本部

未来の私へ

秋雨

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/04/21 07:37

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掲示板

オープニング



 ひらり、ひらり。
 薄桃色が舞う。

 ひらり、ひらり。
 花弁が舞う。

 ひらり、ひらり。
 ひらり、ひらり。

 ──嗚呼、春がやってくる。




「お集まり頂き、ありがとうございます」
 東京都、某所。住宅地の中にある小さな館の前で、四月一日 志恵(az0102)はエージェントたちに向けて一礼した。
 その頭にふぅわりと、薄桃色の花弁が落ちる。志恵は指で摘まみ取るとその傍らを──敷地内にある桜の木を見上げた。
「……散り始めるのは早いですね」
 小さく呟いた彼女は目を細め、やがてエージェントたちへ視線を戻す。
「"入れる物"はお待ち頂けましたか?」
 勿論、とエージェントは頷いた。それがなければ来た意味がない。
「ではこちらへ。袋も持ってきていますから、手紙などがあればこちらへ入れておくと良いと思います」
 プラスチックのケースを開き、数枚のビニール袋も取り出した志恵。その後ろ──館の中から1人の女性が出てくる。
「タイムカプセル 、大丈夫そうですか?」
「はい。皆さん──既にお知り合いの方もいらっしゃるかと思いますが、改めてご紹介しますね」
 志恵の紹介に女性が軽く会釈する。彼女はこの館──図書館同種施設の司書であり、今回埋める場所を提供してくれた人物でもあった。
「さあ、入れる物に思い入れがある方も少なくないとは思いますが……いつまでもそのままでいるわけにはいきませんからね」
 いつか、振り返るために。ここに集まった一同はそれぞれ何か1つ、想いを残していくのだ。

解説

●概要
 タイムカプセルに品物を入れ、思い思いに過ごす

●詳細
 皆様は志恵に誘われて、タイムカプセルを埋めることにしました。
 入れる物は1人1つまで、掌に乗るサイズでまでならOKです。食品など腐るもの、水分を含むものはご遠慮ください。全員で1つのタイムカプセルに入れます。
 スコップは貸し出されますので、庭の隅にでも埋めさせてもらいましょう。
 尚、埋めたあとは敷地内でご自由にお過ごし頂けます。タイムカプセルへ入れた物に思いを馳せるもよし、未来の自分を想像するもよし。図書館(後述)で読書をしたり庭で小さなお花見もできるでしょう。

●ロケーション
 埋めるのは住宅街の中にある、小さな館の庭です。さほどの広さはありませんが、1本だけ桜の木が植えられています。
 館の中は図書館に近いものとなっており、貸し出しはできませんが施設内での読書が可能です。飲食可。

●NPC
四月一日 志恵:タイムカプセルを埋めた後、特に誘いなどがなければ本を読み耽ります。
シェラザード:埋める作業を手伝った後、図書館内の日差しが入る窓際で机にうつ伏せになっています。お昼寝をしてしまいそうです。

リプレイ



「おーい、薙~」
「ん?」
 ──若葉だ!
 嬉しそうに振り返った魂置 薙(aa1688)を皆月 若葉(aa0778)はすかさずインスタントカメラで撮る。その音に薙は目を丸くして、むぅと口を尖らせた。
「っ撮るなら、言ってよ!」
「ふふ……ごめん、ごめん」
 謝罪の言葉を口にしつつも、若葉の口元には笑みが浮かんでいる。可愛らしい彼に、そしてこんなやり取りにだって幸せを感じてしまうのだから仕方ない。
「変な顔、してなかった?」
「いい感じに撮れてるよ♪」
 現像された写真を覗き込む2人。顔を上げればふと視線が合って、思わぬ顔の近さにドギマギして。そんな互いの様子にだって笑みが零れ落ちた。
「次は2人で、写ろ」
「いいね、そうしよう」
 薙が若葉の腕を取り、ぎゅっと顔を近づける。そうして撮った写真は幸せいっぱいの1枚。若葉は写真へ未来にメッセージを残す。
 ──もちろん”今”も幸せだよね?
 用意してきていた封筒に収めていると、若葉の傍でぴょんぴょんと跳ねる姿が。
「ボクもとりたーい!」
「OK、1枚分は残してね」
 ボクもボクも、と主張するピピ・ストレッロ(aa0778hero002)に若葉がカメラを渡すと、ピピは薙の英雄であるエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)の元へ駆けて行った。エル! と呼ぶと彼女がピピへ視線を向け、その表情が柔らかく綻ぶ。
「いっしょに写真とろー♪」
「ああ。では桜の下で撮るか」
 エルは桜の下で屈み、ピピと高さを合わせるようにして1枚。
「エル、ありがとー! 他の皆も撮りに行くんだよ♪」
「ふふ……では、共に行くかの」
 2人は司書や四月一日 志恵(az0102)、シェラザード(az0102hero001)を始めとして皆の元へ。そんな傍ら、建物の壁際で荒木 拓海(aa1049)は手元の写真を眺めていた。
 友たちの勧めにより、数日前から持ち歩いていたカメラ。それに映したのは妻やその英雄、両親や幼馴染など自分に関わった人たちだ。ここに持ってきたのは更にそこから厳選した写真、ということになる。
『手の平に乗る量までよ』
 志恵から予め言われていたことを英雄のメリッサ インガルズ(aa1049hero001)に釘刺され、勿論と返した拓海。けれども選択に困難を極めることは明白で、特に妻の写真には悩まされた。結局選んだのは妻と、その英雄が共に移った自然体の1枚。
 最後には自分と英雄たちも写してもらい、それも今は手の中だ。
(未来の俺は、今の俺が見て恥ずかしくない人間だろうか)
 3人で撮った写真を見下ろしながらふとそう思う。
 大切なモノは忘れていないだろうか。守りたい者や、共に居たい者を失っていないだろうか。──新たな宝も手にしているだろうか?
 小さく笑みを浮かべ、拓海は写真と共に持っていた手紙を見る。
(もしも失い、止まっていたなら──)
 これを読んで思い出してほしい。感情も血肉も、どれを取ったって友が拓海に関わり培ってくれたということを。
 口元を綻ばせつつ手紙を持った手を下ろせば、こちらに向かってくる人影がいくつか。拓海へインスタントカメラを勧めた友人たち──若葉と薙だ。
「若葉、薙!」
「あ、拓海さんだ!」
「こんにちは」
 3人で集まるとピピやエルもやってきて、写真とろう! とカメラを差し出す。
「そういえば2人や英雄たちもまだ写してないな。あ、志恵さんたちや司書さんも!」
 手を振ればタイムカプセルを見ていた志恵やシェラザード、スコップを用意していた司書もやってくる。かなりの大所帯だ。
「……そうだ! 戦隊物のポーズで撮らないか?」
「たのしそー♪」
「拓海らしいわね」
「ちょっとはずかしいけど……やる!」
 わーい! と万歳するピピに小さく笑うメリッサ、ちょっと頬を赤くした薙。傍らでエルが「戦隊とな?」と首を傾げた。腰に手を当ててこんな感じ、と説明する薙を見て、若葉が写真を撮る前のポーズ確認──リハーサルを提案する。
「私はどうしましょうか」
「あ、志恵さん達は真ん中で不死鳥のポーズで!」
 目を丸くする志恵。彼の無茶振りに思わず笑いを堪えられない若葉。その間で「やるー!」と張り切っているのはシェラザードだ。
「私も、ですか」
「却下なら別の案もあるけど、」
「いえ」
 やらせていただきます、と頷く志恵。曰く、その方が掘り返した時に楽しそうということで。
 各々頭の中で自分のポーズを考え、皆で息を合わせてポーズを取る。

「「「せーのっ」」」

 しゃきーん! とポーズを決める一同。……だが。
「……ん?」
「……あれ?」
 若葉とピピが疑問符を辺りに散らす。戦隊のポーズと言えばこれ、と思ったのだが。
「不揃い、だね」
 薙がくすくすと笑う。こんな統一感のなさも楽しくて、これはこれでありだ。
 そんなこんなを経て1枚の写真を取った彼らは、持ち寄り取ったそれらをタイムカプセルへ入れる準備に取り掛かった。
 エルは恋人や薙の思い出の品、町や家の中などの思い出をミニアルバムに詰めて収めた。薙は未来の若葉へ向けてしたためた手紙だ。拓海はジッパーバッグに写真を入れながらふと思う。
(数年後、写真の人々はこれと同じ笑顔を、オレに向けてくれるだろうか?)
 向けてくれたら嬉しいと、愛しき存在がさらに愛しく──そして残ってくれているようにと信じ、拓海はジッパーバッグの上からテープで強固に圧縮固定した。
「わ……ピピ、それは沢山すぎない?」
「うぅ、大切がいっぱいで迷っちゃうんだよ……」
 ピピが両手にこんもりと乗せた写真を見て、へにゃりと眉尻を下げる。そこに映っているのは若葉や彼の第1英雄、そして彼の家族やペットたち。さらにはいつもの公演や友達やそれからそれから──兎に角、ピピの大切で大好きが詰まっているのである。
「皆月さんたち、どうかしましたか?」
 2人のやり取りに気付いた志恵が声をかける。若葉が事情を説明すると、志恵はビニール袋を取り出した。
「不平等はできませんが、手に乗ってしまえば良いですから。一纏めにしてしまいましょう」
 浸水を考慮し、袋を2重にして写真を入れる。そこへ写真を纏め終えた拓海がやってきて、ピピの手元にあるものへ視線を向けた。
「良かったら、テープで同じように固めようか?」
 テープはまだまだ余っているし、しっかり止めれば嵩も抑えられるだろう。ピピはお願い! と拓海に差し出し、袋の口も嵩もきっちりおさえてもらった。
「ありがとー! これでタイムカプセルにいれられるねっ」
 はにかんだピピから笑顔が伝播する。一同は大事そうに、楽しみな気持ちを胸にしてタイムカプセルへそれらをいれたのだった。

「タイムカプセルとは粋な計らいをするとは思わないかな? アオイ」
 微笑を浮かべて傍らの英雄を見上げる狐杜(aa4909)に、蒼(aa4909hero001)は「ああ」と頷いた。
 5年。10年。もっとかもしれない。未来を生きる自分たちへの贈り物。最も──。
「掘り起こすまで、生き延びる事が出来るかどうかが懸念だが」
「無粋な事を言うんじゃないよ」
 そんなやり取りも、今はただただ穏やかなばかり。狐杜は第2英雄が折った折り紙の花を、蒼は3人で撮った写真を封筒に入れてカプセルへ収めた。
「タイムカプセルって面白いね~。皆どんなものを入れるんだろうね」
 自分は手紙を入れたのだと言う亜莉香(aa3665hero001)。大人になった蒔司(aa3665)へのラブレターだと上機嫌で告げる彼女に、蒔司はやれやれといった風に視線を向けた。
「そこは未来の自分に書く手紙とかじゃないんか……」
「あっねえねえ、蒔司ちゃんは何を入れるの?」
 小首を傾げる亜莉香に、蒔司は一瞬言葉に詰まった。なんて言おうか。いや、言わなくたっていいじゃないか。
「ワシは、……秘密じゃ」
「ええ~~~亜莉香教えたのに、蒔司ちゃん内緒なんてずるいずるい~~!!」
 うるうると瞳を潤ませる彼女。けれども蒔司の口は堅い。
「泣かんでもええじゃろが……何年後かに開けた時のお楽しみちゅう事にしいや……」
「ぶう~~~」
 拗ねた亜莉香から見えぬよう、蒔司は小さな──片手の掌に収まる程度の──ベルベットの小箱を大事そうに取り出した。濡れぬよう丁寧にきっちり油紙に包み、それをさらにビニール袋で包んでカプセルの中へ。亜莉香に見られていないことを確認し、蒔司は次の者へ場所を譲った。
 月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)は共に1枚の写真を。そこには2人と、第2英雄が映っている。
「いつまでも2人で一緒の時間を忘れないように……」
「3人で一緒、か」
 ええ、と頷く由利菜とリーヴスラシルの視線が絡む。そこには愛おしさも含まれていて。思わずそれを見つめてしまった志恵に、2人は恋人となったのだと告げた。
「私は長い間、女性と男性のどちらを愛すればいいか悩んでいました。ですが……もう迷いません。私は、ラシルを愛しています」
 その言葉の通りに、由利菜は真っすぐな目で志恵を見つめる。リーヴスラシルも隣で頷いた。
「ユリナは私の最も大切な女性だ。……照れるが、これが私と彼女の恋愛に関する結論だ」
 彼女らの言葉に、志恵は小さく笑みを浮かべた。人生も、恋愛も人それぞれ。彼女らがそうと決めて道を歩むのなら、その先により良い未来があることを祈るのみ。
 今後を問う志恵へ、由利菜は学園の卒業からと告げた。
「将来は境界学者として、ラシルの世界を探しだし、復興を手伝いたいです。ファミレスのバイトも名残惜しくはありますが、辞める予定です」
「私も近く教職を辞す予定だ。短い間だが、楽しい学園生活だった」
 前へ進むために、2人は力の限り未来へ手を伸ばさんとしている。2人で共に、そして第2英雄も一緒で在れるように。
「四月一日さん、いずれまたお会いしましょう」
「はい、また。こうして話せることを楽しみにしています」
 2人の背を見送った志恵はタイムカプセルに詰まった品たちを見下ろして、最後に自らの持ってきた手紙を入れた。未来の自分宛に。そして2通目は英雄へ。
「志恵さーん! 掘り始めていい?」
「はい、お願いします」
「シェルも! シェルも掘るのー!」
「僕も交代で、手伝うよ」
 若葉へ頷いてみせると、シェラザードもと若葉へ駆け寄る。薙もそこへやってきて、更に「オレもやるよ!」と拓海が混ざる。
 やがてできた穴を、若葉はひょいと見下ろした。
「これくらいの深さでいいかな?」
 志恵が試しにタイムカプセルを入れてみると──良い深さだ。それならと今度は掘った土を戻して埋め始める。
(掘り起こす時も、一緒に、いるんだよね)
 薙はにこにこと楽し気な笑みを浮かべながら、タイムカプセルへ土をそっと被せる。皆がいて、若葉と共にあれて、そして未来もきっと共にいる。それを想像したら嬉しさが溢れてしまいそうで。
 そんな薙たちをやや離れた所で眺めていたエルは、瞳を小さく細めた。
「未来はどうなっているのだろうな」
 目の前にいる彼らは。私たちは。町は。世界は。
 今と何ら変わらない気もするし、何か変わっている気もする。どちらも可能性あるものだ。
「意外と想像がつかぬものだの。楽しみじゃ」
 眺めている内に埋め終わったようで、ピピがそこに駆け寄っていく。司書が目印になる看板を用意してくれていたようで、それを受け取ったピピは埋めた土の上へしっかりとさした。
「タイムカプセル、開けるの楽しみなんだよ♪」
「その頃、皆は何してるだろうね」
 若葉は今日の日付が書かれた看板を見て、未来へ想いを馳せて。
 どんな職についているだろうか。どんな生活をしているだろうか。皆はどうしているだろうか──そんなことを考えていたと、未来のここで言うかもしれない。
「志恵さん、素敵な企画をありがとう」
 若葉の言葉に拓海が「司書さんも」と共に礼を告げる。きっと自分1人では思いつかなかったことだったから、誘ってもらえたことに感謝の思いを。
 エルもまた、何かを手に彼女らへと近づいてきた。
「志恵、シェラ。世話になったの。場所の提供も感謝する」
 後半は司書への言葉。それらと共に差し出されたのは押し花のあしらわれた栞だ。受け取った栞を見て司書があら、と言葉をもらす。
「感謝、ですね?」
 栞にあしらわれたカスミソウの押し花。その花言葉にエルは頷いた。そこに込めたのはきっと──少しでもそれを形にしたいという思い。
「シェルもあるの? やったー!」
 ありがとう、とはしゃぐシェラザードと丁寧に礼を述べる志恵。彼らの前を辞すると、エルはピピを見下ろした。図書館でも行くか、と誘えば「行く!」と即答で返ってきて。
「はやくはやくー!」
 図書館の入口へ駆けていくピピに、エルは笑みを浮かべながら付いていった。




 皆と雑談を終えた拓海は、ふと桜から傍らへ──メリッサへと視線を送った。
「……本当に入れたい品って無かったのか?」
 彼女は何も持ってこず、皆がタイムカプセルに入れている間も楽しそうにそれを眺めているだけだった。拓海の問いかけにメリッサは目元を和らげ、桜を見上げる。
 彼女が入れたのは形なき物。それは今日をここで過ごすことで得られた思い出。そしてここに至るまでの思い出。だから、形ある物に拘る必要はない。
「一緒に開ければ、私の今も自然と蘇るから不要よ」
「そうか……」
 メリッサの何気ない言葉に、しかし拓海は小さく笑みを漏らした。さり気なく『一緒に開ければ』と混ぜられたそれは、彼女がずっと拓海と一緒に居てくれるという意味にとって良いのだろう。
「お互いどんな風に歳を取るのかな……理想ってあるか?」
「さあ? ……出来れば……だけど、」
 いつか、今日という日を思い出した時。若い時の自分たちを恥ずことがなければ良い。
 拓海はメリッサへ力強く頷いた。絶対になるものかと。それは自分も、メリッサもだ。
「もちろん、絶対なんて無いと判ってる……だが精一杯、生きる事を楽しめる奴で居続けたい。……先ずは毎日、いや今日を楽しむ事だよな?」
「多少懲りても良いわよ?」
 視線だけ相手に向けて、互いに見つめ合って。どちらからともなく笑いだし、2人の間にある空気が柔らかいものへと変わる。
「帰ろうか」
「ええ」
 桜を背にする2人。どれだけ時間が経とうとも、見た目が変わっていこうとも。彼らはきっと常に、傍にあるのだろう。


「以前、桜並木で従魔を倒したのを覚えているかな?」
 緑茶をすすった狐杜の言葉に、蒼は頤へ手を当てながら頷いた。
「蜘蛛型だったか。記録を見返したら2年も前だった」
 2年。その言葉に狐杜は「おや」と小さく驚いた。つい先日──とまではいかないかもしれないが、そんなに経っているとは思わなかったのである。
「では、その少し前に梅祭い(まつり)に参加したのは?」
「……あの頃はあんたの御守りをするのが癪だったか」
「そこは、覚えていなくて良いのだよ」
 常の微笑みに小さな苦みを混ぜて、そして狐杜は視線を上げた。澄んだ青色に桜色が映える。
「桜並木も、梅園も、たくさんの木があった。この庭にはたった1本の桜の木があるが……それでも桜は、花は美しい。そう思わないかな?」
「……同感だ」
 同じように見上げて呟く蒼をちらりと見て、狐杜はふふっと笑みを深めた。長らく彼とのやり取りには苦虫を噛み潰したような表情が付いて回っていたけれど、今は穏やかで。それが何より嬉しくて仕方がない。
 桜を見て何かを思ったのか──琴理、と蒼が狐杜を呼ぶ。気づけば彼の視線は狐杜に向いていた。
「あんたの姿は出会った頃から変わらない」
「そうだね」
 狐杜も──琴理も自らの姿を見下ろして同意する。視界に入る自分の手も、胴も、足の先に至るまで何も変化は見られない。強いて言うならば髪を切ったくらいだろうか。
 これから成長するのか。それともここから老いていくのか。或いはこのままなのか。それは琴理自身にも分からないことで。
「だが、進もうとしているだろう?」
「……ふふっ。そうだね。アオイもだ」
 
「告白に耳を傾けてくれた事、向き合ってくれた事に感謝を。……わたしは、永遠など要らないのだ」
 永遠は望まない。いつか終わりが来る、それで構わない。けれどその終わりは叶うならずっとずっと先で、彼や第2英雄とそこまで共にいられたらと思うのだ。
「ここまで付き合ってくれたきみに多大なる感謝を。これからも、よろしく頼むのだよ、アオイ」
「ああ。よろしく頼む。琴理」

『大切な友と幸多き日々を送れる事を祈る』
『命懸けで己と友の生を掬えているか』

 折り紙と写真へ込めた直筆の文字。それは未来まで共に在ると信じ、今は内緒だ。


「やっぱり本がいっぱいなんだよ!」
 エルと共に図書館へ向かったピピは瞳をきらきらと輝かせた。
「ピピはどんな話が好きなのだ?」
「んっとね、動物がいっぱい出て来る本がいい♪」
 探してみようか、と2人は本棚へ。宝探しみたい! とウキウキした様子のピピはきょろきょろと本棚を見回す。本好きのエルはピピの後ろを歩きながら、本の背表紙1つ1つを見て回っていた。ふとその足が止まり、視線と足を止めるに至った本を手に取る。
 ぱらぱらと頁をめくってみると、どうやらこれは世界を守るヒーローたちの物語のようだった。
「……まるで、私たちのようだの」
 勿論、物語のヒーローとエージェントたちは異なるけれど──いつか、エージェントを主人公とした物語も出たりするのだろうか?
「エルー!」
 ふと視線を本から外せば、1冊の本を抱きかかえたピピが戻ってくるところだった。お目当ての本を見つけたのだろう。
「エルも本をみつけたの?」
「ああ。あちらで読もう」
 そう告げて指し示したのは窓側の席。そこから見える桜を若葉と薙は外でのんびりと眺めていた。
 彼らは本当に眺めているだけで、共にいるだけで幸せを噛みしめていた。
(好きに上限がないなんて、初めて知った)
 天井なんて見えやしない。ただひたすらに好きが溢れて溢れて仕方なくなる。けれど口に出すのはまだ気恥ずかしくて、薙は想いを未来への手紙に込めた。
(本当に、愛しくて仕方ない──)
 ちらりと視線を向ければ、偶然にも若葉と視線が合う。いいや、もしかしたら彼はずっと薙を見ていたのかもしれない。彼の名を呼べば、若葉は「何?」と優しい瞳でこちらを見つめてきて。薙は彼へ向けて手を伸ばす。
「これから先も、よろしく、ね」
 嗚呼、やっぱり。絶対に頬が赤くなってる。だって顔が熱い。
 そんな彼に若葉はくすりと笑みを漏らした。
 告白は突然で、驚いた。けれどもう若葉の意思は決まっていて揺るがない。これからも共に歩んでいきたいと、強く思うのだ。
「こちらこそよろしくね、薙」
 伸ばされた手を取って、指を絡めて。その温もりに笑みを浮かべ、2人はまた桜へ視線を向けた。


「なんじゃ、まだヘソ曲げとるんか」
 桜の下。鮮やかなサンドイッチが並んでいると言うのに、亜莉香は頬を膨らませたまま。返事もない彼女に蒔司は小さく肩を竦めて。
「……おまんの手紙とおんなじ事じゃ」
「?」
 亜莉香の視線が彼へ向く。
 どれだけ未来を歩もうとも、孤児院という名の実験場で過ごした日々が記憶から消えることはない。それでも自由の身になり、平和な時間を得た今は紛れもなく蒔司にとって安息で。
 けれどそれも1人では意味のないもの。だから──。
「タイムカプセルを開ける時に、亜莉香の手に渡ってからな、言おうと思うちょったきに」
「……蒔司ちゃん、それって」
 亜莉香の声が震えた──気がした。彼女へ視線をやれば、これ以上ないほどに目を真ん丸にしていて。
「じゃから、今中身を言うんは簡単な事やけど……」
 それでええのか、と言う問いかけに亜莉香はふるふると首を横へ振った。
 それは今じゃない。今じゃないほうがいい。だから、内緒がいい。
「ごめんね、蒔司ちゃん。亜莉香、ちゃんと待てるよ! タイムカプセル開ける時も、絶対一緒にいるよ!」
 彼のいる場所が亜莉香のいる場所だ。勝手に何処かへ行くなど──消えていなくなるなどしない。
 亜莉香がそう告げると、彼は小さく笑みを浮かべた。それは心の壁の内に入っている彼女だけが見られるものなのだろう。
「亜莉香がおってくれたき、今ワシが生きておるんじゃ。ワシの所に来てくれてありがとうな……これからも、よろしゅう頼む」
「うん! うん! ずっと大好きだよ、蒔司ちゃん!」
 満面の笑みを浮かべて彼へ抱きつく亜莉香。桜が優しくさわりと揺れた。


 時は少々過ぎて──夜。由利菜とリーヴスラシルは月に照らされる桜を見上げていた。ふとリーヴスラシルの眉根が寄せられる。
「原因は……間違いなく、私の誓約術だ。本来あの術は、私の世界での使用が前提だ」
 本来と異なる過程を経ての誓約。それは将来、彼女らが真実『離れられなくなる』可能性を示唆するようになった。どこか異変を感じ始めたのは第2の世界触から、だろうか。しかし今となっては後の祭り。愚神の王が倒れ、それに伴う世界の変化も影響しているのかもしれない。
「すまない……。私が契約する時、この世界のそれを使っていたら、他の者達のように……』
「ラシル、謝らないで下さい!」
 悔やむように俯いたリーヴスラシルに、由利菜は首を横へ振った。その表情がリーヴスラシルを安心させるように、ふわりと和らぐ。
「私は、あなたに大切な思い出を沢山貰った。あなたと永遠に共に在ることが、私の運命なら……こんな幸福なことはありません」
 ね? とリーヴスラシルを見上げる由利菜の顔が近づき、唇とリーヴスラシルのそれが静かに重なる。温もりを分け与えるような接吻をして、由利菜は「ラシル」とささやいた。
「互いが個を保てる間に、第2英雄が存在を保てる手段を探し……そして、その時が来たら……

 ラシル……永遠に、私とひとつになってくれますか?」

 その時がいつ来るのか、そして本当に来るのかだってわからない。けれど、もしもその時が来たならば。
 リーヴスラシルは目を細めて紅玉のような由利菜の瞳を見つめた。口を開けば吐息のような声が漏れて。

「ユリナの望みなら……喜んで」

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 色とりどりの想いを乗せて
    蒔司aa3665
    獣人|14才|男性|防御
  • 天真爛漫
    亜莉香aa3665hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 今を歩み、進み出す
    狐杜aa4909
    人間|14才|?|回避
  • 過去から未来への変化
    aa4909hero001
    英雄|20才|男性|ジャ
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