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Madding March Hare
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三月兎から守り切れ【相談板】
最終発言2019/03/26 09:30:20 -
質問板
最終発言2019/03/22 22:29:56 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2019/03/25 20:43:23
オープニング
●狂った三月ウサギ
「ゴロゴロ♪ ピョンピョン♪ バッタバタ♪」
――歌声が聞こえる。
「イカレて♪ イカした♪ 三月ウサギ♪」
――陽気なテノールが調子外れの音階を刻む。
「溶けた理性と♪ ささやく本能♪ ぐっちゃぐっちゃにかき混ぜ笑う♪」
――根ざす雑草を食(は)むように踏み揺らし。
「命短し♪ 三月ウサギ♪ 産めよ育てよ♪ できねば死ぬぞ♪」
――両手の肉断ち包丁が足跡に遅れてレールを刻む。
「『王』はいないぞ♪ 『愚神(なかま)』も減ったぞ♪ 『従魔(はいか)』はどこだ♪ 探せよ探せ♪」
――平行の軌跡はぐにゃぐにゃ曲がり、歩ごとにかたむく上半身とウサギ頭。
「熱にのぼせて♪ 気づかぬ合間に♪ 世界の方が♪ 狂ったぞ♪」
――ウサギ頭の背後から、数十の大きなウサギが追い抜き駆けた。
「狂いに狂った♪ 三月ウサギ♪ 減らせよ殺(あや)めよ♪ 道連れだ♪」
――大ウサギは色とりどりの卵を抱え、ウサギ頭の見据える集落へと走る。
「逃げてゴロゴロ♪ 首がピョンピョン♪ 噴水死体がバッタバタ♪」
――程なくして、村から悲鳴と怒号が爆発した。
「イカレて♪ イカした♪ 三月ウサギ♪ あまねく生に♪ お別れ告げる♪」
――鉄錆の臭いと狂気の紅をまとったウサギ頭は、ケタケタ笑って跳躍した。
●破られた静穏
エージェントたちへその一報が届けられたのは、イギリスの田舎町からだった。
突然民家を訪れ助けを求めたのは、いまだ人里離れた集落で暮らす1人のワイルドブラッド。
通信手段のない彼らが危機を伝えるには足しかなく、すでにいくつかの隠れ里が犠牲になったという。
怯え、震え、錯乱しながら、被害者は耳をふさいで訴える。
「狂って笑う人斬りウサギが、頭の中で歌ってるんだ!」
●虐殺ウサギ
出撃したエージェントたちが通報者の隠れ里へ向かうと、すでに愚神の姿はなかった。
集落は血で汚され、家屋は無惨に壊され、被害者はことごとく首を失っていた。
数少ない生存者も錯乱状態にあり、まともな話ができる者がいない。
「あいつらはあっちの、別の集落がある方へ行った」
何とか聞き出せた情報を頼りに、エージェントたちは救援を呼んだ後で愚神を追う。
土の地面には武器を引きずった跡がくっきり残され、蛇行する道筋を全力でたどっていく。
「ゴロゴロ♪ ピョンピョン♪ バッタバタ♪」
――間もなく、調子外れの歌が聞こえてきた。
「イカレて♪ イカした♪ 三月ウサギ♪ 壊して殺して♪ ご満悦♪」
――目を凝らした先に長身のシルエットが浮かび、さらに向こうには集落が見えた。
「でもでも♪ 足りない♪ まだまだ♪ 殺そう♪」
――すでに襲撃は行われており、集落からは破壊と絶叫が乱れ舞う。
「狂えよ狂え♪ 三月ウサギ♪」
――AGWを構えたエージェントが元凶の背へ肉薄した直後、ウサギ頭が視界から消える。
「繁殖♪ 狂って♪ 虐殺だ♪」
――歌声が、隊列の中心から、聞こえた。
解説
●目標
愚神・従魔の討伐
集落住民の救出
●登場
・ハート
ケントゥリオ級愚神
茶色の毛皮と兎の頭をした獣人で、両手に分厚い肉斬り包丁を持つ
武器や体を返り血で染めたままにしているなど、言動や戦い方は狂気じみているが知能は高い
能力 物攻S 物防F 魔攻F 魔防S 命中S 回避S 移動F 特殊抵抗F イニF 生命F
スキル
・クレセント…イニシア判定1D10=3・6・9→最初に行動(ファーストスキル除く)/それ以外→最後に行動
・セミルーナ…命中判定1D100=33・66・99→必中+物攻2倍/それ以外→通常判定+物攻半減
・フルムーン…範囲3、命中判定1D100=33・66・99→必中+物攻値を魔攻に変換/それ以外→命中半減
・イービー
ミーレス級従魔
ハートの配下で、成人男性の腰くらいの大きさがある巨大ウサギ
ハート襲撃を知らせる先行戦力で、標的とした集落に攪乱や混乱をもたらす
能力 物攻F 物防S 魔攻F 魔防S 命中F 回避F 移動F 特殊抵抗S イニF 生命S
スキル
・祝福卵…範囲1、必中、生命力+5、BS暴走・洗脳付与
・吃驚卵…範囲1、必中、生命力-5、BS衝撃・気絶付与
●場所・状況
イギリスの人里離れたワイルドブラッドの隠れ集落
近代化から縁遠い生活をしており、電子機器の類は皆無
道路整備も行われていない山奥で、車移動や飛行機の離着陸はほぼ不可能
PC到着時点で2つの集落が愚神の襲撃を受け死傷者多数
救助部隊を要請した後、住民の証言からPCは愚神を追跡
3つ目の集落が従魔に襲われ、PCは襲撃直前の愚神と遭遇
●戦闘特殊条件
・1Rのみ『クレセント』の確定発動により行動順は愚神から
・↓開始時の位置関係イメージ図
← PC PC
PC PC
集落 愚
PC PC
← PC PC
リプレイ
●爪痕
(ワイルドブラッドの隠れ里で、敵は兎型愚神……兎のワイルドブラッドとして、負けるわけにはいかない)
依頼の概要を聞いた藤咲 仁菜(aa3237)は、知らず胸元へ持ち上げた拳を握る。
(私は隠れ里出身じゃないけど、育った町は愚神の襲撃で滅びてしまった。誰かをまたそんな目に合わせないように、今度はこの手が届くように、私は――)
「あまり気負うな」
すると、まるで胸中を見透かしたように、九重 依(aa3237hero002)が仁菜の頭に手を置いた。
「いつも通りやればいい」
「依……そうだね。うん、大丈夫」
自然体から出ただろう何気ない言葉に、仁菜の強張っていた体から力が抜ける。
「いつも通り頑張ろ、依!」
わずかに目尻を下げた依に頷き、仁菜は決然と顔を上げた。
皆を守る“盾”であること――それがいつも通りの仁菜であり、戦いだ。
「差別から逃れる為に、隠れ住んでるのかな」
一方、五十嵐 七海(aa3694)がまず気にかけたのは、獣人たちの背景だった。
「当人に聞かないと判らんが、世界蝕時と比べて世間の目が変わってきた事を知らないのかもな」
「判れば……暮し方が変わるかな……」
ジェフ 立川(aa3694hero001)の推測混じりな返答に、遠い目だった七海は顔をおもむろに伏せる。
「私ね。角が生えたショックで、自棄(やけ)になった事があるんだよ。その時いっぱい迷惑をかけたのに、両親はその変化ごと私を受け入れてくれて、守られてる、愛されてるって感じたんだ」
「そうか……」
ふと七海は頭を撫でられ、見上げた先にあったジェフの微笑みに両親の温かさを思い出した。
「なら、今回は俺達が歩み寄るとしよう」
「うん。守られる安心感を、この人達にも知って貰いたいから」
ジェフが手を離すと、そこには立派なヤギ風の角が生えていた。
「今の内に連絡手段を確定しておこうか」
「バラバラに動いてもいいようにしないとね」
最期に餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)の言葉で通信方法を確認し、一行はイギリスへ飛んだ。
そして、襲撃された集落に到着した久兼 征人(aa1690)は、目の前の光景に声が震えた。
「ふ、ざけんなよ……っ!」
『――っ』
共鳴したミーシャ(aa1690hero001)もとっさに言葉が出ず、ただ息を呑む。
駆けつけた時には全部終わっている……そんな理不尽を二度と起こさせないための力だったはずなのに。
『……征人。まだ『助けを必要とする人』はいるわ』
「――ああ、わかってる」
悔恨も短く、より『戦場』を知るミーシャの声で征人は無理やり冷静さを作り出した。
【助ける為にこの力を使う】という誓いを、心の中で反芻しながら。
「な、んだ、これ……っ!!」
『これはまた、ずいぶんと粗野な振る舞いをしていたようですね』
普段から明るくよく笑うシュエン(aa5415)も、この時ばかりは笑みが消えた。
共鳴で身につけた宝玉から聞こえたリシア(aa5415hero001)の冷静な声は、すぐに怒声でかききえる。
「仲間に酷い事するやつは――許さない!!」
警戒心が強い反面、シュエンは懐に入れた存在をとても大事にする。
全てのワイルドブラッドは仲間だと思っている彼にとって、とうてい許せる所業ではなかった。
「遺体の首は……従魔に喰われたのか? それとも、従魔として蘇った?」
荒木 拓海(aa1049)は憤りと哀悼で言いよどみつつ生存者に問えば、遺体と首にすがる遺族を示される。
「アイツは、殺したんだ、笑いながら、仲間を――っ!!」
「もういい、すまなかった」
涙と恨みを絞り出す獣人へ深く頭を下げ、拓海は亡き友から聞いた郷里の話を思い出す。
(どれだけ悔しく、怖い思いだっただろう……穏やかな暮らしを、こんな風に蹂躙されて……っ!)
『これ以上、愚神の好きにはさせない。そうでしょう?』
共鳴したメリッサ インガルズ(aa1049hero001)の声で、拓海は顔を上げて『秘薬』を摂取した。
「っ――倒すぞ。もう、悲劇はたくさんだ」
『ええ』
【守るべきものを決めたら迷わない】と誓約を意識し、拓海とメリッサは荒ぶるライヴスを2人で制御する。
『愚神め、この期に及んでまだ災禍を振りまくか』
「繁殖、卵……嫌な予感がする」
共鳴した酉島 野乃(aa1163hero001)の悪態を聞きつつ、三ッ也 槻右(aa1163)も情報を集めていた。
その中で、愚神がこぼした歌詞に不穏な気配を感じ取る。
「仲間への手向けか、単なる愉快犯か……どっちにしろ、僕とは気が合わなさそうだ」
『ハバキは、よくわからないのね……』
共鳴の影響で頭が冴える小宮 雅春(aa4756)は、眼前の凄惨な光景にも大きく反応しない。
同じモノを見る破魔鬼(aa4756hero002)は、自分の感情をうまく言葉にできなかった。
「それが破魔鬼さんの答えだよ。だから――楽しくなりにいこうか」
『わかったのね!』
盤古の斧を肩にかつぐ雅春の豪胆な笑みが、破魔鬼の返事に元気を取り戻させる。
額に生えた鬼の角は、愚神が消えた方角を睨んでいた。
●月は何度も満ち欠ける
そうして愚神へ追いついたエージェントたちに、歌と『フルムーン』の刃が拡散した。
「隊列の中央!?」
槻右は瞬時に飛び退(の)きつつ、ジャンヌの聖旗で近くの仲間を援護する。
「こいつが――っ!」
シュエンも紙一重で攻撃から逃れると改めて愚神の姿を捉え、毛を逆立たせ低くうなる。
「――ぐ、っ!? みんな、大丈夫?!」
仁菜はとっさに陰陽玉で守りを固め、貫き届いた衝撃で後ろへ転がる。
うめきながらも反動をつけて即座に起きあがり、次いで仲間の安否を確認するため呼びかけた。
「っ――規佑! 敵の反応は!?」
「強い反応は目の前の1つ! 集落にはおよそ20――いや、徐々に増えてる!」
ダーインスレイヴで防御した拓海は余裕を見せるも、モスケールの結果を聞いて思わず舌を打つ。
「っ、まだこんな大物愚神がいたか」
望月は聖槍「エヴァンジェリン」と『祈りの御守り』の防御を突破され、顔をしかめて距離を取った。
「ぐ、うぅっ!? ――やってくれたね」
他方、完全に反応が遅れた雅春は、斧を構える暇もなく切り裂かれてしまう。
「っ! まだこんなのが居やがんのかよ!」
薙刀「焔」で威力を分散させて逃れた征人は、すぐさま『ケアレイン』を負傷した仲間へ注ぐ。
素早い立て直しはしかし、避け損ねた七海の復帰だけかなわない。
『七海! しっかりしろ!!』
「ぁ――ぐ、っ!」
ジェフが呼びかけるも反応は薄く、『戦闘不能』に陥った傷口から出血が止まらない。
「今の動きは――」
『地ではない。なら、跳躍かの? 気持ちの悪い兎じゃ』
「トリッキーだが、笑えない道化だね」
地面を確かめた野乃の言を受け、槻右は『墨月』を握る力を強めた。
『本来なら食う気になどならぬが――その血は同胞のモノだの?』
愚神の体や刃からしたたる血の一滴一滴が、被害者たちの軋むような悲鳴に思えた野乃が怒りで睨む。
対して槻右は、冷静に挙動を見極め愚神の意表を突こうと、同じ目を鋭くすがめた。
「今僕に出来ることは愚神の足止め……いや、ここで倒すことだ。これ以上の殺戮は、許さないっ!」
『兎狩りは狐の生業じゃ。おぬしの喉笛、喰いちぎって贖(あがな)わせる! いくぞっ!』
野乃の怒声で地を蹴ったと同時、槻右は距離を詰めた愚神と火花を散らしてすれ違う。
「――キヒッ!」
槻右の背中を目で追う愚神は、直後に頭上へ落ちた魔剣の刃を包丁で防ぎ受け流した。
「こっちは僕と拓海に任せて、集落へ!」
「急げ!」
槻右が陰陽玉を展開し、拓海と並んで愚神をにらみながら叫ぶ。
「さっきの被害者によれば、先に集落へ従魔が行ったはずだよ」
『急ごう。みんなに愛と癒しを届けるよ』
「ハートの対応はお任せします!」
2人の意をくみ、望月と百薬は残りのメンバーへ救援を促した。
「ここは頼んだっす!」
「こっちは僕たちに任せて!」
次に征人も愚神に背を向け、『賢者の欠片』で負傷をごまかした雅春も追従する。
(この力も万能じゃないし、自分の弱さに歯噛みする暇もない――救いたければ手を、足を、休めるな!)
簡単に遅れを取った自分を叱咤し、雅春は征人と『全力移動』でその場を離れた。
直後、青白い光が炸裂して跳ね起きた七海が喉に残っていた血を吐き出した。
『リンクバーストで復帰したはいいが……長くは保たないぞ?』
「わかってる――私が倒れる前に、集落だけでも守りきるよ!」
一時しのぎだと注意するジェフに頷き、風花を握って『全力移動』で後に続く。
『――シュエン』
「っ……わかってるよ、先生」
『よろしい。すぐに戻りますので、ご武運を』
目の前の敵に背を向けるのはシュエンの本意ではないが、優先すべき場所がある。
そう、リシアの呼びかけで短慮を振り払い、シュエンは拓海と槻右に背を向けた。
「喰えねば喰らうぞ♪ 血で血を洗おう♪」
「……耳障りな歌だ」
「支援は僕が。攻撃は拓海に任せた」
仲間が向かって三月ウサギが見つめる先……集落の方角を塞いで立つ拓海と槻右は同時に地を蹴る。
「――なっ!?」
まっすぐ愚神へ接近した拓海はしかし、距離を見誤り虚空を切り裂いた。
「我が名はハート♪ 分かつはヘッド♪」
一拍遅れ、フワリと間合いの内へ侵入した愚神――ハートの視線と二翼の包丁を魔剣で遮る。
「離れろっ!!」
わずかな拮抗の後、ハートの背後から割り込んだ槻右の陰陽玉は躱された。
「――隠れた半月♪ 輝く半月♪ 2つに1つ♪ 『セミルーナ』♪」
「威力はさっきの攻撃より軽かった……どんな技だ?」
「拓海。新たに5体、こっちに来てる」
「……規佑はハートの足止めを。オレは増援を倒す」
「了解――こっちだ!」
拓海と肩を並べた槻右が従魔の奇襲を知らせると、今度はそれぞれ反対方向へ駆け出した。
「虎なし狐♪ 借る威はないぞ♪ 三月ウサギは♪ 虎をも喰うぞ♪」
「っ――脇が甘いよ!」
接近したハートが薙いだ包丁は、低くかがんだ狐耳の上を通過する。
変じて槻右が放った『墨月』の『クロスカウンター』は、片手の包丁で止められた。
『狂っとる割に立ち回りは器用だの――小癪な兎じゃ』
「拓海の邪魔にならないよう、もう少し距離を取っていくよ!」
野乃の言葉で唇を引き結び、槻右は果敢に切り込みハートを離れた場所へ誘導していく。
『卵を運ぶ兎の従魔……情報通りね』
「中身は爆弾か何かしらの武器らしい。被害者の怯え方から、状態異常にも注意だな」
『常に距離を取って、伏兵にも用心しないとね』
一方、拓海はメリッサの言葉に応えつつ力強く踏み込み、『怒涛乱舞』で5体まとめて切り裂いた。
『……キィーッ!!』
「っ、しとめ損ねた!?」
従魔の生命力に驚きつつ、拓海は返す刃で1体を倒し包囲を抜ける。
『ミーレス級なのに一撃で倒せないとなると、生存能力に特化しているみたいね』
「時間が惜しい、さっさと一掃する!」
メリッサが通信機で警戒を促すと、拓海は残る4体を排除するため振り返った。
「泣けや叫べや♪ おしゃべり狐♪」
『――ええい! なんじゃこの鬱陶しい兎は!!』
「くっ! 殺気で意識をこちらに集中させたはいいけど、動きが変則的すぎる……っ!」
死角からの一撃を回避すると野乃が苛立ち、槻右は『クロスカウンター』で反撃するも刃は空を切った。
ハートの挙動は予備動作も規則性もない上、こちらの変則的な動きにも対応してきて厄介きわまりない。
「――喰われた虚像♪ 歯形が実像♪ どちらが実体♪ 『クレセント』♪」
『っ! ……埒が明かん! 仕掛けよ、槻右!』
「わかった!」
今度は頭上からハートの奇襲を受け、膠着状態を危ぶんだ野乃の言葉に槻右は『トップギア』で応え肉薄。
『疾風怒濤』が三度の手応えを残し――『血濡れの包丁』が眼前で踊った。
『後ろじゃ!』
驚く槻右が野乃の声で振り返ると、ハートが笑い刃を振り下ろす。
『零距離回避』も間に合わず、背中を一筋の異物が喰い破った。
「――従魔(ウサギ)は狩られた♪」
「っ!? 規佑ぇ!!」
調子外れの歌声が槻右の上を跳び越え、ハートは身代わりの包丁を回収して二刀に戻る。
従魔をすべて倒した拓海も振り返り、槻右を傷つけたハートへ怒りの『疾風怒濤』で前へ出た。
「――愚神(ウサギ)が狩るぞ♪」
『っ、ダメ! 本命は――』
メリッサが警告した直後、ハートはまるでコマのように『横』に回転する。
「……っぁ」
「運はフラフラ♪ クリティカル♪」
そして――先んじた『セミルーナ』の一閃が、拓海の胴体を深く切り裂いた。
●狂喜の卵がウサギと乱舞
時間は少し巻き戻り。
『征人、急いで!』
「間に合ってくれよ……!」
集落からの爆発音と悲鳴が大きくなり、ミーシャの焦った声もあって気が急く征人。
間もなく視界が開けると、そこはすでに混乱の極致にあった。
『うわああっ!?!?』
『キィッ! キィッ!』
獣人たちの叫びと不規則な爆発、そして甲高い鳴き声が絶えず暴れる。
目を凝らせば、ちょうど倒れた獣人へ従魔が襲いかかっていた。
「――仲間に何しやがる!!」
先陣を切ったのはシュエン。
愚神を見逃した鬱憤をはらすように叫び、目に付いた従魔から神獣の爪牙で切り裂いていく。
『救援に参りました!』
「うさぎ狩りじゃー!!」
『集落の皆様はこちらへ!』
「まとめてかかって来い!!」
そんなシュエンの怒号に負けないくらい大きな声で、リシアの避難誘導も響きわたった。
狂犬状態のシュエンが誤解されないよう、きちんと味方アピールもしておく。
「キュー!」
「――言ってるそばから何やってんだ!!」
派手に暴れる中、シュエンは避難者へ飛びかかった従魔へザッハークの蛇を伸ばした。
「――ギッ?!」
「ひぃっ!?」
『私たちは味方です! 危害は加えません! 落ち着いて行動を!』
蛇が従魔に噛みつき引きずっていく様子に獣人が悲鳴を上げ、すかさずリシアのフォローが飛ぶ。
怯えつつも獣人が逃げたのを見送り、シュエンは再び複数の従魔へ躍りかかった。
『モスケールの索敵だと一般人との区別が難しい場合もあるが、どう動く?』
「一般人を襲うってわかってるなら、密集してるところを目指せばいるはず!」
依の懸念に答えながらさらに加速した仁菜は、引き連れた陰陽玉を先行させる。
「うわあぁっ!!」
「キィ――ッ?!」
そして、獣人を追い回していた従魔の進路を妨害し、すかさず間へ滑り込んだ。
「助けにきたよ! 誘導に従って一ヶ所に集まって!」
仁菜は返事を待たず、従魔への牽制に陰陽玉を飛ばして殴る。
「誘導は七海たちに任せていいよね――」
「キュルルルッ!!」
「さて、かかっておいでよ。小さくて哀れな兎さん?」
威嚇する従魔に挑発の言葉と笑みを返す仁菜は、次々と従魔へ攻撃を仕掛けていく。
広く散った敵を集めつつ、一般人への注意をそらそうと積極的に集落を駆け回った。
「させねぇぞ!」
「――ギッ!?」
それでも一般人へ目を向ける従魔には、征人が率先して《白鷺》を投擲し吹き飛ばしていく。
『私たちで退路を確保するためにも、避難は一方向へ誘導して!』
「もう大丈夫だ! 早くこっちへ!」
ミーシャの指示を受け、征人は《白鷺》を手元に戻し獣人へ呼びかける。
次いで前へ出ると、闇をまとった《烏羽》で同じ従魔へ追撃を浴びせた。
「……キィッ!!」
『兎なのに卵を持ってる?』
「イースターには早いんだがな。碌(ろく)なもんじゃないのは確かだ!」
従魔はすぐに立ち上がり、威嚇の声とともにライヴスで『卵』を作り出した。
疑問と警戒を強めるミーシャに軽口で返し、征人は双槍で牽制しつつ注意を広く向ける。
集落のあちらこちらには、同じ様な『卵』が転がっていた。
『落ち着いて下さい! 私達は敵ではありません! 皆さんを助けに来ました!』
騒ぎの大きさを考慮した七海は、身振りと拡声器で呼びかけ獣人を敵から離れる方向へと誘導する。
『従魔の卵、か……』
(気になるの?)
『愚神の歌がな。『従魔はどこだ』、『探せよ探せ』、そして『繁殖』……聞き流すには不穏だろう』
前の集落から聞き出せた情報を口にしたジェフに少し間をおき、七海は通信機を全員へつなげた。
『この数は異常だと思います、何かしら増殖手段があるかも知れませんので、卵や従魔の行動に注意を――』
「――うわああっ!?」
言い終わる前に、子供を抱えた獣人が複数の従魔に襲われうずくまる姿が。
『ギュッ?!』
「っ、……?」
「私達が守ります。安心してください」
直後、一瞬で風花に矢をつがえた七海の『トリオ』が従魔を射抜き、安心させようと親子へ微笑を向けた。
「極力、一撃で屠れれば効率がいいよね」
『すっきりぶちこわ! なのね!』
地を削り砂埃を上げながら集落の中心へ滑り込んだ雅春は、アックスチャージャーを起動した斧を構えた。
集積するライヴスの余波が砂塵を晴らし、楽しそうな破魔鬼に引っ張られて自然と笑みを浮かべる。
「そうだね。ただし、倒す瞬間はここの人に見せない方がいいかな」
『? どうしてなのね?』
周囲を見渡し、人の目がないか確認する雅春に破魔鬼は疑問を投げかけた。
その瞬間、家の影から飛び出した従魔に笑みをより一層深めた。
「だって――」
振り向く雅春の握る斧が、爆発的な力の解放で震えてうなる。
視線がぶつかった刹那、肉厚の刃が従魔の頭を視界ごと真横に切り裂いた。
「――怖がらせたら、悪いから」
破魔鬼か自身か、愉悦か憤慨か。
元がどちらの感情かわからない獰猛な笑みを浮かべ、雅春はゆったりと斧を肩に担ぎ直す。
「一般人が避難できる安全な場所か、防衛しやすい場所はないかな!?」
『見つかったら連絡しよう! 一か所に集めた方が守りやすいから!』
次第に集まってきた従魔を牽制して注意を集めつつ、望月と百薬が声を張り上げた。
遠くで逃げ回る獣人や、通信機で繋がった仲間へ向けた言葉は、しかしなかなか返事がこない。
「みんなの反応はともかく、住民はかなり混乱しちゃってるね」
『う~ん、言い方はアレだけど、ただ襲われただけにしてはちょっと過剰じゃないかな?』
「隠れ里って言うだけあって集落の規模は小さいし、リーダー的な人が誘導しててもいいはず」
『やっぱり、状態異常かな?』
「かもね。呼びかけだけじゃ、ちょっと弱いか」
『ワタシたちの愛と癒しが届けば、きっと目は覚めるよ』
絶叫がやまない村を駆け抜け、望月は百薬と戦況を分析しながら1体の従魔へ急接近。
「ひぃっ!?」
「大丈夫? 助けにきたよ!」
腰が抜けた女性の前に立ちふさがり、体当たりしてきた従魔を聖槍で弾き返した。
「強くはないけど……いやにタフだなぁ」
『荒木君や三ッ也君には、もうちょっと頑張ってもらおうか』
固い手応えに望月はため息をこぼしつつ、百薬の言葉と同時に迫った従魔へ穂先を向けた。
『集落は可能な限り壊さないで。この後も暮らす住民の生活も、全部守りたいの』
「おうよ! ――ってわけで、皆さんにも配慮、お願いするっす!」
薙刀へ持ち替え従魔を切り裂く征人は、ミーシャの思いを通信機に乗せて別の敵を攻撃する。
「これ以上怪我人を増やさねぇ――てめえらの相手は俺だ!」
住民の保護を仲間へ任せ、征人はなるべく多くの従魔を引きつけようと声を張り上げた。
群がる従魔へ刃を突きつけ、逃げる住民を追わせないよう立ち回っていく。
『集まったはいいが……多いな』
「バラバラに逃げ回られるより、一ヶ所に集まってくれた方が守りやすいからいいの!」
仁菜もまた、従魔に囲まれていた。
依が小さく漏らした懸念もポジティブに捉え、両足のオルトロスへとライヴスを集中させる。
「殴った手応えからして、さすがに盾じゃ威力が足りなかったから――ね!」
攻撃力を補った『繚乱』が従魔を包み、『翻弄』で敵の注意を乱していく。
「――キュ!」
『後ろだ!』
しかし、従魔も負けじと接近。
依の警告でその場から離れた仁菜は、遅れてやってきた『吃驚卵』の爆発で吹き飛んだ。
『仁菜!』
「っ……ダメージは小さいし、状態異常も『タフネスマインド』で防いだから、大丈夫」
『だが、何度も受ければわからないぞ』
『衝撃』に顔をしかめつつ、『気絶』しそうな意識を気合いで保つ仁菜は再び陰陽玉を引き寄せる。
「強い意志ではね除ける! 無理そうなら、次から当たらなければいいだけだよ!」
依に好戦的な笑みで返すと、未だ健在の従魔を迎撃した。
「うっ、ぁ……いでっ!?」
積極的に前へ出るシュエンも『吃驚卵』に被弾し、すぐに痛みで目を覚ます。
「ちょっと雑っすけど、気付けっす! 今落ちかけてませんでしたか!?」
「う――ごめん、『気絶』かも」
とっさに拾った石を投げていた征人の言葉に、シュエンは頭を振りながら答えた。
『あの卵、状態異常を引き起こす攻撃手段で確定みたいね』
「それでこの大混乱かよ……!」
ミーシャの分析を聞いた征人は、タフな従魔へ悪態ごと攻撃をぶつける。
『しぶとい上に数まで多いとなると、面倒ですね。一気に燃やしてしまえれば楽なのですけれど――』
「山にある集落の真ん中でやっちゃダメ!」
『……分かってますよ、言ってみただけです』
そんな状況下のとんでも発言に焦るシュエンに、リシアはクスリと笑った。
返答までの間から本気度がうかがえ、逆に不安になる。
「キュウッ!!」
「うわぁっ!?」
「っ――行って!!」
今度は雅春が、逃げ遅れた獣人と『卵』を投げた従魔の間に割って入り、やむを得ず『祝福卵』を破壊。
混迷する頭で何とか避難を呼びかける。
「小宮さん! 勘弁っす!」
「ごほっ!?」
互いに囲まれないようにしていた征人は、雅春の明らかな変調を見て取りぶん殴った。
「今度は『気絶』じゃなかったっすか!?」
「たぶん……『洗脳』と、『暴走』……っ!」
「回復、送るね!」
征人へ意識が戻ってなお暴れる破壊衝動を伝えた雅春は、すぐに望月の『クリアレイ』で立ち直る。
『効果が2種類? ……見た目じゃ、判別は難しいみたい』
「当たってからのお楽しみってか? ふざけやがって!」
改めてミーシャが『卵』を観察するが、そもそも色や柄はバラバラだ。
ますます面倒を増やす従魔に、征人は語気を強めて切りかかる。
『ひとまず、状態異常が効かない七海ちゃんに任せれば一般人は安心かな』
「みんな! 弓を持ってる女の子のところへ集まって!」
見た目も獣人のため安心感があるだろうと、百薬の言葉に頷きながら望月が改めて避難指示を出す。
「えいっ!」
「――っ!? ぁ?」
「手荒でごめんね。あっちに走れば、みんないるから」
並行して従魔を聖槍で退け、『気絶』している獣人を平手で起こしていった。
「ぅぁああああっ!!」
「わ、っと! 危ないなぁ、もう!」
「あがっ!?」
『祝福卵』で『洗脳』となった獣人へは、反射的に聖槍の柄で殴ることも。
望月が爆発に巻き込まれれば『タフネスマインド』で我慢し、『暴走』は『クリアレイ』で振り払う。
「頭ぐちゃぐちゃにされたみたい。あー、気持ちわる」
『2人とも天使の癒しで寝起きはばっちりだよ』
「物は言い様だね」
『一般人の『暴走』はどうするの?』
「後で一気にやった方が早いでしょ。今は撃退優先!」
百薬と受け答えしながら、望月は意識のない獣人を避難者に任せて従魔への攻勢を強めた。
「うがぁっ!!」
『また『洗脳』だ、七海!』
「……ごめんなさい」
同じころ、理性を失い襲ってきた獣人にジェフが気づき、七海は謝りながら当て身で眠らせる。
『救急救命バッグ』を渡した獣人へ手当を任せてから、すでに10人は避難者を気絶させていた。
『破壊してみた限り、卵は混乱を助長させるだけの爆弾だな』
(人間1人分のライヴスを蓄積したら成長して大兎従魔になる、って嫌な予想が外れてよかったよ)
『そうだな……だが、歌の内容がデタラメとも、すべてが的外れだったとも思えない』
(わかってる。油断は禁物、だよね!)
意識内でジェフと情報を整理しつつ、七海は『狙撃師』から天へと『バレットストーム』を打ち上げる。
飛散した矢は周囲の従魔へ一斉に降り注ぎ、クールダウンのためAGWをSVL-16へ持ち替えた。
『避難はほぼ終わりました。残る従魔を速やかに殲滅しましょう』
仲間へ通信を送った七海は遠方にいた従魔の頭を吹き飛ばし、すかさず薬莢を排出。
ライヴス・レティクルの中心に次々と敵を収め、引き金を引いた。
「ごめんね!」
「――いだぁ!?」
再び集落の中では、雅春が『洗脳』にかかったシュエンを肘鉄で覚醒させた。
「もう少し手加減してくんない!?」
「次があったら気をつけるね! ――あははっ!」
征人の『クリアレイ』をもらいつつ横っ腹を押さえて抗議するシュエンへ、とても陽気に返答する雅春。
続けて襲ってきた従魔へは『メーレーブロウ』を見舞い、弱ったところを追撃して消滅させた。
「暴れれば従魔の注意はこっちに向くし、救出対象は七海さんに集まった。いい感じだね」
『卵は持ってたり持ってなかったり、すっごく面倒くさいのね』
「そこかしこで爆発してたみたいだけど、元を叩けば静かになるさ」
『だったら簡単なのね! だって、ハバキは“破魔鬼”なのね!』
距離を取った雅春は通信機に耳を傾けつつ、破魔鬼とともに襲いかかる従魔を笑い飛ばした。
胸に宿すは『魔を破る鬼』の矜持――そしてまた、鬼の力で迫る脅威を叩き潰す。
「……石とか肘とか、今日はさんざんだ」
『油断したシュエンの落ち度ですよ』
「それもこれも……全部お前らが悪いんじゃー!!」
加えて、味方からボコられリシアにもダメ出しされたシュエンも、さらに気炎を上げた。
ザッハークで捕らえ、密集させた従魔を連続の『女郎蜘蛛』の餌食にする。
「っ! 今、里の人たちは?!」
『気絶させられた者も含め、あらかた七海の元へ集まったようだ』
『霊奪』で蹴り飛ばしながらライヴスを奪いつつ、依の報告を聞いた仁菜は消滅する従魔から視線を切る。
「――なら、後は倒すだけだね!」
そして瞬時に周囲の戦闘音を拾って地を蹴り、自ら敵の密集する中心へ飛び込んで『繚乱』を展開。
赤い目を動かし残りの従魔を確認し、勝負を決めようと陰陽玉を飛ばした。
「もう少しだよ!」
そうして従魔の数が減ったのを見計らい、雅春は『トップギア』とともに周囲を鼓舞。
自ら従魔へ接近し、すかさず『疾風怒濤』で数を減らし敵の意識を集めた。
『一網打尽にします! 中心から離脱を!』
瞬時に通信機から七海の鋭い声が響き、全員が従魔の包囲の穴を抜け出す。
建物の上に立ち離脱を確認して、七海は風花の『アハトアハト』を敵陣の中央で爆発させた。
『残るは野兎一匹ですね……』
「そっちはまかせた!」
すると、煙が晴れるのも待たずリシアのつぶやきを聞いたシュエンは早々に走り去っていく。
「はーい、一気に回復しますねー!」
『とりあえず、これで集落の方は安全かな?』
従魔消滅を確認し、望月は集まった負傷者へ『クリアプラス』を付与した『ケアレイン』を注いだ。
『じゃ、ワタシたちも急ごうか』
「だね。荒木くんたち、余裕がなさそうだし」
百薬に同意しつつ、望月も他の仲間と駆けだす。
……愚神との戦闘音は、未だ聞こえ続けていた。
●狂いに狂った三月ウサギ
そして、現在。
「拓海っっ!!」
『落ち着け槻右! おぬしの怪我も浅くない!』
拓海が斬られた直後、槻右の血を吐くような絶叫が響いた。
痛む体の酷使を野乃に止められ、槻右は複数の『賢者の欠片』を無理やり飲み下す。
そして、うつ伏せに倒れた拓海の首へ落ちた刃を陰陽玉で防ぎ止めた。
「キ! キキッ! キヒャッ!!」
「起きて! 返事をしろ! 拓海!!」
『起死回生』で何とか攻撃を受け流し、槻右は下がった片足で拓海の血だまりを踏む。
「……貴様ぁ!!」
「ヒャハッ♪」
激情の『クロスカウンター』はハートの懐をかすめ、愉悦の笑い声が槻右の脳を沸騰させた。
「――規佑」
直後、槻右はリンクバーストが放つ光に後ろから包まれた。
「今度は、2人でやるぞ!」
「拓海……頼むっ!」
先行する拓海がハートと切り結ぶ間に、槻右は『賢者の欠片』を飲んで『クロスリンク』で支援。
素早く敵の死角に回り込むと『墨月』で注意を引きつけた。
「狐の僕にかまけていいのか――お前の後ろには猟師がいるぞ?」
「ッ!?」
「食らえっ!!」
槻右から視線を切ったハートはすぐに拓海の『疾風怒濤』へ反応したが、辛くも一撃をもらう。
「どうだ、僕より重いだろう?」
「――チッ」
「また跳躍か? ――させないよ」
槻右の意趣返しに苛立ったハートの頭上を、白の陰陽玉が遮った。
同時に、黒の陰陽玉を足場とした拓海がハートの背後から迫る。
「伊達に何年も戦ってきた訳じゃない!」
槻右と拓海の連携が、徐々に狩る側と狩られる側の天秤を傾けていく。
そのとき、木々の間から何かが飛び出した。
「お前はオレが倒す!」
ハートを見つけたシュエンが地を強く蹴り突出。
『シュエン、交替です』
「え、ちょ――」
そのすぐ後、リシアに共鳴の主導権を奪われた。
「――たまには私にも暴れさせてください」
『せんせぇ~!』
「真名アリシア――参ります!」
情けない声を笑顔で封殺し、一つにまとまった髪をなびかせたリシアは刹那を構えそのまま疾駆。
『ジェミニストライク』の分身が即座に切り捨てられ、本体の単分子刀も交差した包丁の腹で止められる。
「――盾っ、登場!」
その攻防へ、さらに仁菜が割り込んだ。
「防御はっ、任せてっ! 後はっ、攻撃にっ、集中してっ! 全部――防いでみせるから!!」
拓海へ『クロスリンク』を送りつつ、ハートの連撃を言葉通り陰陽玉で一身に引き受けていく。
「――キャハッ♪」
「――ふふっ、やはり強い敵との戦いは愉快ですね」
リシアはハートと短く笑みを交わすと『毒刃』で切りつけ、『ジェミニストライク』でさらに追撃。
太刀筋、身のこなし、攻めの姿勢……どれもシュエンに劣らぬ苛烈さで刀を振るう。
「たとえ……相手がなんであろうとも!」
『勝利の高揚』で高ぶる熱に任せ、リシアは反撃を受けても笑って切り返していった。
「悪い、待たせた!」
続けて征人が『ケアレイン』を展開し『エマージェンシーケア』を射出。
新たに刻まれていた拓海と槻右の傷を癒すと、薙刀でハートに斬りかかった。
「増援大変♪ 三月ウサギはたちまち窮地♪」
「三月ウサギ、ねぇ」
『不思議の国のお話にも、そんな名前の兎がいたわね』
2度、3度と刃をぶつけながら歌うハートに、征人は眉をひそめミーシャは無感情につぶやく。
「狂った宴はもうとっくに終わってんだよ。とっとと退場してくんね?」
「キャハ――ッ!?」
征人の突き・薙ぎ・斬りを巧みに捌き、反撃に構えたハートの包丁は迫る風切り音に動きを止める。
『住民の安全は確保できたぞ』
『私達も可能な限り援護します!』
直後に飛来した七海の矢をハートは屈んでやり過ごし、同時にジェフと七海の通信が届いた。
「僕も補助するよ、拓海くん!」
その側面から『クロスリンク』をつなげた雅春が乱入。
事前に斧へとためたライヴスを破壊力に変換し、敵の脳天へまっすぐ振り下ろした。
「ギッ……ヒヒッ!」
ハートはそれを両の包丁で受け止め、手首をしならせ軌道をずらす。
次いで空を切った斧が地面に沈むと飛び上がり、『フルムーン』で周囲のすべてを薙ぎ払った。
「うお、っと!?」
『最初の技? ……でも、威力が違うよね?』
回復補助として前に出ていた望月が防御すると、手応えの変化に百薬が首を傾げる。
『武器に付着した血にライヴスを通して、疑似的な刃にしたのか?』
「重い……けど、まだ私の“盾”は壊れてないよ!」
依が防げなかった攻撃を分析すると、仁菜は『賢者の欠片』をかみ砕き負傷を無視。
よりハートへ意識を集中し、すべての攻撃を封殺せんと陰陽玉を操作する。
『悪い兎さんには、天使の愛と癒しを深めにぶっ刺すよ』
「物騒な表現だなぁ――っと!」
実質回避不能の『フルムーン』だったが、霧散は一瞬。
『ケアレイン』で治癒を広げた望月は、百薬に苦笑しつつ着地後のハートへ刺突を見舞う。
「それでこそ、斬りがいがあるというものです!」
「ちょ、リシアさん無茶は禁物っすよ!」
反対からは、瀕死に近い傷でもなお接敵するリシアの背へ征人が『エマージェンシーケア』を当てた。
そして、望月の攻撃と同時の『ジェミニストライク』でハートの逃げ場をふさぎ追いつめる。
「……皆さんは何故、山奥に隠れ住んでいるのですか?」
『狙撃師』で集落から次の矢の狙いを定めていた七海は、ふと背にかばう獣人へ問いかける。
「差別が理由の1つにあるなら、今は緩和されています。ワイルドブラッドも、当たり前に存在する社会で生きています……隠れ続けていても、現状は改善しないままですよ」
「……それでも、人間が我らを迫害した事実も、記憶も、決して消えない」
沈黙の後、老齢の1人が放つ苦い声と弓がしなる音が響く。
「怖いという思いは簡単に覆せませんから、私から無理強いをする気はありません」
感覚と意識を極限まで研ぎ澄まし、七海はふっと口元を緩ませる。
「ただ――この世界は案外、捨てたものではありませんよ?」
解放された白く輝く矢は、風を蹴散らし木々をすり抜けハートの肩を穿った。
「ギッ!? ――キヒヒッ!!」
『上半身が傾くあの歩き方……痛覚が麻痺してるのかしら……?』
「愚神も『王』の被害者だ……だが、自分の受けた苦しみを同じく他に味わわせる所業を許す事はできない」
痛みを感じさせないハートの姿からこぼしたメリッサの推測に、拓海は顔をゆがませ魔剣を構える。
「――絶対に逃がさない!」
そこへ、前衛の影から飛び出した槻右がジャンヌを手放し、拓海の背を踏み台に高く跳躍。
『トップギア』と『墨月』が放つ日輪の光を頭上から浴びせ、ハートの目を引きつけた。
『渾身の一撃を見舞ってやれっ!』
「送り込まれてしまった異世界で戦わず済むよう……もう、眠れ」
野乃の言葉を後押しに、槻右の『疾風怒濤』は退路ごとハートを切り裂いていき。
悲劇が生む悲劇の連鎖を断ち切らんとする、拓海の『疾風怒濤』も重ねて迫る。
「ギッ――」
満身創痍で体がぐらつくハートは、しかしまだ戦意を捨てていない。
「こういうの、なんて言うか知ってる?」
そこへ、『トップギア』とアックスチャージャーで十二分に力を蓄えた斧を構えた雅春が肉薄――
「知らないなら覚えて帰ってね――『因果応報』って言うんだよ!」
笑みからあふれる一喝とともに、足・胴・首と『疾風怒濤』で切り刻んだ。
「 キャハッ♪ 」
肉体が四散し、首だけとなったハートは……笑った。
「『王』の喪失♪ 秩序の消失♪ 愚神も従魔も♪ 新たに生めず♪」
高らかに歌い。
「役目は繁殖♪ もはやかなわず♪ 役目も狂った♪ 敵の虐殺♪」
狂って笑い。
「愚神は抱く♪ 人への復讐♪ 愚神は望む♪ 『王』の復活♪」
目を見開き、執念を叫ぶ。
「我らは殺す♪ 最後まで♪ すべては『王』が♪ 望むままに゛っ♪」
瞬間、三月ウサギの眉間を槍が貫いた。
「……そんなこと、俺たちが許さねぇよ」
『私たちも戦うわ――愚神の悪意が、世界から消え去る日まで』
手元に戻った《白鷺》を軽く振った征人は、消滅していく愚神をミーシャと見届けた。
●未来を守り、生きていく
「――救援もすぐにくる! 負傷者がいたら教えてくれ!」
討伐後、改めて集落へ入った拓海は負傷者へ安全を伝えた。
その後は負傷者を看(み)つつ、リンクバーストが切れた七海を含む重傷者の搬送を手配していく。
「破魔鬼さんは負傷者に声かけと、必要なら移動の補助をお願い!」
「りょーかいなのね!!」
共鳴を解除した雅春は『救命救急バッグ』を取り出し、破魔鬼と協力して負傷者を手当てする。
「愚神は僕たちが倒しましたよ」
「もう大丈夫」
応急処置と並行して、雅春や野乃は負傷者の心のケアをと優しく声をかけ続けた。
「よかったら、どうぞ。少しでも楽になりますから」
さらに仁菜は手持ちの『賢者の欠片』を砕き、水と混ぜて重傷者へ配っていく。
「……先生。何かオレ、みんなから怖がられてる?」
他方、人一倍救助に尽力したシュエンは獣人から微妙に避けられていた。
『皆様にとって、怒った玄の戦い方は刺激が強すぎたのでは?』
「そんな~!」
筆談で答えたリシアが応急処置の手伝いに戻るのを見て、あからさまに肩を落とす。
第一印象って結構大事。
「はなせ、ガキ!!」
「こみぽち! うるさいの連れてきたのね!」
「それだけ元気ならまだ平気だと思うから、酷そうな人を優先して!」
「わかったのね!」
――ドスン!!
「い゛っ、てぇーっ!!」
途中、口調が乱暴な獣人の足を担いできた破魔鬼は、雅春の指示で適当に放り出した。
『骨折した足』に追い打ちを食らった獣人は、しばらくもだえていたようだ……ドンマイ。
「クロスリンクしてくれた皆、ありがとう。規佑も、隣にいると思いっきり動けた」
「僕こそありがとうね。拓海が居てくれたおかげで、守れたものと守れなかったものを全部負えたんだ」
「……流石、人生の相棒だ」
途中、方々へ礼を告げる拓海は最後に槻右へ微笑を向けた。
「すまん……あとは、たのむ」
「――拓海!!」
が、七海と同様にライヴスが霧散した拓海は槻右に体を預け脱力し、急いで町へ運ばれていった。
「世界平和までは、もう少しかかるかな」
運ばれていく負傷者を見回して、望月は誰に聞かせるでもなくそうごちる。
『王』が残した置き土産はまだまだ数多く、その一端に触れてしまえば気を抜いてもいられない。
『そこからグルメという名の真の戦いが始まるかもね』
「食べる余裕ができたら、美味しさの追求は当然の流れだね」
とはいえ、相棒のお気楽天使はすでに世界平和の先を見ているようだ。
憂鬱な気分を晴らそうと話に乗れば、百薬から早速オーダーがでる。
『ひとまず、今日のところは紅茶とスコーンでいいよ』
「贅沢なような、謙虚なような……」
イギリスとはいえ、嗜好品や甘味と縁遠い山の中で頼む注文ではなかった。
「どうか安らかに」
後日、被害者1人づつ墓を立てた槻右は、すべての墓前に手を合わせた。
最期に愚神が否定した形だが、従魔や卵が犠牲者の成れの果てだった可能性が0ではない。
愚神の傷跡は大きい……それでも、生き残った者たちは進まねばならない。
彼らを忘れず、彼らの分まで、前へと。
「進学出来たら、ね」
病院のベッドで横になる七海は、イスに座るジェフを見上げる。
「まだ残る隠れ里に、『今』を知らせる活動をしようかな……せめて、外との連絡手段は持って欲しいよ」
「なら、これからも一緒だな、共鳴すれば、どこでも行けるだろう?」
「……うんっ!」
穏やかな表情の頼もしい相棒を、七海は満面の笑顔で歓迎した。
「今後は愚神や従魔が新しく増えないのは朗報だけど、英雄と同じ数だけ土産が残ってるなら楽観は禁物ね」
違う一室では、ベッドに横たわる拓海のそばでメリッサがリンゴを剥いていた。
「『王』の置き土産か……全てを見つけるまで、これからも世話になるよ」
「私の事でも有るのだから、当然よ」
軽く頭を下げた拓海へ、メリッサはおもむろに皿を差し出す。
「……ごめん、違う果物ないか?」
「あら、お見舞いの定番でしょう?」
真っ赤な耳のウサギとメリッサのにっこり笑顔に、拓海はたまらず苦笑した。