔たちはおとなしいものだった。最初のようにふわふわと浮くそれらをぷちぷちと刺していく。それらは、あっという間にそれぞれに分配された。
 真琴は綺麗に包装した菓子を丁寧に鞄に詰める。
「どうすんのじゃそれ?」
 パンパンの鞄に呆れたようなハルに真琴は答えた。
「皆にお土産」
 思いもよらない答えに彼女は目を丸くしたハルに、真琴は頬を膨らました。その後ろには『自分用』と書かれた箱が山となっていた。

 虎噛は上機嫌で持ち帰るには少し多いお菓子を白虎丸と食べていた。
「……確かに旨いのかもしれないが……俺にはこれ以上は無理だ……でござる。渋めの飲み物が欲しいでござる」
「あっ、とらさん、だいじょうぶー?」
「はい、お茶」
 まいだと同時にぬるめの緑茶を差し出したのはカトレヤだ。それらを白虎丸は涙目で「かたじけない」と綺麗に飲み干した。
「白虎ちゃん! そこのマウントバーム取って! あとマカロン十種! 違う! それはバームクーヘンだよ!」
 まだパクパクと食べている千颯に白虎丸はついに叫んだ。
「えぇい! そんな呪文を言われてもわからんわ! ……なんだか当分洋菓子は見たくないでござる……」

「コレで菓子代が浮けばそれだけうまい飯を作れるってもんだぜ」
「ほんと!? でも、れいえんのごはんいつもおいしいよ?」
「それ以上になるんだよ! ……ありがとな」
 まいだと黎焔のやり取りをウィンクルムは温かい気持ちで聞いていた。
 ──同じだ。
「んー、ほんっと美味しいよねえ」
「そうですね。でも、私もユカリがいつも作ってくれるお料理のほうが、好きです」
「へえ。ウィンってお菓子よりごはん派なんだ」
 そう答えた縁に彼の英雄は困ったように笑った。

「職員さんたちなら作る方の尊さはわかってくれるだろうと思ったので」
 雲が依頼人に手書きのレシピを預けていた。それを見ていた縁は、店内を片付けた後にふと思い立って手紙を書いた。
『ご馳走様でした。今度はヒトミさんご自身が作ったお菓子を食べてみたいです』
 後日、縁からその話を聞いたH.O.P.E.職員たちは、店内にそのような紙など無かったと首を傾げた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • おうちかえる
    アリエティア スタージェスaa1110
    人間|19才|女性|回避
  • あー楽しかった
    リアン シュトライアaa1110hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 水鏡
    榛名 縁aa1575
    人間|20才|男性|生命
  • エージェント
    ウィンクルムaa1575hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • エージェント
    草薙 義人aa1588
    人間|18才|男性|防御
  • 甘いのがお好き
    鈴音aa1588hero001
    英雄|15才|女性|シャド
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