本部

【いつか】そして月日は流れ

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~12人
英雄
3人 / 0~12人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/03/31 19:10

掲示板

オープニング

 ――これは、“いつか”の物語。
 数多の希望が、数多の勇気が、護り抜いて掴み取った明日のお話。

 いつか、どこかの、遠い未来の記憶――。

 最後の決戦から十年。
 王は倒され、従魔愚神が現れる危険が去ったと言っても、この世にそれまでいた従魔愚神までもが消えてしまった訳ではない。
 今でもH.O.P.E.は、従魔愚神絡みの事件や、闖入者と呼ばれる異世界からの侵入者の討伐その他、異世界関連事案の対応に精を出す日々である。
 リンカーたちの仕事も当分なくならないだろう。
 だからきっと、息抜きは必要で。

「……花祭り?」
 いつものように掲示板前を通りかかった英雄エージェントは、小首を傾げた。それにつられて、パートナーの能力者も足を止める。
「花のお祭りなの?」
「ええ、一言で言えば」
 答えたのは、ポスター貼りの作業をしていた女性事務員だ。
「お花見イベントとは違うんですか?」
 能力者が重ねて問うと、事務員はポスター貼りを続けながら応じる。
「そうですねぇ。お花見って言えば大抵は桜ですが、今の時期は梅か桃ですね。これはいつも桃が満開になってる神社が主催してるんですよ。ここの近所の。梅も何本かあるらしいですし、エリアによっては早咲きの桜もあるみたいで」
 ポスターを貼り終えると、事務員はエージェントたちに向き直る。
「最後の戦いから十年もして落ち着いたから、神社でも久々に開催することになったらしいんです。花祭り。もしよければって宣伝がてら、神社の方が持ってきてくださって……手が空いてたらお誘い合わせの上、行ってみてください」
 それでは、と会釈して事務員はその場をあとにした。

解説

※注意
このシナリオは、リンクブレイブ世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際にこの世界の未来に存在する出来事として扱われます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※子孫の登場
このシナリオでは、PCの子孫(実子または養子、孫など)を一人だけ追加で登場させることができます。
追加で登場するキャラクターは、PCとして登録されていないキャラクターに限定されます。
子孫の設定は、必ずプレイング内で完結する形で記載してください。

▼目的
花祭り、及び花見を楽しむ。

▼花祭り会場
・お祭りは、午前九時頃から午後四時まで。
・とあるH.O.P.E.支部近所の大きな神社の境内から、門前町の通り。
・桃や梅、早咲きの桜が満開の下、縁日のような出店が並んでいます。門前町に並ぶお店をそぞろ歩くのもよし、どこかに腰を下ろして花を愛でるのもよし。
・公園のような広場もあるので、自家製弁当を持ち込むのも可。勿論、出店で買ってもよし。お花見ピクニックを楽しむもよし。

▼その他
・舞台は十年後です。十年後の平和なひとときをご自由にお書き下さい。
・事件らしい事件は起きません。
・英雄の表記間違いにはご注意下さい。

リプレイ

「きーもちいいー! お花見日和ですね!」
 うーん、と天に両手を突き上げながら、白金 茶々子(aa5194)は大きく伸びをした。
 王との最後の戦いから十年。
 十八歳になった茶々子は、先日無事に高校を卒業したばかりだ。四月からは、教育大学へ進学する予定になっている。
 受験勉強から解放され、卒業から入学の間のしばしの休憩。その一ページとして、今日茶々子はたまたまH.O.P.E.の支部で見たポスターの花祭りに訪れたのだった。
 教師を希望したのは、以前に世話になったH.O.P.E.のあるオペレーターが元教師だったことが影響している。
 あの人のようになりたい、と思ったのが動機だ。
 春を迎え、大学合格で一区切りは付いたが、同時に新たな始まりでもあることを茶々子は感じている。けれども、不安はない。
 純粋にただ希望に満ちた将来だけを思い描いている。
 ふと視界に入った家族連れに、茶々子は目を細めた。家族が連れている小学生くらいの子どもに、我知らず頬が緩む。
(やっぱり、小学校の先生になりたいですねぇ)
 うふふ、と一人笑いをこぼしながら、茶々子は桃並木の中へ足を踏み入れた。

「ジェフ! 久し振り!」
 五十嵐 七海(aa3694)――結婚して麻端姓になった七海は、二歳半になる我が子・海花(みか)の手を引いて、手を振った。その片手には、ベビーカーを押している。
 海花を乗せる為に持ってきたのだが、活発な盛りの娘はちっともじっとしていないのだ。自分の足で歩けるようになったのが嬉しいのか、最近は外出時、元気のある内はベビーカーに乗りたがらなくなった。
 その視線の先には、七海の進学を機に別居(?)を始めた相棒のジェフ 立川(aa3694hero001)がいる。
「じぇーふー!!」
 海花も七海の手を放れ、満面の笑顔でジェフに駆け寄った。年の割に発育が早く、言葉も既に三語文で喋る彼女は、七海の幼少期に似た愛らしい顔立ちで甘えん坊だ。
 ぽふん、と軽く衝突する勢いで臑の辺りにぶつかってきた海花を笑って受け止めたジェフは、彼女を抱き上げ顔を上げる。
 ゆったりと娘のあとを追って歩いてきた七海の腹部は、新たな命が宿っているのを示すように膨らんでいた。
『目立ってきたな。調子はどうだ?』
 そこに慈しむような視線を向けるジェフに釣られるように、七海も自身の下腹部を撫でた。
「順調よ。海花の時は夫が甲斐甲斐し過ぎて、“もっと動かないと難産になる”ってお医者さんに言われちゃったけど……」
 王との最後の戦いのあと、七海は博士号取得を目指して、大学から院へ進んだ。エージェント業は継続していたが、王が消滅したこともあり、七海は学業優先に生活を切り替えていた。
 叔父の英雄と共に取り組んでいる、『誓約が切れても英雄を消滅させない』研究をする為だ。
 しかし、恋人の強い押しもあり、在籍中に結婚した。二十五歳の時に長女・海花を授かり、それからずっと休学している。
 今、第二子を身ごもっているが、三十三になったら復学する予定だ。
「第二子は夫がどれだけイクメンでも休む暇がないね」
 我が子の成長は喜ばしくもあり、大変でもある。
 眉尻を下げて言う七海に、海花が不意に手を伸ばした。
『どうした、海花』
「お母さん、お腹に赤ちゃんがいるから当分抱っこはできないよ?」
 二人が口々に言うが、海花はジェフの腕の中でとうとう暴れ出す始末だ。
 仕方なくジェフが、手を離さないように地面へ下ろすと、海花はジェフの手を振り払って、七海に抱き付いた。
「おかーさんはわたしのなのー」
「ええ?」
 瞬きする内に、海花は今度はジェフに抱き付く。
「じぇふもわたしのなのー」
 と言ったかと思えば、今度は七海とジェフの間に立って、
「おかーさんとじぇふは、はなれるのー」
 と、二人を引き離すように両掌を二人に向け、まだ短い両腕を目一杯左右に広げた。
 どうやら、二人だけが談笑していたのが面白くなかったようだ。こういうところは、父親に似て焼き餅妬きなのである。
 丸い頬を膨らませて二人を交互に睨み上げる様子に、七海とジェフは吹き出した。

 早咲きの桜エリアの下に広げたシートへ、ウーフー(aa4625hero002)が手製の弁当を広げた。
『まあ。美味しそうですわ』
 覚えず、と言った様子で、歓声を上げたのは、シルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)だ。
『どうぞ、召し上がってください』
 ウーフーの手によって開けられていく弁当箱の中から、鶏の唐揚げ、だし巻き卵、サラダにキッシュ等々が顔を出す。
 サンドイッチは、デザート用にカスタードクリームがたっぷり使われているフルーツサンドもあった。
「飲み物もあるぜ」
 夜城 黒塚(aa4625)がクーラーボックスを開け、数種類の飲料を取り出す。
「いただき、ます」
 たどたどしくはあるが、時鳥 蛍(aa1371)が口に出して言って、手を合わせる。最近彼女は、タブレットを使わずに話せるようになっていた。
「で、最近どうよ」
 弁当に合わせて買ったコーヒーを傾けながら、黒塚が口を開く。彼女らとは、かれこれ十年来の付き合いになる、歳の離れた友人たちだ。
「わたしは……次世代エージェントの、指導員に……就職する、ために、勉強中……です」
 蛍は俯き気味にサンドイッチの陰に口元を隠して、ボソボソと言った。あまり社交的でない性格は相変わらずのようだが。
「ほう、時鳥が教師になるたぁね……変わったもんだな」
 黒塚は感嘆しきりだ。
 出会った頃は、タブレットで言葉を伝え、引っ込み思案で怯えた少女という印象だった。それを思えば、たとえ口調がたどたどしくとも、自身の口で話せるようになったのは大進歩だ。
 そんな彼女が、自ら他人と関わり、未来を紡ぐ仕事に向かおうとしている心意気と成長を、素直に素晴らしいと感じる。
『でも、あんまり男性受けはよくないんですのよ』
 唐揚げを摘みながら、シルフィードがいたずらっぽく笑う。
「へえ? どうして」
 エージェントとしても現役の蛍は、今年二十三歳を迎えた。身長も髪も伸び、見た目も大人の女性に成長している。黒塚から見ても、中々魅力的だと思うが。
『雰囲気が怖い時があるらしくって』
「……シルフィ」
 その怖い目が、眼鏡越しに自身の相棒をじっとりと見据える。
 睨まれたシルフィードは、無言で肩を竦めた。
 それ以上彼女が何か言う様子がないのを見て取ると、蛍は黒塚に向き直る。
「十年で……わたしは、変わりました。黒塚さんも……わたしを変えてくれた人の、一人です」
 うんうん、と感慨深げに頷く黒塚に、素直に褒められて気恥ずかしさも覚える。
 もう一つ、ウーフー手製のサンドイッチに口元を隠しながら、「ところで……」と話題を転じた。
「黒塚さんの……お宅は、その後……どう、ですか?」
「うん……」
 水を向けられた黒塚は、歯切れ悪く、答えにならない頷きのような声を出す。コーヒーを傾け、ややあってから口を開いた。

 茶々子は、そもそも従兄とは違って、普通の人間だった。
 家庭環境も生活も、ごくありふれた普通の子どもだったのだ。それが、どうした拍子か、不意にリンカーとして目覚め、戦いの道へ足を踏み入れることになった。
 下地がなかったので、下級の従魔でさえ相手にした経験も少ない。ちょっとした小競り合いにのみ駆けつけるようなエージェントで、一般的なH.O.P.E.所属のリンカーに比べれば、強さとしては下のほうにランク付けされるだろう。
 とは言え、王が倒された最終決戦以後も、この世界には従魔愚神、あるいはヴィランなどの活動がなくなった訳ではない。
 そんな折から、茶々子のようにあまり強くないリンカーでも、やれることはある。ちょっとした応援や支援には、今でも駆け付けたりはするのだ。
 以前よりも自分が格段に強くなっている実感はあるし、自信にもなっている。
「……私、頑張ったのです!」
 唐突に一人叫び声を上げたものだから、周囲で桃や梅を見ていた人たちの視線が、一斉に茶々子に注がれた。
 しかし、茶々子は気にすることなく、手に持った紅茶のペットボトルを傾ける。
 座ったベンチで、ブラブラと子どものように足を振りながら、目の前の桃に目を向け、将来に思いを馳せた。
 自分はきっと教員免許を取って、小学校の先生をやっているだろう。その時には、本当に日常が戻っているといい。
 そう思いながら、紅茶と共に買ったハンバーガーに、元気よくかぶりついた。

「――で、ジェフは最近どんな感じ?」
 七海とジェフに手を繋いで貰い、二人の間で上機嫌な海花に目を落としながら、七海は口を開く。
 別居を始めてからのジェフは、エージェント業がない日には、地元の演劇サークルに参加していた。
 昔とった杵柄か、演技はもちろんのこと、踊りも巧い。その切れのあるダンスと存在感から、大手の劇団から声が掛かり、そちらへ移籍したのが少し前のことだ。
 今では準主役を貰うまでに成長し、ちょっとした有名人なので、外出時はサングラスが必須になってしまっている。
 今日は海花が一緒の為か――多分、黒いサングラスだと幼い海花には怖く映るかも知れない、というジェフなりの気遣いだろう――薄い茶色のサングラスを掛けたジェフは、空いた片手でベビーカーを押しながら、
『次の舞台では主役を貰えるかもな』
 と答えた。
「え――っ、嘘、ホント!? 絶対観に行くよ!」
 嬉しい驚きに、普段は心掛けているはずの大人口調がつい以前に戻ってしまう。
 火照る頬を感じつつ慌てて口を押さえ、「……えっと、チケットは手に入るかしら?」と上目遣いにジェフを見上げた。
 そんな彼女に、ジェフは微笑を返しながら、『素の口調のままでいいぞ』と挟んで言葉を継ぐ。
『舞台は半年後だから……来れないんじゃ?』
 考え込むように上を向いたジェフは、七海の腹部にチラリと視線を落とした。
 大きさが目立ってくるということは、そろそろ妊娠三、四ヶ月、といったところだろう。半年経てば、臨月か生まれて間もない頃だ。
 臨月なら臨月で、予定日と前後する可能性もなくはないから、観劇に来るのはあまり望ましいとはいえないかも知れない。
 生まれていればいたで、しばらくは赤ん坊中心に世界が回るはずだ。恐らく、観劇に足を運ぶどころか、寝る隙さえあるかどうか。ジェフも海花が生まれたばかりの頃、手伝いに駆り出されたのでよく分かる。
 そのことに、七海も思い当たったようだ。
「あ、そっか……」
 しかし、残念そうに俯いたのも束の間、
「なら、ヒットさせて六ヶ月公演とか……いっそロングランにして欲しいな」
 などと、笑顔であっさりハードルを上げるようなことを言われた。
 瞬時、唖然としたジェフだが、吐息混じりに『じゃあ、まあ、そのくらいの気合いで頑張るか』と笑う。
「あーっ、おだんご!」
 ふと、話が途切れたタイミングで、下から海花の声があがった。
「かってかってー」
 ジェフと繋いでいた手を離した海花は、売店を指さし、甘え声で七海にねだる。
「えー、しょうがないなぁ」
 仕方なさそうに言いながらも、せっかく花見に来たのだから、売店の商品の一つや二つ、購入するつもりは七海にもあった。
 海花も食べられるものは増えているし、殊更厳しくダメだという理由もない。
「ジェフはどうする?」
 見上げると、自分も食べる、というリアクションで頷いたジェフは、
『俺が払おう』
 とボトムの後ろポケットから財布を取り出した。
「えっ、いいよ、そんな」
 七海が慌てて手を振るが、ジェフは笑うだけで引き下がらない。
『久し振りに会ったんだ。今日はおごらせてくれ』
 そう言うと、もう七海が断る間を与えず、ジェフは海花に手を差し出した。
『行こう。好きなの買ってやる』
「わーい、ありがとー! じぇふ、だいすきー」
 海花も満面の笑みでジェフの手を握り、店へ引っ張る。
 七海はややあって苦笑を浮かべながら二人に続いた。

「……旅……ですか?」
 黒塚の口から、いずれ旅に出ると聞かされ、蛍もシルフィードも少なからぬショックを受けた。
「ああ。ほら、何年か前にアイツがその……いなくなっただろ?」
 アイツ、というのは黒塚のもう一人の相棒だ。その相方は、黒塚の言った通り、数年前に次元の狭間に消えてしまった。
「アイツを探しに行ってやりたいんだ。そろそろな。まあ、旅に出るって言っても当分先にはなるだろうけど……」
 言いながら、黒塚は傍らの娘の頭をくしゃくしゃと撫でながら続ける。
「その頃には海愛(うい)もあとを任せてもいいくらいにはなってるだろうしな」
「今だって大丈夫だよ」
 若干頬を膨らす海愛は、黒塚とウーフーの間に生まれた第一子で、今年で十歳になる。
 母親であるウーフー似で、可愛いの化身(父・黒塚談)だ。
 黒塚の消えたもう一人の相棒を兄のように慕っており、彼同様ぬいぐるみを愛でる女の子らしい趣味を持つ一方で、仁義を重んじ筋の通らないことを嫌う、まっすぐで男前な性分でもある。
 黒塚や周囲の英雄たちに鍛えられた所為か、アメイジングスとして戦闘は大人にも引けを取らない。
「旅に出るのはいつか分からないけど……黒塚君とママにおかえりって言う人は要るでしょ? それに、エクトルお兄ちゃんが先にこっちに戻って来ないとも言い切れないし……その時、もし誰もいなかったら寂しいもんね」
 異世界と行き来できるという話も、まだ可能性としてはいずれ、という段階だ。だから、当分先になるとしても、寂しいことには違いない。
 できることなら両親と行動を共にしたい願望がないと言えば嘘になるが、もしその日が来たら、海愛は弟と共にこの世界に残ることに決めていた。両親と、戻って来るであろう兄同然の人の帰る場所を守るためだ。
「……戻って、来ますか?」
 黒塚の相棒が行方不明になった当時もショックを受けたものだが、彼らまで当てもない旅に出ると聞いて、蛍は動揺を隠せなかった。
 それが現実になるのが、たとえ遠い未来のことだとしても、大切な友人がいなくなるのは嫌だ。同じ次元の、例えば日本国内にちょっと旅行に、というのとは訳が違う。
 ただ、黒塚やウーフーが彼らの相棒を求める気持ちを抑えることなど、蛍にもシルフィードにもできるはずがない。引き留めることができないのも、よく分かっている。
 その葛藤を察しているのか、何とも形容し難い微笑を浮かべた黒塚は、海愛の頭をポンポンと軽く叩きながら言った。
「……まあ、その時が来て、こいつを残していくことに心残りがない訳じゃねぇが……こいつの気遣いはありがてぇし、信じてっからな」
 その言葉は、蛍の“戻ってくるか”という問いの答えにはなっていない。
 仮に、片道切符でない時が来たとしても、すぐにあの相棒を見つけられるとは限らない。捜し出すまで戻らないかも知れないし、“戻る”という確約をするには、自分たちが出ようとしている旅路は、先行きが不透明すぎるのだ。
『蛍さん』
 まるで、その気まずさを緩和しようとするように、ウーフーが口を開く。
『その時が来たら……たまにでいいので、娘たちの様子を見てやってくださいませんか』
「はい……はい」
 すぐに彼らが旅立つ訳ではないのに、蛍はもう泣きそうになってしまった。
 いずれ必ず別れの時が来るのが分かっていたら、寂しくて仕方ない。しかし、どうにか涙を飲み込む。
「わたしが……残った二人を、護りますから……こう見えて……強い、ですので」
 頑張って浮かべた笑顔で、ウーフーに手を差し伸べる。
「だから、いつか、彼を連れて……戻ってきてください」
『はい、必ず』
 ウーフーは、差し出された手を取って握り返した。
『あの子を連れて戻ったら、真っ先に挨拶に行かせますから』
「……はい」
 ぎゅう、と握り返された手を握り締めて離せずにいると、『ああ、もう』とどこか苛立ったような声がする。
『皆様、まるでお通夜ですわ。わたくしの目指す道がなんなのか、お忘れですの?』
 シルフィードがウーフー手製の唐揚げを手に、空いた手を腰に当ててふんぞり返っている。
 蛍と同年代のはずだが、外見が幼い頃をそのまま大人にしたような容姿の所為か、こうしていると十年前と変わらないような錯覚さえ起こさせた。
『異世界への転移に関する事業ですのよ!』
 理由は、元の世界の様子を見たいからだ。
 異世界を渡る技術は難しいことが多いので、かなり頭を悩ませているが、何とか勉強には食らいつけている。
 皇族として国に戻るつもりはない。というより、それが恐らく叶わないだろうことは自覚している。
 だが、それでも故郷をもう一度見たいのだ。その気持ちの中には、誓約を叶えたいという願いも含まれている。
 そして、黒塚のもう一人の相棒の失踪に、少なからぬショックを受けているのは、シルフィードも同様だった。
『待っていらして、お三方。蛍もですわ。お約束します。近い内に必ず、異世界を覗き見る技術をわたくしが開発しますわ』
 手にしていた唐揚げにかぶりつきながら、シルフィードは堂々と宣言する。
『大丈夫。黒塚とウーフーが旅立つ前にわたくしがあの子を見つけます。そうしたら、真っ先にお伝えしますから』
 口に入れた唐揚げを咀嚼して飲み込み、にっこりと微笑む。
『シルフィードさん……』
 ウーフーは、シルフィードの優しさに感謝しつつ、蛍と手を離し、その掌をシルフィードへ差し出した。
『ありがとうございます。シルフィードさんの夢も叶うようにお祈りします。そして、いつまでも息災で……』
 瞬時、目を丸くしたシルフィードは、差し出された手を取る。
『本当にもう旅立たれるつもりですの?』
 まだ技術は安定していないから、そうするとしても当分先の予定だろうに。
 だが、将来的に技術が安定し、片道切符でなくなり次第、きっと彼らは旅立ってしまうのも分かっている。その時を思うと、今から悲しいけれど。
『まあ、前を向いて行きましょう。せっかくの美味しい料理が悲しい味になりますわ』
 その気持ちを悟られないよう、微笑む。
『ええ』
 すぐに旅立たないとしても、黒塚もウーフーも願うモノはある。友人たちの、幾久しい多幸だ。
 海愛も交えて固い握手を交わした五人は、きたる別れを思いながらも、ひとまず目の前の料理と花々に意識を戻した。

「はい、あーん」
「あー」
 海花がジェフに買って貰った団子を上機嫌で「たべる!」とその場で開けようとするので、三人は適当なベンチを見つけて腰を落ち着けた。
「ゆっくりよく噛んで……喉に詰めないようにね」
 海花は小さな口をモグモグと動かしながら、満面の笑顔でコクコクと頷く。
 ジェフは自身の分にと買ったきな粉の団子を口に運びつつ、頭上に目をやった。
 今が盛りとばかりに咲き誇る桃も、桜とは趣が違うものの、よい風情だと思う。
「じぇふじぇふー」
 不意に、下から幼い声に呼ばれる。そちらへ目を向けると、海花がご機嫌そのものの笑顔で「はい、あーん」と言った。
 ふっくらした可愛らしい手には団子の串と、その先には餡をまぶした団子が一つくっついている。
 チラリと七海を見ると、彼女は小さく頷いた。恐らく、四連に刺さっている団子を一つずつにほぐし、差し直したものを海花に渡したのだろう。
 覚えず微笑して、海花の言う通り口を開ける。団子を口の先で受け取るジェフに海花は、
「ゆっくりよくかんでー。のどに、つめないようにね」
 と神妙な顔で告げた。先刻、七海に言われた言葉をそっくり真似ているらしい。
 覚えず吹き出しそうになりながらも、ジェフは素直に頷いた。自分の言うことを聞いてくれたことが嬉しかったのか、海花はまた満面の笑顔になる。
「まあ、可愛らしい」
 その時、通りかかった年輩の女性の集団が、一時そこで足を止めた。
「お嬢さん、おいくつ?」
「二歳半です」
 答えたのは七海だ。
「まあ、そう。いいわねぇ。パパとママと一緒で」
 七海たちが何を返す隙も与えず、女性たちは「じゃあね」と海花に手を振ってその場をあとにした。
「……じぇふは、おとーさんじゃない、よね?」
 素朴な疑問を呈する海花に、七海もジェフも苦笑するしかない。
『……まあ、この組み合わせじゃそう思われても仕方がないが……』
「ジェフがお父さんと間違われたことは内緒にしとこうね。お父さんが泣いちゃうから」
 立てた人差し指を口に当てると、海花も頷いて「シー、ね」と言いつつ、七海と同じように唇にその小さな指先で封をした。
 実際、報告したら夫とジェフの間で間違いなくひと騒動起きるだろう(というより、夫が一方的にジェフを責めて何かしそうだ)。
「じぇふじぇふー、かたぐるましてー?」
 他方、海花の中では、それでその話題は終わったらしい。
 殊更、父娘と誤解されるような行動を迫る。
 再度苦笑しながら、ジェフは彼女を抱え上げて肩に乗せた。海花が歓声を上げて、桃の枝に手を伸ばす。
「じゃあ、ジェフ。私、これ捨ててくるから、少しだけ海花とベビーカーお願いできる?」
 団子を食べたあと、ケースと串だけになったモノを入れた袋を示して言う七海に、ジェフは『気を付けてな』と声を掛けた。
「うん」
 微笑して頷いた七海は、言われた通り足下に注意しつつ、ダストボックスへ向かった。

「うーん、やっぱりこうなったかぁ……」
 眠る海花を起こさないように呟きながら、七海は眉根を寄せた。

 せっかく携えてきたベビーカーは、終日出番がなかった。
 海花は、ジェフに肩車して貰い喜んでいたかと思えば、広場に着くなり今度は下ろせと騒いだ。
 要求通りジェフが地面へ下ろしてやると、また歓声を上げつつ、今度はその場を駆け回る。
 幸い、駐車場は近くなかったが、ほかの花見客もいるし、遊歩道では自転車に乗っている小、中学生くらいの子もいて、幼い海花を一人で好きに走らせるには色々と危険だ。
 しかし、身ごもっている七海がその後ろを付いて走る訳にも行かず、その役はジェフが引き受けてくれた。
 すると、追っかけっこのスイッチが入ってしまったらしい海花は、殊更嬉しそうな声を上げて走り回った。
 そんな様は、やはりまるきり休日の父と娘だったのか、周囲に来ていた花見客は微笑ましげに見守っている。
 これを夫に報告する訳にはいかない、と内心で七海は固く“帰宅後のお口にチャック”を自身に命じた。

 昼食の間は、海花も広げたシートに大人しく座って、夫手製の弁当を食べていたのだが、それが終わるとまた懲りもせずに走り回り始めた。
 シートと弁当箱を片付ける七海を余所に、ジェフと海花はすっかり父娘と化し、追いかけっこに精を出していた(特に海花が、だ)。
 そろそろ家で過ごす際にはおやつの時間になる頃、今度は売店に売られていたたこ焼きをねだった海花は、ジェフに購入して貰ったそれを大喜びで平らげたあと、今度は彼におんぶをねだり――彼の背中で安らかに夢の世界へ転落して行って、今に至る。
「重いよね? ジェフも散々走り回ったあとだし……」
 空のベビーカーを押しながら、七海は眉根を寄せてジェフを見上げた。
 勿論、英雄や能力者の体力は一般人のそれと異なるが、海花はまだ二歳と言っても体力的には侮れないものがある。
「甘えんぼさんでごめんよ」
『構わんよ。心地いい重さだ』
 微笑して答えたジェフは、負ぶった海花を起こさないように気を付けながら揺すり上げた。
『……いい意味で毎日の過ぎるのが早くなったな』
「そうだね」
 無論、王との最終決戦が終わって以後、従魔愚神絡みの事件がまったくなくなった訳ではない。
 けれども、新たな従魔や愚神が現れる心配をしなくてよくなった今のほうが、気持ちの上では楽になったような、そんな錯覚を覚える日々も確かにある。
『……なあ』
「ん?」
『戦わなくても、俺はずっと七海の英雄だ。だから、いつでも頼れ』
 たとえばこんな風に、子育ての応援にも、呼ばれれば嬉しい。
 そう思う心情は、七海にも伝わったらしい。
「うん」
 笑顔を浮かべた七海は頷いて続けた。
「幸せをお裾分けしたい時は一緒に……声を掛けるからね」
 たとえば、今日のような他愛ない日常に、彼の笑顔もあればいい。
 そう思いながら、七海はジェフと共にのんびりと家路を辿った。

 帰宅後、あらかじめの口止めも空しく、海花が夫に「きょうねー、しらないおばちゃんがねー、じぇふのこと、おとーさんとまちがえたのー」と報告してしまった。結果、ジェフがしばらく家へ出入りできなくなったのは、また別の話である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 優しき盾
    シルフィード=キサナドゥaa1371hero002
    英雄|13才|女性|カオ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • これからも、ずっと
    ウーフーaa4625hero002
    英雄|20才|?|シャド
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命



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