本部

【いつか】ヒーリショナー最期の日々

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/04/03 09:20

掲示板

オープニング

※注意
このシナリオは、リンクブレイブ世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際にこの世界の未来に存在する出来事として扱われます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※子孫の登場
このシナリオでは、PCの子孫(実子または養子、孫など)を一人だけ追加で登場させることができます。
追加で登場するキャラクターは、PCとして登録されていないキャラクターに限定されます。
子孫の設定は、必ずプレイング内で完結する形で記載してください。

●ある愚神達の事情
 まだ『王』が討たれる前のこと。
 愚神ヒーリショナー(az0076)は橘(たちばな)美弥(みや)の名で医療や介護に従事し、その特殊能力が人間達に歓迎されていた。
 彼女の取り巻く状況と存在が人と利害が一致することからH.O.P.E.も彼女を黙認する約定をかわした。 
 その彼女のもとにマニブス、ループスという愚神も時々訪れる。
 この2体も人の中に溶け込み、なし崩しにとはいえ、人とは相互不可侵の状態を保つ稀有な愚神だ。
「『シュドゥント・エジクタンス(ある筈のない存在達。以下SEと略)』は完全にあの人間達の代名詞として定着したわ。人間達が隠していたことも全部ばれた」
「そう」
 マニブスの報せにヒーリショナーは淡々と応じる。
 あの人間達、とはSEという敵を作り、それを倒す事で自らを英雄に仕立て上げようとした過激思想の人々のことだ。
 既に首領は愚神として討たれ、残る全員も逮捕され長い裁判を経て実刑判決を受け、それぞれの罪を償っている。
「これであの人間達が私達に頼んだ内容は全て叶えた。後は自由にしていいという約束だったけど」
「私はこの身の願い。君達のほうは依り代になって喰われた子供達からの『冷泉(れいぜい)愛結(あゆ)が幸せになるまで護って欲しい』、だったな」
 マニブス、ループスが頷く。
 グライヴァ―・チルドレン(愚神の子供達。以下GCと略)に貶められ、SE達に殺されることになった子供達は、自分の命が尽きようとする間際まで、愛結の身を案じていた。
 そしてどうせSEの犠牲になるならと、愛結の守護と引き換えにそのライヴスと依代となる身体、命の全てをマニブスやループスに捧げた子供達もいた。
 いまのマニブス、ループスという愚神はGCとして殺された子供達の体がもとになっている。
 子供達が愛結を守ろうとしたのは、彼女が常に自分の動向を埋め込まれた爆弾や機械で支配されながらも、絶望的な状況の中でも一人でも多くのGC達の命を長らえさせようと駆けずり回っていたのを知っていたから。
『僕らはこれ以上、あの子の重荷にはなりたくない。僕達の命であの子が不幸から救われるなら、全部あげる』
 そう子供達は言っていたとマニブスは語る。
「それで私のところに集まったのは、『そういうこと』か?」
 ヒーリショナーの謎の言葉に、マニブスとループスは頷きを返す。
「近いうちに、私達は消滅するわ」
 マニブスの言葉通り、世界から『王』が討たれたのとほぼ時を同じくして、マニブスとループスは光る塵を散らし、消滅した。
 いかに人の中に潜もうとも、マニブスやループスも『王』のリンクが途切れれば消滅するという宿命から逃れる事はできなかった。
 だがヒーリショナーはマニブス達と異なり、『王』が討たれても残った。
 王の残滓がいまだ世界のどこかに存在し、そのリンクが切れていないから、というのが残存した理由の1つらしい。
 無論H.O.P.E.も王の残滓や愚神、従魔達を放置するつもりはなく、残る愚神達を駆逐していく。

●10年後
 ヒーリショナーは10年を経ても、弱体化したものの消える事なく医療活動を続けていた。
 その間にも、彼女の介護を受けた人々は次々と入れ替わっている。
 そんなある時、ヒーリショナーが自分を監視するH.O.P.E.リンカー達にあることを告げた事で、依頼が斡旋される。
「愚神ヒーリショナーが近いうちに消滅するとの連絡が入りました」
 ヒーリショナーがこれまで存続できたのは、人々からライヴスを収奪することを黙認されたためだが、やはり限界があったらしい。
「愚神達の話が本当か。本当であるならば消滅を見届けるよう依頼が出ています」
 依頼主の名は、冷泉愛結。
 愛結とヒーリショナー、そしてH.O.P.E.の関係は、一言では説明できないほど複雑だ。
 愛結はある事情から過激思想派に迫害されていた。
 ヒーリショナーは、今名乗っている橘美弥という人間を喰った加害者であるが、美弥自身がそれを望んだ。
 被害者達の願いで愚神マニブス達は愛結を守り、人の営みと黙認の中でライヴスを収奪し続けた。
 ヒーリショナーは今まで現れた愚神達と大差はない。
 当人も自身を『人にとって災厄』だと告げている。
 ただ自分達が人間より弱いと自覚し、堂々と人を襲う真似はしなかったこと。
 本人は『畜産のようなもの』と表現していたが、奪う対象である末期患者達を生かす医療を行い続けたこと。
 その収奪と活動が人の中で歓迎されたという部分がその存続を助けていた。
 共生でも共存でもなく『黙認による相互不可侵』。
 愚神が人を害することを止められない以上、今のヒーリショナーとH.O.P.E.、人間社会との関係は他にないケースだ。
 なおプリセンサーが調べたところ『ヒーリショナーは1週間前後で消滅する未来が見えた』とのことだ。
 消滅前に暴れる可能性も考慮して、監視を兼ねた見届け役を募集しているが、ヒーリショナーから『あなたたち』にいくつか質問があるらしい。
・君達に我々(愚神)はどう映る?
・『王』と戦って何を感じた?
・英雄もいずれ我々と同じように絶滅するわけだが、そのことについてどう思う?
 もちろん答えるか否かは『あなたたち』の自由だ。
 そしてヒーリショナーからの伝言は以下の通り。
『私は愚神がどういう存在か理解している、君達には復讐の権利があるし、赦しを乞うつもりはない』
 こちらから仕掛けるつもりはないが、攻撃されたら反撃するとも告げていた。
 恐らくこれが『あなたたち』が接触できる最後の愚神かもしれない。
 『あなたたち』は関わってもいい。関わらなくてもいい。

●他の10年後
 冷泉愛結。
 エージェント達によって救われたGCの1人。
 元SEの愚神エンヌが憑依していた同じGCの子を引き取り、結婚して家庭を作った。

 真継優輝(az0045)。
 エージェント達の奔走で立ち直り、愚神ニア・エートゥス(az0075)より譲られた元秘密結社シーカ合法部門と企業群の業績を回復させ、信用を得ることに成功。
 健全化した複数の企業を束ねる経営者兼エージェントとして今も多忙の身。
 
 ポルタ クエント(az0060)とジョセフ イトウ(az0028)。
 10年前と変わらず活動中。

解説

●目標
 愚神ヒーリショナーの最期を見届ける
 失敗条件:死者が出る

 登場
 ヒーリショナー
 元SE所属の愚神。
 人の痛みを喰う特殊能力と医師橘(たちばな)美弥(みや)としての活動が人々に歓迎されているため、H.O.P.E.との間で約定が交わされ、条件付きで黙認されていた。弱体化が進んでいる。
 プリセンサーによると依頼発生より1週間前後で消滅する。

 冷泉愛結と真継優輝
 今回の依頼主と出資者。頼めばよほど高価・特別なものでなければ用意してくれる。

 状況
 ヒーリショナーが勤務する病院兼介護施設。小高い丘の上にあり、周囲に人気は少ないがH.O.P.E.からの人材派遣により、高待遇で職員が働ける労働環境と設備が揃う総合病院となり周囲の人々も病院を利用する。
 10年の間に施設内に牛肉料理がメインのレストランができた。依頼中はその家族でも無料で利用できる。

リプレイ

●10年
 エージェント達の訪れた医療施設は、10年前よりも大きくなっていた。
 その中でエージェント達は、医師にして橘(たちばな)美弥(みや)こと愚神ヒーリショナー(az0076)と顔を合わせる。
「はじめまして。氷鏡、六花……といいます」
「はじめまして」
 氷鏡 六花(aa4969)はヒーリショナーと挨拶をかわす。
「貴女が……ヒーリショナー。貴女のことは、迫間さんから……たくさん、聞きました」
 六花の話が続く中、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)は六花を守る位置にいた。
『話が通じる愚神というのは確かみたいね』
 アルヴィナの知る限り、正式な医師免許を持つ愚神など他に例がない。
 それでも暴れ出す可能性がゼロでない限り、警戒は怠らない。
 一方で迫間 央(aa1445)やマイヤ 迫間 サーア(aa1445hero001)は、特に気負うことなくヒーリショナーに挨拶する。
「見た目と律儀なのは相変わらずのようだな」
 央やマイヤの記憶にある『橘美弥』のまま、ヒーリショナーは存在していた。
『安心して。仇討ちしにきた訳じゃないわよ』
 愚神を憎悪するマイヤでも、滅びるのが確定しているヒーリショナーにその感情を維持するつもりはない。
 この施設に勤める職員も患者たちも、橘美弥という医師が愚神だとわかった上で普通に接している。
 だからマイヤも普通に接する。
 今回初めてヒーリショナーと会ったリオン クロフォード(aa3237hero001)も同じらしい。
『10年も人のために尽くしてくれたんだ。暴れさえしなければ、討伐しろなんてH.O.P.E.も言わないよ』
 リオンの言う通り、眼前の愚神とH.O.P.E.の間で交わされた、相互不可侵の約定はいまも有効だ。 
「貴女と戦うつもりなんてありません」
 藤咲 仁菜(aa3237)もまた眼前の愚神とは初対面だが、戦意はないことを示す。
 ヒーリショナーが人に医療行為を行うのは、それが効率よくライヴスを収奪する『畜産』のようなものだと主張しているのは仁菜もリオンも知っている。
(本人は人に尽くしたって認めないだろうけど)
 人間のように善意からではなく、結果そうなっていることは承知しているが、言えば不毛な争いになりそうだと感じ、仁菜は内心でそう呟く。
「死にたくないと足掻くものを壊すから面白いのです。消える運命を受け入れた愚神なんて、壊してもしょうがないです」
 この10年でアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)は、エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)と姉弟に見えるほど、外見は成長した。
 内面の物騒なところは今も健在のようだが。
『別に貴方に復讐するつもりなんてありませんわぁ。消える者にわざわざ手を下す必要もないでしょう』
 エリズバークの物言いは少し剣呑な何かを秘めていたが、エリズバークの言い分はH.O.P.E.のヒーリショナーに対する見解に近い。
 あくまでアトルラーゼもエリズバークも、被害の出ない形で終わりを見届けに来ただけだ。
 ヒーリショナーが暴れれば倒すつもりだが、ただ消えるなら余計な事をするつもりもない。
 やがてエージェント達は橘美弥名義の執務室へと通される。
 中に入ると大きなスペースが取られているのがわかる。
 執務机の前に応接セットが置かれ、ヒーリショナーと対面する形でエージェント達はそれぞれソファに座っていく。
 恐らくこれが、愚神とまともに対話できる最後の機会と思いながら。

●質疑応答
 依頼が斡旋される際、ヒーリショナーよりいくつか質問があった。
 愚神をどう思うか、という質問にはまず央が応じる。
「生ある者総ての敵であり、誰よりも王の被害者である者だと今は考えている」
 その考えに至る理由の一つに、眼前の愚神も含まれているが、央は他の仲間の答えも待つ。
「最初はただ倒すべき敵でした」
 次に答えたのは仁菜だが、さらに続きがある。
「でも色んな愚神と戦ってきて、色んな思いに触れて。人を害するから”悪”なんて単純なものじゃないんだなって思いました」
 そして叶わなかった願望を口にする。
「私はニアとも……フレイヤとも一緒に生きられる世界にしたかったなって思ってます」
 ニア・エートゥス(az0075)は多くの人々を破滅させたが、それは『民の幸せを守れ』という命令の果たし方を知らなかっただけだ。
 フレイヤ(az0133)は迫害や家族を失った悲しみを憎悪で歪ませ、選択を誤っただけだ。
「だからヒーリショナーさんが、『一緒に生きたかった』って思ってくれてたらいいなってちょっと期待してます」
 眼前の愚神は感情をあまり見せないので、その本心はわからない。
 だからそうであってほしいと仁菜は思う。
 一方でアトルラーゼは淡白な回答をヒーリショナーに返す。
「別にどうとも。今更王に操られて可愛そうだとか同情をするつもりはありませんね」
 それだけのことを愚神達はしでかし、被害を与え続けている。
 アトルラーゼの認識は正しい。
 ――そちらの事情なんて知るものか。こちらの事情を知らないくせに。
「例えどんな存在であれ、僕の邪魔をするなら人も愚神も関係なく壊すだけですので」
 アトルラーゼは純粋で確固たる意志をヒーリショナーに示した。
 六花は複雑な心境をそのまま口にする。
「私は……この10年ずっと、愚神を……殺し続けてきました」
 『討つ』ではなく『殺す』というところに、六花の覚悟が垣間見える。
「善い行いをしてるつもりは……ありません。どんな理屈をつけたところで……殺しは殺し、ですから」
 ある時までは、六花は愚神への憎悪を抑えようとしていたことをアルヴィナは知っている。
「でもそれは……復讐の為とか、貴女達が憎いからとか……そういうことじゃ、ない……です」
 愚神に裏切られ、大切だと思える人達が傷つけられてから、六花は豹変した。
 自身の身や命の危険を顧みず、愚神を討ち続けた。
「私は……全ての愚神は、王の犠牲者なんだ……って。今は、そう……思ってます」
 そう思えるまで、六花は見えない所でのたうち回って苦しんだ。
 六花自身もまわりも傷つき、傷つけた。
 それでも六花はアルヴィナのように傷つくことを厭わず救いの手を差し伸べたり、愛してくれるひとたちがいることを知り、今に至る。
「王の呪縛によって、本来あるべき姿から……存在そのものを、歪められてしまったのが、愚神なんだと」
 そこまで六花が言ったところで、静かに愚神が問う。
「『王』が憎かった?」
 それは2つ目の質問に繋がる話だが、愚神の言葉に六花はぎゅっと拳を握り、アルヴィナが険しい表情をヒーリショナーに向けながら六花を庇う。
『言いにくければ、言わないでいいわよ』
 そう助言するアルヴィナを制し、六花は押し隠していたものをさらけ出す。
「王と戦った時は……王への憎しみで一杯でした。全ての元凶が、王なんだ……って」
 王にも事情はあったみたいだけど、そんなの知ったことじゃない。
 ――惨たらしく、惨めに、死ねばいい。
「そう、思ってました。……復讐は何も生まないとか、綺麗事を言う人もいますけど」
 唇だけ、笑みの形に歪む。
「……王を殺せて……皆の仇討ちができて、私は……すっきり……しました」
 ヒーリショナーは『そう』とだけ口にし、六花の顔から表情が消える。
「王を殺せば、愚神も、愚神である運命から、解放されるんじゃ……って。少し、期待……してました」
 六花の口調に『でも……ダメだった』と苦しさが滲んでいく。
 『王』と愚神のリンクは絶対だった。
 だから六花は決めた。
「この手が、幾ら血で汚れても……誰かに恨まれても……構わない。全ての愚神を……王の呪縛から、“解放”しよう……って」
「それでいい」
 六花の覚悟をヒーリショナーは肯定した。
『滅ぼす事が解放だと貴方も思うの?』
 アルヴィナの問いに、ヒーリショナーは頷きで返した。
 この愚神は既に滅びを受けいれている。
 そう思いながら仁菜は2つ目の質問に回答する。
「最初はその圧倒的なパワーにおじけづきそうになりましたけど、王の本質を知って悲しいなって思いました」
 仁菜が見た『王』は、誰もが幸せな世界を望み続け、その果てに歪み、自身を滅ぼすために『英雄』を作るに至った存在だった。
 だから仁菜は決意した。
「ここで皆が苦しむ世界は終わらせなきゃならないって。私達のためだけじゃなく、これまで戦ってきた愚神の思いも王の思いも受け止めて終わらせたいって」
 ただ『王』が消えても依然として愚神や従魔達は残っている。
 終わらせるのはこれからだ。
 そして3つ目の質問。
 英雄もいずれ絶滅することについてどう思うか。
『それでいいよ。例え俺達英雄がいなくなっても、確かに受け継がれていくものがあるから』
 英雄の絶滅をリオンは事もなげに受け止め、今は保育園にいる大切な娘に想いを馳せた。
 大切な人達と笑っていられる日常。
 ともに幸せに過ごせる「いま」。
 生まれた命達と一緒にいられる未来。
 それらも受け継がれていくと、リオンは信じている。
「“個”としての話なら……命に限りがあるのは、私達人間も一緒……です」
 六花は人間も英雄も同じと答え、『ただ』と続ける。
「……私は、アルヴィナ達に出会えて……今もこうして、一緒にいられて……幸せです。いつかお別れが来るんだとしても…それまでの時間を、大切に過ごしていくつもり……です」
 人生は短く、我々が共に過ごせるときは、ほんの一瞬きに過ぎないから。
『絶滅するのは私が消えてからですので、さほど興味はないのですけどねぇ』
 エリズバークは笑みと共にそう前置きして、異なる角度から見た答えを口にした。
『終わりが必ずしも絶望とは限りませんわ』
 それが救いともなりうる場合もあると、顔を綻ばせる。
『置いて逝かれるのが一番堪えますものねぇ』
 エリズバークは含み笑いと共に言う。
 この場に能力者と英雄の夫婦もいるので、彼らを揶揄するようなことは口にしないだけの分別は、エリズバークにもあった。
 それに眼前の愚神に自分の辛さを晒す義理など無く、エリズバークは笑みで本心を隠す。
「では今度はこちらからだな」
 央がそう言ったところでヒーリショナーより屋上への移動を提示される。
 理由を聞かれた愚神はこう言った。
「私が存在できるのは今日の日没までだからだ」
 それが10年以上続いた、この愚神との約定の終わりだった。 

●夢の終わり 
 周囲を一望できる屋上には、夕暮れが迫っていた。
 残照の中、焼け焦げた空を背にエージェント達とヒーリショナーは再び向かい合う。
「愚神という括りではなく、貴方という存在に対してなら興味はあります」
 アトルラーゼは眼前の愚神を見定めようと口を開いた。
 本来愚神は王の忠実な駒、王のためだけに生きる者だ。
 それが王が滅んで10年も何のために生きてきたのか。
 アトルラーゼは問いかける。
「貴方は畜産と言っていたようですが、人を食らう王がいないのに畜産をする必要なんてないでしょう? 人に情でもわきましたか?」
 ――消えるまで人に尽くすなど、まるで英雄のようじゃないですか。
 アトルラーゼは内心でそう思った。
「人を喰い続けなければ、我々は消える」
 ヒーリショナーは自分達の弱点を明かした。
 ライヴスを収奪することでしか存在を維持できず、収奪を止めれば愚神も従魔も自然消滅する、と。
「今でも畜産なんて思ってますか?」
 ヒーリショナーが答える前に、仁菜も畳み掛ける。
「食べるための行為ならもっと効率のいい方法だってあったはずだし、『王』がいない世界で、いつか消えると知りながら最後まで治療し続ける必要はなかったでしょう?」
 恐らくこの愚神の言う通り、消滅はもうすぐなのだろう。
 だから仁菜は訴える。
「最後ですから、もう愚神としての答えを言わなくていいじゃないですか。ここで人と共に生きてきたヒーリショナーさんとしての答えを聞きたいです」
 愚神としてではなく、末期患者達と共に生きた、この病院の『仲間』として。
 マイヤも仁菜に加勢する。
『……愚神は過去の自分の仇だと、そう考えていた私にとっても貴女は特別だった。今、私がここに在るのは、貴女という例外がある事を許容できたから』
 もちろんマイヤが此処にあるのは他にも大切な理由はあるが、央が後を引き継ぐ。
「お前は一番最初に、自らが愚神であり、人間の敵だと自分を示した。此方から提示した相互不可侵の約定であった筈なのに、お前は約定を反故にしようとはしなかった」
 そもそも橘美弥との約束を明かさず、人を装い続けていればよかった。
 央はそう思う。
 相互不可侵を受けた理由を、それが最も自分に都合のいいライヴス収奪の手段だからとヒーリショナーは言った。
 だがそれは矛盾していると、央やマイヤは考える。
「本当に収奪のための手段としての有用さの為なら、自分を人にとっての災禍などと形容せず、王に殉じない変わり者の愚神とでも名乗ればよかった筈だ」
 だが眼前の愚神はそうしなかった。
 それはきっと、橘美弥との約束を守り続けた故だろうと央は考えている。
 『生き方を継いでほしい』という橘美弥の願いを。
「俺は最初は、お前を黙認する事で、橘美弥の願いを守る事を考えていた。だが、どんな時だろうと、お前は約束に誠実だったよ」
 それが自身の存続のために必要だったとしても、央の見方は変わらない。
「俺はヒーリショナーという愚神の、そういう所を気に入っていたんだと思う」
 ――敵に気に入った奴が居てもいいだろう?
『王との繋がりを失った愚神は、誓約を失った英雄とさして変わらないのではなくて?』
 マイヤがそう尋ねる中、央はヒーリショナーに新たな道を提示する。
「『王』の代わりに俺と誓約で繋がり、もう少しだけ生き足掻いてみる気はないか?」
 央はそう言ったが、央やマイヤは既に答えを予測していた。
 自分達の知るこの愚神なら断るだろう、と。
「橘美弥を『喰った』私に、それは不可能だ」
 そして予想通りヒーリショナーは央の申し出を拒絶した。
 その言葉に央は笑みを向ける。
「ありがとう、ヒーリショナー。一人のリンカーとしてお前という愚神と縁が持てた事は俺の財産だ」
 央は眼前の愚神に感謝を送る。
 確かに敵には違いない。
 人を害し続けた。それも変わらない。
 それでも橘美弥を始め、末期患者という被害者とその家族達の願いを叶え続けた。
 それが自身の生き延びるためにやったことだとしても、央やマイヤはヒーリショナーという存在を認めていた。
『ヒーリショナー、貴方は消える時にどんな顔をするのかしら?』
 エリズバークは愉しげに眼前の愚神に問う。
 消えたくないと泣きそうな顔をする?
 それとも満足したように笑みを見せる?
 まるで人のような顔をするのかしら?
 エリズバークの予想に反し、ヒーリショナーは何の感情も見せず問い返した。
「謝罪する顔でもしてほしいのか?」
『それは拝見したい顔ですね。奪っておきながら謝る姿など滑稽ですもの』
 エリズバークはそう言ったものの、眼前の愚神は謝りそうにないので、期待はしていない。
 そしてエリズバークの予想通り、ヒーリショナーは『する意味がない』と拒絶し、事前になかった問いを他の英雄達に向ける。
「この世界をどう思う?」
 最初に応えたのは、リオン。
『この世界は、奇跡そのものだよ。何故なら僕や大切な人達が確かに此処にいるから』
『私達が此処にいて、大切な誰かと共にある幸せを感じている事が奇跡よ。だから』 
 この世界に感謝している、とマイヤも応じる。
『六花が生きている。ただそれだけで、この世界は素晴らしい価値があるわ』
 アルヴィナは迷うことなくそう言い切る。
「では、後は任せた」
 ヒーリショナーがそう言うのと、ぴしりという音がしたのは同時だった。
 ヒーリショナーの体から、何かが割れていく音が次々と発し、増えていく。
「お前に残された時間は穏やかなものだったか?」
 央の問う声に小首を傾げた愚神の顔に、手に、身体に亀裂が生じる。
 崩壊が始まっても、『橘美弥』は穏やかに佇んでいた。
「どうだろう。ただ『私』は君達とまた会えるような気がする」
「奇遇だな、俺もだ」
 『橘美弥』は穏やかなまま。
 央は微笑んで、同じ言葉を交わす。
「「またな」」
 奇跡のような出会いは、奇跡のように終わりを告げる。
 橙色の夕焼け空、光の粒子と共に。
 ヒーリショナーは消滅した。
 見届けた六花は手を伸ばし、愚神が消えた事を感じ取る。
「さようなら……です」
 そして六花は、追悼の祈りを捧げる。
「また会えるなら、次は違う立場で、な」
 愚神の消えた空を見上げ、央はぽつりと呟く。
 ここには人間もワイルドブラッドも、能力者も英雄もいた。
 ――愚神という加害者も、末期患者という被害者もいた。
 争う事が奇妙に思えるような場所で。
 彼らは最期の日をともに過ごした。  

●世界は続く
 ヒーリショナーの最期を見届けた後、エージェント達は報告のため帰還する。
 この間にもH.O.P.E.はヒーリショナーの消滅をもって相互不可侵の約定を解消。
 病院施設に派遣されていたリンカー達にも任務の解除を伝達していく。
『他の愚神はそう簡単に滅びを受け入れたりしないわ』
「……ん。わかってる」
 アルヴィナの指摘に六花は頷き、告げる。
 ――残る愚神も悉く皆殺しにする、と。
 六花はそれが愚神となった存在の鎮魂にもなると、今回の件で確信した。
「最期まで壊す意欲がわかない愚神でしたね、母様」
 外見的には年齢が近くなっても、アトルラーゼはエリズバークへの言い方は変えていない。
『それでもアレは確かに愚神でしたね』
 エリズバークはヒーリショナーの中にあった歪みに気付いていた。
 人を害しているのに人から感謝されている。それは異常な事態だ。
 そしてそれを『正常』としてしまうところが、あの愚神と――の狂った部分だと。
『あの病院と周囲はこれから大変よね』
 ヒーリショナーが展開していたドロップゾーンも消失したとの報告書を目に、マイヤはそう呟く。
「本来は人間自身がやることだからな」
 そう言いながらも央は、追加で届いた資料の内容に顔をほころばせる。
 そこには近隣の自治体や病院施設が、ヒーリショナーの消滅で被害が出ないよう10年間努力してきたことを示す内容が記載されていた。
 10年前から今に至るまでのエージェント達の努力は無駄ではなかった。
 央もマイヤもそう思う。そう信じたい。
 報告を終え、帰路に就く前に仁菜とリオンは真継優輝(az0045)と再会した。
「真継さん! 会えてよかった!」
 再会するなり仁菜は優輝の顔色や体調をチェックする。
「うん。無茶はしてないみたいですね?」
 一通り確認した仁菜は優しく微笑む。
 10年と言う歳月は、優輝と所有する企業を経営者と健全な会社に成長させた。
 それは10年前、仁菜達によって立ち直り成長した優輝の活躍だと仁菜やリオンも聞いている。
『真継さんだから出来ることいっぱいあっただろ?』
 リオンの言葉に、優輝は静かに微笑んで頷く。
 強くなれない辛さ。
 勇猛な者になれぬ弱さ。
 望みに届かぬもどかしさ。
 生まれつきの強者には知り得ない感情を、仁菜は経験する事が出来た。
 リオンはそんな仁菜を常に支え、守ってきた。
 だから仁菜もリオンも、優輝の心情を理解し、立ち直らせる事が出来た。
 彼はもう大丈夫だ。
 あの時とは違う強い心を感じ、仁菜もリオンも安心する。
 出会った数だけふれあいがあった。
 大切だと思える人達を増やし。
 その手と心は未来に繋がっている。
 これは限りあるものであるがゆえに、限りなく輝いていた時代の中での。
 いのちの、うた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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