本部

宵闇の踊り子

玲瓏

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 8~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2015/11/02 19:29

掲示板

オープニング


 依頼を受けたあなた達はH.O.P.Eサンクトペテルブルク支部まで足を運んだ。ワープゲートを使ってすぐに着く距離であるため、さほど時間はかからない。
 サンクトペテルブルク支部は天国の門と呼ばれる試験会場が存在する。天国の門は海の上に浮かんでおり、百人前後のリンカーが出入りできる程の広大な会場だ。今の時期はあまり混雑しないため、あなた達はスイスイと目的地まで到達した。
「お忙しい所お出でくださり、ありがとうございます」
 全身が日焼けしたような案内人があなた達に頭を下げる。
「受験者達は既に待機しております。こちらへどうぞ」
 案内人はあなた達に背を向けて、会場の廊下を進んでいった。


「準備はどうなっている」
 マーヴェロ・リーダスがシナズクに尋ねた。
「それはもう、万端でございます、主。いつでもあなた様が活躍できるようにと整えておきました」
 リーダスは深い息を吐いて、シナズクの頭に黒い手を被せた。人間の頭にこの手は大きすぎて、帽子を着けているように見える。
「良い子だ。後で褒美をくれてやる。これ以上我々の邪魔者を出さないために、奴らを屠ってやるのだ。準備が出来たら俺に知らせろ」
「はい、畏まりました。では……行ってまいります。全ては貴方様のために」
 光を約束されようとしている正義の元へ、愚神の手先が舞い降りる。闇から伸びる手がほら、今にも光を奪い去るのだ。

解説

●目的
 あなた達は試験監督を任せられました。サンクトペテルブルク支部で行われる試験の監督をしてください。また、異常事態が発生するようでしたら迅速に対処してください。

●シナズクについて
 シナズクは愚神に身を捧げたヴィランです。ウェーブがかった短い髪が特徴の女性で、知的なオーラを漂わせます。
 彼女は愚神のリーダスのために試験会場を制圧しようと内部を混乱させます。動きや戦闘方法は全く予想ができません。
 唯一分かるのは、彼女は隠密が得意ということです。隠れながらありとあらゆる手段を使ってあなた達を混乱させ、最終的には試験会場の電源を全て落とし全員を中に閉じ込めようとします。(電源が落ちると制御システムも作動せず、全ての扉が開かなくなります)
 また、電波障害のせいで外部との通信ができなくなります。

●マーヴェロ・リーダスについて
 愚神です。まだ等級は不明です。シナズクが試験会場を襲って制圧した後に登場しますが、もしあなた達が会場を守りきれたなら登場せず基地に閉じこもります。

●試験会場について
 海上に浮かぶ施設です。直径百二十メートル円で幅は二十五メートル。で、階層はなく一階全体が建物となっています。内部は闘技場や試験に必要な施設が設けられており、屋上はトラック施設となっています。
 今回、あなた達には内部とトラック施設両方の試験監督を依頼されています。

●情報
 あなた達が突然監督に任命された理由を以下に説明します。
「元々の試験監督全員が前日に突然来れなくなったとのことでした。そのため協力という形で来て欲しいとのことです。もちろん、報酬は多めで出させていただきます、とのことです」 と、オペレーターがあなた達に説明しました。

●戦闘員
 異常事態発生時、戦闘員となれるのはあなた達しかいません。受験者は危険なため戦闘禁止令が出されるからです。しかし、あなた達から戦闘する以外で命令を出す事は可能です。

リプレイ

●現実に香る胡散の息吹
 待たされてから、五分は経っただろうか。徐に経過していく時間の中で、きな臭い依頼内容に彼らは警戒心を表に出していた。
 尾形・花道(aa1000hero001)は一階筆記試験監督官の待機室を忙しなく見回している。
「そんなに焦る事もないんじゃないかな?」
 片桐・良咲(aa1000)は言う。尾形は支部に到着した際からずっとこの調子なのだ。
「山での猟は道中のささいな情報でも見逃してはならない」
 尾形は些細な情報のそれぞれに目を向けながら言った。
「ここは山じゃないんだよ」
 依頼に疑心を抱いているのは尾形だけではなかった。
「ですが、監督官全員が突然来られなくなった、というのは疑わしいものです」
「常に警戒をした方がいいとは思います」
 トウカ カミナギ(aa0140)も、流 雲(aa1555)も、更に言えば誰もがこの依頼を不審に思っている。
 待機室の扉が開き、邦衛 八宏(aa0046)が礼をして室内に訪れた。
「調査の方、お疲れ様です。良い情報は聞けましたか?」
 邦衛は端末を取り出し、驚くほどの速さで入力した。早打ち選手権でも開けば彼が一位に輝く事だろう。邦衛は三秒もかからない速さで端末にこう入力し、その文字を全員に見せた。
『試験監督官が急遽来られなくなったのは、急な体調不良、移動手段である機械の故障、従魔による襲撃等による物でした』
「えらいこっちゃ」
 桂木 隼人(aa0120)は椅子の背もたれにどっと掛けながら声を出した。
「そないな事が前日、それも急に起こったんやろ? これは偶然じゃないで。必然っちゅーもんや。なぁ?」
 桂木は全員を見回して賛同の声を仰いだ。
「そうだね……。僕達はどう動けばいいかな。受験生たちの事も考えると下手に動けないよ」
 腕を組みながらメリア アルティス(aa0140hero001)は言った。真剣な口ぶりだ。
「何かあったら、その時動けばいいんじゃないかな? だってボク達は二階の試験監督官達も含めて二十人もいるんだよ。それに、受験生達にも危険が及ばない範囲で手伝ってもらえばいい訳だしさ」
 この話はかなり伸びる事になりそうだと判断した邦衛は、まだ報告があると端末に表示させて会議から報告会へと場を戻した。
『先ほど我々を案内した彼ですが、真っ白でした』
「体は真っ黒だったんやけどなあ。内訳は真っ白やったか」
『彼も我々と同じ境遇でした。少し違うのは、試験監督官は前日に来られなくなったのに対し、彼の役柄だった人物は一昨日来られなくなったと連絡があったそうです。色黒の彼の情報も怪しい部分はありませんでした』
 今更ながらだが、邦衛は支部の管理人に話を聞いていたのである。案内人の事、監督官が来られなくなった理由等について問い合わせていたのだった。
 先ほどから執拗に体にくっつく有栖川 有栖(aa0120hero001)を離して桂木は立ち上がった。
「もうちょっとくっついててもいいでしょ? 部屋を出たらちゃんとするからっ」
「……ほんなら作戦会議と行こうや。この依頼、案外奥深いかもしれんで」
 流の傍らで報告を見守っていたフローラ メイフィールド(aa1555hero001)が、流に促され再び会議へと変貌しつつある雰囲気に参加した。
 邦衛は二階の待機室に集められたメンバーにも同様の事を伝えると端末に打つと、部屋を後にしようと扉のドアノブに手を掛けた。
 丁度施設内の調査から戻ってきたヴィント・ロストハート(aa0473)と仕草が被り、邦衛が退出する前にヴィントが入った。
「失礼」
「おお、丁度ええで。今から作戦会議を行おう思ってた所なんや。ヴィントさんも混ざっといてや。ほなナハトさんもな」
 ヴィントの後ろからついてきていたナハト・ロストハート(aa0473hero001)は駆け足で会議机の椅子へ着いた。
 今度こそ、と扉を開きかけた邦衛に向かいトウカが声を掛けた。
「邦衛さん、次から報告する時はわざわざ訪れるのではなく、手にお持ちの端末を使ってはいかがでしょう? 手間が省けます」
 すると邦衛はこう返す。
『それはできません。なぜなら、何らかの装置によって電波障害が発生しているからです』
 疑心を持つには充分すぎる要件がもう揃っているのだ。これ以上増えれば、疑心という器じゃ収まりきりそうにない。

 施設の調査をしている稍乃 チカ(aa0046hero001)は突然声をかけられたにも関わらず、堂々と反応した。
 声を掛けてきたのは紛れもなく彼女だった。二十代後半あたりの、ボーイッシュな髪型をしているが魅惑のオーラを漂わせた、知的な大人を思わせる女性だ。
「なんだよ」
「ごめんなさい、迷子になってしまって……。もうすぐ行われる身体検査の部屋を教えて頂いてもらってもいいですか?」
 稍乃は施設説明に関して話を全く聞かされていなかった事で答えを渋った。
(俺がわからないって答えるのも納得いかねぇなぁ……)
 稍乃は南を指した。
「こっちだったと思うぜ」
「どうも、ありがとうございます。失礼しました」
 彼女は稍乃の言う通り南の方面の廊下を歩いていった。

●不在の四十番
「はい、次の人お願いします」
 セラフィナ(aa0032hero001)が番号ごとに呼び出しをかけて、真壁 久朗(aa0032)が出た値を紙に記す。身体検査の試験は、受験者がエージェントになるために必要な基準値を満たしているかの確認を行う項目である。
「はい、次の人~四十番の人~っ。シナズクさーん」
 セラフィナが声を張って出すも、四十番は現れなかった。
「クロさんどうしよう。四十番の人が来ないよ……」
「仕方ない。ひとまず四十番は飛ばして、四十一の人から診査とするか」
 そうですね、とセラフィナが言ったところで、施設内全体にアナウンスが掛かった。
「避難訓練を開始します。避難訓練を開始します」
 支部で避難訓練を行う事を想定していなかったのか、管理人の誰かがリアルタイムで声を出していた。
「受験生は試験監督の指示に従い移動してください」
 真壁とセラフィナの二人は目を合わせて頷きあった。二人はこれがただの避難訓練ではないと知っている。手に汗を握った。

 一足早く石井 菊次郎(aa0866)は受験生の誘導を終えた。屋上の中央に受験生たちを纏めるのはテミス(aa0866hero001)のお陰もあり、容易に行えた。
「いいですか、みなさん。指示があるまで絶対ここから動かないように。避難訓練といえど、何かあったと想定し行わなければなりません。指示を破った者から不合格とみなします」
 程良い注意喚起を促した所で、一階、屋上のそれぞれから受験生の集団が誘導されてきた。
 來燈澄 真赭(aa0646)は誘導を終えると、目を擦りながら欠伸を交えて石井と合流した。
「何かあったの?」
「まだ分かりません。ですが、何か異常事態が発生したという事だけは事実です」
 続々とエージェントが揃い始める。マリオン(aa1168hero001)の誘導を最後に、生徒達は避難を終えた。
 流が番号の確認を取っている。トラック内部の調査をしていた緋褪(aa0646hero001)が安全である事の報告を終える。
 と、真壁が雁間 恭一(aa1168)の姿が見えない事に気づいた。
「雁間がいない。誰か知らないか?」
「ほんまや。アカンで、早く助けにいくべきちゃうか」
 マリオンは慌て始めた二人を見て、安心させるように言った。
「大丈夫だ」
「この状況下で単独行動は危険だ。大丈夫と言われてもな……」
「大丈夫だと言っているだろう。耳を貸せ」
 マリオンは桂木と真壁の耳に近づかさせて雁間の取った作戦を説明した。

●狙われる機会室
 雁間はその頃、一人の女性と機械室にて言葉を交えていた。
「やっぱりあんただけだよ分かってくれるのは……。他の連中じゃ当てになんねえ」
「まあ。くすくす、ありがとう」
 先ほど雁間は生徒を避難させている間に、不審な動きをする人影を目撃して声をかけたのだ。
「誰も大虎……ヴィランがいるなんて思っちゃいねぇ。だがあんたは違った。そして、俺の作戦に乗った」
「ええ。私もあなたの意見に賛成だわ。大虎を待ち伏せして、二人でとっちめる。いいじゃない」
「あんたの、もし大虎が来るなら機械室だって案もなかなかのもんだ」
「どうも。さて、そろそろ配置につきましょ。私は中を見張ってるから、あなたは外を見張っててちょうだい」
 雁間はすぐに動こうとしなかった。
「俺も中で待ってた方がいいんじゃねぇか。下手に離れる訳にもいかねぇだろ」
 彼女は額に手を当ててうーんと唸るも、すぐに了承した。
「分かったわ。――あ、そうだ。もしよかったこれ、食べて」
 ポケットから取り出したキャンディーを、彼女は雁間に差し出した。
「テスト中、緊張しちゃった時のために備えて持っておいたの」
「じゃ、遠慮なく」
 カラフルな紙に包まれたキャンディーを取り出し、雁間は素早く口元に運んだ。
 口を動かしながら、甘さを讃える。
「悪くねぇ」
 異変はすぐに訪れた。
 雁間は突然こう聞いたのだ。
「あんた、このガムに何が入ってるのか知ってるか?」
 突然聞かれたら誰も戸惑うような言葉だった。だが彼女は全く驚く様子をせず、優美な笑みを浮かべながら言った。
「短時間で人を死に至らしめる毒が入ってるわ。まずお腹を壊して、次に心臓。でも私は酷い女じゃないから、その毒に加えて強力な睡眠薬も混ざってるの。眠るように逝けるのよ」
 壁に手をつき、ひたすら体のバランスを平行に維持しながら雁間は鋭い目で彼女を見た。
 見ただけで、睡眠薬が全身に回っているのだろうとすぐに想像がつく。
「今度……その薬を來燈澄って奴にくれてやりな……。喜ぶぜ」
 その言葉を最後に、雁間は目を瞑った。
 彼女――シナズクは眠りを見届けると、配電盤へと近づいた。
 配電盤の蓋を開け、彼女はオン、オフと書かれたトリガーを、オフの方へ寄せるために手を伸ばした。
「なーんてなァ」
 シナズクは心臓を掴まれたような気がした。
 暗闇へと伸びる手を掴まれた彼女は、黙ったまま背後を見た。
「起きるのが早いのね……?」
「食べたと思ったかよ。ガキの頃になっただろ? 知らない人から食べ物を貰うなってな。さ、大人しく投降して――」
 シナズクは空いた腕を伸ばした後、肘で雁間の顔面を狙う打撃を繰り出したが雁間は安く避けると腕で彼女の首を締め上げ、片手で彼女の両手を抑えた。
 拘束を維持した状態で雁間はシナズクの足関節を蹴り、音を鳴らした。
「う……くぅ」
「暴れんじゃねぇよ。死にてえのか?」
 足の痛みで呻いていた彼女だったが、不意に頭を最大限まで下に向けると、大きく口を開けて雁間の腕に噛み付いた。
 耐えていた雁間だが、強烈な痛みについに彼女を蹴り飛ばした。
「伊達に経験積んでる訳じゃなさそうだな、あんた」
 腕に残った歯型から、血が滲み出ている。
「殺人依頼二百十五件、護衛依頼百二十一件、スパイ依頼百十五件、それらを全て成功させてきたのよ。だからね――」
 雁間は瞬時に背後にいる気配に気づいた。
「こんな事もできちゃう」
「んなッ!」
 瞬時に立場が逆転したのだ。先ほどまで壁際まで飛ばされて、更には足の骨に尋常ではない程のダメージを受けている人間が取る行動とは思えない。
 背後から雁間の首元に鋭利さを追求したかのような、殺人に特化したナイフが突き立てられた。
「あんたがヴィランだったか。やっぱりな」
「ええ、そうよ。知られちゃったからにはここで死んでもらうわねッ」
 シナズクは大きくナイフを引くと、雁間の喉元に向けて動かした。
 途端、ナイフの先端は首に届く事なく落ち、雁間の拘束も解かれた。
 シナズクの足に尾形のローゼンクイーンが巻きつき、思い切り後ろに引っ張られたのである。バランスを失った彼女はナイフを手放し、地面に倒れた。
「助かったぜ」
「お助けに参りました! 雁間さん、大丈夫ですか?!」
 共鳴状態となった桂木、トウカ、片桐、ヴィント、その後にマリオンが続いて助っ人が登場した。
「にしてもよくここが分かったじゃねぇか」
「もし俺が犯人なら真っ先にここを狙う。そう思っただけだ」
「それと自分の勘やな! 今はそんな事はええ、あの嬢さんをひっ捕まえるで」
 シナズクは巻きつけられた鞭を解き、既に武器を構えている。
「私の罠に引っかからずにこれた事だけは褒めてあげるわ。だけど、私を捕まえようとしても無駄だって事を教えてあげる」
「何をする気?!」
「逃げるのよ!」
 彼女は服の中からスモークガンを取り出し、それを床に叩きつけた。室内はすぐに煙に包まれ、視界が遮られる。
「逃げんじゃねぇ! くそっ、これじゃあ何も見えねぇよ!」
「何をやっておるのだ。ここまで追い詰めたのに逃がすつもりか?」
「うるせぇ!」
 共鳴した片桐が扉の出入り口付近に駆け寄ったが、既に扉は開いていた。それは即ち、この部屋からシナズクが脱出した事を意味している。

●派手な隠れんぼ
 番号四十番、シナズク。彼女との隠れんぼが始まった。彼女の名前や身体的特徴に情報は全員に共有され、捜索が行われている。まだ通信機器は使えず、手間取る事が予想された。
 最初こそトラックに集められた受験生達は和気藹々とした様子を見せていたが、訓練が長引くにつれ表情から余裕が消えた。
「クロさん。皆さん、やっぱり不安に思ってるみたいです」
 試験監督の表情が緊張しているのだ。とにかく、場の雰囲気が訓練という現象で収まってはいない。
「そうか……」
 試験監督官が不吉の香りを発しているのは仕方ないだろう。四人掛かりで相手しても逃げられてしまった侵入者が施設内に存在し、居場所が分からないのだ。
「主電源の護衛は大丈夫なんだろうな」
 真壁は石井に言った。
「ええ、大丈夫です。リンク状態の桂木さん、ヴィントさんが護衛についているとの事でした」
 受験生の護衛についているのは真壁と石井、セラフィナとテミスの四人だ。他のエージェントはみな分別しながらシナズクを探していると同時にジャミング装置の解除に向かっている。
 座っていた一人の受験生が立ち上がり、真壁に訊ねた。
「あ、あの……これ、本当に避難訓練なんですよね?」
 成人した男性が、かなり不安そうだ。
 これ以上隠し通す事はできない。真壁は石井と目を合わせた。
 石井が現況を全て報告し終えると、受験生の間に不安の波がさざめいているのが手に取るように分かった。
「大丈夫だ。みんなの事は俺達が守ってやる。皆が生きるんだ。――そのためには、パニックにだけは陥ってはいけない。俺は皆を守ると約束した。だから、皆も今言った事だけは約束してくれ」
 おお、とセラフィナは真壁を見上げた。
「いつもよりカッコいいですね、クロさん」
「からかってる場合か」
 爆発が起きたのはその時だった。
 遠方のトラックから上空に向けて火山が噴火したかのような爆発が起き、熱風を巻き起こした。受験生は全員飛び上がる。
「確認にいきますよ!」
 石井がテミスを連れて爆炎の起きた地点へと向かった。
 真壁は立ち上がった受験生達を一度座らせると、セラフィナとリンクし戦闘態勢に入った。
「絶対守ってやる……」
 テミスと二人で地点へ確認にいった石井だが、そこには人影すらなかった。
「異常なしのようじゃな」
「いや、待ってください……。なるほど、ここに誰もいないとするならば、これは……陽動ッ」
 受験生から轟く悲鳴の木霊。
「させるか!」
 倒れた受験生の顔は、真壁の盾で守られた。間一髪で、後一歩でも離れていたら真壁の約束は果たされなかった。
「やるわね」
 シナズクはバク転を繰り返し、真壁から距離を取った。
「お前がシナズクだな」
 二つのナイフを構えているシナズクは、笑みを浮かべていた。
「ええ、その通り。私を探していたんでしょう?」
「目的はなんだ。本来の試験監督を全員来られなくしたのもお前だな」
「半分正解。全員じゃないわ。半分は私の主がやってくれたの」
「主だと? そいつは誰だ」
「私を捕まえられたら、教えてあげる。捕まえられる物ならね?」
 シナズクはナイフを腰にしまうと、腰から二丁の拳銃を取り出し銀の魔弾を放った。
「おい、よせッ!」
 銃口は受験生に向けられていた。そして軌道は変わる事なく、弾丸が発せられる。
 真壁は重い盾を捨てて、捨て身で受験生を庇った。
「先生ッ!」
 受験生の一人、試験監督官の事を先生と呼ぶ女性が真壁に駆け寄った。
「すみません、すみません!」
「いや……いいんだ、守るって、言っただろう……」
 幸いにも急所は外れている。
「私が治します。動かないでください!」
 銀の魔弾を放ったシナズクは既に真壁の目の前から消えていた。
 石井は周囲を見渡して、シナズクの影を探すも、既にトラックから消失していた。銀の魔弾が放たれてから十秒経っただろうか? 
 端末で各員に連絡を取ろうにも、まだジャミング装置の解除はなされていなかった。
「シナズクとやら、完全に遊んでいるな」
「そう思いますか」
「ここまでの実力があるなら、一人一人を倒す事は簡単なはずだろう。なのに傷を与えただけで逃亡する。これを遊戯と言わずになんという」
「逃げ場を無くさなければなりませんね……。もしくは一度でも大きなダメージを与える事ができれば、あの俊敏性は失われるでしょうね」
「うむ、できれば、な」

●隠れんぼは続く
「どこにもいないよ?」
 隠れんぼも、なかなか見つける事ができなければ飽きてしまう。來燈澄は誰よりも早く飽きが出始めていた。
「辛抱強く探しましょう。必ず見つかるはずです」
 來燈澄の眠気は流の言葉を得ても覚める事はなかった。
 ――トラックの屋上から爆発音が聞こえるまでは。
「今、上から音しましたよね!」
「ああそうだな」
 緋褪はクールを気取っていたが、尻尾と耳が真上に立っていた。
「くす、緋褪びっくりしたの?」
「そんな事今は関係ないだろう。急いで向かうぞ、緊急事態だ」
 來燈澄と緋褪、流とフローラがそれぞれ共鳴し屋上へと向かう最中だった。廊下の前方から、二丁の銃を構えた女性が走ってくる姿が見えたのだった。
「止まれ! 大人しく銃を捨て投降するんだ!」
 出し抜けに現れた敵でも二人は戸惑う事なく武器を構える。
「嫌だと言ったら? どうする? ボク」
「こうするさ!」
 流は武器にライヴスを込めた。

 屋上で聞こえた爆発音よりも遥に大きな音は、四方八方から援護を招いた。
「こんな所にいましたか」
 流の反対側から、トウカとヴィント、そして共鳴した片桐が登場する。
「次から次へと湧いてくるのねあなた達……」
 初めてシナズクに危機を与えた。能力者に囲まれたからだ。
「これでもまだ抵抗する気か?」
 ヴィントは脅迫めいた口調でシナズクに言葉を投げた。
「私にもプライドがあるのよ。まだ負けた事が一度もないから!」
 シナズクはヴィントの心臓目掛けて魔弾を放つ。ヴィントは宙で弾丸を躱す。
 次のターゲットに照準が向けられる前に、トウカが縫止を発動させた。
「大人しくしてください!」
 銃口は針に向けられ、シナズクの魔弾がライヴスの針を弾き飛ばした。
「小細工勝負なら、私は負けないわよ!」
 すると彼女は、地面に向けて全ての弾丸を使った。銀の魔弾ではない、別の弾丸だ。一瞬で床が穴だらけになる。
「一歩でも私に近づいてみなさい。埋め込まれた地雷が爆発す――」
「はい、解除~」
 來燈澄の行動は早かった。シナズクが慢心してる間に、全ての罠を起動不可にしてしまった。
「は、え? 嘘でしょ」
「こっちの手番だなッ」
 共鳴し、尾形の姿になった片桐は鞭を振り回しながらシナズクへと特攻した。咄嗟にシナズクは拳銃を地面に放り投げ二本のナイフを手にすると、太い鞭を突き刺すように腕を伸ばした。だが、シナズクの思っている事とは反対の出来事が起きた。彼女の片方のナイフはあまりの力によって吹き飛ばされた。
 もう一本のナイフで反撃に出ようとするシナズクの足は、反対側に回り込んでいたヴィントの鞭で絡め取られ地面に倒れさせた。
 ヴィントは倒れたシナズクの左足に、逃げられる前に剣を突き刺し地面ごと貫いた。
「もう一回だ」
 左足から剣を抜き、今度は右足を狙って剣を突き刺した。
 剣を突き刺したまま、ヴィントは距離を取った。
 うつ伏せに倒されたまま、シナズクは少しの間立つ努力をしていたが、拳を地面に打ち付けるのを最後に動きを止めた。
「もうその足は使い物にならないはずだ」
「隠れんぼももう終わりです。後はじっくりとお話を伺わさせてもらいましょうか」
 足から剣が抜かれると、彼女は仰向けになって天井を見た。彼女は一度目を閉じて、再び開かれた。青く済んだ瞳をしていたが、黒色に変わった。
「どうしてここを襲ったんだ」
 片桐の問いかけに、彼女は答えなかった。返事の代わりとでも言うのか、彼女は口元に笑みを作った。
「答えてください。これ以上荒事をするのは嫌ですから」
 突如たる笑い声が、シナズクの狂った笑い声が場を制圧した。
「――ふっふふふふ、アハハハ! おっかしい。私は何のためにここにきたの? 主のためでしょう? こんな傷、痛くないんだから!」
 シナズクは両足を失ったような物であった。ヴィントの剣が深々と突き刺さり、骨すら砕いたに違いない。
 なのに、瞬時に立ち上がる。
「なんなんですかこの人! 足が使えないはずなのに?!」
「厄介な奴だ。一体何をした?」
「ふっふふ、教えてあげない! じゃあまた後で会いましょう? あなた達のおかげで遊べなくなったから、すぐにこんな施設、主の者にしてやるわ!」
「主? なんの事ですか?」
「すぐに分かるわ。ううん、分からせてあげる。天国の門こそ、救世主に相応しい土地よ!」
 シナズクはクラチングの体勢を取った。
「逃しませんッ! 今度は当てる!」
 トウカは小太刀に毒を込めると、身構えた。シナズクは彼女の方へ全身を向けているからだ。
 クラウチングの姿勢から疾走する前兆を見せた時、トウカは腰を低くして刃をシナズクに向け振り下ろしたが、シナズクはトウカの腕を突き飛ばした。刃の軌道が削がれ、果てにはバランスを崩して後ろ向けに、吸い寄せられるように体が地面との距離を縮める。
「ま、まだです!」
 走り去るシナズクをトウカの小太刀が追いかけた。その小太刀が当たったかどうか構わず、ヴィント、片桐がシナズクの後を追う。
「フラッシュバンだッ」
 ヴィントと片桐の眼前に、フラッシュバンが転がってきた。ころころと音を立てながら転がり、壁にぶつかった。
 世界が光に包まれるのは驚くほど一瞬であった。
「くそっ、足を潰したのに体力が持つとは……」
 片桐はふと、シナズクが立っていた場所に何かが落ちているのを目にした。
「これは……。注射器か? ――薬か」
「薬ですか……? ですが、リンカーなら薬による作用は働かないはず!」
「いえ、シナズクは地面に倒れた後共鳴を解いていました」
「それなら確かに薬が作用する。ちっ、やられたな。急いで奴を探すぞ」
 隠れんぼはもう終わる物だとばかり思っていたが、シナズクは簡単に終わらせる程経験は浅はかではないようだ。

「なー、本当にここで待ってれば来るんだろうなー?」
 稍乃は退屈そうに机の上で寝転んでいた。彼は今、空いた部屋で邦衛、雁間、マリオンの四人で人を待っている。
「そろっと分かるやろう」
 稍乃がしびれを切らし始め、雁間とマリオンも退屈を感じ始めていた時だった。廊下の方から、ゆっくりとこの部屋に向かって歩いてくる足音が聞こえた。
 邦衛が手を上げ、雁間、マリオンは息を潜めた。
 小声で稍乃が邦衛に訊いた。
「本当に奴なんだろうな?」
 ドアノブが捻られ、扉が開いた。
「言ったやろ」
 どうして……扉の前で口にしたのは、シナズクだった。足に深々と小太刀が突き刺さっており、邦衛達を見た途端、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
「なんだ、ボロボロじゃねぇか」
「無駄が省けて良い。後はこの虎を監獄に放り込むだけだな」
「そうだな。さ、もう逃げるんじゃねーぞ」
 稍乃の手伝いも兼ねた拘束で、今度こそシナズクは捕らえられた。
「どうして私を待ち伏せできたの……? 痕跡も、何も残さなかったはずなのに」
 手足を縛られながら納得の行かない様子でシナズクが尋ねた。
 邦衛は端末を取り出し、文の羅列を彼女に見せた。
『僕は予め、受験生達からシャーペンの芯を借りていました。その芯を使って、不審人物がいないか調べていたのです。使用していない部屋に芯を設置して、開けたら壊れているようにしました。芯なら音が立ちませんから、気づかれる心配がないのです。その後、稍乃が受験生をこちら側へと案内したという話を聞き、身体的特徴があなたと合致していたためもしやと思い、ここで待機していました。おかしいですね、他の部屋のシャーペンの芯は折れていないのに、ここだけ折れているだなんて』

●まだ全ては終わっていない
 電波障害が復旧し、仲間が揃った所で受験生は解放された。次の指示があるまで待機室に戻っていていいとの許可が下ったのだ。
「自分、あんま別嬪さんに傷付けたくないんや。苦しいやろ? はよ吐き」
 天井から吊るされた縄で手を拘束されたシナズクは、無言を続けていた。ヴィントの手によって四肢が使い物にならなくなっている今、今度こそ彼女の逃げ場は存在しない。
「ここで主に迷惑がかかるなら、死んでやるっ」
 シナズクの首にヴィントの手が伸びた。首が締め上げられ、舌を噛み切ろうとした彼女の作戦はあえなく失敗に終わる。
 鞭が彼女の背中に打ち付けられた。
「ねえねえ、言っちゃった方がいいんじゃない? その方が楽になれるよ?」
 有栖川の言葉にも応じず最初は黙っていたシナズクだったが、諦めたのだろう、やがて口を開いて語った。
「主の命令で、ここを制圧しろと言われたのよ……。ドロップゾーンを作ってここにいる全員のライヴスを吸収するって」
「主、というのは?」
 石井が前に出て彼女に問いかけた。
「あなた達流に言うなら、愚神よ。……でも彼は愚かなんかじゃない。私の救世主なんだから!」
「救世主、ですか……。それでしたらその救世主を密に呼んで頂けないでしょうか」
「それはできないわ。私はあの人に身も心も捧げたのよ。裏切るなんて真似できない」
 鞭を打つ音が響いた。
「俺には愚神と会わなければならない理由がある」
「何度言われても、私は呼ばないわ。……でもね、いつか主はあなた達の前に姿を現すでしょうね。その時まで待ってるといいわ」
 シナズクはその言葉を最後に、これ以上を語ろうとしなかった。

 取り調べ兼拷問部屋から出てきたナハトを見て、流は何か得られたかと尋ねた。
「彼女は愚神の使いで、ドロップゾーンを展開しやすくするため支部の制圧を任されていたそうです。それ以上は何も……」
「そうですか。報告ありがとうございます」
「いえ……。そちらの様子はどうですか? えっと、受験生とか他の方々とか」
「受験生はさっきよりも落ち着いて待機室で座っています。來燈澄さん、緋褪さん。それから片桐さんと尾形さんは施設内の調査に向かってます。罠がないかを確認してくださってますね」
「分かりました、ありがとうございます」
 ナハトはそれだけ言うと、トラックの方へ上がっていった。
「雲、お疲れ様。ずっと緊張してたから疲れちゃったんじゃない?」
 フローラに呼びかけられた流は、深い溜息の後言った。
「フローラがそんな事言うせいでいっきに疲れたよ」
「私が言う前から疲れてたでしょ。……って、そうじゃなくて。お疲れ様。帰ったらゆっくり休もう」
「そうだな。そうしよう」

「先生、その、先ほどは守っていただいてありがとうございました」
 真壁は既に傷が回復しており、まだ危険が残っていると判断し引き続き待機室で受験生を脅威から守っていた。先ほど真壁が守った受験生が、恐る恐る言った。
「こんな傷大した事ない。それよりも皆が無事で良かった」
「僕もそう思います。皆さんが無事なのが何よりです」
 受験生達は一度家に帰宅する事となり、支部復旧まで家で一時待機となる。本当なら今日終わるはずだった試験なのにまた面倒だ……という受験生は一人もいない。受験生たちは自分が守られたのだという事をしっかりと心にしていた。
 
 トラックから見える海を見ながらマリオンは言った。
「中々いい女だった。情けをくれてやりたいとこだがどこに入獄させられるのだ?」
 いい女というのは紛れも無くシナズクの事である。マリオンの言葉を聞いていたのは雁間だけで、彼はこう言った。
「地獄だろ? 天国の入り口をぶっ壊そうとしたんだ。只では済まねえと思うぜ」
「全く、その通りですよ」
 取り調べを終えた石井とテミスが後ろに立っていた。
「あの方の魂に相応しい場所は地獄の門です」
「取り調べご苦労さん。奴はどうなる?」
「最後まで愚神について頑なに話そうとしませんでしたので、桂木さんに拷問を止めるように言って後はH.O.P.Eに任せる事にしました。もしシナズクに関わった愚神が出て来るなら……彼もまた、地獄の門へと案内しなくてはなりませんね」
 
●マーヴェロ・リーダス
 マーヴェロはシナズクの応答がない事をいち早く任務失敗だと判断し、次の作戦を練り始めていた。マーヴェロの取り巻きの一人がシナズクはどうしたんだと言う。
「シナズク? さて、そいつは誰の事だ? ……もう次の右腕なら用意できてる。あんな女、思い出すのさえ苦痛だ」
 次の計画は、まるで物語のプロットが練られるかのように積み立てられていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • エージェント
    トウカ カミナギaa0140
    機械|18才|女性|回避
  • エージェント
    メリア アルティスaa0140hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避
  • ゴーストバスター
    尾形・花道aa1000hero001
    英雄|34才|男性|ジャ
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る