本部

【悪人】過去の幻影

形態
シリーズEX(続編)
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/05/09 00:11

掲示板

オープニング

●二〇一五年 昼、東京・繁華街の裏
 乱暴に縛り上げられた灰墨信義が悲鳴を上げた。だが、ミュシャ・ラインハルトは容赦なく彼をゴミの積まれた路肩へと蹴倒す。
「チッ。エージェント登録証に社員証か」
『彼がヴィランではないのは確かのようだね』
 共鳴したエルナー・ノヴァが、信義を気遣う様子を見せた。
「……確定ではない……が、追っていた奴とは、違う」
 少し考えて、ミュシャは剣の刃を閃かせた。ロープから解放された信義は嫌悪感を露わに顔を歪めた。
「反抗しない人間を一方的に殴るとは。やはりH.O.P.E.のエージェントはごろつきばかりだな」
「……怪しい動きをしていた、お前が悪い」
 共鳴を解いたエルナーが二人の間に滑り込む。
「すまない。でも、事件の現場の前で僕らを無視して逃げたのは、君の悪手だと思うよ」
 黙り込んだ信義を他所に、H.O.P.E.へ連絡を取っていたミュシャは硬い声で相棒を呼ぶ。
「H.O.P.E.に他のエージェントが集まったそうだ」
 この付近で起こった一家殺人事件。
 その手口に心当たりがある彼女は追い立てられるように犯人を追う。
『乱暴ね。……無事に隠せた?』
 英雄ライラの問いかけに、信義は小さな金色の鍵を魔法のように取り出した。それは殺人現場に落ちていたものだ。
「さっさと錠も探してしまおう」
『でも、H.O.P.E.に依頼をかけるなんてどうしたの?』
「……わからん。さっきの女も含めてH.O.P.E.は……何故だろうな」
 自身もリンカーとしてH.O.P.E.に登録していながらも彼らを嫌う信義は、今までH.O.P.E.に依頼をかけようとはしなかった。だが、今は何故かそれが「正しい」と思えるし、嫌悪感も和らいでいるように感じる。
「……まあいい。東京支部へ行くぞ」


 女子供を狙う快楽殺人犯サルガス。一般指名手配をされているヴィランだ。
 彼を追い、彼の持つオーパーツ『幽世の錠』を手に入れる──それが信義からの依頼だった。
 参加したエージェントたちに状況を説明した信義は地図を広げ、マーカーで一角を囲む。
「サルガスの隠れ家はこの辺りにあるらしい。雑居ビルの一室を借りているのだろう」
 うらびれたビルが並ぶそこはまともな不動産会社が関与していないのでそれ以上の調査はできなかった。
「彼は殺害した被害者からたまたまこれを手に入れた。価値は恐らく知らない。取り返して貰えればこのヴィランを逃がしても構わないが……まあ、正義の味方としてはそうもいかないだろうね」
 続いて、信義は孤独の鍵を取り出してエージェントたちに見せた。
「幽世の錠とこの鍵はふたつで一つのオーパーツなんだが、この鍵から僅かな力を感じる。もしかしたら……このオーパーツは『なんらかの形で起動している可能性がある』。私も同行するが、夫々気をつけて欲しい」



●リリス
 ──何故、こうなったのかまったくわからない。
 血の海に沈んでいるサルガスだったモノを彼女は爪先で蹴とばした。それから、手に入れた錠を光に翳すが、それをどうすればいいのか彼女にはわからない。
 快楽殺人犯、リリス。ヴィランである彼女はサルガスと共に「アスカラポス」という名のヴィランズのメンバーだった。ヴィランズと言っても逃亡を助け合うだけの組織だったし、それも解体してしまったが……。
「なんで誰も覚えてない?」
 リリスは床に転がる時計を見た。デジタル式のそれには『2015』年と表示されている。
 二〇一九年、三月。
 それがさっきまで彼女がいた世界だった。
 なのに何故か今、ここにいる。
 いや、理由は知っている。
『この世界に侵入した異物を殺しなさい。そしたら、貴女に解放か……この世界での自由、どちらかを選ばせてあげる』
 彼女の前に現れた棘薔薇の魔女はこう言って、彼女の目に『異物』を見分ける力を与えた。
 サルガスを殺したのは、記憶の無い彼は単なる異物だと判断したからだ。
 錠を奪ったのは、意味無くそれに心ひかれたから。
「わっかんないなあ。イライラする……ストレス発散しよ」
 そう言えば、と彼女は窓の外を見た。そこには小さな託児所がある。
 ──自由、自由もいいかもしれない。
 リリスは内心ほくそ笑んだ。
 この世界でもう一度、二〇一九年まで『殺し直し』をするのもいいかもしれない。
 もっと自由に『趣味』を楽しむのもいいかもしれない。
 もう一度、時計を見た。
 夕暮れ頃まで出入りはあるだろう。今は『趣味』は数人でいい、大人が多くなるが仕方ない。日が落ちる前まで周囲の逃走経路をよく調べて、それから、憂さ晴らししよう。
「獲物を探すには、いい部屋じゃん」
 物言わぬサルガスに一声かけて、リリスはそこを出た。



●おとぎ話
 はるか昔の物語。
 ある日、領主のもとへ見慣れぬ風体の男が引き立てられた。
「私はこの世界とは違う異世界から参りました」
 誰も相手にしない異邦人の妄言に、ただ一人、領主の娘だけはそっと耳を傾けた。
 彼は語った。
 恐るべき混沌の王、彼の相棒との誓いと二人の力、そして自らの戦いの軌跡を……。
 通ううちに幾日か過ぎて、最後に物語はこう締めくくられる。
「俺をこの世界に逃がし、相棒は世界と共に混沌へと呑まれました」
 異邦人は娘の瞳をしっかりと見据えてこう願った。
「すべての世界に危機が迫っている。俺と共に戦ってくれ」
 娘は彼の瞳を真っ直ぐに見返して、牢の格子越しに彼の手に触れて答えた。
 その後、娘とこの男を見たものはいない。
 遠い昔から伝わるおとぎ話。
 ただ、それだけの話であるはずだった。

 これは、セラエノとして世界各地の真実を追求する頃に出会った、魔女が愛するおとぎ話。
「事実は少し違って……きっとそこには光の蝶が舞ったことでしょう」
 恐ろしい敵と異世界の存在に気付いた魔女は探していた。
 自分だけ逃れる術を。
 配下の愚神になればよいのか。だが、それが自我を無くすことだというのはすぐにわかった。それはもう自分ではない。
 異次元にあるセラエノの本拠地、ガーディアンが起こした【卓戯】。
 どこへ行けばいいのかはわかった。そこに、僅かな可能性を見出して──やがて、興味は王と創世へと移る。
「ここを育てたら、次を作るための力をまた探しましょう。そうしたら何れわたくしは『王』になれるかしら」
 背の高いビルの屋上からアイテールは眼下に広がる街を見た。
 『作られた過去の世界』。
 世界を支えるエネルギーは二体の人造愚神アスカラポス。
 根本のエネルギーとして愚神を使った時点で『王』に敵うわけもなく……だが、魔女は無邪気に笑った。
 万全を期したはずの創世の実験は失敗したのだ。
 アイテールの精神は狂った世界の歯車に巻き込まれ、既に歪んで軋んでいた。

解説

新米リンカー時代に戻り探索するシナリオ
敵は皆弱体しており、リンカーなら倒せるレベルでRP中心です

●ステージ
オーパーツが作り出した2015年秋の東京の幻影
雑多なビルのある裏通り

●シナリオ
・前半
PCは当時の『駆け出しリンカー』となります
現実では当時まだエージェント登録・覚醒していないPCも駆け出しエージェントとして振る舞って下さい
第二英雄の登場も第一英雄として同行できますが、記憶を取り戻すまでも一人の英雄の存在は思い出せません
突き詰めると違和感があるが、それが何なのか考えられない状態
・快楽殺人犯のリリスを追うミュシャチーム
・錠(サルガス)を探す信義チーム
どちらかと散策
最終的にリリスの下へ繋がり戦闘になります

・後半
夕暮れ、リリスを捕まえ錠を取り戻すと、記憶が戻るが錠は発動しない
エージェントたちは奪われたオーパーツを追ってこの世界へ迷い込んだ
藍色の星空のような空間(無重力ではなく見えない床と壁があるとてつもなく広い部屋)に二体の愚神とアイテール敵対している
最終的にアイテールは愚神化するが、失敗し弱い自我もおぼろげな従魔になる
アイテールを倒すとオーパーツ『幽世の錠』が発動し脱出

●アイテム
・オーパーツ『孤独の鍵/幽世の錠』
現実から切り離された空間を作る


・赤のタイムジュエリーの欠片
アイテールから取得可能
既にタイムジュエリーとしての力は残っていないが、取得するとNPC信義の命を繋ぐことができる
プレイングで触れなくても問題無い(プレイングが無い場合は描写無)


●登場NPC
・ミュシャ・ラインハルト(az0004)
※場合によって、灰墨信義(az0055)
ミュシャは味方として共闘

敵NPC
・アイテール(az0124)
・人造愚神アスカラポス×2
・ヴィランズ『アスカラポス』の残党※囚われているヴィラン
 リリス、サルガス(死亡)

※オーパーツはH.O.P.E.へ回収されます

リプレイ



●追跡班
 事件現場へ戻ると警察はすでに撤収していた。
 代わりに、屋内を調べて来たらしい三組のエージェントたちがいた。
 赤城 龍哉(aa0090)、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)、荒木 拓海(aa1049)たちである。二〇一五年現在、彼らは<まだ新人ではあるが>ミュシャとエルナーはその顔触れを何故か頼もしいと感じた。
「よう、また会ったな。助っ人に来たぞ」
「……龍哉さん」
 ──よ、縁があるな。
 戸惑うミュシャ。単なる顔見知りに対する挨拶、そう思った瞬間に彼の声が記憶の底でリフレインした。それがいつだったのかどうしても思い出せない。解るのは、確かに彼らは誰かを救える程強かったという事だけ。
「暢気に挨拶している場合ではありませんわ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は騒めく心を抑えて相棒を促す。遺体などはもうここにはないが痕跡から事件の凄惨さは容易に想像できた。被害者にまだ幼い子供たちが居たこともあって子供好きの彼女の心は苦しさを感じているのだ。
「そうだな。取り急ぎ、そっちで掴んでいる犯人の特徴を教えてくれ」
 龍哉は早速依頼内容とミュシャたちの持つ情報のすり合わせを始めた。
「同じような事件が他所でも起こっているんだね?」
 二人の話の切れ間に、じっと耳を傾けていたアンジェリカが確認する。
「ああ。あたしの私見だが」
 一瞬口籠ったミュシャだったが、「全てを話して彼らと一緒に動くべきだ」という心の声がその背を押した。
「……監視カメラの映像と犯行から犯人の目星がついている。『リリス』の通り名を使う快楽殺人犯のヴィランだ」
 エルナーが目を見張った。彼の知る彼女なら絶対にしないことだ。
 実はミュシャはこの凶行をよく知っており監視カメラに映り込んだ映像で確信も得ていた。──ただ、それが自分を襲い、家族を殺したヴィランである、という事実だけは彼女らしく飲み込んだ。
「そうか」
 彼女の来歴を知る龍哉とヴァルトラウテは何かを察したが、それ以上何も言わなかった。
「快楽殺人……」
 握り締めた拓海の拳がわななくのに気付いたメリッサ インガルズ(aa1049hero001)はパートナーを見た。
「気持ちはわかるわ、とても。でも」
「……ああ。今は冷静に犯人を追うべきだ。痕跡が残っているうちに、次の事件を止めるためにも」
 情に厚く血気盛んな彼はそれゆえに無謀な行動に出てしまう。そして、新米エージェントとしての経験の浅さから情に囚われて判断に迷うことも多い。メリッサはその度に叱り窘めてきたのだが、今日の拓海はその危うさを自戒する力があるように見えた。
「そうね。でも、あまり先走り過ぎないでね? ──って、どうしたの?」
 落ち着きなく荷物を漁る拓海を不信に思って尋ねてみれば、一変して彼は冷や汗を浮かべている。
「ゴメン、依頼書の控えが……見つからなくて。さっきまであったはずなのに」
「言ってる傍から、おバカーっ! 無くしたの!?」
「ゴメンって! でも、そんなはずは……あれ、どんな紙だっけ……」
 そこへミュシャが細かく書き込みした地図と資料を広げた。
「あたしの方でも逃亡先の絞り込みは出来ている……これを参考にして欲しい」
「了解。すべき事が見えているのは幸いだったな……」
「もう」
 ほっと息をつく拓海をメリッサが軽くねめつける。
 アンジェリカは、ぼやけたリリスの写真を食い入るように見ている八十島 文菜(aa0121hero002)に気付いてもの問いたげな視線を向けた。
「何か気付いたならボクにも話してよ」
「そないなわけじゃないんやけど、混乱するかもしれへんさかい」
「何かあったら教えてよ! ボクはこの仕事を成功させて有名になるんだ。敵だって片っ端から撃ち抜いてあげるから」
「頼りになるなぁ」
「……あれ?」
 悪役染みた啖呵を切ったアンジェリカは文菜の反応に違和感を覚える。彼女はアンジェリカの保護者で<第一英雄の文菜さん>。
 ──文菜さんが相棒なのは間違いないんだけど……何か変な気がするよ。文菜さんの方もそんな顔をしているけど……。
 互いに互いのうちにある違和感に気付いたが、今はそれを隅に追いやる。
「拓海さんも言ってたけど、今は危険な殺人犯を追うのが先だね」
「そうやね。ただ、もうちょい待ってくれはりますか」
 文菜は何かを自分の中で整理しているようだった。


 背の高いビルの間をバラバラに歩き出すエージェントたち。
「快楽殺人犯とはいえ流石に目立つ場所で殺しはやらないだろうから、何処かに獲物を誘い込むんだよね」
 人目のつかない場所を探す拓海たちとアンジェリカ。
「オレたちはこの託児所周辺を張るつもりだ。考えたくないけど、新しい被害者を探しているかもしれないからね」
 話しているとすぐに鉄柵に囲まれた託児所の園庭が見えてくる。はしゃぐ子供たちの声が聞こえ始めると拓海が足を止めた。
「大切な事を忘れてる気がする……」
「既視感? 私も初めてじゃないような気がするの」
 拓海とメリッサの会話に文菜も何かを確かめるように口を開いた。
「さっきのことなんやけど」
「ああ、文菜さんがさっき気付いたこと?」
「ほんまにさっきはそういうんやなしにね。ただ……リリスには鉄槌を喰らわせる。何故かは解らへんけどそうせなあかん、そう誰かと約束した。そんな気がするんどす」
「どうしてかな。実はボクもそんな気がしているんだ」
 驚いて拓海が身を乗り出す。
「実はオレもそうなんだ。リリスを捕まえれば思い出すかもしれない。でも、この依頼は何か──あっ!」
「ちょっと、拓海!?」
「見つけた! リリスだ!」
 さっき見たぼやけた画像ではなく、もっとはっきりした映像が拓海の脳裏に映し出されて<あれがリリスだ>と叫ぶ。
 駆けだした拓海をアンジェリカたちと追いながら、メリッサは他のミュシャと龍哉へ連絡を入れる。
「一人で追ってどうするのよ、もう! おバカー!」



●オーパーツ
 H.O.P.E.東京支部。
「パラダイム・クロウ社の灰墨信義だ」
 胡散臭い笑顔を張り付けた信義を見つめ返す、英雄を連れた三組のエージェントたち。
 月鏡 由利菜(aa0873)と鬼灯 佐千子(aa2526)、風代 美津香(aa5145)だ。
「オーパーツを盗んだヴィランの名は『サルガス』。快楽殺人犯として手配されている」
 信義は彼らに正確に洗いざらい情報を伝えた。
 探すべきオーパーツの『錠』と『鍵』。その『鍵』が最近頻発しているヴィランによる殺人現場で見つかったことも。
「ラ、ラシル……まだ私、戦う覚悟が……」
「私がユリナをサポートする。怖れず、勇気を持って進め」
 部屋の隅で臆病で内向的な由利菜が、隣に凛と立つ英雄リーヴスラシル(aa0873hero001)の袖を引いて訴えた。だが即座に諭されてしまい、再び彼女は足を揃えて不安げな面持ちで椅子に座り直した。
「罪なき人達を殺めるなんて……見過ごす訳には行きません!」
「落ち着いてアルティラちゃん。気持ちはわかるけど、錠を取り戻す事も忘れちゃダメだよ。
 ……ま、私もサルガスさん、だっけ? 彼には愛の鉄拳を叩き込んでとっ捕まえようとは思っているけど、ね」
 怒りを露わにするアルティラ レイデン(aa5145hero001)を宥めるパートナーの美津香。しかし、彼女も義憤に駆られる内心を抑えて、敢えて任務を遂行するために努めて冷静な態度を取っているのだ。
「さすが、H.O.P.E.のエージェントだな」
 信義は建前で褒めながらも、内心では「感情的な奴らだ」などと零していた。
「……所詮はごろつきどもか」
 ぼそりと小さな罵倒。
 ぱっと美津香が顔をあげた。
「信義さん。H.O.P.E.のエージェントはごろつきばかりって思うのはどうかなー。こんな美人達をごろつきなんてちょっと酷いと思うよ?」
「なっ!? ご、誤解だとも!」
 取り乱す信義だったが、すぐに感情を隠す。
「君たちにはオーパーツを持つ『サルガス』を探してもらいたい。鍵があの場にあった以上、最近の連続殺人も恐らくあの快楽殺人犯の仕業だろう。
 だが、こちらからの依頼はあくまで錠の回収だ」
 快楽殺人犯であるサルガスが何故このオーパーツに興味を示したのかは信義も気にはなっていたが<彼に課せられた使命>はオーパーツの奪回であった。
「正義の味方である君たちをモノ探しなどに担ぎ出してすまないね。だが、期待しているよ」
 資料に目を落としていた佐千子が顔を上げた。
「正義の味方? 笑わせないで頂戴」
「ん?」
「私はただのエージェント。ヴィランの敵で、ヴィランが誰かを食い物にするのが許せない。それだけよ」
「……そうか。失礼した」
 信義の返答を無言で受け取って、佐千子は落ち着かないそぶりで首回りをさすった。
「どうしたんだ」
 英雄のリタ(aa2526hero001)からの問いかけに、ぎこちなく答える佐千子。
「わからない。なんだか落ち着かないのよ」
 ヴィラン絡みの事故によって元の身体を失いアンアンパンク化した佐千子。エージェントとして信念を持ち活躍する彼女をこの身体は充分助けてくれていたが、それでも未だ「義体」そのものには強いコンプレックスを抱いていた。特に、周囲との接触や一般人からの視線は慣れない。対策として首筋から背中にかけて長く伸ばした髪の毛で身体を隠していたのだが……何故か今、佐千子の髪はばっさりと、首から背中を露わにするほど短く切り落とされていた。
 もちろん、リタも佐千子の外見の変化には気付いていた。巨大スライムに飛び込むのですら躊躇しない彼女だが、身体を露わにすることを嫌っているのも知っている。だが、明らかにおかしな事態であるのに何故かそれを追求することはできなかった。
「おかしいわね」
 もう一度、佐千子は首筋を軽く撫でて呟く。
「さて、どこから探すのかな?」
 美津香が尋ねると、信義はビルの並ぶ地図を表示した。
「当てはいくつかある」


 探索の後、共鳴した彼らは無事にサルガスのアパートを突き止めた。
「誰もいないようね」
 ドア越しに気配を探っていた佐千子が合図すると、メーター類を漁っていた美津香もまた頷く。
 小さく嘆息して、由利菜へ背を向けて信義はそのドアの前に立った。
「えっ」
「どうやら家主の不用心らしい」
 小さな軋みと共に開くドア。戸惑う由利菜とエージェントたちは中へと踏み込んだ。
 だが、部屋は無人ではなく、変わり果てた家主が転がっていた。
『血も変色している。死んだのは少し前だ。大丈夫か、ユリナ?』
「ええ。だ、誰かが奪い去ったのでしょうか……」
 部屋と遺体を調べていた佐千子たちが「錠は無い」と首を横に振った
「これは………、殺人鬼は他にもいるって事……?」
 サッと顔色を変える美津香とアルティラ。
 彼らは頻発する殺人事件もサルガスの仕業であると当たりをつけていた。
『早く探さなければ! 犠牲者が出てからでは遅いです!』
 ──女子供を狙う快楽殺人鬼……まさか…!?
「ねえ! 女性や子ども達が集まりそうな場所、学校とか近くにある!?」
「子供の……」
 何か答えかけた信義はぴたりと口を閉ざした。
 全員が黙ってゆっくりと部屋の奥の大きな窓を見た。
「……あったわね」
 佐千子の硬い声がやけに大きく響いた気がした。
 細く開けたままの窓から風に乗って、どこか舌ったらずな輪唱歌が聞こえた。
 コンクリートを叩く軽い足音がドアの前で止まったのはさらにそのしばらく後だった。



●リリス
 ドアにカギを差し込み回すと、ガチャリと音がして重いドアが開いた。
 中に入ったリリスはすぐに異常に気付いて振り返った
「え、ええと……あなたは一体?」
 隣室から金髪の女性が戸惑いを浮かべて顔を出していた。由利菜だ。
 ──警察か、H.O.P.E.か?
 そんな緊張をおくびにも出さず、リリスは怯えた表情で由利菜に近づく。
「お姉さん、危ないよ、すぐに逃げて」
 まるで誰かから逃げてとばかりに口走りながら、床を蹴って飛びかかるリリス。
「危ない、離れて!」
 息を切らした拓海がドアから駆け込んだのは同時だった。
 邪悪な光を瞳に浮かべたリリスが隠していた刃を、現れたばかりの拓海に向ける。
 激しい音。プリトウェンで受け止めた由利菜が引きつった顔で立ち塞がる。
「あなたが……? うう……、こ、怖いですけど……! 私は、逃げません! 覚悟して頂きます!」
『ユリナには私がいる。共鳴者の技量を甘く見るなよ!』
「チッ、H.O.P.E.か!」
 リーヴスラシルから力を得て由利菜は聖母の盾を前に突き出す。競っていた刃をリリスが引いた。
「生身で止められると思ってるの?」
 由利菜越しに挑発を受けて顔色を変えた拓海だったが、すぐにその表情を引き締めた。
「でも、お前を放置してはいけない……それだけは判る」
「ふぅん?」
「はあっ!」
 由利菜の鋭い一撃を軽々と避けるとリリスはにっと笑った。
「成程、新米エージェントかあ。非共鳴のリンカーを庇ってどれだけ持つかな!」
 由利菜を狙う凶刃をスパーンシールドが弾いた。
「ハァイ! そんな子達よりお姉さんと遊ばない? もっとエキサイティングさせてあげるよ!」
「なっ!?」
 由利菜に続いて、現れたのは隠れていた美津香と佐千子、信義だ。
「武器を捨て投降しなさい。応じるなら基本的人権を尊重できるわ」
 佐千子の警告にリリスはせせら笑う。
「貴方もリンカー?」
「オレは」
 庇いながら尋ねる由利菜へ拓海が頷いた。
「もう、拓海!」
 後を追って来たメリッサが、部屋に飛び込み拓海の肩を掴む。
「ご、ごめん! 咄嗟に」
 幻想蝶が舞い、共鳴する拓海。
「どうやら目的が一致したらしい」
 ミュシャと信義が不機嫌そうな視線を交わした。
 リリスは周囲を睨みつけた。
 ──エージェントが結託? 記憶も無く、まだ未熟なはずなのに。魔女に騙されたか?
 大きく跳び退った足元で銃弾が弾ける。
「もしかして、覚えているってワケ?」
「何のこと?」
 アンジェリカの妨害射撃に追い込まれたリリスはサルガスの身体を踏みつけて窓へ飛び込んだ。飛散する硝子と共にビルの並ぶ路地へ飛び込むリリス。
「逃がすか!」
 ミュシャと由利菜、佐千子がドアから外へと駆けだした。
『来ましたわ!』
 下の路地で待ち構えていた龍哉が落ちて来たリリスを追う。
「雑魚でも人数差は厄介ね」
 リリスは身を翻して託児所の塀を乗り越えようとした。二メートルもない塀はリンカーなら易々と越えられる。
「行かせない! これ以上は!」
 だが、リリスを追って飛び降りた拓海のダーインスレイヴがそれを阻んだ。
『傷だらけじゃないの、拓海! 帰ったら特訓よ!』
 メリッサが心配と叱責を同時に相棒へ向ける。
『あなたの行く末は冥府の底ですわ』
 ヴァルトラウテもまた拓海同様、怒りをヴィランに向ける。
「まぁ、あの分じゃ更生しそうもねぇしなぁ……っと、前に出過ぎだ!」
 殺意さえ感じる剣筋のミュシャとそれを計ってナイフを放とうとしたリリス。側面から挑んだ龍哉の一撃がナイフの切っ先を狂わせた。
「逃がしません!」
 回り込んだ由利菜と佐千子が挟み撃ちを仕掛ける。
 舌打ちしたリリスはそのまま一階の窓を破ろうとした。
 粗く硝子が割れる音がした。サルガスの部屋の窓の残った硝子を綺麗に割ってしなやかな影が飛び降りた。
「もったいないな。そんな事してちゃせっかくの美人が台無しだよ!」
 リリスの頭上狙って飛び降りた美津香は、揶揄うようなセリフと共に飛び掛かった。
「邪魔ね!」
 ナイフと直剣が火花を散らした。
 割れた窓から狙いをつけるアンジェリカに文菜が囁く。
『何やろ。あの女に対して腹の底から憎しみが沸いてくる。けど──同時に殺したらあかん、そんな気がするんや』
「うん。ボクもだ」
 どこかから、知らない筈の少年の慟哭が聞こえた気がした。
 ──お姉ちゃん……僕の猟犬に……。
 スコープに収まる無防備なリリス。アンジェリカの研ぎ澄まされた感覚が獲物を絡めとる。
(……でもな、どんな理由があっても、うちらは坊に他人の死を望み喜ぶ人にはなって欲しない)
 スナイパーライフルから放たれたブルズアイがリリスの脚を貫いた。
「ああっ!」
「ここまでだ。寝ろ」
 よろめいたその身体を龍哉の一気呵成が捕らえ、倒れ込んだその身体に追撃が決まる。
「──くそったれ。なんで私が……」
 リリスの共鳴が解け、意識を失った二人の女性が崩れ落ちた。
 龍哉はリリスたちの前に立って彼女たちが完全に気を失っているのを確認する。
「終わったな」
「……ッ」
 龍哉の背後で顔を赤くしたミュシャがのろのろと剣を下げたのがわかった。
 その空気が解っているのかあえて触れないのか、美津香がふらりと『リリス』たちの傍にしゃがみ込む。
「さあ、リリスちゃん、錠は返してもらうよ」
 二人をしっかり拘束し、その身体を調べる美津香。すぐに小さな鞄から見つけた目的のものを掴んで振り向いた。
「見つけたよ、信義さ……」
 だが、そこに灰墨信義は居なかった。代わりに錠が鈍く輝き、まやかしが晴れる。



●魔女の残骸
「……ここは」
 息を飲む美津香。
 ──過去のまやかしは晴れた。
 そこは夜空のようだった。無数の星の中の星の一つになったよう。見えないが足元には固い床の感触があり、どこかには壁があると何となく解る。そこはとてつもなく広い『部屋』だった。
 アンジェリカは慌てて英雄を見ると、文菜は怒りに満ちた瞳でリリスたちを見ていた。
「全部思い出した。あんたがデヴィットの坊にした事、檻の中で死ぬまで反省してもらいますえ!」
「見せて」
 美津香から錠を受け取った佐千子は目を眇める。
「本物の幽世の錠ね。じゃあ──」
 苦笑した龍哉が傷口を拭う。
「錠を取り戻したおかげで何とかなったが、見事にオーパーツの効力に囚われちまってたな」
『でもまだ終わりではありませんわ。この騒動の根源に片を付けないと』
 ボッと音を立てて火柱が二本、夜空の中に上がった。
 揺らめく灯りに小さな黒々とした影が照らし出される。
 ヴァローナNQ-38に持ち替えた佐千子の凛とした声が響き渡った。
「あなたも投降しなさい、棘薔薇の魔女」
 火柱がさらに大きく燃え上がり、飛び散った火の粉によって夜空に見えるこの空間のあちこちで焔が広がった。
 闇の中、星彩と揺らめく炎の中にエージェントたちと二体の愚神、そして宙に浮かぶ魔女が描き出された。
「H.O.P.E.というものはいつもそうなのね。邪魔ばかり」
 アイテールはうすぼんやりとした笑みを浮かべた。
「探し物はコレかしら」
 佐千子が錠を掲げると、二体の愚神たちが炎を纏って彼らへと襲い掛かって来た。
「行くわよ!」
 合図の直後に閃光が炸裂する。佐千子のフラッシュバンだ。
 愚神とアイテールが怯んだ隙に、閃光に身構えていたエージェントたちは駆けだした。
『キエロキエロキエロ!』
 最早知性が感じられない声を発し暴れる愚神たち。
『もう記憶は戻った。過去の残滓などに不覚は取らん』
 リーヴスラシルと共に由利菜が真っ直ぐに斬り込む。
「色々と危うい奴だったが、いよいよデッドラインに踏み込んじまったか。話の通じる相手ならここまでにはならなかったんだろうが……」
「もう、無理なのかな……」
「恐らくな!」
 元になる人々と経緯を知る龍哉と拓海は複雑な思いを飲み込んで、幻の中とは比べ物にならない重い一撃で愚神を吹き飛ばす。
「……うん。あいつを倒さないと元の世界へ戻れないのか」
「戦いは避けられないみたいだね……!」
「……行きましょう」
 アンジェリカ、そして美津香、ミュシャも覚悟を決めた。
 ライヴスショットを放ちながら二人の愚神をかく乱する美津香。その合間に仲間たちは敵へと攻撃を加えていったのだが……。
『変だ!』
「ええ! これは」
 別個体を知る由利菜たちは手応えの違いに驚く。
 拓海も佐千子もアンジェリカも何かを察したようだった。
 酷くあっさりと愚神たちは倒れた。
『待って! あれは……何をしているのでしょうか?』
 アルティラの警告に美津香は魔女を見上げた。
 アイテールは妖艶な仕草で取り出した短刀に印を結んでいた。
「あれは、カオティックブレイドの剣」
 ミュシャの呟きは魔女の声にかき消された。
「これまで積み重ねた研鑽、研究の成果を見せてあげるわ。せいぜい楽しんで!」
「!!」
 止める間もなく、刃はアイテール自身の身体に埋め込まれた。直後、魔女の英雄であろう男の低く長い唸り声が響く。
 鞘巻の一口に混ぜ込まれたキラキラとした蜘蛛の糸が妖しく光った。
「あはははははハハハハ──」
 哄笑を上げる魔女の身体がおぞましく変化する。
 丸く大きく膨れ、蕾のように膨れて花開いたそれは食虫植物のような牙を持った巨大な棘薔薇であった。中心に目を剥いた女の顔が空虚な笑いを浮かべていた。
「文菜さん!」
 アンジェリカの瞳にライヴスが満ちる──<弱点看破>だ。
 美津香が、カツンとその足を止めた。
「その輝く糸、知っているわ。そいうこと? ジェミニはあんたのその醜い姿のための実験台だったってワケかな」
『……これが監獄から続く悪夢なら、もうこれは終わらせるべきです』
「そうね。私たちのやり方でね」
 アルティラへ応えて美津香は星剣コルレオニスを構えた。
「……様子がおかしいな」
 さっさとアイテールへ距離を詰めようとした龍哉が、怪訝な顔をする。
『以前見た邪英化のような圧力を感じませんわね』
 ヴァルトラウテも同じ感想を抱いたようだった。
「だよな。あれじゃ、アスカラポスの方がよっぽど強い」
 すると、由利菜が叫んだ。
「貴女がなりたかったのは、そんな惨めな存在だったのですか……! それはもう『愚神』ですらありません!」
 なぜか由利菜たちにははっきりと解ったのだ。
 目の前のあれが愚神ではないということが。
 アイテールは融合に失敗したのだ。
 うぞりと、倒れたはずの愚神(アスカラポス)たちが起き上がった。
『殺セ……殺セ……!』
 その身体は己の炎に焼かれぼろぼろであったが、棘薔薇に合せて握りしめた銃口を無暗矢鱈に発射し始めた。
 こちらもまた、すでに意思のない災厄と化していた。
 火柱が吹き上がる。
 愚神たちが手に持っていたはずの銃とその手がドロドロに溶けあって、弾丸らしきものが散弾銃よろしくめちゃくちゃに飛び交う。
「いけない!」
 拓海と美津香が同時にまだ気を失っているリリスたちのもとへ走って凶弾からその身体を守った。
「これ以上、悪夢の被害を増やさない」
『ええ!』
「オレたちも、例え罪人だって」
『そうね、拓海はそういう人よね』
 頷き合った美津香と拓海は、それぞれリリスたちの身体を抱えて戦線から離れる。
 ミュシャが抑えた一体の下へ由利菜が駆け寄る。
「ラシル!」
『ああ! ユリナ、私の神技を委ねる。決めろ──!』
 呪われた因縁を断ち切るべく、姫騎士の剣が突き出された。
 残った愚神の手だったものを佐千子の一撃が射貫いた。
『ヒヒ、コロココ……』
 顔の無い面もすでに炎を吹いて煤けている。
「……野犬かと思えば、餌で釣られた走狗だったのかしら」
 レイモンドの声を残した愚神と佐千子は向かい合った。
『コロスコロセコロス──貪欲ナ、ヴィランイーター!!』
 口さえあれば口角泡を飛ばさんばかりの怒号。
「こうなる前にあなたたちをヴィランとして捕らえられなかった私の失態ね。良いわ、引導を渡してあげる」
 怯むことなく、佐千子は煤けた愚神の額目がけて弾丸を叩き込んだ。
 ごおおおと、二本の柱が天を焼く。
 アイテールの棘薔薇を抑えていた龍哉が飛び退いて道を作る。
 爆炎の間を縫うようにアンジェリカが棘薔薇へ狙いを定めた。
 荒れ狂う熱風が彼女の髪を大きく乱した。
「──この世界から消え失せろ! アイテール!」
 渾身のブルズアイが魔女であったソレを撃ち抜く。
 ──アアアア、アアアアアア!
 薔薇は黒い塵となって羽虫のような音を立てて崩れ落ちた。
 竜巻のような暴風が空間を奔る。


 風が止み、リタが小さく相棒を呼んだ。
『サチコ』
「終わったわ」
『……そうだな』
 髪を払って目を開けば、黒と赤の破片が飛散していくのが見えた。
 エージェントたちは炎に包まれ流星のように尾を引いて消えゆくそれらの行く先を黙って見送る。
 激しかった炎は勢いを無くした。
 代わりに、燠火に照らされて何かが小さく光る。
「何だろう、これは」
 共鳴を解いた美津香が拾い上げると、気付いた由利菜と拓海たちも近付いて来た。
「これは……」
「タイムジュエリーの欠片?」
 由利菜は過去のロンドンでアイテールと交わした会話を話す。
「ふぅん? なんで用済みであるはずのコレを後生大事に持っていたのか気になるなあ」
 赤のタイムジュエリーはすでに信義の体内の中には無い。
『そう言えば。消えてしまったが、さっきまで居た彼は本人そのものだったな』
「そうかもしれませんが」
 リーヴスラシルの呟きに、ふてぶてしい信義を思い出して苦笑を浮かべるアルティラ。
「故意か偶然か。アイテールが作り出したのか、コレが生み出したのか」
 美津香が石を宙に翳す。
 記憶が戻った今、パラダイム・クロウ社のナビゲート役を務める筈の信義がすでに共鳴もできない状態であるのは知っていた。
「まだ何かあるのかもしれない。持って帰ろう、信義さんの命を繋がなきゃね」
「……このタイムジュエリーの欠片で、きっと命を繋ぎます」
 美津香と由利菜は頷き合った。
 それと同時に、共鳴したままのリーヴスラシルと由利菜は囁き合った。
『可能性があるのなら、試してみる価値はある……な』
「悲しむ人がいるのなら尚更です。それに、この世界にはまだ見ぬオーパーツも沢山あるのでしょうね。今後、また見つかるかもしれません」
 それは、自分たちに訪れるかもしれない未来を重ねた想いでもあった。
 ゆっくりと、だいぶ遅れて由利菜たちの共鳴が解けた。二人はリンクを解くのにかなり時間を要するようになっていた。
「さあ──元の世界に戻りましょうか」
 佐千子が鍵を錠に合せる。
 鍵穴の無い古い金の錠が外れ、眩しい光が満ちた。



●未来は既に始まっている
 光が収まると、彼らは東京湾に臨む埠頭の一角に立っていた。
 美津香はアルティラへ笑顔を向けた。
「──ふぅ、無事任務完了、かな」
「ええ、皆さん無事で良かったです」
 短い髪をかき上げる佐千子。もうそこに抵抗はない。
「確かサルガスたちを追ってここまで来たのよね」
 目の前で光に飲まれ、あの世界へと誘われた。あれはアイテールたちが仕向けたことだったのだろうか。
 現実に戻った途端、スマートフォンが震える音がした。取り上げた拓海はそこに表示された名前に気付き、慌てて通話ボタンを押す。
「こころちゃん? うん……え。信義さんが目を覚ました?」
 受話口から漏れる泣声。
 美津香が慌ててタイムジュエリーの欠片を取り出そうとして驚く。
 『欠片』は跡形もなく消えていた。
「アイテールの呪いが解けた? それとも──」
 信義のライヴスを蓄えていた不可思議なオーパーツの欠片……だが、今ここでこれ以上解ることはない。
「これでいいかな」
 アンジェリカが一息ついた。スマートフォンを借りて未だ気を失っているリリスの引き渡しについての警察とH.O.P.E.への連絡を済ませたのだ。
 ただし、サルガスの遺体は異界に飲まれたのかみつけることは出来なかった。
「これでデヴィットの坊との約束は果たせましたやろか? あの子はリリスの死を願ってたのかもしれまへんけど」
「でも、きっとデヴィット君も解ってくれるよね」
「ふふっ。そうやなあ……。うちは坊の思う猟犬にはなれへんかったかもしれへんけど、でもこれで良かった気がする」
 文菜とアンジェリカは笑みを交わした。
「これからも、三人でよろしな」
「もちろん!」


「どうしたの? 拓海」
 厳しい表情を浮かべた相棒を心配したメリッサだったが、その視線を追ってすぐに納得した。
 そこには相棒から距離を取るエルナーとそれを目で追うミュシャがいた。
「時を戻しても、結局生き方は変えられないのかな……」
 錠の中の過去世界を思い浮かべ、拓海は呟く。
「拓海らしいわね」
 そう言うとメリッサはミュシャたちの方へ足を進め、「行かないの?」と振り返った。
 拓海は躊躇いがちにミュシャに声をかけた。。
「ミュシャさん、ライヴスリンカーとリライヴァーの『誓約』は互いを縛る力がある。だけど、能力者と英雄の本当の絆は、誓約の呪縛を超えた純粋なふたりの意思だと思う。だから……オレは二人には元の関係に戻って欲しいんだ」
 ──互いの気持ちと望みを伝え合い、許し合って欲しい。
「今度はあたしが守る番──! ごめんなさい、忘れそうになってました。ありがとう、拓海さん!」
 顔を上げてミュシャは相棒に駆け寄った。
「エルナー! あたしはまた元のようにあなたと戦いたい」
「……無理だ。僕は」
「あたしは、もうエルナーに導かれなくても進めます。あなたと対等の立場で戦える!」
 黙り込むエルナーの手に幻想蝶が握られていることに気付いたミュシャは悲しげな表情を浮かべた。
 だが、横から伸びた逞しい腕が幻想蝶ごとがっしりと掴み、それを引き留めた。
「おいこら、勇者。いつまで引き篭もってるつもりだ」
 それは龍哉だった。堂々としたその姿をエルナーは眩しく見る。
「お前がその有様じゃ、ミュシャと歩み寄る余地すらできねぇだろうが」
 そして、彼はニヤリと笑った。
「というか、そのまま出て来ないつもりなら、ミュシャは俺が貰っちまうが良いんだな」
 一瞬、周囲の空気が真っ白になった。達哉とヴァルトラウテを除いた全員が目を丸くした。
「どさくさに紛れて何を言ってますの」
「結果がどう転ぼうと伝えたい事を口にしなくてどうすんだ」
 固まった空気など意に介さず、ヴァルトラウテが直情径行な相棒を諫めたが、龍哉はあっけらかんと言い放った。
 硬直が解けたミュシャは両頬を抑えてへたり込んだ。
「ぶっ、はははっ」
 赤面した彼女は涙目でエルナーに助けを求めたが、彼はずっと護っていた少女へ温かな眼差しを向けた。
「ミュシャ、もう一人前になったんだろう?」
「え──」
 数秒、躊躇い、それから、ミュシャはきゅっと唇を引き締めた。
「あっ、あたしは、龍哉さんのことずっと憧れてたのですが、龍哉さんは……そのっ!
 だ、大好きです! お友達からお願いします!」
「おう、よろしくな」
 龍哉が手を伸ばすと震える指が龍哉の指先を掴んだ。龍哉は少し照れているようにも見えて、気付いたミュシャは耳まで赤く染めて顔を俯けた。
「もうっ、何なのかしら。結果的に良かったみたいだけど」
 反射的に口を尖らせたメリッサは、ミュシャの赤面がうつったのか少し頬が赤い。
「突然でびっくりしたけど、うん。これでよかったんじゃないかな」
 穏やかな表情を浮かべるエルナーを見て拓海は思う。
「そうね」
 リリスの討伐と庇護者からの卒業は二人にとってひとつの区切りになったのだ。
「……時を、戻す力か」
 倒れたままのリリスたち。
 その姿に拓海は複雑な思いを抱かずにはいられない。
 ──まやかしではなく、本当に時を戻すことが出来たら。リリスたちが殺人を起こす前に……いや、もっとずっと前に彼女らを見守り穏やかに導くことができたら。
 いつかの悲劇が、それに連なる記憶が去来した。
 拓海はこんな悲しみを一度ならず見ては胸を痛めてきた。だから、数多の悲劇を遡ってすくい上げて護りたいと願う。
 勝利を勝ち取った先の大戦にも悲劇はあった。その中で彼は養子を迎えたのだが、真っ直ぐに決断し動くことができたのもこういった拓海の性質があってこそだ。
 だからこそ、夢想であっても彼は思わずにはいられなかった。
「もし、時を戻して、何かに飢えていただろう心と体を守れたら、加害者と被害者と……どれだけの人が助かるだろう」
「出来たら素敵ね……。でも……私個人に限定するなら……だけど。過ぎた全てを経て今が有るから、何も変って欲しくないわ……。そう感じられるのは、私が今幸せだからね」
「……そっか。オレもそうだな。……そう言い切るリサが……言い切れるリサの人間性が……好きだよ」
 拓海の言葉に、メリッサはただ嬉しそうに微笑んだ。
 ほんのり頬を染めた由利菜がミュシャの傍らに立つ。
「おめでとう。ミュシャさん、龍哉さん」
 頬をかく龍哉と再び赤面するミュシャ。呆れるヴァルトラウテと小さく笑って見守るエルナー。
「エルナー殿、ミュシャ殿、久しぶりに会えて良かった」
 リーヴスラシルもまた、彼らを見て穏やかに微笑む。
「事の顛末がどうなったか。これからお二人は今後どう歩む予定か、ラシルと共に気にしていたのです」
「由利菜さん……?」
 その様子に何かを感じたミュシャが問うような眼差しを向ける。
「私とラシルは……愛する互いと永遠にひとつになる運命を、受け入れると、決めたんです……」
 『王』の撃破、それは喜ばしい事であった。だが、その余波と二度目の世界蝕の影響か。由利菜とリーヴスラシルにはある変化の兆しが表れていた。
 ──そう遠くない未来。由利菜とラシルは愚神のような存在へと変わる可能性が高いという。リンクしたまま融け合い、それぞれの個を保つことができなくなる。
 長年培われた強すぎる絆と愛が、ふたりの存在を変えはじめていた。
「そんなっ」
 取り乱したミュシャの前に屈んで由利菜が微笑む。
「その時が来た後も、ミュシャさんや信義さん達は、変わらず私やラシルと接してくれますか……?」
「だって、そんな……あたしだって、どれだけ一緒に戦ったと思っているんですか!」
 めそめそと泣き始めたミュシャの背中を少し困ったように龍哉が軽く叩いた。
「ユリナは愚神にはならない。私が、彼女の英雄として共に在り続ける」
 それだけだ、とリーヴスラシルも小さく微笑んだ。
 先の戦いによって変わらないもの、変わったもの。
 いつかのリンカーたちが交わした誓いのように、現世界のライヴスリンカーと異界からのリライヴァーたちは手に手を取って、時に何かを差し出して力を尽くして世界と日常を守った。


 唐突にミュシャのスマートフォンが鳴った。
「え、愚神? はい、勿論!」
 空気が一気に引き締まる。スピーカーに切り替えたスマートフォンからは焦ったようなオペレーターの声が流れた。
『東京郊外の住宅地に大規模ドロップゾーンが発生しました。突然のことで未だ多数の市民がドロップゾーン内外に囚われています。周囲では複数のイントルージョナーの目撃情報も確認』
 無言で装備品の確認を始める佐千子。
「連戦はきついけど、そんなこと言ってられないわね」
 笑う美津香へ、アンジェリカも頷いた。
「ボクたちもまだ手伝えると思うよ。ね、文菜さん」
「勿論、私とラシルも行けます!」
「オレたちも行くよ。皆を助けないと」
 由利菜、拓海がスマートフォンを駆使して現場を調べる。
 そんな仲間達を見回して龍哉がニッと笑った。
「多少消耗しているが、七組。現場に向かおう」
 オペレーターが鸚鵡返しに答えた。
『リンカー七組、確認しました。よろしくお願いします』
 近付くH.O.P.E.の大型車に気付いて佐千子が立ち上がった。迎えであったはずのそれは、新たな戦場への舟となった。
 車が停まるのと、そのボディにペイントされた二頭、もしくは一対のような蝶のマークが彼らの眼前に突きつけられた。
 ──Hero's Organization Peacemaking the Earth.
「さあ、行くわよ」
 佐千子を先頭にエージェントたちは車へと乗り込む。
 彼らの日常はこれからも続くのだ。




結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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